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COVID-19肺炎入院患者に用いるトシリズマブ
COVID-19肺炎入院患者に用いるトシリズマブ
Tocilizumab in Patients Hospitalized with Covid-19 Pneumonia N Engl J Med. 2021 Jan 7;384(1):20-30. doi: 10.1056/NEJMoa2030340. Epub 2020 Dec 17. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)肺炎は過剰な炎症を伴うことが多い。十分な医療サービスを受けていない集団・人種・少数民族の間でCOVID-19発症率が過度に高いが、COVID-19肺炎で入院したこのような患者に対する抗インターロイキン-6受容体抗体トシリズマブの安全性と有効性は明らかになっていない。 【方法】COVID-19肺炎で入院した人工呼吸管理下にない患者を標準治療と併用してトシリズマブ(体重1kgあたり8mgを静脈内投与)またはプラセボを1~2回投与するグループに2対1の割合で無作為に割り付けた。施設の選択で、高リスク患者や少数集団を組み入れる施設を含めることに重点を置いた。主要転帰は28日目までの人工呼吸管理または死亡とした。 【結果】計389例を無作為化し、修正intention-to-treat集団にはトシリズマブ群249例、プラセボ群128例を含め、56.0%がヒスパニックまたはラテンアメリカ系、14.9%が黒人、12.7%がアメリカインディアンまたはアラスカ原住民、12.7%が非ヒスパニック系白人、3.7%がその他または不明であった。28日目までに人工呼吸管理を実施したか死亡した患者の累積率は、トシリズマブ群12.0%(95%信頼区間[CI]8.5~16.9)、プラセボ群19.3%(95%CI 13.3~27.4)であった(人工呼吸管理または死亡のハザード比0.56、95%CI 0.33~0.97、ログランク検定のP=0.04)。生存時間解析で評価した臨床的失敗までの時間は、トシリズマブ群の方がプラセボ群よりも良好であった(ハザード比0.55、95%CI 0.33~0.93)。28日目までに、トシリズマブ群の10.4%、プラセボ群の8.6%にあらゆる原因による死亡が発生した(加重平均差2.0パーセントポイント、95%CI -5.2~7.8)。安全性解析対象集団では、トシリズマブ群250例中38例(15.2%)、プラセボ群127例中25例(19.7%)に重篤な有害事象が発現した。 【結論】人工呼吸管理下にないCOVID-19肺炎入院患者で、トシリズマブによって人工呼吸管理または死亡の複合転帰を辿る確率が低下したが、生存率は改善しなかった。安全性に関する新たな懸念事項は認められなかった。 第一人者の医師による解説 ステロイドや抗ウイルス薬を含む標準治療への トシリズマブの上乗せ効果を確認 金子 祐子 慶應義塾大学医学部リウマチ・膠原病内科准教授 MMJ. April 2021;17(2):43 2019年中国に端を発した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は瞬く間に世界規模の大流行となり、1年を経過した現在も全世界に深刻な影響を及ぼしている。COVID-19患者の血清IL-6濃度は重症度と相関することや、IL-6上昇は人工呼吸器装着の予測となることが報告され、IL-6受容体阻害薬であるトシリズマブはCOVID-19治療薬として期待されていた。 本論文は、入院中のCOVID-19肺炎患者においてトシリズマブの有効性を検証した海外第3相無作為化二重盲検プラセボ対照臨床試験(EMPACTA)結果の報告である。米国と南米、アフリカの6カ国において、主として援助が不十分な少数民族を対象に、人工呼吸器は装着されていないが入院中で酸素投与を必要とする患者を中心としてintention-to-treat(ITT)集団ではトシリズマブ群に249人、プラセボ群に128人が組み入れられた。標準治療として80%以上が全身性ステロイド投与を、80%弱が抗ウイルス薬投与を受けていた。主要評価項目である28日以内の死亡または人工呼吸器装着率は、トシリズマブ群で12.0%、プラセボ群で19.3%とトシリズマブ群で有意に低く、死亡、人工呼吸器装着、集中治療室入室、試験からの脱落を包括した臨床的増悪は、ハザード比0.55でトシリズマブ群の成績が優れていた。28日以内の死亡率(トシリズマブ群10.4%、プラセボ群8.6%)、退院までの日数中央値(トシリズマブ群6.0日、プラセボ群7.5日)、重篤な有害事象の発生率(トシリズマブ群15.2%、プラセボ群19.7%)に関しては両群間で差を認めなかった。 トシリズマブのCOVID-19に対する有効性はこれまで複数の臨床試験で検証されたが、対象とする患者集団によって異なる結果が示されてきた。人工呼吸器装着中を約4割含む重症患者および重症度が低めの患者を対象とした試験では、トシリズマブ治療の有効性は示されず(1),(2)、人工呼吸器装着は10%程度で本研究と同様の患者を対象とした試験では死亡または人工呼吸器装着率や退院までの日数に関して標準治療へのトシリズマブ追加投与が優れていた(3)。総合すると、トシリズマブは中等症から人工呼吸器を装着していない段階の重症患者に、標準治療であるステロイドと抗ウイルス薬への上乗せ効果があると考えられるが、現在も複数の試験が進行中であり、今後の研究結果を注視する必要がある。 1. Ivan O. R, et al. medRxiv 2020.08.27.20183442;doi: https://doi.org/10.1101/2020.08.27.20183442(preprint) 2. Stone JH, et al. N Engl J Med. 2020;383(24):2333-2344. 3. Horby PW et al. medRxiv 2021.02.11.21249258; doi: https://doi.org/10.1101/2021.02.11.21249258(preprint)
COVID-19重症患者に用いる全身性コルチコステロイド投与と死亡率の関連メタ解析
COVID-19重症患者に用いる全身性コルチコステロイド投与と死亡率の関連メタ解析
Association Between Administration of Systemic Corticosteroids and Mortality Among Critically Ill Patients With COVID-19: A Meta-analysis JAMA. 2020 Oct 6;324(13):1330-1341. doi: 10.1001/jama.2020.17023. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の有効な治療法が必要であり、臨床試験データから、低用量デキサメタゾンで呼吸管理を要するCOVID-19入院患者の死亡率が低下することが示されている。 【目的】通常治療またはプラセボと比較したコルチコステロイド投与と28日全死因死亡率との関連を推定すること。 【デザイン、設定および参加者】COVID-19重症患者1703例を対象にコルチコステロイドの有効性を評価した無作為化臨床試験7件のデータを統合した前向きメタ解析。試験は、2020年2月26日から6月9日にかけて12カ国で実施され、最終追跡日は2020年7月6日であった。個々の試験、全体および事前に定義した下位集団別に統合したデータを集計した。Cochrane Risk of Bias Assessment Tool用いてバイアスリスクを評価した。I2統計量を用いて試験間の結果の非一貫性を評価した。主要解析は、全死因死亡率の分散逆数重み付け固定効果メタ解析とし、介入と死亡率との関連はオッズ比(OR)で定量化した。このほか、(異質性のPaule-Mandel推定値とHartung-Knapp調整を用いて)変量効果メタ解析、リスク比を用いて分散逆数重み付け固定効果解析を実施した。 【曝露】患者をデキサメタゾン、ヒドロコルチゾン、メチルプレドニゾロンいずれかの全身投与群(678例)と通常治療またはプラセボ投与群(1025例)に無作為に割り付けた。 【主な転帰評価項目】主要転帰評価項目は、無作為化後28日時の全死因死亡率とした。治験責任医師が定義した重篤な有害事象を副次評価項目とした。 【結果】計1703例(年齢中央値60歳[四分位範囲52~68歳]、女性488例[29%])を解析の対象とした。試験7件中6件で死亡率の結果が「低度」、1件は無作為化法が「懸念あり」とバイアスリスクを評価した。5試験が28日時の死亡率、1試験が21日死亡率、1試験が30日死亡率を報告していた。コルチコステロイドに割り付けた678例中222例、通常治療またはプラセボに割り付けた1025例中425例が死亡した(OR要約値0.66[95%CI 0.53~0.82]、固定効果メタ解析に基づくP<0.001)。試験間の結果は不一致性がほとんどなく(I2=15.6%、異質性のP=0.31)、変量効果メタ解析に基づくOR要約値は0.70(95%CI 0.48~1.01、P=0.053)であった。 死亡の関連を示す固定効果OR要約値は、通常治療またはプラセボと比較して、デキサメタゾンで0.64(95%CI 0.50~0.82、P<0.001、3試験計1282例中527例死亡)、ヒドロコルチゾで0.69(同0.43~1.12、P=0.13、3試験計374例中94例死亡)、メチルプレドニゾロンで0.91(同0.29~2.87、P=0.87、1試験47例中26例死亡)であった。重篤な有害事象が報告された6試験のうち、64件がコルチコステロイド投与群354例、80件が通常治療またはプラセボ群342例に発生した。 【結論および意義】COVID-19重症患者を対象とした臨床試験の前向きメタ解析では、通常治療またはプラセボと比較すると、全身性副腎皮質ステロイド投与によって28日全死因死亡率が低下した。 第一人者の医師による解説 COVID-19に対するステロイド療法 当面デキサメタゾン 6mg投与が望ましい 藤島 清太郎 慶應義塾大学医学部総合診療教育センター・センター長 MMJ. April 2021;17(2):42 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの中、世界でさまざまな臨床試験が同時進行的に行われ、その成果が日々オンライン上で公表されている。治療薬としては抗ウイルス薬に加えて、副腎皮質ステロイドやトシリズマブなどの抗炎症薬も有力な候補となっている。 本論文は、2020年2~6月に12カ国で実施された重症COVID-19患者を対象とした7件のランダム化対照試験(RCT)の世界保健機関(WHO)による前向きメタ解析である。本解析には1,703人の患者が組み入れられ、ステロイド投与群で有意な28日死亡率の低下を認め、重篤な有害事象には差がなかった。サブ解析では、投与薬別でデキサメタゾン(DEX)(3試験、1,282人)でのみ有意差があり、ヒドロコルチゾン(3試験、374人)とメチルプレドニゾロン(1試験、47人)では差を認めなかった。以上の結果は、解析対象患者の57%を英国のRECOVERY試験参加者が占めていることを踏まえて解釈する必要がある。同 RCTではDEX 6mg/日の最長10日間投与による有意な28日死亡率改善が示された。サブ解析では人工呼吸管理群、酸素投与群での有効性が示唆されている。一方、本論文のメタ解析では、より高用量や他のステロイドの有用性は明らかになっていない。 また、COVID-19重症例は敗血症、急性呼吸促迫症候群(ARDS)を高率に合併するが、抗炎症薬の適応や投与量の判断に当たっては、両病態に対する抗炎症薬開発の歴史も踏まえる必要がある。すなわち、過去半世紀以上にわたり膨大な数の抗炎症薬 RCTが実施された中で、最近の一部ステロイド試験を除き生存率改善効果が認められず、サイトカインストームに代表される過剰炎症反応が病態形成や不良転帰に関与しているという単純仮説は両病態に必ずしも当てはまらない可能性がある。COVID-19病態下では、炎症性サイトカイン値が他の原因によるARDSや敗血症よりもむしろ低く、DEXが免疫異常の修復により効果を発揮している可能性も最近示されている(1),(2)。以上を勘案すると、現状ではステロイド療法の適応と判断したCOVID-19患者に対し、DEX 6mg/日の投与が妥当と思われる。今後は、患者要因、重症度、診断マーカーなどに基づく治療の個別化に向けたさらなる研究の遂行が望まれる。 本論文以降も新たなメタ解析が逐次公表されており、これらの最新版を活用し(3)、不応性の病態に探索的な治療を行った場合は、その結果にかかわらずエビデンスとして集積・発信していくことが、将来的な治療成績の向上につながることを申し添えたい。 1. Sarma A, et al. Res Sq. 2021:rs.3.rs-141578. 2. Leisman DE, et al. Lancet Respir Med. 2020;8(12):1233-1244. 3. 日本版敗血症診療ガイドライン 2020 特別委員会 . COVID-19 薬物療法に関する Rapid/Living recommendations 第三版 . 2021.
若年者・高齢者を対象としたプライムブーストレジメンで投与するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性(COV002):第II/III相単盲検無作為化対照試験
若年者・高齢者を対象としたプライムブーストレジメンで投与するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性(COV002):第II/III相単盲検無作為化対照試験
Safety and immunogenicity of ChAdOx1 nCoV-19 vaccine administered in a prime-boost regimen in young and old adults (COV002): a single-blind, randomised, controlled, phase 2/3 trial Lancet. 2021 Dec 19;396(10267):1979-1993. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32466-1. Epub 2020 Nov 19. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】高齢者(70歳以上)がCOVID-19を発症すると重症化リスクや死亡リスクが高く、有効なワクチンを開発すれば、優先的接種の対象となる。ワクチンの免疫原性は、免疫老化の結果として高齢者で悪化することが多い。若年成人を対象とした新たなチンパンジーアデノウイルスベクター型ワクチンChAdOx1 nCoV-19(AZD1222)の免疫原性は既に報告している。今回は、対象者を70歳以上の高齢成人にも広げて、このワクチンの安全性と免疫原性を報告する。 【方法】この第II/III相単盲検無作為化対照試験(COV002)の第II相段階の報告では、英国の臨床研究施設2施設で、18歳以上の健康な成人を18~55歳、56~69歳、70歳以上の下位集団に分けて登録した。重度または治療不応の併存疾患やフレイルスコア高値(65歳以上の場合)がない被験者を適格とした。まず、被験者を低用量コホートに組み入れ、ブロック無作為化法を用いて、年齢、用量群および施設で層別化して、各年齢群内でChAdOx1 nCoV-19筋肉内投与(ウイルス粒子2.2×10^10個)と対照ワクチンMenACWYに割り付けることとし、18~55歳群はChAdOx1 nCoV-19の2回投与とMenACWYの2回投与に1対1の割合、56~69歳群はChAdOx1 nCoV-19単回投与、MenACWY単回投与、ChAdOx1 nCoV-19の2回投与、MenACWYの2回投与に3対1対3対1の割合、70歳以上群はChAdOx1 nCoV-19単回投与、MenACWY単回投与、ChAdOx1 nCoV-19の2回投与、MenACWYの2回投与に5対1対5対1の割合で無作為に割り付けた。初回投与と2回目投与の間隔は、28日間空けることとした。その後、被験者を標準投与コホート(ChAdOx1 nCoV-19ウイルス粒子3.5-6.5×10^10個)に組み入れ、18~55歳群をChAdOx1 nCoV-19の2回投与とMenACWYの2回投与に5対1の割合で割り付けたほかは、同じ無作為化手順を採用した。被験者と治験責任医師にワクチンの割付を伏せ、ワクチンを投与するスタッフには割り付けを伏せずにおいた。この報告の目的は、55歳以上の成人を対象とした単回投与および2回投与スケジュールの安全性、液性免疫および細胞性免疫原性を評価することである。施設内標準化ELISA、複合免疫アッセイおよび生重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)マイクロ中和アッセイ(MNA80)を用いて、ベースラインおよび各ワクチン接種から追加免疫投与1年後までの液性反応を評価した。ex-vivoのIFN-γ酵素結合免疫スポットアッセイを用いて、細胞応答を評価した。試験の複合主要転帰は、ウイルス学的に判定した症候性COVID-19症例数で測定した有効性および重篤な有害事象の発現で測定した安全性とした。ワクチンを投与した被験者を割り付けた投与群別に解析した。ここに、安全性、反応原性、細胞性および液性免疫反応に関する初期結果を報告する。本試験は現在進行中であり、ClinicalTrials.gov(NCT04400838)、ISRCTN(15281137)に登録されている。 【結果】2020年5月30日から8月8日の間に被験者560例を組み入れ、18~55歳群160例をChAdOx1 nCoV-19群100例、MenACWY群60例に、56~69歳群160例をそれぞれ120例、40例に、70歳以上群240例をそれぞれ200例、40例に割り付けた。7例が割り付けた2回投与レジメンの追加免疫投与を受けず、1例が誤ったワクチン接種を受け、3例に検体の表示に誤りがあったため、免疫原性の解析から除外した。解析対象とした552例のうち280例(50%)が女性であった。ChAdOx1 nCoV-19群の方が対照ワクチン群よりも局所反応と全身反応が多く、性質は既報とほぼ同じ(注射部位疼痛、発熱感、筋肉痛、頭痛)であったが、高齢者(56歳以上)では若年者よりも少なかった。ChAdOx1 nCoV-19の標準的な2回投与を受けた被験者では、初回免疫投与後、18~55歳群49例中43例(88%)、56~69歳群30例中22例(73%)、70歳以上群49例中30例(61%)が局所反応、それぞれ42例(86%)、23例(77%)、32例(65%)が全身反応を報告した。2020年10月26日現在、試験期間中に重篤な有害事象が13件発生したが、試験ワクチンとの関連があるものはないと考えられた。ワクチン2回投与群では、年齢層別コホート3群の追加免疫投与28日後の抗スパイクSARS-CoV-2 IgG反応中央値がほぼ同じであった(標準用量群:18~55歳20,713任意単位[AU]/mL[IQR:13,898~33,550]、39例;56~69歳16,170AU/mL[10,233~40,353]、26例;70歳以上17,561AU/mL[9,705~37,796]、47例;P=0.68)。全年齢層群の追加免疫投与後の中和抗体価がほぼ同じであった(標準投与群の第42日のMNA80中央値:18~55歳193[IQR 113~238]、39例;56~69歳144[119~347]、20例;70歳以上161[73~323]、47例;P=0.40)。追加免疫投与後14日目までに209例中208例(99%以上)に中和抗体反応が認められた。ChAdOx1 nCoV-19標準単回投与後14日目にT細胞反応がピークとなった(末梢血単核球100万個当たりのスポット形成細胞[SFC]中央値は、18~55歳1187個[IQR 841~2428]、24例;56~69歳797個[383~1817]、29例;70歳以上977個[458~1914]、48例)。 【解釈】ChAdOx1 nCoV-19の忍容性は、高齢者の方が若年成人よりも高いと考えられ、全年齢層群の追加免疫投与後の免疫原性がほぼ同じであった。全年齢層と併存疾患がある者を対象にこのワクチンの有効性をさらに詳細に評価することが必要である。 第一人者の医師による解説 日本での本ワクチンの承認や接種の検討において 非常に重要なデータ 齋藤 昭彦 新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野教授 MMJ. April 2021;17(2):41 アデノウイルスベクターワクチン(ChAdOx1nCoV-19)の安全性と免疫原性については、第1・2相試験ですでに報告されたが(1)、今回報告された第2・3相単盲検ランダム化対照試験では、対象年齢を広げ、70歳以上の高齢者を含めた集団を対象に同様の検討を行った。試験参加者は計560例で、英国の2つの臨床研究施設で行われた。対象は、18~55歳、56~69歳、70歳以上の3群に分けられ、年齢が高くなるほどSARS-CoV-2ワクチンへの割り付け比が高くなるように設定された(18~55歳では62.5%、56~69歳では75.0%、70歳以上では83.3%)。重症またはコントロールできていない基礎疾患を有する人は除外された。参加者はSARS-CoV-2ワクチン群(2.2X1010ウイルス粒子/ワクチン)もしくは対照ワクチン(髄膜炎菌ワクチン)を接種された後、液性・細胞性免疫の評価、有効性、そして安全性が評価された。 その結果、局所と全身の反応の頻度は、SARSCoV-2ワクチン群の方が対照ワクチン群に比べ高かったが、それぞれの副反応の頻度は過去の報告と同様で、56歳以上の成人ではそれより若い人に比べ低かった。SARS-CoV-2ワクチン2回接種者における初回接種後の局所反応の頻度は、18~55歳で88%、56~69歳で73%、70歳以上で61%、全身反応はそれぞれ86%、77%、65%であった。ワクチンと関係のある重篤な副反応はみられなかった。SARS-CoV-2ワクチン2回接種者において、追加接種後28日目の抗スパイク蛋白IgG値の中央値、中和抗体価に関して年齢群間に差は認めなかった。追加接種後14日目までに99%超の接種者に中和抗体の反応を認めた。T細胞の反応は、初回接種後14日目にピークとなった。 ChAdOx1 nCoV-19は、アストラゼネカ社がこれまで研究開発してきたアデノウイルスベクターを用いたワクチンの技術(2)を応用した製品である。新興コロナウイルスであるSARS、MARSに対するワクチンの研究を行ってきた成果が活かされている。今回の結果は、若年成人だけでなく、高齢者でもより安全に接種でき、追加接種後の免疫原性は全年齢において同様であった。今回のSARSCoV-2感染は、年齢が高くなると重症化リスクが高まるため(3)、特に高齢者におけるワクチンの安全性と免疫原性のデータは非常に重要である。このワクチンは、今後、日本に輸入され、また、国内のワクチン会社でも技術移転により製造され、それらが国内で接種される予定である(執筆時点)。このデータは、今後の日本における本ワクチンの承認、接種を検討する上で、非常に重要なものとなるであろう。 1. Folegatti PM, et al. Lancet. 2020;396(10249):467-478. 2. Gilbert SC, et al. Vaccine. 2017;35(35 Pt A):4461-4464. 3. O'Driscoll M, et al. Nature. 2021;590(7844):140-145.
肺がん検診CTを要する高リスク喫煙者を特定するための胸部X線画像を用いた深層学習 予測モデルの開発と検証
肺がん検診CTを要する高リスク喫煙者を特定するための胸部X線画像を用いた深層学習 予測モデルの開発と検証
Deep Learning Using Chest Radiographs to Identify High-Risk Smokers for Lung Cancer Screening Computed Tomography: Development and Validation of a Prediction Model Ann Intern Med. 2020 Nov 3;173(9):704-713. doi: 10.7326/M20-1868. Epub 2020 Sep 1. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】胸部断層撮影(CT)検査を用いた肺がん検診で肺がんによる死亡を減らすことができる。メディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)が定めるCTを用いた肺がん検診の適応基準では、詳細な喫煙状況が必要であり、肺がんの見逃しが多い。胸部X線画像を基に自動化した深層学習によって、CT検査の便益がある肺がん高リスクの喫煙者を多く特定できると考えられる。 【目的】電子医療記録(EMR)で入手できることの多いデータ(胸部X線画像、年齢、性別および現在の喫煙状況)を用いて長期的な肺がん発症を予測する畳み込みニューラルネットワーク(CXR-LC)を開発し、検証すること。 【デザイン】リスク予測研究。 【設定】米国肺がん検診試験。 【参加者】CXR-LCモデルはPLCO(前立腺、肺、大腸および卵巣)がん検診試験(4万1856例)で開発した。最終CXR-LCモデルは、新たなPLCOの喫煙者(5615例、追跡期間12年間)およびNLST(National Lung Screening Trial)の大量喫煙者(5493例、追跡期間6年間)で検証した。検証データでのみ結果を報告する。 【評価項目】CXR-LCで予測した最長12年間の肺がん発症率。 【結果】CXR-LCモデルは、肺がん予測の識別能(ROC曲線下面積[AUC])がCMSの適応基準よりも良好だった(PLCO AUC 0.755 vs. 0.634、P<0.001)。CXR-LCモデルの性能は、PLCOデータ(AUC:CXR-LC 0.755 vs. PLCOM2012 0.751)およびNLSTデータ(同0.659 vs. 0.650)いずれでも、11項目のデータを用いた最新のリスクスコアPLCOM2012と同等だった。ほぼ同じ規模の試験集団と比べると、CXR-LCはPLCOデータではCMSより感度が良好で(74.9% vs. 63.8%、P=0.012)、肺がんの見逃しが30.7%少なかった。決断曲線解析で、CXR-LCの純便益はCMS適応基準より大きく、PLCOM2012とほぼ同等の便益であった。 【欠点】肺がん試験の検証であり、臨床現場で検証したものではないこと。 【結論】CXR-LCモデルは、CMS適応基準やEMRから一般的に入手できる情報を用いたものよりも肺がん発症のリスクが高い喫煙者を特定できた。 第一人者の医師による解説 健診・検診とも日本での応用を検討する価値がある成果 髙井 大哉 虎の門病院呼吸器センター内科部長 MMJ. April 2021;17(2):38 米国の公的医療保険システムのメディケアは65歳以上の高齢者、身体障害、透析などが必要な腎機能障害を持つ人を対象とした連邦政府が運営する制度、メディケイドは低所得者層を対象に州政府と連邦政府が運営する制度である。検査、治療薬の適応についてはコスト的な制約が多く、その中で肺がん検診を目的とした胸部CT検査の適応は、30pack-years以上の喫煙歴があり、禁煙後15年以下の55~77歳以上であるとされている。さらに、この基準を満たす米国民のうち、実際に肺がんCT検診を受けている割合は5%未満で、およそ60%の乳がんや大腸がん検診の受診率に比べ、あまりにも少ないことが問題となっている。 本研究では、胸部X線写真上のパターンと電子カルテで得られる情報(年齢、性別、現在の喫煙状況)から、人工知能の一種で、深層学習(deep learning)を用いた畳み込みニューラルネットワーク(CNN)により長期的な肺がん発症の予測を試みている。学習データセットとして、前立腺がん、肺がん、大腸がん、卵巣がんに対する検診の有用性を検証した無作為化試験(PLCO試験)で集められた胸部X線写真 の80%(41,856人分)を用いた。この集団の背景は平均年齢は62.4歳、男性51.7%、白人86.7%、現喫煙者10.5%、既喫煙者44.9%、非喫煙者45.7%、12年追跡期間の胸部X線写真異常所見あり9.0%、肺がん2.3%、死亡1.5%であった。 PLCO試験の学習セットと独立した喫煙者のみの検証セット5,615人(全体の残り20%)において、今回開発されたCXR-LCモデルによる肺がん発症予測に関するROC曲線下面積(AUC)は0.755で、これはメディケア・メディケイド推奨条件に基づく0.634に比べ有意に大きく、PLCO試験で考案されたリスクスコア(PLCOM2012)の0.761と同程度であった。PLCOM2012は詳細な喫煙歴と必ずしも入手できない危険因子情報が必要であるのに対し、人工知能を導入したことにより、CXR-LCモデルは胸部X線写真と容易に入手できる臨床情報のみで、メディケア・メディケイド推奨条件よりも高い精度で胸部CT検査の適応症例を抽出できることが示された。 本研究の対象の大多数は白人で、また医療アクセスの容易さの異なる日本でその価値を推し量るのは難しいが、胸部X線写真に最低限の臨床情報と人工知能を用いることでCT撮影を推奨するモデルは、健診・検診ともに応用が検討される価値があると考えられる。
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
An mRNA Vaccine against SARS-CoV-2 - Preliminary Report N Engl J Med. 2020 Nov 12;383(20):1920-1931. doi: 10.1056/NEJMoa2022483. Epub 2020 Jul 14. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、2019年半に出現した後、世界的に広がり、ワクチン開発を急ぐ国際的な取り組みが促されている。ワクチン候補のmRNA-1273は、融合前の安定化したSARS-CoV-2スパイクタンパクをコードする。 【方法】18-55歳の健康成人45例を対象に第1相用量漸増非盲検試験を実施し、mRNA-1273ワクチン25μg、100μg、250μgいずれかの用量を28日間隔を空けて2回接種した。各用量群に15例が参加した。 【結果】ワクチン初回接種後、高用量群ほど接種後の抗体反応が高かった[酵素結合免疫吸着測定法で測定した29日目の抗S-2P抗体の幾何平均抗体価(GMT):25μg群40,227、100μg群109,209、250μg群213,526]。2回目の接種後、抗体価は上昇した(57日目のGMT:順に299,751、782,719、1,192,154)。2回目の接種後、評価した全例から2通りの方法で血清中和活性が検出され、その値は対照の回復期血清検体パネルの分布の上位半分とほぼ同じだった。参加者の半数以上に疲労、悪寒、頭痛、筋肉痛、注射部位疼痛などの非自発的な有害事象報告があった。2回目の接種の方が全身性有害事象が多く認められ、最高用量群では特に多く、250μg投与群の3例(21%)に重篤な有害事象が1つ以上報告された。 【結論】mRNA-1273ワクチンは全例で抗SARS-CoV-2免疫反応を誘導し、試験に支障を来す安全性の懸念は認められなかった。この結果は、このワクチンの開発継続を支持するものである。 第一人者の医師による解説 第3相試験では 100 μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性 田中 栄 東京大学医学部整形外科教授 MMJ. April 2021;17(2):40 新型コロナウイルス感染症パンデミック終息に向けての切り札として期待されているワクチンの開発は驚異的なスピードで進んでおり、2020年12月には世界に先駆けて英国で承認されたアデノウイルスベクターワクチン(Oxford-AstraZeneca COVID-19ワクチン[AZD1222])の投与が開始された。今回のワクチン開発を特徴づけているのが、これまで臨床で使用されてこなかったタイプのワクチン-mRNAワクチン-の登場である。本論文は米国Moderna社が開発したmRNAワクチン mRNA-1273の第1相試験に関する報告で、オンラインでは2020年7月14日に掲載された。 SARS-CoV-2のスパイク(S)蛋白は突起様の構造を形成し、ウイルスが宿主細胞に感染する際、細胞膜上の受容体ACE(アンジオテンシン変換酵素)2と結合する重要な役割を担っている。mRNA1273ワクチンは、この一部(S-2P)を抗原として用いている。このワクチンの設計では、mRNAに人為的に変異(S2サブユニット中心ヘリックスの連続するアミノ酸2個をプロリンに置換)を導入することでウイルスが受容体に結合する前の構造(prefusion conformation)を安定的にとるように工夫している。このような構造をとることで抗体誘導能が10倍増加するという。mRNA-1273ワクチンは変異型S-2PをコードするmRNAを脂質ナノ粒子内に封入した製剤であり、動物実験では変異型S-2P蛋白そのものをアジュバントと一緒に投与した場合に比べ、mRNA型ワクチンは、抗体誘導能は同程度、T細胞免疫誘導は優れていることが報告されている。 本試験では各群15人の健常成人に対して、それぞれ25、100、250μgのmRNA-1273ワクチンを28日の間隔をあけて2回筋注した。抗S-2P抗体は用量依存性に誘導され、2回目投与後は全例で中和活性のある抗体が回復期患者血清に匹敵する程度に誘導された。試験中止が必要な重篤な(serious)有害事象はみられなかったが、ワクチン投与に伴い倦怠感、冷感、頭痛、筋痛、投与部位痛などは半数以上の被験者に生じ、特に250μg投与群では2回目投与後3人に発熱などの全身性の重症(severe)有害事象がみられた。 mRNA-1273ワクチンについてはその後の第3相無作為化プラセボ対照試験において100μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性が示された(1)。各国で一般市民への投与が開始されており、本号が出るころにはある程度実臨床での評価が進んでいるものと思われる。 1. Baden LR, et al. N Engl J Med. 2020:NEJMoa2035389.
電子たばこ+カウンセリングとカウンセリング単独の禁煙効果を比較 無作為化比較試験
電子たばこ+カウンセリングとカウンセリング単独の禁煙効果を比較 無作為化比較試験
Effect of e-Cigarettes Plus Counseling vs Counseling Alone on Smoking Cessation: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Nov 10;324(18):1844-1854. doi: 10.1001/jama.2020.18889. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】禁煙に電子たばこを用いることはいまだに議論の余地がある。 【目的】禁煙対策として個別カウンセリングと併用する電子たばこを評価すること。 【デザイン、設定および参加者】カナダの17施設で、2016年11月から2019年9月の間に禁煙の意欲がある成人を組み入れた無作為化比較試験(801例をスクリーニング、274例が適格、151例が辞退)。製造の遅延によって早期中止となった(486例中376例、目標の77%)。24週間の結果(2020年3月)を報告する。 【介入】12週間のニコチン含有電子たばこ使用(128例)、ニコチン非含有電子たばこ使用(127例)、電子たばこ不使用(121例)に無作為に割り付けた。全群に個別カウンセリングを実施した。 【主要転帰および評価項目】主要評価項目は、12週時の禁煙点有病率(7日間想起、呼気一酸化炭素を用いて生化学的に検証)とした。参加者の欠損データを喫煙とみなした。何回かの経過観察で調べた副次評価項目7項目は、他の経過観察時の禁煙点有病率、禁煙の継続、1日の禁煙本数の変化、重度有害事象、有害事象、有害事象による脱落および治療のアドヒアランスだった。 【結果】無作為化した参加者376例[平均年齢52歳、女性178例(47%)]の自己報告の喫煙率は12週時で299例(80%)、24週時で278例(74%)だった。禁煙点有病率は、12週時はニコチン含有電子たばこ+カウンセリング群の方がカウンセリング単独群よりも有意に高かった[21.9% vs. 9.1%、リスク差(RD)12.8、95%CI 4.0-21.6]が、24週時は有意差がなかった(17.2%vs. 9.9%、RD 7.3、95%CI -1.2-15.7)。ニコチン非含有電子たばこ+カウンセリングの禁煙点有病率は、12週時はカウンセリング単独と有意差がなかった(17.3%vs. 9.1%、RD 8.2、95%CI -0.1-16.6)が、24週時はカウンセリング単独より有意に高かった(20.5%vs. 9.9%、RD 10.6、95%CI 1.8-19.4)。有害事象がよく見られ[ニコチン含有電子たばこ+カウンセリング120例(94%)、ニコチン非含有電子たばこ+カウンセリング118例(93%)、カウンセリング単独88例(73%)]、多かったのが咳嗽(64%)と口腔内乾燥(53%)だった。 【結論および意義】禁煙意欲がある成人を対象にしたニコチン含有電子たばこ+カウンセリングで、カウンセリング単独よりも12週時の禁煙点有病率が高かった。しかし、この差は24週時に有意性が消失し、早期中止とニコチン含有および非含有電子たばこの結果の矛盾があったため、試験の解釈が限定されることから、詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 個別集中的なカウンセリングは禁煙成功に寄与 さらなる禁煙支援の検討が必要 小川 史洋 横浜市立大学医学部救急医学教室助教 MMJ. April 2021;17(2):39 紙巻きたばこを吸うことによる長期的な健康への悪影響は十分に証明されており、紙巻きたばこ使用者の多くが禁煙を試みている。2010~2011年に実施された米国の調査研究では、少なくとも5週間の禁煙補助薬および/または行動療法を行ったにもかかわらず、過去1年間に禁煙を試みたと報告した8,263人の70%以上が再喫煙していた(1)。 現在、電子たばこ(e-cigarette)を多くの喫煙者が禁煙補助具として使用しているが、禁煙における電子たばこの有効性はいまだに物議を醸している。禁煙に関する電子たばこの効果臨床試験が報告されており、電子たばこを使用することでさまざまな喫煙アウトカムがわずかに改善することを示唆する報告もあるが、その効果は十分に証明されておらず、さらなる検討が必要である。 本論文は、電子たばこの禁煙に関する効果について、電子たばことカウンセリングの併用をカウンセリング単独と比較・検討したランダム化比較試験(E3 Trial)の報告である。本試験では、登録した801人のうち最終的に376人(平均年齢52歳;女性47%)を個別カウンセリングに加えて、ニコチンを含有する電子たばこ、もしくはニコチンを含有しない電子たばこを使用する群、または電子たばこを使用しない群(計3群)にランダムに割り付け、12週間の介入を行い、12、24週目の喫煙状況を比較した。その結果、禁煙を試みている喫煙者に対して、電子たばことカウンセリングを組み合わせることにより、短期間での禁煙効果は期待できるが、長期間での効果は期待できず、さらに、非ニコチン電子たばことニコチン電子たばこ間の差も明らかでないため、さらなる検討が必要である、と著者らは結論づけている。 過去の報告からも、電子たばこ単独では禁煙の成功に大きく貢献する可能性は低く、禁煙の手段として推奨または促進すべきではないと考えられている。多くの電子たばこが、「たばこをやめたい人のための電子たばこ」「電子たばこで禁煙」などと宣伝されているが、製品説明の中に禁煙成功の効果的な用法・用量が示されていないものも多く、電子たばこを医学的な禁煙支援ツールとして支持する科学的証拠はなく、薬物療法など禁煙効果が科学的に証明された禁煙方法と横並びに電子たばこを扱うことはできない。一方、禁煙支援に関する個別集中的なカウンセリングは禁煙成功に寄与するとされており(2)、今後さらなる禁煙支援についての検討が待たれるところである。 1. Siahpush M, et al. BMJ Open 2015;5(1):e006229. 2. Lancaster T, et al. Cochrane Database Syst Rev 2017;3:CD001292.
根治的前立腺全摘除術後の放射線治療のタイミング(RADICALS-RT) 第III相無作為化比較試験
根治的前立腺全摘除術後の放射線治療のタイミング(RADICALS-RT) 第III相無作為化比較試験
Timing of radiotherapy after radical prostatectomy (RADICALS-RT): a randomised, controlled phase 3 trial Lancet. 2020 Oct 31;396(10260):1413-1421. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31553-1. Epub 2020 Sep 28. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】前立腺がんの根治的前立腺全摘除術後の放射線治療の最適なタイミングは明らかになっていない。著者らは、前立腺特異的抗原(PSA)生化学的再発時の救済放射線療法と併用する経過観察と比較した補助放射線療法の有効性と安全性を比較すること。 【方法】根治的前立腺全摘除術後に生化学的進行が見られる1項目以上の危険因子(病理学的T分類3または4、グリーソンスコア7-10点、断端陽性、術前PSAが10ng/mL以上のいずれか)がある患者を組み入れた無作為化比較試験を実施した(RADICALS-RT試験)。試験は、試験実施の認可を受けたカナダ、デンマーク、アイルランドおよび英国の施設で実施した。患者を補助放射線療法とPSAで判定した再発(PSA 0.1ng/mL以上または連続3回以上で上昇)に応じて救済放射線療法を用いる経過観察に1対1の割合で無作為に割り付けた。盲検化は実効不可能と判断した。グリーソンスコア、切除断端、予定していた放射線スケジュール(52.5Gy/20分割または66Gy/33分割)および施設を層別化因子とした。主要評価項目は無遠隔転移生存期間に規定し、救済放射線療法(対照)による90%の改善から補助放射線療法による10年時の95%の改善を検出するデザイン(検出力80%)とした。生化学的無増悪生存期間、プロトコールにないホルモン療法非実施期間および患者方向転帰を報告する。標準的な生存解析法を用いた。ハザード比(HR)1未満を補助放射線療法良好とした。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT00541047で登録されている。 【結果】2007年11月22日から2016年12月30日の間に、1396例を無作為化し、699例(50%)を救済放射線療法群、697例(50%)を補助放射線療法群に割り付けた。割り付け群は年齢中央値65歳(IQR 60-68)で釣り合いがとれていた。追跡期間中央値4.9年(IQR 3.0-6.1)であった。補助放射線療法群に割り付けた697例中649例(93%)が6カ月以内、救済放射線療法群に割り付けた699例中228例(33%)が8カ月以内に放射線療法を実施したことを報告した。イベント169件で、5年生化学的無増悪生存率が補助放射線療法群で85%、救済放射線療法群で88%であった(HR 1.10、95%CI 0.81-1.49、P=0.56)。5年時のプロトコールにないホルモン療法非実施期間が補助放射線療法群で93%、救済放射線療法群で92%であった(HR 0.88、95%CI 0.58-1.33、P=0.53)。1年時の自己報告の尿失禁は補助放射線療法群の方が不良であった(平均スコア4.8 vs. 4.0、P=0.0023)。が補助放射線療法群の6%、救済放射線療法群の4%に2年以内にグレード3-4の尿道狭窄が報告された(P=0.020)。 【解釈】この初期結果は、根治的前立腺全摘除術後の補助放射線療法のルーチンの実施を支持するものではない。補助放射線療法によって泌尿器合併症リスクが上昇する。PSA生化学的再発時に救済放射線療法を実施する経過観察を根治的前立腺全摘除術後の現行の標準治療とすべきである。 第一人者の医師による解説 適切な救済放射線治療により 補助放射線治療とPSA制御に差はない 伊丹 純 元国立がん研究センター中央病院放射線治療科科長 MMJ. April 2021;17(2):54 前立腺全摘術は前立腺がんに対する根治療法の1つであるが、高リスク患者では半分程度に前立腺特異抗原(PSA)再発が見られる。切除断端陽性、前立腺被膜外浸潤陽性、精嚢浸潤陽性、Gleason score8以上などの再発高リスク患者には、手術に引き続き補助放射線治療が実施されることがある。それに対して、術後は経過観察とし、PSA再発をきたした場合にのみ救済放射線治療を実施する方が、放射線治療の対象を限定することができ、長期成績は補助放射線治療と変わらないとするものもある。 今回報告されたRADICALS-RT試験は術後の補助放射線治療群と経過観察群を比較した無作為化第3相試験であり、対象は再発危険因子としてpT3/pT4、Gleason score 7~10、断端陽性、治療前PSA 10ng/mL以上のいずれか1個以上を持つ前立腺全摘術の前立腺がん患者で、通常の術後照射の対象より再発リスクの低い患者も含まれる。無作為割り付け後、補助放射線治療群は2カ月以内に前立腺床に対する放射線治療を開始し、経過観察群はPSAが2回続けて0.1ng/mL以上に上昇した場合、2カ月以内に救済放射線治療を開始した。救済放射線治療はPSA 0.2ng/mL以下でより有効であることが示されており当試験の重要なポイントである。補助放射線治療、救済放射線治療ともに前立腺床±骨盤リンパ節に66Gy/33分割、または52.5Gy/20分割(約62Gy/31分割相当)の照射が実施された。2007年11月~16年12月に英連邦諸国およびデンマークから1,396人が登録され、追跡期間中央値は4.9年。無作為割り付け後5年で経過観察群のうち32%の患者で救済放射線治療が開始されていた。5年PSAの無増悪生存率は 補助放射線治療群で85%、経過観察群88%で有意差はなかった。しかし、泌尿器症状、消化器症状などは2年以内の早期およびそれ以降の晩期ともに経過観察群で有意に少なかった。 今回の試験と同時期にLancet Oncologyに同様な2件の第3相試験(1),(2)が報告され、それらを併せた3試験のメタアナリシス(3)も発表された。いずれの報告でもPSA値が0.2ng/mL程度の段階で救済療法が実施されれば経過観察群はPSA無増悪生存率で補助放射線治療群と差はないという結果であった。術後照射を必要とする高リスク群も抽出できなかった。これら3件の第3相試験とそのメタアナリシスを踏まえると、前立腺全摘術後の補助放射線治療はルーティンで実施されるべきではなく、救済療法はPSAが0.2ng/mL程度の段階で早期に開始すべきである。また、救済放射線治療の際にはホルモン療法の同時併用も考慮されるべきである。 1. Kneebone A, et al. Lancet Oncol. 2020;21(10):1331-1340. 2. Sargos P, et al. Lancet Oncol. 2020;21(10):1341-1352. 3. Vale CL, et al. Lancet. 2020;396(10260):1422-1431.
腎移植の免疫抑制を制御性T細胞 第I/IIa相臨床試験
腎移植の免疫抑制を制御性T細胞 第I/IIa相臨床試験
Regulatory T cells for minimising immune suppression in kidney transplantation: phase I/IIa clinical trial BMJ. 2020 Oct 21;371:m3734. doi: 10.1136/bmj.m3734. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】腎移植後の自己内在性制御性T細胞(nTreg)注入による免疫バランスの再形成の安全性および実行可能性を評価すること、有効性が低い割に有害事象があり直接的および間接的コストも高い高用量免疫抑制薬を減量できる可能性を見きわめること。有益な概念実証モデルで、容易で安定した製造、過剰免疫抑制の危険、標準治療薬との相互作用および炎症性環境での機能の安定性などのnTreg治療の課題を検討すること。 【デザイン】医師主導単施設nTreg用量漸増第I/IIa相臨床試験(ONEnTreg13)。 【設定】ONE Study内のCharité大学病院(ドイツ・ベルリン、EUが資金提供)。 【参加者】生体ドナー腎移植レシピエント(ONEnTreg13、11例)および対応する参照群(ONErgt11-CHA、9例)。 【介入】腎移植7日後にCD4+ CD25+ FoxP3+ nTregを0.5、1.0、2.5-3.0×106個/体重kgのいずれかの用量を静脈内投与し、その後48週後まで3剤併用免疫抑制療法から低用量タクロリムス単独療法へと段階的に減量した。 【主要評価項目】主要臨床的および安全性評価項目は、60週時の複合評価項目とし、さらに3年間追跡した。評価には、生検で確認した急性拒絶反応の発生、nTreg注入による有害事象の評価、過剰免疫抑制の徴候などを含めた。移植腎機能を副次評価項目とした。付随する研究に包括的な探索的バイオマーカーのポートフォリオを含めた。 【結果】全例で、腎臓移植2週間前に採取した末梢血40-50mLから十分な量、純度、機能のnTreg細胞が作製できた。3通りのnTreg用量漸増群いずれでも用量規制毒性を認めなかった。nTregおよび参照群の3年後同種移植片生着率はいずれも100%で、臨床および安全性に関する特徴もほぼ同じだった。nTreg群の11例中8例(73%)が単剤による安定した免疫抑制を達成した一方で、参照群では標準的な2剤または3剤併用による免疫抑制療法を継続していた(P=0.002)。従来のT細胞活性化は低下し、nTregが体内でポリクローナルからオリゴクローナルT細胞受容体レパートリーに変化した。 【結論】自己nTregの投与は、腎移植後に免疫抑制療法を実施している患者でも安全で実行可能であった。この結果は、Tregの有効性をさらに詳細に評価することの必要性を裏付け、移植および免疫病理学での次世代nTregアプローチの開発の基盤となるものである。 第一人者の医師による解説 腎移植後の免疫抑制療法の減少のため 今後の実用化に期待 越智 敦彦 亀田総合病院泌尿器科・腎移植科医長 MMJ. April 2021;17(2):53 免疫抑制療法の進歩により腎移植後の長期腎生着率の成績は向上したが、その半面で長期の免疫抑制薬の使用による感染症、悪性腫瘍、心血管障害の発症や薬剤の腎毒性による移植腎機能障害などが問題となった。そこで長期腎生着とともに免疫抑制薬の最少化が課題となっている。これまでの研究により、内在性制御性T細胞(nTreg)に固形臓器移植後の拒絶反応を遅延、防止する働きがあることが示されている。すでに末梢血、臍帯血、または胸腺から十分な量と純度のTregが作製できることも報告されている。しかし、腎移植後の免疫抑制療法へのnTregの導入には容易で安定したnTreg製造手順の作成と、安全性の確立のためnTreg投与による過剰免疫抑制の危険性、標準薬剤との相互作用などを明らかにする必要があった。 本論文は、自己血液中から作製したnTregの腎移植後投与の安全性と有効性について検討した医師主導型単施設nTreg用量漸増第I/IIa相臨床試験(ONEnTreg13試験)の報告である。生体腎移植のレシピエント11例をnTreg投与群とし、以前行われた試験(ONErgt11-CHA試験)の9例を参照群とすることで比較した。nTreg投与群では腎移植手術の2週間前に40~50mLの末梢血からnTreg(CD4+CD25+FoxP3+)を作製し、腎移植の7日後に体重(kg)あたり0.5、1.0、または2.5~3.0×106個の細胞を静脈内へ単回投与した。移植後に3剤の免疫抑制薬(プレドニゾロン、ミコフェノール酸モフェチル、タクロリムス)を開始し、48週かけて低用量のタクロリムス単剤へと漸減した。臨床所見および安全性の複合主要評価項目には、生検で確認された急性拒絶反応の発生率、nTreg投与に関連する有害作用および過剰免疫抑制の徴候が含まれ、移植後60週目に評価し、さらに3年間の追跡調査を行った。また移植腎の機能を副次評価項目とした。結果では、すべての患者で十分な量と純度、機能のあるnTregの作製が可能であった。nTreg用量を漸増した3つの投与群において用量規定毒性は確認されなかった。3年後の移植腎生着率はnTreg投与群、参照群ともに100%であり、臨床所見および安全性のデータに差を認めなかった。nTreg投与群では11例中8例(73%)でタクロリムス単剤での安定した免疫制御が達成されたが、参照群では標準的な2剤以上の免疫抑制療法が継続された(P=0.002)。 本研究はまだ症例数が少なく、臨床での実用化には今後さらにデータの蓄積が必要であるが、腎移植後の従来の免疫抑制療法に対して新しい知見をもたらす研究と考えられる。
転帰不良リスクがある患者に対象を絞ったリハビリによる人工膝関節全置換後の転帰改善効果 無作為化比較試験
転帰不良リスクがある患者に対象を絞ったリハビリによる人工膝関節全置換後の転帰改善効果 無作為化比較試験
Targeting rehabilitation to improve outcomes after total knee arthroplasty in patients at risk of poor outcomes: randomised controlled trial BMJ. 2020 Oct 13;371:m3576. doi: 10.1136/bmj.m3576. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】人工膝関節全置換後の転帰不良が予測される患者に対象を絞った場合、漸進的な外来理学療法が、単回理学療法や自宅での運動主体の介入より優れた転帰をもたらすかを評価すること。 【デザイン】並行群間無作為化比較試験。 【設定】術後の理学療法を提供する英国の二次および三次医療機関13施設。 【参加者】術後6週時に、オックスフォード膝スコアで人工膝関節全置換後の転帰が不良のリスクがあると判定した変形性膝関節症患者334例。163例を理学療法士主導の外来リハビリ、171例を自宅での運動主体の介入に割り付けた。 【介入】理学療法士が全例をレビューし、6週間にわたる18回の理学療法士主導の外来リハビリ(1週間ごとにプログラムを修正する漸進的目標指向型の1対1の機能リハビリ)または理学療法士のレビュー後在宅での運動を軸にした介入(理学療法士の漸進的介入なし)を実施した 【主要評価項目】52週時のOxford膝スコア群間差4点を主要評価項目とし、臨床的意義があると考えた。術後14、26、52週時に測定した疼痛および機能の患者報告転帰を副次評価項目とした。 【結果】334例を無作為化した。8例が追跡不能であった。介入の遵守率が85%を超えていた。52週時のOxford膝スコアの群間差は1.91点(95%CI -0.18-3.99)で、外来リハビリ群の方が良好だった(P=0.07)。全測定時点のデータを解析するとOxford膝スコアの群間差は2.25点で臨床的意義がなかった(同0.61-3.90、P=0.01)。52週時やそれ以前の測定時点での平均疼痛(0.25点、-0.78-0.28、P=0.36)および疼痛悪化(0.22点、-0.71-0.41、P=0.50)の副次評価項目に群間差は見られず、転帰に対する満足度(オッズ比1.07、95%CI 0.71-1.62、P=0.75)および介入後の機能(4.64秒、95%CI -14.25-4.96、P=0.34)にも差がなかった。 【結論】人工膝関節全置換後の転帰不良リスクがある患者に実施する外来の理学療法士主導のリハビリに、理学療法士1名のレビューと自宅での運動を軸にした介入に対する優越性はなかった。主要評価項目および副次評価項目にも臨床的意義のある差は認められなかった。 第一人者の医師による解説 人工膝関節全置換術後の医療資源の提供計画に 再考の余地を与える研究 島田 洋一 秋田大学副学長・大学院整形外科学講座教授 MMJ. April 2021;17(2):57 人工膝関節全置換術(TKA)は、末期変形性膝関節症に対して最も多く施行される手術で、今後も件数の増加が予想されている。この手術は、痛みを軽減し、身体機能を改善するのに効果的だが、約20%の患者で術後の結果に不満が残ると言われており、満足度を向上させるのに理学療法は非常に重要である。しかし、現在、明確なガイドラインは存在せず、術前に、術後成績の予測は困難であることが明らかになっている。 本論文で報告された無作為化並行群間比較試験(TRIO試験)では、術後早期(6週間)時、機能やパフォーマンスの低く、痛みのレベルが高い、単純なタスクを実行するのが難しい患者334人の参加者のうち、163人は6週間のセラピスト主導の漸進的な入力ありの外来リハビリテーションに、171人は在宅運動ベースで、漸進的な入力なしのプロトコルに割り付けられ、主に患者立脚型臨床成績Oxford knee score(OKS)を比較した。 Intention-to-treat(ITT)解析では、術後1年OKS群間差の調整平均は1.91(95%信頼区間[CI],0.18~3.99)であり、セラピスト主導群で高値となった(P=0.07)。両群ともにOKSは臨床的に意味のある4点以上改善した。全時点(術後14、26、52週)のデータを解析しても群間差は2.25点であった(95% CI, 0.61~3.90;P=0.01)。Timed up go test(椅子から立ち上がり、3m先の目印を回って、再び椅子に座るまでの時間を測定)では有意差がなかった。1年後の満足度について群間差はなかったが、セラピスト主導群では疼痛軽減と身体活動を行う能力に対する満足度が有意に高値であった。 TKA術後リハビリテーションのプロトコルや提供方法に関する医学的根拠は依然として不足しており、最善のTKA術後の理学療法と、行政や保険者による医療サービスへの適切な資金提供の根拠が依然として不明瞭である。本研究では、転帰不良リスクが高い患者層を選択的にリクルートして、TKA術後理学療法において積極的に外来でセラピスト主導のリハビリテーションを促進する明らかな利点がないことが明らかになった。単に患者に高リスク群であることを認識させ、理学療法士による在宅運動に基づくレジメンの指導を通じてハンズオフリハビリテーションを提供するだけで、外来でのセラピスト主導のリハビリテーションと同等の結果を得るのに十分である可能性がある。
FDAとEMAの迅速承認と新薬の治療的価値との関連 後ろ向きコホート研究
FDAとEMAの迅速承認と新薬の治療的価値との関連 後ろ向きコホート研究
Association between FDA and EMA expedited approval programs and therapeutic value of new medicines: retrospective cohort study BMJ. 2020 Oct 7;371:m3434. doi: 10.1136/bmj.m3434. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】米国食品医薬品局(FDA)および欧州医薬品庁(EMA)が承認した新薬の治療的価値の特徴および優先プログラムの等級付けと規定当局の承認の関連を明らかにすること。 【デザイン】後ろ向きコホート研究。 【設定】2007年から2017年までの間のFDAとEMAが承認し、2020年4月1日まで追跡した新薬。 【データ入手元】独立機関5団体(Prescrire誌、カナダ、フランス、ドイツおよびイタリアの保健当局)の新薬の等級付けを用いて治療価値を測定した。 【主要評価項目】治療上の価値が高いと評価した新薬の割合、高い治療的価値評価と優先状況の関連。 【結果】2007年から2017年にかけて、FDAが320品目、EMAが268品目の新薬を承認し、そのうち181品目(57%)と39品目(15%)が1つ以上の優先プログラムに指定されていた。治療上の価値を等級付けした新薬267品目で、1機関以上が84品目(31%)を治療的価値が高いと評価した。治療的価値が高いと評価された医薬品の割合は、優先プログラムに指定された医薬品の方が非優先プログラムの医薬品よりも高かった[FDA承認:45%(153品目中69品目) vs 13%(114品目中15品目)、P<0.001、EMA:67%(27品目中18品目) vs 27%(240品目中65品目)、P<0.001]。指定した医薬品の治療的価値が高いと評価される優先プログラムの感度および特異度は、FDAが82%(95%CI 72-90)と54%(同47-62)、EMAで25.3%(16.4-36.0)と90.2%(85.0-94.1)だった。 【結論】過去10年間にFDAとEMAが承認した新薬の3分の1が、5つの独立機関のうち1つ以上から治療的価値が高いと評価を受けた。優先プログラムに指定した医薬品が非優先プログラム指定医薬品よりも高い評価を受けていると考えられたが、FDAの優先プログラムに指定された医薬品は、EMAの優先プログラム指定医薬品と異なり、ほとんどが治療的価値が低いと評価された。 第一人者の医師による解説 早期承認薬のリスクとベネフィット 規制当局は医療者と患者に知らせるべき 松元 一明 慶應義塾大学薬学部薬学科薬効解析学講座教授 MMJ. April 2021;17(2):59 世界で使用されているほとんどの医薬品は、米食品医薬品局(FDA)または欧州医薬品庁(EMA)で最初に承認される。これまでに、FDAはfast track(1987年)、accelerated approval(1992年)、priority review(1992年)、breakthrough therapy(2012年)の4つの早期承認プログラムを確立し、EMAはaccelerated assessment(2005年)、conditional marketing authorisation(2006年)の2つの早期承認プログラムを確立している。これらは患者に、必要とされる医薬品をいち早く届けるための制度であり、両規制当局は既存治療よりも優れた効果を示す医薬品が申請されるべきであると示している。しかし、プラセボ対照試験、単群試験に基づいて承認されており、既存治療との比較試験は要求されていない。したがって、FDAおよびEMAの早期承認プログラムで承認された新薬の治療価値(therapeutic value)は不確かである。そこで本論文では、カナダ、フランス、ドイツ、イタリアの保健当局と非営利団体 Association Mieux Prescrireが公表している医薬品の治療価値に基づいて、2007~17年にFDAおよびEMAで承認されたすべての新薬を評価した。 2007~17年にFDAおよびEMAは、それぞれ320、268の新薬を承認した。そのうちFDAは163(51%)、EMAは39(15%)の新薬を早期承認プログラムで承認した。治療価値の評価は267の医薬品について実施された。FDA承認薬の31%(84/267)、EMA承認薬の31%(83/267)が高い治療価値を有すると評価された。FDAの早期承認群で高く評価された医薬品は45%(69/153)、非早期承認群では13%(15/114)と有意差があった。EMAにおいても早期承認群67%(18/27)、非早期承認群27%(65/240)と有意差があった。FDAで早期承認された医薬品が高く評価される感度と特異度は、それぞれ82%(95%信頼区間[CI],72~90%)、54%(47~62%)であり、ROC曲線下面積(AUC)は0.68(0.63~0.74)であった。EMAではそれぞれ25%(95% CI, 16~36%)、90%(85~94%)、AUCは0.58(0.54~0.63)であり、両規制当局ともに予測性はそれほど高くなかった。 FDAとEMAでは新薬の開発を促進するために本制度がますます利用されている。早期承認薬の方が非早期承認薬より高く評価された医薬品は多かったが、その割合は決して高くはなかった。そのため、規制当局は医療従事者ならびに患者に早期承認薬のリスクとベネフィットの情報を知らせる必要がある。
ナトリウム・グルコース共役輸送体2阻害薬と糖尿病性ケトアシドーシスのリスク 多施設共同コホート研究
ナトリウム・グルコース共役輸送体2阻害薬と糖尿病性ケトアシドーシスのリスク 多施設共同コホート研究
Sodium-Glucose Cotransporter-2 Inhibitors and the Risk for Diabetic Ketoacidosis : A Multicenter Cohort Study Ann Intern Med. 2020 Sep 15;173(6):417-425. doi: 10.7326/M20-0289. Epub 2020 Jul 28. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】ナトリウム・グルコース共役輸送体2(SGLT2)阻害薬によって糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)のリスクが上昇する可能性がある。 【目的】SGLT2阻害薬によって、ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP-4)阻害薬と比較して、2型糖尿病患者のDKAリスクが上昇するかを評価すること。 【デザイン】住民対象コホート研究;2013年から2018年の間のprevalent new-user design(ClinicalTrials.gov、NCT04017221)。 【設定】カナダ7地域と英国の電子医療記録データベース。 【患者】time-conditional傾向スコアを用いて、SGLT2阻害薬新規使用者20万8757例をDPP-4阻害薬使用者20万8757例とマッチングさせた。 【評価項目】コックス比例ハザードモデルで、DPP-4阻害薬使用者と比較したSGLT2阻害薬使用者のDKAの施設ごとのハザード比と95%CIを推定し、ランダム効果モデルを用いて統合した。二次解析では、分子、年齢、性別およびインスリン投与歴で層別化した。 【結果】全体で、37万454人・年の追跡で、521例がDKAの診断を受けた(1000人年当たりの発生率1.40、95%CI 1.29-1.53)。SGLT2阻害薬によってDPP-4阻害薬と比較してDKAリスクが上昇した(発生率2.03、CI 1.83 to 2.25、0.75、CI 0.63-0.89、ハザード比2.85、CI 1.99-4.08)。分子固有のハザード比は、ダパグリフロジン1.86(CI 1.11-3.10)、エンパグリフロジン2.52(CI 1.23-5.14)、カナグリフロジン3.58(CI 2.13-6.03)であった。この関連は年齢および性別では修正されず、インスリン投与歴があるとリスクが低下すると思われた。 【欠点】測定できない交絡因子がある点、患者の大多数の臨床検査データがない点、分子別の解析を実施した施設が少ない点。 【結論】SGLT2阻害薬でDKAリスクが約3倍になり、分子別の解析からクラス効果が示唆された。 第一人者の医師による解説 DPP-4阻害薬に比べ約3倍の発症リスク インスリンの存在がカギ 関根 信夫 JCHO東京新宿メディカルセンター院長 MMJ. April 2021;17(2):49 腎近位尿細管でのブドウ糖再吸収抑制により尿糖排泄を促すという、一見シンプルな機序により血糖降下作用を発揮するSGLT2阻害薬は、近年、心血管イベントをはじめとする合併症予防における優位性(1)から注目され、その使用が劇的に増加している。SGLT2阻害薬は血糖改善・体重減少作用に加え、心不全の発症・入院を減少させ、腎症の進展抑止に寄与する。米国糖尿病学会(ADA)により、特に心血管疾患・心不全・腎症合併例における積極的使用が推奨されている(2)。一方、副作用については尿路・性器感染症のリスク上昇が明らかであるが、代謝面で注目されたのが糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の発症である。その機序としてはインスリン欠乏や脱水などを基盤にケトン体産生が増加することが想定されている。特筆すべきは、比較的低い血糖レベルでもDKAを生じうることであり(“正常血糖糖尿病性ケトアシドーシス”とも言われる)、極端な糖質制限によるリスクにも注意しなければならない。 本研究はカナダと英国のプライマリケア・データベースを活用したコホート研究であり、2013年1月~18年6月にSGLT2阻害薬を新規に処方された患者、またはDPP-4阻害薬投与を受けている患者を対象に、各薬剤群208,757人という大規模レベルでDKA発症について後ろ向きに比較検討したものである。結果、期間中521人(発症率比1.40人 /1,000人・年)がDKAを発症し入院した。このうちSGLT2阻害薬群ではDPP-4阻害薬群に比べ有意なDKA発症増加が認められた(発症率比2.03対0.75/1,000人・年;ハザード比[HR]2.85)。SGLT2阻害薬の薬剤別HRは、ダパグリフロジン1.86、エンパグリフロジン2.52、カナグリフロジン3.58と、基本的にはクラスエフェクトと考えられるものの、カナグリフロジンのリスクが最も高かった。同薬のSGLT2選択性が比較的低いことが理由として推察されるものの、結論を出すには慎重であるべきである。 なお、SGLT2阻害薬は1型糖尿病でのインスリンへの併用が保険適用となったが、DKA発症リスクが極めて高い1型糖尿病では、なお一層の注意が必要である。本研究でもあらかじめインスリンを投与された患者ではDKA発症リスクが低いという結果が得られており、ポイントはインスリンの“存在”と想定される。すなわち、1型糖尿病においては十分量のインスリンが投与されていること、2型糖尿病ではインスリン療法が行われているか、内因性インスリン分泌が十分あることが、DKA発症リスクを軽減することにつながるものと考えられる。 1. Zelniker TA, et al. Lancet. 2019;393(10166):31-39. 2. American Diabetes Association. Diabetes Care. 2021;44(Suppl 1):S111-S124.
血漿P-tau217によるアルツハイマー病と他の神経変性疾患の識別
血漿P-tau217によるアルツハイマー病と他の神経変性疾患の識別
Discriminative Accuracy of Plasma Phospho-tau217 for Alzheimer Disease vs Other Neurodegenerative Disorders JAMA. 2020 Aug 25;324(8):772-781. doi: 10.1001/jama.2020.12134. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】現在のアルツハイマー病(AD)を診断する検査法には限界がある。 【目的】ADを診断するバイオマーカーに用いるスレオニン部位でリン酸化された血漿タウ(P-tau217)の有用性を調べること。 【デザイン、設定および参加者】横断的研究3件――AD患者34例およびADがない47例を対象とした米アリゾナ州の神経病理学コホート(コホート1、登録期間2007年5月から2019年1月)、認知機能障害がない参加者(301例)と臨床的に診断を受けた軽度認知機能(MCI)がある参加者(178例)、アルツハイマー型認知症(121例)および他の神経変性疾患(99例)を対象としたスウェーデンのBioFINDER-2コホート(コホート2、2017年4月から2019年9月)、PSEN1 E280A遺伝子変異保有者365例および非変異保有者257例を対象としたコロンビア常染色体優性ADがある親族コホート(コホート3、2013年12月から2017年2月)。 【曝露】血漿P-tau217。 【主要評価項目】血漿P-tau217のAD(臨床的または神経病理学的に診断)識別精度を主要評価項目とした。タウ病理像との関連を副次評価項目とした(神経病理学的にまたはPETで確認)。 【結果】コホート1は平均年齢83.5(SD 8.5)歳、女性38%、コホート2は平均年齢69.1(SD 10.3)歳、女性51%、コホート3は平均年齢35.8(SD 10.7)歳、女性57%だった。コホート1は、生前の血漿P-tau217からADと非ADを神経病理学的に識別でき[曲線下面積(AUC)0.89、95%CI 0.81-0.97]、血漿中P-tau181やニューロフィラメント軽鎖(NfL)よりも識別精度が有意に高かった(AUC範囲0.50-0.72、P<0.05)。コホート2での血漿P-tau217のアルツハイマー型認知症とその他の神経変性疾患の識別精度は、血漿中P-tau181やNfL、MRI検査よりも有意に高かった(AUCの範囲0.50-0.81、P<0.001)が、脳脊髄液(CSF)P-tau217、CSF P-tau181、タウPET検査との有意差はなかった(AUC範囲0.90-0.99、P>0.15)。コホート3では、約25歳以上のPSEN1変異保有者の血漿中P-tau217値が非保有者よりも高く、変異保有者がMCIを発症したと推定された時期の約20年前に増加が始まっていた。コホート1では、血漿中P-tau217値にβアミロイドプラークがある参加者のタウ変化との有意な関連がみられたが(Spearmanのρ=0.64、P<0.001)、βアミロイドプラークがない参加者ではこの関連はみられなかった(Spearmanのρ=0.15、P=0.33)。コホート2では、血漿中P-tau217でタウPET検査の異常を正常と見分けることができ(AUC 0.93、95%CI 0.91-0.96)、血漿中P-tau181や血漿NfL、CSF P-tau181、CSFのAβ42/Aβ40比およびMRI検査よりも有意に精度が高かったが(AUC範囲0.67-0.90、P<0.05)、精度にCSF P-tau217との有意差はなかった(AUC 0.96、P=0.22)。 【結論および意義】コホート3件の参加者1402例で、血漿中P-tau217によってADとその他の神経変性疾患を見分けることができ、血漿およびMRI検査のバイオマーカーより精度が有意に高かったが、主要なCSFやPET検査の測定法との有意差はなかった。この方法を最適化し、多様な集団を対象に結果を検証し、実臨床に用いる潜在的な役割を明らかにするため詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 実臨床や多様な集団から対象者を十分確保した 縦断的研究による検証が必要 石井 一弘 筑波大学医学医療系神経内科学准教授 MMJ. April 2021;17(2):46 2050年にアルツハイマー病(AD)の患者数が全世界で1億人に達するとの試算もある。ADの疾患修飾薬が利用可能になれば、低侵襲の採血で測定でき、しかも疾患早期から正確な診断が可能な診断マーカーの開発が望まれる。ADの原因蛋白であるAβ蛋白分子種(Aβ40、Aβ42)、各種リン酸化タウ蛋白を血漿、髄液で測定し、さらに生体内のこれら蛋白をPETで可視化し、その分布や脳部位で定量をし、診断バイオマーカーとする試みが行われている。しかしながら、これらバイオマーカーを用いてのAD早期診断には限界がある。最近、217番目のスレオニンがリン酸化したタウ蛋白(P-tau217)は、181番目のスレオニンがリン酸化したタウ蛋白(P-tau181)に比べ、より正確にしかも、より早期にADを診断できることが報告された(1)。 本研究では3つのコホート研究から得られた1,402人分の血漿試料を用いて、P-tau217濃度を測定し、ADに対する診断精度(感度、特異度)を他の血漿、髄液バイオマーカーと比較し、有用性を検討した。その結果、血漿P-tau217は臨床的に診断されたADを他の神経変性疾患と正確に鑑別することができ、病理学的にADと診断された患者と病理学的にADではない患者を判別することができた。さらに血漿P-tau217は血漿P-tau181、血漿ニューロフィラメント軽鎖(NfL)や大脳皮質厚や海馬容積などの脳 MRI測定値と比較し、臨床的ADをより正確に診断した。一方、髄液P-tau181、髄液P-tau217やTau-PETとの比較では、鑑別精度に有意差はなかった。加えて、血漿P-tau217濃度は神経原線維変化などのTau病理と相関し、TauPETでの正常と異常を他の髄液、血漿のバイオマーカーより正確に判別可能であった。 本研究の限界として、選択された集団を用いた横断的コホート研究であることが挙げられる。そのため、実臨床や多様な集団から十分な対象者数を確保した縦断的研究による検証を行わなければならない。また、測定法についてもP-tau217測定の感度向上と最適化、実用化に向けての測定自動化やカットオフ値の設定が必要である。他の神経変性疾患の鑑別への応用でも、十分な疾患数を確保し、鑑別精度を上げる必要がある。これらの限界を考慮しても、血漿P-tau217測定はADの早期診断やTau関連疾患との鑑別においては、今後、十分に注目される診断バイオマーカーになるであろう。 1. Janelidze S, et al. Nat Commun. 2020;11(1):1683.
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