「MMJ - 五大医学誌の論文を著名医師が解説」の記事一覧

電子たばこ+カウンセリングとカウンセリング単独の禁煙効果を比較 無作為化比較試験
電子たばこ+カウンセリングとカウンセリング単独の禁煙効果を比較 無作為化比較試験
Effect of e-Cigarettes Plus Counseling vs Counseling Alone on Smoking Cessation: A Randomized Clinical Trial JAMA. 2020 Nov 10;324(18):1844-1854. doi: 10.1001/jama.2020.18889. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】禁煙に電子たばこを用いることはいまだに議論の余地がある。 【目的】禁煙対策として個別カウンセリングと併用する電子たばこを評価すること。 【デザイン、設定および参加者】カナダの17施設で、2016年11月から2019年9月の間に禁煙の意欲がある成人を組み入れた無作為化比較試験(801例をスクリーニング、274例が適格、151例が辞退)。製造の遅延によって早期中止となった(486例中376例、目標の77%)。24週間の結果(2020年3月)を報告する。 【介入】12週間のニコチン含有電子たばこ使用(128例)、ニコチン非含有電子たばこ使用(127例)、電子たばこ不使用(121例)に無作為に割り付けた。全群に個別カウンセリングを実施した。 【主要転帰および評価項目】主要評価項目は、12週時の禁煙点有病率(7日間想起、呼気一酸化炭素を用いて生化学的に検証)とした。参加者の欠損データを喫煙とみなした。何回かの経過観察で調べた副次評価項目7項目は、他の経過観察時の禁煙点有病率、禁煙の継続、1日の禁煙本数の変化、重度有害事象、有害事象、有害事象による脱落および治療のアドヒアランスだった。 【結果】無作為化した参加者376例[平均年齢52歳、女性178例(47%)]の自己報告の喫煙率は12週時で299例(80%)、24週時で278例(74%)だった。禁煙点有病率は、12週時はニコチン含有電子たばこ+カウンセリング群の方がカウンセリング単独群よりも有意に高かった[21.9% vs. 9.1%、リスク差(RD)12.8、95%CI 4.0-21.6]が、24週時は有意差がなかった(17.2%vs. 9.9%、RD 7.3、95%CI -1.2-15.7)。ニコチン非含有電子たばこ+カウンセリングの禁煙点有病率は、12週時はカウンセリング単独と有意差がなかった(17.3%vs. 9.1%、RD 8.2、95%CI -0.1-16.6)が、24週時はカウンセリング単独より有意に高かった(20.5%vs. 9.9%、RD 10.6、95%CI 1.8-19.4)。有害事象がよく見られ[ニコチン含有電子たばこ+カウンセリング120例(94%)、ニコチン非含有電子たばこ+カウンセリング118例(93%)、カウンセリング単独88例(73%)]、多かったのが咳嗽(64%)と口腔内乾燥(53%)だった。 【結論および意義】禁煙意欲がある成人を対象にしたニコチン含有電子たばこ+カウンセリングで、カウンセリング単独よりも12週時の禁煙点有病率が高かった。しかし、この差は24週時に有意性が消失し、早期中止とニコチン含有および非含有電子たばこの結果の矛盾があったため、試験の解釈が限定されることから、詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 個別集中的なカウンセリングは禁煙成功に寄与 さらなる禁煙支援の検討が必要 小川 史洋 横浜市立大学医学部救急医学教室助教 MMJ. April 2021;17(2):39 紙巻きたばこを吸うことによる長期的な健康への悪影響は十分に証明されており、紙巻きたばこ使用者の多くが禁煙を試みている。2010~2011年に実施された米国の調査研究では、少なくとも5週間の禁煙補助薬および/または行動療法を行ったにもかかわらず、過去1年間に禁煙を試みたと報告した8,263人の70%以上が再喫煙していた(1)。 現在、電子たばこ(e-cigarette)を多くの喫煙者が禁煙補助具として使用しているが、禁煙における電子たばこの有効性はいまだに物議を醸している。禁煙に関する電子たばこの効果臨床試験が報告されており、電子たばこを使用することでさまざまな喫煙アウトカムがわずかに改善することを示唆する報告もあるが、その効果は十分に証明されておらず、さらなる検討が必要である。 本論文は、電子たばこの禁煙に関する効果について、電子たばことカウンセリングの併用をカウンセリング単独と比較・検討したランダム化比較試験(E3 Trial)の報告である。本試験では、登録した801人のうち最終的に376人(平均年齢52歳;女性47%)を個別カウンセリングに加えて、ニコチンを含有する電子たばこ、もしくはニコチンを含有しない電子たばこを使用する群、または電子たばこを使用しない群(計3群)にランダムに割り付け、12週間の介入を行い、12、24週目の喫煙状況を比較した。その結果、禁煙を試みている喫煙者に対して、電子たばことカウンセリングを組み合わせることにより、短期間での禁煙効果は期待できるが、長期間での効果は期待できず、さらに、非ニコチン電子たばことニコチン電子たばこ間の差も明らかでないため、さらなる検討が必要である、と著者らは結論づけている。 過去の報告からも、電子たばこ単独では禁煙の成功に大きく貢献する可能性は低く、禁煙の手段として推奨または促進すべきではないと考えられている。多くの電子たばこが、「たばこをやめたい人のための電子たばこ」「電子たばこで禁煙」などと宣伝されているが、製品説明の中に禁煙成功の効果的な用法・用量が示されていないものも多く、電子たばこを医学的な禁煙支援ツールとして支持する科学的証拠はなく、薬物療法など禁煙効果が科学的に証明された禁煙方法と横並びに電子たばこを扱うことはできない。一方、禁煙支援に関する個別集中的なカウンセリングは禁煙成功に寄与するとされており(2)、今後さらなる禁煙支援についての検討が待たれるところである。 1. Siahpush M, et al. BMJ Open 2015;5(1):e006229. 2. Lancaster T, et al. Cochrane Database Syst Rev 2017;3:CD001292.
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン 中間報告
An mRNA Vaccine against SARS-CoV-2 - Preliminary Report N Engl J Med. 2020 Nov 12;383(20):1920-1931. doi: 10.1056/NEJMoa2022483. Epub 2020 Jul 14. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、2019年半に出現した後、世界的に広がり、ワクチン開発を急ぐ国際的な取り組みが促されている。ワクチン候補のmRNA-1273は、融合前の安定化したSARS-CoV-2スパイクタンパクをコードする。 【方法】18-55歳の健康成人45例を対象に第1相用量漸増非盲検試験を実施し、mRNA-1273ワクチン25μg、100μg、250μgいずれかの用量を28日間隔を空けて2回接種した。各用量群に15例が参加した。 【結果】ワクチン初回接種後、高用量群ほど接種後の抗体反応が高かった[酵素結合免疫吸着測定法で測定した29日目の抗S-2P抗体の幾何平均抗体価(GMT):25μg群40,227、100μg群109,209、250μg群213,526]。2回目の接種後、抗体価は上昇した(57日目のGMT:順に299,751、782,719、1,192,154)。2回目の接種後、評価した全例から2通りの方法で血清中和活性が検出され、その値は対照の回復期血清検体パネルの分布の上位半分とほぼ同じだった。参加者の半数以上に疲労、悪寒、頭痛、筋肉痛、注射部位疼痛などの非自発的な有害事象報告があった。2回目の接種の方が全身性有害事象が多く認められ、最高用量群では特に多く、250μg投与群の3例(21%)に重篤な有害事象が1つ以上報告された。 【結論】mRNA-1273ワクチンは全例で抗SARS-CoV-2免疫反応を誘導し、試験に支障を来す安全性の懸念は認められなかった。この結果は、このワクチンの開発継続を支持するものである。 第一人者の医師による解説 第3相試験では 100 μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性 田中 栄 東京大学医学部整形外科教授 MMJ. April 2021;17(2):40 新型コロナウイルス感染症パンデミック終息に向けての切り札として期待されているワクチンの開発は驚異的なスピードで進んでおり、2020年12月には世界に先駆けて英国で承認されたアデノウイルスベクターワクチン(Oxford-AstraZeneca COVID-19ワクチン[AZD1222])の投与が開始された。今回のワクチン開発を特徴づけているのが、これまで臨床で使用されてこなかったタイプのワクチン-mRNAワクチン-の登場である。本論文は米国Moderna社が開発したmRNAワクチン mRNA-1273の第1相試験に関する報告で、オンラインでは2020年7月14日に掲載された。 SARS-CoV-2のスパイク(S)蛋白は突起様の構造を形成し、ウイルスが宿主細胞に感染する際、細胞膜上の受容体ACE(アンジオテンシン変換酵素)2と結合する重要な役割を担っている。mRNA1273ワクチンは、この一部(S-2P)を抗原として用いている。このワクチンの設計では、mRNAに人為的に変異(S2サブユニット中心ヘリックスの連続するアミノ酸2個をプロリンに置換)を導入することでウイルスが受容体に結合する前の構造(prefusion conformation)を安定的にとるように工夫している。このような構造をとることで抗体誘導能が10倍増加するという。mRNA-1273ワクチンは変異型S-2PをコードするmRNAを脂質ナノ粒子内に封入した製剤であり、動物実験では変異型S-2P蛋白そのものをアジュバントと一緒に投与した場合に比べ、mRNA型ワクチンは、抗体誘導能は同程度、T細胞免疫誘導は優れていることが報告されている。 本試験では各群15人の健常成人に対して、それぞれ25、100、250μgのmRNA-1273ワクチンを28日の間隔をあけて2回筋注した。抗S-2P抗体は用量依存性に誘導され、2回目投与後は全例で中和活性のある抗体が回復期患者血清に匹敵する程度に誘導された。試験中止が必要な重篤な(serious)有害事象はみられなかったが、ワクチン投与に伴い倦怠感、冷感、頭痛、筋痛、投与部位痛などは半数以上の被験者に生じ、特に250μg投与群では2回目投与後3人に発熱などの全身性の重症(severe)有害事象がみられた。 mRNA-1273ワクチンについてはその後の第3相無作為化プラセボ対照試験において100μg、28日間隔の投与で94.1%の有効性が示された(1)。各国で一般市民への投与が開始されており、本号が出るころにはある程度実臨床での評価が進んでいるものと思われる。 1. Baden LR, et al. N Engl J Med. 2020:NEJMoa2035389.
肺がん検診CTを要する高リスク喫煙者を特定するための胸部X線画像を用いた深層学習 予測モデルの開発と検証
肺がん検診CTを要する高リスク喫煙者を特定するための胸部X線画像を用いた深層学習 予測モデルの開発と検証
Deep Learning Using Chest Radiographs to Identify High-Risk Smokers for Lung Cancer Screening Computed Tomography: Development and Validation of a Prediction Model Ann Intern Med. 2020 Nov 3;173(9):704-713. doi: 10.7326/M20-1868. Epub 2020 Sep 1. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】胸部断層撮影(CT)検査を用いた肺がん検診で肺がんによる死亡を減らすことができる。メディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)が定めるCTを用いた肺がん検診の適応基準では、詳細な喫煙状況が必要であり、肺がんの見逃しが多い。胸部X線画像を基に自動化した深層学習によって、CT検査の便益がある肺がん高リスクの喫煙者を多く特定できると考えられる。 【目的】電子医療記録(EMR)で入手できることの多いデータ(胸部X線画像、年齢、性別および現在の喫煙状況)を用いて長期的な肺がん発症を予測する畳み込みニューラルネットワーク(CXR-LC)を開発し、検証すること。 【デザイン】リスク予測研究。 【設定】米国肺がん検診試験。 【参加者】CXR-LCモデルはPLCO(前立腺、肺、大腸および卵巣)がん検診試験(4万1856例)で開発した。最終CXR-LCモデルは、新たなPLCOの喫煙者(5615例、追跡期間12年間)およびNLST(National Lung Screening Trial)の大量喫煙者(5493例、追跡期間6年間)で検証した。検証データでのみ結果を報告する。 【評価項目】CXR-LCで予測した最長12年間の肺がん発症率。 【結果】CXR-LCモデルは、肺がん予測の識別能(ROC曲線下面積[AUC])がCMSの適応基準よりも良好だった(PLCO AUC 0.755 vs. 0.634、P<0.001)。CXR-LCモデルの性能は、PLCOデータ(AUC:CXR-LC 0.755 vs. PLCOM2012 0.751)およびNLSTデータ(同0.659 vs. 0.650)いずれでも、11項目のデータを用いた最新のリスクスコアPLCOM2012と同等だった。ほぼ同じ規模の試験集団と比べると、CXR-LCはPLCOデータではCMSより感度が良好で(74.9% vs. 63.8%、P=0.012)、肺がんの見逃しが30.7%少なかった。決断曲線解析で、CXR-LCの純便益はCMS適応基準より大きく、PLCOM2012とほぼ同等の便益であった。 【欠点】肺がん試験の検証であり、臨床現場で検証したものではないこと。 【結論】CXR-LCモデルは、CMS適応基準やEMRから一般的に入手できる情報を用いたものよりも肺がん発症のリスクが高い喫煙者を特定できた。 第一人者の医師による解説 健診・検診とも日本での応用を検討する価値がある成果 髙井 大哉 虎の門病院呼吸器センター内科部長 MMJ. April 2021;17(2):38 米国の公的医療保険システムのメディケアは65歳以上の高齢者、身体障害、透析などが必要な腎機能障害を持つ人を対象とした連邦政府が運営する制度、メディケイドは低所得者層を対象に州政府と連邦政府が運営する制度である。検査、治療薬の適応についてはコスト的な制約が多く、その中で肺がん検診を目的とした胸部CT検査の適応は、30pack-years以上の喫煙歴があり、禁煙後15年以下の55~77歳以上であるとされている。さらに、この基準を満たす米国民のうち、実際に肺がんCT検診を受けている割合は5%未満で、およそ60%の乳がんや大腸がん検診の受診率に比べ、あまりにも少ないことが問題となっている。 本研究では、胸部X線写真上のパターンと電子カルテで得られる情報(年齢、性別、現在の喫煙状況)から、人工知能の一種で、深層学習(deep learning)を用いた畳み込みニューラルネットワーク(CNN)により長期的な肺がん発症の予測を試みている。学習データセットとして、前立腺がん、肺がん、大腸がん、卵巣がんに対する検診の有用性を検証した無作為化試験(PLCO試験)で集められた胸部X線写真 の80%(41,856人分)を用いた。この集団の背景は平均年齢は62.4歳、男性51.7%、白人86.7%、現喫煙者10.5%、既喫煙者44.9%、非喫煙者45.7%、12年追跡期間の胸部X線写真異常所見あり9.0%、肺がん2.3%、死亡1.5%であった。 PLCO試験の学習セットと独立した喫煙者のみの検証セット5,615人(全体の残り20%)において、今回開発されたCXR-LCモデルによる肺がん発症予測に関するROC曲線下面積(AUC)は0.755で、これはメディケア・メディケイド推奨条件に基づく0.634に比べ有意に大きく、PLCO試験で考案されたリスクスコア(PLCOM2012)の0.761と同程度であった。PLCOM2012は詳細な喫煙歴と必ずしも入手できない危険因子情報が必要であるのに対し、人工知能を導入したことにより、CXR-LCモデルは胸部X線写真と容易に入手できる臨床情報のみで、メディケア・メディケイド推奨条件よりも高い精度で胸部CT検査の適応症例を抽出できることが示された。 本研究の対象の大多数は白人で、また医療アクセスの容易さの異なる日本でその価値を推し量るのは難しいが、胸部X線写真に最低限の臨床情報と人工知能を用いることでCT撮影を推奨するモデルは、健診・検診ともに応用が検討される価値があると考えられる。
若年者・高齢者を対象としたプライムブーストレジメンで投与するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性(COV002):第II/III相単盲検無作為化対照試験
若年者・高齢者を対象としたプライムブーストレジメンで投与するChAdOx1 nCoV-19ワクチンの安全性および免疫原性(COV002):第II/III相単盲検無作為化対照試験
Safety and immunogenicity of ChAdOx1 nCoV-19 vaccine administered in a prime-boost regimen in young and old adults (COV002): a single-blind, randomised, controlled, phase 2/3 trial Lancet. 2021 Dec 19;396(10267):1979-1993. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32466-1. Epub 2020 Nov 19. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】高齢者(70歳以上)がCOVID-19を発症すると重症化リスクや死亡リスクが高く、有効なワクチンを開発すれば、優先的接種の対象となる。ワクチンの免疫原性は、免疫老化の結果として高齢者で悪化することが多い。若年成人を対象とした新たなチンパンジーアデノウイルスベクター型ワクチンChAdOx1 nCoV-19(AZD1222)の免疫原性は既に報告している。今回は、対象者を70歳以上の高齢成人にも広げて、このワクチンの安全性と免疫原性を報告する。 【方法】この第II/III相単盲検無作為化対照試験(COV002)の第II相段階の報告では、英国の臨床研究施設2施設で、18歳以上の健康な成人を18~55歳、56~69歳、70歳以上の下位集団に分けて登録した。重度または治療不応の併存疾患やフレイルスコア高値(65歳以上の場合)がない被験者を適格とした。まず、被験者を低用量コホートに組み入れ、ブロック無作為化法を用いて、年齢、用量群および施設で層別化して、各年齢群内でChAdOx1 nCoV-19筋肉内投与(ウイルス粒子2.2×10^10個)と対照ワクチンMenACWYに割り付けることとし、18~55歳群はChAdOx1 nCoV-19の2回投与とMenACWYの2回投与に1対1の割合、56~69歳群はChAdOx1 nCoV-19単回投与、MenACWY単回投与、ChAdOx1 nCoV-19の2回投与、MenACWYの2回投与に3対1対3対1の割合、70歳以上群はChAdOx1 nCoV-19単回投与、MenACWY単回投与、ChAdOx1 nCoV-19の2回投与、MenACWYの2回投与に5対1対5対1の割合で無作為に割り付けた。初回投与と2回目投与の間隔は、28日間空けることとした。その後、被験者を標準投与コホート(ChAdOx1 nCoV-19ウイルス粒子3.5-6.5×10^10個)に組み入れ、18~55歳群をChAdOx1 nCoV-19の2回投与とMenACWYの2回投与に5対1の割合で割り付けたほかは、同じ無作為化手順を採用した。被験者と治験責任医師にワクチンの割付を伏せ、ワクチンを投与するスタッフには割り付けを伏せずにおいた。この報告の目的は、55歳以上の成人を対象とした単回投与および2回投与スケジュールの安全性、液性免疫および細胞性免疫原性を評価することである。施設内標準化ELISA、複合免疫アッセイおよび生重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)マイクロ中和アッセイ(MNA80)を用いて、ベースラインおよび各ワクチン接種から追加免疫投与1年後までの液性反応を評価した。ex-vivoのIFN-γ酵素結合免疫スポットアッセイを用いて、細胞応答を評価した。試験の複合主要転帰は、ウイルス学的に判定した症候性COVID-19症例数で測定した有効性および重篤な有害事象の発現で測定した安全性とした。ワクチンを投与した被験者を割り付けた投与群別に解析した。ここに、安全性、反応原性、細胞性および液性免疫反応に関する初期結果を報告する。本試験は現在進行中であり、ClinicalTrials.gov(NCT04400838)、ISRCTN(15281137)に登録されている。 【結果】2020年5月30日から8月8日の間に被験者560例を組み入れ、18~55歳群160例をChAdOx1 nCoV-19群100例、MenACWY群60例に、56~69歳群160例をそれぞれ120例、40例に、70歳以上群240例をそれぞれ200例、40例に割り付けた。7例が割り付けた2回投与レジメンの追加免疫投与を受けず、1例が誤ったワクチン接種を受け、3例に検体の表示に誤りがあったため、免疫原性の解析から除外した。解析対象とした552例のうち280例(50%)が女性であった。ChAdOx1 nCoV-19群の方が対照ワクチン群よりも局所反応と全身反応が多く、性質は既報とほぼ同じ(注射部位疼痛、発熱感、筋肉痛、頭痛)であったが、高齢者(56歳以上)では若年者よりも少なかった。ChAdOx1 nCoV-19の標準的な2回投与を受けた被験者では、初回免疫投与後、18~55歳群49例中43例(88%)、56~69歳群30例中22例(73%)、70歳以上群49例中30例(61%)が局所反応、それぞれ42例(86%)、23例(77%)、32例(65%)が全身反応を報告した。2020年10月26日現在、試験期間中に重篤な有害事象が13件発生したが、試験ワクチンとの関連があるものはないと考えられた。ワクチン2回投与群では、年齢層別コホート3群の追加免疫投与28日後の抗スパイクSARS-CoV-2 IgG反応中央値がほぼ同じであった(標準用量群:18~55歳20,713任意単位[AU]/mL[IQR:13,898~33,550]、39例;56~69歳16,170AU/mL[10,233~40,353]、26例;70歳以上17,561AU/mL[9,705~37,796]、47例;P=0.68)。全年齢層群の追加免疫投与後の中和抗体価がほぼ同じであった(標準投与群の第42日のMNA80中央値:18~55歳193[IQR 113~238]、39例;56~69歳144[119~347]、20例;70歳以上161[73~323]、47例;P=0.40)。追加免疫投与後14日目までに209例中208例(99%以上)に中和抗体反応が認められた。ChAdOx1 nCoV-19標準単回投与後14日目にT細胞反応がピークとなった(末梢血単核球100万個当たりのスポット形成細胞[SFC]中央値は、18~55歳1187個[IQR 841~2428]、24例;56~69歳797個[383~1817]、29例;70歳以上977個[458~1914]、48例)。 【解釈】ChAdOx1 nCoV-19の忍容性は、高齢者の方が若年成人よりも高いと考えられ、全年齢層群の追加免疫投与後の免疫原性がほぼ同じであった。全年齢層と併存疾患がある者を対象にこのワクチンの有効性をさらに詳細に評価することが必要である。 第一人者の医師による解説 日本での本ワクチンの承認や接種の検討において 非常に重要なデータ 齋藤 昭彦 新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野教授 MMJ. April 2021;17(2):41 アデノウイルスベクターワクチン(ChAdOx1nCoV-19)の安全性と免疫原性については、第1・2相試験ですでに報告されたが(1)、今回報告された第2・3相単盲検ランダム化対照試験では、対象年齢を広げ、70歳以上の高齢者を含めた集団を対象に同様の検討を行った。試験参加者は計560例で、英国の2つの臨床研究施設で行われた。対象は、18~55歳、56~69歳、70歳以上の3群に分けられ、年齢が高くなるほどSARS-CoV-2ワクチンへの割り付け比が高くなるように設定された(18~55歳では62.5%、56~69歳では75.0%、70歳以上では83.3%)。重症またはコントロールできていない基礎疾患を有する人は除外された。参加者はSARS-CoV-2ワクチン群(2.2X1010ウイルス粒子/ワクチン)もしくは対照ワクチン(髄膜炎菌ワクチン)を接種された後、液性・細胞性免疫の評価、有効性、そして安全性が評価された。 その結果、局所と全身の反応の頻度は、SARSCoV-2ワクチン群の方が対照ワクチン群に比べ高かったが、それぞれの副反応の頻度は過去の報告と同様で、56歳以上の成人ではそれより若い人に比べ低かった。SARS-CoV-2ワクチン2回接種者における初回接種後の局所反応の頻度は、18~55歳で88%、56~69歳で73%、70歳以上で61%、全身反応はそれぞれ86%、77%、65%であった。ワクチンと関係のある重篤な副反応はみられなかった。SARS-CoV-2ワクチン2回接種者において、追加接種後28日目の抗スパイク蛋白IgG値の中央値、中和抗体価に関して年齢群間に差は認めなかった。追加接種後14日目までに99%超の接種者に中和抗体の反応を認めた。T細胞の反応は、初回接種後14日目にピークとなった。 ChAdOx1 nCoV-19は、アストラゼネカ社がこれまで研究開発してきたアデノウイルスベクターを用いたワクチンの技術(2)を応用した製品である。新興コロナウイルスであるSARS、MARSに対するワクチンの研究を行ってきた成果が活かされている。今回の結果は、若年成人だけでなく、高齢者でもより安全に接種でき、追加接種後の免疫原性は全年齢において同様であった。今回のSARSCoV-2感染は、年齢が高くなると重症化リスクが高まるため(3)、特に高齢者におけるワクチンの安全性と免疫原性のデータは非常に重要である。このワクチンは、今後、日本に輸入され、また、国内のワクチン会社でも技術移転により製造され、それらが国内で接種される予定である(執筆時点)。このデータは、今後の日本における本ワクチンの承認、接種を検討する上で、非常に重要なものとなるであろう。 1. Folegatti PM, et al. Lancet. 2020;396(10249):467-478. 2. Gilbert SC, et al. Vaccine. 2017;35(35 Pt A):4461-4464. 3. O'Driscoll M, et al. Nature. 2021;590(7844):140-145.
COVID-19重症患者に用いる全身性コルチコステロイド投与と死亡率の関連メタ解析
COVID-19重症患者に用いる全身性コルチコステロイド投与と死亡率の関連メタ解析
Association Between Administration of Systemic Corticosteroids and Mortality Among Critically Ill Patients With COVID-19: A Meta-analysis JAMA. 2020 Oct 6;324(13):1330-1341. doi: 10.1001/jama.2020.17023. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の有効な治療法が必要であり、臨床試験データから、低用量デキサメタゾンで呼吸管理を要するCOVID-19入院患者の死亡率が低下することが示されている。 【目的】通常治療またはプラセボと比較したコルチコステロイド投与と28日全死因死亡率との関連を推定すること。 【デザイン、設定および参加者】COVID-19重症患者1703例を対象にコルチコステロイドの有効性を評価した無作為化臨床試験7件のデータを統合した前向きメタ解析。試験は、2020年2月26日から6月9日にかけて12カ国で実施され、最終追跡日は2020年7月6日であった。個々の試験、全体および事前に定義した下位集団別に統合したデータを集計した。Cochrane Risk of Bias Assessment Tool用いてバイアスリスクを評価した。I2統計量を用いて試験間の結果の非一貫性を評価した。主要解析は、全死因死亡率の分散逆数重み付け固定効果メタ解析とし、介入と死亡率との関連はオッズ比(OR)で定量化した。このほか、(異質性のPaule-Mandel推定値とHartung-Knapp調整を用いて)変量効果メタ解析、リスク比を用いて分散逆数重み付け固定効果解析を実施した。 【曝露】患者をデキサメタゾン、ヒドロコルチゾン、メチルプレドニゾロンいずれかの全身投与群(678例)と通常治療またはプラセボ投与群(1025例)に無作為に割り付けた。 【主な転帰評価項目】主要転帰評価項目は、無作為化後28日時の全死因死亡率とした。治験責任医師が定義した重篤な有害事象を副次評価項目とした。 【結果】計1703例(年齢中央値60歳[四分位範囲52~68歳]、女性488例[29%])を解析の対象とした。試験7件中6件で死亡率の結果が「低度」、1件は無作為化法が「懸念あり」とバイアスリスクを評価した。5試験が28日時の死亡率、1試験が21日死亡率、1試験が30日死亡率を報告していた。コルチコステロイドに割り付けた678例中222例、通常治療またはプラセボに割り付けた1025例中425例が死亡した(OR要約値0.66[95%CI 0.53~0.82]、固定効果メタ解析に基づくP<0.001)。試験間の結果は不一致性がほとんどなく(I2=15.6%、異質性のP=0.31)、変量効果メタ解析に基づくOR要約値は0.70(95%CI 0.48~1.01、P=0.053)であった。 死亡の関連を示す固定効果OR要約値は、通常治療またはプラセボと比較して、デキサメタゾンで0.64(95%CI 0.50~0.82、P<0.001、3試験計1282例中527例死亡)、ヒドロコルチゾで0.69(同0.43~1.12、P=0.13、3試験計374例中94例死亡)、メチルプレドニゾロンで0.91(同0.29~2.87、P=0.87、1試験47例中26例死亡)であった。重篤な有害事象が報告された6試験のうち、64件がコルチコステロイド投与群354例、80件が通常治療またはプラセボ群342例に発生した。 【結論および意義】COVID-19重症患者を対象とした臨床試験の前向きメタ解析では、通常治療またはプラセボと比較すると、全身性副腎皮質ステロイド投与によって28日全死因死亡率が低下した。 第一人者の医師による解説 COVID-19に対するステロイド療法 当面デキサメタゾン 6mg投与が望ましい 藤島 清太郎 慶應義塾大学医学部総合診療教育センター・センター長 MMJ. April 2021;17(2):42 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの中、世界でさまざまな臨床試験が同時進行的に行われ、その成果が日々オンライン上で公表されている。治療薬としては抗ウイルス薬に加えて、副腎皮質ステロイドやトシリズマブなどの抗炎症薬も有力な候補となっている。 本論文は、2020年2~6月に12カ国で実施された重症COVID-19患者を対象とした7件のランダム化対照試験(RCT)の世界保健機関(WHO)による前向きメタ解析である。本解析には1,703人の患者が組み入れられ、ステロイド投与群で有意な28日死亡率の低下を認め、重篤な有害事象には差がなかった。サブ解析では、投与薬別でデキサメタゾン(DEX)(3試験、1,282人)でのみ有意差があり、ヒドロコルチゾン(3試験、374人)とメチルプレドニゾロン(1試験、47人)では差を認めなかった。以上の結果は、解析対象患者の57%を英国のRECOVERY試験参加者が占めていることを踏まえて解釈する必要がある。同 RCTではDEX 6mg/日の最長10日間投与による有意な28日死亡率改善が示された。サブ解析では人工呼吸管理群、酸素投与群での有効性が示唆されている。一方、本論文のメタ解析では、より高用量や他のステロイドの有用性は明らかになっていない。 また、COVID-19重症例は敗血症、急性呼吸促迫症候群(ARDS)を高率に合併するが、抗炎症薬の適応や投与量の判断に当たっては、両病態に対する抗炎症薬開発の歴史も踏まえる必要がある。すなわち、過去半世紀以上にわたり膨大な数の抗炎症薬 RCTが実施された中で、最近の一部ステロイド試験を除き生存率改善効果が認められず、サイトカインストームに代表される過剰炎症反応が病態形成や不良転帰に関与しているという単純仮説は両病態に必ずしも当てはまらない可能性がある。COVID-19病態下では、炎症性サイトカイン値が他の原因によるARDSや敗血症よりもむしろ低く、DEXが免疫異常の修復により効果を発揮している可能性も最近示されている(1),(2)。以上を勘案すると、現状ではステロイド療法の適応と判断したCOVID-19患者に対し、DEX 6mg/日の投与が妥当と思われる。今後は、患者要因、重症度、診断マーカーなどに基づく治療の個別化に向けたさらなる研究の遂行が望まれる。 本論文以降も新たなメタ解析が逐次公表されており、これらの最新版を活用し(3)、不応性の病態に探索的な治療を行った場合は、その結果にかかわらずエビデンスとして集積・発信していくことが、将来的な治療成績の向上につながることを申し添えたい。 1. Sarma A, et al. Res Sq. 2021:rs.3.rs-141578. 2. Leisman DE, et al. Lancet Respir Med. 2020;8(12):1233-1244. 3. 日本版敗血症診療ガイドライン 2020 特別委員会 . COVID-19 薬物療法に関する Rapid/Living recommendations 第三版 . 2021.
COVID-19肺炎入院患者に用いるトシリズマブ
COVID-19肺炎入院患者に用いるトシリズマブ
Tocilizumab in Patients Hospitalized with Covid-19 Pneumonia N Engl J Med. 2021 Jan 7;384(1):20-30. doi: 10.1056/NEJMoa2030340. Epub 2020 Dec 17. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)肺炎は過剰な炎症を伴うことが多い。十分な医療サービスを受けていない集団・人種・少数民族の間でCOVID-19発症率が過度に高いが、COVID-19肺炎で入院したこのような患者に対する抗インターロイキン-6受容体抗体トシリズマブの安全性と有効性は明らかになっていない。 【方法】COVID-19肺炎で入院した人工呼吸管理下にない患者を標準治療と併用してトシリズマブ(体重1kgあたり8mgを静脈内投与)またはプラセボを1~2回投与するグループに2対1の割合で無作為に割り付けた。施設の選択で、高リスク患者や少数集団を組み入れる施設を含めることに重点を置いた。主要転帰は28日目までの人工呼吸管理または死亡とした。 【結果】計389例を無作為化し、修正intention-to-treat集団にはトシリズマブ群249例、プラセボ群128例を含め、56.0%がヒスパニックまたはラテンアメリカ系、14.9%が黒人、12.7%がアメリカインディアンまたはアラスカ原住民、12.7%が非ヒスパニック系白人、3.7%がその他または不明であった。28日目までに人工呼吸管理を実施したか死亡した患者の累積率は、トシリズマブ群12.0%(95%信頼区間[CI]8.5~16.9)、プラセボ群19.3%(95%CI 13.3~27.4)であった(人工呼吸管理または死亡のハザード比0.56、95%CI 0.33~0.97、ログランク検定のP=0.04)。生存時間解析で評価した臨床的失敗までの時間は、トシリズマブ群の方がプラセボ群よりも良好であった(ハザード比0.55、95%CI 0.33~0.93)。28日目までに、トシリズマブ群の10.4%、プラセボ群の8.6%にあらゆる原因による死亡が発生した(加重平均差2.0パーセントポイント、95%CI -5.2~7.8)。安全性解析対象集団では、トシリズマブ群250例中38例(15.2%)、プラセボ群127例中25例(19.7%)に重篤な有害事象が発現した。 【結論】人工呼吸管理下にないCOVID-19肺炎入院患者で、トシリズマブによって人工呼吸管理または死亡の複合転帰を辿る確率が低下したが、生存率は改善しなかった。安全性に関する新たな懸念事項は認められなかった。 第一人者の医師による解説 ステロイドや抗ウイルス薬を含む標準治療への トシリズマブの上乗せ効果を確認 金子 祐子 慶應義塾大学医学部リウマチ・膠原病内科准教授 MMJ. April 2021;17(2):43 2019年中国に端を発した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は瞬く間に世界規模の大流行となり、1年を経過した現在も全世界に深刻な影響を及ぼしている。COVID-19患者の血清IL-6濃度は重症度と相関することや、IL-6上昇は人工呼吸器装着の予測となることが報告され、IL-6受容体阻害薬であるトシリズマブはCOVID-19治療薬として期待されていた。 本論文は、入院中のCOVID-19肺炎患者においてトシリズマブの有効性を検証した海外第3相無作為化二重盲検プラセボ対照臨床試験(EMPACTA)結果の報告である。米国と南米、アフリカの6カ国において、主として援助が不十分な少数民族を対象に、人工呼吸器は装着されていないが入院中で酸素投与を必要とする患者を中心としてintention-to-treat(ITT)集団ではトシリズマブ群に249人、プラセボ群に128人が組み入れられた。標準治療として80%以上が全身性ステロイド投与を、80%弱が抗ウイルス薬投与を受けていた。主要評価項目である28日以内の死亡または人工呼吸器装着率は、トシリズマブ群で12.0%、プラセボ群で19.3%とトシリズマブ群で有意に低く、死亡、人工呼吸器装着、集中治療室入室、試験からの脱落を包括した臨床的増悪は、ハザード比0.55でトシリズマブ群の成績が優れていた。28日以内の死亡率(トシリズマブ群10.4%、プラセボ群8.6%)、退院までの日数中央値(トシリズマブ群6.0日、プラセボ群7.5日)、重篤な有害事象の発生率(トシリズマブ群15.2%、プラセボ群19.7%)に関しては両群間で差を認めなかった。 トシリズマブのCOVID-19に対する有効性はこれまで複数の臨床試験で検証されたが、対象とする患者集団によって異なる結果が示されてきた。人工呼吸器装着中を約4割含む重症患者および重症度が低めの患者を対象とした試験では、トシリズマブ治療の有効性は示されず(1),(2)、人工呼吸器装着は10%程度で本研究と同様の患者を対象とした試験では死亡または人工呼吸器装着率や退院までの日数に関して標準治療へのトシリズマブ追加投与が優れていた(3)。総合すると、トシリズマブは中等症から人工呼吸器を装着していない段階の重症患者に、標準治療であるステロイドと抗ウイルス薬への上乗せ効果があると考えられるが、現在も複数の試験が進行中であり、今後の研究結果を注視する必要がある。 1. Ivan O. R, et al. medRxiv 2020.08.27.20183442;doi: https://doi.org/10.1101/2020.08.27.20183442(preprint) 2. Stone JH, et al. N Engl J Med. 2020;383(24):2333-2344. 3. Horby PW et al. medRxiv 2021.02.11.21249258; doi: https://doi.org/10.1101/2021.02.11.21249258(preprint)
COVID-19に用いる体外式模型人工肺支援 体外生命維持機構レジストリの国際コホート研究
COVID-19に用いる体外式模型人工肺支援 体外生命維持機構レジストリの国際コホート研究
Extracorporeal membrane oxygenation support in COVID-19: an international cohort study of the Extracorporeal Life Support Organization registry Lancet. 2020 Oct 10;396(10257):1071-1078. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32008-0. Epub 2020 Sep 25. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】COVID-19に伴う急性低酸素血症性呼吸不全に対して、主要医療機関の多くが体外式模型人工肺(ECMO)による支援を推奨している。しかし、COVID-19に対するECMO使用の初期報告から、死亡率が非常に高いことが明らかになり、これまでにCOVID-19に用いるECMOを検討する大規模な国際的コホート研究は報告されていない。 【方法】2020年1月16日から5月1日の間に36カ国213施設でECMOによる支援を開始したCOVID-19確定患者(16歳以上)の疫学、入院経過および転帰を明らかにするため、体外生命維持機構(ELSO)レジストリのデータを用いた。主要転帰は、ECMO開始90日時に生存時間解析で評価した院内死亡とした。多変量Coxモデルを用いて、患者および病院因子に院内死亡率と関連があるかを検討した。 【結果】ECMO支援を用いたCOVID-19患者1035例のデータをこの研究の対象とした。このうち、67例(6%)が入院中、311例(30%)が自宅に退院または急性期リハビリ施設に転院、101例(10%)は長期急性期医療施設に転院または転院先不明、176例(17%)が他院に転院、380例(37%)が死亡した。ECMO開始90日後の院内死亡の推定累積発生率は37.4%(95%CI 34.4~40.4)であった。最終記録が死亡または退院だった患者の死亡率が39%(968例中380例)であった。循環補助を目的としたECMOの使用には、院内死亡率上昇と独立の関連があった(ハザード比1.89、95%CI 1.20~2.97)。静脈-静脈方式ECMO支援を受け、急性呼吸窮迫症候群の特徴が見られたCOVID-19患者の下位集団では、ECMO開始90日後の院内死亡の累積発生率は38.0%(95%CI 34.6~41.5)であった。 【解釈】ECMOを実施したCOVID-19患者で、ECMO開始90日後の推定死亡率および最終記録が死亡または退院だった患者の死亡率はいずれも40%未満であった。世界213施設から得られた今回のデータは、COVID-19に用いるECMOの死亡率の一般化可能な推定値を提示するものである。 第一人者の医師による解説 非 COVID-19関連 ARDSのECMO導入後死亡率と同程度 肺保護人工呼吸器療法との比較にはRCTが必要 佐藤 ルブナ(フェロー)/大曲 貴夫(センター長) 国立国際医療研究センター病院国際感染症センター MMJ. April 2021;17(2):44 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行以前には、急性呼吸促迫症候群(ARDS)患者に対する体外式膜型人工肺(ECMO)使用は肺保護を目指した従来の人工呼吸器療法に比べ死亡率を低下させることが報告されている(1)。しかし、ECMOを導入したCOVID-19患者を対象とした初めての報告では、ECMO導入群の死亡率が90%を超える結果であった(2)。この報告はARDSの定義を満たしてECMOを導入されたCOVID-19患者の死亡率を検討したプール解析であったが、病態が解明されていなかった流行初期の中国の報告のみが解析の対象となった背景があり、より大規模な国際コホート研究が望まれていた。 本論文はExtracorporeal Life Support Organization(ELSO)レジストリをもとに、ECMO導入COVID-19患者の予後を明らかにすることを主な目的としたコホート研究である。対象は2020年1~5月に36カ国のECMOセンター213施設でECMOを導入された16歳以上のCOVID-19患者1,035人で、研究期間終了(解析)時点において生存退院、死亡退院、ECMO導入後90日間の追跡終了のいずれかに該当した患者は968人(94%)であった。主要評価項目はECMO導入後90日間の院内死亡率(生存時間解析)であった。 対象患者の年齢中央値は49歳、男性が74%を占めていた。70%の患者が肥満、糖尿病、喘息、呼吸器疾患、腎不全、心疾患、免疫不全などの基礎疾患を有していた。ARDSのベルリン定義を満たしたのは79%であった。患者全体の90日院内死亡率は37.4%(95% CI, 34.4~40.4)であり、ARDSのベルリン定義を満たし、静脈脱血-静脈送血(V-V)ECMOを導入された群では38.0%(34.6~41.5)であった。これはCOVID-19以外の病態を誘因としたARDSに対してECMOを導入された患者における死亡率の既報(3)と同程度であった。また、ECMO使用中の出血性合併症として、6%の患者が脳出血を発症したが、これも非COVID-19患者の既報(1)と同程度であった。 本論文は重症呼吸不全を呈したCOVID-19患者に対してECMOの導入とECMOセンターでの管理を検討するよう勧めている世界保健機関(WHO)のガイドラインを支持する結果を示した。本論文の対象期間はステロイドや抗ウイルス薬に関する知見が集積する以前であったため、ステロイドは41%、レムデシビルは8%の使用にとどまり、現在の標準的治療が反映されていない点もある。標準化治療を行った上でのECMO導入率や死亡率の解明、肺保護戦略を徹底した人工呼吸器管理とECMOの有効性の比較にはさらなる研究が必要である。 1. Munshi L, et al. Lancet Respir Med. 2019;7(2):163-172. 2. Henry BM, et al. J Crit Care. 2020;58:27-28. 3. Combes A, et al. N Engl J Med. 2018;378(21):1965-1975.
COVID-19重症患者の院内心停止 多施設共同コホート研究
COVID-19重症患者の院内心停止 多施設共同コホート研究
In-hospital cardiac arrest in critically ill patients with covid-19: multicenter cohort study BMJ. 2020 Sep 30;371:m3513. doi: 10.1136/bmj.m3513. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)重症患者の院内心停止および心肺蘇生の発生率、危険因子および転帰を推定すること。 【デザイン】多施設共同コホート研究。 【設定】米国の地理的に離れた病院68施設の集中治療科。 【参加者】検査で確定したCOVID-19重症患者(18歳以上)。 【主要評価項目】集中治療室(ICU)入室後14日以内の院内心停止および院内死亡。 【結果】COVID-19重症患者5019例のうち14.0%(5019例中701例)が院内心停止を来し、57.1%(701例中400例)に心肺蘇生を実施した。院内心停止を来した患者は、院内心停止がない患者と比べて高齢で(平均年齢63[標準偏差14]歳 vs. 60[15]歳)、併存疾患が多く、ICU病床数が少ない病院に入院していた傾向にあった。心肺蘇生を受けた患者は、受けなかった患者と比べて若年齢であった(平均年齢61[標準偏差14]歳 vs. 67[14]歳)。心肺蘇生時によく見られた波形は、無脈性電気活動(49.8%、400例中199例)および心静止(23.8%、400例中95例)であった。心肺蘇生を受けた患者400例中48例(12.0%)が生存退院し、わずか7.0%(400例中28例)に退院時神経学的所見が正常または軽度の障害があった。年齢によって生存退院率に差があり、45歳未満で21.2%(52例中11例)であったのに対し、80歳以上では2.9%(34例中1例)であった。 【結論】COVID-19重症患者に心停止がよく見られ、特に高齢患者で生存率が不良である。 第一人者の医師による解説 若年者では助かる見込みが高く 医療従事者の安全確保し標準的蘇生行為の実施を 遠藤 智之 東北医科薬科大学救急・災害医療学教室准教授 MMJ. April 2021;17(2):45 集中治療室(ICU)で治療を要する重症新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の予期せぬ院内心停止の頻度と予後に関する報告は、本研究発表前までは、武漢の1施設151例とニューヨークの1施設31例の報告に限られていた。重症COVID-19患者が心停止に陥った場合、心肺蘇生法(CPR)施行前の個人防護具(PPE)装着に時間を要し、CPRの遅れが患者転帰に影響しうる。また医療従事者にとってはCPRによるエアロゾル発生が感染のリスクとなる。心停止に陥るリスクが高く、CPRを行っても救命の見込みが乏しい患者では、事前に患者・家族と医療チーム内で協議を行い、無益な蘇生行為を差し控えるという意思決定が尊重されるだろう。このような議論を行う際、リアルワールドでの院内心停止例の疫学情報が必要となる。 本研究は、2020年3月4日~6月1日に米国68病院のICUに入室した重症COVID-19患者のレジストリデータを解析した多施設共同研究である。登録期間はデキサメタゾン治療の普及前である。ICU入室14日以内の予期せぬ心停止患者について、薬物療法、人工呼吸器、腎代替療法、血液データ、バイタルサイン、併存症、修正 SOFAスコア、CPRで使用した薬剤などのデータを解析した。結果は、ICU入室患者5,019人中701人(14%)が院内心停止を来し、そのうち93.2%が死亡した。院内心停止例の57.1%がCPRを受け、残りは心停止時にDNACPR(Do Not Attempt Resuscitation)コードであった。CPR施行例の33.8%で心拍再開が得られ、12%は病院退院、7%はCPC(cerebral performance category)スコア1/2であった。45歳未満の生存率は21.2%で、80歳以上の2.9%に比べ有意に高かった。初期調律は無脈性電気活動49.8%、心静止23.8%、心室細動3.8%、心室頻拍8.3%であり、心停止の原因は非心原性(呼吸由来や血栓症)である可能性が高いと考えられた。ICU入室から心停止までの期間中央値は7日であり、CPR施行例は若年者に多く、平均CPR実施時間は10分であった。ICUベッドが少ない(50床未満)の病院では死亡率が高く、非心停止例に比べて心停止例は心血管危険因子を有し、血液データが不良、2剤以上の血管収縮薬を投与されていた。日本と異なる患者背景として、3分の2以上がBMI30以上の肥満であった。高齢者はCPRされないことが多く、生存率も低かった。 このようなリアルワールドでの院内心停止のデータは、重症COVID-19患者とその家族との終末期ケアの議論に有益な情報である。対象患者は肥満が多く、そのまま日本のICU患者に当てはめることはできないが、若年者では重症COVID-19であっても助かる見込みが高く、医療従事者の安全を確保しつつ標準的蘇生行為を行う重要性を示している。
入院インフルエンザ成人患者の急性心血管イベント 縦断研究
入院インフルエンザ成人患者の急性心血管イベント 縦断研究
Acute Cardiovascular Events Associated With Influenza in Hospitalized Adults : A Cross-sectional Study Ann Intern Med. 2020 Oct 20;173(8):605-613. doi: 10.7326/M20-1509. Epub 2020 Aug 25. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】インフルエンザが1年間のインフルエンザ流行期中の急性心血管イベントの負担の一因となっていると考えられる。 【目的】検査で確定したインフルエンザのため入院した成人患者で、急性心血管イベント、急性心不全(aHF)および急性虚血性心疾患(aIHD)の危険因子を調べること。 【デザイン】縦断研究。 【設定】2020-2011年から2017-2018年までのインフルエンザシーズン中の米国Influenza Hospitalization Surveillance Network。 【参加者】検査で確定したインフルエンザ感染のため入院した成人患者および医療者の指示により実施した検査でインフルエンザ感染が明らかになった成人患者。 【評価項目】国際疾病分類(ICD)第9版およびICD第10版の退院コードを用いて特定した急性心血管イベント。年齢、性別、人種・民族、喫煙状況、慢性疾患、インフルエンザ予防接種、インフルエンザ抗ウイルス薬およびインフルエンザの種類または亜型をロジスティック回帰モデルの曝露因子とし、限界調整リスク比と95%CIを推定してaHFまたはaIHDの関連因子を明らかにした。 【結果】検査で確定したインフルエンザ成人患者89,999例のうち80,261例が完全な医療記録とICDコードが入手でき(年齢中央値69[四分位範囲54-81]歳)、11.7%が急性心血管イベントを来した。最も多かったイベント(相互に排他的ではない)は、aHF(6.2%)およびaIHD(5.7%)であった。高齢、たばこ喫煙、併存心血管疾患、糖尿病および腎疾患に、検査で確定したインフルエンザ成人患者のaHFおよびaIHDリスクとの有意な関連が認められた。 【欠点】インフルエンザ検査が医療者の指示が基になっているため、検出されない症例があると思われる点。急性心血管イベントをICD退院コードで特定しており、誤分類の可能性がある点。 【結論】インフルエンザ成人入院患者の住民対象研究では、患者の約12%が急性心血管イベントを来した。インフルエンザによる急性心血管イベントを予防するため、慢性疾患がある患者には特にインフルエンザ予防接種を高率で実施すべきである。 第一人者の医師による解説 高齢、喫煙、心血管疾患既往など高リスク者に ワクチン接種を推奨すべき 平尾 龍彦(助教)/笹野 哲郎(教授) 東京医科歯科大学循環制御内科学 MMJ. April 2021;17(2):47 インフルエンザウイルス感染は上下気道症状が主であるが心合併症も報告されている。インフルエンザ急性期の心筋梗塞発症リスクは、対照期間に比べ6倍にも高まると報告されている(1)。さらにウイルス別に比べると、インフルエンザ B型、A型、RSウイルス、その他ウイルスで、それぞれ10.1倍、5.2倍、3.5倍、2.8倍となっており、特にインフルエンザに心筋梗塞が高率に合併するとされている。 本研究は、米国のインフルエンザ入院監視ネットワークを用いて、インフルエンザ急性期の急性心血管イベントを調べた横断研究である。2010~18年流行期のインフルエンザ入院患者80,261人(小児除く)を対象に、急性心不全および急性虚血性心疾患の発症を調査したところ、その11.7%に急性心血管イベントを認めた。最も多いイベントは、急性心不全(6.2%)と急性虚血性心疾患(5.7%)で、そのほか異常高血圧(1.0%)、心原性ショック(0.3%)、急性心筋炎(0.1%)、急性心膜炎(0.1%)、心タンポナーデ(0.03%)を認めた。また、曝露因子(年齢、性別、人種、喫煙、慢性疾患、ワクチン接種、抗インフルエンザウイルス薬およびインフルエンザのタイプ)と急性心血管イベントとの関連を調べたところ、有意な危険因子として、高齢、喫煙、心血管疾患の既往、糖尿病、および腎疾患が挙げられた。 本研究は、心血管イベントをICD退院コードで識別しているため誤分類が含まれているおそれはあるが、これまで報告が散見されたインフルエンザと急性心合併症の関係について、大きな集団で発症率を求めた非常に有意義な報告である。インフルエンザ感染と急性心血管イベントを介在する病態生理はいまだ明らかでないが、インフルエンザ感染がトロポニンやミオシン軽鎖の濃度上昇をもたらすことで証明されるように、全身性炎症反応による酸化ストレス促進が血行力学的変化および血栓形成を促進させることが原因と考えられている。この先20年、心血管疾患が増えることに伴う医療費の増大に加えて、心血管疾患による生活の質(QOL)低下や若年死を原因とする国全体の生産性の低下が危惧される。我々は、インフルエンザに関連した急性心血管イベントを予防するために、特に上記の危険因子をもつ患者に、積極的にワクチン接種を推奨すべきである。 1. Kwong JC, N Engl J Med. 2018;378(4):345-353.
若年成人の高血圧と長期心血管イベントの関連 系統的レビューとメタ解析
若年成人の高血圧と長期心血管イベントの関連 系統的レビューとメタ解析
Association between high blood pressure and long term cardiovascular events in young adults: systematic review and meta-analysis BMJ. 2020 Sep 9;370:m3222. doi: 10.1136/bmj.m3222. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】高血圧がある若年成人の後の心血管イベントリスクを評価し、定量化すること。 【デザイン】系統的レビューとメタ解析。 【データ入手元】開始からの2020年3月6日までMedline、EmbaseおよびWeb of Scienceを検索した。ランダム効果モデルを用いて相対リスクを統合し、95%CIを推定した。絶対リスク差を計算した。制限3次スプラインモデルで血圧と個々の転帰の間の用量反応関係を評価した。 【試験の適格基準】血圧上昇が認められる18~45歳の成人患者の有害転帰を調査した試験を適格とした。主要転帰は、全心血管イベントの複合とした。副次転帰として、冠動脈疾患、脳卒中および全死因死亡を調べた。 【結果】若年成人約450万例から成る観察研究17件を解析の対象とした。平均追跡期間は14.7年であった。至適血圧の若年成人と比べると、正常血圧の若年成人の心血管イベントリスクが高かった(相対リスク1.19、95%CI 1.08~1.31、1000人年当たりのリスク差0.37、95%CI 0.16~0.61)。血圧分類と心血管イベントリスク上昇との間に、段階的かつ漸進的な関連が認められた(正常高値血圧:相対リスク、95%CI 1.22~1.49、1000人年当たりのリスク差0.69、95%CI 0.43~0.97、第1度高血圧:1.92、1.68~2.19、1.81、1.34~2.34、第2度高血圧:3.15、2.31~4.29、4.24、2.58~6.48)。冠動脈疾患および脳卒中でほぼ同じ結果が得られた。血圧上昇による心血管イベントの人口寄与割合は、全体で23.8%(95%CI 17.9~28.8%)であった。心血管イベント1件を予防するための1年間の必要治療数は、正常血圧で2672(95%CI 1639-6250)、正常高値血圧で1450(1031~2326)、第1度高血圧で552(427~746)、第2度高血圧で236(154~388)と推定された。 【結論】若年成人の血圧が上昇すると、後の心血管イベントリスクがわずかに上昇すると思われる。血圧低下療法の便益の根拠は少ないため、積極的な介入に慎重になるべきであり、さらに詳細な調査が求められる。 第一人者の医師による解説 治療必要数が多く介入には検討が必要 一般的な運動・生活指導が重要 山岸 敬幸 慶應義塾大学医学部小児科教授 MMJ. April 2021;17(2):48 高血圧と心血管イベントリスクの関連は以前から指摘されているが、先行研究の大多数は中高年以上を対象としている。若年成人の高血圧の有病率が上昇している昨今、高い血圧に経年的に曝されることにより、その後の人生における心血管イベントのリスクが上昇するかどうかを知るために、若年層を対象とした研究が必要である。 そこで本研究では、血圧上昇を有する18~45歳の若年成人の有害事象を調査した候補論文57,519編から17件の観察コホート研究が選択されメタ解析が行われた。対象人数は計4,533,292人(1研究あたり3,490人~2,488,101人)、男女の割合は17試験の平均でそれぞれ72.5%、27.5%(研究8件は対象が男性のみ)、平均追跡期間は14.7年(4.3~56.3年)だった。血圧は2018年の欧州ガイドラインを基準として、以下の5カテゴリーに層別化された:最適血圧(収縮期血圧120mmHg未満、拡張期血圧80mmHg未満)、正常血圧(120~129、80~84mmHg)、正常高めの血圧(130~139、85~89mmHg)、グレード1の高血圧(140~159、90~99mmHg)、グレード2の高血圧(160mmHg以上、100mmHg以上)。 本研究の成果として、第1に血圧の層別化と心血管イベントリスクの間に段階的・連続的な関連が観察された。すなわち、血圧の段階が上がるごとに、連続的に主要評価項目である心血管イベント、ならびに副次評価項目である冠動脈疾患と脳卒中、全死亡のリスクが上昇していた。地域差はなかったが、年齢は30歳超でより顕著だった。第2に高血圧の人口寄与危険割合は高く、若年成人の心血管イベント全体の約4分の1を占めていた。一方、解析された研究17件のデザインには無視できない異質性が認められ、血圧の測定方法も統一されていなかった。母集団の年齢層、治療の状態、高血糖、高尿酸血症、脂質異常症の有無などを含めて、層別化および感度分析では統計学的な異質性を減らすことはできなかった。また、対象がすべて男性の研究と男女混合の研究の結果を合わせて解析したため、偏りが生じたおそれもある。ただし、性別の層別分析により、血圧上昇と心血管イベントリスク上昇の関連に男女差がないことは確かめられた。 重要な点として、心血管イベントリスクは正常血圧でも上昇することが判明した。比較的低いリスクではあるが、最適血圧と比較すると正常血圧のリスクも無視することはできない。また、収縮期血圧と拡張期血圧は独立して心血管イベントリスクに関連するため、若年成人では両方に注意する必要がある。臨床的意義として介入の是非については、治療必要数(NNT)が中高年層に比べ多いことから、慎重に検討すべきであると結論している。一般的な運動・生活指導が重要と思われる。
インスリン治療歴のない2型糖尿病に用いる週1回のインスリン投与
インスリン治療歴のない2型糖尿病に用いる週1回のインスリン投与
Once-Weekly Insulin for Type 2 Diabetes without Previous Insulin Treatment N Engl J Med. 2020 Nov 26;383(22):2107-2116. doi: 10.1056/NEJMoa2022474. Epub 2020 Sep 22. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】2型糖尿病患者の基礎インスリン注射の頻度を減らすことで、患者が治療を受け入れ、アドヒアランスが高まると考えられている。insulin icodecは、糖尿病治療用に週1回投与で設計された開発中の基礎インスリンアナログである。 【方法】ジぺプチジルペプチダーゼ4阻害薬併用の有無を問わず、メトホルミン服用下で血糖制御不良(糖化ヘモグロビン[HbA1c]値7.0-9.5%)で長期インスリン療法歴がない2型糖尿病患者を対象に、insulin icodec週1回投与の有効性と安全性をインスリングラルギンU100の1日1回投与と比較する26週間の第II相無作為化二重盲検ダブルダミー試験を実施した。主要評価項目は、HbA1c値のベースラインから26週時までの変化量とした。このほか、低血糖発作、インスリンによる有害事象などの安全性評価項目を評価した。 【結果】計247例をicodecとグラルギンに(1対1の割合で)無作為に割り付けた。両群のベースラインの患者背景はほぼ同じであり、平均HbA1c値はicodec群8.09%、グラルギン群7.96%であった。HbA1c値ベースラインからの推定平均変化量は、icodec群-1.33%ポイント、グラルギン群-1.15%ポイントであった。26週時の推定平均値がそれぞれ6.69%、6.87%であり、ベースラインからの変化量の推定群間差は-0.18%ポイント(95%CI -0.38~0.02、P=0.08)であった。重症度レベル2(血糖値54mg/dL未満)またはレベル3(重度の認知機能低下)の低血糖発現率は低かった(icodec群1人年当たり0.53件、グラルギン群0.46件、推定率比1.09、95%CI 0.45~2.65)。インスリンによる重要な有害事象に群間差はなく、過敏症率および注射部位反応率が低かった。ほとんどの有害事象が軽度で、重試験薬によると思われる重篤なイベントはなかった。 【結論】2型糖尿病患者に用いるinsulin icodec週1回投与は、インスリングラルギンU100の1日1回投与とほぼ同等の有効性および安全性が示された。 第一人者の医師による解説 患者の治療負担軽減を期待 遷延性低血糖を生じないかなど今後の研究結果の注視必要 林 哲範 北里大学医学部臨床検査診断学・診療講師 MMJ. April 2021;17(2):50 基礎インスリンの注射頻度が減ることによって2型糖尿病患者の治療の受け入れやアドヒアランスが改善し、さらに良好な血糖管理も得られる可能性がある。今回報告された試験は、長期インスリン治療歴がなく、ジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)阻害薬の併用下・非併用でメトホルミンを服用中だが血糖コントロール不良(HbA1c7.0~9.5%)の2型糖尿病患者を対象に、週1回投与型の新規インスリンとして開発中のインスリンアイコデク(insulin icodec)の有効性と安全性を1日1回のインスリングラルギンU100を対照として比較検討することを目的に、26週間の無作為化二重盲検ダブルダミー第2相試験として実施された。主要評価項目は、ベースラインから26週間後のHbA1c値の変化とした。安全性の評価項目は低血糖エピソード、インスリン関連有害事象などであった。 適格患者247人をアイコデク群(125人)またはグラルギン群(122人)に無作為に割り付けた。両群の患者背景に有意差はなかった。投与後は血糖自己測定の結果により、週1回、インスリン用量が調整された。ベースラインのHbA1cの平均はアイコデク群8.09%、グラルギン群7.96%であった。26週後のHbA1cの平均変化量はアイコデク群-1.33%、グラルギン群-1.15%で、26週時点のHbA1cの平均はそれぞれ6.69%、6.87%であった。ベースラインからのHbA1c平均変化量の群間差は-0.18%(95%信頼区間 , -0.38 ~ 0.02;P=0.08)で有意差はなかった。副作用の低血糖に関して、血糖値<54mg/dLの低血糖または重度の認知機能障害を伴う低血糖の発生率は両群で同程度であった(1患者・年あたりアイコデク群0.53件、グラルギン群0.46件)。インスリン投与に関連する重要な有害事象の発現率について2群間の差はなかった。有害事象の多くは軽度で、試験薬に関連すると判断された重篤な有害事象はなかった。 結論として、2型糖尿病患者において、週1回のインスリンアイコデクによる治療は、血糖降下作用と安全性プロファイルが1日1回のインスリングラルギンU100と同等であった。 今回の第2相試験で、週1回のインスリンアイコデクはインスリングラルギンと同程度の血糖低下作用、安全性を有することが示唆された。患者の治療への負担軽減が期待される一方で、高齢者糖尿病などで遷延性低血糖を生じないか、低血糖の際にどのような対処がよいかなど、今後の研究結果も注視する必要があると考えられる。
スウェーデンの肥満者研究の肥満手術後の平均余命
スウェーデンの肥満者研究の肥満手術後の平均余命
Life Expectancy after Bariatric Surgery in the Swedish Obese Subjects Study N Engl J Med. 2020 Oct 15;383(16):1535-1543. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】肥満があると平均余命が短くなる。肥満手術によって死亡の長期的相対リスクが低下することが知られているが、平均余命にもたらす効果が明らかになっていない。 【方法】Gompertz比例ハザード回帰モデルを用いて、前向き対照スウェーデン肥満者(SOS)研究で肥満手術を施行した患者(手術群)および通常の肥満治療を実施した患者(対照群)、一般集団から抽出した無作為標本となるSOS参照研究の参加者(参照コホート)で死亡率と平均余命を比較した。 【結果】2007例を手術群、2040例を対照群に組み入れ、1135例を参照コホートに組み入れた。解析時点(2018年12月31日)で、死亡率の追跡期間中央値は、手術群24(四分位範囲22~27)年、対照群22(21~27)年であり、試験参加者の99.9%から死亡に関するデータが入手できた。SOS参照コホートでは、追跡期間中央値は20(四分位範囲10~21)年であり、参加者の100%から死亡に関するデータが入手できた。手術群の457例(22.8%)および対照群の539例(26.4%)が死亡した(ハザード比0.77、95%信頼区間[CI]0.68~0.87、P<0.001)。対応するハザード比は、心血管疾患による死亡で0.70(95%CI 0.57~0.85)、がんによる死亡で0.77(同0.61~0.96)であった。手術群の調整後平均余命中央値は、3.0年(95%CI~4.2)であり、対照群より長かったが、一般集団より5.5年短かった。術後90日以内の死亡率は0.2%であり、手術群の2.9%に再手術を施行した。 【結論】肥満手術を施行した肥満患者で、通常の肥満治療より平均余命が長くなった。一般集団と比べると、両群ともに死亡率がなお高かった。 第一人者の医師による解説 遺伝マーカーや手術反応性マーカーの特定で 減量手術実施判断への活用を期待 門脇 孝 国家公務員共済組合連合会 虎の門病院院長 MMJ. April 2021;17(2):51 Swedish Obese Subjects(SOS)研究は、高度肥満症に対する減量手術の前向き長期追跡成績を報告している世界で代表的な減量手術研究の1つである。2007年には、減量手術後平均10.9年の追跡データの解析により死亡率が29%低下したことを発表している。しかし、最近の後ろ向き研究の成績では、減量手術を受けた人の死亡率は一般人口に比べ依然として高率であることが指摘されている。 本研究ではSOS研究の肥満患者で減量手術を受けた群と通常治療を受けた対照群の20年以上の前向き追跡で得られた死亡率をほぼ同年代の一般人口の死亡率と比較した。その結果、減量手術群の死亡率は、通常治療群に対しハザード比0.77と低下し、心血管死ではハザード比0.70、がん死ではハザード比0.77であった。減量手術群では、通常治療群に比べ3.0年の余命延長が認められたが、一般人口との比較では5.5年短命であった。また、90日の周術期死亡率は0.2%であったが、再手術を受けた患者の死亡率は2.9%であった。 本研究は、20年以上の前向き追跡調査の結果、減量手術が心血管死とがん死を減少させることを示した。一方、高度肥満者に通常治療が行われた場合の平均余命が一般人口に比べ約8年短いこと、減量手術によって延長する平均余命は現在のところ約3年であることが明らかとなった。この平均余命の延長幅は、SOS研究のように高度肥満に加え重篤な併発症を有する患者を含む高リスク群における結果で、他の患者集団にそのまま当てはまるものではないことに注意する必要がある。 本研究の結果は、最近発表された北欧5カ国の減量手術後の平均余命が一般人口に比べ依然として短いという結果(1)と矛盾しない。平均余命が依然として短い理由として、減量手術後も一般人口よりはBMI高値であること、代謝異常がすでに術前に大血管や細小血管の不可逆的障害を起こしている場合があること、手術に伴う合併症、減量手術群で増加するアルコール依存症や自殺、転倒・外傷などの要因が関与していると考えられる。 本研究では、減量手術が平均余命延長の観点から特に有益なサブグループを特定する試みを行ったが、特定することはできなかった。最近では、肥満そのものやエネルギーバランスの変化に対する体重や体組織の変化が遺伝的に規定されていることが明らかとなっている。今後、これらの研究により、遺伝マーカーや手術反応性マーカーが特定され、減量手術を行うか否かの決定に活用されることが期待される。 1. Kauppila JH, et al. Gastroenterology. 2019;157(1):119-127.e1.
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