私の心に強く刻まれた「腫瘍内科の未来を創るのは君だ!」
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私の心に強く刻まれた「腫瘍内科の未来を創るのは君だ!」

 「腫瘍内科の未来を創るのは君だ!」これまで、腫瘍内科医になるというキャリアパスを考えたことがなかった私の目に飛び込んできた言葉だ。大学の掲示板に貼ってあったポスターに書かれたこのキャッチコピーは、私の心に強く刻まれた。マッチング試験を控えた7月末、本来ならば就活対策に充てる時期に実施される腫瘍内科セミナー、行くべきか行くべきでないか。私は判断を保留することにした。

 その翌月、外部の市中病院で血液内科の病院実習をしていた私は、1ヵ月の実習中に一度だけ、最も忙しい先生の外来を見学した。「私は血液内科だけでなくて腫瘍内科の専門医も持っているので、その外来もあるんですよ。これからは臓器ではなくて、遺伝子変異で治療法を決める時代になりますよ」患者さんについて細かく教えていただいたあと、最後にそう言って、先生は次の患者さんを迎えに行ってしまった。私には、病院の腫瘍患者さんを一身に背負うその先生の背中が、とても大きく見えた。

 腫瘍内科の仕事とはどんなものだろう。どうしたら腫瘍内科医になれるんだろう。その時、先月大学で見たあの言葉を思い出し、参加することを決めた。

取材担当:名古屋大学医学部6年 金澤 元泰

腫瘍内科は志を同じくする医師の集まり

 セミナーの第一印象は、自己紹介の面白さだ。腫瘍内科の先生方は、自己紹介の時にグラフを提示することがある。自分が診ている患者さんの、がん種別の割合グラフだ。すべての先生がすべての腫瘍を診ているわけではない。それぞれの先生にバックグラウンドがあって、得意分野がある。腫瘍内科は診療科であり、ある種学問である一方で、志を同じくする医師の営みのような、そんな感触があった。

 現在は、学会認定制度であるがん薬物療法専門医制度から、日本専門医機構認定の腫瘍内科専門医制度への変革期に当たるため、先行きは若干不透明である。よって、現状では学会としては、専攻医にがん薬物療法専門医の取得を目指していただきたいとの意向がある。一方で、がん薬物療法専門医から腫瘍内科専門医への更新・移行が可能になる見込みであることから、がん薬物療法専門医資格を取得しておくことは不利益にはならない。

患者さんの気持ちを受け止められる医師、それが腫瘍内科医

 Cancer Journeyとは、「がんと闘うのではなく、がんと旅をする」という考え方だ。がんと診断された時、人は大きな衝撃と孤独を感じる。そして、がんはその人の人生全般に影響を与える。このような、がんは人生を根本から覆してしまうという即面から、このCancer Journeyという考え方が生まれたそうだ。中で、がん体験者の方のCancer Journeyを伺う機会とグループワークで架空の患者さんのCancer Journeyをつくるという機会を得た。

 今回話を伺ったのは、流産後に絨毛がんを患った元患者さん。「いえない(言えない/癒えない)」をテーマに進んだその話は、とても興味深いものだった。医学生の立場で拝聴していると、とくに医師に対して「言えない」ことが多かったように感じた。絨毛がんの特性上、時間のない中で治療が始まったとのことだった。その際に、正しい説明を「される」だけの連続が辛く、流産の苦しみ、がんによる苦しみ、治療やこれからに対する不安、副作用や治療環境の辛さを抱えている一方で、不安や悲しみを抱えていることが、説明を理解していないと捉えられるのではないかと思い、主治医にその悩みを伝えられなかった。

 治療が始まっても「言えない」経験が続いた。入院する日からしばらく主治医が出張で不在となり、引き継ぐことになった先生との関係がうまく築けなかった。通院治療に変わってからは、5日連続の治療のため毎日異なる医師の診察を受けることになり、主治医以外の先生は病状を同じように理解してくれていなかったり、副作用の訴えに親身になってもらえなかったりすることが積み重なり、自分の状況を言いづらくなっていったという。主治医に代わりがんの告知をした医師に予後を尋ねたところ「いつ死ぬかは誰にもわかりません。治療はまだありますから、前向きに頑張りましょう」と言われ、後ろ向きで答えのない問いをしてはいけないのかと思わされることもあったようだ。

 そのような中、がん治療後に出会ったのが、ある婦人科の女性開業医だった。その先生は病状だけでなく、治療の辛さや、10代から抱えていた婦人科疾患のことも含めてすべてを理解してくれた。そして診察の度に「我慢しなくていいよ、なんでも言ってね」と声をかけてくれた。このような環境で受け入れられた経験から、少しずつ今の自分を受け入れて、希望を周りに伝えられるようになっていったそうだ。

 この元患者さんから伺った一連のお話の中で、私は一貫して治療を把握、管理できる医師、希少ながんやAYA世代のがんにも、治療面とケア面両方で対応できる医師、がんやその治療の過程での苦しみと、その個人差を理解し、患者さんの気持ちを受け止められる医師の必要性を実感した。

患者さんの気持ちを知ることの難しさをグループワークで体感

 今回のセミナーの目玉は、グループワークで架空の患者のCancer Journeyを作成する試みだ。会場の参加者は8つのグループに分けられた。与えられた条件は、年齢性別と化学療法を実施するということだけ。あとは名前や住所から、すべて自分たちで決めていく。

 難しいのは、単に「症例」をつくるというだけではないという点だ。疾患に対する治療の一例を作るのではなく、患者さんの背景、考え方や価値観、がんやその治療に対する反応、周囲の人々も含めて設計する必要がある。そして、そこがこの試みの狙いであるようにも感じた。

 私のグループは、知識や臨床経験は異なる学部2年生から専攻医の先生まで、さまざまなステージの参加者で構成され、乳がんに罹患した30歳女性についての検討を行った。患者背景を考える際は知識も経験も関係ない。まずは名前を高橋さんと決めた。東京のOLにしよう、優柔不断な性格かもしれない、もうすぐ結婚式ということにしたらどうか、妹がいて姪ができたことにしよう。話はどんどん弾んでいく。

 背景を考えると、患者の問題点もたくさん上がってくる。結婚はどうするのか。子供は産めるのか。仕事はどうするのか。乳がんは遺伝性のものもある、妹や姪も乳がんになるのか。私たちはその中でも、結婚式に焦点を当てて話を進めることにした。

 結婚式を挙げるとなると、見た目の問題が出てくる。化学療法で髪が抜けると困る。ドレスを着るから胸や脇の手術痕も嫌だ。高橋さんだったら絶対にそう思うだろう。でも、治療を待つことはできない。

 化学療法は術前術後どちらに行うのでも、予後に差はない。だったら、あとが出来てしまう手術は結婚式の後にして、術前化学療法を実施するのはどうか。そうすると脱毛は避けられない。ウィッグで結婚式を挙げるというのはどうか。それを高橋さんは受け入れてくれるだろうか。このようなことを考えていくうちに、高橋さんのCancer Journeyが出来上がっていった。

 2日間のセミナーの最後に、各グループのCancer Journeyを発表し合った。私たちのグループは、いかに主治医が結婚式の話を聞き出すか、高橋さんにどう結婚式を迎えてもらうかを主眼に発表を進めた。「副作用が嫌だ」という高橋さんの訴えに対して、「みんなそうです」と切り捨てるのではなく傾聴を続けていくこと、看護師さんや美容師さんとも相談しながら、複数のウィッグを使ってお色直しでイメージチェンジを提案することなどを盛り込んだ。

 他のグループも、ものすごく勉強になる発表ばかりだった。遊び人のおじいさんがどう運命を受け入れていくのか、SNSはどのようにがん治療に関わってくるのか、妊孕性温存がプレッシャーになることがある、治療するために生きているわけではない。他にも多くのメッセージを受け取った。

患者さんに寄り添える医師になりたい、そう思える2日間のセミナー

 私は、生命に直結する疾患を診れる医師、全身を診れる医師、患者さんに寄り添える医師になりたいと思っている。そのために今は、血液内科を目指している。今回、腫瘍内科についてみっちり学ばせてもらって、腫瘍内科の道も考えるようになった。血液内科に進むのか、腫瘍内科に進むのか、血液内科専門医取得後に腫瘍内科専門医を取得するのか。一長一短はある。会場にいらした血液内科出身の先生は、「まずは血液内科で抗がん剤治療や移植の基礎を学んだらいいよ」とアドバイスしてくださった。他にも、呼吸器や消化器出身の先生もいらっしゃった。別の診療科に軸足を置いてから腫瘍内科に取り組むと、新しいアプローチができるとも伺った。3年目から腫瘍内科に首まで浸かってみたいという思いもある。時代はそちらへ進んでいると実感した2日間だった。私のキャリアについては、今後の初期研修2年間で多くの患者さんと出会う中で考えて行くことにしたい。まずは置かれた場所で懸命に頑張っていきたいと思う。

 腫瘍内科医は、一人の患者さんを臓器横断的かつ継続的に、一生涯を見届けるつもりで診ていく。そういった診療スタイルに魅力を感じる方は、とくに腫瘍内科をお勧めできると強く感じた。EBMとはエビデンスだけを重視するのではない。それをどう、個別の、目の前の患者さんに落とし込むことができるか。患者さんの価値観や全人的な悩みもすべて傾聴して受け止めて、その中でどういった治療、Journeyを共に描くのか。腫瘍内科医への扉はどんどんと開かれようとしている。その扉を誰がどう叩くのか。私もその一人でありたい。

 実行委員長の高野 利実先生にもたくさんお話を伺った。高野先生は日本の腫瘍内科の先駆け的な先生だ。日本で「腫瘍内科」という概念がそこまで根付いていない中で、どうして先生は、腫瘍内科医になるというビジョンを描けたのかをぜひ伺ってみたいと思っていた。先生の答えは私にとって驚くべきものだった。先生は大学同窓会誌の編集長を務めていらして、その取材の一環でがん研の総長に取材に行かれて、そこでこれからは腫瘍内科の時代だと聞いて腫瘍内科医を目指されたとのことだった。まさに今の私とほとんど同じ境遇だった。このような機会を与えてくださった皆様に心から感謝申し上げます。

名古屋大学医学部6年 金澤 元泰


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