「感染症」の記事一覧

物理的距離の保持、マスクおよび保護めがね着用によるヒトからヒトへのSARS-CoV-2感染およびCOVID-19の予防 系統的レビューおよびメタ解析
物理的距離の保持、マスクおよび保護めがね着用によるヒトからヒトへのSARS-CoV-2感染およびCOVID-19の予防 系統的レビューおよびメタ解析
Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis Lancet. 2020 Jun 27;395(10242):1973-1987. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31142-9. Epub 2020 Jun 1. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)はCOVID-19の原因であり、密接な接触を通してヒトとヒトとの間で広がる。著者らは、医療現場および非医療現場(地域など)での物理的距離の保持、マスク着用および眼の保護がウイルス伝播にもたらす効果を調べることを目的とした。 【方法】ヒトからヒトへの感染を避けるための最適な距離を調べ、マスクおよび保護めがね着用によるウイルス伝播予防効果を評価するため、系統的レビューおよびメタ解析を実施した。WHOおよびCOVID-19関連の標準的データベース21件から、SARS-CoV-2、重症急性呼吸器症候群を引き起こすベータコロナウイルス、中東呼吸器症候群のデータを取得した。データベース開始から2020年5月3日までのデータを検索し、言語は問わないが、比較試験や、妥当性、実行可能性、資源の利用および公平性に関する因子を特定した。記録をふるいにかけデータを抽出し、二重にバイアスリスクを評価した。頻度論的統計、ベイズ・メタ解析、ランダム効果メタ回帰解析を実施した。Cochrane法とGRADEアプローチに従って、根拠の確実性を評価した。この試験は、PROSPEROにCRD42020177047番で登録されている。 【結果】16カ国6大陸の観察的研究172件を特定した。無作為化試験はなく、44件が医療現場および非医療現場で実施した比較試験(対象計2万5697例)だった。1m未満の物理的距離と比べると、1m以上の距離でウイルスの伝播率が低く(1万736例、統合調整オッズ比[aOR]0.18、95%CI 0.09-0.38、リスク差[RD]-10.2%、95%CI -11.5--7.5、中等度の確実性)、距離が長くなるほど保護効果が高くなった(1m当たりの相対リスク[RR]の変化2.02、交互作用のP=0.041、中等度の確実性)。マスクの着用で感染リスクが大幅に低下し(2697例、aOR 0.15、95%CI 0·07-0.34、RD -14.3%、-15.9--10.7、低度の確実性)、使い捨てサージカルマスクや同等のマスク(再利用可能な12-16層の綿マスクなど)と比べるとN95や同等のマスクの方が関連が強かった(交互作用のP=0.090、事後確率95%未満、低度の確実性)。このほか、保護めがねでも感染率が低下した(3713例、aOR 0.22、95%CI 0.12-0.39、RD -10.6%、95%CI -12.5--7.7、低度の確実性)。未調整の試験、下位集団解析や感度解析からほぼ同じ結果が得られた。 【解釈】この系統的レビューおよびメタ解析の結果は、1m以上の物理的距離を支持し、政策決定者にモデルおよび接触者追跡の定量的推定を提供するものである。この結果および関連因子から、公共の場および医療現場でのマスク、医療用レスピレーターおよび保護めがねの最適な着用を広めるべきである。この介入の根拠を示す頑強な無作為化試験が必要であるが、現在の入手可能な科学的根拠の系統的評価は中間的なガイダンスになると思われる。 第一人者の医師による解説 44試験のメタ解析の結果 有用なエビデンス さらに今後の研究の蓄積が必要 荒岡 秀樹 虎の門病院臨床感染症科部長 MMJ. February 2021;17(1):14 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の主な感染様式は飛沫感染と接触感染であり、特殊な状況下(例、換気の悪い空間)では一部空気感染を示唆する報告もある。なかでも飛沫感染をどのように防止するかが感染予防の最優先事項と考えられている。本論文は、コロナウイルス(SARS-CoV-2、SARS、MERS)における感染予防法(身体的距離[physical distancing]、マスク、眼の保護)の効果を調べた44試験(患者25,697人)のメタ解析の報告である。 解析の結果、1m以上の身体的距離は、1m未満の身体的距離と比較して、ウイルス伝播を低下させることが証明された(補正オッズ比[aOR], 0.18;95%信頼区間[CI], 0.09~0.38;中程度の確実性)。この予防効果は距離が離れるほど強くなることも明らかとなった(中程度の確実性)。また、マスクの着用は感染のリスクを大幅に低下させた(aOR, 0.15;95% CI, 0.07~0.34;低い確実性)。マスクの感染リスク低下効果は市中よりも医療現場でより大きいことが示唆された。N95マスクはサージカルマスクと比較して予防効果が大きいことが示された。さらに、眼の保護も感染の減少と関連していた(aOR, 0.22;95% CI, 0.12~0.39;低い確実性)。 本研究は世界保健機関(WHO)の支援を受けて実施され、完全な系統的レビューの方法を遵守していることが強みである。また、GRADEアプローチに従って、証拠の確実性を評価している。2020年5月3日までの関連データを検索し、新型コロナウイルスのパンデミックが他の世界的な地域に広がる前に中国からのデータを含めて評価している。一方、本研究の限界として、対象の研究はいずれもランダム化されていないこと、多くの研究で身体的距離に関する正確な情報が提供されておらず推測が含まれること、ほとんどの研究がSARSとMERSについて報告したものであること、などが挙げられる。 今回のメタ解析の結果は、SARS-CoV-2に対する感染予防のランダム化試験がない状況下で、非常に有益な情報を私たちに与えるものである。1m以上の身体的距離が重要で、2m以上の距離はより有用な可能性がある。さらに、医療現場および市中でのマスク着用、眼の保護の重要性を明らかにした。本論文は、2020年5月3日までのエビデンスをまとめ、大変有用なものであるが、これ以降のSARS-CoV-2に特化した感染予防のエビデンスにも注目していきたい。
アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬とCOVID-19診断および死亡率の関連
アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬とCOVID-19診断および死亡率の関連
Association of Angiotensin-Converting Enzyme Inhibitor or Angiotensin Receptor Blocker Use With COVID-19 Diagnosis and Mortality JAMA. 2020 Jul 14;324(2):168-177. doi: 10.1001/jama.2020.11301. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)/アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)によってコロナウイルス感染症(COVID-19)に感染しやすくなり、ウイルスの機能性受容体、アンジオテンシン変換酵素2の発現が亢進することによって転帰が悪化すると思われる。 【目的】ACEI/ARBの使用とCOVID-19の診断およびCOVID-19患者の転帰との関連を調べること。 【デザイン、設定および参加者】COVID-19患者の転帰を調べるため、デンマークの全国レジストリのデータを用いて後ろ向きコホート研究を実施した。ICD-10コードを用いて2020年2月22日から5月4日までのCOVID-19患者を特定し、診断日から転帰または試験期間終了日(2020年5月4日)まで追跡した。COVID-19の感受性を調べるため、コホート内症例対照デザインのCox回帰モデルを用いて、2020年2月1日から同年5月4日まで他の降圧薬を比較したACEI/ARB使用とCOVID-19診断発生率との関連を検討した。 【曝露】発症日前6カ月間の処方と定義したACEI/ARBの使用。 【主要評価項目】この後ろ向きコホート研究で、主要評価項目は死亡とし、死亡または重症COVID-19の複合転帰を副次評価項目とした。コホート内症例対照の感受性解析では、転帰はCOVID-19診断とした。 【結果】この後ろ向きコホート研究には、COVID-19患者4480例を組み入れた(年齢中央値54.7歳[四分位範囲40.9-72.0歳]、47.9%が男性)。ACEI/ARB使用者895例(20.0%)および非使用者3585例(80.0%)であった。ACEI/ARB者の18.1%、非使用者の7.3%が30日以内に死亡したが、この関連は、年齢、性別および既往例で調整した後、有意差はなくなった(調整後ハザード比[HR]、0.83、95%CI 0.67-1.03)。ACEI/ARB使用者の31.9%、非使用者の14.2%に、30日以内に死亡または重症COVID-19が発生した(調整HR 1.04、95%CI 0.89-1.23)。COVID-19感受性を検討するコホート内症例対照研究では、高血圧の既往歴があるCOVID-19患者571例(年齢中央値73.9歳、54.3%が男性)を年齢および性別でマッチさせたCOVID-19がない対照5710例と比較した。COVID-19患者の86.5%がACEI/ARBを使用していたのに対し、対照は85.4%で、他の降圧薬と比較するとACEI/ARBにCOVID-19高発症率との有意な関連は認められなかった(調整HR 1.05、95%CI 0.80-1.36)。 【結論および意義】高血圧患者のACEI/ARB使用歴にCOVID-19診断またはCOVID-19患者の死亡または重症化との有意な関連は認められなかった。この結果から、COVID-19大流行下で臨床的に示唆されるACEI/ARB投与中止は支持されるものではない。 第一人者の医師による解説 COVID-19の流行に際し ACEI/ARBの服薬変更は不要の可能性を示唆 岩部 真人、二木 寛之、岩部 美紀、山内 敏正 東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科 MMJ. February 2021;17(1):9 現在世界中でパンデミックを引き起こしている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、一度は感染拡大の速度が緩んだようにみえた。しかし各種規制緩和などの影響でいわゆる第2波とも呼ぶべき再拡大が各国で起きており、日本でも感染者数は下げ止まっているなど、いまだ予断を許さない状況が続いている。 COVID-19を引き起こす病原体SARS-CoV-2はアンジオテンシン変換酵素(ACE)2を介して細胞内に侵入することが示されている(1)。一方、降圧薬のACE阻害薬(ACEI)やアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)はACE2の発現を上昇させることが知られており(2)、COVID-19の罹患率、重症化率および死亡率への影響が懸念されてきた。ACEIやARBは降圧薬として第1選択となることも多く、投薬対象人口も非常に大きいことから、この関係を検証することは急務とされ、さまざまなコホートで研究が行われている。 本研究はデンマークでのデータを基に、重症化率・死亡率についてはACEI/ARB使用中の患者を含むCOVID-19患者4,480人を対象とした後ろ向きコホート研究により、罹患率についてはコホート内症例対照研究により検討したものである。まず重症化率・死亡率について、ACEI/ARB使用中の895人を含むCOVID-19患者4,480人のコホートで年齢、性別、既往歴について補正すると、ACEI/ARB使用者と非使用者の間で死亡率に有意な差はなかった(ハザード比[HR], 0.83)。同様に死亡率または重症化率についても両群間に有意差はなかった(HR, 1.04)。次に罹患率について、高血圧の既往のあるCOVID-19患者571人と年齢、性別がマッチした高血圧の既往のある非COVID-19患者5,710人との間で比較検討された。その結果、両群間のACEI/ARB使用率に有意な差は なく、ACEI/ARBの使用はCOVID-19の罹患率を上昇させていなかった(HR, 1.05)。 2019年12月以降COVID-19は世界的に拡大し、それから1年が経過しようとしている。COVID-19の病態メカニズムについて、いまだ明らかになっていないことは多いが、疫学的にさまざまな情報が集約されつつある。ACEI/ARBについては、特にSARS-CoV-2はACE2を介して細胞内に侵入することが明らかになり、COVID-19流行初期は服薬に伴うリスクが懸念されていた。しかしながらその後、本研究結果を含めACEI/ARBはCOVID-19の罹患率、重症化率、死亡率を上昇させないことが明らかになり、各学会からもACEI/ARBの使用継続を支持する声明が世界的に出されている。一方、本研究を含めて現在のエビデンスは、ほぼすべて後ろ向き研究の結果であり、各国で進行中の前向き研究に対して、今後も注視し続ける必要がある。 1. Wang Q, et al. Cell. 2020;181(4):894-904. 2. Vaduganathan M, et al. N Engl J Med. 2020;382(17):1653-1659.
SARS-CoV-2による一時的な小児多臓器系炎症性症候群患児58例の臨床的特徴
SARS-CoV-2による一時的な小児多臓器系炎症性症候群患児58例の臨床的特徴
Clinical Characteristics of 58 Children With a Pediatric Inflammatory Multisystem Syndrome Temporally Associated With SARS-CoV-2 JAMA. 2020 Jul 21;324(3):259-269. doi: 10.1001/jama.2020.10369. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】新型コロナウイルス感染症2019の発症率が高い地域で、発熱および炎症を伴うまれな症候群を呈する患児の報告が浮上している。 【目的】SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)による一時的な小児多臓器系炎症性症候群(PIMS-TS)の基準を満たした入院患児の臨床所見および検査値の特徴を明らかし、他の小児炎症性疾患の特徴と比較すること。 【デザイン、設定および参加者】2020年3月23日から5月16日の間に、発熱の持続と公開されているPIMS-TSの診断基準を満たした入院患児58例(中央値9歳、33例が女児)の症例集積。最終追跡日は、2020年5月22日であった。診療記録の臨床症状および検査結果を要約し、2002年から2019年に欧米で入院した川崎病(KD)患児(1132例)、川崎病ショック症候群患児(45例)および中毒性ショック症候群患児(37例)の特徴と比較した。 【曝露】英国、米国および世界保健機関(WHO)が定義するPIMS-TSの基準を満たした患児の兆候、症状、検査および画像所見。 【主要評価項目】PIMS-TSの基準を満たした患児の臨床、検査および画像所見、他の小児炎症性疾患の特徴との比較。 【結果】PIMS-TSの基準を満たす患児58例(平均年齢9歳[IQR 5.7-14]、女児20例[34%])を特定した。58例中15例(26%)がSARS-CoV-2ポリメラーゼ連鎖反応検査の結果が陽性、46例中40例(87%)がSARS-CoV-2 IgG検査陽性であった。合わせて、58例中45例(78%)がSARS-CoV-2感染しているか、感染歴があった。全例に発熱および嘔吐(58例中26例、45%)、腹痛(58例中31例、53%)、下痢(58例中30例、52%)などの非特異的症状が見られた。58例中30例(52%)が発疹、58例中26例(45%)が結膜充血を呈した。検査所見の評価で、C反応性蛋白(229 mg/L[IQR 156-338]、全58例で評価)、フェリチン(610 μg/L[IQR 359-128]、58例中53例で評価)などで著名な炎症が認められ、58例中29例がショック(心筋機能障害の生化学的根拠あり)を来たし、強心薬および蘇生輸液投与を要した(機械的換気を実施した29例中23例[79%]を含む)。13例が米国心臓協会が定義するKDの基準を満たし、23例にKDやショックの特徴がない発熱および炎症があった。8例(14%)が冠動脈拡張または冠動脈瘤を来した。PIMS-TSとKDまたはKDショック症候群を比較すると、年齢が高く(年齢中央値9歳[IQR 5.7-14] vs. 2.7歳[IQR 1.4-4.7]および3.8歳[IQR 0.2-18])、C反応性蛋白(中央値229mg/L vs. 67mg/L[IQR 40-150 mg/L]および193mg/L[IQR 83-237])炎症マーカー高値などの臨床所見や検査所見に差が見られた。 【結論および意義】このPIMS-TSの基準を満たした患児の症例集積では、発熱や炎症から心筋障害、ショック、冠動脈瘤までさまざまな徴候、症状および疾患重症度が見られた。KDおよびKDショック症候群の患児と比較からは、この疾患に関する知見が得られ、他の小児炎症性疾患とは異なるものであることが示唆される。 第一人者の医師による解説 COVID-19重症化抑制の治療法につながる 臨床的意義の大きな研究 永田 智 東京女子医科大学小児科学講座主任教授 MMJ. February 2021;17(1):12 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の高感染率地域で重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2型(SARS-CoV-2)に関連した小児炎症性多系統症候群(PIMS-TS)が報告されており、川崎病との類似性が話題になった。 本論文では、2020年3月?5月に英国の8病院に入院した、英国、米国疾病対策予防センター(CDC)または世界保健機関(WHO)のPIMS-TS基準を満たした小児58人について、臨床的特徴をカルテレビューで抽出し、2002~19年に欧米の病院に入院した川崎病患者(1,132人)、川崎病ショック症候群患者(45人)、トキシックショック症候群患者(37人)と比較検討した。 これらPIMS-TS症例はSARS-CoV-2 PCR検査で58人中15人(26%)が陽性、SARS-CoV-2 IgG抗体検査で46人中40人(87%)が陽性であった。全例で発熱、約半数で嘔吐、腹痛、下痢の消化器症状を認めていた。同様に約半数は発疹や結膜充血といった川崎病類似の症候を呈していた。血清CRPは中央値22.9mg/dL(四分位範囲[IQR],15.6~33.8)、フェリチンも中央値610μg/L(IQR,359~1,280)と全般に高値であった。58人中29人(50%)が心筋機能障害を高頻度に伴うショックをきたし、そのうち23人(79%)は人工呼吸器管理を要していた。13人は米国心臓学会(AHA)の川崎病基準を満たし、興味深いことに8人は冠動脈拡張または冠動脈瘤を合併していた。 本研究では、PIMS-TS、川崎病、川崎病ショック症候群の三者が比較された。PIMS-TSでは罹患年齢の中央値が9歳(IQR,5.7~14)と一般の川崎病(中央値2.7歳)や川崎病ショック症候群(中央値3.8歳)より高かった。また、PIMS-TSの血清CRPは、川崎病(中央値6.7mg/dL)よりかなり高値の傾向にあったが、川崎病ショック症候群とは僅差であった(中央値19.3mg/dL)。 これらのPIMS-TS症例は、発熱・心筋障害・ショック・冠動脈瘤形成といった多臓器にまたがる多彩な症候を示していたが、全般に重症であった。これまで、川崎病に類似した症候をもつ他の疾患は数少なく、しかも冠動脈病変を有する疾患はほとんど報告されていない。PIMS-TSを丁寧に調べることにより、川崎病の病態発症、特に冠動脈病変の発生機序を考える上で、重要なヒントが得られる可能性がある。さらに、川崎病の標準治療である免疫グロブリン大量療法がCOVID-19の重症型であるPIMS-TSの治療に有効であることが証明されれば、COVID-19の重症化抑制に安全性の高い有効な治療選択肢が加わることになり、当検討の臨床的な意義は大きいことになる。
物理的距離確保の介入と新型コロナウイルス感染症発症 149カ国の自然実験
物理的距離確保の介入と新型コロナウイルス感染症発症 149カ国の自然実験
Physical distancing interventions and incidence of coronavirus disease 2019: natural experiment in 149 countries BMJ. 2020 Jul 15;370:m2743. doi: 10.1136/bmj.m2743. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】世界の物理的距離を確保する介入と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発症の関連を評価すること。 【デザイン】分割時系列解析を用いた自然実験。メタ解析を用いて結果を統合した。 【設定】欧州疾病予防管理センターからCOVID-19症例の日報データ、オックスフォードCOVID-19 政策反応追跡から物理的距離確保の政策に関するデータが入手できる149の国または地域。 【参加者】2020年1月1日から5月30日までの間に、物理的距離を確保する政策5項目(学校閉鎖、職場閉鎖、公共交通機関の閉鎖、大規模集会やイベントの制限、移動の制限[都市封鎖])のうち1項目以上を導入した国または地域。 【主要評価項目】2020年5月30日または介入後30日間のいずれか先に発生した日付までのデータを用いて推算した物理的距離確保政策導入前後のCOVID-19の発生率比(IRR)。ランダム効果メタ解析を用いて各国のIRRを統合した。 【結果】物理的距離介入策の導入で、COVID-19発生率が全体で平均13%低下した(IRR 0.87、95%CI 0.85-0.89、149カ国)。他の4項目の物理距離確保政策が実施されていた場合、公共交通機関の閉鎖によってCOVID-19発症率がさらに低下することはなかった(公共交通機関の閉鎖あり:統合IRR 0.85、95%CI 0.82-0.88、72カ国、閉鎖なし:同0.87、0.84-0.91、32カ国)。このほか、11カ国のデータから、学校閉鎖、職場閉鎖および大規模集会の制限にほぼ同じ全般的な効果があることが示唆された(同0.85、0.81-0.89)。政策導入の順序を見ると、他の物理的距離確保政策の後に都市封鎖を実施した場合(同0.90、0.87-0.94、41カ国)と比較すると、都市封鎖の早期導入によってCOVID-19発生率が低下した(同0.86、0.84-0.89、105カ国)。 【結論】物理的距離の介入によって、世界的にCOVID-19発生率が低下した。他の4項目の政策を導入した場合、公共交通機関を閉鎖することによってさらに効果が高くなる根拠は見られなかった。都市封鎖の早期導入によってCOVID-19発生率が大きく低下した。この結果から、今回または将来の感染症流行のため、国が物理的距離政策の強化に備える政策決定に役立つと思われる。 第一人者の医師による解説 149カ国の自然実験 適切な身体的距離確保の介入指針となる可能性 神林 隆道(臨床助手)/園生 雅弘(主任教授) 帝京大学医学部附属病院脳神経内科 MMJ. February 2021;17(1):13 世界的なパンデミックとなっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対し、ほとんどの国が身体的距離(physical distancing)を確保することを目的とした介入を行っているが、それらの有効性の検討はこれまで主にモデル研究でなされており、実際の患者集団におけるデータに基づく有効性評価の報告は乏しい。 本研究では、2020年1月1日~5月30日に以下の5種類の身体的距離確保のための介入(学校閉鎖、職場閉鎖、公共交通機関の閉鎖、大人数の集会や公共イベントの制限、移動制限)のうち1つ以上が行われた国を対象に国別に分割時系列解析を実施し、データのメタ解析によって身体的距離確保の介入前後のCOVID-19発生率比を評価した。 149カ国が1種類以上の身体的距離確保のための介入を行っており、ベラルーシとタンザニアを除くすべての国が5種類のうち3種類以上を実施していた(日本は公共交通機関の閉鎖以外の4種類)。118カ国では5種類すべてが実施されていた。全体の結果として、身体的距離確保の介入によってCOVID-19発生率が13%低下したことが示された。 データのメタ解析からは、最初の症例報告から介入開始までの日数(P=0.57)や、PCR検査実施率(P=0.71)は、発生率に有意な影響を与えておらず、一方で65歳以上の高齢人口比率(P<0.001)や1人当たりのGDPが高い(P=0.09)国は、身体的距離確保の介入による発生率の低下がより大きかった。また、注目すべき点として、介入の組み合わせについて、学校閉鎖、職場閉鎖、公共イベントの制限、移動制限の4種類が一緒に実施された場合のCOVID-19発生率比(0.87;95 % 信頼区間[CI], 0.84~0.91;32カ国)は、さらに公共交通機関の閉鎖を加えた5種類すべての介入を行った場合とほぼ同等(0.85;95% CI, 0.82~0.88;72カ国)で、公共交通機関の閉鎖に付加的なCOVID-19発生抑制効果は認められなかった。 介入の順序に関しては、移動制限を早期に実施した場合のCOVID-19発生率比(0.86;95% CI, 0.84~0.89;105カ 国)は、他の身体的距離確保による介入後に遅れて移動制限を行った場合(0.90;95 % CI, 0.87~0.94;41カ国)よりも 低く、より早期の移動制限の介入の方がCOVID-19発生率の抑制効果は大きいことが示唆された。 著者らはこれらのデータが、今後流行が起こった際の施策決定に役立つだろうと結論している。日本でも引き続き適切な行動変容によって、医療崩壊に陥らずかつ社会・経済活動を維持できる程度に感染者数をコントロールしていくことが重要であろう。
COVID-19患者の病理解剖所見および静脈血栓塞栓症 前向きコホート試験
COVID-19患者の病理解剖所見および静脈血栓塞栓症 前向きコホート試験
Autopsy Findings and Venous Thromboembolism in Patients With COVID-19: A Prospective Cohort Study Ann Intern Med. 2020 Aug 18;173(4):268-277. doi: 10.7326/M20-2003. Epub 2020 May 6. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】新型コロナウイルス、SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)によって、世界で21万人以上が死亡している。しかし、死因やウイルス病理学的特徴についてはほとんど明らかになっていない。 【目的】病理解剖、死亡時画像診断およびウイルス学的検査のデータから臨床的特徴を検証し、比較すること。 【デザイン】前向きコホート試験。 【設定】ドイツ・ハンブルク州から委託され、大学病院1施設で実施したPCR検査でCOVID-19診断が確定した患者の病理解剖。 【患者】COVID-19陽性で死亡した最初の連続症例12例。 【評価項目】死後CT検査、組織学的およびウイルス学的解析を含む死体解剖を実施した。臨床データおよび疾患の経過を評価した。 【結果】患者の平均年齢は73歳(範囲52~87歳)、患者の75%が男性であり、病院内(10例)または外来病棟(2例)で死亡が発生した。冠動脈疾患、喘息または慢性閉塞性呼吸器疾患が最も頻度の高い併存疾患であった(それぞれ50%、25%)。解剖から、12例中7例(58%)に深部静脈血栓症があったことが明らかになったが、いずれも死亡前に静脈血栓塞栓症の疑いはなかった。4例では肺塞栓が直接的な死因であった。死後CT検査で8例に両肺にコンソリデーションを伴う網状浸潤影、病理組織学的検査で8例にびまん性肺胞傷害が認められた。全例の肺から高濃度のSARS-CoV-2 RNAが検出された。10例中6例からウイルス血症、12例中5例からは肝臓や腎臓、心臓からも高濃度のウイルスRNAが検出された。 【欠点】検体数が少ない点。 【結論】静脈血栓塞栓症が高頻度に見られることから、COVID-19による凝固障害が重要な役割を演じていることが示唆される。COVID-19による死亡の分子的構造および全体の発生率、死亡を抑制するための有望な治療法を明らかにすべく、詳細な研究が必要とされる。 第一人者の医師による解説 死に至る病態はびまん性肺胞傷害で急速悪化のケースと 合併症により徐々に衰弱するケースか 福澤 龍二 国際医療福祉大学大学院医学研究科基礎医学研究分野・医学部病理学教授 MMJ. February 2021;17(1):8 本論文は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)12例(全例基礎疾患あり)の臨床像、血液、凝固系、PCRなどの検査所見、死後のCT、病理解剖所見を報告している。剖検による死因として全例に肺病変が挙げられ、2種類の肺病理像に分類できる。 (1)間質性肺炎(IP)─びまん性肺胞傷害(DAD):8例は、IPが先行しDADに進展した症例であった。血液、肺、その他複数の臓器からSARS-CoV-2が検出され、ウイルス血症による全身への播種、IPとの関連が示唆される。 (2)気管支肺炎(BP):残り4例は、末梢気道への好中球浸潤を主体とするBPであった。間質性病変はなく、経気道的な細菌感染が示唆される。このようなウイルス性IPの組織像が明確でない症例でも、肺組織からウイルスが検出されていることから、ウイルスが気道上皮細胞に感染し、粘液線毛クリアランスを低下させることが細菌感染の一因と思われる。 肺病理像に基づいて、血液凝固異常との関連をみると、IP-DAD症例8例中6例に深在静脈血栓が形成され、4例は肺塞栓を伴っていた。全例が病院外で突然死または集中治療室で死亡している。重篤な呼吸障害を起こすDADに加え、肺塞栓を高頻度に認める解剖所見は死亡時の状況を反映している。一方、BPの症例では、肺塞栓はなく、静脈血栓を1例のみ認めた。全例が一般病棟で支持療法中に死亡しており、経過は緩徐で、IP-DADに比べ血液凝固異常は起こりにくい病態であることが示唆される。 以上から、COVID-19により死に至る病態は以下の2つが想定される:①IPが先行し、DAD発症により急速に呼吸状態が悪化し、重症化する(急性呼吸促迫症候群)。また、血液凝固異常の頻度が高く、肺塞栓症の併発は循環動態をも悪化させ、急死に至らしめる。全身性病態へ進展する背景には、ウイルスの全身播種とこれに対する宿主の過剰防御反応(サイトカインストーム)が想定され、過剰な免疫反応がCOVID-19関連死の最大の誘因と考えられる②合併症(BP増悪や敗血症への進展)により徐々に衰弱し死亡すると思われる病態。これらの症例ではIP(肺胞壁の炎症・免疫応答)がみられないことから、ウイルスは肺胞上皮までは感染していないか、しても複製量が少なく肺外に拡がりにくい可能性がある。このため、過剰な免疫反応が起こりにくく、DADに至らず、凝固異常の頻度も低いと推測される。 〈脚注〉 IP:多くはウイルスが原因である。上気道粘膜に侵襲したウイルスが肺胞に至り、肺胞壁にリンパ球主体の炎症が起き、肺野にびまん性に拡がりやすい。DAD:急性呼吸促迫症候群の肺病理像で、肺胞壁の毛細血管から肺胞内への滲出性変化(硝子膜の形成)を特徴とする。誘発因子は肺炎、敗血症など。 BP:細菌の気道感染により発症する。気管支・肺胞内に炎症を起こす局所的な肺炎で、炎症は好中球が主体である。
SARS-CoV-2に対するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性 第I/II相単盲検無作為化比較試験の仮報告
SARS-CoV-2に対するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性 第I/II相単盲検無作為化比較試験の仮報告
Safety and immunogenicity of the ChAdOx1 nCoV-19 vaccine against SARS-CoV-2: a preliminary report of a phase 1/2, single-blind, randomised controlled trial Lancet. 2020 Aug 15;396(10249):467-478. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31604-4. Epub 2020 Jul 20. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)の世界的流行は、予防接種によって縮小できると思われる。著者らは、SARS-CoV-2のスパイク蛋白を発現するウイルスベクターコロナウイルスワクチンの安全性、反応性および免疫原性を評価した。 【方法】英国5施設で、SARS-CoV-2のスパイク蛋白を発現するチンパンジーアデノウイルスをベクターに用いたワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)を対照の髄膜炎菌結合型ワクチン(MenACWY)と比較する第I/II相単盲検無作為化比較試験を実施した。検査によるSARS-CoV-2感染確定歴やCOVID-19様症状がない18~55歳の健康成人をChAdOx1 nCoV-19群とMenACWY群に(1対1の割合で)無作為に割り付け、いずれも5×1010ウイルス粒子を筋肉内に単回投与した。5施設中2施設でプロトコールを修正し、接種前にパラセタモルを予防投与してもよいこととした。10例を非無作為化非盲検のChAdOx1 nCoV-19プライムブースト群に割り付け、2回の接種日程を設け、初回投与28日後に追加投与した。SARS-CoV-2スパイク蛋白三量体に対する標準総IgG ELISA、多重免疫アッセイ、3通りの生SARS-CoV-2中和アッセイ(50%プラーク減少中和アッセイ[PRNT50]、マイクロ中和アッセイ[MNA50、MNA80、MNA90]およびMarburg VN)を用いて、偽ウイルス中和アッセイを用いて、試験開始時および追加接種時の液性応答を評価した。体外インターフェロンγenzyme-linked immunospot(ELISPOT)アッセイを用いて、細胞性応答を評価した。主要評価項目は、ウイルス学的に確定した症候性COVID-19で測定した有効性および重度有害事象の発生率で測定した安全性とした。患者を割り付けたグループごとに解析した。ワクチン投与後28日間にわたって安全性を評価した。ここに、安全性、反応性および細胞性および液性免疫反応に関する仮の結果を報告する。この試験は進行中であり、ISRCTN(15281137)、およびClinicalTrials.gov(NCT04324606)に登録されている。 【結果】2020年4月23日から同年5月21日にかけて1077例を登録し、ChAdOx1 nCoV-19(543例)とMenACWY(534例)に割り付、そのうち10例を非無作為化ChAdOx1 nCoV-19プライムブースト群に組み入れた。ChAdOx1 nCoV-19群では局所および全身反応が対照群より多く、熱っぽさ、寒気、筋肉痛、頭痛や倦怠感など多くの症状がパラセタモルの予防投与によって改善した(いずれもP<0.05)。ChAdOx1 nCoV-19による重度の有害事象はなかった。ChAdOx1 nCoV-19群では、スパイク特異的T細胞応答が14日目にピークに達した(末梢血単核球100万個当たりのスポット形成細胞数中央値856個、IQR 493~1802、43例)。28日時までに高スパイクIgG反応が上昇し(中央値157 ELISA単位(EU)、96~317、127例)、2回目の投与後にさらに上昇した(639EU、360~792、10例)。単回投与後、MNA80で測定した35例中32例(91%)、PRNT50で測定した35例(100%)でSARS-CoV-2中和抗体反応が検出された。ブースター投与後、全例に中和活性が認められた(42日時にMNA80で測定した9例全例、56日時にMarburg VNで測定した10例全例)。中和抗体反応にELISAで測定した抗体値と強い挿管が認められた(Marburg VNによるR2=0.67、P<0.001)。 【解釈】ChAdOx1 nCoV-19は許容できる安全性を示し、同種ブースター投与によって抗体反応が増強された。この結果を液性および細胞性免疫反応の誘導を併せて考えると、このワクチン候補を進行中の第III総試験で大規模な範囲で評価する妥当性を支持するものである。 第一人者の医師による解説 第3相試験でも70%の感染防御能確認 過去の研究の積み重ねの成果 中山 哲夫 北里大学大村智記念研究所特任教授 MMJ. February 2021;17(1):10 2019年12月に中国・武漢市で発生した重症肺炎の原因がコロナウイルスと判明し、SARSCoV-2と命名された。そのスパイク蛋白を主要な感染防御抗原としてワクチン開発が進んでいる。本論文はアストラゼネカ社とオックスフォード大学の共同開発によるチンパンジーアデノウイルス(ChAd)をベクターとしてSARS-CoV-2のスパイク抗原を発現する組換えワクチン(ChAdOx1nCoV-19)を健常成人543人に接種し、対照として4価髄膜炎ワクチンを534人に接種した第1/2相試験の免疫原性と安全性に関する報告である。 SARS-CoV-2スパイク蛋白に対するIgG抗体は接種28日後までに全例陽転化し、SARS-CoV-2中和抗体は80%抑制法で1回接種後に35人中32人(91%)が陽転化し、2回接種後に全例陽転化した。細胞性免疫能(ELISPOT)は1回接種14日後には43例全例に検出された。副反応としては487人中に接種部位の疼痛が67%(328人)、圧痛が83%(403人)、全身反応として倦怠感や頭痛がそれぞれ70%(340人)と68%(331人)に認められたが軽度で第3相試験に進むこととなった。 本論文以降、4月から英国、ブラジル、南アフリカで実施された4件の第III相試験の中間統合解析による有効性、免疫原性、安全性の結果が報告された(1)。感染者は標準量ワクチン2回接種群では27/4,440(0.6%)、対照(髄膜炎菌ワクチンまたは生食)群では71/4,455(1.6%)で有効率は62.1%(95% CI, 41.0~75.7)であった。低用量で1回接種し、その28日後に標準量を接種した群では3/1,367(0.2%)、対照群では30/1,374(2.2%)でワクチン有効率は90.0%(95% CI, 67.4?97.0)、全体のワクチン有効率は70.4%(54.8~80.6)であった(1)。また、英国で実施された70歳以上の高齢者も含めた同ワクチンの第2/3相試験では、18~55歳群と比較し、70歳以上では局所反応、全身反応ともに発現率が低いことが報告されている(2)。中和抗体は2回接種2週後に高値を示した。細胞性免疫能も検出され、英国では昨年12月8日から予防接種が始まった。 COVID-19発生後1年でワクチンができたように報道されているが、オックスフォード大学グループは種痘ワクチンをベクターとしたHIVワクチンの開発からヒトアデノウイルスをベクターとするシステムの構築へと進み、そして既存抗体陽性例で免疫能が低下する問題を解決すべく今回のChAdベクターを開発した。インフルエンザ、エボラ、MERS、SARS、Zikaウイルスなどに対するワクチンを研究開発し、一部は臨床試験まで実施した。こうした研究の積み重ねが今の成果につながっていることを忘れてはいけない(3)。 1. Voysey M, et al. Lancet. 2020:S0140-6736(20)32661-1. 2. Ramasamy MN, et al. Lancet. 2021;396(10267):1979-1993. 3. Gilbert SC, et al. Vaccine. 2017;35(35 Pt A):4461-4464.
妊娠中のインフルエンザワクチン接種と小児期早期の健康転帰との関連
妊娠中のインフルエンザワクチン接種と小児期早期の健康転帰との関連
Association of Maternal Influenza Vaccination During Pregnancy With Early Childhood Health Outcomes JAMA. 2021 Jun 8;325(22):2285-2293. doi: 10.1001/jama.2021.6778. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【重要性】妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種によって、妊婦と新生児のインフルエンザによる疾患が減少する。妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種と小児期の有害な健康転帰との関連性については科学的根拠が少ない。【目的】妊娠中のインフルエンザワクチン接種と小児期早期の健康転帰との関連を評価すること。【デザイン、設定および参加者】健康管理データと紐付けた出生登録を用いた後ろ向きコホート研究。2010年10月1日から2014年3月31日までの間に記録されたカナダ・ノバスコシア州の全生児出生を2016年3月31日まで追跡した。逆確率による重み付けを用いて母体の病歴や可能性のあるその他の交絡因子を調整し、調整ハザード比(HR)と発生率比(IRR)を推定し95%CIを添えた。【曝露】妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種。【主要評価項目】免疫関連転帰(喘息、感染症)、非免疫関連転帰(悪性新生物、感覚障害)および非特異的転帰(緊急医療または入院医療の利用)を小児期の転帰とし、救急診療部門と入院のデータベースから測定した。【結果】小児28,255例(女児49%、在胎37週以降の出生92%)のうち10,227例(36.2%)が妊娠中に季節性インフルエンザワクチン接種を受けた母親から出生した。平均3.6年の追跡期間中、母親のインフルエンザワクチン接種と小児期の喘息(発生率、1,000人年当たり3.0 vs. 2.5;差0.53、95%CI ?0.15-1.21];調整済みハザード比1.22[95%CI 0.94~1.59])、悪性新生物(1,000人年当たり0.32 vs. 0.26、差0.06/人年[95%CI -0.16~0.28]、調整済みハザード比1.26[95%CI 0.57~2.78])および感覚障害(1000人年当たり0.80 vs. 0.97;差-0.17[95%CI -0.54~0.21];調整済みハザード比0.82[95%CI 0.49~1.37])との間に有意な関連は認められなかった。妊娠中の母親のインフルエンザワクチン接種と小児期早期の感染症(発生率、1,000人年当たり184.6 vs. 179.1、差5.44[95%CI 0.01~10.9];調整済み発生率比1.07[95%CI 0.99~1.15])、緊急医療または入院医療の利用(1,000人年当たり511.7 vs. 477.8/人年;差33.9/人年[95%CI 24.9~42.9];調整済み発生率比1.05[95%CI 0.99~1.16])との間に有意な関連は認められなかった。【結論および意義】平均追跡期間3.6年の住民を対象としたコホート研究で、妊娠中のインフルエンザワクチン接種に小児期早期の有害健康転帰との有意な関連は認められなかった。 第一人者の医師による解説 妊婦へのインフルエンザワクチン接種推奨 参考となる報告 三鴨 廣繁 愛知医科大学大学院医学研究科臨床感染症学教授 MMJ. December 2021;17(6):186 妊婦が特にインフルエンザに罹患しやすいわけではないが、感染すると、重症化や合併症を起こすリスクが高く、2009年新型インフルエンザは胎児死亡や早産のリスク上昇をもたらした。妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種は母体および新生児のインフルエンザ罹患抑制に有効であるが、妊婦のインフルエンザワクチン接種が小児期の健康への悪影響と関連しているかどうかについての証拠は限られている。著者らは、妊娠中の母親のインフルエンザワクチン接種と幼児期の健康転帰との関連を評価した。2010年10月1日~14年3月31日にカナダ・ノバスコシアで出生したすべての子どもが登録され、16年3月31日まで追跡調査された。本研究は、健康管理データにリンクされた出生登録を使用した後ろ向きコホート研究である。調整ハザード率(HR)と発生率比(IRR)は母親の病歴およびその他の潜在的な交絡因子に対して補正しながら推定された。解析対象となった28,255人の子ども(49%が女性、92%が妊娠37週以上で出生)のうち、10,227人(36.2%)が妊娠中に季節性インフルエンザワクチン接種を受けた女性が出産した。平均3.6年間の追跡期間中、妊婦のインフルエンザワクチン接種と小児喘息の間に有意な関連は認められなかった(1,000人・年あたり3.0対2.5;差0.53;調整済みHR,1.22)、悪性新生物(0.32対0.26;差0.06;調整済みHR,1.26)、感覚障害(1,000人・年あたり0.80対0.97;差?0.17;調整済みHR,0.82)。妊婦のインフルエンザワクチン接種は幼児期の感染症(1,000人・年あたり184.6対179.1;差5.44;調整済みIRR,1.07)、救急や入院患者の医療サービスの利用(1,000人・年あたり511.7対477.8;差33.9;調整済みIRR,1.05)と有意に関連していなかった。したがって、著者らは、妊婦のインフルエンザワクチン接種は、幼児期の健康への悪影響のリスク上昇と有意に関連していなかった、と結論している。妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種により、母体および新生児のインフルエンザ感染を減らすことが可能である。妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種が小児期の健康へ与える影響に関する証拠は限られているが、今回のカナダでのデータベースコホート研究では、妊娠中の母体インフルエンザワクチン接種は、幼児期の健康への影響は認められなかった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期においてもインフルエンザワクチン接種の重要性が叫ばれているが、妊婦へのインフルエンザワクチン接種推奨にあたって参考となる報告と考える。
英国のSARS-CoV-2感染が確定し入院した妊婦の特徴と転帰 全国住民対象コホート研究
英国のSARS-CoV-2感染が確定し入院した妊婦の特徴と転帰 全国住民対象コホート研究
Characteristics and outcomes of pregnant women admitted to hospital with confirmed SARS-CoV-2 infection in UK: national population based cohort study BMJ. 2020 Jun 8;369:m2107. doi: 10.1136/bmj.m2107. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】英国で重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のため入院した妊婦の全国コホートの特徴を記述し、感染関連因子および感染伝播などの転帰を明らかにすること。 【デザイン】英国産科監視システム(UKOSS)を用いた前向き全国住民対象コホート研究 【設定】英国内の全194の産科ユニット(obstetric unit)。 【参加者】2020年3月1日から4月14日の間にSARS-CoV-2感染のため入院した妊婦427例。 【主要評価項目】妊娠中の入院および新生児の感染の発生。母体の死亡、レベル3集中治療室への入室、胎児喪失、帝王切開分娩、早産、死産、早期新生児死亡および新生児ユニット入室。 【結果】妊娠中のSARS-CoV-2感染による入院発生率は、妊婦1000例当たり4.9(95%CI 4.5-5.4)と推定された。妊娠中SARS-CoV-2感染のため入院した妊婦233例(56%)が黒人またはその他の少数民族であり、281例(69%)が過体重または肥満、175例(41%)が35歳以上であり、145例(73%)に基礎疾患があった。266例(62%)が出産または妊娠喪失し、そのうち196例(73%)は正期産だった。41例(5%)が呼吸補助を要したため入院し、5例(1%)が死亡した。新生児265例のうち12例(5%)が検査でSARS-CoV-2 RNA陽性を示し、そのうち6例が出生後12時間以内に陽性が確定した。 【結論】SARS-CoV-2のため入院した妊婦のほとんどが妊娠第2または第3三半期であり、後期妊娠中に社会的距離を保持する指導の重要性を裏付けるものである。ほとんどが転帰良好であり、児へのSARS-CoV-2伝播の頻度は高くない。感染のため入院した妊婦に黒人または少数民族の割合が高いことについては、早急な調査と原因解明が必要とされる。 第一人者の医師による解説 迅速に妊婦感染者を集めた英国調査 日本の疫学調査の脆弱性を痛感 木村 正 大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学教室教授 MMJ. February 2021;17(1):11 2019年末に中国武漢市で最初に確認された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は瞬く間に世界規模の流行を引き起こし、世界保健機関(WHO)は2020年3月に同感染症(COVID-19)の世界的流行を宣言した。インフルエンザ等類似ウイルス呼吸器感染症の経験から妊婦は重篤化するリスクが高いと推測された。感染例の出産に関する報告はすでに5月までに数多くなされたが、施設単位・少数例の集積であった。本論文は出版時点では唯一の国人口ベースでの報告である。3月1日~4月14日に英国産科サーベイランスシステムを用いて同国内でコンサルタントを置く全分娩施設194施設から情報を集積した。調査期間中に427人の妊婦がSARS-CoV-2感染のため入院し(1,000人あたり4.9)、56%はアフリカ系・アジア系などの(英国社会の)少数派であった。69%は過体重または肥満、41%は35歳以上、34%に併存合併症があった。266人はこの期間内に妊娠が終了し、このうち流産4人、早産66人(うち53人は医学的適応)、正期産は196人(分娩の75%)であった。156人が帝王切開を受け29人は全身麻酔(うち18人は母体の呼吸状態悪化による挿管)下で行われた。入院した妊婦427人中41人は高度集中治療、4人は体外式膜型人工肺(ECMO)管理を受けた。観察期間に5人が死亡、397人は軽快退院、25人は入院中であった。新生児は3人が死産、2人が新生児死亡。生産児265人中67人は新生児集中治療室で管理され、12人がPCR検査陽性となった。生後12時間以内に陽性となった6人中2人は経腟分娩、3人は陣痛発来前の帝王切開、1人は発来後の帝王切開であった。 日本では日本産婦人科医会が6月末までの感染妊婦アンケートを行い、72人の感染(有症状者58人)が1,481施設から報告された。罹患率は報告施設の半年間の分娩数から10,000人あたり2人程度となり、今回の報告に比べ20分の1である。10人に酸素投与が行われ、1人が人工呼吸管理を受け死亡した(入国直後の外国籍女性)。児への感染はなかった。日本産科婦人科学会では、研究機関・学会での倫理審査を終え、新型コロナウイルス感染妊婦のレジストリ研究を開始し、9月から登録を募っている。しかし、国は研究費補助のみで研究班が個人情報保護法を意識しながら体制を構築したため時間がかかり、適時に十分な情報を国民に届けることができなかった。本論文は日英の医学研究におけるスピード感の差を如実に表し、最近の日本における個人情報保護法をはじめとするさまざまな制約は迅速な疫学情報収集を脆弱化させていることを改めて痛感している。
敗血症ショックの臓器障害にもたらすアスコルビン酸、副腎皮質およびチアミンの効果 ACTS無作為化比較試験
敗血症ショックの臓器障害にもたらすアスコルビン酸、副腎皮質およびチアミンの効果 ACTS無作為化比較試験
Effect of Ascorbic Acid, Corticosteroids, and Thiamine on Organ Injury in Septic Shock: The ACTS Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Aug 18;324(7):642-650. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】アスコルビン酸、副腎皮質ステロイドおよびチアミンの併用は、敗血症ショックの有望な治療法として考えられている。 【目的】アスコルビン酸、副腎皮質ステロイドおよびチアミンの併用によって敗血症ショックの臓器障害を改善するかを明らかにするため。 【デザイン、設定および参加者】成人敗血症ショック患者に用いるアスコルビン酸、副腎皮質ステロイドおよびチアミンの併用をプラセボと比較した多施設共同無作為化盲検比較試験。2018年2月9日から2019年10月27日にかけて、米国の14施設で205例を組み入れた。2019年11月29日まで追跡した。 【介入】被験者を非経口アスコルビン酸(1500mg)、ヒドロコルチゾン(50mg)およびチアミン(100mg)6時間に1回、4日間投与するグループ(103例)と同じタイミングでマッチさせた用量のプラセボを投与するグループ(102例)に無作為に割り付けた。 【主要評価項目】主要評価項目は、登録時と72時間後のSOFAスコア(範囲0~24点、0点が最も良好)の変化量とした。腎不全および30日死亡率を重要な副次評価項目とした。試験薬を1回以上投与した患者を解析対象とした。 【結果】無作為化した205例(平均年齢68[SD 15]歳、女性90例[44%])のうち200例(98%)に試験薬を1回以上投与し、全例が試験を完遂し、解析対象とした(介入群101例、プラセボ群99例)。全体で、登録後72時間にわたるSOFAスコアの変化を見ると、時間と治療群の間に有意差は見られなかった(平均SOFAスコア変化:介入群9.1点から4.4点[-4.7点] vs プラセボ群9.2点から5.1点[-4.1点]、調整平均差-0.8、95%CI -1.7~0.2点、交互作用のP=0.12)。腎不全発生率(介入群31.7%vs プラセボ群27.3%、調整リスク差0.03、95%CI -0.1~0.2点、P=0.58)や30日死亡率(34.7%vs 29.3%、ハザード比1.3、95%CI 0.8-2.2、P=0.26)にも有意差は見られなかった。よく見られた銃独な有害事象は、高血糖(介入群12例、プラセボ群7例)、高ナトリウム血症(それぞれ11例と7例)、新規院内感染症(それぞれ13例と12例)であった。 【結論および意義】敗血症ショックで、アスコルビン酸、副腎皮質ステロイドおよびチアミンの併用による登録後72時間のSOFAスコア低下量はプラセボと有意差が見られなかった。このデータからは、敗血症ショック患者にこの併用療法のルーチンの使用は支持されない。 第一人者の医師による解説 ACTS試験:注目のMetabolic resuscitation療法 またも期待外れ 西田 修 藤田医科大学医学部麻酔・侵襲制御医学講座主任教授 MMJ. February 2021;17(1):25 2016年、敗血症の定義と診断基準が変更された(1)。「感染症に対する制御不能な宿主反応に起因する生命を脅かす臓器障害」と定義され、「全身性炎症」として評価する従来の診断基準から、「臓器障害そのものの進展」に重きを置いた診断基準に変更されている。 救命率は向上してきているものの、依然として致死率は高く、最近の全世界的な調査によると、すべての死亡原因の約20%は敗血症関連といわれている。敗血症は一刻を争う治療が必要とされるが、感染巣のコントロール・過不足のない輸液・昇圧薬の適正使用と人工呼吸管理などのライフサポートが主体であり劇的な改善をもたらす治療法はない。このような中で、細胞の機能を改善し組織障害を防ぐ手立てとして、“metabolic resuscitation”の考えが近年注目され、ステロイド(Hydrocortisone)、ビタミンC(Ascorbic acid)、ビタミンB1(Thiamine)の併用療法(HAT療法)が試みられるようになった。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でもアスコルビン酸は補助療法として提唱されている。2017年に発表された後ろ向き前後比較研究(2)では、敗血症・敗血症ショック患者の院内死亡率が31.9%(40.4→8.5%)低下、昇圧薬使?期間が約3分の1に短縮という治療成績を示した。これを検証するための無作為化対照試験(RCT)が複数実施され、その結果が最近報告されてきているが、いずれも期待したほどの効果はみられていない。本論文で報告された大規模なACTS試験もその1つで、成人の敗血症性ショック患者200人をアスコルビン酸(1,500mg)、ヒドロコルチゾン(50mg)およびチアミン(100mg)を6時間ごとに4日間静注する群もしくはプラセボ群に割り付け、治療効果を比較した。主要評価項目は、各臓器の障害の程度を示すSequential Organ Failure Assessment(SOFA)スコアの変化(入室時と72時間後の比較)としている。両群の患者背景に差はなかった。SOFAスコアの変化において両群間に有意差はなく、副次評価項目の30日死亡率、腎機能障害などでも有意差はなかった。循環改善効果として、shock free daysに有意差を認めているが、差は1日である。ヒドロコルチゾン単独群を対照としたRCT(3)では循環改善効果が示されなかったことから、ACTS試験における差はヒドロコルチゾンの効果であると推定できる。最頻度の有害事象として高血糖と高ナトリウム血症を認めている。 今回のACTS試験ならびに他のRCTの結果を総合的に考えると、HAT療法はルーチンで用いるべきものではなく、効果は限定的であると考えられる。 1. Singer M, et al. JAMA. 2016;315(8):801-810. 2. Marik PE, et al. Chest. 2017;151(6):1229-1238. 3. Fujii T, et al. JAMA. 2020;323(5):423-431.
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
An mRNA Vaccine against SARS-CoV-2 - Preliminary Report N Engl J Med. 2020 Nov 12;383(20):1920-1931. doi: 10.1056/NEJMoa2022483. Epub 2020 Jul 14. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、2019年半に出現した後、世界的に広がり、ワクチン開発を急ぐ国際的な取り組みが促されている。ワクチン候補のmRNA-1273は、融合前の安定化したSARS-CoV-2スパイクタンパクをコードする。 【方法】18-55歳の健康成人45例を対象に第1相用量漸増非盲検試験を実施し、mRNA-1273ワクチン25μg、100μg、250μgいずれかの用量を28日間隔を空けて2回接種した。各用量群に15例が参加した。 【結果】ワクチン初回接種後、高用量群ほど接種後の抗体反応が高かった[酵素結合免疫吸着測定法で測定した29日目の抗S-2P抗体の幾何平均抗体価(GMT):25μg群40,227、100μg群109,209、250μg群213,526]。2回目の接種後、抗体価は上昇した(57日目のGMT:順に299,751、782,719、1,192,154)。2回目の接種後、評価した全例から2通りの方法で血清中和活性が検出され、その値は対照の回復期血清検体パネルの分布の上位半分とほぼ同じだった。参加者の半数以上に疲労、悪寒、頭痛、筋肉痛、注射部位疼痛などの非自発的な有害事象報告があった。2回目の接種の方が全身性有害事象が多く認められ、最高用量群では特に多く、250μg投与群の3例(21%)に重篤な有害事象が1つ以上報告された。 【結論】mRNA-1273ワクチンは全例で抗SARS-CoV-2免疫反応を誘導し、試験に支障を来す安全性の懸念は認められなかった。この結果は、このワクチンの開発継続を支持するものである。 第一人者の医師による解説 第3相試験では 100 μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性 田中 栄 東京大学医学部整形外科教授 MMJ. April 2021;17(2):40 新型コロナウイルス感染症パンデミック終息に向けての切り札として期待されているワクチンの開発は驚異的なスピードで進んでおり、2020年12月には世界に先駆けて英国で承認されたアデノウイルスベクターワクチン(Oxford-AstraZeneca COVID-19ワクチン[AZD1222])の投与が開始された。今回のワクチン開発を特徴づけているのが、これまで臨床で使用されてこなかったタイプのワクチン-mRNAワクチン-の登場である。本論文は米国Moderna社が開発したmRNAワクチン mRNA-1273の第1相試験に関する報告で、オンラインでは2020年7月14日に掲載された。 SARS-CoV-2のスパイク(S)蛋白は突起様の構造を形成し、ウイルスが宿主細胞に感染する際、細胞膜上の受容体ACE(アンジオテンシン変換酵素)2と結合する重要な役割を担っている。mRNA1273ワクチンは、この一部(S-2P)を抗原として用いている。このワクチンの設計では、mRNAに人為的に変異(S2サブユニット中心ヘリックスの連続するアミノ酸2個をプロリンに置換)を導入することでウイルスが受容体に結合する前の構造(prefusion conformation)を安定的にとるように工夫している。このような構造をとることで抗体誘導能が10倍増加するという。mRNA-1273ワクチンは変異型S-2PをコードするmRNAを脂質ナノ粒子内に封入した製剤であり、動物実験では変異型S-2P蛋白そのものをアジュバントと一緒に投与した場合に比べ、mRNA型ワクチンは、抗体誘導能は同程度、T細胞免疫誘導は優れていることが報告されている。 本試験では各群15人の健常成人に対して、それぞれ25、100、250μgのmRNA-1273ワクチンを28日の間隔をあけて2回筋注した。抗S-2P抗体は用量依存性に誘導され、2回目投与後は全例で中和活性のある抗体が回復期患者血清に匹敵する程度に誘導された。試験中止が必要な重篤な(serious)有害事象はみられなかったが、ワクチン投与に伴い倦怠感、冷感、頭痛、筋痛、投与部位痛などは半数以上の被験者に生じ、特に250μg投与群では2回目投与後3人に発熱などの全身性の重症(severe)有害事象がみられた。 mRNA-1273ワクチンについてはその後の第3相無作為化プラセボ対照試験において100μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性が示された(1)。各国で一般市民への投与が開始されており、本号が出るころにはある程度実臨床での評価が進んでいるものと思われる。 1. Baden LR, et al. N Engl J Med. 2020:NEJMoa2035389.