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急性心不全患者の死亡率と心不全による再入院に対する包括的な血管拡張戦略と通常ケアの比較:GALACTICランダム化臨床試験
急性心不全患者の死亡率と心不全による再入院に対する包括的な血管拡張戦略と通常ケアの比較:GALACTICランダム化臨床試験
Effect of a Strategy of Comprehensive Vasodilation vs Usual Care on Mortality and Heart Failure Rehospitalization Among Patients With Acute Heart Failure: The GALACTIC Randomized Clinical Trial JAMA. 2019 Dec 17;322(23):2292-2302. doi: 10.1001/jama.2019.18598. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 重要性: 単一の血管拡張薬の短期間投与は通常は固定用量が用いられますが、急性心不全(AHF)の患者の転帰を改善していません。 目的: AHF患者に対して、血管拡張薬を個別設定の漸増用量で使用する、早期の集中的かつ持続的な血管拡張戦略の効果を評価することを目的としました。 試験デザイン、設定、および対象: 呼吸困難、ナトリウム利尿ペプチドの血漿濃度の上昇、少なくとも100 mmHgの収縮期血圧があり、スイス、ブルガリア、ドイツ、ブラジル、スペインの10の三次および二次病院の一般病棟で治療を受ける計画のある、AHFで入院した788人の患者を登録したランダム化非盲検盲検エンドポイント試験。登録は2007年12月に開始され、フォローアップは2019年2月に完了しました。 介入: 患者は、入院期間を通して早期の集中的かつ持続的な血管拡張戦略を行う群(n=386)と通常ケア群(n=402)に1:1でランダムに割り付けられました。早期の集中的かつ持続的な血管拡張は、最大かつ持続的な血管拡張の包括的/実用的なアプローチで、個別設定の漸増用量の舌下/経皮硝酸塩、48時間の低用量経口ヒドララジン、および急速に漸増するアンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体遮断薬、またはサクビトリル-バルサルタンを組み合わせたものです。 主な結果: 主要エンドポイントは、180日におけるAHFのすべての原因による死亡または再入院の複合としました。 結果: ランダム化された788例の患者のうち、781例(99.1%;年齢中央値78歳; 36.9%女性)が試験を完了し、一次エンドポイント分析に適格でした。180日のフォローアップは779例の患者(99.7%)が完遂しました。 180日でのAHFの全ての死因での死亡率または再入院の複合である主要エンドポイントは、介入群で117例(30.6%)(55人の死亡[14.4%]を含む)、通常ケア群で111例(27.8%)(61人の死亡[15.3%]を含む)でした:(主要エンドポイントの絶対差、2.8%[95%CI、-3.7%-9.3%];調整済みハザード比、1.07 [95%CI、0.83-1.39 ]; P =0.59)。介入群、通常ケア群で最も多くみられた臨床的に意味のある有害事象は、低カリウム血症(23% vs. 25%)、腎機能の悪化(21% vs. 20%)、頭痛(26% vs. 10%)、めまい(15% vs. 10%)、および低血圧(8% vs. 2%)でした。 結論と関連性: AHF患者に対する早期の集中的かつ持続的な血管拡張戦略は、通常ケアと比較して、180日間の全ての原因による死亡とAHF再入院の複合結果を改善しませんでした。 臨床試験登録:ClinicalTrials.gov:NCT00512759 利益相反: Goudev博士は、ファイザー、ノバルティス、アストラゼネカ、アムジェンから個人的な謝金(アドバイザリーボードの謝金と講演料)を受け取っています。Walter博士は、スイス心臓財団とスイス医科学アカデミーから助成金を受け取っています。 Gualandro博士は、サービエ社から謝金を受け取っています。Wenzel博士は、ノバルティス、バイエル、ドイツ連邦教育研究省、アボットから謝金を受け取り、サービエ社から非財務支援を受けました。Pfister博士は、ノバルティス、ビフォー ファーマ、メルク シャープ&ドームから謝礼を受け取り、サノフィとベーリンガーインゲルハイムから助成金を受け取っています。Conen博士は、サービエ・カナダから謝金を受け取りました。Kobsa博士は、バイオセンス ウェブスター、バイオトロニック、メドトロニック、アボット、SI–S メディカル、およびBoston Scientificから助成金を受け取っっています。Munzel博士は、DZHK(ドイツ心臓血管研究センター)パートナーサイトラインマインの主任研究員であることを報告しています。Mueller博士は、スイス国立科学財団、スイス心臓財団、心臓血管研究バーゼル財団、およびスタンリージョンソン財団から助成金、シングレックス、およびブラームスからの助成金、謝金および非財務サポート、ノバルティス、カーディオレンティス、ベーリンガーインゲルハイムからの謝金、アボットからの助成金と非財政的支援を受けています。以上です。 第一人者の医師による解説 急性心不全への積極的・包括的血管拡張薬投与 180日後の予後を改善せず 小林 さゆき1), 石川 哲也2), 中原 志朗3), 田口 功4) 獨協医科大学埼玉医療センター循環器内科 1,2,3;准教授、4;主任教授 MMJ. October 2020; 16 (5):128 日本では超高齢化に伴い2035年をピークに医療体制が疲弊する「心不全パンデミック」が危惧され、米国でも“シルバーツナミ”と称して対策が講じられている。この30年間、急性心不全(AHF)に対する利尿薬と血管拡張薬の併用療法が評価されてきたが、いずれも初期治療における早期集中・継続的な血管拡張薬投与のみでは予後の改善は困難であるという結果であった。  本論文の無作為化GALACTIC試験では、欧州5カ国10施設にAHFで入院した収縮期血圧100mmHg以上の患者788人を対象に、血管拡張薬の早期集中・継続的な投与群(介入群;386人)もしくは通常治療(対照群;402人)に無作為に割り付け、180日時点の複合アウトカム(全死亡およびAHFによる再入院)が比較・評価された。介入群では収縮期血圧90~110mmHgを目標に個別化された用量の舌下・経皮硝酸塩、経口ヒドララジンを投与後、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、サクビトリル-バルサルタンの迅速漸増投与を組み合わせた包括的な管理が行われた。対照群では低用量硝酸塩投与後、他の薬剤の漸増は緩徐に行われた。その結果、主要エンドポイント発生率は介入群30.6%、対照群27.8% (ハザード比[HR], 1.07;P=0.59)で有意差はなかった。  GALACTIC試験でも、先行研究と同様、早期集中・継続的な血管拡張薬の投与は、通常治療に比べ予後を改善しないことが示された。介入群の心不全改善速度をみると、より用量の高いループ利尿薬が使用された対照群と同程度であった。高用量ループ利尿薬は腎機能増悪により心不全予後を悪化させる可能性はあるものの、初期治療では適切なループ利尿薬の効果は高用量の血管拡張薬と同等といえる。しかし、本試験の患者では「急性慢性心不全診療ガイドライン(2017)」のクリニカルシナリオ(CS)分類1と2が混在していることから、同ガイドラインで血管拡張薬をクラス IとしているCS1に限定した解析が期待される。  心不全の長期予後改善を目指した治療は、基礎疾患、左室収縮能、合併症、血行動態などの評価に基づいた個別化治療の検討も必要である。そして、新規薬剤(SGLT2阻害薬(1)、ベルイシグアト(2)、イバブラジン、サクビトリル-バルサルタン、無機亜硝酸塩)も視野に入れ、ガイドラインに沿った適切な薬剤選択と管理に加え、生活習慣改善やリハビリテーションなども含めた包括的管理が慢性期までシームレスに行われることが重要である。 1. McMurray JJV, et al. N Engl J Med 2019; 381:1995-2008. 2. Armstrong PW et al. N Engl J Med 2020 Mar 28.DOI: 10.1056/NEJMoa1915928
ドラベ症候群の発作治療に用いる塩酸フェンフルラミン 無作為化二重盲検プラセボ対照試験
ドラベ症候群の発作治療に用いる塩酸フェンフルラミン 無作為化二重盲検プラセボ対照試験
Fenfluramine hydrochloride for the treatment of seizures in Dravet syndrome: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial Lancet. 2019 Dec 21;394(10216):2243-2254. doi: 10.1016/S0140-6736(19)32500-0. Epub 2019 Dec 17. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】ドラベ症候群は、まれな治療抵抗性の発達性てんかん性脳症であり、さまざまな種類の発作が頻繁に起こるのが特徴である。フェンフルラミンは、光過敏性発作とドラベ症候群の観察研究で抗発作作用が報告されている。この試験の目的は、ドラベ症候群患者に用いるフェンフルラミンの有効性および安全性を評価することであった。 【方法】この無作為化二重盲検プラセボ対照試験は、若年成人および小児のドラベ症候群患者を対象とした。試験開始時の1カ月のけいれん発作頻度(MCSF;明らかな運動徴候がある半側間代発作、強直発作、間代発作、強直・脱力発作、全般性強直・間代発作、焦点発作をけいれん発作と定義)を確かめる6週間の観察期間の後、ウェブ自動応答システムを用いて、患者を抗てんかん薬に上乗せしてプラセボ、フェンフルラミン1日0.2mg/kg、同薬剤1日0.7mg/kgのいずれかを14週間投与するグループに1対1対1の割合で無作為に割り付けた。主要評価項目は、プラセボ群と比較した1日0.7mg/kg投与群の試験開始時と比較した治療期間中の1カ月の平均痙攣発作頻度とした。プラセボ群と比較した1日0.2mg/kg投与群の1カ月の平均けいれん発作頻度を副次評価項目とした。修正intention-to-treat集団で解析を実施した。被験薬を1回以上投与した全例を安全性解析の対象とした。この試験は、ClinicalTrials.govに2通りのプロトコールNCT02682927とNCT02826863に登録されている。 【結果】2016年1月15日から2017年8月14日の間に173例を評価し、そのうち119例(平均年齢9.0歳、54%が男児)をフェンフルラミン1日0.2mg/kg群(39例)、同薬剤1日0.7mg/kg群(40例)、プラセボ群(40例)に無作為に割り付けた。治療期間中、発作頻度の低下率中央値はフェンフルラミン0.7mg/kg群で74.9%(28日当たりの中央値20.7回から4.7回に低下)、同薬0.2mg/kg群で42.3%(同17.5回から12.6回に低下)、プラセボ群で19.2%(同27.3回から22.0回に低下)だった。試験は主要有効性評価を達成し、プラセボと比較すると、平均MCSFがフェンフルラミン1日0.7mg/kgで62.3%(95%CI 47.7-72.8、P<0.0001)、同薬0.2mg/kgで32.4%(同6.2-52.3、P=0.0209)低下した。最も頻度の高かった有害事象(被験者の10%以上に発現し、フェンフルラミン群で頻度が高かった)は食欲減退、下痢、疲労、無気力、傾眠および体重減少であった。試験期間中の心エコー検査で、全例に生理学的正常範囲内の弁機能を確認し、肺高血圧症の徴候は見られなかった。 【解釈】ドラベ症候群で、フェンフルラミンは、プラセボよりもけいれん発作頻度を有意に抑制し、忍容性も良好で、心臓弁膜症や肺高血圧症は認められなかった。フェンフルラミンはドラベ症候群の新たな治療選択肢になると思われる。 第一人者の医師による解説 ドラベ症候群治療薬として期待も 効果・有害事象とも長期評価が必要 今井 克美 国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター副院長・小児科 MMJ. October 2020; 16 (5):137 ドラベ症候群は1歳未満で発症し、発熱や入浴で誘発されやすい全身・半身けいれんを反復し、5分以上持続するけいれん重積状態が起こりやすく、1歳以降に発達の伸びが鈍化する難治性てんかんで、約80%の患者はNaチャネル遺伝子 SCN1Aの変異を有し、約4万人に1人が罹患するとされる。バルプロ酸、臭化物、トピラマート、スチリペントール、クロバザムなどの抗てんかん薬がよく使われるが効果不十分な場合が多く、より有効な治療法の開発が喫緊の課題である(1)。  本論文は、ドラベ症候群のけいれん発作に対するフェンフルラミンの有効性と安全性を北米、欧州西部、オーストラリアで検討した無作為化二重盲検プラセボ対照試験の報告である。臨床的に診断された2~18歳のドラベ症候群患者を対象に、服用中の抗てんかん薬は継続し、119人(平均年齢9.0歳、男性54%)がフェンフルラミン低用量0.2mg/kg、高用量0.7mg/kg、プラセボの3群に割り付けられた。前観察期間6週間に対する、割り付け後14週間におけるけいれん頻度の低下率は、高用量群74.9%、低用量群42.3%、プラセボ群19.2%で、高・低用量群ともにプラセボ群に比べ有意にけいれんが減少した。有害事象は食欲低下、下痢、易疲労性、倦怠、眠気、体重減少が10%以上にみられ、有害事象による中止は9人(高用量群6人、プラセボ群3人)であった。心エコー検査では心臓弁膜症や肺高血圧などの重篤な合併症は認められなかった。  フェンフルラミンはセロトニン作動薬で、食欲抑制目的の健康食品で使用されていた時に用量や誘導体含有などの問題に関連する心臓弁膜症、肺高血圧、肝障害が報告され、それ以降使用されなくなったが、ドラベ症候群を含む難治性てんかんにおいて著効例がベルギーから複数報告されたことから、本試験が実施された。用量を減らし品質管理を徹底して実施された本試験において、けいれんの有意な減少が示され、最長8カ月の長期安全性試験でも重篤な有害事象はなく、日本でもドラベ症候群への適応承認が期待される。今回の試験ではドラベ症候群にのみ保険適応のあるスチリペントールは併用禁忌であったが、スチリペントールとの併用でも同等の有効性と安全性が報告されている(2)。今後の課題として、けいれん抑制効果が年余にわたって継続するか、けいれん重積の頻度も低下するのか、年単位の長期服用でも心臓弁膜症、肺高血圧、著明な体重減少、肝障害を生じないか、などの検討が必要である。 1. Takayama R, et al. Epilepsia. 2014;55(4):528-538. 2. Nabbout R, et al. JAMA Neurol. 2019;77(3):300-308.
活動性強直性脊椎炎に用いるupadacitinibの有効性および安全性(SELECT-AXIS 1) 多施設共同第II/III相二重盲検プラセボ対照無作為化試験
活動性強直性脊椎炎に用いるupadacitinibの有効性および安全性(SELECT-AXIS 1) 多施設共同第II/III相二重盲検プラセボ対照無作為化試験
Efficacy and safety of upadacitinib in patients with active ankylosing spondylitis (SELECT-AXIS 1): a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2/3 trial Lancet. 2019 Dec 7;394(10214):2108-2117. doi: 10.1016/S0140-6736(19)32534-6. Epub 2019 Nov 12. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】JAK経路は強直性脊椎炎の治療の標的となる可能性がある。この試験では、強直性脊椎炎に用いる選択的JAK1阻害薬upadacitinibの有効性および安全性を評価した。 【方法】この多施設共同第II/III相二重盲検プラセボ対照並行群間無作為化試験には20カ国62施設から成人患者を組み入れた。改訂ニューヨーク基準を満たし、生物学的疾患修飾性抗リウマチ薬による治療歴がなく、非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)が2種類以上で効果不十分、NSAID不耐または禁忌の活動性強直性脊椎炎患者を適格とした。被験者を自動応答技術を用いて、第1期の14週間に経口upadacitinib 15mg 1日1回服用するグループまたは経口プラセボを服用するグループに無作為に割り付けた。ここでは第1期のデータのみを報告する。主要評価項目は、14週時のAssessment of SpondyloArthritis international Society (ASAS) 40反応率で測定した複合転帰とした。無作為化し被験薬を1回以上投与した全例の完全解析を実施した。この試験は、ClinicalTrials.govのNCT03178487番に登録されている。 【結果】2017年11月30日から2018年10月15日にかけて、187例をupadacitinib 15mg(93例)とプラセボ(94例)に無作為に割り付け、178例(95%、upadacitinib群の89例とプラセボ群の89例)が被験薬の第1期を完遂した(2019年1月21日までに完了)。upadacitinib群のほうがプラセボ群よりも14週時のASAS40反応率が有意に高かった[92例中48例(52%) vs. 94例中24例(26%)、P= 0.0003、治療群間差26%(95%CI 13~40)]。upadacitinib群93例中58例(62%)とプラセボ群94例中52例(55%)に有害事象が報告された。upadacitinib群に最も多く発現した有害事象は、クレアチン・ホスホキナーゼ上昇(updacitinib群9% vs. プラセボ群2%)だった。重篤な感染、帯状疱疹、悪性腫瘍、静脈血栓塞栓イベントや死亡は報告されなかった。各群1例に重度の有害事象が発現した。 【解釈】upadacitinib 15mgは、NSAIDの効果不十分または禁忌の活動性強直性脊椎炎に有効で忍容性も良好であった。このデータは、強直性脊椎炎治療に用いるupadacitinibのさらに詳細な調査を支持するものである。 第一人者の医師による解説 ウパダシチニブは有効かつ耐容可能なAS治療薬になりうることを示唆 高相 晶士 北里大学医学部整形外科学主任教授 MMJ. October 2020; 16 (5):143 強直性脊椎炎(AS)の治療としては非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)が推奨され、従来の抗リウマチ薬や糖質コルチコイドは軸性症状の改善に乏しいと言われている。近年、関節リウマチ、乾癬性関節炎、潰瘍性大腸炎の適応でJAK阻害薬が承認されており、JAK経路はASの治療標的としても着目されている。ASに対するJAK阻害薬(トファシチニブおよびフィルゴチニブ)の有効性については、2つの第2相試験で示されたところである。  本論文で報告されたSELECT-AXIS 1試験は、生物学的疾患修飾性抗リウマチ薬(bDMARD)の使用歴がなく、NSAIDが効果不十分または不耐容である18歳以上の活動性 AS患者18人を対象に、ウパダシチニブ 15mg/日を14週間経口投与した際の有効性と安全性評価を目的とした多施設共同無作為化プラセボ対照二重盲検試験である。本試験には20カ国(北米、西欧、東欧、アジア、オセアニア)の62施設が参加。対象患者はASのNew York基準を満たし、仙腸関節 X線写真で診断され、従来の抗リウマチ薬、経口ステロイド薬、NSAID使用は組み入れ可とされた。主要評価項目は投与後14週目におけるAssessment of Spondylo Arthritis international Society(ASAS)40反応を達成した患者の割合とされた。割り付け結果はウパダシチニブ群93人、プラセボ群94人、全体の背景は平均年齢45.4歳、男性71%、HLA-B27陽性率76%であった。  有効性の評価において、投与後14週目のASAS40達成率は、ウパダシチニブ群で有意に改善した(ウパダシチニブ群52% 対 プラセボ群26%;P=0.0003)。疾患活動性を示すBath Ankylosing Spondylitis Disease Activity Index(BASDAI)50 改善率、ASAS 部 分 寛 解率、Ankylosing Spondylitis Disease Activity Score(ASDAS)変化量、機能評価としてのBath Ankylosing Spondylitis Functional Index(BASFI)変化量、MRI 変化(SPARCC MRI spine score)についても、ウパダシチ二ブ群で有意な改善が認められた。  有害事象はウパダシチニブ群62%、プラセボ群55%に発生し、ウパダシチニブ群における主な有害事象はクレアチニンキナーゼの上昇であった。重篤な感染症の発生はみられず、感染症発生率および有害事象による試験中止率は両群ともに同程度であった。ウパダシチニブの安全性情報については関節リウマチに対する過去の試験で報告されたものと一致した。  今回、ウパダシチニブ 15mg経口投与により活動性 AS患者の疾患活動性、機能、MRI所見で改善を認め、忍容性も良好であったことから、本剤は有効かつ耐容可能なAS治療薬となりうることが示唆された。
1990年から2017年における慢性腎疾患の世界的、地域的、および国家的負担:世界疾病負担研究2017のシスティマティック分析
1990年から2017年における慢性腎疾患の世界的、地域的、および国家的負担:世界疾病負担研究2017のシスティマティック分析
Global, regional, and national burden of chronic kidney disease, 1990-2017: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2017 Lancet. 2020 Feb 29;395(10225):709-733. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30045-3. Epub 2020 Feb 13. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 背景: 医療制度を計画する上で、慢性腎疾患(CKD)の疫学を注意深く評価する必要がありますが、CKDの罹患率と死亡率に関するデータは、多くの国で不足しているか、存在していません。私たちは、2017年の世界疾病負担、負傷、および危険因子研究について、CKDの世界的、地域的、および全国的な負担、ならびに腎機能障害に起因する心血管疾患および痛風の負担を推定しました。全てのステージのCKDの罹患率と死亡率を調べるためにCKDという用語を使用し、心血管疾患と痛風によるCKDの追加リスクを調べるために腎機能障害という用語を使用しました。 方法: 私たちが使用した主なデータソースは、公開された文献、人口動態登録システム、末期腎疾患登録、および世帯調査でした。CKD負担の推定値は、死因アンサンブルモデル(Cause of Death Ensemble model)とベイズのメタ回帰分析ツールを使用して算出されました。ここでは、発生率、有病率、障害のあった年数、死亡率、死亡年、および障害調整生命年(DALY)を組み込みました。腎機能障害に起因する心血管疾患と痛風による負担の割合の推定には、比較リスク評価アプローチを適用しました。 結果: 世界的に、2017年に120万人(95%の不確実性区間[UI] 120万~130万)がCKDで死亡しました。CKDによる世界の全年齢死亡率は、1990年から2017年の間に41.5%(95%UI 35.2~46.5)増加しましたが、年齢標準化死亡率に有意な変化は認められませんでした(2.8%、 -1.5~6.3)。 2017年には、全ステージのCKDで6億9,750万症例(95%UI 6億4,920万~7億5,200万)が記録され、世界的な有病率は9.1%(8.5~9.8)でした。CKDの世界的な全年齢有病率は、1990年以降29.3%(95%UI 26.4~32.6)増加しましたが、年齢標準化された有病率は横ばいでした(1.2%、-1.1から3.5)。CKDのDALYは、2017年に3,580万(95%UI 3,370万~3,800万)となり、糖尿病性腎症がほぼ3分の1を占めました。CKDの負担のほとんどは、社会人口統計指数(SDI)の五分位の下位3つに集中していました。いくつかの地域、特にオセアニア、サハラ以南のアフリカ、ラテンアメリカでは、CKDの負担は経済発展レベルから予想されるよりもはるかに高かったのに対し、サハラ以南の西、東、中央アフリカ、東アジア、南アジア、中央および東ヨーロッパ、オーストラリア、西ヨーロッパでは、負担は予想を下回っていました。心血管疾患関連では140万例(95%UI 120万~160万)の死亡と2,530万(2,220万~2,890万)の心血管疾患DALYが、腎機能障害に起因していると考えられました。 解釈: 腎疾患は、世界的な病的状態と死亡の直接的な原因として、そして心血管疾患の重要な危険因子として、健康に大きな影響を及ぼします。殆どのCKDは予防と治療が可能であり、特にSDIが低/中程度の地域では、グローバルヘルスポリシーの意思決定において、より大きな注意を払う必要があります。 研究資金: Bill & Melinda Gates Foundation. 第一人者の医師による解説 一般の認知度は10%未満 世界的な認知度向上と早期発見体制の確立が必要 山縣 邦弘 筑波大学医学医療系腎臓内科学教授 MMJ. October 2020; 16 (5):140 慢性腎臓病(CKD)は末期慢性腎不全(ESKD)への進展だけでなく心血管死の重要な危険因子であることから、全世界的に疾病対策の重要性が唱えられてきた。本論文では、全世界で7億人以上が罹患し、年間120万人以上が死亡するCKDについて、障害調整生存年(DALYs)という指標から論じている。DALYsによる疾患の評価については、世界保健機関(WHO)のGlobal Burden of Disease (GBD)プロジェクトが指標として使用し、GBDでは現在133疾患について検討が進められている。CKDはGBD対象疾患における死因の12番目を占め、結核や後天性免疫不全症候群(AIDS)による死亡よりも多く、自動車事故死と同等とされている。近年世界的にESKD患者数が増加し、腎代替療法(透析や腎移植療法)を必要とする患者数が今後も増加すると予測されている。このことは先進国を中心に、国民所得が高い国々の集計結果をもとに検討されてきた。しかし近年では、発展途上国でも高血圧や糖尿病などによるCKD発症・進展リスクにさらされるようになり、ESKD患者数は全世界的に急速に増加している。毎年200万人以上の患者が新たに腎代替療法を開始しているものの、ほぼ同数の患者が腎代替療法を受けることができずに死亡してい るという事実も知られている(1)。  本論文では腎代替療法導入やCKD罹患に伴う負担と、腎代替療法非導入を含めたCKDのために死亡することによる負担を合わせた数値指標であるDALYsを地球規模、地域別、国別に算出することによって、今後のCKD対策の方向性を検討した。過去27年間で、CKD患者の罹病率、死亡率とも有意に上昇しており、この理由として人口の高齢化や、糖尿病、高血圧といったCKD発症の危険因子保有者の増加が挙げられた。一方、人口の高齢化の影響を考慮した年齢標準変動率では、全世界でCKDによる人口あたりのDALYsは過去27年間で8.6%低下していたが、CKDにおけるこの低下は他の非感染性疾患(NCD)に比べ少なく、CKD対策が不十分であることを示していた。特に発展途上国を中心に経済的に困窮した地域では先進国に比べ15倍以上 DALYsが高い。このような中で一般人におけるCKDの認知度は先進国、発展途上国とも同様に10%未満で認知度が極めて低い。また早期のCKDを発見し、進行を抑制することは医療経済的にも有用性が証明されているものの、各国のCKDスクリーニング体制が不十分であり、CKDの早期発見、腎機能が高度に悪化する前での治療体制の確立が世界的に求められている。また透析や腎移植といった腎代替療法をどの国でも同等に実施できる施設面での整備を急ぐことも重要な課題として挙げられた。 1. Liyanage T, et al. Lancet. 2015;385(9981):1975-1982.
微小粒子状物質への長期的曝露と脳卒中発症 China-PARプロジェクトの前向きコホート研究
微小粒子状物質への長期的曝露と脳卒中発症 China-PARプロジェクトの前向きコホート研究
Long term exposure to ambient fine particulate matter and incidence of stroke: prospective cohort study from the China-PAR project BMJ. 2019 Dec 30;367:l6720. doi: 10.1136/bmj.l6720. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】中国人成人で、粒子径2.5 μm未満の微小粒子状物質(PM2.5)への長期的暴露が全体、虚血性および出血性脳卒中の発症率に及ぼす作用を調べること 【デザイン】住民対象前向きコホート研究。 【設定】中国の15省で遂行したPrediction for Atherosclerotic Cardiovascular Disease Risk in China(China-PAR)プロジェクト。 【参加者】China-PARプロジェクトで追跡開始時に脳卒中がなかった中国人男女11万7575例。 【主要評価項目】全体、虚血性および出血性脳卒中の発症。 【結果】参加者の居住地住所の2000~2015年の平均PM2.5濃度は64.9μg/m3(範囲31.2~ 97.0μg/m3)だった。90万214人年の追跡中、脳卒中3540件が発生し、そのうち63.0%が虚血性、27.5%が出血性だった。PM2.5曝露量の最低四分位群(54.5μg/m3未満)と比べると、最高四分位群(78.2μg/m3)は脳卒中(ハザード比1.53、95%CI 1.34~1.74)、虚血性脳卒中(同1.82、1.55~2.14)および出血性脳卒中(同1.50、1.16~1.93)発症のリスクが高かった。PM2.5濃度が10μg/m3高くなると、脳卒中、虚血性脳卒中および出血性脳卒中の発症リスクがそれぞれ13%(同1.13、1.09~1.17)、20%(1.20、1.15~1.25)、12%(1.12、1.05~1.20)上昇した。PM2.5への長期的曝露と脳卒中発症率(全体と種類別)の間にほとんど線形の曝露反応関係が認められた。 【結論】この試験は、濃度がいくぶん高いPM2.5への長期的暴露に脳卒中とその主要な種類の発症との正の関連を示した中国からの科学的根拠を提示するものである。この結果は、中国だけでなく、その他の低所得国および中所得国の大気汚染と脳卒中予防関連の環境および健康政策の立案に意義あるものである。 第一人者の医師による解説 中国より低濃度の日本でも 脳血管障害のリスクに関する知見が必要 道川 武紘(講師)/西脇 祐司(教授) 東邦大学医学部社会医学講座衛生学分野 MMJ. October 2020; 16 (5):146 以前は、微小粒子状物質、PM2.5(空気力学径が2.5μ m以下の粒子)、というと「午後2時半?」と聞き返されたと聞いているが、今では小学生でも聞いたことがある環境用語になっていて、その健康に与える影響が懸念されている。PM2.5の健康影響に関して米国環境保護庁は定期的に最新の科学的知見を整理した報告書を公表しており、最新2019年版では以前の2009年版と同様に「長期的(年単位)なPM2.5曝露と循環器疾患との関連性には因果関係がある」と発表した(1)。ただしこれは主に心血管疾患との関連性に関するもので、脳血管疾患については心血管疾患よりも疫学研究の知見は少なく、分類別(虚血性と出血性)の検討も十分とは言えない。  本研究は中国の4つのコホートからなるChinaPAR projectのデータを利用して、15省に住んでいた117,575人の男女(ベースライン時平均年齢50.9歳)について長期的なPM2.5曝露と脳血管疾患初回発症との関連性を、虚血性と出血性に分けて検討した。2000~15年にかけて、その間の引っ越しも考慮したうえでの各参加者自宅におけるPM2.5濃度の平均は64.9 μ g/m3(範囲 , 31.2~ 97.0 μ g/m3)であった。年齢、性別、地域、喫煙など交絡しうる因子を調整したうえで、PM2.5濃度が10 μ g/m3高くなると虚血性の脳血管障害発症は1.20(95%信頼区間[CI], 1.15 ~ 1.25)倍、出血性は1.12(1.05 ~ 1.20)倍増えるという関連性が観察された。今回の濃度範囲(31.2 ~97.0 μ g/m3)では、PM2.5濃度上昇に伴い直線的に脳血管障害のリスクが上昇していた。  2017年における東京区部年平均 PM2.5濃度は13.4 μ g/m3あったのに対して北京では58.5 μg/m3であった。これまでのところ日本のPM2.5濃度は中国よりも明らかに低いので、相対的に低濃度の日本でも同様の関連性が観察されるのか興味深い。最近、茨城県健康研究データを利用し、PM2.5とそれよりも径の大きい粒子を含む浮遊粒子状物質(SPM)への長期曝露と循環器疾患死亡との関連性を調べた結果が報告された(2)。この研究では、男性においてベースライン調査時点(1990年)のSPM濃度と虚血性脳血管障害リスクは正の関連性を示す傾向にあった(SPM 10 μ g/m3上昇に対して1.25[95% CI, 0.99~1.57]倍リスク上昇)。日本ではPM2.5の環境基準設定から10年経過しようやく観測データが蓄積されてきたので、わが国においても長期的なPM2.5曝露が脳血管障害の危険因子となりうるのか、知見が待たれる。 1. United States Environmental Protection Agency. Integrated Science Assessment (ISA) for Particulate Matter, 2019.(https://bit.ly/31BxuMI) 2. Takeuchi A, et al. J Atheroscler Thromb 2020 (in press).
ランダム化臨床試験の治療効果推定に対する盲検化の影響:メタ疫学研究
ランダム化臨床試験の治療効果推定に対する盲検化の影響:メタ疫学研究
Impact of blinding on estimated treatment effects in randomised clinical trials: meta-epidemiological study BMJ. 2020 Jan 21;368:l6802. doi: 10.1136/bmj.l6802. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 目的: 治療効果推定に対する盲検化の影響、およびそれらの試験間の変動を調べることを目的としました。具体的には、患者、医療提供者、および観測者の盲検化を区別し、検出バイアスと実施上のバイアス、そして結果の種類について検討しました(MetaBLIND研究)。 デザイン: メタ疫学研究 データソース: Cochrane Database of Systematic Reviews (2013-2014年). 試験選択の適格基準: 任意のトピックに関する盲検試験と非盲検試験の両方によるメタアナリシス。 レビュー方法: 盲検状態は試験についての出版物と著者から取得され、結果はCochrane Database of Systematic Reviewsから自動的に取得されました。ベイズの階層モデルによって、オッズ比(ROR)の平均比を推定し、非盲検試験(またはステータスが不明)と盲検試験の試験間の不均一性を推定しました。二次分析では、割り当ての秘匿性、被験者の減少、および試験規模の妥当性を調整し、結果の主観性(高、中、低)と平均バイアスとの関連を調査しました。RORが1未満の場合は、盲検化なしの試験で効果の推定値が誇張されていることを示しています。 結果: 本研究では、142件のメタアナリシス(1,153件の試験)を対象としました。患者の盲検化を行っていない試験のRORは、結果が患者の報告に基づく18のメタアナリシスで0.91(95%信頼区間0.61から1.34)であり、盲検化された観測者によって報告された結果に基づく14のメタアナリシスで0.98(0.69から1.39)でした。医療提供者の盲検化を行っていない試験のRORは、医療提供者による決定(再入院など)に基づく29のメタアナリシスで1.01(0.84〜1.19)であり、盲検化された患者または観測者によって報告された結果に基づく13のメタアナリシスで0.97(0.64〜1.45)でした。観測者の盲検化を行っていない試験のRORは、観測者が報告した主観的な結果に基づく46のメタアナリシスで1.01(0.86から1.18)であり、主観性の程度に対する明確な関連は認められませんでした。盲検化していないことが試験間の不均一性の増加と関連していたかどうかを判断するには、情報が不十分でした。二重盲検として報告されていない試験と二重盲検である試験のRORは、74件のメタアナリシスで1.02(0.90〜1.13)でした。 結論: 患者、医療提供者、または観測者が盲検化されている場合とされていない場合で治療効果推定に平均差が生じることを示すエビデンスは見つかりませんでした。これらの結果から、盲検化は、従来信じられてきたのとは異なり、残余の交絡因子や不正確さといったメタ疫学研究におけるリミテーションと比較して、重要ではないという可能性が示唆されます。ただし、現段階においては、本研究の再現が提案されており、盲検化は臨床試験における方法論のセーフガードの位置づけを外れたわけではありません。 利益相反: すべての著者は、ICMJE統一開示フォームで下記について宣言しています:過去3年間に提出された研究に関心を持つ可能性のある組織との金銭的関係はありません。出版投稿された研究に影響を与えたと思われる他の関係や活動はありません。 第一人者の医師による解説 対象少なくさらなる研究必要 可能な限り盲検化の方針は変わらず 松山 裕 東京大学大学院医学系研究科生物統計学分野教授 MMJ. October 2020; 16 (5):149 ランダム化比較試験(RCT)は治療効果をバイアスなく評価するための最も信頼性の高い試験デザインであり、その結果は日常診療の実践や規制当局の判断において重要なエビデンスとなる。RCTの中でも最も質が高いとされる二重盲検試験は、患者だけでなく医師に対しても盲検化を行うことで、患者選択と対象者の管理・評価にわたって比較群の平等性(比較可能性:comparability)を高く保つ有効な手段とされている。また、医師に対する盲検化が困難な場合でも、アウトカム評価者には盲検化を行うなど盲検化のレベルを変えて、可能な限り盲検化を行うことが推奨されている。  本研究では、2013年2月から1年間にコクランレビューに公表された1,042件のメタアナリシス研究から、盲検化を行った研究と非盲検の研究を少なくともそれぞれ1つは含む研究を抽出し、盲検化研究に比べて非盲検研究の方が治療効果を過大評価しているかを調べた。盲検化のレベルは、患者・医療提供者・アウトカム評価者の3種類とし、以下の5項目を主要解析対象とした: (Ⅰa)患者立脚型アウトカムに対する患者の盲検化 (Ⅰb)盲検化された評価者によるアウトカムに対する患者の盲検化 (Ⅱa)医療提供者が評価したアウトカムに対する医療提供者の盲検化 (Ⅱb)盲検化された評価者あるいは患者によるアウトカムに対する医療提供者の盲検化 (Ⅲ)主観的アウトカムに対するアウトカム評価者の盲検化  解析対象は142件(1,153試験)のメタアナリシス研究であった(盲検化の有無・内容が不明な試験は67試験[6%])。すべてのアウトカムを二値化したうえで治療効果の大きさをオッズ比で表現し、盲検化試験でのオッズ比に対する非盲検試験でのオッズ比の比(ratios of odds ratios ;ROR)をベイズ的階層モデルによって併合した。その結果、上記5つのいずれの項目に関してもRORの値はほぼ1であり、盲検化試験と非盲検試験でのオッズ比に差は認められなかった。  著者らも述べているように、本研究では評価の信頼性が懸念されるアウトカムに関して盲検化を複数のレベルでとらえて検討している点が強みである。しかしながら、対象試験数の少なさ(ROR推定値の信用区間幅の広さ)、交絡バイアスの影響、統計学的に差がないことをもって同等であると評価している点など本研究にはいくつか問題点もみられるため、さらなる研究が必要であり、現段階では可能な限り盲検化を行うという方針に大きく変更はないと思われる。
2017 ACC/AHA血圧ガイドラインで定義した孤立性拡張期高血圧症と心血管転帰発症との関連
2017 ACC/AHA血圧ガイドラインで定義した孤立性拡張期高血圧症と心血管転帰発症との関連
Association of Isolated Diastolic Hypertension as Defined by the 2017 ACC/AHA Blood Pressure Guideline With Incident Cardiovascular Outcomes JAMA. 2020 Jan 28;323(4):329-338. doi: 10.1001/jama.2019.21402. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】2017年米国心臓病学会・米国心臓協会(ACC/AHA)ガイドラインでは、高血圧症の定義を血圧140/90mmHg以上から130/80mmHg以上に引き下げた。新たな拡張期血圧閾値80mmHgは、専門家の意見と孤立性拡張期高血圧症(IDH)の定義変更を基に推奨された。 【目的】米国のIDH有病率を2017 ACC/AHAと2003年米国合同委員会(JNC7)による定義で比較し、IDHと転帰の横断的および縦断的な関連を明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】米国国民健康栄養調査(NHANES 2013~2016年)の横断的解析および動脈硬化症リスク(ARIC)試験(1990~1992年に調査開始、2017年12月31日まで追跡)の縦断的解析。縦断的結果を2つの外部コホート――(1)NHANES III(1988~1994年)とNHANES 1999~2014、(2)Give Us a Clue to Cancer and Heart Disease(CLUE)IIコホート(1989年に調査開始)――を用いて検証した。 【曝露】2017 ACC/AHA(収縮期血圧130mmHg未満、拡張期血圧80mmHg以上)とJNC7(収縮期血圧140mmHg未満、拡張期血圧90mmHg以上)で定義したIDH。 【主要転帰および評価項目】米国成人のIDH有病率および2017 ACC/AHAガイドラインによりIDHに対する薬物治療を推奨された米国成人の割合。ARIC試験では、アテローム動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)、心不全、慢性腎臓病(CKD)の発症リスク。 【結果】被験者集団はNHANESから9590例(調査開始時の平均年齢49.6歳、52.3%が女性)とARIC試験から8703例(調査開始時の平均年齢56.0歳、57.2%が女性)を対象とした。NHANESのIDH推定有病率は2017 ACC/AHAガイドライン定義で6.5%、JNC7定義で1.3%だった(絶対差5.2%、95%CI 4.7~5.7%)。新たにIDHに分類された被験者のうち推定0.6%(95%CI 0.5-0.6%)がガイドラインの降圧治療の基準を満たした。正常血圧のARIC試験参加者と比べると、2017 ACC/AHA定義によるIDHにASCVD(1386件、追跡期間中央値25.2年、HR 1.06、95%CI 0.89~1.26)、心不全(1396件、HR 0.91、95%CI 0.76~1.09)、CKD(2433件、HR 0.98、95%CI 0.65~1.11)の発症リスクとの有意な関連が認められなかった。2件の外部コホートでもまた、心血管死との関連が否定的であった[例:2017 ACC/AHA定義によるIDHのHRがNHANES(1012件)で1.17、95%CI 0.87~1.56、CLUE II(1497件)で1.02、95%CI 0.92~1.14]。 【結論および意義】米国成人を対象とした本解析では、IDHの推定有病率は2017 ACC/AHA血圧ガイドラインの定義の方がJNC7ガイドラインよりも高かった。しかし、IDHによる心血管転帰のリスクの有意な上昇は見られなかった。 第一人者の医師による解説 拡張期血圧がIDH基準の80mmHg以上なら経過観察を 下澤 達雄 国際医療福祉大学医学部臨床検査医学主任教授 MMJ. October 2020; 16 (5):130 数年に1度、高血圧診療ガイドラインは改訂されており、日本でも2019年に新しい版が発行された(1)。日本と米国のガイドラインで大きく異なる点は高血圧の定義となる血圧の臨床判断値であろう。日本は従来どおりの140/90mmHgを高血圧の臨床判断値としているが、米国は2017年のACC/AHAガイドラインで130/80mmHgへと変更した。これに伴い、2003年 のJoint National Committee(JNC7)において拡張期血圧90mmHg以上かつ収縮期血圧140mmHg未満としていた孤立型拡張期高血圧症(isolated diastolic hypertension; IDH)の定義が拡張期血圧80mmHg以上かつ収縮期血圧130mmHg未満に変更された。その結果、米国のデータベースを用いた今回の横断的調査によると、IDHの頻度 は1.3%(2003 JNC7)から6.5%(2017ACC/AHA)へと上昇し、治療介入対象者が増える結果となった。しかし、Atherosclerosis Risk in Communities(ARIC)試験参加者のデータを再解析したところ、新しいIDHの定義は心血管イベントや慢性腎臓病(CKD)発症リスク、死亡リスクとの関連において従来の定義より優れていることは示されなかった。  疫学調査では拡張期血圧が75mmHgを超えると徐々に心血管イベントが増加することから、ACC/AHAガイドラインでは高血圧の臨床判断値を80mmHgに引き下げた。しかし、IDHの収縮期血圧は130mmHg未満であり、平均血圧にすると拡張期、収縮期とも130/80mmHgを超える例より低くなる。また、介入試験においてHOT試験(2)のように拡張期血圧を90mmHgまたは80mmHgまで下げても心血管イベント抑制効果に差は認められないといった報告もある。つまり、観察研究と介入研究で差異がある。  さらに、今回の検討ではIDHの定義を満たす成人の年齢構成は55歳未満が多くなっている。また従来の定義で診断されるIDHに比べ、低比重リポ蛋白(LDL)-コレステロール値、トリグリセリド値が低く、脂質異常症に対する介入割合が高く、推算糸球体濾過量(eGFR)も高くなっている。ウィンドケッセルモデルからもわかるように若年高血圧患者では血管の弾力性が保たれているため拡張期血圧は高くなりやすい。そのため心血管リスクとしてのIDHの意義が薄れていた可能性も考えられる。  この結果から拡張期血圧は放置してよいということにはならず、米国のIDHの基準であれば経過観察を行い、収縮期血圧が上がってくるようであれば生活習慣の改善から介入を進めるべきであろう。 1. 高血圧診療ガイドライン 2019 年版(日本高血圧学会編) 2. Hansson L et al. Lancet. 1998;351(9118):1755‐1762.
食事摂取によるナトリウムの減量と減量期間が血圧レベルに及ぼす影響:システマティックレビューとランダム化試験のメタアナリシス
食事摂取によるナトリウムの減量と減量期間が血圧レベルに及ぼす影響:システマティックレビューとランダム化試験のメタアナリシス
Effect of dose and duration of reduction in dietary sodium on blood pressure levels: systematic review and meta-analysis of randomised trials BMJ. 2020 Feb 24;368:m315. doi: 10.1136/bmj.m315. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 目的: 食事で摂るナトリウムの減量と血圧変化の用量反応関係を調べ、介入期間の影響を調査することを目的としました。 デザイン: PRISMAガイドラインに基づいてシステマティックレビューとメタ分析を行うデザインとしました。 データソース: Ovid MEDLINE(R)、EMBASE、Cochrane Central Register of Controlled Trials(Wiley)、そして2019年1月21日までの関連記事の参照リストをデータソースとしました。 試験選択の適格基準: 24時間尿中ナトリウム排泄量で評価したナトリウム摂取量を成人集団間で比較したランダム化試験を組み入れました。 データの抽出と分析: 3人のレビューアのうち2人が、個々にデータの適格性に関するスクリーニングを行いました。1人のレビューアが全てのデータを抽出し、他の2人がデータの正確性をレビューしました。レビューアは、ランダム効果メタ分析、サブグループ分析、およびメタ回帰分析を実行しました。 結果: 12,197人の対象者を含む133の研究が組み入れられました。24時間尿中ナトリウム排泄量、収縮期血圧(SBP)、および拡張期血圧(DBP)の平均低下(ナトリウム低下群 vs. ナトリウム通常量群)は130mmol(95%CI:115〜145、P<0.001)、 4.26mmHg(3.62〜4.89、P<0.001)、および2.07mmHg(1.67〜2.48、P<0.001)でした。24時間尿中ナトリウム排泄量が50mmol低下するごとに、SBPは1.10mmHg(0.66〜1.54; P<0.001)低下し、DBPは0.33mmHg(0.04〜0.63; P=0.03)低下しました。 血圧の低下は、高血圧および非高血圧にかかわらず、調査対象となった多様な集団で観察されました。24時間尿中ナトリウム排泄量の低下が同一の集団間で比較したところ、高齢者、非白人、そしてベースラインSBPレベルが高い集団でより大きなSBP低下が認められました。15日未満の試験では、24時間尿中ナトリウム排泄量が50mmol低下するごとに、1.05mmHg(0.40〜1.70; P=0.002)のSBP低下が見られ、より長い期間の研究で観察された血圧低下の半分未満でした(2.13 mmHg; 0.85〜3.40; P=0.002)。それ以外については、試験期間とSBP低下の間に関連性は認められませんでした。 結論: ナトリウム減量によって達成された血圧低下の程度は、用量反応関係を示し、高齢者、非白人、ベースライン時に高い血圧を示した集団でより顕著でした。短期間の研究では、ナトリウム減量が血圧に及ぼす影響は過小評価されていました。 システマティックレビュー登録: PROSPEROCRD42019140812 出版はBMJ Publishing Group Limitedです。使用許可については(ライセンス未取得の場合)、http://group.bmj.com/group/rights-licensing/permissions へアクセスしてください。 利益相反: すべての著者は、www.icmje.org /coi_disclosure.pdfにあるICMJE統一開示フォームに記入し、以下を宣言します:提出された研究に対していかなる組織からの助成を受けていません。本研究以外では、BNは中国のSalt ManufacturingCompanyとNutekから試験の塩の補充を受けています。MWは、オーストラリア国立健康医学研究財団のグラント(1080206および1149987)によってサポートされており、アムジェン、キリンから謝金を受けています。NRCCは、World Action on Salt and Healthの無償メンバーであり、多くの政府/非政府組織におけるナトリウム接種と高血圧管理に関するコンサルタントを行っています。AALは、Hypertension Canada New InvestigatorAwardによって資金提供されています。FJHは、塩と健康に関するコンセンサスアクション(CASH)および塩と健康に関する世界アクション(WASH)のメンバーです。 CASHとWASHはどちらも非営利の慈善団体であり、FJHはCASHまたはWASHからの財政的支援を受けていません。GAMは、Blood Pressure UK (BPUK)の議長、Consensus Action on Salt and Health (CASH) の議長、およびWorld Action on Salt and Health (WASH)の議長を務めています。 BPUK、CASH、WASHは非営利の慈善団体であり、GAMはこれらの団体から財政的支援を受けていません。 第一人者の医師による解説 これまでの研究のメタ解析 降圧に国民的減塩政策の有用性を示唆 平田 恭信 東京逓信病院・名誉院長 MMJ. October 2020; 16 (5):132 食塩の過剰摂取が素因のある人では高血圧を招来することは周知である。同時に食塩摂取量の減少が血圧を低下させることも多くの研究で示されてきた。しかしこれをもってすべての人に減塩を勧めることに対してはいまだ異論も少なくない。それは減塩による降圧効果が高血圧者あるいは食塩の多量摂取者だけに認められるとの最近の報告に代表される(1)。  本研究ではこれまでの減塩と血圧変化との関係を調べた研究のメタ解析によって、減塩による降圧効果はどのような人に認められるのか、減塩の程度や期間と降圧効果の大きさについて検討している。いつも問題になるのは減塩の評価法である。主流は食事内容から算出する方法と尿中ナトリウム排泄量を測定する方法である。最近は簡便性のためスポット尿でクレアチニン補正をすることが多くなったが、それは誤差が多いとして今回は24時間尿中ナトリウム排泄量を測定した論文だけを解析している。その結果、減塩により老若男女、高血圧の有無を問わず一定の血圧低下が認められた。解析した133論文の平均値では、130mmol/日のナトリウム摂取量減少によって収縮期 /拡張期血圧は4.26/2.07mmHg低下したという。必ずしも大きな降圧値ではないが、拡張期血圧がわずか2mmHg下がると心血管イベントの発症は10~20%も減少することが知られている(2)。  また、その効果は血圧値が高いほど、減塩量が多いほど、高齢者、非白人で大きかった。ここまでの結果は予想の範囲内であったが、減塩期間が2週間以内では降圧効果が十分に発揮されず、さらなる期間の延長によって降圧値が倍加したというのは新知見であろう。DASH研究でも4週目の降圧がそれまでの週より大きかったという報告に合致する(3)。減塩効果を厳密に測定しようとすると入院下の観察あるいはそれに準じた監視が必要になる。それにはどうしても2週間くらいが限度と思われるからである。  我々日本人は食塩大好き国民であり、昔よりは改善したといっても依然11g/日以上の食塩を摂取していて世界保健機関(WHO)の勧めている5g/日未満とは隔たりがある。英国では減塩政策により遠大な計画のもと巧妙な食品メーカーの誘導が成功して食品中の減塩により、心血管病ならびに医療費が減少した。わが国でも国民をあげての減塩政策は高血圧の予防あるいは発症の遅延に有用であろう。 1. Mente A et al. Lancet. 2018;392:496-506. 2. Czernichow S et al. J Hypertens. 2011;29:4-16. 3. Juraschek SP et al. Hypertension. 2017;70:923-929.
70歳以上の非ST上昇型急性冠症候群患者に用いるクロピドグレルのチカグレロルまたはプラスグレルとの比較 無作為化非盲検非劣性試験
70歳以上の非ST上昇型急性冠症候群患者に用いるクロピドグレルのチカグレロルまたはプラスグレルとの比較 無作為化非盲検非劣性試験
Clopidogrel versus ticagrelor or prasugrel in patients aged 70 years or older with non-ST-elevation acute coronary syndrome (POPular AGE): the randomised, open-label, non-inferiority trial Lancet. 2020 Apr 25;395(10233):1374-1381. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30325-1. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】現行ガイドラインでは、急性冠症候群後の患者のチカグレロルまたはプラスグレルを用いた強力な抗血小板療法が推奨されている。しかし、高齢者の最適な抗血小板阻害に関するデータが不足している。著者らは、非ST上昇型急性冠症候群(NSTE-ACS)高齢患者に用いるクロピドグレルのチカグレロルまたはプラスグレルと比較した安全性および有効性を明らかにすることを試みた。 【方法】オランダの12施設(病院10施設および大学病院2施設)で非盲検無作為化試験POPular AGEを実施した。70歳以上のNSTE-ACS患者を組み入れ、ブロックサイズを6としたインターネットを用いた無作為化法で、クロピドグレル300mgまたは600mg、チカグレロル180mgまたはプラスグレル60mgの負荷投与の後、標準治療と併用した12カ月間の維持投与(クロピドグレル1日1回75mg、チカグレロル1日2回90mg、プラスグレル1日1回10mgのいずれか)に1対1の割合で無作為化に割り付けた。患者と治療担当医師に治療の割り付けを知らせておいたが、結果評価者には治療の割り付けを伏せた。主要出血転帰を血小板凝集阻害と患者転帰[PLATelet inhibition and patient Outcome(PLATO):大出血または小出血(優越性の仮説)]とした。全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中、PLATO大出血および小出血(非劣性の仮説、マージン2%)を主要複合評価項目(ネットクリニカルベネフィット)とした。追跡期間は12カ月間であった。intention-to-treat集団を解析対象とした。この試験はNetherlands Trial Register(NL3804)、ClinicalTrials.gov(NCT02317198)およびEudraCT (2013-001403-37)に登録されている。 【結果】2013年7月10日から2018年10月17日の間に、1002例をクロピドグレル(500例)、チカグレロルまたはプラスグレル(502例)に無作為に割り付けた。チカグレロルまたはプラスグレル群の475例(95%)にチカグレロル投与したため、このグループをチカグレロル群とした。チカグレロルに割り付けたチカグレロル群502例中238例(47%)、クロピドグレルに割り付けた500例中112例(22%)が早期中止に至った。クロピドグレル群[500例中88例(18%)]の大出血がチカグレロル群[502例中118例(24%)]よりも低かった(ハザード比0.71、95%CI 0·54~0·94、優越性のP=0.01)。複合評価項目はクロピドグレル群のチカグレロルに対する非劣性が示された[139例(28%) vs. 161例(32%)、絶対リスク差-4%、95%CI -10.0~1.4、非劣性のP=0.03]。最も重要な中止の理由は、出血(38例)、呼吸困難(40例)および経口抗凝固薬を用いた治療の必要性(35例)であった。 【解釈】NSTE-ACSを呈した70歳以上の患者で、クロピドグレルは全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中および出血の複合評価項目が増加することなく出血イベントを抑制するため、チカグレロルに取って代わる有効な選択肢である。クロピドグレルは、特に出血高リスクの高齢患者のP2Y12阻害薬の代替薬になると思われる。 第一人者の医師による解説 個人差の大きい高齢者 複合リスクの見極めが肝要 中村 正人 東邦大学医療センター大橋病院循環器内科教授 MMJ. October 2020; 16 (5):129 PLATO試験、TRITON-TIMI38試験の結果から急性冠症候群に対しては強力な抗血小板薬(チカグレルまたはプラスグレル)が欧米のガイドラインではクラス Iで推奨されている。出血リスクを上回る虚血イベント抑制効果がこれらの試験で示されたからである。しかし、出血リスクの高い患者にこの治療戦略が有効であるかどうかは明らかではない。そこで近年、出血リスクの高い患者を対象に出血リスクを軽減させるさまざまな戦略の妥当性が検証されている。70歳以上の高齢者に対する今回のPOPular AGE試験も同様である。非 ST上昇型心筋梗塞という血栓イベントリスクの高い病態に出血を考慮したDAPT(クロピドグレル)と血栓イベントを優先するDAPT(プラスグレルまたはチカグレル)の優劣が比較された。主要エンドポイントである出血の発生率は抗血小板作用の弱いクロピドグレルによるDAPTの方が低かった。この結果は想定範囲内である。ポイントは血栓イベントを加えた複合エンドポイントで非劣性が示された点にある。ランダム化前に98%の患者がローディングされており、その7割がチカグレルであった点、イベントの内訳としてステント血栓症はクロピドグレル群のみで認められた点は留意すべきであるが、総合的にみてクロピドグレルによるDAPTの妥当性が実証されたと結論されている。  しかし、他にも抗血小板療法をde-escalationさせる策としては、遺伝子多型や血小板凝集能をチェックする方法、短期 DAPT とP2Y12阻害薬単剤の組み合わせ、低用量のP2Y12阻害薬によるDAPTなどがある。このため、本研究で高齢者に対する戦略の結論が得られたとは言い難い。現在最もエビデンスが豊富な戦略は短期 DAPTとP2Y12阻害薬単剤の組み合わせである。実際、出血高リスク例に対しこの戦略が日本のガイドラインでは推奨されている(1)。また、日本ではプラスグレルの用量は海外の3分の1で、出血リスクが考慮されている。この点からも本研究の結果を日本の実臨床へ外挿する場合にはさらなる検証が必要である。近年、Academic Research Consortium(ARC)により出血高リスク(HBR)の定義が提唱され、これによると75歳以上 の 高齢者はminor criteriaに該当する。単独ではなく複合でHBRに分類される(2)。高齢者を一律 HBRと定めることはできない。高齢者は個人差が大きく、他の出血リスク因子の有無を見極めることが肝要である。わが国をはじめとした東アジア諸国は欧米諸国より出血リスクが高いとされる(3)。このため高齢化社会を迎えている日本における独自の検討が必要である。 1. Nakamura M, et al. Circ J. 2020;84(5):831-865. 2. Urban P, et al. Eur Heart J. 2019;40(31):2632-2653. 3. Levine GN, et al. Nat. Rev. Cardiol. 2014; 11: 597-606.
急性期脳梗塞治療に用いるnerinetideの有効性および安全性(ESCAPE-NA1試験) 多施設共同二重盲検無作為化対照試験
急性期脳梗塞治療に用いるnerinetideの有効性および安全性(ESCAPE-NA1試験) 多施設共同二重盲検無作為化対照試験
Efficacy and safety of nerinetide for the treatment of acute ischaemic stroke (ESCAPE-NA1): a multicentre, double-blind, randomised controlled trial Lancet. 2020 Mar 14;395(10227):878-887. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30258-0. Epub 2020 Feb 20. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】nerinetideは、シナプス後肥厚タンパク質95を阻害するエイコサペプチドで、前臨床の脳梗塞モデルで有効性が確認されている神経保護薬である。この試験では、急性期脳梗塞患者の急速な血管内血栓除去に伴って起きるヒトの虚血・再灌流に用いるnerinetideの有効性および安全性を評価した。 【方法】8カ国の急性期病院48施設で実施された多施設共同二重盲検プラセボ対照無作為化試験では、大血管閉塞による急性期脳梗塞発症12時間以内の患者を組み入れた。無作為化時点で後遺症を伴う18歳以上の脳梗塞があり、発症前は地域で自立した生活を送っており、Alberta Stroke Program Early CTスコア(ASPECTS)5点以上で、側副血行路の充満度が中等度ないし良好な(多相CT血管造影で判定) 患者を適格とした。インターネットを用いたリアルタイムの動的、層別、最小化法を用いて、被験者をnerinetide 2.6mg/kg、推定または(分かれば)実際の体重を基に最大用量270mgを静脈内単回投与するグループと生理食塩水のプラセボを投与するグループに1体1の割合で無作為に割り付けた。アルテプラーゼ静脈内投与と申告された血管内デバイスの選択で被験者を層別化した。全試験担当者と被験者には順序と割り付けを伏せておいた。全例に血管内血栓除去を実施し、適応があれば標準治療としてアルテプラーゼを投与した。主要転帰は無作為化90日後の良好な機能的転帰とし、修正ランキン尺度(mRS)スコア0~2点と定義した。神経学的障害、日常生活行動の機能的自立、きわめて良好な機能的転帰(mRS 0~1点)および死亡を副次評価項目とした。解析は、intention-to-treat集団で実施し、年齢、性別、試験開始時のNational Institutes of Health Stroke Scaleスコア、ASPECTS、閉塞部位、施設、アルテプラーゼ投与の有無および申告された最初のデバイスで調整した。安全性評価集団は、被験薬を投与した全例を対象とした。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT02930018番で登録されている。 【結果】2017年3月1日から2019年8月12日にかけて、1105例をnerinetide(549例)とプラセボ(556例)に無作為に割り付けた。nerinetide群549例中337例(61.4%)およびプラセボ群556例中329例(59.2%)が90日時にmRSスコア0~2点を達成した(調整後リスク比1.04、95%CI 0.96~1.14、P=0.35)。副次転帰は両群でほぼ同じだった。治療効果の修飾の根拠が認められ、アルテプラーゼを投与した患者で治療効果が阻害された。重度有害事象が両群でほぼ同じ割合で発現した。 【解釈】nerinetideによって、血管内血栓除去後に良好な臨床的転帰を得た患者の割合がプラセボと比較して、改善することがなかった。 第一人者の医師による解説 アルテプラーゼ非使用例で機能予後改善と脳梗塞容積減少 今後の研究に期待 上坂義和 虎の門病院脳卒中センターセンター長 MMJ. October 2020; 16 (5):136 再潅流療法が現在の脳梗塞急性期治療の大きな柱である。しかし、虚血や再潅流障害からの脳保護を目指した脳保護薬の開発も種々試みられてきた。ネリネチド(nerinetide)は興奮毒性をもたらすシグナル伝達を抑制することで神経保護作用を有することが動物実験で示されている。  今回報告されたESCAPE-NA1試験は、前方循環大血管閉塞に血栓回収療法を実施した患者におけるネリネチドの有効性を検討するために、欧米6カ国、オーストラリア、韓国で実施された多施設共同二重盲検ランダム化試験である。対象は、発症前に障害はなく、National Institutes of Health Stroke Scale(NIHSS)スコア6点以上、18歳以上、発症後12時間以内でCT血管造影法にて頭蓋内頸動脈か中大脳動脈水平部に閉塞が確認された脳梗塞急性期患者である。Alberta Stroke Program Early CT Score(ASPECTS)スコア5点以上で軟膜動脈経由の側副血行が中大脳動脈領域の50%以上にみられる比較的側副血行良好な1,105人が組み入れられた。全例で血管内治療による血栓回収療法(EVT)が行われた。アルテプラーゼ静注療法は臨床的判断に基づき実施された。患者はネリネチド群とプラセボ(生食)群にアルテプラーゼ投与有無も均等化されるようランダムに割り付けられた。主要評価項目は発症90日後の修正 Rankin Scale(mRS)0~2の 割合で、2次評価項目としてmRS 0~1の割合、死亡、3次評価項目として脳梗塞容積が解析された。その結果、mRS 0~2はネリネチド群で61.4%、プラセボ群で59.2%、mRS 0~1はそれぞれ40.4%、40.6%、死亡率は12.2%、14.4%、平均脳梗塞容積は71.1mL、73.1mLといずれも有意差を認めなかった。しかしながら、アルテプラーゼ非投与患者446人の解析では、mRS 0~2はネリネチド群で59.3%、プラセボ群で49.8%、死亡率はそれぞれ12.8%、20.3%、平均脳梗塞容積は67.8mL、87.2mLといずれも有意差を認めた。  ネリネチドはアルテプラーゼの作用に影響を与えないが、アルテプラーゼ投与で生じるプラスミンによって開裂されるアミノ酸配列を有する。本研究でもネリネチドの血中ピーク濃度はアルテプラーゼ投与患者で非投与患者の40%程度に低下しており結果に影響を与えた可能性がある。発症から割り付けまでの時間はアルテプラーゼの適応を反映して非投与群で平均270~275分、投与群で152~161分と非投与群では114~118分遅くなっている。発症からやや時間が経過した患者などのアルテプラーゼ非適応患者におけるネリネチドの脳保護作用を期待させるものであり、今後の研究が待たれる。
急性低酸素血症性呼吸不全成人患者に用いる非侵襲的換気療法と全死亡率の関連 系統的レビューとメタ解析
急性低酸素血症性呼吸不全成人患者に用いる非侵襲的換気療法と全死亡率の関連 系統的レビューとメタ解析
Association of Noninvasive Oxygenation Strategies With All-Cause Mortality in Adults With Acute Hypoxemic Respiratory Failure: A Systematic Review and Meta-analysis JAMA . 2020 Jul 7;324(1):57-67. doi: 10.1001/jama.2020.9524. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】急性低酸素血症性呼吸不全成人患者に用いる非侵襲的換気や高流量経鼻酸素などの非侵襲的酸素療法が、標準酸素療法より有効性が高いと思われる。 【目的】急性低酸素血症性呼吸不全成人患者で、各種非侵襲的換気療法の死亡率と気管内切開との関連を比較すること。 【データ入手元】以下の文献データベースの開始から2020年4月までを検索した――MEDLINE、Embase、PubMed、Cochrane Central Register of Controlled Trials、CINAHL、Web of ScienceおよびLILACS。言語、出版年、性別、人種に制限は設けないこととした。 【試験選択】急性低酸素血症性呼吸不全成人患者を組み入れ、高流量経鼻酸素、フェイスマスク型非侵襲換気、ヘルメット型非侵襲的換気および標準的酸素療法を比較した無作為化臨床試験。 【データ抽出および合成】レビュアー2人が別々に個別試験データを抽出し、コクランバイアスリスクツールを用いてバイアスリスクを評価した。リスク比(RR)およびリスク差を95%信用区間(CrI)と共に得るため、ベイジアンフレームワークを用いたネットワークメタ解析を実施した。根拠の確実性の等級付けには、GRADEの方法論を用いた。 【主要転帰および評価項目】主要転帰は、最大90日間の全死因死亡率に規定した。最大30日間の気管挿管を副次評価項目とした。 【結果】無作為化試験25件(参加者3804例)を対象とした。標準酸素療法と比べると、ヘルメット型非侵襲的換気(RR 0.40、95%CrI 0.24-0.63、絶対リスク差-0.19、95%CrI -0.37--0.09、低度の確実性)とフェイスマスク型非侵襲的換気(RR 0.83、95%CrI 0.68-0.99、絶対リスク差-0.06、95%CrI -0.15--0.01、中等度の確実性)の死亡リスクが低かった(21試験、3370例)。ヘルメット型非侵襲的換気(RR 0.26、95%CrI 0.14-0.46、絶対リスク差-0.32、95%CrI -0.60--0.16、低度の確実性)、フェイスマスク型非侵襲的換気(RR 0.76、95%CrI 0.62-0.90、絶対リスク差-0.12、95%CrI -0.25--0.05、中等度の確実性)および高流量経鼻酸素(RR 0.76、95%CrI 0.55-0.99、絶対リスク差-0.11、95%CrI -0.27--0.01、中等度の確実性)の気管切開率が低かった(25試験、3804例)。挿管時の盲検下の欠如によるバイアスリスクは、高いと考えられた。 【結論および意義】この急性低酸素血症性呼吸不全成人患者を検討した試験のネットワークメタ解析では、非侵襲的換気による治療が標準酸素療法よりも死亡リスクが低かった。各戦略の相対的便益に対する理解を深めるために、さらに詳細な研究を要する。 第一人者の医師による解説 重症度と病態に合わせたデバイスの選択が重要 出井 真史 東京女子医科大学病院 集中治療科 助教 MMJ. December 2020;16(6):163 集中治療室に入室する急性低酸素性呼吸不全(AHRF)患者の管理では、原疾患の治療と同時に呼吸療法の良否が予後に大きく影響する。呼吸療法は標準酸素療法、非侵襲的酸素療法、侵襲的酸素療法(気管挿管を伴う人工呼吸)の3段階が存在し、重症ほど侵襲性の高い手段が必要となるが、合併症のリスクや求められる医療資源も増大する。本論文では、成人AHRF患者において3種類の非侵襲的酸素療法(フェイスマスク非侵襲的換気[NIV]、ヘルメットNIV、経鼻高流量酸素療法[HFNC])と従来の酸素療法を比較した無作為化対照試験(RCT)のネットワークメタアナリシスを行い、死亡率・気管挿管率を評価した。  すでにNIVの有用性が示されている(1)慢性閉塞性肺疾患(COPD)急性増悪、心不全、心臓外科周術期、抜管直後の患者を主な対象とした研究は除外した。2020年4月までの25のRCT(患者数3,804人)が収集され、原因疾患は64%のRCTで市中肺炎が最多であった。標準酸素療法と比較し、ヘルメットNIV(相対リスク[RR], 0.40)、フェイスマスクNIV(RR, 0.83)は死亡リスク低値と関連していた。気管挿管率もヘルメット NIV(RR, 0.26)、フェイスマスク NIV(RR, 0.76)、HFNC(RR, 0.76)でいずれも低値であった。  標準酸素療法と比べて、3つの非侵襲的酸素療法とも有用性が示された結果である。ヘルメットNIVはフェイスマスク NIVほど一般的ではないが、リークが少なく安定した呼気終末陽圧(PEEP)をかけることができ、肺胞のリクルートメントに寄与する可能性がある(2)。患者の忍容性も良く、顔面の皮膚損傷もないため比較的長期に使用できるという利点もある。フェイスマスクNIVはすでに多くのAHRFの病態で予後改善のエビデンスが蓄積されている(1)。HFNCは挿管率の低下のみ示されたが、これはNIVに比べ圧のサポートが不十分なことが影響していると思われる。  一方、非侵襲的酸素療法で粘りすぎ、いたずらに気管挿管のタイミングを遅らせることは危険である。一般的にデバイスを装着して30分から1時間で酸素化の改善、呼吸数の減少、呼吸苦の軽減などがみられなければ次の段階(HFNCならNIV、NIVなら気管挿管)を考慮すべきである。また呼吸努力の強い患者では、非侵襲的酸素療法に頼り自発呼吸で管理すると肺障害を増悪させる可能性があるので慎重な選択が求められる。PEEPを要さずPaCO2の貯留がない軽症のAHRFはHFNC、PEEPや吸気圧のサポートを要する中等症以上のAHRFはNIVを検討し、ヘルメット NIVが使用できる施設では積極的に選択する。そして反応が乏しい場合は機を逸せず気管挿管に移行する、というのが現段階での最良の介入であろう。 1. Rochwerg B, et al. Eur Respir J. 2017 Aug 31;50(2):1602426. 2. Patel BK, et al. JAMA. 2016 Jun 14;315(22):2435-2441.
米国成人の1日の歩数および歩行強度の死亡率との関連
米国成人の1日の歩数および歩行強度の死亡率との関連
Association of Daily Step Count and Step Intensity With Mortality Among US Adults JAMA. 2020 Mar 24;323(12):1151-1160. doi: 10.1001/jama.2020.1382. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】1日当たりの歩数と歩行強度が死亡率低下と関連があるか明らかになっていない。 【目的】歩数および歩行強度と死亡率の用量依存関係を明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】全米健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey)に参加し最長7日間、加速度計を装着した40歳以上の米国成人の代表標本(2003~2006年)。2015年12月まで死亡を確認した。 【曝露】加速度計で測定した1日当たりの歩数および3段階の強度測定(歩調の平均速度、30分間最大値、1分間最大値)。加速度計のデータは、調査開始から7日間に取得した測定値を基にした。 【主要転帰および評価項目】主要転帰は、全死因死亡とした。心血管疾患(CVD)および癌による死亡を副次転帰とした。3次スプラインと四分位分類を用いて年齢、性別、人種・民族、教育、食習慣、喫煙状況、BMI、自己申告の健康状態、運動制限および糖尿病、脳卒中、心疾患、心不全、癌、慢性気管支炎、肺気腫の診断で調整し、ハザード比(HR)、死亡率および95%信頼区間を推算した。 【結果】計4840例(平均年齢56.8歳、54%が女性、36%が肥満)が加速度計を平均5.7日間、1日平均14.4時間装着した。1日当たりの平均歩数は9124歩であった。追跡期間平均10.1年間で1165例が死亡し、そのうち406例がCVD死、283例が癌死であった。調整前の全死因死亡発生密度は、1日4000歩未満の655例で1000人年当たり76.7(死亡419例)、1日4000~7999歩の1727例で1000人年当たり21.4(死亡488例)、1日8000~11999歩の1539例で1000人年当たり6.9(死亡176例)、1日12000歩以上の919例で1000人年当たり4.8(死亡82例)だった。1日当たりの歩数4000歩と比べると1日当たりの歩数8000歩(HR 0.49、95%CI ~0.55)、12000歩(HR 0.35、95%CI 0.28~0.45)で全死因死亡が有意に低下した。歩調の30分間最大値別の調整前の全死因死亡発生密度は、18.5~56.0歩/分の1080例で1000人年当たり32.9(死亡406例)、56.1~69.2歩/分の1153例で1000人年当たり12.6(死亡207例)、69.3~82.8歩/分の1074例で1000人年当たり6.8(死亡124例)、82.9~149.5歩/分の1037例で1000人年当たり5.3(死亡108例)だった。1日当たりの総歩数で調整すると、歩行強度が上がっても死亡率の有意な低下は認められなかった(例:歩調の30分最大値最低四分位に対する最高四分位のHR 0.90、95%CI 0.65~1.27、傾向のP=0.34)。 【結論】米国成人の代表標本を基にすると、1日当たりの歩数が多いほど全死因死亡が有意に低下した。1日の総歩数で調整すると、歩行強度と死亡率に有意な関連はなかった。 第一人者の医師による解説 複雑な歩行強度より単純な歩数が有用 患者の運動指導に有用なエビデンス 石橋 由基/岡村 智教(教授) 慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 MMJ. October 2020; 16 (5):147 身体活動がさまざまな疾患を予防することはよく知られており、中でも歩行は広く取り入れられている。また単なる歩数ではなく、歩行強度と呼ばれる歩行速度に焦点を当てた研究も近年注目されており、歩行速度が死亡リスクの低下と関連しているとの報告もある(1)。しかしながら、どのくらいの歩行速度が良いのか、また歩数と歩行速度のどちらがより健康に資するのかは明らかになっていない。  本研究は、全米健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey)に参加し、2003~06年に加速度計(ActiGraph model 7164)を着用した40歳以上の成人を対象とし、1日あたりの歩数と歩行強度(歩行強度の評価には以下の3つの指標を用いた:歩調の平均速度[60歩 /分で2分以上の歩行での速度]、30分間最大値[peak30]、1分間最大値[peak1])と死亡率との間の用量反応関係を記述するために実施された。主要アウトカムは全死亡、副次アウトカムは、心血管疾患死とがん死とされた。補正前全死亡率は、1日の歩数が4,000歩未満の群で76.7/1,000人年、同4,000~7,999歩群で21.4/1,000人年、同8,000~11,999歩群で6.9/1,000人年、同12,000歩以上群で4.8/1,000人年であり、調整後も4,000歩 /日と比べて、8,000歩 /日と12,000歩 /日は全死亡率の有意な低下と関連していた。一方、peak30別にみた補正前全死亡率は歩行強度に従って低下傾向にあったが、総歩数/日で調整すると、歩行強度が増大しても死亡率の低下はみられなかった。これは他の歩行強度の指標でも同様の傾向であった。  本研究は加速度計の測定を加味した歩行強度に比べて、より単純に計測できる1日の歩数がより低い死亡率と関連していることを明らかにした点で新規性がある。日本でも「健康日本21」で、男女別に歩数の目標値が設定されている(2)。本研究は歩行強度という複雑な指標よりも日々の歩数という単純な指標が予後予測に有用であったことを示唆した点で、患者の運動指導にも有用なエビデンスになりうるだろう。 1. Studenski S et al. JAMA. 2011;305(1):50-58. 2. 厚生労働省 健康日本 21 目標値一覧 (https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/t2a.html)
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