「呼吸器」の記事一覧

小児の喘息発症および喘鳴持続に関連がある大気汚染および家族関連の決定因子 全国症例対照研究
小児の喘息発症および喘鳴持続に関連がある大気汚染および家族関連の決定因子 全国症例対照研究
Air pollution and family related determinants of asthma onset and persistent wheezing in children: nationwide case-control study BMJ. 2020 Aug 19;370:m2791. doi: 10.1136/bmj.m2791. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】小児の喘息発症および喘鳴時属の危険因子(大気汚染および家族関連)を明らかにすること。 【デザイン】全国症例対照研究 【設定】デンマーク 【参加者】1997年から2014年に出生したデンマーク人小児全例。1歳から15歳まで喘息発症および喘鳴持続を追跡した。 【主要評価項目】喘息発症および喘鳴の持続。 【結果】両親に喘息がある小児(調整ハザード比2.29、95%CI 2.22~2.35)および母親が妊娠中に喫煙していた小児(1.20、1.18~1.22)の喘息発症率が高く、親が高学歴の小児(0.72、0.69~0.75)および親が高収入の小児(0.85、0.81~0.89)の喘息発症率が低かった。直径2.5μm以下および10μm以下の大気中微小粒子状物質(PM2.5およびPM10)、硝酸塩への曝露があると喘息発症および喘鳴持続のリスクが上昇し、汚染物質濃度5μg/m3増加当たりのハザード比はPM2.5で1.05(95%CI 1.03~1.07)、PM10で1.04(1.02~1.06)、二酸化窒素で1.04(1.03~1.04)だった。PM2.5の喘息および喘鳴持続との正の関連は、さまざまなモデルや感度解析の結果、唯一頑強性が維持された。 【結論】この研究結果からは、高濃度PM2.5に曝露した小児は、曝露していない小児に比べて喘息発症および喘鳴持続が起きやすいことが示唆される。この転帰に関連を示すその他の危険因子に、両親の喘息、両親の学歴および母親の妊娠中の喫煙があった。 第一人者の医師による解説 地域差が大きいPM2.5の影響 日本のエコチル調査の結果が待たれる 勝沼 俊雄 慈恵会医科大学附属第三病院小児科診療部長・教授 MMJ. February 2021;17(1):16 小児の喘息発症に関わる因子は個体因子と環境因子からなり、それらは予防対策の基本となる。個体因子は家族歴が主となり、環境因子としては吸入アレルゲン曝露と気道ウイルス感染が議論や対策の中心といえる。少なくとも近年において大気汚染の寄与を強調する傾向はみられない。 しかし今回、デンマークにおける18年に及ぶ全国規模の症例対象研究の結果を踏まえ、本論文の結語として最も強調しているのは、PM2.5の喘息・持続性喘鳴への関与でありその対策である。デンマークでは1976年に国家的な患者登録制度(National Patient Register;LPR)を開始し、本研究は上記患者レジストリに登録されている1997~2014年にデンマークで生まれた子どものデータを解析している。すなわち1歳から15歳までに喘息の診断を受けたか、2種類以上の抗喘息薬を処方された小児(122,842人)に関し、喘息の診断を受けていないランダムに選択された25倍の数の対照(3,069,943人)と比較した。 その結果、喘息・喘鳴頻度を高める因子として親の喘息(調整済みハザード比[HR], 2.29;95%信頼区間[CI], 2.22~2.35)と妊娠中の母体喫煙(HR, 1.20;95% CI, 1.18~1.22)、低める因子として親の高い教育レベル(HR, 0.72;95% CI, 0.69~0.75)と 高収入(HR, 0.85;95 % CI, 0.81~0.89)が特定された。そして大気汚染物質の中では、唯一PM2.5への曝露が喘息・喘鳴のリスクを有意に高めることが明らかとなり、PM2.5濃度が5μg/m3上昇するごとにリスクが1.05(95% CI, 1.03~1.07)倍高まるという結果が得られた。調査全体におけるPM2.5の平均値(SD)は12.2(1.5)μg/m3であった(下位5%の平均値は9.7μg/m3、上位5%は14.8g/m3)。 数年前の中国のように著しいPM2.5曝露下においては、半世紀以前の公害喘息(川崎喘息、四日市喘息など)同様、強い関与がありうると私自身は考えていた。しかしながら、本研究で示された平均約12μg/m3というPM2.5のレベルは、東京(15μg/m3程度)と大差ないレベルである。PM2.5が5μg/m3上昇するごとに小児の喘息・喘鳴リスクが5%高まるということは、喘息自体の有病率が5%であることから無視できない影響といえる。喘息の最前線で働いてきた臨床医としては実感しにくいが、PM2.5の影響は地域差が大きいであろうから日本における調査に注目したい。喘息、アレルギーを含む大規模な出生コホート調査で、2011年から始まったエコチル調査の結果が待たれる
ビタミンD低値喘息患児の重度喘息増悪にもたらすビタミンD3補給の効果 VDKA無作為化臨床試験
ビタミンD低値喘息患児の重度喘息増悪にもたらすビタミンD3補給の効果 VDKA無作為化臨床試験
Effect of Vitamin D3 Supplementation on Severe Asthma Exacerbations in Children With Asthma and Low Vitamin D Levels: The VDKA Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Aug 25;324(8):752-760. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】重度の喘息増悪は死に至ることがあり、医療費もかかる。ビタミンD3補給によって小児期の重度喘息増悪が抑制できるかは明らかになっていない。 【目的】ビタミンD3補給によって、ビタミンD低値喘息患児の重度増悪までの時間が改善するかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】Vitamin D to Prevent Severe Asthma Exacerbations(VDKA)試験は、血清25-ヒドロキシビタミンD値が30ng/mL未満で低用量吸入ステロイドを投与している6~16歳の高リスク喘息患児で、ビタミンD3補給によって重度増悪までの時間が改善するかを検討した二重盲検プラセボ対照無作為化臨床試験である。米国7施設から被験者を組み入れた。2016年2月に、400例を目標に登録を開始した。試験は無益性のため早期に(2019年3月)中止され、2019年9月に追跡を終了した。 【介入】被験者をビタミンD3群(1日当たり4000IU、96例)とプラセボ群(96例)に割り付け、48週間にわたって投与し、フルチカゾン176μg/日(6~11歳)または220μg/日(12~16歳)投与を継続した。 【主要評価項目】主要評価項目は、重度喘息増悪までの時間とした。ウイルス誘発重度増悪までの時間、試験期間の中間時点で吸入ステロイド用量が減少した被験者の割合および期間中のフルチカゾン累積投与量を副次評価項目とした。 【結果】無作為化した192例(平均年齢9.8歳、女児88例[40%])のうち180(93.8%)が試験を完遂した。ビタミンD3群の36例(37.5%)およびプラセボ群の33例(34.4%)が1回以上の重度増悪を来した。プラセボと比べると、ビタミンD3補給による重度増悪までの時間の有意な短縮は見られず、増悪までの平均期間はビタミンD3群240日、プラセボ群253日だった。(平均群間差-13.1日、95%CI -42.6~16.4、調整ハザード比1.13、95%CI 0.69~1.85、P=0.63)。同様に、プラセボと比較したビタミンD3補給によるウイルス誘発重度増悪、試験期間の中間時点で吸入ステロイド用量が減少した被験者の割合および期間中のフルチカゾン累積投与量の改善度に有意差はなかった。両群の重度有害事象発現率はほぼ同じだった(ビタミンD3群11例、プラセボ群9例)。 【結論および意義】喘息が持続する低ビタミンD値の小児で、プラセボと比べてビタミンD3補給によって重度喘息増悪まで時間の有意な改善は認められなかった。この結果からは、この患者群に重度喘息増悪予防のためビタミンD3を補給することは支持されない。 第一人者の医師による解説 小児に対するプラクティスとしてのビタミンD投与は中止すべき 横山 彰仁 高知大学医学部呼吸器 ・アレルギー内科学教授 MMJ. February 2021;17(1):17 ビタミンDは肺の重要な成長因子であり、また免疫系において制御性T細胞の誘導、Th2やTh17反応の抑制、IL-10産生などを引き起こすことが知られている。さらに、気道のマイクロバイオームに影響し、平滑筋肥大を抑制しコラーゲン沈着を抑制することで気道リモデリングに抑制的に働くことも報告されている。こうした研究に一致するように、血中ビタミン D濃度が低下した患者では、重症の喘息増悪、肺機能低下、ステロイド反応性の低下などが生じることも知られている。 以上から、ビタミンDには喘息の1次予防効果が期待されるが、残念ながらその有用性は不明である。妊婦や幼児へのビタミンD補充は後年の家ダニへの感作抑制につながるとの報告もあるが、喘息発症を抑制するかは不明である。ただし、ビタミンDには、ライノウイルスの増殖を抑制し、インターフェロンによる抗ウイルス作用を促進するなど、ウイルス感染による発作を抑制する可能性はある。実際にメタ解析ではビタミンD補充は、喘息増悪のリスクを有意に低下させることが示されている。ただ、16歳以下に関しては有意な結果は得られていない。以上から、小児へのビタミンD投与は推奨されるに至っていないが、これまでの研究では、血中濃度が低い、重症増悪リスクが高い患児を対象としていないなどの問題点が指摘されていた。 本研究の利点として以下の3点が挙げられる:①参加者の血中ビタミンD濃度を測定し、濃度が低いことを確認した上で試験に登録している、②補充により実際に血中濃度が上昇したことを確認している、③前年に重症増悪歴のあるリスクが高い患児を対象とし、重症増悪発症までの期間を主要評価項目としている。 当初、本試験では重症増悪発症率で16%の絶対差を検出できるサンプルサイズの400人を目標として設定したが、予定されていた中間解析で有効性が認められず早期中止となった。最終的には目標の半分以下の192人を、48週間のプラセボ群またはビタミンD群に1:1に割り付けた。結果として、重症増悪はビタミン群で36人(37.5%)、プラセボ群で33人(34.4%)に認められ、主要評価項目である発症までの期間はもとより、ウイルス感染による重症増悪、吸入ステロイド薬の減量や累積使用量に関しても有意差は認められず、ビタミンD投与の有効性は認められなかった。 今回の結果を踏まえると、既報から小児に対しプラクティスとしてビタミン D濃度を測定し、投与する施設があるならば、中止すべきであろう。
COVID-19患者の病理解剖所見および静脈血栓塞栓症 前向きコホート試験
COVID-19患者の病理解剖所見および静脈血栓塞栓症 前向きコホート試験
Autopsy Findings and Venous Thromboembolism in Patients With COVID-19: A Prospective Cohort Study Ann Intern Med. 2020 Aug 18;173(4):268-277. doi: 10.7326/M20-2003. Epub 2020 May 6. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】新型コロナウイルス、SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)によって、世界で21万人以上が死亡している。しかし、死因やウイルス病理学的特徴についてはほとんど明らかになっていない。 【目的】病理解剖、死亡時画像診断およびウイルス学的検査のデータから臨床的特徴を検証し、比較すること。 【デザイン】前向きコホート試験。 【設定】ドイツ・ハンブルク州から委託され、大学病院1施設で実施したPCR検査でCOVID-19診断が確定した患者の病理解剖。 【患者】COVID-19陽性で死亡した最初の連続症例12例。 【評価項目】死後CT検査、組織学的およびウイルス学的解析を含む死体解剖を実施した。臨床データおよび疾患の経過を評価した。 【結果】患者の平均年齢は73歳(範囲52~87歳)、患者の75%が男性であり、病院内(10例)または外来病棟(2例)で死亡が発生した。冠動脈疾患、喘息または慢性閉塞性呼吸器疾患が最も頻度の高い併存疾患であった(それぞれ50%、25%)。解剖から、12例中7例(58%)に深部静脈血栓症があったことが明らかになったが、いずれも死亡前に静脈血栓塞栓症の疑いはなかった。4例では肺塞栓が直接的な死因であった。死後CT検査で8例に両肺にコンソリデーションを伴う網状浸潤影、病理組織学的検査で8例にびまん性肺胞傷害が認められた。全例の肺から高濃度のSARS-CoV-2 RNAが検出された。10例中6例からウイルス血症、12例中5例からは肝臓や腎臓、心臓からも高濃度のウイルスRNAが検出された。 【欠点】検体数が少ない点。 【結論】静脈血栓塞栓症が高頻度に見られることから、COVID-19による凝固障害が重要な役割を演じていることが示唆される。COVID-19による死亡の分子的構造および全体の発生率、死亡を抑制するための有望な治療法を明らかにすべく、詳細な研究が必要とされる。 第一人者の医師による解説 死に至る病態はびまん性肺胞傷害で急速悪化のケースと 合併症により徐々に衰弱するケースか 福澤 龍二 国際医療福祉大学大学院医学研究科基礎医学研究分野・医学部病理学教授 MMJ. February 2021;17(1):8 本論文は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)12例(全例基礎疾患あり)の臨床像、血液、凝固系、PCRなどの検査所見、死後のCT、病理解剖所見を報告している。剖検による死因として全例に肺病変が挙げられ、2種類の肺病理像に分類できる。 (1)間質性肺炎(IP)─びまん性肺胞傷害(DAD):8例は、IPが先行しDADに進展した症例であった。血液、肺、その他複数の臓器からSARS-CoV-2が検出され、ウイルス血症による全身への播種、IPとの関連が示唆される。 (2)気管支肺炎(BP):残り4例は、末梢気道への好中球浸潤を主体とするBPであった。間質性病変はなく、経気道的な細菌感染が示唆される。このようなウイルス性IPの組織像が明確でない症例でも、肺組織からウイルスが検出されていることから、ウイルスが気道上皮細胞に感染し、粘液線毛クリアランスを低下させることが細菌感染の一因と思われる。 肺病理像に基づいて、血液凝固異常との関連をみると、IP-DAD症例8例中6例に深在静脈血栓が形成され、4例は肺塞栓を伴っていた。全例が病院外で突然死または集中治療室で死亡している。重篤な呼吸障害を起こすDADに加え、肺塞栓を高頻度に認める解剖所見は死亡時の状況を反映している。一方、BPの症例では、肺塞栓はなく、静脈血栓を1例のみ認めた。全例が一般病棟で支持療法中に死亡しており、経過は緩徐で、IP-DADに比べ血液凝固異常は起こりにくい病態であることが示唆される。 以上から、COVID-19により死に至る病態は以下の2つが想定される:①IPが先行し、DAD発症により急速に呼吸状態が悪化し、重症化する(急性呼吸促迫症候群)。また、血液凝固異常の頻度が高く、肺塞栓症の併発は循環動態をも悪化させ、急死に至らしめる。全身性病態へ進展する背景には、ウイルスの全身播種とこれに対する宿主の過剰防御反応(サイトカインストーム)が想定され、過剰な免疫反応がCOVID-19関連死の最大の誘因と考えられる②合併症(BP増悪や敗血症への進展)により徐々に衰弱し死亡すると思われる病態。これらの症例ではIP(肺胞壁の炎症・免疫応答)がみられないことから、ウイルスは肺胞上皮までは感染していないか、しても複製量が少なく肺外に拡がりにくい可能性がある。このため、過剰な免疫反応が起こりにくく、DADに至らず、凝固異常の頻度も低いと推測される。 〈脚注〉 IP:多くはウイルスが原因である。上気道粘膜に侵襲したウイルスが肺胞に至り、肺胞壁にリンパ球主体の炎症が起き、肺野にびまん性に拡がりやすい。DAD:急性呼吸促迫症候群の肺病理像で、肺胞壁の毛細血管から肺胞内への滲出性変化(硝子膜の形成)を特徴とする。誘発因子は肺炎、敗血症など。 BP:細菌の気道感染により発症する。気管支・肺胞内に炎症を起こす局所的な肺炎で、炎症は好中球が主体である。
喘息患者の医療利用を減らしQOLを改善する自己管理介入 系統的レビューおよびネットワークメタ解析
喘息患者の医療利用を減らしQOLを改善する自己管理介入 系統的レビューおよびネットワークメタ解析
Self-management interventions to reduce healthcare use and improve quality of life among patients with asthma: systematic review and network meta-analysis BMJ. 2020 Aug 18;370:m2521. doi: 10.1136/bmj.m2521. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】3通りの自己管理モデル(集学的個別管理、定期的支援および最小支援)と自己監視モデルを通常治療および教育を比較し、喘息の医療資源利用を減らしQOLを改善するのに最も効果的な方法を明らかにすること。 【デザイン】系統的レビューおよびメタ解析。 【データ入手元】2000年1月から2019年4月までのMedline、Cochrane Library、CINAHL、EconLit、Embase、Health Economics Evaluations Database、NHS Economic Evaluation Database、PsycINFおよびClinicalTrials.gov。 【レビュー方法】喘息の自己管理方法数種類を検討した無作為化比較試験。主要評価項目は、医療資源の利用(入院または救急外来受診)およびQOLとした。ランダム効果を用いたベイズネットワークメタ解析から、標準化平均差(SMD)の要約および95%信頼区間を推定した。異質性および出版バイアスを評価した。 【結果】文献1178件から、計2万7767を検討した試験105試験を解析対象とした。医療資源利用の観点からみると、集学的個別管理(SMD -0.18、95%CI -0.32~-0.05)および定期的支援がある自己管理(-0.30、-0.46~-0.15)が通常治療より有意に良好だった。QOLは、定期的支援がある自己管理のみが、通常治療と比較して統計的有意な便益が示された(SMD 0.54、0.11~0.96)。思春期の小児・小児(5~18歳)を検討した試験で、定期的支援がある自己管理のみが有意な便益を示した(医療資源の利用:SMD -0.21、-0.40~-0.03、QOL:0.23、0.03~0.48)。集学的個別管理(SMD -0.32、 -0.50~-0.16)および定期的支援がある自己管理(-0.32、-0.53~-0.11)が、試験開始時に重度の喘息症状がある患者の医療資源利用削減効果が最も高かった。 【結論】このネットワークメタ解析から、定期的支援がある自己管理で、喘息の重症度に関係なく医療資源の利用率が低下し、QOLが改善することが示唆された。今後、医療に投資することで、計2時間以上の支援を提供し患者の自己管理能力を養い、複雑な疾患がある患者の集学的個別管理を可能にすべきである。 第一人者の医師による解説 支援濃度の目安やリモート支援も可能な点が示され 実地臨床に有益 松本 久子 京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学准教授 MMJ. February 2021;17(1):18 喘息は世界で3.3億人以上が罹患し、年間25万人が喘息死する(1)など、社会経済上大きな負荷となる疾患である。吸入ステロイド薬の定期吸入により、喘息死は減少したものの、世界的にみると喘息の影響はいまだ大きい。喘息のより良いケアには、患者に喘息の知識を与えるだけでは不十分であり、患者の自己管理を促す介入が推奨されてきた。この介入の概要は「知識・手技の習得や精神的・社会的資源の支援、患者教育・指導により、患者自身が健康状態を自己管理できるようにすること」(2)である。しかし具体的にどの程度の支援が有用かなどのエビデンスはこれまでなかった。 本研究では、3種類の自己管理モデル(集学的個別管理[主に対面式]、定期的支援、最小支援)やセルフモニタリングモデル(症状やピークフロー値のモニタリングなど。悪化時の自己対処の指導は含まない)を通常ケアと比較し、どのモデルが最も医療資源の使用(入院または救急受診)を減らし、喘息患者の生活の質(QOL)を改善させるかを解析した。定期的支援とは、喘息の状態や治療内容の聞き取り・見直しのための医療者による定期的なコンサルト(計2時間以上)であり、最小支援とは2時間未満の支援である。Medlineなど9つのデータソースをもとに、2000年以降の自己管理モデルに関する無作為化対照試験について系統的レビューとベイジアンネットワークメタ解析を行った。1,178本の論文から105試験(27,767人、介入期間中央値8カ月)が解析された結果、医療資源使用については、集学的個別管理(標準化平均差-0.18;95 % CI,-0.32~-0.05)と定期的支援(-0.30;-0.46~-0.15)で通常ケアよりも有意に抑制されていた。QOLは定期的支援(0.54;0.11~0.96)のみが通常ケアよりも良好であった。小児・思春期例の検討では、医療資源使用、QOLとも定期的支援のみが有用であった。重症喘息例の医療資源使用抑制には、集学的個別管理と定期的支援が最も有用であった。 喘息自己管理についての最大規模のメタ解析である本研究から、医療者からの定期的支援により自己管理が促されれば、重症度を問わず喘息増悪による医療資源の使用を抑制でき、患者QOLの改善につながる可能性が示された。必要な支援濃度の目安が示された点、またリモートでも可能な支援であることが示され、実地臨床に有益な情報と考えられる。 1. Masoli M, et al. Allergy. 2004;59(5):469-478. 2. Wilson SR, et al. J Allergy Clin Immunol. 2012;129(3 Suppl):S88-123.
原発性自然気胸の外来治療:非盲検無作為化対照試験
原発性自然気胸の外来治療:非盲検無作為化対照試験
Ambulatory management of primary spontaneous pneumothorax: an open-label, randomised controlled trial Lancet. 2020 Jul 4;396(10243):39-49. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31043-6. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】原発性自然気胸は健康な若年患者にも起こる。最適な管理法は定義されておらず、入院期間が長引くことが多い。外来治療の有効性に関するデータは少ない。著者らは、外来治療による入院期間および安全性を標準治療と比較することを目的とした。【方法】この非盲検無作為化試験では、英国の病院24施設で3年間にわたり、症候性の原発性自然気胸成人患者(16~55歳)を登録した。患者を外来用デバイスと標準ガイドラインに従った管理(吸引および標準的な胸腔チューブ挿入、またはそのいずれか)に無作為化により(1対1の割合で)割り付けた。主要評価項目は、無作為化後最長30日間の再入院を含めた入院期間とした。主解析はデータが入手できた患者を対象とし、安全性解析は割り付けた全患者を対象とした。この試験はInternational Standard Randomised Clinical Trialsの番号ISRCTN79151659で前向きに登録されている。【結果】2015年7月から2019年5月までの間にスクリーニングした776例のうち236例(30%)を外来治療(117例)、標準治療(119例)に無作為化により割り付けた。30日時点で、入院期間中央値は、外来治療を受けデータが入手できた114例(0日[IQR 0~3])の方が標準治療を受けデータを入手できた113例(4日[IQR 0~8])よりも短かった(P<0.0001;差の中央値2日[95%CI 1~3])。236例中110例(47%)に有害事象が発現し、内訳は外来治療群117例中64例(55%)、標準治療群119例中46例(39%)であった。外来治療を受けた患者に重篤な有害事象が計14件発現し、このうち8件(54%)が気胸の増大、無症候性の肺浮腫およびデバイスの不具合、漏出、ずれなどの介入によるものであった。【解釈】原発性自然気胸の外来治療によって最初の30日間の再入院を含め入院期間が有意に減少したが、有害事象が増えた。このデータからは、原発性自然気胸は、介入が必要な患者に外来用デバイスを用いることにより、外来での治療が可能であることを示唆している。 第一人者の医師による解説 患者自身の自己管理のため 合併症や事故のリスクが大きいことに留意 栗原 正利 公益財団法人日産厚生会玉川病院 気胸研究センター 気胸研究センター長 MMJ. December 2021;17(6):175 原発性自然気胸患者の外来通院ドレナージ治療は次第に普及しつつあるがその評価はまだ明確でない。本論文は、原発性自然気胸に対する外来通院治療の安全性と入院期間短縮効果を入院標準治療と比較した、英国の多施設共同ランダム化非盲検対照試験(RandomisedAmbulatoryManagementofPrimaryPneumothorax;RAMPP)の報告である。入院標準治療は英国胸部疾患学会(BTS)ガイドラインに準じた初期治療を意味し、胸部X線写真において肺門のレベルで胸壁から肺の輪郭までの距離が2cm以上の患者および/または呼吸器症状のある患者に対して、1回吸引治療または胸腔ドレナージ治療を行うものである。それに対して外来通院治療では携帯型ドレナージキットとしてハイムリッヒバルブとボトルがついたRocketPleuralVent(RocketMedical社、英国)が用いられた。RAMPP試験には英国の病院24施設が参加し、携帯型ドレナージキットによる外来通院治療群(117人)と入院標準治療群(119人)の間で有用性が比較検討された。主要評価項目として30日までの入院期間、副次評価項目として追加治療の必要性、有害事象、痛み・息切れの評価、再発率、欠勤期日などが検討された。その結果、外来通院治療群では、入院標準治療群に比べ、入院期間は有意に短縮し、再発率(7日目:7%対19%)は低く、手術紹介の頻度は同程度であった(28%対22%)。著者らは、ドレーンにまつわる有害事象はやや認められるものの、携帯型の胸腔ドレナージキットによる外来通院治療は推奨できると結論づけている。多施設共同ランダム化試験で、外来通院ドレナージ治療の有用性を科学的に検討した試みは評価したい。一方で、外来通院ドレナージ治療は、患者自身の自己管理になる。したがって合併症や事故のリスクは入院治療の場合よりはるかに大きい。ドレナージ装置取り扱いの十分な説明と問題が生じた時には24時間病院に連絡できる体制を取らなければならない。外来通院治療はリスクを伴うことを肝に銘じておくことが重要である。今回の外来通院治療は英国BTSのガイドラインに基づいて行われているが、米国には米国胸部疾患学会(ACCP)によるガイドライン(1)があり、日本には独自のガイドラインがある。各国の医療制度の違いにより診断および治療方針が異なるので、今後は各国で共有できる情報の整理を行っていく方向性が重要と考えられる。外来通院ドレナージ治療は、その携帯装置が日本でいち早く開発され世界に先駆けて導入されている(2)。日本において携帯型ドレナージキット治療が一番進んでいるのが実情である。 1. Baumann MH, et al. Chest. 2001;119(2):590-602. 2. 江花弘基 , et al. 日救急医会誌(JJAAM). 2011; 22: 803-809.
中等症ないし重症の喘息に用いる2剤併用または3剤併用の吸入療法と喘息の転帰:系統的レビューおよびメタ解析
中等症ないし重症の喘息に用いる2剤併用または3剤併用の吸入療法と喘息の転帰:系統的レビューおよびメタ解析
Triple vs Dual Inhaler Therapy and Asthma Outcomes in Moderate to Severe Asthma: A Systematic Review and Meta-analysis JAMA. 2021 Jun 22;325(24):2466-2479. doi: 10.1001/jama.2021.7872. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【重要性】中等症ないし重症の喘息に対して、吸入コルチコステロイド(ICS)および長時間作用型β2刺激薬(LABA)への長時間作用型抗コリン薬(LAMA)追加による便益と害は明らかになっていない。【目的】制御不良の喘息が持続する小児および成人を対象に、3剤併用療法(ICS、LABA、LAMA)と2剤併用療法(ICS、LABA)の転帰と有害事象を系統的に統合し比較すること。【データ入手元】2017年11月から2020年12月8日までのMEDLINE、Embase、CENTRAL、ICTRP、FDA、EMAのデータベース。言語による制約を設けなかった。【試験の選択】独立した2名の研究者が、中等症ないし重症の喘息に用いる3剤併用療法と2剤併用療法を比較した無作為化臨床試験(RCT)を選択した。【データの抽出および統合】レビュアー2名が独立してデータの抽出とバイアスのリスクを評価した。個々の患者の増悪データを含めランダム効果メタ解析を用いた。GRADE(Grading of Recommendations, Assessment, Development and Evaluation)アプローチを用いて科学的根拠の確実性(質)を評価した。【主要評価項目】重度の増悪、喘息制御(7項目の喘息制御に関する質問票[ACQ-7]で測定、各項目のスコア0~6[完全に制御~重度の制御不良]、最小重要差0.5)、生活の質(喘息関連の生活の質[AQLQ]ツールで測定、1~7点[重度障害~障害なし]、最小重要差0.5)、死亡率および有害事象。【結果】3種類のLAMAを用いて小児と成人計11,894例(平均年齢52歳[範囲、9~71];女性57.7%)を登録したRCT 20件を対象とした。確実性の高い根拠で、3剤併用療法を2剤併用療法と比較すると、重度増悪リスクの低下(試験9件[9,932例];22.7% vs 27.4%;リスク比、0.83[95%CI、0.77~0.90])および喘息制御の改善(14試験[1万1,230例];標準化平均差[SMD]、-0.06[95% CI、-0.10~-0.02])、ACQ-7尺度の平均差-0.04[95% CI -0.07~-0.01])に有意な関連を認めた。2剤併用療法と3剤併用療法の間に、喘息関連QOL(7試験[5,247例)];SMD、0.05[95%CI -0.03~0.13];AQLQスコアの平均差、0.05[95%CI、-0.03~0.13];確実性中等度の根拠)または死亡率(試験17件[11,595例];0.12% vs 0.12%;リスク比、0.96[95%CI 0.33~2.75];確実性の高い根拠)の有意差は認められなかった。3剤併用療法に口腔乾燥および発声障害との関連を認めた(10試験[7,395例];3.0% vs 1.8%;リスク比、1.65[95% CI 1.14~2.38]、確実性の高い根拠]。しかし、治療関連の有害事象と重篤な有害事象に群間差は認められなかった(確実性中等度の根拠)。【結論および意義】中等症ないし重症の喘息の小児(6~18歳)および成人で、3剤併用療法は2剤併用療法と比較して、重度増悪の減少および喘息制御改善の中等度改善との有意な関連を認め、QOLや死亡に有意差はなかった。 第一人者の医師による解説 LAMAの効果が高い集団や副作用の少ない集団が判明すれば 有用なエビデンス 入江 美聡(助教)/福永 興壱(教授) 慶應義塾大学医学部呼吸器内科 MMJ. December 2021;17(6):174 喘息はどの年齢においても有病率の高い慢性呼吸器疾患である。国際的なガイドラインでは6歳以上の中等症・重症喘息患者に適した長期管理薬として吸入ステロイド薬(ICS)と長時間作用型β2刺激薬(LABA)の配合剤による治療(2剤併用療法)が推奨されている。長時間作用型抗コリン薬(LAMA)はLABAと異なる機序での気管支拡張作用を有するが、2剤併用療法でもコントロールが不良な場合におけるLAMA追加投与の効果や有害事象については不明確である。そのため、ICS/LABA/LAMAの3剤併用療法は弱い推奨とされている。これまで、3剤併用療法と2剤併用療法を比較した系統的レビューは2017年までの検索に限られていた。対象研究はチオトロピウムを用いた少数の研究のみに限られており、有害事象についての言及がなされず、喘息増悪における3剤併用療法の有効性は明らかではなかった。2017年以降、米食品医薬品局(FDA)による小児におけるチオトロピウムの使用が認可され、3剤併用療法について多くの試験がなされてきた。今回の論文はコントロール不良な小児および成人の中等症・重症喘息における3剤併用療法と2剤併用療法の効果と有害事象についての系統的レビューおよびメタ解析である。3種類のLAMAを対象とした20件の無作為化試験(小児・成人患者計11,894人)について解析が行われた。主要評価項目は重症増悪、喘息コントロール、生活の質(QOL)、死亡率、有害事象である。結果は重症増悪のリスクが3剤併用療法で有意に低下し(リスク比[RR],0.83)、AsthmaControlQuestionnaire(ACQ)やAsthmaControlTest(ACT)で評価した喘息コントロールが改善した(標準化平均差,-0.06)。一方、喘息関連のQOLや死亡率に差はなかった。また有害事象に関しては3剤併用療法で口渇と発声障害が有意に増加したが、重篤な有害事象について有意差はなかった。GlobalInitiativeforAsthma(GINA)のガイドラインや日本の「喘息予防・管理ガイドライン2018」でもICS/LABAの2剤併用療法における追加療法としてロイコトリエン拮抗薬(LTRA)、LAMA、各種抗体製剤、経口ステロイド薬が挙げられているが、優先順位は示されていない。現実的には各種抗体製剤は薬剤費用の観点から、経口ステロイド薬は長期使用に伴う副作用の観点からそれぞれ第1選択とはなりにくく、LTRAとLAMAのどちらかを(あるいは両薬同時を)追加治療として優先的に選択することが多い。今後、LTRAと比較しLAMAの効果が高い集団や、LAMAの副作用が出現しにくい集団が判明すれば、喘息増悪予防や症状コントロールにおいて有用なエビデンスとなると考える。
電子たばこ+カウンセリングとカウンセリング単独の禁煙効果を比較 無作為化比較試験
電子たばこ+カウンセリングとカウンセリング単独の禁煙効果を比較 無作為化比較試験
Effect of e-Cigarettes Plus Counseling vs Counseling Alone on Smoking Cessation: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Nov 10;324(18):1844-1854. doi: 10.1001/jama.2020.18889. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】禁煙に電子たばこを用いることはいまだに議論の余地がある。 【目的】禁煙対策として個別カウンセリングと併用する電子たばこを評価すること。 【デザイン、設定および参加者】カナダの17施設で、2016年11月から2019年9月の間に禁煙の意欲がある成人を組み入れた無作為化比較試験(801例をスクリーニング、274例が適格、151例が辞退)。製造の遅延によって早期中止となった(486例中376例、目標の77%)。24週間の結果(2020年3月)を報告する。 【介入】12週間のニコチン含有電子たばこ使用(128例)、ニコチン非含有電子たばこ使用(127例)、電子たばこ不使用(121例)に無作為に割り付けた。全群に個別カウンセリングを実施した。 【主要転帰および評価項目】主要評価項目は、12週時の禁煙点有病率(7日間想起、呼気一酸化炭素を用いて生化学的に検証)とした。参加者の欠損データを喫煙とみなした。何回かの経過観察で調べた副次評価項目7項目は、他の経過観察時の禁煙点有病率、禁煙の継続、1日の禁煙本数の変化、重度有害事象、有害事象、有害事象による脱落および治療のアドヒアランスだった。 【結果】無作為化した参加者376例[平均年齢52歳、女性178例(47%)]の自己報告の喫煙率は12週時で299例(80%)、24週時で278例(74%)だった。禁煙点有病率は、12週時はニコチン含有電子たばこ+カウンセリング群の方がカウンセリング単独群よりも有意に高かった[21.9% vs. 9.1%、リスク差(RD)12.8、95%CI 4.0-21.6]が、24週時は有意差がなかった(17.2%vs. 9.9%、RD 7.3、95%CI -1.2-15.7)。ニコチン非含有電子たばこ+カウンセリングの禁煙点有病率は、12週時はカウンセリング単独と有意差がなかった(17.3%vs. 9.1%、RD 8.2、95%CI -0.1-16.6)が、24週時はカウンセリング単独より有意に高かった(20.5%vs. 9.9%、RD 10.6、95%CI 1.8-19.4)。有害事象がよく見られ[ニコチン含有電子たばこ+カウンセリング120例(94%)、ニコチン非含有電子たばこ+カウンセリング118例(93%)、カウンセリング単独88例(73%)]、多かったのが咳嗽(64%)と口腔内乾燥(53%)だった。 【結論および意義】禁煙意欲がある成人を対象にしたニコチン含有電子たばこ+カウンセリングで、カウンセリング単独よりも12週時の禁煙点有病率が高かった。しかし、この差は24週時に有意性が消失し、早期中止とニコチン含有および非含有電子たばこの結果の矛盾があったため、試験の解釈が限定されることから、詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 個別集中的なカウンセリングは禁煙成功に寄与 さらなる禁煙支援の検討が必要 小川 史洋 横浜市立大学医学部救急医学教室助教 MMJ. April 2021;17(2):39 紙巻きたばこを吸うことによる長期的な健康への悪影響は十分に証明されており、紙巻きたばこ使用者の多くが禁煙を試みている。2010~2011年に実施された米国の調査研究では、少なくとも5週間の禁煙補助薬および/または行動療法を行ったにもかかわらず、過去1年間に禁煙を試みたと報告した8,263人の70%以上が再喫煙していた(1)。 現在、電子たばこ(e-cigarette)を多くの喫煙者が禁煙補助具として使用しているが、禁煙における電子たばこの有効性はいまだに物議を醸している。禁煙に関する電子たばこの効果臨床試験が報告されており、電子たばこを使用することでさまざまな喫煙アウトカムがわずかに改善することを示唆する報告もあるが、その効果は十分に証明されておらず、さらなる検討が必要である。 本論文は、電子たばこの禁煙に関する効果について、電子たばことカウンセリングの併用をカウンセリング単独と比較・検討したランダム化比較試験(E3 Trial)の報告である。本試験では、登録した801人のうち最終的に376人(平均年齢52歳;女性47%)を個別カウンセリングに加えて、ニコチンを含有する電子たばこ、もしくはニコチンを含有しない電子たばこを使用する群、または電子たばこを使用しない群(計3群)にランダムに割り付け、12週間の介入を行い、12、24週目の喫煙状況を比較した。その結果、禁煙を試みている喫煙者に対して、電子たばことカウンセリングを組み合わせることにより、短期間での禁煙効果は期待できるが、長期間での効果は期待できず、さらに、非ニコチン電子たばことニコチン電子たばこ間の差も明らかでないため、さらなる検討が必要である、と著者らは結論づけている。 過去の報告からも、電子たばこ単独では禁煙の成功に大きく貢献する可能性は低く、禁煙の手段として推奨または促進すべきではないと考えられている。多くの電子たばこが、「たばこをやめたい人のための電子たばこ」「電子たばこで禁煙」などと宣伝されているが、製品説明の中に禁煙成功の効果的な用法・用量が示されていないものも多く、電子たばこを医学的な禁煙支援ツールとして支持する科学的証拠はなく、薬物療法など禁煙効果が科学的に証明された禁煙方法と横並びに電子たばこを扱うことはできない。一方、禁煙支援に関する個別集中的なカウンセリングは禁煙成功に寄与するとされており(2)、今後さらなる禁煙支援についての検討が待たれるところである。 1. Siahpush M, et al. BMJ Open 2015;5(1):e006229. 2. Lancaster T, et al. Cochrane Database Syst Rev 2017;3:CD001292.
肺がん検診CTを要する高リスク喫煙者を特定するための胸部X線画像を用いた深層学習 予測モデルの開発と検証
肺がん検診CTを要する高リスク喫煙者を特定するための胸部X線画像を用いた深層学習 予測モデルの開発と検証
Deep Learning Using Chest Radiographs to Identify High-Risk Smokers for Lung Cancer Screening Computed Tomography: Development and Validation of a Prediction Model Ann Intern Med. 2020 Nov 3;173(9):704-713. doi: 10.7326/M20-1868. Epub 2020 Sep 1. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】胸部断層撮影(CT)検査を用いた肺がん検診で肺がんによる死亡を減らすことができる。メディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)が定めるCTを用いた肺がん検診の適応基準では、詳細な喫煙状況が必要であり、肺がんの見逃しが多い。胸部X線画像を基に自動化した深層学習によって、CT検査の便益がある肺がん高リスクの喫煙者を多く特定できると考えられる。 【目的】電子医療記録(EMR)で入手できることの多いデータ(胸部X線画像、年齢、性別および現在の喫煙状況)を用いて長期的な肺がん発症を予測する畳み込みニューラルネットワーク(CXR-LC)を開発し、検証すること。 【デザイン】リスク予測研究。 【設定】米国肺がん検診試験。 【参加者】CXR-LCモデルはPLCO(前立腺、肺、大腸および卵巣)がん検診試験(4万1856例)で開発した。最終CXR-LCモデルは、新たなPLCOの喫煙者(5615例、追跡期間12年間)およびNLST(National Lung Screening Trial)の大量喫煙者(5493例、追跡期間6年間)で検証した。検証データでのみ結果を報告する。 【評価項目】CXR-LCで予測した最長12年間の肺がん発症率。 【結果】CXR-LCモデルは、肺がん予測の識別能(ROC曲線下面積[AUC])がCMSの適応基準よりも良好だった(PLCO AUC 0.755 vs. 0.634、P<0.001)。CXR-LCモデルの性能は、PLCOデータ(AUC:CXR-LC 0.755 vs. PLCOM2012 0.751)およびNLSTデータ(同0.659 vs. 0.650)いずれでも、11項目のデータを用いた最新のリスクスコアPLCOM2012と同等だった。ほぼ同じ規模の試験集団と比べると、CXR-LCはPLCOデータではCMSより感度が良好で(74.9% vs. 63.8%、P=0.012)、肺がんの見逃しが30.7%少なかった。決断曲線解析で、CXR-LCの純便益はCMS適応基準より大きく、PLCOM2012とほぼ同等の便益であった。 【欠点】肺がん試験の検証であり、臨床現場で検証したものではないこと。 【結論】CXR-LCモデルは、CMS適応基準やEMRから一般的に入手できる情報を用いたものよりも肺がん発症のリスクが高い喫煙者を特定できた。 第一人者の医師による解説 健診・検診とも日本での応用を検討する価値がある成果 髙井 大哉 虎の門病院呼吸器センター内科部長 MMJ. April 2021;17(2):38 米国の公的医療保険システムのメディケアは65歳以上の高齢者、身体障害、透析などが必要な腎機能障害を持つ人を対象とした連邦政府が運営する制度、メディケイドは低所得者層を対象に州政府と連邦政府が運営する制度である。検査、治療薬の適応についてはコスト的な制約が多く、その中で肺がん検診を目的とした胸部CT検査の適応は、30pack-years以上の喫煙歴があり、禁煙後15年以下の55~77歳以上であるとされている。さらに、この基準を満たす米国民のうち、実際に肺がんCT検診を受けている割合は5%未満で、およそ60%の乳がんや大腸がん検診の受診率に比べ、あまりにも少ないことが問題となっている。 本研究では、胸部X線写真上のパターンと電子カルテで得られる情報(年齢、性別、現在の喫煙状況)から、人工知能の一種で、深層学習(deep learning)を用いた畳み込みニューラルネットワーク(CNN)により長期的な肺がん発症の予測を試みている。学習データセットとして、前立腺がん、肺がん、大腸がん、卵巣がんに対する検診の有用性を検証した無作為化試験(PLCO試験)で集められた胸部X線写真 の80%(41,856人分)を用いた。この集団の背景は平均年齢は62.4歳、男性51.7%、白人86.7%、現喫煙者10.5%、既喫煙者44.9%、非喫煙者45.7%、12年追跡期間の胸部X線写真異常所見あり9.0%、肺がん2.3%、死亡1.5%であった。 PLCO試験の学習セットと独立した喫煙者のみの検証セット5,615人(全体の残り20%)において、今回開発されたCXR-LCモデルによる肺がん発症予測に関するROC曲線下面積(AUC)は0.755で、これはメディケア・メディケイド推奨条件に基づく0.634に比べ有意に大きく、PLCO試験で考案されたリスクスコア(PLCOM2012)の0.761と同程度であった。PLCOM2012は詳細な喫煙歴と必ずしも入手できない危険因子情報が必要であるのに対し、人工知能を導入したことにより、CXR-LCモデルは胸部X線写真と容易に入手できる臨床情報のみで、メディケア・メディケイド推奨条件よりも高い精度で胸部CT検査の適応症例を抽出できることが示された。 本研究の対象の大多数は白人で、また医療アクセスの容易さの異なる日本でその価値を推し量るのは難しいが、胸部X線写真に最低限の臨床情報と人工知能を用いることでCT撮影を推奨するモデルは、健診・検診ともに応用が検討される価値があると考えられる。
COVID-19肺炎入院患者に用いるトシリズマブ
COVID-19肺炎入院患者に用いるトシリズマブ
Tocilizumab in Patients Hospitalized with Covid-19 Pneumonia N Engl J Med. 2021 Jan 7;384(1):20-30. doi: 10.1056/NEJMoa2030340. Epub 2020 Dec 17. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)肺炎は過剰な炎症を伴うことが多い。十分な医療サービスを受けていない集団・人種・少数民族の間でCOVID-19発症率が過度に高いが、COVID-19肺炎で入院したこのような患者に対する抗インターロイキン-6受容体抗体トシリズマブの安全性と有効性は明らかになっていない。 【方法】COVID-19肺炎で入院した人工呼吸管理下にない患者を標準治療と併用してトシリズマブ(体重1kgあたり8mgを静脈内投与)またはプラセボを1~2回投与するグループに2対1の割合で無作為に割り付けた。施設の選択で、高リスク患者や少数集団を組み入れる施設を含めることに重点を置いた。主要転帰は28日目までの人工呼吸管理または死亡とした。 【結果】計389例を無作為化し、修正intention-to-treat集団にはトシリズマブ群249例、プラセボ群128例を含め、56.0%がヒスパニックまたはラテンアメリカ系、14.9%が黒人、12.7%がアメリカインディアンまたはアラスカ原住民、12.7%が非ヒスパニック系白人、3.7%がその他または不明であった。28日目までに人工呼吸管理を実施したか死亡した患者の累積率は、トシリズマブ群12.0%(95%信頼区間[CI]8.5~16.9)、プラセボ群19.3%(95%CI 13.3~27.4)であった(人工呼吸管理または死亡のハザード比0.56、95%CI 0.33~0.97、ログランク検定のP=0.04)。生存時間解析で評価した臨床的失敗までの時間は、トシリズマブ群の方がプラセボ群よりも良好であった(ハザード比0.55、95%CI 0.33~0.93)。28日目までに、トシリズマブ群の10.4%、プラセボ群の8.6%にあらゆる原因による死亡が発生した(加重平均差2.0パーセントポイント、95%CI -5.2~7.8)。安全性解析対象集団では、トシリズマブ群250例中38例(15.2%)、プラセボ群127例中25例(19.7%)に重篤な有害事象が発現した。 【結論】人工呼吸管理下にないCOVID-19肺炎入院患者で、トシリズマブによって人工呼吸管理または死亡の複合転帰を辿る確率が低下したが、生存率は改善しなかった。安全性に関する新たな懸念事項は認められなかった。 第一人者の医師による解説 ステロイドや抗ウイルス薬を含む標準治療への トシリズマブの上乗せ効果を確認 金子 祐子 慶應義塾大学医学部リウマチ・膠原病内科准教授 MMJ. April 2021;17(2):43 2019年中国に端を発した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は瞬く間に世界規模の大流行となり、1年を経過した現在も全世界に深刻な影響を及ぼしている。COVID-19患者の血清IL-6濃度は重症度と相関することや、IL-6上昇は人工呼吸器装着の予測となることが報告され、IL-6受容体阻害薬であるトシリズマブはCOVID-19治療薬として期待されていた。 本論文は、入院中のCOVID-19肺炎患者においてトシリズマブの有効性を検証した海外第3相無作為化二重盲検プラセボ対照臨床試験(EMPACTA)結果の報告である。米国と南米、アフリカの6カ国において、主として援助が不十分な少数民族を対象に、人工呼吸器は装着されていないが入院中で酸素投与を必要とする患者を中心としてintention-to-treat(ITT)集団ではトシリズマブ群に249人、プラセボ群に128人が組み入れられた。標準治療として80%以上が全身性ステロイド投与を、80%弱が抗ウイルス薬投与を受けていた。主要評価項目である28日以内の死亡または人工呼吸器装着率は、トシリズマブ群で12.0%、プラセボ群で19.3%とトシリズマブ群で有意に低く、死亡、人工呼吸器装着、集中治療室入室、試験からの脱落を包括した臨床的増悪は、ハザード比0.55でトシリズマブ群の成績が優れていた。28日以内の死亡率(トシリズマブ群10.4%、プラセボ群8.6%)、退院までの日数中央値(トシリズマブ群6.0日、プラセボ群7.5日)、重篤な有害事象の発生率(トシリズマブ群15.2%、プラセボ群19.7%)に関しては両群間で差を認めなかった。 トシリズマブのCOVID-19に対する有効性はこれまで複数の臨床試験で検証されたが、対象とする患者集団によって異なる結果が示されてきた。人工呼吸器装着中を約4割含む重症患者および重症度が低めの患者を対象とした試験では、トシリズマブ治療の有効性は示されず(1),(2)、人工呼吸器装着は10%程度で本研究と同様の患者を対象とした試験では死亡または人工呼吸器装着率や退院までの日数に関して標準治療へのトシリズマブ追加投与が優れていた(3)。総合すると、トシリズマブは中等症から人工呼吸器を装着していない段階の重症患者に、標準治療であるステロイドと抗ウイルス薬への上乗せ効果があると考えられるが、現在も複数の試験が進行中であり、今後の研究結果を注視する必要がある。 1. Ivan O. R, et al. medRxiv 2020.08.27.20183442;doi: https://doi.org/10.1101/2020.08.27.20183442(preprint) 2. Stone JH, et al. N Engl J Med. 2020;383(24):2333-2344. 3. Horby PW et al. medRxiv 2021.02.11.21249258; doi: https://doi.org/10.1101/2021.02.11.21249258(preprint)
COVID-19に用いる体外式模型人工肺支援 体外生命維持機構レジストリの国際コホート研究
COVID-19に用いる体外式模型人工肺支援 体外生命維持機構レジストリの国際コホート研究
Extracorporeal membrane oxygenation support in COVID-19: an international cohort study of the Extracorporeal Life Support Organization registry Lancet. 2020 Oct 10;396(10257):1071-1078. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32008-0. Epub 2020 Sep 25. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】COVID-19に伴う急性低酸素血症性呼吸不全に対して、主要医療機関の多くが体外式模型人工肺(ECMO)による支援を推奨している。しかし、COVID-19に対するECMO使用の初期報告から、死亡率が非常に高いことが明らかになり、これまでにCOVID-19に用いるECMOを検討する大規模な国際的コホート研究は報告されていない。 【方法】2020年1月16日から5月1日の間に36カ国213施設でECMOによる支援を開始したCOVID-19確定患者(16歳以上)の疫学、入院経過および転帰を明らかにするため、体外生命維持機構(ELSO)レジストリのデータを用いた。主要転帰は、ECMO開始90日時に生存時間解析で評価した院内死亡とした。多変量Coxモデルを用いて、患者および病院因子に院内死亡率と関連があるかを検討した。 【結果】ECMO支援を用いたCOVID-19患者1035例のデータをこの研究の対象とした。このうち、67例(6%)が入院中、311例(30%)が自宅に退院または急性期リハビリ施設に転院、101例(10%)は長期急性期医療施設に転院または転院先不明、176例(17%)が他院に転院、380例(37%)が死亡した。ECMO開始90日後の院内死亡の推定累積発生率は37.4%(95%CI 34.4~40.4)であった。最終記録が死亡または退院だった患者の死亡率が39%(968例中380例)であった。循環補助を目的としたECMOの使用には、院内死亡率上昇と独立の関連があった(ハザード比1.89、95%CI 1.20~2.97)。静脈-静脈方式ECMO支援を受け、急性呼吸窮迫症候群の特徴が見られたCOVID-19患者の下位集団では、ECMO開始90日後の院内死亡の累積発生率は38.0%(95%CI 34.6~41.5)であった。 【解釈】ECMOを実施したCOVID-19患者で、ECMO開始90日後の推定死亡率および最終記録が死亡または退院だった患者の死亡率はいずれも40%未満であった。世界213施設から得られた今回のデータは、COVID-19に用いるECMOの死亡率の一般化可能な推定値を提示するものである。 第一人者の医師による解説 非 COVID-19関連 ARDSのECMO導入後死亡率と同程度 肺保護人工呼吸器療法との比較にはRCTが必要 佐藤 ルブナ(フェロー)/大曲 貴夫(センター長) 国立国際医療研究センター病院国際感染症センター MMJ. April 2021;17(2):44 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行以前には、急性呼吸促迫症候群(ARDS)患者に対する体外式膜型人工肺(ECMO)使用は肺保護を目指した従来の人工呼吸器療法に比べ死亡率を低下させることが報告されている(1)。しかし、ECMOを導入したCOVID-19患者を対象とした初めての報告では、ECMO導入群の死亡率が90%を超える結果であった(2)。この報告はARDSの定義を満たしてECMOを導入されたCOVID-19患者の死亡率を検討したプール解析であったが、病態が解明されていなかった流行初期の中国の報告のみが解析の対象となった背景があり、より大規模な国際コホート研究が望まれていた。 本論文はExtracorporeal Life Support Organization(ELSO)レジストリをもとに、ECMO導入COVID-19患者の予後を明らかにすることを主な目的としたコホート研究である。対象は2020年1~5月に36カ国のECMOセンター213施設でECMOを導入された16歳以上のCOVID-19患者1,035人で、研究期間終了(解析)時点において生存退院、死亡退院、ECMO導入後90日間の追跡終了のいずれかに該当した患者は968人(94%)であった。主要評価項目はECMO導入後90日間の院内死亡率(生存時間解析)であった。 対象患者の年齢中央値は49歳、男性が74%を占めていた。70%の患者が肥満、糖尿病、喘息、呼吸器疾患、腎不全、心疾患、免疫不全などの基礎疾患を有していた。ARDSのベルリン定義を満たしたのは79%であった。患者全体の90日院内死亡率は37.4%(95% CI, 34.4~40.4)であり、ARDSのベルリン定義を満たし、静脈脱血-静脈送血(V-V)ECMOを導入された群では38.0%(34.6~41.5)であった。これはCOVID-19以外の病態を誘因としたARDSに対してECMOを導入された患者における死亡率の既報(3)と同程度であった。また、ECMO使用中の出血性合併症として、6%の患者が脳出血を発症したが、これも非COVID-19患者の既報(1)と同程度であった。 本論文は重症呼吸不全を呈したCOVID-19患者に対してECMOの導入とECMOセンターでの管理を検討するよう勧めている世界保健機関(WHO)のガイドラインを支持する結果を示した。本論文の対象期間はステロイドや抗ウイルス薬に関する知見が集積する以前であったため、ステロイドは41%、レムデシビルは8%の使用にとどまり、現在の標準的治療が反映されていない点もある。標準化治療を行った上でのECMO導入率や死亡率の解明、肺保護戦略を徹底した人工呼吸器管理とECMOの有効性の比較にはさらなる研究が必要である。 1. Munshi L, et al. Lancet Respir Med. 2019;7(2):163-172. 2. Henry BM, et al. J Crit Care. 2020;58:27-28. 3. Combes A, et al. N Engl J Med. 2018;378(21):1965-1975.