「知っておきたい希少疾患」の記事一覧

骨髄増殖性腫瘍~知っておきたい希少疾患
骨髄増殖性腫瘍~知っておきたい希少疾患
 骨髄増殖性腫瘍とは、造血幹細胞において後天的遺伝子変異が生じることで、血液細胞が過剰に造られてしまう疾患の総称である。遺伝子変異の種類により、白血球、赤血球、血小板の増殖がみられ、この増殖タイプの違いにより、いくつかの疾患に分類される。今回は、骨髄増殖性腫瘍のうち、真性多血症、本態性血小板血症、原発性骨髄線維症について簡単に紹介する。 赤血球の増加がみられる「真性多血症」血栓症リスクに要注意  真性多血症は、とくに赤血球の増加を呈する疾患であり、90%以上の患者においてJAK2遺伝子変異が認められる。赤血球の増加により、赤ら顔、眼の結膜充血、入浴時の皮膚掻痒感、頭痛、めまい、疲労、倦怠感などの症状がみられる。真性多血症では、血栓症リスク(心筋梗塞、脳梗塞、下肢静脈血栓症、肺塞栓など)が上昇するため、血栓症予防が治療の目標となる。真性多血症は血栓症リスクに応じて、低リスク群と高リスク群に分類される。低リスク群では、高血圧や脂質異常症などの血栓症リスク因子の治療を行った上で、瀉血療法+低用量アスピリン療法を実施し、高リスク群では、これらに加え、細胞減少療法やインターフェロンアルファなどによる治療が行われる。 血小板が増加する「本態性血小板血症」出血傾向にも注意が必要  血小板の増加を主体とする本態性血小板血症は、疾患進行に伴い、血栓傾向や出血傾向がみられる。脳梗塞などの血栓症発症後に診断されるケースだけでなく、無症状の場合が多いため、健康診断などで指摘されて診断に至るケースも少なくない。本態性血小板血症は、直ちに生命予後に影響を及ぼす疾患ではないが、血栓症や出血症状の合併率が高いために、適切な予防を行うことが治療の目的となる。低リスク群では、経過観察が原則となるが、必要に応じて抗血小板薬の使用を検討し、高リスク群では、細胞減少療法が用いられる。 リスクに応じて造血幹細胞移植も検討される「原発性骨髄線維症」  骨髄線維症は、骨髄中の線維(細網線維またはコラーゲン線維)が増加した状態であり、骨髄増殖性腫瘍以外にも悪性リンパ腫などの血液疾患、自己免疫疾患、感染症などと合併することが少なくない。原発性骨髄線維症は、前述のような合併症が否定され、骨髄増殖性腫瘍であると判断された場合に診断される。また、真性多血症や本態性血小板血症患者で、骨髄中の線維増加が認められた場合には、二次性骨髄線維症と診断される。原発性骨髄線維症と二次性骨髄線維症は、骨髄での線維化に加えて、骨髄以外の臓器(脾臓、肝臓など)で造血が起こることもある。主な症状は、倦怠感、掻痒感、寝汗、体重減少などであり、高頻度で貧血を合併する。原発性骨髄線維症は、真性多血症や本態性血小板血症よりも生命予後リスクが不良であるため、疾患のリスク分類を行い、適切な治療を選択する必要がある。現時点で、骨髄線維症に対する根治療法は、造血幹細胞移植が唯一の治療法であり、予後リスクに応じて検討される。 血液検査結果について専門医へ相談できるオンラインサービス「血ミル」開始  毎年9月の第2木曜日は、日本骨髄増殖性腫瘍の日(Japan MPN Day)です。日本では、骨髄増殖性腫瘍患者・家族会(MPN-JAPAN)により2016年に制定された。これに合わせて、2024年9月12日(木)、エクスメディオでは、骨髄増殖性腫瘍の早期発見を目指し、血液検査値の異常や検査結果について経験豊富な専門医へ相談できるオンラインコンサルトサービス「血ミル」を開始した。検査画像や主要な検査結果、相談内容を入力いただくと、血液内科専門医より回答が届くサービスである。専門医への紹介や患者さんへの説明などに迷った際に、ぜひご利用いただきたい。 血液検査値コンサルト 「血ミル」はこちらから ▶ https://hpcr.jp/v/consult/form/chimiru (エクスメディオ 鷹野 敦夫) ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr
脂肪萎縮症~知っておきたい希少疾患
脂肪萎縮症~知っておきたい希少疾患
 脂肪萎縮症は、糖脂質代謝異常と体重減少が同時に認められる希少疾患であり、極めて予後が不良である。これまで疾患認知が十分ではなかったため、治療に難渋する糖尿病などとして治療継続が行われ、診断遅延や見逃されていたケースも少なくないといわれている。今回は、脂肪萎縮症の概要とエスクメディオが新たに開始した「脂肪萎縮症コンサルト」について紹介する。 脂肪萎縮症が疑われる患者像「脂肪萎縮を伴う重度の糖尿病」  脂肪萎縮症とは皮下脂肪や内臓脂肪などの脂肪組織が減少・消失する希少疾患である。遺伝子変異による先天性または家族性と、自己免疫異常などによる後天性のものがあり、それぞれ摂取エネルギー量とは無関係に全身の脂肪組織が減少・消失する全身性と、四肢などの脂肪組織が減少・消失する部分性の脂肪萎縮症に大きく4つに分類される1) 。脂肪萎縮症では脂肪組織が一定以上消失すると糖尿病や高トリグリセリド血症、脂肪肝などの糖脂質代謝異常を発症し、予後に悪影響を及ぼす。とくに、脂肪萎縮症に合併する糖尿病は脂肪萎縮性糖尿病と呼ばれ、重度のインスリン抵抗性を示すのが特徴である2) 。 国内推定患者数約100人、予後は極めて不良  脂肪萎縮症の推定有病率は、米国において約100万人〜500万人に1人と報告されている3) 。日本では、1985年の厚生省特定疾患、難病の疫学調査研究による脂肪萎縮性糖尿病の全国調査の結果および2007年の日本内分泌学会内分泌専門医を対象としたアンケート調査の結果から、有病率は約130万人に1人と推定されており、国内推定患者数は、約100人の非常に稀な疾患であり、指定難病および小児慢性特定疾病に指定されている。脂肪萎縮症患者は糖尿病合併に伴う重度のインスリン抵抗性や糖尿病以外の高トリグリセリド血症から発現する急性膵炎や肝硬変、肥大型心筋症などが死因となることが多く、平均寿命は30~40歳といわれており、極めて予後不良である4) 。 脂肪萎縮と糖脂質代謝異常合併のメカニズム  脂肪の萎縮は、脂肪細胞の発生分化・増殖・機能に関わる遺伝子異常、自己免疫、感染、薬剤、機械的な圧迫、除神経などさまざまな因子により引き起こされる。脂肪萎縮症における脂肪の萎縮は、食事制限、過度の運動、消耗性疾患などにより生じる痩せとは異なり、摂取エネルギー量が過剰な状態であっても改善がみられないのが特徴である。また、脂肪萎縮が全身性または部分性に生じるかについては、脂肪萎縮の病因により決定されると考えられる5) 。  脂肪萎縮症は、脂肪組織が萎縮することで、脂肪組織から分泌されるレプチンが不足した状態となり代謝異常が引き起こされたり、生理機能の減弱に伴い脂肪組織に蓄積出来ない余剰エネルギーが血液循環に留まり、肝臓、骨格筋などの非脂肪組織に脂質として蓄積される。摂食抑制作用を有するレプチンが減少すると、食欲の亢進が認められ、摂取エネルギー量の増加につながる。これらの結果、脂肪萎縮症患者では、脂肪組織の減少・消失の進行とともに、重度のインスリン抵抗性、糖尿病、高トリグリセリド血症、脂肪肝などの糖脂質代謝異常の合併が高率でみられる1) 。 体重減少+糖脂質代謝異常は脂肪萎縮症を疑うサイン、レプチンも重要な指標の1つ  体重減少や痩せがみられ、重度のインスリン抵抗性、糖尿病、高トリグリセリド血症、脂肪肝などの糖脂質代謝異常が認められる患者では、脂肪萎縮症の可能性を考慮する必要がある。その際、まずは脂肪組織の萎縮時期および萎縮部位を評価することが求められる。脂肪萎縮症の診断においては、痩せや体重減少を呈する他疾患を除外し、身体的特徴から早老症候群、自己炎症症候群の可能性を検討する。これらが疑われる場合は、診断を進めるために遺伝学的検査を実施する。次に、脂肪萎縮の発症時期、分布、家族歴、脂肪萎縮と関連する病歴などを検討し、脂肪萎縮症の病型を診断する。全身MRI T1強調画像検査と血中レプチン濃度の測定は、脂肪萎縮症の診断補助ツールとして有用である。脂肪萎縮症に対する血中レプチン検査は保険承認されており、血中レプチン濃度が男性で0.6ng/mL未満、女性で1.9ng/mL未満の場合、脂肪萎縮症が疑われる。先天性病因による脂肪萎縮症の場合は、病因遺伝子の変異が検出されれば、診断が確定する6) 。  脂肪萎縮に対する根本的治療法は、現時点では明らかとなっていないが、脂肪萎縮に起因する代謝異常に対しては、レプチン補充療法の有効性が示されており7)、本邦においても2013年に承認されている8)。 脂肪萎縮症の早期発見を目指して「脂肪萎縮症コンサルト」サービス開始  非常に稀な疾患である脂肪萎縮症は、これまで疾患の認知度が低いことから、適切な診断治療が行われていなかった可能性が指摘されている。とくに、インスリン抵抗性および脂肪萎縮性糖尿病患者では、通常の糖尿病として治療を継続していることも多く、より良い医療アクセスへ結びつけることが困難であった。このような課題を解決するため、エスクメディオでは新たなサービスとして「脂肪萎縮症コンサルト」をスタートすることにした。  これまでエスクメディオでは、「皮膚科 ヒフミルくん」を代表とする非専門医が専門医へオンラインで直接相談できるコンサルトサービスを展開してきたが、脂肪萎縮症の早期発見を目指し、「脂肪萎縮症コンサルト」を新規ラインナップとして追加した。先生が診察されている患者さんの中で、重度のインスリン抵抗性、糖尿病、高トリグリセリド血症などの糖脂質代謝異常と合わせて体重減少や痩せが気になる患者さんに遭遇した際には、本サービスをご利用いただければ幸いである。 「脂肪萎縮症コンサルト」はこちらから ▶ https://hpcr.jp/v/consult/form/lipodystrophy (エクスメディオ 鷹野 敦夫) 参考資料 (1)Brown RJ, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2016; 101: 4500-4511. (2)Brown RJ, et al. Proteomics Clin Appl. 2015: 225–236. (3)Garg A. Am J Med. 2000; 108: 143-52. (4)海老原健ら. 肥満研究2011. 17: 15-20. (5)厚生労働科学研究補助金難病性疾患等克服研究事業 脂肪萎縮症に関する調査研究 平成25年度 (6)中尾 一和ら. 日本内分泌学会雑誌 Vol. 94 Suppl. September 2018. (7)Oral EA, et al. N Engl J Med. 2002; 346: 570–578. (8)メトレレプチン皮下注用11.25mg「キエジ」添付文書 ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr
骨髄異形成症候群~知っておきたい希少疾患
骨髄異形成症候群~知っておきたい希少疾患
 骨髄異形成症候群(MDS)は、未熟な造血幹細胞に生じた異常が原因と考えられる骨髄系造血器腫瘍の1つである。今回は、MDSおよび2024年5月に発売されたレブロジルⓇ[一般名:ルスパテルセプト(遺伝子組換え)]について紹介する。 MDSの主な症状「貧血、易感染状態、出血傾向」、AMLへの進展も  MDSは、正常な血液細胞(赤血球、白血球、血小板)が作られないことで、貧血、易感染状態、出血傾向などがみられ、重篤な感染症を引き起こす可能性もある1) 。さらに、急性骨髄性白血病(AML)への進展の可能性が高いことも特徴であり、MDS患者の10〜30%はAMLに移行するといわれている。  日本におけるMDSの罹患率は、人口10万人あたり年間約3.0人と報告されており2) 、厚生労働省による2020年の患者数調査では、日本のMDS患者の総数は約2万2,000人と報告されている3) 。罹患率は、年齢とともに増加し、とくに70歳以降で急激に上昇している4) 。男女比は、約2:1で男性に多い傾向である。 MDS症状を疑ったら、専門医に相談を  MDSの診断に際しては、「慢性貧血を主とし、出血傾向,発熱を認める(症状を欠く場合もある)」「持続的な血球減少を認める」「骨髄は過形成が多い(低形成の場合もある)」が認められた場合に、MDSが疑われる。血液検査、骨髄検査、分子生物学的検査などと合わせて感染症性疾患、炎症性疾患、他の造血器疾患などとの除外診断により、慎重に鑑別する必要がある5) 。  MDSの病態は多様であり複数の病型に分類される。病型により治療や予後が異なるため、病型分類は重要であるが、治療方針を決定する上で、予後予測を行う必要がある。複数の予後予測スコアリングシステムが提唱されており、特徴はそれぞれ異なるが、臨床的な対応としてはMDSを低リスクと高リスクに分類することが多い6) 。確定診断、病型分類、予後予測を円滑に実施するためにも、原因不明の貧血、出血傾向、発熱等を認める患者は、専門医へ紹介することが望まれる。 低リスクMDSの基本的な支持療法は輸血、さまざまな課題も  MDSは、疾患経過中に約80%~90%の患者において貧血が認められるといわれている7) 。貧血を呈するMDS患者の多くは、正常な赤血球の循環量を確保するために支持療法として定期的な輸血が必要となるが、頻繁な輸血によって鉄過剰症、輸血反応、輸血血液からの感染リスク増加が懸念される。さらに、輸血の負荷増加に伴い低リスクMDS患者においても生存率が低下することも報告されている8) 。一定量以上の赤血球輸血は、鉄過剰症の原因となり、臓器障害の進行や死亡リスクへの影響も報告されているため9) 、鉄キレート療法を行うことが推奨されている10) 。また、低リスクMDSの血球減少に対しては免疫抑制療法、サイトカイン療法、蛋白同化ステロイド療法、ビタミン製剤なども用いられてきた。  造血器腫瘍診療ガイドライン2023年版において、低リスクMDSに対するこれらの治療法のほとんどは推奨グレード「カテゴリー2A」または「カテゴリー2B」とされており、「カテゴリー1」に該当する治療法は、5番染色体長腕の欠失[del(5q)]を伴う低リスクMDSで赤血球輸血依存例に対するレナリドミド投与および貧血を伴う低リスクMDS-RS(環状赤芽球を伴う骨髄異形成症候群)に対する当時国内未承認であったルスパテルセプト投与のみであった6) 。 新規作用機序を有する赤血球成熟促進薬レブロジルⓇ登場  2024年5月、MDSに伴う貧血の治療薬として、レブロジルⓇ[一般名:ルスパテルセプト(遺伝子組換え)]が発売された。レブロジルⓇは、新規作用機序を有する赤血球成熟促進薬であり、造血幹細胞から赤血球への分化過程の後期段階における分化を促進し、成熟した赤血球数の増加を誘導する11)。低リスクMDS患者を対象とした国際共同第Ⅲ相試験(COMMANDS試験)、海外第Ⅲ相試験(MEDALIST試験)、国内第Ⅱ相試験(MDS-003試験)において、レブロジルⓇの有効性・安全性が確認された。日本人患者を含むMDS患者を対象としたCOMMANDS試験の24週中間解析において、主要評価項目である12週間以上の赤血球輸血を必要としない状態かつ平均ヘモグロビン濃度がベースライン値より1.5g/dL以上増加した患者の割合は、レブロジル群で59%、対照(エポエチンアルファ)群で31%であったことが報告されている(共通リスク差:26.6、95%CI:15.8〜37.4、p<0.0001)。最も頻度の高いグレード3/4の治療関連有害事象(患者の≧3%)として、レブロジル群では高血圧、貧血、呼吸困難、好中球減少症、血小板減少症、肺炎、COVID-19感染症、MDS、失神が、対照群では貧血、肺炎、好中球数減少症、高血圧、鉄過剰症、COVID-19肺炎、MDSがみられた12) 。  高齢化が進む日本において、MDS患者は着実に増加している。新規作用機序を有するレブロジルⓇの登場により、これまで治療選択肢が限られていたMDSに伴う貧血治療が促進され、MDS患者のQOL向上が期待される。 (エクスメディオ 鷹野 敦夫) 参考資料 1)Cazzola M, et al. N Engl J Med. 2020; 382: 140-151.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/31914241/ 2)国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」▶https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/data/dl/index.html 3)「政府統計の総合窓口(e-Stat)」.統計で見る日本.患者調査.令和2年度患者調査▶ https://www.e-stat.go.jp/ 4)Chihara D, et al. J Epidemiol. 2014; 24: 469-473.▶ https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/25088696/ 5)骨髄異形成症候群診療の参照ガイド令和 4 年度改訂版▶http://zoketsushogaihan.umin.jp/file/2022/Myelodysplastic_Syndromes.pdf 6)造血器腫瘍診療ガイドライン2023年版 ▶ http://www.jshem.or.jp/gui-hemali/1_6.html 7)Zeidan AM, et al. Blood Rev. 2013; 27: 243-59. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/23954262/ 8)Malcovati L, et al. Haematologica. 2006; 91: 1588-90. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/17145593/ 9)Takatoku M, et al. Eur J Haematol. 2007; 78: 487-94. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/17391310/ 10)輸血後鉄過剰症の診療参照ガイド令和4年度改定版▶http://zoketsushogaihan.umin.jp/file/2022/Post-transfusion_iron_overload.pdf 11)レブロジルⓇ皮下注用25mg / 75mg添付文書▶https://file.bmshealthcare.jp/bmshealthcare/pdf/package/REBLOZYL.pdf 12)Platzbecker U, et al. Lancet. 2023; 402: 373-385. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/37311468/ ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr
重症筋無力症②~知っておきたい希少疾患
重症筋無力症②~知っておきたい希少疾患
 重症筋無力症(MG)は、希少性の慢性的かつ症状の変動を予測することが難しい自己免疫性神経筋疾患で、年齢を問わず発症の可能性があり、神経筋接合部の機能不全と損傷に見られる希少疾患である1)2) 。今回は、2022年に改訂された重症筋無力症の診療ガイドラインの改定ポイントと合わせて、2024年2月に発売されたジルビスクⓇ(一般名:ジルコプランナトリウム)を中心に紹介する。 「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022」改定ポイント  2022年、MGの診療ガイドラインが8年ぶりに改訂された。今回の診療ガイドラインでは、MGと同じ神経筋接合部の自己免疫疾患であるランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)を取り上げ「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022」として公表された3) 。MG患者数は増加の一途をたどっており、日本における疫学調査においても2006年の調査と比較して10年で約2倍となっていることから4) 、今後、MG患者を診察する機会がより一層増加すると予想される。ここでは、以下の改定ポイントについて、簡単に紹介する5) 。 ●MGの新しい分類の提示 ●MG診断基準の改訂 ●早期速効性治療戦略(early fast-acting treatment strategy:EFT)が推奨 ●難治性MGの定義 ●分子標的薬としての補体阻害薬を治療薬として追加  新ガイドラインにおけるMGの病型分類では、最初に眼筋型と全身型に大別する。全身型MGではアセチルコリン受容体(AChR)抗体の有無を鑑別し、AChR抗体陽性は、胸腺腫を伴わない50歳未満発症の早期発症MG、50歳以上発症の後期発症MG、胸腺腫関連MGの3つ、AChR抗体陰性は、筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体陽性MG、抗体陰性MGの2つに分類した3) 。  MGの診断は、AChR抗体、MuSK抗体が検出されれば診断は比較的容易であるものの、いずれも陰性で神経筋接合部障害の検査所見が認められない場合には、これまでMGと診断することができなかった。今回の改定では、血清浄化療法が有効な他の疾患を除外できれば、治療的診断としてprobableと判定可能となった3) 。このことから、これまでMGでありながら、MG治療を実施できなかった患者に対してもより適切な治療が行われる期待される。  MGの治療目標は、2014年版と同様に「経口プレドニゾロン5mg/日以下(MM-5mg)」となっている3) 。MGの従来治療である経口ステロイドの長期使用は、体重増加、糖尿病、骨粗鬆症などの副作用負担が問題となっていた6)7) 。また、非ステロイド系免疫抑制薬による治療は、効果発現までの期間が長く、治療開始後数ヵ月にわたり、複数の臓器への影響が懸念されていた6) 。長期にわたる治療にもかかわらず、約半数の患者は、疾患コントロールが不十分であるとも報告されている8)9) 。そのため、MG治療の基本的な考え方として、「漸増漸減による高用量経口ステロイド療法は、副作用やQOL低下につながりやすいため推奨しない」ことが明記されている。とくに、早期改善と経口ステロイド量抑制の両立を図るため、非経口速効性治療を積極的に行うEFTが推奨されている3) 。EFTは、経口ステロイドをベースとした従来治療と比較し、治療目標であるMM-5mgの早期達成率が高いことも10) 、重要なポイントの1つである。 また、難治性MGの定義は、「複数の経口免疫治療薬による治療」あるいは「経口免疫治療薬と繰り返す非経口速効性治療を併用する治療」を一定期間行っても「十分な改善が得られない」あるいは「副作用や負担のため十分な治療の継続が困難である」場合とされた3) 。これは、治療による患者負担を考慮した定義といえるであろう。  AChR抗体陽性MGでは、神経筋接合部(NMJ)の伝導障害に補体が関与していることが指摘されている。補体標的薬は、補体終末経路にある補体第5成分(C5)に選択的に結合することにより、膜侵襲複合体(MAC)の形成を阻害し神経筋接合部破壊を抑制すると考えられている。近年、MG治療薬として補体標的薬が承認されたことを受け、分子標的治療薬に関する項目が新たに追加されている3) 。 全身型MGにおける筋力低下のメカニズム  MGでは、一般的に眼球および眼瞼の動きをコントロールする眼筋の筋力低下が初期症状として出現し、多くの場合重症化し、頭部、頸部、体幹、四肢および呼吸筋の筋力低下など全身症状を呈する全身型MGへと進行する11) 。発症の原因として、補体や免疫細胞、病原性IgG自己抗体が関係しているといわれている。全身型MGでは、病原性自己抗体が、シナプス後膜上の特定のタンパク質を標的とすることにより、NMJにおけるシナプス伝達を阻害すると考えられている。MGの病態の1つとして、AChRに対する自己抗体が引き起こす補体活性化が、in-vitro試験で示されている。補体C5は、C5aとC5bに開裂し、C5bは、C6、C7、C8、C9に結合して終末補体系を起点としてMACを形成し、運動終板の破壊を引き起こす12)13) 。これにより、神経が筋肉に連絡する方法が妨げられ、筋肉が収縮しにくくなることで症状を発現する。 全身型MGに対する初めての在宅自己投与可能な補体C5阻害剤ジルビスクⓇ皮下注  2024年2月、全身型MG(ステロイド剤又はステロイド剤以外の免疫抑制剤が十分に奏効しない場合に限る)」を効能・効果として、補体C5阻害剤ジルビスクⓇ皮下注16.6mg / 23.0mg / 32.4mgシリンジが発売された14) 。ジルビスクには、2つの作用機序があり、1つは終末補体経路の構成要素であるC5に結合し、C5が活性成分C5aとC5bに開裂するのを防ぐ作用である15)16) 。さらに、C5bが形成された場合でも、C6との相互作用を立体的に妨げ、MACの形成を阻害する16) 。このような補体C5に対する2つの作用により、ジルビスクは、MACの活性化を阻害し、NMJにおけるAChRの正常なシグナル伝達を促す13)17) 。ジルビスクは、大環状ペプチド製剤で、分子量が治療用抗体と比較して小さいことから、神経筋接合部への透過性が高いと考えられている。また、これまでのモノクローナル抗体C5阻害薬とは異なり、経静脈的免疫グロブリン療法や血漿交換などの治療法と併用することも可能となっている。  ジルビスクは、AChR抗体陽性の全身型MGを対象とした日本人成人患者を含む国際共同試験RAISE試験(第III相ランダム化二重盲検プラセボ対照試験)において16) 、主要評価項目であるMG-ADL総スコア(症状および日常生活への影響を評価)の12週におけるベースラインからの変化量(最小二乗平均値)において、ジルビスク群はプラセボ群に対して統計学的に有意で臨床的に意義のある改善を示した(ジルビスク0.3mg/kg/日相当群:-4.39 vs.プラセボ群:-2.30[p QOL向上に期待!患者ライフスタイルに合わせた治療選択が可能に  ジルビスクは、補体C5を阻害する1日1回自己投与型皮下注ペプチド製剤であり、全身型MGに対する初めての在宅自己投与可能な補体C5阻害剤である14) 。通院による負担を軽減し、静脈内注射に代わる治療法として期待される。RAISE試験での12週間の治療期間を終えたすべての患者が非盲検継続投与試験であるRAISE-XT試験へ継続以降に同意していることから16) 、ジルビスクの連日自己皮下注射に対する患者満足度を示唆するものであると考えられる。新たな治療選択肢が選択可能となったことで、患者さんのライフスタイルに合わせた治療が実践されることが望まれる。  また、新たな患者サポートプログラムとして個人宅無料配送サービスも開始されている18) 。ジルビスクは、全身型MG患者に対し、在宅による1日1回自己投与が可能な皮下注射剤であるため、患者さんの通院負担を軽減する利点がある。一方、易疲労性を伴うことの多い全身型MG患者にとって、複数回分まとめての持ち帰りや運搬時の温度管理は大きな負担となる。そのような負担が患者さんの治療への積極的関与や薬剤の継続的な適正使用を妨げる要因にもなり得ることが懸念されていた。そこで、ジルビスクは費用面での負担もない「個人宅配送サービス」を実施している。このような患者サポートは、全身型MG患者が前向きに治療に取り組める環境を促すことにつながり、薬剤の治療効果と合わせ、QOLの向上につながるであろう。 (エクスメディオ 鷹野 敦夫) 参考資料 1)Juel VC, et al. Orphanet J Rare Dis. 2007; 2: 44.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/17986328/ 2) Punga AR, et al. Lancet Neurol. 2022; 21: 176-88.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/35065040/ 3)日本神経学会 監: 重症筋無力症/ラインバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022, 南江堂, 2022. ▶https://www.neurology-jp.org/guidelinem/mg_2022.html 4)Yoshikawa H, et al. PLoS One. 2022; 17: e0274161. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/36129914/ 5)Murai H. Rinsho Shinkeigaku. 2023; 63: 345-349. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/37197966/ 6)Menon D, et al. Front Neurol. 2020: 11:538. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/32714266/ 7)Farmakidis C, et al. Neurol Clin. 2018; 36: 311-337. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/29655452/ 8)Petersson M, et al. Neurology. 2021; 97: e1382-e1391. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/34376512/ 9)Cutter G, et al. Muscle Nerve. 2019; 60: 707-715. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/31487038/ 10)Utsugisawa K, et al. 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Front Immunol. 2023: 14: 1213920. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/37622108/ 18)プレスリリース:全身型重症筋無力症治療薬「ジルビスク®」個人宅無料配送サービス開始▶https://www.ucbjapan.com/sites/default/files/2024-02/quanshenxingzhongzhengjinwulizhengzhiliaoyaoshiruhisukur_gerenzhaiwuliaopeisongsahisukaishi.pdf ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr
重症筋無力症~知っておきたい希少疾患
重症筋無力症~知っておきたい希少疾患
 重症筋無力症(MG)は、自己抗体が出現することにより発症する希少性の自己免疫疾患の1つである。多くの場合、末梢神経と神経筋接合部において、筋肉側の受容体が自己抗体により破壊され、神経から筋肉への信号が障害されるため、全身の筋力低下や易疲労性が出現する。とくに、眼瞼下垂や複視などの眼の症状を起こしやすいことが特徴である。症状が眼だけの場合は眼筋型MG、全身症状が認められる場合は全身型MGと分類される。今回は、全身型MGおよびその治療薬として2023年11月に発売されたリスティーゴⓇ[一般名:ロザノリキシズマブ(遺伝子組換え)]を中心に紹介する。 初期症状は「眼症状」「四肢筋力低下」、診断から2年以内に筋無力症クリーゼを経験  MGの最も特徴的な症状である骨格筋の易疲労感を伴う筋力低下は、運動を繰り返すことにより低下し、休息することで回復する1)。初発症状として最も高頻度で発現するのは眼症状で、国内の調査によると眼瞼下垂が71.9%、複視が47.3%にみられる。診断時、眼筋型MGであった患者のうち約20%が全身型MGに移行すると報告されている。眼症状に次いで初発時に頻度の高い症状は、四肢筋力低下(23.1%)、構音障害、嚥下障害、咀嚼障害などの球症状(14.9%)、顔面筋力低下(5.3%)、呼吸困難(2.3%)である2) 。筋力低下が進行すると、重篤な合併症である筋無力症クリーゼ(気管挿管や人工呼吸器などが必要な呼吸不全となった状態)を起こすこともある。MG患者の約15~20%は、診断から最初の2年以内に筋無力症クリーゼを経験すると報告されている3)4) 。このようにMGはさまざまな症状を呈する疾患であり、球症状や生命を脅かすような呼吸困難が先行して出現する場合や眼症状や四肢筋力低下が認められない場合もあるため、注意が必要である。 約10年間で患者数は約2倍に、50歳以上での発症が増加  MGの有病率は、全世界で100万人当たり100~350人5) 、米国、EU、日本で約20万人であるといわれている6)7) 。日本における2018年の全国疫学調査では、MG患者数は29,210人、人口10万人あたりの有病率は23.1人と推定されている。男性よりも女性がやや多く、女性では40~72歳(中央値:58歳)、男性では49~69歳(中央値:60歳)で発症すると報告されている8) 。2006年の前回調査と比較すると、約10年間でMG患者数は約2倍に増加しており、また近年は男女ともに50歳以上で発症する後期発症MG患者が増加している。 完全寛解は難しい重症筋無力症、QOL改善を目指した経口ステロイド量抑制が推奨  MGは、厚生労働省の指定難病の中でも告示番号11に指定される疾患であり、早くから指定難病に認定され、医療費助成の対象となっている疾患の1つである。新規治療法の開発などが促進されているものの、依然として長期にわたる完全寛解は稀である。MG患者の寛解達成率は、完全寛解が4.2~8.9%、薬理学的寛解が7.6~9.7%と報告されており、健康な生活に支障のない軽微症状のみまで改善を含めてた達成率は、経口ステロイドを中心とした治療が行われていた2010年、2012年の調査において、それぞれ49.5%、50.8%にとどまっている9)10) 。そして、治療により一旦寛解レベルに達したとしても、長期的に持続しないことが多いことも問題である。  また、MG患者に対する従来の経口ステロイドを中心とした治療では、十分なQOLが得られておらず、経口ステロイドの減量が不十分のまま長期化することは、抑うつ症状を含む重大なQOL阻害因子となりうる9-12) 。さらに、社会的活動が制限されることで、雇用や収入面での問題を抱えている患者も少なくないことから13) 、長期経口ステロイドは少量とすべきであると考えられる9-11)13) 。現在の国内ガイドラインにおいても、MG治療における最初の治療目標は、「経口プレドニゾロン5mg/日以下(MM-5mg)」であり、これを早期に達成するよう治療戦略を考えることが推奨されている20) 。また、MM-5mgの早期達成に有効な治療戦略として、早期速効性治療戦略(EFT)が推奨されおり、非経口速効性治療を積極的に行うEFTにより、早期改善と経口ステロイド量抑制の両立を図ることが可能となっている20) 。  長期予後に関しては、免疫抑制剤の普及により改善が認められており、死因のうちクリーゼなどのMGに関連する死亡は2%以下まで大きく減少している14)。近年、高齢発症のMGが増加しており、予後に影響を及ぼす悪性腫瘍の合併、肺疾患、心疾患、骨折、QOL低下などを考慮した治療戦略の構築が急がれている。  このように、全身型MG患者の負担は、疾病そのものが原因となる「疾患負担」だけでなく、従来の治療やそれらに付随する治療に起因する「治療負担」があると考えられる15) 。これまでの治療では、全身型MG患者の約半数は十分な疾患コントロールができていないことからも16-18) 、新たな治療選択肢の登場が待ち望まれていた。 病態メカニズム:病原性IgG自己抗体、FcRnを介したIgGリサイクリング機構  MGは、神経細胞から筋肉へのシナプス伝達に関与する神経筋接合部の機能不全と損傷により引き起こされる。MGの病態と関連する因子の1つに、病原性IgG自己抗体がある15) 。病原性IgG自己抗体の標的となるタンパク質には、神経筋接合部に存在するアセチルコリン受容体(AChR)、筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)などがあり、近年、低密度リポタンパク質受容体関連タンパク質4(LRP4)も有力な候補の1つである可能性が示唆されている19) 。国内ガイドラインによると、AChRに対する自己抗体は、MG患者全体の約80~85%、MuSKに対する自己抗体は約5%に見られるとされている20) 。  抗AChR抗体は、同時に次の3つの機序を介して病態を招くことが知られている。 (1)自己抗体がAChRと結合を妨げ、その後に続く神経伝達を阻害する21) (2)IgG自己抗体がAChRと架橋を形成することで、AChRのエンドサイトーシスが促進され、受容体濃度が低下し、シグナル伝達能が減弱する21) (3)抗AChR交代により補体カスケードが活性化されることで、補体タンパク質であるC5の開裂を引き起こし、他の補体タンパク質を動員して、膜侵襲複合体(MAC)を形成する。MACは、細孔を形成して、そこから筋細胞内へイオンを流入させ、神経筋接合部の破壊とAChRの減少を引き起こす15) 。補体の活性化によるMAC形成は神経筋接合部破壊の重要な要因であり、抗AChR抗体陽性の全身型MGにおける主要な病態メカニズムの1つである22)。  MGの病態に対するMuSK抗体については、アグリン-LRP4複合体がMuSKに結合し、活性化されると、AChRのクラスター形成により、アセチルコリン結合後のシグナル伝達の効率が高まる19) 。抗MuSK抗体は、補体と結合することなく、AChRの減少を促進し、シナプス機能不全をもたらす23)24) 。  抗AChR抗体や抗MuSK抗体といった全身型MGの病原性自己抗体は、内皮細胞のリサイクルにより維持されるが、これは、内皮細胞内で病原性自己抗体を含むIgGと胎児性Fc受容体(FcRn)が結合し、リソソームによるIgGの分解を防いでいるためである。これにより病原性自己抗体の半減期が延長し、循環血中にリサイクルされ、再び病原性を発揮すると考えられる25) 。 新たな全身型MG治療薬リスティーゴⓇが登場  2023年11月、全身型MG(ステロイド剤又はステロイド剤以外の免疫抑制剤が十分に奏効しない場合に限る)」を効能・効果として、抗FcRnモノクローナル抗体製剤リスティーゴⓇ皮下注280mgが発売された26) 。リスティーゴは、FcRnに結合し、IgG自己抗体を含む血中のIgG濃度を減少させるヒト化IgG4モノクローナル抗体であり27) 、全身型MGの最も一般的なサブタイプである抗AChR抗体陽性および抗MuSK抗体陽性の全身型MGに対し有効性が認められ、またこれまで定量的な評価がなされていなかった疲労感など、全身型MG患者の自覚症状に対する改善も期待される。  全身型MGを対象とした日本人成人患者を含む国際共同試験MycarinG試験(第III相ランダム化二重盲検プラセボ対照試験)において28) 、リスティーゴは、主要評価項目であるMG-ADL総スコア(症状および日常生活への影響を評価)の43日時点におけるベースラインからの変化量(最小二乗平均値)が、プラセボ群と比較し統計学的に有意で臨床的に意義のある改善を示した(リスティーゴ7mg/kg相当群:-3.37 vs.-0.78[p<0.001]、同10mg/kg相当群:-3.40 vs.-0.78[p<0.001])。また、副次評価項目であるQMG総スコア(易疲労性を含む重症度を評価)の43日時点におけるベースラインからの変化量(最小二乗平均値)においても、リスティーゴはプラセボ群と比較し統計学的に有意で臨床的に意義のある改善を示した(リスティーゴ7mg/kg相当群:-5.40 vs.-1.92[p<0.001]、10mg/kg相当群:-6.67 vs.-1.92[p<0.001])。 症状改善と合わせてQOL改善を目指した治療戦略が求められる  これまでの治療法では、全身型MG患者の疾患負担や治療負担を減少させ、臨床アウトカムを改善することが困難な場合も少なくなかった。そのため、全身型MGの病態メカニズムに応じた、有効性と忍容性を有する治療法が今なお求められている。そして治療効果と合わせて、QOL面での高い患者満足度を早期に達成し、メンタルヘルスなどを良好に保つことも重要な治療目標となっている20) 。新規治療薬の発売により、全身型MG患者の疾患負担や治療負担改善されることが期待される。 (エクスメディオ 鷹野 敦夫) 参考資料 1)Drachman. N Engl J Med. 1994; 330: 1797-810. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/8190158/ 2)Murai H, et al. J Neurol Sci. 2011; 305: 97-102.  ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/21440910/ 3)Wendell LC, et al. Neurohospitalist 2011; 1: 16-22. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/23983833/ 4)Murthy JMK. Ann Indian Acad Neurol. 2019; 22: 472-473. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/31736572/ 5)Punga AR, et al. Lancet Neurol. 2022; 21: 176-188. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/35065040/ 6)Chen J, et al. Lancet Reg Health West Pac. 2020: 5: 100063. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/34327399/ 7)Gilhus NE. N Engl J Med. 2016; 375: 2570-2581. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/28029925/ 8)Yoshikawa H, et al. PLoS One. 2022; 17: e0274161. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/36129914/ 9) Utsugisawa K, et al. Muscle Nerve. 2014; 50: 493-500. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/24536040/ 10)Utsugisawa K, et al. 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MAbs. 2018; 10: 1111-1130. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/30130439/ 28)Bril V, et al. Lancet Neurol. 2023; 22: 383-394. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/37059507/ ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr
真性多血症~知っておきたい希少疾患
真性多血症~知っておきたい希少疾患
 真性多血症は、骨髄の造血幹細胞の遺伝子変異により、赤血球が過剰に産生される慢性骨髄増殖性腫瘍である。今回は、真性多血症およびその治療薬として2023年6月に発売されたベスレミ Ⓡ[一般名:ロペグインターフェロンアルファ-2b]についての取材内容を紹介する。 「真性多血症」赤血球、白血球、血小板の増加がみられる人は要注意  真性多血症は、造血幹細胞中のヤヌスキナーゼ2(JAK2)遺伝子に主に「JAK2 V617F」と称される変異が生じることで、赤血球が過剰に産生される慢性骨髄増殖性腫瘍である。真性多血症では、典型的な特徴である赤血球増加だけでなく、白血球や血小板の産生亢進がみられ、末梢血の3種類の血球成分のすべてが増加することが多い。日本における発症率は、人口10万あたり年間約2人とされており1)、全体の患者数は約2万人と考えられている。発症年齢は、60代が最も多いが、若年(30代)でも発症することもある。真性多血症は、男性で若干多く認められる。一方、本態性血小板増加症は、女性に多いといわれている。 赤ら顔や入浴時の皮膚掻痒感がサイン、進行すると骨髄線維症や白血病のリスクも  真性多血症は、症状が発現する前に健康診断時などで赤血球数の増加、ヘモグロビン濃度やヘマトクリット値の上昇といった検査値異常として発見されることが比較的多い疾患である。しかし、疾患が進行すると赤血球数の著しい増加により、皮膚が赤くなる(とくに赤ら顔)、眼の結膜充血、入浴後の皮膚掻痒感、血圧上昇、尿酸値上昇などの所見や頭痛、頭重感、疲労、脱力感、浮動性めまいなどのさまざまな症状が出現する。赤血球を産生するために鉄の需要が増加するため,鉄欠乏症が発生することもある。さらに、心筋梗塞や脳梗塞などの血栓症を合併することがあり、その場合には生命にかかわる危険性がある。また、一部の患者さんでは疾患が進行し、骨髄線維症(10~20%)や急性白血病(5~10%)に移行することもある2)3)4)。 これまでの治療目標は血栓症予防だが、患者ニーズとのギャップあり  真性多血症の予後は、未治療の場合は18ヵ月(中央値)であるが、治療を行うことで14年(中央値)に延長するといわれている。治療により10年以上の生存期間が期待できるため、合併する血栓症の予防が重要視されている。そのため、真性多血症のリスク分類では、血栓症のリスクに応じて、低リスク群(60歳未満かつ血栓症の既往歴なし)と高リスク群(60歳以上または血栓症の既往歴あり)に分けられる5)。造血器腫瘍診療ガイドライン(2023年版)においても、血栓症の一般的なリスク因子である高血圧、脂質異常症、肥満、糖尿病などがある場合には、これらの治療を行ったうえで、低リスク群では瀉血療法+低用量アスピリン療法、高リスク群では瀉血療法+低用量アスピリン療法に加え細胞減少療法を行うと記載されている6)。なお、欧州ガイドラインでは、高リスク群に対しインターフェロンアルファまたはヒドロキシウレアが第1選択薬として推奨されている(低用量アスピリン、インターフェロンアルファ-2a:真性多血症に対しては国内未承認)7)。  このように、真性多血症の治療では、血栓症予防を目標とし、ヘマトクリット値をコントロールするさまざまな治療が行われてきた。しかしその一方で、真性多血症患者は、疾患進行の抑制・遅延を強く望んでいることも明らかになっており8) 、アンメットニーズに対する新たな治療の選択肢となる薬剤の登場が待ち望まれていた。 新たな真性多血症治療薬ベスレミ Ⓡが登場  2023年6月、真性多血症(既存治療が効果不十分又は不適当な場合に限る)の治療薬としてベスレミ Ⓡ皮下注250μgシリンジ、同500μgシリンジ(製造販売元:ファーマエッセンジアジャパン株式会社)が発売された9) 。ベスレミ Ⓡは、新規の長時間作用型モノペグ化プロリンインターフェロンであり、従来のペグ化インターフェロンよりも安定した体内動態が得られ、投与間隔の延長が可能となった。これには革新的な部位選択的モノペグ化技術が用いられており、ペグ化を行ったタンパク質医薬品は体内における分解が抑制され、半減期の延長と長時間にわたる効果の持続につながっている。なお、標準的な治療が困難な真性多血症患者を対象とした国内第II相試験(A19-201試験)において、ベスレミ Ⓡの有効性および安全性が示された10) 。従来のインターフェロンでは、インフルエンザ様症状や抑うつ症状・自殺企図などの問題が懸念されていたが、これらのリスク軽減も期待される。 真性多血症の長期予後改善のためにも、早期発見・早期治療介入が望まれる  日本国内でも真性多血症に対する新たな治療薬が利用可能になったものの、罹病期間が長くなると十分な治療効果が期待できなくなる可能性もある。そのため、早期発見や早期治療介入がますます重要になってくると考えられる。  今回取材に応じていただいたファーマエッセンシアジャパン株式会社取締役会長であり、順天堂大学の小松 則夫特任教授は「真性多血症は、これまで治癒に近づけられる治療方法がなく、血栓症予防をターゲットとした対症療法が行われてきた。しかし、患者さんの多くは疾患進行の抑制・遅延といった治癒に近づく治療を強く望んでおり、医療者とのギャップが問題となっていた。ベスレミ Ⓡは、真性多血症患者に存在しているJAK2 V617F遺伝子変異のアレルバーデン(遺伝子変異割合)を低下させることから、長期予後の改善も期待され、患者と医療者とのギャップ解消につながるのではないか」とし「できる限り治癒に近づけるためにも、早期に血液内科医や専門医療機関への受診に結び付けることが、真性多血症の予後改善に重要であろう」と述べている。 (エクスメディオ 鷹野 敦夫) 参考資料 1) Ma X et al. Am J Hematol. 2008; 83: 359-62.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/18181200/ 2) Tefferi A, et al. Blood. 2014;124:2507-13. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/25037629/ 3) Tefferi A, et al. Leukemia. 2013;27:1874-81. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/23739289/ 4) Gangat N, et al. Leukemia. 2007;21:270-6. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/17170720/ 5) Barbui T, et al. J Clin Oncol. 2011; 29: 761-70.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/21205761/ 6) 造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版補訂版▶http://www.jshem.or.jp/gui-hemali/1_4.html 7) Vannucchi AM et al. Ann Oncol. 2015: 26 Suppl 5: v85-99. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/26242182/ 8) Mesa RA et al. Cancer. 2017; 123: 449-458.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/27690182/ 9) ベスレミ Ⓡ皮下注250μgシリンジ、同500μgシリンジ添付文書▶https://hcp.jp.pharmaessentia.com/besremi/di/ 10) Edahiro Y et al. Int J Hematol. 2022; 116: 215-227.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/35430707/ ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr
先天性胆汁酸代謝異常症~知っておきたい希少疾患
先天性胆汁酸代謝異常症~知っておきたい希少疾患
 先天性胆汁酸代謝異常症は、肝臓において胆汁酸の生合成を担う酵素群のいずれかの遺伝子が欠損している先天性疾患である。毒性のある中間代謝物(異常胆汁酸または胆汁アルコール)が肝細胞内に蓄積する進行性の疾患であり、適切な治療を行わなければ重度の肝疾患により生命を脅かす可能性がある。今回は、先天性胆汁酸代謝異常症およびその治療薬であるオファコル Ⓡ[一般名:コール酸]についての取材内容を紹介する。 肝障害を呈する「先天性胆汁酸代謝異常症」  先天性胆汁酸代謝異常症は、胆汁酸生合成の過程に関与するいずれかの酵素が遺伝的に欠損することにより、毒性のある中間代謝物(異常胆汁酸または胆汁アルコール)が肝細胞内に蓄積し、肝機能障害を生じる進行性の疾患であること、また生命活動において必要不可欠な胆汁酸を自ら生合成することができないことから、適切な治療を行わなければ死亡に至るケースも少なくない。先天性胆汁酸代謝異常症は12種類の疾患に分類されるが、本邦で報告されている症例は、HSD3B欠損症、AKR1D1欠損症、CYP7B1欠損症、脳腱黄色腫症(CTX)の4種類である1~5) 。早期に治療されれば予後は比較的良好であるが、発見が遅れれば肝移植の適応となり予後が悪いと言われている。 非常に稀な疾患も新生児~成人にかけて診断される可能性あり  先天性胆汁酸代謝異常症は、非常に稀な疾患であり、本邦における先天性胆汁酸代謝異常症患者数は、HSD3B欠損症、AKR1D1欠損症、CYP7B1欠損症の3疾患合わせて10人未満、CTXで60人程度の報告にとどまっており、欧米と比較し本邦では報告症例が少なく、これまで発見されていない症例もあると考えられる。拡大新生児スクリーニングの普及や今回の治療薬の承認を機に、今後の診断率の向上による早期発見が期待される。 原因不明の肝障害や黄疸、尿検体から異常胆汁酸を測定  以下のような所見がみられる場合には先天性胆汁酸代謝異常症を疑う。  ・原因不明の肝障害、肝疾患  ・家族性の肝疾患(特に兄弟例など)  ・新生児肝炎と診断された後、症状の改善が見られない  ・胆汁うっ滞があるにもかかわらず‘かゆみ’ がない  ・慢性下痢を伴う発育不全のある乳児(軟便のこともあり)  ・脂溶性ビタミン欠乏症状(頭蓋内出血、原因不明のくる病など)  ・若年性白内障、黄色腫  注目すべきは閉塞性黄疸が存在するにかかわらず血清総胆汁酸とγ-GTP が正常か低値という特徴がみられる点である。異常胆汁酸の測定には、液体クロマトグラフ質量分析法による胆汁酸分析が有用である。検体には、血清、尿、便、胆汁などが用いられるが、採取の容易さと排出量からも尿検体が最も適切であると考えられる。また、異常胆汁酸が検出された場合には、遺伝子解析を実施し、確定診断を行う。 先天性胆汁酸代謝異常症の標準治療薬「コール酸」、承認までの道のり  海外では、コール酸は先天性胆汁酸代謝異常症の治療薬としての使用実績があり、古くから臨床研究報告が発表され経験的に有効性及び安全性が確認されてきた歴史がある。このことから欧米では、コール酸が先天性胆汁酸代謝異常症の適応で承認されており、標準的治療法とされている6~9)。 一方、日本ではコール酸製剤は無く、ケノデオキシコール酸は胆石溶解薬としてのみ承認されていた。そのため、日本小児栄養消化器肝臓学会および日本先天代謝異常学会からの要望を受け、厚生労働省の「未承認薬・適応外薬検討会議」より開発企業の募集が行われ、株式会社レクメドは仏CTRS社(現:THERAVIA社)と共同で本剤の国内開発に着手し、2020年8月に先天性胆汁酸代謝異常症に対し希少疾患用医薬品指定を受け、2023年3月に本邦で初めて「先天性胆汁酸代謝異常症」を効能効果とするオファコル Ⓡカプセル50mg(製造販売元:株式会社レクメド)が承認された。 日本初の先天性胆汁酸代謝異常症治療薬オファコルⓇカプセルが登場  オファコル Ⓡは、コレステロールから胆汁酸への生合成ステップを促進する最初の酵素(Cholesterol-7 α-hydroxylase)に対して負のフィードバックをかけて毒性のある中間代謝物の生成を抑制する。また、欠乏するコール酸を補充することで、胆汁流量を増加させ、肝臓内に蓄積した毒性物質の排出を促進し、胆汁うっ滞を改善する。さらに、脂溶性ビタミンと脂肪の吸収を促進し、成長障害等を改善する。  承認にあたり、4名の日本人患者を対象にオファコル Ⓡを5~15mg/kg/日、74週間経口投与を行う国内第III相臨床試験を実施した。4名とも既にケノデオキシコール酸による治療を受けており、治験開始時にコール酸への切換えを行った。4名中1名でコール酸投与開始後に尿中および血清中の異常胆汁酸濃度の低下、肝機能検査値の改善、血清中ビタミンD濃度の上昇が認められた。他の3名では、ケノデオキシコール酸の治療により治験開始時に既に症状が安定しており、コール酸への切換え後も尿中および血清中の異常胆汁酸濃度は概ね安定して推移し、AST、ALTおよび血清中ビタミンD濃度も概ね基準値範囲で維持した。臨床試験における副作用は、一過性の低カルシウム血症が1名で認められた10) 。オファコルの安全性および有効性については、使用成績調査(全例調査)により引き続き情報収集が行われている。 (エクスメディオ 鷹野 敦夫) 参考資料 1) Ueki I, et al. J Gastroenterol Hepatol. 2009; 24: 776-85.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/19175828/ 2) Mizuochi T, et al. Pediatr Res. 2010; 68: 258-63.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/20531254/ 3) Nittono H, et al. Pediatr Int. 2010; 52: e192-5.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/20958862/ 4) Seki Y, et al. J Inherit Metab Dis. 2013; 36: 565-73. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/23160874/ 5) Mizuochi T, et al. Liver Transpl. 2011; 17: 1059-65.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/21567895/ 6) Setchell K, et al. Cambridge University Press. 2007; 736-66. 7) Gonzales E, et al. Gastroenterology. 2009; 137: 1310-1320.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/19622360/ 8) Sundaram SS, et al. Nat Clin Pract Gastroenterol Hepatol. 2008; 5: 456-68. ▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/18577977/ 9) Gonzales E, et al. Orphanet J Rare Dis. 2018; 13: 190.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/30373615/ 10) オファコルⓇカプセル50mg添付文書 ▶https://www.reqmed.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/06/オファコルカプセル50mg-添付文書_v2.pdf ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr
ムコ多糖症II型~知っておきたい希少疾患
ムコ多糖症II型~知っておきたい希少疾患
 ムコ多糖症は、細胞内でのムコ多糖の分解に必要なライソゾーム酵素の先天的な欠損により、全身の細胞にムコ多糖が蓄積する先天代謝異常症である。ムコ多糖症は症状の異なる7つの型に分類され、現在、本邦ではI型、II型、IV型、VI型に対する酵素製剤が使用可能となっている。今回は、ムコ多糖症II型およびその治療薬であるヒュンタラーゼ Ⓡ [一般名:イデュルスルファーゼ ベータ(遺伝子組換え)]についての取材内容を紹介する。 男児の約5万人に1人が発症するムコ多糖症II型  ムコ多糖症II型(ハンター症候群)はライソゾーム病の1つであり、日本においてはムコ多糖症の中で最も頻度の高い疾患である。ムコ多糖症の中でもII型は、X染色体連鎖潜性遺伝であり(その他の病型は常染色体)、ほとんどは男児のみに発症する。本邦では、男児53,000人に1人発症すると推測されている。岐阜大学の調査では国内症例数は255例と報告されているものの、診断に至っていない症例や定期受診をしていない症例もある 1)。そのため、ムコ多糖症II型の正確な患者数を把握することが困難とされている。 “言葉の遅れ”などの中枢神経症状が重症型のサイン  ムコ多糖症II型は、ライソゾーム酵素の1つであるイズロン酸-2-スルファターゼの先天的な欠損により、細胞内に未分化のデルマタン硫酸やヘパラン硫酸といったムコ多糖が過剰に蓄積した結果、多臓器が同時に障害される進行性の疾患である。知的障害の有無によって重症型と軽症型に大別され、患者の約70%は中枢神経症状を伴うと言われている。乳児期によくみられる症状として、広範な蒙古斑・異所性蒙古斑、反復性の中耳炎、臍ヘルニア・鼠径ヘルニアが挙げられる。また、腰椎部の突背も重症型では早期からよくみられる所見である。重症型の場合、言葉の遅れなどの中枢神経症状に気づき来院されることが多く、6~7歳をピークに発達退行がみられ、徐々に進行する。幼児期には、過成長傾向を示す(3歳児Hunter病24例の平均身長98.0 cm、体重20.1 kg)ため、注意が必要である。  ムコ多糖症II型の主な臨床症状 2) 【皮膚症状】特徴的顔貌(ムクムクした顔貌、巨舌など) 【耳鼻科領域の症状】反復性中耳炎、難聴 【骨・関節症状】椎骨の変形、関節拘縮 【腹部の症状】ヘルニア(鼠径・臍)、肝腫大 【循環器症状】心雑音(心臓弁膜症) 【中枢神経症状】精神発達遅延(言葉の遅れなど) 小児神経科、耳鼻科、整形外科、外科の先生も遭遇する可能性があるムコ多糖症II型  ムコ多糖症II型の診療は、小児科の中でも、遺伝や代謝、施設によっては内分泌を専門とされる先生方が中心となっている。しかし、重症型では神経症状を呈することから、小児神経の専門医が診療に携わる場合や、蒙古斑、繰り返す中耳炎、臍ヘルニア・鼠径ヘルニア、骨・関節の異常などを機に、かかりつけ医の先生や耳鼻科、整形外科、外科などのさまざまな科の先生からの紹介で診断にいたるケースもある。診断は、欠損酵素の測定と蓄積物の有無によりなされる。 これまでは中枢神経症状に対する治療効果に課題も  ムコ多糖症II型のこれまでの治療は、個々の症状に対応した対症療法と侵襲臓器にイズロン酸-2-スルファターゼを供給することを目的とした原因療法がおこなわれてきた。原因療法として本邦で保険収載されていた治療法は、静脈内投与の酵素補充療法と造血幹細胞移植であった。静脈内投与の酵素補充療法は、酵素製剤を週に1回点滴静注し、不足している酵素を補う治療であり、肝脾腫、呼吸機能、歩行障害、皮膚所見、関節拘縮などの症状改善が確認されている。一方、従来の静脈内投与の酵素補充療法は、血液脳関門(BBB)を通過しないため、約70%の患者さんに認められる精神発達遅滞や神経退行症状に対して、基本的に治療効果が期待できないことが課題であった。また、造血幹細胞移植に関しては、中枢神経症状の改善の報告はあるものの、その効果は明確になっておらず、ドナーの確保やGVHDの予防も課題となっていた。 中枢神経症状をターゲットとした 世界初のムコ多糖症II型に対する脳室内投与製剤ヒュンタラーゼ Ⓡ  2021年、ムコ多糖症II型に対する酵素補充療法に使用される世界で初めての脳室内投与製剤としてヒュンタラーゼ Ⓡ脳室内注射液15mg(製造販売元:クリニジェン株式会社)が承認された。ヒュンタラーゼは、頭にリザーバを留置し、そこから4週に1回、脳室に直接薬剤を送達させる新しい治療法を有する薬剤である。脳室内に直接投与することで、従来治療では効果不十分であった中枢神経症状に対する治療が可能となった 3)。 2021年4月の上市以来、重症型の患者さんに処方が開始され、2023年11月現在、国内35例の患者さんがヒュンタラーゼによる治療を行っている。 新生児スクリーニングの普及と専門医への早期紹介が望まれる  ムコ多糖症は進行性の疾患であるため、早期診断・早期治療を開始した症例では、薬剤のより高い有効性が期待できると言われている。近年、本邦においても、ムコ多糖症II型を含む拡大新生児スクリーニングが普及しつつあるが、都道府県・自治体・医療機関によって実施の有無に差があり、出生児にスクリーニングを受ける機会がなかった患者さんでは、診断が遅れてしまう可能性がある。このような患者さんにおいては、受診時に診療にあたった先生が典型的な症状に気付き、できるだけ早期に専門医への紹介となることが望まれる。 (エクスメディオ 鷹野 敦夫) 参考資料 1) Khan SA, et al. Mol Genet Metab. 2017; 121: 227-240.▶https://hpcr.jp/app/article/abstract/pubmed/28595941 2) ムコ多糖症サーチ▶https://muco-tatosho.com/ 3) ヒュンタラーゼ Ⓡ脳室内注射液15mg添付文書▶http://www.clinigen.co.jp/medical/pdf/hunterase_pi_20210426.pdf 4) 用語解説(教えて!ムコタ先生)▶https://mukota-sensei.com/term ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr
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