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糖尿病の有無を問わない成人の代謝減量手術と長期生存の関連 計174,772例を検討したマッチドコホート研究および前向き比較対照研究の1段階法メタ解析
糖尿病の有無を問わない成人の代謝減量手術と長期生存の関連 計174,772例を検討したマッチドコホート研究および前向き比較対照研究の1段階法メタ解析
Association of metabolic-bariatric surgery with long-term survival in adults with and without diabetes: a one-stage meta-analysis of matched cohort and prospective controlled studies with 174 772 participants Lancet. 2021 May 15;397(10287):1830-1841. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00591-2. Epub 2021 May 6. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】代謝減量手術によって体重が大幅に減少し、肥満関連のリスクや合併症の寛解や改善につながる。しかし、政策の指針や患者カウンセリングに利用するために、術前の糖尿病併存状態で層別化した長期死亡率や平均余命にもたらす効果の推定を強固なものにする必要がある。著者らは、重度肥満患者で代謝減量手術と標準治療の長期生存転帰を比較した。【方法】前向き比較対照研究および高品質のマッチドコホート研究から再構成した患者個別の生存データを用いて、事前に定めた1段階法によるメタ解析を実施した。PubMed、ScopusおよびMEDLINE(Ovid経由)で、2021年2月3日までに非外科的肥満管理と代謝減量手術後の全死因死亡を比較した無作為化試験、前向き比較対照研究およびマッチドコホート研究を検索した。総説とともに、組み入れた研究の参考文献一覧から灰色文献も検索した。共有異質性(ランダム効果など)および層別Coxモデルを用いて、試験レベルでの参加者のクラスタリングを考慮に入れた上で、代謝減量手術を施行した肥満成人の全死因死亡率をマッチさせた標準治療を実施した対照と比較した。このほか、治療必要数を算出し、Gompertz比例ハザードモデルを用いて平均余命を推定した。試験のプロトコールは、PROSPEROにCRD42020218472番で予め登録されている。【結果】特定した論文1,470編のうち、マッチドコホート研究16編および前向き比較対照試験1編を解析対象とした。1,200万人の間に7,712例が死亡した。全174,772例では、代謝減量手術で死亡のハザード率が49.2%(95%CI 46.3~51.9、P<0.0001)低下し、平均余命中央値が通常治療より6.1年(95%CI 5.2~6.9)長かった。部分集団解析で、代謝減量手術を施行した患者は、ベースラインで糖尿病があった患者(ハザード比0.409、95%CI 0.370~0.453、p<0.0001)、なかった患者(0.704、0.588~0.843、P<0.0001)ともに全死因死亡率が低かったが、治療効果は糖尿病があった患者の方が高かった(部分集団間のI^2 95.7%、P<0.0001)。手術群の方が非手術群よりも平均余命の中央値が9.3年(95%CI 7.1~11.8)長く、糖尿病がなかった患者の平均獲得余命は5.1年(2.0~9.3)であった。10年間で死亡1例を予防するための必要治療数は、糖尿病がある患者が8.4(95%CI 7.8~9.1)、糖尿病がない患者が29.8(21.2~56.8)であった。胃バイパス、バンディングおよび袖状胃切除の間に治療効果の差が見られなかった(I^2 3.4%、P=0.36)。このメタ解析の結果や他のデータを利用することにより、今回の解析で統合した世界の代謝減量手術適応患者間で手術率が1.0%上昇するごとに、糖尿病がある患者とない患者でそれぞれで5,100万人年と6,600万人年の平均余命が獲得できることが推定された。【解釈】代謝減量手術によって、通常の肥満管理よりも肥満成人患者の全死因死亡率および平均余命が大きく改善する。糖尿病がない患者よりも糖尿病を併存する患者の方が生存に関する便益が顕著に見られる。 第一人者の医師による解説 国内でも3学会合同のコンセンサスステートメント発刊 本手術の普及を期待 岡住 慎一 東邦大学医療センター佐倉病院外科教授 MMJ. December 2021;17(6):176 1950年代に欧米で減量を目的として開始された高度肥満症に対する外科治療は、減量効果とともに糖尿病をはじめとする肥満関連合併症の改善も得られることが判明し、metabolicsurgery(代謝改善手術)として新たに位置づけられ、現在、全世界で年間約80万人に行われるほどに拡大している(1)。高度肥満症では、関連疾患による高死亡率対策が課題である。本論文は、外科治療における生存期間延長効果について計174,772人が参加した17試験でメタ解析し、さらに2型糖尿病合併の有無において検討した大規模研究である。結果は、内科治療に比べ外科治療による生存期間延長効果は6.1年(95%信頼区間[CI],5.2~6.9)であり、致死危険率(hazardrateofdeath)で49%(95%CI,46.3~51.9;P<0.0001)の低下が得られていた。治療後20年、30年累積死亡率は、内科治療群でそれぞれ20.0、46.0%であったのに対し、外科治療群ではそれぞれ8.8、29.5%であった。さらに、2型糖尿病合併の有無別にみると、外科治療群では両者ともに全死亡率が低下し、特に、2型糖尿病合併例における効果は顕著であった(P<0.0001)。2型糖尿病の合併例における治療後20年累積死亡率は、内科治療群の35.2%に対し、外科治療群では21.1%、一方、非合併例ではそれぞれ19.3、11.9%であり、内科治療に対する外科治療の生存期間延長効果は糖尿病合併例で9.3年(95%CI,7.1~11.8)、非合併例で5.1年(2.0~9.3)であった。これらの生存期間延長効果は、肥満外科の主要な術式(胃バイパス、袖状胃切除、胃バンディング)すべてにおいて示されたとしている。Metabolicsurgeryの効果の周知により、2016年米国糖尿病学会(ADA)のガイドラインでは高度肥満症(体格指数[BMI]35以上、アジア系:BMI32.5以上)を伴う制御困難な2型糖尿病に対して外科治療が「推奨」され、世界45学会(日本糖尿病学会を含む)が承認した(2)。2021年7月には、日本肥満症治療学会、日本肥満学会、日本糖尿病学会の3学会合同により、「日本人の肥満2型糖尿病に対する減量・代謝改善手術に関するコンセンサスステートメント」が発刊された(3)。日本においても、今後さらに本手術の普及が進むことが期待されている。 1. Fifth IFSO Global Registry Report 2019(IFSO & Dendrite Clinical Systems) 2. 糖尿病診療ガイドライン2019(日本糖尿病学会) 3. 日本人の肥満2型糖尿病に対する減量・代謝改善手術に関するコンセンサスステートメント(日本肥満症治療学会/日本肥満学会/日本糖尿病学会,2021)
さまざまな血圧値の患者に用いる心血管疾患の1次予防および2次予防を目的とした薬剤による降圧治療 個別患者データのメタ解析
さまざまな血圧値の患者に用いる心血管疾患の1次予防および2次予防を目的とした薬剤による降圧治療 個別患者データのメタ解析
Pharmacological blood pressure lowering for primary and secondary prevention of cardiovascular disease across different levels of blood pressure: an individual participant-level data meta-analysis Lancet. 2021 May 1;397(10285):1625-1636. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00590-0. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【背景】心血管疾患の併存を問わない正常血圧または正常高値血圧の患者に用いる薬剤による血圧降下作用は明らかになっていない。著者らは、治療前の収縮期血圧値別に、降圧治療が主要心血管事象リスクにもたらす作用を明らかにすべく、無作為化試験の個別患者データを解析した。【方法】薬剤による降圧治療をプラセボまたは他のクラスの降圧薬と比較した無作為化試験または治療の強度別に比較した無作為化試験計48件(各群の追跡期間1,000人年以上)の個別患者データのメタ解析を実施した。心不全患者、急性心筋梗塞などの急性期疾患の短期治療を対象とした試験を除外した。Blood Pressure Lowering Treatment Trialists' Collaboration(英オックスフォード大学)から1972年から2013年までに発表された51試験のデータを取得した。データを統合し、心血管疾患併存(無作為化割り付け前の脳卒中、心筋梗塞、虚血性心疾患などの報告)の有無、収縮期血圧全体および7段階の収縮期血圧値分類(120 mmHg未満から170mmHg以上まで)別に降圧治療効果を層別化した。主要評価項目は、主要心血管事象(脳卒中、心筋梗塞または虚血性心疾患、致命的または入院を要する心不全の複合と定義)とし、intention-to-treatで解析した。【結果】この解析では、48試験の参加者計344,716例のデータを対象とした。無作為化前の平均収縮期血圧および拡張期血圧は、心血管疾患既往歴がある参加者(157,728例)が146/84 mm Hg、心血管疾患既往例がない参加者(186,988例)が157/89 mmHgであった。試験前の参加者の血圧に大きなばらつきを認め、心血管疾患既往歴がある参加者31,239例(19.8%)および心血管疾患既往例がない参加者14,928例(8.0%)の収縮期血圧が130mmHg未満であった。降圧治療の相対的効果は、収縮期血圧低下の程度と比例していた。中央値で4.15年の追跡後(Q1~Q3 2.97~4.96)、42,324例(12.3%)に主要心血管事象が発生した。試験前に心血管疾患既往歴がなかった参加者の1000人年当たりの主要心血管事象発症率は、比較対照群が31.9(95%CI 31.3~32.5)、介入群が25.9(25.4~26.4)であった。試験前に心血管疾患既往歴があった参加者の発症率は、比較対照群39.7(95%CI 39.0~40.5)および介入群36.0(95%CI 35.3~36.7)であった。収縮期血圧5mmHgの低下による主要心血管事象のハザード比(HR)は、心血管疾患既往がない参加者が0.91(95%CI 0.89~0.94)、心血管疾患既往がある参加者が0.89(0.86~0.92)であった。層別解析で、試験前の心血管疾患既往歴の有無や収縮期血圧分類別による主要心血管事象に対する治療効果の異質性について、信頼性の高い科学的根拠はなかった。【解釈】この無作為化試験の大規模解析では、収縮期血圧5mmHg低下により、心血管疾患既往歴の有無とは関係なく、正常血圧や正常高値血圧でさえ主要心血管事象リスクが約10%低下した。この結果は、現在治療の対象外となる血圧値でも、薬剤による一定の血圧降下が心血管疾患の1次予防および2次予防に等しく有効であることを示唆している。降圧治療の適応について患者と話し合う医師は、血圧を下げることよりも心血管リスク低下の重要性を重視すべきである。 第一人者の医師による解説 降圧療法は心血管病が存在し 血圧が低くても有用なことを確認 平田 恭信 東京逓信病院名誉院長 MMJ. December 2021;17(6):170 世界的に高血圧者の数はこの30年間で倍増しており、降圧療法の重要性が高まっている。高血圧の治療法については降圧薬の使用方法などにまだ改善の余地があるが、その恩恵については議論の余地は少ない。しかし未解決の重要な問題も残っており、そのうち(1)すでに心血管病を有する高血圧者と有さない高血圧者の間で降圧療法の効果は異なるのか否か(2)その効果は投与前の血圧値によって差があるのか、特に正常~正常高値の血圧レベルでどうか──という2つの疑問を本研究では解明しようとしている。それに答えるには相当数の対象者が必要である。というのは血圧レベルが正常に近いほど、降圧治療によるリスク低減効果は小さくなることが知られているからである。臨床上のエビデンスレベルとしては関連研究のメタアナリシスが最上位に置かれているのは周知のことであるが、メタアナリシスにも弱点はあり、どの論文を解析対象とするかの選択バイアスがありうること、対象者数が他より圧倒的に多い論文が含まれると結論がそれに引っ張られてしまうことである。その点、著者であるBloodPressureLoweringTrialists’Collaborationグループはあらかじめ質の保証された降圧療法に関する臨床研究を結果の出る前から組み入れることを表明しておき、それを徐々に積み上げてきた。このことによって少なくとも論文の選択バイアスは避けられる。さらに研究対象者の個々のデータ(individualparticipant-leveldata)も解析可能なシステムを構築した。これまでも同グループにより降圧療法による合併症の抑制効果は到達した血圧値に依存し、降圧薬の種類によらないことが示されてきた。本研究でも約34万人の解析により、収縮期血圧が5mmHg低下すると心血管合併症(イベント)の発生リスクが約10%低下し、この効果は投与前に心血管病のある場合(2次予防)、未罹患の場合(1次予防)のいずれでも同様に認められた。また心血管合併症の発症リスクも脳卒中で13%、心不全で13%ならびに虚血性心疾患で8%抑制された。さらにこの効果は投与前の血圧値を7段階に分けて解析しても各レベル間の差は明らかでなく、収縮期血圧が120mmHg未満や120~129mmHgであっても認められた。このことはいわゆる治療効果のJカーブ現象は一般的には心配はないことを示している。降圧療法の目的は心血管合併症の予防にあることより、心血管病が存在して、血圧が低めであっても治療が有用なことが確認された。
イングランドの住民5,400万人以上を対象とした全国規模のコホート研究に用いる電子医療記録の連結 データ資源
イングランドの住民5,400万人以上を対象とした全国規模のコホート研究に用いる電子医療記録の連結 データ資源
Linked electronic health records for research on a nationwide cohort of more than 54 million people in England: data resource BMJ. 2021 Apr 7;373:n826. doi: 10.1136/bmj.n826. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【目的】データの安全性およびプライバシーを確保し、国民の信頼を維持しながら、COVID-19および心血管疾患に関する全人口を対象とした研究を可能にする新たなイングランドの電子医療記録(EHR)資源について説明すること。 【デザイン】国民保健サービス(NHS)の個別記録を連結したデータ資源であり、NHS Digitalの新たなTrusted Research Environment内でのみアクセス可能である。 【設定】EHRに登録されているプライマリケア受診記録、病院受診記録、死亡登録、COVID-19臨床検査結果および地域の調剤データ。今後、専門医による集中治療、心血管系データおよびCOVID-19ワクチンデータも連結する計画がある。 【参加者】2020年1月1日時点で生存しており、イングランドのNHS総合診療医に登録されている患者5,440万例。 【measures of interest】2020年1月1日から10月31日までのCOVID-19確定例または疑い例の診断、心血管系疾患(脳卒中または一過性脳虚血発作の発症および心筋梗塞の発症)および全死因死亡。 【結果】連結したコホートはイングランドの人口の96%以上を対象としている。国民の個別データを連結することにより、全人口の約95%に当たる国民の年齢、性別および民族に関するデータが揃っている。脳卒中や一過性脳虚血発作の既往歴がなかった約5,330万例のうち、98,721例が2020年1月1日から10月31日の間に脳卒中または一過性脳虚血発作を発症した。このうち30%がプライマリケアのみ、4%が死亡登録のみに記録されていた。心筋梗塞の既往歴がなかった約5,320万例のうち、6万2,966例が追跡中に心筋梗塞を発症した。このうち8%がプライマリケアのみ、12%が死亡登録のみに記録されていた。約95万9,470例がCOVID-19確定または疑いと診断された(プライマリケアデータ714,182例、病院診療記録126,349例、COVID-19臨床検査データ50,504例)。58%がプライマリケアおよびCOVID-19臨床検査データに記録されていたが、15%がプライマリケアのみ、18%がCOVID-19臨床検査データのみに記録されていた。 【結論】この全人口規模の資源は、主要なデータの網羅性を最大限に活用し、心血管系事象およびCOVID-19診断を確認するために個別データを連結する重要性を示している。この資源は当初、COVID-19および心血管系疾患に関する研究の支援と臨床診療および公衆衛生のために構築されたが、さまざまな研究に広げることができる。 第一人者の医師による解説 EHRで遅れる日本 普及にはデータ共有・活用の重要性について国民の理解が必須 島田 直樹 国際医療福祉大学基礎医学研究センター教授 MMJ. December 2021;17(6):189 EHR(electronichealthrecord)は、患者の診断、治療、検査結果、生活習慣などが電子化された電子健康記録である。EHRの普及を国家政策として推進する国は今世紀になって増えており、特に英国では英国国民保健サービス(NHS)のもとで医療が一元的に管理されていることもあり、2017年時点でEHRの普及率は97%に達している。EHRの利点は、これらのデータを医療機関が共有・活用できることだが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行が始まった当初の英国では、研究者はEHRにアクセスすることはできず、解析できなかった。この課題を解決するために、NHSDigitalとBritishHeartFoundationDataScienceCentreが協力して、新しい研究環境(NHSDigitalTrustedResearchEnvironment[TRE]forEngland)を構築した。この研究環境を介して研究者は、プライマリケア、病院エピソード、死亡登録、COVID-19検査結果、地域の薬局の調剤データなどが連結されたEHRにアクセスすることが可能になった。NHSの一般診療施設(GP)によって登録された、2020年1月1日時点で生存している5440万人、英国人口の96%以上のデータが集約されている。本論文では、このデータの利用例として、COVID-19の診断記録、脳卒中・TIA・心筋梗塞の発生、全死因死亡について、プライマリケア、死亡登録などの各データベースからの報告割合を評価している。日本におけるEHR政策は諸外国に比べて遅れている。その理由として、導入・運用・維持にコストがかかること、EHRサービスを提供するベンダー間で仕様の違いが大きく、データを連結するためのコストがかかること、が挙げられている。さらに、日本では個人情報保護の意識が強く、データの不正利用に対する警戒心が強い点も重要である。筆者は、指定難病患者が医療費助成を申請する際に提出する臨床調査個人票のデータを利用した疫学研究を実施している。以前は、厚生労働科学研究費を取得していれば、目的外使用申請によって、比較的容易にデータを使用することができた。しかし、2015年に難病法が施行されてからは、きわめて面倒な手続きが必要となった。運用フロー図、リスク分析・対応表、運用管理規定、自己点検規定、さらには本人確認・本人所属確認の写しまで提出しなくてはならず、非常に時間と手間がかかっている。日本においてEHRが普及するためには、データの共有・活用の重要性を国民が正しく理解することが必須である。
ポルトガルの小児で検討したB群髄膜炎菌ワクチン接種とB群侵襲性髄膜炎菌感染症の関連
ポルトガルの小児で検討したB群髄膜炎菌ワクチン接種とB群侵襲性髄膜炎菌感染症の関連
Association of Use of a Meningococcus Group B Vaccine With Group B Invasive Meningococcal Disease Among Children in Portugal JAMA. 2020 Dec 1;324(21):2187-2194. doi: 10.1001/jama.2020.20449. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約【重要性】小児のB群侵襲性髄膜炎菌感染症を予防するワクチンには多成分B群髄膜炎菌ワクチン(4CMenB)以外にないが、マッチさせた対照とワクチンの効果を比較した試験はない。 【目的】4CMenB接種とB群侵襲性髄膜炎菌感染症の関連を明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】発生密度対症例対照研究。2014年10月から2019年3月までの間にポルトガルの小児病院31施設を受診した患者を特定し、死亡または退院まで追跡した(最終追跡2019年6月)。検査で侵襲性髄膜炎菌感染症が確定したポルトガルに居住する小児および思春期小児を対象とした。同時期に同じ病院に無関係の病態で入院した対照(通常1例につき2例)を性別、年齢および居住地でマッチさせた。 【曝露】全国データベースから取得した4CMenBによる予防接種(年齢により2~4用量を推奨)。 【主要評価項目】主要評価項目は、対照と比較した予防接種完了者のB群侵襲性髄膜炎菌感染症とした。副次評価項目は、対照と比較した予防接種完了者の全血清型侵襲性髄膜炎菌感染症および1回以上接種した対照と比較した症例の侵襲性髄膜炎菌感染症とした。 【結果】侵襲性髄膜炎菌感染症患児117例のうち、98例が組み入れ基準を満たし、82例がB型侵襲性髄膜炎菌感染症であった。69例がワクチン接種を完了する年齢に達しており、保護されていたとみなした。この69例の月齢中央値は24(四分位範囲4.5~196)カ月、42例が男児であり、入院期間中央値は8(四分位範囲0~86)日間であった。症例69例中5例(7.2%)と対照142例中33例(23.1%)がワクチン接種を完了していた(差-16.0%[95%CI -26.3%~-5.7%]、オッズ比[OR]0.21[95%CI 0.08~0.55])。全血清型の侵襲性髄膜炎菌感染症でみると、症例85例中6例(7.1%)と対照175例中39例(22.3%)がワクチン接種を完了していた(差-15.2%[95%CI -24.3%~-6.1%]、OR 0.22[95%CI 0.09~0.53])。B群感染症では、症例82例中8例(9.8%)と対照168例中50例(29.8%)が1回以上ワクチンを接種していた(差-20.0%[95%CI -30.3%~-9.7%]、OR 0.18[95%CI 0.08~0.44])。全血清型の侵襲性髄膜炎菌感染症では、症例98例中11例(11.2%)と対照201例中61例(30.3%)が1回以上ワクチンを接種して受けていた(差-19.1%[95%CI -28.8%~-9.5%]、OR 0.23[95%CI 0.11~0.49])。 【結論および意義】ポルトガルでのワクチン接種開始から最初の5年間で、侵襲性髄膜炎菌感染症を発症した小児の方が発症しなかった対照の小児よりも4CMenBワクチンを接種した割合が低かった。この結果は、臨床現場での4CMenBワクチン使用を周知するのに有用である。 第一人者の医師による解説 国内未承認のB群髄膜炎菌ワクチン 今後の承認を期待 神谷 元 国立感染症研究所実地疫学研究センター主任研究官 MMJ. December 2021;17(6):185 本論文は、ポルトガルの小児科医療機関31施設が参加し、B群髄膜炎菌(MenB)ワクチンの有効性を年齢、性別、居住地区、受診医療機関についてマッチングした症例対照研究により検討した結果の報告である。調査期間(2014年10月~19年3月)、ポルトガルではMenBワクチンは定期接種化されておらず、国内の1歳児のMenBワクチン接種率(2回)は56.7%(2018年)であった。299人の小児が参加し、MenBによる侵襲性髄膜炎菌感染症(IMD)の予防効果をエンドポイントとした解析では、オッズ比が0.21(95%信頼区間[CI], 0.08?0.55)、他の血清群を含めたIMDの予防効果はオッズ比が0.22(95% CI, 0.09?0.53)となり、ワクチン効果(VE)は78~79%と一定の効果を認めた。また、調査期間におけるIMDの原因菌の内訳はB群が84%を占めていたが、MenBワクチン接種者でIMDを発症した11人のうち、8人はMenB、3人はそれ以外の血清群の菌による感染であった。11人の転帰は良好で合併症も認められなかった(未接種者では26%に合併症が認められた)。髄膜炎菌ワクチンは4つの血清群(A、C、W、Y)の莢膜多糖体を用いた4価ワクチン(MCV4ワクチン)が実用化されているが、B群がこのワクチンに含まれていない理由は、B群の莢膜多糖体がヒトの脳の糖鎖と構造が似ているため、ほかの血清群のようにワクチン成分として莢膜多糖体を利用できないことにある。しかし、近年の技術と研究の進歩により、外膜の表層蛋白を用いたMenBワクチンが開発され、米国、カナダ、オーストラリア、欧州では承認されている。このワクチンは、MenBに対する予防効果はもちろんのこと、髄膜炎菌に共通する外膜の表層蛋白を用いているため、ほかの血清群による髄膜炎菌感染症への予防効果も期待されている。日本では2021年7月時点でMenBワクチンは未承認であるが、国内のIMDサーベイランスの結果によると、一定の割合でMenBによるIMDが報告されている(1)。また、東京2020大会のような国際的なマスギャザリングが開催されると国内でそれまで検出されることが少ない髄膜炎菌が認められ、IMD発症事例も起こるため(2)、MenBワクチンの国内での承認が今後期待される。なお、ポルトガルではその後2020年に2カ月、4カ月、12カ月齢児にMenBワクチンを定期接種化している(3)。 1. 国立感染症研究所. IASR.2018;39:1-2. https://bit.ly/2W5FwwO 2. Kanai M, et al. Western Pac Surveill Response J. 2017;8(2):25-30. 3. ECD C. Vaccine S cheduler Pneumo co ccal Dis eas e:Recommended vaccinations https://bit.ly/39xLERD
画像で見分ける!典型症例〜体幹編〜
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こちらは、過去に前期研修中の先生方にお送りした「症例供覧メール」の典型症例一覧 になります。 気になる症例はありましたか!? 画像をクリックすると症例詳細ページに遷移し、症例詳細や先生方の見解を閲覧できます。 「症例供覧メール」のバックナンバーも閲覧可能です。
画像で見分ける!典型症例〜四肢編〜
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反復性急性中耳炎に用いる鼓膜換気チューブ留置術と薬物療法の比較
反復性急性中耳炎に用いる鼓膜換気チューブ留置術と薬物療法の比較
Tympanostomy Tubes or Medical Management for Recurrent Acute Otitis Media N Engl J Med. 2021 May 13;384(19):1789-1799. doi: 10.1056/NEJMoa2027278. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】反復性急性中耳炎の小児に用いる鼓膜換気チューブ留置について、公式な推奨事項が一致していない。 【方法】6カ月以内に3回以上急性中耳炎を発症したか、12カ月以内に4回以上急性中耳炎を発症し、そのうち1回以上が6カ月以内の発症であった6~35カ月齢の小児を鼓膜換気チューブ留置術群と発症時に抗菌薬を投与する薬物療法群に無作為化により割り付けた。主要評価項目は、2年間の1人年当たりの急性中耳炎平均発症回数(発症率)とした。 【結果】主解析のintention-to-treat解析の結果、2年間の1人年当たりの急性中耳炎発症率(±SE)は、鼓膜チューブ群1.48±0.08、薬物療法群1.56±0.08であった(P=0.66)。鼓膜換気チューブ群の10%が鼓膜換気チューブ留置術を受けず、薬物療法群の16%が親の要望で鼓膜換気チューブ留置術を受けたため、per-protocol解析を実施すると、対応する発症率はそれぞれ1.47±0.08、1.72±0.11となった。主解析の副次評価項目で、結果にばらつきが見られた。急性中耳炎初回発症までの期間、発症に伴う臨床所見、事前に定めた治療失敗の基準を満たす患児の割合は、鼓膜換気チューブの方が良好であった。耳漏が見られた日数の累積は、薬物治療の方が良好であった。大きな差が認められなかった項目に、急性中耳炎発症頻度の分布、重症と考えられた急性中耳炎の割合、呼吸器分離菌の抗菌薬耐性があった。試験関連の有害事象は、試験の副次評価項目に含まれるもののみであった。 【結論】反復性急性中耳炎がある6~35カ月齢の小児で、2年間の急性中耳炎発症率は、鼓膜換気チューブ留置術と薬物療法で有意な差がなかった。 第一人者の医師による解説 耳鼻咽喉科医と小児科医で推奨度の違う鼓膜チューブ留置術 適応については再度見直しが必要 神崎 晶 慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科専任講師 MMJ. October 2021;17(5):158 鼓膜チューブ留置術は、新生児期以降の小児では頻繁に行われる手術であり、全身麻酔のリスク、留置チューブの閉塞、体外への逸脱、中耳腔への落下、鼓膜構造的変化穿孔残存や軽度伝音難聴の可能性がある。 米国では反復性(再発性)急性中耳炎の小児に対する鼓膜チューブ留置術に関する推奨が耳鼻咽喉科医向けと小児科医向けで異なっており(耳鼻咽喉科医の方が本施術に積極的である)、確実なエビデンスに乏しいことから、著者らは本試験により鼓膜チューブ留置術の有効性を検討した。対象は年齢が生後6〜35カ月で、(1)6カ月以内に急性中耳炎のエピソードが3回以上、または(2)12カ月以内に急性中耳炎のエピソードが4回以上あり、そのうち少なくとも1回は6か月以内に発生していた小児であった。対象児を鼓膜チューブ留置術もしくは抗菌薬による薬物療法群にランダムに割り付けた。その結果、2年の経過観察期間における人・年あたりの急性中耳炎の平均エピソード数(率)(±SE)は、鼓膜チューブ留置群1.48±0.08、薬物療法群1.56±0.08であり(P=0.66)、有意差はなかった。 小児の反復性急性中耳炎に対する鼓膜チューブ留置術の適応は、米国の耳鼻咽喉科ガイドラインでは「中耳の滲出液が少なくとも片耳に存在する場合」としているが、小児科ガイドラインでは「臨床医が提供しても良い選択肢の1つ」としており、推奨度に差がある。日本の「小児急性中耳炎診療ガイドライン2018年版(金原出版)」のCQ3-9(P73-75)では、有効とする論文と生活の質(QOL)に寄与しないとする論文もあり、限定的な効果としている。このように、これまであいまいな点が多かったが、今回の論文で、鼓膜チューブ留置術の適応については再度見直しを要することとなる。 なお、小児では、鼻と耳をつなぐ耳管が太くて短いことから反復性急性中耳炎や滲出性中耳炎の原因として、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎などの鼻疾患との関連性が指摘されている。本報告では、各群におけるアレルギー性鼻炎を含む割合については触れられておらず、この点について検討の余地がある。また、鼓膜チューブ留置術は反復性急性中耳炎以外に、滲出液が中耳に貯留して難聴をきたす滲出性中耳炎に対して行う場合の方が多いが、本結論が滲出性中耳炎に対しても同様に当てはまるのかどうかは今後の研究が待たれる。
早期アルツハイマー病に用いるdonanemab
早期アルツハイマー病に用いるdonanemab
Donanemab in Early Alzheimer's Disease N Engl J Med. 2021 May 6;384(18):1691-1704. doi: 10.1056/NEJMoa2100708. Epub 2021 Mar 13. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】アルツハイマー病の特徴にアミロイドβ(Aβ)の蓄積がある。沈着したAβの修飾部位を標的とする抗体、donanemabは、早期アルツハイマー病の治療薬として開発中である。 【方法】陽電子放出断層(PET)でタウとアミロイドの沈着を認める早期症候性アルツハイマー病患者を対象にdonanemabを検討する第II相試験を実施した。患者をdonanemab(初めの3回は700mg、その後1400mg)とプラセボに1対1の割合で割り付けた(いずれも4週間に1回、最長72週間投与)。主要評価項目は、治療前から76週時までのIntegrated Alzheimer’s Disease Rating Scale(iADRS;範囲、0-144点、低スコアほど認知障害および機能障害が重い)の変化量とした。Clinical Dementia Rating Scale-Sum of Boxes(CDR-SB)、Alzheimer’s Disease Assessment Scaleの13項目認知下位尺度(ADAS-Cog13)、Alzheimer’s Disease Cooperative Study-Instrumental Activities of Daily Living Inventory(ADCS-iADL)、Mini-Mental State Examination(MMSE)のスコア変化量およびPET画像で確認したアミロイドとタウの蓄積の変化量を副次評価項目とした。 【結果】計257例を組み入れ、131例をdonanemab、126例をプラセボに割り付けた。治療前のiADRSスコアは両群ともに106点であった。76週時のiADRSスコア変化量は、donanemab群-6.86点、プラセボ群-10.06点であった(差3.20点;95%CI、0.12~6.27;P=0.04)。副次評価項目のほとんどの結果に大きな差はなかった。76週時、アミロイド斑および脳内タウ蓄積量の減少量は、donanemabの方がプラセボよりもそれぞれ85.06センチロイド、0.01大きかった。donanemab群にアミロイド関連の脳浮腫(ほとんどが無症状)が見られた。 【結論】早期アルツハイマー病で、donanemabによる認知機能の複合スコアおよび日常生活動作能力の改善度がプラセボより良好であったが、副次評価項目の結果に大きな差が見られなかった。アルツハイマー病に用いるdoanemabの有効性と安全性を検証するため、大規模で長期間にわたる試験が必要である。 第一人者の医師による解説 現在治験中のガンテネルマブ、レカネマブと合わせて 今後の展開に注目 岩坪 威 東京大学大学院医学系研究科神経病理学分野教授・国立精神・神経医療研究センター神経研究所長・J-ADNI主任研究者 MMJ. October 2021;17(5):140 アミロイドβ(Aβ)の凝集・蓄積はアルツハイマー病(AD)の主要な病因の1つと考えられており、Aβを標的とする疾患修飾療法(DMT)が注目されている。本論文は、ヒト化抗Aβ抗体ドナネマブの早期ADに対する無作為化プラセボ対照第2相試験(TRAILBLAZER-ALZ)の結果を報告している。早期ADとは「軽度認知障害(MCI)」期と「軽症認知症」期のADを合わせた区分である。ドナネマブは蓄積したAβに特異的に生じるピログルタミル化修飾を認識し、高いAβ除去能を示す。 本試験では、北米56施設において60〜85歳の早期 AD患者にドナネマブまたはプラセボが4週ごとに72週間静脈内投与された。ドナネマブは投与4回目から1,400mgに増量されたが、アミロイドPETでAβ陰性化が確認された場合、減量ないし休薬された。主要評価項目である76週時点のiADRSスコアのベースラインからの変化量(増悪)は、プラセボ群の10.06に対し、ドナネマブ群では6.86と、32%の有意な症状進行遅延効果が認められた。アミロイド PET陰性化率は25週で40%、52週で59.8%、76週で67.8%であった。Aβ除去抗体に共通の有害事象である一過性の局所性脳浮腫(ARIA-E)はドナネマブ群の26.7%に生じた。これらの結果を踏まえ、後続のTRAILBLAZER-ALZ2試験が第3相試験に拡大されて、2021年中に米国食品医薬品局(FDA)への申請が予定されている。さらに、より早期の無症候期であるプレクリニカルADを対象とするTRAILBLAZER-ALZ3試験の開始が公表されている。 早期ADに対する抗Aβ抗体療法としては、アデュカヌマブの第3相試験 ENGAGEとEMERGEも報告されている。両試験は無益性の予測から早期終了したが、EMERGE試験ではアデュカヌマブにより78週時点で主要評価項目Clinical Dementia Rating Scale Sum of Boxesに22%の改善が得られ、PETでは両試験ともにAβ除去効果が認められた。これらの結果に基づき2021年6月、FDAはアデュカヌマブを迅速承認した。ドナネマブ、アデュカヌマブの試験結果を考え合わせると、MCIから軽症認知症期という有症状期でもAβ除去によりADの臨床症状の進行が抑制できる可能性が示唆される。また、十分なAβ除去達成後に休薬しても、一定期間にわたってAβ再蓄積や臨床症状の増悪が抑えられることが示されれば、治療期間の短縮による医療費節減も期待できよう。ドナネマブの開発では、アミロイド・タウPETや血漿リン酸化タウなどのバイオマーカーを患者選択、薬効評価に導入したことにより、先発の同類抗体医薬に肉薄する状況にある。ガンテネルマブ、レカネマブなど現在治験中の抗Aβ抗体薬と合わせて、今後の展開が注目される。 iADRS:Integrated Alzheimer's Disease Rating Scale(認知機能尺度 ADAS-Cog13 と日常生活機能尺度 ADCS-iADL の複合スコア)
前立腺がんの救済放射線治療の決定に用いる18F-フルシクロビンPET/CT検査と従来の画像検査単独の比較:単一施設、非盲検、第II/III相無作為化比較試験
前立腺がんの救済放射線治療の決定に用いる18F-フルシクロビンPET/CT検査と従来の画像検査単独の比較:単一施設、非盲検、第II/III相無作為化比較試験
18 F-fluciclovine-PET/CT imaging versus conventional imaging alone to guide postprostatectomy salvage radiotherapy for prostate cancer (EMPIRE-1): a single centre, open-label, phase 2/3 randomised controlled trial Lancet. 2021 May 22;397(10288):1895-1904. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00581-X. Epub 2021 May 7. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】前立腺がんの治療の決定や計画分子イメージングを用いることが多くなっている。著者らは、救済放射線治療の癌制御率改善に果たす18F-フルシクロビンPET/CT検査の役割を従来の画像検査(骨シンチグラフィとCT検査またはMRI検査)を比較することを目的とした。 【方法】単一施設非盲検第II/III相無作為化試験、EMPIRE-1では、前立腺摘除後に前立腺特異抗原(PSA)が検出されたが従来の画像検査結果で陰性(骨盤外転移、骨転移なし)であった前立腺がん患者を放射線治療決定に従来の画像検査単独に用いるグループと放射線治療+18F-フルシクロビン-PET/CT検査を用いるグループに割り付けた。コンピュータが生成した無作為化をPSA濃度、異常が示唆される病理学的所見およびアンドロゲン除去療法の意図で層別化した。18F-フルシクロビン-PET/CT検査群では、標的の描写にも用いたPET画像で放射線治療を厳格に決定した。主要評価項目は3年無事象生存率とし(生化学的再発または進行、臨床的再発または進行、全身療法の開始を事象と定義)、放射線治療を受けた患者で単変量解析および多変量解析を実施した。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT01666808として登録されており、患者の登録が終了している。 【結果】2012年9月18日から2019年3月14日にかけて165例を無作為化により割り付け、追跡期間が中央値3.52年(95%CI 2.98~3.95)となった。PET検査の結果から、18F-フルシクロビン-PET-CT検査群の4例が放射線治療を回避し、この4例は生存解析から除外した。生存期間中央値は、従来検査群(95% CI 35.2~未到達;81例中33%に事象発生)、18F-フルシクロビン-PET/CT検査群(95%未到達~未到達;76例中20%に事象発生)ともに未到達であり、3年無事象生存率が従来検査群63.0%(95%CI 49.2~74.0)、18F-フルシクロビン-PET-CT検査群75.5%(95%CI 62.5~84.6)であった(差difference 12.5; 95%CI 4.3~20.8;P=0.0028)。調整した解析で、試験群(ハザード比2.04[95%CI 1.06~3.93]、P=0.0327)に無事象生存との有意な関連が見られた。両群の毒性がほぼ同じであり、最も多い有害事象が遅発性頻尿および尿意切迫感(従来検査群81例中37例[46%]、PET群76例中31例[41%])および急性下痢(11例[14%]、16例[21%])であった。 【解釈】前立腺摘除後の救済放射線治療の方針決定や計画に18F-フルシクロビン-PET/CT検査を用いることによって生化学的再発や持続のない生存率が改善した。前立腺がん放射線治療の方針決定や計画に新たなPET放射性核種を組み込むことについて、新たな試験で検討する必要がある。 第一人者の医師による解説 新しいPET放射性核種を使用した治療決定や治療計画を期待 吉田 宗一郎 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腎泌尿器外科学講師 MMJ. October 2021;17(5):148 前立腺がんに対する前立腺全摘除後の放射線治療は、術後追加治療、または生化学的再発が認められた際の救済治療として行われることが多い。これらの放射線治療を行うかどうか、またいつ行うかの判断は、リスク群や病理所見、術後前立腺特異抗原(PSA)の推移などに応じて検討されている。18 F-フルシクロビン -PET/CTは、生化学的に再発した前立腺がんの再病期診断において、CTやMRIよりも優れた診断性能を有し、前立腺全摘除術後の生化学的再発に対し、3分の1以上の患者で、18 F-フルシクロビン -PET/CTにより救済放射線治療の方針が変更になることが報告されている(1)。 今回報告されたEMPIRE-1試験の目的は、前立腺全摘除後にPSA上昇が検知されるも、従来の画像検査が陰性である患者を対象とした単施設、非盲検、第2/3相無作為化試験により、18 F-フルシクロビン -PET/CTが、3年間の無イベント生存率を改善させるかどうかを明らかにすることである。対象患者は、PSA値、病理組織学的所見、ホルモン療法実施の意図で層別化され、従来の画像診断のみで行う放射線治療群、もしくは従来の画像診断に加え18 F-フルシクロビン -PET/CTを併用する放射線治療群に割り付けられた。主要評価項目は3年無イベント生存率で、イベントの定義は生化学的または臨床的な再発・進行、あるいは全身療法の開始とした。結果として、165人の患者が割り付けられ、追跡期間の中央値は3.52年であった。3年無イベント生存率は、従来の画像診断群の63.0%に対し、18 F-フルシクロビン -PET/CT群では75.5%と有意に高かった。調整後解析では、18 F-フルシクロビン -PET/CTの併用が無イベント生存率と有意に関連していた(ハザード比 , 2.04;95%信頼区間 ,1.06?3.93)。毒性は両群でほぼ同様であり、主な有害事象は遅発性の頻尿・尿意切迫感、急性下痢であった。 これまでも新規 PET放射性核種による診断精度や治療方針決定の変化についての検討が行われてきたが、今回の制がん効果を主要評価項目とした初めての前向き無作為化試験によって、前立腺全摘除術後の放射線治療の決定プロセスにおける18 Fフルシクロビン -PET/CTの導入が無イベント生存率を改善する可能性が示唆された。現在、多くの研究により前立腺特異的膜抗原を標的としたPSMAPETの良好な診断精度が示され、前立腺全摘除後の再発巣検知でもその有効性に大きな関心が寄せられている。今後、新しいPET放射性核種を使用した治療決定や治療計画についてさらなる研究が必要である。 1. Abiodun-Ojo OA, et al. J Nucl Med. 2021;62(8):1089-1096
帝王切開術を受ける肥満女性に用いる局所陰圧閉鎖療法と標準的創傷被覆の比較:多施設共同並行群間無作為化対照試験
帝王切開術を受ける肥満女性に用いる局所陰圧閉鎖療法と標準的創傷被覆の比較:多施設共同並行群間無作為化対照試験
Closed incision negative pressure wound therapy versus standard dressings in obese women undergoing caesarean section: multicentre parallel group randomised controlled trial BMJ. 2021 May 5;373:n893. doi: 10.1136/bmj.n893. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】帝王切開術を受ける肥満女性で、創部陰圧療法(NPWT)の手術部位感染(SSI)予防効果を標準的創傷被覆と比較すること。 【デザイン】多施設共同、実用的、無作為化、並行群間対照、優越性試験。 【設定】2015年10月から2019年11月、オーストラリアの三次病院4施設。 【参加者】妊娠前のBMIが30以上で、選択的または準緊急の帝王切開術を受けて出産した女性を適格とした。 【介入】同意を得た女性2035例を帝王切開術施行前に閉鎖切開創NPWT群(1,017例)と標準的ドレッシング群(1,018例)に無作為化により割り付けた。皮膚が閉鎖するまで割り付けを秘匿した。 【主要評価項目】主要評価項目はSSIの累積発生率とした。SSIの深度(表層、深部、臓器・体腔)、創部合併症(離開、血腫、漿液種、出血、皮下出血)発現率、入院期間、被覆関連の有害事象発現率を副次評価項目とした。参加女性と医師は盲検化しなかったが、評価者と統計家には治療の割り付けを盲検化した。事前に定めたintention to treat主解析は、データが欠落している症例(28例)にSSIが発生しなかったとする保守的な仮定に基づくこととした。事後感度分析に最良症例分析と完全症例分析を用いた。 【結果】主解析では、NPWT群の75例(7.4%)、標準的創傷被覆群の99例(9.7%)にSSIが発生した(リスク比0.76、95%CI 0.57~1.01;P=0.06)。欠落データの影響を探索する事後感度分析で、同方向の効果(NPWTによるSSIの予防効果)が統計的有意性をもって認められた。NPWT群996例中40例(4.0%)、標準的創傷被覆群983例中23例(2.3%)に皮膚水疱形成が見られた(リスク比1.72、1.04~2.85;P=0.03)。 【結論】帝王切開術後の肥満女性に用いる予防的閉鎖切開創NPWTで、標準的創傷被覆よりもSSIリスクが24%低下した(絶対リスク3%低下)。この差は統計的有意性には届かなかったが、この集団でのNPWTの有効性を過小評価していると思われる。保守的な主解析、多変量調整解析および事後感度分析の結果を検討する際は、閉鎖切開創NPWTの便益に関する科学的根拠が蓄積されつつあることや、世界で帝王切開術を受ける肥満女性の数を考慮に入れる必要がある。NPWTの使用は、皮膚水疱形成の増加や経済的配慮との兼ね合いも考え、患者との共有意思決定に基づき決定しなければならない。 第一人者の医師による解説 帝王切開後の予防的局所陰圧閉鎖療法 経済的効果と併せて有害事象も検討する必要あり 渡邉 学 東邦大学医学部医学科外科学講座 一般・消化器外科学分野教授 MMJ. October 2021;17(5):153 手術部位感染(surgical site infection;SSI)とは手術操作が直接及ぶ部位の感染症であり、一旦発症すると患者の予後に影響を及ぼすだけでなく、入院期間の延長や経済的負担の増加をもたらす。日本外科感染症学会による調査研究(1)では、腹部手術におけるSSI発症患者では術後平均在院日数が18日延長し、術後平均医療費は658,801円高額になることが報告され、SSI対策の医療経済的な重要性が示された。 一方、世界における帝王切開実施率は地域によって大きく異なり、北欧諸国と比較し、オーストラリア、カナダ、英国、米国などの西側諸国では実施率が高いと報告されている(15~17% 対 25~32%)(2)。また、オーストラリアでは女性の50%以上が妊娠に入ると肥満になると報告されている。 本論文は、オーストラリアの4つの病院で実施された多施設ランダム化対照試験の報告である。2015年10月~19年11月に、世界保健機関(WHO)の定義による体格指数(BMI)30.0以上の肥満患者で帝王切開にて出産した女性2,035人を対象とし、創閉鎖後の創処置としてランダムに割り付けた局所陰圧閉鎖療法(NPWT)群(n = 1,017)と対照群(n = 1,018)の間でSSI発生率の比較を行った。NPWT群は80 mmHgの連続的な負圧を適用し、対照群は通常使用している標準的創傷被覆(ドレッシング)材を使用し、両群とも5?7日間そのままとした。その結果、手術後30日までのSSI発生率は、全体で8.6%、NPWT群7.4%、対照群9.7%であった。対照群と比較し、NPWT群のSSI発生の相対リスクは24%低下し、統計学的に有意ではなかったが絶対リスクは3%低下することが示された。一方、ドレッシング関連の有害事象として、NPWT群では対照群と比較し皮膚水疱発生の相対リスクが72%上昇し、絶対リスクは有意に2%上昇していた。 本研究にて、帝王切開後の予防的 NPWTはSSI発生低減に効果的である可能性が示された。しかし、世界で約2,970万人の出生が帝王切開であることを考えると、この有害事象発生結果は臨床的に重要であり、予防的 NPWTの実施については経済的効果と併せて検討する必要がある。 日本でも帝王切開を含む腹部手術創に対する予防的 NPWTが保険収載されたが、集中治療室(ICU)管理が必要である切開創 SSI高リスク患者で、BMI30 以上の肥満患者や糖尿病などの全身疾患を有する患者などが対象であり、現状では適応症例は限定されている。 1. 草地信也ら . 日本外科感染症学会雑誌 . 2010;7: 185-190. 2. OECD (2019), Health at a Glance 2019: OECD Indicators, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/4dd50c09-en.
III期大腸がんで標準補助療法と併用するセレコキシブとプラセボが無病生存率にもたらす効果の比較:CALGB/SWOG 80702(Alliance)無作為化比較試験
III期大腸がんで標準補助療法と併用するセレコキシブとプラセボが無病生存率にもたらす効果の比較:CALGB/SWOG 80702(Alliance)無作為化比較試験
Effect of Celecoxib vs Placebo Added to Standard Adjuvant Therapy on Disease-Free Survival Among Patients With Stage III Colon Cancer: The CALGB/SWOG 80702 (Alliance) Randomized Clinical Trial JAMA. 2021 Apr 6;325(13):1277-1286. doi: 10.1001/jama.2021.2454. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】観察研究や無作為化試験から、アスピリンとシクロオキシゲナーゼ2(COX-2)阻害薬に大腸のポリープおよびがんのリスク低下に関連があることが明らかになっている。転移のない大腸がんの治療に用いるCOX-2阻害薬、セレコキシブの効果は明らかになっていない。 【目的】III期大腸がんで、フルオロウラシル、ロイコボリンおよびオキサリプラチン(FOLFOX)による術後補助化学療法にセレコキシブを追加すると無病生存期率が改善するかを明らかにすること。 【デザイン、設定および参加者】Cancer and Leukemia Group B (Alliance)/Southwest Oncology Group(CALGB/SWOG) 80702試験は、米国およびカナダの市中病院および大学病院654施設で実施された2×2要因デザインの第III相試験である。2010年6月から2015年11月にかけてIII期大腸がん患者計2,526例を組み入れ、2020年8月10日まで追跡した。 【介入】患者をFOLFOX補助化学療法(2週間に1回)を3カ月実施するグループと6カ月実施するグループ、セレコキシブ(400mgを1日1回経口投与)を3年間投与する群(1,263例)とプラセボ群(1,261例)に割り付けた。本稿は、セレコキシブの無作為化の結果を中心に報告する。 【主要評価項目】主要評価項目は、無作為化から再発または全死亡が報告されるまでを評価した無病生存率とした。総生存率、有害事象、心血管系特異的事象を副次的評価項目とした。 【結果】無作為化により割り付けた2,526例(平均値[SD]年齢61.0歳[11歳]、女性1,134例[44.9%])のうち2,524例を主解析の対象とした。プロトコールの治療遵守率(セレコキシブまたはプラセボを2.75年以上投与、再発、死亡または許容できない有害事象発生までの治療継続と定義)は、セレコキシブ投与群70.8%、プラセボ群69.9%だった。セレコキシブ群の337例、プラセボ群の363例に再発または死亡が発生し、追跡期間中央値6年で、3年無病生存率はセレコキシブ群76.3%、プラセボ群73.4%であった(再発または死亡のハザード比[HR]0.89;95%CI、0.76~1.03、P=0.12)。割り付けた術後補助化学療法の継続期間中、無病生存率に対するセレコキシブ治療の効果に有意な変化は見られなかった(交互作用のP=0.61)。5年時の総生存率は、セレコキシブ群84.3%、プラセボ群81.6%であった(死亡のHR 0.86、95%CI、0.72~1.04;P=0.13)。FOLFOX投与期間中、セレコキシブ群の14.6%、プラセボ群の10.9%に高血圧(全グレード)が生じ、FOLFOX終了後、それぞれ1.7%と0.5%にグレード2以上のクレアチニン値上昇が生じた。 【結論および意義】III期大腸がん患者の標準術後補助化学療法に3年間セレコキシブ併用しても、プラセボより無病生存率を有意に改善することができなかった。 第一人者の医師による解説 COX-2阻害薬の上乗せ効果 本当にないのかの確認はさらなる検証が必要 山本 聖一郎 東海大学医学部消化器外科教授 MMJ. October 2021;17(5):151 アスピリンやシクロオキシゲナーゼ2(COX-2)阻害薬を長期服用することで、大腸腺腫や大腸がんの発生のみならず、大腸がん術後の再発率が低下するとの報告がある。結腸がんステージIII術後の予後改善目的の標準補助化学療法は5-フルオロウラシル系薬剤+オキサリプラチン療法(FOLFOX療法)である。本臨床試験 はFOLFOX療法にCOX-2阻害薬セレコキシブの3年間併用で予後が改善するかを検証する優越性試験である。3年無病生存率をプラセボ群(P群)で72%、セレコキシブ群(C群)で77%と想定し、2,500人の患者登録を予定した。2,526人の登録があり、3年無病生存率はP群73.4%、C群76.3%と、C群の優越性を示すことはできなかった(ハザード比[HR],0.89;95%信頼区間[CI],0.76〜1.03;P=0.12)。また5年全生存率もP群81.6%、C群84.3%と、C群の優越性を示せなかった(HR,0.86;95% CI,0.72〜1.04;P=0.13)。有害事象に関しては、C群で高血圧のリスクがFOLFOX療法中(14.6% 対 10.9%;P=0.01)ならびに終了後(13.0%対10.0%;P=0.04)に有意に高かった。また、グレード2以上の血中クレアチニン値の上昇がFOLFOX療法終了後にC群で有意に高率であった(1.7%対0.5%;P=0.01)。これらの結果を踏まえ、本論文の結論は「結腸がんステージIII術後の補助化学療法(FOLFOX療法)にセレコキシブを3年間併用することは3年無病生存率を有意に改善しなかった」と簡潔に記載している。研究者としては、ネガティブな結果は否定できないが、影響を最小限に留めたい想いであろう。 その理由としては無病生存曲線でも全生存曲線でも常にC群の方が生存率が高く推移していること、さらに補遺資料(ウエブ上で公開)の3年無病生存率に影響を与える臨床因子のサブグループ解析では、ほぼすべての因子でC群の方が優位であった。これらの結果より、真にCOX-2阻害薬が予後を改善しないと判断するよりは3年無病生存率をP群で72%、C群で77%と想定したが、結果として2.9%の差しか得られなかったことが大きく影響したと考えられる。もしそれぞれ73%、76%と当初から想定して臨床試験を行い、実現可能性は乏しいものの6,600人以上登録できれば有意な予後改善結果を証明できた可能性が高い。73%対76%の3%の予後改善効果を実感することは困難だが、逆に言えば実感できないほどではあるがわずかな予後改善効果を有する可能性が残った、と判断するのが妥当であろう。
転移性トリプルネガティブ乳がんに用いるsacituzumab govitecan
転移性トリプルネガティブ乳がんに用いるsacituzumab govitecan
Sacituzumab Govitecan in Metastatic Triple-Negative Breast Cancer N Engl J Med. 2021 Apr 22;384(16):1529-1541. doi: 10.1056/NEJMoa2028485. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】転移性トリプルネガティブ乳がんは予後が不良である。sacituzumab govitecanは、乳がんの大多数に発現するヒト栄養膜細胞表面抗原2(Trop-2)を標的とする抗体とSN-38(トポイソメラーゼI阻害薬)を特許取得済みの加水分解性リンカーで結合させた抗体薬物複合体である。 【方法】この第III相無作為化試験では、再発または難治性の転移性トリプルネガティブ乳がんを対象に、sacituzumab govitecanと医師が選択した単剤化学療法(エリブリン、ビノレルビン、カペシタビン、ゲムシタビンのいずれか)を比較した。主要評価項目は、脳転移のない患者の無増悪生存期間(盲検下の独立中央判定委員会が判定)とした。 【結果】脳転移がない患者468例をsacituzumab govitecan群(235例)、化学療法群(233例)に無作為化により割り付けた。年齢中央値は54歳であり、全例にタキサン系薬剤使用歴があった。無増悪期間中央値は、sacituzumab govitecan群が5.6カ月(95%CI、4.3~6.3、166件)、化学療法群が1.7カ月(95%CI、1.5~2.6、150件)であった(進行または死亡のハザード比、0.41;95%CI、0.32~0.52;P<0.001)。総生存期間中央値は、sacituzumab govitecan群が12.1カ月(95%CI、10.7~14.0)、化学療法群で6.7カ月(同5.8~7.7)であった(死亡のハザード比、0.48;95%CI、0.38~0.59、P<0.001)。 客観的奏効率はsacituzumab govitecan群が35%、化学療法群が5%であった。グレード3以上の特記すべき治療関連有害事象は、好中球減少症(sacituzumab govitecan群51%、化学療法群33%)、白血球減少症(10%、5%)、下痢(10%、1%未満)、貧血(8%、5%)、発熱性好中球減少症(6%、2%)であった。有害事象に起因する死亡が各群3例あったが、sacituzumab govitecanと関連があると判断したものはなかった。 【結論】転移性トリプルネガティブ乳がんで、sacituzumab govitecan群の無増悪生存期間および総生存期間が単剤化学療法群よりも有意に長かった。sacituzumab govitecan群の方が骨髄抑制と下痢が多かった。 第一人者の医師による解説 前治療を伴う転移性トリプルネガティブ乳がんに対する単剤での有意な予後延長 井本 滋 杏林大学医学部乳腺外科教授 MMJ. October 2021;17(5):149 ホルモン受容体陰性・HER2陰性のいわゆるトリプルネガティブ乳がん(TNBC)は予後不良である。遠隔転移を伴わない浸潤がんでは、術前後のアントラサイクリン系およびタキサン系薬剤を用いた薬物療法が標準治療である。転移再発時は残りの化学療法やPD-L1陽性免疫細胞浸潤を伴う腫瘍には抗 PD-L1抗体アテゾリズマブ+ナノ粒子アルブミン結合パクリタキセルの免疫化学療法が選択されるが、奏効例は限定的である。 サシツズマブゴビテカン(SG)は、トロフォブラスト細胞表面抗原2(Trop-2)を標的とするIgG1抗体とイリノテカンの活性代謝物であるSN-38を加水分解性リンカーで結合させた抗体薬物複合薬である(1)。既治療の転移性 TNBC患者108人を対象とした第1/2相試験では、奏効率は33%で奏効期間の中央値は7.7カ月であった。本論文はその第3相試験(ASCENT)の結果報告である。対象はタキサン系薬剤を含む2レジメン以上が実施された進行再発 TNBCである。進行していない脳転移例も登録されたが、主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)の解析からは除かれた。SG群と化学療法群(エリブリン、ビノレルビン、カペシタビン、またはゲムシタビンの単剤投与)における有効性が比較された。その結果、脳転移を伴わないTNBC患者468人(年齢中央値 54歳)が登録され、SG群は235人、化学療法群は233人であった。PFS中央値はSG群が5.6カ月、化学療法群が1.7カ月であった(ハザード比[HR], 0.41;P<0.001)。全生存期間の中央値はそれぞれ12.1カ月と6.7カ月であった(HR, 0.48;P<0.001)。奏効率はSG群で35%、化学療法群で5%であった。グレード3以上の治療に関連する有害事象の発現率は、それぞれ好中球減少が51%と33%、白血球減少が10%と5%、下痢が10%と1%未満、貧血が8%と5%、発熱性好中球減少が6%と2%であった。有害事象に伴う死亡が各群で3人発生したが、SGに関連する死亡はなかった。サブグループ解析では、前治療におけるPD-1またはPD-L1阻害薬使用の有無、肝転移の有無、前治療の数に関わらず、SG群で化学療法群に比べPFSが改善した。以上から、標準治療が実施された転移性 TNBCでは、骨髄抑制や下痢が高頻度であるものの、SG単剤による有意な生命予後の延長が示された。 1. Bardia A, et al. N Engl J Med. 2019;380(8):741-751.
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