「ワクチン」の記事一覧

SARS-CoV-2に対するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性 第I/II相単盲検無作為化比較試験の仮報告
SARS-CoV-2に対するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性 第I/II相単盲検無作為化比較試験の仮報告
Safety and immunogenicity of the ChAdOx1 nCoV-19 vaccine against SARS-CoV-2: a preliminary report of a phase 1/2, single-blind, randomised controlled trial Lancet. 2020 Aug 15;396(10249):467-478. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31604-4. Epub 2020 Jul 20. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)の世界的流行は、予防接種によって縮小できると思われる。著者らは、SARS-CoV-2のスパイク蛋白を発現するウイルスベクターコロナウイルスワクチンの安全性、反応性および免疫原性を評価した。 【方法】英国5施設で、SARS-CoV-2のスパイク蛋白を発現するチンパンジーアデノウイルスをベクターに用いたワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)を対照の髄膜炎菌結合型ワクチン(MenACWY)と比較する第I/II相単盲検無作為化比較試験を実施した。検査によるSARS-CoV-2感染確定歴やCOVID-19様症状がない18~55歳の健康成人をChAdOx1 nCoV-19群とMenACWY群に(1対1の割合で)無作為に割り付け、いずれも5×1010ウイルス粒子を筋肉内に単回投与した。5施設中2施設でプロトコールを修正し、接種前にパラセタモルを予防投与してもよいこととした。10例を非無作為化非盲検のChAdOx1 nCoV-19プライムブースト群に割り付け、2回の接種日程を設け、初回投与28日後に追加投与した。SARS-CoV-2スパイク蛋白三量体に対する標準総IgG ELISA、多重免疫アッセイ、3通りの生SARS-CoV-2中和アッセイ(50%プラーク減少中和アッセイ[PRNT50]、マイクロ中和アッセイ[MNA50、MNA80、MNA90]およびMarburg VN)を用いて、偽ウイルス中和アッセイを用いて、試験開始時および追加接種時の液性応答を評価した。体外インターフェロンγenzyme-linked immunospot(ELISPOT)アッセイを用いて、細胞性応答を評価した。主要評価項目は、ウイルス学的に確定した症候性COVID-19で測定した有効性および重度有害事象の発生率で測定した安全性とした。患者を割り付けたグループごとに解析した。ワクチン投与後28日間にわたって安全性を評価した。ここに、安全性、反応性および細胞性および液性免疫反応に関する仮の結果を報告する。この試験は進行中であり、ISRCTN(15281137)、およびClinicalTrials.gov(NCT04324606)に登録されている。 【結果】2020年4月23日から同年5月21日にかけて1077例を登録し、ChAdOx1 nCoV-19(543例)とMenACWY(534例)に割り付、そのうち10例を非無作為化ChAdOx1 nCoV-19プライムブースト群に組み入れた。ChAdOx1 nCoV-19群では局所および全身反応が対照群より多く、熱っぽさ、寒気、筋肉痛、頭痛や倦怠感など多くの症状がパラセタモルの予防投与によって改善した(いずれもP<0.05)。ChAdOx1 nCoV-19による重度の有害事象はなかった。ChAdOx1 nCoV-19群では、スパイク特異的T細胞応答が14日目にピークに達した(末梢血単核球100万個当たりのスポット形成細胞数中央値856個、IQR 493~1802、43例)。28日時までに高スパイクIgG反応が上昇し(中央値157 ELISA単位(EU)、96~317、127例)、2回目の投与後にさらに上昇した(639EU、360~792、10例)。単回投与後、MNA80で測定した35例中32例(91%)、PRNT50で測定した35例(100%)でSARS-CoV-2中和抗体反応が検出された。ブースター投与後、全例に中和活性が認められた(42日時にMNA80で測定した9例全例、56日時にMarburg VNで測定した10例全例)。中和抗体反応にELISAで測定した抗体値と強い挿管が認められた(Marburg VNによるR2=0.67、P<0.001)。 【解釈】ChAdOx1 nCoV-19は許容できる安全性を示し、同種ブースター投与によって抗体反応が増強された。この結果を液性および細胞性免疫反応の誘導を併せて考えると、このワクチン候補を進行中の第III総試験で大規模な範囲で評価する妥当性を支持するものである。 第一人者の医師による解説 第3相試験でも70%の感染防御能確認 過去の研究の積み重ねの成果 中山 哲夫 北里大学大村智記念研究所特任教授 MMJ. February 2021;17(1):10 2019年12月に中国・武漢市で発生した重症肺炎の原因がコロナウイルスと判明し、SARSCoV-2と命名された。そのスパイク蛋白を主要な感染防御抗原としてワクチン開発が進んでいる。本論文はアストラゼネカ社とオックスフォード大学の共同開発によるチンパンジーアデノウイルス(ChAd)をベクターとしてSARS-CoV-2のスパイク抗原を発現する組換えワクチン(ChAdOx1nCoV-19)を健常成人543人に接種し、対照として4価髄膜炎ワクチンを534人に接種した第1/2相試験の免疫原性と安全性に関する報告である。 SARS-CoV-2スパイク蛋白に対するIgG抗体は接種28日後までに全例陽転化し、SARS-CoV-2中和抗体は80%抑制法で1回接種後に35人中32人(91%)が陽転化し、2回接種後に全例陽転化した。細胞性免疫能(ELISPOT)は1回接種14日後には43例全例に検出された。副反応としては487人中に接種部位の疼痛が67%(328人)、圧痛が83%(403人)、全身反応として倦怠感や頭痛がそれぞれ70%(340人)と68%(331人)に認められたが軽度で第3相試験に進むこととなった。 本論文以降、4月から英国、ブラジル、南アフリカで実施された4件の第III相試験の中間統合解析による有効性、免疫原性、安全性の結果が報告された(1)。感染者は標準量ワクチン2回接種群では27/4,440(0.6%)、対照(髄膜炎菌ワクチンまたは生食)群では71/4,455(1.6%)で有効率は62.1%(95% CI, 41.0~75.7)であった。低用量で1回接種し、その28日後に標準量を接種した群では3/1,367(0.2%)、対照群では30/1,374(2.2%)でワクチン有効率は90.0%(95% CI, 67.4?97.0)、全体のワクチン有効率は70.4%(54.8~80.6)であった(1)。また、英国で実施された70歳以上の高齢者も含めた同ワクチンの第2/3相試験では、18~55歳群と比較し、70歳以上では局所反応、全身反応ともに発現率が低いことが報告されている(2)。中和抗体は2回接種2週後に高値を示した。細胞性免疫能も検出され、英国では昨年12月8日から予防接種が始まった。 COVID-19発生後1年でワクチンができたように報道されているが、オックスフォード大学グループは種痘ワクチンをベクターとしたHIVワクチンの開発からヒトアデノウイルスをベクターとするシステムの構築へと進み、そして既存抗体陽性例で免疫能が低下する問題を解決すべく今回のChAdベクターを開発した。インフルエンザ、エボラ、MERS、SARS、Zikaウイルスなどに対するワクチンを研究開発し、一部は臨床試験まで実施した。こうした研究の積み重ねが今の成果につながっていることを忘れてはいけない(3)。 1. Voysey M, et al. Lancet. 2020:S0140-6736(20)32661-1. 2. Ramasamy MN, et al. Lancet. 2021;396(10267):1979-1993. 3. Gilbert SC, et al. Vaccine. 2017;35(35 Pt A):4461-4464.
デンマーク人女性の4価ヒトパピローマウイルスワクチン接種と自律神経機能障害の関連 住民対象自己対照症例集積解析
デンマーク人女性の4価ヒトパピローマウイルスワクチン接種と自律神経機能障害の関連 住民対象自己対照症例集積解析
Association between quadrivalent human papillomavirus vaccination and selected syndromes with autonomic dysfunction in Danish females: population based, self-controlled, case series analysis BMJ. 2020 Sep 2;370:m2930. doi: 10.1136/bmj.m2930. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】4価ヒトパピローマウイルスワクチンと慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群などの自律神経機能障害を伴う症候群の間の関連を評価すること。 【デザイン】住民対象自己対照症例集積。 【設定】デンマークの全国レジストリに記録されたICD-10診断コードを用いて特定したヒトパピローマウイルスワクチン接種および自律神経失調症症候群(慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群)に関する情報。 【参加者】2007年から2016年の間に参加した10~44歳の女性コホート137万5737例のうち自律神経失調症症候群がある女性869例。 【主要評価項目】4価ヒトパピローマウイルスワクチンを接種していない参加者と比較した同ワクチンを接種した女性参加者の慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群の複合転帰の自己対照症例集積率比(95%CI)で年齢および季節で調整した。このほか、二次解析で慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群を個別に検討した。 【結果】追跡期間1058万1902人年で、自律神経失調症症候群女性869例(慢性疲労症候群136例、複合性局所疼痛症候群535例および体位性頻脈症候群198例)を特定した。4価ヒトパピローマウイルスワクチンによって、ワクチン接種後365日のリスク期間中の自律神経機能障害を伴う各症候群の複合転帰発生率(率比0.99、95%CI 0.74~1.32)やリスク期間中の個々の症候群発生率(慢性疲労症候群[0.38、0.13~1.09]、複合性局所疼痛症候群[1.31、0.91~1.90]および体位性頻脈症候群[0.86、0.48~1.54])が有意に上昇することはなかった。 【結論】ワクチン接種導入後、全くの偶然でワクチン関連の有害事象が起こることがあると思われる。一連の結果からは、4価ヒトパピローマウイルスワクチンと慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群の間の因果関係は、個別にみても複合転帰としても支持されない。最大32%のリスク上昇を正式に除外することはできないが、試験の統計的検出力からは、ワクチン接種によって各症候群発生率が上昇する可能性は低いと考えられる。 第一人者の医師による解説 研究期間後期ほど接種後発症が増加 生物学的反応以外の要素を示唆か 上坂 義和 虎の門病院脳神経内科部長 MMJ. February 2021;17(1):27 子宮頸がん予防のためのヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは大きな成果をあげてきたが、日本のほかにデンマーク、アイルランドなどで慢性疲労症候群、体位性起立性頻拍症候群、複合性局所疼痛症候群などの自律神経失調症候群が接種後有害事象として報告された。これらは散発的な報告で接種との因果関係を示す科学的根拠は乏しかったが、メディアがこぞって取り上げたことで予防接種プログラムは大きく後退した。その後英国、ノルウェー、フィンランド、オランダから上記関連を否定する報告がなされたが、ノルウェー以外は主に2価HPVワクチンでの検討であった。デンマークは国民識別番号制度を持ち医療費はすべて税金でまかなわれるため、詳細な受診情報が外来、入院とも国家レベルで登録されている。本研究ではその登録データを利用し、4価HPVワクチンに関する検討が行われた。 デンマークでは2009年から12歳の女性を対象に国レベルの4価HPVワクチン接種が開始、2012年からは20~27歳の女性に対する予防接種も開始された。本研究では2007~16年にデンマーク生まれの10~44歳の女性を対象とした。結果、137万人以上が対象となり1000万人年以上の検討がされた。52万9千人以上が4価HPVワクチン接種を1回以上受けていた。最終接種から12カ月(3回接種では計18カ月)までをリスク期間とし、自律神経失調症候群発症をその前後期間と比較する自己対照研究デザインによる検討もなされた。自律神経失調症候群は869例でみられた(発症率10万・人年あたり8.21)。このうち433例がHPVワクチン接種例であり、接種後の発症例(309例:12カ月未満72例、12カ月以降237例)は接種前の発症例(124例)よりも多かったが、研究期間の後期になるほどその傾向が顕著であった。また、慢性疲労症候群、体位性起立性頻拍症候群、複合性局所疼痛症候群の合計およびそのいずれか1つの症状をとってもリスク期間中の発症率は対照期間と比較し有意な上昇を認めなかった。最終接種から12カ月以降をリスク期間に含めて検討した場合でも非接種期間に比べ有意な発病率上昇を認めなかった。 本研究を含めてHPVワクチン接種と自律神経失調症候群の関連を検討した研究の結果は接種後の発症率上昇について否定的である。本研究で研究期間後期になるほど接種後発症(接種後50カ月以上、最大100カ月以上)が次第に増加していることは生物学的反応以外の要素が加わっていることを示唆しているように思える。
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
An mRNA Vaccine against SARS-CoV-2 - Preliminary Report N Engl J Med. 2020 Nov 12;383(20):1920-1931. doi: 10.1056/NEJMoa2022483. Epub 2020 Jul 14. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、2019年半に出現した後、世界的に広がり、ワクチン開発を急ぐ国際的な取り組みが促されている。ワクチン候補のmRNA-1273は、融合前の安定化したSARS-CoV-2スパイクタンパクをコードする。 【方法】18-55歳の健康成人45例を対象に第1相用量漸増非盲検試験を実施し、mRNA-1273ワクチン25μg、100μg、250μgいずれかの用量を28日間隔を空けて2回接種した。各用量群に15例が参加した。 【結果】ワクチン初回接種後、高用量群ほど接種後の抗体反応が高かった[酵素結合免疫吸着測定法で測定した29日目の抗S-2P抗体の幾何平均抗体価(GMT):25μg群40,227、100μg群109,209、250μg群213,526]。2回目の接種後、抗体価は上昇した(57日目のGMT:順に299,751、782,719、1,192,154)。2回目の接種後、評価した全例から2通りの方法で血清中和活性が検出され、その値は対照の回復期血清検体パネルの分布の上位半分とほぼ同じだった。参加者の半数以上に疲労、悪寒、頭痛、筋肉痛、注射部位疼痛などの非自発的な有害事象報告があった。2回目の接種の方が全身性有害事象が多く認められ、最高用量群では特に多く、250μg投与群の3例(21%)に重篤な有害事象が1つ以上報告された。 【結論】mRNA-1273ワクチンは全例で抗SARS-CoV-2免疫反応を誘導し、試験に支障を来す安全性の懸念は認められなかった。この結果は、このワクチンの開発継続を支持するものである。 第一人者の医師による解説 第3相試験では 100 μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性 田中 栄 東京大学医学部整形外科教授 MMJ. April 2021;17(2):40 新型コロナウイルス感染症パンデミック終息に向けての切り札として期待されているワクチンの開発は驚異的なスピードで進んでおり、2020年12月には世界に先駆けて英国で承認されたアデノウイルスベクターワクチン(Oxford-AstraZeneca COVID-19ワクチン[AZD1222])の投与が開始された。今回のワクチン開発を特徴づけているのが、これまで臨床で使用されてこなかったタイプのワクチン-mRNAワクチン-の登場である。本論文は米国Moderna社が開発したmRNAワクチン mRNA-1273の第1相試験に関する報告で、オンラインでは2020年7月14日に掲載された。 SARS-CoV-2のスパイク(S)蛋白は突起様の構造を形成し、ウイルスが宿主細胞に感染する際、細胞膜上の受容体ACE(アンジオテンシン変換酵素)2と結合する重要な役割を担っている。mRNA1273ワクチンは、この一部(S-2P)を抗原として用いている。このワクチンの設計では、mRNAに人為的に変異(S2サブユニット中心ヘリックスの連続するアミノ酸2個をプロリンに置換)を導入することでウイルスが受容体に結合する前の構造(prefusion conformation)を安定的にとるように工夫している。このような構造をとることで抗体誘導能が10倍増加するという。mRNA-1273ワクチンは変異型S-2PをコードするmRNAを脂質ナノ粒子内に封入した製剤であり、動物実験では変異型S-2P蛋白そのものをアジュバントと一緒に投与した場合に比べ、mRNA型ワクチンは、抗体誘導能は同程度、T細胞免疫誘導は優れていることが報告されている。 本試験では各群15人の健常成人に対して、それぞれ25、100、250μgのmRNA-1273ワクチンを28日の間隔をあけて2回筋注した。抗S-2P抗体は用量依存性に誘導され、2回目投与後は全例で中和活性のある抗体が回復期患者血清に匹敵する程度に誘導された。試験中止が必要な重篤な(serious)有害事象はみられなかったが、ワクチン投与に伴い倦怠感、冷感、頭痛、筋痛、投与部位痛などは半数以上の被験者に生じ、特に250μg投与群では2回目投与後3人に発熱などの全身性の重症(severe)有害事象がみられた。 mRNA-1273ワクチンについてはその後の第3相無作為化プラセボ対照試験において100μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性が示された(1)。各国で一般市民への投与が開始されており、本号が出るころにはある程度実臨床での評価が進んでいるものと思われる。 1. Baden LR, et al. N Engl J Med. 2020:NEJMoa2035389.
若年者・高齢者を対象としたプライムブーストレジメンで投与するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性(COV002):第II/III相単盲検無作為化対照試験
若年者・高齢者を対象としたプライムブーストレジメンで投与するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性(COV002):第II/III相単盲検無作為化対照試験
Safety and immunogenicity of ChAdOx1 nCoV-19 vaccine administered in a prime-boost regimen in young and old adults (COV002): a single-blind, randomised, controlled, phase 2/3 trial Lancet. 2021 Dec 19;396(10267):1979-1993. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32466-1. Epub 2020 Nov 19. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】高齢者(70歳以上)がCOVID-19を発症すると重症化リスクや死亡リスクが高く、有効なワクチンを開発すれば、優先的接種の対象となる。ワクチンの免疫原性は、免疫老化の結果として高齢者で悪化することが多い。若年成人を対象とした新たなチンパンジーアデノウイルスベクター型ワクチンChAdOx1 nCoV-19(AZD1222)の免疫原性は既に報告している。今回は、対象者を70歳以上の高齢成人にも広げて、このワクチンの安全性と免疫原性を報告する。 【方法】この第II/III相単盲検無作為化対照試験(COV002)の第II相段階の報告では、英国の臨床研究施設2施設で、18歳以上の健康な成人を18~55歳、56~69歳、70歳以上の下位集団に分けて登録した。重度または治療不応の併存疾患やフレイルスコア高値(65歳以上の場合)がない被験者を適格とした。まず、被験者を低用量コホートに組み入れ、ブロック無作為化法を用いて、年齢、用量群および施設で層別化して、各年齢群内でChAdOx1 nCoV-19筋肉内投与(ウイルス粒子2.2×10^10個)と対照ワクチンMenACWYに割り付けることとし、18~55歳群はChAdOx1 nCoV-19の2回投与とMenACWYの2回投与に1対1の割合、56~69歳群はChAdOx1 nCoV-19単回投与、MenACWY単回投与、ChAdOx1 nCoV-19の2回投与、MenACWYの2回投与に3対1対3対1の割合、70歳以上群はChAdOx1 nCoV-19単回投与、MenACWY単回投与、ChAdOx1 nCoV-19の2回投与、MenACWYの2回投与に5対1対5対1の割合で無作為に割り付けた。初回投与と2回目投与の間隔は、28日間空けることとした。その後、被験者を標準投与コホート(ChAdOx1 nCoV-19ウイルス粒子3.5-6.5×10^10個)に組み入れ、18~55歳群をChAdOx1 nCoV-19の2回投与とMenACWYの2回投与に5対1の割合で割り付けたほかは、同じ無作為化手順を採用した。被験者と治験責任医師にワクチンの割付を伏せ、ワクチンを投与するスタッフには割り付けを伏せずにおいた。この報告の目的は、55歳以上の成人を対象とした単回投与および2回投与スケジュールの安全性、液性免疫および細胞性免疫原性を評価することである。施設内標準化ELISA、複合免疫アッセイおよび生重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)マイクロ中和アッセイ(MNA80)を用いて、ベースラインおよび各ワクチン接種から追加免疫投与1年後までの液性反応を評価した。ex-vivoのIFN-γ酵素結合免疫スポットアッセイを用いて、細胞応答を評価した。試験の複合主要転帰は、ウイルス学的に判定した症候性COVID-19症例数で測定した有効性および重篤な有害事象の発現で測定した安全性とした。ワクチンを投与した被験者を割り付けた投与群別に解析した。ここに、安全性、反応原性、細胞性および液性免疫反応に関する初期結果を報告する。本試験は現在進行中であり、ClinicalTrials.gov(NCT04400838)、ISRCTN(15281137)に登録されている。 【結果】2020年5月30日から8月8日の間に被験者560例を組み入れ、18~55歳群160例をChAdOx1 nCoV-19群100例、MenACWY群60例に、56~69歳群160例をそれぞれ120例、40例に、70歳以上群240例をそれぞれ200例、40例に割り付けた。7例が割り付けた2回投与レジメンの追加免疫投与を受けず、1例が誤ったワクチン接種を受け、3例に検体の表示に誤りがあったため、免疫原性の解析から除外した。解析対象とした552例のうち280例(50%)が女性であった。ChAdOx1 nCoV-19群の方が対照ワクチン群よりも局所反応と全身反応が多く、性質は既報とほぼ同じ(注射部位疼痛、発熱感、筋肉痛、頭痛)であったが、高齢者(56歳以上)では若年者よりも少なかった。ChAdOx1 nCoV-19の標準的な2回投与を受けた被験者では、初回免疫投与後、18~55歳群49例中43例(88%)、56~69歳群30例中22例(73%)、70歳以上群49例中30例(61%)が局所反応、それぞれ42例(86%)、23例(77%)、32例(65%)が全身反応を報告した。2020年10月26日現在、試験期間中に重篤な有害事象が13件発生したが、試験ワクチンとの関連があるものはないと考えられた。ワクチン2回投与群では、年齢層別コホート3群の追加免疫投与28日後の抗スパイクSARS-CoV-2 IgG反応中央値がほぼ同じであった(標準用量群:18~55歳20,713任意単位[AU]/mL[IQR:13,898~33,550]、39例;56~69歳16,170AU/mL[10,233~40,353]、26例;70歳以上17,561AU/mL[9,705~37,796]、47例;P=0.68)。全年齢層群の追加免疫投与後の中和抗体価がほぼ同じであった(標準投与群の第42日のMNA80中央値:18~55歳193[IQR 113~238]、39例;56~69歳144[119~347]、20例;70歳以上161[73~323]、47例;P=0.40)。追加免疫投与後14日目までに209例中208例(99%以上)に中和抗体反応が認められた。ChAdOx1 nCoV-19標準単回投与後14日目にT細胞反応がピークとなった(末梢血単核球100万個当たりのスポット形成細胞[SFC]中央値は、18~55歳1187個[IQR 841~2428]、24例;56~69歳797個[383~1817]、29例;70歳以上977個[458~1914]、48例)。 【解釈】ChAdOx1 nCoV-19の忍容性は、高齢者の方が若年成人よりも高いと考えられ、全年齢層群の追加免疫投与後の免疫原性がほぼ同じであった。全年齢層と併存疾患がある者を対象にこのワクチンの有効性をさらに詳細に評価することが必要である。 第一人者の医師による解説 日本での本ワクチンの承認や接種の検討において 非常に重要なデータ 齋藤 昭彦 新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野教授 MMJ. April 2021;17(2):41 アデノウイルスベクターワクチン(ChAdOx1nCoV-19)の安全性と免疫原性については、第1・2相試験ですでに報告されたが(1)、今回報告された第2・3相単盲検ランダム化対照試験では、対象年齢を広げ、70歳以上の高齢者を含めた集団を対象に同様の検討を行った。試験参加者は計560例で、英国の2つの臨床研究施設で行われた。対象は、18~55歳、56~69歳、70歳以上の3群に分けられ、年齢が高くなるほどSARS-CoV-2ワクチンへの割り付け比が高くなるように設定された(18~55歳では62.5%、56~69歳では75.0%、70歳以上では83.3%)。重症またはコントロールできていない基礎疾患を有する人は除外された。参加者はSARS-CoV-2ワクチン群(2.2X1010ウイルス粒子/ワクチン)もしくは対照ワクチン(髄膜炎菌ワクチン)を接種された後、液性・細胞性免疫の評価、有効性、そして安全性が評価された。 その結果、局所と全身の反応の頻度は、SARSCoV-2ワクチン群の方が対照ワクチン群に比べ高かったが、それぞれの副反応の頻度は過去の報告と同様で、56歳以上の成人ではそれより若い人に比べ低かった。SARS-CoV-2ワクチン2回接種者における初回接種後の局所反応の頻度は、18~55歳で88%、56~69歳で73%、70歳以上で61%、全身反応はそれぞれ86%、77%、65%であった。ワクチンと関係のある重篤な副反応はみられなかった。SARS-CoV-2ワクチン2回接種者において、追加接種後28日目の抗スパイク蛋白IgG値の中央値、中和抗体価に関して年齢群間に差は認めなかった。追加接種後14日目までに99%超の接種者に中和抗体の反応を認めた。T細胞の反応は、初回接種後14日目にピークとなった。 ChAdOx1 nCoV-19は、アストラゼネカ社がこれまで研究開発してきたアデノウイルスベクターを用いたワクチンの技術(2)を応用した製品である。新興コロナウイルスであるSARS、MARSに対するワクチンの研究を行ってきた成果が活かされている。今回の結果は、若年成人だけでなく、高齢者でもより安全に接種でき、追加接種後の免疫原性は全年齢において同様であった。今回のSARSCoV-2感染は、年齢が高くなると重症化リスクが高まるため(3)、特に高齢者におけるワクチンの安全性と免疫原性のデータは非常に重要である。このワクチンは、今後、日本に輸入され、また、国内のワクチン会社でも技術移転により製造され、それらが国内で接種される予定である(執筆時点)。このデータは、今後の日本における本ワクチンの承認、接種を検討する上で、非常に重要なものとなるであろう。 1. Folegatti PM, et al. Lancet. 2020;396(10249):467-478. 2. Gilbert SC, et al. Vaccine. 2017;35(35 Pt A):4461-4464. 3. O'Driscoll M, et al. Nature. 2021;590(7844):140-145.
入院インフルエンザ成人患者の急性心血管イベント 縦断研究
入院インフルエンザ成人患者の急性心血管イベント 縦断研究
Acute Cardiovascular Events Associated With Influenza in Hospitalized Adults : A Cross-sectional Study Ann Intern Med. 2020 Oct 20;173(8):605-613. doi: 10.7326/M20-1509. Epub 2020 Aug 25. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】インフルエンザが1年間のインフルエンザ流行期中の急性心血管イベントの負担の一因となっていると考えられる。 【目的】検査で確定したインフルエンザのため入院した成人患者で、急性心血管イベント、急性心不全(aHF)および急性虚血性心疾患(aIHD)の危険因子を調べること。 【デザイン】縦断研究。 【設定】2020-2011年から2017-2018年までのインフルエンザシーズン中の米国Influenza Hospitalization Surveillance Network。 【参加者】検査で確定したインフルエンザ感染のため入院した成人患者および医療者の指示により実施した検査でインフルエンザ感染が明らかになった成人患者。 【評価項目】国際疾病分類(ICD)第9版およびICD第10版の退院コードを用いて特定した急性心血管イベント。年齢、性別、人種・民族、喫煙状況、慢性疾患、インフルエンザ予防接種、インフルエンザ抗ウイルス薬およびインフルエンザの種類または亜型をロジスティック回帰モデルの曝露因子とし、限界調整リスク比と95%CIを推定してaHFまたはaIHDの関連因子を明らかにした。 【結果】検査で確定したインフルエンザ成人患者89,999例のうち80,261例が完全な医療記録とICDコードが入手でき(年齢中央値69[四分位範囲54-81]歳)、11.7%が急性心血管イベントを来した。最も多かったイベント(相互に排他的ではない)は、aHF(6.2%)およびaIHD(5.7%)であった。高齢、たばこ喫煙、併存心血管疾患、糖尿病および腎疾患に、検査で確定したインフルエンザ成人患者のaHFおよびaIHDリスクとの有意な関連が認められた。 【欠点】インフルエンザ検査が医療者の指示が基になっているため、検出されない症例があると思われる点。急性心血管イベントをICD退院コードで特定しており、誤分類の可能性がある点。 【結論】インフルエンザ成人入院患者の住民対象研究では、患者の約12%が急性心血管イベントを来した。インフルエンザによる急性心血管イベントを予防するため、慢性疾患がある患者には特にインフルエンザ予防接種を高率で実施すべきである。 第一人者の医師による解説 高齢、喫煙、心血管疾患既往など高リスク者に ワクチン接種を推奨すべき 平尾 龍彦(助教)/笹野 哲郎(教授) 東京医科歯科大学循環制御内科学 MMJ. April 2021;17(2):47 インフルエンザウイルス感染は上下気道症状が主であるが心合併症も報告されている。インフルエンザ急性期の心筋梗塞発症リスクは、対照期間に比べ6倍にも高まると報告されている(1)。さらにウイルス別に比べると、インフルエンザ B型、A型、RSウイルス、その他ウイルスで、それぞれ10.1倍、5.2倍、3.5倍、2.8倍となっており、特にインフルエンザに心筋梗塞が高率に合併するとされている。 本研究は、米国のインフルエンザ入院監視ネットワークを用いて、インフルエンザ急性期の急性心血管イベントを調べた横断研究である。2010~18年流行期のインフルエンザ入院患者80,261人(小児除く)を対象に、急性心不全および急性虚血性心疾患の発症を調査したところ、その11.7%に急性心血管イベントを認めた。最も多いイベントは、急性心不全(6.2%)と急性虚血性心疾患(5.7%)で、そのほか異常高血圧(1.0%)、心原性ショック(0.3%)、急性心筋炎(0.1%)、急性心膜炎(0.1%)、心タンポナーデ(0.03%)を認めた。また、曝露因子(年齢、性別、人種、喫煙、慢性疾患、ワクチン接種、抗インフルエンザウイルス薬およびインフルエンザのタイプ)と急性心血管イベントとの関連を調べたところ、有意な危険因子として、高齢、喫煙、心血管疾患の既往、糖尿病、および腎疾患が挙げられた。 本研究は、心血管イベントをICD退院コードで識別しているため誤分類が含まれているおそれはあるが、これまで報告が散見されたインフルエンザと急性心合併症の関係について、大きな集団で発症率を求めた非常に有意義な報告である。インフルエンザ感染と急性心血管イベントを介在する病態生理はいまだ明らかでないが、インフルエンザ感染がトロポニンやミオシン軽鎖の濃度上昇をもたらすことで証明されるように、全身性炎症反応による酸化ストレス促進が血行力学的変化および血栓形成を促進させることが原因と考えられている。この先20年、心血管疾患が増えることに伴う医療費の増大に加えて、心血管疾患による生活の質(QOL)低下や若年死を原因とする国全体の生産性の低下が危惧される。我々は、インフルエンザに関連した急性心血管イベントを予防するために、特に上記の危険因子をもつ患者に、積極的にワクチン接種を推奨すべきである。 1. Kwong JC, N Engl J Med. 2018;378(4):345-353.
SARS-CoV-2ワクチン接種の可能性に対する態度 米国成人を対象とした調査
SARS-CoV-2ワクチン接種の可能性に対する態度 米国成人を対象とした調査
Attitudes Toward a Potential SARS-CoV-2 Vaccine : A Survey of U.S. Adults Ann Intern Med. 2020 Dec 15;173(12):964-973. doi: 10.7326/M20-3569. Epub 2020 Sep 4. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、またたく間に世界的大流行を引き起こした。ワクチン開発が異例の早さで進んでいる。利用できるようになれば、ワクチン接種と接種対象者を最大限に拡大することが重要になるであろう。 【目的】米国成人の代表的標本でCOVID-19に対するワクチン接種を受ける意志を評価し、ワクチン接種躊躇の予測因子や理由を明らかにすること。 【デザイン】2020年4月16~20日の間に実施した横断的調査。 【設定】米国の成人居住者の代表的標本。 【参加者】米国世帯人口の約97%に当たるAmeriSpeakの確率パネルから抽出した成人約1000例。 【評価項目】COVID-19ワクチン接種の意志を「コロナウイルスのワクチンができたら接種したいですか」という質問で測定した。回答選択肢を「はい」「いいえ」「分からない」とした。「いいえ」または「分からない」と回答した回答者に理由を聞いた。 【結果】AmeriSpeakパネル会員計991例が回答した。全体の57.6%(571例)がワクチン接種の意向を示し、31.6%(313例)が「分からない」と回答、10.8%(107例)にワクチンを接種する意志がなかった。ワクチン接種躊躇(「いいえ」または「分からない」の回答)と関連を示す独立の因子に、若年齢、黒人、低学歴および前年のインフルエンザワクチン非接種があった。ワクチン接種躊躇の理由に、ワクチンに対する懸念、詳しい情報の必要性、反ワクチンの姿勢や信念、および信頼感の欠如があった。 【欠点】ワクチンが販売される前および大流行が米国に大きな影響を及ぼす前にワクチン接種の意志を調査した。ワクチンの受容性を高める特定の情報や因子に関する質問がなかった。調査の回答率は16.1%であった。 【結論】コロナウイルス大流行中に実施したこの全国調査から、成人の約10人に3人がCOVID-19のワクチンを接種したいか分からず、10人に1人がワクチンを接種する意志がなかった。ワクチンが完成したときにCOVID-19ワクチンに対する受容性を増やすため、目標を定めた多方面からの努力が必要とされる。 第一人者の医師による解説 新型コロナワクチンのさまざまな情報提供の必要性を示唆 山岸 由佳 愛知医科大学大学院医学研究科臨床感染症学教授(特任) MMJ. June 2021;17(3):75 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界的に大規模な影響をもたらし、現在パンデミック を抑制する最も有望な手段として世界の複数の研究者が効果的なCOVID-19ワクチン(以下ワクチン)の開発に取り組んでいる。現在これまでにないスケジュールで複数のワクチンが開発され大規模な第3相試験が行われているが、一部で懐疑的な見方もされており、ワクチンが利用可能となったときにワクチンの普及に課題が生じる可能性がある。そこで事前に接種の意向調査を行ったのが本研究である。 本研究は、2020年4月16〜20日に実施された横断調査で、米国の世帯人口のおよそ97%をカバーするAmeriSpeakの確率的調査パネルから抽出されたおよそ1,000人の成人を対象とした。参加者全体の57.6%がワクチンの接種を「受けるつもりである」、31.6%が「わからない」、10.8%が「受けるつもりはない」と回答した。接種に積極的ではない参加者の特徴として、年齢が低い,女性、黒人またはヒスパニック系、教育水準が低い、世帯収入が低い、世帯規模が大きい、インフルエンザワクチンを接種したことがあると答えた確率が低いなどが挙げられた。またワクチン接種をためらう理由としては、ワクチン特有の不安、より多くの情報が必要、反ワクチン的な態度や信念、信頼感の欠如などが挙げられた。 COVID-19大流行時に実施された今回の全国調査から、成人の約10人に3人がワクチン接種を受け入れるかどうか確信が持てていないことが明らかになった。ワクチンが利用可能になった場合、その受容性を高めるためには、ターゲットを絞った多角的な取り組みが必要となることが明らかとなった。本研究の限界として、参加者のワクチン接種の意思は、ワクチンが入手可能になる前で、かつパンデミックの影響が米国の狭い範囲に及んでいるときに調査され、さらにアンケートの回答率は16.1%であったことである。 日本国内ではワクチン接種が可能となるまでの期間、何度も流行の波が押し寄せたが、主要な海外 に比べ接種開始が遅れたことは否めない。また3種類のワクチンが契約となったものの(執筆時点で) 開始されたのは1種類のみであること、医療従事者を先行としたものの十分行きわたらないまま高齢者への接種が開始され準備に十分な時間がとれたとはいえない状況であった。しかし、この流行の波を抑えるにはワクチンしかないという機運が高まっていたこと、接種までの準備期間に諸外国を中心に有効性および安全性などのさまざまな情報がもたらされたことから、少なくとも医療従事者においては接種の意向がはっきりしてきていると思われる。
韓国の思春期女子で検討したヒトパピローマウイルスワクチン接種と重篤な有害事象の関連
韓国の思春期女子で検討したヒトパピローマウイルスワクチン接種と重篤な有害事象の関連
Association between human papillomavirus vaccination and serious adverse events in South Korean adolescent girls: nationwide cohort study BMJ. 2021 Jan 29;372:m4931. doi: 10.1136/bmj.m4931. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】韓国の思春期女子のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種と重篤な有害事象の関連を明らかにすること。 【デザイン】コホート研究。 【設定】2017年1月から2019年12月までの全国予防接種登録情報システムと全国保健情報データベースをひも付けた大規模データベース。 【参加者】2017年に予防接種を受けた11~14歳の女子44万1399例。38万2020例がHPVワクチンを接種し、5万9379例がHPVワクチンを接種していなかった。 【主要評価項目】内分泌疾患、消化器疾患、心血管疾患、筋骨格系疾患、血液疾患、皮膚疾患および神経疾患など重篤な有害事象33項目を評価項目とした。主解析にコホートデザイン、2次解析に自己対照リスク期間デザインを用いた。両解析ともにHPVワクチン接種後1年間を各転帰のリスク期間とした。主解析では、ポワソン回帰分析を用いてHPVワクチン接種群とHPV未接種群を比較した発生率および調整率比を推定し、2次解析では条件付きロジスティック回帰分析を用いて調整相対リスクを推定した。 【結果】事前に規定した33項目の有害事象は、コホート解析では、橋本甲状腺炎(10万人年当たりの発生率:ワクチン接種群52.7 vs. 36.3、調整率比1.24、95%CI 0.78~1.94)、関節リウマチ(同168.1 vs. 145.4、0.99、0.79~1.25)などにはHPVとの関連は認められなかったが、例外として片頭痛リスクの上昇が認められた(10万人年当たりの発生率:ワクチン接種群1235.0 vs ワクチン未接種群920.9、調整率比1.11、95%CI 1.02~1.22)。自己対照リスク期間を用いた2次解析から、HPVワクチン接種に片頭痛(調整率比0.67、95%CI 0.58~0.78)も含めた重篤な有害事象との関連がないことが示された。追跡調査期間にばらつきがあったり、ワクチンの種類が異なったりしても、結果に頑健性があった。 【結論】HPVワクチン接種50万回以上の全国規模のコホート研究では、コホート研究および自己対照リスク期間解析いずれを用いても、HPVワクチン接種と重篤な有害事象の間の関連性を裏付ける科学的根拠が認められなかった。病態生理学および対象母集団を考慮に入れ、片頭痛に関する一貫性のない結果を慎重に解釈すべきである。 第一人者の医師による解説 思春期女子へのHPVワクチン接種と 重篤な有害事象の関連を示すエビデンスはない 中野 貴司 川崎医科大学小児科学教授 MMJ. August 2021;17(4):124 著者らは、韓国の大規模データベースを用いて11~14歳の思春期女子におけるヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種と重篤な有害事象との関連を評価した。重篤な有害事象として以下の33種類の疾病・病態を選択した:(1)内分泌疾患(グレーブス病、橋本甲状腺炎、甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症、1型糖尿病)、(2)消化器疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎、消化性潰瘍、膵炎)、(3)心血管疾患(レイノー病、静脈血栓塞栓症、血管炎、低血圧)、(4)筋骨格疾患と全身性疾患(強直性脊椎炎、ベーチェット症候群、若年性特発性関節炎、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス)、(5)血液疾患(血小板減少性紫斑病、IgA血管炎)、(6)皮膚疾患(結節性紅斑、乾癬)、(7)神経疾患(ベル麻痺、てんかん、ナルコレプシー、麻痺、片頭痛、ギラン・バレー症候群、視神経炎、神経痛と神経炎、脳内出血、錐体外路・運動障害)、(8)結核。接種ワクチンの種類は、接種者382,020人中、4価ワクチン295,365人、2価ワクチン86,655人であった。HPVワクチン非接種群59,379人は日本脳炎ワクチンまたはTdapワクチンの接種を受けた。平均観察期間は、HPVワクチン接種群とHPVワクチン非接種群でそれぞれ407,400人・年と60,500人・年であった。 1次解析ではコホート解析、2次解析では自己対照リスク間隔解析を用いた。両解析とも接種後1年のリスク期間を設定し、HPVワクチン接種群と非接種群について、1次解析では有害事象ごとに発生率と調整比率をポアソン回帰を用いて推定した。2次解析では条件付きロジスティック回帰分析を用いて、調整相対リスクを推定した。 33種類の重篤な有害事象について、1次解析の結果では片頭痛を除いてHPVワクチンとの関連を認めなかった。片頭痛についてはHPVワクチン接種群で有意なリスク上昇が観察されたが、95%信頼区間(CI)は1に近かった(1.11/100,000人・年;95% CI, 1.02 ~ 1.22)。2次解析の結果は、片頭痛(調整相対リスク, 0.67;95%CI, 0.58~0.78)を含めて、すべての有害事象についてHPVワクチン接種群における有意なリスク上昇は観察されなかった。感度解析やサブグループ解析の結果もおおむね合致していた。 以上より、HPVワクチン接種と重篤な有害事象の関連を示すエビデンスはないと考えられた。ただし片頭痛については一部の解析でリスク上昇が認められ、その病態生理と関心のある集団を考慮して、注意して解釈する必要がある。
中国・武漢の抗SARS-CoV-2抗体血清陽性率と体液性免疫の持続性:住民対象長期横断研究
中国・武漢の抗SARS-CoV-2抗体血清陽性率と体液性免疫の持続性:住民対象長期横断研究
Seroprevalence and humoral immune durability of anti-SARS-CoV-2 antibodies in Wuhan, China: a longitudinal, population-level, cross-sectional study Lancet. 2021 Mar 20;397(10279):1075-1084. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00238-5. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】武漢市は、中国で発生したCOVID-19大流行の中心地であった。著者らは、武漢市民の抗SARS-CoV-2抗体の血清陽性率と動態を明らかにし、ワクチン接種対策に役立てることを目的とした。 【方法】この長期横断研究では、多段階の人口層別型クラスター無作為標本抽出法を用いて、武漢市内13地区100地域を系統的に選択した。各地域から系統的に世帯を抽出し、全家族構成員に参加のため地域ヘルスケアセンターに来てもらった。2019年12月1日以降、武漢市に14日以上居住した住民を適格とした。参加に同意した全適格参加者が人口統計学および臨床的データに関するアンケートにオンラインで回答し、COVID-19に伴う症状やCOVID-19診断歴を自己申告した。2020年4月14~15日に免疫検査用に静脈血検体を採取した。血液検体でSARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパクに対する汎免疫グロブリン、IgM、IgA、IgG抗体の有無を検査し、中和抗体を評価した。2020年6月11日~13日、10月9日~12月5日に2回連続で追跡調査を実施し、その際に血液検体も採取した。 【結果】無作為に選択した4,600世帯のうち3,599世帯(78.2%)、計9,702例が初回評価のため来院した。3,556世帯9,542例から解析に十分な検体を得た。9,542例のうち532例(5.6%)がSARS-CoV-2に対する汎免疫グロブリン陽性で、この集団の調査開始時データで調整後の血清陽性率は6.92%(95%CI 6.41~7.43)であった。汎免疫グロブリンが陽性であった532例のうち437例(82.1%)が無症状であった。調査開始時、この532例のうち69例(13.0%)がIgM抗体陽性、84例(15.8%)がIgA抗体陽性、532例(100%)がIgG抗体陽性、212例(39.8%)が中和抗体陽性であった。汎免疫グロブリンが陽性で、4月に中和抗体が陽性を示した参加者の割合は、2回の経過観察の来院でも一定であった(2020年6月は363例中162例[44.6%]、2020年10~12月は454例中187例[41.2%])。全3回の調査に参加し汎免疫グロブリンが陽性であった335例のデータでは、調査期間中に中和抗体値の有意な減少は認められなかった(中央値:ベースライン1/5.6[IQR 1/2.0~1/14.0] vs 初回追跡調査1/5.6[1/4.0~1/11.2]、P=1.0、2回目追跡調査1/6.3[1/2.0~1/12.6]、P=0.29)。しかし、無症候性症例の方が確定症例や症候例症例よりも中和抗体価が低かった。時間の経過とともにIgG抗体価が低下したが、IgG抗体保有者の割合は大きく減少しなかった(確定症例でベースライン30例中30例[100%]から2回目追跡調査時29例中26例[89.7%]に減少、症候性症例で65例中65例[100%]から63例中58例[92.1%]に減少、無症候症例で437例中437例[100%]から362例中329例[90.9%]に減少)。 【解釈】武漢市の横断的標本の6.92%でSARS-CoV-2抗体が産生され、そのうち39.8%が中和抗体を獲得した。液性応答に関する耐久性データから、集団免疫を獲得し流行の再燃を防ぐには大規模ワクチン接種が必要であることが示唆される。 第一人者の医師による解説 流行収束後もワクチンによる集団免疫を付けることが 再流行を防ぐために必須 森内 浩幸 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科小児科学教授 MMJ. October 2021;17(5):138 本論文の著者らは、中国における流行の中心であった武漢において経時的横断的研究を行い、多段階人口層化集落ランダム抽出法によって系統的に選ばれた世帯の成員に対して、人口統計学的データ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連症状の有無や診断歴を聴取するとともに、2020年4月、6月、および10~12月の間の3回にわたってSARS-CoV-2ヌクレオカプシド蛋白に対する抗体と中和抗体を測定した。 解析の対象となった3,556世帯の9,542人のうち532人(5.6%)が抗体陽性で、調整後の抗体保有率は6.92%(95%信頼区間 , 6.41~7.43)と推定された。陽性者の82.1%は無症状だった。また、抗体陽性者のうち4月の時点で39.8%、6月の時点で44.6%、最後の時点で41.2%が中和抗体も陽性で、その抗体価は期間中ほとんど減衰しなかった。無症状者は有症状者や診断確定者に比べ中和抗体価は低い傾向にあった。 この研究以前にも一般人口におけるSARSCoV-2抗体保有率の調査が行われている。例えばスイスの調査では、5歳以上の一般人口における診断確定例の11.6倍の抗体陽性者がいた(1)。米国の調査では1.0~6.9%の抗体保有率で、これは感染者の報告数の6~24倍に相当した(2)。アイスランドでは人口の0.9%が感染しており、抗体価は4カ月間で減衰しなかった(3)。武漢で以前行われた調査では成人の3.2%が抗体陽性だったが、統計解析のデザインは厳密なものではなかった。 どの地域のどのタイミングで調査が行われるかによって抗体保有率が異なるのは当然だが、一般人口における感染率を正しく捉えられる研究デザインだったか、無症状の感染者の割合がどれくらいだったか、そして抗体価の経時的推移がどうだったかについて、これまでの調査では十分に捉えられていなかった。今回の武漢における研究では、抽出法を工夫して一般人口を反映させ、かつ縦断的にフォローすることで武漢における流行が残した集団免疫の程度を明らかにすることができた。 この研究が意味することは、大きな流行が駆け抜けた地域においても住民の多くは感受性を持ったままであり、再び流行が起こるのを阻止するためにはワクチンによって集団免疫を構築すべきだということだ。また、不顕性感染の割合が非常に高かったことも、予防対策上重要な知見と思われる。 1. Stringhini S, et al. Lancet. 2020;396(10247):313-319. 2. Havers FP, et al. JAMA Intern Med. 2020.;180(12):1576-1586. 3. Gudbjartsson DF, et al. N Engl J Med. 2020;383(18):1724-1734.
ポルトガルの小児で検討したB群髄膜炎菌ワクチン接種とB群侵襲性髄膜炎菌感染症の関連
ポルトガルの小児で検討したB群髄膜炎菌ワクチン接種とB群侵襲性髄膜炎菌感染症の関連
Association of Use of a Meningococcus Group B Vaccine With Group B Invasive Meningococcal Disease Among Children in Portugal JAMA. 2020 Dec 1;324(21):2187-2194. doi: 10.1001/jama.2020.20449. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【重要性】小児のB群侵襲性髄膜炎菌感染症を予防するワクチンには多成分B群髄膜炎菌ワクチン(4CMenB)以外にないが、マッチさせた対照とワクチンの効果を比較した試験はない。 【目的】4CMenB接種とB群侵襲性髄膜炎菌感染症の関連を明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】発生密度対症例対照研究。2014年10月から2019年3月までの間にポルトガルの小児病院31施設を受診した患者を特定し、死亡または退院まで追跡した(最終追跡2019年6月)。検査で侵襲性髄膜炎菌感染症が確定したポルトガルに居住する小児および思春期小児を対象とした。同時期に同じ病院に無関係の病態で入院した対照(通常1例につき2例)を性別、年齢および居住地でマッチさせた。 【曝露】全国データベースから取得した4CMenBによる予防接種(年齢により2~4用量を推奨)。 【主要評価項目】主要評価項目は、対照と比較した予防接種完了者のB群侵襲性髄膜炎菌感染症とした。副次評価項目は、対照と比較した予防接種完了者の全血清型侵襲性髄膜炎菌感染症および1回以上接種した対照と比較した症例の侵襲性髄膜炎菌感染症とした。 【結果】侵襲性髄膜炎菌感染症患児117例のうち、98例が組み入れ基準を満たし、82例がB型侵襲性髄膜炎菌感染症であった。69例がワクチン接種を完了する年齢に達しており、保護されていたとみなした。この69例の月齢中央値は24(四分位範囲4.5~196)カ月、42例が男児であり、入院期間中央値は8(四分位範囲0~86)日間であった。症例69例中5例(7.2%)と対照142例中33例(23.1%)がワクチン接種を完了していた(差-16.0%[95%CI -26.3%~-5.7%]、オッズ比[OR]0.21[95%CI 0.08~0.55])。全血清型の侵襲性髄膜炎菌感染症でみると、症例85例中6例(7.1%)と対照175例中39例(22.3%)がワクチン接種を完了していた(差-15.2%[95%CI -24.3%~-6.1%]、OR 0.22[95%CI 0.09~0.53])。B群感染症では、症例82例中8例(9.8%)と対照168例中50例(29.8%)が1回以上ワクチンを接種していた(差-20.0%[95%CI -30.3%~-9.7%]、OR 0.18[95%CI 0.08~0.44])。全血清型の侵襲性髄膜炎菌感染症では、症例98例中11例(11.2%)と対照201例中61例(30.3%)が1回以上ワクチンを接種して受けていた(差-19.1%[95%CI -28.8%~-9.5%]、OR 0.23[95%CI 0.11~0.49])。 【結論および意義】ポルトガルでのワクチン接種開始から最初の5年間で、侵襲性髄膜炎菌感染症を発症した小児の方が発症しなかった対照の小児よりも4CMenBワクチンを接種した割合が低かった。この結果は、臨床現場での4CMenBワクチン使用を周知するのに有用である。 第一人者の医師による解説 国内未承認のB群髄膜炎菌ワクチン 今後の承認を期待 神谷 元 国立感染症研究所実地疫学研究センター主任研究官 MMJ. December 2021;17(6):185 本論文は、ポルトガルの小児科医療機関31施設が参加し、B群髄膜炎菌(MenB)ワクチンの有効性を年齢、性別、居住地区、受診医療機関についてマッチングした症例対照研究により検討した結果の報告である。調査期間(2014年10月~19年3月)、ポルトガルではMenBワクチンは定期接種化されておらず、国内の1歳児のMenBワクチン接種率(2回)は56.7%(2018年)であった。299人の小児が参加し、MenBによる侵襲性髄膜炎菌感染症(IMD)の予防効果をエンドポイントとした解析では、オッズ比が0.21(95%信頼区間[CI], 0.08?0.55)、他の血清群を含めたIMDの予防効果はオッズ比が0.22(95% CI, 0.09?0.53)となり、ワクチン効果(VE)は78~79%と一定の効果を認めた。また、調査期間におけるIMDの原因菌の内訳はB群が84%を占めていたが、MenBワクチン接種者でIMDを発症した11人のうち、8人はMenB、3人はそれ以外の血清群の菌による感染であった。11人の転帰は良好で合併症も認められなかった(未接種者では26%に合併症が認められた)。髄膜炎菌ワクチンは4つの血清群(A、C、W、Y)の莢膜多糖体を用いた4価ワクチン(MCV4ワクチン)が実用化されているが、B群がこのワクチンに含まれていない理由は、B群の莢膜多糖体がヒトの脳の糖鎖と構造が似ているため、ほかの血清群のようにワクチン成分として莢膜多糖体を利用できないことにある。しかし、近年の技術と研究の進歩により、外膜の表層蛋白を用いたMenBワクチンが開発され、米国、カナダ、オーストラリア、欧州では承認されている。このワクチンは、MenBに対する予防効果はもちろんのこと、髄膜炎菌に共通する外膜の表層蛋白を用いているため、ほかの血清群による髄膜炎菌感染症への予防効果も期待されている。日本では2021年7月時点でMenBワクチンは未承認であるが、国内のIMDサーベイランスの結果によると、一定の割合でMenBによるIMDが報告されている(1)。また、東京2020大会のような国際的なマスギャザリングが開催されると国内でそれまで検出されることが少ない髄膜炎菌が認められ、IMD発症事例も起こるため(2)、MenBワクチンの国内での承認が今後期待される。なお、ポルトガルではその後2020年に2カ月、4カ月、12カ月齢児にMenBワクチンを定期接種化している(3)。 1. 国立感染症研究所. IASR.2018;39:1-2. https://bit.ly/2W5FwwO 2. Kanai M, et al. Western Pac Surveill Response J. 2017;8(2):25-30. 3. ECD C. Vaccine S cheduler Pneumo co ccal Dis eas e:Recommended vaccinations https://bit.ly/39xLERD
妊娠中のインフルエンザワクチン接種と小児期早期の健康転帰との関連
妊娠中のインフルエンザワクチン接種と小児期早期の健康転帰との関連
Association of Maternal Influenza Vaccination During Pregnancy With Early Childhood Health Outcomes JAMA. 2021 Jun 8;325(22):2285-2293. doi: 10.1001/jama.2021.6778. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【重要性】妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種によって、妊婦と新生児のインフルエンザによる疾患が減少する。妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種と小児期の有害な健康転帰との関連性については科学的根拠が少ない。【目的】妊娠中のインフルエンザワクチン接種と小児期早期の健康転帰との関連を評価すること。【デザイン、設定および参加者】健康管理データと紐付けた出生登録を用いた後ろ向きコホート研究。2010年10月1日から2014年3月31日までの間に記録されたカナダ・ノバスコシア州の全生児出生を2016年3月31日まで追跡した。逆確率による重み付けを用いて母体の病歴や可能性のあるその他の交絡因子を調整し、調整ハザード比(HR)と発生率比(IRR)を推定し95%CIを添えた。【曝露】妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種。【主要評価項目】免疫関連転帰(喘息、感染症)、非免疫関連転帰(悪性新生物、感覚障害)および非特異的転帰(緊急医療または入院医療の利用)を小児期の転帰とし、救急診療部門と入院のデータベースから測定した。【結果】小児28,255例(女児49%、在胎37週以降の出生92%)のうち10,227例(36.2%)が妊娠中に季節性インフルエンザワクチン接種を受けた母親から出生した。平均3.6年の追跡期間中、母親のインフルエンザワクチン接種と小児期の喘息(発生率、1,000人年当たり3.0 vs. 2.5;差0.53、95%CI ?0.15-1.21];調整済みハザード比1.22[95%CI 0.94~1.59])、悪性新生物(1,000人年当たり0.32 vs. 0.26、差0.06/人年[95%CI -0.16~0.28]、調整済みハザード比1.26[95%CI 0.57~2.78])および感覚障害(1000人年当たり0.80 vs. 0.97;差-0.17[95%CI -0.54~0.21];調整済みハザード比0.82[95%CI 0.49~1.37])との間に有意な関連は認められなかった。妊娠中の母親のインフルエンザワクチン接種と小児期早期の感染症(発生率、1,000人年当たり184.6 vs. 179.1、差5.44[95%CI 0.01~10.9];調整済み発生率比1.07[95%CI 0.99~1.15])、緊急医療または入院医療の利用(1,000人年当たり511.7 vs. 477.8/人年;差33.9/人年[95%CI 24.9~42.9];調整済み発生率比1.05[95%CI 0.99~1.16])との間に有意な関連は認められなかった。【結論および意義】平均追跡期間3.6年の住民を対象としたコホート研究で、妊娠中のインフルエンザワクチン接種に小児期早期の有害健康転帰との有意な関連は認められなかった。 第一人者の医師による解説 妊婦へのインフルエンザワクチン接種推奨 参考となる報告 三鴨 廣繁 愛知医科大学大学院医学研究科臨床感染症学教授 MMJ. December 2021;17(6):186 妊婦が特にインフルエンザに罹患しやすいわけではないが、感染すると、重症化や合併症を起こすリスクが高く、2009年新型インフルエンザは胎児死亡や早産のリスク上昇をもたらした。妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種は母体および新生児のインフルエンザ罹患抑制に有効であるが、妊婦のインフルエンザワクチン接種が小児期の健康への悪影響と関連しているかどうかについての証拠は限られている。著者らは、妊娠中の母親のインフルエンザワクチン接種と幼児期の健康転帰との関連を評価した。2010年10月1日~14年3月31日にカナダ・ノバスコシアで出生したすべての子どもが登録され、16年3月31日まで追跡調査された。本研究は、健康管理データにリンクされた出生登録を使用した後ろ向きコホート研究である。調整ハザード率(HR)と発生率比(IRR)は母親の病歴およびその他の潜在的な交絡因子に対して補正しながら推定された。解析対象となった28,255人の子ども(49%が女性、92%が妊娠37週以上で出生)のうち、10,227人(36.2%)が妊娠中に季節性インフルエンザワクチン接種を受けた女性が出産した。平均3.6年間の追跡期間中、妊婦のインフルエンザワクチン接種と小児喘息の間に有意な関連は認められなかった(1,000人・年あたり3.0対2.5;差0.53;調整済みHR,1.22)、悪性新生物(0.32対0.26;差0.06;調整済みHR,1.26)、感覚障害(1,000人・年あたり0.80対0.97;差?0.17;調整済みHR,0.82)。妊婦のインフルエンザワクチン接種は幼児期の感染症(1,000人・年あたり184.6対179.1;差5.44;調整済みIRR,1.07)、救急や入院患者の医療サービスの利用(1,000人・年あたり511.7対477.8;差33.9;調整済みIRR,1.05)と有意に関連していなかった。したがって、著者らは、妊婦のインフルエンザワクチン接種は、幼児期の健康への悪影響のリスク上昇と有意に関連していなかった、と結論している。妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種により、母体および新生児のインフルエンザ感染を減らすことが可能である。妊娠中の季節性インフルエンザワクチン接種が小児期の健康へ与える影響に関する証拠は限られているが、今回のカナダでのデータベースコホート研究では、妊娠中の母体インフルエンザワクチン接種は、幼児期の健康への影響は認められなかった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期においてもインフルエンザワクチン接種の重要性が叫ばれているが、妊婦へのインフルエンザワクチン接種推奨にあたって参考となる報告と考える。