ライブラリー 尿中Na排泄、血圧、心血管疾患、死亡:地域単位の前向き疫学的コホート研究
Urinary sodium excretion, blood pressure, cardiovascular disease, and mortality: a community-level prospective epidemiological cohort study
LANCET 2018 Aug 11;392(10146):496-506.
上記論文のアブストラクト日本語訳
※ヒポクラ×マイナビ 論文検索(Bibgraph)による機械翻訳です。
【背景】WHOは、心血管疾患の予防対策として、国民のナトリウム摂取量を2g/日未満とすることを推奨しているが、この目標はどの国でも達成されていない。この勧告は主に血圧(BP)の短期試験による個人レベルのデータに基づいており、無作為化試験や観察研究による低ナトリウム摂取と心血管イベントの減少との関連データはない。我々は、地域レベルの平均ナトリウムおよびカリウム摂取量と心血管疾患および死亡率との関連を調査した。
【方法】Prospective Urban Rural Epidemiology研究は、21カ国で進行中である。ここでは、18カ国で行われた臨床転帰のデータを用いた解析を報告する。対象者は、一般住民から抽出された35~70歳の心血管疾患のない成人である。摂取量の代用として、朝の空腹時尿を用いて24時間のナトリウムとカリウムの排泄量を推定した。369地域(すべて50人以上)でナトリウムとカリウムの摂取量と血圧との地域レベルの関連を,255地域(すべて100人以上)で心血管疾患と死亡率との関連を評価し,個人レベルのデータを用いて既知の交絡因子について調整した。
【所見】369地域の95 767人が血圧について,255地域の82 544人が心血管予後の評価を行い,中央値は8~1年間フォローアップされた。中国では103地域中82地域(80%)が平均ナトリウム摂取量が5g/日を超えていたが,その他の国では266地域中224地域(84%)が平均3~5g/日であった。全体として、平均収縮期血圧は平均ナトリウム摂取量が1g増加するごとに2~86mmHg上昇したが、正の関連はナトリウム摂取量の最高三分位の地域でのみ見られた(異質性についてはp<0-0001)。平均ナトリウム摂取量と主要な心血管イベントとの関連は、ナトリウム摂取量の最低三分位で有意な逆相関が見られ(最低三分位<4-43 g/日、平均摂取量4-04 g/日、範囲3-42-4-43;1000年当たりの変化-1-00イベント、95%CI -2-00~-0-01, p=0497)、中間三分位では関連がなく(中三分位 4-43-5-08 g/日、平均取得4-70 g/日, 4-44-5.05;1000年当たりの変化0-24イベント、-2-12〜2-61、p=0-8391)、最高三分位では正の関連があるが有意ではない(最高三分位>5-08g/日、平均摂取量5-75g/日、>5-08〜7-49;1000年当たりの変化0-37イベント、-0-03〜0-78、p=0-0712)。中国(平均ナトリウム摂取量5-58 g/日,1000年当たり0-42イベント,95%CI 0-16~0-67,p=0-0020) では,他の国(4-49 g/日,-0-26イベント,-0-46~-0-06,p=0-0124;異質性についてはp<0-0001) に比べ脳卒中に強い関連が見られた.すべての主要な心血管アウトカムは,すべての国でカリウム摂取量の増加とともに減少した。
【解釈】ナトリウム摂取は,平均摂取量が5 g/日を超える地域でのみ心血管疾患および脳卒中と関連していた。これらの地域や国ではナトリウムを減らすが、他の地域では減らさないという戦略が適切かもしれない。
【FUNDING】人口健康研究所、カナダ保健研究所、カナダ保健省患者指向研究戦略、オンタリオ保健長期ケア省、オンタリオ心臓・脳卒中財団、欧州研究評議会。
第一人者の医師による解説
厳格な減塩と心血管疾患の関連 ランダム化試験での検証が必要
桑島 巖 NPO 法人臨床研究適正評価教育機構理事長
MMJ.February 2019;15(1):13
本論文は21カ国を対象として8.1年間追跡した大 規模疫学コホート研究 PURE(Prospective Urban Rural Epidemiology)研究の結果報告である。Na摂取量が1日摂取量5g(食塩12.7g)を超える地域(おもに中国)では、食塩摂取量増加につれて心血管イベントが上昇するが、摂取量平均4.04g(食塩10.3g)以下の低摂取群でもリスクが上昇する、いわゆる“Jカーブ現象”がみられたというのが趣旨である。厚生労働省や健康日本21が目標とする食塩摂取量1日 8g未満ではむしろリスクが上昇するということになる。本論文の特徴は、中国の地域社会でのデータが約40%を占め、そのうち80%の地域でNa摂取量 が1日5g(食塩12.7g)以上であり、平均摂取量が他の地域よりも際だって高い点である(Na 5.58g 対 4.45g;食塩14.2g 対 11.3g)。すなわち食塩摂取量とリスクの関係には地域性(community-based)が関連していることを示している。地域差が大きいことは人種による食塩感受性の違いも関連している可能性もあり、このcommunity-basedの結果を日本人 一般社会に適用することには慎重でなければならない。食塩摂取量と心血管イベントのJカーブ現象の報告は2011年のEPOCH研究(1)やO’Donnellらの観 察研究(2)でも報告されており、疫学的には真実なのかもしれない。しかし重要なことは、このような疫学観察研究の結果は、リスクと食塩摂取の因果関係を示すものではなく、減塩によるリスク低減効果の有無は高血圧や心血管疾患既往の有無といった個人的背景でも異なることを理解しておく必要があろう。食塩の低摂取群で心血管合併症が多い理由の1 つとして減塩によるレニン-アンジオテンシン系の亢進が心血管イベントを増やす可能性は否定できない。さらに低Na血症自体が慢性疾患や栄養障害を反映した結果である可能性もある。ただしK摂取と心血管イベントは逆相関するとの結果は、世界のガイドラインと一致する。
食塩摂取量と血圧あるいは心血管イベントとの関連の研究間で異なった結果がでる要因の1つは、尿中Na排泄量の測定方法である。24時間蓄尿から測定するのが標準であるが、PURE研究では早朝スポット尿を用いて1日Na排泄量を推定しているが、 信頼性の限界がある。
2013年に発表されたランダム化試験のメタアナリシス結果(3)では人種、高血圧の有無にかかわらず 食塩摂取量と血圧の関連は直線的であり、1日6g未満の減塩で収縮期血圧5.8mmHgが低下すると報告しており、やはり世界基準と矛盾しない結果を示している。しかしこの論文は、心血管イベントとの関係を示したメタアナリシスではない。日本人は食塩 摂取が過度な人種であり、減塩が心血管イベントや死亡を増やすか否かに関してはより高いエビデンスによる検証に期待したい。
1. Stolarz-Skrzypek K, et al., JAMA. 2011;305(17):1777-1785.
2. O'Donnell MJ, et al., JAMA. 2011;306(20):2229-2238.
3. He FJ, et al., BMJ. 2013;346:f1325.