「レボチロキシン」の記事一覧

無症候性甲状腺機能低下症と甲状腺機能低下症状がある高齢者に用いるレボチロキシン療法 無作為化試験の二次解析
無症候性甲状腺機能低下症と甲状腺機能低下症状がある高齢者に用いるレボチロキシン療法 無作為化試験の二次解析
L-Thyroxine Therapy for Older Adults With Subclinical Hypothyroidism and Hypothyroid Symptoms: Secondary Analysis of a Randomized Trial Ann Intern Med . 2020 Jun 2;172(11):709-716. doi: 10.7326/M19-3193. Epub 2020 May 5. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】レボチロキシンを無症候性甲状腺機能低下症(SCH)成人患者の甲状腺機能低下症は改善しないが、治療前の症状による大きな負担には便益があると思われる。 【目的】レボチロキシンによって、高齢SCH患者の甲状腺機能低下症状と疲労感および症状負担が改善するかを明らかにすること。 【デザイン】無作為化プラセボ対照試験TRUST(Thyroid Hormone Replacement for Untreated Older Adults with Subclinical Hypothyroidism Trial)の二次解析(ClinicalTrials.gov、NCT01660126)。 【設定】スイス、アイルランド、オランダおよびスコットランド。 【参加者】持続するSCH(甲状腺刺激ホルモン値が3カ月間以上4.60-19.9mIU/Lで遊離サイロキシン値正常)があり、転帰の完全データが得られた65歳以上の患者638例 【介入】レボチロキシンまたはマッチさせたプラセボ。 【評価項目】症状の負担が軽い患者と比較した症状の負担が重い患者(甲状腺機能低下症状スコア30点超、または疲労スコア40点超)の甲状腺関連QOL患者報告転帰質問票の甲状腺機能低下症状スコアと疲労感スコアの1年後の変化(範囲0-100点、高いほど症状が多いことを示す)。 【結果】132例が甲状腺機能低下症状スコア30点超、133例が疲労スコア40点超だった。症状の負担が重いグループでは、1年後の甲状腺機能低下症状スコアはレボチロキシン投与群(グループ内の平均変化量マイナス12.3点、95%CI マイナス16.6-マイナス8.0)、プラセボ投与群(同-10.4、CI マイナス15.3-マイナス5.4)で同等の改善度を示し、調整後の群間差はマイナス2.0(CI マイナス5.5-1.5、P=0.27)であった。疲労スコア改善度も、レボチロキシン投与群(グループ内の平均変化量マイナス8.9、CI マイナス14.5-マイナス3.3)、プラセボ投与群(同-10.9、CI -16.0--5.8)でほぼ同じで、調整後の群間差は0.0(CI -4.1-4.0、P=0.99)であった。ベースラインの甲状腺機能低下症状スコアまたは疲労スコアがプラセボと比較したレボチロキシンの効果に影響を及ぼす根拠はなかった(それぞれ相互作用のP=0.20、0.82)。 【欠点】事後解析である点、対象数が少ない点、1年後の転帰データが得られた患者のみを対象とした調査出会った点。 【結論】試験開始時に症状の負担が重かったSCH高齢患者で、レボチロキシンによってプラセボと比較して甲状腺機能低下症状や疲労感が改善することがなかった。 第一人者の医師による解説 TSH高値の場合でも 補充療法の必要性の判断は慎重を期すべき 鳴海 覚志 国立成育医療研究センター分子内分泌研究部 基礎内分泌研究室長 MMJ. December 2020;16(6):171 現在、さまざまなホルモンの血中濃度を日常臨床で測定できる。甲状腺機能の指標である血清甲状腺刺激ホルモン(TSH)値は、甲状腺機能亢進症での低値(0.01mU/L以下)から機能低下症での高値(重症例では数百mU/L)まで数万倍の振れ幅がある。この広いダイナミックレンジゆえに、甲状腺ホルモン分泌能の低下がごくわずかであっても検出可能であり、これが潜在性甲状腺機能低下症(SCH)(血中甲状腺ホルモン値低下を伴わない血清TSH値のみの上昇)という特有の状態を生み出している。TSH値が正常上限から10mU/Lの範囲に収まるようなSCHの中でも軽症な場合について、米国甲状腺学会(ATA)ガイドラインでは「甲状腺機能低下症状を疑う、抗甲状腺ペルオキシダーゼ[TPO]抗体陽性である、動脈硬化性心血管疾患およびこれらのリスク状態である、などの場合、甲状腺ホルモン補充療法を考慮すべき」と記載しており(1)、米国では実際に補充療法が広く行われている。  このような状況下、本論文のもととなったTRUST試験(2)では、65歳以上のSCH患者を対象にランダム化比較試験を行い、補充療法群とプラセボ群の間で甲状腺機能低下症状スコアおよび生活の質(QOL)スコアの介入1年後の変化に有意差はないことが示されていた。しかし、甲状腺機能低下症状が相対的に強いSCH患者に対する補充療法の効果についての疑義がなお残ったため、TRUST試験のデータを用いた2次研究が今回行われた。本研究ではTRUST試験の参加者(65歳以上のSCH患者638人)を試験開始時点の症状がより強い群(甲状腺機能低下症スコア高値、疲労スコア高値、QOL低値、握力低値の4項目)とそれ以外の群に分け、プラセボに対する補充療法の相対的効果(スコア変化の差)が評価された。結果、上述した4項目いずれにおいても、症状の強さによらず補充療法の有用性が示唆されるサブグループはなかった。  高齢者では、血清TSH値の分布が年齢依存的に高値へシフトすることが知られている。これが治療不要な人体の自然な変化なのか、治療にメリットがある臓器機能低下なのかはいまだ結論の出ていない問題である。TRUST試験と今回の報告は前者の可能性を支持するものと捉えられる。高齢者の血清 TSH値の評価には年齢の要因を加味する必要があるし、TSH高値を検出した場合でも、補充療法の必要性の判断については慎重を期すべきであろう。 1. Jonklaas J, et al. Thyroid. 2014;24(12):1670-1751. 2. Stott DJ, et al. N Engl J Med. 2017;376(26):2534-2544.