「医学生・研修医のための腫瘍内科セミナー Report」の記事一覧

実は、腫瘍内科は最高に熱くて面白い分野なんです!
実は、腫瘍内科は最高に熱くて面白い分野なんです!
 皆様は腫瘍内科について、どのような印象をお持ちでしょうか。「聞いたことはあるけど、具体的に何をするのかよく分からない」「がん治療って、内科や外科がメインで、腫瘍内科はあまり関わらないんじゃないの?」 正直、こういったイメージの方もいらっしゃるのではないかと思います。 私自身、これまで腫瘍内科についてあまり知らず、「がんの化学薬物療法を管理する診療科」という程度しか理解していませんでした。腫瘍内科のことを聞かれても、ちゃんと答える自信がありませんでした。 しかし、2日間にわたる「医学生・研修医のための腫瘍内科セミナー」に参加して、私のイメージはガラリと変わりました。実は、腫瘍内科は最高に熱くて面白い分野なんです!取材担当:京都大学医学部6年 杉本 凌太郎 私が腫瘍内科に興味を抱いたきっかけは・・・  腫瘍内科にあまり詳しくなかった私が、なぜこのセミナーに参加したのかというと、私が志望する進路に密接に関わっているからです。 私は以前から呼吸器内科に興味を持っており、研究室でもその分野に取り組んでいました。そんな中、肺がんを患っていた祖母の薬物療法を間近で見たことをきっかけで、とくに肺がんの治療に関心を抱くようになりました。これが、私が腫瘍内科に興味を持つようになったきっかけです。 また、記事執筆の仕事をしていた際に、厚生労働省のさまざまな資料を見たことで、医療技官や行政医への道も視野に入れるようになりました。がんは高齢化や地域医療、ゲノム医療、予防医学など、医療の未来を形作る重要なテーマを含んでいます。そうした観点からも、私は腫瘍内科に興味を抱くようになったのです。 要するに、腫瘍内科への興味はあるものの、詳細はよく分からないという状況で、このセミナーはまさに私にとって良い機会でした。私は「腫瘍内科医にはどのような仕事が求められるのか?」「腫瘍内科医のやりがいとは何なのか?」「腫瘍内科医にはどのような未来が訪れるのか?」という3つの疑問を抱えてセミナーに参加し、その中で答えを見つけることを決めました。 腫瘍内科医は「患者さんや医療者と連携し、最良の時間をデザインするリーダー」  本セミナーでは、がん患者さんの人生の全期間に及ぶケース・シナリオを作成するグループワークのセッションがありました。このグループワークを通して、腫瘍内科医の役割について学ぶことができました。 例えば、治療の初期段階を考える際、腫瘍内科医には次のような役割が求められることに気がつきました。・患者さんやご家族と十分なコミュニケーションを取り、身体的な情報だけでなく、人柄や価値観などの生き方に関わる情報を引き出す。・エビデンスに基づいて治療の効果や副作用を予測し、患者さんの生き方に合わせてリスク・ベネフィットを評価し、共有する。・患者さんやご家族の意見を尊重して、共有意思決定 (Shared decision making:SDM) を行う。 特徴的だと感じたのは、「生き方」を重視するところです。がんは人生に大きな影響を及ぼす病気ですが、治療だけが全てではありません。治療は、患者さんが望む「生き方」に沿って「人生の目標」に向かって進めるように支援する手段でしかないのです。 また、実際にがんを経験された方のお話を伺う中で、情報の伝え方を個々の人生観に合わせる必要性も感じました。例えば、良い治療効果が得られる可能性があれば、希望があることを強調して励ますことで、患者さんも安心できるかもしれません。一方、患者さんが覚悟を決めていて、初めから「死」を含めた今後の見通しについて知りたいと考えているのであれば、希望を前面に打ち出したような伝え方は逆影響です。このように、患者さんの背景や考え方に合わせて情報を伝えることが重要だと感じました。また、症状や副作用が刻々と変化する中で、患者さんやご家族の思いが変化することもあるため、常に想像力を働かせながら、患者さんやご家族と密にコミュニケーションをとり続けることが重要だと学びました。 さらに、患者さんとのコミュニケーションに加えて、他の医療従事者との連携も重要です。治療を遂行するためには、さまざまな診療科や施設と協力する必要があります。各臓器の診療科や放射線診断科、検査部の協力が必要なのはもちろんのこと、化学療法の副作用を早期に発見するには、外来化学療法室や看護部、薬剤部などとの連携も必要となります。心理士や遺伝カウンセラーに、精神的苦痛や遺伝に関する相談を依頼する例もあるでしょう。がんが進行した場合には、緩和医療や看取りについての相談に加え、緩和ケア病棟やホスピス、訪問診療・訪問看護などのスタッフの協力が必要になります。若い世代の患者さんで治療を終えられた場合でも、心や身体への負担がなくなったわけではありません。一番つらい治療の時期を乗り越えるためにサポートをしてきた腫瘍内科医だからこそ、力になれることがあるはずです。 こうした役割を踏まえて、腫瘍内科医の仕事を考えるなら、「患者さんや医療者と連携し、最良の時間をデザインするリーダー」と言えるでしょう。患者さんやご家族、多様な医療従事者と協力し、最良の治療を提供し、サポートする役割が求められることがわかりました。 「高度な臨床スキル」と「患者との信頼関係」のバランスが求められる腫瘍内科医  本セミナーを通して、腫瘍内科医の素晴らしさとは、専門知識と人間関係のスキルを結集させたプロの側面にあると感じました。 腫瘍内科医は、横断的な臓器の症状や副作用に対処する必要があり、内科的な知識が不可欠です。時には医学的な判断が生死にかかわることもあるでしょう。一方で、自分の知識や経験に基づき正しい判断を行うことで、患者さんの状態が大きく好転することもあります。そうした瞬間を共有し、患者さんの健康改善に貢献できることが、腫瘍内科医の面白さだと伺いました。 また、ケーススタディでも学んだ通り、医学的に正しい判断ができても、それを患者さんに伝えられるかどうかは別の問題です。信頼関係が崩れ、適切な治療が行えないこともあるそうです。 このように、腫瘍内科医には高度な臨床スキルとコミュニケーション能力が求められ、そのバランスを取るのは決して簡単ではありません。それでも、患者さんとの信頼関係を築き、適切なケアを提供することが、腫瘍内科医のやりがいといえるでしょう。 腫瘍内科医は、がん治療の未来を創生するスペシャリスト  本セミナーの中で、腫瘍内科の現状と未来についても学ぶことができました。 がん薬物療法の発展とともに生まれた腫瘍内科は、まだ新しい分野です。このため、専門医制度が十分に整っていない側面もありますが、需要は今後ますます増加していくでしょう。日本では、年間約100万人ががんに罹患し、約38万人ががんで亡くなっています。高齢化に伴ってがん患者数および死亡者数が増加しており、その多くが腫瘍内科医の専門知識を必要としています。その一方で、がん薬物療法専門医の数は2,000人にすら達しておらず、十分とはいえません。 そして、腫瘍内科医には多様なキャリアがあるのも特徴です。これまでは、各臓器の専門診療科でがん診療の経験を積んだ医師が、がん薬物療法専門医として活動しているケースです。最近では、最初からmedical oncologistとして臓器の枠にとらわれることなく悪性腫瘍に関する専門知識を習得し、臓器を横断的に考えることができる人材の育成も必要だと言われています。 また、腫瘍内科は新しい領域であることから、抱えている課題も少なくありません。腫瘍内科を専門的に扱っていない病院も多いし、腫瘍内科がある病院でも他の部門との連携に課題があることもあります。外来化学療法の普及も進んでいません。こうした課題に対して、腫瘍内科医が取り組み、がん治療の未来を変える可能性があるのです。 例えば、まだ腫瘍内科医がいない病院に赴き、新たに腫瘍内科を立ち上げて、地域のがん診療を支える役割を果たすこともあります。外来化学療法の積極的な導入により、「入院して当たり前」というがん治療のイメージを変えることもできます。また、臨床試験への参加を通じて、新たな標準治療の確立に寄与することも可能です。腫瘍内科医は、日本の医療の未来に大きな影響を及ぼす重要な役割を果たすことができるのです。 このように、私たちは腫瘍内科という新しい分野に挑戦することで、がん患者さんひとりひとりに最適な医療を提供するだけでなく、がん治療の未来を創っていくという夢に溢れた仕事に取り組むことができるのだと知りました。 熱さを胸に日本の医療の未来を築く医師を目指す  このセミナーでわかった腫瘍内科の魅力は、まさに「熱さ」でした。 腫瘍内科医の大切な使命は、がんという厳しい病気を抱える患者さんたちが最良の形で人生を送れるよう、多職種や多診療科のチームと連携してあらゆる面からサポートすることです。その仕事は難しい一方で、やりがいに溢れています。 さらに現在、がん領域はゲノム医療や新しい種類の薬剤の登場など、急速な進化を遂げています。その変化の中で、ベテラン医師と若手医師が協力し、「がん医療の未来をより良いものにする」という夢に向かって尽力している熱い姿勢に、感銘を受けました。 ——これからは、腫瘍内科のことを聞かれたら「最高に熱くて面白い分野です!」と答えるつもりです。そして、自分自身もその熱さを胸に、日本の医療の未来を築く医師を目指したいと思います。 京都大学医学部6年 杉本 凌太郎 ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr 日本臨床腫瘍学会ホームページはこちら▶https://www.jsmo.or.jp/ 日本臨床腫瘍学会認定研修施設はこちら▶https://www.jsmo.or.jp/authorize/doc/sisetsu.pdf 福井大学医学部5年 松田 玲奈 名古屋大学医学部6年 金澤 元泰
私の心に強く刻まれた「腫瘍内科の未来を創るのは君だ!」
私の心に強く刻まれた「腫瘍内科の未来を創るのは君だ!」
 「腫瘍内科の未来を創るのは君だ!」これまで、腫瘍内科医になるというキャリアパスを考えたことがなかった私の目に飛び込んできた言葉だ。大学の掲示板に貼ってあったポスターに書かれたこのキャッチコピーは、私の心に強く刻まれた。マッチング試験を控えた7月末、本来ならば就活対策に充てる時期に実施される腫瘍内科セミナー、行くべきか行くべきでないか。私は判断を保留することにした。 その翌月、外部の市中病院で血液内科の病院実習をしていた私は、1ヵ月の実習中に一度だけ、最も忙しい先生の外来を見学した。「私は血液内科だけでなくて腫瘍内科の専門医も持っているので、その外来もあるんですよ。これからは臓器ではなくて、遺伝子変異で治療法を決める時代になりますよ」患者さんについて細かく教えていただいたあと、最後にそう言って、先生は次の患者さんを迎えに行ってしまった。私には、病院の腫瘍患者さんを一身に背負うその先生の背中が、とても大きく見えた。 腫瘍内科の仕事とはどんなものだろう。どうしたら腫瘍内科医になれるんだろう。その時、先月大学で見たあの言葉を思い出し、参加することを決めた。取材担当:名古屋大学医学部6年 金澤 元泰 腫瘍内科は志を同じくする医師の集まり  セミナーの第一印象は、自己紹介の面白さだ。腫瘍内科の先生方は、自己紹介の時にグラフを提示することがある。自分が診ている患者さんの、がん種別の割合グラフだ。すべての先生がすべての腫瘍を診ているわけではない。それぞれの先生にバックグラウンドがあって、得意分野がある。腫瘍内科は診療科であり、ある種学問である一方で、志を同じくする医師の営みのような、そんな感触があった。 現在は、学会認定制度であるがん薬物療法専門医制度から、日本専門医機構認定の腫瘍内科専門医制度への変革期に当たるため、先行きは若干不透明である。よって、現状では学会としては、専攻医にがん薬物療法専門医の取得を目指していただきたいとの意向がある。一方で、がん薬物療法専門医から腫瘍内科専門医への更新・移行が可能になる見込みであることから、がん薬物療法専門医資格を取得しておくことは不利益にはならない。 患者さんの気持ちを受け止められる医師、それが腫瘍内科医  Cancer Journeyとは、「がんと闘うのではなく、がんと旅をする」という考え方だ。がんと診断された時、人は大きな衝撃と孤独を感じる。そして、がんはその人の人生全般に影響を与える。このような、がんは人生を根本から覆してしまうという即面から、このCancer Journeyという考え方が生まれたそうだ。中で、がん体験者の方のCancer Journeyを伺う機会とグループワークで架空の患者さんのCancer Journeyをつくるという機会を得た。 今回話を伺ったのは、流産後に絨毛がんを患った元患者さん。「いえない(言えない/癒えない)」をテーマに進んだその話は、とても興味深いものだった。医学生の立場で拝聴していると、とくに医師に対して「言えない」ことが多かったように感じた。絨毛がんの特性上、時間のない中で治療が始まったとのことだった。その際に、正しい説明を「される」だけの連続が辛く、流産の苦しみ、がんによる苦しみ、治療やこれからに対する不安、副作用や治療環境の辛さを抱えている一方で、不安や悲しみを抱えていることが、説明を理解していないと捉えられるのではないかと思い、主治医にその悩みを伝えられなかった。 治療が始まっても「言えない」経験が続いた。入院する日からしばらく主治医が出張で不在となり、引き継ぐことになった先生との関係がうまく築けなかった。通院治療に変わってからは、5日連続の治療のため毎日異なる医師の診察を受けることになり、主治医以外の先生は病状を同じように理解してくれていなかったり、副作用の訴えに親身になってもらえなかったりすることが積み重なり、自分の状況を言いづらくなっていったという。主治医に代わりがんの告知をした医師に予後を尋ねたところ「いつ死ぬかは誰にもわかりません。治療はまだありますから、前向きに頑張りましょう」と言われ、後ろ向きで答えのない問いをしてはいけないのかと思わされることもあったようだ。 そのような中、がん治療後に出会ったのが、ある婦人科の女性開業医だった。その先生は病状だけでなく、治療の辛さや、10代から抱えていた婦人科疾患のことも含めてすべてを理解してくれた。そして診察の度に「我慢しなくていいよ、なんでも言ってね」と声をかけてくれた。このような環境で受け入れられた経験から、少しずつ今の自分を受け入れて、希望を周りに伝えられるようになっていったそうだ。 この元患者さんから伺った一連のお話の中で、私は一貫して治療を把握、管理できる医師、希少ながんやAYA世代のがんにも、治療面とケア面両方で対応できる医師、がんやその治療の過程での苦しみと、その個人差を理解し、患者さんの気持ちを受け止められる医師の必要性を実感した。 患者さんの気持ちを知ることの難しさをグループワークで体感  今回のセミナーの目玉は、グループワークで架空の患者のCancer Journeyを作成する試みだ。会場の参加者は8つのグループに分けられた。与えられた条件は、年齢性別と化学療法を実施するということだけ。あとは名前や住所から、すべて自分たちで決めていく。 難しいのは、単に「症例」をつくるというだけではないという点だ。疾患に対する治療の一例を作るのではなく、患者さんの背景、考え方や価値観、がんやその治療に対する反応、周囲の人々も含めて設計する必要がある。そして、そこがこの試みの狙いであるようにも感じた。 私のグループは、知識や臨床経験は異なる学部2年生から専攻医の先生まで、さまざまなステージの参加者で構成され、乳がんに罹患した30歳女性についての検討を行った。患者背景を考える際は知識も経験も関係ない。まずは名前を高橋さんと決めた。東京のOLにしよう、優柔不断な性格かもしれない、もうすぐ結婚式ということにしたらどうか、妹がいて姪ができたことにしよう。話はどんどん弾んでいく。 背景を考えると、患者の問題点もたくさん上がってくる。結婚はどうするのか。子供は産めるのか。仕事はどうするのか。乳がんは遺伝性のものもある、妹や姪も乳がんになるのか。私たちはその中でも、結婚式に焦点を当てて話を進めることにした。 結婚式を挙げるとなると、見た目の問題が出てくる。化学療法で髪が抜けると困る。ドレスを着るから胸や脇の手術痕も嫌だ。高橋さんだったら絶対にそう思うだろう。でも、治療を待つことはできない。 化学療法は術前術後どちらに行うのでも、予後に差はない。だったら、あとが出来てしまう手術は結婚式の後にして、術前化学療法を実施するのはどうか。そうすると脱毛は避けられない。ウィッグで結婚式を挙げるというのはどうか。それを高橋さんは受け入れてくれるだろうか。このようなことを考えていくうちに、高橋さんのCancer Journeyが出来上がっていった。 2日間のセミナーの最後に、各グループのCancer Journeyを発表し合った。私たちのグループは、いかに主治医が結婚式の話を聞き出すか、高橋さんにどう結婚式を迎えてもらうかを主眼に発表を進めた。「副作用が嫌だ」という高橋さんの訴えに対して、「みんなそうです」と切り捨てるのではなく傾聴を続けていくこと、看護師さんや美容師さんとも相談しながら、複数のウィッグを使ってお色直しでイメージチェンジを提案することなどを盛り込んだ。 他のグループも、ものすごく勉強になる発表ばかりだった。遊び人のおじいさんがどう運命を受け入れていくのか、SNSはどのようにがん治療に関わってくるのか、妊孕性温存がプレッシャーになることがある、治療するために生きているわけではない。他にも多くのメッセージを受け取った。 患者さんに寄り添える医師になりたい、そう思える2日間のセミナー  私は、生命に直結する疾患を診れる医師、全身を診れる医師、患者さんに寄り添える医師になりたいと思っている。そのために今は、血液内科を目指している。今回、腫瘍内科についてみっちり学ばせてもらって、腫瘍内科の道も考えるようになった。血液内科に進むのか、腫瘍内科に進むのか、血液内科専門医取得後に腫瘍内科専門医を取得するのか。一長一短はある。会場にいらした血液内科出身の先生は、「まずは血液内科で抗がん剤治療や移植の基礎を学んだらいいよ」とアドバイスしてくださった。他にも、呼吸器や消化器出身の先生もいらっしゃった。別の診療科に軸足を置いてから腫瘍内科に取り組むと、新しいアプローチができるとも伺った。3年目から腫瘍内科に首まで浸かってみたいという思いもある。時代はそちらへ進んでいると実感した2日間だった。私のキャリアについては、今後の初期研修2年間で多くの患者さんと出会う中で考えて行くことにしたい。まずは置かれた場所で懸命に頑張っていきたいと思う。 腫瘍内科医は、一人の患者さんを臓器横断的かつ継続的に、一生涯を見届けるつもりで診ていく。そういった診療スタイルに魅力を感じる方は、とくに腫瘍内科をお勧めできると強く感じた。EBMとはエビデンスだけを重視するのではない。それをどう、個別の、目の前の患者さんに落とし込むことができるか。患者さんの価値観や全人的な悩みもすべて傾聴して受け止めて、その中でどういった治療、Journeyを共に描くのか。腫瘍内科医への扉はどんどんと開かれようとしている。その扉を誰がどう叩くのか。私もその一人でありたい。 実行委員長の高野 利実先生にもたくさんお話を伺った。高野先生は日本の腫瘍内科の先駆け的な先生だ。日本で「腫瘍内科」という概念がそこまで根付いていない中で、どうして先生は、腫瘍内科医になるというビジョンを描けたのかをぜひ伺ってみたいと思っていた。先生の答えは私にとって驚くべきものだった。先生は大学同窓会誌の編集長を務めていらして、その取材の一環でがん研の総長に取材に行かれて、そこでこれからは腫瘍内科の時代だと聞いて腫瘍内科医を目指されたとのことだった。まさに今の私とほとんど同じ境遇だった。このような機会を与えてくださった皆様に心から感謝申し上げます。 名古屋大学医学部6年 金澤 元泰 ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr 日本臨床腫瘍学会ホームページはこちら▶https://www.jsmo.or.jp/ 日本臨床腫瘍学会認定研修施設はこちら▶https://www.jsmo.or.jp/authorize/doc/sisetsu.pdf 京都大学医学部6年 杉本 凌太郎 福井大学医学部5年 松田 玲奈
「医学生・研修医のための腫瘍内科セミナー」は腫瘍内科医の夢への第一歩
「医学生・研修医のための腫瘍内科セミナー」は腫瘍内科医の夢への第一歩
 私がこのセミナーに参加を決めた理由は2つある。まず、腫瘍内科医のキャリアパスについて知りたかったからだ。医学部受験を志した時から現在まで、漠然と腫瘍内科医になるという夢を持ち続けているが、そのキャリアパスについては周囲に相談できる人がおらず、ぼんやりとしていた。腫瘍内科医になるという思いだけが1人走りし、実現するために能動的な行動ができていない自分にモヤモヤしていた。今回のセミナーには、全国でご活躍されている腫瘍内科の先生方が多く参加される。この機会にキャリアパスについて、さまざまなお話をお伺いすることができるのではないかと考え、参加を決めた。 また、私と同じように腫瘍内科医を志す医学生や研修医・専攻医の先生方との交流を通じて、刺激を受けたかったということも理由に挙げられる。このようなセミナーに参加すること自体が初めてで、不安な気持ちはあった。しかし、大学を越えて全国の学生や先生方と交流できる機会は貴重であると強く考え、一歩踏み出した。実際セミナーに参加してみて、同志との交流の時間は私にとって非常に有意義なものであったと考える。 取材担当:福井大学医学部5年 松田 玲奈 腫瘍内科医を目指すためのステップは?「キャリア相談カフェ」も利用可能に  専門研修の実際についてお話しいただいた島根大学の津端 由佳里先生は、まず専門医取得プランの全体像を示してくださった。2年の初期臨床研修後、内科専門研修(医師3-5年目)を経て内科専門医を取得する。内科専門研修と連動して、領域専門研修(医師4-6年目)を行い、各領域の専門医を取得することも可能である。そしてその後サブスペ研修(医師6-8年目)を行う。がん薬物療法専門医はサブスペ研修を経て取得する。 専門研修の実際については、大学病院、がん専門病院、一般病院の3施設での研修を比較してお話いただいた。典型的なプログラムとしては、大学病院と一般病院は腫瘍内科に在籍し,必要時にローテートする“腰落ち着け型”だという。一方、がん専門病院は基本“ローテート”で、プログラムの対象が内科専門研修修了後の医師という点が特徴である。大学院進学に関しては、システム的にやはり大学病院が並行して研修を行いやすいそうだ。ただし、がん専門病院や一般病院でも、連携している大学での取得となるが、大学院進学も可能であるというお話であった。「専門研修において3施設のどれかが秀でているわけではない」と津端先生は話された。各施設での研修のカラーを知り、自身が重要視する点や求める研修内容も含めて決める必要があるという結論に至った。 日本臨床腫瘍学会(JSMO)に入会すると、JSMOの新しい取り組みである「キャリア相談カフェ」を今後利用できるようになるという。キャリアプランに悩み、専門医取得の道筋が構築できていない私のような学生は利用させていただく他ないと考える。 治療だけではない、患者さんの“いえる”を助ける医療者に  絨毛がん経験者の藤田 理代さんのご講演も拝聴させていただいた。藤田さんは14歳から婦人科に通院、29歳で初めての妊娠をされるも、その後流産を経験された。そして間もなくして、絨毛がんが発覚した。藤田さんは自身のがん罹患の経験から、“いえなかった(言えなかった・癒えなかった)場面”と“いえる(言える・癒える)ようになった関わり”についてお話しくださった。がん発覚後、進行が早い絨毛がんの特性上、時間がない中での治療が始まった。それは医療者から「正しい説明」を「される」連続だったという。そんな中、藤田さんは流産やがん罹患による悲しみ、治療や今後に対する不安、副作用や治療環境のつらさに耳を傾けてもらえることもなく、“いえない”状況を強いられた。追い討ちをかけるような周囲からのさまざまな矢印も、藤田さんを“いえない”状況へとさらに追いやった。産婦人科の待合室で目に入る妊婦さん。子育てに奮闘する友人。絨毛がん治療後の妊娠に前向きな医療者たちなど…。周囲からの反応や声が、ご自身の本音とかけ離れており、それがさらに藤田さんを苦しめた。 そうした苦しみの中で自信を喪失した患者さんが、自ら助けを求めることの難しさを藤田さんは訴える。もしもその時、患者さん自身の本音を感じ取り、打ち明けるきっかけとなる医療者からの「声かけ」があったとしたら“いえる”ことができたかもしれないと、当時を振り返りお話された。 藤田さんが“いえた”きっかけは、2人の看護師さんとの出会いだった。それまでのがん治療の旅路で抱えてきたさまざまなつらさを、マギーズ東京の看護師さんに打ち明けた時、「やさしいのね」、そう言われたという。また、治療中の1番つらい時を知る外来化学療法室の看護師さんは特別な存在であり、その人からのひと言が、どんな「支援」よりも力になった、と藤田さんはいう。 患者さんの“病気を治す”ことに焦点を当てるだけでは、医療者として不十分なのである。個々の患者さんの気持ちを感じ取り、本音まで知ろうとする姿勢、そして声に出せるような“場”を提案できることが求められるのだと、私は思った。 初体験の「Cancer Journey」患者さんの人生に寄り添うことの重要性を実感  グループワークでは他の参加者の方と共に、がん患者さんのCancer Journeyに基づくケース・シナリオを作成した。私のグループに充てられた患者設定は「AYA世代の根治可能ながん患者さん(30歳女性)」。がん発症までの人生から、それに基づく本人の価値観や性格、家族構成まで話し合って設定した。根治可能ながんとして、疾患をステージⅠB3の子宮頸がん(脈管浸潤あり)とした。このステージの1次治療は広汎子宮全摘術+術後化学放射線療法であるが、患者さんは挙児希望のある30歳女性、結婚2年目、子ども好きの保育士(という設定)。AYA世代のがんでは、妊孕性の問題がしばしば挙げられる。今回の症例は、医学的に根治可能である、しかし本人の妊孕性の維持は難しい。このような状況における患者さん本人の心境や思い、また家族や主治医の思いについても話し合いを重ねていった。患者さんの年齢が私自身と近かったため、自身と重ねて考えてしまう場面もあった。 患者さんへの説明の仕方は1通りではない。より患者さんに寄り添った説明をするためには、患者さん本人の歩んできた人生を知ること、また知ろうとすることが大切であるとグループワークで再認識した。こんなにも詳細に1人の人生を読み解く取り組みは初めてであった。臨床現場では、疾患そのものに焦点が行きがちであるが、患者さんの人生に寄り添うことが旅路(Cancer Journey)を共にする上で重要であると実感した。 “病気を診る”のではなく“患者さんの人生をみる”医師が私の目標  「多くの人に“がんは治る病気”と認識してもらえるようにしたい、また腫瘍内科医として、そのような治療を確立させたい」これは私が本セミナー参加前に抱いていた目標である。私は祖父をがんで亡くしたことをきっかけに、こう思うようになり、当時通っていた大学を辞め、医学部に進路変更をした。そのような中、本セミナーに参加し、大きな収穫があった。それは、先生方とお話する中で得られた、新たな考えや価値観である。 がん研有明病院の高野 利実先生は、お話しさせていただいた際に次のようにおっしゃった。「治すというだけが腫瘍内科医としての仕事ではなく、治らない場合にこそ腫瘍内科医にしかできない仕事がある」「治らない患者さんに手を差し伸べ、共に歩むことができる点が腫瘍内科医の何よりも魅力だ」と。そもそも“治す”とは何を指すのか。この問いを考えたとき、いわゆる完治だけが“治す”ではなく、たとえ治らなくともがんと上手く向き合い、付き合いながら患者さん自身の人生を生きていくこと、それが“治す”であるという答えに至った。 思えば、家族のがん罹患の経験から“がん=悪”という考えが私の心の奥に根付いていたのかも知れないと、ハッとした。病気は誰でもなる、それはがんも同様だ。病気は人生の一部であり、病気によって人生が左右されてはならない。患者さん自身の人生をその人らしく生きることが何より大切である。医師として病気を治すことだけに躍起になるのではなく、同じ方向(治療目標)を向きながら、共に歩むという考えを自分の中におとし込むことができた。つまり、“病気を診る”のではなく、“患者さんの人生をみる”医師になりたいという考えに至った。 患者さんと共に成長できることも腫瘍内科の魅力  「人生の扉は他人が開けてくれる」これは奈良県総合医療センターの東 光久先生が大切にされているお言葉である。東先生は、この言葉の“他人”とは“患者さん”であるという。「医師としても人としても、患者さんとの出会いが私たちを成長させる。そして、患者さんの人生に寄り添い、共に歩む中で、私たちは患者さんから思いがけない新たな気づきやきっかけをいただいている」とお話ししてくださった。私も、患者さんお一人お一人との出会いを大切にしていきたいと改めて感じた。 ここまで“患者さんの人生に寄り添い、共に歩む”ことを中心にレポートしてきたが、どんな病気においてもこの考えは基盤になると考える。ただその中でも、がんは患者さんのそれまでの人生、またその後の人生に大きな影響を与える疾患の1つである。だからこそ腫瘍内科医は、がん患者さんの人生に深く、長く寄り添い、その人らしい人生を送るためにその患者さんにとっての最善の提案をする力が求められる。患者さんとの関わり合いの中で、人として成長させていただけること、これは腫瘍内科の魅力だと先生方とお話しさせていただき、強く感じた。また“臓器横断的”に診られることも腫瘍内科の魅力である。私が腫瘍を扱う外科ではなく、腫瘍内科を志望しているのもこの点に魅力を感じているからだ。患者さんの全身を診ることができ、そして人生をみて、共に歩む。これこそが腫瘍内科の魅力であると考える。 福井大学医学部5年 松田 玲奈 ヒポクラ × マイナビ無料会員登録はこちら▶https://www.marketing.hpcr.jp/hpcr 日本臨床腫瘍学会ホームページはこちら▶https://www.jsmo.or.jp/ 日本臨床腫瘍学会認定研修施設はこちら▶https://www.jsmo.or.jp/authorize/doc/sisetsu.pdf 名古屋大学医学部6年 金澤 元泰 京都大学医学部6年 杉本 凌太郎
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