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基礎インスリン療法を実施している2型糖尿病患者の血糖制御に用いる持続血糖モニタリングの効果:無作為化比較試験
基礎インスリン療法を実施している2型糖尿病患者の血糖制御に用いる持続血糖モニタリングの効果:無作為化比較試験
Effect of Continuous Glucose Monitoring on Glycemic Control in Patients With Type 2 Diabetes Treated With Basal Insulin: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Jun 8;325(22):2262-2272. doi: 10.1001/jama.2021.7444. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【重要性】持続血糖モニタリング(CGM)は、強化インスリン療法中の2型糖尿病成人患者にとって便益があることが示されているが、食前インスリン療法を実施していない基礎インスリン療法中の2型糖尿病患者でのCGM使用は検討されていない。【目的】プライマリケア診療で、食前インスリン療法を実施していない基礎インスリン療法中の2型糖尿病成人患者でCGMの有効性を検討すること。【デザイン、設定および参加者】この無作為化臨床試験は、米15施設(登録期間2018年7月30日から2019年10月30日;最終追跡調査日2020年7月7日)で実施し、プライマリケア医から糖尿病治療を受けており、食前インスリン療法を実施せず持効型または中間型の基礎インスリン製剤を1日1~2回投与している2型糖尿病成人患者を登録した。インスリン以外の血糖降下薬による薬物療法の有無は問わなかった。【介入】CGM群(116例)と従来の血糖測定器によるモニタリング(BGM)群(59例)に2対1の割合で無作為化により割り付けた。【主要評価項目】主要評価項目は、8カ月時点のヘモグロビンA1c(HbA1c)とした。CGMで測定した血糖目標値が70~180mg/dLの範囲内にある時間(の割合)(TIR)、血糖値が250mg/dLを超える時間、8カ月時の平均血糖値を主な副次評価項目とした。【結果】無作為化により割り付けた175例(平均年齢[SD]57歳[9];女性88例[50%];人種・民族的マイノリティ92例[53%]、治療前のHbA1c平均値[SD]9.1%[0.9%])のうち、165例(94%)が試験を完了した。CGM群のHbA1c平均値が治療前の9.1%から8カ月後の8.0%に、BGM群では9.0%から8.4%に低下した(調整後群間差、-0.4%[95%CI、-0.8~-0.1];P=0.02)。CGM群をBGM群と比較すると、CGMで測定した平均TIRは59%に対して43%(調整後群間差、15%[95%CI、8~23];P<0.001)、血糖値が250mg/dLを超える時間の割合は11%に対して27%(調整後群間差、-16%[95%CI、-21~-11];P<0.001)、平均血糖値の平均は179mg/dLに対して206mg/dL(調整後群間差、-26mg/dL[95%CI、-41~-12];P<0.001)であった。CGM群1例(1%)、BGM群1例(2%)に重度の低血糖が発現した。【結論および意義】食事前インスリン投与を実施しておらず、基礎インスリン療法のみでは血糖制御不良の2型糖尿病成人患者で、従来の血糖モニタリングよりも持続血糖モニタリングの方が8カ月後のHbA1c値が有意に低下した。 第一人者の医師による解説 日本ではこの数年にFGMが普及 新たなデバイスで糖尿病診療が進化 石原 寿光 日本大学医学部糖尿病代謝内科教授 MMJ. December 2021;17(6):179 持続的血糖モニタリング(CGM)は、1型糖尿病患者はもちろん、強化インスリン治療中の2型糖尿病患者に用いた場合、血糖コントロールに有効であることが示されているが、ボーラスインスリン注射を行わない、基礎インスリン補充のみで治療されている2型糖尿病患者における有効性は検証されていない。そこで、本論文の著者らは、持効型あるいは中間型インスリンの1日1回または2回注射で治療中の2型糖尿病患者(インスリン以外の血糖降下薬併用の有無は問わない)におけるCGMの有効性を、従来の指先などで採血して行う自己血糖測定(SMBG)を対照として、ランダム化対照試験(MOBILE試験)により検討した。米国の15施設で、2018年7月30日~19年10月30日に175人の患者の組み入れが行われ、主要評価項目として8カ月後のHbA1cが評価された。CGM群の患者にはDexcomG6CGMシステムが装着され、適宜SMBGも併用された。その結果、8カ月後のHbA1cは、CGM群ではベースラインの9.1%から8.0%、SMBG群で9.0%から8.4%に低下し、低下の度合いは有意にCGM群で大きかった(群間差のP=0.02)。また、グルコース値が70~180mg/dLに入っている1日のうちの時間の割合は、CGM群では59%、SMBG群では43%とCGM群の方が有意に高く(P<0.001)、250mg/dL超の時間の割合はそれぞれ11%と27%とCGM群の方が有意に低かった(P<0.001)。重症な低血糖の発生率はそれぞれ1%と2%のみであった。したがって、持効型あるいは中間型インスリンの1日1回または2回注射で治療中の2型糖尿病患者においても、CGMは有効であると考えられた。今後、数年単位でこの効果が持続するかなどを検証していく必要があると思われる。日本では、この数年にFreestyleリブレTMによるFlashGlucoseMonitoring(FGM)が普及してきている。現在の保険適用は、強化インスリン療法施行中の患者が主体であるが、基礎インスリンのみの患者への適用拡大も検討されている。また、インスリンを使っていない経口糖尿病薬のみの患者でのFGMの有効性も報告されており(1)、新たなデバイスが糖尿病診療を進化させつつある。 1. Wada E, et al. BMJ Open Diabetes Res Care. 2020;8(1):e001115.
原発性自然気胸の外来治療:非盲検無作為化対照試験
原発性自然気胸の外来治療:非盲検無作為化対照試験
Ambulatory management of primary spontaneous pneumothorax: an open-label, randomised controlled trial Lancet. 2020 Jul 4;396(10243):39-49. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31043-6. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】原発性自然気胸は健康な若年患者にも起こる。最適な管理法は定義されておらず、入院期間が長引くことが多い。外来治療の有効性に関するデータは少ない。著者らは、外来治療による入院期間および安全性を標準治療と比較することを目的とした。【方法】この非盲検無作為化試験では、英国の病院24施設で3年間にわたり、症候性の原発性自然気胸成人患者(16~55歳)を登録した。患者を外来用デバイスと標準ガイドラインに従った管理(吸引および標準的な胸腔チューブ挿入、またはそのいずれか)に無作為化により(1対1の割合で)割り付けた。主要評価項目は、無作為化後最長30日間の再入院を含めた入院期間とした。主解析はデータが入手できた患者を対象とし、安全性解析は割り付けた全患者を対象とした。この試験はInternational Standard Randomised Clinical Trialsの番号ISRCTN79151659で前向きに登録されている。【結果】2015年7月から2019年5月までの間にスクリーニングした776例のうち236例(30%)を外来治療(117例)、標準治療(119例)に無作為化により割り付けた。30日時点で、入院期間中央値は、外来治療を受けデータが入手できた114例(0日[IQR 0~3])の方が標準治療を受けデータを入手できた113例(4日[IQR 0~8])よりも短かった(P<0.0001;差の中央値2日[95%CI 1~3])。236例中110例(47%)に有害事象が発現し、内訳は外来治療群117例中64例(55%)、標準治療群119例中46例(39%)であった。外来治療を受けた患者に重篤な有害事象が計14件発現し、このうち8件(54%)が気胸の増大、無症候性の肺浮腫およびデバイスの不具合、漏出、ずれなどの介入によるものであった。【解釈】原発性自然気胸の外来治療によって最初の30日間の再入院を含め入院期間が有意に減少したが、有害事象が増えた。このデータからは、原発性自然気胸は、介入が必要な患者に外来用デバイスを用いることにより、外来での治療が可能であることを示唆している。 第一人者の医師による解説 患者自身の自己管理のため 合併症や事故のリスクが大きいことに留意 栗原 正利 公益財団法人日産厚生会玉川病院 気胸研究センター 気胸研究センター長 MMJ. December 2021;17(6):175 原発性自然気胸患者の外来通院ドレナージ治療は次第に普及しつつあるがその評価はまだ明確でない。本論文は、原発性自然気胸に対する外来通院治療の安全性と入院期間短縮効果を入院標準治療と比較した、英国の多施設共同ランダム化非盲検対照試験(RandomisedAmbulatoryManagementofPrimaryPneumothorax;RAMPP)の報告である。入院標準治療は英国胸部疾患学会(BTS)ガイドラインに準じた初期治療を意味し、胸部X線写真において肺門のレベルで胸壁から肺の輪郭までの距離が2cm以上の患者および/または呼吸器症状のある患者に対して、1回吸引治療または胸腔ドレナージ治療を行うものである。それに対して外来通院治療では携帯型ドレナージキットとしてハイムリッヒバルブとボトルがついたRocketPleuralVent(RocketMedical社、英国)が用いられた。RAMPP試験には英国の病院24施設が参加し、携帯型ドレナージキットによる外来通院治療群(117人)と入院標準治療群(119人)の間で有用性が比較検討された。主要評価項目として30日までの入院期間、副次評価項目として追加治療の必要性、有害事象、痛み・息切れの評価、再発率、欠勤期日などが検討された。その結果、外来通院治療群では、入院標準治療群に比べ、入院期間は有意に短縮し、再発率(7日目:7%対19%)は低く、手術紹介の頻度は同程度であった(28%対22%)。著者らは、ドレーンにまつわる有害事象はやや認められるものの、携帯型の胸腔ドレナージキットによる外来通院治療は推奨できると結論づけている。多施設共同ランダム化試験で、外来通院ドレナージ治療の有用性を科学的に検討した試みは評価したい。一方で、外来通院ドレナージ治療は、患者自身の自己管理になる。したがって合併症や事故のリスクは入院治療の場合よりはるかに大きい。ドレナージ装置取り扱いの十分な説明と問題が生じた時には24時間病院に連絡できる体制を取らなければならない。外来通院治療はリスクを伴うことを肝に銘じておくことが重要である。今回の外来通院治療は英国BTSのガイドラインに基づいて行われているが、米国には米国胸部疾患学会(ACCP)によるガイドライン(1)があり、日本には独自のガイドラインがある。各国の医療制度の違いにより診断および治療方針が異なるので、今後は各国で共有できる情報の整理を行っていく方向性が重要と考えられる。外来通院ドレナージ治療は、その携帯装置が日本でいち早く開発され世界に先駆けて導入されている(2)。日本において携帯型ドレナージキット治療が一番進んでいるのが実情である。 1. Baumann MH, et al. Chest. 2001;119(2):590-602. 2. 江花弘基 , et al. 日救急医会誌(JJAAM). 2011; 22: 803-809.
思春期および若年成人期の1型糖尿病に用いるハイブリッド型クローズドループシステム2種の比較(FLAIR):多施設共同無作為化クロスオーバー試験
思春期および若年成人期の1型糖尿病に用いるハイブリッド型クローズドループシステム2種の比較(FLAIR):多施設共同無作為化クロスオーバー試験
A comparison of two hybrid closed-loop systems in adolescents and young adults with type 1 diabetes (FLAIR): a multicentre, randomised, crossover trial Lancet. 2021 Jan 16;397(10270):208-219. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32514-9. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】1型糖尿病の管理は困難である。著者らは、思春期および若年成人期の1型糖尿病患者を対象に、市販のハイブリッド型クローズドループシステムと開発中の新たなシステムを用いた結果を比較した。 【方法】この多施設共同無作為化クロスオーバー試験(Fuzzy Logic Automated Insulin Regulation[FLAIR])では、米国4施設、ドイツ、イスラエルおよびスロベニア各1施設の大学病院内分泌科で、1年以上前に1型糖尿病の臨床診断を受け、インスリンポンプまたは多数の1日1回インスリン注射を用いており、HbA1cが7.0~11.0%(53~97mmol/mol)の14~39歳の患者を募集した。試験に用いるポンプと持続グルコースモニタの使い方を指導する導入期間ののち、参加者をコンピュータが生成した数列を用いて、置換ブロックデザイン(ブロックの長さ2または4)で、治療前のHbA1cおよび登録時のMiniMed 670G system(Medtronic社)使用の有無で層別化した上で、最初の12週間をMiniMed 670G hybrid closed-loop system(670G)と開発中の高機能ハイブリッド型クローズドループシステム(Medtronic社)に(1対1の割合で)割り付け、その後の12週間をウォッシュアウト期間を設けずにもう一方のグループに交差させた。使用するシステムの性質上、遮蔽化は不可能であった。主要評価項目は、6時00分から23時59分(日中など)までの間に血糖値が180mg/dL(>10.0mmol/L)を超えた時間の割合および24時間のうち血糖値が54mg/dL(<3.0mmol/L)を下回った時間の割合とし、持続グルコースモニタで測定し、非劣性を評価した(非劣性のマージン2%)。intention to treatで解析することとした。治療を割り付けた患者全例で安全性を評価した。この試験はClinicalTrials.govにNCT03040414で登録されており、現在は終了している。 【結果】2019年6月3日から8月22日の間に113例を試験に組み入れた。平均年齢が19歳(SD 4)、70例(62%)が女性であった。日中の血糖値が180mg/dL(>10.0mmol/L)を超えた時間の平均割合が ベースラインで42%(SD 13)、670Gシステム使用中で37%(9)、高機能ハイブリッド型クローズドループシステム使用中で34%(9)であった(平均差[高機能ハイブリッド型クローズドループシステム-670Gシステム]-3.00%[95%CI -3.97~-2.04];P<0.0001)。24時間のうち血糖値が54mg/dL(<3.0mmol/L)を下回った時間の平均割合が試験開始前で0.46%(SD 42)、670Gシステム使用中で0.50%(0.35)、高機能ハイブリッド型クローズドループシステム使用中で0.46%(同0.33)であった(平均差[高機能ハイブリッド型クローズドループシステム-670Gシステム]-0.06%[95%CI ~0.11~-0.02];非劣性のP<0.0001)。高機能ハイブリッド型クローズドループシステム群で重篤な低血糖発作が1件発生したが、試験治療と関連がないと考えられ、670G群では1件もなかった。 【解釈】市販のMiniMed 670Gと比べると、開発中の高機能ハイブリッド型クローズドループシステムを用いた思春期および若年成人期の1型糖尿病患者で、低血糖発作が増えることなく高血糖が減少した。社会経済的因子のため十分なサービスを受けられていない集団や、妊婦、低血糖症状を自覚できない患者で高機能ハイブリッド型クローズドループシステムを検証すれば、この技術をさらに有効に活用することができるであろう。 第一人者の医師による解説 糖尿病合併症やQOLの改善など より長期の研究で検討する必要あり 長澤 薫 虎の門病院内分泌代謝科糖尿病・代謝部門特任医長 MMJ. October 2021;17(5):146 思春期や若年成人期の1型糖尿病患者の血糖コントロールは難易度が高く、やりがいのある課題である。本論文は、従来より使用されているハイブリッド型クローズドループシステム(HCLS;患者のグルコース値のアルゴリズムに基づき、ベーサルインスリンの投与量を調整するシステム)MiniMed670G(Medtronic社)と、現在開発中の次世代型のアドバンストハイブリッド型クローズドループシステム(AHCLS;従来の機能に加え、5分おきの自動修正ボーラスなど人工膵臓のアルゴリズムを用い、より強化されたインスリン調整機能が搭載されたシステム)(Medtronic社)の多施設共同無作為化クロスオーバー比較試験(FLAIR試験)の報告である。 米国、ドイツ、イスラエル、スロベニアの4カ国、計7つの専門施設で、診断後1年以上の14~29歳の1型糖尿病患者113人を対象とした。参加者のHbA1c値は7.0~11.0%で、ポンプの使用方法を習得するrun-in期間の後、初めにHCLSを使用する群とAHCLSを使用する群の2群に無作為に割り付け、12週間それぞれの機器を使用後、washout期間を設けずにクロスオーバーし、もう一方のインスリンポンプを12週間使用した。 主要評価項目は日中(6~24時)のグルコース値180mg/dL超、1日におけるグルコース値54mg/dL未満の時間の割合とされた(非劣性を検証、マージン 2%)。その結果、グルコース値180mg/dL超の時間はベースライン 42%であったが、HCLS使用期間は37%、AHCLS使用期間は34%と、HCLSに比べAHCLS使用期間では-3.0%(95%信頼区間[CI], -3.97~-2.04;P<0.0001)と高グルコース値の割合は有意に低下した。グルコース値54mg/dL未満の割合はベースライン 0.46%、HCLS使用期間は0.5%、AHCLS使用期間は0.46%と、AHCLS使用期間では-0.06%(95% CI, -0.11 ~-0.02;非劣性 P<0.0001)と有意な上昇は認められなかった。 AHCLS使用期間で1例の重症低血糖を認めたが、機器との関連はなかった。本試験はHCLSとAHCLSを直接無作為化クロスオーバーで比較した最初の論文で、AHCLSは従来型に比べ、低血糖を増やすことなく、有意に高血糖を減少させた。AHCLSのような進化したインスリン自動注入システムが高血糖、低血糖、自己管理の負担を減少させ、さらには糖尿病合併症、患者の生活の質(QOL)を改善するか否か、より長期の研究で検討する必要がある。実用化にあたっては適切なターゲット血糖値、アクティブインスリン(インスリンの作用時間)の設定など、さらなる議論も要するであろう。
米国の新型コロナウイルス感染症入院患者の死亡予防に用いる予防的抗凝固療法の早期開始:コホート研究
米国の新型コロナウイルス感染症入院患者の死亡予防に用いる予防的抗凝固療法の早期開始:コホート研究
Early initiation of prophylactic anticoagulation for prevention of coronavirus disease 2019 mortality in patients admitted to hospital in the United States: cohort study BMJ. 2021 Feb 11;372:n311. doi: 10.1136/bmj.n311. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】予防的抗凝固療法の早期開始によって、米国で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のため入院した患者の死亡リスクが低下するかを評価すること。 【デザイン】観察コホート研究。 【設定】大規模な全国統合保健制度、退役軍人省の下で治療を受けている患者の全国コホート。 【参加者】2020年3月1日から7月31日までの間に検査で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染が確定し、抗凝固薬服用歴がない全入院患者4,297例。 【主要評価項目】主要評価項目は30日死亡率とした。死亡率、抗凝固薬による治療開始(血栓塞栓事象などの臨床的悪化の代用)および輸血を要する出血を副次評価項目とした。 【結果】COVID-19で入院した患者4,297例のうち3,627例(84.4%)が入院から24時間以内に予防的抗凝固療法を受けた。治療した患者の99%以上(3,600例)にヘパリンまたはエノキサパリンを皮下投与していた。入院から30日以内に622例が死亡し、そのうち513例が予防的抗凝固療法を受けていた。死亡のほとんど(622例中510例、82%)が入院中に発生した。逆確率重み付け解析を用いると、30日時の累積死亡率は、予防的抗凝固療法を受けた患者で14.3%(95%CI 13.1~15.5%)、予防的抗凝固療法を受けなかった患者で18.7%(15.1~22.9%)であった。予防的抗凝固療法を受けなかった患者と比べると、予防的抗凝固療法を受けた患者は30日死亡リスクが27%低かった(ハザード比0.73、95%CI 0.66~0.81)。入院中の死亡および抗凝固薬による治療開始にも同じ関連が認められた。予防的抗凝固療法に輸血を要する出血リスク上昇との関連は見られなかった(ハザード比0.87、0.71~1.05)。定量的バイアス解析から、結果が未測定の交絡に対しても頑強であることが示された(30日死亡率の95%CI下限のe-value 1.77)。感度解析の結果も一致していた。 【結論】COVID-19入院患者に対して早期に予防的抗凝固療法を開始すると、抗凝固薬を投与しなかった患者と比べて30日死亡率が低下し、重篤な出血事象リスクの上昇も見られなかった。この結果は、COVID-19入院患者の初期治療に予防的抗凝固療法を推奨するガイドラインを支持する実臨床の強力な科学的根拠を示すものである。 第一人者の医師による解説 軽症入院例では血栓症の合併は少ない 使用される薬剤や人種差にも注意 射場 敏明 順天堂大学大学院医学研究科救急・災害医学教授 MMJ. October 2021;17(5):139 本論文で報告された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者を集積した米国のコホート研究によれば、入院24時間以内に予防量ヘパリンによる抗凝固療法を開始した場合、抗凝固療法を実施しない場合に比べ、30日死亡率が絶対差で4.4%低かった(14.3%[実施群]対18.7%[非実施群];ハザード比、 0.73;95%信頼区間、 0.66?0.81)。一方、出血性有害事象に関しては有意差が認められなかった。今回の研究では患者全体の84.4%に入院24時間以内に抗凝固療法が開始され、使用された抗凝固薬の99.3%がヘパリン製剤(エノキサパリン 69.1%、ヘパリン 30.2%)*であった。死亡の大多数は院内死亡であった。 本研究は退役軍人を対象として実施された全国規模の後方視的コホート研究で、集積 COVID-19患者数は総計11万人を超え、この中からマッチングで選ばれた4,297人において比較が行われている。このような観点からは、実臨床に基づいた研究結果とすることができるが、やはり観察研究であるため治療による転帰の改善という因果関係を検証したものではない。しかし米国では予防的抗凝固療法が8割以上の患者に実施されていることを考えると、非治療群を設定した無作為化対照試験の実施はいまさら困難であることも理解できる。この背景としては、COVID-19では高率に血栓症の合併がみられること、また肺微小循環における血栓形成が呼吸機能の悪化に関わっていることが以前から指摘され(1)、国際血栓止血学会(ISTH)をはじめとして主要な国際機関が早々に予防的抗凝固療法の重要性を啓蒙してきたことなどが挙げられる(2)。よってCOVID-19入院患者に対するヘパリン療法は、基本的に実施が前提であり、研究に関してはすでに予防量と治療量の比較に視点が移っていることは否めない。ちなみに、治療量の有用性は複数の無作為化対照試験で評価されているが、今のところ予防量に比べ明らかな有用性はみられないとする結果が多いようである(3)。一方、今回の研究結果を本邦で解釈するにあたっては、使用される薬剤の種類や人種差などいくつかの点に注意する必要があるが、特に気をつける必要があるのは、海外においては入院の対象になるのは基本的に中等症以上であり、日本のように軽症例が入院することはないという点である。軽症入院例では血栓症の合併は少なく、抗凝固療法のメリットは少ないことは念頭に置いておく必要があるだろう。 * 予防量として、ヘパリン 5,000 ユニット、1 日 2 回または 3 回皮下投与、エノキサパリン 40mg1 日 1 回または 30mg1 日 2 回皮下投与 1. Iba T, et al. J Thromb Haemost. 2020;18(9):2103-2109. 2. achil J, et al. J Thromb Haemost. 2020;18(5):1023-1026. 3. Leentjens J, et al. Lancet Haematol. 2021;8(7):e524-e533.
初回再発を認めた高リスクB細胞性急性リンパ性白血病患児の無事象生存期間にもたらすブリナツモマブと化学療法の作用の比較:無作為化臨床試験
初回再発を認めた高リスクB細胞性急性リンパ性白血病患児の無事象生存期間にもたらすブリナツモマブと化学療法の作用の比較:無作為化臨床試験
Effect of Blinatumomab vs Chemotherapy on Event-Free Survival Among Children With High-risk First-Relapse B-Cell Acute Lymphoblastic Leukemia: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Mar 2;325(9):843-854. doi: 10.1001/jama.2021.0987. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】ブリナツモマブは、CD3/CD19を標的とした二重特異性T細胞誘導作用を有する抗体製剤であり、再発または難治性B細胞性急性リンパ性白血病(B-ALL)患児に有効である。 【目的】初回再発を認めた高リスクB-ALL患児で、同種造血幹細胞移植前のブリナツモマブによる3回目地固め療法後の無事象生存期間を地固め化学療法と比較すること。 【デザイン、設定および参加者】この第III相無作為化試験では、2015年11月から2019年7月までの間に患者を登録した(データ打ち切り日、2019年7月17日)。13カ国47施設で、無作為化時に形態学的完全寛解(M1 marrow、骨髄中芽球細胞5%未満)またはM2 marrow(骨髄中芽球細胞5%以上25%未満)で、28日齢を超える18歳未満の初回再発高リスクB-ALL患児を登録した。 【介入】患者をブリナツモマブ1サイクル(54例、15μg/m2/日、4週間、持続点滴静注)と3コース目地固め化学療法(54例)に割り付けた。 【主要評価項目】主要評価項目は無事象生存率とした(事象:再発、死亡、二次がんまたは完全寛解未達成)。有効性に関する主な副次評価項目は全生存率とした。微小残存病変陰性化および有害事象発現率をその他の副次評価項目とした。 【結果】計108例を無作為化により割り付け(年齢中央値5.0歳[四分位範囲{IQR}4.0~10.5]、女児51.9%、M1 marrow 97.2%)、全例を解析対象とした。本試験への登録は、予め定めた中止基準に従って、早期有効中止となった。追跡期間中央値22.4カ月(IQR 8.1~34.2)での事象発生率は、ブリナツモマブ群31%、地固め化学療法群57%であった(log-rank検定のP<0.001、ハザード比0.33、95%CI 0.18~0.61)。ブリナツモマブ群の8例(14.8%)、地固め化学療法群の16例(29.6%)が死亡した。全生存のハザード比は0.43(95%CI 0.18~1.01)だった。ブリナツモマブ群の微小残存病変陰性化が地固め化学療法群よりも多かった(90%[49例中44例] vs. 54%[48例中26例]、差35.6%[95%CI 15.6~52.5])。致命的な有害事象は報告されなかった。ブリナツモマブ群と地固め化学療法群を比較すると、重篤な有害事象発現率はそれぞれ24.1% vs 43.1%、グレード3以上の有害事象発現率は57.4% vs 82.4%であった。ブリナツモマブ群の2例に治療中止に至る有害事象が報告された。 【結論および意義】初回再発を認めた高リスクB-ALL患児で、同種造血幹細胞移植前のブリナツモマブ1サイクルによる治療によって、多剤強化標準化学療法に比べ、追跡調査期間中央値22.4カ月で無事象生存率が改善した。 第一人者の医師による解説 安全に深い寛解を達成し 同種造血幹細胞移植の成績向上に寄与することを示唆 森 毅彦 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科血液内科学教授 MMJ. October 2021;17(5):150 小児急性リンパ性白血病(ALL)は成人のそれとは異なり、標準的な多剤併用化学療法により高い治癒率を得ることができる。しかし、再発した場合の予後は不良であり、その根治のためには同種造血幹細胞移植(HSCT)が実施される。同種HSCTは移植後の合併症による死亡と移植後のALL再発が、その成績に大きく影響する。移植後再発のリスクは残存腫瘍が少ないほど低いため、深い寛解を達成して移植に臨むのが理想的である。そのために毒性の強い化学療法を行ってきたが、近年、新規治療法が導入されてきている。その1つがブリナツモマブであり、bispecifi c T-cell engager(BiTE)抗体と呼ばれ、異なる抗原結合部位をもつ2重特異性抗体である。B細胞性腫瘍が発現するCD19と抗腫瘍効果を発揮するT細胞表面上のCD3を標的としている。小児再発・治療抵抗性 ALLを対象とした試験において39%の寛解率、そのうちの約半数が微少残存腫瘍の消失を達成した(1)。 本論文は再発後の治療で寛解を達成した小児高リスクALL患者を対象に、同種HSCT前の3回目地固め療法(1コース)をブリナツモマブ単剤と多剤併用化学療法に無作為に割り付けた臨床試験の結果を示したものである。この治療後に同種HSCTを実施する患者が対象であり、年齢中央値は5歳であった。本試験は中間評価にてブリナツモマブ群の成績が優れていたことから、早期に中止となった。24カ月無イベント生存率はブリナツモマブ群66.2%、化学療法群27.1%と有意差がみられた。24カ月再発率も24.9%と70.8%、微少残存腫瘍陰性化率も90%と54%と有意差がみられた。重篤な有害事象はブリナツモマブ群で少なかった。ブリナツモマブにより安全に深い寛解を達成し、同種HSCTの成績向上に寄与することが示唆された。 本研究の限界としては、小児を対象としていること、化学療法により寛解を達成した患者を対象としていること、1コースのブリナツモマブと化学療法を比較している点などが挙げられる。実診療では若年・成人のALL患者も多く、ブリナツモマブを非寛解例に使用することや複数コース使用するケースも多い。またブリナツモマブ以外にもCD19を標的としたchimeric antigen receptor T-cell (CAR-T)療法やCD22を標的とした抗体薬物複合体のイノツズマブ オゾガマイシンも実診療で使用可能となっており、これらの薬剤との比較や併用療法などの有効性・安全性を評価する試験が実施されることで、再発ALLの最適な治療法の発展につながっていくと考えられる。 1.von Stackelberg A, et al. J Clin Oncol. 2016;34(36):4381-4389.
急性冠症候群疑い患者の高流量酸素療法と死亡リスク:実用的クラスター無作為化クロスオーバー試験
急性冠症候群疑い患者の高流量酸素療法と死亡リスク:実用的クラスター無作為化クロスオーバー試験
High flow oxygen and risk of mortality in patients with a suspected acute coronary syndrome: pragmatic, cluster randomised, crossover trial BMJ. 2021 Mar 2;372:n355. doi: 10.1136/bmj.n355. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】急性冠症候群(ACS)の疑いがある患者で、高流量酸素療法と30日死亡率の関連性を明らかにすること。 【デザイン】実用的クラスター無作為化クロスオーバー試験。 【設定】ニュージーランドの4地域。 【参加者】試験期間中、All New Zealand Acute Coronary Syndrome Quality Improvement(ANZACS-QI)レジストリまたはambulance ACS pathwayに組み入れられたACSが疑われる患者およびACSの診断が確定した患者4万872例。2万304例に高流量酸素療法、2万568例に低流量酸素療法を実施した。レジストリおよびICD-10退院コードから、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)か非STEMIの最終診断を明らかにした。 【介入】2年間にわたり、4地域を2通りの酸素療法に6カ月単位で無作為に割り付けた。高流量酸素群では、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)に関係なく、虚血症状や心電図の変化に応じて、酸素マスクによる酸素6~8L/分を供給した。低流量酸素群では、SpO2が90%を下回った場合のみ、SpO2 95%未満を目標に酸素を供給した。 【主要評価項目】登録データとの連携により明らかにした30日全死因死亡率。 【結果】両酸素療法によって管理した患者データおよび臨床データは一致していた。ACS疑い患者の30日死亡数は、高酸素群および低酸素群でそれぞれ613例(3.0%)、642例(3.1%)だった(オッズ比0.97、95%CI 0.86~1.08)。STEMI患者4159例(10%)の30日死亡率は、高酸素群および低酸素群でそれぞれ8.8%(178例)、10.6%(225例、同0.81、0.66~1.00)で、非STEMI患者1万218例(25%)では3.6%(187例)、3.5%(176例)だった(同1.05、0.85~1.29)。 【結論】ACSの疑いがある患者の大規模コホートで、高流量酸素療法に30日死亡率の上昇、低下いずれの関連も認められなかった。 第一人者の医師による解説 ST上昇型急性心筋梗塞患者では改善傾向 酸素投与の適否は担当医に委ねられべき 清末 有宏 森山記念病院循環器センター長 MMJ. October 2021;17(5):144 急性冠症候群(ACS)患者に対する酸素投与は、予後改善効果を示すエビデンスが少ないまま50年以上前から実施されてきた世界共通の治療習慣である。これはACS患者ではしばしば心不全合併などに伴い低酸素血症が合併することを考慮すれば理にかなっているが、過剰な動脈血酸素分圧上昇は冠動脈攣縮や酸化ストレスを誘発するため、近年酸素投与の有害性を指摘する報告が続いていた。 現行の各国ガイドラインはメタ解析(1)やDETO2X-AMI試験2の結果をもとに、低酸素血症の目立たない急性心筋梗塞患者への酸素投与を勧めていないが、ただ根拠となっている臨床試験にも(低酸素血症が発生しにくい)比較的低リスク患者のみが組み入れられていたり、組み入れ患者数(特に最も酸素投与の恩恵が期待できると思われるST上昇型急性心筋梗塞患者数)が十分ではないなどの研究限界が挙げられてきた。 本研究において著者らはそういった研究限界を払拭すべく、十分な患者数の確保が期待できるAll New Zealand Acute Coronary Syndrome Quality Improvementレジストリーを用い、酸素投与プロトコールをより厳密に設定し、さらにバイアスを排除すべくクラスター・クロスオーバー・デザインを採用した(4地域に分けて酸素投与プロトコールを時期により設定し、その設定を入れ替えた)。40,872人という十分な患者数が組み入れられた結果、30日全死亡に関して高用量酸素投与群では低用量酸素投与群に対するオッズ比が0.97と有益性は認められなかったが、有害性も認められなかった。さらに、ST上昇型急性心筋梗塞患者群に限れば1.8%の絶対リスク低下(8.8% 対 10.6%)が得られ、オッズ比は0.81であった。 本研究結果の解釈は論文中のディスカッションパートでも非常に慎重に議論されているが、ACS患者を日常的に診療している一臨床医として意見を述べさせていただけるのであれば、30日全死亡率1.8%の改善は臨床的に意味を持つ大きさであるし、しばしば画一的になりすぎてしまいがちなガイドラインに基づく診療方針において(つまりACS患者に対する酸素療法がどのような場合でも不適切といった認識)、対象患者を選べば酸素療法は決して有害性がないばかりか有益性も期待できる、といったポジティブな解釈もできるのではなかろうか。ACSという診断名の下には多種多様な患者が含まれるため、今回の結果を踏まえれば酸素投与の適否は各患者の担当医に委ねられてしかるべき、ということになろう。 1. Chu DK, et al. Lancet. 2018;391(10131):1693-1705. 2. Hofmann R, et al. N Engl J Med. 2017;377(13):1240-1249.
前十字靱帯断裂に対する早期再建術とリハビリテーション+待機遅延再建術の比較:COMPARE無作為化比較試験
前十字靱帯断裂に対する早期再建術とリハビリテーション+待機遅延再建術の比較:COMPARE無作為化比較試験
Early surgical reconstruction versus rehabilitation with elective delayed reconstruction for patients with anterior cruciate ligament rupture: COMPARE randomised controlled trial BMJ. 2021 Mar 9;372:n375. doi: 10.1136/bmj.n375. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】前十字靭帯(ACL)断裂によく用いられる2通りの治療法に、2年間にわたる膝の症状および機能、スポーツへの復帰に対する患者の認識に対する臨床的に意義のある差があるかを評価すること。 【デザイン】多施設共同非盲検並行群間無作為化比較試験(COMPARE試験)。 【設定】2011年5月から2016年4月までのオランダの病院6施設。 【参加者】6施設から募集した18~65歳の急性期ACL断裂患者。3、6、9、12、24カ月時に患者を評価した。 【介入】85例を早期にACL再建術を施行するグループ、82例を3カ月間のリハビリ後に任意で遅延ACL再建術を施行するグループ(初期に非外科的治療実施)に無作為化により割り付けた。 【主要評価項目】24カ月間にわたる各評価時点で、International Knee Documentation Committee(最高スコア100点)スコアにより、膝の症状および機能、スポーツへの復帰に対する患者の認識を評価した。 【結果】2011年5月から2016年4月までの間に167例を組み入れ、2通りの治療法に無作為化により割り付けた(平均年齢31.3歳、女性67例[40%])。163例(98%)が試験を完遂した。リハビリ後任意遅延ACL再建術群では、追跡調査期間中に41例(50%)に再建術を施行した。24カ月後、早期ACL再建術群はInternational Knee Documentation Committeeスコアが有意に良好であった(P=0.026)が、臨床的な意義は認められなかった(84.7点 v 79.4点、群間差5.3点、95%CI 0.6~9.9)。追跡3カ月後、リハビリ後任意遅延ACL再建術群のIKDCスコアは有意に良好であった(P=0.002、群間差-9.3点、同-14.6~-4.0)。追跡9カ月後、IKDCスコア変化量は、早期ACL再建術群の方が良好であった。12カ月後、両群の差は小さくなった。追跡期間中、早期ACL再建術群では、4例に再断裂、3例に対側ACL断裂が発生したのに対して、リハビリ後の任意遅延ACL再建術群では2例に再断裂、1例に対側ACL断裂が発生した。 【結論】急性期ACL断裂患者で、早期再建術の方がリハビリ後待機再建術よりも、2年追跡時の膝の症状および機能、スポーツへの復帰に対する認識が改善した。この結果は有意(P=0.026)ではあったが、臨床的に意義があるかは明らかになっていない。試験結果の解釈には、リハビリ群に割り付けた患者の50%に再建術が不要であったことを考慮に入れる必要がある。 第一人者の医師による解説 膝前十字靱帯損傷には早期手術が成績良好もリハビリで半数は手術回避 久保田 光昭(准教授)/石島 旨章(主任教授) 順天堂大学医学部整形外科学講座 MMJ. October 2021;17(5):152 膝前十字靭帯(ACL)再建術を受傷後早期に行うべきか、あるいは術前リハビリを行ったのちに手術を行うべきかについて検討したランダム化対照試験(RCT)はない。本論文は、2011〜16年にオランダの6施設で行われた初回ACL単独損傷に対し、早期手術とリハビリ後選択的待機手術の術後成績を比較検討したRCTである。 対象は18〜65歳で、早期手術群は受傷後6週間以内にACL再建術を行い、リハビリ群は最低3カ月間のリハビリ後に手術を受けるかどうか患者本人が選択した。167人(早期手術群85人、リハビリ群82人)が対象となり、リハビリ群のうち50%(41人)は受傷後平均10.6ヵ月で手術を行った。主観的膝評価法であるIKDC(international knee documentation committee)スコアは3カ月経過時点ではリハビリ群が有意に良好だが、6カ月〜2年まで早期手術群が有意に良好な成績であった(P=0.026)。また2年経過時点でのKOOS(knee injury and osteoarthritis outcome score)スポーツとQOLサブカテゴリ、そしてLysholmスコアは、いずれも早期手術群が有意に良好な成績であった。 今回のRCTでは、2年経過の膝の症状および機能の改善、そしてスポーツ復帰に関し、早期手術群の方が良好な結果であった。しかし、リハビリ待機群のうち半数が手術を必要としなかったことを考慮すると、本研究の結果の臨床的な位置づけについては注意を要する。また、両群間の差は臨床的有意義 な 差(minimal clinically important difference;MCID)も認めなかった。過去の報告では、ACL受傷後リハビリ行った後に手術を必要としたのは、2年で39%、5年で51%であった(1),(2)。ACL再建術を選択する理由は、膝崩れを繰り返すことで高まる2次性の半月板や軟骨損傷のリスクを低下させることである。しかし、早期手術群にも多くの半月板損傷を認め、ACL再建術を行っても半月板損傷の発生を完全に防止することは困難であり、ACL損傷は変形性膝関節症(OA)のリスクを高める(2)。リハビリ群の半数が治療に満足していなかったために早期の手術を選択したのか否かを検証する必要がある。ACL損傷は半月板損傷そしてOA発生のリスクが高まるため、ACL再建術の実施時期についての本研究は挑戦的ではあるが、どちらの方法がOA予防に有効であるかという視点での長期の経過観察が必要である。 1. Frobell RB, et al. N Engl J Med. 2010;363(4):331-342. 2. Lie MM, et ak. Br J Sports Med. 2019;53(18):1162-1167.
重篤患者に用いる人工呼吸器のウィーニングおよび離脱の実践
重篤患者に用いる人工呼吸器のウィーニングおよび離脱の実践
Ventilator Weaning and Discontinuation Practices for Critically Ill Patients JAMA. 2021 Mar 23;325(12):1173-1184. doi: 10.1001/jama.2021.2384. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】重篤な患者のほとんどが侵襲的人工呼吸療法(invasive mechanical ventilation:IMV)を受けるが、実臨床でどのようにIMVから離脱しているかを明らかにした研究はほとんどない。 【目的】地域によるIMV離脱法のばらつき、初回離脱と予後の関連性、離脱方法の選定と初回自発呼吸トライアル(SBT)不成功の関連因子を明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】世界6地域19カ国の142の集中治療室(ICU)(カナダ27施設、インド23施設、英国22施設、欧州26施設、オーストラリア・ニュージーランド21施設、米国23施設)で、24時間以上IMVを受ける重篤患者を検討した国際共同前向き観察研究。 【曝露】IMV。 【主要評価項目】主解析で、初回IMV離脱方法(抜管、自発呼吸トライアル[SBT]または気管切開)と臨床転帰(人工呼吸期間、ICUおよび院内死亡率、ICU入室および入院日数)の関連性を明らかにした。副次解析で、SBTの結果とSBTのタイミングおよび臨床転帰の関連性を検討した。 【結果】1,868例(年齢中央値[四分位範囲]、61.8(48.9~73.1)歳;男性1,173例[62.8%])のうち、424例(22.7%)に直接抜管、930例(49.8%)に初回SBT実施(761例[81.8%]が成功)、150例(8.0%)に気管切開を実施し、364例(19.5%)が離脱前に死亡した。各地域で、治療、毎日のスクリーニング、SBTの手法、換気モードに関する指示書の使用および離脱に携わる臨床医が果たす役割に差があった。直接抜管と比べると、初回SBTの方がICU死亡率が高く(20例[4.7%] vs 96例[10.3%]、絶対差5.6%[95%CI、2.6~8.6])、人工呼吸器装着期間が長く(中央値2.9日 vs 4.1日;絶対差1.2日、[95%CI、0.7~1.6])、ICU在室期間が長かった(中央値6.7日 vs 8.1日;絶対差1.4日[95%CI、0.8~2.4])。初回SBTが不成功の患者は、成功した患者よりもICU死亡率が高く(29例[17.2%] vs 67例[8.8%]、絶対差8.4%[95%CI、2.0~14.7])、人工呼吸器装着期間(中央値6.1日 vs 3.5日;絶対差2.6日[95%CI、1.6~3.6])およびICU在室期間が長かった(中央値10.6日 vs 7.7日;絶対差2.8日[95%CI、1.1~5.2])。早期に初回SBTを実施した患者に比べると、後期(挿管から2.3日以降)に実施した患者の方が人工呼吸器装着期間(中央値2.1日 vs 6.1日;絶対差4.0日[95%CI、3.7~4.5])およびICU在室期間が長く(中央値5.9日 vs 10.8日;絶対差4.9日[95%CI、4.0~6.3])、入院期間が長かった(中央値14.3日 vs 22.8日;絶対差8.5日[95%CI、6.0~11.0])。 【結論および意義】2013~2016年にカナダ、インド、英国、欧州、オーストラリア・ニュージーランド、米国のICU 142施設で侵襲的人工呼吸療法の離脱を検討した観察研究では、地域間で離脱方法にばらつきがあることが示された。 第一人者の医師による解説 直接抜管群が転帰良好 しかし優位性を示すのではなく地域間でウィーニング手技実践にバラツキ 佐々木 勝教 医療法人 横浜未来ヘルスケアシステム 戸塚共立第2病院救急科部長 MMJ. October 2021;17(5):156 本研究は世界6地域19カ国にある142の集中治療室(ICU)で24時間以上人工呼吸管理を受けた患者を対象に人工呼吸器からの離脱法、転帰を前向き観察研究で以下の項目を検討した:主解析では①人工呼吸器からの離脱法(直接抜管[自発呼吸トライアルせずに抜管]、自発呼吸トライアル= SBT、気管切開)②臨床転帰(人工呼吸管理期間、ICUおよび院内死亡率、ICU滞在および入院日数)、副次解析ではSBTのアウトカム、施行のタイミングと臨床転帰の関連。 結果、対象患者1,868人中、22.7%に直接抜管、49.8%に初回 SBT、8.0%に気管切開が実施された。離脱前に死亡した患者は19.5%であった。ただし、地域間で、離脱に関する手順書の使用、毎日のスクリーニング、SBTの手法、換気モード、離脱において臨床医の果たす役割に関して差異がみられた。直接抜管群と比較し、初回SBT群の方が、ICU死亡率が高く(4.7 対 10.3%)、人工呼吸器装着期間(中央値2.9 対 4.1日)、ICU滞在日数(中央値6.7 対 8.1日)も長かった。また、初回 SBTが不成功だった群は、成功した群と比較し、ICU死亡率が高く(17.2 対 8.8%)、人工呼吸器装着期間(中央値6.1 対 3.5日)、ICU滞在日数もより長い傾向だった(中央値10.6 対 7.7日)。早期にSBTが成功した群と、挿管から3.3日以降の時期(後期)に成功した群との比較でも同様の傾向がみられ、人工呼吸器装着期間(中央値2.1 対 6.1日)、ICU滞在期間(中央値5.9 対 10.8日)、入院日数(中央値14.3 対 22.8日)は長かった。 結果を表層的に解釈すると、SBTより直接抜管(しかも8.5%が計画外抜管)を選択した方が、転帰が良好な印象を受ける。この点は併載された論説1でも指摘しており、背景としてSBT施行群の方が、より高齢で、悪性腫瘍、高血圧の合併率が高い可能性があることが問題とされている。同様に早期 vs 後期のSBTの比較でも、早期 SBTを実施できない理由が明確になっていない。また、各地域間でウィーニング手技のバラツキが結果に影響した可能性がある。例えば、直接抜管は米国で同国全体の約4%であったが、オーストラリア/ニュージーランドでは両国全体のおよそ6割であった。このように、本論文の結語においては、バラツキの補正が十分ではないため、直接抜管の優位性を示すのではなく、各地域、施設でのウィーニング手技はさまざまであったと結論づけている。
中国・武漢の抗SARS-CoV-2抗体血清陽性率と体液性免疫の持続性:住民対象長期横断研究
中国・武漢の抗SARS-CoV-2抗体血清陽性率と体液性免疫の持続性:住民対象長期横断研究
Seroprevalence and humoral immune durability of anti-SARS-CoV-2 antibodies in Wuhan, China: a longitudinal, population-level, cross-sectional study Lancet. 2021 Mar 20;397(10279):1075-1084. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00238-5. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】武漢市は、中国で発生したCOVID-19大流行の中心地であった。著者らは、武漢市民の抗SARS-CoV-2抗体の血清陽性率と動態を明らかにし、ワクチン接種対策に役立てることを目的とした。 【方法】この長期横断研究では、多段階の人口層別型クラスター無作為標本抽出法を用いて、武漢市内13地区100地域を系統的に選択した。各地域から系統的に世帯を抽出し、全家族構成員に参加のため地域ヘルスケアセンターに来てもらった。2019年12月1日以降、武漢市に14日以上居住した住民を適格とした。参加に同意した全適格参加者が人口統計学および臨床的データに関するアンケートにオンラインで回答し、COVID-19に伴う症状やCOVID-19診断歴を自己申告した。2020年4月14~15日に免疫検査用に静脈血検体を採取した。血液検体でSARS-CoV-2ヌクレオカプシドタンパクに対する汎免疫グロブリン、IgM、IgA、IgG抗体の有無を検査し、中和抗体を評価した。2020年6月11日~13日、10月9日~12月5日に2回連続で追跡調査を実施し、その際に血液検体も採取した。 【結果】無作為に選択した4,600世帯のうち3,599世帯(78.2%)、計9,702例が初回評価のため来院した。3,556世帯9,542例から解析に十分な検体を得た。9,542例のうち532例(5.6%)がSARS-CoV-2に対する汎免疫グロブリン陽性で、この集団の調査開始時データで調整後の血清陽性率は6.92%(95%CI 6.41~7.43)であった。汎免疫グロブリンが陽性であった532例のうち437例(82.1%)が無症状であった。調査開始時、この532例のうち69例(13.0%)がIgM抗体陽性、84例(15.8%)がIgA抗体陽性、532例(100%)がIgG抗体陽性、212例(39.8%)が中和抗体陽性であった。汎免疫グロブリンが陽性で、4月に中和抗体が陽性を示した参加者の割合は、2回の経過観察の来院でも一定であった(2020年6月は363例中162例[44.6%]、2020年10~12月は454例中187例[41.2%])。全3回の調査に参加し汎免疫グロブリンが陽性であった335例のデータでは、調査期間中に中和抗体値の有意な減少は認められなかった(中央値:ベースライン1/5.6[IQR 1/2.0~1/14.0] vs 初回追跡調査1/5.6[1/4.0~1/11.2]、P=1.0、2回目追跡調査1/6.3[1/2.0~1/12.6]、P=0.29)。しかし、無症候性症例の方が確定症例や症候例症例よりも中和抗体価が低かった。時間の経過とともにIgG抗体価が低下したが、IgG抗体保有者の割合は大きく減少しなかった(確定症例でベースライン30例中30例[100%]から2回目追跡調査時29例中26例[89.7%]に減少、症候性症例で65例中65例[100%]から63例中58例[92.1%]に減少、無症候症例で437例中437例[100%]から362例中329例[90.9%]に減少)。 【解釈】武漢市の横断的標本の6.92%でSARS-CoV-2抗体が産生され、そのうち39.8%が中和抗体を獲得した。液性応答に関する耐久性データから、集団免疫を獲得し流行の再燃を防ぐには大規模ワクチン接種が必要であることが示唆される。 第一人者の医師による解説 流行収束後もワクチンによる集団免疫を付けることが 再流行を防ぐために必須 森内 浩幸 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科小児科学教授 MMJ. October 2021;17(5):138 本論文の著者らは、中国における流行の中心であった武漢において経時的横断的研究を行い、多段階人口層化集落ランダム抽出法によって系統的に選ばれた世帯の成員に対して、人口統計学的データ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連症状の有無や診断歴を聴取するとともに、2020年4月、6月、および10~12月の間の3回にわたってSARS-CoV-2ヌクレオカプシド蛋白に対する抗体と中和抗体を測定した。 解析の対象となった3,556世帯の9,542人のうち532人(5.6%)が抗体陽性で、調整後の抗体保有率は6.92%(95%信頼区間 , 6.41~7.43)と推定された。陽性者の82.1%は無症状だった。また、抗体陽性者のうち4月の時点で39.8%、6月の時点で44.6%、最後の時点で41.2%が中和抗体も陽性で、その抗体価は期間中ほとんど減衰しなかった。無症状者は有症状者や診断確定者に比べ中和抗体価は低い傾向にあった。 この研究以前にも一般人口におけるSARSCoV-2抗体保有率の調査が行われている。例えばスイスの調査では、5歳以上の一般人口における診断確定例の11.6倍の抗体陽性者がいた(1)。米国の調査では1.0~6.9%の抗体保有率で、これは感染者の報告数の6~24倍に相当した(2)。アイスランドでは人口の0.9%が感染しており、抗体価は4カ月間で減衰しなかった(3)。武漢で以前行われた調査では成人の3.2%が抗体陽性だったが、統計解析のデザインは厳密なものではなかった。 どの地域のどのタイミングで調査が行われるかによって抗体保有率が異なるのは当然だが、一般人口における感染率を正しく捉えられる研究デザインだったか、無症状の感染者の割合がどれくらいだったか、そして抗体価の経時的推移がどうだったかについて、これまでの調査では十分に捉えられていなかった。今回の武漢における研究では、抽出法を工夫して一般人口を反映させ、かつ縦断的にフォローすることで武漢における流行が残した集団免疫の程度を明らかにすることができた。 この研究が意味することは、大きな流行が駆け抜けた地域においても住民の多くは感受性を持ったままであり、再び流行が起こるのを阻止するためにはワクチンによって集団免疫を構築すべきだということだ。また、不顕性感染の割合が非常に高かったことも、予防対策上重要な知見と思われる。 1. Stringhini S, et al. Lancet. 2020;396(10247):313-319. 2. Havers FP, et al. JAMA Intern Med. 2020.;180(12):1576-1586. 3. Gudbjartsson DF, et al. N Engl J Med. 2020;383(18):1724-1734.
心不全と危険因子の年齢依存的な関連:統合集団ベースコホート研究
心不全と危険因子の年齢依存的な関連:統合集団ベースコホート研究
Age dependent associations of risk factors with heart failure: pooled population based cohort study BMJ. 2021 Mar 23;372:n461. doi: 10.1136/bmj.n461. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】一般集団には心不全発症の危険因子に年齢による差があるかを評価すること。 【デザイン】集団ベースの統合コホート研究。 【設定】Framingham Heart Study、Prevention of Renal and Vascular End-stage Disease StudyおよびMulti-Ethnic Study of Atherosclerosis。 【参加者】若年者(55歳未満、1万1,599例)、中年者(55~64歳、5,587例)、前期高齢者(65~74歳、5,190例)、後期高齢者(75歳以上、2,299例)で層別化した心不全既往歴のない参加者計2万4,675例。 【主要評価項目】心不全発症率。 【結果】追跡調査期間中央値12.7年間にわたり、若年者138例(1%)、中年者293例(5%)、前期高齢者538例(10%)、後期高齢者412例(18%)が心不全を発症した。若年者では、心不全発症例の32%(44例)が駆出率が保たれた心不全に分類されたのに対して、後期高齢者では43%(179例)であった。若年者では高齢者と比べて、高血圧、糖尿病、現在の喫煙、心筋梗塞の既往歴などの危険因子があると相対リスクが高かった(全体の交互作用のP<0.05)。例えば、高血圧があると、若年者では心不全リスクが3倍になり(ハザード比3.02、95%CI 2.10~4.34;P<0.001)、それに対して後期高齢者ではリスクが1.4倍になった(1.43、1.13~1.81、P=0.003)。心不全発症の絶対リスクは、危険因子の有無に関係なく、若年者の方が高齢者よりも低かった。若年者の方が高齢者よりも危険因子の人口寄与危険割合が高く(75% v 53%)、モデル適合度も良好であった(C index 0.79 v 0.64)。同様に、肥満(21% v 13%)、高血圧(35% v 23%)、糖尿病(14% v 7%)、現在の喫煙(32% v 1%)の集団寄与危険割合は高齢者よりも若年者の方が高かった。 【結論】若年者の方が高齢者よりも心不全の発症率と絶対リスクが低いが、修正可能な危険因子との関連が強く寄与危険度が大きいことから、成人期にわたる予防努力の重要性が浮き彫りになった。 第一人者の医師による解説 心不全予防には生涯にわたるリスク管理が重要 ハザード比は診療に有用 諸井 雅男 東邦大学医学部内科学講座循環器内科学分野(大橋)教授 MMJ. October 2021;17(5):142 若年者は高齢者に比べ心不全発症率が低いことは知られているが、年齢別に心不全発症と肥満、高血圧および糖尿病などの危険因子との関係は検討されていなかった。先行研究では、電子健康記録を用いた研究で、若年者では心不全を含む心血管疾患発症や血圧上昇の相対リスク低下が認められたことや、心不全患者を対象とした研究で、若年患者は肥満、男性、糖尿病既往者で多くみられることは報告されていた(1),(2)。 本論文は、一般集団における心不全の年齢別危険因子を評価するため、米国のFramingham Heart Study、オランダのPrevention of Renal and Vascular End-stage Disease(PREVEND)研究、米国のMulti-Ethnic Study of Atherosclerosis(MESA)のデータを統合解析したコホート研究の報告である。対象者は心不全歴のない24,675人で、若年者(55歳未満、11,599人)、中年者(55~64歳、5,587人)、前期高齢者(65~74歳、5,190人)、後期高齢者(75歳以上、2,299人)に層別化し、心不全の発症について追跡期間中央値12.7年において評価した。 その結果、高血圧、糖尿病、現在の喫煙、および心筋梗塞の既往といった危険因子は、高齢者と比較し、若年者でその相対的寄与が大きかった。例えば高血圧は、若年者の将来的心不全リスクを3倍上昇させたのに対し、後期高齢者では1.4倍の上昇であった。心不全発症の絶対リスクは、危険因子にかかわらず、高齢者より若年者のほうが低かった。 心不全患者が増加し続けている中で、その年齢に応じて具体的なリスクの数字を示したことは診療に有用である。50歳の男性が健診で高血圧を指摘されて受診した場合に、我々医療者は単に生活習慣の是正と降圧薬の服用を考慮するだけではなく、「高血圧者は正常血圧者に比べ12年後には3倍の心不全発症リスクがある」ことを患者に伝えることができる。一方、75歳ではそのリスクは1.4倍である。このことは、患者の価値観や希望と併せて、医療者はその介入の程度を考慮する際の1つの情報となり、その上での治療は生活の質(QOL)を高めることにつながる。人生100年時代を迎え、生命予後のみならず若年から年齢を重ねた時のQOLを考慮しそのリスク管理により心不全を予防することは、医療者には極めて重要と考える。 1. Rosengren A, et al. Eur Heart J. 2017;38(24):1926-1933. 2. Christiansen MN, et al. Circulation. 2017;135(13):1214-1223.
重症急性腎障害に用いる2通りの腎代替療法開始遅延戦略の比較(AKIKI 2試験):多施設共同非盲検無作為化対照試験
重症急性腎障害に用いる2通りの腎代替療法開始遅延戦略の比較(AKIKI 2試験):多施設共同非盲検無作為化対照試験
Comparison of two delayed strategies for renal replacement therapy initiation for severe acute kidney injury (AKIKI 2): a multicentre, open-label, randomised, controlled trial Lancet. 2021 Apr 3;397(10281):1293-1300. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00350-0. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重度の合併症がない重症急性腎障害で腎代替療法(RRT)開始をある程度遅らせることは安全であり、医療機器の使用が最適化できる。リスクがなくRRTを延期できる期間についてはいまだに明らかになっていない。本試験の目的は、開始をさらに遅らせることでRRTを受けない日数が長くなるという仮説を検証することであった。 【方法】本試験は、フランスの39の集中治療室で実施された多施設共同非遮蔽前向き非盲検無作為化対照試験であった。重症急性腎障害(Kidney Disease: Improving Global Outcomesステージ3と定義)の重篤患者を乏尿が72時間を超えるまで、または血中尿素窒素濃度が112mg/dLを超えるまでモニタリングした。その後、患者を直後にRRTを開始する戦略(遅延戦略)と長期遅延戦略に(1対1の割合で)割り付けた。長期遅延戦略では、必須の適応症(顕著な高カリウム血症、代謝性アシドーシスまたは肺水腫)が生じるか血中尿素窒素濃度が140mg/dLに達するまでRRTの開始を延期した。主要評価項目は、無作為化から第28日まで生存しRRTを受けなかった日数とし、intention-to-treat集団で評価した。本試験はClinicalTrial.govに登録され(NCT03396757)、終了している。 【結果】2018年5月7日から2019年10月11日までの間に、評価した5,336例のうち278例を無作為化し、137例を遅延群、141例を長期遅延群に割り付けれた。急性腎障害またはRRT関連の可能性がある合併症数は、両群同等であった。RRTを受けなかった日数中央値は、遅延群では12日(IQR 0~25)、長期遅延群では10日(IQR 0~24)であった(P=0.93)。多変量解析で、遅延群に対する長期遅延群の60日時の死亡のハザード比は1.65(95% CI 1.09~2.50、P=0.018)であった。急性腎障害またはRRTに関連する可能性のある合併症の数には両群間で差がなかった。 【解釈】乏尿が72時間を超えるか血中尿素窒素濃度が112mg/dLを超える重症急性腎障害患者で、即時RRTを要する重度合併症がない場合、RRT開始を長く延期しても便益は得られず、有害となる可能性がある。 第一人者の医師による解説 エビデンスの蓄積で透析開始基準のより明確化を期待 根本佳和(助教)/寺脇博之(教授) 帝京大学ちば総合医療センター第三内科(腎臓内科) MMJ. October 2021;17(5):147 急性腎障害(AKI)における緊急透析の適応基準は存在するものの、それに該当しない重症患者に対する腎代替療法(RRT)開始タイミングについては議論が分かれる。「透析はまだ待てる」、逆に「もう少し早くに連絡して欲しかった」とコンサルテーションを依頼した専門医に言われ、一体どのタイミングが正解だったのかと思い悩んだ医師も多いのではないだろうか。本論文はこの、「透析はどこまで待つか」というシンプルだがいまだ答えが曖昧な疑問に対する重要なエビデンスである。 著者らはフランスの39施設の集中治療室(ICU)において多施設共同ランダム化対照試験を実施した。重症 AKI(Kidney Disease: Improving Global Outcomes[KDIGO]分類のstage3)患者を、72時間以上の乏尿または尿素窒素(BUN)112 mg/dL超になるまでモニターした後、遅延群(delayed strategy:ランダム化直後にRRTを開始)と長期遅延群(more-delayed strategy:いわゆる緊急導入徴候[高カリウム血症・代謝性アシドーシス・肺水腫]の出現、またはBUN140mg/dL超でRRTを開始)の2群にランダムに割り付けた。評価対象となった患者は5,336人であり、そのうち278人がランダム化を受け、137人が遅延群、141人が長期遅延群に割り付けられた。主要評価項目のRRT-free daysは生存とRRTの期間の複合アウトカムであり、ランダム化から28日目までの期間において生存患者でRRTを実施しなかった日数がカウントされた。結果、RRT-free days中央値に関して遅延群と長期遅延群で有意差はなかった(12日対10日;P=0.93)。また、副次評価項目の1つである60日後の死亡率は、遅延群44%、長期遅延群55%と有意差はなかったが(P=0.071)、長期遅延群は60日後の死亡に関する有意な危険因子であることが多変量解析で示された(ハザード比,1.65;95%信頼区間,1.09〜2.50;P=0.018)。すなわち、透析開始を必要以上に遅延させることの有益性はなく、むしろ有害性と関連している、と著者らは結論づけている。 日本の臨床では、本試験の長期遅延群に該当するまでRRT開始を延期することは少ないと思われる。遅延群もしくはそれ以前の段階において緊急導入徴候が出現した際にRRTを開始することが多いのではないだろうか。著者のGaudryらは、AKIにおけるRRTの早期導入と晩期導入に関するメタ解析で、28日全死亡率に有意差がなかったとも報告している(1)。RRT開始は『早すぎず遅すぎず』のスタンスで良いことはわかってきたが、本論文のようなエビデンスがさらに蓄積されることで開始基準がより明確化されることに期待したい。 1. Gaudry S, et al. Lancet. 2020;395(10235):1506-1515. (MMJ 2020年12月号で紹介)
PCI実施患者に用いる個別化抗血小板療法と標準抗血小板療法の比較:システマティック・レビューとメタ解析
PCI実施患者に用いる個別化抗血小板療法と標準抗血小板療法の比較:システマティック・レビューとメタ解析
Guided versus standard antiplatelet therapy in patients undergoing percutaneous coronary intervention: a systematic review and meta-analysis Lancet. 2021 Apr 17;397(10283):1470-1483. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00533-X. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】経皮的冠インターベンション(PCI)を受ける患者に用いる個別化抗血小板療法は標準療法と比べて転帰が良好であるかは議論の余地がある。そこで、PCI実施患者で、個別化抗血小板療法と標準的抗血小板療法の安全性および有効性を評価した。 【方法】このシステマティック・レビューおよびメタ解析では、2020年8月20日から10月25日にかけて、MEDLINE(PubMed)、Cochrane、EmbaseおよびWeb of Scienceの各データベースで、PCIを受ける患者を対象に、血小板機能検査または遺伝子検査を用いる個別化抗血小板療法と標準的抗血小板療法を比較した無作為化比較試験および観察研究を言語を問わず検索した。レビューアー2名が個別に試験の適格性を評価し、データを抽出し、バイアスリスクを評価した。I2指標で評価した試験間の推定異質性によって、リスク比(RR)と95%CIにランダム効果または固定効果モデルを用いた。試験で定義した主要な主要有害心血管系事象および全出血を主要評価項目とした。全死因死亡、心血管系死、心筋梗塞、脳卒中、ステント血栓症(確定または疑い)、大出血および軽度出血を主な副次評価項目とした。この試験は、PROSPERO(CRD42021215901)で登録されている。 【結果】関連の可能性がある3,656報をスクリーニングした。患者2万743例のデータを含む無作為化比較試験11報および観察研究3報を解析の対象とした。標準療法と比べると、抗血小板療法の個別化選択で、統計的有意ではないものの(RR 0.88、0.77~1.01、P=0.069)、主要有害心血管事象(RR 0.78、95%CI 0.63~0.95、P=0.015)および出血が減少した。標準療法と比べると、個別化抗血小板療法では心血管死(RR 0.77、95%CI 0.59~1.00、P=0.049)、心筋梗塞(RR 0.76、0.60~0.96、P=0.021)、ステント血栓症(RR 0.64、0.46~0.89、P=0.011)、脳卒中(RR 0.66、0.48~0.91、P=0.010)、軽度出血(RR 0.78、0.67~0.92、P=0.0030)が少なかった。個別化抗血小板療法と標準的抗血小板療法で、全死因死亡と大出血のリスクに差はなかった。戦略によって転帰にばらつきが見られ、escalation法では安全性を損なうことなく虚血性事象が有意に減少し、de-escalation法では有効性を損なうことなく出血が有意に減少した。 【解釈】個別化抗血小板療法によって良好な安全性が保たれたまま複合評価項目および各有効性評価項目が改善し、軽度出血の出血も減少した。PCIを受ける患者の薬剤選択を最適化するため、血小板機検査または遺伝子検査を用いることが支持される。 第一人者の医師による解説 抗血小板療法のオーダーメード化には 日本でもRCTによる費用対効果分析が必要 河村 朗夫 国際医療福祉大学医学部循環器内科主任教授 MMJ. October 2021;17(5):143 冠動脈インターベンション(ステント留置など)における抗血小板療法は、死亡、心筋梗塞などの血栓性合併症を予防する優れた効果を示す一方、ときに重篤な出血性合併症を伴う。血栓性合併症と出血性合併症の双方を予防することはしばしば二律背反となる。これらの合併症の頻度は、抗血小板療法の内容のみならず、患者の体格、人種、性別などさまざまな要素により規定されるため、個々の患者における最適な抗血小板療法を決定することは重要な課題である。 本論文は、11件の無作為対照試験(RCT)と3件の観察研究から得た20,743人のデータを用いた、これまでで最大規模となるメタアナリシスの報告である。患者の血小板機能検査、あるいはクロピドグレルの代謝に影響を及ぼすことが知られているCYP2C19の遺伝子多型検査のいずれかを用いて、抗血小板療法を患者ごとに強化あるいは減弱することで、主要心血管イベントと出血を予防することができるかどうかが検証された。抗血小板療法の強化が行われた10件の研究では以下のいずれかが行われた。すなわち、クロピドグレルをプラスグレルかチカグレロルへ変更、クロピドグレルの倍量投与、あるいはシロスタゾールの追加である。一方、抗血小板療法を減弱した4件の研究では、プラスグレルやチカグレロルがクロピドグレルへ変更された。その結果、少なくとも6カ月以上の追跡期間において、個別化抗血小板療法は主要心血管イベント(相対リスク[RR],0.78;P=0.015)と、統計学的有意差には至らないものの出血も減少させた(RR, 0.88;P=0.069)。 今回のメタアナリシスには、アジア(中国、韓国)から発表されたRCTが4件、観察研究が2件含まれている。これらの報告ではいずれも抗血小板療法の強化が行われているのが興味深い。アジア人ではCYP2C19の活性が欠損する遺伝子多型の頻度が高く、クロピドグレルが活性体にならず効果が低下する可能性があることと関連していると思われるが、日本でも同様の結果が得られるのかどうかはいまだ議論の余地がある。本論文の対象研究で用いられた血小板機能測定や遺伝子多型検査は、日常診療では行われていない。最新の日米欧のガイドラインでもこれらの検査をルーチンに行うことは推奨されていない。今後さらなる知見が得られると見込まれるが、検査に要する時間や費用を考慮すると、費用対効果分析が欠かせない。
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