「HFrEF」の記事一覧

女性と比較した男性の心不全治療薬至適用量の特定 前向き観察コホート研究
女性と比較した男性の心不全治療薬至適用量の特定 前向き観察コホート研究
Identifying optimal doses of heart failure medications in men compared with women: a prospective, observational, cohort study Lancet. 2019 Oct 5;394(10205):1254-1263. doi: 10.1016/S0140-6736(19)31792-1. Epub 2019 Aug 22. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)患者にガイドラインが推奨するアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)およびβ遮断薬の用量は、薬剤の薬物動態に性差があることが知られているにもかかわらず、男女でほぼ同じである。著者らは、HFrEF患者に用いるACE阻害薬またはARBおよびβ遮断薬の至適用量に性差があると仮定を立てた。 【方法】欧州11カ国で実施した前向き試験BIOSTAT-CHFの事後解析を実施した。この試験は、手順従ってACE阻害薬またはARBおよびβ遮断薬の投与開始と用量漸増を推奨された心不全患者を対象としたものである。著者らは、左室駆出率が40%未満の患者のみを対象とし、試験開始3カ月以内に死亡した患者を除外した。あらゆる原因による死亡または心不全による入院までの期間の複合を主要転帰とした。男性3539例、女性961例のHFrEF患者から成る独立コホートASIAN-HFで結果を検証した。 【結果】BIOSTAT-CHFのHFrEF患者(男性1308例、女性402例)で、女性のほうが男性よりも高齢(74歳vs. 70歳、P<0.0001)、低体重(72kg vs. 85kg、P<0.0001)、低身長(162cm vs. 174cm、P<0.0001)だったが、BMIに有意な差はなかった。ほぼ同じ割合の男女でガイドラインが推奨するACE阻害薬またはARB[99例(25%)vs. 304例(23%)、P=0.61]およびβ阻害薬[57例(14%) vs. 168(13%)例、P=0.54]の目標用量に達していた。死亡または心不全による入院のハザード比が最も低かったのは、男性ではACE阻害薬またはARBおよびβ遮断薬の推奨用量100%を服用していた患者であったが、女性は推奨用量のわずか50%でリスクが約30%も低く、増量してもリスクはそれ以上低下しなかった。この性差は、年齢、体表面積などの変数で補正した後もなお認められた。ASIAN-HFレジストリでは、ACE阻害薬およびβ遮断薬いずれもほぼ同じパターンが見られ、女性は推奨用量の50%でリスクが約30%低く、増量してもそれ以上の便益は見られなかった。 【解釈】この試験から、HFrEF女性患者は男性よりもACE阻害薬またはARBおよびβ遮断薬を減量する必要があることが示唆される。これは、男性と比較した女性の真の至適薬物療法が何であるかという問題を提起するものである。 第一人者の医師による解説 男女により標準治療薬の至適用量に差があることに注意が必要 瀧本 英樹 東京大学医学部附属病院循環器内科講師 MMJ. October 2020; 16 (5):133 左室駆出率(LVEF)が低下した心不全患者に対するガイドラインに準じた治療(guideline-directed medical therapy;GDMT)では現在、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬を少量から導入し、性別関係なく推奨量まで漸増する。しかし、薬物の体内分布、代謝、病態には性差があり、至適用量は男女で異なる可能性が高い。  本論文はこの仮説を、欧州11カ国のBIOSTATCHF試験 の 事後解析により検証、さらにアジア11地域のASIAN-HF試験で検証した。BIOSTATCHF試験はGDMTが奏効しない要因を調べる前向き観察研究であり、2010~12年に患者登録が行われた。ACE阻害薬 /ARB、β遮断薬投与が不十分な心不全患者について、登録後3カ月間に治療薬を増量・最適化、その後6カ月間は用量を維持して評価した(追跡期間の中央値は21カ月)。対象となったLVEF 40%未満の男性1,308人と女性402人をβ遮断薬、ACE阻害薬 /ARBの推奨量到達度で4群(0%、1~49%、50~99%、100%以上)にわけて全死亡と心不全入院の複合エンドポイントを評価すると、β遮断薬、ACE阻害薬 /ARBとも女性では50~99%、男性では100%以上で最もリスクが低かった。推奨量到達度と相対リスクの関係を解析すると、β遮断薬に関して女性では推奨量の60%でリスクが最も低いU字型曲線を示し、男性では30~100%でリスクが低かった。ACE阻害薬 /ARBに関して、女性では推奨量の40%で最もリスクが低く、それ以上で低下しなかったが、男性は増量に伴ってリスクが低下し、推奨量100%で最もリスクが低くなった。  ASIAN-HF試験に登録されたLVEF40%以下の男性3,539人、女性961人を対象とした解析でもほぼ同様の結果であり、女性においてβ遮断薬は推奨量の40~50%、ACE阻害薬 /ARBは推奨量の60%で十分な相対リスク低下効果を得ることができ、それ以上でリスク低下を認めなかった。一方、男性ではβ遮断薬は推奨量100%で最も相対リスクが低く、ACE阻害薬 /ARBは推奨量50%以上でリスク低下が得られた。  すなわち、女性の心不全治療において、これら薬物は人種によらず推奨量の約半量が適切であることが示された。この機序については検討されていないが、薬物の代謝、血中濃度、副作用、病態形成の性差が考えられよう。これからは性差を考慮した医療を適切に提供することが求められている。
ダパグリフロジンが糖尿病がない心不全患者の心不全悪化と心血管死にもたらす効果
ダパグリフロジンが糖尿病がない心不全患者の心不全悪化と心血管死にもたらす効果
Effect of Dapagliflozin on Worsening Heart Failure and Cardiovascular Death in Patients With Heart Failure With and Without Diabetes JAMA. 2020 Mar 27;323(14):1353-1368. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】駆出率が低下した心不全(HFrEF)患者に追加治療が必要である。ナトリウム・グルコース輸送体2(SGLT2)阻害薬は、糖尿病がないHFrEF患者にも有効な治療であると考えられる。 【目的】糖尿病の有無を問わずHFrEF患者に用いるダパグリフロジンの効果を評価すること。 【デザイン、設定および参加者】20カ国410施設で実施された第III相無作為化試験の探索的解析。2017年2月15日から2018年8月17日にかけて、NYHA分類II~IV、左室駆出率が40%以下で、血漿NT-proBNP値が上昇した患者を組み入れ、2019年6月19日まで追跡した。 【介入】推奨治療に追加したダパグリフロジン1日1回10mgまたはプラセボ。 【主要転帰または評価項目】主要転帰は心不全の悪化または心血管死の複合とした。この転帰は、試験開始時の糖尿病の有無で、さらに糖尿病がない患者では糖化ヘモグロビン値5.7%以上と5.7%未満に分けて解析した。 【結果】無作為化した4744例(平均年齢66歳、23%が女性、55%が非糖尿病)のうち4742例が試験を完遂した。糖尿病がない患者で、主要転帰はダパグリフロジン群1298例中171例(13.2%)、プラセボ群1307例中231例(17.7%)に発生した(HR 0.73、95%CI 0.60~0.88)。糖尿病患者では、主要転帰はダパグリフロジン群1075例中215例(20.0%)、プラセボ群1064例中271例(25.5%)に発生した(同0.75、0.63~0.90、交互作用のP=0.80)。糖尿病がなく糖化ヘモグロビン値5.7%未満の患者で、主要転帰はダパグリフロジン群438例中53例(12.1%)、プラセボ群419例中71例(16.9%)に発生した(同0.67、0.47~0.96)。糖化ヘモグロビン値5.7%以上の患者で、主要転帰はダパグリフロジン群860例中118例(13.7%)、プラセボ群888例中160例(18.0%)に発生した(同0.74、0.59~0.94)、交互作用のP=0.72)。糖尿病がない患者でダパグリフロジン群の7.3%、プラセボ群の6.1%、糖尿病患者のそれぞれ7.8%、7.8%に有害事象として体液減少が報告された。糖尿病がない患者でダパグリフロジン群の4.8%、プラセボ群の6.0%、糖尿病患者でそれぞれ8.5%、8.7%に腎有害事象が報告された。 【結論および意義】このHFrEF患者を対象とした無作為化試験の探索的解析では、ダパグリフロジンを推奨治療に追加すると、プラセボと比べて、糖尿病の有無に関係なく心不全の悪化または心血管死を有意に抑制した。 第一人者の医師による解説 細胞外液量減少を介した心負荷減少が心不全改善に寄与の可能性 長田太助 自治医科大学医学部内科学講座腎臓内科学部門教授・附属病院副病院長 MMJ. October 2020; 16 (5):131 EMPA-REG outcome試験(1)を皮切りに、この数年でNa+ /グルコース共役輸送担体2(SGLT2)阻害薬による心血管予後の改善効果を示した大規模臨床試験が次々と発表された(2)。ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-4阻害薬を使ったSAVORTIMI53試験では心不全が増加したのに対し、同じ糖尿病薬でもSGLT2阻害薬は心不全の悪化を抑制することが強く印象づけられた。「心不全患者だけを集めてSGLT2阻害薬を投与した場合、心不全悪化は抑制されるのか?」と誰しも疑問に思うことだろう。DAPA-HF試験(3)がその答えを提示した。同試験ではNYHAクラス II ~ IVで駆出率(EF)40%未満の心不全患者4,744人をダパグリフロジン(DAPA)10mg/日群とプラセボ群に無作為に割り付け、約2年間観察した。主要評価項目(心不全悪化と心血管死亡の複合アウトカム)の発生率はDAPA群16.3%、プラセボ群21.2%、ハザード比(HR)は0.74で統計学的に有意であった。  本研究では、これと同じ母集団を使い、糖尿病群(2,139人)と非糖尿病群(2,605人)に分けたpost hoc解析が実施された。2019年の報告(3)では、複合アウトカム(心不全悪化と心血管死亡)発生率は糖尿病の有無で差がなかったと報告され、糖尿病薬が非糖尿病患者でも心不全を抑制した結果は衝撃だったが、今回はさらに詳しく糖尿病の有無で差が検証された。主要評価項目は本試験と同じで、その発生率は糖尿病群においてDAPA群20.0%、プラセボ群25.5%(HR, 0.75)、非糖尿病群ではDAPA群13.2%、プラセボ群17.7%(HR, 0.73)であり、それぞれの群内で有意差はあったが、糖尿病の有無間で有意な交互作用はなかった。腎機能悪化以外の2次評価項目を含めて結果はすべて同様で、DAPAの心不全悪化抑制効果は糖尿病の有無ならびにベースライン HbA1c値の高低によらずほぼ一定であることも示された。  血糖値改善作用によらないのであれば、DAPAによる心不全抑制機序は何であろうか。本論文でDAPAには糖尿病の有無によらずヘマトクリット値を上げる作用があることが示されており、細胞外液量減少を介した心負荷減少が心不全の改善に寄与している可能性がある。そのほかにもhypoxia-inducible factor (HIF)1活性化とエリスロポエチン産生増加、心筋の線維化抑制作用、ケトン体産生を介した心筋のエネルギー効率改善、交感神経抑制作用など諸説あるが、SGLT2阻害薬の心不全改善作用の正確な機序はまだ不明である。機序が明らかになれば、心不全の薬だが血糖降下作用もある薬とSGLT2阻害薬の立ち位置が変わるのかもしれない。 1. Zinman B et al. N Engl J Med. 2015;373:2117-2128. 2. Zelniker TA et al. Lancet. 2019;393:31-39. 3. McMurray et al. N Engl J Med. 2019;381:1995-2008.
駆出率が低下した心不全に用いる包括的疾患修飾薬物療法の生涯にわたる便益の推測 無作為化比較試験3件の比較分析
駆出率が低下した心不全に用いる包括的疾患修飾薬物療法の生涯にわたる便益の推測 無作為化比較試験3件の比較分析
Estimating lifetime benefits of comprehensive disease-modifying pharmacological therapies in patients with heart failure with reduced ejection fraction: a comparative analysis of three randomised controlled trials Lancet . 2020 Jul 11;396(10244):121-128. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30748-0. Epub 2020 May 21. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】駆出率が低下した心不全(HFrEF)に3つの薬剤クラス(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬[MRA]またはアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬[ARNI]、ナトリウム・グルコース共益輸送担体2[SGLT2]阻害薬)を用いると、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)とβ遮断薬を用いた従来療法よりも死亡率が低下する。各クラスはこれまで別々の基礎療法で検討されていたが、併用療法として予想される便益は知られていない。ここに、これまで報告された無作為化比較試験3件のデータを用いて、慢性HFrEFに用いる包括的治療と従来治療によって獲得される無イベント生存および全生存を推定した。 【方法】このcross-trial解析では、3件のきわめて重要な試験、EMPHASIS-HF(2737例)、PARADIGM-HF(8399例)およびDAPA-HF(4744例)を間接的に比較することによって、慢性HFrEFに用いる総括的疾患修飾薬物療法(ARNI、β遮断薬、MRAおよびSGLT2阻害薬)の従来の薬物療法と比較した治療効果を推定した。主要評価項目は、心血管死または心不全による初回の入院の複合とした。このほか、3つの評価項目を個別に評価し、総死亡率を評価した。この関連のある治療効果は長い期間をかけて一貫して見られると仮定して、EMPHASIS-HF試験の対照群(ACE阻害薬またはARBとβ遮断薬)で、包括的疾患修飾療法によって長期的に得られる無イベント生存および全生存の増加分を見積もった。 【結果】従来療法と比較して包括的疾患修飾療法が主要評価項目(心血管死または心不全による入院)にもたらす帰属集計効果のハザード比(HR)は0.38(95%CI 0.30-0.47)だった。このほか、心血管死単独(HR 0.50、95%CI 0.37-0.67)、心不全による入院単独(同0.32、0.24-0.43)、全死因死亡(0.53、0.40-0.70)のハザード比も有利であった。従来療法に比べると、包括的疾患修飾薬物療法によって心血管死または心不全による初回入院が2.7年(80歳時)から8.3年(55歳時)、生存が1.4年(80歳時)から6.3年(55歳時)長くなると推定された。 【解釈】HFrEFで、早期包括的疾患修飾薬物療法で得られると推定される治療効果はきわめて大きく、新たな標準的治療としてARNI、β遮断薬、MRAおよびSGLT2阻害薬の併用を支持するものである。 第一人者の医師による解説 ARNI、SGLT2阻害薬、MRAの導入 生命予後改善に有用 鈴木 秀明(助教)/安田 聡(教授) 東北大学大学院医学系研究科循環器内科学分野 MMJ. December 2020;16(6):169 日本における死亡総数は、心疾患による死亡が悪性新生物に次ぎ2番目に多い。心疾患の内訳では心不全死が最多を占め、心不全入院患者数は依然増加し続けている。駆出率が低下した心不全(HFrEF)では、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬/アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)とβ遮断薬のエビデンスは確立しており、この2剤に加えミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)、Na+/グルコース共役輸送担体(SGLT)2阻害薬の導入は生命予後をさらに改善することが報告されている。しかし心不全治療の現場において、HFrEF患者に対するARNI、SGLT2阻害薬、MRAの導入は必ずしも進んでいない。  本研究では、HFrEFに対するARNI、SGLT2阻害薬、MRAの有用性を示した3件の臨床試験(それぞれPARADIGM-HF[n=8,399]、DAPA-HF[n=4,744]、EMPHASIS-HF[n=2,737])を比較することで、ACE阻害薬/ARB+β遮断薬の2剤が導入されたHFrEF患者に対し、ARNI・SGLT2阻害薬・MRAの3剤導入が与える効果について検証が行われた。結果として、これら3剤の導入は、1次エンドポイントである心血管死・心不全入院を62%減少させ(ハザード比[HR], 0.38)、心血管死(HR, 0.50)、心不全入院(HR, 0.32)、全死亡(HR, 0.53)も減少させた。こうした予後改善効果は、55歳、80歳時点の導入において心血管死・心不全入院をそれぞれ8.3年、2.7年間遅らせ、全死亡を6.3年、1.4年間遅らせることに相当すると推定された。  本研究の限界として、①新しいランダム化比較試験を行ったわけではなく、過去の臨床試験を比較検討した内容、②薬物の中止やアドヒアランスを考慮していない、③有害事象や費用面の検討を行っていない、④イバブラジン(HCNチャネル遮断薬)やベルイシグアト(可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬)といったHFrEFにエビデンスのある他の薬剤や、デバイスなどの非薬物治療の効果を検討していない、などが挙げられる。しかし、こうした点を考慮しても、ACE阻害薬/ ARB+β遮断薬の2剤による従来治療に加え、ARNI・SGLT2阻害薬・MRAの3剤を導入することはHFrEF患者の生命予後を改善する上で有用であることが本研究で改めて明らかになったと言えよう。