「MMJ - 五大医学誌の論文を著名医師が解説」の記事一覧

2型糖尿病寛解を目的とした低炭水化物食および超低炭水化物食の有効性および安全性 既掲載・未掲載を問わない無作為化試験データの系統的レビュー
2型糖尿病寛解を目的とした低炭水化物食および超低炭水化物食の有効性および安全性 既掲載・未掲載を問わない無作為化試験データの系統的レビュー
Efficacy and safety of low and very low carbohydrate diets for type 2 diabetes remission: systematic review and meta-analysis of published and unpublished randomized trial data BMJ. 2021 Jan 13;372:m4743. doi: 10.1136/bmj.m4743. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】2型糖尿病患者に用いる低炭水化物食(LCD)と超低炭水化物食(VLCD)の有効性と安全性を明らかにすること。 【デザイン】系統的レビューおよびメタ解析。 【データ入手元】開始から2020年8月25日までのCENTRAL、Medline、Embase、CINAHL、CABおよび灰色文献。 【試験選択】2型糖尿病成人患者を対象に、12週間以上のLCD(炭水化物1日130g未満または1日の総摂取カロリー2000kcal当たりに占める炭水化物の割合26%未満)およびVLCD(1日の総摂取カロリーに占める炭水化物の割合10%未満)を評価した無作為化試験を適格とした。 【データ抽出】糖尿病寛解(HbA1c 6.5%未満または空腹時血糖7.0nmol/L未満、糖尿病治療薬の使用問わず)、体重減少、HbA1c、空腹時血糖および有害事象を主要評価項目とした。健康関連のQOLおよび生化学的データを副次評価項目とした。全論文および転帰を個別に抽出し、追跡6カ月時および12カ月時のバイアスリスクおよびGRADEシステムを用いて根拠の確実性を評価した。ランダム効果メタ解析を用いて、推定リスクと95%信頼区間を算出した。臨床的重要性を明らかにするために事前に決定した最小重要差に従って転帰を評価し、バイアスリスクおよび事前に設定した下位集団7群を基に異質性を調べた。交互作用の有意性検定を用いて評価したあらゆる下位集団の効果を5点の信頼性チェックリストの対象とした。 【結果】検索で、文献1万4759編と試験23件(1357例)を特定し、評価項目の40.6%をバイアスリスクが低いと判定した。6カ月時、対照食と比べると、LCDの糖尿病寛解率(HbA1c 6.5%未満と 定義)が高かった(133例中76例(57%)v 131例中41例(31%)、リスク差0.32、95%信頼区間0.17~0.47、試験8件、264例、I2=58%)。一方で、HbA1c 6.5%未満かつ治療薬不使用を寛解の定義とすると、効果量が小さく、有意性がなくなった。信用度の基準を満たした下位集団の評価から、インスリン使用者を含む試験でLCDの寛解が著明に低下することが示唆された。12カ月時の寛解に関するデータが少なく、効果量が小さかったり、糖尿病リスクがわずかに上昇したりと幅があった。6カ月時に体重減少、トリグリセリドおよびインスリン感受性で臨床的に重要な大幅な改善が見られたが、12カ月時に消失した。信用性があると考えられた下位集団の評価を基にすると、VLCDは、制限が弱いLCDよりも6カ月時の体重減少の有効性が低かった。しかし、この効果は食事法の遵守で説明できた。つまり、遵守率が高いVLCD患者では、遵守率の低いVLCD患者を検討した試験よりも臨床的に重要な体重減少が見られた。6カ月時のQOLに有意差はなかったが、12カ月時に、臨床的に重要ではあるが有意性がないQOLおよび低比重リポ蛋白コレステロールの悪化が見られた。それ以外に、6カ月時および12カ月時の有害事象や血中脂質に両群の有意差や臨床的な重要性は認められなかった。 【結論】確実性が中程度ないし低度の科学的根拠を基にすると、6カ月間のLCD遵守によって有害な転帰がない糖尿病の寛解をもたらすと思われる。欠点に、以前から続く糖尿病寛解の定義に関する議論に加えて、長期的なLCDの有効性、安全性および食事満足度がある。 第一人者の医師による解説 日本の日常臨床への導入・定着が重要 求められる継続性も含めた糖質制限食指導の国内研究 山田 悟 北里大学北里研究所病院・糖尿病センター長 MMJ. April 2021;17(2):52 糖質制限食ほど毀誉褒貶の激しい食事法はないであろう。インスリンの発見(1921年)以前は、糖尿病治療といえば極端な糖質制限食しかなかったが、インスリン療法の普及とともに糖質摂取の自由化が進み、20世紀後半には脂質制限食の流布に伴い糖質制限食は民間療法とのイメージが定着した。これが21世紀になり2型糖尿病や肥満症の食事療法として復権し、その意義が(再)確立されたというのが歴史的流れである。 今回の研究は、その流れに沿うもので、2型糖尿病に対する糖質制限食の有効性を無作為比較試験23件(3件は日本で実施)のメタ解析で確認した。私は共著者だが、2019年に筆頭著者のGoldenberg氏らから研究への参加を打診された時には、正直、気乗りしなかった。すでに米国糖尿病学会(ADA)によって糖質制限食は血糖改善に対して最もエビデンスが実証された食事法であるとされ(1)、私が知るだけで20本以上の糖質制限食に関する無作為比較試験のメタ解析が存在し(2)、評価は確定済みと感じたからである。しかし、Goldenberg氏らは、2型糖尿病の寛解(HbA1c 6.5%未満を達成すること)という既報にはなかったアウトカムを設定するという。それで私もチームに参画した。 解析の結果、糖質制限食による6カ月後における寛解の有意な増加が示された。2型糖尿病は進行性の疾患であるとされる中、患者に対する朗報となろう。糖尿病の寛解以外でも、有意な有害作用の増加なく、体重、中性脂肪、インスリン抵抗性の改善が確認された。2型糖尿病は血糖のみならず多面的な介入を必要とする疾患であるとされる中、これらも患者にとって福音となろう。 そして、本研究でもう1つ重要なことが示された。それは、6カ月後の体重減量について極端な糖質制限食は緩やかな糖質制限食よりも効果が弱かったこと、あるいは、12カ月後の時点で糖尿病の寛解に有意差がなくなっていたことである。すなわち、どんなに優れた食事療法でも、遵守率や継続性に問題があれば、有効性は減弱してしまうと解釈できる。 世界的には糖質制限食の2型糖尿病に対する有効性や安全性が確立済みの中、今後、日本の日常臨床にいかに導入・定着させるかが大事である。そのためには、継続性も含めた糖質制限食指導についての国内研究が求められよう。それがあってこそ、かつてはあまりに研究数が少なすぎてできなかった、日本人を対象にした糖尿病食事療法についての無作為比較試験のメタ解析が可能になるであろう(3)。 1. Evert AB, et al. Diabetes Care. 2019; 42(5): 731-754. 2. 山田悟 . 公衆衛生 . 2019; 83(12): 870-878. 3. Yamada S, et al. Nutrients. 2018; 10(8): 1080.
限局性前立腺がん患者の15年間のQOL転帰 オーストラリアの住民対象前向き研究
限局性前立腺がん患者の15年間のQOL転帰 オーストラリアの住民対象前向き研究
Fifteen year quality of life outcomes in men with localised prostate cancer: population based Australian prospective study BMJ. 2020 Oct 7;371:m3503. doi: 10.1136/bmj.m3503. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】限局性前立腺がんの診断後15年間の治療関連QOLの変化を評価すること。 【デザイン】追跡期間15年以上の住民対象前向きコホート研究。 【設定】オーストラリア・ニューサウスウェールズ州。 【参加者】ニューサウスウェールズ州の有権者名簿から無作為に募集し、New South Wales Prostate Cancer Care and Outcomes Study(PCOS)に登録した70歳未満の限局性前立腺がん患者1642例と対照786例。 【主要評価項目】12項目のShort Form Health Survey(SF12)尺度、カリフォルニア大学ロサンゼルス校前立腺がん指数、拡張前立腺がん複合指標(EPIC-26)を用いて、15年間で7回の測定時に一般的な健康状態と疾患別QOLを自己申告した。比較群とした対照との調整平均差を算出した。ベースラインスコアから標準偏差(SD)の3分の1と定義した最小重要差をもって、調整平均差の臨床的重要性を評価した。 【結果】15年時、全治療群が高水準の勃起不全を報告し、62.3%(積極的監視・経過観察、53例中33例)から83.0%(神経非温存根治的前立腺摘除、141例中117例)までと治療によって異なるが、いずれも対照群(42.7%、103例中44例)よりも高率であった。1次治療に外部照射法、高線量率近接照射療法、アンドロゲン除去療法を実施した患者に腸管障害の報告が多かった。外科手術を施行した患者で特に尿失禁の自己申告率が高く、アンドロゲン除去療法を実施した患者で、10~15年時に排尿障害の報告が増加した(10年目:調整平均差-5.3、95%信頼区間-10.8~0.2、15年目:-15.9、-25.1~-6.7)。 【結論】初期に積極的治療を受けた限局性前立腺がん患者で、前立腺がん診断を受けていない対照と比べて、自己報告による長期QOLが全般的に悪化した。根治的前立腺摘除術を受けた患者では特に、長期的な性生活転帰が不良であった。治療方法を決定する際、このような長期的QOLを考慮すべきである。 第一人者の医師による解説 長期的な性機能低下と尿失禁に関して 事前に十分な情報提供が必要 米瀬 淳二 公益財団法人がん研究会有明病院泌尿器科部長 MMJ. April 2021;17(2):55 前立腺がんは、前立腺特異抗原(PSA)検診により早期発見が増え男性のがんの中で肺がんに次いで2番目に高い罹患率となった。転移のない限局がんの予後は一般的に良好で、10年の疾患特異的生存率は本論文にもあるように、ほぼ100%である。良好な生存率の陰には不必要な過剰治療が生活の質(QOL)を低下させるという反省があり、低リスク限局性前立腺がんには監視療法が行われるようになった(1)。一方、米国では過剰な早期診断は益よりも害をもたらすとして2012年にPSA検診は有害とする勧告が出され、近年転移性前立腺がんの再増加が観察されている(2)。 住民に対するPSA検診の是非はさておき、先進国では毎日多くの男性が限局性前立腺がんと診断される。この早期発見が害ではなく益をもたらすためには、早期限局がんの治療選択において本論文のようなQOL調査の結果が参考になる。限局性前立腺がんの治療には、そのリスクに応じて、即座に根治治療を行わない監視療法から、前立腺全摘術、外照射、小線源治療、内分泌療法などの選択肢がある。これまでの前立腺がん治療後のQOL調査と同様、前立腺全摘では、尿失禁、性機能障害が長期にわたって継続し、外照射では腸のわずらわしさが他の治療より強く、小線源では排尿のわずらわしさが強く、時間経過とともに性機能低下はやがて受け入れられていくという結果が示されている。この点は実臨床での印象どおりで、やはりそうかと思わせるものである。 一方、本論文の限界としては初回治療後の追加治療に関する情報がないことである。監視療法も15年の間には半数以上が何らかの介入を受けている可能性があり、外照射のほとんどは一時的なホルモン療法が先行および併用されていると考えられる。このため、これらの初回治療群のQOLの結果の解釈に注意が必要と思われる。例えばホルモン療法群に腸のわずらわしさが多いのは放射線療法を受けた患者が多く含まれていると考えられ、逆に外照射の早期の性機能低下は内分泌療法併用の影響もあるのではないかと推測される。もちろん前立腺全摘術も再発時には追加治療を受けているのでどの群でも複数治療の影響があると思われる。しかし初回治療の選択から追加治療を含めての長期QOLは貴重なデータであり、治療選択の際には提示すべき結果である。ただあくまで個人的見解であるが、15年先のQOLよりもより短期間のQOLを重視する患者さんも多いと感じている。 1. Chen RC, et al. J Clin Oncol. 2016;34(18):2182-2190. 2. Butler SS, et al. Cancer. 2020;126(4):717-724.
小児期の鉛暴露とMRIで測定した中年期の脳構造の統合性の関連
小児期の鉛暴露とMRIで測定した中年期の脳構造の統合性の関連
Association of Childhood Lead Exposure With MRI Measurements of Structural Brain Integrity in Midlife JAMA. 2020 Nov 17;324(19):1970-1979. doi: 10.1001/jama.2020.19998. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】小児期の鉛曝露に脳の発達の阻害と関連があるが、脳構造の統合性にもたらす長期的な影響が未だ明らかになっていない。 【目的】小児期の鉛暴露によってMRIで測定した中年期の脳構造の統合性が低下するという仮説を検証すること。 【デザイン、設定および参加者】ダニーデン研究では、ニュージーランドで1972~1973年に出生した集団代表コホート(解析対象564例)を45歳まで(2019年4月まで)追跡した。 【曝露】11歳時に測定した小児期の鉛曝露。 【主要評価項目】45歳時のMRIで評価した脳構造の統合性(主要評価項目):灰白質(皮質厚、表面積、海馬体積)、白質(大脳白質病変、拡散異方性[理論的範囲0{完全に等方性拡散}~100{完全に異方性拡散}]およびBrain Age Gap Estimation[BrainAGE、実年齢と機械学習アルゴリズムで推定した脳年齢の差の複合指標{0:脳年齢と実年齢が同じ;正数は脳年齢が高く、負数は脳年齢が若い}])。45歳時の認知機能をウェクスラー成人知能検査第4版(WAIS-Ⅳ、IQ範囲40~160点、平均100点に標準化)を用いて客観的に、情報提供者および自己報告(zスコア単位;尺度平均0[SD 1])で主観的に評価した。 【結果】最初の参加者1,037例中997例が45歳時点で生存しており、そのうち564例(男性302例、女性262例)が11歳時に鉛検査を受けていた(追跡期間中央値34[四分位範囲33.7~34.7]年)。11歳時点の血中鉛濃度が平均10.99(SD 4.63)μg/dLであった。共変量で調整後、小児期の血中鉛濃度が5μg/dL増加するたびに、皮質表面積の1.19cm2減少(95%CI -2.35~-0.02cm2、P=0.05)、海馬体積の0.10cm3減少(95%CI -0.17~-0.03cm3、P=0.006)、拡散異方性の低下(b=-0.12、95%CI -0.24~-0.01、P=0.04)、45歳時のBrainAGEの0.77歳上昇(95%CI 0.02~1.51、P=0.05)が認められた。血中鉛濃度と対数変換した白質病変体積(b=0.05 log mm3、95%CI -0.02~0.13 log mm3、p=0.17)や平均皮質厚(b=-0.004mm、95%CI -0.012~0.004mm、p=0.39)との間に統計的な有意差は認められなかった。小児期の血中鉛濃度が5μg/dL増加するたびに、45歳時のIQスコア2.07低下(95%CI -3.39~-0.74、P=0.02)、情報提供者が評価した認知機能障害スコア0.12増加(95%CI 0.01~0.23、P=0.03)との有意な関連が認められた。小児期の血中鉛濃度と自己報告による認知的問題との間に統計学的有意な関連は認められなかった(b=-0.02ポイント、95%CI -0.10~0.07、P=0.68)。 【結論および意義】中央値で34年追跡したこの縦断的コホート研究では、小児期の血中鉛濃度高値にMRIを用いた脳構造の測定項目との関連が見られ、中年期の脳構造の統合性が低下することが示唆された。多重比較のため、第1種の過誤が生じた結果があると考えられる。 第一人者の医師による解説 脳表面積や海馬容積を減少させ 成人期脳機能と負の相関があることを示唆 高橋 孝雄(教授)/三橋 隆行(専任講師) 慶應義塾大学医学部小児科学教室 MMJ. April 2021;17(2):56 小児期の化学物質などへの曝露が知能に悪影響を与えることがこれまで指摘されてきた。具体的には、水銀、鉛、多環式芳香族炭化水素やダイオキシン類の低濃度曝露が小児の知能に悪影響を与える可能性が報告されている。鉛については、1980年代まで使用された有鉛ガソリンによる大気汚染の影響や、現在禁止されている鉛を含有した白色塗料の経口摂取があり、小児の血中鉛濃度と知能発達との関連性が報告されてきた。 本論文は、ニュージーランド・ダニーデンで1972~73年に出生し、11歳時に血中鉛濃度を測定された出生コホートを対象とした縦断的前向きコホート研究(Dunedin Study)の報告である。先行解析では鉛曝露量が増えると38歳時の知能指数が低下する相関性が示されていたことから(1)、生後小児期の血中鉛濃度と45歳時の脳構造異常との関連性を検討した。脳MRI画像をもとに各脳構造を計測した結果、血中鉛濃度の上昇に伴い脳表面積と海馬容積が減少することが明らかとなった。さらに、脳機能の参考指標となる拡散強調画像により得られる異方性比率(global fractional anisotropy)の低下や、機械学習を用いた人工知能による推定脳年齢が悪化する点も判明した。 本研究の評価できる点としては、他のコホート研究に比べ社会経済的背景による鉛曝露量の偏りがない点が挙げられる。他の先行研究では、高収入の家庭の子どもはそうでない子どもに比べ鉛曝露量が多くても知能指数が下がりにくいといった報告(2)があるが、今回、家庭の経済状況や教育レベルといったバイアスを排除し、純粋な鉛曝露の影響を明らかにできた点が評価できる。 一方、本研究の限界として、今回検出された脳構造の異常が小児期にすでに存在したのか、あるいは成人に至る過程で生じたのか不明な点が挙げられる。また、仮に生後の鉛曝露のみの影響を検出しているとしても、脳の成熟化の異常なのか、完成された脳構造の変性による表面積の減少などなのかについては不明な点が残されている。 以上の限界はあるものの、本成果は小児期の鉛曝露が小児期のみならず成人期の認知機能に悪影響を与える可能性を解剖学的な脳の構造異常により裏付けたものと評価できる。被験者の主観的な認知機能には変化がなく、また偽陽性の可能性は残されてはいるものの、鉛曝露が中年期の認知機能を悪化させている可能性が危惧される。今後は、他の化学物質についても同様の検討が行われることが必要であろう。 1. Reuben A, et al. JAMA. 2017;317 (12):1244-1251. 2. Marshall AT, et al. Nat Med. 2020;26(1):91-97.
院外亜硝酸ナトリウム投与が心停止後病院到着までの生存率にもたらす効果 無作為化臨床試験
院外亜硝酸ナトリウム投与が心停止後病院到着までの生存率にもたらす効果 無作為化臨床試験
Effect of Out-of-Hospital Sodium Nitrite on Survival to Hospital Admission After Cardiac Arrest: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Jan 12;325(2):138-145. doi: 10.1001/jama.2020.24326. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】心停止モデル動物で、蘇生時に亜硝酸ナトリウムを投与することによって生存率が改善することが認められているが、ヒトを対象とした臨床試験で有効性が評価されていない。 【目的】院外心停止の蘇生時に救急医療隊員が亜硝酸ナトリウムを非経口投与することによって病院到着までの生存率が改善するかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】米ワシントン州キング郡で、心室細動の有無を問わず院外心停止を来した成人1502例を対象とした第II相二重盲検プラセボ対照無作為化臨床試験。2018年2月8日から2019年8月19日の間に救急医療隊員が蘇生処置を実施した患者を登録した。2019年12月31日までに追跡調査とデータ抽出を終えた。 【介入】適格な院外心停止患者を亜硝酸ナトリウム45mg(500例)、亜硝酸ナトリウム60mg(498例)、プラセボ(499例)を投与する群に(1対1対1の割合で)無作為に割り付け、蘇生処置実施中にできるだけ早くボーラス投与した。 【主要評価項目】主要評価項目は病院到着時の生存率とし、片側仮説検定で評価した。副次評価項目は、院外変数(自己心拍再開率、再心停止率、血圧維持を目的としたノルエピネフリン使用)と院内変数(退院時の生存率、退院時の神経学的転帰、24、48、72時間までの累積生存率、集中治療室在室日数)とした。 【結果】無作為化した院外心停止患者1502例(平均年齢64歳[SD 17]、女性34%)のうち99%が試験を完了した。全体で、亜硝酸ナトリウム45mg群の205例(41%)、同60mg群の212例(43%)、プラセボ群の218例(44%)が病院到着まで生存していた。45mg群とプラセボ群の平均差は-2.9%(片側95%CI -8.0%~∞、P=0.82)、60mg投与群とプラセボ群の平均差は-1.3%(片側95%CI -6.5%~∞、P=0.66)であった。事前に規定した副次評価項目7項目には有意差は認められず、退院時の生存者数が亜硝酸ナトリウム45mg群66例(13.2%)、同60mg群72例(14.5%)、プラセボ群74例(14.9%)で、亜硝酸ナトリウム45mg群とプラセボ群の平均差は-1.7%(両側検定の95%CI -6.0~2.6%、P=0.44)、同60mg群とプラセボ群の平均差は-0.4%(同-4.9~4.0%、P=0.85)であった。 【結論および意義】院外心停止を来した患者で、亜硝酸ナトリウムの投与は、プラセボと比較して病院到着時の生存率が有意に改善することはなかった。この結果から、院外心停止の蘇生時に亜硝酸ナトリウムの使用は支持されない。 第一人者の医師による解説 心肺停止蘇生後の神経障害抑制 他の薬剤も含めさらなる研究の進展を期待 今井 寛 三重大学医学部附属病院救命救急・総合集中治療センター センター長・教授 MMJ. April 2021;17(2):58 心停止患者において脳神経障害は主な死因であり、蘇生された患者のほとんどは意識を取り戻すことはない。心肺蘇生法の進歩にもかかわらず、米国で2005~15年に収集されたデータによると、院外心停止後に自己心拍再開した患者の80%以上が退院前に死亡している。亜硝酸投与療法は虚血と再灌流後の細胞障害とアポトーシスを抑制し、また多数の動物モデルにおいて細胞保護効果を認めている。げっ歯類の心停止モデルでは、蘇生中に低用量亜硝酸塩を単回静脈内投与すると生存率が48%向上したと報告されている。他の動物モデルでは、心停止後の再灌流初期の亜硝酸塩濃度が10~20μMの間であれば生存率の改善と関連していることが示唆された。院外心停止患者125人を対象とした第1相非盲検試験の結果では、心停止の場合、蘇生中に亜硝酸ナトリウム45mgまたは60mgを投与すると投与後10~15分以内に血清中亜硝酸濃度が10~20μMに到達した(1)。 本研究はこれらの知見に基づき、院外心肺停止の傷病者に対して蘇生中に亜硝酸ナトリウムを急速静注することによって生存入院率が上がるかどうかについて第2相無作為化二重盲検プラセボ対照試験として検討された。ワシントン州キング郡で2018年2月8日~19年8月19日に登録された院外心停止患者(すべての初期波形を対象、外傷を除く)は1,502人で、亜硝酸ナトリウム45mg群(500人)、60mg群(498人)、プラセボ群(生食、499人)に無作為に割り付けられ、救急隊員が蘇生中にできる限り早く静注した。その結果、生存入院した患者は亜硝酸ナトリウム45mg群205人(41%)、60mg群212例(43%)、プラセボ群218人(44%)であり、プラセボ群との平均差は45mg群で-2.9%(片側95% CI, -8.0%~∞;P=0.82)、60mg群で-1.3%(片側95% CI, -6.5%~∞;P=0.66)といずれも有意差を認めなかった。事前に設定した7つの副次評価項目(再心停止率、救急隊員によるノルアドレナリン使用、自己心拍再開率、集中治療室[ICU]滞在日数、24・48・72時間までの累積生存率、退院までの生存率、および退院時の神経学的状態)についても有意差を認めなかった。したがって、著者らは院外心肺停止に対する蘇生中の亜硝酸ナトリウム静注は支持されないと結論付けている。 心肺停止蘇生後の神経障害抑制は重要な課題であり、亜硝酸ナトリウムだけでなく他の薬剤も含めてさらなる研究が進むことを期待する。 1. Kim F, et al. Circulation. 2007;115(24):3064-3070.
2017年から2100年までの195の国と地域の出生率、死亡率および人口の推移 国際疾病負荷研究の予測研究
2017年から2100年までの195の国と地域の出生率、死亡率および人口の推移 国際疾病負荷研究の予測研究
Fertility, mortality, migration, and population scenarios for 195 countries and territories from 2017 to 2100: a forecasting analysis for the Global Burden of Disease Study Lancet. 2020 Oct 17;396(10258):1285-1306. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30677-2. Epub 2020 Jul 14. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】年齢構造の変化、資源および医療のニーズ、環境および経済的展望を予測し計画を立てるために、将来の人口推移の可能性を理解することが重要である。将来の出生率パターンは、将来の人口規模を予測するために重要なデータであるが、不確実性が大きく、推定や予測の方法が異なるため、世界の人口予測に重要な差が生じる可能性がある。人口規模および年齢構造が変化することによって、多くの国に経済的、社会的および地政学的に大きな影響を及ぼすと思われる。この研究では、死亡率、出生率、移住および人口を予測する新たな方法を開発した。このほか、将来の人口統計学的変化の経済的および地政学的影響の可能性を評価した。 【方法】出生率、移住率および死亡率を表す参照および代替シナリオで将来の人口をモデル化した。50歳時のコホート合計特殊出生率(CCF50)を求めるため、統計モデルを開発した。コホート合計特殊出生率は、合計特殊出生率(TFR)の期間指標よりも長期的にみてはるかに安定している。学歴および避妊手段使用を時系列ランダムウォークの関数に用いて、CCF50をモデル化した。CCF50および共変量を関数として、2100年までの年齢別死亡率をモデル化した。潜在的な死亡率、危険因子、自己回帰和分移動平均(ARIMA)モデルを用いて、2100年までの年齢別死亡率をモデル化した。社会人口統計学的特性指数、人口増加率および戦争と自然災害による死亡を関数として、ARIMAモデルを用いて純移動をモデル化した。モデルの枠組みは、学歴と避妊手段使用の変化の速度を基にした参照シナリオと代替シナリオを開発するために用いた。参照シナリオでの各国および地域の国内総生産のサイズを推定した。予測した不確定区間(UI)で過去のデータ、モデル推定および予測したデータ分布から伝播した不確かさを組み込んだ。 【結果】参照シナリオでは、2100年の世界のTFRは1.66(95%UI 1.33~2.08)と予測された。参照シナリオでは、世界の人口は2064年の97億3000万人(88億4000万-109億)をピークに減少に転じ、2100年に87億9000万人(68億3000万~118億)になると予測された。2100年の上位5カ国の参照予測は、インド(10.9億人[7億2000万~17億1000万])、ナイジェリア(7億9100万人[5億9400万~10億5600万])、中国(7億3200万[4億5600万~14億9900万])、米国(3億3600万[2億4800万~4億560-万])およびパキスタン(2億4800万[1億5100万~4億2700万])であった。このほか、世界の多くの地域で年齢構造が変化することが示唆され、2100年には65歳以上が23億7000万人(19億1000万~28億7000万)、20歳未満が17億人(11億1000万~28億1000万)になることが予測された。2050年までに151カ国で、2100年までに183カ国でTFRが人口置換水準(TFR 2.1未満)を下回ることが予想された。参照シナリオでは、日本やタイ、スペインなどの23カ国で、2017-2100年の間に人口が50%以上減少し、中国の人口が48.0%(-6.1~68.4)低下する見通しが立った。参照シナリオでは、2035年までに中国が最大の経済国になり、2098年に米国が再び最大の経済国になることが予想された。代替シナリオから、教育と避妊手段へのアクセス改善の持続可能な開発目標(SDG)が達成されると、2100年の世界人口が62億9000万人(48億2000万~87億3000万)になり、この推進因子の変化率の99%パーセンタイル値を推測すると、人口が68億8000万人(52億7000万~95億1000万)になると予測された。 【解釈】この結果から、女性の学歴と避妊手段へのアクセス改善の傾向が続くと、出生率低下が加速し、人口増加が鈍化する。中国やインドなどの多くの国でTFRが人口置換水準を下回り続けると、経済的、社会的、環境的および地政学的な影響があるであろう。女性の性と生殖に関する健康を維持し増進すると同時に、低出生率の持続に対応する政策が今後重要になってくると思われる。 第一人者の医師による解説 増える非労働力人口比率 社会保障制度などの財政的持続がますます深刻 野村 周平 慶應義塾大学医学部医療政策管理学・特任准教授 MMJ. April 2021;17(2):60 1950年代以降、世界人口の予測は国連経済社会局人口部(UNPD)などによって行われている。UNPDの最新統計では2100年の世界人口は108.8億人と予測されている。本論文は世界の疾病負荷研究(Global Burden of Disease;GBD)プロジェクトの研究成果からの1編であり、GBD2017の枠組みに基づき(1)、UNPDなどの方法論に改善を加え、世界195の国・地域における2018年から2100年までの人口を予測したものである。 GBD人口予測モデルは大きく死亡率、移民率、出生率の3要素からなり、それぞれも別個の予測モデルで推定されている。死亡率は危険因子の保有率や社会人口指数(SDI:収入レベル、教育レベル、出生率の混合指標)の関数として、移民率はSDIや紛争・自然災害による死亡数、出生率と死亡率の差の関数としてモデル化されている。出生率のモデル化が特筆すべき点であり、従来人口予測で多く使われる合計特殊出生率(TFR)ではなく、「特定の集団における女性が50歳を迎えたときに出産した子供の数の平均」と定義される生涯出生率(CCF50)が、今回の人口予測モデルで使われている。CCF50は女性が出産可能年齢の終わりまでの実際の出産数を表すという点で、女性教育の進展に伴う妊娠年齢上昇の影響をTFRよりも受けづらく、推定がより安定する(注 TFRはある年における教育水準の異なる世代別の出生率の合計)。CCF50は女性の教育レベルと避妊へのアクセスの関数としてモデル化され、年齢別出生率およびTFRもCCF50の関数として推定された。 本研究では、世界人口は2064年にピーク(約97億人)を迎えた後、2100年には約88億人にまで減少すると推定された。2050年までに195カ国中151カ国で、2100年までに183カ国でTFRが2.1*を下回るとしている(*人口が減少し始めるとされる閾値)。2017年時に約1億2800万人であった日本の人口は、2100年までに5300万人以下に減少すると予測された。日本、タイ、スペインなど23カ国では、人口が半減すると予測されている。 人口減少は二酸化炭素の排出量減や、地球の食糧システムへの負荷が減るメリットだけではなく、経済成長とも密接に関係する。本研究で非労働力人口の労働力人口(20~64歳と定義)に対する比率は、2017年の0.80から世界全体で2100年には1.16に達すると予測された。国民健康保険や社会保障制度の財政的持続の課題がますます深刻になる。女性のリプロダクティブ・ヘルスを維持・向上させつつ、低出生率の持続に適応するための政策オプションが今後重要であると本稿は締め括られている。 1. GBD 2017 Population and Fertility Collaborators. Lancet.2018;392(10159):1995-2051.(MMJ 2019年12月号)
進行ALK陽性肺がんの1次治療に用いるロルラチニブとクリゾチニブの比較
進行ALK陽性肺がんの1次治療に用いるロルラチニブとクリゾチニブの比較
First-Line Lorlatinib or Crizotinib in Advanced ALK-Positive Lung Cancer N Engl J Med. 2020 Nov 19;383(21):2018-2029. doi: 10.1056/NEJMoa2027187. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】第3世代の未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)阻害薬ロルラチニブは、治療歴のあるALK陽性非小細胞肺がん(NSCLC)に対する抗腫瘍活性がある。進行ALK陽性NSCLCの1次治療に用いるロルラチニブのクリゾチニブと比較した有効性は明らかになっていない。 【方法】進行または転移性ALK陽性NSCLCがあり、転移性NSCLCに対する全身治療歴のない患者296例を対象に、ロルラチニブをクリゾチニブと比較する第III相国際共同無作為化試験を実施した。主要評価項目は、盲検下の独立中央判定で評価した無増悪生存期間とした。独立に評価した客観的奏効率、頭蓋内奏効率を副次的評価項目とした。病勢進行または死亡の期待数177件中約133件(75%)発生後に有効性の中間解析を実施するよう計画した。 【結果】12カ月時の無増悪生存率はロルラチニブ群78%(95%信頼区間[CI]70~84)、クリゾチニブ群39%(95%CI 30~48)であった(病勢進行または死亡のハザード比0.28、95%CI 0.19~0.41、P<0.001)。ロルラチニブ群の76%(95%CI 68~83)とクリゾチニブ群の58%(95%CI 49~66)に客観的奏効が認められ、測定可能な脳転移があった患者ではそれぞれ82%(95%CI 57~96)と23%(95%CI 5~54)が頭蓋内奏効を得、ロルラチニブを投与した患者の71%が頭蓋内完全奏効を得た。ロルラチニブ群で頻度が高かった有害事象は、高脂血症、浮腫、体重増加、末梢性ニューロパチー、認知障害であった。ロルラチニブは、クリゾチニブと比較すると、グレード3または4の有害事象(主に脂質値異常)が多かった(72% vs. 56%)。それぞれ7%と9%が有害事象のため治療を中止した。 【結論】治療歴のない進行ALK陽性NSCLC患者を対象とした結果の中間解析から、ロルラチニブの投与を投与した患者は、クリゾチニブを投与した患者と比べて無増悪生存期間が有意に長く、頭蓋内奏効の確率が高かった。ロルラチニブで脂質値異常の発現頻度が高かったため、グレード3または4の有害事象発現率はロルラチニブの方がクリゾチニブよりも高かった。 第一人者の医師による解説 ロルラチニブは頭蓋内病変に対して奏効 アレクチニブとの使い分けが臨床上の課題 大谷 咲子 北里大学医学部呼吸器内科診療講師/佐々木 治一郎 北里大学医学部附属新世紀医療開発センター横断的医療領域開発部門臨床腫瘍学教授 MMJ. April 2021;17(2):37 未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)融合遺伝子は、非小細胞肺がんの約3~5%に認めるドライバー遺伝子異常である。進行・再発ALK融合遺伝子陽性肺がんに対するALKチロシンキナーゼ阻害薬(ALK-TKI)治療は、プラチナ製剤併用療法との比較試験で無増悪生存期間(PFS)の有意な延長を示したクリゾチニブで確立した(1)。その後、クリゾチニブと第2世代 ALK-TKIアレクチニブの第3相比較試験(ALEX試験)の結果、アレクチニブがPFSの有意な延長を示した(2)。このような背景から日本肺癌学会の「肺癌診療ガイドライン 2020年版」では、ALK融合遺伝子陽性肺がんの1次治療としてアレクチニブを推奨している(3)。 本論文は、未治療ALK融合遺伝子陽性肺がんを対象に第3世代ALK-TKIロルラチニブをクリゾチニブと比較する国際共同無作為化第3相試験(CROWN試験)の中間報告である。本試験には日本を含む23カ国104施設が参加し、対象は未治療の進行 ALK融合遺伝子陽性肺がん患者で、ロルラチニブ群149人、クリゾチニブ群147人に割り付けられた。主要評価項目はPFS、副次評価項目は客観的奏効割合と頭蓋内病変への奏効割合とした。中間解析のデータカットオフ時の12カ月PFS率は、ロルラチニブ群78%、クリゾチニブ群39%、ハザード比(HR)0.28(P<0.001)とロルラチニブ群が有意に優れていた。客観的奏効割合(76% 対 58%)および測定可能脳転移があった患者での奏効割合(82% 対 23%)ともにロルラチニブ群の方がクリゾチニブ群に比べ高かった。さらに頭蓋内病変を有するロルラチニブ群の71%で完全奏効を認めた。ロルラチニブ群で頻度の高い有害事象は高脂血症、浮腫、体重増加、末梢神経障害、認知機能低下であった。また、ロルラチニブ群はクリゾチニブ群よりもグレード3以上の有害事象(主に高脂血症)の発生が多かった(72% 対 56%)。 ロルラチニブはこれまで既存のALK-TKI耐性後の2次治療薬として承認されていたが、CROWN試験の結果より米食品医薬品局(FDA)は1次治療薬として承認した。日本でも2021年3月現在、1次治療薬として承認申請中である。ロルラチニブは他のALK-TKIに比べ特に脳移行性が高く、頭蓋内病変を有する患者だけでなく、頭蓋内病変の発生も抑制し高い病勢制御を期待できる。一方、グレード3以上の有害事象の頻度がやや高いことから、日本ではアレクチニブとの使い分けが臨床上の課題となる。今後、脳転移の有無や患者の状態、合併症に応じて複数のALK-TKIの中から最適な薬剤を選択することが重要となる。 1. Solomon BJ, et al. N Engl J Med. 2014;371(23):2167-2177. 2. Peters S, et al. N Engl J Med. 2017;377(9):829-838. 3. 肺癌診療ガイドライン 2020 年版:183-188.
重症急性胆石性膵炎が疑われる症例に用いる緊急内視鏡的逆行性膵胆管造影による括約筋切開と保存的治療の比較(APEC試験) 多施設共同無作為化比較試験
重症急性胆石性膵炎が疑われる症例に用いる緊急内視鏡的逆行性膵胆管造影による括約筋切開と保存的治療の比較(APEC試験) 多施設共同無作為化比較試験
Urgent endoscopic retrograde cholangiopancreatography with sphincterotomy versus conservative treatment in predicted severe acute gallstone pancreatitis (APEC): a multicentre randomised controlled trial Lancet. 2020 Jul 18;396(10245):167-176. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】緊急内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)による括約筋切開術によって胆管炎の合併がない胆石性膵炎の転帰が改善するかはいまだに明らかになっていない。著者らは、無作為化試験を実施し、重症急性胆石性膵炎患者に用いる緊急ERCPによる括約筋切開と保存的治療を比較した。 【方法】オランダの病院26施設で実施した多施設共同並行群間評価者盲検無作為化比較優越性試験では、胆管炎の合併がなく重症胆石性膵炎(APACHE IIスコア8点以上、Imrieスコア3点以上、CRP 150mg/L超)の疑いがある患者を適格とした。Webベースの無作為化モジュールを用いて無作為に選択したブロックサイズで被験者を緊急ERCPによる括約筋切開(受診後24時間以内)と保存的治療に(1対1の割合で)無作為に割り付けた。主要評価項目は、無作為化後6カ月以内の死亡または主要合併症(新たに発症した臓器不全の持続、胆管炎、菌血症、肺炎、膵臓壊死または膵機能不全)の複合としたintention to treatで解析した。この試験は、ISRCTNレジストリにISRCTN97372133番で登録されている。 【結果】2013年2月28日から2017年3月1日までの間に、232例を緊急ERCPによる括約筋切開(118例)と保存的治療(114例)に無作為に割り付けた。入院時、緊急ERCP群の1例に胆管炎、保存的治療群の1例に慢性膵炎があったため、ともに最終解析から除外した。主要評価項目は、緊急ERCP群117例中45例(38%)、保存的治療群113例中50例(44%)に発生した(リスク比0.87、95%CI 0.64-1.18、P=0.37)。胆管炎の発症[緊急ERCP群117例中2例(2%)、保存的治療群113例中11例(10%)、RR 0.18、95%CI 0.04-0.78、P=0.010]を除き、主要評価項目を構成する個々の要素に重要な差はなかった。緊急ERCP群118例中87例(74%)、保存的治療群114例中91例(80%)に有害事象が報告された。 【解釈】石性膵炎の疑いがあるが胆管炎の合併がない患者で、緊急ERCPによる括約筋切開によって主要合併症と死亡の複合とした評価項目は減少しなかった。この結果から、重症急性胆石性膵炎が疑われる患者には保存的治療を実施し、胆管炎の合併または胆汁うっ滞が示唆される場合のみ緊急ERCPを施行することが推奨される。 第一人者の医師による解説 胆管炎合併の有無の判断に迷う患者も多く 患者に応じた方針決定が必要 三箇 克幸 横浜市立大学医学部消化器内科学/前田 愼 横浜市立大学医学部消化器内科学主任教授 MMJ. February 2021;17(1):23 胆石性膵炎は急性膵炎の最も一般的な成因であり、胆管炎、臓器不全、およびその他の生命を脅かす合併症を発症することがあるため、治療戦略は重要である。ガイドラインによると、胆管炎を伴う胆石性膵炎では、緊急内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)が推奨されており、胆汁うっ滞を合併する胆石性膵炎でも緊急 ERCPが有用である可能性が示唆されている(1)。一方で、胆管炎や顕著な胆汁うっ滞を合併しない胆石性膵炎の症例に対する、緊急ERCPは保存的治療よりも有用か否かは証明されていないのが現状である。 本論文は、胆管炎を合併しない重篤な経過が予測される胆石性膵炎に対して、乳頭括約筋切開術を伴う緊急 ERCPが保存的治療に比べ有用か否かを評価することを目的に、オランダの26施設で施行された無作為化対照試験(APEC試験)の報告である。APEC試験では胆管炎を合併しない重篤な経過が予測される胆石性膵炎患者を、診断後24時間以内および発症後72時間以内に緊急 ERCPを施行した群(117人)と保存的治療群(113人)に無作為化し評価した。主要評価項目は観察期間の6カ月間における死亡と合併症の複合エンドポイントであった。合併症は、持続する臓器不全、胆管炎、膵実質壊死、菌血症、肺炎、膵内分泌または外分泌機能不全と定義された。 その結果、主要評価項目である死亡・合併症の発生率は、緊急 ERCP群では38%(45/117)、保存的治療群では44%(50/113)であり、統計学的有意差は示されなかった。合併症の多くは両群間で発生率に統計学的有意差は認めなかったが、胆管炎の発生率のみ、保存的治療群の10%(11/113)と比較し、緊急 ERCP群で2%(2/117)と有意に低下した。 今回の研究結果から、重篤な経過が予測される急性胆石性膵炎において、胆管炎を合併する患者においてのみ、緊急ERCPを施行し、それ以外は保存的治療が推奨される。 本研究の限界は、胆石性膵炎自体にも発熱を伴うことがあるため、胆管炎を合併しているか否かの診断が困難な患者も多く存在する点である。また総胆管結石の正診率は超音波内視鏡検査が、生化学検査や放射線検査よりも高いとされている(2)。しかし、超音波内視鏡検査の汎用性の問題から実臨床では生化学検査や放射線検査を用いて評価することが多く、本研究でも同様である。これらの影響に関して、本研究では明らかでないため、今後のさらなる検討が必要である。 1.Tenner S, et al. Am J Gastroenterol.2013 Sep;108(9):1400-1415. 2.Giljaca V,et al.Cochrane Database Syst Rev.2015 Feb 26;2015(2):CD011549.
月経周期が規則的な女性の顕微鏡受精中の全胚凍結と新鮮胚移植戦略の比較 多施設共同無作為化比較試験
月経周期が規則的な女性の顕微鏡受精中の全胚凍結と新鮮胚移植戦略の比較 多施設共同無作為化比較試験
Freeze-all versus fresh blastocyst transfer strategy during in vitro fertilisation in women with regular menstrual cycles: multicentre randomised controlled trial BMJ. 2020 Aug 5;370:m2519. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】生殖補助医療で用いる全胚凍結戦略と新鮮胚移植戦略の妊娠継続率を比較すること。 【デザイン】多施設共同無作為化対象優越性試験。 【設定】デンマーク、スウェーデンおよびスペインの公立病院8施設内の外来不妊治療クリニック。 【参加者】月経周期が規則的で体外受精または卵細胞質内精子注入法いずれかで第1~3治療サイクルを開始する18~39歳の女性460例。 【介入】女性をサイクルの2日目または3日目のベースラインで、トリガーにゴナドトロピン放出ホルモン作動薬を用いて、続く自然サイクルで単一凍結融解胚盤胞を移植する全胚凍結群(全胚の選択的凍結)と、トリガーにヒト絨毛性ゴナドトロピンを用いて、次のサイクルで単一胚盤胞を移植する後新鮮胚移植群に無作為に割り付けた。トリガー投与時に11mm超の卵胞が18個以上あった新鮮胚移植群の女性で、安全策として全胚を凍結し、移植を延期した。 【主要評価項目】主要評価項目は、妊娠8週後の胎児心拍確認と定義した妊娠の継続率とした。生児出生率、ヒト絨毛性ゴナドトロピン陽性率、妊娠までの期間および妊娠関連の母体および新生児の合併症を副次評価項目とした。腫瘍塊性はintention-to-treat原理に従って実施した。 【結果】全胚凍結群と新鮮胚移植群の妊娠継続率に有意な差はなかった(27.8%[223例中62例]vs 29.6%[230例中68例]リスク比0.98、95%CI 0.87~1.10、P=0.76)。さらに、生児出生率にも有意差はなかった(全胚凍結群27.4%[223例中61例]、新鮮胚移植群28.7%[230例中66例]、リスク比0.98、95%CI 0.87~1.10、P=0.83)。ヒト絨毛性ゴナドトロピン陽性率および妊娠喪失にも群間差は見られず、重度卵巣過剰刺激症候群を来した女性は1例もなかった。新鮮胚移植群で、この処置に関連する入院がわずか1例あったのみである。妊娠関連の母体および新生児の合併症リスクは、凍結胚盤胞移植後の平均出生体重が多かった点および新鮮胚移植後に早産のリスクが上昇する点を除き、差は認められなかった。全胚凍結群のほうが妊娠までの期間が長かった。 【結論】規則的な月経がある女性で、卵成熟のためにゴナドトロピン放出ホルモン作動薬を用いた全胚凍結戦略で、新鮮胚移植戦略よりも妊娠継続率および生児出生率が上昇することはなかった。この結果を鑑みると、卵巣過剰刺激症候群の明らかなリスクがない場合でも見境なく全胚凍結戦略をとることに対して注意が必要である。 第一人者の医師による解説 卵巣過剰症候群のリスクがなければ 新鮮胚移植を優先すべきである 末岡 浩 慶應義塾大学医学部臨床遺伝学センター MMJ. February 2021;17(1):29 近年、不妊で悩むカップルは増加傾向にあり、さらに女性の社会進出によって不妊治療の機会が十分に得られずに離職を選ぶ人がいることも大きな課題である。生殖補助医療の発展・普及は目覚ましく、日本の出生児の16人に1人は体外受精で妊娠に至っており、そのうち70%は凍結胚移植である。海外では凍結胚の妊娠は日本ほど多くはないが、メリットの観点から増え続けている。胚の凍結は、余剰胚の有効活用に加えて、多胎の防止、排卵誘発に伴う通常周期よりも高レベルのホルモン環境中の胚移植を避け、時には重篤な状態を引き起こす可能性のある卵巣過剰刺激症候群の発生を防ぐことができるなど、有益な点が少なくないと考えられてきた。一方、凍結融解による胚への侵襲と妊娠成績への影響が懸念されている。 本論文は、欧州3カ国8施設で18~39歳の正常排卵周期を有する女性460人を対象に凍結胚移植の新鮮胚移植に対する優越性を検討した多施設共同無作為化対照試験の報告である。患者に対して排卵誘発剤による卵巣刺激を行い、最終的にヒト絨毛ホルモン(hCG)注射による排卵誘導を行った後、採卵し、通常の体外受精または顕微授精によって得られた胚を5~6日間体外で胚盤胞に至るまで培養し、新鮮胚移植群では5~6日目に移植した。凍結胚移植群では排卵時期を特定するため排卵誘導にはhCGの代わりにゴナドトロピン分泌ホルモンアゴニスト(GnRHa)を投与し、排卵の上で同期化した時期に子宮に移植した。妊娠率、分娩に至った割合、流産率のほか、排卵誘発剤による副作用としての卵巣過剰刺激症候群、出生体重の変化などを検討した。 その結果、凍結胚移植群と新鮮胚移植群で妊娠率、出生率、流産率には差がなく、凍結周期が妊娠成績に好結果をもたらすとした既報とは異なる結論が得られた。懸念されていた卵巣過剰刺激症候群の発生については、1例を除き、排卵誘発した周期に行った新鮮胚移植でも腹水貯留や入院管理を必要とする重症例は認められなかった。ただし、採卵周期の排卵誘発時から医療サイドの注意したことが功を奏した可能性はある。一方、凍結胚移植では有意な児体重の増加および早産率の上昇がみられ、妊娠までの期間が長くなった。今回の検討結果からGnRHaとhCGの排卵誘導に関して、また新鮮胚移植と比較して、凍結胚移植による妊娠出産率への効果に有意差はなかったことが示された。このことから、卵巣過剰刺激症候群のリスクがない時にまですべての胚で凍結胚移植を選択すべきではなく、新鮮胚移植を優先すべきであることが示唆された。
英国のSARS-CoV-2感染が確定し入院した妊婦の特徴と転帰 全国住民対象コホート研究
英国のSARS-CoV-2感染が確定し入院した妊婦の特徴と転帰 全国住民対象コホート研究
Characteristics and outcomes of pregnant women admitted to hospital with confirmed SARS-CoV-2 infection in UK: national population based cohort study BMJ. 2020 Jun 8;369:m2107. doi: 10.1136/bmj.m2107. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】英国で重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のため入院した妊婦の全国コホートの特徴を記述し、感染関連因子および感染伝播などの転帰を明らかにすること。 【デザイン】英国産科監視システム(UKOSS)を用いた前向き全国住民対象コホート研究 【設定】英国内の全194の産科ユニット(obstetric unit)。 【参加者】2020年3月1日から4月14日の間にSARS-CoV-2感染のため入院した妊婦427例。 【主要評価項目】妊娠中の入院および新生児の感染の発生。母体の死亡、レベル3集中治療室への入室、胎児喪失、帝王切開分娩、早産、死産、早期新生児死亡および新生児ユニット入室。 【結果】妊娠中のSARS-CoV-2感染による入院発生率は、妊婦1000例当たり4.9(95%CI 4.5-5.4)と推定された。妊娠中SARS-CoV-2感染のため入院した妊婦233例(56%)が黒人またはその他の少数民族であり、281例(69%)が過体重または肥満、175例(41%)が35歳以上であり、145例(73%)に基礎疾患があった。266例(62%)が出産または妊娠喪失し、そのうち196例(73%)は正期産だった。41例(5%)が呼吸補助を要したため入院し、5例(1%)が死亡した。新生児265例のうち12例(5%)が検査でSARS-CoV-2 RNA陽性を示し、そのうち6例が出生後12時間以内に陽性が確定した。 【結論】SARS-CoV-2のため入院した妊婦のほとんどが妊娠第2または第3三半期であり、後期妊娠中に社会的距離を保持する指導の重要性を裏付けるものである。ほとんどが転帰良好であり、児へのSARS-CoV-2伝播の頻度は高くない。感染のため入院した妊婦に黒人または少数民族の割合が高いことについては、早急な調査と原因解明が必要とされる。 第一人者の医師による解説 迅速に妊婦感染者を集めた英国調査 日本の疫学調査の脆弱性を痛感 木村 正 大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学教室教授 MMJ. February 2021;17(1):11 2019年末に中国武漢市で最初に確認された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は瞬く間に世界規模の流行を引き起こし、世界保健機関(WHO)は2020年3月に同感染症(COVID-19)の世界的流行を宣言した。インフルエンザ等類似ウイルス呼吸器感染症の経験から妊婦は重篤化するリスクが高いと推測された。感染例の出産に関する報告はすでに5月までに数多くなされたが、施設単位・少数例の集積であった。本論文は出版時点では唯一の国人口ベースでの報告である。3月1日~4月14日に英国産科サーベイランスシステムを用いて同国内でコンサルタントを置く全分娩施設194施設から情報を集積した。調査期間中に427人の妊婦がSARS-CoV-2感染のため入院し(1,000人あたり4.9)、56%はアフリカ系・アジア系などの(英国社会の)少数派であった。69%は過体重または肥満、41%は35歳以上、34%に併存合併症があった。266人はこの期間内に妊娠が終了し、このうち流産4人、早産66人(うち53人は医学的適応)、正期産は196人(分娩の75%)であった。156人が帝王切開を受け29人は全身麻酔(うち18人は母体の呼吸状態悪化による挿管)下で行われた。入院した妊婦427人中41人は高度集中治療、4人は体外式膜型人工肺(ECMO)管理を受けた。観察期間に5人が死亡、397人は軽快退院、25人は入院中であった。新生児は3人が死産、2人が新生児死亡。生産児265人中67人は新生児集中治療室で管理され、12人がPCR検査陽性となった。生後12時間以内に陽性となった6人中2人は経腟分娩、3人は陣痛発来前の帝王切開、1人は発来後の帝王切開であった。 日本では日本産婦人科医会が6月末までの感染妊婦アンケートを行い、72人の感染(有症状者58人)が1,481施設から報告された。罹患率は報告施設の半年間の分娩数から10,000人あたり2人程度となり、今回の報告に比べ20分の1である。10人に酸素投与が行われ、1人が人工呼吸管理を受け死亡した(入国直後の外国籍女性)。児への感染はなかった。日本産科婦人科学会では、研究機関・学会での倫理審査を終え、新型コロナウイルス感染妊婦のレジストリ研究を開始し、9月から登録を募っている。しかし、国は研究費補助のみで研究班が個人情報保護法を意識しながら体制を構築したため時間がかかり、適時に十分な情報を国民に届けることができなかった。本論文は日英の医学研究におけるスピード感の差を如実に表し、最近の日本における個人情報保護法をはじめとするさまざまな制約は迅速な疫学情報収集を脆弱化させていることを改めて痛感している。
物理的距離の保持、マスクおよび保護めがね着用によるヒトからヒトへのSARS-CoV-2感染およびCOVID-19の予防 系統的レビューおよびメタ解析
物理的距離の保持、マスクおよび保護めがね着用によるヒトからヒトへのSARS-CoV-2感染およびCOVID-19の予防 系統的レビューおよびメタ解析
Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis Lancet. 2020 Jun 27;395(10242):1973-1987. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31142-9. Epub 2020 Jun 1. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)はCOVID-19の原因であり、密接な接触を通してヒトとヒトとの間で広がる。著者らは、医療現場および非医療現場(地域など)での物理的距離の保持、マスク着用および眼の保護がウイルス伝播にもたらす効果を調べることを目的とした。 【方法】ヒトからヒトへの感染を避けるための最適な距離を調べ、マスクおよび保護めがね着用によるウイルス伝播予防効果を評価するため、系統的レビューおよびメタ解析を実施した。WHOおよびCOVID-19関連の標準的データベース21件から、SARS-CoV-2、重症急性呼吸器症候群を引き起こすベータコロナウイルス、中東呼吸器症候群のデータを取得した。データベース開始から2020年5月3日までのデータを検索し、言語は問わないが、比較試験や、妥当性、実行可能性、資源の利用および公平性に関する因子を特定した。記録をふるいにかけデータを抽出し、二重にバイアスリスクを評価した。頻度論的統計、ベイズ・メタ解析、ランダム効果メタ回帰解析を実施した。Cochrane法とGRADEアプローチに従って、根拠の確実性を評価した。この試験は、PROSPEROにCRD42020177047番で登録されている。 【結果】16カ国6大陸の観察的研究172件を特定した。無作為化試験はなく、44件が医療現場および非医療現場で実施した比較試験(対象計2万5697例)だった。1m未満の物理的距離と比べると、1m以上の距離でウイルスの伝播率が低く(1万736例、統合調整オッズ比[aOR]0.18、95%CI 0.09-0.38、リスク差[RD]-10.2%、95%CI -11.5--7.5、中等度の確実性)、距離が長くなるほど保護効果が高くなった(1m当たりの相対リスク[RR]の変化2.02、交互作用のP=0.041、中等度の確実性)。マスクの着用で感染リスクが大幅に低下し(2697例、aOR 0.15、95%CI 0·07-0.34、RD -14.3%、-15.9--10.7、低度の確実性)、使い捨てサージカルマスクや同等のマスク(再利用可能な12-16層の綿マスクなど)と比べるとN95や同等のマスクの方が関連が強かった(交互作用のP=0.090、事後確率95%未満、低度の確実性)。このほか、保護めがねでも感染率が低下した(3713例、aOR 0.22、95%CI 0.12-0.39、RD -10.6%、95%CI -12.5--7.7、低度の確実性)。未調整の試験、下位集団解析や感度解析からほぼ同じ結果が得られた。 【解釈】この系統的レビューおよびメタ解析の結果は、1m以上の物理的距離を支持し、政策決定者にモデルおよび接触者追跡の定量的推定を提供するものである。この結果および関連因子から、公共の場および医療現場でのマスク、医療用レスピレーターおよび保護めがねの最適な着用を広めるべきである。この介入の根拠を示す頑強な無作為化試験が必要であるが、現在の入手可能な科学的根拠の系統的評価は中間的なガイダンスになると思われる。 第一人者の医師による解説 44試験のメタ解析の結果 有用なエビデンス さらに今後の研究の蓄積が必要 荒岡 秀樹 虎の門病院臨床感染症科部長 MMJ. February 2021;17(1):14 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の主な感染様式は飛沫感染と接触感染であり、特殊な状況下(例、換気の悪い空間)では一部空気感染を示唆する報告もある。なかでも飛沫感染をどのように防止するかが感染予防の最優先事項と考えられている。本論文は、コロナウイルス(SARS-CoV-2、SARS、MERS)における感染予防法(身体的距離[physical distancing]、マスク、眼の保護)の効果を調べた44試験(患者25,697人)のメタ解析の報告である。 解析の結果、1m以上の身体的距離は、1m未満の身体的距離と比較して、ウイルス伝播を低下させることが証明された(補正オッズ比[aOR], 0.18;95%信頼区間[CI], 0.09~0.38;中程度の確実性)。この予防効果は距離が離れるほど強くなることも明らかとなった(中程度の確実性)。また、マスクの着用は感染のリスクを大幅に低下させた(aOR, 0.15;95% CI, 0.07~0.34;低い確実性)。マスクの感染リスク低下効果は市中よりも医療現場でより大きいことが示唆された。N95マスクはサージカルマスクと比較して予防効果が大きいことが示された。さらに、眼の保護も感染の減少と関連していた(aOR, 0.22;95% CI, 0.12~0.39;低い確実性)。 本研究は世界保健機関(WHO)の支援を受けて実施され、完全な系統的レビューの方法を遵守していることが強みである。また、GRADEアプローチに従って、証拠の確実性を評価している。2020年5月3日までの関連データを検索し、新型コロナウイルスのパンデミックが他の世界的な地域に広がる前に中国からのデータを含めて評価している。一方、本研究の限界として、対象の研究はいずれもランダム化されていないこと、多くの研究で身体的距離に関する正確な情報が提供されておらず推測が含まれること、ほとんどの研究がSARSとMERSについて報告したものであること、などが挙げられる。 今回のメタ解析の結果は、SARS-CoV-2に対する感染予防のランダム化試験がない状況下で、非常に有益な情報を私たちに与えるものである。1m以上の身体的距離が重要で、2m以上の距離はより有用な可能性がある。さらに、医療現場および市中でのマスク着用、眼の保護の重要性を明らかにした。本論文は、2020年5月3日までのエビデンスをまとめ、大変有用なものであるが、これ以降のSARS-CoV-2に特化した感染予防のエビデンスにも注目していきたい。
アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬とCOVID-19診断および死亡率の関連
アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬とCOVID-19診断および死亡率の関連
Association of Angiotensin-Converting Enzyme Inhibitor or Angiotensin Receptor Blocker Use With COVID-19 Diagnosis and Mortality JAMA. 2020 Jul 14;324(2):168-177. doi: 10.1001/jama.2020.11301. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)/アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)によってコロナウイルス感染症(COVID-19)に感染しやすくなり、ウイルスの機能性受容体、アンジオテンシン変換酵素2の発現が亢進することによって転帰が悪化すると思われる。 【目的】ACEI/ARBの使用とCOVID-19の診断およびCOVID-19患者の転帰との関連を調べること。 【デザイン、設定および参加者】COVID-19患者の転帰を調べるため、デンマークの全国レジストリのデータを用いて後ろ向きコホート研究を実施した。ICD-10コードを用いて2020年2月22日から5月4日までのCOVID-19患者を特定し、診断日から転帰または試験期間終了日(2020年5月4日)まで追跡した。COVID-19の感受性を調べるため、コホート内症例対照デザインのCox回帰モデルを用いて、2020年2月1日から同年5月4日まで他の降圧薬を比較したACEI/ARB使用とCOVID-19診断発生率との関連を検討した。 【曝露】発症日前6カ月間の処方と定義したACEI/ARBの使用。 【主要評価項目】この後ろ向きコホート研究で、主要評価項目は死亡とし、死亡または重症COVID-19の複合転帰を副次評価項目とした。コホート内症例対照の感受性解析では、転帰はCOVID-19診断とした。 【結果】この後ろ向きコホート研究には、COVID-19患者4480例を組み入れた(年齢中央値54.7歳[四分位範囲40.9-72.0歳]、47.9%が男性)。ACEI/ARB使用者895例(20.0%)および非使用者3585例(80.0%)であった。ACEI/ARB者の18.1%、非使用者の7.3%が30日以内に死亡したが、この関連は、年齢、性別および既往例で調整した後、有意差はなくなった(調整後ハザード比[HR]、0.83、95%CI 0.67-1.03)。ACEI/ARB使用者の31.9%、非使用者の14.2%に、30日以内に死亡または重症COVID-19が発生した(調整HR 1.04、95%CI 0.89-1.23)。COVID-19感受性を検討するコホート内症例対照研究では、高血圧の既往歴があるCOVID-19患者571例(年齢中央値73.9歳、54.3%が男性)を年齢および性別でマッチさせたCOVID-19がない対照5710例と比較した。COVID-19患者の86.5%がACEI/ARBを使用していたのに対し、対照は85.4%で、他の降圧薬と比較するとACEI/ARBにCOVID-19高発症率との有意な関連は認められなかった(調整HR 1.05、95%CI 0.80-1.36)。 【結論および意義】高血圧患者のACEI/ARB使用歴にCOVID-19診断またはCOVID-19患者の死亡または重症化との有意な関連は認められなかった。この結果から、COVID-19大流行下で臨床的に示唆されるACEI/ARB投与中止は支持されるものではない。 第一人者の医師による解説 COVID-19の流行に際し ACEI/ARBの服薬変更は不要の可能性を示唆 岩部 真人、二木 寛之、岩部 美紀、山内 敏正 東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科 MMJ. February 2021;17(1):9 現在世界中でパンデミックを引き起こしている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、一度は感染拡大の速度が緩んだようにみえた。しかし各種規制緩和などの影響でいわゆる第2波とも呼ぶべき再拡大が各国で起きており、日本でも感染者数は下げ止まっているなど、いまだ予断を許さない状況が続いている。 COVID-19を引き起こす病原体SARS-CoV-2はアンジオテンシン変換酵素(ACE)2を介して細胞内に侵入することが示されている(1)。一方、降圧薬のACE阻害薬(ACEI)やアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)はACE2の発現を上昇させることが知られており(2)、COVID-19の罹患率、重症化率および死亡率への影響が懸念されてきた。ACEIやARBは降圧薬として第1選択となることも多く、投薬対象人口も非常に大きいことから、この関係を検証することは急務とされ、さまざまなコホートで研究が行われている。 本研究はデンマークでのデータを基に、重症化率・死亡率についてはACEI/ARB使用中の患者を含むCOVID-19患者4,480人を対象とした後ろ向きコホート研究により、罹患率についてはコホート内症例対照研究により検討したものである。まず重症化率・死亡率について、ACEI/ARB使用中の895人を含むCOVID-19患者4,480人のコホートで年齢、性別、既往歴について補正すると、ACEI/ARB使用者と非使用者の間で死亡率に有意な差はなかった(ハザード比[HR], 0.83)。同様に死亡率または重症化率についても両群間に有意差はなかった(HR, 1.04)。次に罹患率について、高血圧の既往のあるCOVID-19患者571人と年齢、性別がマッチした高血圧の既往のある非COVID-19患者5,710人との間で比較検討された。その結果、両群間のACEI/ARB使用率に有意な差は なく、ACEI/ARBの使用はCOVID-19の罹患率を上昇させていなかった(HR, 1.05)。 2019年12月以降COVID-19は世界的に拡大し、それから1年が経過しようとしている。COVID-19の病態メカニズムについて、いまだ明らかになっていないことは多いが、疫学的にさまざまな情報が集約されつつある。ACEI/ARBについては、特にSARS-CoV-2はACE2を介して細胞内に侵入することが明らかになり、COVID-19流行初期は服薬に伴うリスクが懸念されていた。しかしながらその後、本研究結果を含めACEI/ARBはCOVID-19の罹患率、重症化率、死亡率を上昇させないことが明らかになり、各学会からもACEI/ARBの使用継続を支持する声明が世界的に出されている。一方、本研究を含めて現在のエビデンスは、ほぼすべて後ろ向き研究の結果であり、各国で進行中の前向き研究に対して、今後も注視し続ける必要がある。 1. Wang Q, et al. Cell. 2020;181(4):894-904. 2. Vaduganathan M, et al. N Engl J Med. 2020;382(17):1653-1659.
SARS-CoV-2による一時的な小児多臓器系炎症性症候群患児58例の臨床的特徴
SARS-CoV-2による一時的な小児多臓器系炎症性症候群患児58例の臨床的特徴
Clinical Characteristics of 58 Children With a Pediatric Inflammatory Multisystem Syndrome Temporally Associated With SARS-CoV-2 JAMA. 2020 Jul 21;324(3):259-269. doi: 10.1001/jama.2020.10369. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】新型コロナウイルス感染症2019の発症率が高い地域で、発熱および炎症を伴うまれな症候群を呈する患児の報告が浮上している。 【目的】SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)による一時的な小児多臓器系炎症性症候群(PIMS-TS)の基準を満たした入院患児の臨床所見および検査値の特徴を明らかし、他の小児炎症性疾患の特徴と比較すること。 【デザイン、設定および参加者】2020年3月23日から5月16日の間に、発熱の持続と公開されているPIMS-TSの診断基準を満たした入院患児58例(中央値9歳、33例が女児)の症例集積。最終追跡日は、2020年5月22日であった。診療記録の臨床症状および検査結果を要約し、2002年から2019年に欧米で入院した川崎病(KD)患児(1132例)、川崎病ショック症候群患児(45例)および中毒性ショック症候群患児(37例)の特徴と比較した。 【曝露】英国、米国および世界保健機関(WHO)が定義するPIMS-TSの基準を満たした患児の兆候、症状、検査および画像所見。 【主要評価項目】PIMS-TSの基準を満たした患児の臨床、検査および画像所見、他の小児炎症性疾患の特徴との比較。 【結果】PIMS-TSの基準を満たす患児58例(平均年齢9歳[IQR 5.7-14]、女児20例[34%])を特定した。58例中15例(26%)がSARS-CoV-2ポリメラーゼ連鎖反応検査の結果が陽性、46例中40例(87%)がSARS-CoV-2 IgG検査陽性であった。合わせて、58例中45例(78%)がSARS-CoV-2感染しているか、感染歴があった。全例に発熱および嘔吐(58例中26例、45%)、腹痛(58例中31例、53%)、下痢(58例中30例、52%)などの非特異的症状が見られた。58例中30例(52%)が発疹、58例中26例(45%)が結膜充血を呈した。検査所見の評価で、C反応性蛋白(229 mg/L[IQR 156-338]、全58例で評価)、フェリチン(610 μg/L[IQR 359-128]、58例中53例で評価)などで著名な炎症が認められ、58例中29例がショック(心筋機能障害の生化学的根拠あり)を来たし、強心薬および蘇生輸液投与を要した(機械的換気を実施した29例中23例[79%]を含む)。13例が米国心臓協会が定義するKDの基準を満たし、23例にKDやショックの特徴がない発熱および炎症があった。8例(14%)が冠動脈拡張または冠動脈瘤を来した。PIMS-TSとKDまたはKDショック症候群を比較すると、年齢が高く(年齢中央値9歳[IQR 5.7-14] vs. 2.7歳[IQR 1.4-4.7]および3.8歳[IQR 0.2-18])、C反応性蛋白(中央値229mg/L vs. 67mg/L[IQR 40-150 mg/L]および193mg/L[IQR 83-237])炎症マーカー高値などの臨床所見や検査所見に差が見られた。 【結論および意義】このPIMS-TSの基準を満たした患児の症例集積では、発熱や炎症から心筋障害、ショック、冠動脈瘤までさまざまな徴候、症状および疾患重症度が見られた。KDおよびKDショック症候群の患児と比較からは、この疾患に関する知見が得られ、他の小児炎症性疾患とは異なるものであることが示唆される。 第一人者の医師による解説 COVID-19重症化抑制の治療法につながる 臨床的意義の大きな研究 永田 智 東京女子医科大学小児科学講座主任教授 MMJ. February 2021;17(1):12 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の高感染率地域で重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2型(SARS-CoV-2)に関連した小児炎症性多系統症候群(PIMS-TS)が報告されており、川崎病との類似性が話題になった。 本論文では、2020年3月?5月に英国の8病院に入院した、英国、米国疾病対策予防センター(CDC)または世界保健機関(WHO)のPIMS-TS基準を満たした小児58人について、臨床的特徴をカルテレビューで抽出し、2002~19年に欧米の病院に入院した川崎病患者(1,132人)、川崎病ショック症候群患者(45人)、トキシックショック症候群患者(37人)と比較検討した。 これらPIMS-TS症例はSARS-CoV-2 PCR検査で58人中15人(26%)が陽性、SARS-CoV-2 IgG抗体検査で46人中40人(87%)が陽性であった。全例で発熱、約半数で嘔吐、腹痛、下痢の消化器症状を認めていた。同様に約半数は発疹や結膜充血といった川崎病類似の症候を呈していた。血清CRPは中央値22.9mg/dL(四分位範囲[IQR],15.6~33.8)、フェリチンも中央値610μg/L(IQR,359~1,280)と全般に高値であった。58人中29人(50%)が心筋機能障害を高頻度に伴うショックをきたし、そのうち23人(79%)は人工呼吸器管理を要していた。13人は米国心臓学会(AHA)の川崎病基準を満たし、興味深いことに8人は冠動脈拡張または冠動脈瘤を合併していた。 本研究では、PIMS-TS、川崎病、川崎病ショック症候群の三者が比較された。PIMS-TSでは罹患年齢の中央値が9歳(IQR,5.7~14)と一般の川崎病(中央値2.7歳)や川崎病ショック症候群(中央値3.8歳)より高かった。また、PIMS-TSの血清CRPは、川崎病(中央値6.7mg/dL)よりかなり高値の傾向にあったが、川崎病ショック症候群とは僅差であった(中央値19.3mg/dL)。 これらのPIMS-TS症例は、発熱・心筋障害・ショック・冠動脈瘤形成といった多臓器にまたがる多彩な症候を示していたが、全般に重症であった。これまで、川崎病に類似した症候をもつ他の疾患は数少なく、しかも冠動脈病変を有する疾患はほとんど報告されていない。PIMS-TSを丁寧に調べることにより、川崎病の病態発症、特に冠動脈病変の発生機序を考える上で、重要なヒントが得られる可能性がある。さらに、川崎病の標準治療である免疫グロブリン大量療法がCOVID-19の重症型であるPIMS-TSの治療に有効であることが証明されれば、COVID-19の重症化抑制に安全性の高い有効な治療選択肢が加わることになり、当検討の臨床的な意義は大きいことになる。
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