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物理的距離確保の介入と新型コロナウイルス感染症発症 149カ国の自然実験
物理的距離確保の介入と新型コロナウイルス感染症発症 149カ国の自然実験
Physical distancing interventions and incidence of coronavirus disease 2019: natural experiment in 149 countries BMJ. 2020 Jul 15;370:m2743. doi: 10.1136/bmj.m2743. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】世界の物理的距離を確保する介入と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発症の関連を評価すること。 【デザイン】分割時系列解析を用いた自然実験。メタ解析を用いて結果を統合した。 【設定】欧州疾病予防管理センターからCOVID-19症例の日報データ、オックスフォードCOVID-19 政策反応追跡から物理的距離確保の政策に関するデータが入手できる149の国または地域。 【参加者】2020年1月1日から5月30日までの間に、物理的距離を確保する政策5項目(学校閉鎖、職場閉鎖、公共交通機関の閉鎖、大規模集会やイベントの制限、移動の制限[都市封鎖])のうち1項目以上を導入した国または地域。 【主要評価項目】2020年5月30日または介入後30日間のいずれか先に発生した日付までのデータを用いて推算した物理的距離確保政策導入前後のCOVID-19の発生率比(IRR)。ランダム効果メタ解析を用いて各国のIRRを統合した。 【結果】物理的距離介入策の導入で、COVID-19発生率が全体で平均13%低下した(IRR 0.87、95%CI 0.85-0.89、149カ国)。他の4項目の物理距離確保政策が実施されていた場合、公共交通機関の閉鎖によってCOVID-19発症率がさらに低下することはなかった(公共交通機関の閉鎖あり:統合IRR 0.85、95%CI 0.82-0.88、72カ国、閉鎖なし:同0.87、0.84-0.91、32カ国)。このほか、11カ国のデータから、学校閉鎖、職場閉鎖および大規模集会の制限にほぼ同じ全般的な効果があることが示唆された(同0.85、0.81-0.89)。政策導入の順序を見ると、他の物理的距離確保政策の後に都市封鎖を実施した場合(同0.90、0.87-0.94、41カ国)と比較すると、都市封鎖の早期導入によってCOVID-19発生率が低下した(同0.86、0.84-0.89、105カ国)。 【結論】物理的距離の介入によって、世界的にCOVID-19発生率が低下した。他の4項目の政策を導入した場合、公共交通機関を閉鎖することによってさらに効果が高くなる根拠は見られなかった。都市封鎖の早期導入によってCOVID-19発生率が大きく低下した。この結果から、今回または将来の感染症流行のため、国が物理的距離政策の強化に備える政策決定に役立つと思われる。 第一人者の医師による解説 149カ国の自然実験 適切な身体的距離確保の介入指針となる可能性 神林 隆道(臨床助手)/園生 雅弘(主任教授) 帝京大学医学部附属病院脳神経内科 MMJ. February 2021;17(1):13 世界的なパンデミックとなっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対し、ほとんどの国が身体的距離(physical distancing)を確保することを目的とした介入を行っているが、それらの有効性の検討はこれまで主にモデル研究でなされており、実際の患者集団におけるデータに基づく有効性評価の報告は乏しい。 本研究では、2020年1月1日~5月30日に以下の5種類の身体的距離確保のための介入(学校閉鎖、職場閉鎖、公共交通機関の閉鎖、大人数の集会や公共イベントの制限、移動制限)のうち1つ以上が行われた国を対象に国別に分割時系列解析を実施し、データのメタ解析によって身体的距離確保の介入前後のCOVID-19発生率比を評価した。 149カ国が1種類以上の身体的距離確保のための介入を行っており、ベラルーシとタンザニアを除くすべての国が5種類のうち3種類以上を実施していた(日本は公共交通機関の閉鎖以外の4種類)。118カ国では5種類すべてが実施されていた。全体の結果として、身体的距離確保の介入によってCOVID-19発生率が13%低下したことが示された。 データのメタ解析からは、最初の症例報告から介入開始までの日数(P=0.57)や、PCR検査実施率(P=0.71)は、発生率に有意な影響を与えておらず、一方で65歳以上の高齢人口比率(P<0.001)や1人当たりのGDPが高い(P=0.09)国は、身体的距離確保の介入による発生率の低下がより大きかった。また、注目すべき点として、介入の組み合わせについて、学校閉鎖、職場閉鎖、公共イベントの制限、移動制限の4種類が一緒に実施された場合のCOVID-19発生率比(0.87;95 % 信頼区間[CI], 0.84~0.91;32カ国)は、さらに公共交通機関の閉鎖を加えた5種類すべての介入を行った場合とほぼ同等(0.85;95% CI, 0.82~0.88;72カ国)で、公共交通機関の閉鎖に付加的なCOVID-19発生抑制効果は認められなかった。 介入の順序に関しては、移動制限を早期に実施した場合のCOVID-19発生率比(0.86;95% CI, 0.84~0.89;105カ 国)は、他の身体的距離確保による介入後に遅れて移動制限を行った場合(0.90;95 % CI, 0.87~0.94;41カ国)よりも 低く、より早期の移動制限の介入の方がCOVID-19発生率の抑制効果は大きいことが示唆された。 著者らはこれらのデータが、今後流行が起こった際の施策決定に役立つだろうと結論している。日本でも引き続き適切な行動変容によって、医療崩壊に陥らずかつ社会・経済活動を維持できる程度に感染者数をコントロールしていくことが重要であろう。
デンマーク人女性の4価ヒトパピローマウイルスワクチン接種と自律神経機能障害の関連 住民対象自己対照症例集積解析
デンマーク人女性の4価ヒトパピローマウイルスワクチン接種と自律神経機能障害の関連 住民対象自己対照症例集積解析
Association between quadrivalent human papillomavirus vaccination and selected syndromes with autonomic dysfunction in Danish females: population based, self-controlled, case series analysis BMJ. 2020 Sep 2;370:m2930. doi: 10.1136/bmj.m2930. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】4価ヒトパピローマウイルスワクチンと慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群などの自律神経機能障害を伴う症候群の間の関連を評価すること。 【デザイン】住民対象自己対照症例集積。 【設定】デンマークの全国レジストリに記録されたICD-10診断コードを用いて特定したヒトパピローマウイルスワクチン接種および自律神経失調症症候群(慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群)に関する情報。 【参加者】2007年から2016年の間に参加した10~44歳の女性コホート137万5737例のうち自律神経失調症症候群がある女性869例。 【主要評価項目】4価ヒトパピローマウイルスワクチンを接種していない参加者と比較した同ワクチンを接種した女性参加者の慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群の複合転帰の自己対照症例集積率比(95%CI)で年齢および季節で調整した。このほか、二次解析で慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群を個別に検討した。 【結果】追跡期間1058万1902人年で、自律神経失調症症候群女性869例(慢性疲労症候群136例、複合性局所疼痛症候群535例および体位性頻脈症候群198例)を特定した。4価ヒトパピローマウイルスワクチンによって、ワクチン接種後365日のリスク期間中の自律神経機能障害を伴う各症候群の複合転帰発生率(率比0.99、95%CI 0.74~1.32)やリスク期間中の個々の症候群発生率(慢性疲労症候群[0.38、0.13~1.09]、複合性局所疼痛症候群[1.31、0.91~1.90]および体位性頻脈症候群[0.86、0.48~1.54])が有意に上昇することはなかった。 【結論】ワクチン接種導入後、全くの偶然でワクチン関連の有害事象が起こることがあると思われる。一連の結果からは、4価ヒトパピローマウイルスワクチンと慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群の間の因果関係は、個別にみても複合転帰としても支持されない。最大32%のリスク上昇を正式に除外することはできないが、試験の統計的検出力からは、ワクチン接種によって各症候群発生率が上昇する可能性は低いと考えられる。 第一人者の医師による解説 研究期間後期ほど接種後発症が増加 生物学的反応以外の要素を示唆か 上坂 義和 虎の門病院脳神経内科部長 MMJ. February 2021;17(1):27 子宮頸がん予防のためのヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは大きな成果をあげてきたが、日本のほかにデンマーク、アイルランドなどで慢性疲労症候群、体位性起立性頻拍症候群、複合性局所疼痛症候群などの自律神経失調症候群が接種後有害事象として報告された。これらは散発的な報告で接種との因果関係を示す科学的根拠は乏しかったが、メディアがこぞって取り上げたことで予防接種プログラムは大きく後退した。その後英国、ノルウェー、フィンランド、オランダから上記関連を否定する報告がなされたが、ノルウェー以外は主に2価HPVワクチンでの検討であった。デンマークは国民識別番号制度を持ち医療費はすべて税金でまかなわれるため、詳細な受診情報が外来、入院とも国家レベルで登録されている。本研究ではその登録データを利用し、4価HPVワクチンに関する検討が行われた。 デンマークでは2009年から12歳の女性を対象に国レベルの4価HPVワクチン接種が開始、2012年からは20~27歳の女性に対する予防接種も開始された。本研究では2007~16年にデンマーク生まれの10~44歳の女性を対象とした。結果、137万人以上が対象となり1000万人年以上の検討がされた。52万9千人以上が4価HPVワクチン接種を1回以上受けていた。最終接種から12カ月(3回接種では計18カ月)までをリスク期間とし、自律神経失調症候群発症をその前後期間と比較する自己対照研究デザインによる検討もなされた。自律神経失調症候群は869例でみられた(発症率10万・人年あたり8.21)。このうち433例がHPVワクチン接種例であり、接種後の発症例(309例:12カ月未満72例、12カ月以降237例)は接種前の発症例(124例)よりも多かったが、研究期間の後期になるほどその傾向が顕著であった。また、慢性疲労症候群、体位性起立性頻拍症候群、複合性局所疼痛症候群の合計およびそのいずれか1つの症状をとってもリスク期間中の発症率は対照期間と比較し有意な上昇を認めなかった。最終接種から12カ月以降をリスク期間に含めて検討した場合でも非接種期間に比べ有意な発病率上昇を認めなかった。 本研究を含めてHPVワクチン接種と自律神経失調症候群の関連を検討した研究の結果は接種後の発症率上昇について否定的である。本研究で研究期間後期になるほど接種後発症(接種後50カ月以上、最大100カ月以上)が次第に増加していることは生物学的反応以外の要素が加わっていることを示唆しているように思える。
血漿P-tau217によるアルツハイマー病と他の神経変性疾患の識別
血漿P-tau217によるアルツハイマー病と他の神経変性疾患の識別
Discriminative Accuracy of Plasma Phospho-tau217 for Alzheimer Disease vs Other Neurodegenerative Disorders JAMA. 2020 Aug 25;324(8):772-781. doi: 10.1001/jama.2020.12134. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】現在のアルツハイマー病(AD)を診断する検査法には限界がある。 【目的】ADを診断するバイオマーカーに用いるスレオニン部位でリン酸化された血漿タウ(P-tau217)の有用性を調べること。 【デザイン、設定および参加者】横断的研究3件――AD患者34例およびADがない47例を対象とした米アリゾナ州の神経病理学コホート(コホート1、登録期間2007年5月から2019年1月)、認知機能障害がない参加者(301例)と臨床的に診断を受けた軽度認知機能(MCI)がある参加者(178例)、アルツハイマー型認知症(121例)および他の神経変性疾患(99例)を対象としたスウェーデンのBioFINDER-2コホート(コホート2、2017年4月から2019年9月)、PSEN1 E280A遺伝子変異保有者365例および非変異保有者257例を対象としたコロンビア常染色体優性ADがある親族コホート(コホート3、2013年12月から2017年2月)。 【曝露】血漿P-tau217。 【主要評価項目】血漿P-tau217のAD(臨床的または神経病理学的に診断)識別精度を主要評価項目とした。タウ病理像との関連を副次評価項目とした(神経病理学的にまたはPETで確認)。 【結果】コホート1は平均年齢83.5(SD 8.5)歳、女性38%、コホート2は平均年齢69.1(SD 10.3)歳、女性51%、コホート3は平均年齢35.8(SD 10.7)歳、女性57%だった。コホート1は、生前の血漿P-tau217からADと非ADを神経病理学的に識別でき[曲線下面積(AUC)0.89、95%CI 0.81-0.97]、血漿中P-tau181やニューロフィラメント軽鎖(NfL)よりも識別精度が有意に高かった(AUC範囲0.50-0.72、P<0.05)。コホート2での血漿P-tau217のアルツハイマー型認知症とその他の神経変性疾患の識別精度は、血漿中P-tau181やNfL、MRI検査よりも有意に高かった(AUCの範囲0.50-0.81、P<0.001)が、脳脊髄液(CSF)P-tau217、CSF P-tau181、タウPET検査との有意差はなかった(AUC範囲0.90-0.99、P>0.15)。コホート3では、約25歳以上のPSEN1変異保有者の血漿中P-tau217値が非保有者よりも高く、変異保有者がMCIを発症したと推定された時期の約20年前に増加が始まっていた。コホート1では、血漿中P-tau217値にβアミロイドプラークがある参加者のタウ変化との有意な関連がみられたが(Spearmanのρ=0.64、P<0.001)、βアミロイドプラークがない参加者ではこの関連はみられなかった(Spearmanのρ=0.15、P=0.33)。コホート2では、血漿中P-tau217でタウPET検査の異常を正常と見分けることができ(AUC 0.93、95%CI 0.91-0.96)、血漿中P-tau181や血漿NfL、CSF P-tau181、CSFのAβ42/Aβ40比およびMRI検査よりも有意に精度が高かったが(AUC範囲0.67-0.90、P<0.05)、精度にCSF P-tau217との有意差はなかった(AUC 0.96、P=0.22)。 【結論および意義】コホート3件の参加者1402例で、血漿中P-tau217によってADとその他の神経変性疾患を見分けることができ、血漿およびMRI検査のバイオマーカーより精度が有意に高かったが、主要なCSFやPET検査の測定法との有意差はなかった。この方法を最適化し、多様な集団を対象に結果を検証し、実臨床に用いる潜在的な役割を明らかにするため詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 実臨床や多様な集団から対象者を十分確保した 縦断的研究による検証が必要 石井 一弘 筑波大学医学医療系神経内科学准教授 MMJ. April 2021;17(2):46 2050年にアルツハイマー病(AD)の患者数が全世界で1億人に達するとの試算もある。ADの疾患修飾薬が利用可能になれば、低侵襲の採血で測定でき、しかも疾患早期から正確な診断が可能な診断マーカーの開発が望まれる。ADの原因蛋白であるAβ蛋白分子種(Aβ40、Aβ42)、各種リン酸化タウ蛋白を血漿、髄液で測定し、さらに生体内のこれら蛋白をPETで可視化し、その分布や脳部位で定量をし、診断バイオマーカーとする試みが行われている。しかしながら、これらバイオマーカーを用いてのAD早期診断には限界がある。最近、217番目のスレオニンがリン酸化したタウ蛋白(P-tau217)は、181番目のスレオニンがリン酸化したタウ蛋白(P-tau181)に比べ、より正確にしかも、より早期にADを診断できることが報告された(1)。 本研究では3つのコホート研究から得られた1,402人分の血漿試料を用いて、P-tau217濃度を測定し、ADに対する診断精度(感度、特異度)を他の血漿、髄液バイオマーカーと比較し、有用性を検討した。その結果、血漿P-tau217は臨床的に診断されたADを他の神経変性疾患と正確に鑑別することができ、病理学的にADと診断された患者と病理学的にADではない患者を判別することができた。さらに血漿P-tau217は血漿P-tau181、血漿ニューロフィラメント軽鎖(NfL)や大脳皮質厚や海馬容積などの脳 MRI測定値と比較し、臨床的ADをより正確に診断した。一方、髄液P-tau181、髄液P-tau217やTau-PETとの比較では、鑑別精度に有意差はなかった。加えて、血漿P-tau217濃度は神経原線維変化などのTau病理と相関し、TauPETでの正常と異常を他の髄液、血漿のバイオマーカーより正確に判別可能であった。 本研究の限界として、選択された集団を用いた横断的コホート研究であることが挙げられる。そのため、実臨床や多様な集団から十分な対象者数を確保した縦断的研究による検証を行わなければならない。また、測定法についてもP-tau217測定の感度向上と最適化、実用化に向けての測定自動化やカットオフ値の設定が必要である。他の神経変性疾患の鑑別への応用でも、十分な疾患数を確保し、鑑別精度を上げる必要がある。これらの限界を考慮しても、血漿P-tau217測定はADの早期診断やTau関連疾患との鑑別においては、今後、十分に注目される診断バイオマーカーになるであろう。 1. Janelidze S, et al. Nat Commun. 2020;11(1):1683.
院外亜硝酸ナトリウム投与が心停止後病院到着までの生存率にもたらす効果 無作為化臨床試験
院外亜硝酸ナトリウム投与が心停止後病院到着までの生存率にもたらす効果 無作為化臨床試験
Effect of Out-of-Hospital Sodium Nitrite on Survival to Hospital Admission After Cardiac Arrest: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Jan 12;325(2):138-145. doi: 10.1001/jama.2020.24326. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】心停止モデル動物で、蘇生時に亜硝酸ナトリウムを投与することによって生存率が改善することが認められているが、ヒトを対象とした臨床試験で有効性が評価されていない。 【目的】院外心停止の蘇生時に救急医療隊員が亜硝酸ナトリウムを非経口投与することによって病院到着までの生存率が改善するかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】米ワシントン州キング郡で、心室細動の有無を問わず院外心停止を来した成人1502例を対象とした第II相二重盲検プラセボ対照無作為化臨床試験。2018年2月8日から2019年8月19日の間に救急医療隊員が蘇生処置を実施した患者を登録した。2019年12月31日までに追跡調査とデータ抽出を終えた。 【介入】適格な院外心停止患者を亜硝酸ナトリウム45mg(500例)、亜硝酸ナトリウム60mg(498例)、プラセボ(499例)を投与する群に(1対1対1の割合で)無作為に割り付け、蘇生処置実施中にできるだけ早くボーラス投与した。 【主要評価項目】主要評価項目は病院到着時の生存率とし、片側仮説検定で評価した。副次評価項目は、院外変数(自己心拍再開率、再心停止率、血圧維持を目的としたノルエピネフリン使用)と院内変数(退院時の生存率、退院時の神経学的転帰、24、48、72時間までの累積生存率、集中治療室在室日数)とした。 【結果】無作為化した院外心停止患者1502例(平均年齢64歳[SD 17]、女性34%)のうち99%が試験を完了した。全体で、亜硝酸ナトリウム45mg群の205例(41%)、同60mg群の212例(43%)、プラセボ群の218例(44%)が病院到着まで生存していた。45mg群とプラセボ群の平均差は-2.9%(片側95%CI -8.0%~∞、P=0.82)、60mg投与群とプラセボ群の平均差は-1.3%(片側95%CI -6.5%~∞、P=0.66)であった。事前に規定した副次評価項目7項目には有意差は認められず、退院時の生存者数が亜硝酸ナトリウム45mg群66例(13.2%)、同60mg群72例(14.5%)、プラセボ群74例(14.9%)で、亜硝酸ナトリウム45mg群とプラセボ群の平均差は-1.7%(両側検定の95%CI -6.0~2.6%、P=0.44)、同60mg群とプラセボ群の平均差は-0.4%(同-4.9~4.0%、P=0.85)であった。 【結論および意義】院外心停止を来した患者で、亜硝酸ナトリウムの投与は、プラセボと比較して病院到着時の生存率が有意に改善することはなかった。この結果から、院外心停止の蘇生時に亜硝酸ナトリウムの使用は支持されない。 第一人者の医師による解説 心肺停止蘇生後の神経障害抑制 他の薬剤も含めさらなる研究の進展を期待 今井 寛 三重大学医学部附属病院救命救急・総合集中治療センター センター長・教授 MMJ. April 2021;17(2):58 心停止患者において脳神経障害は主な死因であり、蘇生された患者のほとんどは意識を取り戻すことはない。心肺蘇生法の進歩にもかかわらず、米国で2005~15年に収集されたデータによると、院外心停止後に自己心拍再開した患者の80%以上が退院前に死亡している。亜硝酸投与療法は虚血と再灌流後の細胞障害とアポトーシスを抑制し、また多数の動物モデルにおいて細胞保護効果を認めている。げっ歯類の心停止モデルでは、蘇生中に低用量亜硝酸塩を単回静脈内投与すると生存率が48%向上したと報告されている。他の動物モデルでは、心停止後の再灌流初期の亜硝酸塩濃度が10~20μMの間であれば生存率の改善と関連していることが示唆された。院外心停止患者125人を対象とした第1相非盲検試験の結果では、心停止の場合、蘇生中に亜硝酸ナトリウム45mgまたは60mgを投与すると投与後10~15分以内に血清中亜硝酸濃度が10~20μMに到達した(1)。 本研究はこれらの知見に基づき、院外心肺停止の傷病者に対して蘇生中に亜硝酸ナトリウムを急速静注することによって生存入院率が上がるかどうかについて第2相無作為化二重盲検プラセボ対照試験として検討された。ワシントン州キング郡で2018年2月8日~19年8月19日に登録された院外心停止患者(すべての初期波形を対象、外傷を除く)は1,502人で、亜硝酸ナトリウム45mg群(500人)、60mg群(498人)、プラセボ群(生食、499人)に無作為に割り付けられ、救急隊員が蘇生中にできる限り早く静注した。その結果、生存入院した患者は亜硝酸ナトリウム45mg群205人(41%)、60mg群212例(43%)、プラセボ群218人(44%)であり、プラセボ群との平均差は45mg群で-2.9%(片側95% CI, -8.0%~∞;P=0.82)、60mg群で-1.3%(片側95% CI, -6.5%~∞;P=0.66)といずれも有意差を認めなかった。事前に設定した7つの副次評価項目(再心停止率、救急隊員によるノルアドレナリン使用、自己心拍再開率、集中治療室[ICU]滞在日数、24・48・72時間までの累積生存率、退院までの生存率、および退院時の神経学的状態)についても有意差を認めなかった。したがって、著者らは院外心肺停止に対する蘇生中の亜硝酸ナトリウム静注は支持されないと結論付けている。 心肺停止蘇生後の神経障害抑制は重要な課題であり、亜硝酸ナトリウムだけでなく他の薬剤も含めてさらなる研究が進むことを期待する。 1. Kim F, et al. Circulation. 2007;115(24):3064-3070.
発症時刻不明の脳梗塞に対して高度画像診断を基に実施するアルテプラーゼ静注 個別被験者データの系統的レビューとメタ解析
発症時刻不明の脳梗塞に対して高度画像診断を基に実施するアルテプラーゼ静注 個別被験者データの系統的レビューとメタ解析
Intravenous alteplase for stroke with unknown time of onset guided by advanced imaging: systematic review and meta-analysis of individual patient data Lancet. 2020 Nov 14;396(10262):1574-1584. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32163-2. Epub 2020 Nov 8. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】発症時刻不明の脳梗塞は、血栓溶解療法の対象から除外されている。今回、このような患者で、画像バイオマーカーから救済可能な組織が特定できた場合に用いるアルテプラーゼ静注が安全かつ有効であるかを明らかにすることを目的とした。 【方法】2020年9月21日以前に公表された試験の個別被験者データの系統的レビューとメタ解析を実施した。灌流・拡散MRI、灌流CTまたはDWI-FLAIR1 MRIでミスマッチ所見が認められた発症時刻不明の成人脳梗塞患者を対象に、アルテプラーゼ静注を標準治療またはプラセボと比較した無作為化試験を適格とした。主要評価項目は、90日時の機能的転帰良好(修正ランキン尺度[mRS]0~1点、後遺症がなしを示す)とし、調整した無条件混合効果ロジスティック回帰モデルを用いて治療効果を推定した。90日時のmRS改善と患者個別の転帰(mRS 0~2点)を副次評価項目とした。安全性評価項目を死亡、重度の後遺症または死亡(mRS 4~6点)、症候性頭蓋内出血とした。本試験は、PROSPEROに登録されている(CRD42020166903)。 【結果】特定した抄録249報のうち、WAKE-UP、EXTEND、THAWS、ECASS-4の4試験が適格基準を満たした。4試験から843例分の個別被験者データが得られ、そのうち429例(51%)がアルテプラーゼ、414例(49%)がプラセボまたは標準治療に割り付けられていた。アルテプラーゼ群420例中199例(47%)、対照群409例中160例(39%)の転帰が良好であり(調整後オッズ比[OR]1.49[95%CI 1.10~2.03]、P=0.011)、4試験の異質性は低かった(I^2=27%)。アルテプラーゼに機能的転帰の有意な改善(調整後共通OR 1.38[95%CI 1.05~1.80]、P=0.019)および患者個別転帰の高オッズ(調整後OR 1.50[同1.06~2.12]、P=0.022)との関連が認められた。アルテプラーゼ群では90例(21%)に重度の後遺症または死亡(mRS 4~6点)が発生したのに対して、対照群では102例(25%)であった(調整後OR 0.76[同0.52~1.11]、P=0.15)。アルテプラーゼ群の27例(6%)、対照群の14例(3%)が死亡した(調整後OR 2.06[同1.03~4.09]、P=0.040)。症候性頭蓋内出血発生率は、アルテプラーゼ群の方が対照群よりも高かった(11例[3%] vs. 2例[1%未満]、調整後OR 5.58[同1.22~25.50]、P=0.024)。 【解釈】DWI-FLAIR画像または灌流画像でミスマッチが認められた発症時刻不明の脳梗塞で、アルテプラーゼ静注によって、プラセボまたは標準治療と比べて90日時の良好な機能的転帰が得られた。症候性頭蓋内出血リスクが上昇したが、全機能的転帰で純便益が認められた。アルテプラーゼ群の方がプラセボ群よりも死亡が多かったが、重度の後遺症または死亡が少なかった。 第一人者の医師による解説 DWI-FLAIRミスマッチまたはCT/MRI灌流画像は アルテプラーゼ静注療法の適応判断に有用 秋山 武紀 慶應義塾大学医学部脳神経外科専任講師 MMJ. June 2021;17(3):77 アルテプラーゼ静注療法は、発症4.5時間以内の脳梗塞に対する重要な治療の1つとして普及している。しかし、起床時に症状を有することが確認されたものの正確な発症時刻を同定できない、いわゆるwake-up strokeも散見され、発症時刻不明であっても有効かつ安全な治療法が求められている。 本論文では、発症時刻不明または発症後4〜5時間を経過した脳梗塞に対し、画像診断により適応を判断しアルテプラーゼ静注療法を行った群とプラセボ群を比較した無作為化対照試験を系統的にレビューし、基準を満たした4試験(WAKEUP、EXTEND、THAWS、ECASS-4)から抽出した843人の個人データを用いてメタ解析を行った。患者背景は平均年齢68.5歳、女性38%、NIHSS中央値7点、治療判断のための画像診断は① DWIFLAIRミスマッチ(MRI拡散強調画像[DWI]で高信号域の領域はあるが、FLAIR画像で信号変化を認めない場合)または②灌流画像(MRI潅流画像またはCT灌流画像でのペナンブラ領域[灌流の低下はあるが、不可逆的な脳虚血に陥っていないと判断される領域]がある場合)が使用された。 結果は、90日後の予後良好(mRS 0-1)はアルテプラーゼ群47%、対照群39%と有意にアルテプラーゼ群で高かった(オッズ比,1.49)。有害事象では、症候性頭蓋内出血の発生率がアルテプラーゼ群3%と対照群1%未満に比べ有意に高かった。死亡率はアルテプラーゼ群の方が有意に高く(6%対3%)、アルテプラーゼ群の死亡の26%は症候性頭蓋内出血に起因した。しかし非自立・死亡であるmRS 3-6はアルテプラーゼ群の方が対照群よりも有意に少なく(35%対42%)、結論として、画像診断をガイドにアルテプラーゼ静注療法の適否を判断する方法の有効性が認められた。 本研究により発症時刻不明の脳梗塞に対し、より先進的な画像診断を追加することでアルテプラーゼ静注療法の適応を判断できることが明らかとなり、適応の範囲が広がった。脳卒中治療ガイドライン 2015(追補2019)では発症時刻不明の脳梗塞に対し、「頭部MRI拡散強調画像の虚血性変化がFLAIR画像で明瞭でない場合、アルテプラーゼ静注療法を行うことを考慮してもよい(グレードC1)」となっているが、近日改訂されるガイドラインでは灌流画像に関する追加記載、エビデンスレベルの変更が予想される。単純CT所見と発症時刻から治療適応を判断していた時代から、MRIやCTの灌流画像も求められる時代に突入したといえる。脳卒中診療体制の整備が進められる中、適切な治療を行うために、的確な画像診断を迅速に行える施設への転院搬送システムもより一層重要となることが予想される。 略号: NIHSS=National Institutes of Health Stroke Scale、DWI-FLAIR=diffusion weighted imaging-fluid attenuated inversion recovery、modified Rankin Scale=mRS.
一過性脳虚血性発作後の脳卒中リスクを評価するカナダTIAスコアの前向き検証とABCD2およびABCD2iとの比較 多施設共同前向きコホート研究
一過性脳虚血性発作後の脳卒中リスクを評価するカナダTIAスコアの前向き検証とABCD2およびABCD2iとの比較 多施設共同前向きコホート研究
Prospective validation of Canadian TIA Score and comparison with ABCD2 and ABCD2i for subsequent stroke risk after transient ischaemic attack: multicentre prospective cohort study BMJ. 2021 Feb 4;372:n49. doi: 10.1136/bmj.n49. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】前回作成したカナダTIAスコアを検証し、救急科を受診した一過性脳虚血性発作患者の新たなコホートでその後の脳卒中リスクを層別化すること。 【デザイン】前向きコホート研究。 【設定】5年以上追跡したカナダの13の救急科。 【参加者】一過性脳虚血発作または軽微な脳梗塞で救急科を受診した連続成人患者7607例。 【主要評価項目】主要評価項目は、7日以内の脳梗塞または頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術の施行とした。副次評価項目は、7日以内の(頸動脈内膜剥離術および頸動脈ステント留置術の有無別の)脳梗塞とした。7日後および90日後の電話による追跡調査でQuestionnaire for Verifying Stroke Free Status(脳卒中症状の有無を検証する質問票)を用いた。初回の救急科受診を知らせずにおいた3人の脳卒中専門医が全評価項目を判定した。 【結果】7607例のうち108例(1.4%)が7日以内に脳梗塞を発症し、83例(1.1%)に7日以内に頚動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術を施行し、そのうち9例には頸動脈内膜剥離術と頸動脈ステント留置術いずれも施行した。カナダTIAスコアは7日以内の脳梗塞、頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術のリスクを低リスク(0.5%以下、区間尤度比0.20、95%CI 0.09~0.44)、中リスク(リスク2.3%、区間尤度比0.94、0.85~104)、高リスク(リスク5.9%、区間尤度比2.56、2.02~3.25)に層別化し、ABCD2(0.60、0.55~0.64)やABCD2i(0.64、0.59~0.68)よりも正確であった(AUC 0.70、95%CI 0.66~0.73)。7日以内の頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術に関係なく、その後の脳梗塞リスクの結果がほぼ同じであった。 【結論】カナダTIAスコアは、患者の7日以内の脳梗塞リスクを頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術に関係なく層別化し、今や臨床現場での使用の準備が整ったと言える。この検証した推定リスクを管理計画に組み込めば、初回救急外来受診時の入院や調査の時期、専門医への紹介の優先順位付けに関する早期意思決定が改善するであろう。 第一人者の医師による解説 項目多くやや煩雑だが 実臨床への適応はさほど困難ではない 上坂 義和 虎の門病院脳神経内科部長・脳卒中センター長 MMJ. August 2021;17(4):110 一過性脳虚血発作(TIA)は完成型脳梗塞の危険信号として重要である。内科的治療の進歩により以前は4~10%といわれていたTIA後7日以内の脳梗塞発症リスクは現在低下している(1)。TIAで救急外来を受診する患者全員に包括的な検査や入院加療を行うことは、各国の事情にもよるが医療システム上困難なこともある。ABCD2スコアはTIA患者に対する最もよく知られたトリアージツールであるが、前向き検証の結果では低リスクと高リスクの識別能が低いことが指摘されている(2)。 本論文の著者らは、9項目の臨床情報の有無(初回か否か2点、持続時間10分以上2点、頸動脈狭窄の既往2点、抗血小板薬治療3点、歩行障害1点、片側の筋力低下1点、回転性めまい-3点、拡張期血圧110 mmHg以上3点、構語障害ないし失語1点)と4項目の検査所見の有無(心電図での心房細動2点、CT上の脳梗塞[新旧問わない]1点血小板数40万 /μ L以上2点、血糖270 mg/dL以上3点)からなるCanadian TIAスコア(-3~23点)を報告した(3)。 本研究は2012年10月31日~17年5月30日にカナダの13の救急施設に来院した18歳以上 のTIAや軽症の脳梗塞患者7,607人を対象とした前向き研究である。Canadian TIAスコアとABCD2スコアおよび画像情報を加えたABCD2iスコアを算出し、TIA発症後7日以内の脳梗塞および頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術などの血行再建を合わせたものを主要評価項目、TIA発症後7日以内の脳梗塞のみを副次評価項目に設定した。主要評価項目の発生率が1%未満の場合を低リスク、1~5%の場合を中リスク、5%超を高リスクとした。Canadian TIAスコアは低リスク(-3~3点)が全体の16.3%を占め、中リスク(4~8点)は全体の72.1%、高リスク(9点以上)は11.6%を占めた。ABCD2スコア、ABCD2iスコアではいずれも低リスクに分類された患者は皆無であり、3~7%が高リスクで大半が中リスクに分類された。 Canadian TIAスコア自体に頸動脈狭窄に関する項目が含まれており、血行再建に関する層別化能がよいのは当然と考えられるが、脳梗塞だけに限定した副次評価項目においてもCanadian TIAスコアによるリスク層別化能は優れていた。ABCD2スコアに比べ項目が多くやや煩雑ではあるが、救急診療で通常確認している項目からなっており実臨床への適応もさほど困難ではないだろう。 1. Amarenco P, et al. N Engl J Med. 2016;374(16):1533-1542. 2. Perry JJ, et al. CMAJ. 2011;183(10):1137-1145. 3. Perry JJ, et al. Stroke. 2014;45(1):92-100.
脊髄性筋萎縮症I型に用いるrisdiplam
脊髄性筋萎縮症I型に用いるrisdiplam
Risdiplam in Type 1 Spinal Muscular Atrophy N Engl J Med. 2021 Mar 11;384(10):915-923. doi: 10.1056/NEJMoa2009965. Epub 2021 Feb 24. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】脊髄性筋萎縮症I型は、機能性生存運動ニューロン(SMN)タンパク低値によって生じるまれな進行性神経筋疾患である。risdiplamは、SMN2のRNA前駆体スプライシングを修飾し、機能性SMNタンパク値を上昇させる経口投与可能な小分子である。 【方法】支えなしで座位が保持できない1-7カ月齢の脊髄性筋萎縮症I型乳児を対象にrisdiplamを検討した、2段階から成る第II/III相非盲検試験のパート1の結果を報告する。主要評価項目は、安全性、薬物動態、薬力学(血中SMNをタンパク濃度など)およびパート2で用いるrisdiplamの用量決定とした。5秒間以上の支えなしでの座位保持能を探索的評価項目とした。 【結果】乳児計21例を組み入れた。4例を低用量群とし、12カ月時の最終用量を1日当たり0.08mg/kgとした。17例を高用量群とし、12カ月時の最終用量を1日当たり0.2mg/kgとした。ベースラインの血中SMNタンパク濃度中央値は低用量群1.31ng/mL、高用量群2.54ng/mLであり、12カ月時に中央値はそれぞれ3.05ng/mL、5.66ng/mLまで増加し、ベースラインの中央値のそれぞれ3.0倍、1.9倍となった。重篤な有害事象に肺炎、気道感染、急性呼吸不全があった。本稿発表時点では、4例が呼吸器合併症のため死亡している。高用量群の7例が支えなしで5秒間以上座位が保持できたが、低用量群では1例も認められなかった。試験のパート2に用いる用量には高用量(1日当たり0.2mg/kg)を用いることが決定した。 【結論】脊髄性筋萎縮症I型乳児で、経口risdiplamを用いた治療によって血中機能性SMNタンパク発現量が増加した。 第一人者の医師による解説 リスジプラムは全身に作用 有効性と安全性の追加検証を期待 佐橋 健太郎 名古屋大学医学部附属病院脳神経内科講師/勝野 雅央 名古屋大学大学院医学研究科神経内科学教授 MMJ. August 2021;17(4):111 脊髄性筋萎縮症(SMA)は主にSMN1遺伝子欠失変異によるSMN蛋白欠乏により、脳幹や脊髄の下位運動ニューロン変性に伴う、進行性筋力低下、筋萎縮をきたす予後不良の遺伝性疾患である。SMA最多の重症の1型は6カ月齢までに発症し、座位保持能を獲得できず、呼吸筋麻痺により寿命は中央値10.5カ月(1)とされる。ヒトはSMN1重複遺伝子であるSMN2を有するが、mRNA前駆体のエクソン 7の選択的スプライシングによりSMN2からは機能性 SMN蛋白が十分に産生されない。治療薬としては、核酸医薬ヌシネルセンや低分子化合物リスジプラムによるSMN2スプライシング制御治療や、組換えアデノウイルスベクター製剤オナセムノゲン アベパルボベクによるSMN遺伝子補充療法が開発されており、リスジプラムは全身に作用する特色がある。 本論文は、リスジプラム開発元 F. Hoffmann-La Roche社による研究支援のもと、1型 SMN乳児21人(中央値6.7カ月齢:他試験より経過が長い例(2),(3))を対象に実施されたリスジプラム第2/3相非盲検単一群試験(FIREFISH試験)のパート 1の報告である。主要評価項目は安全性、薬物動態、薬力学と、パート 2のための投与量選択とし、また事後分析による探索的評価項目として、永続的な呼吸補助の必要のない無イベント生存、支持なしで5秒以上の座位保持能 (BSID-Ⅲの第22項)、CHOPINTENDとHINE-2運動機能スコアなどが設定された。その結果、12カ月の観察期間で低用量、高用量コホートともに血漿 SMN蛋白上昇が示されたが(それぞれベースライン値の3.0、1.9倍)、個人内の測定値のばらつきが問題として挙げられた。全体21人中19人で無イベント生存、高用量コホート 7人で座位保持能獲得が確認され、また自然歴ではほぼ観察されない運動機能スコアの改善が特に高用量コホートでみられている。一方、重篤な有害事象として肺炎、気道感染がみられた。死亡例の原因は呼吸器合併症であり、SMAに伴う呼吸不全と分類されているが、多くが高用量コホートであり、薬剤関連性の可能性除外も必要と考えられる。最終的にパート 2では高用量のリスジプラム使用が支持されており、さらにリアルワールド設定に近い2?25歳の、重症度の下がる2/3型対象のプラセ ボ 対照二重盲検第2/3相試験(SUNFISH試験:NCT02908685)も進行中であり、リスジプラムの有効性と安全性についての追加検証が待たれる。 略 号:BSID- Ⅲ(Bayley Scales of Infant and Toddler Development, third edition)、CHOP-INTEND (Children's Hospital of Philadelphia Infant Test of Neuromuscular Disorders)、HINE-2(Hammersmith Infant Neuromuscular Examination) Finkel RS, et al. Neurology. 2014;83(9):810-817. Finkel RS, et al. N Engl J Med. 2017;377(18):1723-1732. Mendell JR, et al. N Engl J Med. 2017;377(18):1713-1722.
虚血性脳卒中後の上肢機能障害に用いるリハビリと迷走神経刺激(VNS-REHAB):無作為化盲検ピボタルデバイス試験
虚血性脳卒中後の上肢機能障害に用いるリハビリと迷走神経刺激(VNS-REHAB):無作為化盲検ピボタルデバイス試験
Vagus nerve stimulation paired with rehabilitation for upper limb motor function after ischaemic stroke (VNS-REHAB): a randomised, blinded, pivotal, device trial Lancet. 2021 Apr 24;397(10284):1545-1553. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00475-X. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】虚血性脳卒中後に長期的な上肢機能障害がよく起こるが、リハビリテーションと迷走神経刺激の組み合わせによって改善すると思われる。著者らは、この方法が脳卒中後の上肢障害改善に安全で有効な治療であることを明らかにすることを目的とした。 【方法】英国および米国の脳卒中リハビリテーション施設19箇所で実施されたこのピボタル無作為化三十盲検シャム対象試験は、虚血性脳卒中から9カ月以上経過し、中等度ないし重度の上肢機能障害が残る患者をリハビリテーション+迷走神経刺激(VNS群)とリハビリテーション+シャム刺激(対照群)に(1対1の割合で)割り付けた。ResearchPoint Global社(米テキサス州オースティン)がSAS PROC PLAN(米SAS Institute Software社)を用いて無作為化を実施し、地域(米国 vs 英国)、年齢(30歳以下 vs 30歳超)、治療開始前のFugl-Meyer Assessment-Upper Extremity(FMA-UE)スコア(20~35点 vs 36~50点)で層別化した。参加者、評価者および治療実施者に割り付けを伏せた。全参加者に迷走神経刺激装置を留置した。VNS群は、0.8mA、100μs、30Hzの刺激を0.5秒間受けた。対照群は、0mAの刺激を受けた。参加者は、6週間にわたり施設内で治療を受けた後(1週間に3回、計18回)、自宅で運動プログラムを継続した。主要評価項目は、施設内での治療完了初日の障害の変化とし、FMA-UEスコアで測定した。施設内治療完了から90日後にもFMA-UEの奏効率を評価した(副次評価項目)。全解析はintention-to-treatで実施した。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT03131960として登録されている。 【結果】2017年10月2日から2019年9月12日までの間に、108例を無作為化により割り付けた(VNS群53例、対照群55例)。106例が試験を完遂した(各群1例が脱落)。施設内治療完了初日、平均FMA-UEスコアはVNS群では5.0点(SD 4.4)、対照群では2.4点(3.8)上昇した(群間差2.6点、95%CI 1.0~4.2、P=0.0014)。施設内での治療から90日後、VNS群53例中23例(47%)、対照群55例中13例(24%)がFDA-UEスコアの臨床的に意義のある効果を達成した(群間差24%、6~41、P=0.0098)。対照群に手術関連の重篤な有害事象が1件発生した(声帯麻痺)。 【解釈】リハビリテーションと組み合わせた迷走神経刺激は、虚血性脳卒中後の中等度ないし重度上肢機能障害の新たな治療選択肢となる可能性がある。 第一人者の医師による解説 対象患者の障害程度の見極めと 治療の侵襲性と介入時期等についての議論が必要 赤倉 奈穂実/早乙女 貴子(医長) 東京都立神経病院リハビリテーション科/髙橋 一司 東京都立神経病院院長 MMJ. October 2021;17(5):141 虚血性脳卒中後に多くの患者で上肢機能障害が残存することは知られているが、これまでに上肢機能障害に対する効果が報告された治療法はわずかである。 脳卒中後の脳神経細胞には可塑性があることが指摘されている。迷走神経刺激(VNS)は皮質全体でアセチルコリンやノルエピネフリンなどの可塑性を促進する神経調節物質の放出を引き起こす。VNSを運動と同期的に行うことでシナプス再編成と残存神経の動員を促し、上肢の運動機能を回復させることが、動物実験で示されている(1),(2)。 本論文は、脳卒中後遺症のある患者を対象にVNS治療を英国と米国の19の脳卒中リハビリテーション施設で実施した無作為化三重盲検比較試験の報告である。年齢22~80歳、発症後9カ月~10年、中等度~重度(Fugl-Meyer Assessment-Upper Extremity[FMA-UE]スコア,20〜50点[最高得点は66点])の上肢機能障害を有する片側テント上虚血性脳卒中患者108人にVNS装置の植込み術を行った後、VNS刺激+リハビリテーション(VNS群53人)または偽刺激+リハビリテーション(対照群55人)のいずれかを週3回・6週間施設内で実施、その後自宅での運動プログラムを継続した。リハビリテーションプログラムは、リーチと把握、物体の裏返し、食事動作などの患者ごとに個別化した難易度の課題を反復して行った。 プログラム終了時の評価では、FMA-UEスコアの平均値は、ベースラインに比べ、VNS群で5.0点、対照群2.4点改善し、2群間に有意差が認められた。プログラム終了後90日目にFMA-UEスコアで臨床的に意義がある6ポイント以上の改善が得られたのは、VNS群では23/53人(47%)、対照群では13/55人(24%)であり、2群間の差は有意であった。手術に関連した重篤な有害事象は、対照群で1件(声帯麻痺)であり、これはてんかんやうつ病に対するVNS治療でみられる頻度と相違なかった。著者らはVNSが脳卒中後遺症としての上肢機能障害を改善させる新しい戦略になりうると結論付けている。 この治療法の課題として、運動神経回路の回復には上肢の運動が必要であり、対象となる患者の障害の程度を見極める必要があることや、介入時期、治療の侵襲性についても、さらなる議論が必要である。脳卒中後の中等度〜重度の上肢機能障害に対するリハビリテーションとVNSの組み合わせは新規治療として可能性を秘めている。 1. Engineer ND, et al. Front Neurosci. 2019;13:280. 2. Meyers EC, et al. Stroke. 2018;49(3):710-717.
成人の反復性片頭痛に用いる急性期治療:系統的レビューとメタ解析
成人の反復性片頭痛に用いる急性期治療:系統的レビューとメタ解析
Acute Treatments for Episodic Migraine in Adults: A Systematic Review and Meta-analysis JAMA. 2021 Jun 15;325(23):2357-2369. doi: 10.1001/jama.2021.7939. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【重要性】片頭痛は頻度が高く著しい病的状態を引き起こすことがあり、急性期治療に幾つか選択肢がある。【目的】成人の反復性片頭痛に用いる急性期治療の便益と害を評価すること。【データ入手元】開始時から2021年2月24日までの多数のデータベース。【試験の選択】片頭痛発作に用いる急性期治療の効果または害を評価した無作為化臨床試験と系統的レビュー。【データ抽出および統合】独立したレビュアーが試験を選択し、データを抽出した。Hartung-Knapp-Sidik-Jonkman法による分散補正およびDerSimonian-Lairdのランダム効果モデルを用いてメタ解析を実施し、試験数が少ない場合はMantel-Haenszel法に基づく固定効果モデルを用いた。【主要評価項目】主要評価項目は、疼痛消失、疼痛緩和、疼痛消失の持続、疼痛緩和の持続、有害事象とした。科学的根拠の強さ(SOE)をAgency for Healthcare Research and Quality Methods Guide for Effectiveness and Comparative Effectiveness Reviewsを用いて各等級に分類した。【結果】系統的レビュー15報からトリプタンと非ステロイド抗炎症薬に関する科学的根拠を要約した。他の介入について、患者2万8,803例を対象とした無作為化臨床試験115件を対象とした。プラセボと比較すると、トリプタンと非ステロイド抗炎症薬を別々に使用した場合に、2時間後および翌日の疼痛軽減(中程度ないし高度のSOE)および軽度で一過性の有害事象のリスク上昇との有意な関連を認めた。プラセボと比較すると、カルシトニン遺伝子関連ペプチド受容体拮抗薬(低度ないし高度のSOE)、lasmiditan(5-HT1F受容体作動薬;高度のSOE)、dihydroergotamine(中等度ないし高度のSOE)、ergotamine+カフェイン(中等度のSOE)、アセトアミノフェン(中等度のSOE)、制吐薬(低度のSOE)、butorphanol(低度のSOE)、トラマドールとアセトアミノフェンの併用(低度のSOE)に疼痛軽減および軽度の有害事象増加との有意な関連があった。オピオイドに関する結果は、低度または不十分なSOEに基づくものであった。遠隔電気神経調節(中等度のSOE)、経頭蓋磁気刺激(低度のSOE)、外部三叉神経刺激(低度のSOE)、非侵襲的迷走神経刺激(低度のSOE)などの非薬物療法に疼痛改善との有意な関連があった。非薬物療法群とシャム群との間に有害事象の有意差は認められなかった。【結論および意義】片頭痛の急性期治療が幾つかあるが、それぞれの治療を裏付ける科学的根拠の強さにばらつきがある。トリプタン、非ステロイド抗炎症薬、アセトアミノフェン、dihydroergotamine、カルシトニン遺伝子関連ペプチド拮抗薬、lasmiditanおよび一部の非薬物療法に疼痛および機能の改善との有意な関連を認めた。オピオイドを始めとするその他多くの介入に関する科学的根拠は少なかった。 第一人者の医師による解説 ゲパント系薬剤やディタン系薬剤の国内承認で 片頭痛の急性期治療は大きな変革 北村 英二 北里大学医学部脳神経内科学講師 MMJ. December 2021;17(6):173 2016年の世界の疾病負荷研究(GlobalBurdenofDiseaseStudy)によると、世界人口のおよそ14.4%が片頭痛に罹患しており、片頭痛は障害生存年数の第2位に位置する疾患である。片頭痛診療では生活習慣や環境要因に対する生活指導に加え、急性期治療と予防療法が行われる。日本では2021年に抗カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)抗体、抗CGRP受容体抗体による予防療法が承認され、片頭痛診療の大きな変革期が到来している。本論文の目的は成人の反復性片頭痛(国際頭痛分類第3版[ICHD-3]片頭痛診断基準に準じ、片頭痛日数が月に15日未満で慢性片頭痛に該当しないもの)に対する急性期治療の有益性と有害性を評価することである。トリプタンと非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)に関するエビデンスについて15の系統的レビューを、その他の介入研究については115の無作為化臨床試験(患者数28,803人)を評価した。プラセボと比較して、トリプタンとNSAIDsを個別に使用した場合、それぞれ2時間後と1日後の痛みが有意に減少し(エビデンスの強さ[SOE]:中~高)、軽度・一過性有害事象のリスクが上昇した。またプラセボと比較して、CGRP受容体拮抗薬(SOE:低~高)、ラスミディタン(5-HT1F受容体作動薬)(SOE:高)、ジヒドロエルゴタミン(SOE:中~高)、エルゴタミン+カフェイン(SOE:中)、アセトアミノフェン(SOE:中)、制吐薬(SOE:低)、ブトルファノール(SOE:低)、およびトラマドールとアセトアミノフェンの併用(SOE:低)は有意に痛みを軽減し、軽度有害事象の増加を認めた。オピオイドに関してはSOEが低いか不十分であった。一方、片頭痛の非薬物療法については、ニューロモデュレーション(REN)(SOE:中)、経頭蓋磁気刺激装置(TMS)(SOE:低)、経皮的三叉神経刺激装置(e-TNS)(SOE:低)、非侵襲的迷走神経刺激装置(nVNS)(SOE:中)が有意に痛みを改善した。有害事象については、非薬物療法と偽(sham)治療で有意差はなかった。片頭痛に対していくつかの急性期治療があるが、今回の結果から、そのエビデンスの強さはさまざまであることが示された。日本でもゲパント系薬剤(CGRP受容体拮抗薬)(1),(2)、ディタン系薬剤(選択的5-HT1F受容体作動薬)(3)が承認されれば、片頭痛の予防療法のみならず急性期治療も大きな変革期を迎えることが予想される。 1. Croop R, et al. Lancet. 2021;397(10268):51-60.2. Lipton RB, et al. N Engl J Med. 2019;381(2):142-149.3. Goadsby PJ, et al. Brain. 2019;142(7):1894-1904.
職務上の認知刺激が高いと認知症発症率が低く中枢神経阻害蛋白も低い
職務上の認知刺激が高いと認知症発症率が低く中枢神経阻害蛋白も低い
Cognitive stimulation in the workplace, plasma proteins, and risk of dementia: three analyses of population cohort studies BMJ. 2021 Aug 18;374:n1804. doi: 10.1136/bmj.n1804. 上記論文のアブストラクト日本語訳 ※ヒポクラ×マイナビ 論文検索(Bibgraph)による機械翻訳です。 【目的】認知的に刺激的な仕事とその後の認知症リスクとの関連を調べ、この関連のタンパク質経路を特定する。 【デザイン】3セットの分析を行うマルチコホート研究 【設定】イギリス、ヨーロッパ、アメリカ。 【参加者】IPD-Workコンソーシアムの7つの集団ベースの前向きコホート研究(働く人々の個人参加データのメタ解析)の107 896人の認知刺激と認知症リスク、1つのコホート研究の2261人のランダムサンプルの認知刺激とタンパク質、2つのコホート研究の13 656人のタンパク質と認知症リスクの3つの関連について検討された。 【主要評価項目】認知的刺激は、ベースライン時に、能動的仕事と受動的仕事に関する標準的な質問票を用いて測定し、ベースライン時と経時的に、仕事への暴露マトリックス指標を用いて測定した。血漿試料中の4953個の蛋白質がスキャンされた。認知症発症の追跡期間は、コホートによって13.7年から30.1年の間であった。 【結果】180万人年のリスク期間中に、1143人の認知症患者が記録された。認知症のリスクは,仕事中の認知刺激が低い人と高い人で低いことが分かった(1万人年当たりの認知症の粗発生率は高刺激群4.8,低刺激群7.3,年齢・性別調整ハザード比0.77,95%信頼区間0.65~0.92,コホート別推定値の異質性I2=0%,P=0.99)。この関連は,教育,成人期の認知症の危険因子(ベースライン時の喫煙,大量のアルコール摂取,運動不足,仕事の負担,肥満,高血圧,糖尿病有病),認知症診断前の心代謝疾患(糖尿病,冠動脈心疾患,脳卒中)を追加調整しても頑健だった(完全調整ハザード比 0.82,95%信頼区間 0.68 ~ 0.98)。認知症のリスクは、最初の10年間の追跡期間中(ハザード比0.60、95%信頼区間0.37~0.95)、10年目以降も観察され(0.79、0.66~0.95)、認知刺激の反復職業曝露マトリックス指標を用いて再現した(1標準偏差増加あたりのハザード比0.77、95%信頼区間0.69~0.86)。多重検定を制御した解析では、仕事での認知刺激が高いほど、中枢神経系の軸索形成とシナプス形成を阻害するタンパク質のレベルが低かった:スリットホモログ2(SLIT2、完全調整β-0.34, P<0.001)、糖質硫酸転移酵素12(CHSTC, 完全に調整したβ -0.33, P<0.001)、およびペプチジルグリシンαアミド化モノオキシゲナーゼ(AMD, 完全に調整したβ -0.32, P<0.001)である。これらのタンパク質は認知症リスクの上昇と関連しており,1SDあたりの完全調整ハザード比は,SLIT2が1.16(95%信頼区間1.05~1.28),CHSTCが1.13(1.00~1.27),AMDが1.04(0.97~1.13)だった。 【結論】認知的に刺激のある仕事をする人は,刺激のない仕事の人よりも老後の認知症のリスクが低いことが分かった。認知的刺激が、軸索形成やシナプス形成を潜在的に阻害し、認知症のリスクを高める血漿タンパク質の低レベルと関連するという知見は、根本的な生物学的メカニズムへの手がかりを提供する可能性がある。 第一人者の医師による解説 大規模コホート研究参加者での確認と年齢、性、学歴などで補正した点が新たな知見 福井 俊哉 かわさき記念病院院長 MMJ. April 2022;18(2):35 認知刺激は認知リザーブを増やして認知症発症を抑制する可能性が示唆されている(1)。本論文は、職務における認知刺激と認知症リスクおよび血漿蛋白との関連を検討することを目的に、英国、欧州、米国で実施されたマルチコホート研究のデータを用いて3種類の解析を行った結果の報告である。解析の内容は以下のとおりである:(1)IPD-Work(individual participant data meta-analysis in working populations)consortiumにより集積された前向きマルチコホート研究13件(2)のうち、認知に関連のある7件に参加した107,896人における職務上認知刺激と認知症リスクの関連(2)このうち1件のコホートから無作為に抽出した2,261人における認知刺激と血漿蛋白の関連(3)(2)に別の1件のコホート参加者を追加した13,656人における血漿蛋白と認知症リスクの関連。職務上認知刺激はリッカート尺度を用いた質問票によりベースラインで判定し、観察期間中は職業曝露マトリックス方法を用いて客観的に評価した。血漿蛋白は4,953種類が検討された。認知症発症の経過観察期間はコホートにより13.7 ~ 30.1年と異なり、認知症の有無は電子健康記録に加えて認知症検査を繰り返すことにより判定した。 結果として、認知症リスクを有する約180万人・年の観察期間において、1,143人が認知症を発症した。認知症リスクは高認知刺激職務群の方が低認知刺激職務群よりも低かった。性、年齢、学歴、飲酒・喫煙歴、運動不足、認知症発症前の生活習慣病などで統計学的に補正してもこの関連は有意であった(ハザード比[HR], 0.82)。この傾向は特にアルツハイマー型認知症において明らかであった。認知症リスクは観察開始10年以内(HR,0.60)でも、10年以降(HR, 0.79)でも認められた。職業曝露マトリックス方法を用いた場合も同様な結果であった。血漿蛋白に関しては、職務における認知刺激が高いほど、中枢神経系の軸索形成やシナプス形成を抑制する蛋白(slit homologue2[SLIT2]、carbohydrate sulfotransferase[CHSTC]、peptidyl-glycine α -amidating monooxygenase[AMD])が低かった。これらの蛋白はより高い認知症リスクの上昇と関連していた。 今回の報告では、趣味などよりも長時間関わる職務における認知刺激の強さが認知症発症率ならびに軸索形成 /シナプス形成を抑制する蛋白の量と関連していることを、大規模コホート研究に参加した多数の対象者において確認した点に新規性がある。年齢、性、学歴、飲酒・喫煙歴、生活習慣病で補正してもこの関連が成り立つ点は新たなる知見であると思われる。 1. Livingston G, et al. Lancet. 2020;396(10248):413-446. 2. Kivimäki M, et al. Lancet. 2012;380(9852):1491-1497.