ライブラリー 急性期脳梗塞治療に用いるnerinetideの有効性および安全性(ESCAPE-NA1試験) 多施設共同二重盲検無作為化対照試験
Efficacy and safety of nerinetide for the treatment of acute ischaemic stroke (ESCAPE-NA1): a multicentre, double-blind, randomised controlled trial
Lancet. 2020 Mar 14;395(10227):878-887. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30258-0. Epub 2020 Feb 20.
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上記論文の日本語要約
【背景】nerinetideは、シナプス後肥厚タンパク質95を阻害するエイコサペプチドで、前臨床の脳梗塞モデルで有効性が確認されている神経保護薬である。この試験では、急性期脳梗塞患者の急速な血管内血栓除去に伴って起きるヒトの虚血・再灌流に用いるnerinetideの有効性および安全性を評価した。
【方法】8カ国の急性期病院48施設で実施された多施設共同二重盲検プラセボ対照無作為化試験では、大血管閉塞による急性期脳梗塞発症12時間以内の患者を組み入れた。無作為化時点で後遺症を伴う18歳以上の脳梗塞があり、発症前は地域で自立した生活を送っており、Alberta Stroke Program Early CTスコア(ASPECTS)5点以上で、側副血行路の充満度が中等度ないし良好な(多相CT血管造影で判定)
患者を適格とした。インターネットを用いたリアルタイムの動的、層別、最小化法を用いて、被験者をnerinetide 2.6mg/kg、推定または(分かれば)実際の体重を基に最大用量270mgを静脈内単回投与するグループと生理食塩水のプラセボを投与するグループに1体1の割合で無作為に割り付けた。アルテプラーゼ静脈内投与と申告された血管内デバイスの選択で被験者を層別化した。全試験担当者と被験者には順序と割り付けを伏せておいた。全例に血管内血栓除去を実施し、適応があれば標準治療としてアルテプラーゼを投与した。主要転帰は無作為化90日後の良好な機能的転帰とし、修正ランキン尺度(mRS)スコア0~2点と定義した。神経学的障害、日常生活行動の機能的自立、きわめて良好な機能的転帰(mRS 0~1点)および死亡を副次評価項目とした。解析は、intention-to-treat集団で実施し、年齢、性別、試験開始時のNational Institutes of Health Stroke Scaleスコア、ASPECTS、閉塞部位、施設、アルテプラーゼ投与の有無および申告された最初のデバイスで調整した。安全性評価集団は、被験薬を投与した全例を対象とした。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT02930018番で登録されている。
【結果】2017年3月1日から2019年8月12日にかけて、1105例をnerinetide(549例)とプラセボ(556例)に無作為に割り付けた。nerinetide群549例中337例(61.4%)およびプラセボ群556例中329例(59.2%)が90日時にmRSスコア0~2点を達成した(調整後リスク比1.04、95%CI 0.96~1.14、P=0.35)。副次転帰は両群でほぼ同じだった。治療効果の修飾の根拠が認められ、アルテプラーゼを投与した患者で治療効果が阻害された。重度有害事象が両群でほぼ同じ割合で発現した。
【解釈】nerinetideによって、血管内血栓除去後に良好な臨床的転帰を得た患者の割合がプラセボと比較して、改善することがなかった。
第一人者の医師による解説
アルテプラーゼ非使用例で機能予後改善と脳梗塞容積減少 今後の研究に期待
上坂義和 虎の門病院脳卒中センターセンター長
MMJ. October 2020; 16 (5):136
再潅流療法が現在の脳梗塞急性期治療の大きな柱である。しかし、虚血や再潅流障害からの脳保護を目指した脳保護薬の開発も種々試みられてきた。ネリネチド(nerinetide)は興奮毒性をもたらすシグナル伝達を抑制することで神経保護作用を有することが動物実験で示されている。
今回報告されたESCAPE-NA1試験は、前方循環大血管閉塞に血栓回収療法を実施した患者におけるネリネチドの有効性を検討するために、欧米6カ国、オーストラリア、韓国で実施された多施設共同二重盲検ランダム化試験である。対象は、発症前に障害はなく、National Institutes of Health Stroke Scale(NIHSS)スコア6点以上、18歳以上、発症後12時間以内でCT血管造影法にて頭蓋内頸動脈か中大脳動脈水平部に閉塞が確認された脳梗塞急性期患者である。Alberta Stroke Program Early CT Score(ASPECTS)スコア5点以上で軟膜動脈経由の側副血行が中大脳動脈領域の50%以上にみられる比較的側副血行良好な1,105人が組み入れられた。全例で血管内治療による血栓回収療法(EVT)が行われた。アルテプラーゼ静注療法は臨床的判断に基づき実施された。患者はネリネチド群とプラセボ(生食)群にアルテプラーゼ投与有無も均等化されるようランダムに割り付けられた。主要評価項目は発症90日後の修正 Rankin Scale(mRS)0~2の 割合で、2次評価項目としてmRS 0~1の割合、死亡、3次評価項目として脳梗塞容積が解析された。その結果、mRS 0~2はネリネチド群で61.4%、プラセボ群で59.2%、mRS 0~1はそれぞれ40.4%、40.6%、死亡率は12.2%、14.4%、平均脳梗塞容積は71.1mL、73.1mLといずれも有意差を認めなかった。しかしながら、アルテプラーゼ非投与患者446人の解析では、mRS 0~2はネリネチド群で59.3%、プラセボ群で49.8%、死亡率はそれぞれ12.8%、20.3%、平均脳梗塞容積は67.8mL、87.2mLといずれも有意差を認めた。
ネリネチドはアルテプラーゼの作用に影響を与えないが、アルテプラーゼ投与で生じるプラスミンによって開裂されるアミノ酸配列を有する。本研究でもネリネチドの血中ピーク濃度はアルテプラーゼ投与患者で非投与患者の40%程度に低下しており結果に影響を与えた可能性がある。発症から割り付けまでの時間はアルテプラーゼの適応を反映して非投与群で平均270~275分、投与群で152~161分と非投与群では114~118分遅くなっている。発症からやや時間が経過した患者などのアルテプラーゼ非適応患者におけるネリネチドの脳保護作用を期待させるものであり、今後の研究が待たれる。