#10 貧しさの風景
医療を届ける~ジャパンハート 活動の現場から~

#10 貧しさの風景

発展途上国、日本のへき地離島、大規模災害の被災地……。世の中には「医療の届かないところ」があります。NPOジャパンハートはそんなところに、無償で医療支援を行っています。ボランティアとして参加した医療従事者が、現地での活動内容などを報告します。

#10 貧しさの風景

長期ボランティア医師(活動地:ミャンマー)

「木村さん、暗いところにおると、明るいところはよう見えるやろ。でもな。明るいところにおったら、暗いところは全然見えへん。 明るいところにおって、暗いところを見よう思うたら『見よう』と思わな、見えへんのや」
『「みんなの学校」が教えてくれたこと』 木村泰子

バブル崩壊後、日本はどんどん貧しくなり、その斜陽化には止まる気配がない。

一方、ミャンマーはどうだろうか?

バブル崩壊後、日本はどんどん貧しくなり、その斜陽化には止まる気配がない。一方、ミャンマーはどうだろうか?

ILO(国際労働機関)の統計調査によれば、2018年のミャンマー人の平均月収は203,091 MMK(15,492 円)であった。同年の日本の平均月収306,200 円と比較すれば、ミャンマー人の月収は日本のおよそ1/20である。

https://ilostat.ilo.org/data/country-profiles/

そんな貧しい国で、最近出会ったふたりの貧しい患者の話をします。

Episode1
Mogokというマンダレーから200km離れた町にて

先日、Mogokというマンダレーから200km離れた町にドクターカーで診療に行きました。合計3日間で300名程度の外来患者が受診されましたが、中年の彼がやってきたのは2日目でした。

診察のカーテンを除けて入ってきた姿を見た瞬間に、Acromegaly!、と分かるほど典型的な下顎骨や眉弓部・四肢末端の肥大を認めました。問診では両耳側半盲も出てきているとのことでした。彼はすでに2017年にマンダレーの病院にかかっており、Acromegaly(先端巨大症)が疑われるので、その多くの原因である下垂体腺腫を検索するための頭部MRIを含む各種検査を受けるように勧められていました。

しかし、彼はそれ以来病院に行っていません。その理由は、検査や治療で200,000 MMK(15,000 円ぐらい)がかかるため、これ以上は自分には支払えない。膝が悪く仕事はできず、息子たちから毎月20,000〜30,000 MMK(1500〜2250円ぐらい)の仕送りで生活しているとのことでした。

もし、彼が日本に生まれていたら、、、

国民皆保険制度を利用して、頭部MRIをとって、Hardy手術して、まだまだ生きられるはずなのに・・・。(先端巨大症の放置例や経過観察例では予後は悪く、最大で89%の患者は60 歳までに死亡する。)

今度、彼はワチェ慈善病院で手術をします。といっても、腹部と大腿部にある大きな脂肪腫の手術です。そもそもこれらを取ってほしい、という主訴でMogokの外来にも来たのです。

自分はよく知っています。

ふたつの脂肪腫の手術をしても、彼の生命予後は伸びないことを。 彼が長生きするために必要なのは、頭部MRIと(おそらくは)下垂体腺腫摘出術であることを。

でも、一通りの問診と診察を終えて、脂肪腫の手術をワチェでします、と伝えると、彼は不揃いな歯をにっとして僅かに笑いました。

その瞬間、あーーーっ、と心の中で思いましたが、あーーーっ、の後にどういう言葉が続くのかはよくわかりませんでした。

Episode2

3日前、ミャンマー人研修医からの外来コンサルト。20歳代女性、2年前からの毎食後に繰り返す、1時間持続する右上腹部痛。嘔吐を伴うこともある。ここ数ヶ月の間に腹痛は増悪し、その頻度も増えてきたためワチェの外来を受診。

研修医の病歴を聞いた時点で、おそらくはGallbladder Attack(胆石発作)だと思うよ、と説明しながら、Murphy徴候が陽性であることを確かめて、腹部エコーで胆のう内にsludge(胆泥)が大量にたまっているのを見せました。

発熱や胆のう壁肥厚はないから、細菌感染による胆のう炎は来していないと思う、この人に必要なのは腹腔鏡による胆のう摘出術だよ、と説明しました。

そう説明しながら、患者が持参した過去のカルテを見ていると、どうやらそういう診断や治療の問題ではないということが分かってきました。患者はすでにマンダレーで腹部エコーをされ、胆泥による胆石発作と診断を受けていました。

通訳してもらって彼女から事情を伺うと、マンダレーで手術を行うには200,000 MMK(15,000 円)ぐらいかかる。でも自分にはお金を支払う余裕がない。夫は居なくなり、ふたりの子供と生活し、毎日ホウキを編んで生計を立てているというのです。

この時も、あーーーーーーっという思いがまた脳内を駆け巡りました。でも、それは何も生み出してくれませんでしたし、何も残していってくれませんでした。

もし、彼女が大阪で生まれ育っていれば、、、

堺市立総合医療センターで見た鮮やかなラパ胆で30分〜1時間で胆のうをきれいにとってもらえるはずなのに・・・。でも、残念ながら、現実は違い、彼女はミャンマーの田舎で生まれ育ちました。

次の5月に、イタリアの腹腔鏡のチームがワチェに来るので、彼女にはそれまで痛み止めで我慢してもらうしか方法はありません。今から3ヶ月、1日5回の1時間続く右上腹部痛や嘔吐に彼女は我慢しなければなりません。そして、子供に飯を食わすために、ホウキも編み続ける必要があります。

そういう説明を聞きながら、彼女は両目に涙を浮かべます。でも、決して声をあげて大泣きしたりはしません。泣いたってこの現実は厳然と彼女の前に立ちはだかっていることを彼女自身がよくわかっているからでしょう。

これが、ミャンマーの貧しさの風景です。

ミャンマーの市場で働く女性

(ジャパンハート 2020年3月9日掲載)


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