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重症筋無力症~知っておきたい希少疾患
重症筋無力症~知っておきたい希少疾患
 重症筋無力症(MG)は、自己抗体が出現することにより発症する希少性の自己免疫疾患の1つである。多くの場合、末梢神経と神経筋接合部において、筋肉側の受容体が自己抗体により破壊され、神経から筋肉への信号が障害されるため、全身の筋力低下や易疲労性が出現する。とくに、眼瞼下垂や複視などの眼の症状を起こしやすいことが特徴である。症状が眼だけの場合は眼筋型MG、全身症状が認められる場合は全身型MGと分類される。今回は、全身型MGおよびその治療薬として2023年11月に発売されたリスティーゴⓇ[一般名:ロザノリキシズマブ(遺伝子組換え)]を中心に紹介する。 初期症状は「眼症状」「四肢筋力低下」、診断から2年以内に筋無力症クリーゼを経験  MGの最も特徴的な症状である骨格筋の易疲労感を伴う筋力低下は、運動を繰り返すことにより低下し、休息することで回復する1)。初発症状として最も高頻度で発現するのは眼症状で、国内の調査によると眼瞼下垂が71.9%、複視が47.3%にみられる。診断時、眼筋型MGであった患者のうち約20%が全身型MGに移行すると報告されている。眼症状に次いで初発時に頻度の高い症状は、四肢筋力低下(23.1%)、構音障害、嚥下障害、咀嚼障害などの球症状(14.9%)、顔面筋力低下(5.3%)、呼吸困難(2.3%)である2) 。筋力低下が進行すると、重篤な合併症である筋無力症クリーゼ(気管挿管や人工呼吸器などが必要な呼吸不全となった状態)を起こすこともある。MG患者の約15~20%は、診断から最初の2年以内に筋無力症クリーゼを経験すると報告されている3)4) 。このようにMGはさまざまな症状を呈する疾患であり、球症状や生命を脅かすような呼吸困難が先行して出現する場合や眼症状や四肢筋力低下が認められない場合もあるため、注意が必要である。 約10年間で患者数は約2倍に、50歳以上での発症が増加  MGの有病率は、全世界で100万人当たり100~350人5) 、米国、EU、日本で約20万人であるといわれている6)7) 。日本における2018年の全国疫学調査では、MG患者数は29,210人、人口10万人あたりの有病率は23.1人と推定されている。男性よりも女性がやや多く、女性では40~72歳(中央値:58歳)、男性では49~69歳(中央値:60歳)で発症すると報告されている8) 。2006年の前回調査と比較すると、約10年間でMG患者数は約2倍に増加しており、また近年は男女ともに50歳以上で発症する後期発症MG患者が増加している。 完全寛解は難しい重症筋無力症、QOL改善を目指した経口ステロイド量抑制が推奨  MGは、厚生労働省の指定難病の中でも告示番号11に指定される疾患であり、早くから指定難病に認定され、医療費助成の対象となっている疾患の1つである。新規治療法の開発などが促進されているものの、依然として長期にわたる完全寛解は稀である。MG患者の寛解達成率は、完全寛解が4.2~8.9%、薬理学的寛解が7.6~9.7%と報告されており、健康な生活に支障のない軽微症状のみまで改善を含めてた達成率は、経口ステロイドを中心とした治療が行われていた2010年、2012年の調査において、それぞれ49.5%、50.8%にとどまっている9)10) 。そして、治療により一旦寛解レベルに達したとしても、長期的に持続しないことが多いことも問題である。  また、MG患者に対する従来の経口ステロイドを中心とした治療では、十分なQOLが得られておらず、経口ステロイドの減量が不十分のまま長期化することは、抑うつ症状を含む重大なQOL阻害因子となりうる9-12) 。さらに、社会的活動が制限されることで、雇用や収入面での問題を抱えている患者も少なくないことから13) 、長期経口ステロイドは少量とすべきであると考えられる9-11)13) 。現在の国内ガイドラインにおいても、MG治療における最初の治療目標は、「経口プレドニゾロン5mg/日以下(MM-5mg)」であり、これを早期に達成するよう治療戦略を考えることが推奨されている20) 。また、MM-5mgの早期達成に有効な治療戦略として、早期速効性治療戦略(EFT)が推奨されおり、非経口速効性治療を積極的に行うEFTにより、早期改善と経口ステロイド量抑制の両立を図ることが可能となっている20) 。  長期予後に関しては、免疫抑制剤の普及により改善が認められており、死因のうちクリーゼなどのMGに関連する死亡は2%以下まで大きく減少している14)。近年、高齢発症のMGが増加しており、予後に影響を及ぼす悪性腫瘍の合併、肺疾患、心疾患、骨折、QOL低下などを考慮した治療戦略の構築が急がれている。  このように、全身型MG患者の負担は、疾病そのものが原因となる「疾患負担」だけでなく、従来の治療やそれらに付随する治療に起因する「治療負担」があると考えられる15) 。これまでの治療では、全身型MG患者の約半数は十分な疾患コントロールができていないことからも16-18) 、新たな治療選択肢の登場が待ち望まれていた。 病態メカニズム:病原性IgG自己抗体、FcRnを介したIgGリサイクリング機構  MGは、神経細胞から筋肉へのシナプス伝達に関与する神経筋接合部の機能不全と損傷により引き起こされる。MGの病態と関連する因子の1つに、病原性IgG自己抗体がある15) 。病原性IgG自己抗体の標的となるタンパク質には、神経筋接合部に存在するアセチルコリン受容体(AChR)、筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)などがあり、近年、低密度リポタンパク質受容体関連タンパク質4(LRP4)も有力な候補の1つである可能性が示唆されている19) 。国内ガイドラインによると、AChRに対する自己抗体は、MG患者全体の約80~85%、MuSKに対する自己抗体は約5%に見られるとされている20) 。  抗AChR抗体は、同時に次の3つの機序を介して病態を招くことが知られている。 (1)自己抗体がAChRと結合を妨げ、その後に続く神経伝達を阻害する21) (2)IgG自己抗体がAChRと架橋を形成することで、AChRのエンドサイトーシスが促進され、受容体濃度が低下し、シグナル伝達能が減弱する21) (3)抗AChR交代により補体カスケードが活性化されることで、補体タンパク質であるC5の開裂を引き起こし、他の補体タンパク質を動員して、膜侵襲複合体(MAC)を形成する。MACは、細孔を形成して、そこから筋細胞内へイオンを流入させ、神経筋接合部の破壊とAChRの減少を引き起こす15) 。補体の活性化によるMAC形成は神経筋接合部破壊の重要な要因であり、抗AChR抗体陽性の全身型MGにおける主要な病態メカニズムの1つである22)。  MGの病態に対するMuSK抗体については、アグリン-LRP4複合体がMuSKに結合し、活性化されると、AChRのクラスター形成により、アセチルコリン結合後のシグナル伝達の効率が高まる19) 。抗MuSK抗体は、補体と結合することなく、AChRの減少を促進し、シナプス機能不全をもたらす23)24) 。  抗AChR抗体や抗MuSK抗体といった全身型MGの病原性自己抗体は、内皮細胞のリサイクルにより維持されるが、これは、内皮細胞内で病原性自己抗体を含むIgGと胎児性Fc受容体(FcRn)が結合し、リソソームによるIgGの分解を防いでいるためである。これにより病原性自己抗体の半減期が延長し、循環血中にリサイクルされ、再び病原性を発揮すると考えられる25) 。 新たな全身型MG治療薬リスティーゴⓇが登場  2023年11月、全身型MG(ステロイド剤又はステロイド剤以外の免疫抑制剤が十分に奏効しない場合に限る)」を効能・効果として、抗FcRnモノクローナル抗体製剤リスティーゴⓇ皮下注280mgが発売された26) 。リスティーゴは、FcRnに結合し、IgG自己抗体を含む血中のIgG濃度を減少させるヒト化IgG4モノクローナル抗体であり27) 、全身型MGの最も一般的なサブタイプである抗AChR抗体陽性および抗MuSK抗体陽性の全身型MGに対し有効性が認められ、またこれまで定量的な評価がなされていなかった疲労感など、全身型MG患者の自覚症状に対する改善も期待される。  全身型MGを対象とした日本人成人患者を含む国際共同試験MycarinG試験(第III相ランダム化二重盲検プラセボ対照試験)において28) 、リスティーゴは、主要評価項目であるMG-ADL総スコア(症状および日常生活への影響を評価)の43日時点におけるベースラインからの変化量(最小二乗平均値)が、プラセボ群と比較し統計学的に有意で臨床的に意義のある改善を示した(リスティーゴ7mg/kg相当群:-3.37 vs.-0.78[p<0.001]、同10mg/kg相当群:-3.40 vs.-0.78[p<0.001])。また、副次評価項目であるQMG総スコア(易疲労性を含む重症度を評価)の43日時点におけるベースラインからの変化量(最小二乗平均値)においても、リスティーゴはプラセボ群と比較し統計学的に有意で臨床的に意義のある改善を示した(リスティーゴ7mg/kg相当群:-5.40 vs.-1.92[p<0.001]、10mg/kg相当群:-6.67 vs.-1.92[p<0.001])。 症状改善と合わせてQOL改善を目指した治療戦略が求められる  これまでの治療法では、全身型MG患者の疾患負担や治療負担を減少させ、臨床アウトカムを改善することが困難な場合も少なくなかった。そのため、全身型MGの病態メカニズムに応じた、有効性と忍容性を有する治療法が今なお求められている。そして治療効果と合わせて、QOL面での高い患者満足度を早期に達成し、メンタルヘルスなどを良好に保つことも重要な治療目標となっている20) 。新規治療薬の発売により、全身型MG患者の疾患負担や治療負担改善されることが期待される。 (エクスメディオ 鷹野 敦夫) 参考資料 1)Drachman. 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