「Lancet」の記事一覧

重症急性胆石性膵炎が疑われる症例に用いる緊急内視鏡的逆行性膵胆管造影による括約筋切開と保存的治療の比較(APEC試験) 多施設共同無作為化比較試験
重症急性胆石性膵炎が疑われる症例に用いる緊急内視鏡的逆行性膵胆管造影による括約筋切開と保存的治療の比較(APEC試験) 多施設共同無作為化比較試験
Urgent endoscopic retrograde cholangiopancreatography with sphincterotomy versus conservative treatment in predicted severe acute gallstone pancreatitis (APEC): a multicentre randomised controlled trial Lancet. 2020 Jul 18;396(10245):167-176. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】緊急内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)による括約筋切開術によって胆管炎の合併がない胆石性膵炎の転帰が改善するかはいまだに明らかになっていない。著者らは、無作為化試験を実施し、重症急性胆石性膵炎患者に用いる緊急ERCPによる括約筋切開と保存的治療を比較した。 【方法】オランダの病院26施設で実施した多施設共同並行群間評価者盲検無作為化比較優越性試験では、胆管炎の合併がなく重症胆石性膵炎(APACHE IIスコア8点以上、Imrieスコア3点以上、CRP 150mg/L超)の疑いがある患者を適格とした。Webベースの無作為化モジュールを用いて無作為に選択したブロックサイズで被験者を緊急ERCPによる括約筋切開(受診後24時間以内)と保存的治療に(1対1の割合で)無作為に割り付けた。主要評価項目は、無作為化後6カ月以内の死亡または主要合併症(新たに発症した臓器不全の持続、胆管炎、菌血症、肺炎、膵臓壊死または膵機能不全)の複合としたintention to treatで解析した。この試験は、ISRCTNレジストリにISRCTN97372133番で登録されている。 【結果】2013年2月28日から2017年3月1日までの間に、232例を緊急ERCPによる括約筋切開(118例)と保存的治療(114例)に無作為に割り付けた。入院時、緊急ERCP群の1例に胆管炎、保存的治療群の1例に慢性膵炎があったため、ともに最終解析から除外した。主要評価項目は、緊急ERCP群117例中45例(38%)、保存的治療群113例中50例(44%)に発生した(リスク比0.87、95%CI 0.64-1.18、P=0.37)。胆管炎の発症[緊急ERCP群117例中2例(2%)、保存的治療群113例中11例(10%)、RR 0.18、95%CI 0.04-0.78、P=0.010]を除き、主要評価項目を構成する個々の要素に重要な差はなかった。緊急ERCP群118例中87例(74%)、保存的治療群114例中91例(80%)に有害事象が報告された。 【解釈】石性膵炎の疑いがあるが胆管炎の合併がない患者で、緊急ERCPによる括約筋切開によって主要合併症と死亡の複合とした評価項目は減少しなかった。この結果から、重症急性胆石性膵炎が疑われる患者には保存的治療を実施し、胆管炎の合併または胆汁うっ滞が示唆される場合のみ緊急ERCPを施行することが推奨される。 第一人者の医師による解説 胆管炎合併の有無の判断に迷う患者も多く 患者に応じた方針決定が必要 三箇 克幸 横浜市立大学医学部消化器内科学/前田 愼 横浜市立大学医学部消化器内科学主任教授 MMJ. February 2021;17(1):23 胆石性膵炎は急性膵炎の最も一般的な成因であり、胆管炎、臓器不全、およびその他の生命を脅かす合併症を発症することがあるため、治療戦略は重要である。ガイドラインによると、胆管炎を伴う胆石性膵炎では、緊急内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)が推奨されており、胆汁うっ滞を合併する胆石性膵炎でも緊急 ERCPが有用である可能性が示唆されている(1)。一方で、胆管炎や顕著な胆汁うっ滞を合併しない胆石性膵炎の症例に対する、緊急ERCPは保存的治療よりも有用か否かは証明されていないのが現状である。 本論文は、胆管炎を合併しない重篤な経過が予測される胆石性膵炎に対して、乳頭括約筋切開術を伴う緊急 ERCPが保存的治療に比べ有用か否かを評価することを目的に、オランダの26施設で施行された無作為化対照試験(APEC試験)の報告である。APEC試験では胆管炎を合併しない重篤な経過が予測される胆石性膵炎患者を、診断後24時間以内および発症後72時間以内に緊急 ERCPを施行した群(117人)と保存的治療群(113人)に無作為化し評価した。主要評価項目は観察期間の6カ月間における死亡と合併症の複合エンドポイントであった。合併症は、持続する臓器不全、胆管炎、膵実質壊死、菌血症、肺炎、膵内分泌または外分泌機能不全と定義された。 その結果、主要評価項目である死亡・合併症の発生率は、緊急 ERCP群では38%(45/117)、保存的治療群では44%(50/113)であり、統計学的有意差は示されなかった。合併症の多くは両群間で発生率に統計学的有意差は認めなかったが、胆管炎の発生率のみ、保存的治療群の10%(11/113)と比較し、緊急 ERCP群で2%(2/117)と有意に低下した。 今回の研究結果から、重篤な経過が予測される急性胆石性膵炎において、胆管炎を合併する患者においてのみ、緊急ERCPを施行し、それ以外は保存的治療が推奨される。 本研究の限界は、胆石性膵炎自体にも発熱を伴うことがあるため、胆管炎を合併しているか否かの診断が困難な患者も多く存在する点である。また総胆管結石の正診率は超音波内視鏡検査が、生化学検査や放射線検査よりも高いとされている(2)。しかし、超音波内視鏡検査の汎用性の問題から実臨床では生化学検査や放射線検査を用いて評価することが多く、本研究でも同様である。これらの影響に関して、本研究では明らかでないため、今後のさらなる検討が必要である。 1.Tenner S, et al. Am J Gastroenterol.2013 Sep;108(9):1400-1415. 2.Giljaca V,et al.Cochrane Database Syst Rev.2015 Feb 26;2015(2):CD011549.
物理的距離の保持、マスクおよび保護めがね着用によるヒトからヒトへのSARS-CoV-2感染およびCOVID-19の予防 系統的レビューおよびメタ解析
物理的距離の保持、マスクおよび保護めがね着用によるヒトからヒトへのSARS-CoV-2感染およびCOVID-19の予防 系統的レビューおよびメタ解析
Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis Lancet. 2020 Jun 27;395(10242):1973-1987. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31142-9. Epub 2020 Jun 1. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)はCOVID-19の原因であり、密接な接触を通してヒトとヒトとの間で広がる。著者らは、医療現場および非医療現場(地域など)での物理的距離の保持、マスク着用および眼の保護がウイルス伝播にもたらす効果を調べることを目的とした。 【方法】ヒトからヒトへの感染を避けるための最適な距離を調べ、マスクおよび保護めがね着用によるウイルス伝播予防効果を評価するため、系統的レビューおよびメタ解析を実施した。WHOおよびCOVID-19関連の標準的データベース21件から、SARS-CoV-2、重症急性呼吸器症候群を引き起こすベータコロナウイルス、中東呼吸器症候群のデータを取得した。データベース開始から2020年5月3日までのデータを検索し、言語は問わないが、比較試験や、妥当性、実行可能性、資源の利用および公平性に関する因子を特定した。記録をふるいにかけデータを抽出し、二重にバイアスリスクを評価した。頻度論的統計、ベイズ・メタ解析、ランダム効果メタ回帰解析を実施した。Cochrane法とGRADEアプローチに従って、根拠の確実性を評価した。この試験は、PROSPEROにCRD42020177047番で登録されている。 【結果】16カ国6大陸の観察的研究172件を特定した。無作為化試験はなく、44件が医療現場および非医療現場で実施した比較試験(対象計2万5697例)だった。1m未満の物理的距離と比べると、1m以上の距離でウイルスの伝播率が低く(1万736例、統合調整オッズ比[aOR]0.18、95%CI 0.09-0.38、リスク差[RD]-10.2%、95%CI -11.5--7.5、中等度の確実性)、距離が長くなるほど保護効果が高くなった(1m当たりの相対リスク[RR]の変化2.02、交互作用のP=0.041、中等度の確実性)。マスクの着用で感染リスクが大幅に低下し(2697例、aOR 0.15、95%CI 0·07-0.34、RD -14.3%、-15.9--10.7、低度の確実性)、使い捨てサージカルマスクや同等のマスク(再利用可能な12-16層の綿マスクなど)と比べるとN95や同等のマスクの方が関連が強かった(交互作用のP=0.090、事後確率95%未満、低度の確実性)。このほか、保護めがねでも感染率が低下した(3713例、aOR 0.22、95%CI 0.12-0.39、RD -10.6%、95%CI -12.5--7.7、低度の確実性)。未調整の試験、下位集団解析や感度解析からほぼ同じ結果が得られた。 【解釈】この系統的レビューおよびメタ解析の結果は、1m以上の物理的距離を支持し、政策決定者にモデルおよび接触者追跡の定量的推定を提供するものである。この結果および関連因子から、公共の場および医療現場でのマスク、医療用レスピレーターおよび保護めがねの最適な着用を広めるべきである。この介入の根拠を示す頑強な無作為化試験が必要であるが、現在の入手可能な科学的根拠の系統的評価は中間的なガイダンスになると思われる。 第一人者の医師による解説 44試験のメタ解析の結果 有用なエビデンス さらに今後の研究の蓄積が必要 荒岡 秀樹 虎の門病院臨床感染症科部長 MMJ. February 2021;17(1):14 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の主な感染様式は飛沫感染と接触感染であり、特殊な状況下(例、換気の悪い空間)では一部空気感染を示唆する報告もある。なかでも飛沫感染をどのように防止するかが感染予防の最優先事項と考えられている。本論文は、コロナウイルス(SARS-CoV-2、SARS、MERS)における感染予防法(身体的距離[physical distancing]、マスク、眼の保護)の効果を調べた44試験(患者25,697人)のメタ解析の報告である。 解析の結果、1m以上の身体的距離は、1m未満の身体的距離と比較して、ウイルス伝播を低下させることが証明された(補正オッズ比[aOR], 0.18;95%信頼区間[CI], 0.09~0.38;中程度の確実性)。この予防効果は距離が離れるほど強くなることも明らかとなった(中程度の確実性)。また、マスクの着用は感染のリスクを大幅に低下させた(aOR, 0.15;95% CI, 0.07~0.34;低い確実性)。マスクの感染リスク低下効果は市中よりも医療現場でより大きいことが示唆された。N95マスクはサージカルマスクと比較して予防効果が大きいことが示された。さらに、眼の保護も感染の減少と関連していた(aOR, 0.22;95% CI, 0.12~0.39;低い確実性)。 本研究は世界保健機関(WHO)の支援を受けて実施され、完全な系統的レビューの方法を遵守していることが強みである。また、GRADEアプローチに従って、証拠の確実性を評価している。2020年5月3日までの関連データを検索し、新型コロナウイルスのパンデミックが他の世界的な地域に広がる前に中国からのデータを含めて評価している。一方、本研究の限界として、対象の研究はいずれもランダム化されていないこと、多くの研究で身体的距離に関する正確な情報が提供されておらず推測が含まれること、ほとんどの研究がSARSとMERSについて報告したものであること、などが挙げられる。 今回のメタ解析の結果は、SARS-CoV-2に対する感染予防のランダム化試験がない状況下で、非常に有益な情報を私たちに与えるものである。1m以上の身体的距離が重要で、2m以上の距離はより有用な可能性がある。さらに、医療現場および市中でのマスク着用、眼の保護の重要性を明らかにした。本論文は、2020年5月3日までのエビデンスをまとめ、大変有用なものであるが、これ以降のSARS-CoV-2に特化した感染予防のエビデンスにも注目していきたい。
サイトメガロウイルス感染妊婦の胎児への垂直感染予防に用いるバラシクロビル 無作為化二重盲検プラセボ対照試験
サイトメガロウイルス感染妊婦の胎児への垂直感染予防に用いるバラシクロビル 無作為化二重盲検プラセボ対照試験
Valaciclovir to prevent vertical transmission of cytomegalovirus after maternal primary infection during pregnancy: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial Lancet. 2020 Sep 12;396(10253):779-785. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31868-7. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】サイトメガロウイルスはよく見られる先天性感染であり、妊娠早期の初回感染の後の死亡率が高い。胎児への垂直感染を予防するのに有効な手段はない。著者らは、妊娠早期にサイトメガロウイルスに感染した妊婦から胎児への垂直感染がバラシクロビルで予防できるかを調査することを試みた。 【方法】この前向き二重盲検プラセボ対照無作為化試験は、Infectious Feto-Maternal Clinic of Rabin Medical Center(イスラエル・ペタフ ティクヴァ)で実施された。妊娠初期または第1三半期中のサイトメガロウイルス初回感染が血清学的検査で確定した18歳以上の妊婦を経口バラシクロビル(1日8g、1日2回)またはプラセボに無作為に割り付け、登録時から21週または22週時に羊水穿刺検査実施まで投与した。妊娠初期と第1三半期中に感染した被験者を別々に無作為化し、4つのブロックで無作為化した。試験期間中、被験者と研究者に治療の割り付けを伏せた。主要評価項目は、サイトメガロウイルスの垂直感染率とした。per-protocol原理にしたがって統計学的解析を実施した。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT02351102番で登録されている。 【結果】2015年11月15日から2018年10月8日にかけて100例を無作為化し、バラシクロビルまたはプラセボを投与した。10例を除外し(各群5例ずつ)、最終解析にはバラシクロビル群45例(いずれも単胎妊娠)、プラセボ群45例(単胎妊娠43例、2例が双胎妊娠)を対象とした。バラシクロビル群は第1三半期中および妊娠初期の感染例を含み、羊水穿刺45件中5件(11%)がサイトメガロウイルス陽性、プラセボ群では羊水穿刺47件中14件(30%)が陽性であった(P=0.027、垂直感染のオッズ比0.29、95%CI 0.09-0.90)。第1三半期中のサイトメガロウイルス初回感染例で、バラシクロビル群(羊水穿刺19件中2件[11%])の方がプラセボ群(羊水穿刺23件中11件[48%])よりも羊水穿刺でのサイトメガロウイルス陽性が有意に少なかった(P=0.020)。臨床的に有意な有害事象は報告されなかった。 【解釈】バラシクロビルは、妊娠早期にサイトメガロウイルスに感染した妊婦のから胎児への垂直感染率を抑制するのに有効である。初回感染妊婦の早期治療によって、妊娠喪失や先天性サイトメガロウイルス感染乳児の出産を防ぐことができると思われる。 第一人者の医師による解説 妊娠初期のCMVスクリーニング検査と バラシクロビル投与の広まりに期待 田中 守 慶應義塾大学医学部産婦人科教授 MMJ. February 2021;17(1):28 先天性サイトメガロウイルス感染症は、世界で最も多い母児感染の原因の1つであり、器官形成期である妊娠初期に感染すると児に重篤な神経学的障害を残す疾患である。有効なワクチンもないため、初回感染妊婦のスクリーニング法と治療法の確立が求められてきた(1)。出生後の先天性サイトメガロウイルス感染症に使用されているアシクロビルやバラシクロビルは、米国食品医薬品局(FDA)分類でカテゴリーBに分類され、妊娠中の安全性が認められている。また、母体へ投与されたバラシクロビルは、胎盤を通過し、母体、胎児、羊水中に十分な治療濃度が確保されると報告されている(2)。 本論文は、妊娠初期に母体サイトメガロウイルス初回感染が確認された妊婦に対してバラシクロビルの有効性と安全性を検討した無作為化二重盲検プラセボ対照試験のイスラエルからの報告である。100人のサイトメガロウイルス初回感染妊婦に対して、1日8gのバラシクロビル群とプラセボ群の2群に分け、治療効果を判定する羊水 PCR検査まで最低6週間の薬剤服用を行った。最終的に45人のバラシクロビル群と45人のプラセボ群の結果が解析された。妊娠中期に実施された胎児感染を調べるための羊水 PCR検査において、バラシクロビル群では45検査中5例(11%)がサイトメガロウイルス陽性となり、プラセボ群の44検査中14例(30%)に比較して有意に低値となった。特に妊娠初期に判明した母体サイトメガロウイルス初回感染例に対しては、顕著な胎児垂直感染予防効果が認められた(羊水PCR検査陽性率:バラシクロビル群11%、対するプラセボ群48%)。一方、バラシクロビル群に明らかな有害事象は認められなかった。 日本では、イスラエルほど妊娠初期のサイトメガロウイルス初回感染スクリーニング検査が普及していない現状であり、いまだ多くの先天性サイトメガロウイルス感染症の子どもが生まれてきている。妊娠初期にスクリーニング検査を行い、陽性者にはバラシクロビルを投与することで垂直感染が予防できる可能性が示されたことは意義深い。今後、日本での妊婦に対するサイトメガロウイルス感染症スクリーニング検査とバラシクロビル投与による垂直感染予防策が広まっていくことが望まれる。 1. Tanimura K, et al. J Obstet Gynaecol Res. 2019 45(3):514-521. 2. Jacquemard, F, et al. BJOG 2007 114(9): 1113-1121.
根治的前立腺全摘除術後の放射線治療のタイミング(RADICALS-RT) 第III相無作為化比較試験
根治的前立腺全摘除術後の放射線治療のタイミング(RADICALS-RT) 第III相無作為化比較試験
Timing of radiotherapy after radical prostatectomy (RADICALS-RT): a randomised, controlled phase 3 trial Lancet. 2020 Oct 31;396(10260):1413-1421. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31553-1. Epub 2020 Sep 28. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】前立腺がんの根治的前立腺全摘除術後の放射線治療の最適なタイミングは明らかになっていない。著者らは、前立腺特異的抗原(PSA)生化学的再発時の救済放射線療法と併用する経過観察と比較した補助放射線療法の有効性と安全性を比較すること。 【方法】根治的前立腺全摘除術後に生化学的進行が見られる1項目以上の危険因子(病理学的T分類3または4、グリーソンスコア7-10点、断端陽性、術前PSAが10ng/mL以上のいずれか)がある患者を組み入れた無作為化比較試験を実施した(RADICALS-RT試験)。試験は、試験実施の認可を受けたカナダ、デンマーク、アイルランドおよび英国の施設で実施した。患者を補助放射線療法とPSAで判定した再発(PSA 0.1ng/mL以上または連続3回以上で上昇)に応じて救済放射線療法を用いる経過観察に1対1の割合で無作為に割り付けた。盲検化は実効不可能と判断した。グリーソンスコア、切除断端、予定していた放射線スケジュール(52.5Gy/20分割または66Gy/33分割)および施設を層別化因子とした。主要評価項目は無遠隔転移生存期間に規定し、救済放射線療法(対照)による90%の改善から補助放射線療法による10年時の95%の改善を検出するデザイン(検出力80%)とした。生化学的無増悪生存期間、プロトコールにないホルモン療法非実施期間および患者方向転帰を報告する。標準的な生存解析法を用いた。ハザード比(HR)1未満を補助放射線療法良好とした。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT00541047で登録されている。 【結果】2007年11月22日から2016年12月30日の間に、1396例を無作為化し、699例(50%)を救済放射線療法群、697例(50%)を補助放射線療法群に割り付けた。割り付け群は年齢中央値65歳(IQR 60-68)で釣り合いがとれていた。追跡期間中央値4.9年(IQR 3.0-6.1)であった。補助放射線療法群に割り付けた697例中649例(93%)が6カ月以内、救済放射線療法群に割り付けた699例中228例(33%)が8カ月以内に放射線療法を実施したことを報告した。イベント169件で、5年生化学的無増悪生存率が補助放射線療法群で85%、救済放射線療法群で88%であった(HR 1.10、95%CI 0.81-1.49、P=0.56)。5年時のプロトコールにないホルモン療法非実施期間が補助放射線療法群で93%、救済放射線療法群で92%であった(HR 0.88、95%CI 0.58-1.33、P=0.53)。1年時の自己報告の尿失禁は補助放射線療法群の方が不良であった(平均スコア4.8 vs. 4.0、P=0.0023)。が補助放射線療法群の6%、救済放射線療法群の4%に2年以内にグレード3-4の尿道狭窄が報告された(P=0.020)。 【解釈】この初期結果は、根治的前立腺全摘除術後の補助放射線療法のルーチンの実施を支持するものではない。補助放射線療法によって泌尿器合併症リスクが上昇する。PSA生化学的再発時に救済放射線療法を実施する経過観察を根治的前立腺全摘除術後の現行の標準治療とすべきである。 第一人者の医師による解説 適切な救済放射線治療により 補助放射線治療とPSA制御に差はない 伊丹 純 元国立がん研究センター中央病院放射線治療科科長 MMJ. April 2021;17(2):54 前立腺全摘術は前立腺がんに対する根治療法の1つであるが、高リスク患者では半分程度に前立腺特異抗原(PSA)再発が見られる。切除断端陽性、前立腺被膜外浸潤陽性、精嚢浸潤陽性、Gleason score8以上などの再発高リスク患者には、手術に引き続き補助放射線治療が実施されることがある。それに対して、術後は経過観察とし、PSA再発をきたした場合にのみ救済放射線治療を実施する方が、放射線治療の対象を限定することができ、長期成績は補助放射線治療と変わらないとするものもある。 今回報告されたRADICALS-RT試験は術後の補助放射線治療群と経過観察群を比較した無作為化第3相試験であり、対象は再発危険因子としてpT3/pT4、Gleason score 7~10、断端陽性、治療前PSA 10ng/mL以上のいずれか1個以上を持つ前立腺全摘術の前立腺がん患者で、通常の術後照射の対象より再発リスクの低い患者も含まれる。無作為割り付け後、補助放射線治療群は2カ月以内に前立腺床に対する放射線治療を開始し、経過観察群はPSAが2回続けて0.1ng/mL以上に上昇した場合、2カ月以内に救済放射線治療を開始した。救済放射線治療はPSA 0.2ng/mL以下でより有効であることが示されており当試験の重要なポイントである。補助放射線治療、救済放射線治療ともに前立腺床±骨盤リンパ節に66Gy/33分割、または52.5Gy/20分割(約62Gy/31分割相当)の照射が実施された。2007年11月~16年12月に英連邦諸国およびデンマークから1,396人が登録され、追跡期間中央値は4.9年。無作為割り付け後5年で経過観察群のうち32%の患者で救済放射線治療が開始されていた。5年PSAの無増悪生存率は 補助放射線治療群で85%、経過観察群88%で有意差はなかった。しかし、泌尿器症状、消化器症状などは2年以内の早期およびそれ以降の晩期ともに経過観察群で有意に少なかった。 今回の試験と同時期にLancet Oncologyに同様な2件の第3相試験(1),(2)が報告され、それらを併せた3試験のメタアナリシス(3)も発表された。いずれの報告でもPSA値が0.2ng/mL程度の段階で救済療法が実施されれば経過観察群はPSA無増悪生存率で補助放射線治療群と差はないという結果であった。術後照射を必要とする高リスク群も抽出できなかった。これら3件の第3相試験とそのメタアナリシスを踏まえると、前立腺全摘術後の補助放射線治療はルーティンで実施されるべきではなく、救済療法はPSAが0.2ng/mL程度の段階で早期に開始すべきである。また、救済放射線治療の際にはホルモン療法の同時併用も考慮されるべきである。 1. Kneebone A, et al. Lancet Oncol. 2020;21(10):1331-1340. 2. Sargos P, et al. Lancet Oncol. 2020;21(10):1341-1352. 3. Vale CL, et al. Lancet. 2020;396(10260):1422-1431.
原発性自然気胸の外来治療:非盲検無作為化対照試験
原発性自然気胸の外来治療:非盲検無作為化対照試験
Ambulatory management of primary spontaneous pneumothorax: an open-label, randomised controlled trial Lancet. 2020 Jul 4;396(10243):39-49. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31043-6. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】原発性自然気胸は健康な若年患者にも起こる。最適な管理法は定義されておらず、入院期間が長引くことが多い。外来治療の有効性に関するデータは少ない。著者らは、外来治療による入院期間および安全性を標準治療と比較することを目的とした。【方法】この非盲検無作為化試験では、英国の病院24施設で3年間にわたり、症候性の原発性自然気胸成人患者(16~55歳)を登録した。患者を外来用デバイスと標準ガイドラインに従った管理(吸引および標準的な胸腔チューブ挿入、またはそのいずれか)に無作為化により(1対1の割合で)割り付けた。主要評価項目は、無作為化後最長30日間の再入院を含めた入院期間とした。主解析はデータが入手できた患者を対象とし、安全性解析は割り付けた全患者を対象とした。この試験はInternational Standard Randomised Clinical Trialsの番号ISRCTN79151659で前向きに登録されている。【結果】2015年7月から2019年5月までの間にスクリーニングした776例のうち236例(30%)を外来治療(117例)、標準治療(119例)に無作為化により割り付けた。30日時点で、入院期間中央値は、外来治療を受けデータが入手できた114例(0日[IQR 0~3])の方が標準治療を受けデータを入手できた113例(4日[IQR 0~8])よりも短かった(P<0.0001;差の中央値2日[95%CI 1~3])。236例中110例(47%)に有害事象が発現し、内訳は外来治療群117例中64例(55%)、標準治療群119例中46例(39%)であった。外来治療を受けた患者に重篤な有害事象が計14件発現し、このうち8件(54%)が気胸の増大、無症候性の肺浮腫およびデバイスの不具合、漏出、ずれなどの介入によるものであった。【解釈】原発性自然気胸の外来治療によって最初の30日間の再入院を含め入院期間が有意に減少したが、有害事象が増えた。このデータからは、原発性自然気胸は、介入が必要な患者に外来用デバイスを用いることにより、外来での治療が可能であることを示唆している。 第一人者の医師による解説 患者自身の自己管理のため 合併症や事故のリスクが大きいことに留意 栗原 正利 公益財団法人日産厚生会玉川病院 気胸研究センター 気胸研究センター長 MMJ. December 2021;17(6):175 原発性自然気胸患者の外来通院ドレナージ治療は次第に普及しつつあるがその評価はまだ明確でない。本論文は、原発性自然気胸に対する外来通院治療の安全性と入院期間短縮効果を入院標準治療と比較した、英国の多施設共同ランダム化非盲検対照試験(RandomisedAmbulatoryManagementofPrimaryPneumothorax;RAMPP)の報告である。入院標準治療は英国胸部疾患学会(BTS)ガイドラインに準じた初期治療を意味し、胸部X線写真において肺門のレベルで胸壁から肺の輪郭までの距離が2cm以上の患者および/または呼吸器症状のある患者に対して、1回吸引治療または胸腔ドレナージ治療を行うものである。それに対して外来通院治療では携帯型ドレナージキットとしてハイムリッヒバルブとボトルがついたRocketPleuralVent(RocketMedical社、英国)が用いられた。RAMPP試験には英国の病院24施設が参加し、携帯型ドレナージキットによる外来通院治療群(117人)と入院標準治療群(119人)の間で有用性が比較検討された。主要評価項目として30日までの入院期間、副次評価項目として追加治療の必要性、有害事象、痛み・息切れの評価、再発率、欠勤期日などが検討された。その結果、外来通院治療群では、入院標準治療群に比べ、入院期間は有意に短縮し、再発率(7日目:7%対19%)は低く、手術紹介の頻度は同程度であった(28%対22%)。著者らは、ドレーンにまつわる有害事象はやや認められるものの、携帯型の胸腔ドレナージキットによる外来通院治療は推奨できると結論づけている。多施設共同ランダム化試験で、外来通院ドレナージ治療の有用性を科学的に検討した試みは評価したい。一方で、外来通院ドレナージ治療は、患者自身の自己管理になる。したがって合併症や事故のリスクは入院治療の場合よりはるかに大きい。ドレナージ装置取り扱いの十分な説明と問題が生じた時には24時間病院に連絡できる体制を取らなければならない。外来通院治療はリスクを伴うことを肝に銘じておくことが重要である。今回の外来通院治療は英国BTSのガイドラインに基づいて行われているが、米国には米国胸部疾患学会(ACCP)によるガイドライン(1)があり、日本には独自のガイドラインがある。各国の医療制度の違いにより診断および治療方針が異なるので、今後は各国で共有できる情報の整理を行っていく方向性が重要と考えられる。外来通院ドレナージ治療は、その携帯装置が日本でいち早く開発され世界に先駆けて導入されている(2)。日本において携帯型ドレナージキット治療が一番進んでいるのが実情である。 1. Baumann MH, et al. Chest. 2001;119(2):590-602. 2. 江花弘基 , et al. 日救急医会誌(JJAAM). 2011; 22: 803-809.
1型糖尿病成人患者の持続血糖モニタリングに用いるリアルタイムスキャンと間歇スキャンの比較(ALERTT1):6カ月間の前向き多施設共同無作為化対照試験
1型糖尿病成人患者の持続血糖モニタリングに用いるリアルタイムスキャンと間歇スキャンの比較(ALERTT1):6カ月間の前向き多施設共同無作為化対照試験
Comparing real-time and intermittently scanned continuous glucose monitoring in adults with type 1 diabetes (ALERTT1): a 6-month, prospective, multicentre, randomised controlled trial Lancet. 2021 Jun 12;397(10291):2275-2283. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00789-3. Epub 2021 Jun 2. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】1型糖尿病患者は、間歇スキャン持続血糖モニタリング(isCGM)またはリアルタイム持続血糖モニタリング(rtCGM)により血糖値を持続的に測定することができる。しかし、isCGMからアラート機能付きrtCGMに変更することによる便益があるかどうかは不明である。そこで今回、1型糖尿病成人患者を対象に、rtCGMとisCGMを比較する試験を実施した(ALERTT1)。【方法】ベルギー国内6施設で、前向き2群並行群間多施設無作為化比較試験を実施した。これまでisCGMを使用していた1型糖尿病成人患者をrtCGM(介入)とisCGM(対照)に1対1の割合で無作為化により割り付けた。中央機関で無作為化を実施し、試験施設、年齢、性別、糖化ヘモグロビン(HbA1c)、time in range(3.9~10.0mmol/L)、インスリン投与方法、低血糖の認識に基づく最小化法を用いた。参加者、治験責任医師、試験チームに治療の割り付けを伏せなかった。主要評価項目は、6カ月後のtime in rangeの平均群間差とし、intention-to-treatで評価した。本試験は、ClinicalTrials.govにNCT0377260で登録されている。【結果】2019年1月29日から7月30日までの間に参加者269例を登録し、そのうち254例を無作為化によりrtCGM群(127例)およびisCGM群(127例)に割り付けた。それぞれ124例および122例が試験を完了した。6カ月後、rtCGMの方がisCGMよりもtime in rangeが高かった(59.6% vs. 51.9%;平均差6.85ポイント[95%CI 4.36~9.34];P<0.0001)。(rtCGMの方が)6カ月後のHbA1c(7.1% vs. 7.4%;P<0.0001)、3.0mmol/L未満の時間の割合(0.47% vs. 0.84%;P=0.0070)およびHypoglycaemia Fear Survey(低血糖恐怖感調査:HFS)IIの心配下位尺度スコア(15.4 vs. 18.0;P=0.0071)が低かった。rtCGM群の方が重度の低血糖を来した参加者が少なかった(3例 vs. 13例;P=0.0082)。isCGMの方が皮膚反応が多く、rtCGM使用者の方がセンサー挿入後の出血が多かった。【解釈】任意に抽出した1型糖尿病成人患者で、isCGMからrtCGMへの切り替えにより、治療開始6カ月後のtime in rangeが有意に改善した。1型糖尿病患者の健康と生活の質を改善するため、isCGMに代わってrtCGMを検討すべきであることが示唆される。 第一人者の医師による解説 目標のTIRは患者ごとに異なり いずれのCGMが適切かは主治医の判断による 浦上 達彦 日本大学小児科学系小児科学分野診療教授 MMJ. December 2021;17(6):177 1型糖尿病の患者は、間歇スキャン持続的血糖モニタリング(isCGM)あるいはリアルタイムCGM(rtCGM)を用いることにより持続的に皮下のグルコース値をモニターすることが可能になったが、isCGMからアラート機能を有するrtCGMに切り替えた際の有用性については明らかでない。本論文は、成人1型糖尿病患者を対象にisCGMとrtCGMを比較する目的でベルギーの6病院で実施された、前向き、二重盲検、並行群間比較、多施設共同無作為化対照試験(ALERTT1)の報告である。以前にisCGMを使用していた成人1型糖尿病患者254人を、rtCGM(介入)群127人とisCGM(対照)群127人に無作為に1:1の比で割り付け、そのうちそれぞれ124人と122人が試験を終了した。試験開始後6カ月の時点で、主要評価項目であるtimeinrange(TIR;グルコース値が70~180mg/dLの範囲内にある時間の割合)はisCGM群に比べrtCGM群の方が有意に高く(51.9%対59.6%;平均差6.85%;95%信頼区間[CI],4.36?9.34;P<0.0001)、HbA1c値もisCGM群に比べrtCGM群の方が有意に低かった(7.4%対7.1%;P本試験では、成人1型糖尿病患者において、血糖コントロールの改善と低血糖頻度の低下に関して、isCGMに対するrtCGMの優越性が示された。rtCGMでは連続したグルコーストレンドが表示されることにより、高血糖時の補正インスリンの投与あるいは低血糖時の補食摂取などが的確に行えることと、特に無自覚性低血糖や重症低血糖の既往のある患者に対する低血糖アラート機能が低血糖、重症低血糖の発生を抑制するのに有効であることが、今回の結果につながったものと思われる。一方、TIRは推奨される70%以上の達成を単に目指すのではなく、低血糖の発生を最小限に抑え、患者の生活の質(QOL)が改善することを最大の目標としており(1)、目標とすべきTIRは患者ごとに個別化されるべきである(2),(3)。したがって、厳格な血糖目標を達成しやすいrtCGMに無理やり切り替えるのではなく、患者の要求度と治療・管理の内容によって、操作が簡便で利便性に優れるisCGMを使用するのか、低血糖の減少と血糖コントロールの改善に優れるrtCGMを使用するかを患者ごとに主治医が判断する必要がある。 1. Battelino T, et al. Diabetes Care. 2019;42(8):1593-1603.2. Urakami T, et al. Endocr J. 2020;67(10):1055-1062.3. Urakami T, et al. Horm Res Paediatr. 2020;93(4):251-257
検診規模拡大前後にみられる2型糖尿病の心血管リスク予測:導出および検証研究
検診規模拡大前後にみられる2型糖尿病の心血管リスク予測:導出および検証研究
Cardiovascular risk prediction in type 2 diabetes before and after widespread screening: a derivation and validation study Lancet. 2021 Jun 12;397(10291):2264-2274. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00572-9. Epub 2021 Jun 2. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】近年まで、世界のほとんどの糖尿病患者は症状が発現してから診断を受け、心血管リスクが高い。これは、ほとんどの患者が心血管予防薬を処方されていることを意味する。しかしニュージーランドでは、世界初の国家プログラムにより、2016年までに、対象となる成人の90%が糖尿病検診を受け(2012年の50%から上昇)、糖尿病を発症して間もない無症候性の患者が多く発見されている。著者らは、検診が広く実施される前に導出した心血管リスク予測式が現在検診で発見される患者のリスクをいくぶん過剰に見積もっているという仮説を立てた。【方法】検診規模拡大前後の期間を含む2004年10月27日から2016年12月30日までを検討した40万人規模のPREDICTプライマリケアコホート研究から、2型糖尿病があり、既知の心血管疾患、心不全および重大な腎機能障害がない30~74歳のニュージーランド人を特定した。糖尿病関連および腎機能の指標など事前に定めた18の予測因子とともにCox回帰モデルを用いて心血管疾患の5年リスクを推定する性別の式を導出した。検診が広く実施される前の2000~2006年に募集したNew Zealand Diabetes Cohort Study(NZDCS)で導出した同等の式と性能を比較した。【結果】4万6,652例をPREDICT-1 Diabetesサブコホートとし、このうち4,114例に追跡期間中(中央値5.2年、IQR 3.3~7.4)初発の心血管事象が発現した。ベースラインで1万4,829例(31.8%)が経口血糖降下薬およびインスリンを使用していなかった。新計算式で推定した心血管5年リスクの中央値は、女性が4.0%(IQR 2.3~6.8)、男性が7.1%(4.5~11.2)であった。古いNZDCSの式では、女性で3倍(中央値14.2%[9.7~20.0])、男性で2倍(中央値17.1%[4.5~20.0])、心血管リスクの中央値が過剰に推定された。PREDICT-1 Diabetesの式は、モデルおよび判別性能の指標もNZDCSの式よりも有意に優れていた(例、女性:R2=32%[95%CI 29~34]、HarrellのC=0.73[0.72~0.74]、RoystonのD=1.410[1.330~1.490]vs. R2=24%[21~26]、C=0.69[0.67~0.70]、D=1.147[1.107~1.187])。【解釈】国際的な治療ガイドラインではいまだに、ほとんどの糖尿病患者の血管リスクが高いと考えている。しかし、今回、ニュージーランドでは近年の糖尿病検診規模拡大によって糖尿病患者の心血管リスクが根本的に変化していることが示された。患者の多くは腎機能が正常であり、血糖降下薬を投与されておらず、心血管リスクが低い。肥満の増加、検診に用いる検査の簡易化および心血管事象を予防する新世代血糖降下薬の導入によって糖尿病検診の増加が必然となるに伴い、この結果の国際的な意味が明らかになる。現代の糖尿病集団を対象に、糖尿病関連および腎機能の予測因子を多数用いて導出した心血管リスク予測式により、不均一性を増しつつある集団から低リスク患者と高リスク患者を判別し、しかるべき非薬物療法管理や費用効果を踏まえた高価な新薬の対象者に関する情報を提供することが求められている。 第一人者の医師による解説 日本でもリスク変化の可能性 他国・以前のリスク予測式の適用には留意が必要 杉山 雄大 国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センター・医療政策研究室長 MMJ. December 2021;17(6):178 従来の糖尿病患者を対象とした心血管リスクスコアは、有症状で心血管リスクがすでに高い段階で糖尿病が発見される社会における糖尿病患者から導出されてきた。一方で、健診機会が広がり無症状でも糖尿病の診断がされるようになると、全体として糖尿病患者における心血管リスクが下がり、従来のリスクスコアではリスクの過大評価となっている可能性がある。本研究では、政策により糖尿病健診受診割合が急拡大(2012年50%→16年90%)したニュージーランドにおいて、PREDICT研究の部分コホートにおける新規心血管疾患の発症率を算出、新たな予測式を導出(derivation)・検証(validation)し、さらに2002~06年のコホートデータ(NewZealandDiabetesCohortStudy;NZDCS)から導出された2型糖尿病患者に対するリスク予測式をPREDICT研究のコホートを用いて検証することにより、上記の仮説を検討した。PREDICT研究では、ニュージーランドのプライマリケア医が心血管リスク評価を行うための標準化されたソフトウエア(PREDICT意思決定支援ソフトウエア)に情報を入れた際に患者がコホートに登録される。本研究は、PREDICT研究のコホートのうち、2004?16年に登録された心血管疾患既往のない46,652人の2型糖尿病患者を対象とした。結果として、244,840人・年において4,114件の心血管疾患が発症した(中央値5.2年;4分位範囲3.3~7.4年)。PREDICT研究、NZDCSそれぞれのリスク予測式から計算された心血管疾患の予測5年累積発症率と実際の発症率を10分位の較正プロットで比較すると、PREDICT研究からのリスク予測は観測値とほぼ一致するのに対し、NZDCSの予測式はリスクを大幅に過大評価する結果となった(女性:約3倍、男性:約2倍)。本研究は、糖尿病に対する健診が発達していない社会・時代から導出されたリスクスコア(例:フラミンガムリスクスコア)を健診の発達した社会・時代に適用すると、糖尿病患者に対するリスクを過大評価してしまうことを示唆している。また、投薬などの推奨(例:40歳以上の糖尿病患者全体に対するスタチン推奨)もリスク評価に基づくものであり、リスクの異質性を認識し、正確なリスク評価に基づいて費用対効果の高い診療をする方が望ましい、と著者らは論じている。日本でも特定健診の導入などにより未治療糖尿病患者の割合は低下しており(1)、糖尿病患者のリスクに変化が生じている可能性がある。他国・以前のリスク予測式を適用する際には、リスク予測式導出時との違い・変化に留意する必要がある。 1. 厚生労働省 . 平成 28 年国民健康・栄養調査結果の概要 . https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-KenkoukyokuGantaisakukenkouzoushinka/kekkagaiyou_7.pdf(2021 年 10 月 18 日アクセス可能)
ループス腎炎に用いるvoclosporinとプラセボの有効性および安全性の比較(AURORA 1) 多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照第III相試験
ループス腎炎に用いるvoclosporinとプラセボの有効性および安全性の比較(AURORA 1) 多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照第III相試験
Efficacy and safety of voclosporin versus placebo for lupus nephritis (AURORA 1): a double-blind, randomised, multicentre, placebo-controlled, phase 3 trial Lancet. 2021 May 29;397(10289):2070-2080. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00578-X. Epub 2021 May 7. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】ループス腎炎成人患者の治療薬として承認された新たなカルシニューリン阻害薬voclosporinによって、第II相試験でループス腎炎患者の腎奏効が改善した。この試験は、ループス腎炎の治療に用いるvoclosporinの有効性と安全性を評価することを目的とした。【方法】この多施設共同、二重盲検、無作為化第III相試験は、27カ国の142施設で実施された。米国リウマチ学会の基準に基づきループス腎炎を呈する全身性エリテマトーデスと診断され、2年以内の腎生検でクラスIII、IVまたはV(単独またはクラスIII、IVとの併存)の患者を適格とした。自動ウェブ応答システムを用いて、ミコフェノール酸モフェチル(MMF、1gを1日2回)と急速に減量する低用量経口ステロイドによる基礎治療を実施した上で、患者を経口voclosporinとプラセボに(1対1の割合で)無作為化により割り付けた。主要評価項目は、52週時の腎の完全寛解とし、主要評価項目評価直前の尿蛋白/クレアチニン比0.5mg/mg未満、腎機能安定(eGFR値60mL/min/1.73m^2または治療前からの低下度20%以下と定義)、レスキュー薬非投与および44~52週に3日以上連続または7日間以上にわたるprednisone 10mg/日相当量未満の投与の複合と定義した。このほか、安全性を評価した。intention-to-treatで有効性解析、無作為化し試験治療を1回以上実施した患者で安全性解析を実施した。試験は、ClinicalTrials.govにNCT03021499で登録されている。【結果】2017年4月13日から2019年10月10日の間に、179例をvoclosporin群、178例をプラセボ群に割り付けた。主要評価項目に定めた腎の完全寛解は、voclosporin群の患者の方がプラセボ群の患者よりも多く達成した(179例中73例[41%]vs. 178例中40例[23%];オッズ比2.65;95%CI 1.64~4.27;P<0.0001)。有害事象は両群が拮抗していた。voclosporin群178例中37例(21%)とプラセボ群178例中38例(21%)に重篤な有害事象が発現した。最も多く見られた感染症などの重篤な有害事象は肺炎であり、voclosporin群の7例(4%)とプラセボ群の8例(4%)に発現した。試験期間中または試験追跡期間中に計6例が死亡した(voclosporin群1例[1%未満]とプラセボ群5例[3%])。死亡に至る事象に、試験担当医師が試験治療に関連があると考えたものはなかった。【解釈】MMF+低用量ステロイドとvoclosporinの併用は、MMF+低用量ステロイドのみよりも、臨床的にも統計的にも腎の完全寛解率が良好であり、安全性のデータも同等であった。この結果は、活動性ループス腎炎治療の重要な成果である。 第一人者の医師による解説 標準薬のMMFにボクロスポリン併用で寛解率改善 国内での保険収載を期待 廣村 桂樹 群馬大学大学院医学系研究科内科学講座腎臓・リウマチ内科学分野教授 MMJ. December 2021;17(6):180 活動性ループス腎炎の治療では、まず寛解導入療法を実施して腎炎を鎮静化し、その後維持療法により長期間の寛解維持を目指す。寛解導入療法は、中等量~大量のグルココルチコイドと免疫抑制薬の投与が基本である。2009年に報告されたALMS試験では、ミコフェノール酸モフェチル(MMF)とシクロホスファミド静注療法(IVCY)が比較され、両者がほぼ同等の寛解率を示し(1)、その結果をもとにMMFまたはIVCYが寛解導入における免疫抑制薬の標準薬となった。その後、より高い有効性を求め、標準薬に生物学的製剤などを併用する臨床試験がいろいろ試みられたが、ほとんどの試験が失敗に終わっている。そうした中、2015年に、MMFとカルシニューリン阻害薬であるタクロリムスの併用により、IVCYに比べ、寛解率が有意に高まることが中国の多施設共同試験で示され注目を集めた(2)。本論文で報告されたAURORA1試験は、シクロスポリン誘導体で新規カルシニューリン阻害薬のボクロスポリン(VCS)とMMFの併用療法の効果を検討した、日本も含めた国際的な第3相臨床試験である。ISN/RPS2003年分類III、IV、V型のループス腎炎患者357人を対象に、MMF(1回1g、1日2回)をベース薬としてVCS(1回23.7mg、1日2回)投与群とプラセボ投与群の2群に無作為に割り付け(1;1)、検討がなされた。なお本試験ではグルココルチコイド投与量がかなり少ないことが特徴である。治療開始時にメチルプレドニゾロン(0.5g/日、2日間)を投与後、プレドニゾン25mg/日(体重45kg以上の場合)から開始して漸減し、16週目以降は2.5mg/日に減量するプロトコールであり、通常投与量の半分以下となる。主要評価項目である52週後の完全腎奏効(早朝尿での尿蛋白/尿Cr比0.5mg/mgCr以下、eGFR60mL/分/1.73m2以上またはベースラインからのeGFR低下20%以下など)が得られた患者は、VCS群41%に対してプラセボ群23%であり、VCS群が有意に優れていた(オッズ比,2.65;95%信頼区間,1.64~4.27;P<00001)。一方、有害事象は両群で差がみられず、感染症関連の重篤な有害事象として肺炎が最も多くみられたが、VCS群、プラセボ群ともに4%であった。本試験の結果を受けて、2021年1月に米食品医薬品局(FDA)はループス腎炎の治療薬としてボクロスポリンを承認し、米国では販売されている。日本の大塚製薬は日本と欧州でのVCSの独占販売権を取得しており、今後国内での保険収載が期待される。 1. Appel GB, et al. J Am Soc Nephrol. 2009;20(5):1103-1112. 2. Liu Z, et al. Ann Intern Med. 2015;162(1):18-26.
糖尿病の有無を問わない成人の代謝減量手術と長期生存の関連 計174,772例を検討したマッチドコホート研究および前向き比較対照研究の1段階法メタ解析
糖尿病の有無を問わない成人の代謝減量手術と長期生存の関連 計174,772例を検討したマッチドコホート研究および前向き比較対照研究の1段階法メタ解析
Association of metabolic-bariatric surgery with long-term survival in adults with and without diabetes: a one-stage meta-analysis of matched cohort and prospective controlled studies with 174 772 participants Lancet. 2021 May 15;397(10287):1830-1841. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00591-2. Epub 2021 May 6. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】代謝減量手術によって体重が大幅に減少し、肥満関連のリスクや合併症の寛解や改善につながる。しかし、政策の指針や患者カウンセリングに利用するために、術前の糖尿病併存状態で層別化した長期死亡率や平均余命にもたらす効果の推定を強固なものにする必要がある。著者らは、重度肥満患者で代謝減量手術と標準治療の長期生存転帰を比較した。【方法】前向き比較対照研究および高品質のマッチドコホート研究から再構成した患者個別の生存データを用いて、事前に定めた1段階法によるメタ解析を実施した。PubMed、ScopusおよびMEDLINE(Ovid経由)で、2021年2月3日までに非外科的肥満管理と代謝減量手術後の全死因死亡を比較した無作為化試験、前向き比較対照研究およびマッチドコホート研究を検索した。総説とともに、組み入れた研究の参考文献一覧から灰色文献も検索した。共有異質性(ランダム効果など)および層別Coxモデルを用いて、試験レベルでの参加者のクラスタリングを考慮に入れた上で、代謝減量手術を施行した肥満成人の全死因死亡率をマッチさせた標準治療を実施した対照と比較した。このほか、治療必要数を算出し、Gompertz比例ハザードモデルを用いて平均余命を推定した。試験のプロトコールは、PROSPEROにCRD42020218472番で予め登録されている。【結果】特定した論文1,470編のうち、マッチドコホート研究16編および前向き比較対照試験1編を解析対象とした。1,200万人の間に7,712例が死亡した。全174,772例では、代謝減量手術で死亡のハザード率が49.2%(95%CI 46.3~51.9、P<0.0001)低下し、平均余命中央値が通常治療より6.1年(95%CI 5.2~6.9)長かった。部分集団解析で、代謝減量手術を施行した患者は、ベースラインで糖尿病があった患者(ハザード比0.409、95%CI 0.370~0.453、p<0.0001)、なかった患者(0.704、0.588~0.843、P<0.0001)ともに全死因死亡率が低かったが、治療効果は糖尿病があった患者の方が高かった(部分集団間のI^2 95.7%、P<0.0001)。手術群の方が非手術群よりも平均余命の中央値が9.3年(95%CI 7.1~11.8)長く、糖尿病がなかった患者の平均獲得余命は5.1年(2.0~9.3)であった。10年間で死亡1例を予防するための必要治療数は、糖尿病がある患者が8.4(95%CI 7.8~9.1)、糖尿病がない患者が29.8(21.2~56.8)であった。胃バイパス、バンディングおよび袖状胃切除の間に治療効果の差が見られなかった(I^2 3.4%、P=0.36)。このメタ解析の結果や他のデータを利用することにより、今回の解析で統合した世界の代謝減量手術適応患者間で手術率が1.0%上昇するごとに、糖尿病がある患者とない患者でそれぞれで5,100万人年と6,600万人年の平均余命が獲得できることが推定された。【解釈】代謝減量手術によって、通常の肥満管理よりも肥満成人患者の全死因死亡率および平均余命が大きく改善する。糖尿病がない患者よりも糖尿病を併存する患者の方が生存に関する便益が顕著に見られる。 第一人者の医師による解説 国内でも3学会合同のコンセンサスステートメント発刊 本手術の普及を期待 岡住 慎一 東邦大学医療センター佐倉病院外科教授 MMJ. December 2021;17(6):176 1950年代に欧米で減量を目的として開始された高度肥満症に対する外科治療は、減量効果とともに糖尿病をはじめとする肥満関連合併症の改善も得られることが判明し、metabolicsurgery(代謝改善手術)として新たに位置づけられ、現在、全世界で年間約80万人に行われるほどに拡大している(1)。高度肥満症では、関連疾患による高死亡率対策が課題である。本論文は、外科治療における生存期間延長効果について計174,772人が参加した17試験でメタ解析し、さらに2型糖尿病合併の有無において検討した大規模研究である。結果は、内科治療に比べ外科治療による生存期間延長効果は6.1年(95%信頼区間[CI],5.2~6.9)であり、致死危険率(hazardrateofdeath)で49%(95%CI,46.3~51.9;P<0.0001)の低下が得られていた。治療後20年、30年累積死亡率は、内科治療群でそれぞれ20.0、46.0%であったのに対し、外科治療群ではそれぞれ8.8、29.5%であった。さらに、2型糖尿病合併の有無別にみると、外科治療群では両者ともに全死亡率が低下し、特に、2型糖尿病合併例における効果は顕著であった(P<0.0001)。2型糖尿病の合併例における治療後20年累積死亡率は、内科治療群の35.2%に対し、外科治療群では21.1%、一方、非合併例ではそれぞれ19.3、11.9%であり、内科治療に対する外科治療の生存期間延長効果は糖尿病合併例で9.3年(95%CI,7.1~11.8)、非合併例で5.1年(2.0~9.3)であった。これらの生存期間延長効果は、肥満外科の主要な術式(胃バイパス、袖状胃切除、胃バンディング)すべてにおいて示されたとしている。Metabolicsurgeryの効果の周知により、2016年米国糖尿病学会(ADA)のガイドラインでは高度肥満症(体格指数[BMI]35以上、アジア系:BMI32.5以上)を伴う制御困難な2型糖尿病に対して外科治療が「推奨」され、世界45学会(日本糖尿病学会を含む)が承認した(2)。2021年7月には、日本肥満症治療学会、日本肥満学会、日本糖尿病学会の3学会合同により、「日本人の肥満2型糖尿病に対する減量・代謝改善手術に関するコンセンサスステートメント」が発刊された(3)。日本においても、今後さらに本手術の普及が進むことが期待されている。 1. Fifth IFSO Global Registry Report 2019(IFSO & Dendrite Clinical Systems) 2. 糖尿病診療ガイドライン2019(日本糖尿病学会) 3. 日本人の肥満2型糖尿病に対する減量・代謝改善手術に関するコンセンサスステートメント(日本肥満症治療学会/日本肥満学会/日本糖尿病学会,2021)
さまざまな血圧値の患者に用いる心血管疾患の1次予防および2次予防を目的とした薬剤による降圧治療 個別患者データのメタ解析
さまざまな血圧値の患者に用いる心血管疾患の1次予防および2次予防を目的とした薬剤による降圧治療 個別患者データのメタ解析
Pharmacological blood pressure lowering for primary and secondary prevention of cardiovascular disease across different levels of blood pressure: an individual participant-level data meta-analysis Lancet. 2021 May 1;397(10285):1625-1636. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00590-0. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】心血管疾患の併存を問わない正常血圧または正常高値血圧の患者に用いる薬剤による血圧降下作用は明らかになっていない。著者らは、治療前の収縮期血圧値別に、降圧治療が主要心血管事象リスクにもたらす作用を明らかにすべく、無作為化試験の個別患者データを解析した。【方法】薬剤による降圧治療をプラセボまたは他のクラスの降圧薬と比較した無作為化試験または治療の強度別に比較した無作為化試験計48件(各群の追跡期間1,000人年以上)の個別患者データのメタ解析を実施した。心不全患者、急性心筋梗塞などの急性期疾患の短期治療を対象とした試験を除外した。Blood Pressure Lowering Treatment Trialists' Collaboration(英オックスフォード大学)から1972年から2013年までに発表された51試験のデータを取得した。データを統合し、心血管疾患併存(無作為化割り付け前の脳卒中、心筋梗塞、虚血性心疾患などの報告)の有無、収縮期血圧全体および7段階の収縮期血圧値分類(120 mmHg未満から170mmHg以上まで)別に降圧治療効果を層別化した。主要評価項目は、主要心血管事象(脳卒中、心筋梗塞または虚血性心疾患、致命的または入院を要する心不全の複合と定義)とし、intention-to-treatで解析した。【結果】この解析では、48試験の参加者計344,716例のデータを対象とした。無作為化前の平均収縮期血圧および拡張期血圧は、心血管疾患既往歴がある参加者(157,728例)が146/84 mm Hg、心血管疾患既往例がない参加者(186,988例)が157/89 mmHgであった。試験前の参加者の血圧に大きなばらつきを認め、心血管疾患既往歴がある参加者31,239例(19.8%)および心血管疾患既往例がない参加者14,928例(8.0%)の収縮期血圧が130mmHg未満であった。降圧治療の相対的効果は、収縮期血圧低下の程度と比例していた。中央値で4.15年の追跡後(Q1~Q3 2.97~4.96)、42,324例(12.3%)に主要心血管事象が発生した。試験前に心血管疾患既往歴がなかった参加者の1000人年当たりの主要心血管事象発症率は、比較対照群が31.9(95%CI 31.3~32.5)、介入群が25.9(25.4~26.4)であった。試験前に心血管疾患既往歴があった参加者の発症率は、比較対照群39.7(95%CI 39.0~40.5)および介入群36.0(95%CI 35.3~36.7)であった。収縮期血圧5mmHgの低下による主要心血管事象のハザード比(HR)は、心血管疾患既往がない参加者が0.91(95%CI 0.89~0.94)、心血管疾患既往がある参加者が0.89(0.86~0.92)であった。層別解析で、試験前の心血管疾患既往歴の有無や収縮期血圧分類別による主要心血管事象に対する治療効果の異質性について、信頼性の高い科学的根拠はなかった。【解釈】この無作為化試験の大規模解析では、収縮期血圧5mmHg低下により、心血管疾患既往歴の有無とは関係なく、正常血圧や正常高値血圧でさえ主要心血管事象リスクが約10%低下した。この結果は、現在治療の対象外となる血圧値でも、薬剤による一定の血圧降下が心血管疾患の1次予防および2次予防に等しく有効であることを示唆している。降圧治療の適応について患者と話し合う医師は、血圧を下げることよりも心血管リスク低下の重要性を重視すべきである。 第一人者の医師による解説 降圧療法は心血管病が存在し 血圧が低くても有用なことを確認 平田 恭信 東京逓信病院名誉院長 MMJ. December 2021;17(6):170 世界的に高血圧者の数はこの30年間で倍増しており、降圧療法の重要性が高まっている。高血圧の治療法については降圧薬の使用方法などにまだ改善の余地があるが、その恩恵については議論の余地は少ない。しかし未解決の重要な問題も残っており、そのうち(1)すでに心血管病を有する高血圧者と有さない高血圧者の間で降圧療法の効果は異なるのか否か(2)その効果は投与前の血圧値によって差があるのか、特に正常~正常高値の血圧レベルでどうか──という2つの疑問を本研究では解明しようとしている。それに答えるには相当数の対象者が必要である。というのは血圧レベルが正常に近いほど、降圧治療によるリスク低減効果は小さくなることが知られているからである。臨床上のエビデンスレベルとしては関連研究のメタアナリシスが最上位に置かれているのは周知のことであるが、メタアナリシスにも弱点はあり、どの論文を解析対象とするかの選択バイアスがありうること、対象者数が他より圧倒的に多い論文が含まれると結論がそれに引っ張られてしまうことである。その点、著者であるBloodPressureLoweringTrialists’Collaborationグループはあらかじめ質の保証された降圧療法に関する臨床研究を結果の出る前から組み入れることを表明しておき、それを徐々に積み上げてきた。このことによって少なくとも論文の選択バイアスは避けられる。さらに研究対象者の個々のデータ(individualparticipant-leveldata)も解析可能なシステムを構築した。これまでも同グループにより降圧療法による合併症の抑制効果は到達した血圧値に依存し、降圧薬の種類によらないことが示されてきた。本研究でも約34万人の解析により、収縮期血圧が5mmHg低下すると心血管合併症(イベント)の発生リスクが約10%低下し、この効果は投与前に心血管病のある場合(2次予防)、未罹患の場合(1次予防)のいずれでも同様に認められた。また心血管合併症の発症リスクも脳卒中で13%、心不全で13%ならびに虚血性心疾患で8%抑制された。さらにこの効果は投与前の血圧値を7段階に分けて解析しても各レベル間の差は明らかでなく、収縮期血圧が120mmHg未満や120~129mmHgであっても認められた。このことはいわゆる治療効果のJカーブ現象は一般的には心配はないことを示している。降圧療法の目的は心血管合併症の予防にあることより、心血管病が存在して、血圧が低めであっても治療が有用なことが確認された。