「N Engl J Med」の記事一覧

SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
An mRNA Vaccine against SARS-CoV-2 - Preliminary Report N Engl J Med. 2020 Nov 12;383(20):1920-1931. doi: 10.1056/NEJMoa2022483. Epub 2020 Jul 14. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、2019年半に出現した後、世界的に広がり、ワクチン開発を急ぐ国際的な取り組みが促されている。ワクチン候補のmRNA-1273は、融合前の安定化したSARS-CoV-2スパイクタンパクをコードする。 【方法】18-55歳の健康成人45例を対象に第1相用量漸増非盲検試験を実施し、mRNA-1273ワクチン25μg、100μg、250μgいずれかの用量を28日間隔を空けて2回接種した。各用量群に15例が参加した。 【結果】ワクチン初回接種後、高用量群ほど接種後の抗体反応が高かった[酵素結合免疫吸着測定法で測定した29日目の抗S-2P抗体の幾何平均抗体価(GMT):25μg群40,227、100μg群109,209、250μg群213,526]。2回目の接種後、抗体価は上昇した(57日目のGMT:順に299,751、782,719、1,192,154)。2回目の接種後、評価した全例から2通りの方法で血清中和活性が検出され、その値は対照の回復期血清検体パネルの分布の上位半分とほぼ同じだった。参加者の半数以上に疲労、悪寒、頭痛、筋肉痛、注射部位疼痛などの非自発的な有害事象報告があった。2回目の接種の方が全身性有害事象が多く認められ、最高用量群では特に多く、250μg投与群の3例(21%)に重篤な有害事象が1つ以上報告された。 【結論】mRNA-1273ワクチンは全例で抗SARS-CoV-2免疫反応を誘導し、試験に支障を来す安全性の懸念は認められなかった。この結果は、このワクチンの開発継続を支持するものである。 第一人者の医師による解説 第3相試験では 100 μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性 田中 栄 東京大学医学部整形外科教授 MMJ. April 2021;17(2):40 新型コロナウイルス感染症パンデミック終息に向けての切り札として期待されているワクチンの開発は驚異的なスピードで進んでおり、2020年12月には世界に先駆けて英国で承認されたアデノウイルスベクターワクチン(Oxford-AstraZeneca COVID-19ワクチン[AZD1222])の投与が開始された。今回のワクチン開発を特徴づけているのが、これまで臨床で使用されてこなかったタイプのワクチン-mRNAワクチン-の登場である。本論文は米国Moderna社が開発したmRNAワクチン mRNA-1273の第1相試験に関する報告で、オンラインでは2020年7月14日に掲載された。 SARS-CoV-2のスパイク(S)蛋白は突起様の構造を形成し、ウイルスが宿主細胞に感染する際、細胞膜上の受容体ACE(アンジオテンシン変換酵素)2と結合する重要な役割を担っている。mRNA1273ワクチンは、この一部(S-2P)を抗原として用いている。このワクチンの設計では、mRNAに人為的に変異(S2サブユニット中心ヘリックスの連続するアミノ酸2個をプロリンに置換)を導入することでウイルスが受容体に結合する前の構造(prefusion conformation)を安定的にとるように工夫している。このような構造をとることで抗体誘導能が10倍増加するという。mRNA-1273ワクチンは変異型S-2PをコードするmRNAを脂質ナノ粒子内に封入した製剤であり、動物実験では変異型S-2P蛋白そのものをアジュバントと一緒に投与した場合に比べ、mRNA型ワクチンは、抗体誘導能は同程度、T細胞免疫誘導は優れていることが報告されている。 本試験では各群15人の健常成人に対して、それぞれ25、100、250μgのmRNA-1273ワクチンを28日の間隔をあけて2回筋注した。抗S-2P抗体は用量依存性に誘導され、2回目投与後は全例で中和活性のある抗体が回復期患者血清に匹敵する程度に誘導された。試験中止が必要な重篤な(serious)有害事象はみられなかったが、ワクチン投与に伴い倦怠感、冷感、頭痛、筋痛、投与部位痛などは半数以上の被験者に生じ、特に250μg投与群では2回目投与後3人に発熱などの全身性の重症(severe)有害事象がみられた。 mRNA-1273ワクチンについてはその後の第3相無作為化プラセボ対照試験において100μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性が示された(1)。各国で一般市民への投与が開始されており、本号が出るころにはある程度実臨床での評価が進んでいるものと思われる。 1. Baden LR, et al. N Engl J Med. 2020:NEJMoa2035389.
COVID-19肺炎入院患者に用いるトシリズマブ
COVID-19肺炎入院患者に用いるトシリズマブ
Tocilizumab in Patients Hospitalized with Covid-19 Pneumonia N Engl J Med. 2021 Jan 7;384(1):20-30. doi: 10.1056/NEJMoa2030340. Epub 2020 Dec 17. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)肺炎は過剰な炎症を伴うことが多い。十分な医療サービスを受けていない集団・人種・少数民族の間でCOVID-19発症率が過度に高いが、COVID-19肺炎で入院したこのような患者に対する抗インターロイキン-6受容体抗体トシリズマブの安全性と有効性は明らかになっていない。 【方法】COVID-19肺炎で入院した人工呼吸管理下にない患者を標準治療と併用してトシリズマブ(体重1kgあたり8mgを静脈内投与)またはプラセボを1~2回投与するグループに2対1の割合で無作為に割り付けた。施設の選択で、高リスク患者や少数集団を組み入れる施設を含めることに重点を置いた。主要転帰は28日目までの人工呼吸管理または死亡とした。 【結果】計389例を無作為化し、修正intention-to-treat集団にはトシリズマブ群249例、プラセボ群128例を含め、56.0%がヒスパニックまたはラテンアメリカ系、14.9%が黒人、12.7%がアメリカインディアンまたはアラスカ原住民、12.7%が非ヒスパニック系白人、3.7%がその他または不明であった。28日目までに人工呼吸管理を実施したか死亡した患者の累積率は、トシリズマブ群12.0%(95%信頼区間[CI]8.5~16.9)、プラセボ群19.3%(95%CI 13.3~27.4)であった(人工呼吸管理または死亡のハザード比0.56、95%CI 0.33~0.97、ログランク検定のP=0.04)。生存時間解析で評価した臨床的失敗までの時間は、トシリズマブ群の方がプラセボ群よりも良好であった(ハザード比0.55、95%CI 0.33~0.93)。28日目までに、トシリズマブ群の10.4%、プラセボ群の8.6%にあらゆる原因による死亡が発生した(加重平均差2.0パーセントポイント、95%CI -5.2~7.8)。安全性解析対象集団では、トシリズマブ群250例中38例(15.2%)、プラセボ群127例中25例(19.7%)に重篤な有害事象が発現した。 【結論】人工呼吸管理下にないCOVID-19肺炎入院患者で、トシリズマブによって人工呼吸管理または死亡の複合転帰を辿る確率が低下したが、生存率は改善しなかった。安全性に関する新たな懸念事項は認められなかった。 第一人者の医師による解説 ステロイドや抗ウイルス薬を含む標準治療への トシリズマブの上乗せ効果を確認 金子 祐子 慶應義塾大学医学部リウマチ・膠原病内科准教授 MMJ. April 2021;17(2):43 2019年中国に端を発した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は瞬く間に世界規模の大流行となり、1年を経過した現在も全世界に深刻な影響を及ぼしている。COVID-19患者の血清IL-6濃度は重症度と相関することや、IL-6上昇は人工呼吸器装着の予測となることが報告され、IL-6受容体阻害薬であるトシリズマブはCOVID-19治療薬として期待されていた。 本論文は、入院中のCOVID-19肺炎患者においてトシリズマブの有効性を検証した海外第3相無作為化二重盲検プラセボ対照臨床試験(EMPACTA)結果の報告である。米国と南米、アフリカの6カ国において、主として援助が不十分な少数民族を対象に、人工呼吸器は装着されていないが入院中で酸素投与を必要とする患者を中心としてintention-to-treat(ITT)集団ではトシリズマブ群に249人、プラセボ群に128人が組み入れられた。標準治療として80%以上が全身性ステロイド投与を、80%弱が抗ウイルス薬投与を受けていた。主要評価項目である28日以内の死亡または人工呼吸器装着率は、トシリズマブ群で12.0%、プラセボ群で19.3%とトシリズマブ群で有意に低く、死亡、人工呼吸器装着、集中治療室入室、試験からの脱落を包括した臨床的増悪は、ハザード比0.55でトシリズマブ群の成績が優れていた。28日以内の死亡率(トシリズマブ群10.4%、プラセボ群8.6%)、退院までの日数中央値(トシリズマブ群6.0日、プラセボ群7.5日)、重篤な有害事象の発生率(トシリズマブ群15.2%、プラセボ群19.7%)に関しては両群間で差を認めなかった。 トシリズマブのCOVID-19に対する有効性はこれまで複数の臨床試験で検証されたが、対象とする患者集団によって異なる結果が示されてきた。人工呼吸器装着中を約4割含む重症患者および重症度が低めの患者を対象とした試験では、トシリズマブ治療の有効性は示されず(1),(2)、人工呼吸器装着は10%程度で本研究と同様の患者を対象とした試験では死亡または人工呼吸器装着率や退院までの日数に関して標準治療へのトシリズマブ追加投与が優れていた(3)。総合すると、トシリズマブは中等症から人工呼吸器を装着していない段階の重症患者に、標準治療であるステロイドと抗ウイルス薬への上乗せ効果があると考えられるが、現在も複数の試験が進行中であり、今後の研究結果を注視する必要がある。 1. Ivan O. R, et al. medRxiv 2020.08.27.20183442;doi: https://doi.org/10.1101/2020.08.27.20183442(preprint) 2. Stone JH, et al. N Engl J Med. 2020;383(24):2333-2344. 3. Horby PW et al. medRxiv 2021.02.11.21249258; doi: https://doi.org/10.1101/2021.02.11.21249258(preprint)
インスリン治療歴のない2型糖尿病に用いる週1回のインスリン投与
インスリン治療歴のない2型糖尿病に用いる週1回のインスリン投与
Once-Weekly Insulin for Type 2 Diabetes without Previous Insulin Treatment N Engl J Med. 2020 Nov 26;383(22):2107-2116. doi: 10.1056/NEJMoa2022474. Epub 2020 Sep 22. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】2型糖尿病患者の基礎インスリン注射の頻度を減らすことで、患者が治療を受け入れ、アドヒアランスが高まると考えられている。insulin icodecは、糖尿病治療用に週1回投与で設計された開発中の基礎インスリンアナログである。 【方法】ジぺプチジルペプチダーゼ4阻害薬併用の有無を問わず、メトホルミン服用下で血糖制御不良(糖化ヘモグロビン[HbA1c]値7.0-9.5%)で長期インスリン療法歴がない2型糖尿病患者を対象に、insulin icodec週1回投与の有効性と安全性をインスリングラルギンU100の1日1回投与と比較する26週間の第II相無作為化二重盲検ダブルダミー試験を実施した。主要評価項目は、HbA1c値のベースラインから26週時までの変化量とした。このほか、低血糖発作、インスリンによる有害事象などの安全性評価項目を評価した。 【結果】計247例をicodecとグラルギンに(1対1の割合で)無作為に割り付けた。両群のベースラインの患者背景はほぼ同じであり、平均HbA1c値はicodec群8.09%、グラルギン群7.96%であった。HbA1c値ベースラインからの推定平均変化量は、icodec群-1.33%ポイント、グラルギン群-1.15%ポイントであった。26週時の推定平均値がそれぞれ6.69%、6.87%であり、ベースラインからの変化量の推定群間差は-0.18%ポイント(95%CI -0.38~0.02、P=0.08)であった。重症度レベル2(血糖値54mg/dL未満)またはレベル3(重度の認知機能低下)の低血糖発現率は低かった(icodec群1人年当たり0.53件、グラルギン群0.46件、推定率比1.09、95%CI 0.45~2.65)。インスリンによる重要な有害事象に群間差はなく、過敏症率および注射部位反応率が低かった。ほとんどの有害事象が軽度で、重試験薬によると思われる重篤なイベントはなかった。 【結論】2型糖尿病患者に用いるinsulin icodec週1回投与は、インスリングラルギンU100の1日1回投与とほぼ同等の有効性および安全性が示された。 第一人者の医師による解説 患者の治療負担軽減を期待 遷延性低血糖を生じないかなど今後の研究結果の注視必要 林 哲範 北里大学医学部臨床検査診断学・診療講師 MMJ. April 2021;17(2):50 基礎インスリンの注射頻度が減ることによって2型糖尿病患者の治療の受け入れやアドヒアランスが改善し、さらに良好な血糖管理も得られる可能性がある。今回報告された試験は、長期インスリン治療歴がなく、ジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)阻害薬の併用下・非併用でメトホルミンを服用中だが血糖コントロール不良(HbA1c7.0~9.5%)の2型糖尿病患者を対象に、週1回投与型の新規インスリンとして開発中のインスリンアイコデク(insulin icodec)の有効性と安全性を1日1回のインスリングラルギンU100を対照として比較検討することを目的に、26週間の無作為化二重盲検ダブルダミー第2相試験として実施された。主要評価項目は、ベースラインから26週間後のHbA1c値の変化とした。安全性の評価項目は低血糖エピソード、インスリン関連有害事象などであった。 適格患者247人をアイコデク群(125人)またはグラルギン群(122人)に無作為に割り付けた。両群の患者背景に有意差はなかった。投与後は血糖自己測定の結果により、週1回、インスリン用量が調整された。ベースラインのHbA1cの平均はアイコデク群8.09%、グラルギン群7.96%であった。26週後のHbA1cの平均変化量はアイコデク群-1.33%、グラルギン群-1.15%で、26週時点のHbA1cの平均はそれぞれ6.69%、6.87%であった。ベースラインからのHbA1c平均変化量の群間差は-0.18%(95%信頼区間 , -0.38 ~ 0.02;P=0.08)で有意差はなかった。副作用の低血糖に関して、血糖値<54mg/dLの低血糖または重度の認知機能障害を伴う低血糖の発生率は両群で同程度であった(1患者・年あたりアイコデク群0.53件、グラルギン群0.46件)。インスリン投与に関連する重要な有害事象の発現率について2群間の差はなかった。有害事象の多くは軽度で、試験薬に関連すると判断された重篤な有害事象はなかった。 結論として、2型糖尿病患者において、週1回のインスリンアイコデクによる治療は、血糖降下作用と安全性プロファイルが1日1回のインスリングラルギンU100と同等であった。 今回の第2相試験で、週1回のインスリンアイコデクはインスリングラルギンと同程度の血糖低下作用、安全性を有することが示唆された。患者の治療への負担軽減が期待される一方で、高齢者糖尿病などで遷延性低血糖を生じないか、低血糖の際にどのような対処がよいかなど、今後の研究結果も注視する必要があると考えられる。
スウェーデンの肥満者研究の肥満手術後の平均余命
スウェーデンの肥満者研究の肥満手術後の平均余命
Life Expectancy after Bariatric Surgery in the Swedish Obese Subjects Study N Engl J Med. 2020 Oct 15;383(16):1535-1543. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】肥満があると平均余命が短くなる。肥満手術によって死亡の長期的相対リスクが低下することが知られているが、平均余命にもたらす効果が明らかになっていない。 【方法】Gompertz比例ハザード回帰モデルを用いて、前向き対照スウェーデン肥満者(SOS)研究で肥満手術を施行した患者(手術群)および通常の肥満治療を実施した患者(対照群)、一般集団から抽出した無作為標本となるSOS参照研究の参加者(参照コホート)で死亡率と平均余命を比較した。 【結果】2007例を手術群、2040例を対照群に組み入れ、1135例を参照コホートに組み入れた。解析時点(2018年12月31日)で、死亡率の追跡期間中央値は、手術群24(四分位範囲22~27)年、対照群22(21~27)年であり、試験参加者の99.9%から死亡に関するデータが入手できた。SOS参照コホートでは、追跡期間中央値は20(四分位範囲10~21)年であり、参加者の100%から死亡に関するデータが入手できた。手術群の457例(22.8%)および対照群の539例(26.4%)が死亡した(ハザード比0.77、95%信頼区間[CI]0.68~0.87、P<0.001)。対応するハザード比は、心血管疾患による死亡で0.70(95%CI 0.57~0.85)、がんによる死亡で0.77(同0.61~0.96)であった。手術群の調整後平均余命中央値は、3.0年(95%CI~4.2)であり、対照群より長かったが、一般集団より5.5年短かった。術後90日以内の死亡率は0.2%であり、手術群の2.9%に再手術を施行した。 【結論】肥満手術を施行した肥満患者で、通常の肥満治療より平均余命が長くなった。一般集団と比べると、両群ともに死亡率がなお高かった。 第一人者の医師による解説 遺伝マーカーや手術反応性マーカーの特定で 減量手術実施判断への活用を期待 門脇 孝 国家公務員共済組合連合会 虎の門病院院長 MMJ. April 2021;17(2):51 Swedish Obese Subjects(SOS)研究は、高度肥満症に対する減量手術の前向き長期追跡成績を報告している世界で代表的な減量手術研究の1つである。2007年には、減量手術後平均10.9年の追跡データの解析により死亡率が29%低下したことを発表している。しかし、最近の後ろ向き研究の成績では、減量手術を受けた人の死亡率は一般人口に比べ依然として高率であることが指摘されている。 本研究ではSOS研究の肥満患者で減量手術を受けた群と通常治療を受けた対照群の20年以上の前向き追跡で得られた死亡率をほぼ同年代の一般人口の死亡率と比較した。その結果、減量手術群の死亡率は、通常治療群に対しハザード比0.77と低下し、心血管死ではハザード比0.70、がん死ではハザード比0.77であった。減量手術群では、通常治療群に比べ3.0年の余命延長が認められたが、一般人口との比較では5.5年短命であった。また、90日の周術期死亡率は0.2%であったが、再手術を受けた患者の死亡率は2.9%であった。 本研究は、20年以上の前向き追跡調査の結果、減量手術が心血管死とがん死を減少させることを示した。一方、高度肥満者に通常治療が行われた場合の平均余命が一般人口に比べ約8年短いこと、減量手術によって延長する平均余命は現在のところ約3年であることが明らかとなった。この平均余命の延長幅は、SOS研究のように高度肥満に加え重篤な併発症を有する患者を含む高リスク群における結果で、他の患者集団にそのまま当てはまるものではないことに注意する必要がある。 本研究の結果は、最近発表された北欧5カ国の減量手術後の平均余命が一般人口に比べ依然として短いという結果(1)と矛盾しない。平均余命が依然として短い理由として、減量手術後も一般人口よりはBMI高値であること、代謝異常がすでに術前に大血管や細小血管の不可逆的障害を起こしている場合があること、手術に伴う合併症、減量手術群で増加するアルコール依存症や自殺、転倒・外傷などの要因が関与していると考えられる。 本研究では、減量手術が平均余命延長の観点から特に有益なサブグループを特定する試みを行ったが、特定することはできなかった。最近では、肥満そのものやエネルギーバランスの変化に対する体重や体組織の変化が遺伝的に規定されていることが明らかとなっている。今後、これらの研究により、遺伝マーカーや手術反応性マーカーが特定され、減量手術を行うか否かの決定に活用されることが期待される。 1. Kauppila JH, et al. Gastroenterology. 2019;157(1):119-127.e1.
進行ALK陽性肺がんの1次治療に用いるロルラチニブとクリゾチニブの比較
進行ALK陽性肺がんの1次治療に用いるロルラチニブとクリゾチニブの比較
First-Line Lorlatinib or Crizotinib in Advanced ALK-Positive Lung Cancer N Engl J Med. 2020 Nov 19;383(21):2018-2029. doi: 10.1056/NEJMoa2027187. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】第3世代の未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)阻害薬ロルラチニブは、治療歴のあるALK陽性非小細胞肺がん(NSCLC)に対する抗腫瘍活性がある。進行ALK陽性NSCLCの1次治療に用いるロルラチニブのクリゾチニブと比較した有効性は明らかになっていない。 【方法】進行または転移性ALK陽性NSCLCがあり、転移性NSCLCに対する全身治療歴のない患者296例を対象に、ロルラチニブをクリゾチニブと比較する第III相国際共同無作為化試験を実施した。主要評価項目は、盲検下の独立中央判定で評価した無増悪生存期間とした。独立に評価した客観的奏効率、頭蓋内奏効率を副次的評価項目とした。病勢進行または死亡の期待数177件中約133件(75%)発生後に有効性の中間解析を実施するよう計画した。 【結果】12カ月時の無増悪生存率はロルラチニブ群78%(95%信頼区間[CI]70~84)、クリゾチニブ群39%(95%CI 30~48)であった(病勢進行または死亡のハザード比0.28、95%CI 0.19~0.41、P<0.001)。ロルラチニブ群の76%(95%CI 68~83)とクリゾチニブ群の58%(95%CI 49~66)に客観的奏効が認められ、測定可能な脳転移があった患者ではそれぞれ82%(95%CI 57~96)と23%(95%CI 5~54)が頭蓋内奏効を得、ロルラチニブを投与した患者の71%が頭蓋内完全奏効を得た。ロルラチニブ群で頻度が高かった有害事象は、高脂血症、浮腫、体重増加、末梢性ニューロパチー、認知障害であった。ロルラチニブは、クリゾチニブと比較すると、グレード3または4の有害事象(主に脂質値異常)が多かった(72% vs. 56%)。それぞれ7%と9%が有害事象のため治療を中止した。 【結論】治療歴のない進行ALK陽性NSCLC患者を対象とした結果の中間解析から、ロルラチニブの投与を投与した患者は、クリゾチニブを投与した患者と比べて無増悪生存期間が有意に長く、頭蓋内奏効の確率が高かった。ロルラチニブで脂質値異常の発現頻度が高かったため、グレード3または4の有害事象発現率はロルラチニブの方がクリゾチニブよりも高かった。 第一人者の医師による解説 ロルラチニブは頭蓋内病変に対して奏効 アレクチニブとの使い分けが臨床上の課題 大谷 咲子 北里大学医学部呼吸器内科診療講師/佐々木 治一郎 北里大学医学部附属新世紀医療開発センター横断的医療領域開発部門臨床腫瘍学教授 MMJ. April 2021;17(2):37 未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)融合遺伝子は、非小細胞肺がんの約3~5%に認めるドライバー遺伝子異常である。進行・再発ALK融合遺伝子陽性肺がんに対するALKチロシンキナーゼ阻害薬(ALK-TKI)治療は、プラチナ製剤併用療法との比較試験で無増悪生存期間(PFS)の有意な延長を示したクリゾチニブで確立した(1)。その後、クリゾチニブと第2世代 ALK-TKIアレクチニブの第3相比較試験(ALEX試験)の結果、アレクチニブがPFSの有意な延長を示した(2)。このような背景から日本肺癌学会の「肺癌診療ガイドライン 2020年版」では、ALK融合遺伝子陽性肺がんの1次治療としてアレクチニブを推奨している(3)。 本論文は、未治療ALK融合遺伝子陽性肺がんを対象に第3世代ALK-TKIロルラチニブをクリゾチニブと比較する国際共同無作為化第3相試験(CROWN試験)の中間報告である。本試験には日本を含む23カ国104施設が参加し、対象は未治療の進行 ALK融合遺伝子陽性肺がん患者で、ロルラチニブ群149人、クリゾチニブ群147人に割り付けられた。主要評価項目はPFS、副次評価項目は客観的奏効割合と頭蓋内病変への奏効割合とした。中間解析のデータカットオフ時の12カ月PFS率は、ロルラチニブ群78%、クリゾチニブ群39%、ハザード比(HR)0.28(P<0.001)とロルラチニブ群が有意に優れていた。客観的奏効割合(76% 対 58%)および測定可能脳転移があった患者での奏効割合(82% 対 23%)ともにロルラチニブ群の方がクリゾチニブ群に比べ高かった。さらに頭蓋内病変を有するロルラチニブ群の71%で完全奏効を認めた。ロルラチニブ群で頻度の高い有害事象は高脂血症、浮腫、体重増加、末梢神経障害、認知機能低下であった。また、ロルラチニブ群はクリゾチニブ群よりもグレード3以上の有害事象(主に高脂血症)の発生が多かった(72% 対 56%)。 ロルラチニブはこれまで既存のALK-TKI耐性後の2次治療薬として承認されていたが、CROWN試験の結果より米食品医薬品局(FDA)は1次治療薬として承認した。日本でも2021年3月現在、1次治療薬として承認申請中である。ロルラチニブは他のALK-TKIに比べ特に脳移行性が高く、頭蓋内病変を有する患者だけでなく、頭蓋内病変の発生も抑制し高い病勢制御を期待できる。一方、グレード3以上の有害事象の頻度がやや高いことから、日本ではアレクチニブとの使い分けが臨床上の課題となる。今後、脳転移の有無や患者の状態、合併症に応じて複数のALK-TKIの中から最適な薬剤を選択することが重要となる。 1. Solomon BJ, et al. N Engl J Med. 2014;371(23):2167-2177. 2. Peters S, et al. N Engl J Med. 2017;377(9):829-838. 3. 肺癌診療ガイドライン 2020 年版:183-188.
収縮期心不全に用いるomecamtiv mecarbilによる心筋ミオシン活性化
収縮期心不全に用いるomecamtiv mecarbilによる心筋ミオシン活性化
Cardiac Myosin Activation with Omecamtiv Mecarbil in Systolic Heart Failure N Engl J Med. 2021 Jan 14;384(2):105-116. doi: 10.1056/NEJMoa2025797. Epub 2020 Nov 13. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】選択的心筋ミオシン活性化薬omecamtiv mecarbilは、左室駆出率が低下した心不全の心機能を改善することが示されている。心血管転帰にもたらす効果は明らかになっていない。 【方法】左室駆出率が35%未満の収縮期心不全(入院および外来)患者8256例を標準心不全治療に加えてomecamtiv mecarbil群(薬物動態学を基に決定した用量25mg、37.5mg、50mgのいずれかを1日2回)またはプラセボ群に無作為に割り付けた。主要評価項目は、心不全イベント(入院または心不全による救急受診)の初回発生または心血管死の複合とした。 【結果】中央値21.8カ月の間に、omecamtiv mecarbil群4120例中1523例(37.0%)とプラセボ群4112例中1607例(39.1%)に主要評価項目が発生した(ハザード比0.92、95%CI 0.86~0.99、P=0.03)。それぞれ808例(19.6%)、798例(19.4%)が心血管の原因で死亡した(同1.01、0.92~1.11)。カンザスシティ心筋症質問票の総合症状スコア変化量に群間差はなかった。24週時、N末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)中央値の試験開始時からの変化量は、omecamtiv mecarbil群の方がプラセボ群よりも10%低く、心臓トロポニンI値中央値は4ng/L高かった。心虚血と心室性不整脈イベントの発現頻度は両群同等だった。 【結論】左室駆出率が低下した心不全にomecamtiv mecarbilを投与すると、心不全イベントと心血管死の複合転帰の発生率がプラセボ投与よりも低かった。 第一人者の医師による解説 作用機序を踏まえると従来の強心薬に比べ安全性は高い さらなる臨床試験の結果に注視 佐野 元昭 慶應義塾大学医学部循環器内科准教授 MMJ. June 2021;17(3):80 左室収縮機能が低下した心不全の治療には、利尿薬、強心薬、神経内分泌因子修飾薬(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系抑制薬、β遮断薬、ネプリライシン阻害薬)、心拍数を低下させるイバブラジン、SGLT2阻害薬などが用いられている。心臓のポンプ機能の低下による心拍出量の減少は、うっ血、浮腫や呼吸困難の原因となるだけでなく、神経内分泌因子を活性化させて心不全の病態を悪化させるため、強心薬を用いて、安全にポンプ機能を立ち上げることができれば、それに越したことはない。現在、日本でよく用いられている強心薬ピモベンダンは、心筋のCa2+感受性を増強する作用やプロテインキナーゼ A(PKA)活性化作用を介して、心筋の収縮力を高めるとともに、心筋拡張機能を改善する。ピモベンダンを心不全患者に投与すると確かに運動耐用能は改善するが、死亡率が上昇する傾向が示されたため、他の薬剤で症状が改善しない場合、不整脈の増悪に注意しながら一時的に使用する薬剤として位置づけられている。カテコラミン類似薬の強心薬デノパミンに関しても同様である。 オメカムチブメカルビルは、ミオシンに結合して心筋収縮力を増強させる新規作用機序による強心薬である(1)。β遮断薬を使用していても強心作用を発揮する。細胞内Ca2+動態に影響を与えないため不整脈による突然死を増加させるリスクは低いと考えられる。また、酸素需要を増加させずに心筋 収縮力を増強できる点も魅力的である。 今回のGALACTIC-HF試験では、症候性慢性心不全で駆出率が35%以下の患者を対象に、標準的な心不全治療に加えてオメカムチブメカルビルを投与することの安全性と有効性が評価された。その結果、プラセボ群と比較し、心血管死および全死亡を増やすことなく、初回の心不全イベント(心不全による入院または緊急受診)または心血管死の複合エンドポイントをわずかではあるが有意に低下させた(ハザード比,0.92;P=0.03)。しかし、最も期待された心不全に伴う症状、身体的制限、生活の質(QOL)の改善は認められなかった。患者の3分の1に植込み型除細動器(ICD)が装着されており、ICDで不整脈死がある程度抑制されていた集団が対象であった点も考慮する必要がある。 作用機序を踏まえると、従来の強心薬に比べ安全性がより高いと考えられるオメカムチブメカルビルに関しては、2020年末、開発・商業化権がアムジェン社からサイトキネティクス社へ移管されることが発表された。今後、国内外での承認申請の動向やさらなる臨床試験の結果を注視したい。 1. Malik FI, et al. Science. 2011;331(6023):1439-1443.
心房細動の初期治療に用いる冷凍アブレーションと薬物療法
心房細動の初期治療に用いる冷凍アブレーションと薬物療法
Cryoablation or Drug Therapy for Initial Treatment of Atrial Fibrillation N Engl J Med. 2021 Jan 28;384(4):305-315. doi: 10.1056/NEJMoa2029980. Epub 2020 Nov 16. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】ガイドラインでは、心房細動患者にカテーテルアブレーションを検討する前に1種類以上の抗不整脈薬を試すことが推奨されている。しかし、1次治療にアブレーションを用いた方が洞調律の維持に有効であると思われる。 【方法】未治療の症候性発作性心房細動患者303例を、冷凍バルーンを用いたカテーテルアブレーション実施群と、初期の洞調律回復を目的とした抗不整脈薬投与群に無作為化した。心房頻脈性不整脈を検出するため、全例に植込み型心臓モニタリング機器を留置した。追跡調査期間は12カ月であった。主要評価項目は、カテーテルアブレーション実施後または抗不整脈薬投与開始91~365日後のあらゆる心房頻脈性不整脈(心房細動、心房粗動または心房頻拍)再発の初回記録とした。副次評価項目は、症候性不整脈がないこと、心房細動の負荷、QOLとした。 【結果】1年時、アブレーション群154例中66例(42.9%)、抗不整脈薬群149例中101例(67.8%)に心房頻脈性不整脈の再発が認められた(ハザード比0.48、95%CI 0.35~0.66、P<0.001)。アブレーション群の11.0%、抗不整脈薬群の26.2%に症候性の心房頻脈性不整脈の再発が認められた(ハザード比0.39、95%CI 0.22~0.68)。心房細動が発生していた時間の割合の中央値は、アブレーション群0%(四分位範囲0~0.08)、抗不整脈薬群0.13%(四分位範囲0~1.60)であった。アブレーション群の5例(3.2%)と抗不整脈薬群の6例(4.0%)に重篤な有害事象が発生した。 【結論】症候性発作性心房細動の初期治療を受けた患者を継続的な心調律モニタリングで評価した結果、カテーテルによる冷凍バルーンアブレーションの心房細動再発率が抗不整脈薬による薬物療法よりも有意に低かった。 第一人者の医師による解説 第1選択とするには安全性が非常に重要 侵襲的な手技のリスクは常に念頭に置く必要あり 五十嵐 都 筑波大学医学医療系循環器先進治療研究部門准教授/家田 真樹 筑波大学医学医療系循環器内科教授 MMJ. August 2021;17(4):114 発作性心房細動の初回治療として、ガイドラインでは抗不整脈薬をまず投与し無効な場合にカテーテルアブレーションを行うべきと記載されている(1)。しかしながら、薬物療法の心房細動抑制効果は十分とはいえず、副作用も懸念される。一方、カテーテルアブレーションを薬物療法の無効例に対して行った場合、洞調律維持に有効であったとの報告がある(2)。 今回報告されたEARLY-AF試験では、未治療の発作性心房細動患者を対象に初回治療として冷凍焼灼術(クライオバルーンアブレーション)による心房不整脈の再発抑制効果を抗不整脈薬と比較した。全患者に植込み型心電図記録計(ICM)を植え込み、不整脈を正確に検出できるようにした。その結果、1年の時点で主要評価項目である心房不整脈の再発率はアブレーション群の方が有意に低かった。副次評価項目である心房細動発症の累積時間率(burden)もアブレーション群の方が低かった。有害事象に関して両群間に有意差はなかった(アブレーション群5人:横隔神経麻痺3人、徐脈2人、抗不整脈薬群6人:wide QRS頻拍2人、失神1人、心不全1人、徐脈2人)。 先行研究では、薬物療法でコントロールが不良であった患者への後治療としてアブレーションを行っており、アブレーションの有効性が過大評価されていた可能性がある。本研究の特徴は初回治療としてアブレーションと薬物療法を比較している点と、ICMにより長期間の正確なモニターを行った点である。 最近の研究ではリズムコントロールを早期に行うことは、脳卒中を含む心血管イベントを抑制すると報告されている(3)。また心房細動は進行性の疾患であるため、早期にアブレーションを行うことで心房の線維化など組織的な変化を抑制し長期的な予後を改善させるかもしれない。しかしながら、アブレーションを第1選択とするには安全性が非常に重要な点である。本研究では有害事象発生率は2群間で差がなくアブレーションに関連した死亡、血栓塞栓イベントはなかったが、侵襲的な手技のリスクは常に念頭に置く必要がある。また、心房細動の累積時間率に関して2群間の差はそれほど大きくなくアブレーションを強く勧める根拠にはならないかもしれない。本研究は追跡期間が短いため、アブレーションの長期的な効果を含め、今後のさらなる検討が期待される。 1. Hindricks G, Eur Heart J. 2021;42(5):373-498. 2. Wilber DJ, et al. JAMA. 2010;303(4):333-340. 3. Kirchhof P, et al. N Engl J Med. 2020;383(14):1305-1316.
ANCA関連血管炎治療に用いるavacopan
ANCA関連血管炎治療に用いるavacopan
Avacopan for the Treatment of ANCA-Associated Vasculitis N Engl J Med. 2021 Feb 18;384(7):599-609. doi: 10.1056/NEJMoa2023386. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】C5a受容体阻害薬avacopanは、抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎の治療薬として研究中である。 【方法】この無作為化比較試験では、ANCA関連血管炎患者をavacopan 30mg 1日2回投与とprednisoneの用量漸減法による経口投与群に1対1の割合で割り付けた。全例にシクロホスファミド(その後アザチオプリン)またはリツキシマブを併用した。1つ目の主要評価項目は寛解とし、26週時のバーミンガム血管炎活動性スコア(BVAS)が0点(範囲0-63点、スコアが高いほど疾患活動性が高い)および直前4週間のグルココルチコイド不使用と定義した。2つ目の主要評価項目は寛解維持とし、26週時および52週時の寛解と定義した。両評価項目で非劣性(マージン20%ポイント)および優越性を評価した。 【結果】計331例を無作為化し、166例をavacopan群、165例をprednisone群に割り付けた。試験開始時のBVAS平均スコアは両群とも16点であった。avacopan群166例中120例(72.3%)、prednisone群164例中115例(70.1%)が26週時に寛解(1つ目の主要評価項目)を得た(推定公差3.4%ポイント、95%CI -6.0-12.8、非劣性のP<0.001、優越性のP=0.24)。avacopan群166例中109例(65.7%)、prednisone群164例中90例(54.9%)が52週時に寛解を維持していた(2つ目の主要評価項目、推定公差12.5%ポイント、95%CI 2.6-22.3、非劣性のP<0.001、優越性のP=0.007)。avacopan群の37.3%、prednisone群の39.0%に重篤な有害事象(血管炎悪化を除く)が発生した。 【結論】ANCA関連血管炎患者を対象とした本試験で、avacopanは26週時の寛解でprednisone漸減投与に対して非劣性が示されたが優越性は示されず、52週時の寛解維持では優越性が示された。全例がシクロホスファミドまたはリツキシマブを併用していた。52週以降のavacopanの安全性および臨床効果は、本試験では評価しなかった。 第一人者の医師による解説 グルココルチコイドの副作用を低減 ANCA関連血管炎の新治療法に期待 三森 経世 医療法人医仁会武田総合病院院長 MMJ. August 2021;17(4):121 ANCA関連血管炎(AAV)は小動脈が侵され抗好中球細胞質抗体(ANCA)が陽性となる自己免疫疾患で、多発血管炎性肉芽腫症(GPA)、顕微鏡的多発血管炎(MPA)および好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)が含まれ、急速に進行する糸球体腎炎、間質性肺炎、末梢神経炎などの多彩な臓器病変を呈する重篤な疾患である。従来、AAVの治療は大量グルココルチコイド(GC)とシクロホスファミドまたはリツキシマブなどの免疫抑制薬の併用が主体であった。しかし、再燃が多く、長期にわたるGCの副作用が問題となっている。 AAVの病態にはANCAと補体が関与し、ANCAが好中球表面に発現した自己抗原に結合するとともに、C5aがC5a受容体に結合して好中球のケモタキシスと活性化を引き起こすと考えられている。アバコパンは低分子経口 C5a受容体アンタゴニストであり、C5a受容体に選択的に結合して、C5aとANCAによる好中球の活性化を抑制すると考えられる。 本論文は、世界の143施設が参加し、AAVに対するアバコパンの有効性と安全性を検討した第3相試験の報告である。アバコパン 30mgの1日2回経口投与(A群)166人とプレドニゾン漸減療法(P群:1日60mgで 開始し21週までに中止)164人が二重プラセボ二重盲検試験で比較された。GPA181人とMPA149人がエントリーされ、PR3-ANCAが43%、MPO-ANCAが57%を占めたが、解析では両者は区別されていない。全例で免疫抑制薬(シクロホスファミドまたはリツキシマブ)が併用され、途中増悪時のGC救済療法は許容されている。 26週目の寛解達成率(Birmingham Vasculitis Activity Score[BVAS]=0および4週間前までのGC中止)はA群72.3%、P群70.1%であり、A群のP群に対する非劣性が証明された。52週目の寛解維持率はA群65.7%、P群54.9%で、A群の非劣性のみならず優越性も認められた。また、A群はP群より52週目までの再燃率が有意に低く、推算糸球体濾過量(eGFR)、蛋白尿、生活の質(QOL)の改善でも上回っていた。GCによる副作用の発現率は当然ながら、P群でA群よりも高かった。死亡例はA群2例、P群4例で、肝機能障害がA群で9例にみられたが、安全性に関して両群間で有意差はみられなかった。 本試験で、AAVにおいて補体阻害薬であるアバコパンのプレドニゾン漸減療法に対する非劣性と、52週での優越性が証明されたことは、将来の治療戦略に大きな変革をもたらす可能性があり、GCの使用を減らし副作用を低減できることにも大きな利点がある。長期成績と長期安全性、寛解導入後の薬剤減量・中止の可能性などが今後の課題である。
脊髄性筋萎縮症I型に用いるrisdiplam
脊髄性筋萎縮症I型に用いるrisdiplam
Risdiplam in Type 1 Spinal Muscular Atrophy N Engl J Med. 2021 Mar 11;384(10):915-923. doi: 10.1056/NEJMoa2009965. Epub 2021 Feb 24. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】脊髄性筋萎縮症I型は、機能性生存運動ニューロン(SMN)タンパク低値によって生じるまれな進行性神経筋疾患である。risdiplamは、SMN2のRNA前駆体スプライシングを修飾し、機能性SMNタンパク値を上昇させる経口投与可能な小分子である。 【方法】支えなしで座位が保持できない1-7カ月齢の脊髄性筋萎縮症I型乳児を対象にrisdiplamを検討した、2段階から成る第II/III相非盲検試験のパート1の結果を報告する。主要評価項目は、安全性、薬物動態、薬力学(血中SMNをタンパク濃度など)およびパート2で用いるrisdiplamの用量決定とした。5秒間以上の支えなしでの座位保持能を探索的評価項目とした。 【結果】乳児計21例を組み入れた。4例を低用量群とし、12カ月時の最終用量を1日当たり0.08mg/kgとした。17例を高用量群とし、12カ月時の最終用量を1日当たり0.2mg/kgとした。ベースラインの血中SMNタンパク濃度中央値は低用量群1.31ng/mL、高用量群2.54ng/mLであり、12カ月時に中央値はそれぞれ3.05ng/mL、5.66ng/mLまで増加し、ベースラインの中央値のそれぞれ3.0倍、1.9倍となった。重篤な有害事象に肺炎、気道感染、急性呼吸不全があった。本稿発表時点では、4例が呼吸器合併症のため死亡している。高用量群の7例が支えなしで5秒間以上座位が保持できたが、低用量群では1例も認められなかった。試験のパート2に用いる用量には高用量(1日当たり0.2mg/kg)を用いることが決定した。 【結論】脊髄性筋萎縮症I型乳児で、経口risdiplamを用いた治療によって血中機能性SMNタンパク発現量が増加した。 第一人者の医師による解説 リスジプラムは全身に作用 有効性と安全性の追加検証を期待 佐橋 健太郎 名古屋大学医学部附属病院脳神経内科講師/勝野 雅央 名古屋大学大学院医学研究科神経内科学教授 MMJ. August 2021;17(4):111 脊髄性筋萎縮症(SMA)は主にSMN1遺伝子欠失変異によるSMN蛋白欠乏により、脳幹や脊髄の下位運動ニューロン変性に伴う、進行性筋力低下、筋萎縮をきたす予後不良の遺伝性疾患である。SMA最多の重症の1型は6カ月齢までに発症し、座位保持能を獲得できず、呼吸筋麻痺により寿命は中央値10.5カ月(1)とされる。ヒトはSMN1重複遺伝子であるSMN2を有するが、mRNA前駆体のエクソン 7の選択的スプライシングによりSMN2からは機能性 SMN蛋白が十分に産生されない。治療薬としては、核酸医薬ヌシネルセンや低分子化合物リスジプラムによるSMN2スプライシング制御治療や、組換えアデノウイルスベクター製剤オナセムノゲン アベパルボベクによるSMN遺伝子補充療法が開発されており、リスジプラムは全身に作用する特色がある。 本論文は、リスジプラム開発元 F. Hoffmann-La Roche社による研究支援のもと、1型 SMN乳児21人(中央値6.7カ月齢:他試験より経過が長い例(2),(3))を対象に実施されたリスジプラム第2/3相非盲検単一群試験(FIREFISH試験)のパート 1の報告である。主要評価項目は安全性、薬物動態、薬力学と、パート 2のための投与量選択とし、また事後分析による探索的評価項目として、永続的な呼吸補助の必要のない無イベント生存、支持なしで5秒以上の座位保持能 (BSID-Ⅲの第22項)、CHOPINTENDとHINE-2運動機能スコアなどが設定された。その結果、12カ月の観察期間で低用量、高用量コホートともに血漿 SMN蛋白上昇が示されたが(それぞれベースライン値の3.0、1.9倍)、個人内の測定値のばらつきが問題として挙げられた。全体21人中19人で無イベント生存、高用量コホート 7人で座位保持能獲得が確認され、また自然歴ではほぼ観察されない運動機能スコアの改善が特に高用量コホートでみられている。一方、重篤な有害事象として肺炎、気道感染がみられた。死亡例の原因は呼吸器合併症であり、SMAに伴う呼吸不全と分類されているが、多くが高用量コホートであり、薬剤関連性の可能性除外も必要と考えられる。最終的にパート 2では高用量のリスジプラム使用が支持されており、さらにリアルワールド設定に近い2?25歳の、重症度の下がる2/3型対象のプラセ ボ 対照二重盲検第2/3相試験(SUNFISH試験:NCT02908685)も進行中であり、リスジプラムの有効性と安全性についての追加検証が待たれる。 略 号:BSID- Ⅲ(Bayley Scales of Infant and Toddler Development, third edition)、CHOP-INTEND (Children's Hospital of Philadelphia Infant Test of Neuromuscular Disorders)、HINE-2(Hammersmith Infant Neuromuscular Examination) Finkel RS, et al. Neurology. 2014;83(9):810-817. Finkel RS, et al. N Engl J Med. 2017;377(18):1723-1732. Mendell JR, et al. N Engl J Med. 2017;377(18):1713-1722.
非アルコール性脂肪肝炎に用いるセマグルチド皮下投与のプラセボ対照試験
非アルコール性脂肪肝炎に用いるセマグルチド皮下投与のプラセボ対照試験
A Placebo-Controlled Trial of Subcutaneous Semaglutide in Nonalcoholic Steatohepatitis N Engl J Med. 2021 Mar 25;384(12):1113-1124. doi: 10.1056/NEJMoa2028395. Epub 2020 Nov 13. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】非アルコール性脂肪肝炎(NASH)はよく見られる疾患であり、合併症率と死亡率が上昇するが、治療選択肢が少ない。NASHに用いるグルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体作動薬セマグルチドの有効性と安全性は不明である。 【方法】生検でNASHが確定した肝線維化分類F1、F2またはF3の患者を対象に、72週間の第II相二重盲検試験を実施した。患者をセマグルチド0.1mg、0.2mg、0.4mgを1日1回皮下投与するグループと対応するプラセボを投与するグループに3対3対3対1対1対1の割合で割り付けた。主要評価項目は、肝線維化の増悪がないNASHの消失とした。検証的副次的評価項目は、NASHの増悪がない1段階以上の肝線維化分類改善とした。この評価項目の解析は肝線維化分類がF2またはF3の患者のみを対象とし、その他の解析は全例を対象に実施した。 【結果】計320例(このうち230例が肝線維化分類F2またはF3)をセマグルチド0.1 mg群(80例)、同0.2mg群(78例)、同0.4mg群(82例)、プラセボ群(80例)に割り付けた。肝線維化の増悪を伴わずNASHが消失した患者の割合は、0.1mg群40%、0.2mg群36%、0.4mg群59%、プラセボ群17%であった(プラセボと比較したセマグルチド0.4mgのP<0.001)。0.4mg群の43%とプラセボ群の33%に肝線維化分類の改善が認められた(P=0.48)。平均体重減少率は、0.4mg群で13%、プラセボ群1%であった。悪心、便秘、嘔吐の発現率は、0.4mg群の方がプラセボ群よりも高かった(悪心42% vs. 11%、便秘22% vs. 12%、嘔吐15% vs. 2%)。セマグルチドを投与した患者3例(1%)に悪性新生物が報告されたが、プラセボを投与した患者では1例も報告されなかった。全体で、セマグルチド群の15%とプラセボ群の8%に新生物(良性、悪性または不明)が報告されたが、特定の臓器に発現するパターンは認められなかった。 【結論】NASH患者を対象とした第II相試験では、セマグルチド群で、プラセボ群と比較してNASHが消失した患者の割合が有意に高かった。しかし、線維化分類が改善した患者の割合に群間差は認められなかった。 第一人者の医師による解説 全身疾患を踏まえたNAFLD治療 ─木も見て森も見る─ 芥田 憲夫 虎の門病院肝臓内科医長 MMJ. August 2021;17(4):118 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)はメタボリックシンドローム関連因子とともに脂肪肝を認めた病態である。その中でも進行性で肝硬変や肝がんの発症母地ともなる非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の日本における患者数は400万人前後とされる。3大死因は、心血管疾患(CVD)、肝がん以外の悪性新生物、次いで肝不全や肝がんを含む肝関連事象であり、これらは肝臓の線維化進行に伴いリスクが上昇するとされる(1)。これまでNASHの肝線維化改善を目指した臨床試験が多数行われてきたが、現時点で既承認薬はない。 本論文は、病理所見に基くNASHの消失を指標としてグルカゴン様ペプチド(GLP)-1受容体作動薬のセマグルチド1日1回皮下投与の効果をプラセボと比較した第2相試験の報告である。糖尿病のない患者も30%台で含まれ、セマグルチドは0.1、0.2、0.4mg/日の3群とし72週時点の肝組織改善を評価している。主要評価項目は線維化ステージ2か3の進行例における肝線維化の悪化を伴わないNASHの消失(炎症改善)、副次評価項目はNASH悪化を伴わない肝線維化の改善としている。その結果、主要評価項目はセマグルチド 0.4mg群が59%で、プラセボ群の17%と比較して有意に高かった。一方、副次評価項目はセマグルチド0.4mg群が43%で、プラセボ群の33%と比較し有意差はなかった。有害事象はセマグルチド群において胃腸障害が多かった。今回の結果に基づき、第3相試験に進んでいる。ここで留意すべき点は、NASHは肝臓だけの疾患ではなく、主な死因はCVDということである。さらに、NASHの肝線維化は生命予後に影響する重要な要因であるが、線維化の改善を主要評価項目に据えてきた多数の臨床試験が成功しなかった経緯を考えると、主要評価項目を肝線維化を惹起する炎症の改善へとシフトするような柔軟な対応も必要となる。以上の問題点を解決することが期待されるのがセマグルチドであろう。実際、今回の試験の主要評価項目は炎症改善に焦点を当てている。また、GLP-1受容体作動薬はすでに大規模臨床試験でCVDを抑制する高いエビデンスが示されているため肝関連事象のみならずCVD抑制も期待される(2)。さらに、糖尿病に限定せず開発が行われていることも重要である。最後に、NAFLDは「木(肝臓)を見て森(全身)を見ず」の診療を行っていては本質的な生命予後改善にはつながらない。これからは「木も見て森も見る」、まさに全身臓器をターゲットとすべき疾患であることを踏まえた新薬開発を行う必要がある。 1. Angulo P, et al. Gastroenterology. 2015;149(2):389-97.e10. 2. Marso SP, et al. N Engl J Med. 2016;375(4):311-322.