ライブラリー 職務上の認知刺激が高いと認知症発症率が低く中枢神経阻害蛋白も低い
Cognitive stimulation in the workplace, plasma proteins, and risk of dementia: three analyses of population cohort studies
BMJ. 2021 Aug 18;374:n1804. doi: 10.1136/bmj.n1804.
上記論文のアブストラクト日本語訳
※ヒポクラ×マイナビ 論文検索(Bibgraph)による機械翻訳です。
【目的】認知的に刺激的な仕事とその後の認知症リスクとの関連を調べ、この関連のタンパク質経路を特定する。
【デザイン】3セットの分析を行うマルチコホート研究
【設定】イギリス、ヨーロッパ、アメリカ。
【参加者】IPD-Workコンソーシアムの7つの集団ベースの前向きコホート研究(働く人々の個人参加データのメタ解析)の107 896人の認知刺激と認知症リスク、1つのコホート研究の2261人のランダムサンプルの認知刺激とタンパク質、2つのコホート研究の13 656人のタンパク質と認知症リスクの3つの関連について検討された。
【主要評価項目】認知的刺激は、ベースライン時に、能動的仕事と受動的仕事に関する標準的な質問票を用いて測定し、ベースライン時と経時的に、仕事への暴露マトリックス指標を用いて測定した。血漿試料中の4953個の蛋白質がスキャンされた。認知症発症の追跡期間は、コホートによって13.7年から30.1年の間であった。
【結果】180万人年のリスク期間中に、1143人の認知症患者が記録された。認知症のリスクは,仕事中の認知刺激が低い人と高い人で低いことが分かった(1万人年当たりの認知症の粗発生率は高刺激群4.8,低刺激群7.3,年齢・性別調整ハザード比0.77,95%信頼区間0.65~0.92,コホート別推定値の異質性I2=0%,P=0.99)。この関連は,教育,成人期の認知症の危険因子(ベースライン時の喫煙,大量のアルコール摂取,運動不足,仕事の負担,肥満,高血圧,糖尿病有病),認知症診断前の心代謝疾患(糖尿病,冠動脈心疾患,脳卒中)を追加調整しても頑健だった(完全調整ハザード比 0.82,95%信頼区間 0.68 ~ 0.98)。認知症のリスクは、最初の10年間の追跡期間中(ハザード比0.60、95%信頼区間0.37~0.95)、10年目以降も観察され(0.79、0.66~0.95)、認知刺激の反復職業曝露マトリックス指標を用いて再現した(1標準偏差増加あたりのハザード比0.77、95%信頼区間0.69~0.86)。多重検定を制御した解析では、仕事での認知刺激が高いほど、中枢神経系の軸索形成とシナプス形成を阻害するタンパク質のレベルが低かった:スリットホモログ2(SLIT2、完全調整β-0.34, P<0.001)、糖質硫酸転移酵素12(CHSTC, 完全に調整したβ -0.33, P<0.001)、およびペプチジルグリシンαアミド化モノオキシゲナーゼ(AMD, 完全に調整したβ -0.32, P<0.001)である。これらのタンパク質は認知症リスクの上昇と関連しており,1SDあたりの完全調整ハザード比は,SLIT2が1.16(95%信頼区間1.05~1.28),CHSTCが1.13(1.00~1.27),AMDが1.04(0.97~1.13)だった。
【結論】認知的に刺激のある仕事をする人は,刺激のない仕事の人よりも老後の認知症のリスクが低いことが分かった。認知的刺激が、軸索形成やシナプス形成を潜在的に阻害し、認知症のリスクを高める血漿タンパク質の低レベルと関連するという知見は、根本的な生物学的メカニズムへの手がかりを提供する可能性がある。
第一人者の医師による解説
大規模コホート研究参加者での確認と年齢、性、学歴などで補正した点が新たな知見
福井 俊哉 かわさき記念病院院長
MMJ. April 2022;18(2):35
認知刺激は認知リザーブを増やして認知症発症を抑制する可能性が示唆されている(1)。本論文は、職務における認知刺激と認知症リスクおよび血漿蛋白との関連を検討することを目的に、英国、欧州、米国で実施されたマルチコホート研究のデータを用いて3種類の解析を行った結果の報告である。解析の内容は以下のとおりである:(1)IPD-Work(individual participant data meta-analysis in working populations)consortiumにより集積された前向きマルチコホート研究13件(2)のうち、認知に関連のある7件に参加した107,896人における職務上認知刺激と認知症リスクの関連(2)このうち1件のコホートから無作為に抽出した2,261人における認知刺激と血漿蛋白の関連(3)(2)に別の1件のコホート参加者を追加した13,656人における血漿蛋白と認知症リスクの関連。職務上認知刺激はリッカート尺度を用いた質問票によりベースラインで判定し、観察期間中は職業曝露マトリックス方法を用いて客観的に評価した。血漿蛋白は4,953種類が検討された。認知症発症の経過観察期間はコホートにより13.7 ~ 30.1年と異なり、認知症の有無は電子健康記録に加えて認知症検査を繰り返すことにより判定した。
結果として、認知症リスクを有する約180万人・年の観察期間において、1,143人が認知症を発症した。認知症リスクは高認知刺激職務群の方が低認知刺激職務群よりも低かった。性、年齢、学歴、飲酒・喫煙歴、運動不足、認知症発症前の生活習慣病などで統計学的に補正してもこの関連は有意であった(ハザード比[HR], 0.82)。この傾向は特にアルツハイマー型認知症において明らかであった。認知症リスクは観察開始10年以内(HR,0.60)でも、10年以降(HR, 0.79)でも認められた。職業曝露マトリックス方法を用いた場合も同様な結果であった。血漿蛋白に関しては、職務における認知刺激が高いほど、中枢神経系の軸索形成やシナプス形成を抑制する蛋白(slit homologue2[SLIT2]、carbohydrate sulfotransferase[CHSTC]、peptidyl-glycine α -amidating monooxygenase[AMD])が低かった。これらの蛋白はより高い認知症リスクの上昇と関連していた。
今回の報告では、趣味などよりも長時間関わる職務における認知刺激の強さが認知症発症率ならびに軸索形成 /シナプス形成を抑制する蛋白の量と関連していることを、大規模コホート研究に参加した多数の対象者において確認した点に新規性がある。年齢、性、学歴、飲酒・喫煙歴、生活習慣病で補正してもこの関連が成り立つ点は新たなる知見であると思われる。
1. Livingston G, et al. Lancet. 2020;396(10248):413-446.
2. Kivimäki M, et al. Lancet. 2012;380(9852):1491-1497.