「急性冠症候群」の記事一覧

急性冠症候群に用いるチカグレロル単剤療法とチカグレロル+アスピリン併用療法が大出血および心血管イベントにもたらす効果 TICO無作為化臨床試験
急性冠症候群に用いるチカグレロル単剤療法とチカグレロル+アスピリン併用療法が大出血および心血管イベントにもたらす効果 TICO無作為化臨床試験
Effect of Ticagrelor Monotherapy vs Ticagrelor With Aspirin on Major Bleeding and Cardiovascular Events in Patients With Acute Coronary Syndrome: The TICO Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Jun 16;323(23):2407-2416. doi: 10.1001/jama.2020.7580. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】短期間の抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)後のアスピリン投与中止が、出血抑制戦略として評価されている。しかし、チカグレロル単剤療法の戦略は、急性冠症候群(ACS)患者に対象を限定して評価されていない。 【目的】薬剤溶出性ステントで治療したACS患者で、3カ月間のDAPT後にチカグレロル単剤療法に切り替えることによってチカグレロル主体の12カ月間のDAPTより純有害臨床事象が減少するかと明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】韓国の38施設で、2015年8月から2018年10月にかけて、薬剤溶出性ステントで治療したACS患者3056例を対象に、多施設共同無作為化試験を実施した。2019年10月に追跡が終了した。 【介入】患者を3カ月間のチカグレロルとアスピリンを用いたDAPT後にチカグレロル単剤療法(1日2回90mg)へ切り替えるグループ(1527例)とチカグレロル主体の12カ月間のDAPTを実施するグループ(1529例)に割り付けた。 【主要評価項目】主要評価項目は、1年後の純臨床有害事象とし、大出血および有害心脳血管イベントの複合(死亡、心筋梗塞、ステント血栓症、脳卒中、標的病変の血行再建術のいずれか)と定義した。重大な有害心脳血管イベントを事前に副次評価項目に規定した。 【結果】無作為化した3056例[平均年齢61歳、女性628例(20%)、ST上昇型心筋梗塞36%]のうち2978例(97.4%)が試験を完遂した。主要評価項目は、3カ月間のDAPT後チカグレロル単剤療法への切り替え群の59例(3.9%)、チカグレロル主体の12カ月間のDAPT群の89例(5.9%)に発生した(絶対差-1.98%[95%CI 3.50~-0.45%]、ハザード比[HR]0.66[95%CI 0.48~0.92]、P=0.01)。事前に副次評価項目に規定した10項目中8項目に有意差が見られなかった。3カ月間のDAPT後チカグレロル単剤療法への切り替え群の1.7%、チカグレロル主体の12カ月間のDAPT群の3.0%に大出血が発生した(HR 0.56[0.34~0.91]、P=0.02)。重大な有害心脳血管イベントの発生率には、3カ月間のDAPT後チカグレロル単剤療法への切り替え群(2.3%)とチカグレロル主体の12カ月間のDAPT群(3.4%)に有意な差が見られなかった(HR 0.69[95%CI 0.45~1.06]、P=0.09)。 【結論および意義】薬剤溶出性ステントで治療した急性冠症候群で、3カ月間のDAPT後のチカグレロル単剤療法への切り替えによって、チカグレロル主体の12カ月間のDAPTよりも、1年時の大出血および有害心脳血管イベントの複合転帰が控えめだが統計的に有意に減少した。この試験で検討した患者集団および予想されるイベント発生率がこれより低い患者には、この試験で検討した治療を検討すべきである。 第一人者の医師による解説 ACS患者に新世代 DESを留置した後のDAPT期間は3カ月で良い 前村 浩二 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科循環器内科学教授 MMJ. February 2021;17(1):20 冠動脈にステントを留置した後には、ステント内血栓症を防ぐために一定期間、抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)を行う必要があり、通常アスピリンとP2Y12受容体拮抗薬を使用する。第1世代の薬剤溶出性ステント(DES)では留置後長期間経ってもステントが内膜に覆われず血栓を形成することがあったため、DES留置後は1年間、可能ならさらに長期間DAPTを継続することが推奨された。その後DESは改良され、第2、3世代のDESではステント血栓症は少なくなったため、DAPT期間を短縮できるとする報告が相次いでいる。 本研究は、DES留置を受けた急性冠症候群(ACS)患者に、チカグレロルとアスピリンによるDAPTを3カ月行った後に、チカグレロル単剤群とDAPT12カ月群で全臨床的有害事象を比較した試験である。その結果、1年以内の大出血と心血管イベントの複合ではチカグレロル単剤群が3.9%、12カ月DAPT群が5.9%であり単剤群の方が優れていた。この試験では新世代の極薄型ストラット生体吸収性ポリマーDESを用いたことがDAPT期間の短縮に寄与したと考えられる。また、DAPT後にアスピリン単剤でなくチカグレロル単剤にしたことも、DAPT期間短縮に寄与した可能性が高い。チカグレロルはP2Y12受容体を直接阻害するため、効果発現までの時間が短く、欧米ではACS患者に多く使用されている。しかし日本人を多く含む研究であるPHILO試験において、チカグレロルはクロピドグレルに比べ、統計学的有意差はないものの、大出血や心血管イベントが多い傾向にあった(1)。そのため日本ではクロピドグレルまたはプラスグレルが多く使用され、チカグレロルはこれらが使用できない場合のみ適応とされている。クロピドグレルを用いた試験としては、日本でDAPT1カ月+クロピドグレル単剤投与とDAPT12カ月を比較したSTOPDAPT-2試験が行われ、DAPT1カ月群の優越性が示された(2)。現在ACS患者を対象としたSTOPDAPT-2ACS試験が進行中である。 このようにDAPT期間を短縮できるという報告が相次いでいるため、日本のガイドラインが最近更新された。2020年の日本循環器学会「冠動脈疾患患者における抗血栓療法ガイドライン」フォーカスアップデート版では、ACS患者は血栓リスクが高いと考えられるため、出血リスクが低い場合のDAPT期間は3~12カ月を推奨しているが、高出血リスク患者では1~3カ月を推奨している。このようにDESの改良によりDAPT期間は以前より短くなり、個々の患者の出血リスクと血栓リスクを勘案して決定することになる。 1. Goto S, et al. Circ J. 2015;79(11):2452-2460. 2. Watanabe H, et al. JAMA. 2019;321(24):2414-2427.
急性冠症候群疑い患者の高流量酸素療法と死亡リスク:実用的クラスター無作為化クロスオーバー試験
急性冠症候群疑い患者の高流量酸素療法と死亡リスク:実用的クラスター無作為化クロスオーバー試験
High flow oxygen and risk of mortality in patients with a suspected acute coronary syndrome: pragmatic, cluster randomised, crossover trial BMJ. 2021 Mar 2;372:n355. doi: 10.1136/bmj.n355. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】急性冠症候群(ACS)の疑いがある患者で、高流量酸素療法と30日死亡率の関連性を明らかにすること。 【デザイン】実用的クラスター無作為化クロスオーバー試験。 【設定】ニュージーランドの4地域。 【参加者】試験期間中、All New Zealand Acute Coronary Syndrome Quality Improvement(ANZACS-QI)レジストリまたはambulance ACS pathwayに組み入れられたACSが疑われる患者およびACSの診断が確定した患者4万872例。2万304例に高流量酸素療法、2万568例に低流量酸素療法を実施した。レジストリおよびICD-10退院コードから、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)か非STEMIの最終診断を明らかにした。 【介入】2年間にわたり、4地域を2通りの酸素療法に6カ月単位で無作為に割り付けた。高流量酸素群では、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)に関係なく、虚血症状や心電図の変化に応じて、酸素マスクによる酸素6~8L/分を供給した。低流量酸素群では、SpO2が90%を下回った場合のみ、SpO2 95%未満を目標に酸素を供給した。 【主要評価項目】登録データとの連携により明らかにした30日全死因死亡率。 【結果】両酸素療法によって管理した患者データおよび臨床データは一致していた。ACS疑い患者の30日死亡数は、高酸素群および低酸素群でそれぞれ613例(3.0%)、642例(3.1%)だった(オッズ比0.97、95%CI 0.86~1.08)。STEMI患者4159例(10%)の30日死亡率は、高酸素群および低酸素群でそれぞれ8.8%(178例)、10.6%(225例、同0.81、0.66~1.00)で、非STEMI患者1万218例(25%)では3.6%(187例)、3.5%(176例)だった(同1.05、0.85~1.29)。 【結論】ACSの疑いがある患者の大規模コホートで、高流量酸素療法に30日死亡率の上昇、低下いずれの関連も認められなかった。 第一人者の医師による解説 ST上昇型急性心筋梗塞患者では改善傾向 酸素投与の適否は担当医に委ねられべき 清末 有宏 森山記念病院循環器センター長 MMJ. October 2021;17(5):144 急性冠症候群(ACS)患者に対する酸素投与は、予後改善効果を示すエビデンスが少ないまま50年以上前から実施されてきた世界共通の治療習慣である。これはACS患者ではしばしば心不全合併などに伴い低酸素血症が合併することを考慮すれば理にかなっているが、過剰な動脈血酸素分圧上昇は冠動脈攣縮や酸化ストレスを誘発するため、近年酸素投与の有害性を指摘する報告が続いていた。 現行の各国ガイドラインはメタ解析(1)やDETO2X-AMI試験2の結果をもとに、低酸素血症の目立たない急性心筋梗塞患者への酸素投与を勧めていないが、ただ根拠となっている臨床試験にも(低酸素血症が発生しにくい)比較的低リスク患者のみが組み入れられていたり、組み入れ患者数(特に最も酸素投与の恩恵が期待できると思われるST上昇型急性心筋梗塞患者数)が十分ではないなどの研究限界が挙げられてきた。 本研究において著者らはそういった研究限界を払拭すべく、十分な患者数の確保が期待できるAll New Zealand Acute Coronary Syndrome Quality Improvementレジストリーを用い、酸素投与プロトコールをより厳密に設定し、さらにバイアスを排除すべくクラスター・クロスオーバー・デザインを採用した(4地域に分けて酸素投与プロトコールを時期により設定し、その設定を入れ替えた)。40,872人という十分な患者数が組み入れられた結果、30日全死亡に関して高用量酸素投与群では低用量酸素投与群に対するオッズ比が0.97と有益性は認められなかったが、有害性も認められなかった。さらに、ST上昇型急性心筋梗塞患者群に限れば1.8%の絶対リスク低下(8.8% 対 10.6%)が得られ、オッズ比は0.81であった。 本研究結果の解釈は論文中のディスカッションパートでも非常に慎重に議論されているが、ACS患者を日常的に診療している一臨床医として意見を述べさせていただけるのであれば、30日全死亡率1.8%の改善は臨床的に意味を持つ大きさであるし、しばしば画一的になりすぎてしまいがちなガイドラインに基づく診療方針において(つまりACS患者に対する酸素療法がどのような場合でも不適切といった認識)、対象患者を選べば酸素療法は決して有害性がないばかりか有益性も期待できる、といったポジティブな解釈もできるのではなかろうか。ACSという診断名の下には多種多様な患者が含まれるため、今回の結果を踏まえれば酸素投与の適否は各患者の担当医に委ねられてしかるべき、ということになろう。 1. Chu DK, et al. Lancet. 2018;391(10131):1693-1705. 2. Hofmann R, et al. N Engl J Med. 2017;377(13):1240-1249.
侵襲的治療を受けた急性冠症候群患者における橈骨動脈と大腿動脈アクセス、ビバリルジ ンと未分画ヘパリンの比較(MATRIX):多施設共同、無作為化対照試験1年目の最終結果
侵襲的治療を受けた急性冠症候群患者における橈骨動脈と大腿動脈アクセス、ビバリルジ ンと未分画ヘパリンの比較(MATRIX):多施設共同、無作為化対照試験1年目の最終結果
Radial versus femoral access and bivalirudin versus unfractionated heparin in invasively managed patients with acute coronary syndrome (MATRIX): final 1-year results of a multicentre, randomised controlled trial LANCET 2018 Sep 8;392(10150):835-848. 上記論文のアブストラクト日本語訳 ※ヒポクラ×マイナビ 論文検索(Bibgraph)による機械翻訳です。 【背景】Minimizing Adverse Haemorrhagic Events by Transradial Access Site and Systemic Implementation of Angiox(MATRIX)プログラムは、侵襲的治療を受ける急性冠症候群の患者において、径方向アクセス法と大腿動脈アクセス法の比較、および糖タンパク質IIb/IIIa阻害剤を選択した二価イルジンと未分画ヘパリンとの安全性と有効性を評価するために計画されました。MATRIXは,イタリア,オランダ,スペイン,スウェーデンの78施設で急性冠症候群患者を対象とした3つのネステッド無作為化多施設共同非盲検優越試験からなるプログラムであった。ST上昇型心筋梗塞患者を対象に、冠動脈造影前に橈骨または大腿動脈アクセス、および経皮的冠動脈インターベンション後の輸液または未分画ヘパリン投与(1段階選択)ありまたはなしのビバリルジンに同時に無作為(1:1)割り付けを行った。非ST上昇型急性冠症候群の患者を冠動脈造影前に橈骨または大腿動脈アクセスに無作為に(1:1に)割り付け,造影後に経皮的冠動脈インターベンションが可能と判断された場合のみ(2段階選択),アンチトロンビンの種類と治療期間のプログラムに参加させた。無作為化配列はコンピュータで作成され、ブロックされ、P2Y12阻害薬の新規または現在の使用目的(clopidogrel vs ticagrelor or prasugrel)、急性冠症候群のタイプ(ST上昇型心筋梗塞、トロポニン陽性、トロポニン陰性の非ST上昇型急性冠症候群)により層別化された。Bivalirudinは0〜75mg/kgのボーラス投与後,経皮的冠動脈インターベンション終了まで1時間あたり1〜75mg/kgの点滴を行った。ヘパリンは糖蛋白IIb/IIIa阻害剤非投与例では70〜100単位/kg,糖蛋白IIb/IIIa阻害剤投与例では50〜70単位/kgで投与された。臨床的なフォローアップは30日後と1年後に行われた。MATRIXアクセスおよびMATRIXアンチトロンビン型に関する共同主要アウトカムは、30日までの全死亡、心筋梗塞、脳卒中の複合と定義した主要有害心血管イベント、および非冠動脈バイパス移植関連大出血、30日までの主要有害心血管イベントの複合と定義した臨床有害事象であった。MATRIXの治療期間に関する主要アウトカムは、緊急標的血管再血行再建術、明確なステント血栓症、または30日までの純有害臨床イベントの複合としました。解析はintention-to-treatの原則に従って行われました。本試験はClinicalTrials. gov(番号NCT01433627)に登録されている。 【所見】2011年10月11日から2014年11月7日の間に、8404人の患者を橈骨アクセス(4197人)または大腿アクセス(4207人)にランダムに割付た。この8404人のうち,7213人がMATRIXアンチトロンビン型研究に含まれ,ビバリルジン(3610人)またはヘパリン(3603人)に無作為に割り付けられた。ビバリルジンに割り付けられた患者はMATRIX治療期間試験に組み入れられ、無作為に処置後輸液あり(1799例)または処置後輸液なし(1811例)に割り付けられた。1年後、主要な有害心血管イベントは、橈骨アクセスに割り付けられた患者と大腿骨アクセスに割り付けられた患者で差がなかったが(14-2% vs 15-7%、率比0-89、95%CI 0-80-1-00、p=0-0526)、正味の有害臨床イベントは、大腿骨アクセスよりも橈骨アクセスの方が少なかった(15-2% vs 17-2%、 0-87、 0-78-0-97; p=0-0128)。ヘパリンと比較して、ビバリルジンは主要な心血管有害事象(15-8%対16-8%; 0-94, 0-83-1-05; p=0-28)および臨床上の純有害事象(17-0%対18-4%; 0-91, 0-81-1-02; p=0-10)とは関連がなかった。緊急標的血管再血行再建術,ステント血栓症,臨床的有害事象の複合は,術後のバイバルジン点滴の有無にかかわらず差がなかった(17-4% vs 17-4%;0-99, 0-84-1-16;p=0-90). 【解釈】急性冠症候群患者において,径方向アクセスは1年後の主要有害心臓イベントではなく,大腿動脈アクセスと比較して,純有害事象率が低いとされた.ビバリルジンの投与と投与後の点滴の有無は、主要な有害心血管イベントや臨床的な有害事象の発生率の低下と関連はなかった。イタリア侵襲的心臓病学会,The Medicines Company,Terumo,Canada Research Chairs Programme. 第一人者の医師による解説 出血リスク軽減も 実臨床では患者に応じた対応が必要 古賀 聖士(病院講師)/前村 浩二(教授) 長崎大学病院循環器内科 MMJ.February 2019;15(1):17 近年、PCI時の橈骨動脈アクセスと大腿動脈アクセスを比較した多数のランダム化比較試験が行われ、橈骨動脈アクセスでは出血性イベント、特にアクセスサイト関連の出血が有意に少ないことが報告されている(1) 。その結果に基づき、現在欧州のPCI ガイドラインでは、橈骨動脈は第1選択のアクセス サイトとして推奨されている(推奨度I、エビデンス レベルA)(2) 。しかし、ほとんどの研究が30日程度の 短期予後をみたものであり、橈骨動脈アクセスと長期予後の関連については明らかとなっていなかった。 本試験は、大腿動脈アクセスに対する橈骨動脈アクセスの長期的な安全性と有効性を検証するために実施された。なお、本試験は未分画ヘパリンに対するビバリルジン(日本未承認の抗トロンビン薬)の安全性と有効性も検証するデザインになっている。 結果であるが、1年の追跡で、橈骨動脈アクセス 群と大腿動脈アクセス群の間で主要心血管イベント (全死亡、心筋梗塞または脳卒中)発生率に有意差はなかったが、総臨床的有害事象(NACE;主要心血管イベントおよびnon-CABG関連大出血)は橈骨動脈 アクセス群の方が有意に少なかった。これには、橈骨動脈アクセス群では大出血、特にアクセスサイト 関連の出血(0.4% 対 1.1%)が有意に少なかったことが影響していた。また、この差は30日までに認 められ、31日から1年までのNACE発生率に有意差はなかった。なお、ビバリルジン群とヘパリン群で1年の主要心血管イベントおよびNACEに有意差はなかったが、ビバリルジン群は大出血(2.2% 対 3.3%)が有意に少なかった。 以上より、本研究はACS患者のPCIにおいて橈骨動脈は最も望ましいアクセスサイトであると結論づけている。また、ビバリルジンを使用した橈骨動 脈アクセスのPCIは、より出血性イベントを軽減で きる可能性があることについても触れられている。 日本においても、可能であれば橈骨動脈アクセスを第1選択にすることに、ほぼ異議はないであろう。 しかしACS患者では、ショックバイタルのため橈 骨動脈の触知が弱くアクセスが困難な患者があり、 また高齢の患者で鎖骨下動脈や腕頭動脈の蛇行のためカテーテル操作が困難な場合、大腿動脈アクセス の方が迅速にPCIを行える患者も経験する。また複 雑病変へのPCIで大口径カテーテルが必要な場合には橈骨動脈は不向きである。ガイドラインや臨床研 究の結果から橈骨動脈アクセスに固執するのではなく、患者に応じてアクセス部位を使い分ける臨機応変な対応が実臨床の場では求められるであろう。 1. Ferrante G, et al. JACC Cardiovasc Interv. 2016;9(14):1419- 1434. 2. Neumann FJ, et al. Eur Heart J 2018. Aug 25. doi:10.1093/ eurheartj/ehy394.
70歳以上の非ST上昇型急性冠症候群患者に用いるクロピドグレルのチカグレロルまたはプラスグレルとの比較 無作為化非盲検非劣性試験
70歳以上の非ST上昇型急性冠症候群患者に用いるクロピドグレルのチカグレロルまたはプラスグレルとの比較 無作為化非盲検非劣性試験
Clopidogrel versus ticagrelor or prasugrel in patients aged 70 years or older with non-ST-elevation acute coronary syndrome (POPular AGE): the randomised, open-label, non-inferiority trial Lancet. 2020 Apr 25;395(10233):1374-1381. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30325-1. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】現行ガイドラインでは、急性冠症候群後の患者のチカグレロルまたはプラスグレルを用いた強力な抗血小板療法が推奨されている。しかし、高齢者の最適な抗血小板阻害に関するデータが不足している。著者らは、非ST上昇型急性冠症候群(NSTE-ACS)高齢患者に用いるクロピドグレルのチカグレロルまたはプラスグレルと比較した安全性および有効性を明らかにすることを試みた。 【方法】オランダの12施設(病院10施設および大学病院2施設)で非盲検無作為化試験POPular AGEを実施した。70歳以上のNSTE-ACS患者を組み入れ、ブロックサイズを6としたインターネットを用いた無作為化法で、クロピドグレル300mgまたは600mg、チカグレロル180mgまたはプラスグレル60mgの負荷投与の後、標準治療と併用した12カ月間の維持投与(クロピドグレル1日1回75mg、チカグレロル1日2回90mg、プラスグレル1日1回10mgのいずれか)に1対1の割合で無作為化に割り付けた。患者と治療担当医師に治療の割り付けを知らせておいたが、結果評価者には治療の割り付けを伏せた。主要出血転帰を血小板凝集阻害と患者転帰[PLATelet inhibition and patient Outcome(PLATO):大出血または小出血(優越性の仮説)]とした。全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中、PLATO大出血および小出血(非劣性の仮説、マージン2%)を主要複合評価項目(ネットクリニカルベネフィット)とした。追跡期間は12カ月間であった。intention-to-treat集団を解析対象とした。この試験はNetherlands Trial Register(NL3804)、ClinicalTrials.gov(NCT02317198)およびEudraCT (2013-001403-37)に登録されている。 【結果】2013年7月10日から2018年10月17日の間に、1002例をクロピドグレル(500例)、チカグレロルまたはプラスグレル(502例)に無作為に割り付けた。チカグレロルまたはプラスグレル群の475例(95%)にチカグレロル投与したため、このグループをチカグレロル群とした。チカグレロルに割り付けたチカグレロル群502例中238例(47%)、クロピドグレルに割り付けた500例中112例(22%)が早期中止に至った。クロピドグレル群[500例中88例(18%)]の大出血がチカグレロル群[502例中118例(24%)]よりも低かった(ハザード比0.71、95%CI 0·54~0·94、優越性のP=0.01)。複合評価項目はクロピドグレル群のチカグレロルに対する非劣性が示された[139例(28%) vs. 161例(32%)、絶対リスク差-4%、95%CI -10.0~1.4、非劣性のP=0.03]。最も重要な中止の理由は、出血(38例)、呼吸困難(40例)および経口抗凝固薬を用いた治療の必要性(35例)であった。 【解釈】NSTE-ACSを呈した70歳以上の患者で、クロピドグレルは全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中および出血の複合評価項目が増加することなく出血イベントを抑制するため、チカグレロルに取って代わる有効な選択肢である。クロピドグレルは、特に出血高リスクの高齢患者のP2Y12阻害薬の代替薬になると思われる。 第一人者の医師による解説 個人差の大きい高齢者 複合リスクの見極めが肝要 中村 正人 東邦大学医療センター大橋病院循環器内科教授 MMJ. October 2020; 16 (5):129 PLATO試験、TRITON-TIMI38試験の結果から急性冠症候群に対しては強力な抗血小板薬(チカグレルまたはプラスグレル)が欧米のガイドラインではクラス Iで推奨されている。出血リスクを上回る虚血イベント抑制効果がこれらの試験で示されたからである。しかし、出血リスクの高い患者にこの治療戦略が有効であるかどうかは明らかではない。そこで近年、出血リスクの高い患者を対象に出血リスクを軽減させるさまざまな戦略の妥当性が検証されている。70歳以上の高齢者に対する今回のPOPular AGE試験も同様である。非 ST上昇型心筋梗塞という血栓イベントリスクの高い病態に出血を考慮したDAPT(クロピドグレル)と血栓イベントを優先するDAPT(プラスグレルまたはチカグレル)の優劣が比較された。主要エンドポイントである出血の発生率は抗血小板作用の弱いクロピドグレルによるDAPTの方が低かった。この結果は想定範囲内である。ポイントは血栓イベントを加えた複合エンドポイントで非劣性が示された点にある。ランダム化前に98%の患者がローディングされており、その7割がチカグレルであった点、イベントの内訳としてステント血栓症はクロピドグレル群のみで認められた点は留意すべきであるが、総合的にみてクロピドグレルによるDAPTの妥当性が実証されたと結論されている。  しかし、他にも抗血小板療法をde-escalationさせる策としては、遺伝子多型や血小板凝集能をチェックする方法、短期 DAPT とP2Y12阻害薬単剤の組み合わせ、低用量のP2Y12阻害薬によるDAPTなどがある。このため、本研究で高齢者に対する戦略の結論が得られたとは言い難い。現在最もエビデンスが豊富な戦略は短期 DAPTとP2Y12阻害薬単剤の組み合わせである。実際、出血高リスク例に対しこの戦略が日本のガイドラインでは推奨されている(1)。また、日本ではプラスグレルの用量は海外の3分の1で、出血リスクが考慮されている。この点からも本研究の結果を日本の実臨床へ外挿する場合にはさらなる検証が必要である。近年、Academic Research Consortium(ARC)により出血高リスク(HBR)の定義が提唱され、これによると75歳以上 の 高齢者はminor criteriaに該当する。単独ではなく複合でHBRに分類される(2)。高齢者を一律 HBRと定めることはできない。高齢者は個人差が大きく、他の出血リスク因子の有無を見極めることが肝要である。わが国をはじめとした東アジア諸国は欧米諸国より出血リスクが高いとされる(3)。このため高齢化社会を迎えている日本における独自の検討が必要である。 1. Nakamura M, et al. Circ J. 2020;84(5):831-865. 2. Urban P, et al. Eur Heart J. 2019;40(31):2632-2653. 3. Levine GN, et al. Nat. Rev. Cardiol. 2014; 11: 597-606.