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ビタミンD低値喘息患児の重度喘息増悪にもたらすビタミンD3補給の効果 VDKA無作為化臨床試験
ビタミンD低値喘息患児の重度喘息増悪にもたらすビタミンD3補給の効果 VDKA無作為化臨床試験
Effect of Vitamin D3 Supplementation on Severe Asthma Exacerbations in Children With Asthma and Low Vitamin D Levels: The VDKA Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Aug 25;324(8):752-760. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】重度の喘息増悪は死に至ることがあり、医療費もかかる。ビタミンD3補給によって小児期の重度喘息増悪が抑制できるかは明らかになっていない。 【目的】ビタミンD3補給によって、ビタミンD低値喘息患児の重度増悪までの時間が改善するかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】Vitamin D to Prevent Severe Asthma Exacerbations(VDKA)試験は、血清25-ヒドロキシビタミンD値が30ng/mL未満で低用量吸入ステロイドを投与している6~16歳の高リスク喘息患児で、ビタミンD3補給によって重度増悪までの時間が改善するかを検討した二重盲検プラセボ対照無作為化臨床試験である。米国7施設から被験者を組み入れた。2016年2月に、400例を目標に登録を開始した。試験は無益性のため早期に(2019年3月)中止され、2019年9月に追跡を終了した。 【介入】被験者をビタミンD3群(1日当たり4000IU、96例)とプラセボ群(96例)に割り付け、48週間にわたって投与し、フルチカゾン176μg/日(6~11歳)または220μg/日(12~16歳)投与を継続した。 【主要評価項目】主要評価項目は、重度喘息増悪までの時間とした。ウイルス誘発重度増悪までの時間、試験期間の中間時点で吸入ステロイド用量が減少した被験者の割合および期間中のフルチカゾン累積投与量を副次評価項目とした。 【結果】無作為化した192例(平均年齢9.8歳、女児88例[40%])のうち180(93.8%)が試験を完遂した。ビタミンD3群の36例(37.5%)およびプラセボ群の33例(34.4%)が1回以上の重度増悪を来した。プラセボと比べると、ビタミンD3補給による重度増悪までの時間の有意な短縮は見られず、増悪までの平均期間はビタミンD3群240日、プラセボ群253日だった。(平均群間差-13.1日、95%CI -42.6~16.4、調整ハザード比1.13、95%CI 0.69~1.85、P=0.63)。同様に、プラセボと比較したビタミンD3補給によるウイルス誘発重度増悪、試験期間の中間時点で吸入ステロイド用量が減少した被験者の割合および期間中のフルチカゾン累積投与量の改善度に有意差はなかった。両群の重度有害事象発現率はほぼ同じだった(ビタミンD3群11例、プラセボ群9例)。 【結論および意義】喘息が持続する低ビタミンD値の小児で、プラセボと比べてビタミンD3補給によって重度喘息増悪まで時間の有意な改善は認められなかった。この結果からは、この患者群に重度喘息増悪予防のためビタミンD3を補給することは支持されない。 第一人者の医師による解説 小児に対するプラクティスとしてのビタミンD投与は中止すべき 横山 彰仁 高知大学医学部呼吸器 ・アレルギー内科学教授 MMJ. February 2021;17(1):17 ビタミンDは肺の重要な成長因子であり、また免疫系において制御性T細胞の誘導、Th2やTh17反応の抑制、IL-10産生などを引き起こすことが知られている。さらに、気道のマイクロバイオームに影響し、平滑筋肥大を抑制しコラーゲン沈着を抑制することで気道リモデリングに抑制的に働くことも報告されている。こうした研究に一致するように、血中ビタミン D濃度が低下した患者では、重症の喘息増悪、肺機能低下、ステロイド反応性の低下などが生じることも知られている。 以上から、ビタミンDには喘息の1次予防効果が期待されるが、残念ながらその有用性は不明である。妊婦や幼児へのビタミンD補充は後年の家ダニへの感作抑制につながるとの報告もあるが、喘息発症を抑制するかは不明である。ただし、ビタミンDには、ライノウイルスの増殖を抑制し、インターフェロンによる抗ウイルス作用を促進するなど、ウイルス感染による発作を抑制する可能性はある。実際にメタ解析ではビタミンD補充は、喘息増悪のリスクを有意に低下させることが示されている。ただ、16歳以下に関しては有意な結果は得られていない。以上から、小児へのビタミンD投与は推奨されるに至っていないが、これまでの研究では、血中濃度が低い、重症増悪リスクが高い患児を対象としていないなどの問題点が指摘されていた。 本研究の利点として以下の3点が挙げられる:①参加者の血中ビタミンD濃度を測定し、濃度が低いことを確認した上で試験に登録している、②補充により実際に血中濃度が上昇したことを確認している、③前年に重症増悪歴のあるリスクが高い患児を対象とし、重症増悪発症までの期間を主要評価項目としている。 当初、本試験では重症増悪発症率で16%の絶対差を検出できるサンプルサイズの400人を目標として設定したが、予定されていた中間解析で有効性が認められず早期中止となった。最終的には目標の半分以下の192人を、48週間のプラセボ群またはビタミンD群に1:1に割り付けた。結果として、重症増悪はビタミン群で36人(37.5%)、プラセボ群で33人(34.4%)に認められ、主要評価項目である発症までの期間はもとより、ウイルス感染による重症増悪、吸入ステロイド薬の減量や累積使用量に関しても有意差は認められず、ビタミンD投与の有効性は認められなかった。 今回の結果を踏まえると、既報から小児に対しプラクティスとしてビタミン D濃度を測定し、投与する施設があるならば、中止すべきであろう。
小児の喘息発症および喘鳴持続に関連がある大気汚染および家族関連の決定因子 全国症例対照研究
小児の喘息発症および喘鳴持続に関連がある大気汚染および家族関連の決定因子 全国症例対照研究
Air pollution and family related determinants of asthma onset and persistent wheezing in children: nationwide case-control study BMJ. 2020 Aug 19;370:m2791. doi: 10.1136/bmj.m2791. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】小児の喘息発症および喘鳴時属の危険因子(大気汚染および家族関連)を明らかにすること。 【デザイン】全国症例対照研究 【設定】デンマーク 【参加者】1997年から2014年に出生したデンマーク人小児全例。1歳から15歳まで喘息発症および喘鳴持続を追跡した。 【主要評価項目】喘息発症および喘鳴の持続。 【結果】両親に喘息がある小児(調整ハザード比2.29、95%CI 2.22~2.35)および母親が妊娠中に喫煙していた小児(1.20、1.18~1.22)の喘息発症率が高く、親が高学歴の小児(0.72、0.69~0.75)および親が高収入の小児(0.85、0.81~0.89)の喘息発症率が低かった。直径2.5μm以下および10μm以下の大気中微小粒子状物質(PM2.5およびPM10)、硝酸塩への曝露があると喘息発症および喘鳴持続のリスクが上昇し、汚染物質濃度5μg/m3増加当たりのハザード比はPM2.5で1.05(95%CI 1.03~1.07)、PM10で1.04(1.02~1.06)、二酸化窒素で1.04(1.03~1.04)だった。PM2.5の喘息および喘鳴持続との正の関連は、さまざまなモデルや感度解析の結果、唯一頑強性が維持された。 【結論】この研究結果からは、高濃度PM2.5に曝露した小児は、曝露していない小児に比べて喘息発症および喘鳴持続が起きやすいことが示唆される。この転帰に関連を示すその他の危険因子に、両親の喘息、両親の学歴および母親の妊娠中の喫煙があった。 第一人者の医師による解説 地域差が大きいPM2.5の影響 日本のエコチル調査の結果が待たれる 勝沼 俊雄 慈恵会医科大学附属第三病院小児科診療部長・教授 MMJ. February 2021;17(1):16 小児の喘息発症に関わる因子は個体因子と環境因子からなり、それらは予防対策の基本となる。個体因子は家族歴が主となり、環境因子としては吸入アレルゲン曝露と気道ウイルス感染が議論や対策の中心といえる。少なくとも近年において大気汚染の寄与を強調する傾向はみられない。 しかし今回、デンマークにおける18年に及ぶ全国規模の症例対象研究の結果を踏まえ、本論文の結語として最も強調しているのは、PM2.5の喘息・持続性喘鳴への関与でありその対策である。デンマークでは1976年に国家的な患者登録制度(National Patient Register;LPR)を開始し、本研究は上記患者レジストリに登録されている1997~2014年にデンマークで生まれた子どものデータを解析している。すなわち1歳から15歳までに喘息の診断を受けたか、2種類以上の抗喘息薬を処方された小児(122,842人)に関し、喘息の診断を受けていないランダムに選択された25倍の数の対照(3,069,943人)と比較した。 その結果、喘息・喘鳴頻度を高める因子として親の喘息(調整済みハザード比[HR], 2.29;95%信頼区間[CI], 2.22~2.35)と妊娠中の母体喫煙(HR, 1.20;95% CI, 1.18~1.22)、低める因子として親の高い教育レベル(HR, 0.72;95% CI, 0.69~0.75)と 高収入(HR, 0.85;95 % CI, 0.81~0.89)が特定された。そして大気汚染物質の中では、唯一PM2.5への曝露が喘息・喘鳴のリスクを有意に高めることが明らかとなり、PM2.5濃度が5μg/m3上昇するごとにリスクが1.05(95% CI, 1.03~1.07)倍高まるという結果が得られた。調査全体におけるPM2.5の平均値(SD)は12.2(1.5)μg/m3であった(下位5%の平均値は9.7μg/m3、上位5%は14.8g/m3)。 数年前の中国のように著しいPM2.5曝露下においては、半世紀以前の公害喘息(川崎喘息、四日市喘息など)同様、強い関与がありうると私自身は考えていた。しかしながら、本研究で示された平均約12μg/m3というPM2.5のレベルは、東京(15μg/m3程度)と大差ないレベルである。PM2.5が5μg/m3上昇するごとに小児の喘息・喘鳴リスクが5%高まるということは、喘息自体の有病率が5%であることから無視できない影響といえる。喘息の最前線で働いてきた臨床医としては実感しにくいが、PM2.5の影響は地域差が大きいであろうから日本における調査に注目したい。喘息、アレルギーを含む大規模な出生コホート調査で、2011年から始まったエコチル調査の結果が待たれる
再発または難治性多発性骨髄腫に用いるカルフィルゾミブ+デキサメタゾンと比較したカルフィルゾミブ+デキサメタゾン+ダラツムマブ(CANDOR) 第III相多施設共同非盲検無作為化試験の結果
再発または難治性多発性骨髄腫に用いるカルフィルゾミブ+デキサメタゾンと比較したカルフィルゾミブ+デキサメタゾン+ダラツムマブ(CANDOR) 第III相多施設共同非盲検無作為化試験の結果
Carfilzomib, dexamethasone, and daratumumab versus carfilzomib and dexamethasone for patients with relapsed or refractory multiple myeloma (CANDOR): results from a randomised, multicentre, open-label, phase 3 study Lancet. 2020 Jul 18;396(10245):186-197. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30734-0. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】レナリドミドおよびボルテゾミブを用いた1次治療によって、再発または難治性多発性骨髄腫の新たな治療の必要性が高まっている。カルフィルゾミブとダラツムマブの併用は、第I相試験で、再発または難治性多発性骨髄腫での高い有効性が示されている。この試験では、再発または難治性多発性骨髄腫に用いるカルフィルゾミブ、デキサメタゾンおよびダラツムマブの併用をカルフィルゾミブとデキサメタゾンの併用と比較した。 【方法】この第III相多施設共同非盲検無作為化試験では、北米、欧州、オーストラリアおよびアジアの102施設から組み入れた再発または難治性多発性骨髄腫患者466例をカルフィルゾミブ+デキサメタゾン+ダラツムマブ(KdD)とカルフィルゾミブ+デキサメタゾン(Kd)に2対1の割合で無作為に割り付けた。全例にカルフィルゾミブ56mg/m2(第1サイクルの第1、2日は20mg/m2)を週2回投与した。ダラツムマブは、第1サイクルの第1、2日に8mg/kg、残りの第1サイクルと第2サイクルでは週1回16mg/kg、第3-6サイクルでは2週に1回16mg/kg、その後は4週に1回16mg/kgを投与した。デキサメタゾン40mgを週1回(第2週以降、75歳以上の患者に20mg)投与した。主要評価項目は、intention-to-treatで評価した無増悪生存期間とした。安全性解析集団で有害事象を評価した。この試験(NCT03158688)は、ClinicalTrials.govに登録されており、現在進行中であるが、登録は終了している。 【結果】2017年6月13日から2018年6月25日にかけて、適格性を評価した569例のうち466例を組み入れた。追跡期間中央値約17カ月後、KdD群は無増悪生存期間未達であったのに対し、Kd群は15.8カ月であった(ハザード比0.63、95%CI 0.46-0.85、P=0.0027)KdD群の治療期間中央値はKd群よりも長かった(70.1週 vs 40.3週)。KdD群の253例(82%)、Kd群の113例(74%)にグレード3以上の有害事象が報告された。治療中止に至った有害事象の発生頻度は、両群同等であった(KdD群69例[22%]、Kd群38例[25%])。 【解釈】KdD療法によって、Kd療法と比べて再発または難治性多発性骨髄腫患者の無増悪生存期間が長くなり、リスク便益のデータも良好であった。 第一人者の医師による解説 他の3剤併用療法との比較は未実施 併用療法の選択や順番は臨床現場での判断 中澤 英之 信州大学医学部血液内科講師 MMJ. February 2021;17(1):24 多発性骨髄腫(MM)の治療は、20年ほど前まで選択肢が限られていたが、その後、プロテアソーム阻害薬(PI)のボルテゾミブ、免疫調整薬(IMiDs)のレナリドミドが登場し、さらにこの10年間に7種類の新規薬剤が利用可能になった。現在、新規薬剤を含めた複数の選択肢の中から、患者ごとに治療を選ぶことが、臨床医の課題となっている。一方、MM患者の治療開始からの平均余命は約6年とされ、特に再発・難治性 MMの治療にはまだ改善の余地がある。 本論文は、再発・難治性 MMに対する新たな併用療法として、PIのカルフィルゾミブ(K)、抗CD38抗体薬のダラツムマブ(D)、デキサメタゾン(d)の3剤併用療法(KdD療法)の有用性を評価したランダム化国際共同非盲検第 III相 CANDOR試験の報告である。この試験結果に基づき、日本では2020年11月からKdD療法が保険診療で実施可能となった。本試験には北米、欧州、豪州、アジアの102施設から、前治療レジメン数1~3の再発・難治性MM患者が登録され、KdD群とKd(対照)群に割り付けられた。その結果、主要評価項目の無増悪生存期間(PFS)は追跡期間中央値17カ月時点において、KdD群は未到達、Kd群は15.8カ月(ハザード比[HR], 0.63)で、KdD療法の優位性が示された。頻度の高い有害事象(AE)として血小板減少、貧血、消化管症状、高血圧、感染症、疲労感などが認められ、ほかに注目すべきAEとして、末梢神経障害、注射反応、心不全、急性腎不全、虚血性心疾患などが報告された。有害事象による中止率はKdD群22%、Kd群25%で、Kの中止要因は心不全、Dの中止要因は肺炎が最多であった。 本試験の追跡調査結果が2020年秋の米国血液学会(ASH)で報告された。観察期間およそ28カ月時点の解析(1)によると、PFS中央値はKdD群28.6カ月、Kd群15.2カ月であり、KdD群の優位性はその後も維持されていることが明らかになった(HR, 0.59;95% CI, 0.45~0.78)。サブグループ解析では、細胞遺伝学的に高リスク患者、前治療歴2レジメン以上の患者、レナリドミド不応性患者でもKdD療法の優位性が示された。新たなAEの報告はなかった。 CANDOR試験によって、KdD療法は再発・難治性MMに対して有効で認容性の良好な治療選択肢であることが明らかになった。しかし、他の3剤併用療法との直接比較は現時点では実現していない。どの併用療法を、どのような順番で行うかは、まだ臨床現場での判断に任されている。MMの治療選択肢が劇的に増えたこの10年間は、解決すべき多くの課題を再認識した10年間であったとも言えるだろう。 1. Meletios A Dimopoulos, et al. Blood 2020; 136 (Supplement 1): 26-27.
新世代ガドリニウム造影剤による腎性全身性線維症リスク 系統的レビュー
新世代ガドリニウム造影剤による腎性全身性線維症リスク 系統的レビュー
Risk for Nephrogenic Systemic Fibrosis After Exposure to Newer Gadolinium Agents: A Systematic Review Ann Intern Med. 2020 Jul 21;173(2):110-119. doi: 10.7326/M20-0299. Epub 2020 Jun 23. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】従来のガドリニウム造影剤(GBCA)と比較した新世代GBCA投与後の腎性全身性線維症(NSF)リスクは明らかになっていない。 【目的】腎機能の観点から見て従来GBCAと比べた新世代GBCAのNSFリスクについての科学的根拠を統合すること。 【データ入手元】MEDLINE、EMBASE、Cochrane Central Register of Controlled TrialsおよびWeb of Scienceで、開始から2020年5月5日までの英語の文献を検索した。 【試験の選択】GBCA曝露後に発生したNSFを評価した無作為化試験、コホート試験および症例対照試験 【データ抽出】1名がデータを要約し、もう1名が検証した。検証ツールを用いて、2人1組でバイアスリスクを評価した。 【データ統合】対象とした試験32件のうち、20件が新世代GBCA曝露後のNSFリスクを評価し、12件(コホート試験11件および症例対照試験1件)が新旧GBCAのNSFリスクを比較していた。新世代GBCAに曝露した8万3291例でNSFを発症した症例はなかった(正確95%CI 0.0001-0.0258)。新旧GBCAのリスクを比較した12件(対象11万8844例)で、従来GBCA投与後に37例(正確95%CI 0.0001-0.0523)、新世代GBCA投与後に4例(3例confounded)がNSFを発症した。急性腎障害患者および慢性腎不全のリスクがある患者のデータは不十分であった。 【欠点】試験に異質性があり、メタ解析ができなかった点。曝露および転帰の把握が不十分であったため、ほとんどの試験でバイアスリスクが高かった点。 【結論】新世代GBCA暴露後のNSF発症が非常にまれであったが、急性腎障害患者や慢性腎不全の危険因子がある患者のデータが乏しかったため、この集団での安全性に関する結論を示すことができない。 第一人者の医師による解説 腎障害患者へのガドリニウム造影剤使用 これまで同様に慎重な判断が必要 渡谷 岳行 東京大学大学院医学系研究科 生体物理医学専攻放射線診断学准教授 MMJ. February 2021;17(1):26 2007年、米国食品医薬品局(FDA)は腎性全身性線維症(nephrogenic systemic fibrosis;NSF)の発症に、ガドリニウム含有 MRI造影剤の関連が疑われるという警告を行った。現在ではNSFの発症には、造影剤のキレートから遊離したガドリニウム原子の組織沈着が関与していると言われており、NSFの発症には①造影剤分子におけるガドリニウム原子の安定性②腎機能の2つの因子が強く関与していると考えられている。 米国放射線学会(ACR)はガドリニウム造影剤をNSFの報告数が多いGroup I、報告数の少ないGroup II、報告数は少ないがデータの少ないGroup IIIに分類している。本研究ではGroup IIとIIIを新世代の造影剤と位置づけて、文献報告をレビューしている。20の文献が新世代造影剤によるNSF発症率のアセスメントに採用され、95%信頼区間(CI)の上限は0.0258であった。12の文献が新世代と旧世代造影剤のNSF発症率の比較に採用され、旧世代の95% CI上限は0.0523、新世代では0.0204であった。旧世代(Group I)の造影剤に比べ、新世代造影剤の発症リスクが低いことが示されたが、本研究で採用された文献のほとんどは、メーカー主導の市販後臨床試験を除き、被験者が少数の研究に基づくものである。また、それらの中でも腎障害を有する被験者の割合は低く、高リスク群に対する評価が十分なされているとは言えない。この点は本論文内でも言及されている。 NSFは稀な合併症とはいえ一度発症すると有効な治療法が確立されておらず、致死率も低くないため十分なデータを集めること自体が難しい領域である。現在の日本では新世代造影剤が十分に普及している状況ではあるが、腎障害患者へのガドリニウム造影剤使用の適応については、これまで同様に慎重な判断を行っていく必要があると考えられる。
サイトメガロウイルス感染妊婦の胎児への垂直感染予防に用いるバラシクロビル 無作為化二重盲検プラセボ対照試験
サイトメガロウイルス感染妊婦の胎児への垂直感染予防に用いるバラシクロビル 無作為化二重盲検プラセボ対照試験
Valaciclovir to prevent vertical transmission of cytomegalovirus after maternal primary infection during pregnancy: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial Lancet. 2020 Sep 12;396(10253):779-785. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31868-7. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】サイトメガロウイルスはよく見られる先天性感染であり、妊娠早期の初回感染の後の死亡率が高い。胎児への垂直感染を予防するのに有効な手段はない。著者らは、妊娠早期にサイトメガロウイルスに感染した妊婦から胎児への垂直感染がバラシクロビルで予防できるかを調査することを試みた。 【方法】この前向き二重盲検プラセボ対照無作為化試験は、Infectious Feto-Maternal Clinic of Rabin Medical Center(イスラエル・ペタフ ティクヴァ)で実施された。妊娠初期または第1三半期中のサイトメガロウイルス初回感染が血清学的検査で確定した18歳以上の妊婦を経口バラシクロビル(1日8g、1日2回)またはプラセボに無作為に割り付け、登録時から21週または22週時に羊水穿刺検査実施まで投与した。妊娠初期と第1三半期中に感染した被験者を別々に無作為化し、4つのブロックで無作為化した。試験期間中、被験者と研究者に治療の割り付けを伏せた。主要評価項目は、サイトメガロウイルスの垂直感染率とした。per-protocol原理にしたがって統計学的解析を実施した。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT02351102番で登録されている。 【結果】2015年11月15日から2018年10月8日にかけて100例を無作為化し、バラシクロビルまたはプラセボを投与した。10例を除外し(各群5例ずつ)、最終解析にはバラシクロビル群45例(いずれも単胎妊娠)、プラセボ群45例(単胎妊娠43例、2例が双胎妊娠)を対象とした。バラシクロビル群は第1三半期中および妊娠初期の感染例を含み、羊水穿刺45件中5件(11%)がサイトメガロウイルス陽性、プラセボ群では羊水穿刺47件中14件(30%)が陽性であった(P=0.027、垂直感染のオッズ比0.29、95%CI 0.09-0.90)。第1三半期中のサイトメガロウイルス初回感染例で、バラシクロビル群(羊水穿刺19件中2件[11%])の方がプラセボ群(羊水穿刺23件中11件[48%])よりも羊水穿刺でのサイトメガロウイルス陽性が有意に少なかった(P=0.020)。臨床的に有意な有害事象は報告されなかった。 【解釈】バラシクロビルは、妊娠早期にサイトメガロウイルスに感染した妊婦のから胎児への垂直感染率を抑制するのに有効である。初回感染妊婦の早期治療によって、妊娠喪失や先天性サイトメガロウイルス感染乳児の出産を防ぐことができると思われる。 第一人者の医師による解説 妊娠初期のCMVスクリーニング検査と バラシクロビル投与の広まりに期待 田中 守 慶應義塾大学医学部産婦人科教授 MMJ. February 2021;17(1):28 先天性サイトメガロウイルス感染症は、世界で最も多い母児感染の原因の1つであり、器官形成期である妊娠初期に感染すると児に重篤な神経学的障害を残す疾患である。有効なワクチンもないため、初回感染妊婦のスクリーニング法と治療法の確立が求められてきた(1)。出生後の先天性サイトメガロウイルス感染症に使用されているアシクロビルやバラシクロビルは、米国食品医薬品局(FDA)分類でカテゴリーBに分類され、妊娠中の安全性が認められている。また、母体へ投与されたバラシクロビルは、胎盤を通過し、母体、胎児、羊水中に十分な治療濃度が確保されると報告されている(2)。 本論文は、妊娠初期に母体サイトメガロウイルス初回感染が確認された妊婦に対してバラシクロビルの有効性と安全性を検討した無作為化二重盲検プラセボ対照試験のイスラエルからの報告である。100人のサイトメガロウイルス初回感染妊婦に対して、1日8gのバラシクロビル群とプラセボ群の2群に分け、治療効果を判定する羊水 PCR検査まで最低6週間の薬剤服用を行った。最終的に45人のバラシクロビル群と45人のプラセボ群の結果が解析された。妊娠中期に実施された胎児感染を調べるための羊水 PCR検査において、バラシクロビル群では45検査中5例(11%)がサイトメガロウイルス陽性となり、プラセボ群の44検査中14例(30%)に比較して有意に低値となった。特に妊娠初期に判明した母体サイトメガロウイルス初回感染例に対しては、顕著な胎児垂直感染予防効果が認められた(羊水PCR検査陽性率:バラシクロビル群11%、対するプラセボ群48%)。一方、バラシクロビル群に明らかな有害事象は認められなかった。 日本では、イスラエルほど妊娠初期のサイトメガロウイルス初回感染スクリーニング検査が普及していない現状であり、いまだ多くの先天性サイトメガロウイルス感染症の子どもが生まれてきている。妊娠初期にスクリーニング検査を行い、陽性者にはバラシクロビルを投与することで垂直感染が予防できる可能性が示されたことは意義深い。今後、日本での妊婦に対するサイトメガロウイルス感染症スクリーニング検査とバラシクロビル投与による垂直感染予防策が広まっていくことが望まれる。 1. Tanimura K, et al. J Obstet Gynaecol Res. 2019 45(3):514-521. 2. Jacquemard, F, et al. BJOG 2007 114(9): 1113-1121.
ビタミンD長期的補給がうつまたはうつ症状リスクおよび気分スコアの変化にもたらす効果 無作為化試験
ビタミンD長期的補給がうつまたはうつ症状リスクおよび気分スコアの変化にもたらす効果 無作為化試験
Effect of Long-term Vitamin D3 Supplementation vs Placebo on Risk of Depression or Clinically Relevant Depressive Symptoms and on Change in Mood Scores: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Aug 4;324(5):471-480. doi: 10.1001/jama.2020.10224. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】25-ヒドロキシビタミンD値が低いと後にうつ病リスクが高くなるが、長期にわたる高用量摂取を検討した大規模試験がほとんどない。 【目的】ビタミンD3補給が後のうつ病リスクおよび気分スコアにもたらす効果を検証すること。 【デザイン、設定および参加者】米国で成人2万5871例を対照に心血管疾患とがんの予防を検討した無作為化試験VITALの補助的試験、VITAL-DEP(Vitamin D and Omega-3 Trial-Depression Endpoint Prevention)に50歳以上の男女1万8353例が参加した。1万6657例にうつ病発症リスク(うつ病既往歴なし)、1696例にうつ病再発リスク(うつ病既往歴があるが、過去2年間うつ病の治療を受けていない)があった。2011年11月から2014年3月にかけて無作為化し、2017年12月31日に割り付けた治療が終了し、この日が最終追跡日となった。 【介入】2×2要因デザインを用いて、ビタミンD3(コレカルシフェロール1日当たり2000IU)、魚油またはプラセボに無作為化。9181例をビタミンD3、9172例をマッチさせたプラセボに割り付けた。 【主要評価項目】主要評価項目は、うつ病または治療を要するうつ症状のリスク(総発症例数および再発例数)および気分スコア(8項目から成る患者健康質問票うつ尺度[PHQ-8]、0[症状なし]から24点[症状が多い]、臨床的意義のある最小変化量は0.5点)の平均差。 【結果】無作為化した1万8353例(平均年齢67.5[SD 7.1]歳、女性49.2%)の治療期間中央値は5.3年間で、90.5%が試験を完了した(試験終了時生存していた参加者の93.5%)。ビタミンD3群(うつ病または治療を要するうつ症状609例、1000人年当たり12.9)とプラセボ群(同625例、13.3)のうつ病または治療を要するうつ症状のリスクに有意差は見られず(ハザード比0.97、95%CI 0.87-1.09、P=0.62)、うつ病発症または再発に群間差はなかった。時間の経過に伴う気分スコアの変化に治療群間の有意差は見られず、PHQ-8スコアの平均変化量も有意差はなかった(気分スコアの平均変化量0.01点、95%CI -0.04-0.05)。 【結論および意義】試験開始時に治療を要するうつ症状がない50歳以上の男女を中央値5.3年間追跡した結果、プラセボを比較して、ビタミンD3治療によってうつ病の発症や再発、治療を要するうつ症状、気分スコアの変化に有意な差は認められなかった。この結果は、うつ病予防のための成人へのビタミンD3投与は支持するものではない。 第一人者の医師による解説 大規模 RCTによる長期介入でも効果は確認できず 山口 智史/佐々木 司(教授) 東京大学大学院教育学研究科健康教育学分野 MMJ. February 2021;17(1):15 うつ病は疾病負荷の主要因の1つとなっている(1)。特に、高齢者のうつ病は十分に治療されていないケースが多いため(2)、医療において、高齢者のうつ病予防は重要な領域である。高齢者では、血中ビタミンD濃度が低い場合に抑うつリスクが高いことが、横断研究のメタ解析によって示されている(3)。しかし、ビタミンD濃度を上昇させる介入がうつ病予防に有効であるかどうかについては十分に検討されていない。今回報告されたVITAL-DEP試験は、ビタミン Dのサプリメントを毎日服用することで、うつ病の予防が可能であるかを5年にわたる介入により検証した、ランダム化二重盲検プラセボ対照試験である。 試験対象者は、50歳以上の男女で、研究参加時点までにうつ病の診断を受けたことがない人か、うつ病既往があっても寛解後2年以上経過している人である。主要評価項目は2つあり、1つ目は、うつ病の発症および再発の有無である(うつ病の発症および再発は、医師によるうつ病の診断を受けたかどうか、うつ病の治療を受けているかどうか、うつ症状を測る質問票[PHQ-8]で点数がカットオフ以上となったかどうかのいずれかを指す)。2つ目は、PHQ-8で測ったうつ症状の長期的変化である。割り付けられた参加者は18,353人、このうち57.5%が5年間研究に参加し続けた。追跡調査は年1回の郵送による質問票で行われ、うつ病の発症と再発の確認、うつ症状の測定が行われた。また、割り付けられた錠剤の3分の2以上を服用したと回答し、プロトコール遵守とみなされた参加者は毎年の調査で90%を超えていた。ビタミンD服用群9,181人中、うつ病が発症または再発した人は609人であった(12.9/1,000人・年)。一方、プラセボ群では9,172人中625人であった(13.3/1,000人・年)。うつ病の発症・再発に関して、ビタミンD服用群とプラセボ群の間で、ハザード比は有意とならなかった。また、質問票で測ったうつ症状の点数も、2群間に有意差は認められなかった。これは、介入期間中のどの時点でも同様であった。 今回の結果は、10,000人を超える非常に多くの一般住民に対して、5年という長期の介入を続けたランダム化試験によるものである。著者らはこれらの点をVITAL-DEP試験の強みとして挙げており、得られた結果は、成人のうつ病予防のためにビタミンDを服用させることを支持するものではなかったと結論している。 1. Mathers CD, et al. PLoS Med. 2006;3(11):e442. 2. Unutzer J, et al. J Am Geriatr Soc. 2000;48(8):871-878. 3. Li H, et al. Am J Geriatr Psychiatry. 2019;27(11):1192-1202.
物理的距離確保の介入と新型コロナウイルス感染症発症 149カ国の自然実験
物理的距離確保の介入と新型コロナウイルス感染症発症 149カ国の自然実験
Physical distancing interventions and incidence of coronavirus disease 2019: natural experiment in 149 countries BMJ. 2020 Jul 15;370:m2743. doi: 10.1136/bmj.m2743. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】世界の物理的距離を確保する介入と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発症の関連を評価すること。 【デザイン】分割時系列解析を用いた自然実験。メタ解析を用いて結果を統合した。 【設定】欧州疾病予防管理センターからCOVID-19症例の日報データ、オックスフォードCOVID-19 政策反応追跡から物理的距離確保の政策に関するデータが入手できる149の国または地域。 【参加者】2020年1月1日から5月30日までの間に、物理的距離を確保する政策5項目(学校閉鎖、職場閉鎖、公共交通機関の閉鎖、大規模集会やイベントの制限、移動の制限[都市封鎖])のうち1項目以上を導入した国または地域。 【主要評価項目】2020年5月30日または介入後30日間のいずれか先に発生した日付までのデータを用いて推算した物理的距離確保政策導入前後のCOVID-19の発生率比(IRR)。ランダム効果メタ解析を用いて各国のIRRを統合した。 【結果】物理的距離介入策の導入で、COVID-19発生率が全体で平均13%低下した(IRR 0.87、95%CI 0.85-0.89、149カ国)。他の4項目の物理距離確保政策が実施されていた場合、公共交通機関の閉鎖によってCOVID-19発症率がさらに低下することはなかった(公共交通機関の閉鎖あり:統合IRR 0.85、95%CI 0.82-0.88、72カ国、閉鎖なし:同0.87、0.84-0.91、32カ国)。このほか、11カ国のデータから、学校閉鎖、職場閉鎖および大規模集会の制限にほぼ同じ全般的な効果があることが示唆された(同0.85、0.81-0.89)。政策導入の順序を見ると、他の物理的距離確保政策の後に都市封鎖を実施した場合(同0.90、0.87-0.94、41カ国)と比較すると、都市封鎖の早期導入によってCOVID-19発生率が低下した(同0.86、0.84-0.89、105カ国)。 【結論】物理的距離の介入によって、世界的にCOVID-19発生率が低下した。他の4項目の政策を導入した場合、公共交通機関を閉鎖することによってさらに効果が高くなる根拠は見られなかった。都市封鎖の早期導入によってCOVID-19発生率が大きく低下した。この結果から、今回または将来の感染症流行のため、国が物理的距離政策の強化に備える政策決定に役立つと思われる。 第一人者の医師による解説 149カ国の自然実験 適切な身体的距離確保の介入指針となる可能性 神林 隆道(臨床助手)/園生 雅弘(主任教授) 帝京大学医学部附属病院脳神経内科 MMJ. February 2021;17(1):13 世界的なパンデミックとなっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対し、ほとんどの国が身体的距離(physical distancing)を確保することを目的とした介入を行っているが、それらの有効性の検討はこれまで主にモデル研究でなされており、実際の患者集団におけるデータに基づく有効性評価の報告は乏しい。 本研究では、2020年1月1日~5月30日に以下の5種類の身体的距離確保のための介入(学校閉鎖、職場閉鎖、公共交通機関の閉鎖、大人数の集会や公共イベントの制限、移動制限)のうち1つ以上が行われた国を対象に国別に分割時系列解析を実施し、データのメタ解析によって身体的距離確保の介入前後のCOVID-19発生率比を評価した。 149カ国が1種類以上の身体的距離確保のための介入を行っており、ベラルーシとタンザニアを除くすべての国が5種類のうち3種類以上を実施していた(日本は公共交通機関の閉鎖以外の4種類)。118カ国では5種類すべてが実施されていた。全体の結果として、身体的距離確保の介入によってCOVID-19発生率が13%低下したことが示された。 データのメタ解析からは、最初の症例報告から介入開始までの日数(P=0.57)や、PCR検査実施率(P=0.71)は、発生率に有意な影響を与えておらず、一方で65歳以上の高齢人口比率(P<0.001)や1人当たりのGDPが高い(P=0.09)国は、身体的距離確保の介入による発生率の低下がより大きかった。また、注目すべき点として、介入の組み合わせについて、学校閉鎖、職場閉鎖、公共イベントの制限、移動制限の4種類が一緒に実施された場合のCOVID-19発生率比(0.87;95 % 信頼区間[CI], 0.84~0.91;32カ国)は、さらに公共交通機関の閉鎖を加えた5種類すべての介入を行った場合とほぼ同等(0.85;95% CI, 0.82~0.88;72カ国)で、公共交通機関の閉鎖に付加的なCOVID-19発生抑制効果は認められなかった。 介入の順序に関しては、移動制限を早期に実施した場合のCOVID-19発生率比(0.86;95% CI, 0.84~0.89;105カ 国)は、他の身体的距離確保による介入後に遅れて移動制限を行った場合(0.90;95 % CI, 0.87~0.94;41カ国)よりも 低く、より早期の移動制限の介入の方がCOVID-19発生率の抑制効果は大きいことが示唆された。 著者らはこれらのデータが、今後流行が起こった際の施策決定に役立つだろうと結論している。日本でも引き続き適切な行動変容によって、医療崩壊に陥らずかつ社会・経済活動を維持できる程度に感染者数をコントロールしていくことが重要であろう。
SARS-CoV-2による一時的な小児多臓器系炎症性症候群患児58例の臨床的特徴
SARS-CoV-2による一時的な小児多臓器系炎症性症候群患児58例の臨床的特徴
Clinical Characteristics of 58 Children With a Pediatric Inflammatory Multisystem Syndrome Temporally Associated With SARS-CoV-2 JAMA. 2020 Jul 21;324(3):259-269. doi: 10.1001/jama.2020.10369. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】新型コロナウイルス感染症2019の発症率が高い地域で、発熱および炎症を伴うまれな症候群を呈する患児の報告が浮上している。 【目的】SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)による一時的な小児多臓器系炎症性症候群(PIMS-TS)の基準を満たした入院患児の臨床所見および検査値の特徴を明らかし、他の小児炎症性疾患の特徴と比較すること。 【デザイン、設定および参加者】2020年3月23日から5月16日の間に、発熱の持続と公開されているPIMS-TSの診断基準を満たした入院患児58例(中央値9歳、33例が女児)の症例集積。最終追跡日は、2020年5月22日であった。診療記録の臨床症状および検査結果を要約し、2002年から2019年に欧米で入院した川崎病(KD)患児(1132例)、川崎病ショック症候群患児(45例)および中毒性ショック症候群患児(37例)の特徴と比較した。 【曝露】英国、米国および世界保健機関(WHO)が定義するPIMS-TSの基準を満たした患児の兆候、症状、検査および画像所見。 【主要評価項目】PIMS-TSの基準を満たした患児の臨床、検査および画像所見、他の小児炎症性疾患の特徴との比較。 【結果】PIMS-TSの基準を満たす患児58例(平均年齢9歳[IQR 5.7-14]、女児20例[34%])を特定した。58例中15例(26%)がSARS-CoV-2ポリメラーゼ連鎖反応検査の結果が陽性、46例中40例(87%)がSARS-CoV-2 IgG検査陽性であった。合わせて、58例中45例(78%)がSARS-CoV-2感染しているか、感染歴があった。全例に発熱および嘔吐(58例中26例、45%)、腹痛(58例中31例、53%)、下痢(58例中30例、52%)などの非特異的症状が見られた。58例中30例(52%)が発疹、58例中26例(45%)が結膜充血を呈した。検査所見の評価で、C反応性蛋白(229 mg/L[IQR 156-338]、全58例で評価)、フェリチン(610 μg/L[IQR 359-128]、58例中53例で評価)などで著名な炎症が認められ、58例中29例がショック(心筋機能障害の生化学的根拠あり)を来たし、強心薬および蘇生輸液投与を要した(機械的換気を実施した29例中23例[79%]を含む)。13例が米国心臓協会が定義するKDの基準を満たし、23例にKDやショックの特徴がない発熱および炎症があった。8例(14%)が冠動脈拡張または冠動脈瘤を来した。PIMS-TSとKDまたはKDショック症候群を比較すると、年齢が高く(年齢中央値9歳[IQR 5.7-14] vs. 2.7歳[IQR 1.4-4.7]および3.8歳[IQR 0.2-18])、C反応性蛋白(中央値229mg/L vs. 67mg/L[IQR 40-150 mg/L]および193mg/L[IQR 83-237])炎症マーカー高値などの臨床所見や検査所見に差が見られた。 【結論および意義】このPIMS-TSの基準を満たした患児の症例集積では、発熱や炎症から心筋障害、ショック、冠動脈瘤までさまざまな徴候、症状および疾患重症度が見られた。KDおよびKDショック症候群の患児と比較からは、この疾患に関する知見が得られ、他の小児炎症性疾患とは異なるものであることが示唆される。 第一人者の医師による解説 COVID-19重症化抑制の治療法につながる 臨床的意義の大きな研究 永田 智 東京女子医科大学小児科学講座主任教授 MMJ. February 2021;17(1):12 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の高感染率地域で重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2型(SARS-CoV-2)に関連した小児炎症性多系統症候群(PIMS-TS)が報告されており、川崎病との類似性が話題になった。 本論文では、2020年3月?5月に英国の8病院に入院した、英国、米国疾病対策予防センター(CDC)または世界保健機関(WHO)のPIMS-TS基準を満たした小児58人について、臨床的特徴をカルテレビューで抽出し、2002~19年に欧米の病院に入院した川崎病患者(1,132人)、川崎病ショック症候群患者(45人)、トキシックショック症候群患者(37人)と比較検討した。 これらPIMS-TS症例はSARS-CoV-2 PCR検査で58人中15人(26%)が陽性、SARS-CoV-2 IgG抗体検査で46人中40人(87%)が陽性であった。全例で発熱、約半数で嘔吐、腹痛、下痢の消化器症状を認めていた。同様に約半数は発疹や結膜充血といった川崎病類似の症候を呈していた。血清CRPは中央値22.9mg/dL(四分位範囲[IQR],15.6~33.8)、フェリチンも中央値610μg/L(IQR,359~1,280)と全般に高値であった。58人中29人(50%)が心筋機能障害を高頻度に伴うショックをきたし、そのうち23人(79%)は人工呼吸器管理を要していた。13人は米国心臓学会(AHA)の川崎病基準を満たし、興味深いことに8人は冠動脈拡張または冠動脈瘤を合併していた。 本研究では、PIMS-TS、川崎病、川崎病ショック症候群の三者が比較された。PIMS-TSでは罹患年齢の中央値が9歳(IQR,5.7~14)と一般の川崎病(中央値2.7歳)や川崎病ショック症候群(中央値3.8歳)より高かった。また、PIMS-TSの血清CRPは、川崎病(中央値6.7mg/dL)よりかなり高値の傾向にあったが、川崎病ショック症候群とは僅差であった(中央値19.3mg/dL)。 これらのPIMS-TS症例は、発熱・心筋障害・ショック・冠動脈瘤形成といった多臓器にまたがる多彩な症候を示していたが、全般に重症であった。これまで、川崎病に類似した症候をもつ他の疾患は数少なく、しかも冠動脈病変を有する疾患はほとんど報告されていない。PIMS-TSを丁寧に調べることにより、川崎病の病態発症、特に冠動脈病変の発生機序を考える上で、重要なヒントが得られる可能性がある。さらに、川崎病の標準治療である免疫グロブリン大量療法がCOVID-19の重症型であるPIMS-TSの治療に有効であることが証明されれば、COVID-19の重症化抑制に安全性の高い有効な治療選択肢が加わることになり、当検討の臨床的な意義は大きいことになる。
アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬とCOVID-19診断および死亡率の関連
アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬とCOVID-19診断および死亡率の関連
Association of Angiotensin-Converting Enzyme Inhibitor or Angiotensin Receptor Blocker Use With COVID-19 Diagnosis and Mortality JAMA. 2020 Jul 14;324(2):168-177. doi: 10.1001/jama.2020.11301. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)/アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)によってコロナウイルス感染症(COVID-19)に感染しやすくなり、ウイルスの機能性受容体、アンジオテンシン変換酵素2の発現が亢進することによって転帰が悪化すると思われる。 【目的】ACEI/ARBの使用とCOVID-19の診断およびCOVID-19患者の転帰との関連を調べること。 【デザイン、設定および参加者】COVID-19患者の転帰を調べるため、デンマークの全国レジストリのデータを用いて後ろ向きコホート研究を実施した。ICD-10コードを用いて2020年2月22日から5月4日までのCOVID-19患者を特定し、診断日から転帰または試験期間終了日(2020年5月4日)まで追跡した。COVID-19の感受性を調べるため、コホート内症例対照デザインのCox回帰モデルを用いて、2020年2月1日から同年5月4日まで他の降圧薬を比較したACEI/ARB使用とCOVID-19診断発生率との関連を検討した。 【曝露】発症日前6カ月間の処方と定義したACEI/ARBの使用。 【主要評価項目】この後ろ向きコホート研究で、主要評価項目は死亡とし、死亡または重症COVID-19の複合転帰を副次評価項目とした。コホート内症例対照の感受性解析では、転帰はCOVID-19診断とした。 【結果】この後ろ向きコホート研究には、COVID-19患者4480例を組み入れた(年齢中央値54.7歳[四分位範囲40.9-72.0歳]、47.9%が男性)。ACEI/ARB使用者895例(20.0%)および非使用者3585例(80.0%)であった。ACEI/ARB者の18.1%、非使用者の7.3%が30日以内に死亡したが、この関連は、年齢、性別および既往例で調整した後、有意差はなくなった(調整後ハザード比[HR]、0.83、95%CI 0.67-1.03)。ACEI/ARB使用者の31.9%、非使用者の14.2%に、30日以内に死亡または重症COVID-19が発生した(調整HR 1.04、95%CI 0.89-1.23)。COVID-19感受性を検討するコホート内症例対照研究では、高血圧の既往歴があるCOVID-19患者571例(年齢中央値73.9歳、54.3%が男性)を年齢および性別でマッチさせたCOVID-19がない対照5710例と比較した。COVID-19患者の86.5%がACEI/ARBを使用していたのに対し、対照は85.4%で、他の降圧薬と比較するとACEI/ARBにCOVID-19高発症率との有意な関連は認められなかった(調整HR 1.05、95%CI 0.80-1.36)。 【結論および意義】高血圧患者のACEI/ARB使用歴にCOVID-19診断またはCOVID-19患者の死亡または重症化との有意な関連は認められなかった。この結果から、COVID-19大流行下で臨床的に示唆されるACEI/ARB投与中止は支持されるものではない。 第一人者の医師による解説 COVID-19の流行に際し ACEI/ARBの服薬変更は不要の可能性を示唆 岩部 真人、二木 寛之、岩部 美紀、山内 敏正 東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科 MMJ. February 2021;17(1):9 現在世界中でパンデミックを引き起こしている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、一度は感染拡大の速度が緩んだようにみえた。しかし各種規制緩和などの影響でいわゆる第2波とも呼ぶべき再拡大が各国で起きており、日本でも感染者数は下げ止まっているなど、いまだ予断を許さない状況が続いている。 COVID-19を引き起こす病原体SARS-CoV-2はアンジオテンシン変換酵素(ACE)2を介して細胞内に侵入することが示されている(1)。一方、降圧薬のACE阻害薬(ACEI)やアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)はACE2の発現を上昇させることが知られており(2)、COVID-19の罹患率、重症化率および死亡率への影響が懸念されてきた。ACEIやARBは降圧薬として第1選択となることも多く、投薬対象人口も非常に大きいことから、この関係を検証することは急務とされ、さまざまなコホートで研究が行われている。 本研究はデンマークでのデータを基に、重症化率・死亡率についてはACEI/ARB使用中の患者を含むCOVID-19患者4,480人を対象とした後ろ向きコホート研究により、罹患率についてはコホート内症例対照研究により検討したものである。まず重症化率・死亡率について、ACEI/ARB使用中の895人を含むCOVID-19患者4,480人のコホートで年齢、性別、既往歴について補正すると、ACEI/ARB使用者と非使用者の間で死亡率に有意な差はなかった(ハザード比[HR], 0.83)。同様に死亡率または重症化率についても両群間に有意差はなかった(HR, 1.04)。次に罹患率について、高血圧の既往のあるCOVID-19患者571人と年齢、性別がマッチした高血圧の既往のある非COVID-19患者5,710人との間で比較検討された。その結果、両群間のACEI/ARB使用率に有意な差は なく、ACEI/ARBの使用はCOVID-19の罹患率を上昇させていなかった(HR, 1.05)。 2019年12月以降COVID-19は世界的に拡大し、それから1年が経過しようとしている。COVID-19の病態メカニズムについて、いまだ明らかになっていないことは多いが、疫学的にさまざまな情報が集約されつつある。ACEI/ARBについては、特にSARS-CoV-2はACE2を介して細胞内に侵入することが明らかになり、COVID-19流行初期は服薬に伴うリスクが懸念されていた。しかしながらその後、本研究結果を含めACEI/ARBはCOVID-19の罹患率、重症化率、死亡率を上昇させないことが明らかになり、各学会からもACEI/ARBの使用継続を支持する声明が世界的に出されている。一方、本研究を含めて現在のエビデンスは、ほぼすべて後ろ向き研究の結果であり、各国で進行中の前向き研究に対して、今後も注視し続ける必要がある。 1. Wang Q, et al. Cell. 2020;181(4):894-904. 2. Vaduganathan M, et al. N Engl J Med. 2020;382(17):1653-1659.
物理的距離の保持、マスクおよび保護めがね着用によるヒトからヒトへのSARS-CoV-2感染およびCOVID-19の予防 系統的レビューおよびメタ解析
物理的距離の保持、マスクおよび保護めがね着用によるヒトからヒトへのSARS-CoV-2感染およびCOVID-19の予防 系統的レビューおよびメタ解析
Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis Lancet. 2020 Jun 27;395(10242):1973-1987. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31142-9. Epub 2020 Jun 1. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)はCOVID-19の原因であり、密接な接触を通してヒトとヒトとの間で広がる。著者らは、医療現場および非医療現場(地域など)での物理的距離の保持、マスク着用および眼の保護がウイルス伝播にもたらす効果を調べることを目的とした。 【方法】ヒトからヒトへの感染を避けるための最適な距離を調べ、マスクおよび保護めがね着用によるウイルス伝播予防効果を評価するため、系統的レビューおよびメタ解析を実施した。WHOおよびCOVID-19関連の標準的データベース21件から、SARS-CoV-2、重症急性呼吸器症候群を引き起こすベータコロナウイルス、中東呼吸器症候群のデータを取得した。データベース開始から2020年5月3日までのデータを検索し、言語は問わないが、比較試験や、妥当性、実行可能性、資源の利用および公平性に関する因子を特定した。記録をふるいにかけデータを抽出し、二重にバイアスリスクを評価した。頻度論的統計、ベイズ・メタ解析、ランダム効果メタ回帰解析を実施した。Cochrane法とGRADEアプローチに従って、根拠の確実性を評価した。この試験は、PROSPEROにCRD42020177047番で登録されている。 【結果】16カ国6大陸の観察的研究172件を特定した。無作為化試験はなく、44件が医療現場および非医療現場で実施した比較試験(対象計2万5697例)だった。1m未満の物理的距離と比べると、1m以上の距離でウイルスの伝播率が低く(1万736例、統合調整オッズ比[aOR]0.18、95%CI 0.09-0.38、リスク差[RD]-10.2%、95%CI -11.5--7.5、中等度の確実性)、距離が長くなるほど保護効果が高くなった(1m当たりの相対リスク[RR]の変化2.02、交互作用のP=0.041、中等度の確実性)。マスクの着用で感染リスクが大幅に低下し(2697例、aOR 0.15、95%CI 0·07-0.34、RD -14.3%、-15.9--10.7、低度の確実性)、使い捨てサージカルマスクや同等のマスク(再利用可能な12-16層の綿マスクなど)と比べるとN95や同等のマスクの方が関連が強かった(交互作用のP=0.090、事後確率95%未満、低度の確実性)。このほか、保護めがねでも感染率が低下した(3713例、aOR 0.22、95%CI 0.12-0.39、RD -10.6%、95%CI -12.5--7.7、低度の確実性)。未調整の試験、下位集団解析や感度解析からほぼ同じ結果が得られた。 【解釈】この系統的レビューおよびメタ解析の結果は、1m以上の物理的距離を支持し、政策決定者にモデルおよび接触者追跡の定量的推定を提供するものである。この結果および関連因子から、公共の場および医療現場でのマスク、医療用レスピレーターおよび保護めがねの最適な着用を広めるべきである。この介入の根拠を示す頑強な無作為化試験が必要であるが、現在の入手可能な科学的根拠の系統的評価は中間的なガイダンスになると思われる。 第一人者の医師による解説 44試験のメタ解析の結果 有用なエビデンス さらに今後の研究の蓄積が必要 荒岡 秀樹 虎の門病院臨床感染症科部長 MMJ. February 2021;17(1):14 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の主な感染様式は飛沫感染と接触感染であり、特殊な状況下(例、換気の悪い空間)では一部空気感染を示唆する報告もある。なかでも飛沫感染をどのように防止するかが感染予防の最優先事項と考えられている。本論文は、コロナウイルス(SARS-CoV-2、SARS、MERS)における感染予防法(身体的距離[physical distancing]、マスク、眼の保護)の効果を調べた44試験(患者25,697人)のメタ解析の報告である。 解析の結果、1m以上の身体的距離は、1m未満の身体的距離と比較して、ウイルス伝播を低下させることが証明された(補正オッズ比[aOR], 0.18;95%信頼区間[CI], 0.09~0.38;中程度の確実性)。この予防効果は距離が離れるほど強くなることも明らかとなった(中程度の確実性)。また、マスクの着用は感染のリスクを大幅に低下させた(aOR, 0.15;95% CI, 0.07~0.34;低い確実性)。マスクの感染リスク低下効果は市中よりも医療現場でより大きいことが示唆された。N95マスクはサージカルマスクと比較して予防効果が大きいことが示された。さらに、眼の保護も感染の減少と関連していた(aOR, 0.22;95% CI, 0.12~0.39;低い確実性)。 本研究は世界保健機関(WHO)の支援を受けて実施され、完全な系統的レビューの方法を遵守していることが強みである。また、GRADEアプローチに従って、証拠の確実性を評価している。2020年5月3日までの関連データを検索し、新型コロナウイルスのパンデミックが他の世界的な地域に広がる前に中国からのデータを含めて評価している。一方、本研究の限界として、対象の研究はいずれもランダム化されていないこと、多くの研究で身体的距離に関する正確な情報が提供されておらず推測が含まれること、ほとんどの研究がSARSとMERSについて報告したものであること、などが挙げられる。 今回のメタ解析の結果は、SARS-CoV-2に対する感染予防のランダム化試験がない状況下で、非常に有益な情報を私たちに与えるものである。1m以上の身体的距離が重要で、2m以上の距離はより有用な可能性がある。さらに、医療現場および市中でのマスク着用、眼の保護の重要性を明らかにした。本論文は、2020年5月3日までのエビデンスをまとめ、大変有用なものであるが、これ以降のSARS-CoV-2に特化した感染予防のエビデンスにも注目していきたい。
英国のSARS-CoV-2感染が確定し入院した妊婦の特徴と転帰 全国住民対象コホート研究
英国のSARS-CoV-2感染が確定し入院した妊婦の特徴と転帰 全国住民対象コホート研究
Characteristics and outcomes of pregnant women admitted to hospital with confirmed SARS-CoV-2 infection in UK: national population based cohort study BMJ. 2020 Jun 8;369:m2107. doi: 10.1136/bmj.m2107. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】英国で重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のため入院した妊婦の全国コホートの特徴を記述し、感染関連因子および感染伝播などの転帰を明らかにすること。 【デザイン】英国産科監視システム(UKOSS)を用いた前向き全国住民対象コホート研究 【設定】英国内の全194の産科ユニット(obstetric unit)。 【参加者】2020年3月1日から4月14日の間にSARS-CoV-2感染のため入院した妊婦427例。 【主要評価項目】妊娠中の入院および新生児の感染の発生。母体の死亡、レベル3集中治療室への入室、胎児喪失、帝王切開分娩、早産、死産、早期新生児死亡および新生児ユニット入室。 【結果】妊娠中のSARS-CoV-2感染による入院発生率は、妊婦1000例当たり4.9(95%CI 4.5-5.4)と推定された。妊娠中SARS-CoV-2感染のため入院した妊婦233例(56%)が黒人またはその他の少数民族であり、281例(69%)が過体重または肥満、175例(41%)が35歳以上であり、145例(73%)に基礎疾患があった。266例(62%)が出産または妊娠喪失し、そのうち196例(73%)は正期産だった。41例(5%)が呼吸補助を要したため入院し、5例(1%)が死亡した。新生児265例のうち12例(5%)が検査でSARS-CoV-2 RNA陽性を示し、そのうち6例が出生後12時間以内に陽性が確定した。 【結論】SARS-CoV-2のため入院した妊婦のほとんどが妊娠第2または第3三半期であり、後期妊娠中に社会的距離を保持する指導の重要性を裏付けるものである。ほとんどが転帰良好であり、児へのSARS-CoV-2伝播の頻度は高くない。感染のため入院した妊婦に黒人または少数民族の割合が高いことについては、早急な調査と原因解明が必要とされる。 第一人者の医師による解説 迅速に妊婦感染者を集めた英国調査 日本の疫学調査の脆弱性を痛感 木村 正 大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学教室教授 MMJ. February 2021;17(1):11 2019年末に中国武漢市で最初に確認された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は瞬く間に世界規模の流行を引き起こし、世界保健機関(WHO)は2020年3月に同感染症(COVID-19)の世界的流行を宣言した。インフルエンザ等類似ウイルス呼吸器感染症の経験から妊婦は重篤化するリスクが高いと推測された。感染例の出産に関する報告はすでに5月までに数多くなされたが、施設単位・少数例の集積であった。本論文は出版時点では唯一の国人口ベースでの報告である。3月1日~4月14日に英国産科サーベイランスシステムを用いて同国内でコンサルタントを置く全分娩施設194施設から情報を集積した。調査期間中に427人の妊婦がSARS-CoV-2感染のため入院し(1,000人あたり4.9)、56%はアフリカ系・アジア系などの(英国社会の)少数派であった。69%は過体重または肥満、41%は35歳以上、34%に併存合併症があった。266人はこの期間内に妊娠が終了し、このうち流産4人、早産66人(うち53人は医学的適応)、正期産は196人(分娩の75%)であった。156人が帝王切開を受け29人は全身麻酔(うち18人は母体の呼吸状態悪化による挿管)下で行われた。入院した妊婦427人中41人は高度集中治療、4人は体外式膜型人工肺(ECMO)管理を受けた。観察期間に5人が死亡、397人は軽快退院、25人は入院中であった。新生児は3人が死産、2人が新生児死亡。生産児265人中67人は新生児集中治療室で管理され、12人がPCR検査陽性となった。生後12時間以内に陽性となった6人中2人は経腟分娩、3人は陣痛発来前の帝王切開、1人は発来後の帝王切開であった。 日本では日本産婦人科医会が6月末までの感染妊婦アンケートを行い、72人の感染(有症状者58人)が1,481施設から報告された。罹患率は報告施設の半年間の分娩数から10,000人あたり2人程度となり、今回の報告に比べ20分の1である。10人に酸素投与が行われ、1人が人工呼吸管理を受け死亡した(入国直後の外国籍女性)。児への感染はなかった。日本産科婦人科学会では、研究機関・学会での倫理審査を終え、新型コロナウイルス感染妊婦のレジストリ研究を開始し、9月から登録を募っている。しかし、国は研究費補助のみで研究班が個人情報保護法を意識しながら体制を構築したため時間がかかり、適時に十分な情報を国民に届けることができなかった。本論文は日英の医学研究におけるスピード感の差を如実に表し、最近の日本における個人情報保護法をはじめとするさまざまな制約は迅速な疫学情報収集を脆弱化させていることを改めて痛感している。
月経周期が規則的な女性の顕微鏡受精中の全胚凍結と新鮮胚移植戦略の比較 多施設共同無作為化比較試験
月経周期が規則的な女性の顕微鏡受精中の全胚凍結と新鮮胚移植戦略の比較 多施設共同無作為化比較試験
Freeze-all versus fresh blastocyst transfer strategy during in vitro fertilisation in women with regular menstrual cycles: multicentre randomised controlled trial BMJ. 2020 Aug 5;370:m2519. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】生殖補助医療で用いる全胚凍結戦略と新鮮胚移植戦略の妊娠継続率を比較すること。 【デザイン】多施設共同無作為化対象優越性試験。 【設定】デンマーク、スウェーデンおよびスペインの公立病院8施設内の外来不妊治療クリニック。 【参加者】月経周期が規則的で体外受精または卵細胞質内精子注入法いずれかで第1~3治療サイクルを開始する18~39歳の女性460例。 【介入】女性をサイクルの2日目または3日目のベースラインで、トリガーにゴナドトロピン放出ホルモン作動薬を用いて、続く自然サイクルで単一凍結融解胚盤胞を移植する全胚凍結群(全胚の選択的凍結)と、トリガーにヒト絨毛性ゴナドトロピンを用いて、次のサイクルで単一胚盤胞を移植する後新鮮胚移植群に無作為に割り付けた。トリガー投与時に11mm超の卵胞が18個以上あった新鮮胚移植群の女性で、安全策として全胚を凍結し、移植を延期した。 【主要評価項目】主要評価項目は、妊娠8週後の胎児心拍確認と定義した妊娠の継続率とした。生児出生率、ヒト絨毛性ゴナドトロピン陽性率、妊娠までの期間および妊娠関連の母体および新生児の合併症を副次評価項目とした。腫瘍塊性はintention-to-treat原理に従って実施した。 【結果】全胚凍結群と新鮮胚移植群の妊娠継続率に有意な差はなかった(27.8%[223例中62例]vs 29.6%[230例中68例]リスク比0.98、95%CI 0.87~1.10、P=0.76)。さらに、生児出生率にも有意差はなかった(全胚凍結群27.4%[223例中61例]、新鮮胚移植群28.7%[230例中66例]、リスク比0.98、95%CI 0.87~1.10、P=0.83)。ヒト絨毛性ゴナドトロピン陽性率および妊娠喪失にも群間差は見られず、重度卵巣過剰刺激症候群を来した女性は1例もなかった。新鮮胚移植群で、この処置に関連する入院がわずか1例あったのみである。妊娠関連の母体および新生児の合併症リスクは、凍結胚盤胞移植後の平均出生体重が多かった点および新鮮胚移植後に早産のリスクが上昇する点を除き、差は認められなかった。全胚凍結群のほうが妊娠までの期間が長かった。 【結論】規則的な月経がある女性で、卵成熟のためにゴナドトロピン放出ホルモン作動薬を用いた全胚凍結戦略で、新鮮胚移植戦略よりも妊娠継続率および生児出生率が上昇することはなかった。この結果を鑑みると、卵巣過剰刺激症候群の明らかなリスクがない場合でも見境なく全胚凍結戦略をとることに対して注意が必要である。 第一人者の医師による解説 卵巣過剰症候群のリスクがなければ 新鮮胚移植を優先すべきである 末岡 浩 慶應義塾大学医学部臨床遺伝学センター MMJ. February 2021;17(1):29 近年、不妊で悩むカップルは増加傾向にあり、さらに女性の社会進出によって不妊治療の機会が十分に得られずに離職を選ぶ人がいることも大きな課題である。生殖補助医療の発展・普及は目覚ましく、日本の出生児の16人に1人は体外受精で妊娠に至っており、そのうち70%は凍結胚移植である。海外では凍結胚の妊娠は日本ほど多くはないが、メリットの観点から増え続けている。胚の凍結は、余剰胚の有効活用に加えて、多胎の防止、排卵誘発に伴う通常周期よりも高レベルのホルモン環境中の胚移植を避け、時には重篤な状態を引き起こす可能性のある卵巣過剰刺激症候群の発生を防ぐことができるなど、有益な点が少なくないと考えられてきた。一方、凍結融解による胚への侵襲と妊娠成績への影響が懸念されている。 本論文は、欧州3カ国8施設で18~39歳の正常排卵周期を有する女性460人を対象に凍結胚移植の新鮮胚移植に対する優越性を検討した多施設共同無作為化対照試験の報告である。患者に対して排卵誘発剤による卵巣刺激を行い、最終的にヒト絨毛ホルモン(hCG)注射による排卵誘導を行った後、採卵し、通常の体外受精または顕微授精によって得られた胚を5~6日間体外で胚盤胞に至るまで培養し、新鮮胚移植群では5~6日目に移植した。凍結胚移植群では排卵時期を特定するため排卵誘導にはhCGの代わりにゴナドトロピン分泌ホルモンアゴニスト(GnRHa)を投与し、排卵の上で同期化した時期に子宮に移植した。妊娠率、分娩に至った割合、流産率のほか、排卵誘発剤による副作用としての卵巣過剰刺激症候群、出生体重の変化などを検討した。 その結果、凍結胚移植群と新鮮胚移植群で妊娠率、出生率、流産率には差がなく、凍結周期が妊娠成績に好結果をもたらすとした既報とは異なる結論が得られた。懸念されていた卵巣過剰刺激症候群の発生については、1例を除き、排卵誘発した周期に行った新鮮胚移植でも腹水貯留や入院管理を必要とする重症例は認められなかった。ただし、採卵周期の排卵誘発時から医療サイドの注意したことが功を奏した可能性はある。一方、凍結胚移植では有意な児体重の増加および早産率の上昇がみられ、妊娠までの期間が長くなった。今回の検討結果からGnRHaとhCGの排卵誘導に関して、また新鮮胚移植と比較して、凍結胚移植による妊娠出産率への効果に有意差はなかったことが示された。このことから、卵巣過剰刺激症候群のリスクがない時にまですべての胚で凍結胚移植を選択すべきではなく、新鮮胚移植を優先すべきであることが示唆された。
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