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肥満減量手術と全死因死亡の関連 国民皆保険制度下の一般住民を対象としたマッチドコホート研究
肥満減量手術と全死因死亡の関連 国民皆保険制度下の一般住民を対象としたマッチドコホート研究
Association Between Bariatric Surgery and All-Cause Mortality: A Population-Based Matched Cohort Study in a Universal Health Care System Ann Intern Med. 2020 Nov 3;173(9):694-703. doi: 10.7326/M19-3925. Epub 2020 Aug 18. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】肥満減量手術後の死亡率は過去に調査されているが、コホート選択のバイアス、追跡調査の網羅性および交絡因子の収集によって結果の推定が制限されている。 【目的】肥満減量手術と全死因死亡の間の関連を明らかにすること。 【デザイン】一般住民を対象としたマッチドコホート研究。 【設定】カナダ・オンタリオ州。 【参加者】2010年10月から2016年12月の間に肥満減量手術を受けた患者1万3679例およびマッチさせた非手術患者1万3679例。 【介入】肥満減量手術。 【評価項目】主要評価項目は全死因死亡とし、原因別の死亡率を副次評価項目とした。患者を年齢、性別、BMIおよび糖尿病罹患期間でマッチさせた。 【結果】肥満減量手術を受けた患者1万3679例を非手術患者1万3679例とマッチさせた。追跡期間中央値4.9年後の全死因死亡率は、手術群1.4%(197例)、非手術群2.5%(340例)であり、手術群の方が全死因死亡の調整ハザード比(HR)が低かった(HR 0.68[95%CI 0.57~0.81])。55歳以上の患者の絶対リスクが3.3%(CI 2.3~4.3%)低く、手術群の方が死亡ハザード比が低かった(HR 0.53[CI 0.41~0.69])。男女でほぼ同じ相対的効果が認められたが、この関連は絶対的に男性の方が大きかった。このほか、肥満手術に心血管死亡率(HR 0.53[0.34~0.84])とがん死亡率(HR 0.54[0.36~0.80])の低下との関連が認められた。 【欠点】観察的デザインでは因果推論に限界がある点。 【結論】肥満減量手術によって全死因死亡率、心血管死亡率およびがん死亡率が大幅に低下した。手術群に見られた死亡率の低下は、ほとんどの下位集団でも有意であった。最も大きな絶対効果は、男性および55歳以上の患者に認められた。 第一人者の医師による解説 日本で保険適用のある腹腔鏡下スリーブ状胃切除術 長期的効果が明らかになることを期待 山内 敏正(教授)/庄嶋 伸浩(特任准教授) 東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科 MMJ. June 2021;17(3):84 全死亡は重要なアウトカムであり、代謝指標や、がんなど肥満に関連する健康障害を反映する。減量・代謝改善手術は、数百~数千人規模の30以上の研究において、全死亡リスクを2~8割低下させることが報告されている。例えば、Swedish Obese Subjects(SOS)研究によると、肥満症の外科的治療群では内科的治療群に比べ全死亡(ハザード比[HR], 0.77)、心血管死(0.70)、がん死(0.77)のリスクが低下し、補正後余命中央値が3年長かった(1)。 本論文は、カナダ・オンタリオ州保健データベースを活用し、減量・代謝改善手術と全死亡の関連を検討したコホート研究の報告である。手術群と非手術(対照)群は年齢、性別、BMI、糖尿病の病歴でマッチングされ、さらに社会的経済的状況などでバイアスが補正された。減量・代謝改善手術としてルーワイ胃バイパス術(RYGB)が87.3%に、スリーブ状胃切除術が12.7%に実施され、手術群では全死亡(HR,0.68)、心血管死(0.53)、がん死(0.54)のリスクが低く、特に55歳以上において全死亡のリスクが低かった(HR,0.53)。これらの結果から、胃バイパス術による肥満症の改善は死亡リスクを低下させる可能性が示された。今後、軽度な肥満症、若年成人や高齢者の肥満症において、さらに日本で保険適用のある腹腔鏡下スリーブ状胃切除術に関して、肥満症手術の死亡に対する長期的な効果が明らかとなることが望まれる。 日本では、6カ月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られないBMI 35kg/m2以上で、糖尿病、高血圧、脂質異常症、または睡眠時無呼吸症候群のうち1つ以上を合併した高度肥満症に対して、腹腔鏡下スリーブ状胃切除術が2014年に保険収載され、20年に適応拡大された。 日本肥満症治療学会(龍野一郎 理事長)、日本糖尿病学会(植木浩二郎 理事長)、日本肥満学会(門脇 孝理事長)の監修による「日本人の肥満2型糖尿病患者に対する減量・代謝改善手術に関するコンセンサスステートメント」で、2型糖尿病に対する減量・代謝改善手術 の 適応基準 とし て、受診時BMI 35kg/m2以上の2型糖尿病で、糖尿病専門医や肥満症専門医による6カ月以上の治療でもBMI 35kg/m2以上が継続する場合、血糖コントロールの状態に関わらず減量・代謝改善手術が治療選択肢として推奨されている。また受診時BMI32 kg/m2以上の2型糖尿病では、糖尿病専門医や肥満症専門医による治療で、6カ月以内に5%以上の体重減少が得られないか得られても血糖コントロールが不良な場合(HbA1c 8.0%以上)には、減量・代謝改善手術を治療選択肢として検討すべきとされている。本ステートメントにより、減量・代謝改善手術がさらに安全で効果的に推進されている。 1. Carlsson LMS, et al. N Engl J Med. 2020;383(16):1535-1543.
発症時刻不明の脳梗塞に対して高度画像診断を基に実施するアルテプラーゼ静注 個別被験者データの系統的レビューとメタ解析
発症時刻不明の脳梗塞に対して高度画像診断を基に実施するアルテプラーゼ静注 個別被験者データの系統的レビューとメタ解析
Intravenous alteplase for stroke with unknown time of onset guided by advanced imaging: systematic review and meta-analysis of individual patient data Lancet. 2020 Nov 14;396(10262):1574-1584. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32163-2. Epub 2020 Nov 8. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】発症時刻不明の脳梗塞は、血栓溶解療法の対象から除外されている。今回、このような患者で、画像バイオマーカーから救済可能な組織が特定できた場合に用いるアルテプラーゼ静注が安全かつ有効であるかを明らかにすることを目的とした。 【方法】2020年9月21日以前に公表された試験の個別被験者データの系統的レビューとメタ解析を実施した。灌流・拡散MRI、灌流CTまたはDWI-FLAIR1 MRIでミスマッチ所見が認められた発症時刻不明の成人脳梗塞患者を対象に、アルテプラーゼ静注を標準治療またはプラセボと比較した無作為化試験を適格とした。主要評価項目は、90日時の機能的転帰良好(修正ランキン尺度[mRS]0~1点、後遺症がなしを示す)とし、調整した無条件混合効果ロジスティック回帰モデルを用いて治療効果を推定した。90日時のmRS改善と患者個別の転帰(mRS 0~2点)を副次評価項目とした。安全性評価項目を死亡、重度の後遺症または死亡(mRS 4~6点)、症候性頭蓋内出血とした。本試験は、PROSPEROに登録されている(CRD42020166903)。 【結果】特定した抄録249報のうち、WAKE-UP、EXTEND、THAWS、ECASS-4の4試験が適格基準を満たした。4試験から843例分の個別被験者データが得られ、そのうち429例(51%)がアルテプラーゼ、414例(49%)がプラセボまたは標準治療に割り付けられていた。アルテプラーゼ群420例中199例(47%)、対照群409例中160例(39%)の転帰が良好であり(調整後オッズ比[OR]1.49[95%CI 1.10~2.03]、P=0.011)、4試験の異質性は低かった(I^2=27%)。アルテプラーゼに機能的転帰の有意な改善(調整後共通OR 1.38[95%CI 1.05~1.80]、P=0.019)および患者個別転帰の高オッズ(調整後OR 1.50[同1.06~2.12]、P=0.022)との関連が認められた。アルテプラーゼ群では90例(21%)に重度の後遺症または死亡(mRS 4~6点)が発生したのに対して、対照群では102例(25%)であった(調整後OR 0.76[同0.52~1.11]、P=0.15)。アルテプラーゼ群の27例(6%)、対照群の14例(3%)が死亡した(調整後OR 2.06[同1.03~4.09]、P=0.040)。症候性頭蓋内出血発生率は、アルテプラーゼ群の方が対照群よりも高かった(11例[3%] vs. 2例[1%未満]、調整後OR 5.58[同1.22~25.50]、P=0.024)。 【解釈】DWI-FLAIR画像または灌流画像でミスマッチが認められた発症時刻不明の脳梗塞で、アルテプラーゼ静注によって、プラセボまたは標準治療と比べて90日時の良好な機能的転帰が得られた。症候性頭蓋内出血リスクが上昇したが、全機能的転帰で純便益が認められた。アルテプラーゼ群の方がプラセボ群よりも死亡が多かったが、重度の後遺症または死亡が少なかった。 第一人者の医師による解説 DWI-FLAIRミスマッチまたはCT/MRI灌流画像は アルテプラーゼ静注療法の適応判断に有用 秋山 武紀 慶應義塾大学医学部脳神経外科専任講師 MMJ. June 2021;17(3):77 アルテプラーゼ静注療法は、発症4.5時間以内の脳梗塞に対する重要な治療の1つとして普及している。しかし、起床時に症状を有することが確認されたものの正確な発症時刻を同定できない、いわゆるwake-up strokeも散見され、発症時刻不明であっても有効かつ安全な治療法が求められている。 本論文では、発症時刻不明または発症後4〜5時間を経過した脳梗塞に対し、画像診断により適応を判断しアルテプラーゼ静注療法を行った群とプラセボ群を比較した無作為化対照試験を系統的にレビューし、基準を満たした4試験(WAKEUP、EXTEND、THAWS、ECASS-4)から抽出した843人の個人データを用いてメタ解析を行った。患者背景は平均年齢68.5歳、女性38%、NIHSS中央値7点、治療判断のための画像診断は① DWIFLAIRミスマッチ(MRI拡散強調画像[DWI]で高信号域の領域はあるが、FLAIR画像で信号変化を認めない場合)または②灌流画像(MRI潅流画像またはCT灌流画像でのペナンブラ領域[灌流の低下はあるが、不可逆的な脳虚血に陥っていないと判断される領域]がある場合)が使用された。 結果は、90日後の予後良好(mRS 0-1)はアルテプラーゼ群47%、対照群39%と有意にアルテプラーゼ群で高かった(オッズ比,1.49)。有害事象では、症候性頭蓋内出血の発生率がアルテプラーゼ群3%と対照群1%未満に比べ有意に高かった。死亡率はアルテプラーゼ群の方が有意に高く(6%対3%)、アルテプラーゼ群の死亡の26%は症候性頭蓋内出血に起因した。しかし非自立・死亡であるmRS 3-6はアルテプラーゼ群の方が対照群よりも有意に少なく(35%対42%)、結論として、画像診断をガイドにアルテプラーゼ静注療法の適否を判断する方法の有効性が認められた。 本研究により発症時刻不明の脳梗塞に対し、より先進的な画像診断を追加することでアルテプラーゼ静注療法の適応を判断できることが明らかとなり、適応の範囲が広がった。脳卒中治療ガイドライン 2015(追補2019)では発症時刻不明の脳梗塞に対し、「頭部MRI拡散強調画像の虚血性変化がFLAIR画像で明瞭でない場合、アルテプラーゼ静注療法を行うことを考慮してもよい(グレードC1)」となっているが、近日改訂されるガイドラインでは灌流画像に関する追加記載、エビデンスレベルの変更が予想される。単純CT所見と発症時刻から治療適応を判断していた時代から、MRIやCTの灌流画像も求められる時代に突入したといえる。脳卒中診療体制の整備が進められる中、適切な治療を行うために、的確な画像診断を迅速に行える施設への転院搬送システムもより一層重要となることが予想される。 略号: NIHSS=National Institutes of Health Stroke Scale、DWI-FLAIR=diffusion weighted imaging-fluid attenuated inversion recovery、modified Rankin Scale=mRS.
画像で見分ける!衝撃症例〜心電図編〜
画像で見分ける!衝撃症例〜心電図編〜
こちらは、過去に前期研修中の先生方にお送りした「症例供覧メール」の衝撃症例一覧になります。 気になる症例はありましたか!? 画像をクリックすると症例詳細ページに遷移し、症例詳細や先生方の見解を閲覧できます。 「症例供覧メール」のバックナンバーも閲覧可能です。
#06 長期ボランティア医師として活動に参加して感じたこと
#06 長期ボランティア医師として活動に参加して感じたこと
発展途上国、日本のへき地離島、大規模災害の被災地……。世の中には「医療の届かないところ」があります。NPOジャパンハートはそんなところに、無償で医療支援を行っています。ボランティアとして参加した医療従事者が、現地での活動内容などを報告します。 長期ボランティア医師(活動地:カンボジア) 私は医師になって1年目に初めてジャパンハートの手術活動に参加し、診療に使える機器が限られた環境での医療活動を見て以来、検査に頼らずに診療できるよう初期研修医として勉強を続けてきました。医師3年目になり、今回はカンボジアで長期ボランティア医師として活動に参加しました。医師としてはもちろん人としての気付きがありました。 初期研修病院での経験は力になっていた 私は北九州市の病院で初期研修を修了しました。ただ多忙のなかで十分に勉強できず自分自身が十分に成長できなかったのでは?と感じていました。しかし日々指導を受けたこと、検査が限られる環境での診療を想定して勉強してきたので、前回参加した時よりは患者さんを深く診ることができたと思います。個人で受講した院外勉強会の知識が役に立つこともありました。知識と経験が多いほど患者さんにより良いケアを提供できます。振り返ると1年目にジャパンハートに参加して現場を見ていたことが、モチベーションになったと感じています。 カンボジアで診た疾患は、基本的には日本で診る疾患と大きな違いはないと感じました。高血圧や糖尿病は多くの患者さんが罹患しているので詳しい知識を知っておくべきです。予防の観点から生活指導もできるとより良いと感じました。 医療とお金の問題は常に付き纏います。しかし本当に必要な検査を考えることは検査前確率を高めるため日頃から必要なので、日本でも重要視できたらと思います。またお金がない患者さんにも生活の中で治療を受けることを優先してもらうために、いかに説明して継続受診につなげるかも重要だと感じました。医学知識を説明することは誰でもできます。患者背景を鑑みた上で必要な治療を提案し患者さんに医療を受けてもらうことも医師の技量、つまり広い意味で患者さんを治療することなのだと考えています。 今回、院長のC先生に出会い、内科に限らず角膜異物除去や手術も行う姿をみて、私にとって海外で働く総合内科医のロールモデルとなりました。始めからお手上げではなく、私たち医師に経験と技術があれば患者さんに手間とお金の負担なく治療ができます。専門医でなくでも専門治療の知識をもつ、手技を経験することを積み重ねていけば一人でも多くの患者さんをこの病院で助けることができます。紹介状を書くことは簡単ですが、患者さんの負担を考えるとできるだけ自分で対応できる医師になりたいと思いました。 今後も、より多くの患者さんを安全に確実に治療できるように、勉強し成長してカンボジアにもどります。カンボジア人スタッフには本当に親切にしていただきました。皆とまた会いたいと強く思います。 (ジャパンハート 2020年5月18日掲載) ジャパンハートは、ミャンマー、カンボジア、ラオスで長期ボランティアとして活動してくれる医師を募集しています。 オンライン相談会を実施中です。「医療の届かないところに医療を届ける」活動に関心のある方は、ちょっとのぞいてみてください。 〉ジャパンハート オンライン相談会ページ
#05 言葉や文化の壁を超え、伝承されるべき医療を残したい。
#05 言葉や文化の壁を超え、伝承されるべき医療を残したい。
発展途上国、日本のへき地離島、大規模災害の被災地……。世の中には「医療の届かないところ」があります。NPOジャパンハートはそんなところに、無償で医療支援を行っています。ボランティアとして参加した医療従事者が、現地での活動内容などを報告します。 長期ボランティア医師(活動地:ラオス) ジャパンハート長期ボランティアでカンボジアで医師をしています。 今回、ラオスの「ウドムサイ甲状腺治療技術移転プロジェクト」を引き継ぐにあたり、感じたことをレポートさせていただきます。 診療活動を終えた帰りの飛行機の中、ふと見下ろせば広い山岳地帯が広がっていました。ここで生活する人々がちゃんとした医療を受けるために、必要なことは何か。どうすれば、言葉や文化の壁を超え、医療を伝承していけるようになるのか。これからのラオス甲状腺外来を任された私は、なんだか果てしない道のりを歩いていかなければならないようで、どうしたものかと考えていました。 先日ラオス、ウドムサイ県の甲状腺内科診療活動に参加しました。 この活動は医療過疎地であるラオス北部の山岳地帯に住む人々で、特に甲状腺疾患を持つ方に対して、定期的に診療を行い無償で薬を提供すると同時に、現地医療者に甲状腺治療技術を伝えるという「ウドムサイ甲状腺治療技術移転プロジェクト」です。 私はこのプロジェクトに初めて参加したのですが、以前からこの活動に携わっている、長期医師ボランティアのA先生にとっては、今回が最後の活動となりました。活動前から「ラオスの甲状腺外来を引き継ぎたい」と言われていました。 私は普段、カンボジアで診療活動を行なっており、様子を聞けば、ラオスの甲状腺診療も似たような状況であるように感じました。基本的な甲状腺機能の検査はできるがお金の関係で頻回の検査はできず、またそのほかの特殊な検査や針生検(針を刺して癌かどうかを調べる検査)ができないことは同じで、基本的な診療のやり方はいつもと変わらないから大丈夫だろう、と考えていました。 今回の活動はコロナウイルスの影響もあり、少し特別な状況となりました。 現地の政府から - 人が集まる状況を避けること - コロナウイルス感染流行国から来た医療者の活動は禁止 などの活動制限を受けました。 現地スタッフはその他にもコロナウイルスの対策として、患者に事前に症状や海外渡航歴などを電話で聞いたり、現地で感染対策を行なったりと様々な調整をおこなっており、自分が診療を行うために様々な準備をしてくれているという当たり前のことに改めて気づかされました。 活動を振り返ると、私は目の前の患者を診るのに精一杯でした。一方でA先生は英語が伝わらないラオス人ドクターに通訳を介して説明をし、一緒にエコーを行っていました。ラオス人ドクターからも信頼され堂々と活動される様子は、とても眩しく私の目に映りました。 自分で学び、自分で診療する方がよっぽど楽なのです。後輩の指導を日本語で行うことすらとてもエネルギーを使うのに、言葉が違いなかなかうまく伝わった気がしない上に、相手の文化に気を遣いながら教えるのは、ため息が出そうになることです。それでもA先生はひたすら伝え続けていました。ラオスに縁などないはずなのに。 A先生と参加できたからこそ、私はウドムサイのことをよく知ることができたと思います。早朝にウドムサイの町の中を一緒に走り、細やかな身体診察の方法を教えていただきました。そこで私は、ウドムサイの人々の生活を垣間見ることができました。 朝早くから家の周りの道路を掃除する人々。診察で気づいた、たくさんの仕事によって荒れてしまった掌。家族の病気の様子を心配そうに尋ねる付き添いの表情。そこで奮闘するドクターの姿。それぞれが家族や街を守るために生活している。なぜか私はウドムサイの人々や町を、近い存在に感じるようになりました。私はこの人たちの生活がちゃんと続くように、力になりたいと思う。 私にできることはほんの小さな手助け程度だろう。しかし私は、すでにA先生が積み重ねてきたものを引き受けてしまいました。この小さな積み重ねがラオスの人たちの生活を少しでも豊かにし、幸せをもたらしてくれるのだと信じて、私も積み重ねていき、そして後に続く人へ引き渡さねばならない。私たちが行なっていることはラオスの山奥の小さな町の中だけのことだが、こうやって受け渡していくことは、おそらく人類が医療をより高めながら伝承してきたのと同じ方法なのかもしれない。 ジャパンハートは「医療を届ける」団体です。医療とは伝承されていくものだと定義するのならば、「医療を届ける」とは患者を治療するだけでなく、伝承されるべき医療を残していくことも含まれるのではないだろうか。私はそう思います。 A先生のおかげでラオスが好きになりました。私は口下手で、説明が下手くそなのですが、私なりに積み重ねていき、自分の精一杯を込めて次の人へつなげていきたいと思います。 (ジャパンハート 2020年4月21日掲載) ジャパンハートは、ミャンマー、カンボジア、ラオスで長期ボランティアとして活動してくれる医師を募集しています。 オンライン相談会を実施中です。「医療の届かないところに医療を届ける」活動に関心のある方は、ちょっとのぞいてみてください。 〉ジャパンハート オンライン相談会ページ
進行ALK陽性肺がんの1次治療に用いるロルラチニブとクリゾチニブの比較
進行ALK陽性肺がんの1次治療に用いるロルラチニブとクリゾチニブの比較
First-Line Lorlatinib or Crizotinib in Advanced ALK-Positive Lung Cancer N Engl J Med. 2020 Nov 19;383(21):2018-2029. doi: 10.1056/NEJMoa2027187. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】第3世代の未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)阻害薬ロルラチニブは、治療歴のあるALK陽性非小細胞肺がん(NSCLC)に対する抗腫瘍活性がある。進行ALK陽性NSCLCの1次治療に用いるロルラチニブのクリゾチニブと比較した有効性は明らかになっていない。 【方法】進行または転移性ALK陽性NSCLCがあり、転移性NSCLCに対する全身治療歴のない患者296例を対象に、ロルラチニブをクリゾチニブと比較する第III相国際共同無作為化試験を実施した。主要評価項目は、盲検下の独立中央判定で評価した無増悪生存期間とした。独立に評価した客観的奏効率、頭蓋内奏効率を副次的評価項目とした。病勢進行または死亡の期待数177件中約133件(75%)発生後に有効性の中間解析を実施するよう計画した。 【結果】12カ月時の無増悪生存率はロルラチニブ群78%(95%信頼区間[CI]70~84)、クリゾチニブ群39%(95%CI 30~48)であった(病勢進行または死亡のハザード比0.28、95%CI 0.19~0.41、P<0.001)。ロルラチニブ群の76%(95%CI 68~83)とクリゾチニブ群の58%(95%CI 49~66)に客観的奏効が認められ、測定可能な脳転移があった患者ではそれぞれ82%(95%CI 57~96)と23%(95%CI 5~54)が頭蓋内奏効を得、ロルラチニブを投与した患者の71%が頭蓋内完全奏効を得た。ロルラチニブ群で頻度が高かった有害事象は、高脂血症、浮腫、体重増加、末梢性ニューロパチー、認知障害であった。ロルラチニブは、クリゾチニブと比較すると、グレード3または4の有害事象(主に脂質値異常)が多かった(72% vs. 56%)。それぞれ7%と9%が有害事象のため治療を中止した。 【結論】治療歴のない進行ALK陽性NSCLC患者を対象とした結果の中間解析から、ロルラチニブの投与を投与した患者は、クリゾチニブを投与した患者と比べて無増悪生存期間が有意に長く、頭蓋内奏効の確率が高かった。ロルラチニブで脂質値異常の発現頻度が高かったため、グレード3または4の有害事象発現率はロルラチニブの方がクリゾチニブよりも高かった。 第一人者の医師による解説 ロルラチニブは頭蓋内病変に対して奏効 アレクチニブとの使い分けが臨床上の課題 大谷 咲子 北里大学医学部呼吸器内科診療講師/佐々木 治一郎 北里大学医学部附属新世紀医療開発センター横断的医療領域開発部門臨床腫瘍学教授 MMJ. April 2021;17(2):37 未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)融合遺伝子は、非小細胞肺がんの約3~5%に認めるドライバー遺伝子異常である。進行・再発ALK融合遺伝子陽性肺がんに対するALKチロシンキナーゼ阻害薬(ALK-TKI)治療は、プラチナ製剤併用療法との比較試験で無増悪生存期間(PFS)の有意な延長を示したクリゾチニブで確立した(1)。その後、クリゾチニブと第2世代 ALK-TKIアレクチニブの第3相比較試験(ALEX試験)の結果、アレクチニブがPFSの有意な延長を示した(2)。このような背景から日本肺癌学会の「肺癌診療ガイドライン 2020年版」では、ALK融合遺伝子陽性肺がんの1次治療としてアレクチニブを推奨している(3)。 本論文は、未治療ALK融合遺伝子陽性肺がんを対象に第3世代ALK-TKIロルラチニブをクリゾチニブと比較する国際共同無作為化第3相試験(CROWN試験)の中間報告である。本試験には日本を含む23カ国104施設が参加し、対象は未治療の進行 ALK融合遺伝子陽性肺がん患者で、ロルラチニブ群149人、クリゾチニブ群147人に割り付けられた。主要評価項目はPFS、副次評価項目は客観的奏効割合と頭蓋内病変への奏効割合とした。中間解析のデータカットオフ時の12カ月PFS率は、ロルラチニブ群78%、クリゾチニブ群39%、ハザード比(HR)0.28(P<0.001)とロルラチニブ群が有意に優れていた。客観的奏効割合(76% 対 58%)および測定可能脳転移があった患者での奏効割合(82% 対 23%)ともにロルラチニブ群の方がクリゾチニブ群に比べ高かった。さらに頭蓋内病変を有するロルラチニブ群の71%で完全奏効を認めた。ロルラチニブ群で頻度の高い有害事象は高脂血症、浮腫、体重増加、末梢神経障害、認知機能低下であった。また、ロルラチニブ群はクリゾチニブ群よりもグレード3以上の有害事象(主に高脂血症)の発生が多かった(72% 対 56%)。 ロルラチニブはこれまで既存のALK-TKI耐性後の2次治療薬として承認されていたが、CROWN試験の結果より米食品医薬品局(FDA)は1次治療薬として承認した。日本でも2021年3月現在、1次治療薬として承認申請中である。ロルラチニブは他のALK-TKIに比べ特に脳移行性が高く、頭蓋内病変を有する患者だけでなく、頭蓋内病変の発生も抑制し高い病勢制御を期待できる。一方、グレード3以上の有害事象の頻度がやや高いことから、日本ではアレクチニブとの使い分けが臨床上の課題となる。今後、脳転移の有無や患者の状態、合併症に応じて複数のALK-TKIの中から最適な薬剤を選択することが重要となる。 1. Solomon BJ, et al. N Engl J Med. 2014;371(23):2167-2177. 2. Peters S, et al. N Engl J Med. 2017;377(9):829-838. 3. 肺癌診療ガイドライン 2020 年版:183-188.
2017年から2100年までの195の国と地域の出生率、死亡率および人口の推移 国際疾病負荷研究の予測研究
2017年から2100年までの195の国と地域の出生率、死亡率および人口の推移 国際疾病負荷研究の予測研究
Fertility, mortality, migration, and population scenarios for 195 countries and territories from 2017 to 2100: a forecasting analysis for the Global Burden of Disease Study Lancet. 2020 Oct 17;396(10258):1285-1306. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30677-2. Epub 2020 Jul 14. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】年齢構造の変化、資源および医療のニーズ、環境および経済的展望を予測し計画を立てるために、将来の人口推移の可能性を理解することが重要である。将来の出生率パターンは、将来の人口規模を予測するために重要なデータであるが、不確実性が大きく、推定や予測の方法が異なるため、世界の人口予測に重要な差が生じる可能性がある。人口規模および年齢構造が変化することによって、多くの国に経済的、社会的および地政学的に大きな影響を及ぼすと思われる。この研究では、死亡率、出生率、移住および人口を予測する新たな方法を開発した。このほか、将来の人口統計学的変化の経済的および地政学的影響の可能性を評価した。 【方法】出生率、移住率および死亡率を表す参照および代替シナリオで将来の人口をモデル化した。50歳時のコホート合計特殊出生率(CCF50)を求めるため、統計モデルを開発した。コホート合計特殊出生率は、合計特殊出生率(TFR)の期間指標よりも長期的にみてはるかに安定している。学歴および避妊手段使用を時系列ランダムウォークの関数に用いて、CCF50をモデル化した。CCF50および共変量を関数として、2100年までの年齢別死亡率をモデル化した。潜在的な死亡率、危険因子、自己回帰和分移動平均(ARIMA)モデルを用いて、2100年までの年齢別死亡率をモデル化した。社会人口統計学的特性指数、人口増加率および戦争と自然災害による死亡を関数として、ARIMAモデルを用いて純移動をモデル化した。モデルの枠組みは、学歴と避妊手段使用の変化の速度を基にした参照シナリオと代替シナリオを開発するために用いた。参照シナリオでの各国および地域の国内総生産のサイズを推定した。予測した不確定区間(UI)で過去のデータ、モデル推定および予測したデータ分布から伝播した不確かさを組み込んだ。 【結果】参照シナリオでは、2100年の世界のTFRは1.66(95%UI 1.33~2.08)と予測された。参照シナリオでは、世界の人口は2064年の97億3000万人(88億4000万-109億)をピークに減少に転じ、2100年に87億9000万人(68億3000万~118億)になると予測された。2100年の上位5カ国の参照予測は、インド(10.9億人[7億2000万~17億1000万])、ナイジェリア(7億9100万人[5億9400万~10億5600万])、中国(7億3200万[4億5600万~14億9900万])、米国(3億3600万[2億4800万~4億560-万])およびパキスタン(2億4800万[1億5100万~4億2700万])であった。このほか、世界の多くの地域で年齢構造が変化することが示唆され、2100年には65歳以上が23億7000万人(19億1000万~28億7000万)、20歳未満が17億人(11億1000万~28億1000万)になることが予測された。2050年までに151カ国で、2100年までに183カ国でTFRが人口置換水準(TFR 2.1未満)を下回ることが予想された。参照シナリオでは、日本やタイ、スペインなどの23カ国で、2017-2100年の間に人口が50%以上減少し、中国の人口が48.0%(-6.1~68.4)低下する見通しが立った。参照シナリオでは、2035年までに中国が最大の経済国になり、2098年に米国が再び最大の経済国になることが予想された。代替シナリオから、教育と避妊手段へのアクセス改善の持続可能な開発目標(SDG)が達成されると、2100年の世界人口が62億9000万人(48億2000万~87億3000万)になり、この推進因子の変化率の99%パーセンタイル値を推測すると、人口が68億8000万人(52億7000万~95億1000万)になると予測された。 【解釈】この結果から、女性の学歴と避妊手段へのアクセス改善の傾向が続くと、出生率低下が加速し、人口増加が鈍化する。中国やインドなどの多くの国でTFRが人口置換水準を下回り続けると、経済的、社会的、環境的および地政学的な影響があるであろう。女性の性と生殖に関する健康を維持し増進すると同時に、低出生率の持続に対応する政策が今後重要になってくると思われる。 第一人者の医師による解説 増える非労働力人口比率 社会保障制度などの財政的持続がますます深刻 野村 周平 慶應義塾大学医学部医療政策管理学・特任准教授 MMJ. April 2021;17(2):60 1950年代以降、世界人口の予測は国連経済社会局人口部(UNPD)などによって行われている。UNPDの最新統計では2100年の世界人口は108.8億人と予測されている。本論文は世界の疾病負荷研究(Global Burden of Disease;GBD)プロジェクトの研究成果からの1編であり、GBD2017の枠組みに基づき(1)、UNPDなどの方法論に改善を加え、世界195の国・地域における2018年から2100年までの人口を予測したものである。 GBD人口予測モデルは大きく死亡率、移民率、出生率の3要素からなり、それぞれも別個の予測モデルで推定されている。死亡率は危険因子の保有率や社会人口指数(SDI:収入レベル、教育レベル、出生率の混合指標)の関数として、移民率はSDIや紛争・自然災害による死亡数、出生率と死亡率の差の関数としてモデル化されている。出生率のモデル化が特筆すべき点であり、従来人口予測で多く使われる合計特殊出生率(TFR)ではなく、「特定の集団における女性が50歳を迎えたときに出産した子供の数の平均」と定義される生涯出生率(CCF50)が、今回の人口予測モデルで使われている。CCF50は女性が出産可能年齢の終わりまでの実際の出産数を表すという点で、女性教育の進展に伴う妊娠年齢上昇の影響をTFRよりも受けづらく、推定がより安定する(注 TFRはある年における教育水準の異なる世代別の出生率の合計)。CCF50は女性の教育レベルと避妊へのアクセスの関数としてモデル化され、年齢別出生率およびTFRもCCF50の関数として推定された。 本研究では、世界人口は2064年にピーク(約97億人)を迎えた後、2100年には約88億人にまで減少すると推定された。2050年までに195カ国中151カ国で、2100年までに183カ国でTFRが2.1*を下回るとしている(*人口が減少し始めるとされる閾値)。2017年時に約1億2800万人であった日本の人口は、2100年までに5300万人以下に減少すると予測された。日本、タイ、スペインなど23カ国では、人口が半減すると予測されている。 人口減少は二酸化炭素の排出量減や、地球の食糧システムへの負荷が減るメリットだけではなく、経済成長とも密接に関係する。本研究で非労働力人口の労働力人口(20~64歳と定義)に対する比率は、2017年の0.80から世界全体で2100年には1.16に達すると予測された。国民健康保険や社会保障制度の財政的持続の課題がますます深刻になる。女性のリプロダクティブ・ヘルスを維持・向上させつつ、低出生率の持続に適応するための政策オプションが今後重要であると本稿は締め括られている。 1. GBD 2017 Population and Fertility Collaborators. Lancet.2018;392(10159):1995-2051.(MMJ 2019年12月号)
院外亜硝酸ナトリウム投与が心停止後病院到着までの生存率にもたらす効果 無作為化臨床試験
院外亜硝酸ナトリウム投与が心停止後病院到着までの生存率にもたらす効果 無作為化臨床試験
Effect of Out-of-Hospital Sodium Nitrite on Survival to Hospital Admission After Cardiac Arrest: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Jan 12;325(2):138-145. doi: 10.1001/jama.2020.24326. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】心停止モデル動物で、蘇生時に亜硝酸ナトリウムを投与することによって生存率が改善することが認められているが、ヒトを対象とした臨床試験で有効性が評価されていない。 【目的】院外心停止の蘇生時に救急医療隊員が亜硝酸ナトリウムを非経口投与することによって病院到着までの生存率が改善するかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】米ワシントン州キング郡で、心室細動の有無を問わず院外心停止を来した成人1502例を対象とした第II相二重盲検プラセボ対照無作為化臨床試験。2018年2月8日から2019年8月19日の間に救急医療隊員が蘇生処置を実施した患者を登録した。2019年12月31日までに追跡調査とデータ抽出を終えた。 【介入】適格な院外心停止患者を亜硝酸ナトリウム45mg(500例)、亜硝酸ナトリウム60mg(498例)、プラセボ(499例)を投与する群に(1対1対1の割合で)無作為に割り付け、蘇生処置実施中にできるだけ早くボーラス投与した。 【主要評価項目】主要評価項目は病院到着時の生存率とし、片側仮説検定で評価した。副次評価項目は、院外変数(自己心拍再開率、再心停止率、血圧維持を目的としたノルエピネフリン使用)と院内変数(退院時の生存率、退院時の神経学的転帰、24、48、72時間までの累積生存率、集中治療室在室日数)とした。 【結果】無作為化した院外心停止患者1502例(平均年齢64歳[SD 17]、女性34%)のうち99%が試験を完了した。全体で、亜硝酸ナトリウム45mg群の205例(41%)、同60mg群の212例(43%)、プラセボ群の218例(44%)が病院到着まで生存していた。45mg群とプラセボ群の平均差は-2.9%(片側95%CI -8.0%~∞、P=0.82)、60mg投与群とプラセボ群の平均差は-1.3%(片側95%CI -6.5%~∞、P=0.66)であった。事前に規定した副次評価項目7項目には有意差は認められず、退院時の生存者数が亜硝酸ナトリウム45mg群66例(13.2%)、同60mg群72例(14.5%)、プラセボ群74例(14.9%)で、亜硝酸ナトリウム45mg群とプラセボ群の平均差は-1.7%(両側検定の95%CI -6.0~2.6%、P=0.44)、同60mg群とプラセボ群の平均差は-0.4%(同-4.9~4.0%、P=0.85)であった。 【結論および意義】院外心停止を来した患者で、亜硝酸ナトリウムの投与は、プラセボと比較して病院到着時の生存率が有意に改善することはなかった。この結果から、院外心停止の蘇生時に亜硝酸ナトリウムの使用は支持されない。 第一人者の医師による解説 心肺停止蘇生後の神経障害抑制 他の薬剤も含めさらなる研究の進展を期待 今井 寛 三重大学医学部附属病院救命救急・総合集中治療センター センター長・教授 MMJ. April 2021;17(2):58 心停止患者において脳神経障害は主な死因であり、蘇生された患者のほとんどは意識を取り戻すことはない。心肺蘇生法の進歩にもかかわらず、米国で2005~15年に収集されたデータによると、院外心停止後に自己心拍再開した患者の80%以上が退院前に死亡している。亜硝酸投与療法は虚血と再灌流後の細胞障害とアポトーシスを抑制し、また多数の動物モデルにおいて細胞保護効果を認めている。げっ歯類の心停止モデルでは、蘇生中に低用量亜硝酸塩を単回静脈内投与すると生存率が48%向上したと報告されている。他の動物モデルでは、心停止後の再灌流初期の亜硝酸塩濃度が10~20μMの間であれば生存率の改善と関連していることが示唆された。院外心停止患者125人を対象とした第1相非盲検試験の結果では、心停止の場合、蘇生中に亜硝酸ナトリウム45mgまたは60mgを投与すると投与後10~15分以内に血清中亜硝酸濃度が10~20μMに到達した(1)。 本研究はこれらの知見に基づき、院外心肺停止の傷病者に対して蘇生中に亜硝酸ナトリウムを急速静注することによって生存入院率が上がるかどうかについて第2相無作為化二重盲検プラセボ対照試験として検討された。ワシントン州キング郡で2018年2月8日~19年8月19日に登録された院外心停止患者(すべての初期波形を対象、外傷を除く)は1,502人で、亜硝酸ナトリウム45mg群(500人)、60mg群(498人)、プラセボ群(生食、499人)に無作為に割り付けられ、救急隊員が蘇生中にできる限り早く静注した。その結果、生存入院した患者は亜硝酸ナトリウム45mg群205人(41%)、60mg群212例(43%)、プラセボ群218人(44%)であり、プラセボ群との平均差は45mg群で-2.9%(片側95% CI, -8.0%~∞;P=0.82)、60mg群で-1.3%(片側95% CI, -6.5%~∞;P=0.66)といずれも有意差を認めなかった。事前に設定した7つの副次評価項目(再心停止率、救急隊員によるノルアドレナリン使用、自己心拍再開率、集中治療室[ICU]滞在日数、24・48・72時間までの累積生存率、退院までの生存率、および退院時の神経学的状態)についても有意差を認めなかった。したがって、著者らは院外心肺停止に対する蘇生中の亜硝酸ナトリウム静注は支持されないと結論付けている。 心肺停止蘇生後の神経障害抑制は重要な課題であり、亜硝酸ナトリウムだけでなく他の薬剤も含めてさらなる研究が進むことを期待する。 1. Kim F, et al. Circulation. 2007;115(24):3064-3070.
小児期の鉛暴露とMRIで測定した中年期の脳構造の統合性の関連
小児期の鉛暴露とMRIで測定した中年期の脳構造の統合性の関連
Association of Childhood Lead Exposure With MRI Measurements of Structural Brain Integrity in Midlife JAMA. 2020 Nov 17;324(19):1970-1979. doi: 10.1001/jama.2020.19998. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】小児期の鉛曝露に脳の発達の阻害と関連があるが、脳構造の統合性にもたらす長期的な影響が未だ明らかになっていない。 【目的】小児期の鉛暴露によってMRIで測定した中年期の脳構造の統合性が低下するという仮説を検証すること。 【デザイン、設定および参加者】ダニーデン研究では、ニュージーランドで1972~1973年に出生した集団代表コホート(解析対象564例)を45歳まで(2019年4月まで)追跡した。 【曝露】11歳時に測定した小児期の鉛曝露。 【主要評価項目】45歳時のMRIで評価した脳構造の統合性(主要評価項目):灰白質(皮質厚、表面積、海馬体積)、白質(大脳白質病変、拡散異方性[理論的範囲0{完全に等方性拡散}~100{完全に異方性拡散}]およびBrain Age Gap Estimation[BrainAGE、実年齢と機械学習アルゴリズムで推定した脳年齢の差の複合指標{0:脳年齢と実年齢が同じ;正数は脳年齢が高く、負数は脳年齢が若い}])。45歳時の認知機能をウェクスラー成人知能検査第4版(WAIS-Ⅳ、IQ範囲40~160点、平均100点に標準化)を用いて客観的に、情報提供者および自己報告(zスコア単位;尺度平均0[SD 1])で主観的に評価した。 【結果】最初の参加者1,037例中997例が45歳時点で生存しており、そのうち564例(男性302例、女性262例)が11歳時に鉛検査を受けていた(追跡期間中央値34[四分位範囲33.7~34.7]年)。11歳時点の血中鉛濃度が平均10.99(SD 4.63)μg/dLであった。共変量で調整後、小児期の血中鉛濃度が5μg/dL増加するたびに、皮質表面積の1.19cm2減少(95%CI -2.35~-0.02cm2、P=0.05)、海馬体積の0.10cm3減少(95%CI -0.17~-0.03cm3、P=0.006)、拡散異方性の低下(b=-0.12、95%CI -0.24~-0.01、P=0.04)、45歳時のBrainAGEの0.77歳上昇(95%CI 0.02~1.51、P=0.05)が認められた。血中鉛濃度と対数変換した白質病変体積(b=0.05 log mm3、95%CI -0.02~0.13 log mm3、p=0.17)や平均皮質厚(b=-0.004mm、95%CI -0.012~0.004mm、p=0.39)との間に統計的な有意差は認められなかった。小児期の血中鉛濃度が5μg/dL増加するたびに、45歳時のIQスコア2.07低下(95%CI -3.39~-0.74、P=0.02)、情報提供者が評価した認知機能障害スコア0.12増加(95%CI 0.01~0.23、P=0.03)との有意な関連が認められた。小児期の血中鉛濃度と自己報告による認知的問題との間に統計学的有意な関連は認められなかった(b=-0.02ポイント、95%CI -0.10~0.07、P=0.68)。 【結論および意義】中央値で34年追跡したこの縦断的コホート研究では、小児期の血中鉛濃度高値にMRIを用いた脳構造の測定項目との関連が見られ、中年期の脳構造の統合性が低下することが示唆された。多重比較のため、第1種の過誤が生じた結果があると考えられる。 第一人者の医師による解説 脳表面積や海馬容積を減少させ 成人期脳機能と負の相関があることを示唆 高橋 孝雄(教授)/三橋 隆行(専任講師) 慶應義塾大学医学部小児科学教室 MMJ. April 2021;17(2):56 小児期の化学物質などへの曝露が知能に悪影響を与えることがこれまで指摘されてきた。具体的には、水銀、鉛、多環式芳香族炭化水素やダイオキシン類の低濃度曝露が小児の知能に悪影響を与える可能性が報告されている。鉛については、1980年代まで使用された有鉛ガソリンによる大気汚染の影響や、現在禁止されている鉛を含有した白色塗料の経口摂取があり、小児の血中鉛濃度と知能発達との関連性が報告されてきた。 本論文は、ニュージーランド・ダニーデンで1972~73年に出生し、11歳時に血中鉛濃度を測定された出生コホートを対象とした縦断的前向きコホート研究(Dunedin Study)の報告である。先行解析では鉛曝露量が増えると38歳時の知能指数が低下する相関性が示されていたことから(1)、生後小児期の血中鉛濃度と45歳時の脳構造異常との関連性を検討した。脳MRI画像をもとに各脳構造を計測した結果、血中鉛濃度の上昇に伴い脳表面積と海馬容積が減少することが明らかとなった。さらに、脳機能の参考指標となる拡散強調画像により得られる異方性比率(global fractional anisotropy)の低下や、機械学習を用いた人工知能による推定脳年齢が悪化する点も判明した。 本研究の評価できる点としては、他のコホート研究に比べ社会経済的背景による鉛曝露量の偏りがない点が挙げられる。他の先行研究では、高収入の家庭の子どもはそうでない子どもに比べ鉛曝露量が多くても知能指数が下がりにくいといった報告(2)があるが、今回、家庭の経済状況や教育レベルといったバイアスを排除し、純粋な鉛曝露の影響を明らかにできた点が評価できる。 一方、本研究の限界として、今回検出された脳構造の異常が小児期にすでに存在したのか、あるいは成人に至る過程で生じたのか不明な点が挙げられる。また、仮に生後の鉛曝露のみの影響を検出しているとしても、脳の成熟化の異常なのか、完成された脳構造の変性による表面積の減少などなのかについては不明な点が残されている。 以上の限界はあるものの、本成果は小児期の鉛曝露が小児期のみならず成人期の認知機能に悪影響を与える可能性を解剖学的な脳の構造異常により裏付けたものと評価できる。被験者の主観的な認知機能には変化がなく、また偽陽性の可能性は残されてはいるものの、鉛曝露が中年期の認知機能を悪化させている可能性が危惧される。今後は、他の化学物質についても同様の検討が行われることが必要であろう。 1. Reuben A, et al. JAMA. 2017;317 (12):1244-1251. 2. Marshall AT, et al. Nat Med. 2020;26(1):91-97.
限局性前立腺がん患者の15年間のQOL転帰 オーストラリアの住民対象前向き研究
限局性前立腺がん患者の15年間のQOL転帰 オーストラリアの住民対象前向き研究
Fifteen year quality of life outcomes in men with localised prostate cancer: population based Australian prospective study BMJ. 2020 Oct 7;371:m3503. doi: 10.1136/bmj.m3503. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】限局性前立腺がんの診断後15年間の治療関連QOLの変化を評価すること。 【デザイン】追跡期間15年以上の住民対象前向きコホート研究。 【設定】オーストラリア・ニューサウスウェールズ州。 【参加者】ニューサウスウェールズ州の有権者名簿から無作為に募集し、New South Wales Prostate Cancer Care and Outcomes Study(PCOS)に登録した70歳未満の限局性前立腺がん患者1642例と対照786例。 【主要評価項目】12項目のShort Form Health Survey(SF12)尺度、カリフォルニア大学ロサンゼルス校前立腺がん指数、拡張前立腺がん複合指標(EPIC-26)を用いて、15年間で7回の測定時に一般的な健康状態と疾患別QOLを自己申告した。比較群とした対照との調整平均差を算出した。ベースラインスコアから標準偏差(SD)の3分の1と定義した最小重要差をもって、調整平均差の臨床的重要性を評価した。 【結果】15年時、全治療群が高水準の勃起不全を報告し、62.3%(積極的監視・経過観察、53例中33例)から83.0%(神経非温存根治的前立腺摘除、141例中117例)までと治療によって異なるが、いずれも対照群(42.7%、103例中44例)よりも高率であった。1次治療に外部照射法、高線量率近接照射療法、アンドロゲン除去療法を実施した患者に腸管障害の報告が多かった。外科手術を施行した患者で特に尿失禁の自己申告率が高く、アンドロゲン除去療法を実施した患者で、10~15年時に排尿障害の報告が増加した(10年目:調整平均差-5.3、95%信頼区間-10.8~0.2、15年目:-15.9、-25.1~-6.7)。 【結論】初期に積極的治療を受けた限局性前立腺がん患者で、前立腺がん診断を受けていない対照と比べて、自己報告による長期QOLが全般的に悪化した。根治的前立腺摘除術を受けた患者では特に、長期的な性生活転帰が不良であった。治療方法を決定する際、このような長期的QOLを考慮すべきである。 第一人者の医師による解説 長期的な性機能低下と尿失禁に関して 事前に十分な情報提供が必要 米瀬 淳二 公益財団法人がん研究会有明病院泌尿器科部長 MMJ. April 2021;17(2):55 前立腺がんは、前立腺特異抗原(PSA)検診により早期発見が増え男性のがんの中で肺がんに次いで2番目に高い罹患率となった。転移のない限局がんの予後は一般的に良好で、10年の疾患特異的生存率は本論文にもあるように、ほぼ100%である。良好な生存率の陰には不必要な過剰治療が生活の質(QOL)を低下させるという反省があり、低リスク限局性前立腺がんには監視療法が行われるようになった(1)。一方、米国では過剰な早期診断は益よりも害をもたらすとして2012年にPSA検診は有害とする勧告が出され、近年転移性前立腺がんの再増加が観察されている(2)。 住民に対するPSA検診の是非はさておき、先進国では毎日多くの男性が限局性前立腺がんと診断される。この早期発見が害ではなく益をもたらすためには、早期限局がんの治療選択において本論文のようなQOL調査の結果が参考になる。限局性前立腺がんの治療には、そのリスクに応じて、即座に根治治療を行わない監視療法から、前立腺全摘術、外照射、小線源治療、内分泌療法などの選択肢がある。これまでの前立腺がん治療後のQOL調査と同様、前立腺全摘では、尿失禁、性機能障害が長期にわたって継続し、外照射では腸のわずらわしさが他の治療より強く、小線源では排尿のわずらわしさが強く、時間経過とともに性機能低下はやがて受け入れられていくという結果が示されている。この点は実臨床での印象どおりで、やはりそうかと思わせるものである。 一方、本論文の限界としては初回治療後の追加治療に関する情報がないことである。監視療法も15年の間には半数以上が何らかの介入を受けている可能性があり、外照射のほとんどは一時的なホルモン療法が先行および併用されていると考えられる。このため、これらの初回治療群のQOLの結果の解釈に注意が必要と思われる。例えばホルモン療法群に腸のわずらわしさが多いのは放射線療法を受けた患者が多く含まれていると考えられ、逆に外照射の早期の性機能低下は内分泌療法併用の影響もあるのではないかと推測される。もちろん前立腺全摘術も再発時には追加治療を受けているのでどの群でも複数治療の影響があると思われる。しかし初回治療の選択から追加治療を含めての長期QOLは貴重なデータであり、治療選択の際には提示すべき結果である。ただあくまで個人的見解であるが、15年先のQOLよりもより短期間のQOLを重視する患者さんも多いと感じている。 1. Chen RC, et al. J Clin Oncol. 2016;34(18):2182-2190. 2. Butler SS, et al. Cancer. 2020;126(4):717-724.
2型糖尿病寛解を目的とした低炭水化物食および超低炭水化物食の有効性および安全性 既掲載・未掲載を問わない無作為化試験データの系統的レビュー
2型糖尿病寛解を目的とした低炭水化物食および超低炭水化物食の有効性および安全性 既掲載・未掲載を問わない無作為化試験データの系統的レビュー
Efficacy and safety of low and very low carbohydrate diets for type 2 diabetes remission: systematic review and meta-analysis of published and unpublished randomized trial data BMJ. 2021 Jan 13;372:m4743. doi: 10.1136/bmj.m4743. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】2型糖尿病患者に用いる低炭水化物食(LCD)と超低炭水化物食(VLCD)の有効性と安全性を明らかにすること。 【デザイン】系統的レビューおよびメタ解析。 【データ入手元】開始から2020年8月25日までのCENTRAL、Medline、Embase、CINAHL、CABおよび灰色文献。 【試験選択】2型糖尿病成人患者を対象に、12週間以上のLCD(炭水化物1日130g未満または1日の総摂取カロリー2000kcal当たりに占める炭水化物の割合26%未満)およびVLCD(1日の総摂取カロリーに占める炭水化物の割合10%未満)を評価した無作為化試験を適格とした。 【データ抽出】糖尿病寛解(HbA1c 6.5%未満または空腹時血糖7.0nmol/L未満、糖尿病治療薬の使用問わず)、体重減少、HbA1c、空腹時血糖および有害事象を主要評価項目とした。健康関連のQOLおよび生化学的データを副次評価項目とした。全論文および転帰を個別に抽出し、追跡6カ月時および12カ月時のバイアスリスクおよびGRADEシステムを用いて根拠の確実性を評価した。ランダム効果メタ解析を用いて、推定リスクと95%信頼区間を算出した。臨床的重要性を明らかにするために事前に決定した最小重要差に従って転帰を評価し、バイアスリスクおよび事前に設定した下位集団7群を基に異質性を調べた。交互作用の有意性検定を用いて評価したあらゆる下位集団の効果を5点の信頼性チェックリストの対象とした。 【結果】検索で、文献1万4759編と試験23件(1357例)を特定し、評価項目の40.6%をバイアスリスクが低いと判定した。6カ月時、対照食と比べると、LCDの糖尿病寛解率(HbA1c 6.5%未満と 定義)が高かった(133例中76例(57%)v 131例中41例(31%)、リスク差0.32、95%信頼区間0.17~0.47、試験8件、264例、I2=58%)。一方で、HbA1c 6.5%未満かつ治療薬不使用を寛解の定義とすると、効果量が小さく、有意性がなくなった。信用度の基準を満たした下位集団の評価から、インスリン使用者を含む試験でLCDの寛解が著明に低下することが示唆された。12カ月時の寛解に関するデータが少なく、効果量が小さかったり、糖尿病リスクがわずかに上昇したりと幅があった。6カ月時に体重減少、トリグリセリドおよびインスリン感受性で臨床的に重要な大幅な改善が見られたが、12カ月時に消失した。信用性があると考えられた下位集団の評価を基にすると、VLCDは、制限が弱いLCDよりも6カ月時の体重減少の有効性が低かった。しかし、この効果は食事法の遵守で説明できた。つまり、遵守率が高いVLCD患者では、遵守率の低いVLCD患者を検討した試験よりも臨床的に重要な体重減少が見られた。6カ月時のQOLに有意差はなかったが、12カ月時に、臨床的に重要ではあるが有意性がないQOLおよび低比重リポ蛋白コレステロールの悪化が見られた。それ以外に、6カ月時および12カ月時の有害事象や血中脂質に両群の有意差や臨床的な重要性は認められなかった。 【結論】確実性が中程度ないし低度の科学的根拠を基にすると、6カ月間のLCD遵守によって有害な転帰がない糖尿病の寛解をもたらすと思われる。欠点に、以前から続く糖尿病寛解の定義に関する議論に加えて、長期的なLCDの有効性、安全性および食事満足度がある。 第一人者の医師による解説 日本の日常臨床への導入・定着が重要 求められる継続性も含めた糖質制限食指導の国内研究 山田 悟 北里大学北里研究所病院・糖尿病センター長 MMJ. April 2021;17(2):52 糖質制限食ほど毀誉褒貶の激しい食事法はないであろう。インスリンの発見(1921年)以前は、糖尿病治療といえば極端な糖質制限食しかなかったが、インスリン療法の普及とともに糖質摂取の自由化が進み、20世紀後半には脂質制限食の流布に伴い糖質制限食は民間療法とのイメージが定着した。これが21世紀になり2型糖尿病や肥満症の食事療法として復権し、その意義が(再)確立されたというのが歴史的流れである。 今回の研究は、その流れに沿うもので、2型糖尿病に対する糖質制限食の有効性を無作為比較試験23件(3件は日本で実施)のメタ解析で確認した。私は共著者だが、2019年に筆頭著者のGoldenberg氏らから研究への参加を打診された時には、正直、気乗りしなかった。すでに米国糖尿病学会(ADA)によって糖質制限食は血糖改善に対して最もエビデンスが実証された食事法であるとされ(1)、私が知るだけで20本以上の糖質制限食に関する無作為比較試験のメタ解析が存在し(2)、評価は確定済みと感じたからである。しかし、Goldenberg氏らは、2型糖尿病の寛解(HbA1c 6.5%未満を達成すること)という既報にはなかったアウトカムを設定するという。それで私もチームに参画した。 解析の結果、糖質制限食による6カ月後における寛解の有意な増加が示された。2型糖尿病は進行性の疾患であるとされる中、患者に対する朗報となろう。糖尿病の寛解以外でも、有意な有害作用の増加なく、体重、中性脂肪、インスリン抵抗性の改善が確認された。2型糖尿病は血糖のみならず多面的な介入を必要とする疾患であるとされる中、これらも患者にとって福音となろう。 そして、本研究でもう1つ重要なことが示された。それは、6カ月後の体重減量について極端な糖質制限食は緩やかな糖質制限食よりも効果が弱かったこと、あるいは、12カ月後の時点で糖尿病の寛解に有意差がなくなっていたことである。すなわち、どんなに優れた食事療法でも、遵守率や継続性に問題があれば、有効性は減弱してしまうと解釈できる。 世界的には糖質制限食の2型糖尿病に対する有効性や安全性が確立済みの中、今後、日本の日常臨床にいかに導入・定着させるかが大事である。そのためには、継続性も含めた糖質制限食指導についての国内研究が求められよう。それがあってこそ、かつてはあまりに研究数が少なすぎてできなかった、日本人を対象にした糖尿病食事療法についての無作為比較試験のメタ解析が可能になるであろう(3)。 1. Evert AB, et al. Diabetes Care. 2019; 42(5): 731-754. 2. 山田悟 . 公衆衛生 . 2019; 83(12): 870-878. 3. Yamada S, et al. Nutrients. 2018; 10(8): 1080.
スウェーデンの肥満者研究の肥満手術後の平均余命
スウェーデンの肥満者研究の肥満手術後の平均余命
Life Expectancy after Bariatric Surgery in the Swedish Obese Subjects Study N Engl J Med. 2020 Oct 15;383(16):1535-1543. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】肥満があると平均余命が短くなる。肥満手術によって死亡の長期的相対リスクが低下することが知られているが、平均余命にもたらす効果が明らかになっていない。 【方法】Gompertz比例ハザード回帰モデルを用いて、前向き対照スウェーデン肥満者(SOS)研究で肥満手術を施行した患者(手術群)および通常の肥満治療を実施した患者(対照群)、一般集団から抽出した無作為標本となるSOS参照研究の参加者(参照コホート)で死亡率と平均余命を比較した。 【結果】2007例を手術群、2040例を対照群に組み入れ、1135例を参照コホートに組み入れた。解析時点(2018年12月31日)で、死亡率の追跡期間中央値は、手術群24(四分位範囲22~27)年、対照群22(21~27)年であり、試験参加者の99.9%から死亡に関するデータが入手できた。SOS参照コホートでは、追跡期間中央値は20(四分位範囲10~21)年であり、参加者の100%から死亡に関するデータが入手できた。手術群の457例(22.8%)および対照群の539例(26.4%)が死亡した(ハザード比0.77、95%信頼区間[CI]0.68~0.87、P<0.001)。対応するハザード比は、心血管疾患による死亡で0.70(95%CI 0.57~0.85)、がんによる死亡で0.77(同0.61~0.96)であった。手術群の調整後平均余命中央値は、3.0年(95%CI~4.2)であり、対照群より長かったが、一般集団より5.5年短かった。術後90日以内の死亡率は0.2%であり、手術群の2.9%に再手術を施行した。 【結論】肥満手術を施行した肥満患者で、通常の肥満治療より平均余命が長くなった。一般集団と比べると、両群ともに死亡率がなお高かった。 第一人者の医師による解説 遺伝マーカーや手術反応性マーカーの特定で 減量手術実施判断への活用を期待 門脇 孝 国家公務員共済組合連合会 虎の門病院院長 MMJ. April 2021;17(2):51 Swedish Obese Subjects(SOS)研究は、高度肥満症に対する減量手術の前向き長期追跡成績を報告している世界で代表的な減量手術研究の1つである。2007年には、減量手術後平均10.9年の追跡データの解析により死亡率が29%低下したことを発表している。しかし、最近の後ろ向き研究の成績では、減量手術を受けた人の死亡率は一般人口に比べ依然として高率であることが指摘されている。 本研究ではSOS研究の肥満患者で減量手術を受けた群と通常治療を受けた対照群の20年以上の前向き追跡で得られた死亡率をほぼ同年代の一般人口の死亡率と比較した。その結果、減量手術群の死亡率は、通常治療群に対しハザード比0.77と低下し、心血管死ではハザード比0.70、がん死ではハザード比0.77であった。減量手術群では、通常治療群に比べ3.0年の余命延長が認められたが、一般人口との比較では5.5年短命であった。また、90日の周術期死亡率は0.2%であったが、再手術を受けた患者の死亡率は2.9%であった。 本研究は、20年以上の前向き追跡調査の結果、減量手術が心血管死とがん死を減少させることを示した。一方、高度肥満者に通常治療が行われた場合の平均余命が一般人口に比べ約8年短いこと、減量手術によって延長する平均余命は現在のところ約3年であることが明らかとなった。この平均余命の延長幅は、SOS研究のように高度肥満に加え重篤な併発症を有する患者を含む高リスク群における結果で、他の患者集団にそのまま当てはまるものではないことに注意する必要がある。 本研究の結果は、最近発表された北欧5カ国の減量手術後の平均余命が一般人口に比べ依然として短いという結果(1)と矛盾しない。平均余命が依然として短い理由として、減量手術後も一般人口よりはBMI高値であること、代謝異常がすでに術前に大血管や細小血管の不可逆的障害を起こしている場合があること、手術に伴う合併症、減量手術群で増加するアルコール依存症や自殺、転倒・外傷などの要因が関与していると考えられる。 本研究では、減量手術が平均余命延長の観点から特に有益なサブグループを特定する試みを行ったが、特定することはできなかった。最近では、肥満そのものやエネルギーバランスの変化に対する体重や体組織の変化が遺伝的に規定されていることが明らかとなっている。今後、これらの研究により、遺伝マーカーや手術反応性マーカーが特定され、減量手術を行うか否かの決定に活用されることが期待される。 1. Kauppila JH, et al. Gastroenterology. 2019;157(1):119-127.e1.
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