「MMJ - 五大医学誌の論文を著名医師が解説」の記事一覧

グリセミック指数、グリセミック負荷および心血管疾患と死亡
グリセミック指数、グリセミック負荷および心血管疾患と死亡
Glycemic Index, Glycemic Load, and Cardiovascular Disease and Mortality N Engl J Med. 2021 Apr 8;384(14):1312-1322. doi: 10.1056/NEJMoa2007123. Epub 2021 Feb 24. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】グリセミック指数と心血管疾患の関連性に関するデータのほとんどが高所得の欧米諸国の集団から得られたものであり、低所得または中所得の非欧米諸国から得られた情報はほとんどない。この隔たりを埋めるため、地理的に多様な大規模集団からデータを得る必要がある。 【方法】この解析は5大陸に住む35~70歳の参加者13万7,851例を対象とし、中央値9.5年にわたり追跡した。国別の食物摂取頻度調査票を用いて栄養摂取量を求め、炭水化物食品7分類の摂取量に基づきグリセミック指数とグリセミック負荷を推定した。多変量Cox frailty modelを用いてハザード比を算出した。主要評価項目は、主要心血管事象(心血管死、非致命的心筋梗塞、脳卒中、心不全)または全死因死亡の複合とした。 【結果】対象集団では、追跡期間中に死亡8,780件、主要心血管事象8,252件が発生した。グリセミック指数の最低五分位群と最高五分位群を比較する広範な調整を実施した後、心血管疾患の既往がある参加者(ハザード比1.51;95%CI、1.25~1.82)とない参加者(ハザード比1.21;95%CI、1.11~1.34)ともにグリセミック指数の高い食事で主要心血管事象または死亡のリスクが上昇することが明らかになった。主要評価項目の構成要素のうち、グリセミック指数高値には心血管死のリスク上昇との関連も認められた。グリセミック負荷に関する結果は、ベースラインで心血管疾患がある参加者ではグリセミック指数の結果とほぼ同じであったが、この関連は心血管疾患がない参加者では有意ではなかった。 【結論】本試験では、グリセミック指数の高い食事に心血管疾患および死亡のリスク上昇との関連が認められた。 第一人者の医師による解説 食事が健康に与える影響の解析において GIとGLは有用な指標 宮下 和季 慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科特任准教授 MMJ. October 2021;17(5):159 グリセミックインデックス(GI)は、ある食品を摂取した後の血糖上昇を示す指標である。ブドウ糖50gを摂取した後の血糖値 -時間曲線下面積(AUC)を100として、一定量の炭水化物(50g)を含む食品を摂取した際のAUCがGIと定義される。食後血糖が上昇しやすく長時間高血糖が持続する食品はGI値が高くなり、一般には炭水化物の中でブドウ糖を多く含む食品が高 GIとなる。糖尿病の食事管理におけるGIの有用性が1998年に報告され、食品の質を表す指標としてGIが注目されるようになった。グリセミックロード(GL)は実際に食べる量を考慮した糖負荷の指標で、GI値に各食品の炭水化物量をかけ合わせて算出する。食事が血糖値に与える影響の予測指標として、摂取カロリーを勘案するGLは、GIよりも有用と考えられている。 血糖に影響を与えにくい低 GI食により糖尿病の発症リスクが低下するとの報告があるものの、心血管病の発症や全死亡に与える影響についてはエビデンスに乏しい。GI値と心血管病の関連に関するデータは、欧米諸国から得られたものであり(1),(2)、発展途上国のデータはほとんどない。そこで本研究では、5大陸20カ国に住む35~70歳の14万人弱を対象に、中央値9.5年の追跡期間で、GI値、GL値と、主要心血管イベントの発症(心血管死、非致死的心筋梗塞、脳卒中、心不全)、全死亡との関連を検討した。質問票を用いて食事摂取量を決定し、炭水化物を7つのカテゴリーに分類してGI値とGL値を推定した。多変量 Cox解析により、GI値とGL値が心血管病および全死亡に与える影響を算出した。 GI値、GL値により参加者を5段階に分けて、広範な調整を行い検討したところ、高 GI食は、心血管病の既往や体格指数(BMI)にかかわらず、世界のどの地域においても、心血管病と全死亡のリスクを高めた。心血管病の既往のある母集団では、高GI食に伴う心血管病発症または死亡のハザード比は1.51(95%信頼区間[CI], 1.25~1.82)であった。GL値も心血管病および全死亡のリスクと同程度に関連していたが、心血管病の既往のない参加者では関連性が有意ではなかった。 以上の結果より、これまでほとんど検討されていなかった発展途上国においても、高 GI食が心血管病および全死亡のリスクとなることが明らかとなった。このことからGIとGLは、食事が健康に与える影響の解析において、有用な指標と判断された。高 GI / GL食を摂取すると、低 GI / GL食よりも、心血管病と全死亡のリスクが高まることが示された。 1. Levitan EB, et al. Am J Clin Nutr. 2007;85(6):1521-1526. 2. Nagata C, et al. Br J Nutr. 2014;112(12):2010-2017.
男性パートナーの総精子数および精子運動率が正常な不妊カップルに用いる卵細胞質内精子注入法と標準体外受精の比較:非盲検無作為化比較試験
男性パートナーの総精子数および精子運動率が正常な不妊カップルに用いる卵細胞質内精子注入法と標準体外受精の比較:非盲検無作為化比較試験
Intracytoplasmic sperm injection versus conventional in-vitro fertilisation in couples with infertility in whom the male partner has normal total sperm count and motility: an open-label, randomised controlled trial Lancet. 2021 Apr 24;397(10284):1554-1563. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00535-3. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】卵細胞質内精子注入法の使用は世界で大幅に増加している。しかし、このアプローチを標準体外受精(IVF)と比較した無作為化比較試験のデータが不足している。そこで、卵細胞質内精子注入法が標準IVFと比較して生産率が高いかを明らかにすることを目的とした。 【方法】この非盲検多施設共同無作為化試験は、ベトナム・ホーチミン市のIVFセンター2施設(IVFMD、My Duc HospitalおよびIVFAS、An Sinh Hospital)で実施された。男性パートナーの精子数および精子運動率(直進運動)が2010年のWHO基準から見て正常な18歳以上のカップルを適格とした。標準IVFまたは卵細胞質内精子注入法による治療歴が2回以下であり、卵巣刺激にアンタゴニスト法を用いており、胚移植数が2個以下であることとした。ブロックサイズが2、4または8のブロック置換法および電話による中央無作為化法を用いて、カップルを卵細胞質内精子注入法と標準IVFに(1対1の割合で)割り付けた。コンピュータ生成無作為化リストは、試験に関与していない独立の統計家が用意した。介入法および病院での支払いに差があるため、胚培養士およびカップルに試験群を伏せなかったが、胚移植を実施する臨床医には試験群の割り付けを伏せた。主要評価項目は、初回採卵周期で得た初回胚移植後の生産率とした。intention-to-treat集団で解析した。この試験はClinicalTrials.gov,にNCT03428919として登録されている。 【結果】2018年3月16日から2019年8月12日までの間に、1,064組を卵細胞質内精子注入法(532組)と標準IVF(532組)に割り付けた。卵細胞質内精子注入法に割り付けたカップル532組中284組(35%)および標準IVFに割り付けたカップル532組中166組(31%)が初回採卵周期で得た初回胚移植後に生児を出生した(絶対差3.4%、95%CI -2.4~9.2、リスク比[RR]1.11、95%CI 0.93~1.32;P=0.27)。卵細胞質内精子注入法群の29組(5%)と標準IVF群の34組(6%)で受精が失敗した(絶対差-0.9%、RR 0.85、95%CI 0.53~1.28;P=0.60)。 【解釈】男性パートナーの総精子数および運動率が正常な不妊カップルで、卵細胞質内精子注入法の生産率に標準IVFと比べて改善が見られなかった。この結果は、この集団に用いる生殖補助技術として卵細胞質内精子注入法のルーチンの使用を再考する必要性を示すものである。 第一人者の医師による解説 男性不妊因子のないカップルへの顕微授精は再考が必要 通常の体外受精で対応可 丸山 哲夫 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室准教授 MMJ. October 2021;17(5):155 健常と思われる単一の精子を卵子に注入して受精卵を作成する顕微授精(ICSI)は、精液所見が不良のために通常の体外受精(cIVF)では妊娠が困難な不妊カップルを治療する目的で1990年代に開発された。本技術はこの約20年間世界中で広く用いられ、精液所見による男性不妊因子の割合はほぼ一定であるにもかかわらず、ICSI実施件数は増加の一途をたどっている(1)。この増加は、男性不妊因子のない不妊カップルに実施される割合が大幅に高まっていることに起因し、米国では1996年の15.4%から2012年には66.9%へと上昇した(2)。このような本来の目的以外でICSIが用いられる背景には、確実に受精させることで受精卵を効率的に増やし、生児が得られる確率を高めるという考えがある。しかし、その考えを裏付ける確かなエビデンスはこれまで得られていない。男性不妊因子のない不妊カップルを対象にICSIとcIVFを比較したランダム化試験(3)は報告されている。主要評価項目である着床率はcIVFの方が高かったが(30%対22%)、統計学的検出力が不十分であり、不妊カップルにとって最も重要な関心事である生児獲得率(生産率)のデータがないことから、これらの諸問題を解決する新たなランダム化試験が望まれていた。 今回のランダム化非盲検対照試験は、2018〜19年にベトナムのIVFセンター2施設で行われた。世界保健機関(WHO)2010基準で総精子数および精子運動率が正常、過去のcIVFまたはICSIの治療歴は2回以下などを組み入れ条件とし、卵巣刺激はアンタゴニスト法で移植胚数は2個以下と設定した。cIVFとICSIの介入方法と治療コストは両者で明らかに異なるので、胚培養士および対象カップルへの盲検化は不可のため非盲検となった。主要評価項目は、初回採卵周期で得られた最初の胚の移植での生産率とされた。6,440組の不妊カップルを絞り込んでいった結果、最終的にICSI群に532組、cIVF群に532組が割り当てられた。その結果、生産率は、ICSI群で35%、cIVF群で31%で、両群間に有意差は認められなかった。受精失敗率についても両群間で有意差はなかった(5%対6%)。 本研究の結果から、男性不妊因子のない不妊カップルにICSIを行っても生産率が向上することはなく、昨今の男性不妊因子を考慮しないICSIのルーチン的な使用については再考する必要性が示された。 1. Zagadailov P, et al. Obstet Gynecol. 2018;132(2):310-320. 2. Boulet SL, et al. JAMA. 2015;313(3):255-263. 3. Bhattacharya S, et al. Lancet. 2001;357(9274):2075-2079.
虚血性脳卒中後の上肢機能障害に用いるリハビリと迷走神経刺激(VNS-REHAB):無作為化盲検ピボタルデバイス試験
虚血性脳卒中後の上肢機能障害に用いるリハビリと迷走神経刺激(VNS-REHAB):無作為化盲検ピボタルデバイス試験
Vagus nerve stimulation paired with rehabilitation for upper limb motor function after ischaemic stroke (VNS-REHAB): a randomised, blinded, pivotal, device trial Lancet. 2021 Apr 24;397(10284):1545-1553. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00475-X. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】虚血性脳卒中後に長期的な上肢機能障害がよく起こるが、リハビリテーションと迷走神経刺激の組み合わせによって改善すると思われる。著者らは、この方法が脳卒中後の上肢障害改善に安全で有効な治療であることを明らかにすることを目的とした。 【方法】英国および米国の脳卒中リハビリテーション施設19箇所で実施されたこのピボタル無作為化三十盲検シャム対象試験は、虚血性脳卒中から9カ月以上経過し、中等度ないし重度の上肢機能障害が残る患者をリハビリテーション+迷走神経刺激(VNS群)とリハビリテーション+シャム刺激(対照群)に(1対1の割合で)割り付けた。ResearchPoint Global社(米テキサス州オースティン)がSAS PROC PLAN(米SAS Institute Software社)を用いて無作為化を実施し、地域(米国 vs 英国)、年齢(30歳以下 vs 30歳超)、治療開始前のFugl-Meyer Assessment-Upper Extremity(FMA-UE)スコア(20~35点 vs 36~50点)で層別化した。参加者、評価者および治療実施者に割り付けを伏せた。全参加者に迷走神経刺激装置を留置した。VNS群は、0.8mA、100μs、30Hzの刺激を0.5秒間受けた。対照群は、0mAの刺激を受けた。参加者は、6週間にわたり施設内で治療を受けた後(1週間に3回、計18回)、自宅で運動プログラムを継続した。主要評価項目は、施設内での治療完了初日の障害の変化とし、FMA-UEスコアで測定した。施設内治療完了から90日後にもFMA-UEの奏効率を評価した(副次評価項目)。全解析はintention-to-treatで実施した。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT03131960として登録されている。 【結果】2017年10月2日から2019年9月12日までの間に、108例を無作為化により割り付けた(VNS群53例、対照群55例)。106例が試験を完遂した(各群1例が脱落)。施設内治療完了初日、平均FMA-UEスコアはVNS群では5.0点(SD 4.4)、対照群では2.4点(3.8)上昇した(群間差2.6点、95%CI 1.0~4.2、P=0.0014)。施設内での治療から90日後、VNS群53例中23例(47%)、対照群55例中13例(24%)がFDA-UEスコアの臨床的に意義のある効果を達成した(群間差24%、6~41、P=0.0098)。対照群に手術関連の重篤な有害事象が1件発生した(声帯麻痺)。 【解釈】リハビリテーションと組み合わせた迷走神経刺激は、虚血性脳卒中後の中等度ないし重度上肢機能障害の新たな治療選択肢となる可能性がある。 第一人者の医師による解説 対象患者の障害程度の見極めと 治療の侵襲性と介入時期等についての議論が必要 赤倉 奈穂実/早乙女 貴子(医長) 東京都立神経病院リハビリテーション科/髙橋 一司 東京都立神経病院院長 MMJ. October 2021;17(5):141 虚血性脳卒中後に多くの患者で上肢機能障害が残存することは知られているが、これまでに上肢機能障害に対する効果が報告された治療法はわずかである。 脳卒中後の脳神経細胞には可塑性があることが指摘されている。迷走神経刺激(VNS)は皮質全体でアセチルコリンやノルエピネフリンなどの可塑性を促進する神経調節物質の放出を引き起こす。VNSを運動と同期的に行うことでシナプス再編成と残存神経の動員を促し、上肢の運動機能を回復させることが、動物実験で示されている(1),(2)。 本論文は、脳卒中後遺症のある患者を対象にVNS治療を英国と米国の19の脳卒中リハビリテーション施設で実施した無作為化三重盲検比較試験の報告である。年齢22~80歳、発症後9カ月~10年、中等度~重度(Fugl-Meyer Assessment-Upper Extremity[FMA-UE]スコア,20〜50点[最高得点は66点])の上肢機能障害を有する片側テント上虚血性脳卒中患者108人にVNS装置の植込み術を行った後、VNS刺激+リハビリテーション(VNS群53人)または偽刺激+リハビリテーション(対照群55人)のいずれかを週3回・6週間施設内で実施、その後自宅での運動プログラムを継続した。リハビリテーションプログラムは、リーチと把握、物体の裏返し、食事動作などの患者ごとに個別化した難易度の課題を反復して行った。 プログラム終了時の評価では、FMA-UEスコアの平均値は、ベースラインに比べ、VNS群で5.0点、対照群2.4点改善し、2群間に有意差が認められた。プログラム終了後90日目にFMA-UEスコアで臨床的に意義がある6ポイント以上の改善が得られたのは、VNS群では23/53人(47%)、対照群では13/55人(24%)であり、2群間の差は有意であった。手術に関連した重篤な有害事象は、対照群で1件(声帯麻痺)であり、これはてんかんやうつ病に対するVNS治療でみられる頻度と相違なかった。著者らはVNSが脳卒中後遺症としての上肢機能障害を改善させる新しい戦略になりうると結論付けている。 この治療法の課題として、運動神経回路の回復には上肢の運動が必要であり、対象となる患者の障害の程度を見極める必要があることや、介入時期、治療の侵襲性についても、さらなる議論が必要である。脳卒中後の中等度〜重度の上肢機能障害に対するリハビリテーションとVNSの組み合わせは新規治療として可能性を秘めている。 1. Engineer ND, et al. Front Neurosci. 2019;13:280. 2. Meyers EC, et al. Stroke. 2018;49(3):710-717.
栄養不良の小児への細菌叢を標的とした食事介入
栄養不良の小児への細菌叢を標的とした食事介入
A Microbiota-Directed Food Intervention for Undernourished Children N Engl J Med. 2021 Apr 22;384(16):1517-1528. doi: 10.1056/NEJMoa2023294. Epub 2021 Apr 7. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】世界で3,000万人以上の小児が中等度急性栄養不良の状態にある。現在の治療は効果に乏しく、この病態の原因について明らかになっていない点も多い。中等度急性栄養不良の小児では、腸内細菌叢の発達が阻害されている。 【方法】この試験では、スラムに居住し中等度急性栄養不良がある12~18カ月齢のバングラデシュ人小児123例に、細菌を標的とした補完食のプロトタイプ(microbiota-directed complementary food prototype:MDCF-2)またはすぐに食べられる栄養補助食(ready-to-use supplementary food:RUSF)を提供した。補充は3カ月間にわたり1日2回実施し、その後1カ月間モニタリングした。介入開始前、介入期間中の2週に1回および4カ月時、身長に対する体重、年齢に対する体重、年齢に対する身長のzスコアを求め、上腕中央部周囲長を計測した。介入開始前と3カ月時、介入開始前と4カ月時で、この関連表現型の変化率を比較した。このほか、タンパク質4,977種の血漿濃度と糞便中の細菌群209種の量を測定した。 【結果】小児118例(各試験群59例)が介入を完遂した。身長に対する体重と年齢に対する体重のzスコアの変化率は、1カ月間の追跡調査を含む試験期間中、MDCF-2が成長にもたらす便益と一致していた。MDCF-2の摂取に、血漿タンパク質70種の濃度と関連細菌群21種の量に見られた変化の度合いとの関連が認められ、この変化の度合いには身長に対する体重のzスコアと正の相関が認められた(タンパク質と細菌群、いずれの比較でもP<0.001)。このタンパク質には、骨成長や神経発達の媒介因子が含まれていた。 【結論】この結果は、中等度急性栄養不良の小児に用いる栄養補助食としてMDCF-2を支持し、細菌叢の構成要素を標的とした操作が小児の成長につながる機序を知る上での手掛かりをもたらすものである。 第一人者の医師による解説 危険性がなくコスト面でも有利 適応年齢や継続的な投与の必要性が今後の検討課題 金森 豊 国立成育医療研究センター小児外科系専門診療部外科診療部長 MMJ. October 2021;17(5):157 本論文の臨床試験には先行研究(1)があり、腸内細菌叢の成熟が遅れた低栄養児に対して、腸内細菌叢を正常栄養児の年齢相応の状態に誘導する補助栄養剤MDCF(microbiota-directed complementary food)の開発が報告されている。今回はそのうちの1製剤(MDCF-2)の有効性が従来の補助栄養剤(ready-to-use supplementary food;RUSF)と無作為化対照試験で比較された。バングラデシュ・ダッカのミルプール地域在住の中等度の低栄養児(身長体重比がコホート中央値の−2〜−3SD未満)118人がMDCF-2またはRUSFを3カ月間投与され、投与終了後1カ月間追跡された。その結果、MDSF-2群では、RUSFと比較し、身長体重比と年齢体重比のz-スコアが増加傾向を示した。また、身長体重比の上昇と変化量が有意な正の相関を示す蛋白として、骨成長および中枢神経系の成長に関連する蛋白が特定された。これらの蛋白群はMDCF-2群で増加が顕著であった。また、腸内細菌叢の変化から、身長体重比のz-スコアと正の相関を示す21種の細菌が特定された。これらはMDCF-2群で有意に増加しており、正常発達している児の腸内細菌叢に近づいていることが示唆された。一方、RUSF群では有意な変化がみられなかった。 腸内細菌叢の異常がさまざまな疾患と関連していることは最近多くの研究が示しており、低栄養の改善に腸内細菌叢が関与していることは想像に難くない。実際、低栄養の改善を目的に腸内細菌叢をコントロールしようという研究は活発である。1つの方法論は、プロバイオティクスという概念に包含される、宿主に有用な細菌の腸管内投与である。古くはビフィズス菌や乳酸菌などの単独投与が行われたが、最近では糞便移植や有用と考えられるいくつかの細菌を選別して投与する方法などが脚光を浴びている。しかし、有用菌の選別や有害菌の除去などに問題があり、コストの面からも難しい側面を持つ。そこで今回の報告のような、腸内細菌叢を宿主にとって有利な方向に誘導する栄養補助食品(プレバイオティクスと呼んでもいい方法論)の開発が注目される。この方法は大量に菌を投与するような危険性がなく、コストの面でも有利で、発展途上国などに多い低栄養児に応用するには有利である。本研究もそのような利点を十分に考慮に入れた研究で、今後のさらなる発展が期待される報告である。一方、この方法論が世界的にどの地域でも通用するかどうか、また適応年齢の制限がないかどうか、継続的な投与が必要かどうか、など今後検討するべき点も多い。 1. Gehrig JL, et al. Science. 2019;365(6449):eaau4732.
カリフォルニア州の病院の質改善介入、州の政策イニシアティブおよび初産正期産単胎頭位分娩の帝王切開率
カリフォルニア州の病院の質改善介入、州の政策イニシアティブおよび初産正期産単胎頭位分娩の帝王切開率
Hospital Quality Improvement Interventions, Statewide Policy Initiatives, and Rates of Cesarean Delivery for Nulliparous, Term, Singleton, Vertex Births in California JAMA. 2021 Apr 27;325(16):1631-1639. doi: 10.1001/jama.2021.3816. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】帝王切開率の安全な低下が国家の優先事項である。 【目的】帝王切開率低下を目的とした多角的介入策を実施するカリフォルニア州の初産正期産単胎頭位(NTSV)分娩の帝王切開率 【デザイン、設定および参加者】2014~2019年の米国およびカリフォルニア州産院施設238箇所のNTSV分娩757万4,889件の帝王切開率を検討した観察研究。2016~2019年にかけて、California Maternal Quality Care CollaborativeがSmart Care Californiaと協同して、帝王切開率を下げるため多数の対策を導入した。NTSV分娩の帝王切開率が23.9%を超える病院に対して、2016年7月から2019年6月までの18カ月間にわたる質改善プログラムへの参加を呼びかけ、3つのコホートに振り分けた。 【曝露】この共同研究では、集学的チームがメンター制度、知識の共有および迅速なデータのフィードバックなどで支援する多数の戦略を導入した。非営利団体、州政府機関、購買者および医療制度間の協力関係によって、透明性、報奨プログラムおよび報酬を通じて外部環境に対処した。 【主要評価項目】主要評価項目は、カリフォルニア州のNTSV分娩の帝王切開率に見られる変化とし、差の差分析でカリフォルニア州の帝王切開率を米国のその他の州と比較した。このほか、患者別、病院別の交絡因子で調節したmixed multivariable logistic regression modelを用いて、共同研究および外部の州全体の取り組みを評価した。共同研究参加病院のNTSV分娩の帝王切開率は、非参加病院の帝王切開率および参加病院の共同研究参加前の帝王切開率と比較した。 【結果】2014年から2019年までの間に、米国でNTSV分娩757万4,889件が発生し、そのうち91万4,283件がカリフォルニア州の病院238施設で発生したものであった。カリフォルニア州の全病院は、NTSV分娩の帝王切開率が23.9%を超える149施設を含め、帝王切開率低下を目標とする州の取り組みの影響下にあり、そのうち91施設(61%)が質改善共同研究に参加した。カリフォルニア州のNTSV分娩の帝王切開率は、2014年の26.0%(95%CI、25.8%~26.2%)から2019には22.8%(95%CI、22.6%~23.1%)に低下した(相対リスク、0.88;95%CI、0.87~0.89)。(カリフォルニア州を除く)米国のNTSV分娩の帝王切開率は、2014年、2019年ともに26.0%であった(相対リスク、1.00、95%CI、0.996~1.005)。差の差分析からは、カリフォルニア州のNTSV分娩の帝王切開率低下度は(カリフォルニア州を除く)米国より3.2%(95%CI、1.7~3.5%)高いことが明らかになった。病院間や共同研究参加前の期間と比較すると、modified stepped-wedg解析を用いて患者データや期間で補正後、共同研究活動への曝露にNTSV分娩の帝王切開率オッズ低下との関連が認められた(24.4% vs 24.6%;調整オッズ比、0.87[95%CI、0.85~0.89])。 【結論および意義】2014~2019年のカリフォルニア州のNTSV分娩を検討したこの観察研究では、病院全体で取り組む共同研究の導入および経腟分娩を支援する州のイニシアティブによって、時間の経過と共に帝王切開率が低下した。 第一人者の医師による解説 初産低リスクの帝王切開率データのない日本 同様の取り組みの是非は不明 板橋 家頭夫 愛正会記念茨城福祉医療センターセンター長・昭和大学名誉教授 MMJ. October 2021;17(5):154 帝王切開(CS)は、リスクの高い分娩において母子の救命に寄与してきた。一方で、安易なCSの導入が母子にリスクを負わせていることも事実である。CSは経腟分娩に比べ母体の死亡率や合併症発症率が高く、さらに回数に応じて以後の分娩で子宮破裂、胎盤異常、子宮外妊娠、死産、早産などのリスクを高める(1)。CSによって娩出された児は、ホルモン環境や細菌学的環境、物理的環境などが経腟分娩の児とは異なっており、これが新生児の生理機能を変化させる可能性が高いと考えられている(1)。短期的な影響として、免疫系の発達の変化によるアレルギー疾患(アトピー、気管支喘息、食物アレルギーなど)、肥満のリスク、腸内細菌叢の多様性の低下などが挙げられている(1)。加えてエピゲノムの変化による将来的な健康への影響も懸念されている(1)。したがって、いかに不必要なCSを回避するかが世界的な課題となっており、世界保健機関(WHO)はCS率の目標を10~15%としている。 本論文は、米国カリフォルニア州においてステークホルダー組織 California Maternal Quality Care Collaborative(CMQCC)主導による介入がCS率に与えた影響に関する観察研究の報告である。本研究では、2016~19年に、初産、正期産、単胎、頭位(nulliparous、term、singleton、vertex;NTSV)の4条件を満たす分娩(NTSV分娩)のCS率が23.9%以上の施設に対しコホート研究の参加を呼びかけ、メンターシップや学習の共有、迅速なデータフィードバックなど複数の戦略を州政府の政策のもとで実施し、NTSV分娩におけるCS率低下の有無を評価した。その結果、同州におけるNTSV分娩のCS率は、2014年の26.0%から19年には22.8%に低下した(相対リスク,0.88;95%信頼区間[CI], 0.87~0.89)。一方、カリフォルニア州を除いた米国におけるNTSV分娩のCS率は、2014年、19年ともに26.0%で、同州よりも絶対差で3.2%(95% CI, 1.7~3.5%)高かった。また、CMQCCの取り組みに参加した施設は、参加しなかった施設に比べCS率が有意に低下した。以上より、著者らは、カリフォルニア州の政策の下に実施されたこのような取り組みがNTSV分娩のCS率低下に寄与したと結論付けている。日本では2013年の特定健診や保険レセプトのデータからは、国内全体のCS率が18.5%と推測されており(2)、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均28%に比べ明らかに低い。しかしながら、NTSV分娩のCS率のデータはなく、カリフォルニア州のような取り組みの是非については明らかでない。 1. Sandall J, et al. Lancet. 2018 ;392(10155):1349-1357. 2. Maeda E, et al. J Obstet Gynaecol Res. 2018;44(2):208-216.
転移性トリプルネガティブ乳がんに用いるsacituzumab govitecan
転移性トリプルネガティブ乳がんに用いるsacituzumab govitecan
Sacituzumab Govitecan in Metastatic Triple-Negative Breast Cancer N Engl J Med. 2021 Apr 22;384(16):1529-1541. doi: 10.1056/NEJMoa2028485. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】転移性トリプルネガティブ乳がんは予後が不良である。sacituzumab govitecanは、乳がんの大多数に発現するヒト栄養膜細胞表面抗原2(Trop-2)を標的とする抗体とSN-38(トポイソメラーゼI阻害薬)を特許取得済みの加水分解性リンカーで結合させた抗体薬物複合体である。 【方法】この第III相無作為化試験では、再発または難治性の転移性トリプルネガティブ乳がんを対象に、sacituzumab govitecanと医師が選択した単剤化学療法(エリブリン、ビノレルビン、カペシタビン、ゲムシタビンのいずれか)を比較した。主要評価項目は、脳転移のない患者の無増悪生存期間(盲検下の独立中央判定委員会が判定)とした。 【結果】脳転移がない患者468例をsacituzumab govitecan群(235例)、化学療法群(233例)に無作為化により割り付けた。年齢中央値は54歳であり、全例にタキサン系薬剤使用歴があった。無増悪期間中央値は、sacituzumab govitecan群が5.6カ月(95%CI、4.3~6.3、166件)、化学療法群が1.7カ月(95%CI、1.5~2.6、150件)であった(進行または死亡のハザード比、0.41;95%CI、0.32~0.52;P<0.001)。総生存期間中央値は、sacituzumab govitecan群が12.1カ月(95%CI、10.7~14.0)、化学療法群で6.7カ月(同5.8~7.7)であった(死亡のハザード比、0.48;95%CI、0.38~0.59、P<0.001)。 客観的奏効率はsacituzumab govitecan群が35%、化学療法群が5%であった。グレード3以上の特記すべき治療関連有害事象は、好中球減少症(sacituzumab govitecan群51%、化学療法群33%)、白血球減少症(10%、5%)、下痢(10%、1%未満)、貧血(8%、5%)、発熱性好中球減少症(6%、2%)であった。有害事象に起因する死亡が各群3例あったが、sacituzumab govitecanと関連があると判断したものはなかった。 【結論】転移性トリプルネガティブ乳がんで、sacituzumab govitecan群の無増悪生存期間および総生存期間が単剤化学療法群よりも有意に長かった。sacituzumab govitecan群の方が骨髄抑制と下痢が多かった。 第一人者の医師による解説 前治療を伴う転移性トリプルネガティブ乳がんに対する単剤での有意な予後延長 井本 滋 杏林大学医学部乳腺外科教授 MMJ. October 2021;17(5):149 ホルモン受容体陰性・HER2陰性のいわゆるトリプルネガティブ乳がん(TNBC)は予後不良である。遠隔転移を伴わない浸潤がんでは、術前後のアントラサイクリン系およびタキサン系薬剤を用いた薬物療法が標準治療である。転移再発時は残りの化学療法やPD-L1陽性免疫細胞浸潤を伴う腫瘍には抗 PD-L1抗体アテゾリズマブ+ナノ粒子アルブミン結合パクリタキセルの免疫化学療法が選択されるが、奏効例は限定的である。 サシツズマブゴビテカン(SG)は、トロフォブラスト細胞表面抗原2(Trop-2)を標的とするIgG1抗体とイリノテカンの活性代謝物であるSN-38を加水分解性リンカーで結合させた抗体薬物複合薬である(1)。既治療の転移性 TNBC患者108人を対象とした第1/2相試験では、奏効率は33%で奏効期間の中央値は7.7カ月であった。本論文はその第3相試験(ASCENT)の結果報告である。対象はタキサン系薬剤を含む2レジメン以上が実施された進行再発 TNBCである。進行していない脳転移例も登録されたが、主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)の解析からは除かれた。SG群と化学療法群(エリブリン、ビノレルビン、カペシタビン、またはゲムシタビンの単剤投与)における有効性が比較された。その結果、脳転移を伴わないTNBC患者468人(年齢中央値 54歳)が登録され、SG群は235人、化学療法群は233人であった。PFS中央値はSG群が5.6カ月、化学療法群が1.7カ月であった(ハザード比[HR], 0.41;P<0.001)。全生存期間の中央値はそれぞれ12.1カ月と6.7カ月であった(HR, 0.48;P<0.001)。奏効率はSG群で35%、化学療法群で5%であった。グレード3以上の治療に関連する有害事象の発現率は、それぞれ好中球減少が51%と33%、白血球減少が10%と5%、下痢が10%と1%未満、貧血が8%と5%、発熱性好中球減少が6%と2%であった。有害事象に伴う死亡が各群で3人発生したが、SGに関連する死亡はなかった。サブグループ解析では、前治療におけるPD-1またはPD-L1阻害薬使用の有無、肝転移の有無、前治療の数に関わらず、SG群で化学療法群に比べPFSが改善した。以上から、標準治療が実施された転移性 TNBCでは、骨髄抑制や下痢が高頻度であるものの、SG単剤による有意な生命予後の延長が示された。 1. Bardia A, et al. N Engl J Med. 2019;380(8):741-751.
III期大腸がんで標準補助療法と併用するセレコキシブとプラセボが無病生存率にもたらす効果の比較:CALGB/SWOG 80702(Alliance)無作為化比較試験
III期大腸がんで標準補助療法と併用するセレコキシブとプラセボが無病生存率にもたらす効果の比較:CALGB/SWOG 80702(Alliance)無作為化比較試験
Effect of Celecoxib vs Placebo Added to Standard Adjuvant Therapy on Disease-Free Survival Among Patients With Stage III Colon Cancer: The CALGB/SWOG 80702 (Alliance) Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Apr 6;325(13):1277-1286. doi: 10.1001/jama.2021.2454. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】観察研究や無作為化試験から、アスピリンとシクロオキシゲナーゼ2(COX-2)阻害薬に大腸のポリープおよびがんのリスク低下に関連があることが明らかになっている。転移のない大腸がんの治療に用いるCOX-2阻害薬、セレコキシブの効果は明らかになっていない。 【目的】III期大腸がんで、フルオロウラシル、ロイコボリンおよびオキサリプラチン(FOLFOX)による術後補助化学療法にセレコキシブを追加すると無病生存期率が改善するかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】Cancer and Leukemia Group B (Alliance)/Southwest Oncology Group(CALGB/SWOG) 80702試験は、米国およびカナダの市中病院および大学病院654施設で実施された2×2要因デザインの第III相試験である。2010年6月から2015年11月にかけてIII期大腸がん患者計2,526例を組み入れ、2020年8月10日まで追跡した。 【介入】患者をFOLFOX補助化学療法(2週間に1回)を3カ月実施するグループと6カ月実施するグループ、セレコキシブ(400mgを1日1回経口投与)を3年間投与する群(1,263例)とプラセボ群(1,261例)に割り付けた。本稿は、セレコキシブの無作為化の結果を中心に報告する。 【主要評価項目】主要評価項目は、無作為化から再発または全死亡が報告されるまでを評価した無病生存率とした。総生存率、有害事象、心血管系特異的事象を副次的評価項目とした。 【結果】無作為化により割り付けた2,526例(平均値[SD]年齢61.0歳[11歳]、女性1,134例[44.9%])のうち2,524例を主解析の対象とした。プロトコールの治療遵守率(セレコキシブまたはプラセボを2.75年以上投与、再発、死亡または許容できない有害事象発生までの治療継続と定義)は、セレコキシブ投与群70.8%、プラセボ群69.9%だった。セレコキシブ群の337例、プラセボ群の363例に再発または死亡が発生し、追跡期間中央値6年で、3年無病生存率はセレコキシブ群76.3%、プラセボ群73.4%であった(再発または死亡のハザード比[HR]0.89;95%CI、0.76~1.03、P=0.12)。割り付けた術後補助化学療法の継続期間中、無病生存率に対するセレコキシブ治療の効果に有意な変化は見られなかった(交互作用のP=0.61)。5年時の総生存率は、セレコキシブ群84.3%、プラセボ群81.6%であった(死亡のHR 0.86、95%CI、0.72~1.04;P=0.13)。FOLFOX投与期間中、セレコキシブ群の14.6%、プラセボ群の10.9%に高血圧(全グレード)が生じ、FOLFOX終了後、それぞれ1.7%と0.5%にグレード2以上のクレアチニン値上昇が生じた。 【結論および意義】III期大腸がん患者の標準術後補助化学療法に3年間セレコキシブ併用しても、プラセボより無病生存率を有意に改善することができなかった。 第一人者の医師による解説 COX-2阻害薬の上乗せ効果 本当にないのかの確認はさらなる検証が必要 山本 聖一郎 東海大学医学部消化器外科教授 MMJ. October 2021;17(5):151 アスピリンやシクロオキシゲナーゼ2(COX-2)阻害薬を長期服用することで、大腸腺腫や大腸がんの発生のみならず、大腸がん術後の再発率が低下するとの報告がある。結腸がんステージIII術後の予後改善目的の標準補助化学療法は5-フルオロウラシル系薬剤+オキサリプラチン療法(FOLFOX療法)である。本臨床試験 はFOLFOX療法にCOX-2阻害薬セレコキシブの3年間併用で予後が改善するかを検証する優越性試験である。3年無病生存率をプラセボ群(P群)で72%、セレコキシブ群(C群)で77%と想定し、2,500人の患者登録を予定した。2,526人の登録があり、3年無病生存率はP群73.4%、C群76.3%と、C群の優越性を示すことはできなかった(ハザード比[HR],0.89;95%信頼区間[CI],0.76〜1.03;P=0.12)。また5年全生存率もP群81.6%、C群84.3%と、C群の優越性を示せなかった(HR,0.86;95% CI,0.72〜1.04;P=0.13)。有害事象に関しては、C群で高血圧のリスクがFOLFOX療法中(14.6% 対 10.9%;P=0.01)ならびに終了後(13.0%対10.0%;P=0.04)に有意に高かった。また、グレード2以上の血中クレアチニン値の上昇がFOLFOX療法終了後にC群で有意に高率であった(1.7%対0.5%;P=0.01)。これらの結果を踏まえ、本論文の結論は「結腸がんステージIII術後の補助化学療法(FOLFOX療法)にセレコキシブを3年間併用することは3年無病生存率を有意に改善しなかった」と簡潔に記載している。研究者としては、ネガティブな結果は否定できないが、影響を最小限に留めたい想いであろう。 その理由としては無病生存曲線でも全生存曲線でも常にC群の方が生存率が高く推移していること、さらに補遺資料(ウエブ上で公開)の3年無病生存率に影響を与える臨床因子のサブグループ解析では、ほぼすべての因子でC群の方が優位であった。これらの結果より、真にCOX-2阻害薬が予後を改善しないと判断するよりは3年無病生存率をP群で72%、C群で77%と想定したが、結果として2.9%の差しか得られなかったことが大きく影響したと考えられる。もしそれぞれ73%、76%と当初から想定して臨床試験を行い、実現可能性は乏しいものの6,600人以上登録できれば有意な予後改善結果を証明できた可能性が高い。73%対76%の3%の予後改善効果を実感することは困難だが、逆に言えば実感できないほどではあるがわずかな予後改善効果を有する可能性が残った、と判断するのが妥当であろう。
帝王切開術を受ける肥満女性に用いる局所陰圧閉鎖療法と標準的創傷被覆の比較:多施設共同並行群間無作為化対照試験
帝王切開術を受ける肥満女性に用いる局所陰圧閉鎖療法と標準的創傷被覆の比較:多施設共同並行群間無作為化対照試験
Closed incision negative pressure wound therapy versus standard dressings in obese women undergoing caesarean section: multicentre parallel group randomised controlled trial BMJ. 2021 May 5;373:n893. doi: 10.1136/bmj.n893. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】帝王切開術を受ける肥満女性で、創部陰圧療法(NPWT)の手術部位感染(SSI)予防効果を標準的創傷被覆と比較すること。 【デザイン】多施設共同、実用的、無作為化、並行群間対照、優越性試験。 【設定】2015年10月から2019年11月、オーストラリアの三次病院4施設。 【参加者】妊娠前のBMIが30以上で、選択的または準緊急の帝王切開術を受けて出産した女性を適格とした。 【介入】同意を得た女性2035例を帝王切開術施行前に閉鎖切開創NPWT群(1,017例)と標準的ドレッシング群(1,018例)に無作為化により割り付けた。皮膚が閉鎖するまで割り付けを秘匿した。 【主要評価項目】主要評価項目はSSIの累積発生率とした。SSIの深度(表層、深部、臓器・体腔)、創部合併症(離開、血腫、漿液種、出血、皮下出血)発現率、入院期間、被覆関連の有害事象発現率を副次評価項目とした。参加女性と医師は盲検化しなかったが、評価者と統計家には治療の割り付けを盲検化した。事前に定めたintention to treat主解析は、データが欠落している症例(28例)にSSIが発生しなかったとする保守的な仮定に基づくこととした。事後感度分析に最良症例分析と完全症例分析を用いた。 【結果】主解析では、NPWT群の75例(7.4%)、標準的創傷被覆群の99例(9.7%)にSSIが発生した(リスク比0.76、95%CI 0.57~1.01;P=0.06)。欠落データの影響を探索する事後感度分析で、同方向の効果(NPWTによるSSIの予防効果)が統計的有意性をもって認められた。NPWT群996例中40例(4.0%)、標準的創傷被覆群983例中23例(2.3%)に皮膚水疱形成が見られた(リスク比1.72、1.04~2.85;P=0.03)。 【結論】帝王切開術後の肥満女性に用いる予防的閉鎖切開創NPWTで、標準的創傷被覆よりもSSIリスクが24%低下した(絶対リスク3%低下)。この差は統計的有意性には届かなかったが、この集団でのNPWTの有効性を過小評価していると思われる。保守的な主解析、多変量調整解析および事後感度分析の結果を検討する際は、閉鎖切開創NPWTの便益に関する科学的根拠が蓄積されつつあることや、世界で帝王切開術を受ける肥満女性の数を考慮に入れる必要がある。NPWTの使用は、皮膚水疱形成の増加や経済的配慮との兼ね合いも考え、患者との共有意思決定に基づき決定しなければならない。 第一人者の医師による解説 帝王切開後の予防的局所陰圧閉鎖療法 経済的効果と併せて有害事象も検討する必要あり 渡邉 学 東邦大学医学部医学科外科学講座 一般・消化器外科学分野教授 MMJ. October 2021;17(5):153 手術部位感染(surgical site infection;SSI)とは手術操作が直接及ぶ部位の感染症であり、一旦発症すると患者の予後に影響を及ぼすだけでなく、入院期間の延長や経済的負担の増加をもたらす。日本外科感染症学会による調査研究(1)では、腹部手術におけるSSI発症患者では術後平均在院日数が18日延長し、術後平均医療費は658,801円高額になることが報告され、SSI対策の医療経済的な重要性が示された。 一方、世界における帝王切開実施率は地域によって大きく異なり、北欧諸国と比較し、オーストラリア、カナダ、英国、米国などの西側諸国では実施率が高いと報告されている(15~17% 対 25~32%)(2)。また、オーストラリアでは女性の50%以上が妊娠に入ると肥満になると報告されている。 本論文は、オーストラリアの4つの病院で実施された多施設ランダム化対照試験の報告である。2015年10月~19年11月に、世界保健機関(WHO)の定義による体格指数(BMI)30.0以上の肥満患者で帝王切開にて出産した女性2,035人を対象とし、創閉鎖後の創処置としてランダムに割り付けた局所陰圧閉鎖療法(NPWT)群(n = 1,017)と対照群(n = 1,018)の間でSSI発生率の比較を行った。NPWT群は80 mmHgの連続的な負圧を適用し、対照群は通常使用している標準的創傷被覆(ドレッシング)材を使用し、両群とも5?7日間そのままとした。その結果、手術後30日までのSSI発生率は、全体で8.6%、NPWT群7.4%、対照群9.7%であった。対照群と比較し、NPWT群のSSI発生の相対リスクは24%低下し、統計学的に有意ではなかったが絶対リスクは3%低下することが示された。一方、ドレッシング関連の有害事象として、NPWT群では対照群と比較し皮膚水疱発生の相対リスクが72%上昇し、絶対リスクは有意に2%上昇していた。 本研究にて、帝王切開後の予防的 NPWTはSSI発生低減に効果的である可能性が示された。しかし、世界で約2,970万人の出生が帝王切開であることを考えると、この有害事象発生結果は臨床的に重要であり、予防的 NPWTの実施については経済的効果と併せて検討する必要がある。 日本でも帝王切開を含む腹部手術創に対する予防的 NPWTが保険収載されたが、集中治療室(ICU)管理が必要である切開創 SSI高リスク患者で、BMI30 以上の肥満患者や糖尿病などの全身疾患を有する患者などが対象であり、現状では適応症例は限定されている。 1. 草地信也ら . 日本外科感染症学会雑誌 . 2010;7: 185-190. 2. OECD (2019), Health at a Glance 2019: OECD Indicators, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/4dd50c09-en.
前立腺がんの救済放射線治療の決定に用いる18F-フルシクロビンPET/CT検査と従来の画像検査単独の比較:単一施設、非盲検、第II/III相無作為化比較試験
前立腺がんの救済放射線治療の決定に用いる18F-フルシクロビンPET/CT検査と従来の画像検査単独の比較:単一施設、非盲検、第II/III相無作為化比較試験
18 F-fluciclovine-PET/CT imaging versus conventional imaging alone to guide postprostatectomy salvage radiotherapy for prostate cancer (EMPIRE-1): a single centre, open-label, phase 2/3 randomised controlled trial Lancet. 2021 May 22;397(10288):1895-1904. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00581-X. Epub 2021 May 7. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】前立腺がんの治療の決定や計画分子イメージングを用いることが多くなっている。著者らは、救済放射線治療の癌制御率改善に果たす18F-フルシクロビンPET/CT検査の役割を従来の画像検査(骨シンチグラフィとCT検査またはMRI検査)を比較することを目的とした。 【方法】単一施設非盲検第II/III相無作為化試験、EMPIRE-1では、前立腺摘除後に前立腺特異抗原(PSA)が検出されたが従来の画像検査結果で陰性(骨盤外転移、骨転移なし)であった前立腺がん患者を放射線治療決定に従来の画像検査単独に用いるグループと放射線治療+18F-フルシクロビン-PET/CT検査を用いるグループに割り付けた。コンピュータが生成した無作為化をPSA濃度、異常が示唆される病理学的所見およびアンドロゲン除去療法の意図で層別化した。18F-フルシクロビン-PET/CT検査群では、標的の描写にも用いたPET画像で放射線治療を厳格に決定した。主要評価項目は3年無事象生存率とし(生化学的再発または進行、臨床的再発または進行、全身療法の開始を事象と定義)、放射線治療を受けた患者で単変量解析および多変量解析を実施した。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT01666808として登録されており、患者の登録が終了している。 【結果】2012年9月18日から2019年3月14日にかけて165例を無作為化により割り付け、追跡期間が中央値3.52年(95%CI 2.98~3.95)となった。PET検査の結果から、18F-フルシクロビン-PET-CT検査群の4例が放射線治療を回避し、この4例は生存解析から除外した。生存期間中央値は、従来検査群(95% CI 35.2~未到達;81例中33%に事象発生)、18F-フルシクロビン-PET/CT検査群(95%未到達~未到達;76例中20%に事象発生)ともに未到達であり、3年無事象生存率が従来検査群63.0%(95%CI 49.2~74.0)、18F-フルシクロビン-PET-CT検査群75.5%(95%CI 62.5~84.6)であった(差difference 12.5; 95%CI 4.3~20.8;P=0.0028)。調整した解析で、試験群(ハザード比2.04[95%CI 1.06~3.93]、P=0.0327)に無事象生存との有意な関連が見られた。両群の毒性がほぼ同じであり、最も多い有害事象が遅発性頻尿および尿意切迫感(従来検査群81例中37例[46%]、PET群76例中31例[41%])および急性下痢(11例[14%]、16例[21%])であった。 【解釈】前立腺摘除後の救済放射線治療の方針決定や計画に18F-フルシクロビン-PET/CT検査を用いることによって生化学的再発や持続のない生存率が改善した。前立腺がん放射線治療の方針決定や計画に新たなPET放射性核種を組み込むことについて、新たな試験で検討する必要がある。 第一人者の医師による解説 新しいPET放射性核種を使用した治療決定や治療計画を期待 吉田 宗一郎 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腎泌尿器外科学講師 MMJ. October 2021;17(5):148 前立腺がんに対する前立腺全摘除後の放射線治療は、術後追加治療、または生化学的再発が認められた際の救済治療として行われることが多い。これらの放射線治療を行うかどうか、またいつ行うかの判断は、リスク群や病理所見、術後前立腺特異抗原(PSA)の推移などに応じて検討されている。18 F-フルシクロビン -PET/CTは、生化学的に再発した前立腺がんの再病期診断において、CTやMRIよりも優れた診断性能を有し、前立腺全摘除術後の生化学的再発に対し、3分の1以上の患者で、18 F-フルシクロビン -PET/CTにより救済放射線治療の方針が変更になることが報告されている(1)。 今回報告されたEMPIRE-1試験の目的は、前立腺全摘除後にPSA上昇が検知されるも、従来の画像検査が陰性である患者を対象とした単施設、非盲検、第2/3相無作為化試験により、18 F-フルシクロビン -PET/CTが、3年間の無イベント生存率を改善させるかどうかを明らかにすることである。対象患者は、PSA値、病理組織学的所見、ホルモン療法実施の意図で層別化され、従来の画像診断のみで行う放射線治療群、もしくは従来の画像診断に加え18 F-フルシクロビン -PET/CTを併用する放射線治療群に割り付けられた。主要評価項目は3年無イベント生存率で、イベントの定義は生化学的または臨床的な再発・進行、あるいは全身療法の開始とした。結果として、165人の患者が割り付けられ、追跡期間の中央値は3.52年であった。3年無イベント生存率は、従来の画像診断群の63.0%に対し、18 F-フルシクロビン -PET/CT群では75.5%と有意に高かった。調整後解析では、18 F-フルシクロビン -PET/CTの併用が無イベント生存率と有意に関連していた(ハザード比 , 2.04;95%信頼区間 ,1.06?3.93)。毒性は両群でほぼ同様であり、主な有害事象は遅発性の頻尿・尿意切迫感、急性下痢であった。 これまでも新規 PET放射性核種による診断精度や治療方針決定の変化についての検討が行われてきたが、今回の制がん効果を主要評価項目とした初めての前向き無作為化試験によって、前立腺全摘除術後の放射線治療の決定プロセスにおける18 Fフルシクロビン -PET/CTの導入が無イベント生存率を改善する可能性が示唆された。現在、多くの研究により前立腺特異的膜抗原を標的としたPSMAPETの良好な診断精度が示され、前立腺全摘除後の再発巣検知でもその有効性に大きな関心が寄せられている。今後、新しいPET放射性核種を使用した治療決定や治療計画についてさらなる研究が必要である。 1. Abiodun-Ojo OA, et al. J Nucl Med. 2021;62(8):1089-1096
早期アルツハイマー病に用いるdonanemab
早期アルツハイマー病に用いるdonanemab
Donanemab in Early Alzheimer's Disease N Engl J Med. 2021 May 6;384(18):1691-1704. doi: 10.1056/NEJMoa2100708. Epub 2021 Mar 13. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】アルツハイマー病の特徴にアミロイドβ(Aβ)の蓄積がある。沈着したAβの修飾部位を標的とする抗体、donanemabは、早期アルツハイマー病の治療薬として開発中である。 【方法】陽電子放出断層(PET)でタウとアミロイドの沈着を認める早期症候性アルツハイマー病患者を対象にdonanemabを検討する第II相試験を実施した。患者をdonanemab(初めの3回は700mg、その後1400mg)とプラセボに1対1の割合で割り付けた(いずれも4週間に1回、最長72週間投与)。主要評価項目は、治療前から76週時までのIntegrated Alzheimer’s Disease Rating Scale(iADRS;範囲、0-144点、低スコアほど認知障害および機能障害が重い)の変化量とした。Clinical Dementia Rating Scale-Sum of Boxes(CDR-SB)、Alzheimer’s Disease Assessment Scaleの13項目認知下位尺度(ADAS-Cog13)、Alzheimer’s Disease Cooperative Study-Instrumental Activities of Daily Living Inventory(ADCS-iADL)、Mini-Mental State Examination(MMSE)のスコア変化量およびPET画像で確認したアミロイドとタウの蓄積の変化量を副次評価項目とした。 【結果】計257例を組み入れ、131例をdonanemab、126例をプラセボに割り付けた。治療前のiADRSスコアは両群ともに106点であった。76週時のiADRSスコア変化量は、donanemab群-6.86点、プラセボ群-10.06点であった(差3.20点;95%CI、0.12~6.27;P=0.04)。副次評価項目のほとんどの結果に大きな差はなかった。76週時、アミロイド斑および脳内タウ蓄積量の減少量は、donanemabの方がプラセボよりもそれぞれ85.06センチロイド、0.01大きかった。donanemab群にアミロイド関連の脳浮腫(ほとんどが無症状)が見られた。 【結論】早期アルツハイマー病で、donanemabによる認知機能の複合スコアおよび日常生活動作能力の改善度がプラセボより良好であったが、副次評価項目の結果に大きな差が見られなかった。アルツハイマー病に用いるdoanemabの有効性と安全性を検証するため、大規模で長期間にわたる試験が必要である。 第一人者の医師による解説 現在治験中のガンテネルマブ、レカネマブと合わせて 今後の展開に注目 岩坪 威 東京大学大学院医学系研究科神経病理学分野教授・国立精神・神経医療研究センター神経研究所長・J-ADNI主任研究者 MMJ. October 2021;17(5):140 アミロイドβ(Aβ)の凝集・蓄積はアルツハイマー病(AD)の主要な病因の1つと考えられており、Aβを標的とする疾患修飾療法(DMT)が注目されている。本論文は、ヒト化抗Aβ抗体ドナネマブの早期ADに対する無作為化プラセボ対照第2相試験(TRAILBLAZER-ALZ)の結果を報告している。早期ADとは「軽度認知障害(MCI)」期と「軽症認知症」期のADを合わせた区分である。ドナネマブは蓄積したAβに特異的に生じるピログルタミル化修飾を認識し、高いAβ除去能を示す。 本試験では、北米56施設において60〜85歳の早期 AD患者にドナネマブまたはプラセボが4週ごとに72週間静脈内投与された。ドナネマブは投与4回目から1,400mgに増量されたが、アミロイドPETでAβ陰性化が確認された場合、減量ないし休薬された。主要評価項目である76週時点のiADRSスコアのベースラインからの変化量(増悪)は、プラセボ群の10.06に対し、ドナネマブ群では6.86と、32%の有意な症状進行遅延効果が認められた。アミロイド PET陰性化率は25週で40%、52週で59.8%、76週で67.8%であった。Aβ除去抗体に共通の有害事象である一過性の局所性脳浮腫(ARIA-E)はドナネマブ群の26.7%に生じた。これらの結果を踏まえ、後続のTRAILBLAZER-ALZ2試験が第3相試験に拡大されて、2021年中に米国食品医薬品局(FDA)への申請が予定されている。さらに、より早期の無症候期であるプレクリニカルADを対象とするTRAILBLAZER-ALZ3試験の開始が公表されている。 早期ADに対する抗Aβ抗体療法としては、アデュカヌマブの第3相試験 ENGAGEとEMERGEも報告されている。両試験は無益性の予測から早期終了したが、EMERGE試験ではアデュカヌマブにより78週時点で主要評価項目Clinical Dementia Rating Scale Sum of Boxesに22%の改善が得られ、PETでは両試験ともにAβ除去効果が認められた。これらの結果に基づき2021年6月、FDAはアデュカヌマブを迅速承認した。ドナネマブ、アデュカヌマブの試験結果を考え合わせると、MCIから軽症認知症期という有症状期でもAβ除去によりADの臨床症状の進行が抑制できる可能性が示唆される。また、十分なAβ除去達成後に休薬しても、一定期間にわたってAβ再蓄積や臨床症状の増悪が抑えられることが示されれば、治療期間の短縮による医療費節減も期待できよう。ドナネマブの開発では、アミロイド・タウPETや血漿リン酸化タウなどのバイオマーカーを患者選択、薬効評価に導入したことにより、先発の同類抗体医薬に肉薄する状況にある。ガンテネルマブ、レカネマブなど現在治験中の抗Aβ抗体薬と合わせて、今後の展開が注目される。 iADRS:Integrated Alzheimer's Disease Rating Scale(認知機能尺度 ADAS-Cog13 と日常生活機能尺度 ADCS-iADL の複合スコア)
反復性急性中耳炎に用いる鼓膜換気チューブ留置術と薬物療法の比較
反復性急性中耳炎に用いる鼓膜換気チューブ留置術と薬物療法の比較
Tympanostomy Tubes or Medical Management for Recurrent Acute Otitis Media N Engl J Med. 2021 May 13;384(19):1789-1799. doi: 10.1056/NEJMoa2027278. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】反復性急性中耳炎の小児に用いる鼓膜換気チューブ留置について、公式な推奨事項が一致していない。 【方法】6カ月以内に3回以上急性中耳炎を発症したか、12カ月以内に4回以上急性中耳炎を発症し、そのうち1回以上が6カ月以内の発症であった6~35カ月齢の小児を鼓膜換気チューブ留置術群と発症時に抗菌薬を投与する薬物療法群に無作為化により割り付けた。主要評価項目は、2年間の1人年当たりの急性中耳炎平均発症回数(発症率)とした。 【結果】主解析のintention-to-treat解析の結果、2年間の1人年当たりの急性中耳炎発症率(±SE)は、鼓膜チューブ群1.48±0.08、薬物療法群1.56±0.08であった(P=0.66)。鼓膜換気チューブ群の10%が鼓膜換気チューブ留置術を受けず、薬物療法群の16%が親の要望で鼓膜換気チューブ留置術を受けたため、per-protocol解析を実施すると、対応する発症率はそれぞれ1.47±0.08、1.72±0.11となった。主解析の副次評価項目で、結果にばらつきが見られた。急性中耳炎初回発症までの期間、発症に伴う臨床所見、事前に定めた治療失敗の基準を満たす患児の割合は、鼓膜換気チューブの方が良好であった。耳漏が見られた日数の累積は、薬物治療の方が良好であった。大きな差が認められなかった項目に、急性中耳炎発症頻度の分布、重症と考えられた急性中耳炎の割合、呼吸器分離菌の抗菌薬耐性があった。試験関連の有害事象は、試験の副次評価項目に含まれるもののみであった。 【結論】反復性急性中耳炎がある6~35カ月齢の小児で、2年間の急性中耳炎発症率は、鼓膜換気チューブ留置術と薬物療法で有意な差がなかった。 第一人者の医師による解説 耳鼻咽喉科医と小児科医で推奨度の違う鼓膜チューブ留置術 適応については再度見直しが必要 神崎 晶 慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科専任講師 MMJ. October 2021;17(5):158 鼓膜チューブ留置術は、新生児期以降の小児では頻繁に行われる手術であり、全身麻酔のリスク、留置チューブの閉塞、体外への逸脱、中耳腔への落下、鼓膜構造的変化穿孔残存や軽度伝音難聴の可能性がある。 米国では反復性(再発性)急性中耳炎の小児に対する鼓膜チューブ留置術に関する推奨が耳鼻咽喉科医向けと小児科医向けで異なっており(耳鼻咽喉科医の方が本施術に積極的である)、確実なエビデンスに乏しいことから、著者らは本試験により鼓膜チューブ留置術の有効性を検討した。対象は年齢が生後6〜35カ月で、(1)6カ月以内に急性中耳炎のエピソードが3回以上、または(2)12カ月以内に急性中耳炎のエピソードが4回以上あり、そのうち少なくとも1回は6か月以内に発生していた小児であった。対象児を鼓膜チューブ留置術もしくは抗菌薬による薬物療法群にランダムに割り付けた。その結果、2年の経過観察期間における人・年あたりの急性中耳炎の平均エピソード数(率)(±SE)は、鼓膜チューブ留置群1.48±0.08、薬物療法群1.56±0.08であり(P=0.66)、有意差はなかった。 小児の反復性急性中耳炎に対する鼓膜チューブ留置術の適応は、米国の耳鼻咽喉科ガイドラインでは「中耳の滲出液が少なくとも片耳に存在する場合」としているが、小児科ガイドラインでは「臨床医が提供しても良い選択肢の1つ」としており、推奨度に差がある。日本の「小児急性中耳炎診療ガイドライン2018年版(金原出版)」のCQ3-9(P73-75)では、有効とする論文と生活の質(QOL)に寄与しないとする論文もあり、限定的な効果としている。このように、これまであいまいな点が多かったが、今回の論文で、鼓膜チューブ留置術の適応については再度見直しを要することとなる。 なお、小児では、鼻と耳をつなぐ耳管が太くて短いことから反復性急性中耳炎や滲出性中耳炎の原因として、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎などの鼻疾患との関連性が指摘されている。本報告では、各群におけるアレルギー性鼻炎を含む割合については触れられておらず、この点について検討の余地がある。また、鼓膜チューブ留置術は反復性急性中耳炎以外に、滲出液が中耳に貯留して難聴をきたす滲出性中耳炎に対して行う場合の方が多いが、本結論が滲出性中耳炎に対しても同様に当てはまるのかどうかは今後の研究が待たれる。
中等症ないし重症の尋常性乾癬に用いるbimekizumabとウステキヌマブの比較(BE VIVID) 52週間の多施設共同二重盲検実薬対照プラセボ対照第3相試験
中等症ないし重症の尋常性乾癬に用いるbimekizumabとウステキヌマブの比較(BE VIVID) 52週間の多施設共同二重盲検実薬対照プラセボ対照第3相試験
Bimekizumab versus ustekinumab for the treatment of moderate to severe plaque psoriasis (BE VIVID): efficacy and safety from a 52-week, multicentre, double-blind, active comparator and placebo controlled phase 3 trial Lancet. 2021 Feb 6;397(10273):487-498. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00125-2. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】乾癬の治療に、確実な即効性があり皮膚病変が完全に消失する結果をもたらすというアンメットニーズがある。bimekizumabは、IL-17Aに加えてIL-17Fを選択的に阻害するモノクローナルIgG1抗体である。中等症ないし重症の尋常性乾癬を対象に、bimekizumabの有効性および安全性を52週間にわたってプラセボおよびウステキヌマブと比較することを目的とした。 【方法】BE VIVIDは、アジア、オーストラリア、欧州および北米の11カ国で実施した多施設共同二重盲検実薬対照プラセボ対照第3相試験であった。18歳以上の中等症ないし重症の尋常性乾癬患者(乾癬の面積・重症度指数[PASI]スコア12点以下、体表面積に占める病変部位の割合10%以上および5点尺度の医師による全般的評価[IGA]スコア3点以上)を組み入れた。無作為化は、地理的地域、生物学的製剤投与歴で層別化し、患者、治験担当医師および資金提供者に治療の割り付けを伏せた。自動応答技術を用いて、患者をbimekizumab 320mgを4週に1回投与するグループ、ustekinumab 45mgまたは90mg(試験開始時の体重により決定)を0週時と4週時、その後12週に1回投与するグループ、プラセボを投与するグループに(4対2対1の割合で)割り付けた。16週時、プラセボを投与していた患者をbimekizumab 320mg 4週に1回投与に切り替えた。全試験薬を2回の皮下注射で投与した。主要評価項目は、16週時のPASIの90%改善(PASI 90)率およびIGAスコアで消失またはほぼ消失(スコア0または1点)が示されたIGA奏効率とした(データに欠損がある患者は非奏効例とした[non-responder imputation])。intention-to-treat集団を有効性解析の対象とし、試験薬を1回以上投与した患者を安全性解析の対象とした。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT03370133で登録されている(終了)。 【結果】2017年12月6日から2019年12月13日の間に735例をふるいにかけ、567例を組み入れ、無作為に割り付けた(bimekizumab 320mg 4週に1回群321例、ustekinumab 45mgまたは90mg 12週に1回群163例、プラセボ群83例)。16週時、bimekizumab群321例中273例(85%)がPASI 90を達成したのに対して、ウステキヌマブ群は163例中81例(50%、リスク差35[95%CI 27~43]、P<0.0001)、プラセボ群は83例中4例(5%、同80[74~86]、P<0.0001)であった。16週時、bimekizumab群の270例(84%)がIGA奏効を達成したのに対して、ウステキヌマブ群は87例(53%、リスク差30[95%CI 22~39]、P<0.0001)、プラセボ群は4例(5%、同79[73~85]、P<0.0001)であった。52週間でbimekizumab群395例中24例(6%、16週時にプラセボから切り替えた患者を含む)、ウステキヌマブ群163例中13例(8%)から、治療下で発現した重篤な有害事象が報告された。 【解釈】中等症ないし重症の尋常性乾癬に用いるbimekizumabは、ウステキヌマブやプラセボより有効性が高い。bimekizumabの安全性に関するデータは、前回の試験で見られたものと同じであった。 第一人者の医師による解説 新たな作用機序を持つビメキズマブ 関節症状にも高い治療効果を期待 神谷 浩二(准教授)/大槻 マミ太郎(教授〈副学長〉) 自治医科大学医学部皮膚科学講座 MMJ. August 2021;17(4):126 日本での乾癬に対する生物学的製剤は、2010年に腫瘍壊死因子(TNF)阻害薬のインフリキシマブ、アダリムマブが承認され、11年にインターロイキン(IL)-12/23阻害薬のウステキヌマブが承認された。その後、IL-23阻害薬、IL-17阻害薬が開発、承認され、21年4月時点で10種類の治療選択肢がある。 ビメキズマブは、IL-17AとIL-17Fを選択的に阻害するヒト化モノクローナル IgG1抗体で、2021年2月26日に既存治療で効果不十分な尋常性乾癬、膿疱性乾癬、乾癬性紅皮症の効能または効果に係る製造販売承認申請が行われた。 本論文は、中等症~重症の18歳以上の乾癬患者におけるビメキズマブの有効性および安全性の評価を目的とし、ウステキヌマブ、プラセボを対照とした52週間の無作為化二重盲検試験(BEVIVID試験)の結果に関する報告である。主要評価項目は、16週時点での乾癬の皮疹面積・重症度指標(PASI)の90%以上の改善(PASI 90)の割合、医師による全般的評価(Investigators’ Global Assessment;IGA)で皮膚病変消失またはほぼ消失(IGA 0/1)の割合で、ビメキズマブはウステキヌマブよりも有意に優れた結果であった。また、臨床効果は52週時点まで維持され、安全性も確認された。速効性に関しては、4週時点でのPASI 75で評価され、ビメキズマブはウステキヌマブよりも有意に優れていた。乾癬に対するビメキズマブの有効性と安全性は、その他の第3相試験でも確認されている(1)。 乾癬に対するIL-17阻害薬では、IL-17Aを阻害するセクキヌマブ、イキセキズマブ、IL-17受容体Aを阻害するブロダルマブがすでに承認されているが、ビメキズマブはこれまでの薬剤とは異なった作用機序を有する薬剤であり、新たなIL-17阻害薬の治療選択肢として期待される。また、IL-17阻害薬は乾癬の皮膚症状だけでなく、関節症状に対しても高い治療効果が期待できる。今後は乾癬の関節症状に対するビメキズマブの有効性と安全性に関する試験結果が待たれる。 1. Gordon KB, et al. Lancet. 2021; 397(10273):475-486.
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