「MMJ - 五大医学誌の論文を著名医師が解説」の記事一覧

ダパグリフロジンが糖尿病がない心不全患者の心不全悪化と心血管死にもたらす効果
ダパグリフロジンが糖尿病がない心不全患者の心不全悪化と心血管死にもたらす効果
Effect of Dapagliflozin on Worsening Heart Failure and Cardiovascular Death in Patients With Heart Failure With and Without Diabetes JAMA. 2020 Mar 27;323(14):1353-1368. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】駆出率が低下した心不全(HFrEF)患者に追加治療が必要である。ナトリウム・グルコース輸送体2(SGLT2)阻害薬は、糖尿病がないHFrEF患者にも有効な治療であると考えられる。 【目的】糖尿病の有無を問わずHFrEF患者に用いるダパグリフロジンの効果を評価すること。 【デザイン、設定および参加者】20カ国410施設で実施された第III相無作為化試験の探索的解析。2017年2月15日から2018年8月17日にかけて、NYHA分類II~IV、左室駆出率が40%以下で、血漿NT-proBNP値が上昇した患者を組み入れ、2019年6月19日まで追跡した。 【介入】推奨治療に追加したダパグリフロジン1日1回10mgまたはプラセボ。 【主要転帰または評価項目】主要転帰は心不全の悪化または心血管死の複合とした。この転帰は、試験開始時の糖尿病の有無で、さらに糖尿病がない患者では糖化ヘモグロビン値5.7%以上と5.7%未満に分けて解析した。 【結果】無作為化した4744例(平均年齢66歳、23%が女性、55%が非糖尿病)のうち4742例が試験を完遂した。糖尿病がない患者で、主要転帰はダパグリフロジン群1298例中171例(13.2%)、プラセボ群1307例中231例(17.7%)に発生した(HR 0.73、95%CI 0.60~0.88)。糖尿病患者では、主要転帰はダパグリフロジン群1075例中215例(20.0%)、プラセボ群1064例中271例(25.5%)に発生した(同0.75、0.63~0.90、交互作用のP=0.80)。糖尿病がなく糖化ヘモグロビン値5.7%未満の患者で、主要転帰はダパグリフロジン群438例中53例(12.1%)、プラセボ群419例中71例(16.9%)に発生した(同0.67、0.47~0.96)。糖化ヘモグロビン値5.7%以上の患者で、主要転帰はダパグリフロジン群860例中118例(13.7%)、プラセボ群888例中160例(18.0%)に発生した(同0.74、0.59~0.94)、交互作用のP=0.72)。糖尿病がない患者でダパグリフロジン群の7.3%、プラセボ群の6.1%、糖尿病患者のそれぞれ7.8%、7.8%に有害事象として体液減少が報告された。糖尿病がない患者でダパグリフロジン群の4.8%、プラセボ群の6.0%、糖尿病患者でそれぞれ8.5%、8.7%に腎有害事象が報告された。 【結論および意義】このHFrEF患者を対象とした無作為化試験の探索的解析では、ダパグリフロジンを推奨治療に追加すると、プラセボと比べて、糖尿病の有無に関係なく心不全の悪化または心血管死を有意に抑制した。 第一人者の医師による解説 細胞外液量減少を介した心負荷減少が心不全改善に寄与の可能性 長田太助 自治医科大学医学部内科学講座腎臓内科学部門教授・附属病院副病院長 MMJ. October 2020; 16 (5):131 EMPA-REG outcome試験(1)を皮切りに、この数年でNa+ /グルコース共役輸送担体2(SGLT2)阻害薬による心血管予後の改善効果を示した大規模臨床試験が次々と発表された(2)。ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-4阻害薬を使ったSAVORTIMI53試験では心不全が増加したのに対し、同じ糖尿病薬でもSGLT2阻害薬は心不全の悪化を抑制することが強く印象づけられた。「心不全患者だけを集めてSGLT2阻害薬を投与した場合、心不全悪化は抑制されるのか?」と誰しも疑問に思うことだろう。DAPA-HF試験(3)がその答えを提示した。同試験ではNYHAクラス II ~ IVで駆出率(EF)40%未満の心不全患者4,744人をダパグリフロジン(DAPA)10mg/日群とプラセボ群に無作為に割り付け、約2年間観察した。主要評価項目(心不全悪化と心血管死亡の複合アウトカム)の発生率はDAPA群16.3%、プラセボ群21.2%、ハザード比(HR)は0.74で統計学的に有意であった。  本研究では、これと同じ母集団を使い、糖尿病群(2,139人)と非糖尿病群(2,605人)に分けたpost hoc解析が実施された。2019年の報告(3)では、複合アウトカム(心不全悪化と心血管死亡)発生率は糖尿病の有無で差がなかったと報告され、糖尿病薬が非糖尿病患者でも心不全を抑制した結果は衝撃だったが、今回はさらに詳しく糖尿病の有無で差が検証された。主要評価項目は本試験と同じで、その発生率は糖尿病群においてDAPA群20.0%、プラセボ群25.5%(HR, 0.75)、非糖尿病群ではDAPA群13.2%、プラセボ群17.7%(HR, 0.73)であり、それぞれの群内で有意差はあったが、糖尿病の有無間で有意な交互作用はなかった。腎機能悪化以外の2次評価項目を含めて結果はすべて同様で、DAPAの心不全悪化抑制効果は糖尿病の有無ならびにベースライン HbA1c値の高低によらずほぼ一定であることも示された。  血糖値改善作用によらないのであれば、DAPAによる心不全抑制機序は何であろうか。本論文でDAPAには糖尿病の有無によらずヘマトクリット値を上げる作用があることが示されており、細胞外液量減少を介した心負荷減少が心不全の改善に寄与している可能性がある。そのほかにもhypoxia-inducible factor (HIF)1活性化とエリスロポエチン産生増加、心筋の線維化抑制作用、ケトン体産生を介した心筋のエネルギー効率改善、交感神経抑制作用など諸説あるが、SGLT2阻害薬の心不全改善作用の正確な機序はまだ不明である。機序が明らかになれば、心不全の薬だが血糖降下作用もある薬とSGLT2阻害薬の立ち位置が変わるのかもしれない。 1. Zinman B et al. N Engl J Med. 2015;373:2117-2128. 2. Zelniker TA et al. Lancet. 2019;393:31-39. 3. McMurray et al. N Engl J Med. 2019;381:1995-2008.
禁煙とその後の心血管疾患リスクの関連
禁煙とその後の心血管疾患リスクの関連
Association of Smoking Cessation With Subsequent Risk of Cardiovascular Disease JAMA. 2019 Aug 20;322(7):642-650. doi: 10.1001/jama.2019.10298. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】禁煙後の心血管疾患(CVD)の経時変化は明らかになっていない。リスク算出に喫煙経験者がわずか5年のみリスクがあることを考慮している。 【目的】禁煙後の年数とCVD発症の関連を明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】調査開始時にCVDがなく2015年12月まで追跡したフラミンガム心臓研究参加者から前向きに収集したデータの後ろ向き解析(第1世代コホート:1954~1958年の4回目の調査の参加者、第2世代コホート:1971~1975年の初回調査の参加者)。 【曝露】更新した自己申告の喫煙状況、禁煙後の年数、累積pack-years。 【主要評価項目】CVD(心筋梗塞、脳卒中、心不全、心血管死)の発症。両コホート(統合)を主要解析の対象とし、大量喫煙経験者(20pack-years以上)に限定した。 【結果】試験集団には8770例(第1世代コホート3805例、第2世代コホート4965例)を対象とし、平均年齢42.2歳、45%が男性だった。5308例が調査開始時に17.2pack-years(中央値)の喫煙経験者で、そのうち2371例が大量喫煙経験者[406例(17%)が元喫煙者、1965例が現喫煙者(83%)]であった。追跡期間中央値26.4年間で、初回CVDイベントが2435件発生した[第1世代コホート1612例(大量喫煙者665例)、第2世代コホート823例(同430例)]。統合コホートでは、現喫煙と比べると、5年以内に禁煙するとCVD発症率(1000人年当たりの発症率:現喫煙11.56(95%CI 10.30~12.98)、5年以内の禁煙6.94(5.61~8.59)、差-4.51(-5.90--2.77)およびCVD発症リスク(HR 0.61、95%CI 0.49~0.76)が有意に低下した。喫煙未経験者と比べると、統合コホートでは、禁煙10~15年後にCVDリスクの有意な上昇が止まった[1000人年当たりの発症率:喫煙未経験5.09(95%CI 4.52~5.74)、10~15年以内の禁煙6.31(4.93~8.09)、差1.27(-0.10-3.05)、HR 1.25(95%CI 0.98~1.60)]。 【結論および意義】大量喫煙者が禁煙すると、現喫煙者より5年以内のCVDリスクが有意に低下した。しかし、喫煙未経験者と比べた元喫煙者のCVDリスクは、禁煙後5年を超えると有意に高くなった。 第一人者の医師による解説 禁煙はすべての人に健康改善をもたらす 日常診療で禁煙を勧め希望者への禁煙治療提供が重要 中村 正和 地域医療振興協会 ヘルスプロモーション研究センター センター長 MMJ. October 2020; 16 (5):135 喫煙の健康影響は、循環器疾患にとどまらず、がん、呼吸器疾患、糖尿病など多岐にわたる。禁煙はこれらのリスクを改善するが、禁煙後の経時的なリスク低下については研究間で結果が異なる。例えば虚血性心疾患のリスクは禁煙10~15年で非喫煙者と同じレベルまで低下するという報告と、禁煙10~20年経過しても非喫煙者より10~20%高いという報告がある(1)。結果が異なる理由として、ベースライン喫煙量の把握が不十分、追跡後の喫煙状況の変化を把握せずにベースライン情報だけで解析しているなど、方法論上の問題が指摘されている。喫煙以外の危険因子の変化についても同様の問題がある場合、交絡要因の調整が不十分となり、結果に影響を与える可能性がある。  本研究では、フラミンガム心臓研究(FHS)の第1世代(original)、第2世代(offspring)コホートの2015年までの追跡データを後ろ向きに解析し、禁煙による循環器疾患リスクの低下を厳密に評価している。FHSは、上述した問題をクリアする質の高い追跡研究であり、循環器疾患発症の把握についても精度が高い。対象者は8,770人、追跡期間の中央値は26.4年に及ぶ。アウトカムの循環器疾患(心筋梗塞、脳卒中、心不全、心血管死)のリスクは、禁煙すると、喫煙を続けた場合に比べ5年以内に約40%低下し、禁煙による顕著なリスク改善がみられた。しかし、非喫煙者に比べ、禁煙後少なくとも10年以内はリスクが40%ほど高い状態が続くことが明らかになった。  本研究により、禁煙しても非喫煙者と同程度のリスクとなるには時間がかかることが確認された。リスク改善のスピードは喫煙本数や年数、禁煙の時期によって異なる。本研究の解析はヘビースモーカー(20パック年以上)に限定しており、その影響も考えられる。  しかし、本研究結果の中で一番重要な点は、喫煙を継続した場合に比べ、禁煙によってリスクが大きく低下することである。循環器疾患を有する場合でも同様の効果が確認されている(1)。糖尿病患者では禁煙によってHbA1cが一時的に上昇するものの、全死亡や循環器疾患のリスクは禁煙とともに確実に低下することが89のコホート研究のメタ解析で明らかになっている(2)。禁煙は性、年齢、疾患の有無を問わず、すべての人に健康改善をもたらす(3)。日常診療の場ですべての喫煙者に禁煙を勧め、禁煙希望者に禁煙治療を提供することが重要である。 1. IARC (2007). IARC Handbooks of Cancer Prevention, Tobacco Control. Volume 11: Reversal of Risk aer Quitting Smoking (p227-268). 2. Pan A, et al. Circulation. 2015;132(19):1795-1804. 3. U.S. Department of Health and Human Services. The Health Benefits of Smoking Cessation: A Report of the Surgeon General. 1990.
医療者における新型ウイルス感染の心理的影響の発生、予防および管理:迅速レビューとメタ分析
医療者における新型ウイルス感染の心理的影響の発生、予防および管理:迅速レビューとメタ分析
Occurrence, prevention, and management of the psychological effects of emerging virus outbreaks on healthcare workers: rapid review and meta-analysis BMJ. 2020 May 5;369:m1642. doi: 10.1136/bmj.m1642. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 目的: 新型ウイルスの感染を管理して働く医療者の心理およびストレスと精神的苦痛への有効な対策を調査することを目的としました。 デザイン: 迅速レビューとメタ分析 データソース: Cochrane Central Register of Controlled Trials、PubMed / Medline、PsycInfo、Scopus、Web of Science、Embase、およびGoogle Scholarについて、2020年3月下旬まで検索しました。 研究選択の適格性基準: あらゆる臨床環境下で新型ウイルス感染が発生した際に、患者を診療している医療スタッフの心理的反応を調べた研究で、他の医師または一般集団との比較の有無は問わないこととしました。 結果: 59件の論文が選択基準を満たしました:37件は重症急性呼吸器症候群(SARS)、8件はコロナウイルス2019感染(covid-19)、7件は中東呼吸器症候群(MERS)、3件はエボラウイルス感染とインフルエンザA(H1N1/H7N9)でした。感染患者と直接接触した医療従事者の心理的結果を比較した38の研究のうち、25は、曝露のリスクが高い医療者と低い医療者を比較するペアワイズメタアナリシスが可能なデータを含んでいました。低リスクの医療者と比較して、感染患者と接触している医療者は、急性または心的外傷後ストレス(オッズ比1.71、95%信頼区間1.28-2.29)および心理的苦痛(1.74、1.50-2.03)の両方を受けているレベルが高く、継続調査においても同様の結果が得られました。これらの調査結果は、メタアナリシスに含まれていない他の研究と同様でした。心理的苦痛の危険因子には、若い、経験が浅い、扶養児童の親である、または感染した家族がいることが挙げられました。隔離期間の長期化、実際的なサポートの欠如、およびスティグマも影響していました。明確なコミュニケーション、適切な個人的保護、適切な休息、そして実践的および心理的サポートの両方が医療者のストレス/心理的苦痛状態の改善と関連していました。 結論: 新興感染症の発生時に患者を診る医療者が経験する心理的苦痛を軽減するのに役立つ効果的な介入があります。これらの介入は、本レビューでカバーしたアウトブレイクの設定やタイプを問わず、類似しており、現在のcovid-19アウトブレイクに適用できる可能性があります。 利益相反: すべての著者は、www.icmje.org / coi_disclosure.pdfにあるICMJE統一開示フォームに記入し、以下ように宣言しています。報告された研究に対していかなる組織からのサポートも受けていません。過去3年間に提出された研究に関心を持つ可能性のある組織との金銭的関係はありません。提出された研究に影響を与えたと思われる他の関連性や活動はありません。 第一人者の医師による解説 レビュー対象の59文献での負担軽減策はほぼ共通 COVID-19にも応用可能か 秋根 大(助教)/小川 真規(教授) 自治医科大学保健センター MMJ. October 2020; 16 (5):144 未知の感染症に遭遇する時、医療従事者はさまざまな葛藤に悩まされる。自分や身近な人への感染リスクが頭をよぎると、冷静な判断が難しくなる。社会からの過度な期待を受け、医学的には妥当でない判断を半ば強要されることさえある。資源は無限にあるわけではないのに。  本論文は、過去の感染症アウトブレイクと今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期における医療従事者の心理的負担とその対応方法について、迅速にエビデンスを公表するために、フォーカスを絞り込んで系統的レビューの一部のステップを省略・簡略化したrapid review、およびメタ解析で検討している。対象は新興ウイルス感染症に対峙した医療従事者の心理的側面について記載した文献59件(8件はCOVID-19関連)。感染患者の治療に従事したスタッフは感染リスクの低い対照群に比べ、急性または心的外傷後ストレスおよび心理的苦痛のレベルが高かった。心理的負担(distress)の増悪因子として、スタッフの年齢が若い、経験が浅い、育児中である、隔離されている、家族が感染している、職場からの実務的サポートがない、医療従事者への社会的偏見などが挙げられている。一方、心理的負担の緩和因子として、明確なコミュニケーション、十分な個人防護具、十分な休養、実務的・精神的サポートなどが挙げられている。事業者が医療従事者の心理的負担を和らげるために、特に推奨される対処法として以下を提案している:①明確なコミュニケーションを行う、②感染症領域の研修や教育の機会を提供する、③感染防止対策を強化する、④十分に個人防護具を準備する、⑤心理面でのサポートを提供する。レビュー対象の59文献は背景や病原体がさまざまであったにも関わらず、これらの対策はおおむね共通していたことから、今回のCOVID-19流行にも応用可能ではないかと著者らは述べている。  最近、COVID-19に関連した医療従事者の燃え尽き症候群に関する研究が日本からも報告された(1)。職種別の燃え尽き症候群のリスクは医師が最も低く、その理由として、医師は看護師、薬剤師、放射線技師と比べて職業上の裁量が大きいことが考えられるとしている。その他のリスクとして、経験年数が短いこと、睡眠時間の減少、仕事量を減らしたいという欲求、感謝や尊敬を期待していることが挙げられている。今回紹介した論文と併せて国内の現状を示すものの1つとして提示した。 1. Matsuo T, et al. JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017271.
MRSA菌血症に用いるバンコマイシンまたはダプトマイシンへの抗ブドウ球菌βラクタム系薬が死亡率、菌血症、効果および治療失敗にもたらす効果 無作為化比較試験
MRSA菌血症に用いるバンコマイシンまたはダプトマイシンへの抗ブドウ球菌βラクタム系薬が死亡率、菌血症、効果および治療失敗にもたらす効果 無作為化比較試験
Effect of Vancomycin or Daptomycin With vs Without an Antistaphylococcal β-Lactam on Mortality, Bacteremia, Relapse, or Treatment Failure in Patients With MRSA Bacteremia: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Feb 11;323(6):527-537. doi: 10.1001/jama.2020.0103. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)菌血症は20%以上の死亡率と関連がある。標準治療にβラクタム系抗菌薬の併用によって死亡率が低下することが報告されているが、この介入を検討した十分な検出力がある無作為化臨床試験は実施されていない。 【目的】MRSA菌血症に用いる抗ブドウ球菌βラクタム系抗菌薬の標準治療との併用が標準治療単独よりも有効性が高いかどうかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】2015年8月から2018年7月にかけて、4カ国27施設で、MRSA菌血症成人患者352例を対象に非盲検無作為化臨床試験を実施した。2018年10月23日に経過観察を終了した。 【介入】被験者を標準治療(バンコマイシンまたはダプトマイシン静注)と抗ブドウ球菌βラクタム系抗菌薬(flucloxacillin、クロキサシリンまたはセファゾリン)の併用(174例)と標準治療単独(178例)に割り付けた。治療に当たる医師が総治療期間を決め、βラクタム系抗菌薬は7日間投与した。 【主要転帰および評価項目】主要評価項目は90日時の死亡、5日目の菌血症持続、微生物学的再発および微生物学的治療失敗の複合とした。14、42、90日時の死亡率、2、5日時の菌血症持続、急性腎障害(AKI)、微生物学的再発、微生物学的治療失敗および抗菌薬静注の期間を副次評価項目とした。 【結果】データ安全性評価委員会は、安全性の観点から、440例を登録する前に試験の早期中止を推奨した。無作為化した352例(平均年齢62.2歳、121例[34.4%]が女性)のうち345例(98%)が試験を完遂した。主要評価項目は、併用療法群の59例(35%)と標準治療群の68例(39%)に発生した(絶対差-4.2%、95%CI -14.3-6.0%)。事前に規定した副次評価項目9項目のうち7項目に有意差が認められなかった。併用療法群と標準治療群を比較すると、35例(21%)と28例(16%)に90日総死亡率が発生し(差4.5%、95%CI -3.7-12.7%)、166例中19例(11%)と172例中35例(20%)に5日目に菌血症の持続(同-8.9%、-16.6--1.2%)が見られ、ベースラインで透析を実施していた患者を除くと、145例中34例(23%)と145例中9例(6%)がAKIを来した(同17.2%、9.3-25.2%)。 【結論および意義】MRSA菌血症、バンコマイシンまたはダプトマイシンを用いた標準的抗菌薬療法に抗ブドウ球菌βラクタム系抗菌薬を追加しても、死亡率、菌血症持続、再発または治療失敗の主要複合評価項目の有意な改善にはつながらなかった。この結果を解釈する際は、安全性の懸念による試験の早期中止および臨床的に重要なさを検出する力が試験に不足していた可能性を考慮しなければならない。 第一人者の医師による解説 腎毒性の低いβラクタム薬の併用は 検討の余地あり 塩塚 美歌 国立がん研究センター中央病院感染症部/岩田 敏 国立がん研究センター中央病院感染症部部長 MMJ. December 2020;16(6):175 成人のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)菌血症に対する現在の標準治療薬は、バンコマイシン(VCM)とダプトマイシン(DAP)である。近年、MRSA菌血症の標準治療薬とβラクタム薬の併用による患者のアウトカム改善を示唆する研究報告が増えている中、本論文はオーストラリア、シンガポールなどの27病院で実施されたランダム化非盲検比較試験の結果を報告している。血液培養からMRSAが検出された18歳以上の入院患者を対象とし、血液培養採取から72時間以内に次の2群に無作為に割りつけた。標準治療群では、VCMまたはDAPを、臨床経過に従い14~42日間投与した。併用療法群では、標準治療に加えて抗黄色ブドウ球菌βラクタム薬(フルクロキサシリン、クロキサシリン、またはセファゾリン)を治療開始から7日間併用した。主要評価項目は、90日間の全死亡、5日後の持続的菌血症、血液培養陰性化後72時間以降の菌血症再燃、14日目以降における細菌学的な治療失敗を併せた複合エンドポイントとされた。副次評価項目として急性腎障害(AKI)や投薬治療期間なども解析した。当初440人の登録が予定されたが、中間解析で併用療法群のAKI発症率が有意に高いことが示され、以降の参加登録は中止された。  結果として、無作為化された患者352人の年齢中央値は64歳(47~79歳)、349人(99%)はVCM、13人(4%)は最低1回DAPを投与されていた。主要評価項目の発生率に関して併用療法群と標準治療群に有意差は認められなかった(35% 対 39%:差 , -4.2%;95%信頼区間[CI], -14.3~6.0%;P=0.42)。また、併用療法群は標準治療群と比較し、5日後の持続的菌血症の頻度が有意に低い(11% 対 20%:差 , -8.9%;95% CI, -16.6~ -1.2%;P=0.02)一方、AKIの頻度は有意に高かった(23% 対 6%:差 , 17.2%;95% CI, 9.3~25.2%;P<0.001)。  MRSA菌血症に対するβラクタム薬の併用療法は、本研究では腎毒性の弊害を上回る有効性は示されなかった。抗MRSA薬とβラクタム薬の併用療法は、日本感染症学会・日本化学療法学会による「JAID/JSC感染症治療ガイド2019」でも推奨されておらず、これに矛盾のない結果となった。過去にも、黄色ブドウ球菌による心内膜炎に対するアミノグリコシド併用療法(1)や、黄色ブドウ球菌菌血症に対するリファンピシン併用療法(2)の効果が期待されたが、死亡率の改善はなく、有害事象(前者では腎毒性)が多く認められた。今回、腎毒性がより低いセファゾリンを用いた患者数は併用療法群の約20%と少なく、今後改めて比較試験を実施してもよいかもしれない。 1. Korzeniowski O, et al. Ann Intern Med. 1982;97(4):496-503. 2. waites GE, et al. Lancet. 2018;391(10121):668-678.
人工知能と臨床医の比較 深層学習試験のデザイン、報告基準および主張の系統的レビュー
人工知能と臨床医の比較 深層学習試験のデザイン、報告基準および主張の系統的レビュー
Artificial intelligence versus clinicians: systematic review of design, reporting standards, and claims of deep learning studies BMJ. 2020 Mar 25;368:m689. doi: 10.1136/bmj.m689. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】医用画像の深層学習アルゴリズムの精度を熟練の臨床医と比較した試験のデザイン、報告基準、リスクバイアスおよび主張を系統的に調べること。 【デザイン】系統的レビュー。 【データ入手元】2010年から2019年6月までのMedline、Embase、Cochrane Central Register of Controlled TrialsおよびWorld Health Organization試験レジストリ。 【選択試験の適格基準】医学画像の深層学習アルゴリズムの精度を1名以上の現役熟練臨床医と比較した無作為化試験登録および非無作為か試験。深層学習研究で、医用画像への関心が高まっている。畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の際だった特徴は、未加工データで訓練するとパターン認識に必要な代表的な特徴を独自に生成することである。アルゴリズムは、人間が使用するよう指示した特徴よりもむしろ、分類に重要な画像の特徴を自動的に学習する。選択した試験は、医用画像を既存疾患または診断グループへの分類(疾患または非疾患など)の絶対リスク予測に用いることを目的としたものであった。例えば、気胸または非気胸などのラベルを付けた未加工の胸部レントゲン画像と、ピクセルパターンから気胸を示唆するCNN学習などである。 【レビューの方法】無作為化試験でCONSORT(臨床試験報告に関する統合基準)、非無作為化試験にTRIPOD(個別の予後や診断に関する多変量予測モデルの透明性ある報告)基準の遵守を評価した。無作為化試験でCochraneバイアスリスクツール、非無作為化試験にPROBAST(予測モデルのバイアスリスク評価ツール)を用いてバイアスリスクを評価した。 【結果】深層学習を検討した無作為化試験わずか10件を特定し、そのうち2件が出版されており(盲検化の欠如を除いたバイアスリスク:低度、報告基準の遵守:高度)、8件が進行中であった。特定した非無作為化試験81件のうちわずか9件が前向き試験で、6件が実臨床で検証を実施したものであった。比較対象の専門医数中央値はわずか4人(四分位範囲2-9人)であった。全データとコードへのアクセスが厳しく制限されていた(それぞれ95%、93%が閲覧不可能)。全体のバイアスリスクは、81件中58件が高度で、報告基準の遵守が準最適であった(TRIPODの29項目中12項目の遵守率50%未満)。81件中61件が、抄録に人工知能の性能が臨床医と同等以上であると記していた。詳細な前向き試験を要すると記載していたのは、81件中わずか31件(38%)であった。 【結論】医用画像を用いた前向きな深層学習を検討した研究や無作為化試験はほとんどない。ほとんどの非無作為化試験が前向きではなく、バイアスリスクが高く、既存の報告基準から逸脱している。ほとんどの試験でデータとコードが入手できず、人間の対照群も少数であることが多い。詳細な研究で、バイアスリスクを除外し、実臨床との関連例を高め、報告基準および透明性を改善し、ふさわしい表現の結論に加減する必要がある。 第一人者の医師による解説 適切な研究デザインによる医学的な検証には もう少し時間が必要 津本 周作 島根大学医学部医学科医療情報学講座教授 MMJ. December 2020;16(6):177 深層学習が画像認識のベンチマークで2012年、他の手法を遥かにしのぐ好成績を上げて以降、さまざまな領域で適用が進んでいる。医用画像診断は主たる領域の1つで、Googleなどから「医師が診断する1年前の画像で肺がんを検出」、「人工知能(AI)は皮膚がんの診断については専門医以上」という主張の根拠となる論文が出るようになった(1),(2)。しかし、実際の診断能力を専門家と比較した定量的な検証は十分なされているのだろうか? 本論文は、系統的レビューによりその評価を試みている。  本論文では、学術雑誌に掲載された英語論文で、画像診断への適用、臨床家の診断との比較がなされた236編を選択後、著者4人が最終的に91論文を選び、系統的レビューを行った結果、以下のことが明らかになった。  1. 無作為化試験は10件。小児白内障診断の研究(患者350人)では、AIと専門医の正答率はそれぞれ87%と99%、治療の推薦については71%と97%であった(非無作為化試験ではそれぞれ98%と93%、バイアスが顕著)。診断の速度はAIの方が早い(2.8分 対 8.5分)。大腸内視鏡による診断の研究(患者1,058人)では、AI実装、非実装のシステムを使った検出率が比較され、腺腫(29% 対 20%)、過形成ポリープの個数(114 対 52)と、AIによる支援が優れていた。  2. 非無作為化試験81件(放射線科36、眼科17、皮膚科9、消化器科5、病理5など)では、9件のみが前向きで、このうち実際の臨床現場で検証されていたのは6件。77件の論文要約で臨床家との比較が述べられ、AIの方が優れているという報告は23、同等/より良いは13、同等が25であった。追加の前向き研究の必要性を論じているのは9件のみ。  3. 論文内のデータおよびプログラムは公開されておらず、再現性が検証できない。  4. 検証する医師の数が少ない(中央値:4人)。  5. ほとんどの論文で、AIの性能が同等/より良いと書かれているが、研究デザイン、バイアスに関する議論が不十分。  深層学習が実領域で適用されはじめたのが2014年ごろであり、まだまだ歴史が浅い。既報の多くは工学的研究のスタイルで、研究デザイン的にも不十分な研究が多い。AIが医師を凌ぐというエビデンスは、今回の系統的レビューからは得られなかった。今後、適切な研究デザインのもとでの医学的な検証結果が報告されるまで、もう少し時間がかかるかもしれない。 1. Ardila D, et al. Nat Med. 2019;25(6):954-961. 2. Haenssle HA, et al. Ann Oncol. 2018;29(8):1836-1842.
重症急性腎障害に用いる腎代替療法の遅延と早期開始 系統的レビューと無作為化試験の患者個人データのメタ解析
重症急性腎障害に用いる腎代替療法の遅延と早期開始 系統的レビューと無作為化試験の患者個人データのメタ解析
Delayed versus early initiation of renal replacement therapy for severe acute kidney injury: a systematic review and individual patient data meta-analysis of randomised clinical trials Lancet . 2020 May 9;395(10235):1506-1515. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30531-6. Epub 2020 Apr 23. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】生命を脅かす合併症がない場合の重症急性腎障害に腎代替療法(RRT)を実施するタイミングは活発に議論されている。著者らは、早期RRT実施と比較した遅延RRTが重症急性腎障害の重症患者の28日時生存率に影響を及ぼすかを評価した。 【方法】この系統的レビューと患者個人データのメタ解析では、MEDLINE(PubMed経由)、Embase、Cochrane Central Register of Controlled Trialsで、2008年4月1日から2019年12月20日に出版され、重症急性腎障害に用いるRRT遅延と早期開始戦略を比較した無作為化試験を検索した。急性腎障害(Kidney Disease: Improving Global Outcomes[KDIGO]の急性腎障害分類2または3、KDIGOが使われていない場合、腎Sequential Organ Failure Assessment[SOFA]スコア3点以上と定義)がある18歳以上の重症患者を対象とした試験を適格とした。各試験の研究生責任者に連絡を取り、患者データの提供を依頼した。対象とした試験から、急性腎障害がない患者、無作為化しなかった患者を患者個人データのメタ解析から除外した。主要転帰は、無作為化28日後の総死亡率とした。この試験は、PROSPERO(CRD42019125025)として登録されている。 【結果】特定した試験1031件のうち、1件は適格基準を満たしたが組み入れ時期が古いため除外し、10件(対象2143例)を解析対象とした。9件(2083例)の患者個人データが入手でき、1879例に急性腎障害があり、946例(50%)を遅延RRT群、933例(50%)を早期RRT群に無作為に割り付けた。遅延RRT群に割り付けデータが入手できた929例中390例(42%)はRRTを受けなかった。28日時までに死亡した患者の割合は、遅延RRT群(837例中366例[44%])と早期RRT群(827例中355例[43%])で有意差がなく(リスク比1.01、95%CI 0.91-1.13、P=0.80)、全体のリスク差は0.01(95%CI -0.04-0.06)であった。試験間に異質性はなく(I2=0%、τ2=0)、ほとんどの試験でバイアスリスクが低かった。 【解釈】重症急性腎障害を呈した重症患者で、緊急RRTの適応がない場合のRRT導入のタイミングは、生存率に影響を及ぼすことがない。患者を緊密にモニタリングしながらRRT導入を遅らせることで、RRT実施率が低下し、ひいては医療資源を節約することになる。 第一人者の医師による解説 AKIでの腎代替療法は「伝家の宝刀」 むやみに使わず迷ったら使う 寺脇 博之 帝京大学ちば総合医療センター第三内科(腎臓内科)教授・腎センター長 MMJ. December 2020;16(6):172 『広辞苑』によると、「伝家の宝刀」とは「代々家宝として伝わっている名刀。転じて、いよいよという時以外にはみだりに使用しない、とっておきの物・手段など」…つまり、のっぴきならない窮地に立たされて初めて抜く刀、とされている。今回紹介する研究(メタアナリシス)は、重症の急性腎障害(acute kidney injury;AKI)を治療する上で、腎代替療法(renal replacement therapy;RRT)がまさにその「伝家の宝刀」であることを示唆する結論、すなわち「AKIに対してRRTを一律に早期導入しても予後への好影響は確認されなかった」を導き出している。  著者らは2008年4月1日~19年12月20日に発表された1,031件の研究から、早期導入戦略(early strategy:何らかの基準に従いAKIと診断された時点でRRTを導入)と晩期導入戦略(delayed strategy:高カリウム血症、肺水腫などのため生命の危険が迫った時点でRRTを導入)を比較した無作為化対照試験(RCT)を抽出。最終的に8件の研究から抽出された早期導入群827人、晩期導入群837人(年齢、性比、入院理由、Sequential Organ Failure Assessment[SOFA]スコア、併存疾患、敗血症合併率、割り付け時の利尿薬使用率に関する差なし)の2群を対象に、以下の項目について比較した:主要評価項目(割り付け後28日以内の全死亡)、副次評価項目(死亡までの期間[28日後まで])、60日全死亡、90日全死亡、院内死亡、入院期間、RRTを要しなかった日数[28日後まで])。  その結果、主要評価項目の28日全死亡について、晩期導入群におけるリスク比は早期導入群に対して1.01(95%信頼区間 , 0.91~1.13;P=0.80)と有意差はなく、さらに副次評価項目についても両群間に差は認められなかった。なお晩期導入群では42%の患者がRRTを1回も受けていなかった:このことは、早期導入群の42%においてRRTは不要であった可能性を示唆する。  今回の研究における「早期導入戦略」にとっての救いは、早期導入群では予後が優れていなかったものの、劣ってもいなかったことである。すなわち、早期導入群の42%にとってRRTは不要だったかもしれないが、不利益ももたらさなかったわけである。結局、今回の研究から得られた教訓は、「むやみには使わない(早期導入で予後は改善されないから)」「でも使うか使わないか迷ったら使う(不利益はもたらさないから)」という、AKIにおける伝家の宝刀たるRRTの“正しい振るい方”だと言うことができる。
急性低酸素血症性呼吸不全成人患者に用いる非侵襲的換気療法と全死亡率の関連 系統的レビューとメタ解析
急性低酸素血症性呼吸不全成人患者に用いる非侵襲的換気療法と全死亡率の関連 系統的レビューとメタ解析
Association of Noninvasive Oxygenation Strategies With All-Cause Mortality in Adults With Acute Hypoxemic Respiratory Failure: A Systematic Review and Meta-analysis JAMA . 2020 Jul 7;324(1):57-67. doi: 10.1001/jama.2020.9524. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】急性低酸素血症性呼吸不全成人患者に用いる非侵襲的換気や高流量経鼻酸素などの非侵襲的酸素療法が、標準酸素療法より有効性が高いと思われる。 【目的】急性低酸素血症性呼吸不全成人患者で、各種非侵襲的換気療法の死亡率と気管内切開との関連を比較すること。 【データ入手元】以下の文献データベースの開始から2020年4月までを検索した――MEDLINE、Embase、PubMed、Cochrane Central Register of Controlled Trials、CINAHL、Web of ScienceおよびLILACS。言語、出版年、性別、人種に制限は設けないこととした。 【試験選択】急性低酸素血症性呼吸不全成人患者を組み入れ、高流量経鼻酸素、フェイスマスク型非侵襲換気、ヘルメット型非侵襲的換気および標準的酸素療法を比較した無作為化臨床試験。 【データ抽出および合成】レビュアー2人が別々に個別試験データを抽出し、コクランバイアスリスクツールを用いてバイアスリスクを評価した。リスク比(RR)およびリスク差を95%信用区間(CrI)と共に得るため、ベイジアンフレームワークを用いたネットワークメタ解析を実施した。根拠の確実性の等級付けには、GRADEの方法論を用いた。 【主要転帰および評価項目】主要転帰は、最大90日間の全死因死亡率に規定した。最大30日間の気管挿管を副次評価項目とした。 【結果】無作為化試験25件(参加者3804例)を対象とした。標準酸素療法と比べると、ヘルメット型非侵襲的換気(RR 0.40、95%CrI 0.24-0.63、絶対リスク差-0.19、95%CrI -0.37--0.09、低度の確実性)とフェイスマスク型非侵襲的換気(RR 0.83、95%CrI 0.68-0.99、絶対リスク差-0.06、95%CrI -0.15--0.01、中等度の確実性)の死亡リスクが低かった(21試験、3370例)。ヘルメット型非侵襲的換気(RR 0.26、95%CrI 0.14-0.46、絶対リスク差-0.32、95%CrI -0.60--0.16、低度の確実性)、フェイスマスク型非侵襲的換気(RR 0.76、95%CrI 0.62-0.90、絶対リスク差-0.12、95%CrI -0.25--0.05、中等度の確実性)および高流量経鼻酸素(RR 0.76、95%CrI 0.55-0.99、絶対リスク差-0.11、95%CrI -0.27--0.01、中等度の確実性)の気管切開率が低かった(25試験、3804例)。挿管時の盲検下の欠如によるバイアスリスクは、高いと考えられた。 【結論および意義】この急性低酸素血症性呼吸不全成人患者を検討した試験のネットワークメタ解析では、非侵襲的換気による治療が標準酸素療法よりも死亡リスクが低かった。各戦略の相対的便益に対する理解を深めるために、さらに詳細な研究を要する。 第一人者の医師による解説 重症度と病態に合わせたデバイスの選択が重要 出井 真史 東京女子医科大学病院 集中治療科 助教 MMJ. December 2020;16(6):163 集中治療室に入室する急性低酸素性呼吸不全(AHRF)患者の管理では、原疾患の治療と同時に呼吸療法の良否が予後に大きく影響する。呼吸療法は標準酸素療法、非侵襲的酸素療法、侵襲的酸素療法(気管挿管を伴う人工呼吸)の3段階が存在し、重症ほど侵襲性の高い手段が必要となるが、合併症のリスクや求められる医療資源も増大する。本論文では、成人AHRF患者において3種類の非侵襲的酸素療法(フェイスマスク非侵襲的換気[NIV]、ヘルメットNIV、経鼻高流量酸素療法[HFNC])と従来の酸素療法を比較した無作為化対照試験(RCT)のネットワークメタアナリシスを行い、死亡率・気管挿管率を評価した。  すでにNIVの有用性が示されている(1)慢性閉塞性肺疾患(COPD)急性増悪、心不全、心臓外科周術期、抜管直後の患者を主な対象とした研究は除外した。2020年4月までの25のRCT(患者数3,804人)が収集され、原因疾患は64%のRCTで市中肺炎が最多であった。標準酸素療法と比較し、ヘルメットNIV(相対リスク[RR], 0.40)、フェイスマスクNIV(RR, 0.83)は死亡リスク低値と関連していた。気管挿管率もヘルメット NIV(RR, 0.26)、フェイスマスク NIV(RR, 0.76)、HFNC(RR, 0.76)でいずれも低値であった。  標準酸素療法と比べて、3つの非侵襲的酸素療法とも有用性が示された結果である。ヘルメットNIVはフェイスマスク NIVほど一般的ではないが、リークが少なく安定した呼気終末陽圧(PEEP)をかけることができ、肺胞のリクルートメントに寄与する可能性がある(2)。患者の忍容性も良く、顔面の皮膚損傷もないため比較的長期に使用できるという利点もある。フェイスマスクNIVはすでに多くのAHRFの病態で予後改善のエビデンスが蓄積されている(1)。HFNCは挿管率の低下のみ示されたが、これはNIVに比べ圧のサポートが不十分なことが影響していると思われる。  一方、非侵襲的酸素療法で粘りすぎ、いたずらに気管挿管のタイミングを遅らせることは危険である。一般的にデバイスを装着して30分から1時間で酸素化の改善、呼吸数の減少、呼吸苦の軽減などがみられなければ次の段階(HFNCならNIV、NIVなら気管挿管)を考慮すべきである。また呼吸努力の強い患者では、非侵襲的酸素療法に頼り自発呼吸で管理すると肺障害を増悪させる可能性があるので慎重な選択が求められる。PEEPを要さずPaCO2の貯留がない軽症のAHRFはHFNC、PEEPや吸気圧のサポートを要する中等症以上のAHRFはNIVを検討し、ヘルメット NIVが使用できる施設では積極的に選択する。そして反応が乏しい場合は機を逸せず気管挿管に移行する、というのが現段階での最良の介入であろう。 1. Rochwerg B, et al. Eur Respir J. 2017 Aug 31;50(2):1602426. 2. Patel BK, et al. JAMA. 2016 Jun 14;315(22):2435-2441.
中等症ないし重症アトピー性皮膚炎の青少年・成人患者に用いるabrocitinibの有効性および安全性 第III相多施設共同二重盲検プラセボ対照無作為化試験
中等症ないし重症アトピー性皮膚炎の青少年・成人患者に用いるabrocitinibの有効性および安全性 第III相多施設共同二重盲検プラセボ対照無作為化試験
Efficacy and safety of abrocitinib in adults and adolescents with moderate-to-severe atopic dermatitis (JADE MONO-1): a multicentre, double-blind, randomised, placebo-controlled, phase 3 trial Lancet . 2020 Jul 25;396(10246):255-266. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30732-7. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】経口選択的JAK1阻害薬abrocitinibは、第IIb相試験で、中等症ないし重症アトピー性皮膚炎成人患者に有効で忍容性も良好であった。著者らは、中等症ないし重症アトピー性皮膚炎の青少年および成人患者に用いるabrocitinib単独療法の有効性および安全性を評価した。 【方法】この第III相多施設共同二重盲検プラセボ対照無作為化試験(JADE MONO-1)では、オーストライラ、カナダ、欧州および米国69施設で、12歳以上で体重40kg以上の中等症ないし重症アトピー性皮膚炎(IGAスコア3点以上、EASIスコア16点以上、罹患面積の体表面積に対する割合10%以上かつ最大掻痒の順序尺度[NRS]スコア4点以上)患者を組み入れた。患者を経口abrocitinib 100mg、同200mg、プラセボを12週間にわたって経口投与するグループに(2対2対1の割合で)無作為に割り付けた。双方向自動応答システムを用いて無作為化し、ベースラインの疾患および年齢で層別化した。多重主要評価項目は、IGAスコアが改善した(0点[皮疹消失]または1点[皮疹ほぼ消失]を達成した患者の割合で、試験開始時から2段階以上改善)患者の割合および試験開始時からEASIスコアが75%以上改善した患者の割合(EASI-75達成率)とし、いずれも12週時に評価した。無作為化し治験薬を1回以上投与した全例の完全解析集団を対象に、有効性を評価した。無作為化した全例を対象に安全性を評価した。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT03349060番で登録されている。 【結果】2017年12月7日から2019年3月26日にかけて、387例を組み入れ、156例をabrocitinib 100mg群、154例を同200mg群、77例をプラセボ群に割り付けた。組み入れた全例に治験薬を1回以上投与したため、12週間の有効性の評価対象となった。I12週時の主要評価項目のデータが入手できた患者で見ると、GAスコア改善達成率は、aborcitinib 100mg群(156例中37例[24%] vs. 76例中6例[8%]、P=0.0037)、同200mg群(153例中67例[44%]vs. 76例中6例[8%]、P<0.0001)の方がプラセボ群より有意に高かった。12週時の主要評価項目のデータが入手できた患者で、プラセボ群と比較すると、EASI-75を達成した患者の割合は、abrocitinib 100mg群(156例中62例[40%]vs. 76例中9例[12%]、P<0.0001)および同200mg群(153例中96例[63%] vs.76例中9例[12%]、P<0.0001)の方が高かった。abrocitinib 100mg群156例中108例(69%)と同200mg群154例中120例(78%)、プラセボ群77例中44例(57%)に有害事象が報告された。abrocitinib 100mg群156例中5例(3%)、同200mg群154例中5例(3%)、プラセボ群77例中3例(4%)に重度有害事象が報告された。治療関連の死亡は報告されなかった。 【解釈】中等症ないし重症アトピー性皮膚炎の青少年・成人患者に、経口abrocitinibの1日1回単独投与が有効で忍容性も良好であった。 第一人者の医師による解説 アブロシチニブは1日1回の単剤投与で 有用な新規経口全身療法薬となりうる 伊藤 友章(准教授)/大久保 ゆかり(教授) 東京医科大学皮膚科学分野 MMJ. December 2020;16(6):159 アトピー性皮膚炎の基本的な治療は、ステロイド外用薬となるが、重症患者では改善が乏しい。ステロイド内服療法は有効だが、副作用が多い。シクロスポリン内服療法は継続治療ができず治療効果に乏しい。近年、IL-4/13受容体阻害薬デュピルマブが、重症アトピー性皮膚炎治療に用いられ、その有効性は高い。しかし、皮下注射製剤であること、ときに結膜炎の合併が生じ、眼科医のケアを必要とする。アトピー性皮膚炎ではIL-4、IL-13、IL-22、IL-31、thymic stromal lymphopoietin(TSLP)などの炎症サイトカインによるJAK1経路の活性化が病態に関与しており、JAK1が治療標的として注目されている。  本論文は、経口JAK1阻害薬アブロシチニブのアトピー性皮膚炎に対する有効性と安全性を検討した多施設共同、無作為化、プラセボ対照、第3相試験(JADE MONO-1)の報告である。対象は12歳以上、EASIスコア(湿疹面積・重症度指数)16点以上、IGA(皮膚症状重症度の全般評価)3点以上、BSA(アトピー性皮膚炎に罹患した体表面積)10%以上、PP-NRSスコア(最高痒み数値評価尺度)4点以上の患者とした。患者387人が登録され、アブロシチニブ100mg、200mgまたはプラセボを1日1回投与する群に2対2対1の比で割り付けられ、12週間の治療を受けた:100mg群156人(18歳未満22%、EASI31.3*、BSA50.8*)、200mg群154人(18歳未満21%、EASI30.6*、BSA49.9*)、プラセボ群77人(18歳未満22%、EASI28.7*、BSA47.4*;*平均値)。評価項目は、12週の時点におけるIGAスコアが1点以下かつベースラインから2点以上低下した患者の割合(IGA≦1達成割合)、およびEASIスコアがベースラインから75%以上改善した患者の割合(EASI-75達成割合)とされた。  結果は、12週時のIGA≦1達成率は100mg群24%、200mg群44%、プラセボ群8%であり、EASI-75達成割合は100mg群40%、200mg群63%、プラセボ群12%であり、いずれもプラセボ群に比べ有意に高値であった(P<0.0001)。PPNRSは12週時で、100mg群および200mg群とも、ベースラインと比較して、有意に痒みを抑えた。治療に関連のある有害事象として、単純ヘルペスウイルス感染症の発現は100mg群1人、200mg群3人で、帯状疱疹はそれぞれ1人と2人、口腔ヘルペスはそれぞれ3人と1人に発現した。治療関連死の報告はなかった。  結論として、アブロシチニブは、外用薬でコントロールできない、12歳以上の中等症~重症アトピー性皮膚炎患者の治療において、1日1回の単剤投与で有用な新規の経口全身療法薬となりうる。
乳児のアトピー性皮膚炎予防のための皮膚保湿剤と早期補完食(PreventADALL) 多施設共同多因子クラスター無作為化試験
乳児のアトピー性皮膚炎予防のための皮膚保湿剤と早期補完食(PreventADALL) 多施設共同多因子クラスター無作為化試験
Skin emollient and early complementary feeding to prevent infant atopic dermatitis (PreventADALL): a factorial, multicentre, cluster-randomised trial Lancet . 2020 Mar 21;395(10228):951-961. doi: 10.1016/S0140-6736(19)32983-6. Epub 2020 Feb 19. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】乳児期早期の皮膚保湿剤によってアトピー性皮膚炎が予防でき、早期補完食導入によって高リスク乳児の食物アレルギーが減少すると思われる。この試験は、一般の乳児で、生後2週間の定期的な皮膚保湿剤使用や生後12-16週齢の間の早期補完食導入によって生後12カ月時までのアトピー性皮膚炎発症を抑制できるかを明らかにすることを目的とした。 【方法】この住民対象の2×2要因無作為化臨床試験は、ノルウェー・オスロ市のオスロ大学病院およびエーストフォール病院トラスト、スウェーデン・ストックホルム市のカロリンスカ大学病院で実施された。妊娠18週時のルーチンの超音波検査実施時に出生前の乳児を登録し、2015年から2017年の間に出生した新生児を以下のクラスターごとに無作為に割り付けた――(1)スキンケアに関して特別な助言はしないが、乳児の栄養に関して国の指針に従うよう助言した対照群(非介入群)、(2)皮膚保湿剤使用(入浴剤やクリーム;皮膚介入群)、(3)ピーナツ、牛乳、小麦、卵の補完食早期導入(食物介入群)、(4)皮膚および食物介入(複合介入群)。コンピュータ生成クラスター無作為化法を用いて、参加者を92の地理的居住地域と3カ月ごと8期間を基に(1対1対1対1の割合で)割り付けた。1週間当たり4日以上、保護者に介入方法を指導した。主要転帰は生後12カ月までのアトピー性皮膚炎とし、介入の割り付けをふせておいた試験担当医師による3、6、12カ月時の診察を基に判定した。12カ月間の追跡期間を完遂後、アトピー性皮膚炎を評価し、UK Working PartyとHanifin and Rajka(12カ月時のみ)の診断基準を満たしているかを診断した。主要有効性解析は、無作為化した全例を対象としたintention-to-treat解析で実施した。2020年に全例の3歳時の診察が終了するとき、食物アレルギーの結果を報告することとした。これは、ORAACLE(the Oslo Research Group of Asthma and Allergy in Childhood; the Lung and Environment)が実施した試験である。この試験は、clinicaltrials.govにNCT02449850番で登録されている。 【結果】2014年12月9日から2016年10月31日の間に、女性2697例を登録し、2015年4月14日から2017年4月17日の間に出生した新生児2397例を組み入れた。非介入群の乳児596例中48例(8%)、皮膚介入群575例中64例(11%)、食物介入群642例中58例(9%)、複合介入群583例中31例(5%)にアトピー性皮膚炎が見られた。皮膚保湿剤、補完食早期導入ともにアトピー性皮膚炎の発症を抑制できず、皮膚介入のリスク差3.1%(95%CI -0.3-6.5)、食物介入で1.0%(-2.1-4.1)となり、対照を支持するものであった。介入による安全性の懸念はなかった。皮膚介入群、食物介入群および複合介入群で報告された皮膚症状や徴候(掻痒、浮腫、皮膚乾燥、蕁麻疹)は、非介入群と比べて頻度は高くなかった。 【解釈】早期皮膚保湿剤や早期補完食導入では、生後12カ月までのアトピー性皮膚炎発症を抑制することができなかった。試験は、生後12カ月までのアトピー性皮膚炎を予防するために、乳児にこの介入法を用いることを支持するものではない。 第一人者の医師による解説 スキンケア方法や離乳食の開始法、その頻度の影響を検討する必要あり 大矢 幸弘 国立成育医療研究センターアレルギーセンター センター長 MMJ. December 2020;16(6):160 アレルギー家系の乳児に新生児期から保湿剤を塗布するスキンケアを行うことでアトピー性皮膚炎の発症予防効果を示した100人規模の2つのランダム化比較試験(RCT)が2014年に発表された(1),(2)。その後、離乳食を3カ月という早期から開始した場合と生後6カ月から開始する場合を比較したEAT試験が2016年に発表され、卵とピーナツに関してはそれぞれのアレルギーの予防効果が示されている(3)。また、コホート研究の中には、離乳食の開始が早い方が食物アレルギーだけでなくアトピー性皮膚炎の発症も少ないという報告もある。  本研究は、生後2週間からバスオイルによる保湿スキンケアと生後12~16週で離乳食を早期開始するという2つの介入の単独または併用を対照群と比較する4群比較 RCTである。主要評価項目は生後12カ月時点でのアトピー性皮膚炎(UK Working PartyまたはHanifinとRajkaの診断基準)と3歳時での食物アレルギーであるが、今回の論文では前者のみ報告されている。対象は、今回解説を併載したBEEP試験のような高リスク家系ではなく一般人口の乳児である。スキンケア介入は、水8Lあたり0.5dLのバスオイルを入れて5~10分入浴し顔全体にクリームを塗布し、石鹸は使用しない。早期離乳食介入は、生後12~16週にピーナツバター、1週遅れて牛乳、翌週小麦のおかゆ、4週目にスクランブルエッグを開始する。スキンケア、離乳食とも週4日以上の実行が指示された。  主要評価項目アトピー性皮膚炎の発症率は、非介入群8%(48/596)、スキンケア群11%(64/575)、早期離乳食群9%(58/642)、併用介入群5%(31/583)であり、介入によるアトピー性皮膚炎の発症予防は実証できなかった。ちなみに、バスオイルを週平均4.5日以上実行した割合はスキンケア群32%、併用介入群33%、週平均5.5日以上はそれぞれ13%と14%であった。早期離乳食のアドヒアランス(4種類のうち3種類以上を生後18週までに開始し、週3~5日以上、5週間以上実施)率は食事介入単独群35%、併用介入群27%であった。  このようにスキンケアを週7日実施した参加者がほとんどいないRCTでスキンケアによるアトピー性皮膚炎の予防効果を実証することは困難と思われるが、研究が行われた北欧では、毎日入浴する習慣がなく実行可能性を考慮して週4日以上というプロトコールとなった。バスオイルでの入浴と入浴後に保湿剤を塗布する効果が同じかどうかは不明であるが、BEEP試験と同じく、中途半端なスキンケアではアトピー性皮膚炎は予防できないという結果を示している。 1. Horimukai K, et al. J Allergy Clin Immunol. 2014;134(4):824-830.e6. 2. Simpson EL, et al. J Allergy Clin Immunol. 2014;134(4):818-823. 3. Perkin MR, et al. N Engl J Med. 2016 May 5;374(18):1733-1743.
アトピー性皮膚炎予防のための1日1回の保湿剤塗布 BEEP無作為化比較試験
アトピー性皮膚炎予防のための1日1回の保湿剤塗布 BEEP無作為化比較試験
Daily emollient during infancy for prevention of eczema: the BEEP randomised controlled trial Lancet . 2020 Mar 21;395(10228):962-972. doi: 10.1016/S0140-6736(19)32984-8. Epub 2020 Feb 19. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】アトピー性皮膚炎発症の前に皮膚バリア機能障害が起きる。著者らは、生後1年間の日常的な保湿剤使用によって高リスク乳児のアトピー性皮膚炎が予防できるかを検証した。 【方法】英国の病院12施設とプライマリ・ケア4施設で、多施設共同実用的並行群間無作為化比較試験を実施した。アトピー性皮膚炎発症高リスク(医師が診断したアトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎または喘息があると両親が報告した一等親近縁者が1人以上いるなど)の正期産新生児(在胎37週以上)を登録するため、出生前または出生後の診察を利用して家族に打診した。アトピー性疾患の家族歴がある正期産新生児を1年間の1日1回保湿剤塗布(DiprobaseクリームとDoubleBaseゲルのいずれか)+標準的なスキンケアの助言(保湿群)と標準的なスキンケアの助言単独(対照群)に(1体1の割合で)無作為に割り付けた。無作為化のスケジュールは、コンピュータが生成したコード(組み入れ施設とアトピー性疾患がある一等親近縁者数で層別化)を用いて作成し、インターネットによる無作為化システムを用いて参加者を割り付けた。主要評価項目は2歳時のアトピー性皮膚炎(UK Working Party診断基準で判定)とし、評価項目のデータが得られた参加者を割り付け遵守に関係なく無作為化したグループとして解析し、層別化変数で調整した。この試験は、ISRCTNにISRCTN21528841番で登録されている。長期追跡のためのデータ収集が進行中だが、試験の登録は終了している。 【結果】2014年11月19日から2016年11月18日にかけて、新生児1394例のうち693例を保湿群、701例を対照群に割り付けた。保湿群で質問票の回答を完遂した参加者の遵守率は、3カ月時88%(532例中466例)、6カ月時82%(519例中427例)、12カ月時74%(506例中375例)だった。2歳時、評価項目のデータが得られた保湿群598例中139例(23%)、対照群612例中150例(25%)にアトピー性皮膚炎があった(調整相対リスク0.95[95%CI 0.78-1.16]、P=0.61、調整リスク差-1.2%[-5.9-3.6])。評価項目の結果は、その他のアトピー性皮膚炎の定義から裏付けられた。1年目の乳児1例当たりの平均皮膚感染数が対照群0.15(SD 0.46)に対して保湿群0.23(SD 0.68)で、調整発生率比1.55(95%CI 1.15-2.09)であった。 【解釈】高リスク乳児で1日1回保湿剤塗布による生後1年間のアトピー性皮膚炎予防に何ら根拠がないことが明らかになり、根拠から皮膚感染のリスクが上昇することが示唆された。試験から、アトピー性皮膚炎、喘息、アレルギー性鼻炎の家族が新生児のアトピー性皮膚炎予防のために1日1回の保湿剤を塗布してはならないことが明らかになった。 第一人者の医師による解説 アドヒアランスが低い大規模研究の問題点を露呈 中途半端なスキンケアでは予防につながらない 大矢 幸弘 国立成育医療研究センターアレルギーセンター センター長 MMJ. December 2020;16(6):161 新生児期から全身に保湿剤を塗布することで、アトピー性皮膚炎の発症率が低下することを示したランダム化対照試験(RCT)が2014年に2件報告され(1),(2)、そのうちの1つ(2)は、今回報告されたBEEP試験のパイロット研究の位置づけであった。  BEEP試験はアレルギー家系の乳児1,394人を対象に行われた多施設共同研究である。主要評価項目は1歳から2歳になるまでの1年間のアトピー性皮膚炎(UK Working Partyの 疫学的診断基準)の発症率で、結果は、保湿群23%(139/598)、対照群25%(150/612)と両群間に有意差はなかった。保湿剤塗布期間は生後1年までであったが、1歳時のアトピー性皮膚炎有病率は両群とも20%で差はなかった。スキンケアという面倒な介入の効果はアドヒアランスに依存すると思われるが、筆者らは良好だったと記載している(生後3カ月時は88%、6カ月時は82%、生後12カ月時は74%)。  では、なぜ、パイロット研究(2)と乖離した結果が出たのであろうか。本研究におけるアドヒアランス良好の定義は、週3~4日以上、頭頸部、四肢、体幹の2カ所以上に保湿剤を塗布していればよいことになっている(パイロット研究では全身)。アドヒアランスの詳細を論文補遺から調べて、パイロット研究と比較したところ、以下のように大きな違いがあった。今回、介入群693人のうち生後12カ月目のアンケートに507人(73%)が回答し、そのうち週7日間保湿剤を塗布していたのは248人(49%)であった。一方、パイロット研究では生後6カ月の主要評価項目の評価時点でのアドヒアランスは54人中44人(81.5%)が週7日保湿剤を塗布していた。介入群では保湿剤塗布が週0日のノンアドヒアランスは0%だったのに対してBEEP試験では12カ月時点で58人(11%)もいた。パイロット研究と同じ生後6カ月時点のアドヒアランスを比べてもBEEP試験では週0日塗布が6%、週7日塗布が56%と著しく低い。しかも、対照群で週3日以上保湿剤を塗布していた人は生後6カ月と12カ月で28%もいたのである。Pragmatic trialというと聞こえは良いが、プロトコールの遵守率が低下する大規模研究の問題点が露呈したとも言える。アトピー性皮膚炎の治療効果はアドヒアランスに依存するが予防効果も同様であったことを本研究は示した。中途半端なスキンケアでは予防はできない、ということである。 1. Horimukai K, et al. J Allergy Clin Immunol. 2014;134(4):824-830.e6. 2. Simpson EL, et al. J Allergy Clin Immunol. 2014;134(4):818-823.
高齢者のdysanapsisと慢性閉塞性呼吸器疾患の関連
高齢者のdysanapsisと慢性閉塞性呼吸器疾患の関連
Association of Dysanapsis With Chronic Obstructive Pulmonary Disease Among Older Adults JAMA . 2020 Jun 9;323(22):2268-2280. doi: 10.1001/jama.2020.6918. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】喫煙が慢性閉塞性呼吸器疾患(COPD)の大きな危険因子であるが、COPDのリスクの多くはいまだに説明できていない。 【目的】CT画像で評価したdysanapsis(気道内径と肺の大きさが不釣り合いな状態)が、高齢者のCOPD発症およびCOPDの肺機能低下と関連があるかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】2531例を検討したMulti-Ethnic Study of Atherosclerosis(MESA)Lung Study(米6都市、2010-2018年)と1272例を検討したCanadian Cohort of Obstructive Lung Disease(CanCOLD、カナダ9都市、2010-2018年)の地域住民標本2件の後向きコホート研究およびCOPDの症例対照研究Subpopulations and Intermediate Outcome Measures in COPD研究(SPIROMICS、米12都市、2011-2016年)。 【曝露】肺気量の立方根で分割した標準的な解剖学的部位19箇所で測定した気道内径の幾何平均として、CT画像上でdysanapsisを定量化した(気道の肺に対する比率)。 【主要評価項目】主要評価項目は、気管支拡張薬吸入後の1秒率(FEV1:FVC)0.70未満と定義したCOPDとした。長期肺機能を副次評価項目とした。全解析を患者背景とCOPD危険因子(喫煙および受動喫煙、職業的および環境的汚染、喘息)。 【結果】MESA Lung標本(平均[SD]年齢69[9]歳、1334例[52.7%]が女性)では、参加者2531例中237例(9.4%)にCOPDがあり、気道の肺に対する比率の平均(SD)は0.033(0.004)、平均(SD)FEV1低下量は-33mL/y(31 mL/y)であった。COPDがないMESA Lungの参加者2294例のうち、98例(4.3%)が中央値6.2年時にCOPDを発症した。気道の肺に対する比率の最高四分位範囲の参加者と比べると、最低四分位範囲の参加者はCOPD発症率が有意に高かった(1000人年当たり9.8 vs 1.2例、率比[RR]8.121、95%CI 3.81-17.27、1000人年当たりの率差8.6例、95%CI 7.1-9.2、P<0.001)が、FEV1低下量に有意差はなかった(-31 vs. -33mL/y、差2mL/y、95%CI -2-5、P=0.30)。CanCOLD参加者(平均[SD]年齢67[10]歳、564例[44.3%]が女性)、752例中113例(15.0%)が中央値3.1年時にCOPDを発症し、平均(SD)FEV1低下量は-36mL/y(75 mL/y)であった。気道の肺に対する比率最低四分位範囲の参加者のCOPD発症率は、最低四分位範囲の参加者よりも有意に高かった(1000人年当たり80.6 vs. 24.2例、RR 3.33、95%CI 1.89-5.85、1000人年当たりの率差 56.4例、95%CI 38.0-66.8、P<0.001)が、FEV1低下量に有意差はなかった(-34 vs. -36mL/y、差 1 mL/y、95%CI -15-16、P=0.97)。COPDがあり、中央値2.1年追跡したSPIROMICS参加者1206例(平均[SD]年齢65[8]歳、542例[44.9%]が女性)のうち気道の肺に対する比率が最低四分位範囲の参加者は平均FEV1低下量が-37 mL/y(15mL/y)で、MESA Lung参加者の低下量を有意差がなかった(P=0.98)が、最高四分位範囲の参加者ではMESA Lung参加者よりも有意に速く低下した(-55mL/y[16 mL/y]、差-17mL/y、95%CI -32--3、P=0.004)。 【結論および意義】高齢者で、dysanapsisにCOPDと有意な関連があり、気道内径が肺の大きさよりも狭いとCOPDリスクが高くなった。DysanapsisはCOPDの危険因子であると思われる。 第一人者の医師による解説 気道の発育障害は 喫煙とは独立したCOPD発症要因 永井 厚志 新百合ヶ丘総合病院呼吸器疾患研究所所長 MMJ. December 2020;16(6):162 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の発症要因としては喫煙が主因とみなされているが、非喫煙者でもCOPDの病態となる高齢者が少なくなく、今日なおCOPD発症リスクの多くは未解決である。本研究では、2つの前向きコホート研究(MESA、CanCOPD)および症例対照研究(SPIROMICS)の参加者を対象に、CT画像(19画像/肺)により計測された気道径と肺胞容積の比率を算出することにより、肺胞に対する気道発育の不均衡(dysanapsis)を評価し、COPD病態の発症との関連性について後ろ向きの検討が行われた。なお、これらの検討では喫煙や環境汚染への曝露、喘息など既知のCOPD発症要因について補正がなされた。結果は、肺胞に比べ気道径の発育が低値を示す群では、COPD(気管支拡張薬吸入後の1秒率70%未満と定義)の発症頻度がいずれのコホート研究でも高値を示した。呼吸機能(FEV1)の経年的低下に関して、それぞれの研究観察期間内では気道肺胞容積の不均衡とは関連性がみられなかった。以上の結果から、高齢者においては、肺胞に比べ気道の発育が低下を示すdysanapsisはCOPDの重要な危険因子であることが示唆される、と結論づけられている。また、重喫煙者でありながらCOPDとしての気流閉塞がみられない一因として、気道の発育がより高度である可能性にも触れている。  従来から、成人期の気流閉塞には幼小児期における肺の発育過程で生じた気道と肺の発達の不均衡が関与しており、20~30歳代に成熟する呼気流量が健常者に比べ低値にとどまることで、その後、加齢とともに低下する高齢者においてCOPD病態に至る可能性が指摘されていた(1),(2)。事実、これまでの研究では、中等度以上の気流閉塞を示すCOPD患者の約半数に肺の発育障害がみられると報告されている(3)。本研究では、COPD患者の30%近くが非喫煙者であることへの疑問に対して肺の発育障害が関与している可能性を示している。しかしながら、対象者は肺の発育期ではない成人であり、CTでの気道計測がCOPD病態の主病変である末梢気道ではなく比較的中枢気道であること、COPDは多因子により形成されるが本研究では質の異なった3研究が統合解析されていることなど、多くの指摘されるべき点がみられる。本研究に限界はあるにせよ、肺の発育と高齢に至り発症するCOPDに密接な関連があるという指摘は注目すべきであり、今後の課題として気道と肺の不均衡な発育(dysanaptic lung growth)の詳細な原因を解明することが求められる。 1. Stern DA, et al. Lancet. 2007;370(9589):758-764. 2. Svanes C, et al. Thorax. 2010;65(1):14-20. 3. Lange P, et al. N Engl J Med. 2015;373(2):111-122.
フランス・パリのCOVID-19大流行下に見られる小児の川崎病様多臓器系炎症性疾患 前向き観察研究
フランス・パリのCOVID-19大流行下に見られる小児の川崎病様多臓器系炎症性疾患 前向き観察研究
Kawasaki-like multisystem inflammatory syndrome in children during the covid-19 pandemic in Paris, France: prospective observational study BMJ . 2020 Jun 3;369:m2094. doi: 10.1136/bmj.m2094. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】川崎病様多臓器系炎症性疾患の集団発生に見舞われた小児および青少年の特徴を明らかにし、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)との一時的な関連の可能性を評価すること。 【デザイン】前向き観察研究。 【設定】フランス・パリの大学病院一般小児病棟。 【参加者】2020年4月27日から5月11日の間に入院し、同年5月15日までに退院するまで経過観察した川崎病の特徴を有する小児および青少年21例(18歳以下)。 【主要評価項目】主要評価項目は、臨床的・生物学的データ、画像および心エコーの所見、治療および転帰とした。RT-PCRを用いて鼻咽頭ぬぐい液のSARS-CoV-2の有無を調べる検査を前向きに実施し、血液検体でウイルスに対するIgG抗体を調べた。 【結果】15日間の間に、小児および青少年21例(年齢中央値7.9[範囲3.7-16.6]歳)が川崎病の症状を呈し、入院した。12例(57%)がアフリカ系であった。12例(57%)が川崎病ショック症候群、16例(76%)が心筋炎を来した。17例(81%)が集中治療を要した。全21例に疾患早期の顕著な消化器症状と炎症マーカー高値が見られた。19例(90%)に、SARS-CoV-2に感染して間もない根拠があった(21例のうち8例がRT-PCR検査陽性、19例からIgG抗体検出)。全21例に免疫グロブリン製剤を静注し、10例(48%)にはステロイド薬も投与した。臨床転帰は全例が良好だった。入院中、5例(24%)に中等度の冠動脈拡張が見られた。5月15日までに、8(5-17)日間の入院後、全例が退院した。 【結論】パリの小児および青少年の間で現在も続く川崎病様多臓器系炎症性疾患の集団発生には、SARS-CoV-2との関連があると思われる。この研究では、この症状が見られる小児および青少年の間で消化器症状、川崎病ショック症候群の割合が非常に高く、その多くがアフリカ系であった。 第一人者の医師による解説 小児ではCOVID-19感染後1 ~ 2カ月間は 川崎病の症状に注意すべき 三浦 大 東京都立小児総合医療センター副院長 MMJ. December 2020;16(6):164 本論文は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染症(COVID-19)流行時に、川崎病類似の多臓器系炎症症候群の小児が多数発生したというフランスからの報告である。COVID-19に伴う多臓器系炎症症候群は、日本では皆無だが欧米で報告が相次ぎ、欧州ではPIMS-TS、米国ではMIS-Cと略され、一部は川崎病ショック症候群(KDSS)とオーバーラップする。  著者らは、パリの 大学病院小児科に2020年4~5月に中央値8日間入院し、川崎病の診断基準を満たした小児21人を調査した。年齢は中央値7.9歳、12人は女児で、12人(57%)はアフリカ系であった。12人(57%)はKDSS、16人(76%)は心筋炎を伴い、17人(81%)が集中治療を要した。21人全例が顕著な胃腸症状と高度の炎症反応を示し、免疫グロブリン静脈療法(IVIG)を受け、10人(48%)はステロイドも投与された。全例が良好に回復したが、中等度冠動脈瘤が5人(24%)に検出された。  SARS-CoV-2に関して、PCR陽性8人、IgG抗体陽性19人と計19人(90%)で最近の感染が証明された。川崎病発症と咳・鼻汁・発熱などウイルス感染症状との間隔は中央値で45日間(9人)、SARS-CoV-2疑い症状のあった家族との接触との間隔は36日間であった(5人)。SARS-CoV-2感染の1~2カ月後に発症するという時間的経過はPIMS-TSの報告と一致し、ウイルス感染後の免疫反応が川崎病様の症状を引き起こしたと推測される。  本報告例では、アフリカ系、年長児、女児に好発し、胃腸症状、ショック、心機能低下、炎症反応異常高値を多く認め、IVIG不応率、冠動脈瘤合併率、集中治療を要した割合が高かった。このような特徴はPIMS-TSやKDSSと同様で、アジア人、乳幼児、男児に多い典型的な川崎病と異なる。その理由は不明であるが、人種による遺伝的免疫応答の相違である可能性があり、今後の研究テーマである。  当院で調査した日本の小児のデータを紹介する(1)。2020年3 ~ 5月に入院した川崎病患児14人における抗SARS-CoV-2抗体検査でIgG陽性は1人のみであった。この陽性例は1歳の男児で(2)、母親からのCOVID-19に感染後60日目に再入院し、川崎病の診断でIVIG+ステロイド併用療法を受け、冠動脈瘤なく軽快した。KDSSの症状はなかったが、SARS-CoV-2と川崎病との関連が示唆され、調べ得た範囲では日本初の症例である。  世界的にはCOVID-19流行は収まっておらず、アフリカ系の住民が多い地域では、胃腸症状や血行動態が不安定な川崎病様の症状を呈する小児に注意が必要である、と著者らは述べている。日本ではまれであるが、COVID-19感染後、1~2カ月間は発熱など川崎病の症状に気をつけるべきと考える。 1. Iio K, et al. Acta Paediatr. 2020 Aug 16:10.1111/apa.15535. 2. Uda K, et al. Pediatr Intern. 2020 (in press). # #編集部対応:最新状況を反映する
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