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「医学生・研修医のための腫瘍内科セミナー」は腫瘍内科医の夢への第一歩
「医学生・研修医のための腫瘍内科セミナー」は腫瘍内科医の夢への第一歩
 私がこのセミナーに参加を決めた理由は2つある。まず、腫瘍内科医のキャリアパスについて知りたかったからだ。医学部受験を志した時から現在まで、漠然と腫瘍内科医になるという夢を持ち続けているが、そのキャリアパスについては周囲に相談できる人がおらず、ぼんやりとしていた。腫瘍内科医になるという思いだけが1人走りし、実現するために能動的な行動ができていない自分にモヤモヤしていた。今回のセミナーには、全国でご活躍されている腫瘍内科の先生方が多く参加される。この機会にキャリアパスについて、さまざまなお話をお伺いすることができるのではないかと考え、参加を決めた。 また、私と同じように腫瘍内科医を志す医学生や研修医・専攻医の先生方との交流を通じて、刺激を受けたかったということも理由に挙げられる。このようなセミナーに参加すること自体が初めてで、不安な気持ちはあった。しかし、大学を越えて全国の学生や先生方と交流できる機会は貴重であると強く考え、一歩踏み出した。実際セミナーに参加してみて、同志との交流の時間は私にとって非常に有意義なものであったと考える。 取材担当:福井大学医学部5年 松田 玲奈 腫瘍内科医を目指すためのステップは?「キャリア相談カフェ」も利用可能に  専門研修の実際についてお話しいただいた島根大学の津端 由佳里先生は、まず専門医取得プランの全体像を示してくださった。2年の初期臨床研修後、内科専門研修(医師3-5年目)を経て内科専門医を取得する。内科専門研修と連動して、領域専門研修(医師4-6年目)を行い、各領域の専門医を取得することも可能である。そしてその後サブスペ研修(医師6-8年目)を行う。がん薬物療法専門医はサブスペ研修を経て取得する。 専門研修の実際については、大学病院、がん専門病院、一般病院の3施設での研修を比較してお話いただいた。典型的なプログラムとしては、大学病院と一般病院は腫瘍内科に在籍し,必要時にローテートする“腰落ち着け型”だという。一方、がん専門病院は基本“ローテート”で、プログラムの対象が内科専門研修修了後の医師という点が特徴である。大学院進学に関しては、システム的にやはり大学病院が並行して研修を行いやすいそうだ。ただし、がん専門病院や一般病院でも、連携している大学での取得となるが、大学院進学も可能であるというお話であった。「専門研修において3施設のどれかが秀でているわけではない」と津端先生は話された。各施設での研修のカラーを知り、自身が重要視する点や求める研修内容も含めて決める必要があるという結論に至った。 日本臨床腫瘍学会(JSMO)に入会すると、JSMOの新しい取り組みである「キャリア相談カフェ」を今後利用できるようになるという。キャリアプランに悩み、専門医取得の道筋が構築できていない私のような学生は利用させていただく他ないと考える。 治療だけではない、患者さんの“いえる”を助ける医療者に  絨毛がん経験者の藤田 理代さんのご講演も拝聴させていただいた。藤田さんは14歳から婦人科に通院、29歳で初めての妊娠をされるも、その後流産を経験された。そして間もなくして、絨毛がんが発覚した。藤田さんは自身のがん罹患の経験から、“いえなかった(言えなかった・癒えなかった)場面”と“いえる(言える・癒える)ようになった関わり”についてお話しくださった。がん発覚後、進行が早い絨毛がんの特性上、時間がない中での治療が始まった。それは医療者から「正しい説明」を「される」連続だったという。そんな中、藤田さんは流産やがん罹患による悲しみ、治療や今後に対する不安、副作用や治療環境のつらさに耳を傾けてもらえることもなく、“いえない”状況を強いられた。追い討ちをかけるような周囲からのさまざまな矢印も、藤田さんを“いえない”状況へとさらに追いやった。産婦人科の待合室で目に入る妊婦さん。子育てに奮闘する友人。絨毛がん治療後の妊娠に前向きな医療者たちなど…。周囲からの反応や声が、ご自身の本音とかけ離れており、それがさらに藤田さんを苦しめた。 そうした苦しみの中で自信を喪失した患者さんが、自ら助けを求めることの難しさを藤田さんは訴える。もしもその時、患者さん自身の本音を感じ取り、打ち明けるきっかけとなる医療者からの「声かけ」があったとしたら“いえる”ことができたかもしれないと、当時を振り返りお話された。 藤田さんが“いえた”きっかけは、2人の看護師さんとの出会いだった。それまでのがん治療の旅路で抱えてきたさまざまなつらさを、マギーズ東京の看護師さんに打ち明けた時、「やさしいのね」、そう言われたという。また、治療中の1番つらい時を知る外来化学療法室の看護師さんは特別な存在であり、その人からのひと言が、どんな「支援」よりも力になった、と藤田さんはいう。 患者さんの“病気を治す”ことに焦点を当てるだけでは、医療者として不十分なのである。個々の患者さんの気持ちを感じ取り、本音まで知ろうとする姿勢、そして声に出せるような“場”を提案できることが求められるのだと、私は思った。 初体験の「Cancer Journey」患者さんの人生に寄り添うことの重要性を実感  グループワークでは他の参加者の方と共に、がん患者さんのCancer Journeyに基づくケース・シナリオを作成した。私のグループに充てられた患者設定は「AYA世代の根治可能ながん患者さん(30歳女性)」。がん発症までの人生から、それに基づく本人の価値観や性格、家族構成まで話し合って設定した。根治可能ながんとして、疾患をステージⅠB3の子宮頸がん(脈管浸潤あり)とした。このステージの1次治療は広汎子宮全摘術+術後化学放射線療法であるが、患者さんは挙児希望のある30歳女性、結婚2年目、子ども好きの保育士(という設定)。AYA世代のがんでは、妊孕性の問題がしばしば挙げられる。今回の症例は、医学的に根治可能である、しかし本人の妊孕性の維持は難しい。このような状況における患者さん本人の心境や思い、また家族や主治医の思いについても話し合いを重ねていった。患者さんの年齢が私自身と近かったため、自身と重ねて考えてしまう場面もあった。 患者さんへの説明の仕方は1通りではない。より患者さんに寄り添った説明をするためには、患者さん本人の歩んできた人生を知ること、また知ろうとすることが大切であるとグループワークで再認識した。こんなにも詳細に1人の人生を読み解く取り組みは初めてであった。臨床現場では、疾患そのものに焦点が行きがちであるが、患者さんの人生に寄り添うことが旅路(Cancer Journey)を共にする上で重要であると実感した。 “病気を診る”のではなく“患者さんの人生をみる”医師が私の目標  「多くの人に“がんは治る病気”と認識してもらえるようにしたい、また腫瘍内科医として、そのような治療を確立させたい」これは私が本セミナー参加前に抱いていた目標である。私は祖父をがんで亡くしたことをきっかけに、こう思うようになり、当時通っていた大学を辞め、医学部に進路変更をした。そのような中、本セミナーに参加し、大きな収穫があった。それは、先生方とお話する中で得られた、新たな考えや価値観である。 がん研有明病院の高野 利実先生は、お話しさせていただいた際に次のようにおっしゃった。「治すというだけが腫瘍内科医としての仕事ではなく、治らない場合にこそ腫瘍内科医にしかできない仕事がある」「治らない患者さんに手を差し伸べ、共に歩むことができる点が腫瘍内科医の何よりも魅力だ」と。そもそも“治す”とは何を指すのか。この問いを考えたとき、いわゆる完治だけが“治す”ではなく、たとえ治らなくともがんと上手く向き合い、付き合いながら患者さん自身の人生を生きていくこと、それが“治す”であるという答えに至った。 思えば、家族のがん罹患の経験から“がん=悪”という考えが私の心の奥に根付いていたのかも知れないと、ハッとした。病気は誰でもなる、それはがんも同様だ。病気は人生の一部であり、病気によって人生が左右されてはならない。患者さん自身の人生をその人らしく生きることが何より大切である。医師として病気を治すことだけに躍起になるのではなく、同じ方向(治療目標)を向きながら、共に歩むという考えを自分の中におとし込むことができた。つまり、“病気を診る”のではなく、“患者さんの人生をみる”医師になりたいという考えに至った。 患者さんと共に成長できることも腫瘍内科の魅力  「人生の扉は他人が開けてくれる」これは奈良県総合医療センターの東 光久先生が大切にされているお言葉である。東先生は、この言葉の“他人”とは“患者さん”であるという。「医師としても人としても、患者さんとの出会いが私たちを成長させる。そして、患者さんの人生に寄り添い、共に歩む中で、私たちは患者さんから思いがけない新たな気づきやきっかけをいただいている」とお話ししてくださった。私も、患者さんお一人お一人との出会いを大切にしていきたいと改めて感じた。 ここまで“患者さんの人生に寄り添い、共に歩む”ことを中心にレポートしてきたが、どんな病気においてもこの考えは基盤になると考える。ただその中でも、がんは患者さんのそれまでの人生、またその後の人生に大きな影響を与える疾患の1つである。だからこそ腫瘍内科医は、がん患者さんの人生に深く、長く寄り添い、その人らしい人生を送るためにその患者さんにとっての最善の提案をする力が求められる。患者さんとの関わり合いの中で、人として成長させていただけること、これは腫瘍内科の魅力だと先生方とお話しさせていただき、強く感じた。また“臓器横断的”に診られることも腫瘍内科の魅力である。私が腫瘍を扱う外科ではなく、腫瘍内科を志望しているのもこの点に魅力を感じているからだ。患者さんの全身を診ることができ、そして人生をみて、共に歩む。これこそが腫瘍内科の魅力であると考える。 福井大学医学部5年 松田 玲奈 ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr 日本臨床腫瘍学会ホームページはこちら▶https://www.jsmo.or.jp/ 日本臨床腫瘍学会認定研修施設はこちら▶https://www.jsmo.or.jp/authorize/doc/sisetsu.pdf 名古屋大学医学部6年 金澤 元泰 京都大学医学部6年 杉本 凌太郎
私の心に強く刻まれた「腫瘍内科の未来を創るのは君だ!」
私の心に強く刻まれた「腫瘍内科の未来を創るのは君だ!」
 「腫瘍内科の未来を創るのは君だ!」これまで、腫瘍内科医になるというキャリアパスを考えたことがなかった私の目に飛び込んできた言葉だ。大学の掲示板に貼ってあったポスターに書かれたこのキャッチコピーは、私の心に強く刻まれた。マッチング試験を控えた7月末、本来ならば就活対策に充てる時期に実施される腫瘍内科セミナー、行くべきか行くべきでないか。私は判断を保留することにした。 その翌月、外部の市中病院で血液内科の病院実習をしていた私は、1ヵ月の実習中に一度だけ、最も忙しい先生の外来を見学した。「私は血液内科だけでなくて腫瘍内科の専門医も持っているので、その外来もあるんですよ。これからは臓器ではなくて、遺伝子変異で治療法を決める時代になりますよ」患者さんについて細かく教えていただいたあと、最後にそう言って、先生は次の患者さんを迎えに行ってしまった。私には、病院の腫瘍患者さんを一身に背負うその先生の背中が、とても大きく見えた。 腫瘍内科の仕事とはどんなものだろう。どうしたら腫瘍内科医になれるんだろう。その時、先月大学で見たあの言葉を思い出し、参加することを決めた。取材担当:名古屋大学医学部6年 金澤 元泰 腫瘍内科は志を同じくする医師の集まり  セミナーの第一印象は、自己紹介の面白さだ。腫瘍内科の先生方は、自己紹介の時にグラフを提示することがある。自分が診ている患者さんの、がん種別の割合グラフだ。すべての先生がすべての腫瘍を診ているわけではない。それぞれの先生にバックグラウンドがあって、得意分野がある。腫瘍内科は診療科であり、ある種学問である一方で、志を同じくする医師の営みのような、そんな感触があった。 現在は、学会認定制度であるがん薬物療法専門医制度から、日本専門医機構認定の腫瘍内科専門医制度への変革期に当たるため、先行きは若干不透明である。よって、現状では学会としては、専攻医にがん薬物療法専門医の取得を目指していただきたいとの意向がある。一方で、がん薬物療法専門医から腫瘍内科専門医への更新・移行が可能になる見込みであることから、がん薬物療法専門医資格を取得しておくことは不利益にはならない。 患者さんの気持ちを受け止められる医師、それが腫瘍内科医  Cancer Journeyとは、「がんと闘うのではなく、がんと旅をする」という考え方だ。がんと診断された時、人は大きな衝撃と孤独を感じる。そして、がんはその人の人生全般に影響を与える。このような、がんは人生を根本から覆してしまうという即面から、このCancer Journeyという考え方が生まれたそうだ。中で、がん体験者の方のCancer Journeyを伺う機会とグループワークで架空の患者さんのCancer Journeyをつくるという機会を得た。 今回話を伺ったのは、流産後に絨毛がんを患った元患者さん。「いえない(言えない/癒えない)」をテーマに進んだその話は、とても興味深いものだった。医学生の立場で拝聴していると、とくに医師に対して「言えない」ことが多かったように感じた。絨毛がんの特性上、時間のない中で治療が始まったとのことだった。その際に、正しい説明を「される」だけの連続が辛く、流産の苦しみ、がんによる苦しみ、治療やこれからに対する不安、副作用や治療環境の辛さを抱えている一方で、不安や悲しみを抱えていることが、説明を理解していないと捉えられるのではないかと思い、主治医にその悩みを伝えられなかった。 治療が始まっても「言えない」経験が続いた。入院する日からしばらく主治医が出張で不在となり、引き継ぐことになった先生との関係がうまく築けなかった。通院治療に変わってからは、5日連続の治療のため毎日異なる医師の診察を受けることになり、主治医以外の先生は病状を同じように理解してくれていなかったり、副作用の訴えに親身になってもらえなかったりすることが積み重なり、自分の状況を言いづらくなっていったという。主治医に代わりがんの告知をした医師に予後を尋ねたところ「いつ死ぬかは誰にもわかりません。治療はまだありますから、前向きに頑張りましょう」と言われ、後ろ向きで答えのない問いをしてはいけないのかと思わされることもあったようだ。 そのような中、がん治療後に出会ったのが、ある婦人科の女性開業医だった。その先生は病状だけでなく、治療の辛さや、10代から抱えていた婦人科疾患のことも含めてすべてを理解してくれた。そして診察の度に「我慢しなくていいよ、なんでも言ってね」と声をかけてくれた。このような環境で受け入れられた経験から、少しずつ今の自分を受け入れて、希望を周りに伝えられるようになっていったそうだ。 この元患者さんから伺った一連のお話の中で、私は一貫して治療を把握、管理できる医師、希少ながんやAYA世代のがんにも、治療面とケア面両方で対応できる医師、がんやその治療の過程での苦しみと、その個人差を理解し、患者さんの気持ちを受け止められる医師の必要性を実感した。 患者さんの気持ちを知ることの難しさをグループワークで体感  今回のセミナーの目玉は、グループワークで架空の患者のCancer Journeyを作成する試みだ。会場の参加者は8つのグループに分けられた。与えられた条件は、年齢性別と化学療法を実施するということだけ。あとは名前や住所から、すべて自分たちで決めていく。 難しいのは、単に「症例」をつくるというだけではないという点だ。疾患に対する治療の一例を作るのではなく、患者さんの背景、考え方や価値観、がんやその治療に対する反応、周囲の人々も含めて設計する必要がある。そして、そこがこの試みの狙いであるようにも感じた。 私のグループは、知識や臨床経験は異なる学部2年生から専攻医の先生まで、さまざまなステージの参加者で構成され、乳がんに罹患した30歳女性についての検討を行った。患者背景を考える際は知識も経験も関係ない。まずは名前を高橋さんと決めた。東京のOLにしよう、優柔不断な性格かもしれない、もうすぐ結婚式ということにしたらどうか、妹がいて姪ができたことにしよう。話はどんどん弾んでいく。 背景を考えると、患者の問題点もたくさん上がってくる。結婚はどうするのか。子供は産めるのか。仕事はどうするのか。乳がんは遺伝性のものもある、妹や姪も乳がんになるのか。私たちはその中でも、結婚式に焦点を当てて話を進めることにした。 結婚式を挙げるとなると、見た目の問題が出てくる。化学療法で髪が抜けると困る。ドレスを着るから胸や脇の手術痕も嫌だ。高橋さんだったら絶対にそう思うだろう。でも、治療を待つことはできない。 化学療法は術前術後どちらに行うのでも、予後に差はない。だったら、あとが出来てしまう手術は結婚式の後にして、術前化学療法を実施するのはどうか。そうすると脱毛は避けられない。ウィッグで結婚式を挙げるというのはどうか。それを高橋さんは受け入れてくれるだろうか。このようなことを考えていくうちに、高橋さんのCancer Journeyが出来上がっていった。 2日間のセミナーの最後に、各グループのCancer Journeyを発表し合った。私たちのグループは、いかに主治医が結婚式の話を聞き出すか、高橋さんにどう結婚式を迎えてもらうかを主眼に発表を進めた。「副作用が嫌だ」という高橋さんの訴えに対して、「みんなそうです」と切り捨てるのではなく傾聴を続けていくこと、看護師さんや美容師さんとも相談しながら、複数のウィッグを使ってお色直しでイメージチェンジを提案することなどを盛り込んだ。 他のグループも、ものすごく勉強になる発表ばかりだった。遊び人のおじいさんがどう運命を受け入れていくのか、SNSはどのようにがん治療に関わってくるのか、妊孕性温存がプレッシャーになることがある、治療するために生きているわけではない。他にも多くのメッセージを受け取った。 患者さんに寄り添える医師になりたい、そう思える2日間のセミナー  私は、生命に直結する疾患を診れる医師、全身を診れる医師、患者さんに寄り添える医師になりたいと思っている。そのために今は、血液内科を目指している。今回、腫瘍内科についてみっちり学ばせてもらって、腫瘍内科の道も考えるようになった。血液内科に進むのか、腫瘍内科に進むのか、血液内科専門医取得後に腫瘍内科専門医を取得するのか。一長一短はある。会場にいらした血液内科出身の先生は、「まずは血液内科で抗がん剤治療や移植の基礎を学んだらいいよ」とアドバイスしてくださった。他にも、呼吸器や消化器出身の先生もいらっしゃった。別の診療科に軸足を置いてから腫瘍内科に取り組むと、新しいアプローチができるとも伺った。3年目から腫瘍内科に首まで浸かってみたいという思いもある。時代はそちらへ進んでいると実感した2日間だった。私のキャリアについては、今後の初期研修2年間で多くの患者さんと出会う中で考えて行くことにしたい。まずは置かれた場所で懸命に頑張っていきたいと思う。 腫瘍内科医は、一人の患者さんを臓器横断的かつ継続的に、一生涯を見届けるつもりで診ていく。そういった診療スタイルに魅力を感じる方は、とくに腫瘍内科をお勧めできると強く感じた。EBMとはエビデンスだけを重視するのではない。それをどう、個別の、目の前の患者さんに落とし込むことができるか。患者さんの価値観や全人的な悩みもすべて傾聴して受け止めて、その中でどういった治療、Journeyを共に描くのか。腫瘍内科医への扉はどんどんと開かれようとしている。その扉を誰がどう叩くのか。私もその一人でありたい。 実行委員長の高野 利実先生にもたくさんお話を伺った。高野先生は日本の腫瘍内科の先駆け的な先生だ。日本で「腫瘍内科」という概念がそこまで根付いていない中で、どうして先生は、腫瘍内科医になるというビジョンを描けたのかをぜひ伺ってみたいと思っていた。先生の答えは私にとって驚くべきものだった。先生は大学同窓会誌の編集長を務めていらして、その取材の一環でがん研の総長に取材に行かれて、そこでこれからは腫瘍内科の時代だと聞いて腫瘍内科医を目指されたとのことだった。まさに今の私とほとんど同じ境遇だった。このような機会を与えてくださった皆様に心から感謝申し上げます。 名古屋大学医学部6年 金澤 元泰 ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr 日本臨床腫瘍学会ホームページはこちら▶https://www.jsmo.or.jp/ 日本臨床腫瘍学会認定研修施設はこちら▶https://www.jsmo.or.jp/authorize/doc/sisetsu.pdf 京都大学医学部6年 杉本 凌太郎 福井大学医学部5年 松田 玲奈
実は、腫瘍内科は最高に熱くて面白い分野なんです!
実は、腫瘍内科は最高に熱くて面白い分野なんです!
 皆様は腫瘍内科について、どのような印象をお持ちでしょうか。「聞いたことはあるけど、具体的に何をするのかよく分からない」「がん治療って、内科や外科がメインで、腫瘍内科はあまり関わらないんじゃないの?」 正直、こういったイメージの方もいらっしゃるのではないかと思います。 私自身、これまで腫瘍内科についてあまり知らず、「がんの化学薬物療法を管理する診療科」という程度しか理解していませんでした。腫瘍内科のことを聞かれても、ちゃんと答える自信がありませんでした。 しかし、2日間にわたる「医学生・研修医のための腫瘍内科セミナー」に参加して、私のイメージはガラリと変わりました。実は、腫瘍内科は最高に熱くて面白い分野なんです!取材担当:京都大学医学部6年 杉本 凌太郎 私が腫瘍内科に興味を抱いたきっかけは・・・  腫瘍内科にあまり詳しくなかった私が、なぜこのセミナーに参加したのかというと、私が志望する進路に密接に関わっているからです。 私は以前から呼吸器内科に興味を持っており、研究室でもその分野に取り組んでいました。そんな中、肺がんを患っていた祖母の薬物療法を間近で見たことをきっかけで、とくに肺がんの治療に関心を抱くようになりました。これが、私が腫瘍内科に興味を持つようになったきっかけです。 また、記事執筆の仕事をしていた際に、厚生労働省のさまざまな資料を見たことで、医療技官や行政医への道も視野に入れるようになりました。がんは高齢化や地域医療、ゲノム医療、予防医学など、医療の未来を形作る重要なテーマを含んでいます。そうした観点からも、私は腫瘍内科に興味を抱くようになったのです。 要するに、腫瘍内科への興味はあるものの、詳細はよく分からないという状況で、このセミナーはまさに私にとって良い機会でした。私は「腫瘍内科医にはどのような仕事が求められるのか?」「腫瘍内科医のやりがいとは何なのか?」「腫瘍内科医にはどのような未来が訪れるのか?」という3つの疑問を抱えてセミナーに参加し、その中で答えを見つけることを決めました。 腫瘍内科医は「患者さんや医療者と連携し、最良の時間をデザインするリーダー」  本セミナーでは、がん患者さんの人生の全期間に及ぶケース・シナリオを作成するグループワークのセッションがありました。このグループワークを通して、腫瘍内科医の役割について学ぶことができました。 例えば、治療の初期段階を考える際、腫瘍内科医には次のような役割が求められることに気がつきました。・患者さんやご家族と十分なコミュニケーションを取り、身体的な情報だけでなく、人柄や価値観などの生き方に関わる情報を引き出す。・エビデンスに基づいて治療の効果や副作用を予測し、患者さんの生き方に合わせてリスク・ベネフィットを評価し、共有する。・患者さんやご家族の意見を尊重して、共有意思決定 (Shared decision making:SDM) を行う。 特徴的だと感じたのは、「生き方」を重視するところです。がんは人生に大きな影響を及ぼす病気ですが、治療だけが全てではありません。治療は、患者さんが望む「生き方」に沿って「人生の目標」に向かって進めるように支援する手段でしかないのです。 また、実際にがんを経験された方のお話を伺う中で、情報の伝え方を個々の人生観に合わせる必要性も感じました。例えば、良い治療効果が得られる可能性があれば、希望があることを強調して励ますことで、患者さんも安心できるかもしれません。一方、患者さんが覚悟を決めていて、初めから「死」を含めた今後の見通しについて知りたいと考えているのであれば、希望を前面に打ち出したような伝え方は逆影響です。このように、患者さんの背景や考え方に合わせて情報を伝えることが重要だと感じました。また、症状や副作用が刻々と変化する中で、患者さんやご家族の思いが変化することもあるため、常に想像力を働かせながら、患者さんやご家族と密にコミュニケーションをとり続けることが重要だと学びました。 さらに、患者さんとのコミュニケーションに加えて、他の医療従事者との連携も重要です。治療を遂行するためには、さまざまな診療科や施設と協力する必要があります。各臓器の診療科や放射線診断科、検査部の協力が必要なのはもちろんのこと、化学療法の副作用を早期に発見するには、外来化学療法室や看護部、薬剤部などとの連携も必要となります。心理士や遺伝カウンセラーに、精神的苦痛や遺伝に関する相談を依頼する例もあるでしょう。がんが進行した場合には、緩和医療や看取りについての相談に加え、緩和ケア病棟やホスピス、訪問診療・訪問看護などのスタッフの協力が必要になります。若い世代の患者さんで治療を終えられた場合でも、心や身体への負担がなくなったわけではありません。一番つらい治療の時期を乗り越えるためにサポートをしてきた腫瘍内科医だからこそ、力になれることがあるはずです。 こうした役割を踏まえて、腫瘍内科医の仕事を考えるなら、「患者さんや医療者と連携し、最良の時間をデザインするリーダー」と言えるでしょう。患者さんやご家族、多様な医療従事者と協力し、最良の治療を提供し、サポートする役割が求められることがわかりました。 「高度な臨床スキル」と「患者との信頼関係」のバランスが求められる腫瘍内科医  本セミナーを通して、腫瘍内科医の素晴らしさとは、専門知識と人間関係のスキルを結集させたプロの側面にあると感じました。 腫瘍内科医は、横断的な臓器の症状や副作用に対処する必要があり、内科的な知識が不可欠です。時には医学的な判断が生死にかかわることもあるでしょう。一方で、自分の知識や経験に基づき正しい判断を行うことで、患者さんの状態が大きく好転することもあります。そうした瞬間を共有し、患者さんの健康改善に貢献できることが、腫瘍内科医の面白さだと伺いました。 また、ケーススタディでも学んだ通り、医学的に正しい判断ができても、それを患者さんに伝えられるかどうかは別の問題です。信頼関係が崩れ、適切な治療が行えないこともあるそうです。 このように、腫瘍内科医には高度な臨床スキルとコミュニケーション能力が求められ、そのバランスを取るのは決して簡単ではありません。それでも、患者さんとの信頼関係を築き、適切なケアを提供することが、腫瘍内科医のやりがいといえるでしょう。 腫瘍内科医は、がん治療の未来を創生するスペシャリスト  本セミナーの中で、腫瘍内科の現状と未来についても学ぶことができました。 がん薬物療法の発展とともに生まれた腫瘍内科は、まだ新しい分野です。このため、専門医制度が十分に整っていない側面もありますが、需要は今後ますます増加していくでしょう。日本では、年間約100万人ががんに罹患し、約38万人ががんで亡くなっています。高齢化に伴ってがん患者数および死亡者数が増加しており、その多くが腫瘍内科医の専門知識を必要としています。その一方で、がん薬物療法専門医の数は2,000人にすら達しておらず、十分とはいえません。 そして、腫瘍内科医には多様なキャリアがあるのも特徴です。これまでは、各臓器の専門診療科でがん診療の経験を積んだ医師が、がん薬物療法専門医として活動しているケースです。最近では、最初からmedical oncologistとして臓器の枠にとらわれることなく悪性腫瘍に関する専門知識を習得し、臓器を横断的に考えることができる人材の育成も必要だと言われています。 また、腫瘍内科は新しい領域であることから、抱えている課題も少なくありません。腫瘍内科を専門的に扱っていない病院も多いし、腫瘍内科がある病院でも他の部門との連携に課題があることもあります。外来化学療法の普及も進んでいません。こうした課題に対して、腫瘍内科医が取り組み、がん治療の未来を変える可能性があるのです。 例えば、まだ腫瘍内科医がいない病院に赴き、新たに腫瘍内科を立ち上げて、地域のがん診療を支える役割を果たすこともあります。外来化学療法の積極的な導入により、「入院して当たり前」というがん治療のイメージを変えることもできます。また、臨床試験への参加を通じて、新たな標準治療の確立に寄与することも可能です。腫瘍内科医は、日本の医療の未来に大きな影響を及ぼす重要な役割を果たすことができるのです。 このように、私たちは腫瘍内科という新しい分野に挑戦することで、がん患者さんひとりひとりに最適な医療を提供するだけでなく、がん治療の未来を創っていくという夢に溢れた仕事に取り組むことができるのだと知りました。 熱さを胸に日本の医療の未来を築く医師を目指す  このセミナーでわかった腫瘍内科の魅力は、まさに「熱さ」でした。 腫瘍内科医の大切な使命は、がんという厳しい病気を抱える患者さんたちが最良の形で人生を送れるよう、多職種や多診療科のチームと連携してあらゆる面からサポートすることです。その仕事は難しい一方で、やりがいに溢れています。 さらに現在、がん領域はゲノム医療や新しい種類の薬剤の登場など、急速な進化を遂げています。その変化の中で、ベテラン医師と若手医師が協力し、「がん医療の未来をより良いものにする」という夢に向かって尽力している熱い姿勢に、感銘を受けました。 ——これからは、腫瘍内科のことを聞かれたら「最高に熱くて面白い分野です!」と答えるつもりです。そして、自分自身もその熱さを胸に、日本の医療の未来を築く医師を目指したいと思います。 京都大学医学部6年 杉本 凌太郎 ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr 日本臨床腫瘍学会ホームページはこちら▶https://www.jsmo.or.jp/ 日本臨床腫瘍学会認定研修施設はこちら▶https://www.jsmo.or.jp/authorize/doc/sisetsu.pdf 福井大学医学部5年 松田 玲奈 名古屋大学医学部6年 金澤 元泰
日本救急医学会 第9回全国医学生BLS選手権大会~決勝大会~ 現地レポート
日本救急医学会 第9回全国医学生BLS選手権大会~決勝大会~ 現地レポート
掲載日:2023年12月11日 はじめに  さる2023年11月26日(於:国立国際医療研究センター病院)、第9回全国医学生BLS選手権大会 決勝大会が開催されました。 この大会は全国医学生の心肺蘇生法(CPR:cardiopulmonary resuscitation)を含めた一次救命処置(BLS:basic life support)の知識・技術の向上を目的として、2015年から開催されていました。コロナ禍による影響もあり、4年ぶりの開催ということで参加する医学生の方はもちろんのこと、ご準備をされている先生方や運営事務局の方からも緊張感が伝わってくる独特な雰囲気の中、今年は、地方大会に出場した35大学(41チーム)のうち、上位18大学が決勝の舞台に集まり、大会が始まりました。  冒頭、開会挨拶で笠岡俊志先生(熊本大学病院)から語られたのは「みなさんの“目標”は優勝だと思いますが、“目的”はCPR・BLSの知識・技術を高め、その重要性を一般の方や後輩に伝えることです。“目的”と“目標”を混同することなく、大会に臨んでください」というお言葉でした。 この大会を通じて、語られた“目的”と“目標”。これこそが、この大会の意義を示すキーワードであり、日本救急医学会から医学生たちへの熱い想いの核となる言葉でした。 「実際の患者さんだと思ってください」  開会式では、もうひとつ、参加医学生の熱気を感じる場面がありました。 本大会ご担当の澤田悠輔先生(群馬大学医学部附属病院)がルール説明を終え、質疑応答の時間に移るや否や、医学生たちが一斉に手を上げ、質問をしていきました。質問の内容としてはルールの疑問・不明点や当日使用する機器の具合など様々。その一つ一つに丁寧に答えていく澤田先生の返答には一貫したものがあり、「実際の患者さんだと思ってください。そうすれば自ずと答えは出るはずです」「実際の患者さんにそんなことはしないですよね?」と、目の前のレサシアンを実際の患者さんとして扱っているかを審判員はみていることを、何度も何度もお伝えしていました。 もちろん、競技である以上は採点ルールが存在しますが、あくまでも賞を取ることは“目標”であり、大会の“目的”はBLSの知識・技術の向上で、参加学生同士、切磋琢磨することが大事なことである、という徹底した認識共有が行われたのも印象的でした。  後々、澤田先生が「毎回この時間はものすごく緊迫感に包まれるんですよ」と笑顔で誇らしげにお話されていたのも、この大会の醍醐味を象徴する素敵な場面だったと思います。 競技概要  競技概要(ルール)についてお伝えしたいと思います。 ・大学単位での参加で1大学から参加できるチームは1チーム(地方大会あり) ・1チーム5名編成の団体戦(うち医学科学生は3名以上) ・競技種目は下記の3つ(競技者は3名ずつ・成人は10分・乳児は8分) ① 2人法による成人BLS(胸骨圧迫+人工呼吸(BVM使用)+AED使用)(硬さ:スタンダード) ② 2人法による成人BLS(胸骨圧迫+人工呼吸(BVM使用)+AED使用)(硬さ:ハード) ③ 2人法による乳児BLS(胸骨圧迫+人工呼吸(BVM使用)+AED使用) ・当日受付時に抽選が行われ、各種目にどのメンバーが参加するかが決定 ・BLSは評価シートを使用し、学会所管の審査委員(先生方)にて採点。 ・CPRはレサシアン with QCPRマネキン(レールダルメディカル社)、レサシベビー QCPRマネキン(レールダルメディカル社)を使用して、評価。 ・使用するガイドラインは、日本蘇生協議会(JRC)蘇生ガイドライン2020。また、医療者用BLSアルゴリズムを採用。 ※その他詳細は割愛いたします この内容で2時間半にわたり、熱戦が繰り広げられました。 競技開始  いざ、競技がスタートすると会場は救急現場さながらに緊迫感の漂う空間となりました。 競技者の一挙手一投足、どれにおいても真剣さが籠っており、質の高いBLSを行おうという想いが全チームから感じられる雰囲気でした。胸骨圧迫のテンポを保つために一定のリズムで手拍子を入れながら応援をする医学生たちの手のひらが真っ赤になっていたり、優勝を“目標”に一緒に練習をしてきた仲間を鼓舞する姿は、いかにも青春という様子で、心揺さぶられる場面でした。 その一方で、競技が終わったあとすぐに集まって反省点を話し込む姿や、各大学の引率の先生にアドバイスを求める姿は、医学生であっても一人の医療従事者なんだという高い志を感じる素晴らしい時間であったと思います。この競技会場の雰囲気が文章で伝えきれないかも、という歯がゆさも残りますが、ぜひ、この記事を読んだ医学生には来年以降、実際に参加して、肌で感じていただきたいなと思いました。 競技と実際の間で  2時間半にわたる競技時間を終え、医学生たちの表情は達成感と開放感に溢れたものとなっていました。表彰式のために参加者全員が再度会場に集い、隣に並ぶ他大の参加者と会話を交わす様子を見ていると、こうして現地に集まり、お互いの顔が見える中で知識・技術を高めあうということの重要性を改めて感じた、大変貴重な場となりました。 表彰は4部門(成人スタンダード・成人ハード・乳児・総合)にわたり、発表されました。 表彰式後、総合優勝を果たした琉球大学の方に“大会に臨むうえで一番大切にしていたこと”を聞いてみると「とにかくメンバーみんなでやる。マネキンではなく、実際の人だと思って。競技ルールはあるものの、とにかく目の前にいるのは人なんだと思ってやることを徹底して臨みました」と素敵な笑顔で答えてくれました。また、練習の一環として、実際に活躍している救急隊の方を訪ね、リアルな現場の状況などに即したBLSの方法や実技を学んだというお話もしてくださいました。 もう一つ、この琉球大学チームから非常に興味深いお話がありました。普段所属する《Off The Clock》というサークルは救急医療と総合診療の2本柱で活動しているというのです。「自分たちでも珍しいサークルだと思います。昨日もみんなで総合診療の講演を受けて、朝8時の飛行機で東京にきました!」と仰っていたところに学生らしい勢いを感じた一方、日頃から人を助けるんだ、という想いを持って、コツコツと練習や実習、サークル活動に励んでいるというところに、このチームが総合優勝できた理由を垣間見た気がしました。  閉会式、笠岡先生は全体総評で「“目標”としていた優勝はできなかったかもしれない、でも“目的”としていたことは全員が達成できたと思います」「今日、何人の人を救うことが出来たか、何人の人が救われたか。私はその目線で競技を見ていました。救急を専門にしているからではなく、医師にとって大事な蘇生法を学べたことが重要です」と医学生たちに激励のお言葉をかけていました。  改めて振り返ると、大会を通して語られた“目的”を日頃から念頭に置き、実践できているかどうか、この点が、賞を取れるかどうか、つまり“目標”達成をなし得るかの微妙な差を生んだのではないかと思います。もちろん、医療は競い合うものではありません。しかしながら知識・技術を高め合うことは、間違いなく、これからの医療を明るくしてくれる要素であると考えます。 こんなに志の高い医学生たちが、それぞれの地域で生活している。それが感じられただけでも、数多くの人命が救われる希望がある、と認識させていただける素晴らしい機会となりました。 今後もこの大会が続いていくことを心より願うとともに、来年は地方大会から見てみたいと思える、とても熱気溢れる大会でございました。  最後に、本取材をご快諾いただきました、日本救急医学会理事の先生方、学生・研修医部会運用委員会委員長の笠岡俊志先生、国立国際医療研究センター病院の木村昭夫先生・船登有未先生、大会担当の澤田悠輔先生に改めて感謝申し上げます。誠にありがとうございました。 文責:ヒポクラ学会担当 カワウソくん ▶医師・医学生専用SNS ヒポクラ  無料会員登録はこちら     ▶第9回全国医学生BLS選手権大会 https://www.jaam.jp/info/2023/info-20230421.html ▶日本救急医学会HP https://www.jaam.jp/index.html ▶救急医を目指す君へ https://qqka-senmoni.com/
U45がん治療研究者が集結、がん関連三学会Rising Starネットワーキング開催~現地レポート編~
U45がん治療研究者が集結、がん関連三学会Rising Starネットワーキング開催~現地レポート編~
掲載日:2024年2月16日 はじめに  2024年1月27-28日、日本癌学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会の三学会主催による初めてのネットワーキングイベント「2024年がん関連三学会Rising Starネットワーキング」(於:Shimadzu Tokyo Innovation Plaza)が開催されました。     近年、がん治療の開発は急速に進み、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害剤、抗体医薬、ゲノム医療など、さまざまな治療法が広がりを見せ、飛躍的に進歩しています。臨床現場での早期普及のためにも、基礎研究、トランスレーショナル研究、臨床研究のスムーズな橋渡しが求められており、今後のがん治療の発展において最も重要な課題の1つであると考えられています。そのため、臨床チームと研究チームが連携して、よりスムーズな双方向性を実現するためには、基礎と臨床の垣根を超えた若手研究者同士の交流が求められていました。その垣根を超えるための第一歩となるイベントこそ、この「2024年がん関連三学会Rising Starネットワーキング」です。 初のがん関連三学会主催イベント  この度実施された「2024年がん関連三学会Rising Starネットワーキング」は、日本癌学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会の協力により実現されました。元々、がんゲノム医療や免疫療法などの新しいがん治療を臨床現場に普及させるには、基礎医学・研究を中心とした日本癌学会、がん治療に関わる横断的な役割を担う日本癌治療学会、薬物療法を中心とした日本臨床腫瘍学会が連携強化を図ることがますます重要になるとされていました。 その機運が高まった2022年の日本癌治療学会学術集会にて3学会合同特別企画として「理事長に聞く:がん関連3学会の今とこれから」が行われ、本演題のパネルディスカッションにて3学会共同で実現できる企画の必要性が示唆されたことから「がん関連三学会Rising Starネットワーキング」が実施される運びとなりました。 新進気鋭・多種多様な参加者で実施  「がん関連三学会Rising Starネットワーキング」では、それぞれの専門分野に関する発表を通じて、新たな知見の共有のみならず、研究者同士のつながりを強化・促進することで、研究と臨床とのスムーズな橋渡しを目指すべく、各学会から募集された45歳以下の若手研究者約60名が参加しました。 プログラムは二日間にわたり、口演とポスターセッションのそれぞれ30演題の発表が行われ、さまざまな研究テーマ、国籍、立場や勤務施設背景の異なる先生方による、大変に濃密で、熱く議論できる場となりました。各分野における最先端の発表が行われ、別分野の専門家から質疑が行われることで、新たな発見や、つながりが得られる貴重な時間になっていたと同時に、各分野のコラボレーションにより、研究の促進や臨床現場での応用において、追い風となることも期待されるプログラムとなっていました。  研究分野ごとにセッションが組まれることの多い学術集会では得られないメリットが見えたことも、本会の魅力であり、また、若手研究者の多くが研究と臨床とのバランスをとることに苦慮していることも感じられる内容が語られたことも注目すべきだった点と思います。勤務施設の背景により研究に対する比重は異なり、時間やコストの面での制約があることも大きな課題であると感じました。  本会に参加された先生の多くは、海外留学経験を有していることもあり、日本における医師の研究環境とのギャップに悩むことも少なくないと推察され、日本から世界に発信していく医学研究を今後ますます促進していくためには、さまざまな課題をクリアしていく必要があるものの、限られた時間の中でより効率的に研究を進めていくことが求められる現環境下においては、研究者同士の「ネットワーキング」強化が1つの答えとなるかもしれないと、強く感じました。 ネットワーキングの先に  2日間にわたるプログラムの終わりに、参加者投票によって、口演およびポスターそれぞれ3演題ずつ優秀賞が選出されました。いずれの発表も素晴らしいものであったため、投票された先生方も選出には苦慮されたことであろうと思います。  今後、弊社も研究促進の一助になれるよう、さらに多くの先生方からのアドバイスやご質問をいただける企画展開も含め、今回参加された先生方のお気持ちや研究状況を追って取材できればと考えています。    本イベントの開催を提言された野田哲生先生(公益財団法人がん研究会がん研究所所長)は閉会のご挨拶で「このイベントが開催されたのは非常に素晴らしいこと、ただ、もっと重要な事は、このネットワーキングの先に何をするかです。ぜひこの課題を持って帰ってください」、「若手といえども、非常に時間は限られています、この機会を最大限に活かすのはみなさんです」と参加者に語りかけていました。    今回、初めて実施された「がん関連三学会Rising Starネットワーキング」が今後も継続的に実施されていくことにより、若手研究者同士の交流が活発となり、研究の促進や早期臨床応用がさらに加速し、日本から世界へ新たながん治療が発信されていくことが望まれます。このような、がん関連三学会の取り組みが他領域にも波及することへの期待も非常に大きいと筆者は感じています。さまざまな研究や臨床に携わる先生方のコラボレーションが促進されることで、明日の医療の景色が明るく照らされていくことを願わずにはいられません。  最後に、本取材企画を快くご承諾いただきました、野田哲生先生、間野博行先生(日本癌学会理事長)、吉野孝之先生(日本癌治療学会理事長)、石岡千加史先生(日本臨床腫瘍学会理事長)、佐谷秀行先生(藤田医科大学がん医療研究センター)に御礼を申し上げますとともに、取材実施に関し、お力添えいただきました、がん関連3学会若手協議会の大槻雄士先生(藤田医科大学)、加藤大悟先生(大阪大学)、後藤悌先生(国立がん研究センター中央病院)に改めて感謝申し上げます。誠にありがとうございました。 左:後藤先生 中央:大槻先生 右:加藤先生 なお、本イベント所管の先生方のご感想や未来のがん研究者へのメッセージをお聞きした、「U45がん治療研究者が集結、がん関連三学会Rising Starネットワーキング開催~メッセージ編~」も現在作成中ですので、ぜひ公開をお楽しみにしていただけますと幸いです。 文責:ヒポクラ学会担当 カワウソくん カワウソくんのヒポクラリアルタイム投稿の様子もチェック! ◆1日目 ◆2日目 ※閲覧にはヒポクラ会員登録が必要です ▶医師・医学生専用SNS ヒポクラ  無料会員登録はこちら     ▶日本癌学会HP https://www.cancer.or.jp/ ▶日本癌治療学会HP https://www.jsco.or.jp/ ▶日本臨床腫瘍学会HP https://www.jsmo.or.jp/
U45がん治療研究者が集結、がん関連三学会Rising Starネットワーキング開催~メッセージ編~
U45がん治療研究者が集結、がん関連三学会Rising Starネットワーキング開催~メッセージ編~
掲載日:2024年3月7日 はじめに  2024年1月27-28日、日本癌学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会の三学会主催による初めてのネットワーキングイベント「2024年がん関連三学会Rising Starネットワーキング」(於:Shimadzu Tokyo Innovation Plaza)が開催されました。  近年、がん治療の開発は急速に進み、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害剤、抗体医薬、ゲノム医療など、さまざまな治療法が広がりを見せ、飛躍的に進歩しています。臨床現場での早期普及のためにも、基礎研究、トランスレーショナル研究、臨床研究のスムーズな橋渡しが求められており、今後のがん治療の発展において最も重要な課題の1つであると考えられています。そのため、臨床チームと研究チームが連携して、よりスムーズな双方向性を実現するためには、基礎と臨床の垣根を超えた若手研究者同士の交流が求められていました。その垣根を超えるための第一歩となるイベントこそ、この「2024年がん関連三学会Rising Starネットワーキング」です。 今回は本イベント運営担当の先生方ならびにオブザーバーとしてご参加された先生方から、これからの「がん治療」を担うNext Rising Star(特に研修医・医学生)に向けてメッセージをお預かりしております。基礎研究・臨床問わず、少しでも「がん治療」の道に興味がある方にはお読みいただきたいレポートとなっております。ぜひ、ご一読くださいませ。 左:後藤先生 中央:大槻先生 右:加藤先生 がん治療・研究に携わることになったきっかけ 大槻 雄士 先生(藤田医科大学/日本癌学会)  外科医として臨床に従事する中で、「がんが治らない」ということに大きな衝撃を受けたのがきっかけでした。そこから、がん治療の発展に貢献したい、がん治療の開発に本当の基礎から関わっていきたい、という想いを強く持つようになり、がんの基礎研究の道に進んでいきました。 加藤 大悟 先生(大阪大学/日本癌治療学会)  泌尿器科は癌診療と移植医療を同時に行う数少ない診療科であり、興味を惹かれ入局しました。大学院では移植免疫研究を行っていましたが、表裏一体の関係にある腫瘍免疫へ興味の対象が広がり、留学先を選択しました。腫瘍免疫はさらに癌ゲノム情報と密接に関係するなど、研究を開始するとさらに他の分野も知りたくなるのが研究の魅力だと考えています。 後藤 悌 先生(国立がん研究センター中央病院/日本臨床腫瘍学会)  私ががん治療と研究に携わるようになったのは、祖母ががんを患っていた経験がきっかけです。その苦悩を通して、生と死に深く関わりたいという強い願いを持ちました。この経験が、がんという病気に立ち向かい、病と闘う人々のそばで支え続けることへの決意を固めさせました。 ご口演中の1コマ。女性研究者の方も多くご参加。 ネットワーキングのメリットと今後の課題 大槻 雄士 先生(藤田医科大学/日本癌学会)  日本癌学会には、メディカルドクターでない研究者が沢山入会しています。そのような研究者の方々が、臨床腫瘍学会や癌治療学会の先生方とディスカッションをすることで新たなコラボレーションが生まれる現場を見ることができたのは大きなメリットであり、ここから新たながん治療の種が生まれる予感を感じることができました。 加藤 大悟 先生(大阪大学/日本癌治療学会)  臨床医と基礎研究者がお互いの長所を知る良い機会になったと思います。同様の交流が一つの学会レベルではこれまでにもありましたが、癌関連3学会として行ったことは意義深いものでした。このネットワーキングイベントから何かGroundbreakingな研究が生まれることを願っています。 後藤 悌 先生(国立がん研究センター中央病院/日本臨床腫瘍学会)  ネットワーキングイベントはがん研究の多様性を知る貴重な機会となりました。自らの研究を客観的に評価するきっかけを提供し、他の参加者の研究とのつながりから新たなステップへ進む動機付けにもなりました。今後の課題としては、このような交流をさらに深め、具体的な共同研究へと発展させる方法を模索することが挙げられます。 外国籍の先生も多く、国際色も大変豊か。    今回、初めて実施された「がん関連三学会Rising Starネットワーキング」が今後も継続的に実施されていくことにより、若手研究者同士の交流が活発となり、研究の促進や早期臨床応用がさらに加速し、日本から世界へ新たながん治療が発信されていくことが望まれます。このような、がん関連三学会の取り組みが他領域にも波及することへの期待も非常に大きいと筆者は感じています。さまざまな研究や臨床に携わる先生方のコラボレーションが促進されることで、明日の医療の景色が明るく照らされていくことを願わずにはいられません。  最後に、本取材企画を快くご承諾いただきました、野田哲生先生、間野博行先生(日本癌学会理事長)、吉野孝之先生(日本癌治療学会理事長)、石岡千加史先生(日本臨床腫瘍学会理事長)、佐谷秀行先生(藤田医科大学がん医療研究センター)に御礼を申し上げますとともに、取材実施に関し、お力添えいただきました、がん関連3学会若手協議会の大槻雄士先生(藤田医科大学)、加藤大悟先生(大阪大学)、後藤悌先生(国立がん研究センター中央病院)に改めて感謝申し上げます。誠にありがとうございました。 なお、本イベント所管の先生方のご感想や未来のがん研究者へのメッセージをお聞きした、「U45がん治療研究者が集結、がん関連三学会Rising Starネットワーキング開催~メッセージ編~」も現在作成中ですので、ぜひ公開をお楽しみにしていただけますと幸いです。 文責:ヒポクラ学会担当 カワウソくん カワウソくんのヒポクラリアルタイム投稿の様子もチェック! ◆1日目 ◆2日目 ※閲覧にはヒポクラ会員登録が必要です ▶医師・医学生専用SNS ヒポクラ  無料会員登録はこちら     ▶日本癌学会HP https://www.cancer.or.jp/ ▶日本癌治療学会HP https://www.jsco.or.jp/ ▶日本臨床腫瘍学会HP https://www.jsmo.or.jp/