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米国における45歳までのヒトパピローマウイルスワクチン接種の有効性と費用対効果。
米国における45歳までのヒトパピローマウイルスワクチン接種の有効性と費用対効果。
Effectiveness and Cost-Effectiveness of Human Papillomavirus Vaccination Through Age 45 Years in the United States Ann Intern Med 2020 Jan 7;172(1):22-29. 上記論文のアブストラクト日本語訳 ※ヒポクラ×マイナビ 論文検索(Bibgraph)による機械翻訳です。 【背景】米国では、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの定期接種年齢は11~12歳であり、女性は26歳まで、男性は21歳までキャッチアップ接種が可能である。成人女性および男性に対する9価HPVワクチンの使用に関する米国の接種方針が見直されている。 【目的】米国の現行のHPV接種プログラムを27歳から45歳の女性および22歳から45歳の男性に拡大した場合の集団レベルの追加効果と費用対効果を評価する。 【デザイン】HPV感染と関連疾患の個人ベースの感染動態モデルであるHPV-ADVISE (Agent-based Dynamic model for VaccInation and Screening Evaluation) を用い、年齢別の米国データにキャリブレーションした。 【データソース】公開データ。【対象者】米国の27歳から45歳の女性、22歳から45歳の男性【時間軸】100年【視点】ヘルスケア部門【介入】9価HPVワクチン接種【アウトカム指標】予防したHPV関連アウトカムと費用対効果比 【基本ケース分析結果】モデルは、現在の米国でのHPVワクチン接種プログラムが、HPV関連アウトカムの予防と費用対効果比率を高めると予測するものであった。米国のHPVワクチン接種プログラムは、100年間で性器いぼとグレード2または3の子宮頸部上皮内新生物の診断数をそれぞれ82%、80%、59%、39%、子宮頸がんおよび非子宮頸部HPV関連がんの症例を減らし、コスト節約(対接種なし)となることを予測する。一方,ワクチン接種を 45 歳の女性および男性に拡大すると,これらのアウトカムをそれぞれさらに 0.4,0.4,0.2,0.2 パーセントポイント減少させると予測される.30歳、40歳、45歳までの女性および男性へのワクチン接種は、得られる質調整生命年あたり、それぞれ83万ドル、184万3000ドル、147万1000ドルの費用がかかると予測される(現行のワクチン接種と比較して)。 【感度解析結果】結果は、自然免疫および感染後の進行率、過去のワクチン接種率、ワクチン効果に関する仮定に対して最も敏感であった。 【限界】26歳以降の感染によるHPV関連疾患の割合や、現行のHPVワクチン接種プログラムによる群発効果の程度については不確実である。 【結論】現行のHPVワクチン接種プログラムは費用節約になると予測される。ワクチン接種を高齢者まで拡大しても、追加的な健康上の利益は小さく、現在の推奨よりも増分費用効果比が大幅に高くなると予測される。 【Primary funding source】疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention.) 第一人者の医師による解説 各国の実情に合わせた接種年齢設定が重要 日本での接種再普及時には幅広い年齢へのキャッチアップ接種の検討必要 上田 豊 大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学講師 MMJ.August 2020;16(4) ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは2006 年にHPV-6・11・16・18 型に対する4 価ワクチン、2007年にはHPV-16・18型に対する2価ワクチンが海外で承認された。さらに、HPV-6・11・16・18・31・33・45・52・58型のHPV感染を予防する9価ワクチンが2014年に米国で承認され、現在では70を超える国・地域で承認されている。HPVワクチンにより子宮頸がんなどの減少が期待されるが、男性に多い中咽頭がんの多くもHPV感染が原因とされ、海外では男子への接種も進んでいる。男子への接種は集団免疫の観点からも意義が大きい。 性交渉が感染経路として重要であるため、初交前にワクチン接種を行うことが効果的である。米国では11 ~ 12歳の男女を標準的な接種対象としており、他の国々でも同様のプログラムが組まれている。また、その時期に接種が行われなかった場合には、米国では女性には26歳、男性には21歳までの9価ワクチンのキャッチアップ接種が承認されている。 本研究では、米国でのこれまでの接種状況などをもとにHPV-ADVISE (Agent-based Dynamic model for Vaccination and Screening Evaluation)を用いて、接種上限年齢を男女とも45歳まで引き上げることの有効性および費用対効果の予測が行われた。 現状のプログラムにより、生涯のコンジローマ、子宮頸部前がん病変(CIN2・3)、子宮頸がんおよびHPV関連がんの診断数はそれぞれ82、80、59、39%減少させられるが、接種上限年齢を男女とも45歳に引き上げることによる追加減少効果はそれぞれ0.4、0.4、0.2、0.2%分と予測された。一方、30、40、45 歳までの女性と男性へのワクチン接種には、現在のプログラムと比較して、質調整生存年(QALY)あたりそれぞれ830 ,000、1,843 ,000、1,471,000ドルのコストがかかると算出された。 これらの結果からは、HPVワクチンの接種上限年齢を45歳まで引き上げるメリットは限定的と考えられるが、本研究で行われていた感度分析においては、費用対効果がワクチンの接種率や有効性に大きく依存することも示されている。日本ではHPVワクチンは積極的勧奨の差し控えにより、事実上停止状態となっており、9価ワクチンや男子への接種も承認されていない(執筆時点)。日本におけるHPVワクチン再普及時には対象年齢への接種に加え、幅広い年齢へのキャッチアップ接種についても検討する必要があるものと考えられる。
活動性の関節症性乾癬患者におけるビメキズマブ:48週間の無作為化、二重盲検、プラセボ対照、用量設定の第2b相試験の結果。
活動性の関節症性乾癬患者におけるビメキズマブ:48週間の無作為化、二重盲検、プラセボ対照、用量設定の第2b相試験の結果。
Bimekizumab in patients with active psoriatic arthritis: results from a 48-week, randomised, double-blind, placebo-controlled, dose-ranging phase 2b trial Lancet 2020 Feb 8;395(10222):427-440. 上記論文のアブストラクト日本語訳 ※ヒポクラ×マイナビ 論文検索(Bibgraph)による機械翻訳です。 【背景】 インターロイキン17A(IL17A)とインターロイキン17F(IL17F)の二重中和は、関節症性乾癬の新規治療アプローチとなる可能性があります。BE ACTIVE試験は、チェコ共和国、ドイツ、ハンガリー、ポーランド、ロシア、米国の41施設で行われた無作為化、二重盲検、プラセボ対照、用量設定の第2b相試験で、IL17AとIL17Fを選択的に中和するモノクローナル抗体、Bimekizumabが評価されました。成人発症の活動性関節症で6カ月以上の症状がある18歳以上の適格患者さんを、プラセボ、ビメキズマブ16mg、ビメキズマブ160mg、ビメキズマブ160mgと320mgの単回ロード用量、ビメキズマブ320mgにランダムに割り付け(1:1:1:1)、4週間隔で12週間皮下投与しました。12週間後、プラセボ群およびビメキズマブ16mg群に割り付けられた患者さんは、ビメキズマブ160mgまたは320mgのいずれかにランダムに(1対1で)再割り付けされ、その他の患者さんは48週間まで最初に割り当てられた用量を継続しました。参加者と研究者の双方は、最初の12週間は治療割り付けについて盲検化され、その後はビメキズマブの投与量について盲検化されました。主要評価項目は、12週目に米国リウマチ学会の奏功基準を50%以上改善した患者の割合とし、少なくとも1回の試験治療を受け、ベースライン時に有効な主要評価項目の測定値があったすべての患者を対象に評価されました。なお、本試験は、すべてのフォローアップを含めて終了しています。本試験はClinicalTrials. gov、NCT02969525に登録されています。 【FINDINGS】2016年10月27日から2018年7月16日の間に、308人の患者がスクリーニングされ、206人がランダムに割り付けられた。プラセボ群に42名、ビメキズマブ4群に各41名が割り付けられた。12週時点で、プラセボ群と比較して、ビメキズマブ16mg群(オッズ比[OR]4-2[95%CI 1-1-15-2];p=0-032) 、ビメキズマブ160mg群(8-1[2-3-28-7];p=0-0012)、ビメキズマブ160mg(ロード用量)群でACR50反応を獲得した患者は、9-7[2-7-34-3];p=0-0004 )と有意差があった。12週時点で、プラセボ群42例中24例(57%)、ビメキズマブ群164例中68例(41%)が、治療上問題となる有害事象を報告しました。これらの有害事象の多くは軽度または中等度であった。重篤な治療上緊急の有害事象は9名に発生し、そのうち8名はビメキズマブ投与を受けていました。ビメキズマブ16mgおよび160mgの投与(320mgのローディング用量の有無にかかわらず)は、プラセボと比較してACR50を有意に改善し、安全性プロファイルも許容範囲内でした。この結果は、関節症性乾癬の治療薬としてのビメキズマブの第3相試験を支持するものである。 【資金提供】UCB Pharma. 第一人者の医師による解説 生物学的製剤の種類が増えれば 他の製剤からの変更含め治療選択肢が拡大 山本 俊幸 福島県立医科大学医学部皮膚科教授 MMJ.August 2020;16(4) 乾癬性関節炎(PsA)に対する生物学的製剤は、新しい薬剤ほど重篤な副作用が減り、投与間隔も長くなり、自己注射可能なものもある。皮膚症状の改善効果は腫瘍壊死因子(TNF)阻害薬よりもインターロイキン(IL)-17やIL-23を標的とした抗体薬の方が高く、逆に重篤な関節症状への効果はTNF阻害薬の方が高いと考えられることが多かった。 欧州リウマチ学会(EULAR)ガイドラインでTNF阻害薬が第1選択になっている理由の1つは長期エビデンスの存在であるが、近年抗IL-17抗体薬でも長期エビデンスが出てきている。IL-17サブタイプ(A~ F)のうち乾癬皮疹部ではA、C、Fの発現が亢進している。IL-17 A、IL-17 FはTh17細胞以外に自然免疫担当細胞からも産生される。関節滑膜局所ではIL-17 Fの方が強く発現していると報告されている(1)。PsAの付着部炎ではIL-17が中心的な役割を果たしており、特徴的とされる骨病変(altered bone remodeling)の骨新生にも骨びらんにもIL-17が重要な役割を担っている(2)。 従来のIL-17阻害薬は主にIL-17 Aを標的としていたが、今回、IL-17 AとIL-17Fを同時に抑える抗体薬ビメキズマブのPsAに対する有効性がランダム化二重盲検プラセボ対照用量範囲設定試験で検討された。欧米6カ国41施設で成人発症の活動性PsA患者206 人がプラセボ群、実薬群(16 mg、160 mg、初回のみ320 mgローディングする160 mg、320 mg)の5 群に割り付けられ、4 週間ごとの皮下投与を12週受けた。 主要評価項目である12週時点のACR50%改善の達成率は、ビメキズマブ16mg群、160mg (ローディングあり)群のほうがプラセボ群よりも有意に高かったが、320mg群では有意差がなかった。12週時点の有害事象はプラセボ群57%、ビメキズマブ群41%に発現し、多くは軽度~中等度であった。重症な有害事象は9人に発現し、うち8人はビメキズマブ群であった。自殺念慮は1人にみられた。死亡、炎症性腸疾患、ブドウ膜炎、心血管疾患、アナフィラキシーはみられなかった。IL-17の有害事象に好中球減少症や感染症(細菌・真菌感染)があるが、IL-17 A、IL-17Fの同時抑制によってそれらのリスクが高まることはなかった。 今回高用量(320mg)群で有意な有効性がみられなかった要因として、著者らは患者集団が圧痛関節数をはじめ活動性の高い患者が多かった可能性を挙げている。生物学的製剤の種類が増えることで、他の生物学的製剤からの変更を含めた治療選択肢が広がる。今後、適正用量、長期的な持続効果、免疫原性、有害事象などを含めたさらなる検討が必要である。 1. Van Baarsen LG et al. Arthritis Res _ er. 2014;16(4):426. 2. Schett G et al. Nat Rev Rheumatol. 2017;13(12):731-741.
健康的なライフスタイルとがん、心血管疾患、2型糖尿病のない寿命:プロスペクティブ・コホート研究
健康的なライフスタイルとがん、心血管疾患、2型糖尿病のない寿命:プロスペクティブ・コホート研究
Healthy lifestyle and life expectancy free of cancer, cardiovascular disease, and type 2 diabetes: prospective cohort study BMJ 2020 Jan 8;368:l6669. 上記論文のアブストラクト日本語訳 ※ヒポクラ×マイナビ 論文検索(Bibgraph)による機械翻訳です。 【目的】健康的なライフスタイルが主要な慢性疾患のない寿命とどのように関連しているかを検討する。 【デザイン】前向きコホート研究。 【設定および参加者】Nurses’ Health Study(1980-2014、n=73 196)およびHealth Professionals Follow-Up Study(1986-2014、n=38 366)。 【主要評価項目】低リスクライフスタイル5因子:喫煙しない、ボディマス指数 18.5-24.9、中程度から活発な身体活動(≧30分/日)、適度なアルコール摂取(女性:5-15g/日、男性:5-30g/日)、高い食事の質スコア(上位40%)。 MAIN OUTCOME]Life expectancy free of diabetes, cardiovascular diseases, and cancer.(糖尿病、心血管疾患、がんに罹患しない寿命)。 【結果】50歳時点での糖尿病、心血管疾患、がんにかからない寿命は、低リスクの生活習慣を採用していない女性では23.7年(95%信頼区間22.6~24.7)であったが、4~5個の低リスク要因を採用した女性では34.4年(33.1~35.5)であった。50歳の時点で、これらの慢性疾患のいずれにもかかっていない寿命は、低リスクの生活習慣を採用していない男性では23.5年(22.3-24.7年)、4つまたは5つの低リスクの生活習慣を採用している男性では31.1年(29.5-32.5年)であった。現在喫煙している男性で喫煙量が多い人(15本/日以上)、肥満の男性・女性(肥満度30以上)では、50歳時点での無病寿命が総人生に占める割合は最も低かった(75%以下)。 【結論】人生半ばでの健康的なライフスタイルの遵守は、主要慢性疾患のない寿命の延長と関連していた。 第一人者の医師による解説 日本政府の健康寿命延伸プランの実現可能性を示唆する成果 辻 一郎 東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野教授 MMJ.August 2020;16(4) 健康寿命は「あるレベル以上の健康状態で生存する期間」と定義される。健康の定義・基準が多様であるため、さまざまな健康寿命が計算されている。日本の厚生労働省は「日常生活に制限のない期間」を健康寿命の主指標、「自分が健康であると自覚している期間」を副指標、「日常生活動作が自立している期間」を補完的指標と定義しているが、本研究は「がん・心血管疾患・2型糖尿病のいずれもない状態での生存期間」に着目している。この考えは米国の健康づくり運動“ Healthy People 2020”でも取り上げられている。 本研究の目的は、健全な生活習慣の実践により健康寿命がどの程度延伸するかについて、前向きコホート研究により解明することである。対象は、米国の女性看護師73 ,196 人(1980 年開始)、男性医療従事者38 ,366人(1986年開始)である。自記式アンケートにより、5つの健全な生活習慣(非喫煙、体格指数[BMI]18 .5 ~ 24 .9、中等度以上の身体活動を1日30分以上、適量のアルコール摂取[女性1日5~15 g、男性5 ~ 30 g]、質の高い食事摂取)の実践状況を調査した後、がん・心筋梗塞・脳卒中の発症と死亡の状況を2014年まで追跡した。多段階生命表法により、上記の生活習慣の実践数とがん・心血管疾患・2型糖尿病のいずれもない状態での平均余命との関連を解析した。 その結果、がん・心血管疾患・2型糖尿病のいずれもない状態での平均余命(50歳)は、健全な生活習慣の実践数と強く関連した。女性では、実践数ゼロの群で23.7(95%信頼区間[CI], 22.6~24.7)年に対して4つ以上の群では34.4(95%CI, 33 .1~ 35 .5)年と10 .7 年の差があった。男性でも、23 .5(95 % CI, 22 .3 ~ 24 .7)年と31.1(95%CI 29.5~32.5)年で7.6年の差があった。一方、上記3疾病のいずれかを抱えて生存する期間は、健全な生活習慣の実践数によらず、ほぼ一定であった。 本硏究は、健全な生活習慣の実践による主要3疾患(がん、心血管疾患、2型糖尿病)の発症リスク低下は発症年齢の遅れを伴うことを実証し、健康寿命が7~10年延伸する可能性を示した。日本政府は2019年に発表した「健康寿命延伸プラン」で、2040年までに健康寿命を3年以上延伸させるという目標を掲げたが、本研究はその実現可能性を示唆するものと言えよう。
男性におけるテストステロン治療の有効性と安全性。米国内科学会による臨床実践ガイドラインのためのエビデンスレポート。
男性におけるテストステロン治療の有効性と安全性。米国内科学会による臨床実践ガイドラインのためのエビデンスレポート。
Efficacy and Safety of Testosterone Treatment in Men: An Evidence Report for a Clinical Practice Guideline by the American College of Physicians Ann Intern Med 2020 Jan 21;172(2):105-118. 上記論文のアブストラクト日本語訳 ※ヒポクラ×マイナビ 論文検索(Bibgraph)による機械翻訳です。 【背景】米国では過去20年間に成人男性におけるテストステロン治療率が上昇している。 【目的】性腺機能低下症の基礎となる器質的原因を持たない男性に対するテストステロン治療の有益性と有害性を評価する。 【データソース】複数の電子データベースの英語検索(1980年1月から2019年5月)及び系統的レビューの参考文献リスト。 【研究選択】経皮または筋肉内テストステロン療法をプラセボまたは無治療と比較評価し、事前に指定した患者中心のアウトカムを報告した6カ月以上継続した38件の無作為化対照試験(RCT)、および20件の長期観察研究、U.データ抽出】研究者1名によるデータ抽出を2名が確認し、研究者2名がバイアスのリスクを評価し、証拠の確実性は合意によって決定した。 【データ統合】研究では、年齢、症状、テストステロンの適用基準が異なる、主に高齢の男性が登録された。テストステロン療法は、効果の大きさは小さいものの、テストステロン値が低い男性の性的機能およびQOLを改善した(低~中程度の確実性を有する証拠)。テストステロン療法は、身体機能、抑うつ症状、エネルギーと活力、または認知にはほとんど影響を及ぼさなかった。試験で報告された有害性の証拠は、ほとんどの有害性アウトカムについて不十分または確実性が低いと判断された。心血管イベントまたは前立腺がんを評価するための検出力がある試験はなく、試験ではこれらの疾患のリスクが高い男性は除外されることが多かった。観察研究では、適応症および禁忌による交絡が制限された。 【Limitation】期間が1年を超える試験はほとんどなく、最小重要アウトカム差がしばしば確立または報告されず、RCTは重要な有害性を評価する検出力がなかった、18~50歳の男性におけるデータがほとんどなく、低テストステロンの定義が異なり、試験の参加基準も様々であった。【結論】性腺機能低下の原因となることが知られている医学的条件が確立されていないテストステロン値が低い高齢男性では、テストステロン療法は性的機能およびQOLにわずかな改善をもたらすかもしれないが、老化の他の一般的症状にはほとんどまたは全く有益でない。長期的な有効性と安全性は不明である [主な資金源]American College of Physicians.(プロスペロー:Crd42018096585). 第一人者の医師による解説 ARTの有用性や安全性 日本人を含めた大規模、長期的な臨床研究を期待 小川 純人 東京大学大学院医学系研究科老年病学准教授 MMJ.August 2020;16(4) 男性において、加齢による性ホルモンレベルの低下は男性更年期障害と関連し、late-onsethypogonadism(LOH)症候群として理解されている。LOH症候群の症状、徴候としては、(1)性欲と勃起の頻度や質の減退、(2)知的活動や認知機能の低下ならびに気分変調(疲労感、抑うつなど)、(3)睡眠障害、(4)筋量減少や筋力低下に伴う除脂肪体重の減少、(5)内臓脂肪の増加、(6)皮膚と体毛の変化、(7)骨量低下や骨折リスク上昇などが挙げられる。 LOH症候群では、不定愁訴で受診する場合も少なくなく、Aging Males’ Symptoms( AMS)スコアなどの質問票を通じた問診、スクリーニング、他疾患との鑑別に加えて、血中テストステロン濃度の測定をはじめとするホルモン学的検査を中心に、男性性腺機能を評価することが大切である。LOH症候群に対しては、アンドロゲン補充療法(ART)が考慮される場合も少なくないが、その前提として前立腺がん、PSA高値、うっ血性心不全などの除外基準を評価する。 本論文ではLOH男性に対するARTに関する臨床ガイドライン(米国内科医学会)の基礎となるエビデンスについて系統的レビューを行った。そこでは、65歳以上の男性にART(経皮薬または注射薬)を実施し、最低6カ月間の観察期間を有した38件のランダム化比較試験と20件の長期観察研究を対象にメタアナリシスが行われた。 その結果、全般的な性機能の改善、AMSスコアに基づくQOLの改善について、ARTにわずかな効果が認められ、その効果は経皮薬、注射薬いずれにおいてもほぼ同等であった。一方、疲労感、活力低下、身体機能低下、認知機能低下など加齢に伴う諸症状に対しては、ARTによる有意な改善効果は認められなかった。また、ARTに伴う心血管イベントや前立腺がんのリスクについては有意差など明らかな結果が得られなかった。 実臨床においてLOH症候群に対してARTを行う際には、『加齢男性性腺機能低下症候群診療の手引き(日本泌尿器科学会/日本Men’s Health医学会編)』(1)などに基づき、患者本人の意向、性機能・QOL改善の可能性、有害事象リスク、費用などを事前に十分話し合うことが大切である。また、ART開始後は前立腺特異抗原(PSA)を含む定期的な血液検査に加えて、臨床症状や治療効果を定期的にフォローアップすることが重要である。本研究を含め、これまでに行われたランダム化比較試験は患者数も少なく治療・観察期間も短いものが多い。今後、ARTの有用性や安全性について、日本人を含めた大規模かつ長期的な臨床研究が期待される。 1. 日本Men's Health 医学会:資料公開サイト http://www.mens-health.jp/wp-content/uploads/2018/08/LOHguidelines.pdf
女性と比較した男性の心不全治療薬至適用量の特定 前向き観察コホート研究
女性と比較した男性の心不全治療薬至適用量の特定 前向き観察コホート研究
Identifying optimal doses of heart failure medications in men compared with women: a prospective, observational, cohort study Lancet. 2019 Oct 5;394(10205):1254-1263. doi: 10.1016/S0140-6736(19)31792-1. Epub 2019 Aug 22. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)患者にガイドラインが推奨するアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)およびβ遮断薬の用量は、薬剤の薬物動態に性差があることが知られているにもかかわらず、男女でほぼ同じである。著者らは、HFrEF患者に用いるACE阻害薬またはARBおよびβ遮断薬の至適用量に性差があると仮定を立てた。 【方法】欧州11カ国で実施した前向き試験BIOSTAT-CHFの事後解析を実施した。この試験は、手順従ってACE阻害薬またはARBおよびβ遮断薬の投与開始と用量漸増を推奨された心不全患者を対象としたものである。著者らは、左室駆出率が40%未満の患者のみを対象とし、試験開始3カ月以内に死亡した患者を除外した。あらゆる原因による死亡または心不全による入院までの期間の複合を主要転帰とした。男性3539例、女性961例のHFrEF患者から成る独立コホートASIAN-HFで結果を検証した。 【結果】BIOSTAT-CHFのHFrEF患者(男性1308例、女性402例)で、女性のほうが男性よりも高齢(74歳vs. 70歳、P<0.0001)、低体重(72kg vs. 85kg、P<0.0001)、低身長(162cm vs. 174cm、P<0.0001)だったが、BMIに有意な差はなかった。ほぼ同じ割合の男女でガイドラインが推奨するACE阻害薬またはARB[99例(25%)vs. 304例(23%)、P=0.61]およびβ阻害薬[57例(14%) vs. 168(13%)例、P=0.54]の目標用量に達していた。死亡または心不全による入院のハザード比が最も低かったのは、男性ではACE阻害薬またはARBおよびβ遮断薬の推奨用量100%を服用していた患者であったが、女性は推奨用量のわずか50%でリスクが約30%も低く、増量してもリスクはそれ以上低下しなかった。この性差は、年齢、体表面積などの変数で補正した後もなお認められた。ASIAN-HFレジストリでは、ACE阻害薬およびβ遮断薬いずれもほぼ同じパターンが見られ、女性は推奨用量の50%でリスクが約30%低く、増量してもそれ以上の便益は見られなかった。 【解釈】この試験から、HFrEF女性患者は男性よりもACE阻害薬またはARBおよびβ遮断薬を減量する必要があることが示唆される。これは、男性と比較した女性の真の至適薬物療法が何であるかという問題を提起するものである。 第一人者の医師による解説 男女により標準治療薬の至適用量に差があることに注意が必要 瀧本 英樹 東京大学医学部附属病院循環器内科講師 MMJ. October 2020; 16 (5):133 左室駆出率(LVEF)が低下した心不全患者に対するガイドラインに準じた治療(guideline-directed medical therapy;GDMT)では現在、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬を少量から導入し、性別関係なく推奨量まで漸増する。しかし、薬物の体内分布、代謝、病態には性差があり、至適用量は男女で異なる可能性が高い。  本論文はこの仮説を、欧州11カ国のBIOSTATCHF試験 の 事後解析により検証、さらにアジア11地域のASIAN-HF試験で検証した。BIOSTATCHF試験はGDMTが奏効しない要因を調べる前向き観察研究であり、2010~12年に患者登録が行われた。ACE阻害薬 /ARB、β遮断薬投与が不十分な心不全患者について、登録後3カ月間に治療薬を増量・最適化、その後6カ月間は用量を維持して評価した(追跡期間の中央値は21カ月)。対象となったLVEF 40%未満の男性1,308人と女性402人をβ遮断薬、ACE阻害薬 /ARBの推奨量到達度で4群(0%、1~49%、50~99%、100%以上)にわけて全死亡と心不全入院の複合エンドポイントを評価すると、β遮断薬、ACE阻害薬 /ARBとも女性では50~99%、男性では100%以上で最もリスクが低かった。推奨量到達度と相対リスクの関係を解析すると、β遮断薬に関して女性では推奨量の60%でリスクが最も低いU字型曲線を示し、男性では30~100%でリスクが低かった。ACE阻害薬 /ARBに関して、女性では推奨量の40%で最もリスクが低く、それ以上で低下しなかったが、男性は増量に伴ってリスクが低下し、推奨量100%で最もリスクが低くなった。  ASIAN-HF試験に登録されたLVEF40%以下の男性3,539人、女性961人を対象とした解析でもほぼ同様の結果であり、女性においてβ遮断薬は推奨量の40~50%、ACE阻害薬 /ARBは推奨量の60%で十分な相対リスク低下効果を得ることができ、それ以上でリスク低下を認めなかった。一方、男性ではβ遮断薬は推奨量100%で最も相対リスクが低く、ACE阻害薬 /ARBは推奨量50%以上でリスク低下が得られた。  すなわち、女性の心不全治療において、これら薬物は人種によらず推奨量の約半量が適切であることが示された。この機序については検討されていないが、薬物の代謝、血中濃度、副作用、病態形成の性差が考えられよう。これからは性差を考慮した医療を適切に提供することが求められている。
大豆および発酵大豆食品摂取量と総死亡および死因別死亡の関連 前向きコホート研究
大豆および発酵大豆食品摂取量と総死亡および死因別死亡の関連 前向きコホート研究
Association of soy and fermented soy product intake with total and cause specific mortality: prospective cohort study BMJ. 2020 Jan 29;368:m34. doi: 10.1136/bmj.m34. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】大豆製品数種類と総死亡および死因別死亡の関連を調べること。 【デザイン】住民対象コホート研究。 【設定】日本全国11カ所の保健所を対象としたJapan Public Health Centre-based Prospective(JPHC)前向き研究。 【参加者】45-74歳の参加者9万2915例(男性4万2750例、女性5万165例) 【曝露】5年間のアンケート調査による大豆製品、発酵大豆食品、非発酵大豆食品および豆腐の総摂取量。 【主要評価項目】住民登録および死亡診断書から取得した総死亡率および死因別死亡率(がん、心血管疾患、心疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患および外傷)。 【結果】追跡期間14.8年間の間に1万3303件の死亡を特定した。多変量調整モデルでは、大豆製品の総摂取量に総死亡率との有意な関連はなかった。大豆食品総摂取量の最低五分位群に対する最高五分位群のハザード比は、男性で0.98(95%CI 0.91-1.06、傾向のP=0.43)、女性で0.98(同0.89-1.08、傾向のP=0.46)であった。発酵大豆食品の摂取量に、あらゆる死因による死亡率との逆相関が見られた。最低五分位群に対する最高五分位群のハザード比:男性で0.90、0.83-0.97、傾向のP=0.05、女性で0.89、0.80-0.98、傾向のP=0.01)。納豆には、男女ともに心血管疾患による死亡率との有意な逆相関が見られた。 【結論】この研究では、発酵大豆の摂取量が多いほど死亡リスクが低くなった。しかし、大豆食品の総摂取量にあらゆる死因による死亡率との有意な関連は見られなかった。発酵大豆食品の有意な関連が残存する交絡因子が補正されていないことで弱まることが考えられるため、この結果は慎重に解釈すべきである。 第一人者の医師による解説 和食に多い発酵性大豆製品の積極的摂取 健康増進維持に重要 小久保 喜弘1)、東山 綾1)、渡邉 至1)、河面恭子2) 国立循環器病研究センター予防健診部(1)医長、2)医師) MMJ. October 2020; 16 (5):148 1995年にAndersonらは、大豆蛋白投与群(平均47g/日)での脂質値%変化量が対照群と比べて、総コレステロールで-9%、LDLコレステロール(LDL-C)で-13%、HDLコレステロールで+2%、中性脂肪で-11%であった、と臨床研究38件のメタ解析結果をN Engl J Medに報告した。  Sacksらは、2006年 Circulationに大豆の脂質異常症改善効果をまとめた。大豆以外の蛋白質摂取と比較して、イソフラボン含有大豆蛋白投与群でLDL-C値の低下がランダム化試験22件中10件、イソフラボン非含有大豆蛋白投与群でLDL-C値の低下が8件中1件、またイソフラボン単独で19件中3件の試験でみられた。日本の追跡研究で、女性の食事性イソフラボン摂取量の下位20%群(平均値11 mg/日)を基準に、上位20%群(41mg/日)での脳梗塞、心筋梗塞発症リスクがともに0.4倍で(1)、その関連性は閉経後の女性のほうが強かった。大豆蛋白は、英米で健康表示の承認を受けている。日本でも「動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2017年版」に、大豆製品を多く摂取することが推奨されている。  最近の米国統合追跡研究によると(2)、イソフラボン摂取量下位20%群(平均値0.1 ~ 0.2mg /日)を基準に、上位20%群(3 ~ 4mg/日)での冠動脈疾患発症リスクが0.9倍であり、日本の平均摂取量(16 ~ 22mg /日)と比べ少量でも関連性がみられた。  今回の研究では、92,915人の男女(45 ~ 74歳)を約15年間追跡し、発酵性大豆製品摂取量が多い群(上位20%)では、少ない群(下位20%)に比べ全死亡リスクが男女とも0.9倍低く、さらに、納豆の摂取量が多いほど心血管死リスクが低かった。  大豆には蛋白質、食物繊維、イソフラボン、ミネラル、レシチンなどさまざまな成分が含まれている。中でも、イソフラボンは大豆中に配糖体として存在する。配糖体は腸内細菌で糖が切り離されてアグリコンになり腸管から吸収されるが、腸内細菌の働きに個人差がある。一方、発酵性大豆では糖が切り離されたアグリコンとして存在し、そのまま腸管から吸収される。発酵性大豆製品からのイソフラボンを多く摂った(10.4mg/日以上)正常血圧群で、正常高値血圧以上(130/85mmHg以上)の罹患リスクは0.8倍であると縦断的研究で報告されている(3)。  発酵性大豆製品はそのほかに、一部のがん、骨粗鬆症、認知症など多くの疾患で予防効果が示されている。日本でも古くから和食で発酵性大豆製品が使われているが、近年その摂取量の減少が懸念されている。塩分摂取に留意して上手に発酵性大豆製品を摂取し、健康増進に努めていただきたい。 1. Kokubo Y et al. Circulation 2007;116(22):2553-2562. 2. Ma L et al. Circulation 2020;141(14):1127-1137. 3. Nozue M et al. J Nutr 2017;147(9):1749-1756.
救急外来を受診した急性心房細動患者に用いる電気的除細動と薬物的除細動の比較(RAFF2) 部分要因無作為化試験
救急外来を受診した急性心房細動患者に用いる電気的除細動と薬物的除細動の比較(RAFF2) 部分要因無作為化試験
Electrical versus pharmacological cardioversion for emergency department patients with acute atrial fibrillation (RAFF2): a partial factorial randomised trial Lancet. 2020 Feb 1;395(10221):339-349. doi: 10.1016/S0140-6736(19)32994-0. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】急性心房細動は、救急部で治療する最も頻度の高い不整脈である。著者らの主要目的は、電気駅除細動前の薬物による除細動(薬物ショック)と電気的除細動単独(ショック単独)の洞調律復帰を比較することであった。第二の目的は、電気的除細動時の2つのパッド位置の有効性を比較することであった。 【方法】カナダの大学病院11施設の救急部で、急性心房細動患者を対象とした2通りのプロトコールを用いた部分要因試験を実施した。成人急性心房細動患者を組み入れた。プロトコール1では、プロカインアミド静注(15mg/kgを30分かけて投与)による薬物的除細動後の必要に応じた電気的除細動実施(3回まで、いずれも200J以上)とプラセボ投与後の電気的除細動実施を無作為化プラセボ対照盲検下で比較した。電気的除細動を実施する際、前後と前外側のパッド位置を無作為化非盲検コホート内で比較するプロトコール2を用いた。プロトコール1では、オンライン電子データ収集システムを用いて現場の研究員が患者を無作為に(1対1の割合、試験施設で層別化)割り付けた。薬物投与30分後に洞調律に復帰しない患者をプロトコール2で無作為化し、試験施設とプロトコール1の割り付けで層別化した。患者を全研究員と救急部職員にプロトコール1の治療割り付けを伏せた。主要転帰は、無作為化後30分以降および3回のショック直後の正常洞調律復帰とした。プロトコール1はintention-to-treatで解析し、プロトコール2は電気的除細動を実施しなかった患者を除外した。この試験はClinicalTrials.govにNCT01891058番で登録されている。 【結果】2013年7月18日から2018年10月17日にかけて、396例を組み入れ、追跡脱落例はなかった。薬剤ショック群(204例)では196例(96%)、ショック単独群(192例)では176例(92%)が洞調律に復帰した(絶対差4%、95%CI 0-9、P=0.07)。退院した患者の割合は、97%(198例)と95%(183例)だった(P=0.60)。薬物ショック群の106例(52%)が、薬物注入単独で洞調律に復帰した。追跡中、重度の有害事象が発現した患者はいなかった。プロトコール2(244例)の2通りのパッド位置の洞調律復帰率は同等であった[前後群127例中119例(94%)と前外側群117例中108例(92%)]。 【解釈】救急部を受診した急性心房細動患者で、薬物ショックとショック単独戦略ともに洞調律復帰の有効性が高く、迅速で安全で、再受診を回避できた。薬物注入は、約半数に有効であり、電気的除細動を要する資源集約的な処置時の鎮静が回避できた。このほか、電気的除細動時の前後と前外側のパッド位置による有意な差は見られなかった。救急部を受診する急性心房細動の即時洞調律維持が良好な転帰をもたらすことになる。 第一人者の医師による解説 Ic群抗不整脈薬の効果はより高いと推測 日本の救急現場での治療方針は妥当 井上 博 富山県済生会富山病院顧問 MMJ. October 2020; 16 (5):127 心房細動発作で救急受診した患者では、血圧低下や心不全悪化など特別な事情がなければ、まず抗不整脈薬を静注し30分ほど様子をみて、洞調律化しない場合は電気的除細動を試みることが通例である。この2段階のアプローチは臨床現場では特に疑問視されることなく行われているが、最初から電気的除細動を試みるアプローチと厳密に比較した成績は乏しい。  本試験は、カナダの大学病院救急外来11施設で、2013年7月~18年10月に行われた無作為対照試験(RAFF2)である。心房細動が3時間以上持続し、除細動を必要とする、状態の安定した成人患者396人(平均年齢60歳)を対象とした。プロトコール1では、プロカインアミド 15mg/kg(最大1,500mg)を30分で静注し無効な場合に電気的除細動(二相性波形、200J以上で3回まで)を行うdrug-shock群(204人)と最初から電気的除細動を行うshock群(192人)に無作為化した。プロトコール2では、プロトコール1で電気的除細動を行う患者を電極配置が前-後(右鎖骨下と左肩甲骨下)と前-外側(右鎖骨下と左前腋窩)の2群に無作為化した。その結果、除細動され洞調律が30分以上持続した患者は、drug-shock群で196人(96%)、shock群で176人(92%)と両群間で有意差はなかった(P=0.07)。Drug-shock群の52%では、プロカインアミド静注のみで静注開始から中央値で23分後に洞調律化した。14日間の追跡期間終了時点で306人(77%)が洞調律であり、重篤な有害事象や脳卒中の発生はみられなかった。2種類の電極配置の間で洞調律化率に差はなかった(前-後群92% 対 前-外側群94%;P=0.68)。  発症後間もない心房細動発作を救急外来で除細動する場合、薬理学的除細動+電気的除細動あるいは電気的除細動のみを行う方法のいずれも、高い有効性と安全性を示した。薬理学的除細動のみで約半数の患者で洞調律化が可能であったことから、臨床現場ではまず薬理学的除細動を試み、無効な場合に電気的除細動を行う方針が効果的と考えられる。電極の配置は洞調律化率には影響しない。  以上の結果は、日本の救急現場で経験的に行われる治療方針が妥当であることを無作為化対照試験で改めて示したものである。注意すべき点は、わが国では心房細動の洞調律化にはプロカインアミドが使用されることはまれで、Ic群抗不整脈薬などが選択されることが多く、薬理学的除細動率は本試験の成績より高いと推測される。また、除細動とは別の治療方針として、発症後間もない心房細動発作は薬物による心拍数コントロールのみで48時間以内に69%が洞調律化するという報告(1)もあり、救急現場ではこれらの成績も考慮に入れて治療方針を選択することが望ましい。 1. Pluymaekers NAHA et al. N Engl J Med 2019;380(16):1499-1508.
HMG-CoA還元酵素の遺伝的代替阻害と上皮性卵巣がんの関連
HMG-CoA還元酵素の遺伝的代替阻害と上皮性卵巣がんの関連
Association Between Genetically Proxied Inhibition of HMG-CoA Reductase and Epithelial Ovarian Cancer JAMA. 2020 Feb 18;323(7):646-655. doi: 10.1001/jama.2020.0150. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】前臨床および疫学的試験から、スタチンによる上皮性卵巣がんリスクの化学的予防作用の可能性が示唆されている。 【目的】一般住民とBRCA1/2遺伝子変異保持者の間で、3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)還元酵素(スタチンの標的となるHMG-CoA還元酵素の機能低下による遺伝子変異など)と上皮性卵巣がんの関連を評価すること。 【デザイン、設定および参加者】ゲノムワイド関連研究(GWAS)のメタ解析(19万6475例)でLDLコレステロールとの関連が示されているHMGCR、Niemann-Pick C1-Like 1(NPC1L1)およびプロタンパク転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)の一塩基多型(SNP)を用いて、HMG-CoA還元酵素、NPC1L1およびPCSK9それぞれの治療による代替阻害を実施した。Ovarian Cancer Association Consortium(OCAC、6万3347例)に登録された浸潤性上皮性卵巣がんの症例対象解析のGWASメタ解析およびConsortium of Investigators of Modifiers of BRCA1/2(CIMBA、3万1448例)に登録されたBRCA1/2変異陽性上皮性卵巣がんの後ろ向きコホート解析のGWASメタ解析から要約統計量を取得。2つのコンソーシウムで、1973年から2014年にかけて参加者を登録し、2015年まで追跡した。OCACは14カ国、CIMBAは25カ国から参加者を登録した。SNPを複数対立遺伝子モデル(multi-allelic model)に統合し、逆分散法ランダム効果モデルを用いて標的の終生阻害(lifelong inhibition)を表すメンデル無作為化推定値を求めた。 【曝露】HMG-CoAの遺伝的代替阻害を主要曝露、NPC1L1およびPCSK9の遺伝的代替阻害および遺伝的代替循環LDLコレステロール値を副次曝露とした。 【主要転帰および評価項目】全体および組織型別の浸潤性上皮性卵巣がん(一般集団)および上皮性卵巣がん(BRCA1/2遺伝子変異保持者)とし、卵巣がんオッズ(一般集団)とハザード比(BRCA1/2遺伝子変異保持者)で測定した。 【結果】OCAC標本には浸潤性上皮性卵巣がん女性2万2406例および対照4万941例、CIMBA標本には上皮性卵巣がん女性3887例および対照2万7561例を対象とした。2件のコホートの年齢中央値は41.5歳から59.0歳までと幅があり、全参加者が欧州系であった。主要解析では、LDLコレステロール値1mmol/L(38.7mg/dL)に相当するHMG-CoA還元酵素の遺伝的代替阻害で上皮性卵巣がんリスクが低下した(オッズ比[OR]0.60、95%CI 0.43-0.83、P=0.002)。BRCA1/2遺伝子変異保持者では、HMG-CoA還元酵素の遺伝的代替阻害で卵巣がんリスクが低下した(ハザード比0.69、95%CI 0.51-0.93、P=0.91)。副次解析で、NPC1L1(OR 0.97、95%CI 0.53-1.75、P=0.91)、PCSK9(OR 0.98、95%CI 0.85-1.13、P=0.80)および循環LDLコレステロール(OR 0.98、95%CI 0.91-1.05、P=0.55)の遺伝的代替阻害と上皮性卵巣がんに有意な関連はなかった。 【結論および意義】HMG-CoA還元酵素の遺伝的代替阻害があると上皮性卵巣がんのオッズが低下した。しかし、この結果は、HMG-CoA還元酵素を阻害する薬剤によってリスクが低下することを示唆するものではなかった。このような薬剤に同等の関連があるかを理解するために、詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 スタチンの卵巣がん治療への応用につながる可能性 青木大輔 慶應義塾大学医学部産婦人科教授 MMJ. October 2020; 16 (5):142 スタチンはメバロン酸合成経路の上流に位置するヒドロキシメチルグルタリル補酵素 A(HMG-CoA)還元酵素を阻害することによって、血液中のコレステロール値を低下させるため、脂質異常症治療薬として世界中で汎用されている薬物である。加えて、抗炎症作用や血管拡張、凝固・線溶などの血管リモデリング抑制作用など多面的作用を発揮し、冠動脈疾患や心不全、不整脈などへの予防効果も明らかとなりつつある。さらに、デンマークの疫学研究により、がんと診断される前にスタチンを使用したがん患者は、がんによる死亡のリスクが15%低いという解析結果が報告されたことにより(1)、スタチンの抗腫瘍効果に注目が集まることとなった。この報告を皮切りに、大腸がん、前立腺がん、乳がんなどにおいて同様の疫学研究や基礎実験で抗腫瘍効果が報告されてきている。卵巣がんに対しても、その有用性が基礎的実験レベルで明らかとなりつつあり(2)、臨床への応用も期待されてきている。一方で、スタチンとがん発症率・死亡率との間に因果関係を認めないとの報告もあり議論が続いていた。  本研究は、上皮性卵巣がん患者22,406人と対照者 40,941人、BRCA1/2 変異陽性上皮性卵巣がん患者3,887人と対照者27,561人を対象に、HMG-CoA還元酵素の機能低下に関連する遺伝子の一塩基多型(SNP)により同酵素が遺伝的代替阻害を受けている人の上皮性卵巣がん発症リスクについて検討した。その結果、LDLコレステロール1mmol/L(38.7mg/dL)低下に相当するHMG-CoA還元酵素の遺伝的代替阻害により上皮性卵巣がん発症リスクが40%低くなること(オッズ比 ,0 .60;95 % CI, 0 .43 ~ 0 .83;P= 0 .002)、BRCA1/2変異保持者でも上皮性卵巣がん発症リスクが31%低くなること(ハザード比 , 0.69;95% CI, 0.51~0.93;P=0.01)が示された。  本研究はこれまで議論の続いていたスタチンと卵巣がん抑制の関連性について遺伝子レベルから検討している点が非常に興味深く、その研究成果からHMG-CoA還元酵素を薬理的に阻害しているスタチンでも同様の効果が得られる可能性が想起される。一方で、スタチン投与により卵巣がん発症リスクを抑制したとの臨床試験データは依然として得られていない。今後はスタチンが奏効する卵巣がんの臨床病理・分子生物学的因子の探索が必要である。 1. Nielsen SF, et al. N Engl J Med. 2012;367(19):1792-1802. 2. Kobayashi Y, et al. Clin Cancer Res. 2015;21(20):4652-4662.
移植患者のサイトメガロウイルス血症予防に用いるポックスウイルスベクターサイトメガロウイルスワクチン 第II相無作為化臨床試験
移植患者のサイトメガロウイルス血症予防に用いるポックスウイルスベクターサイトメガロウイルスワクチン 第II相無作為化臨床試験
Poxvirus Vectored Cytomegalovirus Vaccine to Prevent Cytomegalovirus Viremia in Transplant Recipients: A Phase 2, Randomized Clinical Trial Ann Intern Med. 2020 Mar 3;172(5):306-316. doi: 10.7326/M19-2511. Epub 2020 Feb 11. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】Triplexワクチンは、造血幹細胞移植(HCT)後間もないサイトメガロウイルス(CMV)特異的T細胞の増強およびCMV再活性化の予防を目的に開発された。 【目的】Triplexの安全性および有効性を明らかにすること。 【デザイン】初めて患者を対象とする第II相試験(ClinicalTrials.gov:NCT02506933)。 【設定】米国のHCTセンター3施設。 【参加者】CMV再活性化のリスクが高いCMV血清反応陽性のHCTレシピエント102例。 【介入】HCT後28日時および56日時にTriplexまたはプラセボの筋肉内注射。Triplexは、免疫優性CMV抗原を発現する組み換え弱毒ポックスウイルス(改変ワクシニアアンカラ) 【評価項目】主要転帰は、CMVイベント(CMV DNA値≧1250IU/mL、抗ウイルス治療を要するCMV血症、末端臓器障害のいずれか)、非再発死亡、重度(グレード3または4)の移植片対宿主病(GVHD)とし、いずれもHCT後100日間にわたって評価し、注射に起因するかその疑いがあるグレード3または4の有害事象(AE)はワクチン投与後2週間以内に評価した。 【結果】計102例(各群51例)が初回ワクチン接種、91例(89.2%)が2回目のワクチン接種を完了した(Triplex 46例、プラセボ51例)。Triplex群5例(9.8%)、プラセボ群10例(19.6%)にCMVの再活性化が確認された(ハザード比0.46、95%CI 0.16-1.4、P=0.075)。Triplex群に初回ワクチン接種から100日以内の非再発死亡や重度AE、ワクチン接種2週間以内のワクチン接種によるグレード3または4のAEはなかった。注射後の重度急性GVHD発生率は両群で同等だった(ハザード比1.1、CI 0.53-2.4、P=0.23)。Triplex群の長期持続pp65特異的エフェクターメモリー表現型T細胞レベルがプラセボ群より高かった。 【欠点】プラセボ群のCMVイベント発生率が予想以上に低かったことで試験の検出力が低下した点。 【結論】ワクチンによる安全性の懸念は特定されなかった。TriplexはCMV特異的免疫反応を誘発増強し、Triplexワクチンを接種した患者にCMV血症はほとんど見られなかった。 第一人者の医師による解説 安全性を有しより効果が確実な サイトメガロウイルスワクチンに期待 新庄 正宜 慶應義塾大学医学部小児科専任講師 MMJ. October 2020; 16 (5):145 サイトメガロウイルス(CMV)ワクチン(1)には、弱毒性のキメラワクチン(全ウイルスを抗原)、体内では増殖が不可能 なdisabled infectious single cycle(DISC)ワクチンであるV160(全ウイルスを抗原)、MF59アジュバントを含むgB/MF59(gBを抗原)、DNAワクチンのVCL-CT02(pp65、IE1、gBを抗原)やASP0113(gB、pp65を抗原)、そしてウイルスベクターワクチンとして、AVX601(gB、pp65、IE1を抗原)と今回のMVATriplex(pp65、IE1、IE2を抗原)などがある。これらは、その効果、免疫原性、持続性などの問題や臨床試験中である事情を有することから、実用化に至っていない。  本論文とは別の報告ではあるが、移植患者へのCMVワクチンの応用については、DNAワクチンのASP0113(上述)の研究(第 III相試験)が知られている。しかし、CMV抗体陽性の造血幹細胞移植患者に対して、移植後1年間の全死亡数やCMV感染症の発生率などの主要評価項目で、有意な効果は認められなかった。また、腎移植患者においても有効性は示されなかった(第 II相試験)(アステラス製薬 ニュース https://www.astellas.com/jp/ja/news より)。いずれも局所部位反応以外の問題はなかった。  さて、本論文で報告された第 II相ランダム化試験は、CMVの再活性を予防するために、ポックスウイルスをベクターとした筋注ワクチン(Triplex)もしくはプラセボを、CMV抗体陽性の造血幹細胞移植患者(合計102人)に2回(移植後28日目と56日目)接種し、CMVの再活性化や安全性を評価したものである。非再発死亡やグレード 3~4の有害事象はいずれもわずかであった。移植後100日以内のCMV感染症(ウイルス DNA 1,250 IU/ml以上、治療を要するウイルス血症、またはCMV末期臓器疾患[EOD])はワクチン接種群で少ない傾向(9.8% 対 19.6%)にあったが、重症の急性移植片対宿主病(GVHD)はワクチン接種群で多い傾向(15.7% 対 7.8%)にあった。いずれも差があると言い切ることはできなかった(P>0.05)。今回は、プラセボ群で30%程度の発症があると見込んだために、効果に有意差が出なかったことが考えられた。メモリーフェノタイプ T細胞はワクチン接種群で有意に多く、移植後365日目までは高い傾向を示した。  移植患者に対するCMVワクチンは、いずれも高い安全性を有しているようであるが、現時点で有効とはいえない。より効果が確実なCMVワクチンの登場に期待したい。 1. 南修司郎. サイトメガロウイルスワクチン.耳喉頭頸.2020 ;92 (4):326-329.
ツベルクリン皮膚反応検査またはインターフェロンγ遊離試験結果が陽性を示した未治療集団の結核絶対リスク システマティック・レビューとメタ解析
ツベルクリン皮膚反応検査またはインターフェロンγ遊離試験結果が陽性を示した未治療集団の結核絶対リスク システマティック・レビューとメタ解析
Absolute risk of tuberculosis among untreated populations with a positive tuberculin skin test or interferon-gamma release assay result: systematic review and meta-analysis BMJ. 2020 Mar 10;368:m549. doi: 10.1136/bmj.m549. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】結核リスクが上昇すると考えられる特徴がある未治療集団(リスクのある集団)で、ツベルクリン皮膚反応検査(TST)およびインターフェロンγ遊離試験(IGRA)、またはそのいずれかで陽性を示した後の結核年間発症率を明らかにすること。 【デザイン】システマティック・レビューとメタ解析。 【データ入手元】1990年1月1日から2019年5月17日までのEmbase、MedlineおよびCochrane Controlled Register of Trialsで、英語またはフランス後で出版されたヒト対象試験。参考文献一覧を参照した。 【選択基準とデータ解析】結核抗原検査陽性(TSTまたはIGRA)で12カ月以上追跡した未治療者10例以上を対象とした後ろ向きまたは前向きコホートおよび無作為化試験。システマティック・レビューおよびメタ解析のための優先的報告項目(PRISMA)および疫学研究に求められる観察試験のメタ解析(MOOSE)ガイドラインに従って、2名の査読者が独立して試験データを抽出し、改変版診断精度を検討した試験の質評価(QUADAS-2)ツールを用いて質を評価した。ランダム効果一般化線形混合モデルを用いてデータを統合した。 【主要評価項目】主要転帰は、リスク小集団別の検査(TSTまたはIGRA)陽性未治療集団の1000人年当たりの結核発症率とした。リスク小集団で検査陰性者と比較した不顕性結核検査陽性参加者の結核の累積発症率および発症率比を副次評価項目とした。 【結果】特定した試験5166件のうち122件を解析対象とした。一般住民を対象とした試験3件で、TSTの硬結径が10mm以上だった参加者3万3811例の結核発症率は、1000人年当たり0.3(95%CI 0.1-1.1)だった。19のリスク集団で不顕性結核感染検査が陽性だった11万6197例の発症率が一般集団よりも一貫して高かった。あらゆる種類の結核患者の接触者で、IGRA検査陽性例の結核発症率は1000人年当たり17.0(同12.9-22.4)、TST検査陽性例(硬結径5mm以上)で1000人年当たり8.4(同5.6-12.6)だった。HIV陽性者で、結核発症率はIGRA陽性例で16.9(同10.5-27.3)、TST陽性例(硬結径5mm以上)で27.1 (15.0-49.0)。このほか、移民、珪肺または透析患者、移植レシピエント、囚人の間で発症率が高かった。検査陰性例に対する検査陽性例の発症率比がいずれの検査でも、ほぼ全リスク集団で1.0以上有意に高かった。 【結論】結核発症率は、TSTまたはIGRA検査陽性後にリスクのある集団で大幅に高かった。このレビューで得られた情報は、不顕性結核感染の検査および治療に対する臨床的判断の伝達に有用となるものである。 第一人者の医師による解説 潜在性結核感染症の検査と治療の決定に必要な情報 加藤 誠也 公益財団法人結核予防会結核研究所所長 MMJ. October 2020; 16 (5):138 潜在性結核感染症(latent tuberculosis infection;LTBI)の治療の推進は、国内では低蔓延化さらに根絶を目指すため、また、国際的には世界保健機関(WHO)が進めている結核終息戦略(End TB Strategy)の目標達成のために重要である。日本結核病学会のLTBI治療指針の根拠となる論文の1つは本論文の著者 Menzies D.が関与したものであり、対象となる疾患・病態における発病リスク比が示されている(1)。本論文は,ツベルクリン反応(ツ反)またはインターフェロンγ遊離試験(interferon gamma release assay;IGRA)の結果が陽性で未治療のLTBIの発病率の絶対値を広範な系統的レビューとメタ解析によって算出したことに意義がある。さらに副次成果として感染検査で陽性者および陰性者の発病率および発病率の比を求めた。  例えば、一般の人でツ反の硬結10mm以上の陽性であった場合の1,000人年あたりの発病率は0.3であったのに対して、結核患者との接触者の発病率は、ツ反の硬結が5mm以上の場合を陽性とすると8.4、IGRA陽性では17.0と、一般の人よりもそれぞれ28倍、56倍と極めて高かった。接触者における感染検査結果による発病率の違いは、ツ反の硬結5mm以上を陽性とすると6.0倍、IGRAでは10.8倍であった。  WHOは資源が限られた国においてはHIV感染者にツ反を実施せずにLTBI治療を勧めているが、本研究の結果から感染検査の陽性者と陰性者の発病率の比は大きいので、検査は便益があることが示された。ただし、検査結果が陰性であっても一般の人よりは発病率が高いのでLTBI治療の意義はあるかもしれない。  接触者、HIV感染者、囚人、塵肺患者では発病率が極めて高かったのに対して、最近の移民・亡命者、透析が必要な人、臓器移植を受けた人、免疫抑制薬を投与されている人は、一般の人よりは高かったが、前述の群ほどではなかった。これらの情報は、臨床医が、それぞれの地域における対策の優先度、治療の可能性、受け入れ易さ、費用対効果を踏まえたうえで、LTBIの検査と治療を決定するのに有用な情報となる。なお、糖尿病、免疫抑制薬投与、低体重についてはさらにデータの蓄積が求められる。  今後、LTBI治療をさらに広く推進するために必要なのは、発病をより正確に予測可能なバイオマーカーである。WHOは専門家による合意文書を刊行し、その求められる性能として検査実施2年以内に活動性結核を発病する人を予測できることを想定している(2)。 1. Landry J et al. Int J Tuberc Lung Dis. 2008;12:1352-1364. 2. World Health Organization. (2017). Consensus meeting report: development of a target product prole (TPP) and a framework for evaluation for a test for predicting progression from tuberculosis infection to active disease.World Health Organization. https://bit.ly/2ZSeo2c. License: CC BY-NC-SA 3.0 IGO
高感度心筋トロポニンを用いた症候性患者からの誘発性心筋虚血の除外 コホート研究
高感度心筋トロポニンを用いた症候性患者からの誘発性心筋虚血の除外 コホート研究
Using High-Sensitivity Cardiac Troponin for the Exclusion of Inducible Myocardial Ischemia in Symptomatic Patients: A Cohort Study Ann Intern Med. 2020 Feb 4;172(3):175-185. doi: 10.7326/M19-0080. Epub 2020 Jan 7. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】症候性安定冠動脈疾患(CAD)患者の監視に最適な非侵襲的方法は明らかになっていない。 【目的】症候性CAD患者の誘発性心筋虚血の除外に超低濃度の高感度心筋トロポニンI(hs-cTnI)を用いた新たなアプローチを応用すること。 【デザイン】前向き診断コホート研究(ClinicalTrials.gov:NCT01838148)。 【設定】大学病院。 【参加者】誘発性心筋虚血の疑いで紹介されたCADの連続症例1896例。 【評価項目】単一光子放射断層撮影(SPECT)による心筋血流シンチグラフィ、可能であれば冠動脈造影および冠血流予備量比を用いて、誘発性心筋虚血の有無を判定した。判定を伏せておいたスタッフがhs-cTn濃度を測定した。ほぼ無症状のCAD患者から事前に得たhs-cTnIカットオフ値2.5ng/Lを評価した。事前に規定した誘発性心筋虚血の除外の目標診断精度の基準を陰性適中率(NPV)90%以上かつ感度90%以上とした。hs-cTnTアッセイの測定値、さらに分析感度の高い代替hs-cTnI検査(検出限界0.1 ng/L)を基に感度解析を実施した。 【結果】全体で865例(46%)から誘発性心筋虚血が検出された。誘発性心筋虚血除外のカットオフ値2.5ng/LのMPVは70(95%CI 64-75%)、感度90%(CI 88-92%)だった。いずれの値も事前に定義した目標診断能の基準に達したhs-cTnIのカットオフ値は得られなかった。別のhs-cTnIまたは高感度心筋トロポニンT(hs-cTnT)検査でも、目標診断能の基準に達したカットオフ値はなく。hs-cTnT濃度5ng未満がNPV 66%(CI 59-72%)、hs-cTnI濃度2ng/L未満がNPV 68%(CI 62-74%)だった。 【欠点】中央判定を用いた大規模単施設診断研究でデータを生成した点。 【結論】症候性CADで、hs-cTnIカットオフ値2.5ng/Lの超低濃度hs-cTnでは、安全に誘発性心筋虚血を除外することができない。 第一人者の医師による解説 採血だけの高感度心筋トロポニン 低侵襲による心筋虚血リスク評価は多くの福音 島田 俊夫 静岡県立総合病院臨床研究部統括部長 MMJ. October 2020; 16 (5):134 高感度心筋トロポニン(hsCTn)は急性心筋梗塞、急性心筋炎、慢性心筋炎、心筋症、抗がん剤による心筋障害、心不全などで上昇することが報告されている。急性心筋梗塞の診断に関してはガイドラインも存在し適用がほぼ確立されている(1)。hsCTn検査のメリットとして、採血のみで心筋障害の有無を短時間で低侵襲的に診断できる、入院が不要、無駄な侵襲性の高い検査を回避できる、医療費の削減につながることなどが挙げられ、導入への期待は大きい。心筋トロポニンは3種類(トロポニンI、T、C)あり、臓器特異性のあるIとTが使用されている。 本論文は、hsCTnを使って安定な冠動脈疾患患者で誘発心筋虚血を評価できるか検証したチャレンジングなコホート研究の報告である。結果の詳細は原著に委ねるとして、筆者が作成した2×2分割表を詳細に分析すれば論文の内容を正確に理解できよう。そのためにはBayes乗法の定理の理解が必要であるが詳細は省略する(2)。 研究対象は安定冠動脈疾患患者1,896人で、表から有病率46%(865/1,896)が検査前確率になる。SPECT虚血陽性面積10%未満を陽性とした場合を例に示す。hsCTnIのカットオフ値は2.5ng/Lである3。本研究の関心対象は陰性結果であり、検査後オッズ =検査前オッズ×陰性尤度比=0.84×0.5=0.42であった。以上から検査後確率 =0.42/(1+0.42)=0.3で、検査前確率0.46から0.3に低下した。陽性の場合は陰性尤度比を陽性尤度比に替えると検査後確率は0.485になる。検査前確率0.46から検査後確率0.485とわずかに上がった。SPECT誘発心筋虚血面積10%以上を陽性と判定した場合、陰性において検査前確率0.14から検査後確率0.07に低下、陽性の場合は検査後確率0.15で変わらなかった。比較対照に用いたhsCTnT(エレクシス)、超 hsCTnI(エレナ)の結果もやや劣るか、同等であった。現段階では、採血によるhsCTnによる誘発心筋虚血の診断/除外は難しいが、低侵襲による心筋虚血リスク評価は多くの福音をもたらすため研究達成を期待したい。 筆者らも“健康集団(約1,000人)”を対象に血清 hsCTnI/Tを測定し、四分位数群の下位群と上位群でFraminghamリスクスコアを比較すると上位群のスコアが有意に高く、本論文の内容は意味深長だと受け止めている。 1. ygesen K, et al. J Am Coll Cardiol. 2018;72(18):2231-2264. 2. 島田俊夫 , et al. 臨床病理 2016;64:133-141. 3. Hammadah M, et al. Ann Intern Med. 2018;169(11):751-760.
限局性前立腺癌のアンドロゲン抑制療法実施の有無別にみた積極的監視、手術、小線源療法、放射線外部照射療法の5年にわたる患者報告転帰
限局性前立腺癌のアンドロゲン抑制療法実施の有無別にみた積極的監視、手術、小線源療法、放射線外部照射療法の5年にわたる患者報告転帰
Patient-Reported Outcomes Through 5 Years for Active Surveillance, Surgery, Brachytherapy, or External Beam Radiation With or Without Androgen Deprivation Therapy for Localized Prostate Cancer JAMA. 2020 Jan 14;323(2):149-163. doi: 10.1001/jama.2019.20675. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】低リスクおよび高リスク限局性前立腺癌に用いる現在の治療戦略の有害作用を理解することで、治療選択に有用な情報を得ることができると思われる。 【目的】前立腺がん治療後5年間の転帰を機能的転帰を比較すること。 【デザイン、設定および参加者】2011年から2012年の間に診断を受けた低リスク(臨床分類cT1~cT2bN0M0、PSA 20ng/mL以下、グレードグループ1~2を満たす)前立腺癌患者1385例と高リスク(臨床分類cT2cN0M0、PSA 20~50ng/mL、グレードグループ3-5のいずれかに該当)前立腺癌患者619例を対象とした前向き住民対象コホート研究。Surveillance, Epidemiology and End Results(SEER)プログラム5施設および米前立腺がん登録から開始し、2017年9月まで追跡した。 【曝露】低リスク患者への積極的監視(363例)、神経温存前立腺全摘除(765例)、放射線外部照射療法(EBRT、261例)または低線量率小線源療法(87例)による治療、高リスク患者への前立腺全摘除(402例)またはアンドロゲン抑制療法併用EBRT(217例)。 【主要転帰および評価項目】26項目からExpanded Prostate Index Composite(0~100点)を基に判定した治療5年後の患者報告機能。調査開始時の機能、患者背景および腫瘍の特徴を回帰モデルで調整した。性機能10~12点、尿失禁6~9点、排尿刺激症状5~7点、排便およびホルモン機能4~6点を臨床的に意義がある最重要差とした。 【結果】計2005例が適格基準を満たし、追跡開始時と開始後1回以上の調査を完了した(年齢中央値64歳、77%が非ヒスパニック系白人)。低リスク前立腺癌患者では、神経温存前立腺摘除が積極的監視療法と比べて5年時の尿失禁(調整平均差-10.9、95%CI -14.2~-7.6)および3年時の性機能(同-15.2、-18.8~-11.5)が不良だった。低線量率小源線療法は、積極的監視療法と比べると1年時の排尿刺激症状(同-7.0、-10.1~-3.9)、性機能(同-10.1 [95% CI, -14.6 to -5.7)および排便機能(同-5.0、-7.6~-2.4)が不良だった。EBRTは、5年間のいずれの時点でも、排尿機能、性機能および排便機能の変化に監視療法との臨床的に重要な差はなかった。高リスク患者では、前立腺全摘除と比べると、アンドロゲン抑制療法併用EBRTで6カ月時のホルモン機能(同-5.3、-8.2~-2.4)および1年時の排便機能(同-4.1、-6.3~-1.9)が低下したが、5年時の性機能(同12.5、6.2~18.7)および5年間の尿失禁(同23.2、17.7~28.7)が良好だった。 【結論および意義】限局性前立腺癌患者のコホートでは、現在の治療選択肢による機能的な差のほとんどが5年間で縮まった。しかし、前立腺全摘除を施行した患者はその他の選択肢と比べて5年間で臨床的に重要な差を認める尿失禁を報告し、前立腺全摘除を施行した高リスク患者はアンドロゲン抑制療法併用EBRTを実施した患者よりも5年時の性機能の悪化を報告した。 第一人者の医師による解説 各治療オプションにおける機能的アウトカム 患者説明において有用なデータ 神鳥 周也(講師)/西山 博之(教授) 筑波大学医学医療系腎泌尿器外科学 MMJ. October 2020; 16 (5):141 限局性前立腺がんの治療は、監視療法、手術や放射線治療など治療の選択肢が多く、10年がん特異的生存率はほぼ100%であり(1)、治療に伴う合併症による生活の質(QOL)低下が治療法を決定するうえで重要な因子の1つである。今回報告された前向きコホート研究では、米国のSurveillance,Epidemiology and End Results(SEER)プログラムおよび米国前立腺がん登録において2011~12年に限局性前立腺がんと診断された男性2,005人を対象とし、各治療から5年間の機能的アウトカム(排尿、排便、性、ホルモン機能)を限局性前立腺がん患者の健康関連 QOLの調査票であるExpanded Prostate Cancer Index Composite(EPIC)を用いて検証している。  低リスクの患者(cT1 ~ cT2bN0M0、前立腺特異抗原[PSA]20 ng/mL以下およびグレード分類1 ~ 2)では、監視療法(363人)、神経温存前立腺全摘術(675人)、外照射(261人)、低線量率小線源治療(87人)が行われていた。また、高リスクの患者(ステージ cT2cN0M0、PSA 20 ~50ng/mLまたはグレード分類3~5)では、前立腺全摘術(402人)、アンドロゲン除去療法(ADT)併用外照射(217人)が行われていた。  低リスクの患者では、神経温存前立腺全摘術は監視療法と比較して5年時の尿失禁(補正平均差 ,-10.9)、3年時の性機能(-15.2)の悪化を認めた。低線量率小線源治療は監視療法と比較して1年時の排尿刺激症状(-7.0)、性機能(-10.1)、排便機能(-5.0)の悪化を認めた。一方、外照射は監視療法と比較して5年間のいずれの時点でも排尿機能、性機能、排便機能に臨床的に重要な差は認められなかった。高リスクの患者では、ADT併用外照射は前立腺全摘術と比較して6カ月時点のホルモン機能(-5.3)や1年時の排便機能(-4.1)の悪化を認めたが、5年時の性機能(12.5)および5年 間の尿失禁(23.2)は良好であった。  本研究ではこれまでの報告(2),(3)とは異なり、多くの患者がロボット手術や強度変調放射線治療(IMRT)を受けており、新しい治療モダリティによる機能的アウトカムを示している。日本における限局性前立腺がん診療の現状に即したデータであり、臨床医が患者への治療オプションを説明する際に有用であると思われる。一方、これらの治療は期待余命が10年以上見込まれる患者に対して選択されるため、長期的なQOL調査の実施が期待される。 1. Hamdy FC, et al. N Engl J Med. 2016;375:1415-1424. 2. Sanda MG, et al. N Engl J Med. 2008;358:1250-1261. 3. Donovan JL, et al. N Engl J Med. 2016;375:1425-1437.
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