第1章 第1話 飯田太郎さんのこと
心不全患者に、私たちができること―緩和ケアの現場から―

第1章 第1話 飯田太郎さんのこと

第1章:2人の患者
第1話:飯田太郎さんのこと

A病院5階にある循環器内科の医局の窓からは、四季折々の花が咲く中庭が見える。4月下旬の良く晴れた暖かな日、淡い紫色の藤の花が咲き誇る藤棚の脇に、妻の飯田春子さん(仮名、72歳)の押す車椅子に乗って散歩をする太郎さん(仮名、75歳)の姿があった。
循環器内科医の小倉誠二医師(仮名、38歳)は窓から離れると、院内PHSを同僚に託し、面談室に向かった。

10分ほどたって、飯田さん夫婦が面談室に入ってきた。患者や家族に病状を話す時に使うこの部屋は、約15平方メートルの広さで、南向きの窓からは明るい日が差し込む。小倉医師と飯田さん夫婦以外には誰もいない。外の音はほとんど聞こえず、静かだ。

部屋の中央にある机に、小倉医師と飯田さん夫婦は向かい合って座った。患者の太郎さん本人は車椅子のリクライニングを倒し、リラックスした様子に見える。一方で、春子さんは少し緊張しているようだ。

「今日はありがとうございます。中庭を散歩されているのが見えました」。小倉医師は静かに語りかけた。「今まで治療を頑張ってこられましたね。今日は、ここまでの経過の整理と今後の治療のお話をさせていただこうと思います。もし、分からないことがあったり、聞くのがつらくなったりしたら、いつでもおっしゃってください」

太郎さんは3年前、拡張相肥大型心筋症と診断され、ここ1年間は心不全の増悪で2回ほど入院している。そして今は、3日前に38度の発熱があったため、A病院に入院中だ。既に熱は下がり、容体は落ち着いているが、身体機能の低下は確実に進行している。小倉医師は、飯田さん夫婦と、経過や今後の治療方針の共有が必要な時期だと考えていた。

前の日の夕方、小倉医師は病室で太郎さんに聞いた。「飯田さん、最近調子はどうですか」
「ちょっと、きついね。どんどんきつくなる」。太郎さんはため息交じりに答えた。
小倉医師は「きつい中、本当によく頑張っていらっしゃいますね」と言葉をかける。太郎さんの思いを受け止め、少しでも精神的負担が緩和されるように。

少しの沈黙の後、太郎さんが口を開いた。「先生……。こんなことが、いつまで続くのかな」
「いつまで続くのか、心配ですよね。もしよろしければ、今後の病状と治療について、奥様と一緒にお話をさせてもらいたいと思うのですが。どうですか」
「ぜひ、そうしてください」。太郎さんは静かにそう答えた。

第2話「胸ポケットの中の『SHARE』」へ
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