最新の記事すべて

#04 自分の実存を賭して、自分の言葉で語ること。
#04 自分の実存を賭して、自分の言葉で語ること。
発展途上国、日本のへき地離島、大規模災害の被災地……。世の中には「医療の届かないところ」があります。NPOジャパンハートはそんなところに、無償で医療支援を行っています。ボランティアとして参加した医療従事者が、現地での活動内容などを報告します。 長期ボランティア医師(活動地:ミャンマー) 何かを語るというときに一番大事なのは、自分が語る言明の保証人は自分しかいないと覚悟してその上で語る、ということなんだと思う。自分の言明の保証人は自分ひとりでいい。ひとりいれば十分なんだ。その人自身が、体を張って、自分の言葉の真理性を担保する限り、それだけでその言明は一定の、あくまで一定のだけど、真理性を持ちうると僕は思う。「私は自分の言葉に体を張ります」という個人がいる限り、その言葉はそれだけで十分に傾聴に値する。 『沈黙する知性』 ジャパンハートでおよそ2年間働いて、やはりすごいなあ、と感じていることがある。それは、月並みな言い方になってしまうけれど、この団体が継続していることである。この海外医療の現場で長い間働き続けることはなかなか難しい。なぜか? - ボランティアなので無給で働き続けるのが難しい - 他にももっと給料が貰える海外医療の現場はある - 日本の同期の医師たちはいろんな最新の技術を身につけていく - ここでは資格はとれない など、いろいろな誘惑が耳に入ってくるし、想像してしまう。 そして、例えばモバイルミッションに行って日々の農作業で痛めた肩痛や腰痛を訴えて受診する患者を診療しながら、「一体、自分はこんなところで何をやっているんだ」という思いが去来する。 正直に言って、この2年間、特に直近の半年間はそんないろんな思いと何度も向き合い、苦しんだ時間でもあった。国内での講演会も何度も行ったが、この本当に現場で感じていることを言葉にして伝えることはしなかった。目をきらきらさせながら海外医療の現場を聞きに来てくださる人には、なかなか話しづらい内容だから。 そして結局、一番最後に浮かび上がってきたのは、とてもシンプルな問いだった。それは最初から目の前にあり続けた問いでもあった。 それは…… 「本当に、おまえは世界の貧しい人のために自分の実存を賭したいのか?」 というものだった。これは吉岡先生のいう「自分が幸せだからやっている」と同義だろう。 海外医療の現場で働いていると、「そんなところで働いていてすごいですね」とよく言われる。それは率直に嬉しい。でも、他人に「すごいですね」と言われたいがためにやっている自分がほんの少しだけ自分の中に存在していることに気がつく。 長くここで働いてよかったのは、そういう“お為ごかし”な自分と対峙して、「自分はここで働くことで幸せだ」と感じているのか、自分の身体と心に問い続ける時間を十分に持てたことである。この問いと真摯に向き合い続けられたのは本当に有意義な時間であった。 今は、また、新しいプロジェクトを考えている。 自分の人生を費やしても成し遂げる価値があると信じているプロジェクトだ。こうしてまた新しいことに取り組めることは、本当にありがたい。 去年、一番どん底に居た時、日本で一番仲が良い友人がこう言ってくれた。 「止まない雨はないから安心せい」 やっと雨がやんだ。嵐が過ぎ去るのをじっと耐えたからこそ見えてきた風景がある。 今、こうしてミャンマーで、ラオスで、カンボジアで、貧しい患者のために診療できていることに、本当にしみじみと幸せを感じています。 (ジャパンハート 2020年2月7日掲載) ジャパンハートは、ミャンマー、カンボジア、ラオスで長期ボランティアとして活動してくれる医師を募集しています。 オンライン相談会を実施中です。「医療の届かないところに医療を届ける」活動に関心のある方は、ちょっとのぞいてみてください。 〉ジャパンハート オンライン相談会ページ
クラスター発生施設の支援活動を行った看護師がみたリアル
クラスター発生施設の支援活動を行った看護師がみたリアル
発展途上国、日本のへき地離島、大規模災害の被災地……。世の中には「医療の届かないところ」があります。NPOジャパンハートはそんなところに、無償で医療支援を行っています。ボランティアとして参加した医療従事者が、現地での活動内容などを報告します。 日本国内で日々発表される新型コロナの新たな感染者数は減少傾向にあります。しかし、全国各地の医療施設では患者と職員を巻き込んだクラスター(感染者集団)が今も発生しており、医療従事者の手が足りない状況が続いています。クラスターが起こった施設の人手不足を緩和しようと、発展途上国や災害被災地で医療活動を行うNPO法人「ジャパンハート」(東京)は2020年5月から、全国の病院や介護老人福祉施設などに看護師を派遣しています。現地での活動を終えた看護師に、現場の実情や感じたことついて話を聞きました。 (ヒポクラ × マイナビ編集部・金子省吾) 海外支援に参加予定が一転 国内のクラスター発生施設へ 看護師歴20年超の前田百合子さん(大阪府)。これまで内科、脳外科、ICU、外科を経験してきました。長年の夢だった海外での医療活動を実現するために、ジャパンハートが主催している「国際看護師研修」のプログラムに応募。2020年11月に 6人のチームでカンボジアへ渡る予定でした。しかし、新型コロナの流行により状況は一変しました。2班に分かれ、時期をずらして現地へ向かうことになったのです。後発組はクラスターが発生した全国各地の医療施設などで支援活動をした後に渡航することに。「国内が大変なことになっている状況で自分の夢を優先させていいのだろうか。渡航は延期して現場の手助けに回ろう」と自ら志願し、支援に参加することを決めました。 20年10月末~21年2月上旬にかけて、沖縄県、青森県、北海道、大阪府の医療・福祉施設6カ所に派遣され、それぞれ5~14日間、活動しました。最初に訪れたのは沖縄県石垣市のかりゆし病院。看護師としての経験は豊富ですが、新型コロナ患者に関わる現場は初めてだったため、緊張を感じながら臨んだといいます。その後に訪れた病院を含め、主な業務は、入院した感染患者の食事の手伝いや定期的な検温、点滴や床ずれの処置などで、派遣先の施設が管理するシフトに従い、夜勤にも入りました。新型コロナで入院する患者のほとんどは高齢者で、普通に話したり歌を歌っていたりした人が、翌日急激に悪化するという特徴があったといいます。 ギリギリのスタッフ数で、かろうじて運営している施設も多かったそう。そのため、体を拭いたり着替えさせたりといった身の回りの世話までは手が回らなかったといいます。「最小限の仕事」しかできず、「クラスターが発生するとこんなにもいっぱいいっぱいになってしまうのかと、深刻さを実感した」と振り返ります。 看護師がさらされる恐怖と、人手不足の原因 患者と密に接する看護師は特に感染リスクが高いといえます。前田さんも「自分の身は自分で守る」という自覚を持って対策を取っていましたが、感染の恐れを常に感じながらの活動だったといいます。実際に体調を崩したこともあり、検査結果は陰性でしたが、肝を冷やしたそうです。 感染リスクとは別に看護師が恐れているのが、「差別」や「風評被害」だといいます。クラスターが発生した施設で働いていると知られると、あからさまに周囲からの風当たりが強くなるとのことで、人手不足の原因の一端はそこにあるそうです。とある病院では、欠勤している看護師40人のうち20人は自身の感染が理由で、残りの20人は自己都合による欠勤でした。家族や自分の生活を守るために、職場に出てくることができないのです。 「自分の家だけ回覧板を飛ばされた」「家族が職場の人から、出てこないでくれと言われた」「幼稚園の職員から、子どもを預けないでくれと言われた」という話を聞いたといいます。クラスターが発生した病院にはタクシーを呼んでも来てくれない、その病院の関係者だと乗車拒否されるということもあるそう。家を出てホテルで暮らしながら働いている人も多くいるといい、「辞めたい」と嘆く看護師も目にしました。「悪いことをしているわけではないのに、どうしてこんなに働きにくくなってしまうのか。なんでうまくいかないんだろう……」。今までに経験したことのないジレンマでした。 状況は徐々に緩和傾向にあるが… 看護師として感じたもどかしさ 5カ所での支援活動を経て最後に訪れたのは、高齢者福祉施設。ここでも看護師として初めて抱く葛藤があったといいます。訪れた施設では、症状が急変した場合に積極的治療をしないという条件で入所している人も少なくなかったそうです。看護師としては、支援に入る以上どうにかして治療してあげたいと思うのが当然。しかし、重症患者を泣く泣くみとることしかできないこともあったといいます。 また、一つの施設に対する支援活動には期限があります。そのため、酸素投与や点滴などの処置ができるのは、その限られた期間だけ。福祉施設のスタッフだけでは医療行為を行えません。患者を残したまま去ることになった場合、後のことを考えるとやり切れませんでした。さらに、どんなに助けたいという思いがあったとしても、地域の病院にベッドの空きがなくて入院させられず、満足な治療ができないということもあったといいます。そんな状況に歯がゆさを覚えたまま、支援活動は終わりました。 昨年10月末から今年2月まで、新型コロナの対応に苦しむ医療現場で働いてきました。地域差はあるにせよ、一時期のどうしようもないほどにひっ迫した状況は収まりつつあるのではないかと感じているそうです。しかし、クラスターが終息した医療施設には、その後も大きな課題が残ると指摘します。差別や風評被害から心に傷を負って働けなくなった人や、家族や自分の生活を守るために職場を変えざるを得なかった人など、かなりの数の看護師が離職しており、人員不足は続いているそうです。これから途上国の支援に参加する前田さん。日本国内であっても、地域や施設による格差から助けられない患者がいることや、最前線で戦う看護師たちの嘆きや葛藤が、胸に深く刻まれました。 ジャパンハートは、ミャンマー、カンボジア、ラオスで長期ボランティアとして活動してくれる医師を募集しています。 オンライン相談会を実施中です。「医療の届かないところに医療を届ける」活動に関心のある方は、ちょっとのぞいてみてください。 〉ジャパンハート オンライン相談会ページ
#03 必要な経験だと心から思ったなら『一歩を踏み出すこと』。そこからです。
#03 必要な経験だと心から思ったなら『一歩を踏み出すこと』。そこからです。
発展途上国、日本のへき地離島、大規模災害の被災地……。世の中には「医療の届かないところ」があります。NPOジャパンハートはそんなところに、無償で医療支援を行っています。ボランティアとして参加した医療従事者が、現地での活動内容などを報告します。 - 専門科(経験科):家庭医 / 救急 / 総合診療 - 医師歴:6年目(2018年4月現在) - ジャパンハートでの活動期間:2018年4月~2019年3月 - 活動地:カンボジア ウドン(拠点)、ラオス パークグム & ウドムサイ、インドネシア スラウェシ島 ─ 活動地での業務内容・役割を教えてください。 カンボジアウドンにあるジャパンハート子ども医療センターでは成人患者さんの診療も行っています。 僕の役割は主に成人病棟に於ける外来患者さん、入院患者さんの診療、カンボジア人医師の教育(と言いましても、僕自身わからないことも多く、共に学び合う同僚という感覚でした。)、院長不在時の成人病棟のマネージメント全般(診療マニュアル作りや他スタッフとの調整など)でした。時に手術の際に麻酔医や助手の役割を担ったりということもありました。 その他、これはそこにいる誰もが担うことですが、ガーゼなどの診療に必要な物品を作ったりという様なことも行いました。現場で必要なことに関しては、基本的に自分にできることはやる!できないこともその場で学んでやる!という感じでした!また、院外での市民、学生向けのBLS講習や他施設の見学、他国への派遣(ラオスでの短期の外来診療、インドネシアへの災害救護支援など)もありました。 他、個人的にクラウドファンディングに挑戦して、オリジナル手洗いソングを制作し(こちらから聞けます!)、地域の子ども達への衛生教育を目的とした手洗いイベントを開催したり、カンボジアという国についてもっと知るために、『Cambodia Meetup』という異業種交流会を後半半年で毎月開催したり、カンボジア全土でBLSの認知度を上げるために、アニメーション制作会社と連携して、カンボジアオリジナルのBLSに関するアニメーションを制作したり、自分の課題意識に対して、解決するために何ができるかを考えながら、色々な活動を行いました。もちろん限られた時間の中で課題解決までには至りませんでしたが、院内で手洗い習慣を築けたり、今後の自分自身の活動にもつながりました。 ─ ジャパンハートで活動を始めた理由を教えてください。 きっかけは実にシンプルで、2017年3月にとある飲み会の場で『一回、途上国に行ってみたら良いと思うよ!』とある先生から言って頂いた事でした。 その瞬間『今行かなければいけない!』という想いが溢れたため、その日に行く事を決めました!ジャパンハートを知ったのはその先生がジャパンハート長期ボランティア経験者だったからです!偶然というか必然というか!そこから出発までの準備期間の1年間に色々と考える中で、ボランティアへの参加に期待する様になったことは『日本における”当り前”がない環境で、医師として、人として、患者さんや家族、地域、その国のために自分に何ができるのかを体感したい』『経済的な格差=命の格差となる状況がどういう状況なのか、自分自身で体感してみたい』という2つのことでした。 ─ 参加までのハードルや解決すべき課題など(仕事・お金・家族の説得など) 1番のハードルは『一歩を踏み出すこと』だと思います。もちろん、お金の面や仕事の面、家族の説得もとても大切です。僕の場合、既婚なのですが、妻に決意を述べたところ2秒で了承してくれるという恵まれた環境ではありましたが。仕事は辞めて、無給で参加しました。それでも、参加してしまえば何とかなります。 言語なども含め、不安を上げ始めればきりがないですし、その準備ができるのを待っていると、時間は刻一刻と過ぎてしまい、結局、行けなかったということになります。自分の今後にとって必要な経験だと心から思ったならば、事前準備以上に後先考えずに一歩を踏み出すということが一番大切かもしれません。 ─ 言語・価値観・が違う現地の方々、また駐在している日本の医療者との活動で困ったこと、また工夫などありましたら教えてください。 僕の場合は、人間関係で困ったのは現地スタッフよりも駐在している日本人スタッフとだった様に思います。 困ったと言うよりも僕自身の非であり反省点です。理解しているつもりでしたが、どこかで同じ日本人だから同じ価値観や課題意識を持っていると思い込んでしまい、また、1年という限られた時間に焦りを覚え、自分の課題意識や想いを一方的に押しつける様な事をしてしまいました。自分よりも長く滞在して、本当の意味で現地に貢献すべく日々奮闘している先輩達に対してです。 結果、現場の空気を乱してしまいました。関係性を再構築するためにスタッフ一人一人との『コミュニケーション』をより意識的に行いました。それを通して、現場の課題やニーズ、スタッフ一人一人の想いなどを知る事ができ、自分がどうあるべきなのかが見えた様に思います。 その経験から何をするでも現場の『ニーズ』をまず第一に大切にしないと、それは独り善がりなことであり、現場にとって迷惑でしかないことになり得るという事を理解しました。『自分』ではなく、『相手』を第一に考える事がとても大切であり、それは、途上国支援だけでなく、国内における活動に於いても言える事だと思います。この経験も僕にとって大きな学びとなりました。 カンボジア人スタッフとはそもそも宗教や言語、価値観も違い、わからない事だらけだという前提で心がけていたので、初めからコミュニケーションを密にとることを意識していました。わからないことはきちんと聞く。そうするとみんなとても親切に教えてくれます。それを通して信頼関係も築いて行けたと思います。その中でも特に価値観や環境という部分での違いに関しては、たとえそれが日本ではありえない事であったとしても、自分たちの価値観を押し付けるのではなく、現地の考えを受け入れる、そこに順応する事を意識しました。 もちろん良くできる部分は一緒に良くできるように働きかけますが、あくまでも『自分たちは今、日本ではなく、カンボジアにいる』という事を意識しました。もう1つ言うなら、自分たちは一時的にそこにいるだけの異国の人間であり、今後、カンボジアに直接的に貢献していくのはカンボジア人スタッフであり、継続的な支援のためにも、自分の利益の為に、カンボジア人スタッフの機会を奪う様なことはしないと言う事を意識しました。 僕が自分1人で好き勝手に診療するだけでは、自分がいなくなった後に、同じ質の医療を維持することは難しくなります。なので、必ず、カンボジア人医師と一緒にというのを意識しました。実際には、それも初めての事で上手く行ったり上手くいかなかったりで反省するところが多いのですが。 ─ 現地で医療をする楽しみはなんですか? 『人』を専門とする身としては 1. 日本では経験できない様な疾患、状態の患者さんの診療ができること 2. 限られた人材しかいないため、専門に関係なく、全ての患者さんを診療できること 3. 限られた資源の中での診療となるため、自分の五感やアイデアを駆使して診療を行うことが求められること(アイデアに限界はない。) 4. 日本とは全く違う環境で暮らしている人々を相手にするため、日本の地域医療以上に社会背景や価値観を意識した全人的な医療提供が求められること 5. 様々な価値観を持ったスタッフと一緒に活動ができること が、途上国診療を経験する上での醍醐味だった様に感じます。 途上国での医療は究極の地域医療でした。 ─ 活動地での忘れられないエピソードがあれば教えてください。 1年という期間での経験は、とても多彩で色濃く、忘れられないエピソードは挙げ始めればきりがないのですが、強いて一つ選ぶとしたら、カンボジアという国で1人の患者さんを病院で看取った経験です。 カンボジアでは宗教柄か、人々の間で病院で死ぬことが良しとされない様です。病院で亡くなってしまった場合、ご遺体を自宅へ連れて帰ると、死者を村や家に招き入れたと考えられ、不吉なこととされるそうです。その為、多くの患者さんや家族が、治療を行なっても助かる見込みがないのであれば、生きてる内に自宅に連れて帰りたいと希望されます。その為、治療できる可能性がまだゼロでなくても、治療を途中で止めて、自宅に帰るのを見送らなければいけないことも沢山ありました。それは赤ちゃんからおじいちゃん、おばあちゃんまで例外なくです。 医療者としては、もっと当院で治療できたのではないか、もう少し続けていたら良くなったかもしれない、などといった想いはどうしても残ってしまいます。 帰宅を見送る時はいつも力及ばず、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。 しかし、何よりも患者さん、そして家族の「価値観」を優先すべきでありその見定めの時期は逃さない様にしないといけないと思っています。そんな中、僕たちの病院で最期の時まで診て欲しいと言ってくれた患者さんが1人だけいました。 その女性は37歳という若さでこの世を去りました。 元々プノンペンの大きな病院で原因不明の重症慢性心不全で治療を受けていた彼女ですが、経済的に治療費を払えなくなり、治療中断となってしまいました。 ある時、呼吸状態が悪くなったため、僕たちの病院を訪れました。その時点で、全身状態が良くないのはもちろんですが、それ以上に精神的にも疲弊していました。医療に対しても不信感が募っていたと思います。スタッフの献身的なケアの甲斐あって、順調に回復、退院することができました。 その後も、定期的に外来通院してくださり、その度にお礼にと、たくさんの物を病院に持ってきてくださいました。いつも笑顔いっぱいで受診してくれる彼女に、僕の方が癒されていました。一時は落ち着いている様に思われた彼女でしたが、ある日急変し、緊急受診されました。ただ、厳しい状態であることは間違いなく、医療資源、マンパワーの乏しい僕たちの病院では対応が難しい状態でした。大きな病院への転院または最後を自宅で過ごしたいという希望がある場合には早い時点での自宅への帰宅を本人と旦那さんに提案させて頂きました。しかし、彼女、そして家族の希望は「ここで最期まで診て欲しい。ここにいたい。」ということでした。 カンボジアでの価値観を理解しているからこそ、医療者としてどれ程光栄なことか、その言葉の意味するところを強く感じました。 その日の夜に、僕と夜勤看護師さんの目の前で彼女は息を引き取りました。 側で眠っていた家族に声をかけ、2018年7月9日04時55分。彼女の最後の時を見届けさせて頂きました。旦那さんの許可を頂き、スタッフ10数名でお葬式に参列させて頂きました。 お葬式は自宅で催されました。実際にご家庭を見せて頂くことで、家族の生活の様子が脳裏に浮かび、お葬式の間中、想いに耽っていました。僕にとってもスタッフにとってもとても特別な経験で、それぞれ色んな想いに耽ていたことだと思います。葬式の間中、終始嬉しそうに笑顔を見せてくれる旦那さんの顔から、スタッフが如何に献身的なケアを行っていたかということが伝わってきました。 その後も、一部のスタッフからは「もっとこうしてたら」という後悔の相談がありました。僕自身、「もっと」を言い出すとキリがないくらい悔やむところはあります。 それでも、お金がなく、生活も厳しい彼女と彼女の家族の「最後までここで診て欲しい」その想いを叶えることができたのは、一つ誇っていいことなのではないかとも感じています。そして、選択肢がないからということもありますが、最後には医療者に委ねず、自分たちで生き方を決めるカンボジアの方々を間近でみていて、最後に大切なのはやはり家族なんだなと日々感じています。(「選択肢があれば医療に縋るが選択肢がない」と、あるカンボジア人の方が教えてくれました。)この方も場所は病院でしたが、最後までずっと家族がそばにいました。そこに「正しい」「正しくない」はないのですが、日本も昔はこういう文化があったのかなー。と、少し寂しくなる時があります。 色々なことが「選択できてしまう」環境にいるからこそ、「何が自分たちにとってより大切なもの」なのか、一人一人が責任を持って選択することが必要となっている気がします。そこに医療者への信頼があって、自分たちで選択して「最後を迎える場所は家族と共にここ(病院)がいい」と言ってくれるのであれば、医療者としてこんなに嬉しいことはありません。色んな意味で感慨深い忘れられない経験となりました。 ─ 帰国後はどのような活動をされていますか? 帰国後に関しては、僕の場合は少し特殊かもしれません。僕はジャパンハートに入る以前から、医師としての病院での診療と特定非営利活動法人の代表としての活動の二足のわらじを持っていました。 医師としての働きどころも正直なところ、準備はしていなかったですが、元々いた地域の病院あるいは法人の拠点がある九州の地域で、受け入れてくれるであろう場所があり、あまりそこに不安がなかったのが正直なところです。もちろん可能であれば、帰国後に帰る場所もある程度準備しておくに越した事はないとは思いますが、カンボジアでの経験を活かせる場所は日本国内でも沢山ありますし、ジャパンハートに参加した後に、働く場所に困ったという話は今の所聞いた事がないため、あまり心配しなくてもいいのではないかなとも思います。途上国での医療に触れる事で、自分自身の価値観も変わり、結局準備していたけど、そのまま現地に残ったり、全く違う道を進み始める人もいるので。 帰国後の僕は、東京都の元々いた地域にあるクリニックで、一般外来・在宅診療を含めた地域医療に携りつつ、カンボジアにいる間中断していた、総合診療専門医後期研修を再開し、専門医を修得するべく日々励んでいます。また、特定非営利活動法人の活動として、北九州市を中心に社会福祉法人さんとの医福連携事業、北九州市との官民連携事業、教育機関との連携事業などを通して、北九州市で暮らす人たちと共に、みんなで支え合う地域医療の実現を目指して、様々な活動を行っています。近い将来、僕自身も北九州市に戻って、北九州市で地域医療に従事していこうと思っていますので、その準備も行っています。 また、カンボジアでの1年間の経験をお話する機会を頂き、色々なところで講演会をさせてもらっています。講演会は色々な人に途上国の現状を知ってもらって、関心を持ってもらうだけでなく、伝える事を通して、僕の中でも1年間の経験が整理され、自分のものになっていくのを実感でき、とてもありがたい機会となっています。貴重な経験をさせてもらったからこそ、沢山の人にそれを共有することも僕の役割だと感じています。 その他、現在も2-3ヶ月に1回カンボジアを訪れて、現地調査を行っています。6月にもプノンペンを中心に訪問看護・訪問介護事業を独自に展開しているカンボジア人看護師さんに、患者さん宅訪問に同行させて頂きました。異国間の交流は、各々の国を客観視することで、互いの国をより知る事につながると感じています。これからも定期的にカンボジアを訪れながら、日本-カンボジアの両国で互いに学び合える交流ができるような仕組み作りを行っていけたらと思っています。その中で、外にいるからこそできることを模索しつつ、ジャパンハートの活動にも貢献できる様なことをしていきたいと思っています。 ─ 今後の参加者へのアドバイスと、参加を迷われている方へ一言お願いします。 参加者へのアドバイスとしては、異国のために何かをしようとか、支援をしようとか考える必要はないです。というよりも、1年間いても何もできなかったというのが正直な感想です。それでも、カンボジアの人たちは僕から何かを感じてくれましたし、僕自身は本当にたくさんのことを学ばせて頂きました。お互いに交流を通して学び合う。それでいいんだと思います。一方通行の支援なんてありえないというのが、この1年間で僕が学んだことの1つです。 また、今、参加を迷われている方は、直感的に『行った方がいい!』『行きたい!』って思えたのであれば、ぜひ色々悩む前に一歩を踏み出してみて下さい。違ったら途中で帰国すればいいんです。やる前に悩んでても何もわかりません。やってみてはじめて見える景色があります。 もちろん、行く前に色々準備をする期間も必要です。半年から1年くらい必要かもしれません。だからこそ、それ以前に悩んでいたら結局行けなかったというようなことになりかねません。『半年後、1年後から行く!』と決めて、明日から具体的に準備を始めましょう。そうしてカンボジアへ行った1人としてこれだけは言えます。行ってよかったと思えることはあっても、後悔することは絶対にありません。 (ジャパンハート 2019年7月23 日掲載) ジャパンハートは、ミャンマー、カンボジア、ラオスで長期ボランティアとして活動してくれる医師を募集しています。 オンライン相談会を実施中です。「医療の届かないところに医療を届ける」活動に関心のある方は、ちょっとのぞいてみてください。 〉ジャパンハート オンライン相談会ページ
急性冠症候群に用いるチカグレロル単剤療法とチカグレロル+アスピリン併用療法が大出血および心血管イベントにもたらす効果 TICO無作為化臨床試験
急性冠症候群に用いるチカグレロル単剤療法とチカグレロル+アスピリン併用療法が大出血および心血管イベントにもたらす効果 TICO無作為化臨床試験
Effect of Ticagrelor Monotherapy vs Ticagrelor With Aspirin on Major Bleeding and Cardiovascular Events in Patients With Acute Coronary Syndrome: The TICO Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Jun 16;323(23):2407-2416. doi: 10.1001/jama.2020.7580. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】短期間の抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)後のアスピリン投与中止が、出血抑制戦略として評価されている。しかし、チカグレロル単剤療法の戦略は、急性冠症候群(ACS)患者に対象を限定して評価されていない。 【目的】薬剤溶出性ステントで治療したACS患者で、3カ月間のDAPT後にチカグレロル単剤療法に切り替えることによってチカグレロル主体の12カ月間のDAPTより純有害臨床事象が減少するかと明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】韓国の38施設で、2015年8月から2018年10月にかけて、薬剤溶出性ステントで治療したACS患者3056例を対象に、多施設共同無作為化試験を実施した。2019年10月に追跡が終了した。 【介入】患者を3カ月間のチカグレロルとアスピリンを用いたDAPT後にチカグレロル単剤療法(1日2回90mg)へ切り替えるグループ(1527例)とチカグレロル主体の12カ月間のDAPTを実施するグループ(1529例)に割り付けた。 【主要評価項目】主要評価項目は、1年後の純臨床有害事象とし、大出血および有害心脳血管イベントの複合(死亡、心筋梗塞、ステント血栓症、脳卒中、標的病変の血行再建術のいずれか)と定義した。重大な有害心脳血管イベントを事前に副次評価項目に規定した。 【結果】無作為化した3056例[平均年齢61歳、女性628例(20%)、ST上昇型心筋梗塞36%]のうち2978例(97.4%)が試験を完遂した。主要評価項目は、3カ月間のDAPT後チカグレロル単剤療法への切り替え群の59例(3.9%)、チカグレロル主体の12カ月間のDAPT群の89例(5.9%)に発生した(絶対差-1.98%[95%CI 3.50~-0.45%]、ハザード比[HR]0.66[95%CI 0.48~0.92]、P=0.01)。事前に副次評価項目に規定した10項目中8項目に有意差が見られなかった。3カ月間のDAPT後チカグレロル単剤療法への切り替え群の1.7%、チカグレロル主体の12カ月間のDAPT群の3.0%に大出血が発生した(HR 0.56[0.34~0.91]、P=0.02)。重大な有害心脳血管イベントの発生率には、3カ月間のDAPT後チカグレロル単剤療法への切り替え群(2.3%)とチカグレロル主体の12カ月間のDAPT群(3.4%)に有意な差が見られなかった(HR 0.69[95%CI 0.45~1.06]、P=0.09)。 【結論および意義】薬剤溶出性ステントで治療した急性冠症候群で、3カ月間のDAPT後のチカグレロル単剤療法への切り替えによって、チカグレロル主体の12カ月間のDAPTよりも、1年時の大出血および有害心脳血管イベントの複合転帰が控えめだが統計的に有意に減少した。この試験で検討した患者集団および予想されるイベント発生率がこれより低い患者には、この試験で検討した治療を検討すべきである。 第一人者の医師による解説 ACS患者に新世代 DESを留置した後のDAPT期間は3カ月で良い 前村 浩二 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科循環器内科学教授 MMJ. February 2021;17(1):20 冠動脈にステントを留置した後には、ステント内血栓症を防ぐために一定期間、抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)を行う必要があり、通常アスピリンとP2Y12受容体拮抗薬を使用する。第1世代の薬剤溶出性ステント(DES)では留置後長期間経ってもステントが内膜に覆われず血栓を形成することがあったため、DES留置後は1年間、可能ならさらに長期間DAPTを継続することが推奨された。その後DESは改良され、第2、3世代のDESではステント血栓症は少なくなったため、DAPT期間を短縮できるとする報告が相次いでいる。 本研究は、DES留置を受けた急性冠症候群(ACS)患者に、チカグレロルとアスピリンによるDAPTを3カ月行った後に、チカグレロル単剤群とDAPT12カ月群で全臨床的有害事象を比較した試験である。その結果、1年以内の大出血と心血管イベントの複合ではチカグレロル単剤群が3.9%、12カ月DAPT群が5.9%であり単剤群の方が優れていた。この試験では新世代の極薄型ストラット生体吸収性ポリマーDESを用いたことがDAPT期間の短縮に寄与したと考えられる。また、DAPT後にアスピリン単剤でなくチカグレロル単剤にしたことも、DAPT期間短縮に寄与した可能性が高い。チカグレロルはP2Y12受容体を直接阻害するため、効果発現までの時間が短く、欧米ではACS患者に多く使用されている。しかし日本人を多く含む研究であるPHILO試験において、チカグレロルはクロピドグレルに比べ、統計学的有意差はないものの、大出血や心血管イベントが多い傾向にあった(1)。そのため日本ではクロピドグレルまたはプラスグレルが多く使用され、チカグレロルはこれらが使用できない場合のみ適応とされている。クロピドグレルを用いた試験としては、日本でDAPT1カ月+クロピドグレル単剤投与とDAPT12カ月を比較したSTOPDAPT-2試験が行われ、DAPT1カ月群の優越性が示された(2)。現在ACS患者を対象としたSTOPDAPT-2ACS試験が進行中である。 このようにDAPT期間を短縮できるという報告が相次いでいるため、日本のガイドラインが最近更新された。2020年の日本循環器学会「冠動脈疾患患者における抗血栓療法ガイドライン」フォーカスアップデート版では、ACS患者は血栓リスクが高いと考えられるため、出血リスクが低い場合のDAPT期間は3~12カ月を推奨しているが、高出血リスク患者では1~3カ月を推奨している。このようにDESの改良によりDAPT期間は以前より短くなり、個々の患者の出血リスクと血栓リスクを勘案して決定することになる。 1. Goto S, et al. Circ J. 2015;79(11):2452-2460. 2. Watanabe H, et al. JAMA. 2019;321(24):2414-2427.
敗血症ショックの臓器障害にもたらすアスコルビン酸、副腎皮質およびチアミンの効果 ACTS無作為化比較試験
敗血症ショックの臓器障害にもたらすアスコルビン酸、副腎皮質およびチアミンの効果 ACTS無作為化比較試験
Effect of Ascorbic Acid, Corticosteroids, and Thiamine on Organ Injury in Septic Shock: The ACTS Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Aug 18;324(7):642-650. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】アスコルビン酸、副腎皮質ステロイドおよびチアミンの併用は、敗血症ショックの有望な治療法として考えられている。 【目的】アスコルビン酸、副腎皮質ステロイドおよびチアミンの併用によって敗血症ショックの臓器障害を改善するかを明らかにするため。 【デザイン、設定および参加者】成人敗血症ショック患者に用いるアスコルビン酸、副腎皮質ステロイドおよびチアミンの併用をプラセボと比較した多施設共同無作為化盲検比較試験。2018年2月9日から2019年10月27日にかけて、米国の14施設で205例を組み入れた。2019年11月29日まで追跡した。 【介入】被験者を非経口アスコルビン酸(1500mg)、ヒドロコルチゾン(50mg)およびチアミン(100mg)6時間に1回、4日間投与するグループ(103例)と同じタイミングでマッチさせた用量のプラセボを投与するグループ(102例)に無作為に割り付けた。 【主要評価項目】主要評価項目は、登録時と72時間後のSOFAスコア(範囲0~24点、0点が最も良好)の変化量とした。腎不全および30日死亡率を重要な副次評価項目とした。試験薬を1回以上投与した患者を解析対象とした。 【結果】無作為化した205例(平均年齢68[SD 15]歳、女性90例[44%])のうち200例(98%)に試験薬を1回以上投与し、全例が試験を完遂し、解析対象とした(介入群101例、プラセボ群99例)。全体で、登録後72時間にわたるSOFAスコアの変化を見ると、時間と治療群の間に有意差は見られなかった(平均SOFAスコア変化:介入群9.1点から4.4点[-4.7点] vs プラセボ群9.2点から5.1点[-4.1点]、調整平均差-0.8、95%CI -1.7~0.2点、交互作用のP=0.12)。腎不全発生率(介入群31.7%vs プラセボ群27.3%、調整リスク差0.03、95%CI -0.1~0.2点、P=0.58)や30日死亡率(34.7%vs 29.3%、ハザード比1.3、95%CI 0.8-2.2、P=0.26)にも有意差は見られなかった。よく見られた銃独な有害事象は、高血糖(介入群12例、プラセボ群7例)、高ナトリウム血症(それぞれ11例と7例)、新規院内感染症(それぞれ13例と12例)であった。 【結論および意義】敗血症ショックで、アスコルビン酸、副腎皮質ステロイドおよびチアミンの併用による登録後72時間のSOFAスコア低下量はプラセボと有意差が見られなかった。このデータからは、敗血症ショック患者にこの併用療法のルーチンの使用は支持されない。 第一人者の医師による解説 ACTS試験:注目のMetabolic resuscitation療法 またも期待外れ 西田 修 藤田医科大学医学部麻酔・侵襲制御医学講座主任教授 MMJ. February 2021;17(1):25 2016年、敗血症の定義と診断基準が変更された(1)。「感染症に対する制御不能な宿主反応に起因する生命を脅かす臓器障害」と定義され、「全身性炎症」として評価する従来の診断基準から、「臓器障害そのものの進展」に重きを置いた診断基準に変更されている。 救命率は向上してきているものの、依然として致死率は高く、最近の全世界的な調査によると、すべての死亡原因の約20%は敗血症関連といわれている。敗血症は一刻を争う治療が必要とされるが、感染巣のコントロール・過不足のない輸液・昇圧薬の適正使用と人工呼吸管理などのライフサポートが主体であり劇的な改善をもたらす治療法はない。このような中で、細胞の機能を改善し組織障害を防ぐ手立てとして、“metabolic resuscitation”の考えが近年注目され、ステロイド(Hydrocortisone)、ビタミンC(Ascorbic acid)、ビタミンB1(Thiamine)の併用療法(HAT療法)が試みられるようになった。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でもアスコルビン酸は補助療法として提唱されている。2017年に発表された後ろ向き前後比較研究(2)では、敗血症・敗血症ショック患者の院内死亡率が31.9%(40.4→8.5%)低下、昇圧薬使?期間が約3分の1に短縮という治療成績を示した。これを検証するための無作為化対照試験(RCT)が複数実施され、その結果が最近報告されてきているが、いずれも期待したほどの効果はみられていない。本論文で報告された大規模なACTS試験もその1つで、成人の敗血症性ショック患者200人をアスコルビン酸(1,500mg)、ヒドロコルチゾン(50mg)およびチアミン(100mg)を6時間ごとに4日間静注する群もしくはプラセボ群に割り付け、治療効果を比較した。主要評価項目は、各臓器の障害の程度を示すSequential Organ Failure Assessment(SOFA)スコアの変化(入室時と72時間後の比較)としている。両群の患者背景に差はなかった。SOFAスコアの変化において両群間に有意差はなく、副次評価項目の30日死亡率、腎機能障害などでも有意差はなかった。循環改善効果として、shock free daysに有意差を認めているが、差は1日である。ヒドロコルチゾン単独群を対照としたRCT(3)では循環改善効果が示されなかったことから、ACTS試験における差はヒドロコルチゾンの効果であると推定できる。最頻度の有害事象として高血糖と高ナトリウム血症を認めている。 今回のACTS試験ならびに他のRCTの結果を総合的に考えると、HAT療法はルーチンで用いるべきものではなく、効果は限定的であると考えられる。 1. Singer M, et al. JAMA. 2016;315(8):801-810. 2. Marik PE, et al. Chest. 2017;151(6):1229-1238. 3. Fujii T, et al. JAMA. 2020;323(5):423-431.
喘息患者の医療利用を減らしQOLを改善する自己管理介入 系統的レビューおよびネットワークメタ解析
喘息患者の医療利用を減らしQOLを改善する自己管理介入 系統的レビューおよびネットワークメタ解析
Self-management interventions to reduce healthcare use and improve quality of life among patients with asthma: systematic review and network meta-analysis BMJ. 2020 Aug 18;370:m2521. doi: 10.1136/bmj.m2521. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】3通りの自己管理モデル(集学的個別管理、定期的支援および最小支援)と自己監視モデルを通常治療および教育を比較し、喘息の医療資源利用を減らしQOLを改善するのに最も効果的な方法を明らかにすること。 【デザイン】系統的レビューおよびメタ解析。 【データ入手元】2000年1月から2019年4月までのMedline、Cochrane Library、CINAHL、EconLit、Embase、Health Economics Evaluations Database、NHS Economic Evaluation Database、PsycINFおよびClinicalTrials.gov。 【レビュー方法】喘息の自己管理方法数種類を検討した無作為化比較試験。主要評価項目は、医療資源の利用(入院または救急外来受診)およびQOLとした。ランダム効果を用いたベイズネットワークメタ解析から、標準化平均差(SMD)の要約および95%信頼区間を推定した。異質性および出版バイアスを評価した。 【結果】文献1178件から、計2万7767を検討した試験105試験を解析対象とした。医療資源利用の観点からみると、集学的個別管理(SMD -0.18、95%CI -0.32~-0.05)および定期的支援がある自己管理(-0.30、-0.46~-0.15)が通常治療より有意に良好だった。QOLは、定期的支援がある自己管理のみが、通常治療と比較して統計的有意な便益が示された(SMD 0.54、0.11~0.96)。思春期の小児・小児(5~18歳)を検討した試験で、定期的支援がある自己管理のみが有意な便益を示した(医療資源の利用:SMD -0.21、-0.40~-0.03、QOL:0.23、0.03~0.48)。集学的個別管理(SMD -0.32、 -0.50~-0.16)および定期的支援がある自己管理(-0.32、-0.53~-0.11)が、試験開始時に重度の喘息症状がある患者の医療資源利用削減効果が最も高かった。 【結論】このネットワークメタ解析から、定期的支援がある自己管理で、喘息の重症度に関係なく医療資源の利用率が低下し、QOLが改善することが示唆された。今後、医療に投資することで、計2時間以上の支援を提供し患者の自己管理能力を養い、複雑な疾患がある患者の集学的個別管理を可能にすべきである。 第一人者の医師による解説 支援濃度の目安やリモート支援も可能な点が示され 実地臨床に有益 松本 久子 京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学准教授 MMJ. February 2021;17(1):18 喘息は世界で3.3億人以上が罹患し、年間25万人が喘息死する(1)など、社会経済上大きな負荷となる疾患である。吸入ステロイド薬の定期吸入により、喘息死は減少したものの、世界的にみると喘息の影響はいまだ大きい。喘息のより良いケアには、患者に喘息の知識を与えるだけでは不十分であり、患者の自己管理を促す介入が推奨されてきた。この介入の概要は「知識・手技の習得や精神的・社会的資源の支援、患者教育・指導により、患者自身が健康状態を自己管理できるようにすること」(2)である。しかし具体的にどの程度の支援が有用かなどのエビデンスはこれまでなかった。 本研究では、3種類の自己管理モデル(集学的個別管理[主に対面式]、定期的支援、最小支援)やセルフモニタリングモデル(症状やピークフロー値のモニタリングなど。悪化時の自己対処の指導は含まない)を通常ケアと比較し、どのモデルが最も医療資源の使用(入院または救急受診)を減らし、喘息患者の生活の質(QOL)を改善させるかを解析した。定期的支援とは、喘息の状態や治療内容の聞き取り・見直しのための医療者による定期的なコンサルト(計2時間以上)であり、最小支援とは2時間未満の支援である。Medlineなど9つのデータソースをもとに、2000年以降の自己管理モデルに関する無作為化対照試験について系統的レビューとベイジアンネットワークメタ解析を行った。1,178本の論文から105試験(27,767人、介入期間中央値8カ月)が解析された結果、医療資源使用については、集学的個別管理(標準化平均差-0.18;95 % CI,-0.32~-0.05)と定期的支援(-0.30;-0.46~-0.15)で通常ケアよりも有意に抑制されていた。QOLは定期的支援(0.54;0.11~0.96)のみが通常ケアよりも良好であった。小児・思春期例の検討では、医療資源使用、QOLとも定期的支援のみが有用であった。重症喘息例の医療資源使用抑制には、集学的個別管理と定期的支援が最も有用であった。 喘息自己管理についての最大規模のメタ解析である本研究から、医療者からの定期的支援により自己管理が促されれば、重症度を問わず喘息増悪による医療資源の使用を抑制でき、患者QOLの改善につながる可能性が示された。必要な支援濃度の目安が示された点、またリモートでも可能な支援であることが示され、実地臨床に有益な情報と考えられる。 1. Masoli M, et al. Allergy. 2004;59(5):469-478. 2. Wilson SR, et al. J Allergy Clin Immunol. 2012;129(3 Suppl):S88-123.
デンマーク人女性の4価ヒトパピローマウイルスワクチン接種と自律神経機能障害の関連 住民対象自己対照症例集積解析
デンマーク人女性の4価ヒトパピローマウイルスワクチン接種と自律神経機能障害の関連 住民対象自己対照症例集積解析
Association between quadrivalent human papillomavirus vaccination and selected syndromes with autonomic dysfunction in Danish females: population based, self-controlled, case series analysis BMJ. 2020 Sep 2;370:m2930. doi: 10.1136/bmj.m2930. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】4価ヒトパピローマウイルスワクチンと慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群などの自律神経機能障害を伴う症候群の間の関連を評価すること。 【デザイン】住民対象自己対照症例集積。 【設定】デンマークの全国レジストリに記録されたICD-10診断コードを用いて特定したヒトパピローマウイルスワクチン接種および自律神経失調症症候群(慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群)に関する情報。 【参加者】2007年から2016年の間に参加した10~44歳の女性コホート137万5737例のうち自律神経失調症症候群がある女性869例。 【主要評価項目】4価ヒトパピローマウイルスワクチンを接種していない参加者と比較した同ワクチンを接種した女性参加者の慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群の複合転帰の自己対照症例集積率比(95%CI)で年齢および季節で調整した。このほか、二次解析で慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群を個別に検討した。 【結果】追跡期間1058万1902人年で、自律神経失調症症候群女性869例(慢性疲労症候群136例、複合性局所疼痛症候群535例および体位性頻脈症候群198例)を特定した。4価ヒトパピローマウイルスワクチンによって、ワクチン接種後365日のリスク期間中の自律神経機能障害を伴う各症候群の複合転帰発生率(率比0.99、95%CI 0.74~1.32)やリスク期間中の個々の症候群発生率(慢性疲労症候群[0.38、0.13~1.09]、複合性局所疼痛症候群[1.31、0.91~1.90]および体位性頻脈症候群[0.86、0.48~1.54])が有意に上昇することはなかった。 【結論】ワクチン接種導入後、全くの偶然でワクチン関連の有害事象が起こることがあると思われる。一連の結果からは、4価ヒトパピローマウイルスワクチンと慢性疲労症候群、複合性局所疼痛症候群および体位性頻脈症候群の間の因果関係は、個別にみても複合転帰としても支持されない。最大32%のリスク上昇を正式に除外することはできないが、試験の統計的検出力からは、ワクチン接種によって各症候群発生率が上昇する可能性は低いと考えられる。 第一人者の医師による解説 研究期間後期ほど接種後発症が増加 生物学的反応以外の要素を示唆か 上坂 義和 虎の門病院脳神経内科部長 MMJ. February 2021;17(1):27 子宮頸がん予防のためのヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは大きな成果をあげてきたが、日本のほかにデンマーク、アイルランドなどで慢性疲労症候群、体位性起立性頻拍症候群、複合性局所疼痛症候群などの自律神経失調症候群が接種後有害事象として報告された。これらは散発的な報告で接種との因果関係を示す科学的根拠は乏しかったが、メディアがこぞって取り上げたことで予防接種プログラムは大きく後退した。その後英国、ノルウェー、フィンランド、オランダから上記関連を否定する報告がなされたが、ノルウェー以外は主に2価HPVワクチンでの検討であった。デンマークは国民識別番号制度を持ち医療費はすべて税金でまかなわれるため、詳細な受診情報が外来、入院とも国家レベルで登録されている。本研究ではその登録データを利用し、4価HPVワクチンに関する検討が行われた。 デンマークでは2009年から12歳の女性を対象に国レベルの4価HPVワクチン接種が開始、2012年からは20~27歳の女性に対する予防接種も開始された。本研究では2007~16年にデンマーク生まれの10~44歳の女性を対象とした。結果、137万人以上が対象となり1000万人年以上の検討がされた。52万9千人以上が4価HPVワクチン接種を1回以上受けていた。最終接種から12カ月(3回接種では計18カ月)までをリスク期間とし、自律神経失調症候群発症をその前後期間と比較する自己対照研究デザインによる検討もなされた。自律神経失調症候群は869例でみられた(発症率10万・人年あたり8.21)。このうち433例がHPVワクチン接種例であり、接種後の発症例(309例:12カ月未満72例、12カ月以降237例)は接種前の発症例(124例)よりも多かったが、研究期間の後期になるほどその傾向が顕著であった。また、慢性疲労症候群、体位性起立性頻拍症候群、複合性局所疼痛症候群の合計およびそのいずれか1つの症状をとってもリスク期間中の発症率は対照期間と比較し有意な上昇を認めなかった。最終接種から12カ月以降をリスク期間に含めて検討した場合でも非接種期間に比べ有意な発病率上昇を認めなかった。 本研究を含めてHPVワクチン接種と自律神経失調症候群の関連を検討した研究の結果は接種後の発症率上昇について否定的である。本研究で研究期間後期になるほど接種後発症(接種後50カ月以上、最大100カ月以上)が次第に増加していることは生物学的反応以外の要素が加わっていることを示唆しているように思える。
左室駆出率が低下した心不全に用いるSGLT2阻害薬 EMPEROR-Reduced試験とDAPA-HF試験のメタ解析
左室駆出率が低下した心不全に用いるSGLT2阻害薬 EMPEROR-Reduced試験とDAPA-HF試験のメタ解析
SGLT2 inhibitors in patients with heart failure with reduced ejection fraction: a meta-analysis of the EMPEROR-Reduced and DAPA-HF trials Lancet. 2020 Sep 19;396(10254):819-829. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31824-9. Epub 2020 Aug 30. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】DAPA-HF試験(ダパグリフロジンを評価)とEMPEROR-Reduced試験(エンパグリフロジンを評価)から、糖尿病の有無を問わない左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)患者ナトリウム・グルコース共輸送体-2(SGLT2)阻害によって心血管死や心不全による入院の複合リスクが低下したことが示された。しかし、いずれの試験も、心血管死または全死因死亡にもたらす効果の評価および臨床的に重要な下位集団に見られた効果の特徴を明らかにするのに十分な検出力はなかった。そこで著者らは、DAPA-HF試験のデータおよびEMPEROR-Reduced試験の患者データを用いて、両試験で無作為化したHFrEF患者全例および関連下位集団を対象に、SGLT2阻害が非致命的心不全イベントおよび腎転帰にもたらす効果を推定することを目的とした。 【方法】SGLT2阻害薬が糖尿病の有無を問わないHFrEF患者の心血管転帰にもたらす効果を検討した大規模試験2件、DAPA-HF試験(ダパグリフロジンを評価)とEMPEROR-Reduced試験(エンパグリフロジンを評価)のメタ解析を実施した。主要評価項目は、全死因死亡までの時間とした。さらに、事前に規定した下位集団を対象に、心血管死または心不全による入院の複合リスクにもたらす効果も検討した。この下位集団は、2型糖尿病の状態、年齢、性別、アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)治療、NYHA心機能分類、人種、心不全による入院歴、推算糸球体濾過量(eGFR)、BMIおよび地域(事後)を基にしている。イベント発生までの時間にCox比例ハザードモデル、治療の相互作用にコクランのQ検定を用いてハザード比(HR)を求めた。イベント再発の解析は、Lin-Wei-Yang-Yingモデルで得た率比を基にした。 【結果】両試験の被験者計8474例でみた推定治療効果は、全死因死亡率低下率13%(統合HR 0.87、95%CI 0.77~0.98、P=0.018)、心血管死亡率低下14%(0.86、0.76~0.98、P=0.027)であった。SGLT2阻害によって、心血管死亡または心不全による初回入院の複合リスクの相対的低下率は26%(0.74、0.68~0.82、P<0.0001)、心不全による再入院または心血管死の複合減少率は25%であった(0.75、0.68~0.84、P<0.0001)。このほか、腎転帰の複合リスクも低下した(0.62、0.43~0.90、P=0.013)。試験間の効果量の異質性を検討した検定はいずれも有意ではなかった。統合した治療効果からは、年齢、性別、糖尿病の有無、ARNIを用いた治療および試験開始時のeGFRで分類した下位集団で、一貫して便益が見られたが、NYHA心機能分類および人種で分類した下位集団では、集団による治療の交互作用が認められた。 【解釈】エンパグリフロジンとダパグリフロジンが心不全による入院にもたらす効果は、両試験を通して一貫して見られ、両薬剤によってHFrEF患者の腎転帰が改善し、全死因死亡および心血管死を抑制することが示唆された。 第一人者の医師による解説 SGLT2阻害薬は糖尿病薬に収まらず 心不全治療薬としてエビデンスの構築へ 深谷 英平 北里大学医学部循環器内科学講師 MMJ. February 2021;17(1):19 元来、糖尿病薬として登場したSGLT2阻害薬であったが、近年報告された大規模臨床試験において心不全による入院、心血管イベント、腎機能悪化の抑制を認めたことから、多面的効果が期待される薬剤へと変わってきた。さらに糖尿病の有無にかかわらず、左室駆出率の低下した心不全(HFrEF)患者を対象に同様の効果が期待できるかを検証した、エンパグリフロジンを用いたEMPERORReduced試験(1)とダパグリフロジンを用いたDAPA-HF試験(2)が相次いで発表された。両試験ともに、糖尿病の有無にかかわらずSGLT2阻害薬群において心不全入院の有意な減少を認めた一方で、患者数の限界から、心血管死や全死亡における差を見出すには至らなかった。そこで本論文では両試験を統合解析し、HFrEF患者8,474人を対象にSGLT2阻害薬の有効性を再検討した。 その結果、SGLT2阻害薬群ではプラセボ群に比べ全死亡リスクは13%低下、心血管死リスクは14%低下した。心血管死と初回心不全入院の複合リスクは26%低下、心不全再入院と心血管死の複合リスクも25%低下した。腎関連の複合エンドポイント(eGFRの低下、透析への移行、腎移植、腎不全死)についても38%のリスクの低下が認められた。サブグループ解析でも、糖尿病の有無、性別、年齢(65歳超対以下)、心不全入院の既往、腎機能低下の有無、肥満の有無(BMI 30kg/m2以上対未満)にかかわらずSGLT2阻害薬の一貫した有効性が実証された。一方、55歳未満の比較的若い年齢層、心不全機能分類 NYHA III-IVの重症例では、SGLT2阻害薬の有効性についてプラセボよりも優位な傾向はみられるが有意差は認めなかった。異なる人種間でも一貫した有効性が示され、アジア人や黒人では白人に比べSGLT2阻害薬のイベント抑制効果がさらに強い可能性も示された。ダパグリフロジンとエンパグリフロジンの間で有効性の差は認められず、SGLT2阻害薬のクラスエフェクトの可能性が示唆された。 今回のメタ解析により、HFrEF患者に対するSGLT2阻害薬のイベント抑制効果、予後改善効果が明らかとなった。日本では2020年11月にダパグリフロジンは慢性心不全への適応追加が承認され、エンパグリフロジンも適応追加が申請された。SGLT2阻害薬は単なる糖尿病の薬に収まらず、イベント抑制効果が実証された心不全治療薬の1つになった。今後も心不全治療薬としてさらなるエビデンスが構築されていくことが予想される。 1. Packer M, et al. N Engl J Med. 2020;383(15):1413-1424. 2. McMurray JJV, et al. N Engl J Med. 2019;381(21):1995-2008.
高リスクまたは超高リスクの重症大動脈弁狭窄症に用いる自己拡張型intra-annular留置大動脈弁と市販の経カテーテル心臓弁の比較 無作為化非劣性試験
高リスクまたは超高リスクの重症大動脈弁狭窄症に用いる自己拡張型intra-annular留置大動脈弁と市販の経カテーテル心臓弁の比較 無作為化非劣性試験
Self-expanding intra-annular versus commercially available transcatheter heart valves in high and extreme risk patients with severe aortic stenosis (PORTICO IDE): a randomised, controlled, non-inferiority trial Lancet. 2020 Sep 5;396(10252):669-683. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31358-1. Epub 2020 Jun 25. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】自己拡張型intra-annular留置経カテーテル大動脈弁置換システムPortico(Abbott Structural Heart社、米ミネソタ州セントポール)と市販大動脈弁のデザインの違いによる性能を比較する無作為化試験データが必要とされる。 【方法】この多施設共同前向き非劣性無作為化試験(Portico Re-sheathable Transcatheter Aortic Valve System US Investigational Device Exemption:PORTICO IDE)では、経カテーテル大動脈弁置換の経験が豊富な米国およびオーストラリアの医療機関52施設から、高リスクまたは超高リスクの重症症候性大動脈弁狭窄症患者を登録した。NYHA心機能分類II以上で、重症大動脈弁狭窄症の既往がない21歳以上の患者を適格とした。実施施設、手術のリスク、カテーテル挿入部位で層別化し、置換ブロック法を用いて、適格患者を第1世代Portico弁およびその送達システムと市販の弁システム(intra-annularバルーン拡張型弁Edwards-SAPIEN、SAPIEN XT、SAPIEN 3 valve[いずれも米Edwards LifeSciences社]、supra-annular自己拡張型弁CoreValve、Evolut-R、Evolut-PRO[いずれも米Medtronic社]のいずれか)に(1対1の割合で)無作為に割り付けた。施設の職員、植込み担当医師および被験者には治療の割り付けが分かるようにした。重要な検査データおよび臨床的イベントの評価者には治療の割り付けを伏せた。主要安全性評価項目は、30日時の全死因死亡、障害が残る脳卒中、輸血を要する生命を脅かす出血、透析を要する急性腎障害、重大な血管合併症の複合とした。主要評価項目は、1年時の全死因死亡または障害が残る脳卒中とした。処置後最長2年間、臨床転帰および弁の機能を評価した。Intention-to-treatで主要解析を実施し、カプラン・マイヤー法でイベント発生率を推算した。非劣性のマージンは、主要安全性評価項目で8.5%、有効性評価項目で8.0%に設定した。この試験はClinicalTrials.govにNCT02000115番で登録されており、現在も進行中である。 【結果】資金提供者による11カ月間の組み入れ停止期間があったため、2014年5月30日から2015年9月12日までの間および2015年8月21日から2017年10月10日までの間に、1034例を登録し、適格基準を満たした750例をPortico弁群(381例)と市販の弁群(369例)に割り付けた。平均年齢83(SD 7)歳、395例(52.7%)が女性であった。30日時の主要安全性評価項目をみると、Portico弁群のイベント発生率が市販の弁群よりも高かった(52例[13.8%] vs 35例[9.6%]、絶対差4.2、95%CI -0.4~8.8、信頼区間の上限[UCB]8.1%、非劣性のP=0.034、優越性のP=0.071)。1年時の主要有効性評価項目発生率は、両群同等であった(Portico弁群55例[14.8%] vs 市販の弁群48例[13.4%]、差1.5%、95%CI -3.6~6.5、UCB 5.7%、非劣性のP=0.0058、優越性のP=0.50)。2年時の死亡率(80例[22.3%]vs 70例[20.2%]、P=0.40)や障害の残る脳卒中発生率(10例[3.1%]vs 16例[5.0%]P=0.23)は両群同等であった。 【解釈】Portice弁の2年時の死亡率や障害の残る脳卒中発生率は市販されている弁とほぼ同じであったが、30日時の死亡など主要複合安全性評価項目の発生率が高かった。第1世代Portico弁およびその送達システムに市販されている他の弁を上回る優越性は認められなかった。 第一人者の医師による解説 医療機器の成績は機器性能と使用する医療者の技術に依存 learning curveの考慮が必要 戸田 宏一 大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科准教授(病院教授) MMJ. February 2021;17(1):21 高齢化に伴い高齢者の大動脈弁狭窄症に関する関心が高まっている。開心術を要さない経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)は日本では2009年に導入され(1)、現在190以上の施設で年間8,000件以上実施されている。TAVIの成績は手術死亡率2%以下と優れているが、克服する問題もあり新しいデバイスに対する期待は高い。 本論文は、手術リスクの高い(STS-PROMスコア8%以上)重症大動脈弁狭窄症患者を対象に、弁植え込み部位での位置調整を容易にしたTAVI弁Portico(Abbott社)を市販のTAVI弁(SAPIENシリーズ[Edwards社]、CoreValveシリーズ[Medtronic社])と比較した多施設共同無作為化対照非劣性試験の報告である。その結果、安全性の主要評価項目である30日以内の全死亡・重症脳梗塞・輸血を要する出血・透析を要する急性腎障害・血管合併症の複合イベントの発生率は、Portico弁群の方が市販弁群よりも高かったが、非劣性の基準を満たした。30日以内全死亡率は、intention-to-treat解析ではPortico弁群の方が市販弁群よりも高いものの有意差はなかったが、per protocol解析では有意に高かった(4.3% 対 1.2%;P=0.01)。一方、有効性の主要評価項目である術後1年の全死亡・重症脳梗塞に関しては非劣性が示された。副次評価項目である術後1年の中等度以上の大動脈弁逆流はPortico弁群で有意に高く(7.8% 対 1.5%;P=0.0005)、術後30日以内のペースメーカー埋め込み率もPortico弁群で有意に高かった(27.7% 対 11.6%;P<0.001)。そのほか、術後2年までの生活の質(QOL)や心不全症状の改善について有意な群間差はなく、術後1年の6分間歩行距離でも差を認めなかった。 今回の試験においてPortico弁の優位性は示されなかったが、著者らは、①各施設のPortico弁使用数は5例と少なく経験が不十分であった可能性②研究期間の前半に比べ、後半の手術症例では、Portico弁群の術後死亡率、主要安全評価項目の改善がみられたと述べている。さらに、術後1年の中等度以上の大動脈弁逆流に関しても経験豊富な施設の多施設研究では改善がみられることから、医療技術のlearning curveの重要性を指摘している。一方、次世代Portico-FlexNav TAVI弁は今回の第1世代Portico弁よりも安全性の向上がみられ、次世代Portico弁の臨床試験が進められていると報告している。これら医療機器を用いた治療は医薬品と異なり、その成績は機器の性能と使用する医療者の技術に依存するため、機器の進歩を技術の進歩が追いかけ続けるmoving targetの状態となり、その評価を複雑にしていると思われる。 1. Maeda K, et al. Circ J. 2013;77(2):359-362.
2型糖尿病に用いる血糖降下薬の有効性比較 系統的レビューおよびネットワークメタ解析
2型糖尿病に用いる血糖降下薬の有効性比較 系統的レビューおよびネットワークメタ解析
Comparative Effectiveness of Glucose-Lowering Drugs for Type 2 Diabetes: A Systematic Review and Network Meta-analysis Ann Intern Med. 2020 Aug 18;173(4):278-286. doi: 10.7326/M20-0864. Epub 2020 Jun 30. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】2型糖尿病の治療には、薬理学的に幾つか選択肢がある。 【目的】2型糖尿病成人患者に用いる血糖降下薬の便益と有害性を比較すること。 【データ入手元】数件のデータベース(開始から2019年12月18日まで)および2020年4月10日時点のClinicalTrials.gov。 【試験選択】介入期間が24週間以上あり、血糖降下薬の死亡率、血糖値および血管転帰を評価した英語の無作為化試験 【データ抽出】2人1組でデータを抽出し、バイアスリスクを評価した。 【データ統合】9つの薬剤分類で21通りの糖尿病治療法を検討した試験453件を対象とした。介入に、単剤療法(134試験)、メトホルミン主体の併用療法(296試験)、単剤療法とメトホルミン主体の併用療法の比較(23試験)があった。治療歴がなく心血管リスクが低い患者で治療による差は見られなかった。メトホルミンを用いた基礎療法にインスリン治療またはグルカゴン様ペプチド(GLP)-1受容体作動薬を併用した治療が、HbA1c低下量が最も大きかった。メトホルミン基礎療法を実施している心血管リスクが低い患者で、死亡率および血管転帰に臨床的に意味のある差は見られなかった(298試験)。メトホルミン基礎療法を実施している心血管リスクが高い患者で、経口セマグルチド、エンパグリフロジン、リラグルチド、エキセナチド徐放製剤およびダパグリフロジンの使用によって全死因死亡率が低下した(21試験)。このほか、経口セマグルチド、エンパグリフロジンおよびリラグルチドで、心血管死も減少した。セマグルチド皮下投与およびデュラグルチドで、脳卒中のオッズが低下した。ナトリウム/グルコース共輸送体(SGLT)2阻害薬投与で、心不全による入院および末期腎臓病の発生率が低下した。セマグルチド皮下投与で網膜症発症率、カナグリフロジンで下肢切断率が低下した。 【欠点】心血管リスクが低い患者の推定て、心血管リスクの定義が一定でなく、確実性が弱い点。 【結論】心血管リスクが低い糖尿病患者では、治療による血管転帰には差がない。メトホルミン基礎療法を実施している心血管リスクが高い患者では、特定のGLP-1受容体作動薬やSGLT-2阻害薬が特定の心血管転帰に良好な作用をもたらす。 第一人者の医師による解説 血糖降下薬の効果をネットワークメタアナリシスで間接比較 原井 望1)、辻本 哲郎3)、森 保道2) 虎の門病院本院内分泌代謝科 1)医員、2)部長、3)虎の門病院分院糖尿病内分泌科医長 MMJ. February 2021;17(1):22 2型糖尿病の治療選択肢は多種多様であり、病態に合わせた個別化医療が重要である。そのような中で、今回紹介するのは成人2型糖尿病に対する血糖降下薬の有効性および有害性を系統的レビュー(SR)とネットワークメタアナリシス(NMA)で検討した論文である。主要文献データベースおよびClinical Trials.govデータベースを用いて、介入期間24週以上、血糖降下薬の効果を血糖転帰、死亡率、血管転帰で評価している無作為化試験を抽出し、21種類の血糖降下薬(9薬剤クラス)が含まれた453試験を対象とした。これらを試験介入前の背景治療と心血管リスクで分類し、各薬剤による血糖改善効果(HbA1cのベースラインからの変化量)や死亡率、血管転帰などを評価した。背景治療は、薬物未使用(単剤療法)群とメトホルミンベースの治療群に分類した。 結果は、どちらの群でも各薬剤によりHbA1cは低下した中で、メトホルミンベースの治療群ではGLP-1受容体作動薬、またはインスリンを追加した群のHbA1c低下効果が大きかった。心血管リスクの高い患者では、経口セマグルチド、エンパグリフロジン、リラグルチド、エキセナチド徐放製剤、ダパグリフロジンで死亡率が低下した。前者3薬剤は心血管死も減少させた。そのほか、SGLT-2阻害薬は心不全入院や末期腎不全を減少させた。皮下セマグルチドで糖尿病網膜症、カナグリフロジンで下肢切断の増加が示唆された。本研究の限界として、心血管リスクの定義が一貫してないこと、心血管リスクの低い患者に対するいくつかの推定値は信頼度が低いことがあげられる。 さまざまな大規模臨床研究でGLP-1受容体作動薬やSGLT-2阻害薬の心血管保護作用や腎保護作用が発表されており、本論文でも同様の結果であった。ADA/EASD Consensus Report 2019(1)でも、動脈硬化性心疾患や慢性腎臓病、心不全の合併または高リスク状態の2型糖尿病患者に対しては、メトホルミンに続く2次治療薬としてGLP-1受容体作動薬やSGLT-2阻害薬が推奨されている。今回の論文は、NMAを採用したことで直接比較データのない血糖降下薬間の間接比較が可能となり、臨床的意義があると考える。一方、試験間の類似性や均質性、一致性が成り立っていないと結果の妥当性に問題が生じるため注意が必要である。2型糖尿病患者の治療法を選択する上で、患者の病態や合併症、ライフステージを把握するとともに、薬剤の有効性や、副作用、合併症抑制に関するエビデンスの情報は重要であり、今後もさらなるエビデンスの蓄積や検討が必要である。 1. Buse JB, et al. Diabetes Care. 2020;43(2):487-493.
SARS-CoV-2に対するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性 第I/II相単盲検無作為化比較試験の仮報告
SARS-CoV-2に対するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性 第I/II相単盲検無作為化比較試験の仮報告
Safety and immunogenicity of the ChAdOx1 nCoV-19 vaccine against SARS-CoV-2: a preliminary report of a phase 1/2, single-blind, randomised controlled trial Lancet. 2020 Aug 15;396(10249):467-478. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31604-4. Epub 2020 Jul 20. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)の世界的流行は、予防接種によって縮小できると思われる。著者らは、SARS-CoV-2のスパイク蛋白を発現するウイルスベクターコロナウイルスワクチンの安全性、反応性および免疫原性を評価した。 【方法】英国5施設で、SARS-CoV-2のスパイク蛋白を発現するチンパンジーアデノウイルスをベクターに用いたワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)を対照の髄膜炎菌結合型ワクチン(MenACWY)と比較する第I/II相単盲検無作為化比較試験を実施した。検査によるSARS-CoV-2感染確定歴やCOVID-19様症状がない18~55歳の健康成人をChAdOx1 nCoV-19群とMenACWY群に(1対1の割合で)無作為に割り付け、いずれも5×1010ウイルス粒子を筋肉内に単回投与した。5施設中2施設でプロトコールを修正し、接種前にパラセタモルを予防投与してもよいこととした。10例を非無作為化非盲検のChAdOx1 nCoV-19プライムブースト群に割り付け、2回の接種日程を設け、初回投与28日後に追加投与した。SARS-CoV-2スパイク蛋白三量体に対する標準総IgG ELISA、多重免疫アッセイ、3通りの生SARS-CoV-2中和アッセイ(50%プラーク減少中和アッセイ[PRNT50]、マイクロ中和アッセイ[MNA50、MNA80、MNA90]およびMarburg VN)を用いて、偽ウイルス中和アッセイを用いて、試験開始時および追加接種時の液性応答を評価した。体外インターフェロンγenzyme-linked immunospot(ELISPOT)アッセイを用いて、細胞性応答を評価した。主要評価項目は、ウイルス学的に確定した症候性COVID-19で測定した有効性および重度有害事象の発生率で測定した安全性とした。患者を割り付けたグループごとに解析した。ワクチン投与後28日間にわたって安全性を評価した。ここに、安全性、反応性および細胞性および液性免疫反応に関する仮の結果を報告する。この試験は進行中であり、ISRCTN(15281137)、およびClinicalTrials.gov(NCT04324606)に登録されている。 【結果】2020年4月23日から同年5月21日にかけて1077例を登録し、ChAdOx1 nCoV-19(543例)とMenACWY(534例)に割り付、そのうち10例を非無作為化ChAdOx1 nCoV-19プライムブースト群に組み入れた。ChAdOx1 nCoV-19群では局所および全身反応が対照群より多く、熱っぽさ、寒気、筋肉痛、頭痛や倦怠感など多くの症状がパラセタモルの予防投与によって改善した(いずれもP<0.05)。ChAdOx1 nCoV-19による重度の有害事象はなかった。ChAdOx1 nCoV-19群では、スパイク特異的T細胞応答が14日目にピークに達した(末梢血単核球100万個当たりのスポット形成細胞数中央値856個、IQR 493~1802、43例)。28日時までに高スパイクIgG反応が上昇し(中央値157 ELISA単位(EU)、96~317、127例)、2回目の投与後にさらに上昇した(639EU、360~792、10例)。単回投与後、MNA80で測定した35例中32例(91%)、PRNT50で測定した35例(100%)でSARS-CoV-2中和抗体反応が検出された。ブースター投与後、全例に中和活性が認められた(42日時にMNA80で測定した9例全例、56日時にMarburg VNで測定した10例全例)。中和抗体反応にELISAで測定した抗体値と強い挿管が認められた(Marburg VNによるR2=0.67、P<0.001)。 【解釈】ChAdOx1 nCoV-19は許容できる安全性を示し、同種ブースター投与によって抗体反応が増強された。この結果を液性および細胞性免疫反応の誘導を併せて考えると、このワクチン候補を進行中の第III総試験で大規模な範囲で評価する妥当性を支持するものである。 第一人者の医師による解説 第3相試験でも70%の感染防御能確認 過去の研究の積み重ねの成果 中山 哲夫 北里大学大村智記念研究所特任教授 MMJ. February 2021;17(1):10 2019年12月に中国・武漢市で発生した重症肺炎の原因がコロナウイルスと判明し、SARSCoV-2と命名された。そのスパイク蛋白を主要な感染防御抗原としてワクチン開発が進んでいる。本論文はアストラゼネカ社とオックスフォード大学の共同開発によるチンパンジーアデノウイルス(ChAd)をベクターとしてSARS-CoV-2のスパイク抗原を発現する組換えワクチン(ChAdOx1nCoV-19)を健常成人543人に接種し、対照として4価髄膜炎ワクチンを534人に接種した第1/2相試験の免疫原性と安全性に関する報告である。 SARS-CoV-2スパイク蛋白に対するIgG抗体は接種28日後までに全例陽転化し、SARS-CoV-2中和抗体は80%抑制法で1回接種後に35人中32人(91%)が陽転化し、2回接種後に全例陽転化した。細胞性免疫能(ELISPOT)は1回接種14日後には43例全例に検出された。副反応としては487人中に接種部位の疼痛が67%(328人)、圧痛が83%(403人)、全身反応として倦怠感や頭痛がそれぞれ70%(340人)と68%(331人)に認められたが軽度で第3相試験に進むこととなった。 本論文以降、4月から英国、ブラジル、南アフリカで実施された4件の第III相試験の中間統合解析による有効性、免疫原性、安全性の結果が報告された(1)。感染者は標準量ワクチン2回接種群では27/4,440(0.6%)、対照(髄膜炎菌ワクチンまたは生食)群では71/4,455(1.6%)で有効率は62.1%(95% CI, 41.0~75.7)であった。低用量で1回接種し、その28日後に標準量を接種した群では3/1,367(0.2%)、対照群では30/1,374(2.2%)でワクチン有効率は90.0%(95% CI, 67.4?97.0)、全体のワクチン有効率は70.4%(54.8~80.6)であった(1)。また、英国で実施された70歳以上の高齢者も含めた同ワクチンの第2/3相試験では、18~55歳群と比較し、70歳以上では局所反応、全身反応ともに発現率が低いことが報告されている(2)。中和抗体は2回接種2週後に高値を示した。細胞性免疫能も検出され、英国では昨年12月8日から予防接種が始まった。 COVID-19発生後1年でワクチンができたように報道されているが、オックスフォード大学グループは種痘ワクチンをベクターとしたHIVワクチンの開発からヒトアデノウイルスをベクターとするシステムの構築へと進み、そして既存抗体陽性例で免疫能が低下する問題を解決すべく今回のChAdベクターを開発した。インフルエンザ、エボラ、MERS、SARS、Zikaウイルスなどに対するワクチンを研究開発し、一部は臨床試験まで実施した。こうした研究の積み重ねが今の成果につながっていることを忘れてはいけない(3)。 1. Voysey M, et al. Lancet. 2020:S0140-6736(20)32661-1. 2. Ramasamy MN, et al. Lancet. 2021;396(10267):1979-1993. 3. Gilbert SC, et al. Vaccine. 2017;35(35 Pt A):4461-4464.
COVID-19患者の病理解剖所見および静脈血栓塞栓症 前向きコホート試験
COVID-19患者の病理解剖所見および静脈血栓塞栓症 前向きコホート試験
Autopsy Findings and Venous Thromboembolism in Patients With COVID-19: A Prospective Cohort Study Ann Intern Med. 2020 Aug 18;173(4):268-277. doi: 10.7326/M20-2003. Epub 2020 May 6. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】新型コロナウイルス、SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)によって、世界で21万人以上が死亡している。しかし、死因やウイルス病理学的特徴についてはほとんど明らかになっていない。 【目的】病理解剖、死亡時画像診断およびウイルス学的検査のデータから臨床的特徴を検証し、比較すること。 【デザイン】前向きコホート試験。 【設定】ドイツ・ハンブルク州から委託され、大学病院1施設で実施したPCR検査でCOVID-19診断が確定した患者の病理解剖。 【患者】COVID-19陽性で死亡した最初の連続症例12例。 【評価項目】死後CT検査、組織学的およびウイルス学的解析を含む死体解剖を実施した。臨床データおよび疾患の経過を評価した。 【結果】患者の平均年齢は73歳(範囲52~87歳)、患者の75%が男性であり、病院内(10例)または外来病棟(2例)で死亡が発生した。冠動脈疾患、喘息または慢性閉塞性呼吸器疾患が最も頻度の高い併存疾患であった(それぞれ50%、25%)。解剖から、12例中7例(58%)に深部静脈血栓症があったことが明らかになったが、いずれも死亡前に静脈血栓塞栓症の疑いはなかった。4例では肺塞栓が直接的な死因であった。死後CT検査で8例に両肺にコンソリデーションを伴う網状浸潤影、病理組織学的検査で8例にびまん性肺胞傷害が認められた。全例の肺から高濃度のSARS-CoV-2 RNAが検出された。10例中6例からウイルス血症、12例中5例からは肝臓や腎臓、心臓からも高濃度のウイルスRNAが検出された。 【欠点】検体数が少ない点。 【結論】静脈血栓塞栓症が高頻度に見られることから、COVID-19による凝固障害が重要な役割を演じていることが示唆される。COVID-19による死亡の分子的構造および全体の発生率、死亡を抑制するための有望な治療法を明らかにすべく、詳細な研究が必要とされる。 第一人者の医師による解説 死に至る病態はびまん性肺胞傷害で急速悪化のケースと 合併症により徐々に衰弱するケースか 福澤 龍二 国際医療福祉大学大学院医学研究科基礎医学研究分野・医学部病理学教授 MMJ. February 2021;17(1):8 本論文は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)12例(全例基礎疾患あり)の臨床像、血液、凝固系、PCRなどの検査所見、死後のCT、病理解剖所見を報告している。剖検による死因として全例に肺病変が挙げられ、2種類の肺病理像に分類できる。 (1)間質性肺炎(IP)─びまん性肺胞傷害(DAD):8例は、IPが先行しDADに進展した症例であった。血液、肺、その他複数の臓器からSARS-CoV-2が検出され、ウイルス血症による全身への播種、IPとの関連が示唆される。 (2)気管支肺炎(BP):残り4例は、末梢気道への好中球浸潤を主体とするBPであった。間質性病変はなく、経気道的な細菌感染が示唆される。このようなウイルス性IPの組織像が明確でない症例でも、肺組織からウイルスが検出されていることから、ウイルスが気道上皮細胞に感染し、粘液線毛クリアランスを低下させることが細菌感染の一因と思われる。 肺病理像に基づいて、血液凝固異常との関連をみると、IP-DAD症例8例中6例に深在静脈血栓が形成され、4例は肺塞栓を伴っていた。全例が病院外で突然死または集中治療室で死亡している。重篤な呼吸障害を起こすDADに加え、肺塞栓を高頻度に認める解剖所見は死亡時の状況を反映している。一方、BPの症例では、肺塞栓はなく、静脈血栓を1例のみ認めた。全例が一般病棟で支持療法中に死亡しており、経過は緩徐で、IP-DADに比べ血液凝固異常は起こりにくい病態であることが示唆される。 以上から、COVID-19により死に至る病態は以下の2つが想定される:①IPが先行し、DAD発症により急速に呼吸状態が悪化し、重症化する(急性呼吸促迫症候群)。また、血液凝固異常の頻度が高く、肺塞栓症の併発は循環動態をも悪化させ、急死に至らしめる。全身性病態へ進展する背景には、ウイルスの全身播種とこれに対する宿主の過剰防御反応(サイトカインストーム)が想定され、過剰な免疫反応がCOVID-19関連死の最大の誘因と考えられる②合併症(BP増悪や敗血症への進展)により徐々に衰弱し死亡すると思われる病態。これらの症例ではIP(肺胞壁の炎症・免疫応答)がみられないことから、ウイルスは肺胞上皮までは感染していないか、しても複製量が少なく肺外に拡がりにくい可能性がある。このため、過剰な免疫反応が起こりにくく、DADに至らず、凝固異常の頻度も低いと推測される。 〈脚注〉 IP:多くはウイルスが原因である。上気道粘膜に侵襲したウイルスが肺胞に至り、肺胞壁にリンパ球主体の炎症が起き、肺野にびまん性に拡がりやすい。DAD:急性呼吸促迫症候群の肺病理像で、肺胞壁の毛細血管から肺胞内への滲出性変化(硝子膜の形成)を特徴とする。誘発因子は肺炎、敗血症など。 BP:細菌の気道感染により発症する。気管支・肺胞内に炎症を起こす局所的な肺炎で、炎症は好中球が主体である。
/ 86