「MMJ - 五大医学誌の論文を著名医師が解説」の記事一覧

PCI後の心房細動に用いる2剤併用療法と3剤併用療法の比較 系統的レビューとメタ解析
PCI後の心房細動に用いる2剤併用療法と3剤併用療法の比較 系統的レビューとメタ解析
Dual Versus Triple Therapy for Atrial Fibrillation After Percutaneous Coronary Intervention: A Systematic Review and Meta-analysis Ann Intern Med . 2020 Apr 7;172(7):474-483. doi: 10.7326/M19-3763. Epub 2020 Mar 17. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後の非弁膜症性心房細動(AF)に用いる3剤併用療法(ビタミンK拮抗薬+アスピリン+P2Y12阻害薬)と比較した2剤併用療法(直接経口抗凝固薬[DOAC]+P2Y12阻害薬)の安全性と有効性は明らかになっていない。 【目的】PCI後のAFで、3剤併用療法と比較した2剤療法が出血と虚血性転帰にもたらす効果を明らかにすること。 【データ入手元】PubMed、EMBASE、Cochrane Library(開始から2019年12月31日まで)およびClinicalTrials.govの言語の制約なしの検索、医学雑誌のウェブサイト、文献一覧。 【試験の選択】PCI後のAF成人患者を対照に、2剤併用療法と3剤併用療法が出血、死亡率および虚血性事象にもたらす効果を比較した無作為化比較試験。 【データ抽出】独立した調査員2人がデータを要約し、根拠の質を評価し、根拠の質を等級付けした。 【データ合成】7953例を検討した試験4件を選択した。追跡期間中央値は1年、高度の根拠の質で、3剤併用療法と比べると、2剤併用療法で大出血のリスクが低下した(リスク差-0.013、95%CI -0.025--0.002)。低度の根拠の質で、3剤併用療法と比べると、2剤併用療法によって全死亡(同0.004、-0.010-0.017)、心血管死(同0.001、-0.011-0.013)、心筋梗塞(同0.003、同-0.010-0.017)、ステント血栓症(同0.003、-0.005-0.010)および脳卒中(同-0.003、-0.010-0.005)のリスクが低下した。この効果の信頼区間の上限値は2剤併用療法でのリスク上昇の可能性対応する。 【欠点】試験デザイン、DOAC用量およびP2Y12阻害薬の種類の異質性。 【結論】PCI後の成人AFで、2剤併用療法で3剤併用療法に比べて出血リスクが低下するが、死亡と虚血性事象のリスクにもたらす効果はいまだに明らかになっていない。 第一人者の医師による解説 血栓事象や死亡は不変だが 2剤併用療法選択のエビデンスは強固に 清末 有宏 東京大学医学部附属病院循環器内科助教 MMJ. December 2020;16(6):168 冠動脈ステント留置後のステント血栓症予防療法については、冠動脈ステントが実用化された1990年ごろから現在まで実に30年来の議論が続いており、いまだ最終結論にたどり着いていない。その主な理由としては、次々と新しい冠動脈ステント(金属ステント→第1~3世代薬剤溶出性ステント)および抗血栓薬が登場していることが推察される。また日本では経皮的冠動脈形成術(PCI)施行患者の高齢化が進み、心房細動(AF)合併率が上昇していることも抗血栓療法を取り巻く状況をさらに複雑化している。PCI施行患者レジストリーのCREDO-Kyotoで は8.3%にAFの合併が(1)、心房細動患者レジストリーのJ-RHYTHMでは10.1%に冠動脈疾患の合併が報告されており(2)、合併率は年々上昇していると考えられる。AF合併患者においてはPCI後に標準的な抗血小板療法に、AFに標準的な抗凝固療法を加えた適切な抗血栓療法を考える必要があり、一部効果がオーバーラップするため、その併用はそれぞれの単独療法とは別途検討が必要になる。  本論文はこのような背景の下、AF合併のPCI施行患者について、近年非弁膜症性AFに標準的に用いられるようになった直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)にP2Y12阻害薬のみを併用する2剤併用療法と、古典的にワルファリンに抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)、つまりアスピリンとP2Y12阻害薬を併用する3剤併用療法を比較して、出血事象、血栓事象、死亡のそれぞれをメタアナリシスで検討している。最終的に選定された解析対象は、現在日本で発売されている4種のDOACのそれぞれの主要大規模ランダム化対照試験であるPIONEER AF-PCI、RE-DUAL PCI、AUGUSTUS、ENTRUST-AF PCIの4試験であった。結果として、2剤併用療法の選択により統計学的有意な出血事象の減少を認め、血栓事象および死亡は有意差を認めなかった。これはRE-DUAL PCIとAUGUSTUSのそれぞれの単独試験と全く同じ結果であり、残りのPIONEER AF-PCIとENTRUST-AF PCIでも同様の傾向であった。研究の限界として各試験のDOAC投与量や投与方法の不均一性が指摘されており、それに対する統計解析方法における既報との細かい差異などが述べられているが、実臨床家の治療方針選択行動に大きく影響する内容ではないと考える。  以上の結果を踏まえ、DOAC各単独試験の結果を踏まえ、すでに各国ガイドラインで採用されている2剤併用療法の優越性が本論文によって強化されたと言え、筆者は実臨床家が2剤併用療法を選択する際のエビデンスがより強固なものとなったと考える。 1. Goto K, et al. Am J Cardiol. 2014;114(1):70-78. 2. Atarashi H, et al. Circ J. 2011;75(6):1328-1333.
21の高所得国、中所得国および低所得国の15万5722例の修正可能な危険因子、心血管疾患および死亡率(PURE研究) 前向きコホート研究
21の高所得国、中所得国および低所得国の15万5722例の修正可能な危険因子、心血管疾患および死亡率(PURE研究) 前向きコホート研究
Modifiable risk factors, cardiovascular disease, and mortality in 155 722 individuals from 21 high-income, middle-income, and low-income countries (PURE): a prospective cohort study Lancet . 2020 Mar 7;395(10226):795-808. doi: 10.1016/S0140-6736(19)32008-2. Epub 2019 Sep 3. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】世界で共通の修正可能な危険因子が心血管疾患と死亡率に及ぼす作用の推定の大部分が、異なる方法を用いた別々の研究データに基づいている。Prospective Urban Rural Epidemiology(PURE)研究は、経済水準で層別化した21カ国(5大陸)で、修正可能な危険因子が心血管疾患および死亡率に及ぼす作用を前向きに測定するのにほぼ同じ方法を用いてこの欠点を克服している。 【方法】この国際共同前向きコホート研究では、高所得国(HIC)、中所得国(MIC)および低所得国(LIC)21カ国から登録した、心血管疾患の既往歴がない参加者15万5722例を対象に、14の修正可能な危険因子と死亡率・心血管疾患の関連を調査した。この論文の主要評価項目は、心血管疾患事象(心血管死、心筋梗塞、脳卒中および心不全と定義)および死亡率とした。有病率、ハザード比(HR)および行動因子クラスター(喫煙週間、血圧、アルコール、食事法、運動および塩分摂取など)、代謝因子(脂質、血圧、糖尿病、肥満など)、社会経済的および心理社会的因子(教育、うつ症状など)、握力、家庭内および環境汚染と関連を示す心血管疾患と死亡率の人口寄与割合(PAF)を明らかにした。多変量Coxフレイルティモデルを用いて危険因子と転帰の関連を証明し、コホート全体ではPAFを用いて、このほか国の所得水準別の分類別でこの関連を明らかにした。 【結果】2005年1月6日から2016年12月4日野間に、15万5722例を組み入れ、追跡子て危険因子を測定した。1万7249例(11.1%)がHIC、10万2680例(65.9%)がMIC、3万5793例(23.0%)がLICから組み入れた参加者であった。試験全体の対象者でみた心血管疾患と死亡の約70%が修正可能な危険因子によるものであった。代謝因子が心血管疾患の最も大きな危険因子(PAFの41.2%)で、高血圧が最大であった(PAFの22.3%)。クラスターとして、行動危険因子のほとんどが死亡の寄与因子(PAFの26.3%)であったが、最も大きな危険因子は低学歴であった(PAFの12.5%)。大気汚染に心血管疾患のPAFの13.9%との関連が見られたが、この解析では異なる統計手法を用いた。MICとLICで、家庭内空気汚染、質の悪い食生活およぎ低握力がHICよりも心血管疾患および死亡率に大きな作用を及ぼしていた。 【解釈】ほとんどの心血管疾患と死亡が数少ない共通の修正可能な危険因子によるものであった。世界の広範囲にわたって影響を及ぼす因子(高血圧、学歴など)がある一方で、国の経済水準によって異なる因子(家庭内空気汚染、質の悪い食生活)もあった。健康政策には、世界的に心血管疾患や死亡率を回避するのに最も大きな効果がある危険因子に焦点を当て、さらに、特定の国に大きな重要性がある危険因子に力を入れるべきである。 第一人者の医師による解説 低所得国では教育年数や大気汚染の影響大 日本への適用には注意 山岸 良匡筑波大学医学医療系社会健康医学教授・茨城県西部メディカルセンター/磯 博康 大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学教授 MMJ. December 2020;16(6):180 本論文のPURE研究は、21カ国の一般集団において、14の介入可能な循環器危険因子について、循環器病や全死亡との関連および寄与リスクを示すことを目的としている。従来、このようなテーマについては各国で別々の手法を用いたコホート研究が行われてきたが、本研究は、21カ国で統一した手法で行ったことを1つの売りとして、特にそれらの関連や寄与危険度が国の富裕度(所得)で異なるか、という点に焦点を当てている。  実際、14の危険因子は、国の富裕度によって分布が大きく異なることが示された。論文では危険因子の関連の強さの比較について(行動関連危険因子では喫煙が最も関連が強いなどといった)議論がなされているが、これについては危険因子の定義によって結果が異なる可能性に留意する必要がある。それよりも、それらの関連の強さが国の富裕度によって異なることを示した点が本研究の重要な知見と言える。例えば全死亡について、高所得国では喫煙との関連が強いのに対し、低所得国ではアルコールや教育年数との関連が強い、などである。寄与リスクの観点からは、循環器病の71%が介入可能な危険因子によるものであり、その割合は低所得国の方が高い、すなわち介入の余地が大きいことが示されている。そのほか、循環器病、心筋梗塞、脳卒中ごとの各危険因子の寄与の違いや、それらの国の富裕度による違い(低所得国では教育年数、食事、家庭レベルの大気汚染の影響が大きい)など、興味深い知見が得られている。  公衆衛生学的には興味深い論文であるが、日本人の読者にとって注意が必要なのは今回の参加国である。例えば、本研究の高所得国(カナダ、サウジアラビア、スウェーデン、アラブ首長国連邦)には米国や西欧諸国は含まれていない。東アジアでは中国が中所得国として含まれているが、日本や韓国、台湾、シンガポールなどは含まれていない(このため、食塩摂取量は中国が含まれる中所得国で最も高い)。したがって、本研究の特記すべき成果は、グローバルに共通する強力な危険因子(高血圧、喫煙、食事など)と、国の富裕度により寄与が異なる危険因子(教育年数や大気汚染など)の存在を示したことといえる。日本では、PUREの各国とは、危険因子の分布だけでなく疾病構造(欧米と比較して脳卒中が多く心筋梗塞が少ない)も異なる(1)ことを念頭に置く必要があり、わが国のことは自国のデータで論じる必要がある。日本にも同様に危険因子の寄与リスクを算出した研究(2)があり、喫煙と高血圧の寄与が大きいことが示されているが、より最近のデータを用いてPUREの結果と対比することが有用であろう。 1. Brunner E, et al. (Ed) Health in Japan: Social Epidemiology of Japan since the 1964 Tokyo Olympics. Oxford University Press 2020. 2. Ikeda N, et al. Lancet. 2011;378(9796):1094-1105.
成人の体重および心血管危険因子減少に用いる14の人気名称付き食事法の主要栄養素の比率の比較 無作為化試験の系統的レビュートネットワークメタ解析
成人の体重および心血管危険因子減少に用いる14の人気名称付き食事法の主要栄養素の比率の比較 無作為化試験の系統的レビュートネットワークメタ解析
Comparison of dietary macronutrient patterns of 14 popular named dietary programmes for weight and cardiovascular risk factor reduction in adults: systematic review and network meta-analysis of randomised trials BMJ. 2020 Apr 1;369:m696. doi: 10.1136/bmj.m696. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】主要栄養素の比率と人気のある名称付き食事法による過体重または肥満の成人の体重減少および心血管危険因子改善効果でみた相対的有効性を明らかにすること。 【デザイン】無作為化試験の系統的レビューとネットワークメタ解析 【データ入手元】開始から2018年9月までのMedline、Embase、CINAHL、AMEDおよびCENTRAL、適格とした試験の文献一覧および関連レビュー。 【試験選択】過体重(BMI 25-19)および肥満(BMI 30以上)の成人を組み入れ人気のある名称付き食事法または代替食を検討した無作為化試験。 【評価項目】追跡6カ月時、12カ月時のBMI、LDLコレステロール値、HDLコレステロール値、収縮期血圧、拡張期血圧およびCRPの変化量。 【レビュー方法】2人のレビュアーが別々に試験参加者、介入および転帰に関するデータを抽出し、GRADE(grading of recommendations, assessment, development, and evaluation)を用いてリスクバイアス、根拠の質を評価した。ベイジアンフレームワークを用いたランダム効果ネットワークメタ解析で、食事法の相対的有効性を推定した。 【結果】2万1942例を検討した適格試験121件を対象とし、全体で14の名称付き食事法と3通りの対照の食事法を報告していた。通常の食事法と比較すると、低炭水化物食と低脂肪食に6カ月時の体重減少(4.63 vs. 4.37kg、いずれの中等度の確実性)、収縮期血圧(5.14mmHg、中等度の確実性 vs. 5.05mmHg、低度の確実性および拡張期血圧(3.21 vs. 2.85mm Hg、いずれも低度の確実性)の減少に同等の効果があった。中等度の主要栄養素食でわずかな体重と血圧の減少が見られた。低炭水化物食は、低脂肪食および中等度の主要栄養素よりもLDLコレステロール値低下効果がわずかに低かった(それぞれ1.01mg/dL、低度の確実性 vs. 7.08 mg/dL、中等度の確実性 vs. 5.22mg/dL、中等度の確実性)が、HDLコレステロール値が上昇し(2.31mg/dL、低度の確実性)、低脂肪食(-1.88mg/dL、中等度の確実性)と中等度の主要栄養素食(-0.89 mg/dL、中等度の確実性)ではこの上昇が見られなかった。人気のある名称付き食事法の中で、通常の食事法と比べて6カ月時の体重減少と血圧低下に最も大きな効果があったのは、アトキンスダイエット(体重5.5kg、収縮期血圧5.1mmHg、拡張期血圧3.3mmHG)、DASH食(3.6kg、4.7mmHg、2.9mmHg)およびゾーンダイエット(4.1kg、3.5mmHg、2.3mmHg)であった(いずれも中等度の確実性)。6カ月時のHDLコレステロール値とCRP値が改善した食事法はなかった。全体で、主要栄養素の比率と人気のある名称付き食事法いずれも12カ月時に体重減少効果が低下し、いずれの介入による心血管危険因子改善にもたらす便益は、地中海食を除いて、実質的に消失した。 【結論】中等度の確実性から、ほとんどの主要栄養素ダイエットで、6カ月間にわたり、中等度の体重減少と心血管危険因子、特に血圧の大幅な改善が示された。12カ月時、体重減少と心血管危険因子改善の効果はほとんど消失した。 第一人者の医師による解説 6カ月程度の短期なら 各自の食事様式に合った食事療法を選択して問題ない 柳川 達生 練馬総合病院院長 MMJ. December 2020;16(6):179 過体重・肥満者の心血管疾患予防の観点からさまざまな食事療法プログラムの効果が検討されている。従来のメタアナリシスでは2つの食事療法を比較しており、多様なプログラム間の比較は行われていない。本論文では、系統的レビューとネットワークメタアナリシスの手法を用いて、14の食事療法の効果が比較・評価された。エビデンスの質はGrades of Recommendation, Assessment,Development, and Evaluation(GRADE)により評価された。14の名称付き食事療法が3大栄養素の比率で以下の3つに分類された:(1)炭水化物40%以下の低炭水化物(LC食:AtkinsやZoneなど)(2)脂質20%以下の低脂肪食(LF食:Ornishなど)(3)中等度の栄養素(Moderate macronutrients[MN]食:DASHや地中海食など)。パレオダイエット(paleolithic diet)(1)は報告(2試験)の栄養組成に基づきそれぞれMN食とLC食に分類された。  解析対象は121件のランダム化試験、患者は過体重(体格指数[BMI], 25~29未満)または肥満(BMI 30以上)の21,942人(平均年齢49歳、女性69%)、介入期間中央値26週であった。結果、通常の食事と比較し、LC食とLF食は6カ月では体重減少(4.63 対 4.37 kg)、収縮期血圧の低下(5.14 対 5.05 mmHg)で同等の効果を認めた。MN食の効果はLC食とLF食よりも効果は小さかったが、低比重リポ蛋白(LDL)の低下は大きかった。しかし、いずれも12カ月以降は効果が低減し、食事療法間の差はなくなった。名称付き食事療法のうち、Atkins(LC食)とCraig(MN食)が最も減量に効果があり、パレオダイエットが収縮期血圧、Atkinsが拡張期血圧、地中海食がLDL低下に有効であった。血圧と脂質で若干の差がみられた食事療法もあるが、12カ月以降は差が減少し無視できるほどになった。  今回の結果を解釈するにあたり、ネットワークメタアナリシスとはいえバイアスの問題など限界があることに留意が必要だ。長期の観察データが少ないことも有効性の証明ができなかった要因である。また多くの研究では食事遵守のデータがなく、食事療法不遵守は効果を減弱させる原因となりうる。  現時点では“各自の食事様式に合った食事療法を選択”という結論にして良いだろうか? 少なくとも6カ月といった短期では問題ない。ただ最終エンドポイントである心血管疾患発症の抑制は地中海食(2)以外ではほとんど検証されていない。減量に至り心血管危険因子が低減しても、疾患の発症が抑制される証明にはならない。今後の検討課題である。 1. Challa HJ, et al. In: StatPearls. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2020. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK482457/ 2. 柳川達生 . 月刊糖尿病 .2019; 11(5):6-11.
メタボリック症候群のエネルギーを制限した地中海食遵守に栄養および行動への介入がもたらす効果 PREDIMED-Plus無作為化試験の中間解析
メタボリック症候群のエネルギーを制限した地中海食遵守に栄養および行動への介入がもたらす効果 PREDIMED-Plus無作為化試験の中間解析
Effect of a Nutritional and Behavioral Intervention on Energy-Reduced Mediterranean Diet Adherence Among Patients With Metabolic Syndrome: Interim Analysis of the PREDIMED-Plus Randomized Clinical Trial JAMA . 2019 Oct 15;322(15):1486-1499. doi: 10.1001/jama.2019.14630. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】質の高い食習慣によって慢性疾患を予防することができるが、栄養および行動への介入が食習慣にもたらす効果を検討した無作為化試験のデータはほとんどない。 【目的】食事の質に関する栄養と運動の教育プログラムの効果を評価すること。 【デザイン、設定および参加者】進行中の無作為化試験の予備的探索的中間解析。スペインの研究センター23施設で、2013年3月から2016年21月にかけて、メタボリック症候群があり心血管疾患がない55-75歳の男女6874例を組み入れ、2019年3月に最終データを収集した。 【介入】参加者をエネルギーを制限した地中海食を推奨し、運動を促進し、行動支援を提供する介入群(3406例)とエネルギーを制限しない地中海食を推奨する対照群(3468例)に無作為に割り付けた。全例にエクストラバージンオリーブオイル(1カ月当たり1L)とナッツ(1カ月当たり125g)を無料で至急した。 【主要評価項目】主要評価項目は、エネルギーを制限した地中海食(er-MedDiet)スコアの12カ月間の変化(範囲0-17点、スコアが高いほど遵守度が高いことを示す、最小重要差1ポイント)。 【結果】無作為化した参加者6874例(平均年齢[SD]65.0[4.9]歳、3406例[52%]が男性)、6583例(96%)が12カ月間の追跡を完遂し、主要解析の対象とした。平均(SD)er-MedDietスコアは、介入群で追跡開始時8.5(2.6)点、12カ月時13.2(2.7)点(4.7点増加、95%CI 4.6-4.8)、対照群で8.6(2.7)点と11.1(2.8)点(2.5点増加、95%CI 2.3-2.6)であった(群間差2.2点、95%CI 2.1-2.4点、P<0.001) 【結論および意義】この進行中の試験の予備的解析では、エネルギーを制限した地中海食と運動を推奨する介入によって、エネルギーを制限しない地中海食に従う助言のみの対照と比べて、12カ月後の食事法遵守率が優位に上昇した。長期的な心血管にもたらす作用を詳細に評価する必要がある。 第一人者の医師による解説 エネルギー制限か、丁寧な個別介入による効果かは判断し難い 武見 ゆかり 女子栄養大学栄養学部食生態学研究室教授 MMJ. December 2020;16(6):178 地中海食は、循環器疾患、がん、糖尿病などの生活習慣病との関連で、“健康食”として世界中で高い評価を得ている。地中海食の遵守度は、もともとは9項目のMediterranean Diet Score(MDS)により判定され、さらに調理法などの観点を加えた14項目のMediterranean Diet Adherence Screener(MEDAS)も使われてきた。本研究ではこれらに加え、エネルギー制限を伴う17項目の17 -item energy-reduced Mediterranean diet(er-MedDiet)スコアを用いて、スペインのメタボリックシンドロームに該当する55~75歳の男女6,874人を対象とした無作為化対照試験の1年後の中間評価が行われた。  介入群には約600kcal/日減のエネルギー制限を伴う地中海食と身体活動の支援が行われ、対照群には伝統的な地中海食が推奨された。介入群には、赤身肉・加工肉、バター・マーガリン・クリーム、甘い炭酸飲料の厳しい制限、飲み物に砂糖を加えないこと、精製された穀類ではなく全粒穀類の摂取が推奨された。er-MedDietの項目は、MEDASの14項目(摂取推奨の項目:主たる調理油としてオリーブオイルの使用、野菜、果物、豆類、魚、ナッツ類の摂取、sofrito[トマト、にんにく、玉ねぎなどをオリーブオイルで炒めたスペイン料理の基本ソース]の使用、赤身肉より鶏肉・七面鳥肉を好むか、ワイン。摂取を控えるべき項目:赤身肉・加工肉、バター・マーガリン・クリーム、甘い炭酸飲料、市販の菓子パンや菓子類)に加え、全粒穀類の摂取、飲み物への砂糖添加の制限、精製された白パン・パスタ・米の摂取を控えることが追加されている。  1年後の評価では、介入群は対照群に比べ、これらすべての食事評価スコアが有意に高くなり介入効果がみられた。また、体重、腹囲、BMI、総コレステロール、HDLコレステロール、血圧などの循環器系危険因子も有意に改善した。  著者らは、本試験の目的を、エネルギー制限を伴う地中海食と伴わない伝統的な地中海食の介入効果の比較としているが、実際には、介入の支援方法もかなり異なる。介入群は、具体的な減量目標を設定し、食事内容だけでなく身体活動の促進も推奨された。一方、対照群は、エネルギー制限のない伝統的な地中海食にそった食事を推奨された。さらに、介入群は1年間、集団学習、動機づけ面接による支援、毎月1回の電話支援を受けたのに対し、対照群は年に2回だけ個人指導、集団指導、電話を受けた。  エネルギー制限を伴う地中海食の推奨だから効果があるのか、具体的な減量目標を設定した上で丁寧な介入を行ったことによる効果なのかは判断し難い。本報告は大規模介入試験の中間解析とのことなので、最終結果を注視していく必要がある。
慢性疾患がある高齢者のポリファーマシーを減らす電子意思決定支援ツールの使用 クラスター無作為化比較試験
慢性疾患がある高齢者のポリファーマシーを減らす電子意思決定支援ツールの使用 クラスター無作為化比較試験
Use of an electronic decision support tool to reduce polypharmacy in elderly people with chronic diseases: cluster randomised controlled trial BMJ . 2020 Jun 18;369:m1822. doi: 10.1136/bmj.m1822. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】慢性疾患高齢者を対象とした包括的な薬剤処方見直しのための電子化意思決定支援ツールの効果を評価すること。 【デザイン】多施設共同実用的クラスター無作為化比較試験。 【設定】オーストリア、ドイツ、イタリアおよび英国の一般診療所359施設。 【参加者】一般診療医が組み入れた、定期的に8種類以上の薬剤を服用している75歳以上の高齢者3904例 【介入】一般診療医がふさわしくない可能性のある薬剤や根拠のない薬剤を減薬することを支援するべく新たに開発した、包括的な処方の見直しを組み込んだ電子意思決定支援ツール。医師を電子意思決定支援ツール使用群と通常通りの治療提供群に無作為に割り付けた。 【主要評価項目】主要評価項目は、24カ月以内の予期せぬ入院または死亡とした。主要副次評価項目は、薬剤数の減少とした。 【結果】2015年1月から10月の間に3904例を組み入れた。181施設、1953例を電子意思決定支援ツール(介入群)、178施設と1951例を通常通りの治療(対照群)に割り付けた。主要評価項目(24カ月以内の予期せぬ入院または死亡の複合)は、介入群の871例(44.6%)、対照群の944例(48.4%)に発生した。intention-to-treat解析で、複合転帰のオッズ比は0.88(95%CI 0.73-1.07、P=0.19、1953例中997例vs. 1951例中1055例)であった。手順に従って受診した参加者に絞った解析で、差から介入群の優位性が示された(オッズ比0.82、95%CI 0.68-0.981、1682例中774例vs. 1712例中873例、P=0.03)。24カ月までに、介入群の処方薬数の方が対照群よりも低下していた(調整前の平均変化量-0.42 vs. 0.06、調整後平均差-0.45、95%CI -0.63--0.26、P<0.001)。 【結論】intention-to-treat解析で、ポリファーマシーの高齢者で包括的に薬剤処方を見直す電子化した意思決定支援ツールが24カ月以内の予期せぬ入院または死亡の複合にもたらす決定的な効果は示されなかった。しかし、患者の転帰が悪化することなく、減薬に成功した。 第一人者の医師による解説 日本ではまずかかりつけ医による 一元管理の推進が必要 秋下 雅弘 東京大学大学院医学系研究科老年病学教授 MMJ. December 2020;16(6):176 「“ポリファーマシー”は、単に服用する薬剤数が多いのみならず、それに関連して薬物有害事象のリスク増加、服用過誤、服薬アドヒアランス低下等の問題につながる状態」と、厚生労働省による「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」(1)は定義している。また、患者の病態、生活、環境により適正処方も変化するとしており、一律な減薬(deprescribing)ではなく、総合的な視点から処方見直し(medication review)を行う必要性を強調している。  本研究は、まさにそのような目的で作成された電子処方支援ツールを用いて、欧州4カ国の診療所医師359人と、その75歳以上の患者(8種類以上の薬剤服用)およそ4,000人を対象に行われたクラスターランダム化比較試験である。1次アウトカムの予期せぬ入院または2年以内の死亡についてintention-to-treat解析では有意差がなかった。  ただし、プロトコールに従って診療所に通った患者を対象としたper-protocol解析では有意差があり、生存曲線で両群間の差が開きつつある時点で試験が終了していることから考えると、本ツールの有用性を示唆する結果と言える。何より、薬剤数は介入群で対照群に比べて有意に減少していたが、それが有害な転帰につながらなかったこと、つまり本ツールをプライマリケアの現場で用いても安全に処方見直しと減薬がなされたことに意義がある。  ポリファーマシーは、上述したように不適正な処方状態を指し、それ自体医療の質に関わる問題である。実際に、高齢者では薬剤に起因すると思われるふらつき・転倒や認知機能低下などの老年症候群(薬剤起因性老年症候群)をしばしば認める。また、残薬として無駄になる薬剤費だけで最低でも年間数百億円と日本では推計されており、薬物有害事象に要する医療費を加えると、医療経済的にも大問題である。  ポリファーマシー対策は、診療報酬でも次々と取り上げられるなど施策上の手は打たれているが、期待どおりの効果はみられない。医師・薬剤師間など職種間の連携不足や受療者側の処方に対する意識も課題だが、多病と複数診療科受診がポリファーマシーの主因であり、まずはかかりつけ医による一元管理を推進することが肝要だと考えられる。その上での処方支援ツールであり、電子ツールの活用である。本研究の成果を日本の医療に還元するには、まだいくつものハードルがあると言える。 1. 「高齢者の医薬品適正使用の指針(各論編[療養環境別])」(厚生労働省 2018 年 5 月発行) https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/kourei-tekisei_web.pdf
サイトメガロウィルス血清陽性ドナーから肝移植を受ける血清陰性レシピエントに用いる先制治療と予防投与の効果 無作為化臨床試験
サイトメガロウィルス血清陽性ドナーから肝移植を受ける血清陰性レシピエントに用いる先制治療と予防投与の効果 無作為化臨床試験
Effect of Preemptive Therapy vs Antiviral Prophylaxis on Cytomegalovirus Disease in Seronegative Liver Transplant Recipients With Seropositive Donors: A Randomized Clinical Trial JAMA . 2020 Apr 14;323(14):1378-1387. doi: 10.1001/jama.2020.3138. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】サイトメガロウィルス(CMV)血清陽性ドナーから肝移植を受ける高リスク血清陰性レシピエントに用いる抗ウイルス薬を予防投与しても、高い確率で予防投与後にCMV感染症が発生する。代替アプローチに先制治療(検査で検出した早期無症候性CMV血症に抗ウイルス薬投与を開始)があるが、この状態の患者で抗ウイルス薬予防投与と直接比較したことがない。 【目的】CMV血清陽性ドナーから肝移植を受ける血清陰性レシピエントのCMV感染症予防に用いる先制治療と抗ウイルス薬予防投与を比較すること。 【デザイン、設定および参加者】CMV血清陽性ドナーから肝移植を受ける18歳以上の血清陰性レシピエント205例を対象に、先制治療と抗ウイルス薬予防投与を比較する無作為化臨床試験。試験は、米国の大学病院移植センター6施設で、2012年10月から2017年6月にかけて実施し、2018年6月に最終追跡を完了した。 【介入】被験者を、100日間の間に週1回の血清CMV PCR検査で検出したウイルス血症に対して先制治療(バルガンシクロビル900mg、1日2回、1週間空けた検査で2回連続陰性が出るまで投与)を実施するグループと、予防投与としてバルガンシクロビル900mgを1日1回100日間投与するグループ(105例)に1体1の割合で無作為に割り付けた。 【主要評価項目】主要評価項目は、12カ月以内のCMV症候群(CMV血症および臨床的または検査的所見)と定義したCMV感染症の発症率または末端器官疾患とした。急性移植片拒絶反応、日和見感染、移植片および患者生存、好中球減少症を副次評価項目とした。 【結果】無作為化した205例(平均年齢55歳、62例[30%]が女性)のうち全205例(100%)が試験を完遂した。CMV感染症の発症率は、先制治療群の方が抗ウイルス薬予防投与群よりも有意に低かった(9% vs. 19%、差10%、95%CI 0.5-19.6%、P=0.04)。先制治療と予防投与の移植片拒絶反応の発生率(28% vs 25%、差3%、95%CI -9-15%)、日和見感染(25%vs. 27%、同2%、-14-10%)、移植片機能喪失(2% vs. 2%、同1%未満、-4-4%)および好中球減少症(13% vs. 10%、同3%、-5-12%)に有意差はなかった。最終追跡時の全死因死亡率は先制治療群15%、抗ウイルス薬予防投与群19%であった(同4%、95%CI -14-6%、P=0.46)。 【結論および意義】CMV血清陽性ドナーから肝移植を受ける血清陰性レシピエントで、先制治療は抗ウイルス薬予防投与群と比べて、12カ月間のCMV感染症発症率が低かった。この知見を再現し、長期的転帰を評価する詳細な研究が必要とされる。 第一人者の医師による解説 先制治療の優位性はCMV特異的免疫の誘導効率に依存するかもしれない 宮木 陽輔 東海大学医学部医学科/野田 敏司 東海大学医学部生体防御学領域講師 MMJ. December 2020;16(6):174 ヒトサイトメガロウイルス(CMV)は免疫不全患者や免疫抑制状態にある人において日和見感染症を起こすことが知られている。特にCMV陽性ドナーからCMV陰性レシピエントへの臓器移植では、その発症が患者の予後に多大なる影響を及ぼすため、CMV感染症のコントロールが大きな課題となっている。  現在、肝移植後のCMV感染症の管理には、先制治療(preemptive therapy)と予防投与(antiviral prophylaxis)が用いられている。前者では、介入期間100日において、1週間ごとにCMV PCR検査を行い、CMVが検出された場合、経口抗ウイルス薬のバルガンシクロビル 900mgを1日2回投与する。その後の検査で2回連続のCMV陰性結果が得られた場合、投薬を終了し、通常のモニタリングに戻る。後者では、同100日において、定期的なPCR検査を実施することなく、バルガンシクロビル 900mgを1日1回投与することを骨子とする。ところが、肝移植後のCMV感染症発生抑制にいずれが優位であるのか、従前まで、十分な症例数を用いたランダム化比較試験は行われてこなかった。  本研究では、米国の6つの大学における移植センターの患者(計205人)を対象にランダム化比較試験を実施し、これら両戦略の優位性の判定、加えて当該優位性獲得における免疫学的考察がなされた。結果、主要アウトカムである移植後12カ月までのCMV感染症は、先制治療群(100人)の方が予防投与群(105人)と比較し、その発生率を有意に抑制した(9% 対 19%;P=0.04)。移植後100日目以降の副次アウトカム(遅発 CMV感染症の発生率)でも、先制治療群が予防投与群よりも良好な成績を示した(6% 対 17%;P=0.01)。  前出のアウトカムが得られたメカニズムを、免疫病理学的に考察するにあたり、著者らはCMV特異的 T細胞と中和抗体に注目した。前者の細胞数では、先制治療群が予防投与群を有意に上回った(CD8+, P<0.001)。後者に関しては、予防投与群に比べ、抗体保有者が先制治療群に多く認められた(P=0.04)。これらの結果から、両群間の成績相違をもたらした機序の1つに、CMV特異的免疫の効率的動員が挙げられるのではないか、と著者らは示唆している。  以上、肝移植におけるCMV感染症のリスク低減には、先制治療が予防投与に比べ優位であるとする初めての知見が得られた。今後、本研究の再現性と長期アウトカムをより詳細に評価することが強く期待される。
変形性膝関節症患者の疼痛に生体力学を応用した靴がもたらす効果 BIOTOK無作為化臨床試験
変形性膝関節症患者の疼痛に生体力学を応用した靴がもたらす効果 BIOTOK無作為化臨床試験
Effect of Biomechanical Footwear on Knee Pain in People With Knee Osteoarthritis: The BIOTOK Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 May 12;323(18):1802-1812. doi: 10.1001/jama.2020.3565. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】症候性変形性膝関節症患者の疼痛や身体機能が、生体力学を用いて個別に調整した靴で改善すると思われるが、この治療の便益が明らかになっていない。 【目的】生体力学を応用した靴の効果を追跡期間24週間にわたって対照の靴と比較すること。 【デザイン、設定および参加者】スイスの大学病院で実施した無作為化臨床試験。2015年4月20日から2017年1月10日の間に症状があり、レントゲンで確認された変形性膝関節症患者220例を組み入れた。最後の被験者の受診は2017年8月15日であった。 【介入】被験者を、靴底に個別調整が可能な凸面ポッドを付けた生体力学を応用した靴を履くグループ(111例)と、靴底にポッドは付いているが、調整不可能で靴裏の表面が凸面にならない対照の靴(109例)を履くグループに無作為に割り付けた。 【評価項目】主要評価項目は、WOMAC標準化疼痛スコア(0点[症状なし]から10点[きわめて重い症状]の範囲)で判定した24週時の膝痛とした。副次評価項目は、24週時のWOMAC身体機能とこわばりのスコアおよびWOMAC全般スコア(いずれも0点[症状なし]から10点[きわめて症状が重い]の範囲)および重度有害事象とした。 【結果】無作為化した参加者220例(平均年齢65.2歳[SD 9.3歳]、104例[47.3%]が女性)のうち、219例が割り付けた治療を受け、213例(96.8%)が追跡を完了した。24週時、平均標準化WOMAC疼痛スコアは生体力学応用靴群で4.3点から1.3点、対照靴群で4.0点から2.6点に改善した(24週時のスコア群間差-1.3、95%CI -1.8--0.9、P<0.001)。この結果は、24週時のWOMAC身体機能スコア(群間差-1.1、95%CI -1.5--0.7)、WOMACこわばりスコア(同-1.4、95%CI -1.9--0.9)およびWOMAC全般スコア(同-1.2、95%CI -1.6--0.8)でも一致していた。有害事象が、生体力学応用靴群で3件、対照靴群で9件発生した(2.7% vs. 8.3%)が、いずれも治療によるものではなかった。 【結論および意義】変形性関節症の膝痛がある患者で、生体力学を応用した靴を使用すると、対照の靴を比較して24週時の疼痛が統計的有意差をもって改善したが、その臨床的意義は明らかになっていない。この機器の臨床的価値について結論に達する前に、長期的な有効性と安全性に加えて、複製についても、詳細な研究で評価する必要がある。 第一人者の医師による解説 不安定な靴底で神経筋コントロール改善 長期的な有効性、安全性の検証が必要 武冨 修治 東京大学大学院医学系研究科整形外科学講師 MMJ. December 2020;16(6):173 膝が痛い高齢者は非常に多く、その原因の大部分は変形性膝関節症(膝OA)である。日本における画像的な膝OA患者は約2590万人、有症状者に限っても約800万人と推計されている(1)。膝OAの治療は体重減量、運動療法、生活様式の変更などの非薬物療法、非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)の内服・外用やヒアルロン酸製剤の関節内注射などの薬物療法、これらの治療に抵抗性の場合は膝関節周囲骨切り術や人工膝関節置換術などの外科的治療が行われる。靴に関しては靴の中敷きである足底板の使用によって疼痛の緩和、歩行能力の改善が得られることが知られ、非薬物療法の1つとして広く行われている。  本論文で取り上げられている生体力学を応用した靴によるAPOS療法はイスラエルで開発され、膝痛、股関節痛や腰痛に対し、靴底に2つの凸型ポッドのついた不安定な靴で歩行することにより神経筋コントロールを回復させることで、症状を改善させる治療法である(https://www.apostherapy.co.uk)。  本研究では平均65.2歳の有症状の膝OA患者220人を対象に、生体力学を応用した靴を用いたAPOS療法による膝痛軽減効果をランダム化(BIOTOK)試験で検討した。靴底に個別調整可能な凸型ポッドのついた靴を使用した患者群を、凸型の底面を持たない靴を使用した対照群と比較した。主要アウトカムはOAの評価指標Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index(WOMAC)の標準化疼痛スコアで評価した24週時の膝痛とした。その結果、疼痛スコア平均値は生体力学応用靴(介入)群で4.3から1.3へ(改善度3.0)、対照群で4.0から2.6へ(改善度1.4)改善し、改善度は介入群で有意に大きかった。身体機能、こわばりに関しても介入群で対照群に比べ有意に大きい改善が得られた。介入群の2.7%と対照群の8.3%に重篤な有害事象がみられたが、治療関連のものはなかった。著者らは生体力学応用靴の使用は統計学的に有意な膝痛の改善をもたらしたが、この差に臨床的重要性があるかは不明であり、長期的な有効性と安全性を評価するためにはさらなる研究が必要であると結論づけている。  近年では、靴底を不安定な形状にすることで筋力強化効果や運動効果を期待したダイエットシューズやフィットネスシューズが市販され、注目されている。膝 OAにおいても、生体力学を応用した靴の使用によって神経筋コントロールが回復し、膝痛や歩行能力が改善する効果が得られることで薬物療法や外科的治療を要する患者が減少すれば、医療経済的にも大きな効果が期待できる。ただし、より高齢の患者に安全に使用できるかなどの疑問もあり、長期的な有効性、安全性の検証結果が待たれる。 1. Yoshimura N, et al. J Bone Miner Metab. 2009;27(5):620-628.
無症候性甲状腺機能低下症と甲状腺機能低下症状がある高齢者に用いるレボチロキシン療法 無作為化試験の二次解析
無症候性甲状腺機能低下症と甲状腺機能低下症状がある高齢者に用いるレボチロキシン療法 無作為化試験の二次解析
L-Thyroxine Therapy for Older Adults With Subclinical Hypothyroidism and Hypothyroid Symptoms: Secondary Analysis of a Randomized Trial Ann Intern Med . 2020 Jun 2;172(11):709-716. doi: 10.7326/M19-3193. Epub 2020 May 5. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】レボチロキシンを無症候性甲状腺機能低下症(SCH)成人患者の甲状腺機能低下症は改善しないが、治療前の症状による大きな負担には便益があると思われる。 【目的】レボチロキシンによって、高齢SCH患者の甲状腺機能低下症状と疲労感および症状負担が改善するかを明らかにすること。 【デザイン】無作為化プラセボ対照試験TRUST(Thyroid Hormone Replacement for Untreated Older Adults with Subclinical Hypothyroidism Trial)の二次解析(ClinicalTrials.gov、NCT01660126)。 【設定】スイス、アイルランド、オランダおよびスコットランド。 【参加者】持続するSCH(甲状腺刺激ホルモン値が3カ月間以上4.60-19.9mIU/Lで遊離サイロキシン値正常)があり、転帰の完全データが得られた65歳以上の患者638例 【介入】レボチロキシンまたはマッチさせたプラセボ。 【評価項目】症状の負担が軽い患者と比較した症状の負担が重い患者(甲状腺機能低下症状スコア30点超、または疲労スコア40点超)の甲状腺関連QOL患者報告転帰質問票の甲状腺機能低下症状スコアと疲労感スコアの1年後の変化(範囲0-100点、高いほど症状が多いことを示す)。 【結果】132例が甲状腺機能低下症状スコア30点超、133例が疲労スコア40点超だった。症状の負担が重いグループでは、1年後の甲状腺機能低下症状スコアはレボチロキシン投与群(グループ内の平均変化量マイナス12.3点、95%CI マイナス16.6-マイナス8.0)、プラセボ投与群(同-10.4、CI マイナス15.3-マイナス5.4)で同等の改善度を示し、調整後の群間差はマイナス2.0(CI マイナス5.5-1.5、P=0.27)であった。疲労スコア改善度も、レボチロキシン投与群(グループ内の平均変化量マイナス8.9、CI マイナス14.5-マイナス3.3)、プラセボ投与群(同-10.9、CI -16.0--5.8)でほぼ同じで、調整後の群間差は0.0(CI -4.1-4.0、P=0.99)であった。ベースラインの甲状腺機能低下症状スコアまたは疲労スコアがプラセボと比較したレボチロキシンの効果に影響を及ぼす根拠はなかった(それぞれ相互作用のP=0.20、0.82)。 【欠点】事後解析である点、対象数が少ない点、1年後の転帰データが得られた患者のみを対象とした調査出会った点。 【結論】試験開始時に症状の負担が重かったSCH高齢患者で、レボチロキシンによってプラセボと比較して甲状腺機能低下症状や疲労感が改善することがなかった。 第一人者の医師による解説 TSH高値の場合でも 補充療法の必要性の判断は慎重を期すべき 鳴海 覚志 国立成育医療研究センター分子内分泌研究部 基礎内分泌研究室長 MMJ. December 2020;16(6):171 現在、さまざまなホルモンの血中濃度を日常臨床で測定できる。甲状腺機能の指標である血清甲状腺刺激ホルモン(TSH)値は、甲状腺機能亢進症での低値(0.01mU/L以下)から機能低下症での高値(重症例では数百mU/L)まで数万倍の振れ幅がある。この広いダイナミックレンジゆえに、甲状腺ホルモン分泌能の低下がごくわずかであっても検出可能であり、これが潜在性甲状腺機能低下症(SCH)(血中甲状腺ホルモン値低下を伴わない血清TSH値のみの上昇)という特有の状態を生み出している。TSH値が正常上限から10mU/Lの範囲に収まるようなSCHの中でも軽症な場合について、米国甲状腺学会(ATA)ガイドラインでは「甲状腺機能低下症状を疑う、抗甲状腺ペルオキシダーゼ[TPO]抗体陽性である、動脈硬化性心血管疾患およびこれらのリスク状態である、などの場合、甲状腺ホルモン補充療法を考慮すべき」と記載しており(1)、米国では実際に補充療法が広く行われている。  このような状況下、本論文のもととなったTRUST試験(2)では、65歳以上のSCH患者を対象にランダム化比較試験を行い、補充療法群とプラセボ群の間で甲状腺機能低下症状スコアおよび生活の質(QOL)スコアの介入1年後の変化に有意差はないことが示されていた。しかし、甲状腺機能低下症状が相対的に強いSCH患者に対する補充療法の効果についての疑義がなお残ったため、TRUST試験のデータを用いた2次研究が今回行われた。本研究ではTRUST試験の参加者(65歳以上のSCH患者638人)を試験開始時点の症状がより強い群(甲状腺機能低下症スコア高値、疲労スコア高値、QOL低値、握力低値の4項目)とそれ以外の群に分け、プラセボに対する補充療法の相対的効果(スコア変化の差)が評価された。結果、上述した4項目いずれにおいても、症状の強さによらず補充療法の有用性が示唆されるサブグループはなかった。  高齢者では、血清TSH値の分布が年齢依存的に高値へシフトすることが知られている。これが治療不要な人体の自然な変化なのか、治療にメリットがある臓器機能低下なのかはいまだ結論の出ていない問題である。TRUST試験と今回の報告は前者の可能性を支持するものと捉えられる。高齢者の血清 TSH値の評価には年齢の要因を加味する必要があるし、TSH高値を検出した場合でも、補充療法の必要性の判断については慎重を期すべきであろう。 1. Jonklaas J, et al. Thyroid. 2014;24(12):1670-1751. 2. Stott DJ, et al. N Engl J Med. 2017;376(26):2534-2544.
70歳以上の女性を対象とした年1回のマンモグラフィ検診と乳がん死亡率
70歳以上の女性を対象とした年1回のマンモグラフィ検診と乳がん死亡率
Continuation of Annual Screening Mammography and Breast Cancer Mortality in Women Older Than 70 Years Ann Intern Med . 2020 Mar 17;172(6):381-389. doi: 10.7326/M18-1199. Epub 2020 Feb 25. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】無作為化試験から、50-69歳の間に乳がん検診を開始し、10年間継続することによって乳がん死亡率が低下することが明らかになっている。しかし、マンモグラフィ検診を中止しても安全かどうか、いつ中止したら安全かを検討した試験はない。米国では、75歳以上の女性の推定52%がマンモグラフィ検診を受検している。 【目的】乳がん検診が70-84歳のメディケア受給者の乳がん死亡率にもたらす効果を推定すること。 【デザイン】年1回のマンモグラフィ検診継続と検診中止の2通りの検診法を検討した大規模住民対象観察試験 【設定】2000-08年の米国のメディケアプログラム。 【参加者】平均余命10年以上で、乳がん診断歴がなく、マンモグラフィ検診を受診した70-84歳のメディケア受益者105万8013例。 【評価項目】8年間の乳がんによる死亡、発症率、治療および年齢層別のマンモグラフィ検診の陽性的中率。 【結果】70-84歳の女性で、検診継続と検診中止の間の8年間の乳がんによる死亡リスクの差は1000人当たり-1.0件(95%CI -2.3-0.1)と推定された(ハザード比0.78、95%CI 0.63-0.95、マイナスのリスク差から継続が支持される)。75-84歳では、対応するリスク差は1000人当たり0.07(CI -0.93-1.3)だった(ハザード比1.00、CI 0.83-1.19)。 【欠点】入手できたメディケアデータからは、検診後8年間しか追跡できなかった。観察データを用いた試験と同じように、推定は残存交絡の影響を受けている可能性がある。 【結論】75歳を過ぎてからの年1回の乳がん検診継続によって、継続中止よりも8年間の乳がん死亡率が大幅に低下することは示されなかった。 第一人者の医師による解説 高齢化社会に向け いつ、安全にマンモグラフィ検診を終了できるかを示唆 菊池 真理 がん研有明病院画像診断部 乳腺領域担当部長/大野 真司 がん研有明病院副院長・乳腺センター長 MMJ. December 2020;16(6):170 マンモグラフィ検診の上限の年齢設定に関しては、最新のメタアナリシスで「50~69歳での乳がん検診の開始とその後10年間の継続で10,000人当たり21.3人の乳がん死を防げる」としているが(1)、75歳以上を対象としたランダム化比較試験は存在せず、75歳以上では死亡率低減効果は不明で、いつ安全に検診マンモグラフィを終了できるかどうかを検討した試験はない。米国では75歳以上の女性の52%がマンモグラフィ検診を受診している。また、日本の対策型検診では年齢の上限は規定されていない。女性はどのくらいの期間乳がん検診を継続するべきかという、臨床上重要な問いに対応する研究のエビデンスは限定的であり、今後の研究の展望もはっきりしていない。  本論文は、70~84歳のメディケア加入者(米国の65歳以上の老人や身体障害者を対象とする公的医療保険制度)の乳がん死における乳がん検診の効果の推定を目的とした人口ベースの大規模観察研究の報告である。今後10年以上生存する可能性が高く、マンモグラフィ検診の受診歴があり、乳がんと診断されたことのない70歳以上のメディケア加入女性1,058,013人が参加し、年1回の乳がん検診継続と乳がん検診中止の2つの検診方策群で比較している。その結果、70~74歳で検診を継続する場合、乳がんによる8年死亡率は1,000人当たり1人低減することを示唆した。一方、75歳以上で検診を継続した場合、同リスクの差は1,000人当たり0.07人となり、検診は死亡率に影響しないとみられた。これは、より高齢の女性では、循環器疾患や神経疾患などの競合する原因による死亡率が加齢とともに乳がん死亡率を追い抜くというランダム化臨床試験(1)における仮説と一致していた。研究の限界として、観察データを用いるどの研究とも同様に、残留交絡の影響を受ける点が挙げられる。  日本乳癌学会の「乳癌診療ガイドライン」では、日本の簡易生命表から算出される年齢ごとの10年後の生存率(60歳95.6%、65歳93.2%、70歳88.5%、75歳78.8%、80歳61.4%)を踏まえて、75歳超では「検診外発見乳がんでの生存率を年齢の因子だけで下回る可能性が高い」との考察より、日本における「乳がんマンモグラフィ検診の至適年齢は40~75歳と考えられる」としており(2)、本論文はこれを裏付ける結果となっている。  高齢化に伴う受給者増加、給付費増大による医療財政の逼迫は米国だけでなく、日本も同様に抱えている問題である。本研究の知見は今後、限られた財源の中で高齢者の対策型検診の扱いを考慮する上で一助になると考える。 1. Nelson HD, et al. Ann Intern Med. 2016;164(4):244-255. 2. 乳癌診療ガイドライン 2 疫学・診断編 2018 年版(第 4 版): 200-202.
駆出率が低下した心不全に用いる包括的疾患修飾薬物療法の生涯にわたる便益の推測 無作為化比較試験3件の比較分析
駆出率が低下した心不全に用いる包括的疾患修飾薬物療法の生涯にわたる便益の推測 無作為化比較試験3件の比較分析
Estimating lifetime benefits of comprehensive disease-modifying pharmacological therapies in patients with heart failure with reduced ejection fraction: a comparative analysis of three randomised controlled trials Lancet . 2020 Jul 11;396(10244):121-128. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30748-0. Epub 2020 May 21. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】駆出率が低下した心不全(HFrEF)に3つの薬剤クラス(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬[MRA]またはアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬[ARNI]、ナトリウム・グルコース共益輸送担体2[SGLT2]阻害薬)を用いると、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)とβ遮断薬を用いた従来療法よりも死亡率が低下する。各クラスはこれまで別々の基礎療法で検討されていたが、併用療法として予想される便益は知られていない。ここに、これまで報告された無作為化比較試験3件のデータを用いて、慢性HFrEFに用いる包括的治療と従来治療によって獲得される無イベント生存および全生存を推定した。 【方法】このcross-trial解析では、3件のきわめて重要な試験、EMPHASIS-HF(2737例)、PARADIGM-HF(8399例)およびDAPA-HF(4744例)を間接的に比較することによって、慢性HFrEFに用いる総括的疾患修飾薬物療法(ARNI、β遮断薬、MRAおよびSGLT2阻害薬)の従来の薬物療法と比較した治療効果を推定した。主要評価項目は、心血管死または心不全による初回の入院の複合とした。このほか、3つの評価項目を個別に評価し、総死亡率を評価した。この関連のある治療効果は長い期間をかけて一貫して見られると仮定して、EMPHASIS-HF試験の対照群(ACE阻害薬またはARBとβ遮断薬)で、包括的疾患修飾療法によって長期的に得られる無イベント生存および全生存の増加分を見積もった。 【結果】従来療法と比較して包括的疾患修飾療法が主要評価項目(心血管死または心不全による入院)にもたらす帰属集計効果のハザード比(HR)は0.38(95%CI 0.30-0.47)だった。このほか、心血管死単独(HR 0.50、95%CI 0.37-0.67)、心不全による入院単独(同0.32、0.24-0.43)、全死因死亡(0.53、0.40-0.70)のハザード比も有利であった。従来療法に比べると、包括的疾患修飾薬物療法によって心血管死または心不全による初回入院が2.7年(80歳時)から8.3年(55歳時)、生存が1.4年(80歳時)から6.3年(55歳時)長くなると推定された。 【解釈】HFrEFで、早期包括的疾患修飾薬物療法で得られると推定される治療効果はきわめて大きく、新たな標準的治療としてARNI、β遮断薬、MRAおよびSGLT2阻害薬の併用を支持するものである。 第一人者の医師による解説 ARNI、SGLT2阻害薬、MRAの導入 生命予後改善に有用 鈴木 秀明(助教)/安田 聡(教授) 東北大学大学院医学系研究科循環器内科学分野 MMJ. December 2020;16(6):169 日本における死亡総数は、心疾患による死亡が悪性新生物に次ぎ2番目に多い。心疾患の内訳では心不全死が最多を占め、心不全入院患者数は依然増加し続けている。駆出率が低下した心不全(HFrEF)では、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬/アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)とβ遮断薬のエビデンスは確立しており、この2剤に加えミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)、Na+/グルコース共役輸送担体(SGLT)2阻害薬の導入は生命予後をさらに改善することが報告されている。しかし心不全治療の現場において、HFrEF患者に対するARNI、SGLT2阻害薬、MRAの導入は必ずしも進んでいない。  本研究では、HFrEFに対するARNI、SGLT2阻害薬、MRAの有用性を示した3件の臨床試験(それぞれPARADIGM-HF[n=8,399]、DAPA-HF[n=4,744]、EMPHASIS-HF[n=2,737])を比較することで、ACE阻害薬/ARB+β遮断薬の2剤が導入されたHFrEF患者に対し、ARNI・SGLT2阻害薬・MRAの3剤導入が与える効果について検証が行われた。結果として、これら3剤の導入は、1次エンドポイントである心血管死・心不全入院を62%減少させ(ハザード比[HR], 0.38)、心血管死(HR, 0.50)、心不全入院(HR, 0.32)、全死亡(HR, 0.53)も減少させた。こうした予後改善効果は、55歳、80歳時点の導入において心血管死・心不全入院をそれぞれ8.3年、2.7年間遅らせ、全死亡を6.3年、1.4年間遅らせることに相当すると推定された。  本研究の限界として、①新しいランダム化比較試験を行ったわけではなく、過去の臨床試験を比較検討した内容、②薬物の中止やアドヒアランスを考慮していない、③有害事象や費用面の検討を行っていない、④イバブラジン(HCNチャネル遮断薬)やベルイシグアト(可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬)といったHFrEFにエビデンスのある他の薬剤や、デバイスなどの非薬物治療の効果を検討していない、などが挙げられる。しかし、こうした点を考慮しても、ACE阻害薬/ ARB+β遮断薬の2剤による従来治療に加え、ARNI・SGLT2阻害薬・MRAの3剤を導入することはHFrEF患者の生命予後を改善する上で有用であることが本研究で改めて明らかになったと言えよう。
乳児のアトピー性皮膚炎予防のための皮膚保湿剤と早期補完食(PreventADALL) 多施設共同多因子クラスター無作為化試験
乳児のアトピー性皮膚炎予防のための皮膚保湿剤と早期補完食(PreventADALL) 多施設共同多因子クラスター無作為化試験
Skin emollient and early complementary feeding to prevent infant atopic dermatitis (PreventADALL): a factorial, multicentre, cluster-randomised trial Lancet . 2020 Mar 21;395(10228):951-961. doi: 10.1016/S0140-6736(19)32983-6. Epub 2020 Feb 19. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】乳児期早期の皮膚保湿剤によってアトピー性皮膚炎が予防でき、早期補完食導入によって高リスク乳児の食物アレルギーが減少すると思われる。この試験は、一般の乳児で、生後2週間の定期的な皮膚保湿剤使用や生後12-16週齢の間の早期補完食導入によって生後12カ月時までのアトピー性皮膚炎発症を抑制できるかを明らかにすることを目的とした。 【方法】この住民対象の2×2要因無作為化臨床試験は、ノルウェー・オスロ市のオスロ大学病院およびエーストフォール病院トラスト、スウェーデン・ストックホルム市のカロリンスカ大学病院で実施された。妊娠18週時のルーチンの超音波検査実施時に出生前の乳児を登録し、2015年から2017年の間に出生した新生児を以下のクラスターごとに無作為に割り付けた――(1)スキンケアに関して特別な助言はしないが、乳児の栄養に関して国の指針に従うよう助言した対照群(非介入群)、(2)皮膚保湿剤使用(入浴剤やクリーム;皮膚介入群)、(3)ピーナツ、牛乳、小麦、卵の補完食早期導入(食物介入群)、(4)皮膚および食物介入(複合介入群)。コンピュータ生成クラスター無作為化法を用いて、参加者を92の地理的居住地域と3カ月ごと8期間を基に(1対1対1対1の割合で)割り付けた。1週間当たり4日以上、保護者に介入方法を指導した。主要転帰は生後12カ月までのアトピー性皮膚炎とし、介入の割り付けをふせておいた試験担当医師による3、6、12カ月時の診察を基に判定した。12カ月間の追跡期間を完遂後、アトピー性皮膚炎を評価し、UK Working PartyとHanifin and Rajka(12カ月時のみ)の診断基準を満たしているかを診断した。主要有効性解析は、無作為化した全例を対象としたintention-to-treat解析で実施した。2020年に全例の3歳時の診察が終了するとき、食物アレルギーの結果を報告することとした。これは、ORAACLE(the Oslo Research Group of Asthma and Allergy in Childhood; the Lung and Environment)が実施した試験である。この試験は、clinicaltrials.govにNCT02449850番で登録されている。 【結果】2014年12月9日から2016年10月31日の間に、女性2697例を登録し、2015年4月14日から2017年4月17日の間に出生した新生児2397例を組み入れた。非介入群の乳児596例中48例(8%)、皮膚介入群575例中64例(11%)、食物介入群642例中58例(9%)、複合介入群583例中31例(5%)にアトピー性皮膚炎が見られた。皮膚保湿剤、補完食早期導入ともにアトピー性皮膚炎の発症を抑制できず、皮膚介入のリスク差3.1%(95%CI -0.3-6.5)、食物介入で1.0%(-2.1-4.1)となり、対照を支持するものであった。介入による安全性の懸念はなかった。皮膚介入群、食物介入群および複合介入群で報告された皮膚症状や徴候(掻痒、浮腫、皮膚乾燥、蕁麻疹)は、非介入群と比べて頻度は高くなかった。 【解釈】早期皮膚保湿剤や早期補完食導入では、生後12カ月までのアトピー性皮膚炎発症を抑制することができなかった。試験は、生後12カ月までのアトピー性皮膚炎を予防するために、乳児にこの介入法を用いることを支持するものではない。 第一人者の医師による解説 スキンケア方法や離乳食の開始法、その頻度の影響を検討する必要あり 大矢 幸弘 国立成育医療研究センターアレルギーセンター センター長 MMJ. December 2020;16(6):160 アレルギー家系の乳児に新生児期から保湿剤を塗布するスキンケアを行うことでアトピー性皮膚炎の発症予防効果を示した100人規模の2つのランダム化比較試験(RCT)が2014年に発表された(1),(2)。その後、離乳食を3カ月という早期から開始した場合と生後6カ月から開始する場合を比較したEAT試験が2016年に発表され、卵とピーナツに関してはそれぞれのアレルギーの予防効果が示されている(3)。また、コホート研究の中には、離乳食の開始が早い方が食物アレルギーだけでなくアトピー性皮膚炎の発症も少ないという報告もある。  本研究は、生後2週間からバスオイルによる保湿スキンケアと生後12~16週で離乳食を早期開始するという2つの介入の単独または併用を対照群と比較する4群比較 RCTである。主要評価項目は生後12カ月時点でのアトピー性皮膚炎(UK Working PartyまたはHanifinとRajkaの診断基準)と3歳時での食物アレルギーであるが、今回の論文では前者のみ報告されている。対象は、今回解説を併載したBEEP試験のような高リスク家系ではなく一般人口の乳児である。スキンケア介入は、水8Lあたり0.5dLのバスオイルを入れて5~10分入浴し顔全体にクリームを塗布し、石鹸は使用しない。早期離乳食介入は、生後12~16週にピーナツバター、1週遅れて牛乳、翌週小麦のおかゆ、4週目にスクランブルエッグを開始する。スキンケア、離乳食とも週4日以上の実行が指示された。  主要評価項目アトピー性皮膚炎の発症率は、非介入群8%(48/596)、スキンケア群11%(64/575)、早期離乳食群9%(58/642)、併用介入群5%(31/583)であり、介入によるアトピー性皮膚炎の発症予防は実証できなかった。ちなみに、バスオイルを週平均4.5日以上実行した割合はスキンケア群32%、併用介入群33%、週平均5.5日以上はそれぞれ13%と14%であった。早期離乳食のアドヒアランス(4種類のうち3種類以上を生後18週までに開始し、週3~5日以上、5週間以上実施)率は食事介入単独群35%、併用介入群27%であった。  このようにスキンケアを週7日実施した参加者がほとんどいないRCTでスキンケアによるアトピー性皮膚炎の予防効果を実証することは困難と思われるが、研究が行われた北欧では、毎日入浴する習慣がなく実行可能性を考慮して週4日以上というプロトコールとなった。バスオイルでの入浴と入浴後に保湿剤を塗布する効果が同じかどうかは不明であるが、BEEP試験と同じく、中途半端なスキンケアではアトピー性皮膚炎は予防できないという結果を示している。 1. Horimukai K, et al. J Allergy Clin Immunol. 2014;134(4):824-830.e6. 2. Simpson EL, et al. J Allergy Clin Immunol. 2014;134(4):818-823. 3. Perkin MR, et al. N Engl J Med. 2016 May 5;374(18):1733-1743.
高齢者のdysanapsisと慢性閉塞性呼吸器疾患の関連
高齢者のdysanapsisと慢性閉塞性呼吸器疾患の関連
Association of Dysanapsis With Chronic Obstructive Pulmonary Disease Among Older Adults JAMA . 2020 Jun 9;323(22):2268-2280. doi: 10.1001/jama.2020.6918. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】喫煙が慢性閉塞性呼吸器疾患(COPD)の大きな危険因子であるが、COPDのリスクの多くはいまだに説明できていない。 【目的】CT画像で評価したdysanapsis(気道内径と肺の大きさが不釣り合いな状態)が、高齢者のCOPD発症およびCOPDの肺機能低下と関連があるかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】2531例を検討したMulti-Ethnic Study of Atherosclerosis(MESA)Lung Study(米6都市、2010-2018年)と1272例を検討したCanadian Cohort of Obstructive Lung Disease(CanCOLD、カナダ9都市、2010-2018年)の地域住民標本2件の後向きコホート研究およびCOPDの症例対照研究Subpopulations and Intermediate Outcome Measures in COPD研究(SPIROMICS、米12都市、2011-2016年)。 【曝露】肺気量の立方根で分割した標準的な解剖学的部位19箇所で測定した気道内径の幾何平均として、CT画像上でdysanapsisを定量化した(気道の肺に対する比率)。 【主要評価項目】主要評価項目は、気管支拡張薬吸入後の1秒率(FEV1:FVC)0.70未満と定義したCOPDとした。長期肺機能を副次評価項目とした。全解析を患者背景とCOPD危険因子(喫煙および受動喫煙、職業的および環境的汚染、喘息)。 【結果】MESA Lung標本(平均[SD]年齢69[9]歳、1334例[52.7%]が女性)では、参加者2531例中237例(9.4%)にCOPDがあり、気道の肺に対する比率の平均(SD)は0.033(0.004)、平均(SD)FEV1低下量は-33mL/y(31 mL/y)であった。COPDがないMESA Lungの参加者2294例のうち、98例(4.3%)が中央値6.2年時にCOPDを発症した。気道の肺に対する比率の最高四分位範囲の参加者と比べると、最低四分位範囲の参加者はCOPD発症率が有意に高かった(1000人年当たり9.8 vs 1.2例、率比[RR]8.121、95%CI 3.81-17.27、1000人年当たりの率差8.6例、95%CI 7.1-9.2、P<0.001)が、FEV1低下量に有意差はなかった(-31 vs. -33mL/y、差2mL/y、95%CI -2-5、P=0.30)。CanCOLD参加者(平均[SD]年齢67[10]歳、564例[44.3%]が女性)、752例中113例(15.0%)が中央値3.1年時にCOPDを発症し、平均(SD)FEV1低下量は-36mL/y(75 mL/y)であった。気道の肺に対する比率最低四分位範囲の参加者のCOPD発症率は、最低四分位範囲の参加者よりも有意に高かった(1000人年当たり80.6 vs. 24.2例、RR 3.33、95%CI 1.89-5.85、1000人年当たりの率差 56.4例、95%CI 38.0-66.8、P<0.001)が、FEV1低下量に有意差はなかった(-34 vs. -36mL/y、差 1 mL/y、95%CI -15-16、P=0.97)。COPDがあり、中央値2.1年追跡したSPIROMICS参加者1206例(平均[SD]年齢65[8]歳、542例[44.9%]が女性)のうち気道の肺に対する比率が最低四分位範囲の参加者は平均FEV1低下量が-37 mL/y(15mL/y)で、MESA Lung参加者の低下量を有意差がなかった(P=0.98)が、最高四分位範囲の参加者ではMESA Lung参加者よりも有意に速く低下した(-55mL/y[16 mL/y]、差-17mL/y、95%CI -32--3、P=0.004)。 【結論および意義】高齢者で、dysanapsisにCOPDと有意な関連があり、気道内径が肺の大きさよりも狭いとCOPDリスクが高くなった。DysanapsisはCOPDの危険因子であると思われる。 第一人者の医師による解説 気道の発育障害は 喫煙とは独立したCOPD発症要因 永井 厚志 新百合ヶ丘総合病院呼吸器疾患研究所所長 MMJ. December 2020;16(6):162 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の発症要因としては喫煙が主因とみなされているが、非喫煙者でもCOPDの病態となる高齢者が少なくなく、今日なおCOPD発症リスクの多くは未解決である。本研究では、2つの前向きコホート研究(MESA、CanCOPD)および症例対照研究(SPIROMICS)の参加者を対象に、CT画像(19画像/肺)により計測された気道径と肺胞容積の比率を算出することにより、肺胞に対する気道発育の不均衡(dysanapsis)を評価し、COPD病態の発症との関連性について後ろ向きの検討が行われた。なお、これらの検討では喫煙や環境汚染への曝露、喘息など既知のCOPD発症要因について補正がなされた。結果は、肺胞に比べ気道径の発育が低値を示す群では、COPD(気管支拡張薬吸入後の1秒率70%未満と定義)の発症頻度がいずれのコホート研究でも高値を示した。呼吸機能(FEV1)の経年的低下に関して、それぞれの研究観察期間内では気道肺胞容積の不均衡とは関連性がみられなかった。以上の結果から、高齢者においては、肺胞に比べ気道の発育が低下を示すdysanapsisはCOPDの重要な危険因子であることが示唆される、と結論づけられている。また、重喫煙者でありながらCOPDとしての気流閉塞がみられない一因として、気道の発育がより高度である可能性にも触れている。  従来から、成人期の気流閉塞には幼小児期における肺の発育過程で生じた気道と肺の発達の不均衡が関与しており、20~30歳代に成熟する呼気流量が健常者に比べ低値にとどまることで、その後、加齢とともに低下する高齢者においてCOPD病態に至る可能性が指摘されていた(1),(2)。事実、これまでの研究では、中等度以上の気流閉塞を示すCOPD患者の約半数に肺の発育障害がみられると報告されている(3)。本研究では、COPD患者の30%近くが非喫煙者であることへの疑問に対して肺の発育障害が関与している可能性を示している。しかしながら、対象者は肺の発育期ではない成人であり、CTでの気道計測がCOPD病態の主病変である末梢気道ではなく比較的中枢気道であること、COPDは多因子により形成されるが本研究では質の異なった3研究が統合解析されていることなど、多くの指摘されるべき点がみられる。本研究に限界はあるにせよ、肺の発育と高齢に至り発症するCOPDに密接な関連があるという指摘は注目すべきであり、今後の課題として気道と肺の不均衡な発育(dysanaptic lung growth)の詳細な原因を解明することが求められる。 1. Stern DA, et al. Lancet. 2007;370(9589):758-764. 2. Svanes C, et al. Thorax. 2010;65(1):14-20. 3. Lange P, et al. N Engl J Med. 2015;373(2):111-122.
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