「MMJ - 五大医学誌の論文を著名医師が解説」の記事一覧

治療歴のない局所再発の切除不能または転移性トリプルネガティブ乳がんに用いるペムブロリズマブ+化学療法とプラセボ+化学療法の比較(KEYNOTE-355) 無作為化プラセボ対照二重盲検第3相試験
治療歴のない局所再発の切除不能または転移性トリプルネガティブ乳がんに用いるペムブロリズマブ+化学療法とプラセボ+化学療法の比較(KEYNOTE-355) 無作為化プラセボ対照二重盲検第3相試験
Pembrolizumab plus chemotherapy versus placebo plus chemotherapy for previously untreated locally recurrent inoperable or metastatic triple-negative breast cancer (KEYNOTE-355): a randomised, placebo-controlled, double-blind, phase 3 clinical trial Lancet. 2020 Dec 5;396(10265):1817-1828. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32531-9. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】転移性トリプルネガティブ乳がんで、ペムブロリズマブ単独療法による抗腫瘍活性の持続と管理可能な安全性が示された。今回、ペムブロリズマブの併用によって、転移性トリプルネガティブ乳がんに用いる化学療法の抗腫瘍活性が増幅するかを明らかにすることを目的とした。 【方法】29カ国209施設で実施したこの無作為化プラセボ対照二重盲検第3相試験では、ブロック法(ブロック数6)と統合ウェブ応答の自動音声応答システムを用いて、未治療の局所再発切除不能または転移性トリプルネガティブ乳がん患者をペムブロリズマブ(200mg)3週に1回+化学療法(ナブパクリタキセル、パクリタキセルまたはゲムシタビン+カルボプラチン)とプラセボ+化学療法に無作為に割り付けた。患者を化学療法の種類(タキサンまたはゲムシタビン・カルボプラチン)、試験開始時のPD-L1発現状態(統合陽性スコア[CPS]1点以上または1点未満)および術前または術後補助療法で用いた同等の化学療法による治療歴の有無で層別化した。適格基準を18歳以上、中央判定機関が確定したトリプルネガティブ乳がん、測定可能な腫瘍1個以上、中央検査機関でトリプルネガティブ乳がんの状態およびPD-L1発現を免疫組織学的に確認するために新たに採取した腫瘍検体の提供が可能、米国東海岸癌臨床試験グループの全身状態スコア0または1点、十分な臓器機能とした。スポンサー、治験担当医師、その他の施設職員(治療の割り付けを伏せなかった薬剤師を除く)および患者にペムブロリズマブと生理食塩水の投与の割り付けを伏せた。さらに、スポンサー、治験担当医師、その他の施設職員および患者に患者ごとの腫瘍PD-L1バイオマーカーの結果も知らせずにおいた。PD-L1 CPSが10以上、1以上およびITT集団のそれぞれで評価した無増悪生存期間および総生存期間を主要有効性評価項目とした。無増悪生存期間の最終的な評価はこの中間解析で実施し、総生存期間を評価すべく追跡を継続中である。無増悪生存期間に階層的検定手順を用いて、まずCPSが10以上の患者(この中間解析では事前に規定した統計学的基準がα=0.00111)、次にCPSが1以上の患者(この中間解析ではα=0.00111、CPSが10以上の患者の無増悪生存期間から得たpartial α)、最後にITT集団(この中間解析ではα=0.00111)を評価した。本試験はClinicalTrials.govにNCT02819518で登録されており、現在も進行中である。 【結果】2017年1月9日から2018年6月12日の間に1372例をふるいにかけ、847例を治療に割り付けることとし、566例をペムブロリズマブ+化学療法群、281例をプラセボ+化学療法に割り付けた。2回目の中間解析(2019年12月11日にデータカットオフ)では、追跡期間中央値がペムブロリズマブ+化学療法群25.9カ月(IQR 22.8~29.9)、プラセボ+化学療法群26.3カ月(22.7~29.7)であった。CPSが10以上の患者の無増悪生存期間中央値が、ペムブロリズマブ+化学療法群9.7カ月、プラセボ+化学療法群5.6カ月であった(進行または死亡のハザード比[HR]0.65、95%CI 0.49~0.86、片側のP=0.0012[主要目的達成]。CPSが1以上の患者の無増悪生存期間中央値がそれぞれ7.6カ月と5.6カ月(HR 0.74、0.61~0.90、片側のP=0.0014[有意差なし])、ITT集団で7.5カ月と5.6カ月(HR 0.82、0.69~0.97[検定未実施])であった。ペムブロリズマブの治療効果によってPD-L1発現が増加した。グレード3~5の治療関連有害事象発現率がペムブロリズマブ+化学療法群68%、プラセボ+化学療法群67%であり、そのうちの死亡率がペムブロリズマブ+化学療法群1%未満およびプラセボ+化学療法群0%であった。 【解釈】ペムブロリズマブ+化学療法で、CPSが10以上の転移性トリプルネガティブ乳がんの無増悪生存期間が、プラセボ+化学療法と比べて有意で臨床的意義のある改善が認められた。この結果は、転移性トリプルネガティブ乳がんの1次治療に用いる標準化学療法にペムブロリズマブを上乗せした場合の効果を示唆するものである。 第一人者の医師による解説 化学療法への上乗せ効果が示されたことで 新たな治療選択肢が増える 川端 英孝 虎の門病院乳腺内分泌外科部長 MMJ. June 2021;17(3):87 本論文は2020年に米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表された第3相KEYNOTE-355試験の中間解析結果の詳報である。PD-L1発現陽性(Combined Positive Scoreが10以上)の手術不能または転移性のトリプルネガティブ乳がんの1次治療として、抗PD-1モノクローナル抗体ペムブロリズマブと化学療法の併用が、化学療法のみの場合よりも有意に無増悪生存期間(PFS)を延長できるという内容である。なお、PFSはKEYNOTE-355試験の主要評価項目の1つであるが、もう1つの主要評価項目である全生存期間(OS)の評価は未発表で試験は継続されている。 ER陰性、PR陰性、HER2陰性を特徴とするトリプルネガティブ乳がんは他のサブタイプの乳がんに比べ治療ターゲットに欠けており、進行乳がんの治療戦略としては化学療法を主体としたものになるが、早晩治療抵抗性になってしまう。免疫チェックポイント阻害薬に分類されるペムブロリズマブは単剤でも抗腫瘍活性を示し、化学療法との併用が期待されていた。今回この薬剤の化学療法への上乗せ効果が示されたことで、我々は新たな治療選択肢を手に入れたことになる。 同じ免疫チェックポイント阻害薬として先行して2019年9月20日に適応拡大の承認を日本で受けたアテゾリズマブとの比較は重要である。アテゾリズマブは抗PD-L1モノクローナル抗体でIMpassion130試験(1)においてトリプルネガティブ進行乳がんにおける化学療法への上乗せ効果を示した。2つの薬剤の標的は異なっており、それぞれの臨床試験におけるPD-L1陽性例の評価もオーバーラップが多いが別個のコンパニオン診断を用いている。また臨床試験で用いられた化学療法がIMpassion130試験ではnab-パクリタキセルであるのに対してKEYNOTE355試験ではいくつかの化学療法レジメンが用いられている。 KEYNOTE-355試験には当院も含め日本の施設も参加しており、論文発表に先立ちMSD社は2020年10月12日、ペムブロリズマブについて、手術不能または転移性のトリプルネガティブ乳がんへの適応拡大申請を行ったと発表している。執筆時点(2021年4月17日)で審査中となっているが、承認されると、このセッティングの乳がん治療薬としてアテゾリズマブに加えて、新たな免疫チェックポイント阻害薬が加わることになる。なお、マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する固形がんにおいてはがん種横断的にペムブロリズマブの使用が承認されており、この条件を満たせば現在でもペムブロリズマブを乳がんに使用することは可能である。 1. Schmid P, et al. N Engl J Med. 2018;379(22):2108-2121.
乳児に用いるビデオ喉頭鏡の初回成功率(VISI) 多施設共同無作為化対照試験
乳児に用いるビデオ喉頭鏡の初回成功率(VISI) 多施設共同無作為化対照試験
First-attempt success rate of video laryngoscopy in small infants (VISI): a multicentre, randomised controlled trial Lancet. 2020 Dec 12;396(10266):1905-1913. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32532-0. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】乳児に対する直接喉頭鏡を用いた気管挿管は困難である。今回、麻酔科医による標準ブレード型ビデオ喉頭鏡によって、直接喉頭鏡と比較して気管挿管初回成功率が改善し、合併症リスクが低下するかを明らかにすることを目的とした。著者らは、ビデオ喉頭鏡による初回成功率は直接喉頭鏡よりも高いという仮説を立てた。 【方法】この多施設共同並行群間無作為化対照試験では、米国の小児病院4施設とオーストラリアの小児病院1施設の手術室で気管挿管を要するが気道確保が困難でない乳児を組み入れた。ブロック数2、4、6の置換ブロック法を用いて、患児をビデオ喉頭鏡と直接喉頭鏡に(1対1の比率で)無作為に割り付け、施設と医師の役割で層別化した。保護者に処置の割り付けを伏せた。主要評価項目は、気管挿管時に初回で成功した乳児の割合とした。解析(修正intention-to-treat[mITT]集団およびper-protocol)に一般化推定方程式モデルを用いて、在胎期間、米国麻酔学会の術前全身状態分類、体重、医師の役割および施設で層別化した。試験は、ClinicalTrials.govにNCT03396432で登録されている。 【結果】2018年6月4日から2019年8月19日の間に乳児564例を組み入れ、282例(50%)をビデオ喉頭鏡、282例(50%)を直接喉頭鏡に割り付けた。乳児の平均年齢は5.5カ月(SD 3.3)であった。ビデオ喉頭鏡群の274例と直接喉頭鏡群の278群をmITT解析の対象とした。ビデオ喉頭鏡群では254例(93%)、直接喉頭鏡では244例(88%)が初回挿管に成功した(調整絶対リスク差5.5%[95%CI 0.7~10.3]、P=0.024])。ビデオ喉頭鏡群の4例(2%)、直接喉頭鏡群の15例(5%)に重度合併症が発生した(-3.7%[-6.5~-0.9]、P=0.0087)。ビデオ喉頭鏡群(1例[1%未満])の方が直接喉頭鏡群(7例[3%])よりも食道挿管が少なかった(同-2.3[-4.3~-0.3]、P=0.028)。 【解釈】麻酔下の乳児で、標準ブレード型ビデオ喉頭鏡を用いると初回成功率が改善し、合併症も減少した。 第一人者の医師による解説 乳児に対する気管挿管はビデオ喉頭鏡の使用が望ましい 大原 卓哉(助教)/清野 由輩(講師)/山下 拓(教授) 北里大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科 MMJ. June 2021;17(3):90 毎年、多くの乳児が気管挿管を必要とする全身麻酔手術を受けている。乳児は成人に比べ気管挿管時のリスクが高く、初回での気管挿管成功は重要であり、複数回の気管挿管は生命を脅かす合併症につながる可能性がある。ビデオ喉頭鏡は、気道確保が困難な乳児に対して直接喉頭鏡よりも初回成功率が高いことが報告されているが、構造的に正常な気道を持つ乳児におけるビデオ喉頭鏡の有用性については議論の余地があった。 本論文は、全身麻酔手術を受ける乳児に対する標準ブレード型ビデオ喉頭鏡を使用した気管挿管の有効性と安全性を検討した米国とオーストラリアの小児病院における多施設共同並行群間ランダム化比較試験の報告である。対象は、年齢12カ月齢未満、全身麻酔手術(30分以上の非心臓手術)、麻酔科医による気管挿管を受ける患者とされた。除外基準は、挿管困難の病歴、頭蓋顔面異常の病歴、または身体検査に基づく挿管困難が予測された患者であった。麻酔科医は、標準ブレード型ビデオ喉頭鏡(Storz C-Mac Miller Video Laryngoscope)または直接喉頭鏡のいずれかをランダムに割り当てられ、乳児に気管挿管を行った。気管チューブのサイズはガイドラインに基づいて選択され、気管挿管後24時間までの挿管関連有害事象が検討された。 最終的に274人(50%)がビデオ喉頭鏡、278人(50%)が直接喉頭鏡に割り付けられ、結果が解析された。ビデオ喉頭鏡の93%、直接喉頭鏡の88%で気管挿管に初回で成功し、特に体重6.5kg以下の乳児では、ビデオ喉頭鏡の初回成功率が直接喉頭鏡に比べ有意に高かった(92%対81%;P=0.003)。挿管試行回数も、ビデオ喉頭鏡の方が少なかった。重篤でない合併症(軽度喘鳴、喉頭痙攣[薬物 投与の必要性、緊急気管挿管を伴う]、気管支痙攣 、軽度気道外傷 、気道過敏化)の発生率は2群間で差はなかったが、ビデオ喉頭鏡では、重篤な合併症(中等度〜重度低酸素血症、食道挿管、心停止、咽頭出血)の発生が少なかった。特に、食道挿管は直接喉頭鏡では3%であったのに対し、ビデオ喉頭鏡では1%未満であった。また、ビデオ喉頭鏡では輪状軟骨圧迫の必要性が減少した。 毎年乳児への気管挿管が多く行われているが、 気管挿管中は重篤な有害事象が発生するリスクがあるため、初回成功率が5%向上することは非常に意味があると考えられる。費用的な課題はあるが、より高い初回成功率およびより少ない合併症のため標準ブレード型ビデオ喉頭鏡が広く使用されることが望まれる。
急性虚血性脳卒中に用いる機械的血栓除去術単独と機械的血栓除去術+静脈内血栓溶解療法併用による機能的転帰に対する効果の比較 SKIP無作為化臨床試験
急性虚血性脳卒中に用いる機械的血栓除去術単独と機械的血栓除去術+静脈内血栓溶解療法併用による機能的転帰に対する効果の比較 SKIP無作為化臨床試験
Effect of Mechanical Thrombectomy Without vs With Intravenous Thrombolysis on Functional Outcome Among Patients With Acute Ischemic Stroke: The SKIP Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Jan 19;325(3):244-253. doi: 10.1001/jama.2020.23522. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】急性大血管閉塞性脳卒中で、機械的血栓除去術に静脈内血栓溶解療法を併用する必要があるかどうか明らかになっていない。 【目的】機械的血栓除去術単独が、脳梗塞後の良好な転帰で静脈内血栓溶解療法+機械的血栓除去術に対して非劣性を示すかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】2017年1月1日から2019年7月31日の間に日本の23の病院ネットワークで組み入れた大血管閉塞に伴う急性期脳梗塞患者204例を対象とした医師主導型多施設共同無作為化非盲検非劣性臨床試験であり、最終経過観察日は2019年10月31日であった。 【介入】患者を機械的血栓除去術単独群(101例)と静脈内血栓溶解療法(アルテプラーゼ0.6mg/kg)+機械的血栓除去術併用群(103例)に無作為に割り付けた。 【主要評価項目】有効性の主要評価項目は、90日時の修正ランキン尺度スコア0~2点(0点[無症状]~6点[死亡])と定義した転帰良好とし、非劣性マージンオッズ比0.74、片側有意閾値0.025(97.5%CI)で評価した。副次評価項目に90日死亡率などの7項目を規定した。あらゆる脳出血、36時間以内の症候性脳出血などの4項目を安全性の評価項目とした。 【結果】204例(年齢中央値74歳、男性62.7%、National Institutes of Health Stroke Scaleスコア中央値18点)のうち全例が試験を完遂した。機械的血栓除去術単独群の60例(59.4%)、静脈内血栓溶解療法+機械的血栓除去術併用群の59例(57.3%)の転帰が良好であり、群間で有意差はなかった(差2.1%[片側の97.5%CI -11.4%~∞]、オッズ比1.09[同0.63~∞]、非劣性のP=0.18)。7項目の有効性評価項目と4項目の安全性評価項目のうち、90日死亡率(8例[7.9%] vs. 9[8.7%]、差-0.8%[95%CI -9.5%~7.8%]、オッズ比0.90[同0.33~2.43]、P>0.99)などの10項目に有意差がなかった。機械的血栓除去術単独群の方が併用群よりもあらゆる脳内出血の発症率が低かった(34例[33.7%] vs. 52例[50.5%]、差-16.8%[同-32.1%~1.6%]、オッズ比0.50[同0.28~0.88]、P=0.02)。両群間で症候性脳内出血の頻度に有意差はなかった(6例[5.9%] vs. 8[7.7%]、差-1.8%[同-9.7%~6.1%]、オッズ比0.75[同0.25~2.24]、P=0.78)。 【結論および意義】急性大血管閉塞に伴う脳梗塞に用いる機械的血栓除去術単独は、機能的転帰に関して、静脈内血栓溶解療法と機械的血栓除去術の併用に対する非劣性が示されなかった。しかし、効果推定の信頼区間が広かったため、劣性であるとの結論を示すこともできなかった。 第一人者の医師による解説 機械的血栓回収療法の施行前の t-PA投与が不要になる可能性を示唆 木村 和美 日本医科大学大学院医学研究科神経内科分野大学院教授 MMJ. June 2021;17(3):78 ガイドラインには、「機械的血栓回収療法を行うときは、t-PA静注療法の適応例に対してはt-PA静注療法を優先すること(グレード A)」と記載されている。t-PA静注療法は、脳主幹動脈閉塞の早期再開通率が高くない上に、薬剤による出血合併症のリスクがあり、また、治療に要する時間、複数の医療スタッフの必要性など、コスト・ベネフィットが高くない。以上の理由から、この数年来「機械的血栓回収療法の施行前に、t-PA投与が必要か否か」が急性期脳梗塞の治療上解決すべき大きな命題であった。 本論文で報告されたSKIP研究の目的は、脳主幹動脈閉塞を伴う急性期脳梗塞患者を対象としたラ ンダム化比較試験(RCT)により機械的血栓回収療法単独と併用療法(機械的血栓回収療法+t-PA静注療法)の間で患者転帰良好に差があるか否かを明らかにすることである。目標症例数は、過去の文献より算出し200人が適切と判断した。適格基準は(1)年齢18〜85歳(2)急性期脳梗塞(3)発症前mRS(Rankin Scale)スコア2以下(4)閉塞血管は内頸動脈と中大脳動脈(5)初診時NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)は6以上(6)ベースラインASPECTS(Alberta Stroke Program Early CT Score)6以上(7)発症から4時間以内に穿刺が見込まれる患者である。主要評価項目は発症後90日の転帰良好(m RS 0〜2)の割合とし、機械的血栓回収療法単独が併用療法に対して非劣性であるか否かを検証した(非劣性マージンのオッズ比0.74)。有害事象評価項目は、発症後36時間の頭蓋内出血の割合とした。 結果は、患者204人の登録があり、機械的血栓回収療法単独群が101人、併用群が103人であった。患者背景は2群間で差はなく、均等に割り付けされていた。主要評価項目の発症後90日のm RS 0〜2の割合は、単独群59.4%と併用群57.3%であり、補正なしのロジスティック回帰モデルにおけるオッズ比は1.09(97.5%CI,0.63〜∞;P=0.17)で、機械的血栓回収療法単独群の方が転帰良好例は多いが、非劣性は証明できなかった。発症後36時間の頭蓋内出血の割合は、単独群が34人(33.7%)、併用群が50人(50.5%)と、併用群の方が有意に多かった(P=0.02)。以上より、脳主幹動脈閉塞例には、t-PA投与なしに可及的速やかに機械的血栓回収療法を行う方が、患者の転帰が良好になる可能性が示されたが、非劣性は証明できなかった。中国から同様な研究が2件(DIRECT-MT(1)、DEVT(2))報告されており、非劣性を証明している。そのほか、世界では3件のRCTがon goingであり、結果が楽しみである。SKIP研究は、機械的血栓回収療法の施行前に、t-PA投与が不要になる可能性を示唆した研究で、今後、脳梗塞急性期治療にパラダイムシフトが起こるかもしれない。 1. Yang P, et al. N Engl J Med. 2020;382(21):1981-1993. 2. Zi W,et al.JAMA.2021;325(3):234-243.
脳性麻痺患者のエクソーム解析の分子診断率
脳性麻痺患者のエクソーム解析の分子診断率
Molecular Diagnostic Yield of Exome Sequencing in Patients With Cerebral Palsy JAMA. 2021 Feb 2;325(5):467-475. doi: 10.1001/jama.2020.26148. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】脳性麻痺は、運動や姿勢に影響を及ぼすよく見られる神経発達障害であり、他の神経発達障害と併発することが多い。脳性麻痺は出生時仮死に起因することが多いが、最近の研究から、仮死が脳性麻痺症例に占める割合が10%未満であることが示唆されている。 【目的】脳性麻痺患者でエクソーム解析の分子診断率(病原性変異および病原性の可能性が高い変異の検出率)を明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】2012~18年のデータを用いた臨床検査紹介コホートと2007~17年のデータを用いた医療機関主体コホートから組み入れた脳性麻痺患者の後ろ向きコホート研究。 【曝露】コピー数変異を検出するエクソーム解析。 【主要評価項目】主要評価項目は、エクソーム解析の分子診断率とした。 【結果】臨床検査紹介コホート1345例の年齢中央値は8.8歳(四分位範囲4.4~14.7歳、範囲0.1~66歳)で、601例(45%)が女性であった。医療機関主体コホート181例の年齢中央値は41.9歳(同28.0~59.6歳、範囲4.8~89歳)で、96例(53%)が女性であった。エクソーム解析の分子診断率は、臨床検査紹介コホートで32.7%(95%CI 30.2~35.2%)、医療機関主体のコホートでは10.5%(同6.0~15.0%)であった。分子診断率は、知的障害、てんかん、自閉症スペクトラム障害がない患者の11.2%(同6.4~16.2%)から、上記の3疾患がある患者の32.9%(同25.7~40.1%)まで幅があった。遺伝子229個(1526例のうち29.5%)から病原性変異および病原性の可能性が高い変異が同定され、そのうち2例以上(1526例のうち20.1%)に遺伝子86個の変異があり、両コホートから変異がある遺伝子10個が独立して同定された。 【結論および意義】エクソーム解析を実施した脳性麻痺患者の2つのコホートで、病原性変異および病原性の可能性が高い変異の有病率は、主に小児患者から成るコホートで32.7%、主に成人患者から成るコホートで10.5%であった。一連の結果の臨床的意義を理解するために、さらに詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 脳性麻痺児にエクソーム解析が行われれば、3分の1で病的バリアントを検出 武内 俊樹 慶應義塾大学医学部小児科専任講師 MMJ. June 2021;17(3):86 脳性麻痺は、脳を原因とする運動や姿勢の異常であるが、実際には、運動障害に限らず、知的障害や発達障害を合併することも多い。これまで脳性麻痺は、胎児期や分娩時の低酸素虚血が主な原因と考えられてきたが、近年では、明らかな分娩時低酸素虚血に起因するものは、脳性麻痺の10%程度を占めるに過ぎないことがわかってきた。また、知的障害や自閉症の多くについて、コピー数変異、遺伝子変異・多型と関連していることがわかってきている。 本論文は、脳性麻痺の小児・成人患者におけるエクソーム解析による分子遺伝学的診断率(病的バリアントおよび病的と思われるバリアントの有病率)を明らかにすることを目的とした後方視的研究の報告である。2012~18年にエクソーム解析を受けた「臨床検査室紹介コホート」(1,345人、年齢中央値8.8歳)、および主に民間医療機関(Geisinger)共同ゲノム解析プロジェクト(DiscovEHR)において2007~17年にエクソーム解析を受けた「医療機関登録コホート(181人、年齢中央値41.9歳)の2群に分けて検討した。病的および病的と思われるバリアントの有病率は、「臨床検査室紹介コホート」では32.7%(95%信頼区間[CI], 30.2 ~ 35.2%)、「医療機関登録コホート」では10.5%(95% CI, 6.0 ~ 15.0%)であった。 本研究の意義は、大規模な脳性麻痺の集団に対してエクソーム解析を行った場合に、かなりの頻度で病的バリアントが検出されることを明らかにした点である。特に、小児を中心とする「臨床検査室紹介コホート」における病的バリアントの有病率は、一般的な、未診断疾患患者に対するエクソーム解析の診断率に近い。すなわち、「脳性麻痺」という臨床診断の有無にかかわらず、原因不明の知的障害、運動障害の小児においては、両親も含めたトリオのエクソーム解析を行うことで、3割ほどで分子遺伝学的診断を得ることができる。本研究の限界点として、保険病名をもとに抽出した後方視的研究であり脳性麻痺の定義が厳密ではないこと、また「医療機関登録コホート」の患者は成人であり、両親が高齢のため、両親と本人のデータの比較ができていない点が挙げられる。診断法が進歩した今日でも、運動障害、知的障害・発達障害の原因を特定することは容易ではないが、日本における脳性麻痺児においても、エクソーム解析が行われれば、本研究と同程度の頻度で、症状を説明しうる遺伝子異常が検出されると類推される。
COVID-19入院患者の経過 コホート研究
COVID-19入院患者の経過 コホート研究
Patient Trajectories Among Persons Hospitalized for COVID-19 : A Cohort Study Ann Intern Med. 2021 Jan;174(1):33-41. doi: 10.7326/M20-3905. Epub 2020 Sep 22. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】米国コホートでは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化や死亡の危険因子が調査されていない。 【目的】COVID-19の重症化や死亡を予測する入院時の因子を明らかにすること。 【デザイン】後ろ向きコホート解析。 【設定】メリーランドおよびワシントンDC地域の病院5軒。 【患者】2020年3月4日から4月24日の間にCOVID-19のため入院した連続症例832例を2020年7月27日まで追跡した。 【評価項目】世界保健機関のCOVID-19重症度尺度で分類した患者の経過(軌道)および転帰。死亡および重症化または死亡の複合を主要転帰とした。 【結果】患者の年齢中央値が64歳(1~108歳)、47%が女性、40%が黒人、16%がラテンアメリカ系であり、21%が介護施設居住者であった。全体で、131例(16%)が死亡し、694例(83%)が退院した(523例[63%]が軽症ないし中等症、171例[20%]が重症)。死亡例のうち66例(50%)が介護施設居住者であった。入院時に軽症ないし中等症であった787例のうち302例(38%)が重症または死亡へと進行し、第2病日までに181例(60%)、第4病日までに238例(79例)が死亡した。年齢、介護施設居住、併存疾患、肥満、呼吸器症状、呼吸数、発熱、リンパ球絶対数、低アルブミン血症、トロポニン値、CRPおよびこの一連の因子の相互作用によって疾患進行の確率が大きく異なっていた。入院時に見られた因子のみを用いると、院内での疾患進行を予測するモデルの第2病日、第4病日および第7病日の曲線下面積がそれぞれ0.85、0.79および0.79であった。 【欠点】試験は単一の医療システムで実施された。 【結論】人口統計学的変数および臨床変数の組み合わせに、COVID-19重症化または死亡および早期発症との強い関連が認められた。COVID-19 Inpatient Risk Calculator(CIRC)は入院時に見られた因子を用いて作成したものであり、臨床および資源の割り当ての決定に有用である。 第一人者の医師による解説 重症化や死亡リスク予測のためのRisk Calculator作成 5 ~ 90%の確率で予測 小倉 翔/荒岡秀樹(部長) 虎の門病院臨床感染科 MMJ. June 2021;17(3):76 2019年末に中国の武漢で肺炎の原因として確認されたSARS-CoV-2による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は急速に全世界へと拡大し、現在も世界の各地域で大きな脅威となり、社会経済活動や医療リソースを圧迫し続けている。入院時に予後不良を予測する因子を特定することにより、人工呼吸器や治療薬など潜在的に不足している医療資源の割り当てや、治療の方向性に関する患者や家族との話し合いに、有益な情報を提供できる可能性がある。 本研究は米国の5つの病院を含む単一の医療システム(Johns Hopkins Medicine)における後方視的コホート解析である。研究期間中に、832人の患者がCOVID-19で入院した。最終評価時において、694人(83%)の患者が退院し、131人(16%)が死亡し、7人(0.8%)が重症で入院したままだった。退院した患者のうち、523人(63%)は軽度〜中等症で、171人(21%)は重症であった。入院時からの臨床経過によると、45人(5%)の患者は病院到着時にすでに重症の状態であり、残りの787人の患者のうち、120人(15%)が12時間までに、149人(19%)が24時間までに、185人(24%)が48時間までに、215人(27%)が72時間までに、244人(31%)が96時間までに重症化または死亡した。重症化または死亡までの期間の中央値は1.1日(四分位範囲,0.07〜3.4日)だった。体格指数(BMI)、呼吸器症状、C反応性蛋白(CRP)値、呼吸数、アルブミン値および38.0°Cを超える発熱が年齢に関係なく重症化または死亡と関連していた。死亡のみを評価した場合、重要な危険因子には、年齢、ナーシングホームからの入院(75歳未満)、複数の併存疾患(CCI*で計算)、およびSaO2/FiO2 比が含まれた。これらのデータをもとに、重症疾患 または死亡のリスク(累積発生率)を予測するためのCOVID-19 Inpatient Risk Calculator(CIRC)が作成された(https://rsconnect.biostat.jhsph.edu/covid_predict/で入手可能)。 本研究では、米国におけるCOVID-19による入院患者の疾患経過と重症化または死亡に関連する危険因子が検討された。これらの危険因子の組み合わせにより、5%程度から90%を超える確率で重症化もしくは死亡が予測された。 本研究は、データが米国における単一の医療システムから取得されている点や、発症日のデータがないために疾患全体の経過が明確でない点が限界として挙げられる。 *CCI(Charlson Comorbidity Index):慢性疾患に関連する17の状態についてスコア化し評価し た指標
標準治療を受けた早期トリプルネガティブ乳がんで検討した低用量かつ高頻度のカペシタビン維持療法と経過観察が無病生存率にもたらす効果の比較 SYSUCC-001無作為化臨床試験
標準治療を受けた早期トリプルネガティブ乳がんで検討した低用量かつ高頻度のカペシタビン維持療法と経過観察が無病生存率にもたらす効果の比較 SYSUCC-001無作為化臨床試験
Effect of Capecitabine Maintenance Therapy Using Lower Dosage and Higher Frequency vs Observation on Disease-Free Survival Among Patients With Early-Stage Triple-Negative Breast Cancer Who Had Received Standard Treatment: The SYSUCC-001 Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Jan 5;325(1):50-58. doi: 10.1001/jama.2020.23370. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】乳がんのサブタイプのうち、トリプルネガティブ乳がんは標準治療後の再発率がいくぶん高く、予後が不良である。再発と死亡リスクを下げる効果的な戦略が求められている。 【目的】早期トリプルネガティブ乳がんで、標準的な術後化学療法後に用いる低用量カペシタビン維持療法の有効性と有害事象を評価すること。 【デザイン、設定および参加者】2010年4月から2016年12月の間に、中国の大学病院と臨床施設計13施設で実施した無作為化臨床試験。最終追跡調査日は2020年4月30日であった。参加者(443例)は早期のトリプルネガティブ乳がん患者であり、標準的な術後化学療法を終了していた。 【介入】標準的な術後化学療法終了後、適格患者をカペシタビン650mg/m^2を1年間にわたって1日2回投与するグループ(222例)と経過観察するグループ(221例)に1対1の割合で無作為に割り付けた。 【主要評価項目】主要評価項目は無病生存率であった。無遠隔転移生存率、全生存率、局所無再発生存率、有害事象を副次評価項目とした。 【結果】無作為化した443例のうち、34例を最大の解析対象集団[平均年齢(SD)46(9.9)歳、T1/T2期93.1%、リンパ節転移陰性61.8%]とした(98.0%が試験を完遂)。追跡調査期間中央値61カ月(四分位範囲44~82)の後、イベント94件が発生し、内訳はカペシタビン群38件(再発37例、死亡32例)、経過観察群56件(再発56例、死亡40例)であった。推定5年無病生存率は、カペシタビン群82.8%、観察群73.0%であった(再発または死亡リスクのハザード比[HR]0.64[95%CI 0.42~0.95]、P=0.03)。追跡調査期間中央値61カ月(四分位範囲44-82)の後、イベントが94件発生し、内訳はカペシタビン群38件(再発37件、死亡32件)、観察群56件(再発56件、死亡40件)であった(再発または死亡リスクのHR 0.64、95%CI 0.42~0.95、P=0.03)。カペシタビン群と観察群を比較すると、推定5年無遠隔転移生存率は85.8% vs 75.8%(遠隔転移または死亡リスクのHR 0.60、95%CI 0.38~0.92、P=0.02)、推定5年全生存率は85.5% vs 81.3%(死亡リスクのHR 0.75、95%CI 0.47~1.19、P=0.22)、推定5年局所無再発生存率は85.0% vs 80.8%(局所再発または死亡リスクのHR 0.72、95%CI 0.46~1.13、P =0.15)であった。最も発現頻度が高かったカペシタビン関連の有害事象は手足症候群(45.2%)であり、7.7%からグレード3の有害事象が報告された。 【結論および意義】標準的な術後治療を受けた早期トリプルネガティブ乳がんで、1年間の低用量カペシタビン維持療法によって、経過観察と比べて5年無病生存率が有意に改善した。 第一人者の医師による解説 忍容性高く5年無病生存率を10%上昇 患者選択と至適投与法のさらなる検討必要 三階 貴史 北里大学医学部乳腺・甲状腺外科学主任教授 MMJ. June 2021;17(3):88 近年、乳がん薬物療法の進歩は著しく、ホルモン受容体陽性、またはHER2陽性タイプの転移性乳 がんの予後は年単位で改善した。一方、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)に関しては最近、PARP阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬が日本でも保険診療で使用されているが、いまだ予後不良である。 転移性乳がんに対する新たな分子標的治療の開発が進む一方で、経口5-FU製剤はその効果と副作用の少なさから、こと日本では術後療法への応用が1980年代から進められていた。その有効性を示す日本発のエビデンスは2000年代に入って示されたが、高リスク患者に対してはアントラサイクリン系、タキサン系薬剤が国際的な標準治療となるにつれ、高齢者など一部の患者に対する選択肢としての位置づけに留まっていた。しかし、2017年に術前化学療法後に病理学的に腫瘍の残存を認めた患者に対するカペシタビン投与が、特にTNBCで有効であることが日韓国際共同試験の結果で示され(1)、現在NCCNガイドラインでは標準治療として推奨されている(2)。 本論文はTNBC患者に標準的な手術、術前/術後化学療法、放射線療法を行った後、1,300mg/m2/日という低用量(通常2,500mg/m2/日)でカペシタビンを2週内服、1週休薬で1年間投与することの有効性と副作用を明らかにすることを目的として中国で行われた多施設共同試験の結果である。解析対象はカペシタビン群221人、経過観察 群213人、観察期間中央値は61カ月であった。その結果、主要評価項目である5年無病生存率はカペシタビン群で経過観察群よりも有意に高いことが示された(82.8%対73.0%;ハザード比[HR],0.64)。また、副次評価項目である5年無遠隔転移生存率もカペシタビン群の方が有意に高かったが (85.5%対75.8%;HR,0.60)、5年全生存率、5年無局所再発生存率の統計学的有意差は認められなかった。アジア人の経口5-FU製剤に対する忍容性は高いと考えられているが、低用量で行われた本試験でもカペシタビンの相対用量強度(予定投与量に対する実際の投与量の割合)の中央値は85%であり、主な副作用である手足症候群は全グレードで45%、グレード3で8%の発現率であった。 これまでにも乳がん術後カペシタビン投与の有効性を検討する臨床試験はいくつか行われているものの、結果はcontroversialである。いまだ日本では術後療法としての投与は保険適用外であるが、TNBCの予後を改善するためにもカペシタビン投与が必要な患者選択と至適投与法の確立が待たれる。 1. Masuda N, et al. N Engl J Med. 2017;376(22):2147-2159. 2. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology Breast Cancer (Version 4.2021) (https://www.nccn.org/professionals/physician_gls/pdf/breast.pdf)
血漿P-tau217によるアルツハイマー病と他の神経変性疾患の識別
血漿P-tau217によるアルツハイマー病と他の神経変性疾患の識別
Discriminative Accuracy of Plasma Phospho-tau217 for Alzheimer Disease vs Other Neurodegenerative Disorders JAMA. 2020 Aug 25;324(8):772-781. doi: 10.1001/jama.2020.12134. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】現在のアルツハイマー病(AD)を診断する検査法には限界がある。 【目的】ADを診断するバイオマーカーに用いるスレオニン部位でリン酸化された血漿タウ(P-tau217)の有用性を調べること。 【デザイン、設定および参加者】横断的研究3件――AD患者34例およびADがない47例を対象とした米アリゾナ州の神経病理学コホート(コホート1、登録期間2007年5月から2019年1月)、認知機能障害がない参加者(301例)と臨床的に診断を受けた軽度認知機能(MCI)がある参加者(178例)、アルツハイマー型認知症(121例)および他の神経変性疾患(99例)を対象としたスウェーデンのBioFINDER-2コホート(コホート2、2017年4月から2019年9月)、PSEN1 E280A遺伝子変異保有者365例および非変異保有者257例を対象としたコロンビア常染色体優性ADがある親族コホート(コホート3、2013年12月から2017年2月)。 【曝露】血漿P-tau217。 【主要評価項目】血漿P-tau217のAD(臨床的または神経病理学的に診断)識別精度を主要評価項目とした。タウ病理像との関連を副次評価項目とした(神経病理学的にまたはPETで確認)。 【結果】コホート1は平均年齢83.5(SD 8.5)歳、女性38%、コホート2は平均年齢69.1(SD 10.3)歳、女性51%、コホート3は平均年齢35.8(SD 10.7)歳、女性57%だった。コホート1は、生前の血漿P-tau217からADと非ADを神経病理学的に識別でき[曲線下面積(AUC)0.89、95%CI 0.81-0.97]、血漿中P-tau181やニューロフィラメント軽鎖(NfL)よりも識別精度が有意に高かった(AUC範囲0.50-0.72、P<0.05)。コホート2での血漿P-tau217のアルツハイマー型認知症とその他の神経変性疾患の識別精度は、血漿中P-tau181やNfL、MRI検査よりも有意に高かった(AUCの範囲0.50-0.81、P<0.001)が、脳脊髄液(CSF)P-tau217、CSF P-tau181、タウPET検査との有意差はなかった(AUC範囲0.90-0.99、P>0.15)。コホート3では、約25歳以上のPSEN1変異保有者の血漿中P-tau217値が非保有者よりも高く、変異保有者がMCIを発症したと推定された時期の約20年前に増加が始まっていた。コホート1では、血漿中P-tau217値にβアミロイドプラークがある参加者のタウ変化との有意な関連がみられたが(Spearmanのρ=0.64、P<0.001)、βアミロイドプラークがない参加者ではこの関連はみられなかった(Spearmanのρ=0.15、P=0.33)。コホート2では、血漿中P-tau217でタウPET検査の異常を正常と見分けることができ(AUC 0.93、95%CI 0.91-0.96)、血漿中P-tau181や血漿NfL、CSF P-tau181、CSFのAβ42/Aβ40比およびMRI検査よりも有意に精度が高かったが(AUC範囲0.67-0.90、P<0.05)、精度にCSF P-tau217との有意差はなかった(AUC 0.96、P=0.22)。 【結論および意義】コホート3件の参加者1402例で、血漿中P-tau217によってADとその他の神経変性疾患を見分けることができ、血漿およびMRI検査のバイオマーカーより精度が有意に高かったが、主要なCSFやPET検査の測定法との有意差はなかった。この方法を最適化し、多様な集団を対象に結果を検証し、実臨床に用いる潜在的な役割を明らかにするため詳細な研究が必要である。 第一人者の医師による解説 実臨床や多様な集団から対象者を十分確保した 縦断的研究による検証が必要 石井 一弘 筑波大学医学医療系神経内科学准教授 MMJ. April 2021;17(2):46 2050年にアルツハイマー病(AD)の患者数が全世界で1億人に達するとの試算もある。ADの疾患修飾薬が利用可能になれば、低侵襲の採血で測定でき、しかも疾患早期から正確な診断が可能な診断マーカーの開発が望まれる。ADの原因蛋白であるAβ蛋白分子種(Aβ40、Aβ42)、各種リン酸化タウ蛋白を血漿、髄液で測定し、さらに生体内のこれら蛋白をPETで可視化し、その分布や脳部位で定量をし、診断バイオマーカーとする試みが行われている。しかしながら、これらバイオマーカーを用いてのAD早期診断には限界がある。最近、217番目のスレオニンがリン酸化したタウ蛋白(P-tau217)は、181番目のスレオニンがリン酸化したタウ蛋白(P-tau181)に比べ、より正確にしかも、より早期にADを診断できることが報告された(1)。 本研究では3つのコホート研究から得られた1,402人分の血漿試料を用いて、P-tau217濃度を測定し、ADに対する診断精度(感度、特異度)を他の血漿、髄液バイオマーカーと比較し、有用性を検討した。その結果、血漿P-tau217は臨床的に診断されたADを他の神経変性疾患と正確に鑑別することができ、病理学的にADと診断された患者と病理学的にADではない患者を判別することができた。さらに血漿P-tau217は血漿P-tau181、血漿ニューロフィラメント軽鎖(NfL)や大脳皮質厚や海馬容積などの脳 MRI測定値と比較し、臨床的ADをより正確に診断した。一方、髄液P-tau181、髄液P-tau217やTau-PETとの比較では、鑑別精度に有意差はなかった。加えて、血漿P-tau217濃度は神経原線維変化などのTau病理と相関し、TauPETでの正常と異常を他の髄液、血漿のバイオマーカーより正確に判別可能であった。 本研究の限界として、選択された集団を用いた横断的コホート研究であることが挙げられる。そのため、実臨床や多様な集団から十分な対象者数を確保した縦断的研究による検証を行わなければならない。また、測定法についてもP-tau217測定の感度向上と最適化、実用化に向けての測定自動化やカットオフ値の設定が必要である。他の神経変性疾患の鑑別への応用でも、十分な疾患数を確保し、鑑別精度を上げる必要がある。これらの限界を考慮しても、血漿P-tau217測定はADの早期診断やTau関連疾患との鑑別においては、今後、十分に注目される診断バイオマーカーになるであろう。 1. Janelidze S, et al. Nat Commun. 2020;11(1):1683.
ナトリウム・グルコース共役輸送体2阻害薬と糖尿病性ケトアシドーシスのリスク 多施設共同コホート研究
ナトリウム・グルコース共役輸送体2阻害薬と糖尿病性ケトアシドーシスのリスク 多施設共同コホート研究
Sodium-Glucose Cotransporter-2 Inhibitors and the Risk for Diabetic Ketoacidosis : A Multicenter Cohort Study Ann Intern Med. 2020 Sep 15;173(6):417-425. doi: 10.7326/M20-0289. Epub 2020 Jul 28. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】ナトリウム・グルコース共役輸送体2(SGLT2)阻害薬によって糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)のリスクが上昇する可能性がある。 【目的】SGLT2阻害薬によって、ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP-4)阻害薬と比較して、2型糖尿病患者のDKAリスクが上昇するかを評価すること。 【デザイン】住民対象コホート研究;2013年から2018年の間のprevalent new-user design(ClinicalTrials.gov、NCT04017221)。 【設定】カナダ7地域と英国の電子医療記録データベース。 【患者】time-conditional傾向スコアを用いて、SGLT2阻害薬新規使用者20万8757例をDPP-4阻害薬使用者20万8757例とマッチングさせた。 【評価項目】コックス比例ハザードモデルで、DPP-4阻害薬使用者と比較したSGLT2阻害薬使用者のDKAの施設ごとのハザード比と95%CIを推定し、ランダム効果モデルを用いて統合した。二次解析では、分子、年齢、性別およびインスリン投与歴で層別化した。 【結果】全体で、37万454人・年の追跡で、521例がDKAの診断を受けた(1000人年当たりの発生率1.40、95%CI 1.29-1.53)。SGLT2阻害薬によってDPP-4阻害薬と比較してDKAリスクが上昇した(発生率2.03、CI 1.83 to 2.25、0.75、CI 0.63-0.89、ハザード比2.85、CI 1.99-4.08)。分子固有のハザード比は、ダパグリフロジン1.86(CI 1.11-3.10)、エンパグリフロジン2.52(CI 1.23-5.14)、カナグリフロジン3.58(CI 2.13-6.03)であった。この関連は年齢および性別では修正されず、インスリン投与歴があるとリスクが低下すると思われた。 【欠点】測定できない交絡因子がある点、患者の大多数の臨床検査データがない点、分子別の解析を実施した施設が少ない点。 【結論】SGLT2阻害薬でDKAリスクが約3倍になり、分子別の解析からクラス効果が示唆された。 第一人者の医師による解説 DPP-4阻害薬に比べ約3倍の発症リスク インスリンの存在がカギ 関根 信夫 JCHO東京新宿メディカルセンター院長 MMJ. April 2021;17(2):49 腎近位尿細管でのブドウ糖再吸収抑制により尿糖排泄を促すという、一見シンプルな機序により血糖降下作用を発揮するSGLT2阻害薬は、近年、心血管イベントをはじめとする合併症予防における優位性(1)から注目され、その使用が劇的に増加している。SGLT2阻害薬は血糖改善・体重減少作用に加え、心不全の発症・入院を減少させ、腎症の進展抑止に寄与する。米国糖尿病学会(ADA)により、特に心血管疾患・心不全・腎症合併例における積極的使用が推奨されている(2)。一方、副作用については尿路・性器感染症のリスク上昇が明らかであるが、代謝面で注目されたのが糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の発症である。その機序としてはインスリン欠乏や脱水などを基盤にケトン体産生が増加することが想定されている。特筆すべきは、比較的低い血糖レベルでもDKAを生じうることであり(“正常血糖糖尿病性ケトアシドーシス”とも言われる)、極端な糖質制限によるリスクにも注意しなければならない。 本研究はカナダと英国のプライマリケア・データベースを活用したコホート研究であり、2013年1月~18年6月にSGLT2阻害薬を新規に処方された患者、またはDPP-4阻害薬投与を受けている患者を対象に、各薬剤群208,757人という大規模レベルでDKA発症について後ろ向きに比較検討したものである。結果、期間中521人(発症率比1.40人 /1,000人・年)がDKAを発症し入院した。このうちSGLT2阻害薬群ではDPP-4阻害薬群に比べ有意なDKA発症増加が認められた(発症率比2.03対0.75/1,000人・年;ハザード比[HR]2.85)。SGLT2阻害薬の薬剤別HRは、ダパグリフロジン1.86、エンパグリフロジン2.52、カナグリフロジン3.58と、基本的にはクラスエフェクトと考えられるものの、カナグリフロジンのリスクが最も高かった。同薬のSGLT2選択性が比較的低いことが理由として推察されるものの、結論を出すには慎重であるべきである。 なお、SGLT2阻害薬は1型糖尿病でのインスリンへの併用が保険適用となったが、DKA発症リスクが極めて高い1型糖尿病では、なお一層の注意が必要である。本研究でもあらかじめインスリンを投与された患者ではDKA発症リスクが低いという結果が得られており、ポイントはインスリンの“存在”と想定される。すなわち、1型糖尿病においては十分量のインスリンが投与されていること、2型糖尿病ではインスリン療法が行われているか、内因性インスリン分泌が十分あることが、DKA発症リスクを軽減することにつながるものと考えられる。 1. Zelniker TA, et al. Lancet. 2019;393(10166):31-39. 2. American Diabetes Association. Diabetes Care. 2021;44(Suppl 1):S111-S124.
FDAとEMAの迅速承認と新薬の治療的価値との関連 後ろ向きコホート研究
FDAとEMAの迅速承認と新薬の治療的価値との関連 後ろ向きコホート研究
Association between FDA and EMA expedited approval programs and therapeutic value of new medicines: retrospective cohort study BMJ. 2020 Oct 7;371:m3434. doi: 10.1136/bmj.m3434. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】米国食品医薬品局(FDA)および欧州医薬品庁(EMA)が承認した新薬の治療的価値の特徴および優先プログラムの等級付けと規定当局の承認の関連を明らかにすること。 【デザイン】後ろ向きコホート研究。 【設定】2007年から2017年までの間のFDAとEMAが承認し、2020年4月1日まで追跡した新薬。 【データ入手元】独立機関5団体(Prescrire誌、カナダ、フランス、ドイツおよびイタリアの保健当局)の新薬の等級付けを用いて治療価値を測定した。 【主要評価項目】治療上の価値が高いと評価した新薬の割合、高い治療的価値評価と優先状況の関連。 【結果】2007年から2017年にかけて、FDAが320品目、EMAが268品目の新薬を承認し、そのうち181品目(57%)と39品目(15%)が1つ以上の優先プログラムに指定されていた。治療上の価値を等級付けした新薬267品目で、1機関以上が84品目(31%)を治療的価値が高いと評価した。治療的価値が高いと評価された医薬品の割合は、優先プログラムに指定された医薬品の方が非優先プログラムの医薬品よりも高かった[FDA承認:45%(153品目中69品目) vs 13%(114品目中15品目)、P<0.001、EMA:67%(27品目中18品目) vs 27%(240品目中65品目)、P<0.001]。指定した医薬品の治療的価値が高いと評価される優先プログラムの感度および特異度は、FDAが82%(95%CI 72-90)と54%(同47-62)、EMAで25.3%(16.4-36.0)と90.2%(85.0-94.1)だった。 【結論】過去10年間にFDAとEMAが承認した新薬の3分の1が、5つの独立機関のうち1つ以上から治療的価値が高いと評価を受けた。優先プログラムに指定した医薬品が非優先プログラム指定医薬品よりも高い評価を受けていると考えられたが、FDAの優先プログラムに指定された医薬品は、EMAの優先プログラム指定医薬品と異なり、ほとんどが治療的価値が低いと評価された。 第一人者の医師による解説 早期承認薬のリスクとベネフィット 規制当局は医療者と患者に知らせるべき 松元 一明 慶應義塾大学薬学部薬学科薬効解析学講座教授 MMJ. April 2021;17(2):59 世界で使用されているほとんどの医薬品は、米食品医薬品局(FDA)または欧州医薬品庁(EMA)で最初に承認される。これまでに、FDAはfast track(1987年)、accelerated approval(1992年)、priority review(1992年)、breakthrough therapy(2012年)の4つの早期承認プログラムを確立し、EMAはaccelerated assessment(2005年)、conditional marketing authorisation(2006年)の2つの早期承認プログラムを確立している。これらは患者に、必要とされる医薬品をいち早く届けるための制度であり、両規制当局は既存治療よりも優れた効果を示す医薬品が申請されるべきであると示している。しかし、プラセボ対照試験、単群試験に基づいて承認されており、既存治療との比較試験は要求されていない。したがって、FDAおよびEMAの早期承認プログラムで承認された新薬の治療価値(therapeutic value)は不確かである。そこで本論文では、カナダ、フランス、ドイツ、イタリアの保健当局と非営利団体 Association Mieux Prescrireが公表している医薬品の治療価値に基づいて、2007~17年にFDAおよびEMAで承認されたすべての新薬を評価した。 2007~17年にFDAおよびEMAは、それぞれ320、268の新薬を承認した。そのうちFDAは163(51%)、EMAは39(15%)の新薬を早期承認プログラムで承認した。治療価値の評価は267の医薬品について実施された。FDA承認薬の31%(84/267)、EMA承認薬の31%(83/267)が高い治療価値を有すると評価された。FDAの早期承認群で高く評価された医薬品は45%(69/153)、非早期承認群では13%(15/114)と有意差があった。EMAにおいても早期承認群67%(18/27)、非早期承認群27%(65/240)と有意差があった。FDAで早期承認された医薬品が高く評価される感度と特異度は、それぞれ82%(95%信頼区間[CI],72~90%)、54%(47~62%)であり、ROC曲線下面積(AUC)は0.68(0.63~0.74)であった。EMAではそれぞれ25%(95% CI, 16~36%)、90%(85~94%)、AUCは0.58(0.54~0.63)であり、両規制当局ともに予測性はそれほど高くなかった。 FDAとEMAでは新薬の開発を促進するために本制度がますます利用されている。早期承認薬の方が非早期承認薬より高く評価された医薬品は多かったが、その割合は決して高くはなかった。そのため、規制当局は医療従事者ならびに患者に早期承認薬のリスクとベネフィットの情報を知らせる必要がある。
転帰不良リスクがある患者に対象を絞ったリハビリによる人工膝関節全置換後の転帰改善効果 無作為化比較試験
転帰不良リスクがある患者に対象を絞ったリハビリによる人工膝関節全置換後の転帰改善効果 無作為化比較試験
Targeting rehabilitation to improve outcomes after total knee arthroplasty in patients at risk of poor outcomes: randomised controlled trial BMJ. 2020 Oct 13;371:m3576. doi: 10.1136/bmj.m3576. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】人工膝関節全置換後の転帰不良が予測される患者に対象を絞った場合、漸進的な外来理学療法が、単回理学療法や自宅での運動主体の介入より優れた転帰をもたらすかを評価すること。 【デザイン】並行群間無作為化比較試験。 【設定】術後の理学療法を提供する英国の二次および三次医療機関13施設。 【参加者】術後6週時に、オックスフォード膝スコアで人工膝関節全置換後の転帰が不良のリスクがあると判定した変形性膝関節症患者334例。163例を理学療法士主導の外来リハビリ、171例を自宅での運動主体の介入に割り付けた。 【介入】理学療法士が全例をレビューし、6週間にわたる18回の理学療法士主導の外来リハビリ(1週間ごとにプログラムを修正する漸進的目標指向型の1対1の機能リハビリ)または理学療法士のレビュー後在宅での運動を軸にした介入(理学療法士の漸進的介入なし)を実施した 【主要評価項目】52週時のOxford膝スコア群間差4点を主要評価項目とし、臨床的意義があると考えた。術後14、26、52週時に測定した疼痛および機能の患者報告転帰を副次評価項目とした。 【結果】334例を無作為化した。8例が追跡不能であった。介入の遵守率が85%を超えていた。52週時のOxford膝スコアの群間差は1.91点(95%CI -0.18-3.99)で、外来リハビリ群の方が良好だった(P=0.07)。全測定時点のデータを解析するとOxford膝スコアの群間差は2.25点で臨床的意義がなかった(同0.61-3.90、P=0.01)。52週時やそれ以前の測定時点での平均疼痛(0.25点、-0.78-0.28、P=0.36)および疼痛悪化(0.22点、-0.71-0.41、P=0.50)の副次評価項目に群間差は見られず、転帰に対する満足度(オッズ比1.07、95%CI 0.71-1.62、P=0.75)および介入後の機能(4.64秒、95%CI -14.25-4.96、P=0.34)にも差がなかった。 【結論】人工膝関節全置換後の転帰不良リスクがある患者に実施する外来の理学療法士主導のリハビリに、理学療法士1名のレビューと自宅での運動を軸にした介入に対する優越性はなかった。主要評価項目および副次評価項目にも臨床的意義のある差は認められなかった。 第一人者の医師による解説 人工膝関節全置換術後の医療資源の提供計画に 再考の余地を与える研究 島田 洋一 秋田大学副学長・大学院整形外科学講座教授 MMJ. April 2021;17(2):57 人工膝関節全置換術(TKA)は、末期変形性膝関節症に対して最も多く施行される手術で、今後も件数の増加が予想されている。この手術は、痛みを軽減し、身体機能を改善するのに効果的だが、約20%の患者で術後の結果に不満が残ると言われており、満足度を向上させるのに理学療法は非常に重要である。しかし、現在、明確なガイドラインは存在せず、術前に、術後成績の予測は困難であることが明らかになっている。 本論文で報告された無作為化並行群間比較試験(TRIO試験)では、術後早期(6週間)時、機能やパフォーマンスの低く、痛みのレベルが高い、単純なタスクを実行するのが難しい患者334人の参加者のうち、163人は6週間のセラピスト主導の漸進的な入力ありの外来リハビリテーションに、171人は在宅運動ベースで、漸進的な入力なしのプロトコルに割り付けられ、主に患者立脚型臨床成績Oxford knee score(OKS)を比較した。 Intention-to-treat(ITT)解析では、術後1年OKS群間差の調整平均は1.91(95%信頼区間[CI],0.18~3.99)であり、セラピスト主導群で高値となった(P=0.07)。両群ともにOKSは臨床的に意味のある4点以上改善した。全時点(術後14、26、52週)のデータを解析しても群間差は2.25点であった(95% CI, 0.61~3.90;P=0.01)。Timed up go test(椅子から立ち上がり、3m先の目印を回って、再び椅子に座るまでの時間を測定)では有意差がなかった。1年後の満足度について群間差はなかったが、セラピスト主導群では疼痛軽減と身体活動を行う能力に対する満足度が有意に高値であった。 TKA術後リハビリテーションのプロトコルや提供方法に関する医学的根拠は依然として不足しており、最善のTKA術後の理学療法と、行政や保険者による医療サービスへの適切な資金提供の根拠が依然として不明瞭である。本研究では、転帰不良リスクが高い患者層を選択的にリクルートして、TKA術後理学療法において積極的に外来でセラピスト主導のリハビリテーションを促進する明らかな利点がないことが明らかになった。単に患者に高リスク群であることを認識させ、理学療法士による在宅運動に基づくレジメンの指導を通じてハンズオフリハビリテーションを提供するだけで、外来でのセラピスト主導のリハビリテーションと同等の結果を得るのに十分である可能性がある。
腎移植の免疫抑制を制御性T細胞 第I/IIa相臨床試験
腎移植の免疫抑制を制御性T細胞 第I/IIa相臨床試験
Regulatory T cells for minimising immune suppression in kidney transplantation: phase I/IIa clinical trial BMJ. 2020 Oct 21;371:m3734. doi: 10.1136/bmj.m3734. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】腎移植後の自己内在性制御性T細胞(nTreg)注入による免疫バランスの再形成の安全性および実行可能性を評価すること、有効性が低い割に有害事象があり直接的および間接的コストも高い高用量免疫抑制薬を減量できる可能性を見きわめること。有益な概念実証モデルで、容易で安定した製造、過剰免疫抑制の危険、標準治療薬との相互作用および炎症性環境での機能の安定性などのnTreg治療の課題を検討すること。 【デザイン】医師主導単施設nTreg用量漸増第I/IIa相臨床試験(ONEnTreg13)。 【設定】ONE Study内のCharité大学病院(ドイツ・ベルリン、EUが資金提供)。 【参加者】生体ドナー腎移植レシピエント(ONEnTreg13、11例)および対応する参照群(ONErgt11-CHA、9例)。 【介入】腎移植7日後にCD4+ CD25+ FoxP3+ nTregを0.5、1.0、2.5-3.0×106個/体重kgのいずれかの用量を静脈内投与し、その後48週後まで3剤併用免疫抑制療法から低用量タクロリムス単独療法へと段階的に減量した。 【主要評価項目】主要臨床的および安全性評価項目は、60週時の複合評価項目とし、さらに3年間追跡した。評価には、生検で確認した急性拒絶反応の発生、nTreg注入による有害事象の評価、過剰免疫抑制の徴候などを含めた。移植腎機能を副次評価項目とした。付随する研究に包括的な探索的バイオマーカーのポートフォリオを含めた。 【結果】全例で、腎臓移植2週間前に採取した末梢血40-50mLから十分な量、純度、機能のnTreg細胞が作製できた。3通りのnTreg用量漸増群いずれでも用量規制毒性を認めなかった。nTregおよび参照群の3年後同種移植片生着率はいずれも100%で、臨床および安全性に関する特徴もほぼ同じだった。nTreg群の11例中8例(73%)が単剤による安定した免疫抑制を達成した一方で、参照群では標準的な2剤または3剤併用による免疫抑制療法を継続していた(P=0.002)。従来のT細胞活性化は低下し、nTregが体内でポリクローナルからオリゴクローナルT細胞受容体レパートリーに変化した。 【結論】自己nTregの投与は、腎移植後に免疫抑制療法を実施している患者でも安全で実行可能であった。この結果は、Tregの有効性をさらに詳細に評価することの必要性を裏付け、移植および免疫病理学での次世代nTregアプローチの開発の基盤となるものである。 第一人者の医師による解説 腎移植後の免疫抑制療法の減少のため 今後の実用化に期待 越智 敦彦 亀田総合病院泌尿器科・腎移植科医長 MMJ. April 2021;17(2):53 免疫抑制療法の進歩により腎移植後の長期腎生着率の成績は向上したが、その半面で長期の免疫抑制薬の使用による感染症、悪性腫瘍、心血管障害の発症や薬剤の腎毒性による移植腎機能障害などが問題となった。そこで長期腎生着とともに免疫抑制薬の最少化が課題となっている。これまでの研究により、内在性制御性T細胞(nTreg)に固形臓器移植後の拒絶反応を遅延、防止する働きがあることが示されている。すでに末梢血、臍帯血、または胸腺から十分な量と純度のTregが作製できることも報告されている。しかし、腎移植後の免疫抑制療法へのnTregの導入には容易で安定したnTreg製造手順の作成と、安全性の確立のためnTreg投与による過剰免疫抑制の危険性、標準薬剤との相互作用などを明らかにする必要があった。 本論文は、自己血液中から作製したnTregの腎移植後投与の安全性と有効性について検討した医師主導型単施設nTreg用量漸増第I/IIa相臨床試験(ONEnTreg13試験)の報告である。生体腎移植のレシピエント11例をnTreg投与群とし、以前行われた試験(ONErgt11-CHA試験)の9例を参照群とすることで比較した。nTreg投与群では腎移植手術の2週間前に40~50mLの末梢血からnTreg(CD4+CD25+FoxP3+)を作製し、腎移植の7日後に体重(kg)あたり0.5、1.0、または2.5~3.0×106個の細胞を静脈内へ単回投与した。移植後に3剤の免疫抑制薬(プレドニゾロン、ミコフェノール酸モフェチル、タクロリムス)を開始し、48週かけて低用量のタクロリムス単剤へと漸減した。臨床所見および安全性の複合主要評価項目には、生検で確認された急性拒絶反応の発生率、nTreg投与に関連する有害作用および過剰免疫抑制の徴候が含まれ、移植後60週目に評価し、さらに3年間の追跡調査を行った。また移植腎の機能を副次評価項目とした。結果では、すべての患者で十分な量と純度、機能のあるnTregの作製が可能であった。nTreg用量を漸増した3つの投与群において用量規定毒性は確認されなかった。3年後の移植腎生着率はnTreg投与群、参照群ともに100%であり、臨床所見および安全性のデータに差を認めなかった。nTreg投与群では11例中8例(73%)でタクロリムス単剤での安定した免疫制御が達成されたが、参照群では標準的な2剤以上の免疫抑制療法が継続された(P=0.002)。 本研究はまだ症例数が少なく、臨床での実用化には今後さらにデータの蓄積が必要であるが、腎移植後の従来の免疫抑制療法に対して新しい知見をもたらす研究と考えられる。
根治的前立腺全摘除術後の放射線治療のタイミング(RADICALS-RT) 第III相無作為化比較試験
根治的前立腺全摘除術後の放射線治療のタイミング(RADICALS-RT) 第III相無作為化比較試験
Timing of radiotherapy after radical prostatectomy (RADICALS-RT): a randomised, controlled phase 3 trial Lancet. 2020 Oct 31;396(10260):1413-1421. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31553-1. Epub 2020 Sep 28. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】前立腺がんの根治的前立腺全摘除術後の放射線治療の最適なタイミングは明らかになっていない。著者らは、前立腺特異的抗原(PSA)生化学的再発時の救済放射線療法と併用する経過観察と比較した補助放射線療法の有効性と安全性を比較すること。 【方法】根治的前立腺全摘除術後に生化学的進行が見られる1項目以上の危険因子(病理学的T分類3または4、グリーソンスコア7-10点、断端陽性、術前PSAが10ng/mL以上のいずれか)がある患者を組み入れた無作為化比較試験を実施した(RADICALS-RT試験)。試験は、試験実施の認可を受けたカナダ、デンマーク、アイルランドおよび英国の施設で実施した。患者を補助放射線療法とPSAで判定した再発(PSA 0.1ng/mL以上または連続3回以上で上昇)に応じて救済放射線療法を用いる経過観察に1対1の割合で無作為に割り付けた。盲検化は実効不可能と判断した。グリーソンスコア、切除断端、予定していた放射線スケジュール(52.5Gy/20分割または66Gy/33分割)および施設を層別化因子とした。主要評価項目は無遠隔転移生存期間に規定し、救済放射線療法(対照)による90%の改善から補助放射線療法による10年時の95%の改善を検出するデザイン(検出力80%)とした。生化学的無増悪生存期間、プロトコールにないホルモン療法非実施期間および患者方向転帰を報告する。標準的な生存解析法を用いた。ハザード比(HR)1未満を補助放射線療法良好とした。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT00541047で登録されている。 【結果】2007年11月22日から2016年12月30日の間に、1396例を無作為化し、699例(50%)を救済放射線療法群、697例(50%)を補助放射線療法群に割り付けた。割り付け群は年齢中央値65歳(IQR 60-68)で釣り合いがとれていた。追跡期間中央値4.9年(IQR 3.0-6.1)であった。補助放射線療法群に割り付けた697例中649例(93%)が6カ月以内、救済放射線療法群に割り付けた699例中228例(33%)が8カ月以内に放射線療法を実施したことを報告した。イベント169件で、5年生化学的無増悪生存率が補助放射線療法群で85%、救済放射線療法群で88%であった(HR 1.10、95%CI 0.81-1.49、P=0.56)。5年時のプロトコールにないホルモン療法非実施期間が補助放射線療法群で93%、救済放射線療法群で92%であった(HR 0.88、95%CI 0.58-1.33、P=0.53)。1年時の自己報告の尿失禁は補助放射線療法群の方が不良であった(平均スコア4.8 vs. 4.0、P=0.0023)。が補助放射線療法群の6%、救済放射線療法群の4%に2年以内にグレード3-4の尿道狭窄が報告された(P=0.020)。 【解釈】この初期結果は、根治的前立腺全摘除術後の補助放射線療法のルーチンの実施を支持するものではない。補助放射線療法によって泌尿器合併症リスクが上昇する。PSA生化学的再発時に救済放射線療法を実施する経過観察を根治的前立腺全摘除術後の現行の標準治療とすべきである。 第一人者の医師による解説 適切な救済放射線治療により 補助放射線治療とPSA制御に差はない 伊丹 純 元国立がん研究センター中央病院放射線治療科科長 MMJ. April 2021;17(2):54 前立腺全摘術は前立腺がんに対する根治療法の1つであるが、高リスク患者では半分程度に前立腺特異抗原(PSA)再発が見られる。切除断端陽性、前立腺被膜外浸潤陽性、精嚢浸潤陽性、Gleason score8以上などの再発高リスク患者には、手術に引き続き補助放射線治療が実施されることがある。それに対して、術後は経過観察とし、PSA再発をきたした場合にのみ救済放射線治療を実施する方が、放射線治療の対象を限定することができ、長期成績は補助放射線治療と変わらないとするものもある。 今回報告されたRADICALS-RT試験は術後の補助放射線治療群と経過観察群を比較した無作為化第3相試験であり、対象は再発危険因子としてpT3/pT4、Gleason score 7~10、断端陽性、治療前PSA 10ng/mL以上のいずれか1個以上を持つ前立腺全摘術の前立腺がん患者で、通常の術後照射の対象より再発リスクの低い患者も含まれる。無作為割り付け後、補助放射線治療群は2カ月以内に前立腺床に対する放射線治療を開始し、経過観察群はPSAが2回続けて0.1ng/mL以上に上昇した場合、2カ月以内に救済放射線治療を開始した。救済放射線治療はPSA 0.2ng/mL以下でより有効であることが示されており当試験の重要なポイントである。補助放射線治療、救済放射線治療ともに前立腺床±骨盤リンパ節に66Gy/33分割、または52.5Gy/20分割(約62Gy/31分割相当)の照射が実施された。2007年11月~16年12月に英連邦諸国およびデンマークから1,396人が登録され、追跡期間中央値は4.9年。無作為割り付け後5年で経過観察群のうち32%の患者で救済放射線治療が開始されていた。5年PSAの無増悪生存率は 補助放射線治療群で85%、経過観察群88%で有意差はなかった。しかし、泌尿器症状、消化器症状などは2年以内の早期およびそれ以降の晩期ともに経過観察群で有意に少なかった。 今回の試験と同時期にLancet Oncologyに同様な2件の第3相試験(1),(2)が報告され、それらを併せた3試験のメタアナリシス(3)も発表された。いずれの報告でもPSA値が0.2ng/mL程度の段階で救済療法が実施されれば経過観察群はPSA無増悪生存率で補助放射線治療群と差はないという結果であった。術後照射を必要とする高リスク群も抽出できなかった。これら3件の第3相試験とそのメタアナリシスを踏まえると、前立腺全摘術後の補助放射線治療はルーティンで実施されるべきではなく、救済療法はPSAが0.2ng/mL程度の段階で早期に開始すべきである。また、救済放射線治療の際にはホルモン療法の同時併用も考慮されるべきである。 1. Kneebone A, et al. Lancet Oncol. 2020;21(10):1331-1340. 2. Sargos P, et al. Lancet Oncol. 2020;21(10):1341-1352. 3. Vale CL, et al. Lancet. 2020;396(10260):1422-1431.
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