希少疾患 重症筋無力症②~知っておきたい希少疾患
重症筋無力症(MG)は、希少性の慢性的かつ症状の変動を予測することが難しい自己免疫性神経筋疾患で、年齢を問わず発症の可能性があり、神経筋接合部の機能不全と損傷に見られる希少疾患である1)2) 。今回は、2022年に改訂された重症筋無力症の診療ガイドラインの改定ポイントと合わせて、2024年2月に発売されたジルビスクⓇ(一般名:ジルコプランナトリウム)を中心に紹介する。
「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022」改定ポイント
2022年、MGの診療ガイドラインが8年ぶりに改訂された。今回の診療ガイドラインでは、MGと同じ神経筋接合部の自己免疫疾患であるランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)を取り上げ「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022」として公表された3) 。MG患者数は増加の一途をたどっており、日本における疫学調査においても2006年の調査と比較して10年で約2倍となっていることから4) 、今後、MG患者を診察する機会がより一層増加すると予想される。ここでは、以下の改定ポイントについて、簡単に紹介する5) 。
●MGの新しい分類の提示
●MG診断基準の改訂
●早期速効性治療戦略(early fast-acting treatment strategy:EFT)が推奨
●難治性MGの定義
●分子標的薬としての補体阻害薬を治療薬として追加
新ガイドラインにおけるMGの病型分類では、最初に眼筋型と全身型に大別する。全身型MGではアセチルコリン受容体(AChR)抗体の有無を鑑別し、AChR抗体陽性は、胸腺腫を伴わない50歳未満発症の早期発症MG、50歳以上発症の後期発症MG、胸腺腫関連MGの3つ、AChR抗体陰性は、筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体陽性MG、抗体陰性MGの2つに分類した3) 。
MGの診断は、AChR抗体、MuSK抗体が検出されれば診断は比較的容易であるものの、いずれも陰性で神経筋接合部障害の検査所見が認められない場合には、これまでMGと診断することができなかった。今回の改定では、血清浄化療法が有効な他の疾患を除外できれば、治療的診断としてprobableと判定可能となった3) 。このことから、これまでMGでありながら、MG治療を実施できなかった患者に対してもより適切な治療が行われる期待される。
MGの治療目標は、2014年版と同様に「経口プレドニゾロン5mg/日以下(MM-5mg)」となっている3) 。MGの従来治療である経口ステロイドの長期使用は、体重増加、糖尿病、骨粗鬆症などの副作用負担が問題となっていた6)7) 。また、非ステロイド系免疫抑制薬による治療は、効果発現までの期間が長く、治療開始後数ヵ月にわたり、複数の臓器への影響が懸念されていた6) 。長期にわたる治療にもかかわらず、約半数の患者は、疾患コントロールが不十分であるとも報告されている8)9) 。そのため、MG治療の基本的な考え方として、「漸増漸減による高用量経口ステロイド療法は、副作用やQOL低下につながりやすいため推奨しない」ことが明記されている。とくに、早期改善と経口ステロイド量抑制の両立を図るため、非経口速効性治療を積極的に行うEFTが推奨されている3) 。EFTは、経口ステロイドをベースとした従来治療と比較し、治療目標であるMM-5mgの早期達成率が高いことも10) 、重要なポイントの1つである。
また、難治性MGの定義は、「複数の経口免疫治療薬による治療」あるいは「経口免疫治療薬と繰り返す非経口速効性治療を併用する治療」を一定期間行っても「十分な改善が得られない」あるいは「副作用や負担のため十分な治療の継続が困難である」場合とされた3) 。これは、治療による患者負担を考慮した定義といえるであろう。
AChR抗体陽性MGでは、神経筋接合部(NMJ)の伝導障害に補体が関与していることが指摘されている。補体標的薬は、補体終末経路にある補体第5成分(C5)に選択的に結合することにより、膜侵襲複合体(MAC)の形成を阻害し神経筋接合部破壊を抑制すると考えられている。近年、MG治療薬として補体標的薬が承認されたことを受け、分子標的治療薬に関する項目が新たに追加されている3) 。
全身型MGにおける筋力低下のメカニズム
MGでは、一般的に眼球および眼瞼の動きをコントロールする眼筋の筋力低下が初期症状として出現し、多くの場合重症化し、頭部、頸部、体幹、四肢および呼吸筋の筋力低下など全身症状を呈する全身型MGへと進行する11) 。発症の原因として、補体や免疫細胞、病原性IgG自己抗体が関係しているといわれている。全身型MGでは、病原性自己抗体が、シナプス後膜上の特定のタンパク質を標的とすることにより、NMJにおけるシナプス伝達を阻害すると考えられている。MGの病態の1つとして、AChRに対する自己抗体が引き起こす補体活性化が、in-vitro試験で示されている。補体C5は、C5aとC5bに開裂し、C5bは、C6、C7、C8、C9に結合して終末補体系を起点としてMACを形成し、運動終板の破壊を引き起こす12)13) 。これにより、神経が筋肉に連絡する方法が妨げられ、筋肉が収縮しにくくなることで症状を発現する。
全身型MGに対する初めての在宅自己投与可能な補体C5阻害剤ジルビスクⓇ皮下注
2024年2月、全身型MG(ステロイド剤又はステロイド剤以外の免疫抑制剤が十分に奏効しない場合に限る)」を効能・効果として、補体C5阻害剤ジルビスクⓇ皮下注16.6mg / 23.0mg / 32.4mgシリンジが発売された14) 。ジルビスクには、2つの作用機序があり、1つは終末補体経路の構成要素であるC5に結合し、C5が活性成分C5aとC5bに開裂するのを防ぐ作用である15)16) 。さらに、C5bが形成された場合でも、C6との相互作用を立体的に妨げ、MACの形成を阻害する16) 。このような補体C5に対する2つの作用により、ジルビスクは、MACの活性化を阻害し、NMJにおけるAChRの正常なシグナル伝達を促す13)17) 。ジルビスクは、大環状ペプチド製剤で、分子量が治療用抗体と比較して小さいことから、神経筋接合部への透過性が高いと考えられている。また、これまでのモノクローナル抗体C5阻害薬とは異なり、経静脈的免疫グロブリン療法や血漿交換などの治療法と併用することも可能となっている。
ジルビスクは、AChR抗体陽性の全身型MGを対象とした日本人成人患者を含む国際共同試験RAISE試験(第III相ランダム化二重盲検プラセボ対照試験)において16) 、主要評価項目であるMG-ADL総スコア(症状および日常生活への影響を評価)の12週におけるベースラインからの変化量(最小二乗平均値)において、ジルビスク群はプラセボ群に対して統計学的に有意で臨床的に意義のある改善を示した(ジルビスク0.3mg/kg/日相当群:-4.39 vs.プラセボ群:-2.30[p
QOL向上に期待!患者ライフスタイルに合わせた治療選択が可能に
ジルビスクは、補体C5を阻害する1日1回自己投与型皮下注ペプチド製剤であり、全身型MGに対する初めての在宅自己投与可能な補体C5阻害剤である14) 。通院による負担を軽減し、静脈内注射に代わる治療法として期待される。RAISE試験での12週間の治療期間を終えたすべての患者が非盲検継続投与試験であるRAISE-XT試験へ継続以降に同意していることから16) 、ジルビスクの連日自己皮下注射に対する患者満足度を示唆するものであると考えられる。新たな治療選択肢が選択可能となったことで、患者さんのライフスタイルに合わせた治療が実践されることが望まれる。
また、新たな患者サポートプログラムとして個人宅無料配送サービスも開始されている18) 。ジルビスクは、全身型MG患者に対し、在宅による1日1回自己投与が可能な皮下注射剤であるため、患者さんの通院負担を軽減する利点がある。一方、易疲労性を伴うことの多い全身型MG患者にとって、複数回分まとめての持ち帰りや運搬時の温度管理は大きな負担となる。そのような負担が患者さんの治療への積極的関与や薬剤の継続的な適正使用を妨げる要因にもなり得ることが懸念されていた。そこで、ジルビスクは費用面での負担もない「個人宅配送サービス」を実施している。このような患者サポートは、全身型MG患者が前向きに治療に取り組める環境を促すことにつながり、薬剤の治療効果と合わせ、QOLの向上につながるであろう。
(エクスメディオ 鷹野 敦夫)
参考資料
1)Juel VC, et al. Orphanet J Rare Dis. 2007; 2: 44.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/17986328/
2) Punga AR, et al. Lancet Neurol. 2022; 21: 176-88.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/35065040/
3)日本神経学会 監: 重症筋無力症/ラインバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022, 南江堂, 2022. ▶https://www.neurology-jp.org/guidelinem/mg_2022.html
4)Yoshikawa H, et al. PLoS One. 2022; 17: e0274161. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/36129914/
5)Murai H. Rinsho Shinkeigaku. 2023; 63: 345-349. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/37197966/
6)Menon D, et al. Front Neurol. 2020: 11:538. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/32714266/
7)Farmakidis C, et al. Neurol Clin. 2018; 36: 311-337. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/29655452/
8)Petersson M, et al. Neurology. 2021; 97: e1382-e1391. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/34376512/
9)Cutter G, et al. Muscle Nerve. 2019; 60: 707-715. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/31487038/
10)Utsugisawa K, et al. Muscle Nerve. 2017; 55: 794-801. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/27603432/
11)Meriggioli MN, et al. Lancet Neurol. 2009; 8: 475-90. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/19375665/
12)Howard JF Jr. Ann N Y Acad Sci. 2018; 1412: 113-128. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/29266249/
13)Howard JF Jr, et al. Expert Opin Investig Drugs. 2021; 30: 483-493. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/33792453/
14)ジルビスクⓇ皮下注16.6mg / 23.0mg / 32.4mgシリンジ添付文書▶https://hcp.ucbcares.jp/pdf/zilbrisq/sc166_syringe/package-insert
15)Howard JF Jr, et al. JAMA Neurol. 2020; 77: 582-592. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/32065623/
16)Howard JF Jr, et al. Lancet Neurol. 2023; 22: 395-406. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/37059508/
17)Tang GQ, et al. Front Immunol. 2023: 14: 1213920. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/37622108/
18)プレスリリース:全身型重症筋無力症治療薬「ジルビスク®」個人宅無料配送サービス開始▶https://www.ucbjapan.com/sites/default/files/2024-02/quanshenxingzhongzhengjinwulizhengzhiliaoyaoshiruhisukur_gerenzhaiwuliaopeisongsahisukaishi.pdf
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