「MMJ - 五大医学誌の論文を著名医師が解説」の記事一覧

原発性高シュウ酸尿症1型に用いるRNAi治療薬lumasiran
原発性高シュウ酸尿症1型に用いるRNAi治療薬lumasiran
Lumasiran, an RNAi Therapeutic for Primary Hyperoxaluria Type 1 N Engl J Med. 2021 Apr 1;384(13):1216-1226. doi: 10.1056/NEJMoa2021712. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】原発性高シュウ酸尿症1型(PH1)は、肝臓でシュウ酸が過剰に産生されることによって生じるまれな遺伝性疾患であり、腎結石や腎石灰化症、腎不全、全身性シュウ酸症を引き起こす。開発中のRNA干渉(RNAi)治療薬、lumasiranは、グリコール酸オキシダーゼを標的として肝臓でのシュウ酸の産生を抑制する。 【方法】この第III相二重盲検試験では、6歳以上のPH1患者をlumasiran群とプラセボ群に(2対1の割合で)割り付け、6カ月間皮下投与した(ベースラインと1、2、3、6カ月時に投与)。主要評価項目は、ベースラインから6カ月時までの24時間尿中シュウ酸排泄量の変化率(3~6カ月時までの平均変化率)とした。ベースラインから6カ月時までの血漿中シュウ酸値の変化率(3~6カ月時までの平均変化率)と6カ月時に24時間尿中シュウ酸排泄量が正常範囲上限の1.5倍以下であった患者の割合を副次評価項目とした。 【結果】計39例を無作為化し、26例をlumasiran群、13例をプラセボ群に割り付けた。24時間尿中シュウ酸排泄量の変化率の最小二乗平均差(lumasiran-プラセボ)は-53.5%ポイントであり(P<0.001)、lumasiran群では65.4%低下し、1カ月時に効果が認められた。階層的に検討した全副次評価項目の群間差は有意であった。血漿中シュウ酸値の変化率の差(lumasiran-プラセボ)は-39.5%ポイントであった(P<0.001)。6カ月時の24時間尿中シュウ酸排泄量が正常範囲上限の1.5倍以下であった患者の割合は、lumasiran群84%、プラセボ群0%であった(P<0.001)。lumasiran群の38%に軽度かつ一過性の注射部位反応が報告された。 【結論】lumasiranは、PH1の進行性腎不全の原因となる尿中シュウ酸排泄を抑制した。lumasiranを投与した患者の大多数は、6カ月間の治療後に正常値または正常値に近い値を示した。 第一人者の医師による解説 臓器移植に代わるPH1患者の革新的根治治療薬 他の希少疾患でのRNAi治療薬の開発を期待 笠原 群生 国立成育医療研究センター臓器移植センター長・副院長 MMJ. August 2021;17(4):125 高シュウ酸尿症1型(PH1)は常染色体劣性遺伝疾患で、肝臓のペルオキシソームに局在するアラニン・グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ(AGT)の欠損により、シュウ酸が過剰に産生される疾患である。過剰なシュウ酸はシュウ酸カルシウムとなり、腎結石・腎不全・全身のシュウ酸カルシウム沈着(皮膚、骨、網膜、心血管など)をきたす予後不良の疾患である。発症頻度は10万人に1人~100万人に1人の希少疾患である。小児期に腎結石で発症する患者が多いが、診断が困難で43%の患者が腎不全となってから診断され、14%が15.5歳(中央値)で死亡すると報告されている(1)。根治手術には肝移植が有効であるが、併存する進行性の腎不全により肝腎同時移植が必要な患者もある。 ルマシランはRNA干渉治療薬でAGT上流にあるグリコール酸オキシダーゼをエンコードするmRNAを阻害することで、肝臓でのシュウ酸産生を抑制する。今回の研究は、6歳以上で慢性腎臓病(CKD)ステージ 3以下の遺伝子診断されたPH1患者にルマシランを6カ月間使用し、皮下(3mg/kgを最初の1 ~ 3カ月は月1回、その後3カ月ごとに1回)投与群(26人)とプラセボ群(13人)に割り付け比較検討する、無作為化二重盲検第3相試験として実施された。ルマシラン投与群で推定糸球体濾過量(eGFR)に変化を認めなかったが、24時間尿中シュウ酸排泄量および血漿シュウ酸濃度で有意な低下を認めた。腎結石症状もルマシラン投与群で減少した。ルマシラン投与による主な有害事象は皮下注射部位の発赤・痛み・掻痒感であったが、一過性であった。ルマシランはPH1患者に安全に投与可能で、尿中シュウ酸排泄量を正常値近くまで減少することが可能であった。 PH1患者にはビタミン B6内服や水分摂取などの治療法が試みられてきたが、進行性の腎障害、腎不全、骨病変、眼病変、心機能不全を認めることがあり、肝移植や肝腎移植が適用されてきた。ルマシランは臓器移植に代わるPH1患者の革新的な根治治療薬になりえ、希少疾患患者のアンメット・メディカル・ニーズに応える薬剤である。今後他の希少疾患でRNAi治療薬の基礎的研究・臨床応用が期待される。 1. Mandrile G, et al. Kidney Int. 2014;86(6):1197-1204.
ISARIC WHOプロトコールを用いたCOVID-19入院患者のリスク層別化 4C死亡スコアの開発と検証
ISARIC WHOプロトコールを用いたCOVID-19入院患者のリスク層別化 4C死亡スコアの開発と検証
Risk stratification of patients admitted to hospital with covid-19 using the ISARIC WHO Clinical Characterisation Protocol: development and validation of the 4C Mortality Score BMJ. 2020 Sep 9;370:m3339. doi: 10.1136/bmj.m3339. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のため入院した患者の死亡率を予測する実用的なリスクスコアを開発し、検証すること。 【デザイン】前向き観察コホート研究。 【設定】英イングランド、スコットランドおよびウェールズの病院260施設で実施された国際重症急性呼吸器・新興感染症コンソーシアム(ISARIC)世界保健機関(WHO)臨床的特徴プロトコールUK(CCP-UK)試験(ISARICコロナウイルス臨床的特徴評価コンソーシアム[ISARIC-4C]が実施)。2020年2月6日から同年5月20日の間に登録した患者コホートでモデルを訓練し、2020年5月21日から同年6月29日の間に登録した2つ目のコホートで検証した。 【参加者】最終データ抽出の4週間以上前にCOVID-19のため入院した18歳以上の患者。 【主要評価項目】院内死亡。 【結果】3万5463例(死亡率32.2%)を派生データ、2万2361例(死亡率30.1%)を検証データとした。最終的な4C死亡スコアには、病院での初期評価で容易に得られる8項目(年齢、性別、併存疾患数、呼吸数、末梢酸素飽和度、意識レベル、尿素値およびC反応性タンパク)を用いた(スコア0~21点)。4Cスコアは、死亡の識別能が高く(派生コホート:ROC曲線下面積0.79、95%CI 0.78~0.79;検証コホート:同0.77、0.76~0.77)、較正も良好であった(検証コホートのcalibration-in-the-large:0、calibration-slope:1.0)。スコア15点以上の患者(4158例、19%)の死亡率が62%(陽性的中率62%)であったのに対して、スコア3点以下の患者(1650例、7%)の死亡率は1%(陰性的中率99%)であった。識別能は、既存の15種類のリスク層別化スコア(ROC曲線下面積0.61~0.76)よりも高く、COVID-19コホートで開発した他のスコアも識別能が低いものが多かった(範囲0.63~0.73)。 【結論】簡便なリスク層別化スコアを開発し、通常の病院受診時に得られる変数に基づいて検証した。4C死亡スコアは既存のスコアより優れており、臨床上の意思決定に直ちに応用できる有用性が示され、COVID-19入院患者を各管理グループに層別化するのに用いることができる。このスコアをさらに詳細に検証し、他の集団にも応用できるか明らかにする必要がある。 第一人者の医師による解説 一定の外的妥当性はあるが 異なる医療環境での適用は慎重に 加藤 康幸 国際医療福祉大学成田病院感染症科部長 MMJ. August 2021;17(4):106 2019年末以来、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界中の国や地域が直面している公衆衛生上の緊急事態である。患者に対する医療はパンデミックにおける社会安定の基盤であり、限られた医療資源を多数の患者に有効に配分するため、臨床判断に役立つ予後予測ツールが求められてきた。 英国(北アイルランドを除く)の260病院が参加した本研究では、2020年2月6日~5月20日に入院したCOVID-19の成人患者35,463人(院内死亡率32.2%)について、事前に設計されたプロトコール(ISARIC-4C)に従って収集された41項目の情報が調査された。機械学習の手法を取り入れた解析により、入院時の8変数(年齢、性別、併存症 の 数、呼吸数、末梢血酸素飽和度、意識状態[Glasgow Coma Scaleスコア]、尿素窒素値、C反応性蛋白値)が死亡リスク関連因子として抽出された。連続変数にはカットオフ値を設けて、実用的な予後予測スコアが開発された(The 4C Mortality Score:0~21点)。 これを2020年5月21日~6月29日に入院し た 成人患者22,361人(院内死亡率30.1 %)を対象に検証したところ、ROC(受信者動作特性曲線)下面積は0.79(95 % 信頼区間 , 0.78~0.79)と良好な値を示した。スコア15点以上の院内死亡率は62%であったが、3点以下では1%であった。予測パフォーマンスは、市中肺炎や敗血症、COVID-19に関する既存の予後予測スコア(SOFA(*)、CURB65、A-DROPなど15種類)より優れていた。 COVID-19に対する有効な薬物療法は現時点で限られるため、医療環境や変異株の出現により、入院患者の予後が大きく左右される可能性がある。このため、本スコアを異なる国や地域、流行時期に単純に当てはめることには慎重であるべきであろう。しかし、すでにフランスやイタリアなどにおいて、本スコアの有用性が報告されていることから、一定の外的妥当性があると考えられる。 研究を主導したInternational Severe Acute Respiratory Infection Consortium(ISARIC)は2009パンデミックインフルエンザの経験を踏まえて、新興感染症の臨床的課題に取り組むことを目的に英国で設立された団体である。大規模な症例数を迅速に解析した本研究には、優れたビジョンと長年の準備があったことに学ぶべきことは多い。 *sequential organ failure assessment
スタチン治療と筋症状 連続無作為化プラセボ対照N-of-1試験
スタチン治療と筋症状 連続無作為化プラセボ対照N-of-1試験
Statin treatment and muscle symptoms: series of randomised, placebo controlled n-of-1 trials BMJ. 2021 Feb 24;372:n135. doi: 10.1136/bmj.n135. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】スタチン服用時に筋症状を経験した患者で、筋肉症状に対するスタチンの影響を明らかにすること。 【デザイン】連続した無作為化プラセボ対照N-of-1試験。 【設定】2016年12月から2018年4月の英国プライマリケア50施設。 【参加者】筋症状を理由にスタチン服用を中止して間もない患者およびスタチン服用中止を検討している患者計200例。 【介入】患者をアトルバスタチン1日1回20mg投与とプラセボに二重盲検化した連続する6つの治療期間(各2カ月)に割り付けた。 【主要評価項目】各治療期間終了時に被験者が視覚的アナログ尺度(0-10)で筋症状を評価した。主要解析では、スタチン投与期間中とプラセボ投与期間中の症状スコアを比較した。 【結果】スタチンとプラセボそれぞれ1期間以上の症状スコアを提出した患者151例を主要解析の対象とした。全体で、スタチン期間とプラセボ期間の筋症状スコアに差はなかった(スタチン-プラセボの平均差-0.11点、95%CI -0.36-0.14、P=0.40)。忍容できない筋症状による脱落は、スタチン期間で18例(9%)、プラセボ期間で13例(7%)だった。試験を完遂した患者の3分の2がスタチンによる長期治療の再開を報告した。 【結論】スタチン服用時の重度筋症状の経験を報告したことがある参加者で、アトルバスタチン20mg投与によるプラセボと比較した筋症状への全体的な影響は認められなかった。試験を完遂した参加者のほとんどが、スタチンによる治療の再開を希望した。N-of-1試験は集団単位で薬物の作用を評価でき、個人の治療の指針となる。 第一人者の医師による解説 ノセボ効果の見える化により、研究参加者の多くがスタチン再開 岡㟢 啓明 東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科助教 MMJ. August 2021;17(4):116 クレアチンキナーゼ(CK)上昇を伴う筋炎や横紋筋融解症はスタチン投与に伴い一定の頻度で起きるものの、CK上昇を伴わない軽度な筋症状はスタチンで増えるのか? ノセボ効果(スタチンによって筋症状が増えるかもしれないとの懸念から、偶然の筋症状の原因をスタチンだと思ってしまう)のために、スタチン中止に至ることもあり、特に心血管リスクが高い場合などで、治療上のデメリットになる。 本論文は、スタチンによる筋症状の真偽に答えるべく実施されたN-of-1試験(StatinWISE)の報告である。N-of-1試験は患者内比較試験で、投与期間、プラセボ投与期間をランダムに複数回設定し、1人の患者内で実薬とプラセボの効果を比較、その結果をすべての患者(n)で集計する。本研究では、研究期間12カ月を2カ月 X6回に分け、アトルバスタチン20mgまたはプラセボをそれぞれ3回ずつランダムに割り付けた。対象者は、筋症状が理由でスタチンを中止したか、中止を検討している患者である(CK高値を伴う患者は除外)。なお、70%は心血管疾患既往を有し、スタチン投与が望ましい患者であった。 結果、スタチン vs.プラセボ投与期間の比較では患者評価の筋症状スコアに有意差はなかった。筋症状による投与中止の割合は、スタチン投与期間とプラセボ投与期間で有意差はみられなかった。また、試験終了後、患者に筋症状がスタチン、プラセボどちらの投与期間で起きたのかを知らせた結果、患者の3分の2は今後長期間にわたりスタチンを服用したいと答えた。 今回、CK上昇を伴う筋炎や横紋筋融解症以外の筋症状はスタチンにより有意に増加しているとは言えなかったが、この結果は、最近の他の試験でも裏付けられている(1ー3)。また、本試験では患者の多くがスタチン再開を希望したことから、筋症状が必ずしも薬によるものではないことをこのような方法で理解するのは有用と考えられる。スタチン不耐でスタチン再開を検討したい場合、N-of-1試験の方法は日常臨床にも応用できるのではないかと筆者らは推察している。 他のスタチンや別の用量でも同様な結果が得られるかは不明だが、スタチンによる筋症状が多くの場合ノセボ効果に由来することが示唆された。N-of-1試験デザインが日常臨床でも有用である可能性が示された点でも意義深い。しかし一方で、臨床的には、スタチンとの因果関係がやはり疑われるような、CK上昇を伴わない筋症状にも実際に遭遇する。そのようなケースにも十分注意しながら、本試験の結果を活用することが大切と思われる。 1. Wood FA, et al. N Engl J Med. 2020;383(22):2182-2184. 2. Moriarty PM, et al. J Clin Lipidol. 2014;8(6):554-561. 3. Nissen SE, et al. JAMA. 2016;315(15):1580-1590.
全年齢層に適用可能な血清クレアチニン値に基づく新たな糸球体濾過量推定式の開発および検証 統合データの横断解析
全年齢層に適用可能な血清クレアチニン値に基づく新たな糸球体濾過量推定式の開発および検証 統合データの横断解析
Development and Validation of a Modified Full Age Spectrum Creatinine-Based Equation to Estimate Glomerular Filtration Rate : A Cross-sectional Analysis of Pooled Data Ann Intern Med. 2021 Feb;174(2):183-191. doi: 10.7326/M20-4366. Epub 2020 Nov 10. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】小児用Chronic Kidney Disease in Children Study(CKiD)推定式および成人用Chronic Kidney Disease Epidemiology Collaboration(CKD-EPI)推定式は、糸球体濾過量(GFR)推定に推奨される血清クレアチニン(SCr)を基にした計算式である。しかし、いずれの式も、両者を組み合わせたとしても、欠点があり、特に思春期から成人期への移行中にGFRが大幅に変動し、若年成人のGFRが過剰に推定される問題がある。全年齢層対象(FAS)式はこの問題を解決するものであるが、SCr値が低いとGFRを過剰に推定する。 【目的】FASとCKD-EPI式の特徴を組み合わせたSCrに基づく改定FAS式を開発し、検証すること。 【デザイン】開発および検証に別々の統合データを用いた横断解析。 【設定】GFRを測定した研究および臨床試験(13件)。 【参加者】7試験の参加者計1万1251例(開発および内部検証データ)および6試験の参加者計8378例(外部検証データ)。 【評価項目】新たなGFR推定式の開発に、外因性マーカー(参照方式)、SCr値、年齢、性別および身長を用いた。 【結果】新たな推定式、European Kidney Function Consortium(EKFC)式は、全年齢(2~90歳、小児で-1.2 mL/min/1.73m^2[95%CI -2.7~0.0 mL/min/1.73m^2]、成人で-0.9 mL/min/1.73m^2[CI, -1.2~-0.5mL/min/1.73m^2])およびSCr全範囲(40~490µmol/L[0.45~5.54 mg/dL])でバイアスが小さく、CKiD式、CKD-EPI式と比べて30%を超える推定誤差もほとんどなかった(小児で6.5%[CI 3.8~9.1%]、成人で3.1%[CI 2.5~3.6%]。 【欠点】黒人が対象に含まれていない点。 【結論】新たなEKFC式は、広く用いられているSCR値からGFRを推定する式と比べて、正確性および精度が改善した。 第一人者の医師による解説 全年齢層に適用できる推算式 長期にわたる腎機能の経過観察を可能に 後藤 淳郎 医療法人社団永康会 中目黒クリニック院長 MMJ. August 2021;17(4):120 腎機能障害は将来の末期腎不全だけでなく心血管イベントさらには死亡とも関連することから、腎機能は臨床における重要な指標である。主要な腎機能を代表する糸球体濾過量(GFR)の正確な測定は、手技やコストの面から容易ではなく、濾過の指標となるイヌリンなどの外因性物質を体内に投与し複数回採血・採尿を行う必要がある。クレアチニン(Cr)やシスタチン Cなど内因性物質のクリアランスを利用すればGFRを算出できるが、やはり採血・採尿は必要である。そこで、血清クレアチニン値と年齢、性、人種などを組み合わせたGFR推算式が各種考案されて日常臨床で使用されている。わが国では日本人でのイヌリン・クリアランスを基準に作成された式が広く普及し、慢性腎臓病(CKD)の病期分類に利用されている。 一方、世界的には1〜16歳のCKDを有する小児で作成されたChronic disease in Children Study(CKiD)式と健常人なら びにCKDを有する成人で作成されたChronic Kidney Disease Epidemiology Collaboration(CKD-EPI)式がKidney Disease Improving Global Outcome(KDIGO)のガイドラインで推奨されて広く用いられている。両式ともGFRが過剰に評価される年齢層や対象があり、小児から成人に移行する年齢ではCrはほぼ不変なのにGFRが大きく変動するなどの限界が指摘され、この点を解決すべくfull age spectrum (FAS)式が提案されたが、解決には至っていなかった。 今回 FAS式とCKD-EPI式を組み合わせて、血清Cr値に基づく推算GFR式として発表されたEuropean Kidney Function Consortium(EKFC)式は、CKiD式、CKD-EPI式に比べて、より正確にGFRを推算できることが本論文で示されている。EKFC式は、まず7研究11,251人の個々の成績から導かれ、その妥当性が内部検証された。次に異なる6研究8,378人での成績を用いてさらに検証が加えられた。EKFC式では2〜90歳の年齢を通じて、また0.45〜5.54mg/dLの広範な血清Cr値を通じ標準法による基準値とのバイアスが小さく、30%超の推算誤差がCKiD式、CKD-EPI式に比べて少なく正確度が高まること、さらにEKFC式では小児と成人の境界年齢でもGFR値がスムーズに変化することが確認された。ただし、白人のみの成績であり、黒人など他人種へ適用できるかは問題点として残る。 1つの推算式で小児から青年期さらに壮年期への移行に伴ってeGFR推算がスムーズにできれば確かに長期にわたる腎機能の経過観察が可能となり、全年齢層での疫学調査や腎疾患の長期追跡研究などに役立つことが期待される。
過体重または肥満の2型糖尿病成人患者に用いるセマグルチド週1回2.4mg投与(STEP 2試験) 無作為化二重盲検ダブルダミープラセボ対照第III相試験
過体重または肥満の2型糖尿病成人患者に用いるセマグルチド週1回2.4mg投与(STEP 2試験) 無作為化二重盲検ダブルダミープラセボ対照第III相試験
Semaglutide 2·4 mg once a week in adults with overweight or obesity, and type 2 diabetes (STEP 2): a randomised, double-blind, double-dummy, placebo-controlled, phase 3 trial Lancet. 2021 Mar 13;397(10278):971-984. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00213-0. Epub 2021 Mar 2. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】この試験では、過体重または肥満の2型糖尿病成人患者の体重管理を目的としたGLP-1アナログ製剤セマグルチド2.4mg、同1.0mg(糖尿病治療に承認された用量)またはプラセボの週1回皮下投与の有効性と安全性を評価した。 【方法】この第III相二重盲検ダブルダミー優越性試験では、スクリーニング180日以上前に2型糖尿病の診断を受けたBMI 27以上、糖化ヘモグロビン7~10%(53~86mmol/mol)の成人を登録した。欧州、北米、南米、中東、南アフリカおよびアジア12カ国の外来診療所149施設で患者を募集した。患者を自動ウェブ応答システム(IWRS)で無作為化し、基礎治療の血糖降下薬および糖化ヘモグロビンで層別化。セマグルチド2.4mg、同1.0mg、外見上見わけのつかないプラセボに(1対1対1の割合で)割り付け、週1回、68週間皮下投与し、生活習慣介入を実施した。患者、治験責任医師、結果の評価者に治療の割り付けを伏せた。主要評価項目は、治療意図に基づく評価で、プラセボと比較したセマグルチド2.4mg群の68週時の体重変化率と5%以上の減量達成の複合とした。試験薬を1回以上投与した患者全例で安全性を評価した。この試験は、ClinicalTrials.gov(NCT03552757)に登録されており、参加者の登録が終了している。 【結果】2018年6月4日から11月14日の間に1595例をスクリーニングし、そのうち1210例をセマグルチド2.4mg群(404例)、同1.0mg群(403例)、プラセボ群(403例)に割り付け、intention-to-treat解析の対象とした。ベースラインから68週時までの推定平均体重変化率は、セマグルチド2.4mg群-9.6%(SE 0.4)、プラセボ群-3.4%(同0.4)であった。プラセボ群と比較したセマグルチド2.4mg群の推定投与群間差は-6.2%ポイントだった(95%CI -7.3~-5.2、P<0.0001)。68週時、セマグルチド2.4mg群の方がプラセボ群よりも5%以上の減量を達成した患者が多かった(388例中267例[68.8%] vs. 376例中107例[28.5%]、オッズ比4.88、95%CI 3.58~6.64、P<0.0001)。セマグルチド2.4mg群(403例中353[87.6%])および1.0mg群(402例中329[81.8%])の方が、プラセボ群(402例中309[76.9%])よりも有害事象発生率が高かった。セマグルチド2.4mg群403例中256例(63.5%)、セマグルチド1.0mg群402例中231例(57.5%)、プラセボ群402例中138例(34.3%)に消化管系の有害事象が発現したが、ほとんどが軽度ないし中等度であった。 【解釈】過体重または肥満の2型糖尿病成人患者で、セマグルチド2.4mgを週1回投与によってプラセボと比較して効果的で臨床的に意義のある減量を達成した。 第一人者の医師による解説 セマグルチド 2.4mg/週投与は体重減少率および5%体重減の達成に有効 林 高則 医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所臨床栄養研究部 栄養療法研究室室長/窪田 直人 東京大学医学部附属病院病態栄養治療部准教授 MMJ. August 2021;17(4):119 いくつかの糖尿病治療薬では体重増加をきたしやすいこともあり、血糖コントロールとともにいかに減量を達成していくかは、2型糖尿病治療において大きな課題である。 グルカゴン様ペプチド -1(GLP-1)受容体作動薬は血糖降下作用に加えて、減量効果も期待できる薬剤である。本論文は、肥満を有する2型糖尿病患者に対してGLP-1受容体作動薬であるセマグルチドを2.4mg週1回投与した際のプラセボまたはセマグルチド1.0mg投与(糖尿病治療として承認されている量)に対する有効性および安全性を検討したSTEP2試験の報告である。 対象は18歳以上、BMI 27kg/m2以上、HbA1c 7~10%の2型糖尿病患者1,210人で、上記3群に割り付けられ68週間の追跡が行われた。その結果、ベースラインからの体重減少率は2.4mg群で9.6%、1.0mg群で7.0%、プラセボ群で3.4%であり、また5%以上の減量を達成した割合は2.4mg群で68.8%、1.0mg群で57.1%、プラセボ群で28.5%と、いずれも2.4mg群で有意に大きかった。2.4mg群では、心血管危険因子(腹囲、収縮期血圧、脂質、尿中アルブミンなど)や身体機能評価スコア、QOL評価スコアの改善も認められた。有害事象の発現頻度は実薬群で多かったが(胃腸障害が最多)、そのほとんどは一過性かつ軽度~中等度であり、2.4mg群と1.0mg群で副作用による中止に差を認めなかった。 本試験ではセマグルチド 2.4mg投与により心血管危険因子の改善が認められたが、実際に心血管イベント発症を抑制するかは今後さらなる検証が必要である。この点に関しては、非糖尿病肥満者においてセマグルチド 2.4mgが心血管イベント発症を抑制するかどうかを検証するSELECT試験(1)が進行中であり、その結果も待たれる。 HbA1cに関しては、68週時点のベースラインからの変化量が2.4mg群で−1.6%、1.0mg群で−1.5%と差はわずかであったが、2.4mg群は1.0mg群と比べ併用薬が減った割合が高かったことも考慮して解釈する必要がある。 このSTPE2試験には日本を含む12カ国の施設が参加しており、研究参加者の26.2%がアジア人である。GLP-1受容体作動薬は非アジア人と比較してアジア人で血糖低下効果が高いこと(2)や、白人と比べアジア人でより主要心血管イベント発症抑制のベネフィットが大きいこと(3)が報告されており、日本人を含めたアジア人におけるセマグルチド 2.4mgの有効性が期待される。 1. Ryan Dh, et al. Am Heart J. 2020; 229: 61-69. 2. Kim YG, et al. Diabetes Obes Metab. 2014;16(10):900-909. 3. Matthew M Y Lee, et al. Diabetes Care. 2021; 44 (5) :1236-1241.
うつ病に用いるpsilocybinとエスシタロプラムを比較した試験
うつ病に用いるpsilocybinとエスシタロプラムを比較した試験
Trial of Psilocybin versus Escitalopram for Depression N Engl J Med. 2021 Apr 15;384(15):1402-1411. doi: 10.1056/NEJMoa2032994. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】psilocybinは抗うつ作用を有する可能性があるが、psilocybinと実証済みのうつ病治療との直接比較はない。 【方法】罹病歴の長い中等症ないし重症の大うつ病性障害患者を対象とした第II相二重盲検無作為化比較試験で、psilocybinと選択的セロトニン再取り込み阻害薬エスシタロプラムを6週間にわたって比較した。患者をpsilocybin 25mgの3週間隔2回投与かつプラセボ6週間連日投与群(psilocybin群)とpsilocybin 1mgの3週間隔2回投与かつエスシタロプラム6週間連日経口投与群(エスシタロプラム群)に1対1の割合で割り付けた。全例に心理的サポートを実施した。主要評価項目は、自己報告による簡易抑うつ症状尺度16項目スコア(QIDS-SR-16、スコア範囲0~27点、スコアが高いほど抑うつが重症)のベースラインから6週時までの変化量とした。6週時のQIDS-SR-16の改善(スコア50%以上低下と定義)およびQIDS-SR-16の寛解(スコア5点以下と定義)など16項目を副次評価項目とした。 【結果】59例を組み入れ、30例をpsilocybin群、29例をエスシタロプラム群に割り付けた。ベースラインの平均QIDS-SR-16スコアは、psilocybin群14.5点、エスシタロプラム群16.4点であった。ベースラインから6週時までの平均スコア変化量(±SE)は、psilocybin群-8.0±1.0点、エスシタロプラム群-6.0±1.0点で、群間差は2.0点(95%CI -5.0~0.9、P=0.17)であった。psilocybin群の70%とエスシタロプラム群の48%にQIDS-SR-16の改善が認められ、群間差は22%ポイント(95%CI -3~48)であった。それぞれ57%と28%にQIDS-SR-16の寛解が認められ、群間差は28%ポイント(95%CI 2~54)であった。その他の副次評価項目は概ねpsilocybin群の方がエスシタロプラム群よりも良好であったが、解析では多重比較を補正しなかった。有害事象の発現率は両群で同等であった。 【解釈】6週時のQIDS-SR-16うつ病スコアの変化量を基にすると、この試験では選択した患者群でpsilocybinとエスシタロプラムの抗うつ作用に有意差は認められなかった。副次評価項目は概ねpsilocybinの方がエスシタロプラムよりも良好であったが、この評価項目の解析では多重比較を補正しなかった。psilocybinと検証済みの抗うつ薬を比較するには、大規模で長期的な試験が必要である。 第一人者の医師による解説 シロシビンの効果検証 より大規模で長期の試験が必要 高橋 英彦 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学主任教授 MMJ. August 2021;17(4):108 シロシビン(psilocybin)はヒカゲシビレタケなどのマジックマッシュルームに含まれる幻覚成分で、セロトニンと類似した化学構造を有し、セロトニン 5-HT2A受容体にアゴニストとして主として作用する(1)。シロシビンには抗うつ作用があると考えられるが、シロシビンと既存のうつ病治療法との直接的な比較は行われていない。そこで、著者らは第2相二重盲検無作為化対照試験で、中等度〜重度の大うつ病性障害の患者を対象に、シロシビンまたは選択的セロトニン再取り込み阻害薬であるエスシタロプラムを6週間経口投与し、有効性と安全性を比較した。患者は、シロシビン25mgの2回投与(1、4週目)に加えプラセボを6週間連日投与する群(シロシビン群)と、薬理作用が無視できるシロシビン1mgの2回投与(1、4週目)に加えエスシタロプラムを6週間連日投与する群(エスシタロプラム群)に割り付けられた。主要評価項目は、6週目の16項目のQuick Inventory of Depressive Symptomatology-Self-Report(QIDS-SR-16)の得点のベースラインからの変化量であった。副次評価項目として、6週目にQIDS-SR-16の奏効(スコアがベースラインよりも50%以上減少)、QIDS-SR-16の寛解(スコアが5以下になった場合)など16項目を設定した。30人がシロシビン群に、29人がエスシタロプラム群に割り付けられた。ベースライン時のQIDS-SR-16の平均スコアは、シロシビン群で14.5点、エスシタロプラム群で16.4点であった。ベースラインから6週目までのスコアの変化量の平均(± SE)は、シロシビン群で−8.0±1.0ポイント、エスシタロプラム群で−6.0±1.0ポイントとなったが有意差はなかった。QIDS-SR-16上の奏効はシロシビン群で70%、エスシタロプラム群で48%で得られ、QIDS-SR-16上の寛解はそれぞれ57%と28%に認められたが、いずれも有意差はなかった。有害事象の発生率は両群間で同程度であった。本試験の限界として、エスシタロプラムは効果発現にもっと時間がかかる場合もあり、6週間は短い可能性が挙げられる。シロシビン25mgは1mgに比べて高揚感や解放感を感じる人が多く盲検化に影響を与えたかもしれない。結論として、シロシビンを既存の抗うつ薬と比較するには、より大規模で長期の試験が必要である。 1. Madsen MK, et al. Neuropsychopharmacology. 2019;44(7):1328-1334.
COVID-19患者の退院6カ月後の転帰 コホート研究
COVID-19患者の退院6カ月後の転帰 コホート研究
6-month consequences of COVID-19 in patients discharged from hospital: a cohort study Lancet. 2021 Jan 16;397(10270):220-232. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32656-8. Epub 2021 Jan 8. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】COVID-19の長期的な健康上の影響は、大部分が明らかになっていない。この研究の目的は、COVID-19患者の退院後の長期的な健康転帰を評価し、危険因子、特に疾患重症度関連のものを検討することであった。 【方法】2020年1月7日から5月29日の間に金銀潭病院(中国・武漢市)を退院したCOVID-19患者を対象に、前後両方向コホート研究を実施した。追跡調査前に死亡した患者、精神病性障害、認知症、再入院のため追跡調査ができなかった患者、骨関節症を合併し自由に動けない患者、脳卒中や肺塞栓症などの疾患により退院前後に動けなかった患者、試験への参加を拒否した患者、連絡が取れなかった患者、武漢市以外の地域に居住している患者や介護施設または福祉施設に居住している患者を除外した。全例に一連の質問票を用いた問診で症状および健康関連QOLを評価し、身体診察、6分間歩行テスト、血液検査を実施した。入院中に評価した7段階重症度尺度の最高点3点、4点、5~6点で層別化した手順を用いて、患者から検体を採取し、肺機能検査、胸部の高解像度CT、超音波検査を実施した。Lopinavir Trial for Suppression of SARS-CoV-2 in Chinaに参加した患者には、SARS-CoV-2抗体検査を実施した。多変量調整線形回帰モデルまたはロジスティック回帰モデルを用いて、重症度と長期的な健康転帰の関連を評価した。 【結果】退院したCOVID-19患者2469例から736例を除外し、計1733例を組み入れた。参加者の年齢中央値は57.0歳(IQR 47.0~65.0)であり、897例(52%)が男性であった。追跡調査は2020年6月16日から9月3日の間に実施し、発症後の追跡期間中央値は186.0日(175.0~199.0)日であった。よく見られた症状に、疲労または筋力低下(63%、1655例中1038例)、睡眠障害(26%、1655例中437例)があった。患者の23%(1617例中367例)から不安または抑うつが報告された。6分間歩行距離の中央値が正常範囲下限以下であった患者の割合は、重症度尺度3点の患者24%、4点の患者22%、5~6点の患者29%であった。これに対応する肺拡散障害の割合はそれぞれ22%、29%、56%であり、CTスコア中央値はそれぞれ3.0(IQR 2.0~5.0)、4.0(3.0~5.0)、5.0(4.0~6.0)であった。多変量調整後の重症度尺度3点と比較したオッズ比(OR)は、肺拡散障害で4点1.61(95%CI 0.80~3.25)、5~6点4.60(1.85~11.48)、不安または抑うつで4点0.88(0.66~1.17)、5~6点1.77(1.05~2.97)、筋力低下で4点0.74(0.58~0.96)、5~6点2.69(1.46~4.96)であった。追跡調査時に血中抗体検査を実施した94例の血清陽性率(96.2% vs. 58.5%)および中和抗体の力価中央値(19.0 vs. 10.0)は、急性期(入院時)に比べると著しく低かった。急性期に急性腎障害がなく推定糸球体濾過量(eGFR)が90mL/分/1.73m^2以上であった822例のうち、107例で追跡調査時のeGFRが90mL/分/1.73m^2未満であった。 【解釈】COVID-19生存者に、急性感染後6カ月時、主に疲労または筋力低下、睡眠障害、不安または抑うつ傾向が認められた。入院中の重症度が高かった患者は、肺拡散障害や胸部画像所見異常の重症度が高く、長期回復のための介入の主な対象者となる。 第一人者の医師による解説 6カ月後にも疲労・筋力低下、睡眠障害、不安・抑うつが残存 重症患者は回復後も介入が必要 葉 季久雄 平塚市民病院救急科・救急外科部長 MMJ. August 2021;17(4):105 2021年7月9日時点で、日本での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者数は累計でおよそ81万人、回復者数は78万人、死亡者数は1万5,000人である(厚生労働省統計)。COVID-19回復後に続く後遺症はLong COVIDと称され、臨床家の注目を集めている。 本論文は、中国武漢市金銀潭病院を退院したCOVID-19患者1,733人を対象とした、発表時点で対象者数が最大かつ追跡期間が最長の前後両方向コホート研究の報告である。目的は退院患者の経過から残存症状を記述し危険因子を探ること、抗SARS-CoV-2抗体価の推移など肺外臓器機能の評価である。すべての対象患者に面接、診察、6分間徒歩テスト、血液検査、さらに7段階の重症度分類(#)で抽出した一部の患者に肺機能検査、高解像度胸部 CT、超音波検査が実施された。なお、抗体検査はロピナビルの臨床試験(LOTUS)参加者94人のみに行われた。 患者背景は、年齢中央値57歳、男性52%、観察期間中央値は発症後186日であった。患者のうち68%が入院中に酸素投与を必要とし、7%は高流量酸素療法(HFNC)、非侵襲的陽圧換気(NIV)または侵襲的機械換気(IMV)を必要とした。4%が集中治療室での治療を受けた。入院期間の中央値は14日であった。 発症6カ月後の主な残存症状は、疲労・筋力低下(63%)、睡眠障害(26%)、不安・抑うつ(23%)であった。1つ以上の症状を有した患者は76%で、女性の割合が高かった。重症度スケール 3の患者と比較し、重症度スケール 5~6の患者が発症6カ月後に何らかの症状を有するオッズ比は2.42(P<0.05)であった。肺拡散障害、不安・抑うつ、疲労・筋力低下のオッズ比は、スケール 5~6の患者はスケール 3の患者に比べ、それぞれ4.60(P=0.0011)、1.77(P=0.031)、2.69(P=0.0015)であった。女性は男性と比較し、それぞれ2.22(P=0.0071)、1.80(P<0.0001)、1.33(P=0.016)のオッズ比を示した。発症6カ月後、急性期と比較し、血清抗体陽性率は96.2%から58.5%へと低下し、中和抗体抗体価の中央値は19.0から10.0に低下していた。 本研究は、重症患者、女性患者は回復後も多彩な症状が残存し、治療介入を要することを示していた。退院が治療の終了ではなく、退院後も適切なフォローアップが必要である。中和抗体は発症6カ月後には減少しており、回復後の患者にも再感染のリスクがあることを念頭におく必要がある。COVID-19回復後の長期経過の全容解明には、より大規模で、より長期間に及ぶ追跡調査が求められる。 #脚注)重症度スケールの定義:スケール 6= 入院して ECMO、IMV もしくはその両方を要した。スケール 5= 入院して HFNC、NIV もしくはその両方を要した。スケール 3= 入院したが酸素投与は要さなかった。
肝硬変の入院患者に用いるアルブミン点滴の無作為化試験
肝硬変の入院患者に用いるアルブミン点滴の無作為化試験
A Randomized Trial of Albumin Infusions in Hospitalized Patients with Cirrhosis N Engl J Med. 2021 Mar 4;384(9):808-817. doi: 10.1056/NEJMoa2022166. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】非代償性肝硬変患者では、感染や全身性炎症の亢進が臓器障害や死亡の原因となる。前臨床試験の結果から、アルブミンの抗炎症作用が期待されているが、それを検証する大規模臨床試験がない。このような患者で、血清アルブミン値30g/L以上を目標とした20%ヒトアルブミン溶液の連日点滴によって、標準治療と比較して感染症、腎障害および死亡の発生率が低下するかは明らかになっていない。 【方法】組み入れ時の血清アルブミン値が30g/L未満の非代償性肝硬変入院患者を対象に、多施設共同無作為化非盲検並行群間比較試験を実施した。患者を目標値を設定した20%ヒトアルブミン溶液の最長14日間または退院のいずれかまで投与するグループと標準治療を実施するグループに割り付けた。入院後3日以内に治療を開始することとした。複合主要評価項目は、治療開始後3~15日目に発生した新たな感染症、腎機能障害または死亡とした。 【結果】777例を無作為化し、患者の大部分でアルコールが肝硬変の原因であることが報告された。患者1例当たりのアルブミン総投与量中央値は、目標値設定アルブミン群(アルブミン値を30g/Lまで上昇させる)では200g(四分位範囲140~280)、標準治療群では20g(四分位範囲0~120)であった(調整後の平均差143g、95%CI 127~158.2)。主要評価項目が発生した患者の割合は、目標値設定アルブミン群(380例中113例、29.7%)と標準治療群(397例中120例、30.2%)の間で有意差が認められなかった(調整オッズ比0.98、95%CI 0.71~1.33、P=0.87)。データを退院時または15日目で打ち切りとした生存時間解析でも、群間差は認められなかった(ハザード比1.04、95%CI 0.81-1.35)。アルブミン群の方が標準治療群よりも、重度または生命を脅かす重篤な有害事象の発生率が多かった。 【結論】非代償性肝硬変入院患者で、アルブミン値30mg/L以上を目標とするアルブミン点滴に、英国の現行標準治療を上回る有益性は認められなかった。 第一人者の医師による解説 数値目標に固執したアルブミン投与は推奨されず 必要に応じ適切な投与を 岡田 啓 東京大学糖尿病・生活習慣病予防講座特任助教 MMJ. August 2021;17(4):117 アルブミンは、70年以上前から肝硬変患者に対して投与されてきたが、その投与の是非については意見が分かれていた。基礎研究では、アルブミン投与が全身炎症抑制や腎障害リスク低下に寄与することで予後を改善することが示唆されていたが、臨床試験においてはアルブミン投与が一貫して有効だというエビデンスは存在しなかった。 今回報告されたATTIRE試験は、非代償性肝硬変患者における急性合併症で入院した18歳以上の患者を対象とした、多施設共同ランダム化非盲検並行群間比較試験である。入院後72時間以内の血清アルブミン値が3.0g/dL未満、ランダム化時点で5日以上の入院を見込む患者を組み入れた。主な除外基準は、進行肝細胞がんを有し予後8週未満と予測され緩和治療を受けている患者とした。介入群では、非介入群で行う通常治療に加えて、血清アルブミン値3.5g/dLを目標として設定したアルブミン補充を行った。ただし、腹水穿刺で大量排液の施行や突発性細菌性腹膜炎や肝腎症候群を発症した場合、ガイドラインでアルブミン投与が推奨されているため1,2、非介入群でもアルブミン投与を医師の判断で行うこととした。主要エンドポイントは試験開始から3〜15日での感染症・腎機能障害・死亡の複合エンドポイントとし、副次エンドポイントは28日、3カ月、6カ月時点の死亡や合併症発症であった。 結果は、患者777人がランダム化され、intention-to-treat(ITT)解析において、主要エンドポイント発生割合は介入群29.7%、非介入群30.2%であった(調整済みオッズ比,0.98;95%信頼区間 ,0.71〜1.33;P=0.87)。発生したイベントの内訳は、新規感染症、腎機能障害、死亡の順に多く、個々の発症割合に関しても、両群で有意差を認めなかった。副次エンドポイントにおいても、有意なリスク差を認めず、むしろ介入群において肺水腫や細胞外液過剰状態が多く発現した(23人対8人[非介入群])。 本論文の結論は、血清アルブミン値目標を定めたアルブミン投与は推奨されないというものである。しかしその対象は、あくまで、数値目標に固執したアルブミン投与であって、既存の方法でのアルブミン投与を否定するものではないことに注意したい。海外ガイドライン 1,2と同様、日本の「肝硬変診療ガイドライン2020改訂第3版」でも、特発性細菌性腹膜炎や1型肝腎症候群合併例に対して同様にアルブミン製剤投与が推奨されている。なお、本研究はアルブミン数値目標や体液管理困難な患者が対象であるため二重盲検化は難しく、非盲検が正当化される状況であった。 1. European Association for the Study of the Liver. J Hepatol. 2018;69 (2) :406-460. 2. Runyon BA; Hepatology. 2013;57 (4) :1651-1653.
早産予防に用いるプロゲステロンを評価する国際共同研究(EPPPIC) 無作為化試験から抽出した個別患者データのメタ解析
早産予防に用いるプロゲステロンを評価する国際共同研究(EPPPIC) 無作為化試験から抽出した個別患者データのメタ解析
Evaluating Progestogens for Preventing Preterm birth International Collaborative (EPPPIC): meta-analysis of individual participant data from randomised controlled trials Lancet. 2021 Mar 27;397(10280):1183-1194. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00217-8. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】早産は、優先して検討すべき世界的な健康問題である。早産リスクの高い妊娠中のプロゲステロン使用によって早産および新生児の有害転帰を抑制できると思われる。 【方法】早産リスクが高い無症候性の女性でプロゲステロン膣内投与、17-ヒドロキシプロゲステロンカプロン酸(17-OHPC)筋肉注射、経口プロゲステロンを対照またはそれぞれと比較した無作為化試験の系統的レビューを実施した。MEDLINE、Embase、CINAHL、Maternity and Infant Care Databaseの検索およびデータベース開始から2019年7月30日までの関連試験登録から、公開の有無を問わず2016年6月30日までに主要データの収集が完了した試験(データ収集開始12カ月前)を特定した。早期流産または差し迫った早産の危険を予防するプロゲステロンの試験を除外した。適格試験の担当医師に個別患者データの提供を依頼した。早産、早期早産および妊娠中期の出産を転帰とした。重篤な新生児合併症の複合および個別で早産による新生児有害転帰を評価した。複合および個別に有害妊娠転帰を調査した。研究者2人が個別患者データを確認し、バイアスリスクを評価した。主要メタ解析に、ランダム効果を統合した1段階の一般化線形混合モデルを用いて、試験間の異質性を考慮に入れた。このメタ解析は、PROSPERO(CRD42017068299)に登録されている。 【結果】初回検索で適格試験47件を特定した。このうち30件の個別患者データが得られた。対象とした更新があり、後日追加試験1件を組み入れた。従って、計31試験のデータが得られた(女性1万1644例および児1万6185例)。単胎妊娠を検討した試験に組み入れたのは、ほとんどが自然早産歴がある女性および子宮頸管長が短い女性であった。プロゲステロン膣内投与(9試験、女性3769例、相対リスク[RR]0.78、95%CI 0.68~0.90)、17-OHPC(5試験、女性3053例、0.83、0.68~1.01)および経口プロゲステロン(2試験、女性181例、0.60、0.40~0.90)を投与した女性で、34週未満の早産が減少した。その他の出産および新生児転帰の結果は一貫して良好であったが、信頼性が低かった。妊娠合併症リスク上昇の可能性が示唆されたが、不確かであった。治療の相互作用と患者背景に一貫した根拠は認められなかったが、下位集団の解析から、子宮頸管長が短くない女性では有効性がないことが疑われた。多胎妊娠を検討した試験に組み入れたのは、他の危険因子がない女性であった。プロゲステロン膣内投与(8試験、2046試験、RR 1.01、95%CI 0.84~1.20)で双胎妊娠女性の34週未満での早産が減少せず、17-OHPC(8試験、女性2253例、1.04、0.92~1.18)でも双胎および三胎妊娠で34週未満での早産が減少しなかった。多胎妊娠では、17-OHPC曝露で前期破水が増加した(34週未満の破水のRR 1.59、95%CI 1.15~2.22)が、プロゲステロン膣内投与でも17-OHPCでもその他の転帰に見られる便益や有害性の一貫した根拠は認められなかった。 【解釈】高リスクの単胎妊娠で、プロゲステロン膣内投与および17-OHPCによって34週未満での出産が減少した。潜在的リスクの上昇を考慮に入れると、子宮頸管長の短い女性で絶対リスクの低下度が大きいことから、このような女性では治療が有益であると思われる。経口プロゲステロンの使用を支持する根拠は不十分であった。高リスクの単胎妊娠女性との共同意思決定で、個別のリスク、考えられる便益と有害性および介入の実用性を話し合うべきである。この根拠から、任意に抽出した多胎妊娠でプロゲステロンによる治療は支持されない。 第一人者の医師による解説 日本で使用できるプロゲステロン製剤が課題 求められる国内での臨床研究 細谷聡史、左合治彦(副院長・周産期・母性診療センター長) 国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター MMJ. August 2021;17(4):123 早産(妊娠22週以降37週未満の分娩)は妊娠中の最も頻度が高い最も重要な合併症である。早産児は呼吸障害や長期的な神経発達障害などの合併症をきたしやすく、早産を予防することは周産期医療の重要な課題である。内因性プロゲステロンは妊娠維持に関与し、低下すると陣痛発来することにより、1960年代から早産予防薬としてプロゲステロン製剤が用いられてきた。プロゲステロン製剤には天然型プロゲステロンを用いた腟製剤(錠剤とゲル)(VP)と合成化合物であるヒドロキシプロゲステロンカプロン酸エステル(17-OHPC)の筋肉注射製剤がある。2003年にはランダム化比較試験(RCT)で17-OHPCとVPの 早産予防効果が報告された(1),(2)。しかし、最近のOPPTIMUM試験とPROLONG試験という大規模 RCTでは、VPと17-OHPCの早産予防効果や児の予後改善効果は認められないと報告され(3),(4)、プロゲステロン製剤の効果に疑問が投げかけられた。 本論文は、早産リスクの高い妊婦(早産既往・子宮頸管長短縮)に対して早産予防効果を検証したRCTを対象とし、個別被験者データ(IPD)を集積してメタ解析を行い、VPと17-OHPCの早産予防効果を検証したものである。主要評価項目である単胎の34週未満の早産に関して、対照群と比較してVPは22%(相対リスク , 0.78;95%信頼区間 ,0.68~0.90)、17-OHPCは17%(0.83;0.68~1.01)のリスク低下を認め、早産予防効果の有効性を示した。ただし、頸管長が短縮していない(30mm超)妊婦では早産予防効果は認めなかった。母体合併症は増加する可能性が示唆された。また多胎妊娠に関して早産予防効果は認められなかった。以上の結果より、早産リスクが高く子宮頸管長短縮を認める単胎妊婦では、プロゲステロン製剤による早産予防効果が期待できるが、正確な情報を提供して個別のリスクとベネフィットを勘案した上での患者の意思決定に基づいて使用すべきとしている。 日本では17-OHPCは250mg/週筋注投与しているが、125mg/週のみが黄体機能不全に伴う切迫流早産を適応として保険収載されているだけである。またVPは生殖補助医療における黄体補充の適応で承認されているが薬価未収載で、切迫流早産は保険適応外である。日本ではVPの保険収載が大きな課題であり、そのための日本における質の高い臨床研究が求められている。 1. Meis PJ, et al. N Engl J Med. 2003;348(24):2379-2385. 2. da Fonseca EB, et al. Am J Obstet Gynecol 2003;188(2):419-424. 3. Norman JE, et al. Lancet. 2016;387(10033):2106-2116. 4. Blackwell SC, et al. Am J Perinatol. 2020;37(2):127-136.
発症時刻不明の脳梗塞に対して高度画像診断を基に実施するアルテプラーゼ静注 個別被験者データの系統的レビューとメタ解析
発症時刻不明の脳梗塞に対して高度画像診断を基に実施するアルテプラーゼ静注 個別被験者データの系統的レビューとメタ解析
Intravenous alteplase for stroke with unknown time of onset guided by advanced imaging: systematic review and meta-analysis of individual patient data Lancet. 2020 Nov 14;396(10262):1574-1584. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32163-2. Epub 2020 Nov 8. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】発症時刻不明の脳梗塞は、血栓溶解療法の対象から除外されている。今回、このような患者で、画像バイオマーカーから救済可能な組織が特定できた場合に用いるアルテプラーゼ静注が安全かつ有効であるかを明らかにすることを目的とした。 【方法】2020年9月21日以前に公表された試験の個別被験者データの系統的レビューとメタ解析を実施した。灌流・拡散MRI、灌流CTまたはDWI-FLAIR1 MRIでミスマッチ所見が認められた発症時刻不明の成人脳梗塞患者を対象に、アルテプラーゼ静注を標準治療またはプラセボと比較した無作為化試験を適格とした。主要評価項目は、90日時の機能的転帰良好(修正ランキン尺度[mRS]0~1点、後遺症がなしを示す)とし、調整した無条件混合効果ロジスティック回帰モデルを用いて治療効果を推定した。90日時のmRS改善と患者個別の転帰(mRS 0~2点)を副次評価項目とした。安全性評価項目を死亡、重度の後遺症または死亡(mRS 4~6点)、症候性頭蓋内出血とした。本試験は、PROSPEROに登録されている(CRD42020166903)。 【結果】特定した抄録249報のうち、WAKE-UP、EXTEND、THAWS、ECASS-4の4試験が適格基準を満たした。4試験から843例分の個別被験者データが得られ、そのうち429例(51%)がアルテプラーゼ、414例(49%)がプラセボまたは標準治療に割り付けられていた。アルテプラーゼ群420例中199例(47%)、対照群409例中160例(39%)の転帰が良好であり(調整後オッズ比[OR]1.49[95%CI 1.10~2.03]、P=0.011)、4試験の異質性は低かった(I^2=27%)。アルテプラーゼに機能的転帰の有意な改善(調整後共通OR 1.38[95%CI 1.05~1.80]、P=0.019)および患者個別転帰の高オッズ(調整後OR 1.50[同1.06~2.12]、P=0.022)との関連が認められた。アルテプラーゼ群では90例(21%)に重度の後遺症または死亡(mRS 4~6点)が発生したのに対して、対照群では102例(25%)であった(調整後OR 0.76[同0.52~1.11]、P=0.15)。アルテプラーゼ群の27例(6%)、対照群の14例(3%)が死亡した(調整後OR 2.06[同1.03~4.09]、P=0.040)。症候性頭蓋内出血発生率は、アルテプラーゼ群の方が対照群よりも高かった(11例[3%] vs. 2例[1%未満]、調整後OR 5.58[同1.22~25.50]、P=0.024)。 【解釈】DWI-FLAIR画像または灌流画像でミスマッチが認められた発症時刻不明の脳梗塞で、アルテプラーゼ静注によって、プラセボまたは標準治療と比べて90日時の良好な機能的転帰が得られた。症候性頭蓋内出血リスクが上昇したが、全機能的転帰で純便益が認められた。アルテプラーゼ群の方がプラセボ群よりも死亡が多かったが、重度の後遺症または死亡が少なかった。 第一人者の医師による解説 DWI-FLAIRミスマッチまたはCT/MRI灌流画像は アルテプラーゼ静注療法の適応判断に有用 秋山 武紀 慶應義塾大学医学部脳神経外科専任講師 MMJ. June 2021;17(3):77 アルテプラーゼ静注療法は、発症4.5時間以内の脳梗塞に対する重要な治療の1つとして普及している。しかし、起床時に症状を有することが確認されたものの正確な発症時刻を同定できない、いわゆるwake-up strokeも散見され、発症時刻不明であっても有効かつ安全な治療法が求められている。 本論文では、発症時刻不明または発症後4〜5時間を経過した脳梗塞に対し、画像診断により適応を判断しアルテプラーゼ静注療法を行った群とプラセボ群を比較した無作為化対照試験を系統的にレビューし、基準を満たした4試験(WAKEUP、EXTEND、THAWS、ECASS-4)から抽出した843人の個人データを用いてメタ解析を行った。患者背景は平均年齢68.5歳、女性38%、NIHSS中央値7点、治療判断のための画像診断は① DWIFLAIRミスマッチ(MRI拡散強調画像[DWI]で高信号域の領域はあるが、FLAIR画像で信号変化を認めない場合)または②灌流画像(MRI潅流画像またはCT灌流画像でのペナンブラ領域[灌流の低下はあるが、不可逆的な脳虚血に陥っていないと判断される領域]がある場合)が使用された。 結果は、90日後の予後良好(mRS 0-1)はアルテプラーゼ群47%、対照群39%と有意にアルテプラーゼ群で高かった(オッズ比,1.49)。有害事象では、症候性頭蓋内出血の発生率がアルテプラーゼ群3%と対照群1%未満に比べ有意に高かった。死亡率はアルテプラーゼ群の方が有意に高く(6%対3%)、アルテプラーゼ群の死亡の26%は症候性頭蓋内出血に起因した。しかし非自立・死亡であるmRS 3-6はアルテプラーゼ群の方が対照群よりも有意に少なく(35%対42%)、結論として、画像診断をガイドにアルテプラーゼ静注療法の適否を判断する方法の有効性が認められた。 本研究により発症時刻不明の脳梗塞に対し、より先進的な画像診断を追加することでアルテプラーゼ静注療法の適応を判断できることが明らかとなり、適応の範囲が広がった。脳卒中治療ガイドライン 2015(追補2019)では発症時刻不明の脳梗塞に対し、「頭部MRI拡散強調画像の虚血性変化がFLAIR画像で明瞭でない場合、アルテプラーゼ静注療法を行うことを考慮してもよい(グレードC1)」となっているが、近日改訂されるガイドラインでは灌流画像に関する追加記載、エビデンスレベルの変更が予想される。単純CT所見と発症時刻から治療適応を判断していた時代から、MRIやCTの灌流画像も求められる時代に突入したといえる。脳卒中診療体制の整備が進められる中、適切な治療を行うために、的確な画像診断を迅速に行える施設への転院搬送システムもより一層重要となることが予想される。 略号: NIHSS=National Institutes of Health Stroke Scale、DWI-FLAIR=diffusion weighted imaging-fluid attenuated inversion recovery、modified Rankin Scale=mRS.
肥満減量手術と全死因死亡の関連 国民皆保険制度下の一般住民を対象としたマッチドコホート研究
肥満減量手術と全死因死亡の関連 国民皆保険制度下の一般住民を対象としたマッチドコホート研究
Association Between Bariatric Surgery and All-Cause Mortality: A Population-Based Matched Cohort Study in a Universal Health Care System Ann Intern Med. 2020 Nov 3;173(9):694-703. doi: 10.7326/M19-3925. Epub 2020 Aug 18. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】肥満減量手術後の死亡率は過去に調査されているが、コホート選択のバイアス、追跡調査の網羅性および交絡因子の収集によって結果の推定が制限されている。 【目的】肥満減量手術と全死因死亡の間の関連を明らかにすること。 【デザイン】一般住民を対象としたマッチドコホート研究。 【設定】カナダ・オンタリオ州。 【参加者】2010年10月から2016年12月の間に肥満減量手術を受けた患者1万3679例およびマッチさせた非手術患者1万3679例。 【介入】肥満減量手術。 【評価項目】主要評価項目は全死因死亡とし、原因別の死亡率を副次評価項目とした。患者を年齢、性別、BMIおよび糖尿病罹患期間でマッチさせた。 【結果】肥満減量手術を受けた患者1万3679例を非手術患者1万3679例とマッチさせた。追跡期間中央値4.9年後の全死因死亡率は、手術群1.4%(197例)、非手術群2.5%(340例)であり、手術群の方が全死因死亡の調整ハザード比(HR)が低かった(HR 0.68[95%CI 0.57~0.81])。55歳以上の患者の絶対リスクが3.3%(CI 2.3~4.3%)低く、手術群の方が死亡ハザード比が低かった(HR 0.53[CI 0.41~0.69])。男女でほぼ同じ相対的効果が認められたが、この関連は絶対的に男性の方が大きかった。このほか、肥満手術に心血管死亡率(HR 0.53[0.34~0.84])とがん死亡率(HR 0.54[0.36~0.80])の低下との関連が認められた。 【欠点】観察的デザインでは因果推論に限界がある点。 【結論】肥満減量手術によって全死因死亡率、心血管死亡率およびがん死亡率が大幅に低下した。手術群に見られた死亡率の低下は、ほとんどの下位集団でも有意であった。最も大きな絶対効果は、男性および55歳以上の患者に認められた。 第一人者の医師による解説 日本で保険適用のある腹腔鏡下スリーブ状胃切除術 長期的効果が明らかになることを期待 山内 敏正(教授)/庄嶋 伸浩(特任准教授) 東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科 MMJ. June 2021;17(3):84 全死亡は重要なアウトカムであり、代謝指標や、がんなど肥満に関連する健康障害を反映する。減量・代謝改善手術は、数百~数千人規模の30以上の研究において、全死亡リスクを2~8割低下させることが報告されている。例えば、Swedish Obese Subjects(SOS)研究によると、肥満症の外科的治療群では内科的治療群に比べ全死亡(ハザード比[HR], 0.77)、心血管死(0.70)、がん死(0.77)のリスクが低下し、補正後余命中央値が3年長かった(1)。 本論文は、カナダ・オンタリオ州保健データベースを活用し、減量・代謝改善手術と全死亡の関連を検討したコホート研究の報告である。手術群と非手術(対照)群は年齢、性別、BMI、糖尿病の病歴でマッチングされ、さらに社会的経済的状況などでバイアスが補正された。減量・代謝改善手術としてルーワイ胃バイパス術(RYGB)が87.3%に、スリーブ状胃切除術が12.7%に実施され、手術群では全死亡(HR,0.68)、心血管死(0.53)、がん死(0.54)のリスクが低く、特に55歳以上において全死亡のリスクが低かった(HR,0.53)。これらの結果から、胃バイパス術による肥満症の改善は死亡リスクを低下させる可能性が示された。今後、軽度な肥満症、若年成人や高齢者の肥満症において、さらに日本で保険適用のある腹腔鏡下スリーブ状胃切除術に関して、肥満症手術の死亡に対する長期的な効果が明らかとなることが望まれる。 日本では、6カ月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られないBMI 35kg/m2以上で、糖尿病、高血圧、脂質異常症、または睡眠時無呼吸症候群のうち1つ以上を合併した高度肥満症に対して、腹腔鏡下スリーブ状胃切除術が2014年に保険収載され、20年に適応拡大された。 日本肥満症治療学会(龍野一郎 理事長)、日本糖尿病学会(植木浩二郎 理事長)、日本肥満学会(門脇 孝理事長)の監修による「日本人の肥満2型糖尿病患者に対する減量・代謝改善手術に関するコンセンサスステートメント」で、2型糖尿病に対する減量・代謝改善手術 の 適応基準 とし て、受診時BMI 35kg/m2以上の2型糖尿病で、糖尿病専門医や肥満症専門医による6カ月以上の治療でもBMI 35kg/m2以上が継続する場合、血糖コントロールの状態に関わらず減量・代謝改善手術が治療選択肢として推奨されている。また受診時BMI32 kg/m2以上の2型糖尿病では、糖尿病専門医や肥満症専門医による治療で、6カ月以内に5%以上の体重減少が得られないか得られても血糖コントロールが不良な場合(HbA1c 8.0%以上)には、減量・代謝改善手術を治療選択肢として検討すべきとされている。本ステートメントにより、減量・代謝改善手術がさらに安全で効果的に推進されている。 1. Carlsson LMS, et al. N Engl J Med. 2020;383(16):1535-1543.
妊娠中の高気温環境と早産、出生時低体重および死産のリスクとの関連 系統的レビューおよびメタ解析
妊娠中の高気温環境と早産、出生時低体重および死産のリスクとの関連 系統的レビューおよびメタ解析
Associations between high temperatures in pregnancy and risk of preterm birth, low birth weight, and stillbirths: systematic review and meta-analysis BMJ. 2020 Nov 4;371:m3811. doi: 10.1136/bmj.m3811. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】妊娠中の高気温曝露によって早産、出生児低体重および死産のリスクが上昇するかを評価すること。 【デザイン】系統的レビューと変量効果メタ解析。 【データ入手元】2018年9月までに検索し、2019年8月に更新したMedlineおよびWeb of Science。 【選択試験の適格基準】高気温曝露と早産、出生時低体重および死産の関連を検討した臨床試験。 【結果】1万4880件の記録と論文175報の全文をふるいにかけた。27カ国で実施した研究70件を対象とし、27カ国中7カ国が低・中所得国であった。47件中40件で、高気温の方が低気温よりも早産の発生頻度が高かった。曝露を熱波、摂氏1度の上昇、温度閾値で分類した。変量効果メタ解析で、早産のオッズが摂氏1度上昇当たり1.05倍(95%CI 1.03~1.07)、熱波の期間中に1.16倍(同1.10~1.23)になった。28件中18件で、高気温に出生時体重減少との関連が見られたが、統計学的な異質性が大きかった。死産を検討した全8件で、気温と死産の関連が認められ、気温摂氏1度上昇当たり死産が1.05倍(同1.01~1.08)になった。社会経済的地位が低い女性や極端な年齢の女性で、気温と転帰の関連が最も大きかった。複数の温度単位や時間差のある解析のため、試験間や状況間の比較が困難であった。 【結論】要約効果量がいくぶん小さかったが、高気温曝露はよく見られ、その転帰は人々の健康を左右する重要な因子である。社会経済的地位と試験転帰のつながりから、低・中所得国でリスクが最も大きくなることが示唆される。地球温暖化に伴う気温上昇が子どもの健康に重大な影響を及ぼすと思われる。 第一人者の医師による解説 妊婦への気温影響の解明で 周産期医療成績の改善につながる可能性 林田 慎哉 総合母子保健センター愛育病院新生児科部長・副院長 MMJ. June 2021;17(3):89 世界の平均気温は上昇を続けており、異常気象だけでなく公衆衛生面への影響も懸念される。体温調整が困難となりやすい妊婦ではその影響は強く、冷房を利用できない環境にいる低所得層ではさらに強まる可能性がある。過去にも妊娠への気温の影響に関する系統的レビューは存在したが、対象の論文数や地域が限られていた。本論文では日本を含む27カ国の研究70件でメタ解析を行った。 早産に関しては、熱波(最高気温が平均最高気温を5℃以上上回る日が5日間以上連続)にさらされると1.16倍増加し、平均気温1℃上昇に伴って1.05倍増加していた。熱波曝露の時期に関しては、分娩直前に強く影響するという報告が多いが、妊娠初期でも影響するという報告もあった。当然予想されることであるが、カナダや英国など高緯度の国からは関連がないという報告が中心であった。同一国内での社会的階層による差をみると、高所得層より低所得層で影響が強いという報告が中心であった。また女児の方が気温上昇により早産となりやすい傾向がみられた。 低出生体重児に関しては、気温上昇により頻度が上昇したとする報告が多かった。出生体重を変数とした報告では、温度上昇で減少するという報告が多かったが、増加するという報告も複数みられた。全般的に出生体重への影響は、早産に比べるとやや不明確であった。 胎児死亡に関しては、8件の報告すべてで気温上昇や熱波による頻度の上昇が確認された。特に熱波にさらされた1週間以内で影響が強かった。日本からも興味深い報告がされている。1968年からの44年間で平均気温の上昇に伴い、胎児死亡に占める男児の割合が上昇し、出生男児の割合が低下したというものである。母体年齢上昇の影響も考えられるが、前後の年より平均気温が1~2℃高かった2010年の夏に男児の胎児死亡の割合が過去最高となっていたことから、気温上昇が直接影響している可能性が示唆された。 日本の全出生に占める極低出生体重児の割合は、20年近く0.7%台で安定しているが、沖縄県は1%と明らかに高く、鹿児島・宮崎・高知県なども0.9%前後と他の道府県に比べ高い水準で推移している。筆者は医療システムや切迫早産の管理方針の差などが原因と考えていたが、実は平均気温の差も影響しているのかもしれない。地球温暖化そのものに対して産科や新生児科ができることは少なそうだが、気温の妊婦への影響をより深く解明することで、周産期医療成績の改善につなげられるかもしれない。
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