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1990年から2017年における慢性腎疾患の世界的、地域的、および国家的負担:世界疾病負担研究2017のシスティマティック分析
Global, regional, and national burden of chronic kidney disease, 1990-2017: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2017
Lancet. 2020 Feb 29;395(10225):709-733. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30045-3. Epub 2020 Feb 13.
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上記論文の日本語要約
背景:
医療制度を計画する上で、慢性腎疾患(CKD)の疫学を注意深く評価する必要がありますが、CKDの罹患率と死亡率に関するデータは、多くの国で不足しているか、存在していません。私たちは、2017年の世界疾病負担、負傷、および危険因子研究について、CKDの世界的、地域的、および全国的な負担、ならびに腎機能障害に起因する心血管疾患および痛風の負担を推定しました。全てのステージのCKDの罹患率と死亡率を調べるためにCKDという用語を使用し、心血管疾患と痛風によるCKDの追加リスクを調べるために腎機能障害という用語を使用しました。
方法:
私たちが使用した主なデータソースは、公開された文献、人口動態登録システム、末期腎疾患登録、および世帯調査でした。CKD負担の推定値は、死因アンサンブルモデル(Cause of Death Ensemble model)とベイズのメタ回帰分析ツールを使用して算出されました。ここでは、発生率、有病率、障害のあった年数、死亡率、死亡年、および障害調整生命年(DALY)を組み込みました。腎機能障害に起因する心血管疾患と痛風による負担の割合の推定には、比較リスク評価アプローチを適用しました。
結果:
世界的に、2017年に120万人(95%の不確実性区間[UI] 120万~130万)がCKDで死亡しました。CKDによる世界の全年齢死亡率は、1990年から2017年の間に41.5%(95%UI 35.2~46.5)増加しましたが、年齢標準化死亡率に有意な変化は認められませんでした(2.8%、 -1.5~6.3)。 2017年には、全ステージのCKDで6億9,750万症例(95%UI 6億4,920万~7億5,200万)が記録され、世界的な有病率は9.1%(8.5~9.8)でした。CKDの世界的な全年齢有病率は、1990年以降29.3%(95%UI 26.4~32.6)増加しましたが、年齢標準化された有病率は横ばいでした(1.2%、-1.1から3.5)。CKDのDALYは、2017年に3,580万(95%UI 3,370万~3,800万)となり、糖尿病性腎症がほぼ3分の1を占めました。CKDの負担のほとんどは、社会人口統計指数(SDI)の五分位の下位3つに集中していました。いくつかの地域、特にオセアニア、サハラ以南のアフリカ、ラテンアメリカでは、CKDの負担は経済発展レベルから予想されるよりもはるかに高かったのに対し、サハラ以南の西、東、中央アフリカ、東アジア、南アジア、中央および東ヨーロッパ、オーストラリア、西ヨーロッパでは、負担は予想を下回っていました。心血管疾患関連では140万例(95%UI 120万~160万)の死亡と2,530万(2,220万~2,890万)の心血管疾患DALYが、腎機能障害に起因していると考えられました。
解釈:
腎疾患は、世界的な病的状態と死亡の直接的な原因として、そして心血管疾患の重要な危険因子として、健康に大きな影響を及ぼします。殆どのCKDは予防と治療が可能であり、特にSDIが低/中程度の地域では、グローバルヘルスポリシーの意思決定において、より大きな注意を払う必要があります。
研究資金:
Bill & Melinda Gates Foundation.
第一人者の医師による解説
一般の認知度は10%未満 世界的な認知度向上と早期発見体制の確立が必要
山縣 邦弘 筑波大学医学医療系腎臓内科学教授
MMJ. October 2020; 16 (5):140
慢性腎臓病(CKD)は末期慢性腎不全(ESKD)への進展だけでなく心血管死の重要な危険因子であることから、全世界的に疾病対策の重要性が唱えられてきた。本論文では、全世界で7億人以上が罹患し、年間120万人以上が死亡するCKDについて、障害調整生存年(DALYs)という指標から論じている。DALYsによる疾患の評価については、世界保健機関(WHO)のGlobal Burden of Disease (GBD)プロジェクトが指標として使用し、GBDでは現在133疾患について検討が進められている。CKDはGBD対象疾患における死因の12番目を占め、結核や後天性免疫不全症候群(AIDS)による死亡よりも多く、自動車事故死と同等とされている。近年世界的にESKD患者数が増加し、腎代替療法(透析や腎移植療法)を必要とする患者数が今後も増加すると予測されている。このことは先進国を中心に、国民所得が高い国々の集計結果をもとに検討されてきた。しかし近年では、発展途上国でも高血圧や糖尿病などによるCKD発症・進展リスクにさらされるようになり、ESKD患者数は全世界的に急速に増加している。毎年200万人以上の患者が新たに腎代替療法を開始しているものの、ほぼ同数の患者が腎代替療法を受けることができずに死亡してい
るという事実も知られている(1)。
本論文では腎代替療法導入やCKD罹患に伴う負担と、腎代替療法非導入を含めたCKDのために死亡することによる負担を合わせた数値指標であるDALYsを地球規模、地域別、国別に算出することによって、今後のCKD対策の方向性を検討した。過去27年間で、CKD患者の罹病率、死亡率とも有意に上昇しており、この理由として人口の高齢化や、糖尿病、高血圧といったCKD発症の危険因子保有者の増加が挙げられた。一方、人口の高齢化の影響を考慮した年齢標準変動率では、全世界でCKDによる人口あたりのDALYsは過去27年間で8.6%低下していたが、CKDにおけるこの低下は他の非感染性疾患(NCD)に比べ少なく、CKD対策が不十分であることを示していた。特に発展途上国を中心に経済的に困窮した地域では先進国に比べ15倍以上 DALYsが高い。このような中で一般人におけるCKDの認知度は先進国、発展途上国とも同様に10%未満で認知度が極めて低い。また早期のCKDを発見し、進行を抑制することは医療経済的にも有用性が証明されているものの、各国のCKDスクリーニング体制が不十分であり、CKDの早期発見、腎機能が高度に悪化する前での治療体制の確立が世界的に求められている。また透析や腎移植といった腎代替療法をどの国でも同等に実施できる施設面での整備を急ぐことも重要な課題として挙げられた。
1. Liyanage T, et al. Lancet. 2015;385(9981):1975-1982.