「脳性麻痺」の記事一覧

脳性麻痺患者のエクソーム解析の分子診断率
脳性麻痺患者のエクソーム解析の分子診断率
Molecular Diagnostic Yield of Exome Sequencing in Patients With Cerebral Palsy JAMA. 2021 Feb 2;325(5):467-475. doi: 10.1001/jama.2020.26148. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】脳性麻痺は、運動や姿勢に影響を及ぼすよく見られる神経発達障害であり、他の神経発達障害と併発することが多い。脳性麻痺は出生時仮死に起因することが多いが、最近の研究から、仮死が脳性麻痺症例に占める割合が10%未満であることが示唆されている。 【目的】脳性麻痺患者でエクソーム解析の分子診断率(病原性変異および病原性の可能性が高い変異の検出率)を明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】2012~18年のデータを用いた臨床検査紹介コホートと2007~17年のデータを用いた医療機関主体コホートから組み入れた脳性麻痺患者の後ろ向きコホート研究。 【曝露】コピー数変異を検出するエクソーム解析。 【主要評価項目】主要評価項目は、エクソーム解析の分子診断率とした。 【結果】臨床検査紹介コホート1345例の年齢中央値は8.8歳(四分位範囲4.4~14.7歳、範囲0.1~66歳)で、601例(45%)が女性であった。医療機関主体コホート181例の年齢中央値は41.9歳(同28.0~59.6歳、範囲4.8~89歳)で、96例(53%)が女性であった。エクソーム解析の分子診断率は、臨床検査紹介コホートで32.7%(95%CI 30.2~35.2%)、医療機関主体のコホートでは10.5%(同6.0~15.0%)であった。分子診断率は、知的障害、てんかん、自閉症スペクトラム障害がない患者の11.2%(同6.4~16.2%)から、上記の3疾患がある患者の32.9%(同25.7~40.1%)まで幅があった。遺伝子229個(1526例のうち29.5%)から病原性変異および病原性の可能性が高い変異が同定され、そのうち2例以上(1526例のうち20.1%)に遺伝子86個の変異があり、両コホートから変異がある遺伝子10個が独立して同定された。 【結論および意義】エクソーム解析を実施した脳性麻痺患者の2つのコホートで、病原性変異および病原性の可能性が高い変異の有病率は、主に小児患者から成るコホートで32.7%、主に成人患者から成るコホートで10.5%であった。一連の結果の臨床的意義を理解するために、さらに詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 脳性麻痺児にエクソーム解析が行われれば、3分の1で病的バリアントを検出 武内 俊樹 慶應義塾大学医学部小児科専任講師 MMJ. June 2021;17(3):86 脳性麻痺は、脳を原因とする運動や姿勢の異常であるが、実際には、運動障害に限らず、知的障害や発達障害を合併することも多い。これまで脳性麻痺は、胎児期や分娩時の低酸素虚血が主な原因と考えられてきたが、近年では、明らかな分娩時低酸素虚血に起因するものは、脳性麻痺の10%程度を占めるに過ぎないことがわかってきた。また、知的障害や自閉症の多くについて、コピー数変異、遺伝子変異・多型と関連していることがわかってきている。 本論文は、脳性麻痺の小児・成人患者におけるエクソーム解析による分子遺伝学的診断率(病的バリアントおよび病的と思われるバリアントの有病率)を明らかにすることを目的とした後方視的研究の報告である。2012~18年にエクソーム解析を受けた「臨床検査室紹介コホート」(1,345人、年齢中央値8.8歳)、および主に民間医療機関(Geisinger)共同ゲノム解析プロジェクト(DiscovEHR)において2007~17年にエクソーム解析を受けた「医療機関登録コホート(181人、年齢中央値41.9歳)の2群に分けて検討した。病的および病的と思われるバリアントの有病率は、「臨床検査室紹介コホート」では32.7%(95%信頼区間[CI], 30.2 ~ 35.2%)、「医療機関登録コホート」では10.5%(95% CI, 6.0 ~ 15.0%)であった。 本研究の意義は、大規模な脳性麻痺の集団に対してエクソーム解析を行った場合に、かなりの頻度で病的バリアントが検出されることを明らかにした点である。特に、小児を中心とする「臨床検査室紹介コホート」における病的バリアントの有病率は、一般的な、未診断疾患患者に対するエクソーム解析の診断率に近い。すなわち、「脳性麻痺」という臨床診断の有無にかかわらず、原因不明の知的障害、運動障害の小児においては、両親も含めたトリオのエクソーム解析を行うことで、3割ほどで分子遺伝学的診断を得ることができる。本研究の限界点として、保険病名をもとに抽出した後方視的研究であり脳性麻痺の定義が厳密ではないこと、また「医療機関登録コホート」の患者は成人であり、両親が高齢のため、両親と本人のデータの比較ができていない点が挙げられる。診断法が進歩した今日でも、運動障害、知的障害・発達障害の原因を特定することは容易ではないが、日本における脳性麻痺児においても、エクソーム解析が行われれば、本研究と同程度の頻度で、症状を説明しうる遺伝子異常が検出されると類推される。
アナルトリーを有する麻痺患者の発話を読み取るための神経補綴
アナルトリーを有する麻痺患者の発話を読み取るための神経補綴
Neuroprosthesis for Decoding Speech in a Paralyzed Person with Anarthria N Engl J Med. 2021 Jul 15;385(3):217-227. doi: 10.1056/NEJMoa2027540. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】発話不能の麻痺患者のコミュニケーション能力を回復させる技術により、自律性と生活の質が向上する可能性がある。このような患者の大脳皮質活動から単語や文章を直接読み取るアプローチにより、従来のコミュニケーション補助方法から進歩を遂げる。 【方法】脳幹梗塞によりアナルトリー(明瞭に発話する能力の喪失)および痙性四肢不全麻痺を有する患者1例を対象に、発話を制御する感覚運動皮質領域の硬膜下に高密度のマルチ電極アレイを埋め込んだ。48回のセッションで、患者が50語の語彙の中から選んだ単語を個別に発話しようとする際の皮質活動を22時間分記録した。深層学習アルゴリズムを用いて、記録した皮質活動のパターンから単語を検出し、分類する計算モデルを作成した。この計算モデルに加え、先行する一連の単語から次の単語の確率を算出する自然言語モデルを用いて、患者が発話しようとしている文の完成形を解読した。 【結果】患者の皮質活動から、1分間に中央値で15.2語、リアルタイムで文章を解読し、誤り率が中央値で25.6%であった。事後解析で、患者が個々の単語を発話しようとした試みの98%を検出していた。皮質シグナルを用いて47.1%の正確性で単語を分類し、皮質シグナルは81週間の試験期間を通じて安定していた。 【結論】脳幹梗塞によるアナルトリーおよび痙性四肢不全麻痺を有する患者1例で、深層学習モデルと自然言語モデルを用いて、発話しようとする際の皮質活動から直接、単語と文章を読み取った。 第一人者の医師による解説 単語数の制限や精度の改良が必要だがリアルタイムでコミュニケーション可能な社会の実現を期待 井口 はるひ 東京大学医学部附属病院リハビリテーション科助教 MMJ. February 2022;18(1):23 近年、機械の発達により、発話でコミュニケーションが困難な患者に対してさまざまなコミュニケーション代替装置を提案できるようになってきた。しかし、四肢麻痺などの身体機能障害を有すると、機械操作が困難となるため、コミュニケーションに苦慮することがある。一方、四肢の機能が障害された患者に対して機能を代替するbrain machine interfaceが数多く開発され、商品化もされている。本論文の著者らが所属するサンフランシスコ大学で開発されたspeech neuroprosthesis(会話のための神経代替装置)は、脳に埋め込んだ電極を通じて文字変換・出力し、ディスプレイ画面に表示するbrain-computer interfaceである。 本研究では、16年前に脳幹梗塞のためにアナルトリー(anarthria)と痙性四肢麻痺を生じた男性患者に対して、皮質感覚野周辺の硬膜下に多数の高密度皮質脳波電極を外科的に埋め込み、発語課題を行った際の脳活動から単語と文章を再構築することを試みたものである。アナルトリーとは、発語障害のうち、構音の歪み(音が不明瞭化し、母語の表記方法では表現できない音になること)と語を構成する音と音のつながりに障害(「まいにち」というところを「ま、いーにっち」などになる現象)を持つ状態である(1)。81週間かけて50回のセッションを行い、データ収集することで再構築の精度を上げようとした。患者は提示された①単語と②文章を音読し、その際の脳活動を記録した。データ収集の際、著者らは深層学習モデルを使用し、脳活動から予測して発話検出および単語分類モデルを作成した。また、前の単語から次の単語を予測する自然言語モデルを作成した。その結果、脳活動から、文章をリアルタイムで1分間に中央値15.2語の頻度で読み取り、間違いの割合は自然言語モデルを使わない場合の60.5%に対し、使った場合は25.6%であった。事後解析では、単語レベルでも、発語のタイミングを98%検出でき、単語分類の予測は47.1%の精度で可能であった。 本研究の結果から、発語が困難になっても言語機能の障害がなく脳活動が維持されていれば、言語の抽出が脳波から可能であることが示された。単語については、50単語のみを使用しているため、現時点では状況を限定しての使用になる。今後、電極設置の侵襲の低下、多言語での正確性の確認などが必要と思われる。研究が進み、構音・発声障害に加え、運動機能障害でコミュニケーションが困難となっている患者がリアルタイムでコミュニケーション可能になる社会が現実化することが期待される。 1. 大槻美佳 . 臨床神経学 . 2008;48(11):853-856.