「アルツハイマー」の記事一覧

血漿P-tau217によるアルツハイマー病と他の神経変性疾患の識別
血漿P-tau217によるアルツハイマー病と他の神経変性疾患の識別
Discriminative Accuracy of Plasma Phospho-tau217 for Alzheimer Disease vs Other Neurodegenerative Disorders JAMA. 2020 Aug 25;324(8):772-781. doi: 10.1001/jama.2020.12134. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】現在のアルツハイマー病(AD)を診断する検査法には限界がある。 【目的】ADを診断するバイオマーカーに用いるスレオニン部位でリン酸化された血漿タウ(P-tau217)の有用性を調べること。 【デザイン、設定および参加者】横断的研究3件――AD患者34例およびADがない47例を対象とした米アリゾナ州の神経病理学コホート(コホート1、登録期間2007年5月から2019年1月)、認知機能障害がない参加者(301例)と臨床的に診断を受けた軽度認知機能(MCI)がある参加者(178例)、アルツハイマー型認知症(121例)および他の神経変性疾患(99例)を対象としたスウェーデンのBioFINDER-2コホート(コホート2、2017年4月から2019年9月)、PSEN1 E280A遺伝子変異保有者365例および非変異保有者257例を対象としたコロンビア常染色体優性ADがある親族コホート(コホート3、2013年12月から2017年2月)。 【曝露】血漿P-tau217。 【主要評価項目】血漿P-tau217のAD(臨床的または神経病理学的に診断)識別精度を主要評価項目とした。タウ病理像との関連を副次評価項目とした(神経病理学的にまたはPETで確認)。 【結果】コホート1は平均年齢83.5(SD 8.5)歳、女性38%、コホート2は平均年齢69.1(SD 10.3)歳、女性51%、コホート3は平均年齢35.8(SD 10.7)歳、女性57%だった。コホート1は、生前の血漿P-tau217からADと非ADを神経病理学的に識別でき[曲線下面積(AUC)0.89、95%CI 0.81-0.97]、血漿中P-tau181やニューロフィラメント軽鎖(NfL)よりも識別精度が有意に高かった(AUC範囲0.50-0.72、P<0.05)。コホート2での血漿P-tau217のアルツハイマー型認知症とその他の神経変性疾患の識別精度は、血漿中P-tau181やNfL、MRI検査よりも有意に高かった(AUCの範囲0.50-0.81、P<0.001)が、脳脊髄液(CSF)P-tau217、CSF P-tau181、タウPET検査との有意差はなかった(AUC範囲0.90-0.99、P>0.15)。コホート3では、約25歳以上のPSEN1変異保有者の血漿中P-tau217値が非保有者よりも高く、変異保有者がMCIを発症したと推定された時期の約20年前に増加が始まっていた。コホート1では、血漿中P-tau217値にβアミロイドプラークがある参加者のタウ変化との有意な関連がみられたが(Spearmanのρ=0.64、P<0.001)、βアミロイドプラークがない参加者ではこの関連はみられなかった(Spearmanのρ=0.15、P=0.33)。コホート2では、血漿中P-tau217でタウPET検査の異常を正常と見分けることができ(AUC 0.93、95%CI 0.91-0.96)、血漿中P-tau181や血漿NfL、CSF P-tau181、CSFのAβ42/Aβ40比およびMRI検査よりも有意に精度が高かったが(AUC範囲0.67-0.90、P<0.05)、精度にCSF P-tau217との有意差はなかった(AUC 0.96、P=0.22)。 【結論および意義】コホート3件の参加者1402例で、血漿中P-tau217によってADとその他の神経変性疾患を見分けることができ、血漿およびMRI検査のバイオマーカーより精度が有意に高かったが、主要なCSFやPET検査の測定法との有意差はなかった。この方法を最適化し、多様な集団を対象に結果を検証し、実臨床に用いる潜在的な役割を明らかにするため詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 実臨床や多様な集団から対象者を十分確保した 縦断的研究による検証が必要 石井 一弘 筑波大学医学医療系神経内科学准教授 MMJ. April 2021;17(2):46 2050年にアルツハイマー病(AD)の患者数が全世界で1億人に達するとの試算もある。ADの疾患修飾薬が利用可能になれば、低侵襲の採血で測定でき、しかも疾患早期から正確な診断が可能な診断マーカーの開発が望まれる。ADの原因蛋白であるAβ蛋白分子種(Aβ40、Aβ42)、各種リン酸化タウ蛋白を血漿、髄液で測定し、さらに生体内のこれら蛋白をPETで可視化し、その分布や脳部位で定量をし、診断バイオマーカーとする試みが行われている。しかしながら、これらバイオマーカーを用いてのAD早期診断には限界がある。最近、217番目のスレオニンがリン酸化したタウ蛋白(P-tau217)は、181番目のスレオニンがリン酸化したタウ蛋白(P-tau181)に比べ、より正確にしかも、より早期にADを診断できることが報告された(1)。 本研究では3つのコホート研究から得られた1,402人分の血漿試料を用いて、P-tau217濃度を測定し、ADに対する診断精度(感度、特異度)を他の血漿、髄液バイオマーカーと比較し、有用性を検討した。その結果、血漿P-tau217は臨床的に診断されたADを他の神経変性疾患と正確に鑑別することができ、病理学的にADと診断された患者と病理学的にADではない患者を判別することができた。さらに血漿P-tau217は血漿P-tau181、血漿ニューロフィラメント軽鎖(NfL)や大脳皮質厚や海馬容積などの脳 MRI測定値と比較し、臨床的ADをより正確に診断した。一方、髄液P-tau181、髄液P-tau217やTau-PETとの比較では、鑑別精度に有意差はなかった。加えて、血漿P-tau217濃度は神経原線維変化などのTau病理と相関し、TauPETでの正常と異常を他の髄液、血漿のバイオマーカーより正確に判別可能であった。 本研究の限界として、選択された集団を用いた横断的コホート研究であることが挙げられる。そのため、実臨床や多様な集団から十分な対象者数を確保した縦断的研究による検証を行わなければならない。また、測定法についてもP-tau217測定の感度向上と最適化、実用化に向けての測定自動化やカットオフ値の設定が必要である。他の神経変性疾患の鑑別への応用でも、十分な疾患数を確保し、鑑別精度を上げる必要がある。これらの限界を考慮しても、血漿P-tau217測定はADの早期診断やTau関連疾患との鑑別においては、今後、十分に注目される診断バイオマーカーになるであろう。 1. Janelidze S, et al. Nat Commun. 2020;11(1):1683.
早期アルツハイマー病に用いるdonanemab
早期アルツハイマー病に用いるdonanemab
Donanemab in Early Alzheimer's Disease N Engl J Med. 2021 May 6;384(18):1691-1704. doi: 10.1056/NEJMoa2100708. Epub 2021 Mar 13. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】アルツハイマー病の特徴にアミロイドβ(Aβ)の蓄積がある。沈着したAβの修飾部位を標的とする抗体、donanemabは、早期アルツハイマー病の治療薬として開発中である。 【方法】陽電子放出断層(PET)でタウとアミロイドの沈着を認める早期症候性アルツハイマー病患者を対象にdonanemabを検討する第II相試験を実施した。患者をdonanemab(初めの3回は700mg、その後1400mg)とプラセボに1対1の割合で割り付けた(いずれも4週間に1回、最長72週間投与)。主要評価項目は、治療前から76週時までのIntegrated Alzheimer’s Disease Rating Scale(iADRS;範囲、0-144点、低スコアほど認知障害および機能障害が重い)の変化量とした。Clinical Dementia Rating Scale-Sum of Boxes(CDR-SB)、Alzheimer’s Disease Assessment Scaleの13項目認知下位尺度(ADAS-Cog13)、Alzheimer’s Disease Cooperative Study-Instrumental Activities of Daily Living Inventory(ADCS-iADL)、Mini-Mental State Examination(MMSE)のスコア変化量およびPET画像で確認したアミロイドとタウの蓄積の変化量を副次評価項目とした。 【結果】計257例を組み入れ、131例をdonanemab、126例をプラセボに割り付けた。治療前のiADRSスコアは両群ともに106点であった。76週時のiADRSスコア変化量は、donanemab群-6.86点、プラセボ群-10.06点であった(差3.20点;95%CI、0.12~6.27;P=0.04)。副次評価項目のほとんどの結果に大きな差はなかった。76週時、アミロイド斑および脳内タウ蓄積量の減少量は、donanemabの方がプラセボよりもそれぞれ85.06センチロイド、0.01大きかった。donanemab群にアミロイド関連の脳浮腫(ほとんどが無症状)が見られた。 【結論】早期アルツハイマー病で、donanemabによる認知機能の複合スコアおよび日常生活動作能力の改善度がプラセボより良好であったが、副次評価項目の結果に大きな差が見られなかった。アルツハイマー病に用いるdoanemabの有効性と安全性を検証するため、大規模で長期間にわたる試験が必要である。 第一人者の医師による解説 現在治験中のガンテネルマブ、レカネマブと合わせて 今後の展開に注目 岩坪 威 東京大学大学院医学系研究科神経病理学分野教授・国立精神・神経医療研究センター神経研究所長・J-ADNI主任研究者 MMJ. October 2021;17(5):140 アミロイドβ(Aβ)の凝集・蓄積はアルツハイマー病(AD)の主要な病因の1つと考えられており、Aβを標的とする疾患修飾療法(DMT)が注目されている。本論文は、ヒト化抗Aβ抗体ドナネマブの早期ADに対する無作為化プラセボ対照第2相試験(TRAILBLAZER-ALZ)の結果を報告している。早期ADとは「軽度認知障害(MCI)」期と「軽症認知症」期のADを合わせた区分である。ドナネマブは蓄積したAβに特異的に生じるピログルタミル化修飾を認識し、高いAβ除去能を示す。 本試験では、北米56施設において60〜85歳の早期 AD患者にドナネマブまたはプラセボが4週ごとに72週間静脈内投与された。ドナネマブは投与4回目から1,400mgに増量されたが、アミロイドPETでAβ陰性化が確認された場合、減量ないし休薬された。主要評価項目である76週時点のiADRSスコアのベースラインからの変化量(増悪)は、プラセボ群の10.06に対し、ドナネマブ群では6.86と、32%の有意な症状進行遅延効果が認められた。アミロイド PET陰性化率は25週で40%、52週で59.8%、76週で67.8%であった。Aβ除去抗体に共通の有害事象である一過性の局所性脳浮腫(ARIA-E)はドナネマブ群の26.7%に生じた。これらの結果を踏まえ、後続のTRAILBLAZER-ALZ2試験が第3相試験に拡大されて、2021年中に米国食品医薬品局(FDA)への申請が予定されている。さらに、より早期の無症候期であるプレクリニカルADを対象とするTRAILBLAZER-ALZ3試験の開始が公表されている。 早期ADに対する抗Aβ抗体療法としては、アデュカヌマブの第3相試験 ENGAGEとEMERGEも報告されている。両試験は無益性の予測から早期終了したが、EMERGE試験ではアデュカヌマブにより78週時点で主要評価項目Clinical Dementia Rating Scale Sum of Boxesに22%の改善が得られ、PETでは両試験ともにAβ除去効果が認められた。これらの結果に基づき2021年6月、FDAはアデュカヌマブを迅速承認した。ドナネマブ、アデュカヌマブの試験結果を考え合わせると、MCIから軽症認知症期という有症状期でもAβ除去によりADの臨床症状の進行が抑制できる可能性が示唆される。また、十分なAβ除去達成後に休薬しても、一定期間にわたってAβ再蓄積や臨床症状の増悪が抑えられることが示されれば、治療期間の短縮による医療費節減も期待できよう。ドナネマブの開発では、アミロイド・タウPETや血漿リン酸化タウなどのバイオマーカーを患者選択、薬効評価に導入したことにより、先発の同類抗体医薬に肉薄する状況にある。ガンテネルマブ、レカネマブなど現在治験中の抗Aβ抗体薬と合わせて、今後の展開が注目される。 iADRS:Integrated Alzheimer's Disease Rating Scale(認知機能尺度 ADAS-Cog13 と日常生活機能尺度 ADCS-iADL の複合スコア)
糖尿病診断時の年齢とその後の認知症リスクの関連
糖尿病診断時の年齢とその後の認知症リスクの関連
Association Between Age at Diabetes Onset and Subsequent Risk of Dementia JAMA. 2021 Apr 27;325(16):1640-1649. doi: 10.1001/jama.2021.4001. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】2型糖尿病は、若年齢での発症に伴い有病率が上昇している。早期発症2型糖尿病の血管合併症は知られているが、認知症との関連については明らかになっていない。 【目的】糖尿病発症年齢が低いほど認知症発症との関連が強くなるかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】英国の住民対象試験、Whitehall II前向きコホート試験。1985~1988年に設置し、1991~1993年、1997~1999年、2002~2004年、2007~2009年、2012~2013年および2015~2016年に診察を実施、2019年3月までの電子診療録と紐づけた。最終追跡調査日は2019年3月31日であった。 【曝露】2型糖尿病(診察時の空腹時血糖値126mg/dL以上、医師による2型糖尿病の診断、糖尿病薬の使用、1985年から2019年までに病院に糖尿病の記録、のいずれかを満たす場合と定義) 【主要評価項目】電子診療録との紐づけによって確認した認知症の発症。 【結果】参加者10,095例(男性67.3%;1985~1988年に35~55歳)のうち、中央値で31.7年の追跡期間中、糖尿病1,710例、認知症639例が記録された。1,000人年当たりの認知症発症率は、70歳時点で糖尿病がなかった参加者が8.9、5年以内に糖尿病を発症した参加者が10.0、6~10年前に糖尿病を発症した参加者が13.0、10年より前に糖尿病を発症した参加者が18.3であった。多変量補正解析で、70歳時点で糖尿病ではなかった参加者と比べた認知症のハザード比は、10年より前の糖尿病発症が2.12(95%CI、1.50~3.00)、6~10年前の発症が1.49(95%CI、0.95~2.32)、5年以内の発症が1.11(95%CI、0.70~1.76)であった。線形傾向検定(P<0.001)から、2型糖尿病の発症年齢と認知症に段階的な関連が示された。社会人口統計学的因子、健康行動、健康関連測定値で補正した解析で、2型糖尿病発症時の年齢が5歳低下するごとに70歳時点の認知症ハザード比1.24(同1.06~1.46)との有意な関連が認められた。 【結論および意義】中央値で31.7年追跡したこの縦断コホート試験では、糖尿病の発症年齢が低いほど以後の認知症発症リスクが高くなった。 第一人者の医師による解説 認知症予防には中年期からの積極的な介入が望ましい 古和 久朋 神戸大学大学院保健学研究科教授 MMJ. February 2022;18(1):6 糖尿病がアルツハイマー病(AD)をはじめとする認知症の危険因子であることは、すでにさまざまな証拠から支持されている。例えば日本の久山町研究では耐糖能異常を有する人では有さない人よりもADの特徴的病理構造物である老人斑の蓄積量が約2倍多いことが示されている(1)。一方、2型糖尿病の発症年齢が若くなると死亡率や心血管イベント発生率を上昇させることは以前より示されていたものの、発症年齢と認知症発症の関連は検証されてこなかった。 本論文は、英国 Whitehall II前向きコホート研究の参加者を対象に中年期から高齢期にかけてこの関連について検討した研究の報告である。研究参加者10,095人(男性67.3%、ベースライン時点[1985 ~ 88年]年齢 35 ~ 55歳)のうち、中央値31.7年の追跡期間において、合計1,710人に糖尿病、639人に認知症の発症がみられた。解析の結果、35歳から75歳までの糖尿病発症年齢のデータでは、5年ごとに糖尿病の発症が早くなるほど、認知症の発症リスクが高くなることが示された(70歳時点で糖尿病を有する参加者と比較し、糖尿病発症が10年超早い参加者の認知症のハザード比[HR]は2.12[95% CI, 1.50~3.00]、糖尿病発症が6~10年早い参加者では1.49[95% CI, 0.95~2.32])。一方、遅発性の糖尿病はその後の認知症とは有意に関連しなかった。また、糖尿病のある人では、脳卒中の併存が認知症のリスクをさらに高めることが明らかになった。 本論文の結果は、認知症全体の発症リスクを評価したものであるが、その脳内病理学的変化がアミロイド PETなどにより長期の観察が可能となり、発症の20年以上前から老人斑の蓄積が開始されるなど、その病態生理に多くの知見が得られているAD(2)に限定して考えても極めてリーズナブルといえる。遅発性の糖尿病が発症リスクに影響しないことを考慮すると、糖尿病はAD初期からの病理学的変化である老人斑の蓄積に影響を与えうる可能性が高く、久山町研究の観察と合致するものである。 次の疑問は、糖尿病発症後のどの時期までに介入すれば認知症の発症を防げるのか、その際の介入は血糖コントロールのみでよいのか、J-MINDDiabetes研究(3)のように運動や認知機能訓練などの多因子介入を実施すべきか、という点であり、前向き研究の結果が待たれるところである。 1. Ohara T, et al. Neurology. 2011;77(12):1126-1134. 2. Jack CR Jr, et al. Lancet Neurol. 2010;9(1):119-128. 3. Sugimoto T, et al. Front Aging Neurosci. 2021;13:680341.
認知症に起因する精神病症状に対するpimavanserinの試験
認知症に起因する精神病症状に対するpimavanserinの試験
Trial of Pimavanserin in Dementia-Related Psychosis N Engl J Med. 2021 Jul 22;385(4):309-319. doi: 10.1056/NEJMoa2034634. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】神経変性疾患による認知症を有する患者は、認知症に起因する精神病症状を併発することがある。5-HT2Aの逆作動薬および拮抗薬となる経口薬、pimavanserinが、認知症のさまざまな原因に起因する精神病症状にもたらす効果は不明である。 【方法】アルツハイマー病、パーキンソン病認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症または血管性認知症に起因する精神病症状を有する患者を対象に、第III相二重盲検無作為化プラセボ対照中止試験を実施した。患者に非盲検下でpimavanserinを12週間投与した。8週時および12週時にScale for the Assessment of Positive Symptoms-Hallucinations and Delusions(SAPS–H+D、スコアが高いほど精神症状が重い)スコアが治療前から30%以上低下し、Clinical Global Impression-Improvement(CGI-I)スコアが1(very much improved)または2(much improved)であった患者を無作為化によりpimavanserinの投与を継続するグループとプラセボを投与するグループに1対1の割合で割り付け、26週まで投与した。主要評価項目は、time-to-event解析で評価した精神病症状の再発とし、SAPS-H+Dスコア30%以上上昇かつCGI-Iスコア6(much worse)または7(very much worse)、認知症に起因する精神病症状による入院、有効性欠如による試験治療の中止または試験からの脱落、認知症に起因する精神病症状に対する抗精神病薬の使用のいずれかと定義した。 【結果】非盲検期間中、392例のうち41例が有効性の観点から試験を中止したため、管理上の理由で脱落した。残る351例のうち217例(61.8%)に効果の持続が認められ、105例をpimavanserin群、112例をプラセボ群に割り付けた。pimavanserin群95例中12例(13%)およびプラセボ群99例中28例(28%)に再発が認められた(ハザード比、0.35;95%CI、0.17~0.73;P=0.005)。二重盲検期間中、pimavanserin群105例中43例(41.0%)およびプラセボ群112例中41例(36.6%)に有害事象が発現した。pimavanserin群に、頭痛、便秘、尿路感染症および無症候性QT延長が発現した。 【結論】有効性の観点から早期に中止された試験で、認知症に起因する精神病症状を有し、pimavanserinの効果が認められた患者で、試験薬の継続により試験薬を中止した場合よりも再発のリスクが低かった。認知症に起因する精神病症状に対するpimavanserinの効果を明らかにするために、長期間にわたる大規模な試験が必要である。 第一人者の医師による解説 抗精神病薬とは異なる薬理作用 精神病症状の新しい治療選択肢として期待 稲田 健 北里大学医学部精神科学教授 MMJ. February 2022;18(1):5 認知症の原因となる、アルツハイマー病、レビー小体型認知症、パーキンソン病認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症に対する根本的な治療方法はまだない。実臨床で特に問題となるのは、認知症に関連した精神病症状(認知症関連精神病症状)であり、患者本人にも家族や支援者にも多大な負担となる。このため、認知症そのものの改善がなくとも、精神病症状を改善させる治療法は強く求められている。 本論文は、認知症関連精神病症状に対して、セロトニン受容体5-HT2Aの逆アゴニストおよびアンタゴニストであるピマバンセリンの有効性と安全性を検証したHARMONY試験の報告である。本試験では無作為化前に認知症関連精神病症状を有する患者392人に非盲検下でピマバンセリンが12週間投与され、8週後と12週後に、217人が陽性症状評価尺度で30%以上改善し、臨床的全般性印象尺度(CGI)で1(非常に改善)または2(かなり改善)となった。ピマバンセリンが有効であった患者217人を実薬(ピマバンセリン継続)群とプラセボ群に無作為に割り付け、主要評価項目である再発について二重盲検下で比較した。その結果、再発率はピマバンセリン群13%、プラセボ群28%であった(ハザード比 , 0.35; 95%信頼区間 , 0.17 ~ 0.73;P=0.005)。有害事象は、ピマバンセリン群では41.0%、プラセボ群では36.6%に発生し、事象としては頭痛、便秘、尿路感染症、無症候性 QT延長などであった。 本試験の結果、ピマバンセリンに反応した認知症関連精神病症状を有する患者において、ピマバンセリンを継続した方が再発リスクは低くなることが示された。 認知症関連精神病症状に対しては、適応外使用として、抗精神病薬が使用されているのが現状である。しかし、抗精神病薬の長期使用は、認知機能の悪化、錐体外路作用、鎮静作用、転倒、代謝異常などを伴うことがあり、最小用量、最短期間の使用にとどめることが求められている(1)。ピマバンセリンは抗精神病薬とは異なる薬理作用でありながら、パーキンソン病に関連する精神病症状に対する有効性が確認されており(2)、今回の試験では認知症関連精神病症状に対する有効性が確認された。このことから、今後の認知症関連精神病症状の治療選択肢となることが期待される。 1. Reus VI, et al. Am J Psychiatry. 2016;173(5):543-546. 2. Cummings J, et al. Lancet. 2014;383(9916):533-540.
職務上の認知刺激が高いと認知症発症率が低く中枢神経阻害蛋白も低い
職務上の認知刺激が高いと認知症発症率が低く中枢神経阻害蛋白も低い
Cognitive stimulation in the workplace, plasma proteins, and risk of dementia: three analyses of population cohort studies BMJ. 2021 Aug 18;374:n1804. doi: 10.1136/bmj.n1804. 上記論文のアブストラクト日本語訳 ※ヒポクラ×マイナビ 論文検索(Bibgraph)による機械翻訳です。 【目的】認知的に刺激的な仕事とその後の認知症リスクとの関連を調べ、この関連のタンパク質経路を特定する。 【デザイン】3セットの分析を行うマルチコホート研究 【設定】イギリス、ヨーロッパ、アメリカ。 【参加者】IPD-Workコンソーシアムの7つの集団ベースの前向きコホート研究(働く人々の個人参加データのメタ解析)の107 896人の認知刺激と認知症リスク、1つのコホート研究の2261人のランダムサンプルの認知刺激とタンパク質、2つのコホート研究の13 656人のタンパク質と認知症リスクの3つの関連について検討された。 【主要評価項目】認知的刺激は、ベースライン時に、能動的仕事と受動的仕事に関する標準的な質問票を用いて測定し、ベースライン時と経時的に、仕事への暴露マトリックス指標を用いて測定した。血漿試料中の4953個の蛋白質がスキャンされた。認知症発症の追跡期間は、コホートによって13.7年から30.1年の間であった。 【結果】180万人年のリスク期間中に、1143人の認知症患者が記録された。認知症のリスクは,仕事中の認知刺激が低い人と高い人で低いことが分かった(1万人年当たりの認知症の粗発生率は高刺激群4.8,低刺激群7.3,年齢・性別調整ハザード比0.77,95%信頼区間0.65~0.92,コホート別推定値の異質性I2=0%,P=0.99)。この関連は,教育,成人期の認知症の危険因子(ベースライン時の喫煙,大量のアルコール摂取,運動不足,仕事の負担,肥満,高血圧,糖尿病有病),認知症診断前の心代謝疾患(糖尿病,冠動脈心疾患,脳卒中)を追加調整しても頑健だった(完全調整ハザード比 0.82,95%信頼区間 0.68 ~ 0.98)。認知症のリスクは、最初の10年間の追跡期間中(ハザード比0.60、95%信頼区間0.37~0.95)、10年目以降も観察され(0.79、0.66~0.95)、認知刺激の反復職業曝露マトリックス指標を用いて再現した(1標準偏差増加あたりのハザード比0.77、95%信頼区間0.69~0.86)。多重検定を制御した解析では、仕事での認知刺激が高いほど、中枢神経系の軸索形成とシナプス形成を阻害するタンパク質のレベルが低かった:スリットホモログ2(SLIT2、完全調整β-0.34, P<0.001)、糖質硫酸転移酵素12(CHSTC, 完全に調整したβ -0.33, P<0.001)、およびペプチジルグリシンαアミド化モノオキシゲナーゼ(AMD, 完全に調整したβ -0.32, P<0.001)である。これらのタンパク質は認知症リスクの上昇と関連しており,1SDあたりの完全調整ハザード比は,SLIT2が1.16(95%信頼区間1.05~1.28),CHSTCが1.13(1.00~1.27),AMDが1.04(0.97~1.13)だった。 【結論】認知的に刺激のある仕事をする人は,刺激のない仕事の人よりも老後の認知症のリスクが低いことが分かった。認知的刺激が、軸索形成やシナプス形成を潜在的に阻害し、認知症のリスクを高める血漿タンパク質の低レベルと関連するという知見は、根本的な生物学的メカニズムへの手がかりを提供する可能性がある。 第一人者の医師による解説 大規模コホート研究参加者での確認と年齢、性、学歴などで補正した点が新たな知見 福井 俊哉 かわさき記念病院院長 MMJ. April 2022;18(2):35 認知刺激は認知リザーブを増やして認知症発症を抑制する可能性が示唆されている(1)。本論文は、職務における認知刺激と認知症リスクおよび血漿蛋白との関連を検討することを目的に、英国、欧州、米国で実施されたマルチコホート研究のデータを用いて3種類の解析を行った結果の報告である。解析の内容は以下のとおりである:(1)IPD-Work(individual participant data meta-analysis in working populations)consortiumにより集積された前向きマルチコホート研究13件(2)のうち、認知に関連のある7件に参加した107,896人における職務上認知刺激と認知症リスクの関連(2)このうち1件のコホートから無作為に抽出した2,261人における認知刺激と血漿蛋白の関連(3)(2)に別の1件のコホート参加者を追加した13,656人における血漿蛋白と認知症リスクの関連。職務上認知刺激はリッカート尺度を用いた質問票によりベースラインで判定し、観察期間中は職業曝露マトリックス方法を用いて客観的に評価した。血漿蛋白は4,953種類が検討された。認知症発症の経過観察期間はコホートにより13.7 ~ 30.1年と異なり、認知症の有無は電子健康記録に加えて認知症検査を繰り返すことにより判定した。 結果として、認知症リスクを有する約180万人・年の観察期間において、1,143人が認知症を発症した。認知症リスクは高認知刺激職務群の方が低認知刺激職務群よりも低かった。性、年齢、学歴、飲酒・喫煙歴、運動不足、認知症発症前の生活習慣病などで統計学的に補正してもこの関連は有意であった(ハザード比[HR], 0.82)。この傾向は特にアルツハイマー型認知症において明らかであった。認知症リスクは観察開始10年以内(HR,0.60)でも、10年以降(HR, 0.79)でも認められた。職業曝露マトリックス方法を用いた場合も同様な結果であった。血漿蛋白に関しては、職務における認知刺激が高いほど、中枢神経系の軸索形成やシナプス形成を抑制する蛋白(slit homologue2[SLIT2]、carbohydrate sulfotransferase[CHSTC]、peptidyl-glycine α -amidating monooxygenase[AMD])が低かった。これらの蛋白はより高い認知症リスクの上昇と関連していた。 今回の報告では、趣味などよりも長時間関わる職務における認知刺激の強さが認知症発症率ならびに軸索形成 /シナプス形成を抑制する蛋白の量と関連していることを、大規模コホート研究に参加した多数の対象者において確認した点に新規性がある。年齢、性、学歴、飲酒・喫煙歴、生活習慣病で補正してもこの関連が成り立つ点は新たなる知見であると思われる。 1. Livingston G, et al. Lancet. 2020;396(10248):413-446. 2. Kivimäki M, et al. Lancet. 2012;380(9852):1491-1497.