ライブラリー 院外亜硝酸ナトリウム投与が心停止後病院到着までの生存率にもたらす効果 無作為化臨床試験
Effect of Out-of-Hospital Sodium Nitrite on Survival to Hospital Admission After Cardiac Arrest: A Randomized Clinical Trial
JAMA. 2021 Jan 12;325(2):138-145. doi: 10.1001/jama.2020.24326.
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上記論文の日本語要約
【重要性】心停止モデル動物で、蘇生時に亜硝酸ナトリウムを投与することによって生存率が改善することが認められているが、ヒトを対象とした臨床試験で有効性が評価されていない。
【目的】院外心停止の蘇生時に救急医療隊員が亜硝酸ナトリウムを非経口投与することによって病院到着までの生存率が改善するかを明らかにすること。
【デザイン、設定および参加者】米ワシントン州キング郡で、心室細動の有無を問わず院外心停止を来した成人1502例を対象とした第II相二重盲検プラセボ対照無作為化臨床試験。2018年2月8日から2019年8月19日の間に救急医療隊員が蘇生処置を実施した患者を登録した。2019年12月31日までに追跡調査とデータ抽出を終えた。
【介入】適格な院外心停止患者を亜硝酸ナトリウム45mg(500例)、亜硝酸ナトリウム60mg(498例)、プラセボ(499例)を投与する群に(1対1対1の割合で)無作為に割り付け、蘇生処置実施中にできるだけ早くボーラス投与した。
【主要評価項目】主要評価項目は病院到着時の生存率とし、片側仮説検定で評価した。副次評価項目は、院外変数(自己心拍再開率、再心停止率、血圧維持を目的としたノルエピネフリン使用)と院内変数(退院時の生存率、退院時の神経学的転帰、24、48、72時間までの累積生存率、集中治療室在室日数)とした。
【結果】無作為化した院外心停止患者1502例(平均年齢64歳[SD 17]、女性34%)のうち99%が試験を完了した。全体で、亜硝酸ナトリウム45mg群の205例(41%)、同60mg群の212例(43%)、プラセボ群の218例(44%)が病院到着まで生存していた。45mg群とプラセボ群の平均差は-2.9%(片側95%CI -8.0%~∞、P=0.82)、60mg投与群とプラセボ群の平均差は-1.3%(片側95%CI -6.5%~∞、P=0.66)であった。事前に規定した副次評価項目7項目には有意差は認められず、退院時の生存者数が亜硝酸ナトリウム45mg群66例(13.2%)、同60mg群72例(14.5%)、プラセボ群74例(14.9%)で、亜硝酸ナトリウム45mg群とプラセボ群の平均差は-1.7%(両側検定の95%CI -6.0~2.6%、P=0.44)、同60mg群とプラセボ群の平均差は-0.4%(同-4.9~4.0%、P=0.85)であった。
【結論および意義】院外心停止を来した患者で、亜硝酸ナトリウムの投与は、プラセボと比較して病院到着時の生存率が有意に改善することはなかった。この結果から、院外心停止の蘇生時に亜硝酸ナトリウムの使用は支持されない。
第一人者の医師による解説
心肺停止蘇生後の神経障害抑制 他の薬剤も含めさらなる研究の進展を期待
今井 寛 三重大学医学部附属病院救命救急・総合集中治療センター センター長・教授
MMJ. April 2021;17(2):58
心停止患者において脳神経障害は主な死因であり、蘇生された患者のほとんどは意識を取り戻すことはない。心肺蘇生法の進歩にもかかわらず、米国で2005~15年に収集されたデータによると、院外心停止後に自己心拍再開した患者の80%以上が退院前に死亡している。亜硝酸投与療法は虚血と再灌流後の細胞障害とアポトーシスを抑制し、また多数の動物モデルにおいて細胞保護効果を認めている。げっ歯類の心停止モデルでは、蘇生中に低用量亜硝酸塩を単回静脈内投与すると生存率が48%向上したと報告されている。他の動物モデルでは、心停止後の再灌流初期の亜硝酸塩濃度が10~20μMの間であれば生存率の改善と関連していることが示唆された。院外心停止患者125人を対象とした第1相非盲検試験の結果では、心停止の場合、蘇生中に亜硝酸ナトリウム45mgまたは60mgを投与すると投与後10~15分以内に血清中亜硝酸濃度が10~20μMに到達した(1)。
本研究はこれらの知見に基づき、院外心肺停止の傷病者に対して蘇生中に亜硝酸ナトリウムを急速静注することによって生存入院率が上がるかどうかについて第2相無作為化二重盲検プラセボ対照試験として検討された。ワシントン州キング郡で2018年2月8日~19年8月19日に登録された院外心停止患者(すべての初期波形を対象、外傷を除く)は1,502人で、亜硝酸ナトリウム45mg群(500人)、60mg群(498人)、プラセボ群(生食、499人)に無作為に割り付けられ、救急隊員が蘇生中にできる限り早く静注した。その結果、生存入院した患者は亜硝酸ナトリウム45mg群205人(41%)、60mg群212例(43%)、プラセボ群218人(44%)であり、プラセボ群との平均差は45mg群で-2.9%(片側95% CI, -8.0%~∞;P=0.82)、60mg群で-1.3%(片側95% CI, -6.5%~∞;P=0.66)といずれも有意差を認めなかった。事前に設定した7つの副次評価項目(再心停止率、救急隊員によるノルアドレナリン使用、自己心拍再開率、集中治療室[ICU]滞在日数、24・48・72時間までの累積生存率、退院までの生存率、および退院時の神経学的状態)についても有意差を認めなかった。したがって、著者らは院外心肺停止に対する蘇生中の亜硝酸ナトリウム静注は支持されないと結論付けている。
心肺停止蘇生後の神経障害抑制は重要な課題であり、亜硝酸ナトリウムだけでなく他の薬剤も含めてさらなる研究が進むことを期待する。
1. Kim F, et al. Circulation. 2007;115(24):3064-3070.