「MMJ - 五大医学誌の論文を著名医師が解説」の記事一覧

脳卒中の予防を目的とした心臓手術中の左心耳閉鎖術
脳卒中の予防を目的とした心臓手術中の左心耳閉鎖術
Left Atrial Appendage Occlusion during Cardiac Surgery to Prevent Stroke N Engl J Med. 2021 Jun 3;384(22):2081-2091. doi: 10.1056/NEJMoa2101897. Epub 2021 May 15. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】手術による左心耳の閉鎖は、心房細動患者の虚血性脳卒中を予防すると言われているが、証明されていない。この手技は、別の理由による心臓手術中に施行することが可能である。 【方法】別の理由による心臓手術を予定しており、CHA2DS2-VAScスコア(0~9、スコアが高いほど脳卒中リスクが高いことを示す)が2点以上の心房細動を有する患者を対象に、多施設共同無作為化試験を実施した。患者を無作為化により、手術中に左心耳閉鎖術を施行するグループと左心耳閉鎖術を施行しないグループに割り付けた。全患者に追跡期間中、経口抗凝固薬など通常の治療を実施する予定とした。主要評価項目は、虚血性脳卒中(神経画像検査で所見がみられる一過性脳虚血発作を含む)または全身性塞栓症の発生とした。患者、試験担当者および(外科医を除く)プライマリケア医に試験群の割り付けを伏せた。 【結果】主解析は、閉鎖群2,379例、非閉鎖群2,391例を対象とした。平均年齢は71歳、CHA2DS2-VASc平均スコアは4.2点だった。参加者を平均3.8年間追跡した。92.1%が割り付けた手術を受け、76.8%が3年時点で経口抗凝固薬服用を継続していた。閉鎖群の114例(4.8%)、非閉鎖群の168例(7.0%)が脳卒中または全身性塞栓症を発症した(ハザード比、0.67;95%CI、0.53~0.85;P=0.001)。周術期出血、心不全または死亡の発生率には両試験群間に有意差は認められなかった。 【結論】心臓手術を施行した心房細動患者で、ほとんどが経口抗凝固薬の服用を継続しており、虚血性脳卒中または全身性塞栓症のリスクは心臓手術中に左心耳閉鎖術を同時に施行した方が左心耳を閉鎖しないよりも低かった。 第一人者の医師による解説 左心耳閉鎖術は抗凝固療法の脳梗塞予防効果を増強 さらなる研究を期待 浅井 徹 順天堂大学医学部心臓血管外科学教授 MMJ. February 2022;18(1):9 心房細動は高齢者によくみられ、脳梗塞の原因のうち約25%を占めている。心原性脳塞栓症の多くは心房細動に起因し、左心房にある左心耳が血栓塞栓物の発生部位と考えられている(1)。経口抗凝固薬は左心耳内の血栓形成抑制効果を有する安全な薬剤であり、心房細動のある患者で脳梗塞発症率をおよそ3分の2に低下させることが明らかになっている。しかし実際には、投薬の中断や用量のコントロールが不十分であるといった問題がある。これに対し、左心耳閉鎖術は心房細動合併患者の脳梗塞発症リスクを半永久に低下させる効果が期待されているが、ランダム化試験ではまだ証明されていない。 本論文は、心臓手術を受ける患者のうち心房細動を有するCHA2DS2-VAScスコア2以上の患者を対象に追加手技として左心耳閉鎖術の実施群(2,379人)と非実施群(2,391人)で術後遠隔期までの脳梗塞発症を比較した多施設ランダム化試験(LAAOS III試験)の報告である。左心耳閉鎖術の方法は、切除閉鎖(推奨)、ステイプラーによる切除、デバイスによる閉鎖、または左心房内からの閉鎖が用いられ、術中経食道心エコーによる確認が推奨された。手術後の患者は経口抗凝固薬を含めた通常の薬物療法を受けた。平均追跡期間は3.8年、術後3年の時点で全体の76.8%の患者が経口抗凝固療法を継続していた。その結果、主要評価項目である脳梗塞または他臓器の塞栓症の発症率は、左心耳閉鎖術実施群4.8%、非実施群7.0%であった(ハザード比 , 0.67;95%信頼区間 , 0.53~0.85;P=0.001)。また、周術期の出血合併症、心不全、死亡率で両群間に有意差はなかった。著者らは、心房細動を有する患者が心臓手術を受ける際に左心耳閉鎖術を併施した場合、併施しない場合と比較して、術後の脳梗塞または他臓器の塞栓症の発症リスクが低くなると結論づけている。 左心耳は心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の産生部位であり、左心耳の切除によって腎における塩と水の排出が損なわれ心不全が増悪する懸念があるが、今回の試験では術後早期も遠隔期も心不全による入院や死亡率に関して両群間で差を認めなかった。LAAOS III試験は、左心耳閉鎖術自体と経口抗凝固療法を比較した研究ではないため、左心耳閉鎖術が経口抗凝固療法の代用となりうるとは解釈できないが、左心耳閉鎖術が経口抗凝固療法の脳梗塞発症率をさらに3分の2ほどに低下させる効果があることを示しており、今後のさらなる研究結果が待たれるところである。 1. Blackshear JL, et al. Ann Thorac Surg. 1996;61(2):755-759.
抗がん剤治療に用いる中心静脈アクセスデバイス(CAVA試験):無作為化対照試験
抗がん剤治療に用いる中心静脈アクセスデバイス(CAVA試験):無作為化対照試験
Central venous access devices for the delivery of systemic anticancer therapy (CAVA): a randomised controlled trial Lancet. 2021 Jul 31;398(10298):403-415. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00766-2. Epub 2021 Jul 21. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】中心静脈を介した全身性抗がん剤治療(SACT)の送達に、Hickman型トンネルカテーテル(Hickman)、末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC)、完全埋め込み型ポート(PORT)が使用されている。この3つのデバイスで合併症の発生率とコストを比較し、SACTを受ける患者の受容性、臨床効果および費用効果を明らかにすることを目的とした。 【方法】3つの中心静脈アクセスデバイスを検討する非盲検多施設共同無作為化対照試験(Cancer and Venous Access[CAVA])を実施し、PICCとHickman(非劣性マージン10%)、PORTとHickman(優越性マージン15%)、PORTとPICC(優越性マージン15%)を比較した。英国内18カ所の腫瘍内科で、固形がんまたは血液がんのためSACT(12週以上)を受ける成人(18歳以上)を対象とした。無作為化の選択肢を4つ用意し、ヒックマン、PICC、PORT(2対2対1)、PICCとヒックマン(1対1)、PORTとヒックマン(1対1)、PORTとPICC(1対1)をそれぞれ比較することとした。最小化アルゴリズムで施設、BMI、がん種、デバイス使用歴、治療モードで層別化し、無作為化による割り付けを実施した。主要評価項目は、合併症の発生率(感染症、静脈血栓症、肺塞栓、血液吸引不能、機械的不具合、その他の複合)とし、デバイスの除去、試験からの離脱または1年後の追跡調査まで評価した。この試験はISRCTNに登録されている(ISRCTN44504648)。 【結果】2013年11月8日から2018年2月28日までに、適格性をスクリーニングした2,714例のうち1,061例を登録し、無作為化により該当する1つまたは複数の比較に割り付けた(PICCとHickmanの比較計424例、PICC 212例[50%]とHickman 212例[50%];PORTとHickmanの比較計556例、PORT 253例[46%]とHickman 303例[54%];PORTとPICCの比較計346例、PORT 147例[42%]、PICC 199例[58%])。PICC(212例中110例[52%])とHickman(212例中103例[49%])の合併症発生率がほぼ同じであった。観察された差は10%未満であったが、検出力が不十分であった可能性があるため、PICCの非劣性は確認されなかった(オッズ比[OR]1.15[95%CI 0.78~1.71])。PORTのHickmanに対する優越性が示され、合併症発生率が29%(253例中73例)と43%(303例中131例)であった(OR 0.54[95%CI 0.37~0.77])。PORTのPICCに対する優越性が示され、合併症発生率が32%(147例中47例)と47%(199例中93例)であった(OR 0.52[95%CI 0.33~0.83])。 【解釈】SACTを受ける患者のほとんどで、PORTがHickmanおよびPICCよりも有効かつ安全である。この結果から、英国National Health Serviceで、固形がんでSACTを受ける患者のほとんどが、PORTを使用すべきであることが示唆される。 第一人者の医師による解説 埋め込み型ポートが推奨されるが英国と日本では臨床背景が異なる点に留意 冲中 敬二 国立がん研究センター東病院感染症科科長・中央病院造血幹細胞移植科医員(併任) MMJ. February 2022;18(1):15 外来化学療法において、埋め込み型ポートは非常に重要な役割を果たしている。本論文は、比較的長期間使用する中心静脈アクセスデバイスである埋め込み型ポート(PORT)、トンネル型(Hickman)、末梢挿入型 (PICC)を3種類の2群間比較で評価した英国のCAVA試験の報告である(詳細版1)。これらデバイスを直接比較した無作為化試験はなく、どのアクセスを選択するか悩む際の参考となる。 CAVA試験には12週以上の抗がん剤治療(各群内訳:固形腫瘍87~97 %、血液腫瘍3~13 %)が予定されている18歳以上の患者1,061人が登録された。主要評価項目は合併症(デバイス関連感染症、静脈血栓症、ルートのつまり、故障など)の発生率であった。留置期間中央値はPICC 115日前後、Hickman 160日前後、PORT 380日前後であった。PORTの挿入は放射線科医によるものが多く(59~78%)、14~18%に予防的抗菌薬が使用された。一方 PICCの多く(67~73%)は看護師が挿入しており予防的抗菌薬の使用は2%以下であった。合併症の発生率はPICCとHickmanでは43~52%で同程度であったが、PORTでは30%前後と低かった。デバイス特異的な生活の質(QOL)はPORTが最も良好で、PICCとHickmanの間には差がなかった。総費用はPICC・PORT< Hickmanで、週当たりの費用でも同様であった。PICCとPORTの比較では総費用はPORTが高く、週当たりの費用はPICCが高かったが、後者に有意差はなかった。PORT(n=147)とPICC(n=199)の 直接比較では、挿入時の合併症はいずれも少なかった(PICC4%、PORT 0%)。PORTではカテーテル・週当たりの合併症件数が0.05であったがPICCでは0.13と多く、合併症による抜去(24% 対 38%)や静脈血栓症(2% 対 11%)の頻度もPICCが高かった。感染症の合併頻度はPORTの方が高かったが(12%vs 8%)、カテーテル・週当たりではいずれも0.02件と差はなかった。これらの結果を踏まえ、3カ月以上抗がん剤治療を受ける多くの固形がん患者ではPORTを利用すべきである、と著者らは結論している。 このような研究での課題として、問題が起きた場合に簡単に抜去できるか否かという点がある。また、今回の試験では挿入時合併症が非常に少なかったことから、処置に慣れた医療者が挿入したと考えられるが、特にPORT挿入に慣れていない医療者では動脈穿刺や気胸など挿入時の安全性も考慮する必要がある。なお、本試験ではPICCの90%以上が外来管理され、かつ大半を看護師が挿入している(研究期間中に英国で看護師によるPICCサービスが拡充された)など、日本の一般診療とは異なる点があり、今回のデータをそのまま日本に適用するのは難しい。 1. Wu O, et al. Health Technol Assess. 2021;25(47):1-126.
尋常性乾癬でのbimekizumabとアダリムマブの比較
尋常性乾癬でのbimekizumabとアダリムマブの比較
Bimekizumab versus Adalimumab in Plaque Psoriasis N Engl J Med. 2021 Jul 8;385(2):130-141. doi: 10.1056/NEJMoa2102388. Epub 2021 Apr 23. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】bimekizumabは、インターロイキン-17Aおよびインターロイキン-17Fを選択的に阻害するIgG1モノクローナル抗体である。中等度ないし重度の尋常性乾癬で腫瘍壊死因子阻害薬アダリムマブと比較したbimekizumabの有効性と安全性は、大規模に検討されてこなかった。 【方法】中等度ないし重度の尋常性乾癬の患者を無作為化により、bimekizumab 320 mgを4週ごと56週間皮下投与するグループ、bimekizumabを320 mgの4週ごと16週間投与したのち第16~56週に8週ごとに投与するグループ、アダリムマブ40 mgを2週ごとに24週間皮下投与したのちbimekizumab 320 mgを4週ごとに第56週まで投与するグループに1対1対1の割合で割り付けた。主要評価項目は、16週時点のPsoriasis Area and Severity Index(PASI)スコアの治療前から90%以上の低下(PASI 90の改善;PASIスコアは0~72でスコアが高いほど重症であることを示す)およびInvestigator’s Global Assessment(IGA)スコア0または1(病変が消失またはほぼ消失)とした。主要評価項目の解析では、-10ポイントのマージンで非劣性を検定し、その後優越性を検定した。 【結果】614例をスクリーニングし、478例を登録した。158例がbimekizumab を4週に1回投与するグループ、161例がbimekizumabを4週に1回投与したのち8週に1回投与するグループ、159例がアダリムマブを投与するグループに割り付けられた。患者の平均年齢は44.9歳、治療前のPASIスコアは平均で19.8であった。16週時、bimekizumabを投与した患者(両用量群の統合)319例中275例(86.2%)およびアダリムマブを投与した患者159例中75例(47.2%)がPASI 90を達成した(調整後リスク差、39.3ポイント;95%CI、30.9~47.7;非劣性および優越性のP<0.001)。bimekizumabを投与した患者319例中272例(85.3%)およびアダリムマブを投与した患者159例中91例(57.2%)のIGAスコアが0または1であった(調整後リスク差、28.2ポイント;95%CI、19.7~36.7;非劣性および優越性のP<0.001)。bimekizumabで頻度が高かった有害事象は、上気道感染症、口腔カンジダ症(試験担当者により主に軽度ないし中等度と記録)、高血圧および下痢であった。 【結論】56週間にわたる試験で、bimekizumabは、尋常性乾癬の症状および徴候の軽減に関して16週間を通じてアダリムマブにする非劣性および優越性を示したが、口腔カンジダ症および下痢の頻度が高かった。尋常性乾癬の治療で、bimekizumabの有効性と安全性を他の薬剤と比較し判断するには、さらに長期間にわたる大規模な試験が必要である。 第一人者の医師による解説 ビメキズマブはIL-17AとIL-17Fの両方を阻害 即効性とともに持続性も期待 多田 弥生 帝京大学医学部皮膚科学講座主任教授 MMJ. February 2022;18(1):19 尋常性乾癬は難治な慢性炎症性皮膚疾患であり、外観による患者 QOL(quality of life)の障害度が高く、有病率は世界全体ではおよそ3%、国内有病率は約0.3%とされる。治療選択肢の1つに生物学的製剤があり、日本では現在10種類が使用可能である。その標的サイトカインは大きく腫瘍壊死因子(TNF)、インターロイキン(IL)-23、IL-17の3つである。IL-17にはIL-17A~Fの6種類が存在する。このうちIL-17AとIL-17Fは作用や構造が似ており、同じIL-17受容体 Aに結合することもわかっている。IL-17AとIL-17Fはホモおよびヘテロ結合体を形成でき、生理活性はIL-17A/A、A/F、F/Fの順番に高い。そのため乾癬においては、IL17Aの阻害が最も効果的であると考えられてきたが、IL-17F阻害の意義も注目されていた。 本論文の内容は、IL-17AとIL-17Fを両方阻害するビメキズマブの投与開始後16週時点での有効性と安全性を、TNF阻害薬のアダリムマブと直接比較した海外第3相無作為化二重盲検試験(BE SURE)の結果報告である。対象は中等度~重度の成人尋常性乾癬患者478人で、以下の3群に1:1:1で割り付けられた;(1)56週までビメキズマブ 320mgを4週ごとに投与(2)16週までビメキズマブ320mgを4週ごとに投与した後、56週まで同用量で8週ごとに投与(3)24週までアダリムマブ40mgを2週ごとに投与し、その後56週までビメキズマブ 320mgを4週ごとに投与。16週時点での乾癬の皮疹面積、重症度指標(PASI)で90%以上の改善(PASI 90)を達成した割合、および医師による全般的評価(IGA)スコアの消失またはほぼ消失(IGA 0/1)を達成した割合において、ビメキズマブはアダリムマブと比較し有意に高い効果を示した(P<0.001)。これらの効果はいずれの投与量の群においても、56週まで維持された。ビメキズマブは4週時点でのPASI 75達成患者割合でもアダリムマブより高いことから、即効性も示した。安全性については、口腔内カンジダ症と下痢がビメキズマブ群でアダリムマブ群よりも多く認められたが、口腔内カンジダ症の97%は軽症から中等症であり、これまでの報告と大きく変わらなかった。これまでIL-17阻害薬は維持期の投与間隔が長くても4週であったが、今回、16週以降8週間隔としても治療効果が低下しないことも示されており、ビメキズマブは即効性とともに持続性も有する薬剤である可能性が示されている。
再発または難治性の多発性骨髄腫に用いるB細胞成熟抗原を標的とするキメラ抗原受容体T細胞療法、ciltacabtagene autoleucel(CARTITUDE-1):第Ib/II相非盲検試験
再発または難治性の多発性骨髄腫に用いるB細胞成熟抗原を標的とするキメラ抗原受容体T細胞療法、ciltacabtagene autoleucel(CARTITUDE-1):第Ib/II相非盲検試験
Ciltacabtagene autoleucel, a B-cell maturation antigen-directed chimeric antigen receptor T-cell therapy in patients with relapsed or refractory multiple myeloma (CARTITUDE-1): a phase 1b/2 open-label study Lancet. 2021 Jul 24;398(10297):314-324. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00933-8. Epub 2021 Jun 24. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】CARTITUDE-1試験では、予後が不良である再発または難治性の多発性骨髄腫患者で、2つのB細胞成熟抗原を標的とする単一ドメイン抗体、ciltacabtagene autoleucel(cilta-cel)を用いたキメラ抗原受容体T細胞療法の安全性と臨床活性を評価することを目的とした。 【方法】米国の16施設が参加したこの単群非盲検第Ib/II相試験では、ECOG全身状態スコア0または1であり、3回以上の治療歴またはプロテアソーム阻害薬および免疫調節薬に対する抵抗性があり、かつプロテアソーム阻害薬、免疫調節薬および抗CD38抗体の投与歴がある18歳以上の多発性骨髄腫患者を登録した。リンパ球枯渇開始から5~7日後にcilta-celの単回投与(目標用量CAR発現生T細胞数として0.75×106個/kg)を実施した。主要評価項目は、安全性、第II相試験の推奨用量の確認(第Ib相)および治療した全患者の奏効率(第II相)とした。奏効期間と無増悪生存期間を主な副次評価項目とした。この試験はClinicalTrials.govに登録されている(NCT03548207)。 【結果】2018年7月16日から2019年10月7日までに113例を登録した。97例(第Ib相29例、第II相68例)に、第II相試験の推奨用量となるCAR発現生T細胞として0.75×106個/kgのcilta-celを投与した。2020年9月1日の臨床カットオフ時点で、追跡期間が中央値で12.4カ月(IQR 10.6~15.2)であった。中央値で6カ月間の前治療歴のある97例にcilta-cel療法を実施した。総奏効率が97%(95%CI 91.2~99.4、97例中94例)であった。65例(67%)が厳格な完全寛解を達成し、最初の奏効までの期間は1カ月(IQR 0.9~1.0)であった。効果は経時的に深くなった。奏効期間(95%CI 15.9~評価不能)も無増悪生存期間(16.8~評価不能)も中央値に達しなかった。12ヵ月無増悪生存率は77%(95%CI 66.0~84.3)であり、総生存率が89%(80.2~93.5)であった。血液学的な有害事象が高頻度に発現した。グレード3~4の血液学的有害事象に、好中球減少症(97例中92例[95%])、貧血(66例[68%])、白血球減少症(59例[61%])、血小板減少症(58例[60%])、リンパ球減少症(48例[50%])があった。97例中92例(95%)にサイトカイン放出症候群が発現し(4%がグレード3または4)、発症までの期間が中央値で7.0日(IQR 5~8)、継続期間が中央値で4.0日(IQR 3~6)であった。サイトカイン放出症候群は、グレード5のサイトカイン放出症候群で血球貪食性リンパ組織球症を来した1例を除いて全例が回復した。20例(21%)にCAR T細胞の神経毒性が発現した(9%がグレード3または4)。試験中に14例が死亡した。6例が治療関連有害事象によるもの、5例が病勢進行によるもの、3例が治療と無関連の有害事象によるものであった。 【解釈】目標用量CAR発現生T細胞として0.75×106個/kgのcilta-cel単回投与は、治療歴の多い多発性骨髄腫患者に早期に持続的な深い寛解をもたらし、安全性は管理可能であった。本試験のデータは最近提出した薬事申請の根拠とした。 第一人者の医師による解説 現在は保険適応外 一般臨床では費用対効果を考慮した適正使用が課題 矢野 真吾 東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科教授 MMJ. February 2022;18(1):16 キメラ抗原受容体(CAR)は、腫瘍細胞の抗原を特異的に認識する受容体を人工的に作製したものであり、CAR-Tは患者末梢血由来のT細胞にCARを遺伝子導入させた再生医療等製品である。B細胞成熟抗原(BCMA)はB細胞の成熟と分化に働く膜貫通蛋白で、形質細胞や多発性骨髄腫細胞に発現している。BCMAを標的としたCAR-Tは数種類開発されており、ciltacabtagene autoleucel(cilta-cel)はBCMAの異なる2つのエピトープを認識し高い結合能を有する。 本論文は、米国で行われた再発・難治性多発性骨髄腫に対するcilta-celの第1b/2相試験の報告である。対象は、前治療数が3レジメン以上の患者、または免疫調整薬とプロテアソーム阻害薬の両方に抵抗性を示し抗 CD38抗体薬の投与を受けた患者とした。主要評価項目は第1b相試験では安全性(有害事象)、第2相試験では奏効率とされた。リンパ球除去療法後、97人(第1b相29人、第2相68人)にcilta-cel(推奨用量0.75X106 CAR-T細胞/kg)を投与した。年齢の中央値は61歳、前治療数の中央値は6レジメンであった。観察期間の中央値は12.4カ月で、cilta-celの全奏効は94人(97%)、厳格な完全奏効は65人(67%)で得られ、奏効は中央値1カ月で到達した。微小残存腫瘍は、評価可能な57人のうち53人(93%)で陰性化した。無増悪生存期間および全生存期間は中央値に未到達、12カ月の時点での無増悪生存率および全生存率はそれぞれ77%と89%であった。有害事象は97人(100%)に観察され、最も頻度が高かったのは血液毒性で、グレード 3以上の好中球減少が92人、貧血が66人、血小板減少は58人であった。感染症は56人(58%)に生じ、グレード 3以上の肺炎を8人、敗血症を4人に認めた。サイトカイン放出症候群は92人(95%)に発症したが、87人がグレード 2以下でグレード 3/4は4人であった。グレード5のサイトカイン放出症候群で1人が死亡したが、残りの91人は改善した。神経毒性は20人(21%)に生じ、グレード 3/4を9人に認めた。 Cilta-celは、濃厚な前治療歴を有する多発性骨髄腫に対して、迅速に深い寛解を得ることが期待できる。Cilta-celの投与細胞数が他のCAR-Tよりも少なく設定されているため、比較的安全に投与できる可能性がある。現在、長期的効果の評価、早期の治療ラインでの投与や外来での投与の検討が行われている。日本でもCAR-T細胞療法が普及してきている。現在 BCMAを標的としたCAR-T細胞療法は保険適応外であるが、近い将来一般臨床で用いられるようになる。費用対効果を考慮した適正使用が求められており、最新のエビデンスを蓄積していく必要がある。
心不全のため入院した高齢患者の身体リハビリテーション
心不全のため入院した高齢患者の身体リハビリテーション
Physical Rehabilitation for Older Patients Hospitalized for Heart Failure N Engl J Med. 2021 Jul 15;385(3):203-216. doi: 10.1056/NEJMoa2026141. Epub 2021 May 16. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】急性非代償性心不全のため入院した高齢患者は、身体的フレイル、生活の質の低下、回復の遅れおよび再入院の頻度が高い。この集団の身体的フレイルに対処する介入方法が十分に確立されていない。 【方法】多施設共同無作為化比較試験を実施し、4つの身体機能(筋力、平衡性、可動性および持久力)の強化を目的とした移行期の個別化段階的リハビリテーションによる介入を評価した。介入は、心不全による入院中または入院早期に開始し、退院後も36回の外来リハビリを実施した。主要評価項目は、3ヵ月後のShort Physical Performance Batteryスコア(総スコア0~12点、低スコアほど身体機能障害が重度であることを示す)とした。副次評価項目は、6ヵ月後の原因を問わない再入院率とした。 【結果】計349例を無作為化し、175例をリハビリテーション介入群、174例を通常治療(対照)群に割り付けた。介入前は両群の患者ともに身体機能が顕著に低下しており、97%がフレイルまたはフレイル予備軍であり、平均併存疾患数は両群ともに5疾患であった。介入群の患者継続率が82%であり、リハビリへの参加率が67%であった。介入前のShort Physical Performance Batteryスコアおよびその他の患者データを調整すると、3ヵ月後のShort Physical Performance Batteryスコアの最小二乗平均値(±SE)スコアは、介入群が8.3±0.2、対照群が6.9±0.2であった(平均群間差、1.5;95%信頼区間[CI]、0.9~2.0、P<0.001)。原因を問わない6ヵ月後の再入院率は、介入群が1.18、対照群が1.28であった(率比、0.93;95%CI、0.66~1.19)。介入群の21例(15例が心血管疾患に起因)、対照群の16例(8例が心血管疾患に起因)が死亡した。あらゆる原因による死亡率は、介入群が0.13、対照群が0.10であった(率比、1.17;95%CI、0.61~2.27)。 【結論】急性非代償性心不全のため入院したさまざまな高齢患者の集団で、多数の身体機能強化を目的とした移行期の個別化段階的リハビリテーションによる介入を早期に開始することによって、通常治療よりも身体機能が大きく改善した。 第一人者の医師による解説 死亡率と再入院率の改善には在宅医療を含めた多角的治療戦略が必要 酒向 正春 ねりま健育会病院院長 MMJ. February 2022;18(1):10 急性非代償性心不全で入院する高齢患者では、身体的フレイル、生活の質(QOL)の低下、回復の遅延、繰り返す再入院が高頻度にみられる(1)。しかし、急性心不全の高齢患者群の身体的フレイルに対するリハビリテーション(以下、リハ)治療の有効性は十分に確立されていない(2)。そこで本論文の著者らは、その有効性を検討するために米国で多施設ランダム化対照試験(REHAB-HF試験)を行った。 本試験では、入院患者27,300人のうち適格基準を満たした急性非代償性心不全の高齢患者349人が積極的リハ治療群175人(平均73.1歳)と通常ケア(対照)群174人(平均72.7歳)に無作為に割り付けられ、比較・評価された。積極的リハ治療群では、筋力強度、バランス、可動性、体力耐久性の4つの機能を強化するために、患者別のリハ介入が計画された。その介入は入院後早期に開始され、入院中継続し、退院後も外来で1回60分のセッションが週3日、12週間(計36回)継続された。主要評価項目は3カ月目のShort Physical Performance Battery(SPPB)のスコア(0から12の範囲で、スコアが低いほど重度の身体機能障害を示す)、副次評価項目は6カ月間の原因を問わない再入院率とされた。 両群は、入院時に身体機能が著しく低く、97%がフレイル状態かプレフレイル状態であり、平均5つの合併症を認めた。積極的リハ治療群の入院治療達成率は82%であり、外来を含めた治療順守率は67%であった。入院時 SPPBスコアの平均± SDは積極的リハ治療群6.0±2.8、対照群6.1±2.6であったが、3カ月の時点で積極的リハ治療群8.3±0.2、対照群6.9±0.2(群間差 , 1.5;95%信頼区間[CI], 0.9 ~ 2.0;P<0.001)となり、積極的リハ治療群で有意な改善が認められた。さらに、積極的リハ治療群では歩行バランス・速度・距離、フレイル、QOL、うつ状態が改善する傾向を示した。6カ月間の再入院件数は積極的リハ治療群194件、対照群213件(発生率比 , 0.93;95% CI, 0.66 ~ 1.19)、全死亡数は積極的リハ治療群21人(心血管系原因15人)、対照群16人(心血管系原因8人)(発生率比 , 1.17;95% CI, 0.61~2.27)であり、いずれも有意差は認められなかった。 以上より、急性非代償性心不全で入院した多様な高齢患者群に対して、入院早期から継続的に患者別に調整された積極的リハ治療を行うことにより身体機能面が大きく改善する有効性が明らかになった。死亡率と再入院率の改善には、在宅医療を含めた多角的治療戦略が必要である。 1. Warraich HJ, et al. Circ Heart Fail. 2018;11(11):e005254. 2. Mudge AM, et al. JACC Heart Fail. 2018;6(2):143-152.
アナルトリーを有する麻痺患者の発話を読み取るための神経補綴
アナルトリーを有する麻痺患者の発話を読み取るための神経補綴
Neuroprosthesis for Decoding Speech in a Paralyzed Person with Anarthria N Engl J Med. 2021 Jul 15;385(3):217-227. doi: 10.1056/NEJMoa2027540. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】発話不能の麻痺患者のコミュニケーション能力を回復させる技術により、自律性と生活の質が向上する可能性がある。このような患者の大脳皮質活動から単語や文章を直接読み取るアプローチにより、従来のコミュニケーション補助方法から進歩を遂げる。 【方法】脳幹梗塞によりアナルトリー(明瞭に発話する能力の喪失)および痙性四肢不全麻痺を有する患者1例を対象に、発話を制御する感覚運動皮質領域の硬膜下に高密度のマルチ電極アレイを埋め込んだ。48回のセッションで、患者が50語の語彙の中から選んだ単語を個別に発話しようとする際の皮質活動を22時間分記録した。深層学習アルゴリズムを用いて、記録した皮質活動のパターンから単語を検出し、分類する計算モデルを作成した。この計算モデルに加え、先行する一連の単語から次の単語の確率を算出する自然言語モデルを用いて、患者が発話しようとしている文の完成形を解読した。 【結果】患者の皮質活動から、1分間に中央値で15.2語、リアルタイムで文章を解読し、誤り率が中央値で25.6%であった。事後解析で、患者が個々の単語を発話しようとした試みの98%を検出していた。皮質シグナルを用いて47.1%の正確性で単語を分類し、皮質シグナルは81週間の試験期間を通じて安定していた。 【結論】脳幹梗塞によるアナルトリーおよび痙性四肢不全麻痺を有する患者1例で、深層学習モデルと自然言語モデルを用いて、発話しようとする際の皮質活動から直接、単語と文章を読み取った。 第一人者の医師による解説 単語数の制限や精度の改良が必要だがリアルタイムでコミュニケーション可能な社会の実現を期待 井口 はるひ 東京大学医学部附属病院リハビリテーション科助教 MMJ. February 2022;18(1):23 近年、機械の発達により、発話でコミュニケーションが困難な患者に対してさまざまなコミュニケーション代替装置を提案できるようになってきた。しかし、四肢麻痺などの身体機能障害を有すると、機械操作が困難となるため、コミュニケーションに苦慮することがある。一方、四肢の機能が障害された患者に対して機能を代替するbrain machine interfaceが数多く開発され、商品化もされている。本論文の著者らが所属するサンフランシスコ大学で開発されたspeech neuroprosthesis(会話のための神経代替装置)は、脳に埋め込んだ電極を通じて文字変換・出力し、ディスプレイ画面に表示するbrain-computer interfaceである。 本研究では、16年前に脳幹梗塞のためにアナルトリー(anarthria)と痙性四肢麻痺を生じた男性患者に対して、皮質感覚野周辺の硬膜下に多数の高密度皮質脳波電極を外科的に埋め込み、発語課題を行った際の脳活動から単語と文章を再構築することを試みたものである。アナルトリーとは、発語障害のうち、構音の歪み(音が不明瞭化し、母語の表記方法では表現できない音になること)と語を構成する音と音のつながりに障害(「まいにち」というところを「ま、いーにっち」などになる現象)を持つ状態である(1)。81週間かけて50回のセッションを行い、データ収集することで再構築の精度を上げようとした。患者は提示された①単語と②文章を音読し、その際の脳活動を記録した。データ収集の際、著者らは深層学習モデルを使用し、脳活動から予測して発話検出および単語分類モデルを作成した。また、前の単語から次の単語を予測する自然言語モデルを作成した。その結果、脳活動から、文章をリアルタイムで1分間に中央値15.2語の頻度で読み取り、間違いの割合は自然言語モデルを使わない場合の60.5%に対し、使った場合は25.6%であった。事後解析では、単語レベルでも、発語のタイミングを98%検出でき、単語分類の予測は47.1%の精度で可能であった。 本研究の結果から、発語が困難になっても言語機能の障害がなく脳活動が維持されていれば、言語の抽出が脳波から可能であることが示された。単語については、50単語のみを使用しているため、現時点では状況を限定しての使用になる。今後、電極設置の侵襲の低下、多言語での正確性の確認などが必要と思われる。研究が進み、構音・発声障害に加え、運動機能障害でコミュニケーションが困難となっている患者がリアルタイムでコミュニケーション可能になる社会が現実化することが期待される。 1. 大槻美佳 . 臨床神経学 . 2008;48(11):853-856.
認知症に起因する精神病症状に対するpimavanserinの試験
認知症に起因する精神病症状に対するpimavanserinの試験
Trial of Pimavanserin in Dementia-Related Psychosis N Engl J Med. 2021 Jul 22;385(4):309-319. doi: 10.1056/NEJMoa2034634. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】神経変性疾患による認知症を有する患者は、認知症に起因する精神病症状を併発することがある。5-HT2Aの逆作動薬および拮抗薬となる経口薬、pimavanserinが、認知症のさまざまな原因に起因する精神病症状にもたらす効果は不明である。 【方法】アルツハイマー病、パーキンソン病認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症または血管性認知症に起因する精神病症状を有する患者を対象に、第III相二重盲検無作為化プラセボ対照中止試験を実施した。患者に非盲検下でpimavanserinを12週間投与した。8週時および12週時にScale for the Assessment of Positive Symptoms-Hallucinations and Delusions(SAPS–H+D、スコアが高いほど精神症状が重い)スコアが治療前から30%以上低下し、Clinical Global Impression-Improvement(CGI-I)スコアが1(very much improved)または2(much improved)であった患者を無作為化によりpimavanserinの投与を継続するグループとプラセボを投与するグループに1対1の割合で割り付け、26週まで投与した。主要評価項目は、time-to-event解析で評価した精神病症状の再発とし、SAPS-H+Dスコア30%以上上昇かつCGI-Iスコア6(much worse)または7(very much worse)、認知症に起因する精神病症状による入院、有効性欠如による試験治療の中止または試験からの脱落、認知症に起因する精神病症状に対する抗精神病薬の使用のいずれかと定義した。 【結果】非盲検期間中、392例のうち41例が有効性の観点から試験を中止したため、管理上の理由で脱落した。残る351例のうち217例(61.8%)に効果の持続が認められ、105例をpimavanserin群、112例をプラセボ群に割り付けた。pimavanserin群95例中12例(13%)およびプラセボ群99例中28例(28%)に再発が認められた(ハザード比、0.35;95%CI、0.17~0.73;P=0.005)。二重盲検期間中、pimavanserin群105例中43例(41.0%)およびプラセボ群112例中41例(36.6%)に有害事象が発現した。pimavanserin群に、頭痛、便秘、尿路感染症および無症候性QT延長が発現した。 【結論】有効性の観点から早期に中止された試験で、認知症に起因する精神病症状を有し、pimavanserinの効果が認められた患者で、試験薬の継続により試験薬を中止した場合よりも再発のリスクが低かった。認知症に起因する精神病症状に対するpimavanserinの効果を明らかにするために、長期間にわたる大規模な試験が必要である。 第一人者の医師による解説 抗精神病薬とは異なる薬理作用 精神病症状の新しい治療選択肢として期待 稲田 健 北里大学医学部精神科学教授 MMJ. February 2022;18(1):5 認知症の原因となる、アルツハイマー病、レビー小体型認知症、パーキンソン病認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症に対する根本的な治療方法はまだない。実臨床で特に問題となるのは、認知症に関連した精神病症状(認知症関連精神病症状)であり、患者本人にも家族や支援者にも多大な負担となる。このため、認知症そのものの改善がなくとも、精神病症状を改善させる治療法は強く求められている。 本論文は、認知症関連精神病症状に対して、セロトニン受容体5-HT2Aの逆アゴニストおよびアンタゴニストであるピマバンセリンの有効性と安全性を検証したHARMONY試験の報告である。本試験では無作為化前に認知症関連精神病症状を有する患者392人に非盲検下でピマバンセリンが12週間投与され、8週後と12週後に、217人が陽性症状評価尺度で30%以上改善し、臨床的全般性印象尺度(CGI)で1(非常に改善)または2(かなり改善)となった。ピマバンセリンが有効であった患者217人を実薬(ピマバンセリン継続)群とプラセボ群に無作為に割り付け、主要評価項目である再発について二重盲検下で比較した。その結果、再発率はピマバンセリン群13%、プラセボ群28%であった(ハザード比 , 0.35; 95%信頼区間 , 0.17 ~ 0.73;P=0.005)。有害事象は、ピマバンセリン群では41.0%、プラセボ群では36.6%に発生し、事象としては頭痛、便秘、尿路感染症、無症候性 QT延長などであった。 本試験の結果、ピマバンセリンに反応した認知症関連精神病症状を有する患者において、ピマバンセリンを継続した方が再発リスクは低くなることが示された。 認知症関連精神病症状に対しては、適応外使用として、抗精神病薬が使用されているのが現状である。しかし、抗精神病薬の長期使用は、認知機能の悪化、錐体外路作用、鎮静作用、転倒、代謝異常などを伴うことがあり、最小用量、最短期間の使用にとどめることが求められている(1)。ピマバンセリンは抗精神病薬とは異なる薬理作用でありながら、パーキンソン病に関連する精神病症状に対する有効性が確認されており(2)、今回の試験では認知症関連精神病症状に対する有効性が確認された。このことから、今後の認知症関連精神病症状の治療選択肢となることが期待される。 1. Reus VI, et al. Am J Psychiatry. 2016;173(5):543-546. 2. Cummings J, et al. Lancet. 2014;383(9916):533-540.
重症左横隔膜ヘルニアに対する胎児手術の無作為化試験
重症左横隔膜ヘルニアに対する胎児手術の無作為化試験
Randomized Trial of Fetal Surgery for Severe Left Diaphragmatic Hernia N Engl J Med. 2021 Jul 8;385(2):107-118. doi: 10.1056/NEJMoa2027030. Epub 2021 Jun 8. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】観察研究から、胎児鏡下気管閉塞術(FETO)により、孤発性先天性横隔膜ヘルニアのため重度の肺低形成を来した胎児の生存率が向上することが示されているが、無作為化試験によるデータがない。 【方法】FETOなどの出生前手術の経験がある施設で非盲検試験を実施し、左側の重症孤発性先天性横隔膜ヘルニアの単生児を妊娠した女性を無作為化により、妊娠27~29週にFETOを施行するグループと待期的治療を実施するグループに1対1の割合で割り付けた。両群ともに、出生後に標準的な治療を実施した。主要評価項目は、新生児集中治療室の生存退室とした。優越性に関する中間解析を5回実施することを事前に定め、群逐次デザインを用いた。最大症例数を116例とした。 【結果】3回目の中間解析ののち、有効性が認められたため試験は早期に中止された。80例を対象としたintention-to-treat解析で、FETO群の出生児の40%(40例中16例)および待期的治療群の出生児の15%(40例中6例)が新生児集中治療室退室まで生存した(相対リスク2.67、95%CI 1.22-6.11、両側のP=0.009)。生後6ヵ月までの生存率は、生存退室率とほぼ同じであった(相対リスク、2.67;95%CI、1.22~6.11)。早期前期破水の発生率は、FETO群の女性の方が待期的治療群の女性よりも高く(47% vs. 11%;相対リスク、4.51;95%CI、1.83~11.9)、早産の発生率も同様であった(75% vs. 29%;相対リスク、2.59;95%CI、1.59~4.52)。胎児鏡下バルーン抜去に伴う胎盤裂傷のため緊急分娩後に1例が死亡し、バルーン抜去失敗のため1例が死亡した。試験中止後にデータが得られた11例を追加した解析で、FETO群の生存退室率が36%、待機的治療群では14%であった(相対リスク、2.65;95%CI、1.21~6.09)。 【結論】左側の重症孤発性先天性横隔膜ヘルニア胎児で、在胎27~29週時点でのFETO施行により、待期的治療群より生存退室率の有意な便益が得られ、この便益は生後6ヵ月まで持続した。FETOにより早期前期破水と早産のリスクが上昇した。 第一人者の医師による解説 出生前治療の有効性を示唆する注目すべき前向き研究 黒田 達夫 慶應義塾大学医学部小児外科教授 MMJ. February 2022;18(1):18 先天性横隔膜ヘルニアは横隔膜に形成不全による欠損孔があり、そこを通して腹部臓器が胸腔内に脱出する疾患である。胎生期の肺は脱出臓器により圧排され、欠損側のみならず対側の肺までもが低形成となり、生後に重篤な呼吸障害を呈する。死亡率は日本小児外科学会の2020年の集計でも4.7%に上り、特に重症例では世界的にも3割近い。この疾患は胎生期からの病態により肺低形成を来すため、古くから出生前治療の適応と考えられてきた。歴史的には1990年にHarrisonらが母体を開腹して妊娠子宮を開き、胎児手術を行った成功例を報告しているが、侵襲が大きい治療で成績は悪かった。その後、ボストンのグループが、胎生期の気道に閉塞機転のある場合に胎児肺発育が助長される現象を発見し、以後、本疾患に対する出生前治療として気管の閉塞が試みられてきた。 本論文で述べられているfetoscopic endoluminal tracheal occlusion(FETO)はその最終到達点といえる手技で、母体の経腹的に挿入された胎児鏡を胎児気管まで進め、胎児気管内でバルーンを膨らませてこれを分娩直前まで気管内に留置することにより胎児の肺発育を促進しようとするものである。この手技の有用性について今世紀はじめに欧米でそれぞれ臨床試験が行われた。先天性横隔膜ヘルニアの危険因子に健側肺容積を頭囲で除して標準化したlung-to-head ratio (LHR)があるが、米国ではLHR 1.4未満の重症例を対象に生後治療例とFETO施行例の生存率を比較した。その結果、生後治療例の生存率77%に対してFETO施行例の生存率は73%で出生前治療による有意の成績改善が得られず、以後、米国におけるFETO施行は限定的になっている。一方、その2年後に出された欧州の臨床試験の報告では、対象をLHR 0.9未満の超重症例にしたところ、生後治療例の生存率9%に対してFETO施行例では63.3%が生存したとしており、欧州ではその後も世界中に呼び掛けてFETOの臨床試験を継続していた。 本論文はその最新の成績として日本を含む世界12カ 国 のFETO施行群40例 と 通常治療群40例の成績を比較した報告で、FETO施行群の生存率が40%と先行報告よりも低いものの、通常治療群の生存率15%を大きく上まわったとする。これより従来の主張と変わらず、FETOは超重症例に対しては生後治療よりも有意に有効であると結論している。一方で米国の研究者の間では、医療レベルや臨床試験体制の異なる多くの国が参加している臨床試験でのデータの質の担保や、適応基準などを疑問視する向きもある。ともあれ出生前治療の有効性を示唆する前向き研究の報告として、注目すべきものと思われる。
2017年の米国の老人介護施設にみられる抗菌薬の使用
2017年の米国の老人介護施設にみられる抗菌薬の使用
Antimicrobial Use in a Cohort of US Nursing Homes, 2017 JAMA. 2021 Apr 6;325(13):1286-1295. doi: 10.1001/jama.2021.2900. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】抗菌薬耐性の制御が公衆衛生の優先事項であるが、米国の老人介護施設での抗菌薬使用に関するデータが少ない。 【目的】老人介護施設入居者の抗菌薬使用割合を評価し、抗菌薬の種類と頻度の高い適応症を記載すること。 【デザイン、設定および参加者】2017年4月から2017年10月までに実施した抗菌薬使用に関する横断的な1日点有病率調査。最終調査日が2017年10月31日であった。新興感染症プログラム(EIP)に参加する10州から選定した161の老人介護施設に調査日時点で入居していた入居者15,276例を対象とした。EIPのスタッフが施設の記録を確認し、入居者のデータおよび調査時に投与されていた抗菌薬に関するデータを収集した。施設のスタッフやNursing Home Compareウェブサイトから施設に関するデータを入手した。 【曝露】調査時点で参加施設に居住。 【主要評価項目】調査対象を入居者総数で除した、調査時に抗菌薬を投与していた入居者数と定義した入居者100人当たりの抗菌薬使用割合。抗菌薬使用の多変量ロジスティック回帰モデルおよび各分類内の薬剤の割合。 【結果】対象とした老人介護施設の入居者15,276例(平均[SD]年齢77.6歳[13.7]、女性9,475例[62%])のうち、96.8%から完全なデータを入手した。全体の抗菌薬使用割合は、入居者100人当たり8.2(95%CI、7.8~8.8)であった。調査前30日以内に施設へ入居した入居者の抗菌薬使用率が高く(入居者100人当たり18.8;95%CI、17.4~20.3)、この入居者は中心静脈カテーテル(62.8;95%CI、56.9~68.3)または尿道カテーテル(19.1;95%CI、16.4~22.0)を留置している割合が高かった。抗菌薬は活動性感染症(77%[95%CI、74.8-79.2])に用いられることが最も多く、主に尿路感染症(28.1%[95%CI、15.5-30.7])の治療が理由であった。一方、18.2%(95%CI、16.1~20.1)が予防的投与であり、尿路感染症に対する投与が最も多かった(40.8%[95%CI、34.8~47.1])。フルオロキノロン系抗菌薬(12.9%;95%CI、11.3~14.8)が最も多く使用され、使用された抗菌薬の33.1%(95%CI、30.7~35.6)が広域スペクトラム抗菌薬であった。 【結論および意義】2017年に米国の老人介護施設で実施した横断的調査では、抗菌薬使用割合が入居者100人当たり8.2であった。この試験から、老人介護施設の入居者にみられる抗菌薬の使用パターンに関する情報が得られる。 第一人者の医師による解説 抗菌薬適正使用の指針や評価の検討のため介入前後の調査を繰り返し実施すべき 塩塚 美歌(医員)/岩田 敏(部長) 国立がん研究センター中央病院感染症部 MMJ. February 2022;18(1):22 近年、薬剤耐性菌対策は公衆衛生における重大な優先事項となり、抗菌薬適正使用の必要性が認識されている。一方で米国の療養施設(nursing home)は、長期療養目的だけでなく、リハビリテーション、創傷ケア、デバイス管理などを要する患者が急性期後治療を目的に入所しており、耐性菌の保菌や感染症発症のリスクが高く、耐性菌の温床となりうることが懸念されている。 本論文では、米国内161カ所の療養施設の入所者を対象に、2017年4月~10月のある1日における各施設での抗菌薬使用状況について調査した横断研究(点有病率調査)の結果を報告している。対象施設はカリフォルニア、ニューヨークなど10州で各々選択された地域にある公的医療保険認定施設の中から無作為に選ばれた。主要評価項目は入所者100人ごとの抗菌薬使用率である。対象者15,276人(平均年齢77.6歳、女性62%)のうち、1,258人(プール平均8.2%)に1,454剤の抗菌薬全身投与(経口、経消化管、筋肉内、静脈内、吸入のいずれかの経路)が行われており、そのうち1,082人(86%)で1種類、158人(12.6%)で2種類、18人(1.5%)で3または4種類の抗菌薬が投与されていた。使用率が最も高かったのは、急性期後治療目的の短期入所者、入所から間もない者やデバイス留置者であった。中でも、調査日前2日以内の入所者での使用率は21.0%と高かった。デバイスの中では、中心静脈カテーテル留置中の使用率が最も高く、調整オッズ比は11.1(95% CI, 8.5~14.5)であった。抗菌薬の80.4%は経口または経消化管投与、77.0%は感染症治療の目的で投与され(内科的予防投与18.0%)、適応症は29.0%が 尿路感染症、21.4 %が 皮膚軟部組織感染症、14.9%が呼吸器感染症であった。抗菌薬のクラスはニューキノロンが12.9%と最も多く、33.1%が広域抗菌薬であった。 同様の調査は各国で行われており、最近の欧州の長期療養施設における抗菌薬使用率は4.9%と報告されている1。また日本の介護老人保健施設における2019年の調査2では、調査票に回答した126施設(有効回収率8.4%)における入所者総数10,148人中、抗菌薬使用者は172人(1.7%)であり、肺炎、尿路感染症、蜂窩織炎の治療で第3世代セファロスポリン、キノロンが選択される傾向が認められた。施設の特徴の差や調査条件の違いなどを考慮すると、国際間での単純な比較は難しいが、これらの調査は抗菌薬適正使用推進活動で優先すべき介入事項の検討や、介入後の効果測定に不可欠な情報が得られるものであり、繰り返し実施されるべきである。 1. Ricchizzi E, et al. Euro Surveill. 2018;23(46):1800394. 2. 薬剤耐性(AMR)アクションプランの実行に関する研究班 . http://amr.ncgm.go.jp/pdf/20191125_report.pdf(2021 年 12 月アクセス)
うつ病スクリーニングに用いるHospital Anxiety and Depression Scale抑うつサブスケール(HADS-D)の精度:系統的レビューと個別参加者データのメタ解析
うつ病スクリーニングに用いるHospital Anxiety and Depression Scale抑うつサブスケール(HADS-D)の精度:系統的レビューと個別参加者データのメタ解析
Accuracy of the Hospital Anxiety and Depression Scale Depression subscale (HADS-D) to screen for major depression: systematic review and individual participant data meta-analysis BMJ. 2021 May 10;373:n972. doi: 10.1136/bmj.n972. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】身体的な健康問題がある人のうつ病スクリーニングに用いるHospital Anxiety and Depression Scale抑うつサブスケール(HADS-D)の精度を評価すること。 【デザイン】系統的レビューおよび個別患者データのメタ解析。 【データ入手元】Medline、Medline In-Process and Other Non-Indexed Citations、PsycInfoおよびWeb of Science(開始から2018年10月25日まで)。 【レビュー方法】HADS-Dスコアおよび妥当性が裏付けられている診断面接に基づくうつ病の状態を適格なデータセットの対象とした。一次試験データおよび一次報告から抽出した試験レベルのデータを組み合わせた。HADS-Dのカットオフ閾値を5-15とし、半構造化面接(例、Structured Clinical Interview for Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)、構造化面接(例、Composite International Diagnostic Interview)およびMini International Neuropsychiatric Interviewを用いた試験を対象に、二変量ランダム効果メタ解析を用いて、統合した感度および特異度を別々に推定した。一段階メタ回帰を用いて、精度に参照基準分類および参加者データとの関連が認められるかを検討した。生データを提供していない試験が公表した結果を含めることにより結果に影響があるかを評価するため、感度分析を実施した。 【結果】適格試験168報のうち101報から個別参加者データを得た(60%;25,574例(適格参加者の72%)、うつ病患者2,549例)。半構造化面接、構造化面接およびMini International Neuropsychiatric Interviewのカットオフ値7以上で感度と特異度の合計が最大となった。半構造化面接を用いた試験(57件、10,664例、うつ病患者1,048例)で、カットオフ値7以上の感度および特異度が0.82(95%信頼区間0.76~0.87)および0.78(0.74~0.81)、カットオフ値8以上では0.74(0.68~0.79)および0.84(0.81~0.87)、カットオフ値11以上が0.44(0.38~0.51)および0.95(0.93~0.96)であった。参照基準でもサブグループ全体でも精度がほぼ同じであり、データを提供しなかった試験が公表した結果を含めた場合も同様であった。 【結論】うつ病をスクリーニングする際、HADS-Dカットオフ値7以上で感度と特異度の合計が最大となった。カットオフ値8以上でも感度と特異度の組み合わせはほぼ同じであったが、7以上を用いた場合よりも感度が低く、特異度が高かった。HADS-Dにより内科疾患のあるうつ病患者を特定するには、偽陰性を避けるために低いカットオフ値を用いて、偽陽性を減らし重症度が高い患者を特定するために高いカットオフ値を用いることができるであろう。 第一人者の医師による解説 より症状の強い患者の特定には高めのカットオフ値が適す 岸本 泰士郎 慶應義塾大学医学部ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座特任教授 MMJ. February 2022;18(1):7 身体疾患を有する患者のうつ病診断は、倦怠感、食欲低下、睡眠障害など双方の疾患に共通してみられる症状が多いこともあって、困難である。Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)は、身体疾患を有する人の不安障害とうつ病を同定するために開発された尺度で、身体疾患との重複を避けるため不眠、食欲不振、疲労などの身体的症状が含まれていない。医療現場で簡便に行えることから、十分に活用することが望まれる。 本論文は、HADSのうつ病サブスケールであるHADS-Dを用いた大うつ病のスクリーニング精度について系統的レビューとメタ解析を行い、大うつ病のスクリーニングのための最適なカットオフ値を検討した研究の報告である。 解析には、有効なインタビューで大うつ病が診断され、それにHADS-Dスコアを紐付けた研究データが用いられた。1次研究データと研究レベルのデータが抽出され、統合された。HADS-Dのカットオフ値の5 ~ 15について、二変量ランダム効果メタ解析を用い、感度と特異性を診断方法ごとに推定した。診断方法として、半構造化診断面接(例:Structured Clinical Interview for Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)、完全構造化面接( 例:Composite International Diagnostic Interview)、Mini International Neuropsychiatric Interview(MINI)を用いた研究が選択された。 選択基準を満たした研究168件のうち101件から個人データが得られた。半構造化診断面接、完全構造化面接、MINIそれぞれにおいて、カットオフ値を7以上とすることで、感度と特異度の合計が最大となった。半構造化面接を用いた研究では、カットオフ値を7以上としたところ、感度0.82(95%信頼区間[CI], 0.76 ~ 0.87)、特異度0.78(0.74 ~ 0.81)であった。同様に、カットオフ値を8以上とした場合、感度0.74(95% CI, 0.68 ~ 0.79)、特異度0.84(0.81 ~ 0.87)、カットオフ値を11以上とした場合、感度0.44(0.38 ~ 0.51)、特異度0.95(0.93 ~ 0.96)であった。精度は診断方法の違いにかかわらず同様であった。 このように、HADS-Dのカットオフ値を7以上とすることで、感度と特異度が最大となった。カットオフ値を8以上としても、感度と特異度の合計は同程度であったが、感度は低く、特異度は高くなった。偽陰性を避けるためには低いカットオフ値が、また偽陽性を減らし、より症状の強い患者を特定するには高めのカットオフ値が適しているだろう。
大血管または小血管の病変に起因する脳卒中患者の心房細動検出に用いる長期心臓モニタリングと通常治療の効果の比較:STROKE-AF無作為化試験
大血管または小血管の病変に起因する脳卒中患者の心房細動検出に用いる長期心臓モニタリングと通常治療の効果の比較:STROKE-AF無作為化試験
Effect of Long-term Continuous Cardiac Monitoring vs Usual Care on Detection of Atrial Fibrillation in Patients With Stroke Attributed to Large- or Small-Vessel Disease: The STROKE-AF Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Jun 1;325(21):2169-2177. doi: 10.1001/jama.2021.6470. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】大血管または小血管の病変に起因する虚血性脳卒中患者では、心房細動(AF)のリスクが高いと考えられておらず、この集団でのAF発症率は明らかになっていない。 【目的】12ヵ月間の追跡で検討した大血管または小血管の病変に起因する虚血性脳卒中患者のAF検出で、長期心臓モニタリングが通常治療より有効性が高いかどうかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】STROKE-AF試験は無作為化(1対1)多施設共同(米国の33施設)臨床試験であり、2016年4月から2019年7月までに患者496例を登録し、2020年8月まで主要評価項目を追跡した。60歳以上の患者または脳卒中の危険因子が1つ以上ある50~59歳の患者で、植込み型心臓モニタ(ICM)植込み前10日以内に大血管または小血管の病変に起因する指標となる脳卒中を発症した患者を適格とした。 【介入】患者を無作為化により、指標となる脳卒中から10日以内にICMを植え込む介入群(242例)、12誘導心電図やホルター心電図によるモニタリング、遠隔モニタリング、発作時心電図記録計などの施設ごとの標準治療を実施する対照群(250例)に割り付けた。 【主要評価項目】12ヵ月間での30秒以上持続したAFの発症。 【結果】無作為化した492例(平均[SD]年齢、67.1[9.4]歳;女性185例[37.6%])のうち、417例[84.8%]が12ヵ月間の追跡を終了した。CHA2DS2-VASc(うっ血性心不全、75歳以上、糖尿病、脳卒中または一過性脳虚血発作、血管疾患、65~74歳、性別)スコア中央値(四分位範囲)は5(4~6)であった。12ヵ月時点のAFの検出率は、ICM群の方が対照群よりも有意に高かった(27例[12.1%] vs 4例[1.8%];ハザード比、7.4[95%CI、2.6~21.3];P<0.001)。ICMを植え込んだICM群の221のうち、4例(1.8%)にICM処置に起因する有害事象が発現した(植込み部位感染1例、切開部出血2例、挿入部痛1例)。 【結論および意義】大血管または小血管の病変に起因する虚血性脳卒中患者にICMモニタリングを植え込んだ方が通常治療よりも12ヵ月間でAFを多く検出した。 第一人者の医師による解説 臨床的に将来の心原性脳塞栓症の発症予防に寄与するか否かはさらなる研究が必要 秋山 久尚 聖マリアンナ医科大学内科学(脳神経内科)病院教授 MMJ. February 2022;18(1):8 潜因性脳卒中・脳梗塞(cryptogenic stroke)、塞栓源不明脳塞栓症(ESUS)患者における心房細動(AF)の検出に長時間植込み型心臓モニター(ICM)が有用であることはCRYSTAL-AF試験で報告され、現在の治療ガイドラインでも継続的な心臓モニターが推奨されるに至っている。一方、大血管アテローム硬化(以下、アテローム血栓性脳梗塞)または小血管閉塞(以下、ラクナ梗塞)での発症機序は一般に動脈硬化、リポヒアリノーシスとされ、AFの寄与が高くないという考えから、長時間心臓モニターを含めたAFの検索は通常行われず、AFの検出(率)とその臨床的意義は不明である。 今回報告されたSTROKE-AF試験では、米国の包括的脳卒中センター 33施設において、2016年4月~ 2019年7月にかけてTOAST分類により心原性脳塞栓症、cryptogenic stroke、ESUSではなく、アテローム血栓性脳梗塞またはラクナ梗塞と診断された60歳以上、または50 ~ 59歳で、1つ以上の脳卒中危険因子(うっ血性心不全、高血圧、糖尿病、90日以上前の脳梗塞、その他の虚血性血管疾患など)を有する患者496人のうち4人を除外した492人(平均67.1歳、女性37.6%)を対象として登録している。これらを介入群と対照群1:1に無作為化し、介入群(242人)ではアテローム血栓性脳梗塞またはラクナ梗塞の発症後10日以内に長時間 ICM(Reveal LINQ™[Medtronic社])を植込み、対照群(250人)では短時間心電波形モニター(12誘導心電図、ホルタ心電図、テレメトリーまたはイベントレコーダー)を行い、2020年8月まで(平均331.4±90.9日)の観察期間中、どちらがAF(30秒以上持続)を検出する上で有用かを検討した。 その結果、12カ月間の追跡期間中、ICM群では27人(12.1%)、対照群では4人(1.8%)にAFが検出され(ハザード比 , 7.4)、検出時期の中央値はそれぞれ99日目と181日目、AF最長持続時間の中央値はICM群で88分であった。アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞の2病型群でのサブグループ解析では、AF検出率もICM群(それぞれ11.7%、12.6%)、対照群(2.3%、1.0%)と病型にかかわらずICM群の方が有意に高値であったが、ICM群の両病型間では有意差はなかった。また事後解析で、12カ月間における脳梗塞再発率は介入群と対照群との間で有意差はなかった。 本試験では、アテローム血栓性脳梗塞またはラクナ梗塞でのAF検出においても長時間 ICMが有用なことが明らかとなった。長時間心臓モニタリングの汎用はAF検出の重要性に新しい視点を示したが、アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞におけるAF検出が、臨床的に将来の心原性脳塞栓症の発症予防に寄与するか否かはさらなる研究が必要である。
動脈血栓塞栓症のリスクが高い患者に用いる低分子ヘパリンによる術後橋渡し療法(PERIOP2試験):二重盲検無作為化比較試験
動脈血栓塞栓症のリスクが高い患者に用いる低分子ヘパリンによる術後橋渡し療法(PERIOP2試験):二重盲検無作為化比較試験
Postoperative low molecular weight heparin bridging treatment for patients at high risk of arterial thromboembolism (PERIOP2): double blind randomised controlled trial BMJ. 2021 Jun 9;373:n1205. doi: 10.1136/bmj.n1205. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】心房細動患者および機械弁を留置した患者を対象に、待期手術のためにワルファリン投与を一時的に中止した場合のダルテパリンによる術後橋渡し療法について、プラセボと比較した有効性および安全性を明らかにすること。 【デザイン】前向き二重盲検無作為化比較試験。 【設定】2007年2月から2016年3月までのカナダおよびインドの血栓症研究機関10施設。 【参加者】手術前にワルファリンを一時中止する必要がある18歳以上の心房細動患者および機械弁を留置した患者計1,471例。 【介入】手術後、無作為化によりダルテパリン群(821例;1例が無作為化直後に同意撤回)またはプラセボ群(650例)に割り付けた。 【主要評価項目】術後90日以内の主要な血栓塞栓症(脳卒中、一過性脳虚血発作、近位深部静脈血栓症、肺塞栓症、心筋梗塞、末梢血管塞栓症または血管死)およびInternational Society on Thrombosis and Haemostasis基準に基づく大出血。 【結果】術後90日以内の主要な血栓塞栓症発生率は、プラセボが1.2%(650例中8件)、ダルテパリン群が1.0%(820例中8件)であった(P=0.64、リスク差-0.3%、95%CI -1.3~0.8)。大出血発生率は、プラセボ群が2.0%(650例中13件)、ダルテパリン群が1.3%(820例中11件)であった(P=0.32、同-0.7%、-2.0~0.7)。結果は、心房細動群および機械弁群で一致したものであった。 【結論】手術のためワルファリンを一時的に中止した心房細動患者および機械弁留置患者に術後のダルテパリンによる橋渡し療法を実施しても主要な血栓塞栓症予防に対して有意な便益は認められなかった。 第一人者の医師による解説 術前にヘパリン置換を行った場合機械弁患者群でも術後ヘパリン置換は血栓塞栓症予防に必要ないことを示唆 松下 正 名古屋大学医学部附属病院輸血部教授 MMJ. February 2022;18(1):20 心房細動や機械式心臓弁を有し、観血的手技のためにワルファリンの中断が必要な場合、ヘパリンによるブリッジング(いわゆるヘパリン置換)が有益であるかどうかは議論が続いている。2015年発表のBRIDGE試験では、低分子ヘパリン(LMWH)によるブリッジングは必要ないとの結論に至ったが(1)、同試験の対象者として機械弁や最近の血栓症、大出血既往や高出血リスク手技、腎機能障害など複雑なケアを受ける患者は除外されていた。本論文の著者らは、今回報告されたPERIOP2試験に先立つ単群多施設共同パイロット試験(2)において、LMWH(ダルテパリン;日本ではフラグミン®として発売。ただし保険適用は体外循環時血液凝固防止[透析]と播種性血管内凝固症[DIC]のみ)によるブリッジングを検討し、手技後の血栓症発生(発生率3.1%)の75%は手技後の出血事象により抗凝固療法を中止した患者に発生しており、一方で術前の投与は安全であると考えられたことから、今回術前にLMWHを投与し、術後のLMWHもしくはプラセボ投与による、出血イベントおよび血栓塞栓症の発生率を比較する無作為化対照試験を実施した。なおこの試験の対象者には、BRIDGE試験で除外された機械弁患者は含まれていたが、複数の機械弁、機械弁ありで脳卒中または一過性虚血発作歴のある患者は除外された。そのほか、活動性出血、血小板数10万未満、脊椎や脳外科手術、腎機能障害患者は本試験でも除外された。 対象は心房細動または機械式心臓弁を有する18歳以上の患者1,471人で、CHADS2スコアの平均は2.42、患者の41.2%が3.0以上であった。アスピリンは24.5%の患者が服用していた。手術後90日以内の国際血栓止血学会(ISTH)基準による重大な血栓塞栓症の発生率はプラセボ群1.2%(8/650)、ダルテパリン群1.0%(8/820)で有意差はなく(リスク差-0.3%;95%信頼区間[CI],-1.3 ~ 0.8;P=0.64)、大出血の発生率もプラセボ群2.0%(13/650)、ダルテパリン群1.3%(11/820)と有意差がなかった(リスク差-.7;95% CI,-2.0~0.7;P=0.32)。この結果は心房細動群と機械式心臓弁群でも一貫していた。機械弁患者には依然としてビタミン K拮抗薬が抗凝固薬として選択されており、この患者群でも重大な血栓塞栓症の予防に術後ブリッジングが必要ないことが示された。 1. Douketis JD, et al. N Engl J Med. 2015;373(9):823-833. 2. Kovacs MJ, et al. Circulation. 2004;110(12):1658-1663.
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