医師インタビュー 「国民からの脳神経内科への期待」と「医師からの多様な働き方への希望」の双方に応える良医育成の取り組み【北里大学医学部脳神経内科学】
【北里大学医学部脳神経内科学の先生方】左から、永井俊行 助教、中村幹昭 助教、西山和利 主任教授、北村英二 准教授、井島大輔 助教。
北里大学病院外観(同院提供)開 設:1971 年所在地:神奈川県相模原市南区北里 1-15-1病院長:髙相晶士
北里大学病院は、主に慢性期の医療を専門とする「東病院」と急性期を専門とする「本院」の 2 院体制だったところ、2020 年に「東病院」の機能が「本院」に移転・統合され、1,135床(2023 年 4 月 1 日現在)の病床数で慢性期から急性期までを扱う地域医療の拠点となっている。
このように幅広い疾患の患者さんに対応する北里大学の環境は「時代に即した脳神経内科医の育成において 1 つのモデルケースを提示しうる」と、北里大学医学部脳神経内科学主任教授であり、2022 年から日本神経学会代表理事を務める西山和利先生は語る。
本記事では西山先生と同教室の先生方に、国民の健康福祉に貢献するこれからの脳神経内科医像や、その充足に向けた北里大学のお取り組みについてお話しいただいた。取材日・場所/ 2023 年 11 月 16 日・北里大学病院
脳神経疾患の医療ニーズが高まっている
西山本日は脳神経内科の現状やこれからの専門医育成について、当教室の取り組みも交え、頭痛が専門の北村先生、脳卒中が専門の井島先生、神経免疫疾患が専門の中村先生、てんかんが専門の永井先生と一緒にお話ししていきたいと思います。北里大学医学部脳神経内科学 主任教授西山和利
北村 近年、大学病院でもクリニックでも、社会の超高齢化に伴い認知症・神経変性疾患などが増えている 1)ことを肌身で感じます。患者さんから「パーキンソン病と診断されてから誰にも診てもらえず、ようやく先生にたどりつきました」と言われるようなケースもしばしば。医療ニーズに対して、脳神経内科医の供給が追いついていないようです。
井島 脳卒中も、血管内治療や t-PA 療法のような内科的治療が登場してきている一方で、その技術をもった脳神経内科医は限られるのが現状です。まだまだ救える患者さんがいるはずなのです。
中村 神経免疫疾患も、専門の脳神経内科医がもっといれば…という気持ちです。症状が「倦怠感」や「愁訴」と扱われ診断がつかない患者さんもまだ多くおられますし、多発性硬化症や視神経脊髄炎等、この数年で治療選択肢の増えた疾患もあるなかで、専門医の役割が大きくなっています。
永井 てんかんも、従来は主に小児科・精神科・脳神経外科で診られていたところ、最近では成人で神経変性疾患に起因するもの等、脳神経内科への紹介が必要なケースが増えているようです。
北村 頭痛のような若年領域の疾患にも、大きなアンメットニーズが存在しますね。片頭痛だけで日本に 800〜 1,000 万人の患者さんがいるとされるなか、専門家による医療を受けられるケースは半数にも達しません 2)。
中村 若年女性の患者さんが多い神経免疫疾患では、妊娠・出産を考慮した治療を行える専門医の育成も急務になってきています。
西山 いまのお話からも、老若男女問わず、脳神経内科に対する国民の医療ニーズはこれからも高まると予想できますね。ところが、いま日本神経学会に所属しているいわゆる脳神経内科医は約 9,800 名 3)で、日本脳神経外科学会の約 10,500 名 4)や日本精神神経学会の約 20,000名5)と較べても少ないのが現状です。参考として、米国では脳神経内科医が脳神経外科医の約 2.5 倍6)います。日本神経学会としては、国民の皆さまに適切な医療を提供するため、日本においても少なくともいまの 2 倍の脳神経内科医が必要だと考えています。
多様なキャリアパスの魅力を発信し、脳神経内科医の充足を実現したい
西山 では、どうすれば脳神経内科医を充足できるか。
日本神経学会代表理事としては、まず脳神経内科医像のアップデートが必要だと考えています。
従来の脳神経内科医のイメージは「難しい診断学に熟達し、難病を中心にいかなる患者さんにも対応する医師」という、若い先生方にとって敷居の高いものではなかったでしょうか。たしかに、神経内科専門医(日本神経学会認定)を取得するうえで、脳神経疾患全般をある程度診られるだけの知識は求められます。ですが昨今、難病だけでなく、脳卒中・てんかん・頭痛・認知症といったコモンディジーズの診療、あるいは在宅医療など、専門医の取得後は個々人の興味にフォーカスを絞りながらキャリアアップしていく、新しい働き方が広がってきていますよね。
永井 選択肢が多く、一人ひとりの生き方・働き方にあった居場所をみつけやすいのは、本当に脳神経内科の魅力だと思います。私の場合、急性期に強い内科医への憧れが、脳波やてんかんを中心にキャリアを積むことで実現できつつあります。北里大学医学部脳神経内科学 助教永井俊行
西山 急性期に興味がある方なら、米国で「ニューロ・インテンシビスト」とよばれるような集中治療専門の脳神経内科医も日本では人材不足であり、将来性のある選択肢だと思われます。
北村 西山先生のお話にあった頭痛 1 つとっても、都市部であれば専門クリニックで開業が可能と言われます。専門を軸に自分のペースで働きたい方にも、脳神経内科は向いているはずです。
井島 脳卒中の血管内治療の専門医も、循環器内科と違いまだ成り手が多くないため、都市部・地方を問わず求められている人材です。デバイスが進歩し、手先の器用さがあまり問題にならなくなってきたことも相まって、将来性のある選択肢だと思います。
北村 在宅医療も、難病で寝たきりの患者さんの全身管理を得意とする脳神経内科医が、強みを発揮できる領域ですね。
西山 いま若い先生方に総合診療も人気ですが、脳神経内科のバックグラウンドをもつ総合診療医は、全身も脳も診られるため現場で大変に重宝されるようです。
中村 脳神経内科は新しい治療が続々と登場する変革期にありますので、研究に興味がある方にとっても、自身がその変化に携われるかもしれない、魅力ある領域ではないでしょうか。 私の親の世代では、脳神経内科は「わからない・治らない・諦めないの 3 ない(第三内科)だ」と言われていたそうですが、もはや過去の話だと感じます。北里大学医学部脳神経内科学 助教中村幹昭
西山 先人たちの何十年にもわたる「諦めない」努力が、いま結実しつつありますね。今後、米国で進められている希少疾患に対する核酸医薬を用いた個別化治療7)のような取り組みが日本で行われるようになると、そこでの脳神経内科の役割も大きいと考えられています。こうした新しい働き方を学会をあげて周知・サポートすることで、より多様な人材が活躍する脳神経内科へと飛躍していきたいと考えています。
Column脳神経内科医向きの人材西山 「脳神経内科は難しい、だから成績優秀な人しかなれない」と言われることもありますが、いま実際に活躍している先生方に共通なのは「興味」と「情熱」だけですよね。成績はまったく関係ない。
井島 野球でもピッチャーとキャッチャーでまったく適性が違うように、脳神経内科もそれくらい多様なポジションがある領域ですからね。「野球したい」という気持ちさえあれば野球ができるのと一緒です。
西山 脳に興味があると脳神経外科や精神科も選択肢に入ると思いますが、「労働時間にある程度融通をきかせたい」「分子レベルで病態を理解したい」「自分で患者さんを診て、論理的に診断をつけるのが好き」といった方には、脳神経内科をおすすめできそうです。
永井 血液検査で一発診断というのではなくて、患者さんをじっくり診ながら病巣診断していくプロセスは、間違いなく脳神経内科の魅力ですね。
中村 そして、脳神経内科には「諦めない」人が多いですよね。難渋例ほど何かできないか、常に考えている。そういう意識を仲間と共有しながら仕事したい人には、よい環境だと思います。
あらゆる専門家が互いを尊重し成長できる環境づくり〜「北里モデル」の実践①
西山 難病の患者さんに優しい心で寄り添い、治療を開発するというキャリアは、脳神経内科の王道であり続けると思います。一方で前述のように、これからはコモンディジーズの得意な脳神経内科医も求められています。
では、コモンディジーズに興味をもってくださった若い先生方のキャリアパスを整えるには、どうすればよいでしょうか。第一に、教育・研修に携わる側の医師が、慢性期から急性期まで、またレアな疾患からコモンな疾患まで、幅広い疾患に興味をもつ環境が重要だと思われます。日本神経学会としても、あらゆるキャリアが尊重され、互いの専門性を活かし合うコミュニティを目指しているところです。まずは当教室で実践し、その成果を「北里モデル」として全国に発信していくことで、脳神経内科の認知度の向上やリクルートにすこしでもお役に立てればと願っています。実際に当教室での研修を選び、学んできた先生方は、どのようにお感じでしょうか?
井島 私はもともと急性期医療、特に脳卒中に携わりたかったのですが、研修中に脳神経疾患の診断学全般にも興味をもったことが、脳神経内科に入局する決め手になりました。
西山 一般に、脳卒中を専門にすると時間的な拘束が厳しくなりがちで、他の疾患はまったく診る機会のない先生もいると聞き及びますが、井島先生はいかがですか。
井島 当教室では、外来でそれ以外の患者さんを担当する機会の方が多いくらいです。脳卒中から難病まで、幅広い知識と経験を得られる環境にやりがいを感じています。
永井 私は内科志望だったのですが、診断のつかない患者さんの話を聞き、診察し、病巣を考えて…という脳神経内科のプロセスが、「自分のなりたかった医者らしい医者だな」と感じ、入局を決めました。その後、前述のようにてんかんと出会い、国内留学もさせていただいて、専門医の道が拓けてきています。たくさんの症例を診られ、わからないことは専門の先生に聞けて、自分が専門のことは他の先生に情報提供することでまた学びを得られる、切磋琢磨できる職場です。
北村 私は内科研修でふれた難病の全人的医療に感銘を受け、当教室を選びました。「わからないことだらけ」という印象もあったのですが、裏を返せば「一生学び続けられるだろう」という魅力を感じたのも一因です。 入局後、当時の教授だった坂井文彦先生と、出向先で出会った今井昇先生の薫陶を受け、頭痛を専門とするようになりました。頭痛という、一般に興味の対象とされにくい機能性疾患について、世界的な臨床・研究が行われてきた当教室ならではのキャリアだと思います。北里大学医学部脳神経内科学 准教授北村英二
中村 私は臨床実習で教えていただいた症候学が本当におもしろく、当教室 1 択に心が決まりました。その後、新しい治療法が登場し「治らなかった患者さんが治るようになる」という実感を得られる喜びから、神経免疫疾患を専門とするに至りました。はじめて難病のインフォームド・コンセントに同席した時の「どうにかこの疾患を治したい」という気持ちをモチベーションに、研究にも従事しています。
西山 やはり選択肢の豊富な教育・診療環境は、「脳神経内科医になる」という選択やキャリアにポジティブに働きそうですね。
ワーク・ファミリー・バランスと臨床経験を両立させる環境づくり〜「北里モデル」の実践②
西山 「北里モデル」のもう 1 つの側面として、多様な働き方の実現の観点から、ワーク・ライフ・バランス /ワーク・ファミリー・バランスを重視した組織づくりを行っています。
井島 医師の働き方改革が進むいま、卒後 7 年目の神経内科専門医取得までの限られた時間で、必要な知識をいかに効率よく身につけるかは切実な問題です。専攻医研修プログラムでは、3 年間のうち 1 年間は外部施設への出向が必要なため、当教室で研修可能な 2 年間でいかに多くの症例を診られるかが鍵になってきます。そこで有効なのが、当教室の特徴であるチーム制です。チームは3 つあり、外来・病棟すべての患者さんの情報を共有しながら、屋根瓦方式で診療と教育を行っていきます。北里大学医学部脳神経内科学 助教井島大輔
西山 主治医制だと専攻医が担当できる症例数は限られるわけですが、チーム制であれば、8:30 〜 17:00 の業務時間でもたくさんの症例を経験できるわけですね。
中村 大学院で基礎研究メインの生活を送ってからまた臨床に戻った際も、効率よく技術を取り戻すことができました。
井島 チーム制は、当学では脳神経内科が最初に導入したシステムで、病棟医も各チーム 2 〜 3 人いるため、当直明けは基本的に帰宅できる、休暇も当番制で取得できるといったメリットもあります。
西山 当教室では産休・育休も、性別を問わず希望どおり取得できていますね。
井島 チーム制の他に、効率的な成長を促すシステムとして、チーフレジデント制があります。専攻医研修プログラムの修了後には必ず、チーフレジデントとしてすべての入院患者さんのマネジメントを担当する制度です。
西山 責任ある立場は人を育てます。皆さん卒後 6 年目にして、どのような症例にも物怖じしないだけの臨床力を身につけていただいています。
永井 それぞれのチームに各疾患の専門医がバランスよく割り振られていて、興味ある領域については、早い段階で専門医から直接修練を受けられるようになっているのも、嬉しいシステムだと感じていました。
井島 実際、脳卒中に興味があれば 3 年目の先生でも血管内治療に参加していただけるような、臨機応変なプログラムになっていますね。まさに多様なキャリアの希望に応える体制です。
西山 特に、開業したり市中病院で働いたりする計画の先生には、できるだけキャリアの助けになる専門医資格も取得していただきたいと考えています。
北村 神経内科専門医は必須として、脳卒中専門医(日本脳卒中学会認定)、頭痛専門医(日本頭痛学会認定)、認知症専門医(日本認知症学会認定)をもっていれば脳神経内科医として困らないと言われます。当教室でも、これらを取得する先生は多いです。
中村 「◯◯専門医をとりたいなら△△病院での研修が必要」といったケースも全国的にはあると聞きますが、当学は自施設だけで受験要件を満たす環境が整っているのは、若手にとってありがたいことです。
西山 話に出た脳卒中、頭痛、認知症にてんかん専門医(日本てんかん学会認定)を加えた 4 大コモンディジーズ、他にも臨床遺伝専門医(人類遺伝学会認定)、臨床神経生理専門医(日本臨床神経生理学会認定)、脳神経血管内治療専門医(日本脳神経血管内治療学会認定)、リハビリテーション科専門医(日本リハビリテーション医学会認定)等も当学だけで受験資格を満たせます。「良医」であるためには、まず生活の基盤がしっかりしていなければなりません。若い先生方の生活やキャリアを第一に医局を運営すること。それが、当学の目標である「良医」の育成につながると信じています。そして、当学で培った経験をもとに、日本神経学会の代表理事として、本邦の脳神経内科領域全体の発展に注力していきたいと考えています。(了)
参考文献
1)厚生労働省:令和 2 年 患者調査 傷病分類編(傷病別年次推移表) https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/10syoubyo/dl/r02syobyo.pdf (2024 年 1 月 26 日閲覧)
2)Sakai F & Igarashi H:Prevalence of migraine in Japan : a nationwidesurvey. Cephalalgia, 17:15-22, 1997
3)日本医学会:日本医学会分科会一覧 No.53 日本神経学会 https://jams.med.or.jp/members-s/53.html (2023 年 12 月 1 日閲覧)
4)日本医学会:日本医学会分科会一覧 No.47 日本脳神経外科学会 https://jams.med.or.jp/members-s/47.html (2023 年 12 月 1 日閲覧)
5)日本医学会:日本医学会分科会一覧 No.23 日本精神神経学会 https://jams.med.or.jp/members-s/23.html (2023 年 12 月 1 日閲覧)
6)AAMC:Physician Specialty Data Report: Active Physicians in the LargestSpecialties by Major Professional Activity, 2021 https://www.aamc.org/data-reports/workforce/data/active-physicians-largest-specialties-majorprofessional-activity-2021 (2023 年 12 月 1 日閲覧)
7)FDA:FDA In Brief: FDA Takes New Steps Aimed at Advancing Development of Individualized Medicines to Treat Genetic Diseases
https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-brief-fdatakes-new-steps-aimed-advancing-development-individualized-medicinestreat-genetic (2023 年 12 月 1 日閲覧)
MEMO
脳神経内科医育成の「北里モデル」
◎脳神経内科は多様なキャリアパスが特長であり魅力であるため、あらゆる働き方が尊重され成長できる環境の整備が、人材の充実につながる。
◎幅広い疾患を効率的に経験できる診療体制の構築が、結果として良医の育成と、国民の健康福祉への貢献につながる。
写真撮影/日向正樹(tsukada.inc)
版権・著作:中外製薬株式会社 medical forum CHUGAI Vol.28-No.1より引用