最新の記事すべて

ANCA関連血管炎治療に用いるavacopan
ANCA関連血管炎治療に用いるavacopan
Avacopan for the Treatment of ANCA-Associated Vasculitis N Engl J Med. 2021 Feb 18;384(7):599-609. doi: 10.1056/NEJMoa2023386. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】C5a受容体阻害薬avacopanは、抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎の治療薬として研究中である。 【方法】この無作為化比較試験では、ANCA関連血管炎患者をavacopan 30mg 1日2回投与とprednisoneの用量漸減法による経口投与群に1対1の割合で割り付けた。全例にシクロホスファミド(その後アザチオプリン)またはリツキシマブを併用した。1つ目の主要評価項目は寛解とし、26週時のバーミンガム血管炎活動性スコア(BVAS)が0点(範囲0-63点、スコアが高いほど疾患活動性が高い)および直前4週間のグルココルチコイド不使用と定義した。2つ目の主要評価項目は寛解維持とし、26週時および52週時の寛解と定義した。両評価項目で非劣性(マージン20%ポイント)および優越性を評価した。 【結果】計331例を無作為化し、166例をavacopan群、165例をprednisone群に割り付けた。試験開始時のBVAS平均スコアは両群とも16点であった。avacopan群166例中120例(72.3%)、prednisone群164例中115例(70.1%)が26週時に寛解(1つ目の主要評価項目)を得た(推定公差3.4%ポイント、95%CI -6.0-12.8、非劣性のP<0.001、優越性のP=0.24)。avacopan群166例中109例(65.7%)、prednisone群164例中90例(54.9%)が52週時に寛解を維持していた(2つ目の主要評価項目、推定公差12.5%ポイント、95%CI 2.6-22.3、非劣性のP<0.001、優越性のP=0.007)。avacopan群の37.3%、prednisone群の39.0%に重篤な有害事象(血管炎悪化を除く)が発生した。 【結論】ANCA関連血管炎患者を対象とした本試験で、avacopanは26週時の寛解でprednisone漸減投与に対して非劣性が示されたが優越性は示されず、52週時の寛解維持では優越性が示された。全例がシクロホスファミドまたはリツキシマブを併用していた。52週以降のavacopanの安全性および臨床効果は、本試験では評価しなかった。 第一人者の医師による解説 グルココルチコイドの副作用を低減 ANCA関連血管炎の新治療法に期待 三森 経世 医療法人医仁会武田総合病院院長 MMJ. August 2021;17(4):121 ANCA関連血管炎(AAV)は小動脈が侵され抗好中球細胞質抗体(ANCA)が陽性となる自己免疫疾患で、多発血管炎性肉芽腫症(GPA)、顕微鏡的多発血管炎(MPA)および好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)が含まれ、急速に進行する糸球体腎炎、間質性肺炎、末梢神経炎などの多彩な臓器病変を呈する重篤な疾患である。従来、AAVの治療は大量グルココルチコイド(GC)とシクロホスファミドまたはリツキシマブなどの免疫抑制薬の併用が主体であった。しかし、再燃が多く、長期にわたるGCの副作用が問題となっている。 AAVの病態にはANCAと補体が関与し、ANCAが好中球表面に発現した自己抗原に結合するとともに、C5aがC5a受容体に結合して好中球のケモタキシスと活性化を引き起こすと考えられている。アバコパンは低分子経口 C5a受容体アンタゴニストであり、C5a受容体に選択的に結合して、C5aとANCAによる好中球の活性化を抑制すると考えられる。 本論文は、世界の143施設が参加し、AAVに対するアバコパンの有効性と安全性を検討した第3相試験の報告である。アバコパン 30mgの1日2回経口投与(A群)166人とプレドニゾン漸減療法(P群:1日60mgで 開始し21週までに中止)164人が二重プラセボ二重盲検試験で比較された。GPA181人とMPA149人がエントリーされ、PR3-ANCAが43%、MPO-ANCAが57%を占めたが、解析では両者は区別されていない。全例で免疫抑制薬(シクロホスファミドまたはリツキシマブ)が併用され、途中増悪時のGC救済療法は許容されている。 26週目の寛解達成率(Birmingham Vasculitis Activity Score[BVAS]=0および4週間前までのGC中止)はA群72.3%、P群70.1%であり、A群のP群に対する非劣性が証明された。52週目の寛解維持率はA群65.7%、P群54.9%で、A群の非劣性のみならず優越性も認められた。また、A群はP群より52週目までの再燃率が有意に低く、推算糸球体濾過量(eGFR)、蛋白尿、生活の質(QOL)の改善でも上回っていた。GCによる副作用の発現率は当然ながら、P群でA群よりも高かった。死亡例はA群2例、P群4例で、肝機能障害がA群で9例にみられたが、安全性に関して両群間で有意差はみられなかった。 本試験で、AAVにおいて補体阻害薬であるアバコパンのプレドニゾン漸減療法に対する非劣性と、52週での優越性が証明されたことは、将来の治療戦略に大きな変革をもたらす可能性があり、GCの使用を減らし副作用を低減できることにも大きな利点がある。長期成績と長期安全性、寛解導入後の薬剤減量・中止の可能性などが今後の課題である。
一過性脳虚血性発作後の脳卒中リスクを評価するカナダTIAスコアの前向き検証とABCD2およびABCD2iとの比較 多施設共同前向きコホート研究
一過性脳虚血性発作後の脳卒中リスクを評価するカナダTIAスコアの前向き検証とABCD2およびABCD2iとの比較 多施設共同前向きコホート研究
Prospective validation of Canadian TIA Score and comparison with ABCD2 and ABCD2i for subsequent stroke risk after transient ischaemic attack: multicentre prospective cohort study BMJ. 2021 Feb 4;372:n49. doi: 10.1136/bmj.n49. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】前回作成したカナダTIAスコアを検証し、救急科を受診した一過性脳虚血性発作患者の新たなコホートでその後の脳卒中リスクを層別化すること。 【デザイン】前向きコホート研究。 【設定】5年以上追跡したカナダの13の救急科。 【参加者】一過性脳虚血発作または軽微な脳梗塞で救急科を受診した連続成人患者7607例。 【主要評価項目】主要評価項目は、7日以内の脳梗塞または頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術の施行とした。副次評価項目は、7日以内の(頸動脈内膜剥離術および頸動脈ステント留置術の有無別の)脳梗塞とした。7日後および90日後の電話による追跡調査でQuestionnaire for Verifying Stroke Free Status(脳卒中症状の有無を検証する質問票)を用いた。初回の救急科受診を知らせずにおいた3人の脳卒中専門医が全評価項目を判定した。 【結果】7607例のうち108例(1.4%)が7日以内に脳梗塞を発症し、83例(1.1%)に7日以内に頚動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術を施行し、そのうち9例には頸動脈内膜剥離術と頸動脈ステント留置術いずれも施行した。カナダTIAスコアは7日以内の脳梗塞、頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術のリスクを低リスク(0.5%以下、区間尤度比0.20、95%CI 0.09~0.44)、中リスク(リスク2.3%、区間尤度比0.94、0.85~104)、高リスク(リスク5.9%、区間尤度比2.56、2.02~3.25)に層別化し、ABCD2(0.60、0.55~0.64)やABCD2i(0.64、0.59~0.68)よりも正確であった(AUC 0.70、95%CI 0.66~0.73)。7日以内の頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術に関係なく、その後の脳梗塞リスクの結果がほぼ同じであった。 【結論】カナダTIAスコアは、患者の7日以内の脳梗塞リスクを頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術に関係なく層別化し、今や臨床現場での使用の準備が整ったと言える。この検証した推定リスクを管理計画に組み込めば、初回救急外来受診時の入院や調査の時期、専門医への紹介の優先順位付けに関する早期意思決定が改善するであろう。 第一人者の医師による解説 項目多くやや煩雑だが 実臨床への適応はさほど困難ではない 上坂 義和 虎の門病院脳神経内科部長・脳卒中センター長 MMJ. August 2021;17(4):110 一過性脳虚血発作(TIA)は完成型脳梗塞の危険信号として重要である。内科的治療の進歩により以前は4~10%といわれていたTIA後7日以内の脳梗塞発症リスクは現在低下している(1)。TIAで救急外来を受診する患者全員に包括的な検査や入院加療を行うことは、各国の事情にもよるが医療システム上困難なこともある。ABCD2スコアはTIA患者に対する最もよく知られたトリアージツールであるが、前向き検証の結果では低リスクと高リスクの識別能が低いことが指摘されている(2)。 本論文の著者らは、9項目の臨床情報の有無(初回か否か2点、持続時間10分以上2点、頸動脈狭窄の既往2点、抗血小板薬治療3点、歩行障害1点、片側の筋力低下1点、回転性めまい-3点、拡張期血圧110 mmHg以上3点、構語障害ないし失語1点)と4項目の検査所見の有無(心電図での心房細動2点、CT上の脳梗塞[新旧問わない]1点血小板数40万 /μ L以上2点、血糖270 mg/dL以上3点)からなるCanadian TIAスコア(-3~23点)を報告した(3)。 本研究は2012年10月31日~17年5月30日にカナダの13の救急施設に来院した18歳以上 のTIAや軽症の脳梗塞患者7,607人を対象とした前向き研究である。Canadian TIAスコアとABCD2スコアおよび画像情報を加えたABCD2iスコアを算出し、TIA発症後7日以内の脳梗塞および頸動脈内膜剥離術や頸動脈ステント留置術などの血行再建を合わせたものを主要評価項目、TIA発症後7日以内の脳梗塞のみを副次評価項目に設定した。主要評価項目の発生率が1%未満の場合を低リスク、1~5%の場合を中リスク、5%超を高リスクとした。Canadian TIAスコアは低リスク(-3~3点)が全体の16.3%を占め、中リスク(4~8点)は全体の72.1%、高リスク(9点以上)は11.6%を占めた。ABCD2スコア、ABCD2iスコアではいずれも低リスクに分類された患者は皆無であり、3~7%が高リスクで大半が中リスクに分類された。 Canadian TIAスコア自体に頸動脈狭窄に関する項目が含まれており、血行再建に関する層別化能がよいのは当然と考えられるが、脳梗塞だけに限定した副次評価項目においてもCanadian TIAスコアによるリスク層別化能は優れていた。ABCD2スコアに比べ項目が多くやや煩雑ではあるが、救急診療で通常確認している項目からなっており実臨床への適応もさほど困難ではないだろう。 1. Amarenco P, et al. N Engl J Med. 2016;374(16):1533-1542. 2. Perry JJ, et al. CMAJ. 2011;183(10):1137-1145. 3. Perry JJ, et al. Stroke. 2014;45(1):92-100.
米国成人で検討した末梢神経障害と全死因および心血管死亡率 前向きコホート研究
米国成人で検討した末梢神経障害と全死因および心血管死亡率 前向きコホート研究
Peripheral Neuropathy and All-Cause and Cardiovascular Mortality in U.S. Adults : A Prospective Cohort Study Ann Intern Med. 2021 Feb;174(2):167-174. doi: 10.7326/M20-1340. Epub 2020 Dec 8. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】糖尿病がない患者でも末梢性神経障害(PN)が多く見られることを示す根拠が増えている。しかし、PNの後遺症は一般集団では定量化されていない。 【目的】米国一般成人のPNと全死因および心血管死亡率の関連を評価すること。 【デザイン】前向きコホート研究。 【設定】1999~2004年のNHANES(全国健康栄養調査)。 【参加者】PNの標準モノフィラメント検査を受けた40歳以上の成人7116例。 【評価項目】Cox回帰分析を用いて、人口統計学的因子および心血管危険因子で調整後のPNと全死因および心血管死亡率の関連を、参加者全体に加えて糖尿病の有無で層別化して評価した。 【結果】全体のPN有病率(±SE)は、13.5%±0.5%(糖尿病患者27.0%±1.4%、非糖尿病患者11.6%±0.5%)であった。追跡期間中央値13年間の間に2128例が死亡し、そのうち488例が心血管系の原因によるものであった。1000人年当たりの全死因死亡率は、糖尿病+PN患者で57.6(95%CI 48.4~68.7)、PN+糖尿病患者で34.3(同30.3~38.8)、糖尿病+非PN患者で27.1(同23.4~31.5)、非糖尿病+非PN患者で13.0(同12.1~14.0)であった。調整後モデルで、糖尿病患者で、PNに全死因死亡(ハザード比1.49、CI 1.15~1.94)および心血管死亡(同1.66、1.07~2.57)との有意な関連が認められた。非糖尿病患者では、PNに全死因死亡との有意な関連が認められたが(同1.31、1.15~1.50)、調整後のPNと心血管死亡の関連は統計学的に有意ではなかった(同1.27、0.98~1.66)。 【欠点】心血管疾患の有無が自己報告であった点、PNをモノフィラメント検査のみで定義した点。 【結論】末梢神経障害は、米国成人の間でよく見られ、糖尿病がなくても死亡との独立の関連が認められた。この結果からは、足底感覚の鈍化が、これまで認識されていなかった一般集団の死亡の危険因子であることが示唆される。 第一人者の医師による解説 末梢神経障害の有病率は高く 温痛覚試験など足病変リスク評価を積極的に 伊藤 努 慶應義塾大学医学部外科学(心臓血管)准教授 MMJ. August 2021;17(4):115 末梢神経障害(peripheral neuropathy;PN)は末梢神経に起こる疾患の総称でさまざまな原因や病態による。糖尿病性 PNは原因として最も多く、一方で糖尿病の3大合併症(神経障害、網膜症、腎症)の中でも最も早期に発症し頻度も高いとされる。最近の欧米の横断的研究によると、成人糖尿病患者のPN有病率は6~51%と報告され(1)、1、2型の病型以外にも年齢、糖尿病罹病期間、血糖コントロールの状態などが発症に影響する。日本の糖尿病患者のPN有病率は2008年のデータでは47.1%と報告された。 糖尿病性 PNは多彩で全身性、局所性とあるが、多くは全身性の遠位性対称性多発神経障害と呼ばれる感覚運動神経障害と自律神経障害である。温痛覚や自律神経は小径神経線維であり、触圧覚・運動神経である大径神経線維よりも神経線維脱落障害が優位に先行する。したがって、しびれや痛み、起立性低血圧・神経因性膀胱など自律神経障害も糖尿病初期より出現してくる。糖尿病性 PNの病期が進行すると感覚低下により外傷、炎症に気付かず足病変の発生は著明に上昇する。米国の報告では足潰瘍の推定有病率は6%、糖尿病患者の25%は生涯の中で足潰瘍を発症し、そのうち14~28%が下肢切断を要すと報告され、糖尿病患者においてPNの予防、早期診断、早期治療は重要である。 本研究では、糖尿病が原因ではないPNに着目し、1999~2004年のNational Health and Nutrition Examination Survey(NHANES)に基づき40歳以上の一般成人7,116人を対象とし、心血管死亡率との関連が評価された。PN有病率は全体で13.5%、糖尿病患者では27.0%、非糖尿病患者では11.6%であった。糖尿病(DM)の有無とPNの有無の組み合わせによる4群で全死亡率(1,000人・年)を比較すると、DM(+)/PN(+)で57.6、DM(-)/PN(+)で34.3、DM(+)/PN(-)で27.1、DM(-)/PN(-)で13.0、同様に心血管死亡率を比較するとそれぞれ、19.7、7.3、7.6、2.4であった。糖尿病患者におけるPNの存在は死亡の危険因子であることはよく知られているが、糖尿病の有無にかかわらず全死亡、心大血管死亡いずれにもPNは関連していると報告した。その理由は明確ではないが、PNは心臓自律神経障害のリスク上昇、あるいは全身性の無症候性微小血管病変の存在を反映している可能性を指摘している。 今回の検討ではPNをモノフィラメントを用いた感覚低下のみで評価していること、原因を例えば中毒性、免疫介在性、ビタミン欠乏など特定できていないこと、PN罹病期間などが明確でないなど今後も検討の余地はあるものの、非糖尿病性患者であってもPNの存在が死亡の独立した危険因子であることを示したという点で興味深い。 1. Hicks CW, et al. Curr Diab Rep. 2019;19(10):86.
韓国の思春期女子で検討したヒトパピローマウイルスワクチン接種と重篤な有害事象の関連
韓国の思春期女子で検討したヒトパピローマウイルスワクチン接種と重篤な有害事象の関連
Association between human papillomavirus vaccination and serious adverse events in South Korean adolescent girls: nationwide cohort study BMJ. 2021 Jan 29;372:m4931. doi: 10.1136/bmj.m4931. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】韓国の思春期女子のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種と重篤な有害事象の関連を明らかにすること。 【デザイン】コホート研究。 【設定】2017年1月から2019年12月までの全国予防接種登録情報システムと全国保健情報データベースをひも付けた大規模データベース。 【参加者】2017年に予防接種を受けた11~14歳の女子44万1399例。38万2020例がHPVワクチンを接種し、5万9379例がHPVワクチンを接種していなかった。 【主要評価項目】内分泌疾患、消化器疾患、心血管疾患、筋骨格系疾患、血液疾患、皮膚疾患および神経疾患など重篤な有害事象33項目を評価項目とした。主解析にコホートデザイン、2次解析に自己対照リスク期間デザインを用いた。両解析ともにHPVワクチン接種後1年間を各転帰のリスク期間とした。主解析では、ポワソン回帰分析を用いてHPVワクチン接種群とHPV未接種群を比較した発生率および調整率比を推定し、2次解析では条件付きロジスティック回帰分析を用いて調整相対リスクを推定した。 【結果】事前に規定した33項目の有害事象は、コホート解析では、橋本甲状腺炎(10万人年当たりの発生率:ワクチン接種群52.7 vs. 36.3、調整率比1.24、95%CI 0.78~1.94)、関節リウマチ(同168.1 vs. 145.4、0.99、0.79~1.25)などにはHPVとの関連は認められなかったが、例外として片頭痛リスクの上昇が認められた(10万人年当たりの発生率:ワクチン接種群1235.0 vs ワクチン未接種群920.9、調整率比1.11、95%CI 1.02~1.22)。自己対照リスク期間を用いた2次解析から、HPVワクチン接種に片頭痛(調整率比0.67、95%CI 0.58~0.78)も含めた重篤な有害事象との関連がないことが示された。追跡調査期間にばらつきがあったり、ワクチンの種類が異なったりしても、結果に頑健性があった。 【結論】HPVワクチン接種50万回以上の全国規模のコホート研究では、コホート研究および自己対照リスク期間解析いずれを用いても、HPVワクチン接種と重篤な有害事象の間の関連性を裏付ける科学的根拠が認められなかった。病態生理学および対象母集団を考慮に入れ、片頭痛に関する一貫性のない結果を慎重に解釈すべきである。 第一人者の医師による解説 思春期女子へのHPVワクチン接種と 重篤な有害事象の関連を示すエビデンスはない 中野 貴司 川崎医科大学小児科学教授 MMJ. August 2021;17(4):124 著者らは、韓国の大規模データベースを用いて11~14歳の思春期女子におけるヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種と重篤な有害事象との関連を評価した。重篤な有害事象として以下の33種類の疾病・病態を選択した:(1)内分泌疾患(グレーブス病、橋本甲状腺炎、甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症、1型糖尿病)、(2)消化器疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎、消化性潰瘍、膵炎)、(3)心血管疾患(レイノー病、静脈血栓塞栓症、血管炎、低血圧)、(4)筋骨格疾患と全身性疾患(強直性脊椎炎、ベーチェット症候群、若年性特発性関節炎、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス)、(5)血液疾患(血小板減少性紫斑病、IgA血管炎)、(6)皮膚疾患(結節性紅斑、乾癬)、(7)神経疾患(ベル麻痺、てんかん、ナルコレプシー、麻痺、片頭痛、ギラン・バレー症候群、視神経炎、神経痛と神経炎、脳内出血、錐体外路・運動障害)、(8)結核。接種ワクチンの種類は、接種者382,020人中、4価ワクチン295,365人、2価ワクチン86,655人であった。HPVワクチン非接種群59,379人は日本脳炎ワクチンまたはTdapワクチンの接種を受けた。平均観察期間は、HPVワクチン接種群とHPVワクチン非接種群でそれぞれ407,400人・年と60,500人・年であった。 1次解析ではコホート解析、2次解析では自己対照リスク間隔解析を用いた。両解析とも接種後1年のリスク期間を設定し、HPVワクチン接種群と非接種群について、1次解析では有害事象ごとに発生率と調整比率をポアソン回帰を用いて推定した。2次解析では条件付きロジスティック回帰分析を用いて、調整相対リスクを推定した。 33種類の重篤な有害事象について、1次解析の結果では片頭痛を除いてHPVワクチンとの関連を認めなかった。片頭痛についてはHPVワクチン接種群で有意なリスク上昇が観察されたが、95%信頼区間(CI)は1に近かった(1.11/100,000人・年;95% CI, 1.02 ~ 1.22)。2次解析の結果は、片頭痛(調整相対リスク, 0.67;95%CI, 0.58~0.78)を含めて、すべての有害事象についてHPVワクチン接種群における有意なリスク上昇は観察されなかった。感度解析やサブグループ解析の結果もおおむね合致していた。 以上より、HPVワクチン接種と重篤な有害事象の関連を示すエビデンスはないと考えられた。ただし片頭痛については一部の解析でリスク上昇が認められ、その病態生理と関心のある集団を考慮して、注意して解釈する必要がある。
PD-L1発現率50%以上の進行非小細胞肺がんの1次治療に用いるcemiplimab単独療法 国際共同多施設非盲検第III相無作為化比較試験
PD-L1発現率50%以上の進行非小細胞肺がんの1次治療に用いるcemiplimab単独療法 国際共同多施設非盲検第III相無作為化比較試験
Cemiplimab monotherapy for first-line treatment of advanced non-small-cell lung cancer with PD-L1 of at least 50%: a multicentre, open-label, global, phase 3, randomised, controlled trial Lancet. 2021 Feb 13;397(10274):592-604. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00228-2. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】プログラム細胞死リガンド1(PD-L1)が50%以上発現している進行非小細胞肺がんの1次治療に用いるPD-L1阻害薬cemiplimabを検討することを目的とした。 【方法】国際共同多施設非盲検第III相試験、EMPOWER-Lung 1では、24カ国138試験で組み入れた適格患者(18歳以上で組織学的および細胞学的に確認した進行非小細胞肺がんがあり、ECOG全身状態0~1点、喫煙未経験者を適格とした)をcemiplimab 3週に1回350mg投与と白金製剤含む2剤併用化学療法に1対1の割合で無作為化した。病勢進行後に化学療法からcemiplimabへと交差(クロスオーバー)してもよいこととした。主要評価項目は、治療の割付を伏せられた独立審査委員会が評価する全生存期間および無増悪生存期間とした。intention-to-treat集団および使用説明書に従った22C3アッセイでPD-L1が50%以上発現した患者から成る事前に規定したPD-L1発現率50%以上の集団(FDAが試験依頼者に要請)を対象に、主要評価項目を評価した。割り付けた治療を1回以上実施した患者全例で有害事象を評価した。この試験は、ClinicalTrials.govに登録されており(NCT03088540)、進行中である。 【結果】2017年6月27日から2020年2月27日の間に、710例を無作為化した(intention-to-treat集団)。563例から成るPD-L1発現率50%以上の集団では、全生存期間中央値がcemiplimab群(283例)で未到達(95%CI 17.9~評価不能)、化学療法群(280例)で14.2カ月(11.2~17.5)であった(ハザード比[HR]0.57[0.42-0.77]、P=0.0002)。無増悪生存期間中央値はcemiplimab群8.2カ月(6.1~8.8)、化学療法群5.7カ月(4.5~6.2)であった(HR 0.54[0.43~0.68]、P<0.0001)。intention-to-treat集団でも、クロスオーバー率が高かった(74%)にも関わらず、cemiplimabで全生存期間および無増悪生存期間の有意な改善が認められた。cemiplimabで治療した355例中98例(28%)および化学療法で治療した342例中135例(39%)にグレード3~4の治療下発生有害事象が発生した。 【解釈】PD-L1発現率50%以上の進行非小細胞肺がんで検討した結果、化学療法と比べるとcemiplimab単独療法で全生存期間および無増悪生存期間が有意に改善した。この結果から、この患者集団に用いる新たな治療選択肢の可能性が示された。 第一人者の医師による解説 PD-L1 50%以上ではペムブロリズマブ、アテゾリズマブに続く選択肢 鹿毛 秀宣 東京大学大学院医学系研究科 次世代プリシジョンメディシン開発講座 特任准教授 MMJ. August 2021;17(4):112 免疫チェックポイント阻害薬は非小細胞肺がんの治療薬として重要な位置を占める。現在日本では抗 PD-1抗体であるニボルマブとペムブロリズマブ、抗 PD-L1抗体であるアテゾリズマブとデュルバルマブ、抗 CTLA-4抗体であるイピリムマブの5種類の免疫チェックポイント阻害薬が承認されている。そのうちペムブロリズマブとアテゾリズマブはPD-L1の免疫染色で高発現を示す非小細胞肺がんにおいて単剤で良好な成績を示している(1),(2)。 本研究は、根治治療の対象とならない局所進行あるいは転移を伴う非小細胞肺がん患者に、新たな抗 PD-1抗体であるセミプリマブを1次治療として単剤投与し、標準的な細胞障害性抗がん剤と比較した第3相試験である。ペムブロリズマブと同じ22C3アッセイにてPD-L1 50%以上の高発現を認めた非小細胞肺がん患者を対象とし、EGFR、ALK、ROS1遺伝子異常を認める患者および非喫煙者は除外された。喫煙者は非喫煙者よりも免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいことはよく知られているが、治験から非喫煙者を除外する基準は新しい。 本試験でセミプリマブは主要評価項目である全生存期間(OS)、無増悪生存期間(PFS)ともに細胞障害性抗がん剤と比較して有意に延長した。奏効率は39%であり、健康関連 QOLの改善もみられた。PD-L1の発現率を50%以上~60%以下、60%超~90%未満、90%以上に分けたところ、PD-L1の発現が高い方がOS、PFS、奏効率すべてにおいて優れた結果であった。免疫関連有害事象は17%と過去の報告よりも少なく、治療関連死は3%と過去の報告と同等であった。 この結果をもって2021年2月に米食品医薬品局(FDA)はPD-L1 50%以上でEGFR・ALK・ROS1陰性の非小細胞肺がん患者を対象としてセミプリマブを承認した。日本における承認は未定であるが、ペムブロリズマブ、アテゾリズマブとの使い分けは難しい。PD-L1 50%以上で効果が高いのは新規性に乏しいものの、PD-L1発現と免疫チェックポイント阻害薬の効果の関係はアッセイや薬剤により多少の差異があるため、22C3アッセイでPD-L1の発現を評価し、高発現群に抗 PD-1抗体を使用すれば効果が高いことが再現されたことは意義がある。また、PD-L1 90%以上の群で有効性がさらに高いことが第3相試験の試験開始前から規定されていたサブグループ解析で示されたのは初めてであり、同じPD-L1 50%以上でも50%に近い群にはKEYNOTE-189試験(3)に準じてペムブロリズマブ+細胞障害性抗がん剤、100%に近い群にはセミプリマブを投与するという選択肢になるかもしれない。 1. Reck M, et al. New Engl J Med. 2016;375(19):1823-1833. 2. Herbst RS, et al. New Engl J Med. 2020;383(14):1328-1339. 3. Gandhi L, et al. N Engl J Med. 2018;378(22):2078-2092.
心房細動の初期治療に用いる冷凍アブレーションと薬物療法
心房細動の初期治療に用いる冷凍アブレーションと薬物療法
Cryoablation or Drug Therapy for Initial Treatment of Atrial Fibrillation N Engl J Med. 2021 Jan 28;384(4):305-315. doi: 10.1056/NEJMoa2029980. Epub 2020 Nov 16. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】ガイドラインでは、心房細動患者にカテーテルアブレーションを検討する前に1種類以上の抗不整脈薬を試すことが推奨されている。しかし、1次治療にアブレーションを用いた方が洞調律の維持に有効であると思われる。 【方法】未治療の症候性発作性心房細動患者303例を、冷凍バルーンを用いたカテーテルアブレーション実施群と、初期の洞調律回復を目的とした抗不整脈薬投与群に無作為化した。心房頻脈性不整脈を検出するため、全例に植込み型心臓モニタリング機器を留置した。追跡調査期間は12カ月であった。主要評価項目は、カテーテルアブレーション実施後または抗不整脈薬投与開始91~365日後のあらゆる心房頻脈性不整脈(心房細動、心房粗動または心房頻拍)再発の初回記録とした。副次評価項目は、症候性不整脈がないこと、心房細動の負荷、QOLとした。 【結果】1年時、アブレーション群154例中66例(42.9%)、抗不整脈薬群149例中101例(67.8%)に心房頻脈性不整脈の再発が認められた(ハザード比0.48、95%CI 0.35~0.66、P<0.001)。アブレーション群の11.0%、抗不整脈薬群の26.2%に症候性の心房頻脈性不整脈の再発が認められた(ハザード比0.39、95%CI 0.22~0.68)。心房細動が発生していた時間の割合の中央値は、アブレーション群0%(四分位範囲0~0.08)、抗不整脈薬群0.13%(四分位範囲0~1.60)であった。アブレーション群の5例(3.2%)と抗不整脈薬群の6例(4.0%)に重篤な有害事象が発生した。 【結論】症候性発作性心房細動の初期治療を受けた患者を継続的な心調律モニタリングで評価した結果、カテーテルによる冷凍バルーンアブレーションの心房細動再発率が抗不整脈薬による薬物療法よりも有意に低かった。 第一人者の医師による解説 第1選択とするには安全性が非常に重要 侵襲的な手技のリスクは常に念頭に置く必要あり 五十嵐 都 筑波大学医学医療系循環器先進治療研究部門准教授/家田 真樹 筑波大学医学医療系循環器内科教授 MMJ. August 2021;17(4):114 発作性心房細動の初回治療として、ガイドラインでは抗不整脈薬をまず投与し無効な場合にカテーテルアブレーションを行うべきと記載されている(1)。しかしながら、薬物療法の心房細動抑制効果は十分とはいえず、副作用も懸念される。一方、カテーテルアブレーションを薬物療法の無効例に対して行った場合、洞調律維持に有効であったとの報告がある(2)。 今回報告されたEARLY-AF試験では、未治療の発作性心房細動患者を対象に初回治療として冷凍焼灼術(クライオバルーンアブレーション)による心房不整脈の再発抑制効果を抗不整脈薬と比較した。全患者に植込み型心電図記録計(ICM)を植え込み、不整脈を正確に検出できるようにした。その結果、1年の時点で主要評価項目である心房不整脈の再発率はアブレーション群の方が有意に低かった。副次評価項目である心房細動発症の累積時間率(burden)もアブレーション群の方が低かった。有害事象に関して両群間に有意差はなかった(アブレーション群5人:横隔神経麻痺3人、徐脈2人、抗不整脈薬群6人:wide QRS頻拍2人、失神1人、心不全1人、徐脈2人)。 先行研究では、薬物療法でコントロールが不良であった患者への後治療としてアブレーションを行っており、アブレーションの有効性が過大評価されていた可能性がある。本研究の特徴は初回治療としてアブレーションと薬物療法を比較している点と、ICMにより長期間の正確なモニターを行った点である。 最近の研究ではリズムコントロールを早期に行うことは、脳卒中を含む心血管イベントを抑制すると報告されている(3)。また心房細動は進行性の疾患であるため、早期にアブレーションを行うことで心房の線維化など組織的な変化を抑制し長期的な予後を改善させるかもしれない。しかしながら、アブレーションを第1選択とするには安全性が非常に重要な点である。本研究では有害事象発生率は2群間で差がなくアブレーションに関連した死亡、血栓塞栓イベントはなかったが、侵襲的な手技のリスクは常に念頭に置く必要がある。また、心房細動の累積時間率に関して2群間の差はそれほど大きくなくアブレーションを強く勧める根拠にはならないかもしれない。本研究は追跡期間が短いため、アブレーションの長期的な効果を含め、今後のさらなる検討が期待される。 1. Hindricks G, Eur Heart J. 2021;42(5):373-498. 2. Wilber DJ, et al. JAMA. 2010;303(4):333-340. 3. Kirchhof P, et al. N Engl J Med. 2020;383(14):1305-1316.
一過性脳虚血発作の発症と長期的な脳卒中リスクとの関連
一過性脳虚血発作の発症と長期的な脳卒中リスクとの関連
Incidence of Transient Ischemic Attack and Association With Long-term Risk of Stroke JAMA. 2021 Jan 26;325(4):373-381. doi: 10.1001/jama.2020.25071. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【重要性】一過性脳虚血発作(TIA)とその後の脳卒中リスクの関連を正確に推定することによって、TIAを発症した患者の予防策を向上させ、脳卒中の負担を抑制させることができる。 【目的】集団のTIA発症率、TIA後の脳卒中リスクの時期と長期的傾向を明らかにすること。 【デザイン、設定、参加者】ベースラインでTIA、脳卒中の既往のない参加者1万4059例から後ろ向きに収集したデータの後ろ向きコホート研究(Framingham Heart Study)。1948年から2017年12月31日まで追跡した。TIA未発症例の標本とTIA初発例を年齢と性別で(5対1の比率で)マッチさせた。 【曝露】時間(TIA発症率の算出、時間傾向分析)、TIA(マッチさせた縦断コホート)。 【主要評価項目】主要評価項目は、TIA発症率、短期(7日、30日、90日)と長期(1~10年)で比較したTIA後の脳卒中発症率、マッチさせたTIA未発症対照例と比較したTIA後の脳卒中、3分類の期間(1954~1985年、1986~1999年、2000~2017年)別に評価したTIA後90日時脳卒中リスクの経時的な傾向。 【結果】追跡調査期間66年の参加者1万4059例(36万6209人・年)のうち435例がTIAを発症し(女性;229例、平均年齢73.47[SD 11.48]歳、男性;206例、平均年齢70.10[SD 10.64]歳)、TIA未発症の対照例2175例とマッチさせた。TIAの推定発症率は1000人・年当たり1.19であった。TIA後の追跡調査期間中央値8.86年の間に、130例(29.5%)が脳卒中を発症した。そのうち28例(21.5%)が初回TIA発症後7日以内、40例(30.8%)が30日以内、51例(39.2%)が90日以内、63例(48.5%)が1年以上経過後に脳卒中を発症した。脳卒中発症までの期間中央値は1.64年(四分位範囲0.07~6.6年)であった。年齢と性別で調整した脳卒中発症の10年累積ハザードは、TIA発症例(435例中130例が脳卒中発症)が0.46(95%CI 0.39-0.55)、マッチさせた対照のTIA未発症例(2175例中165例が脳卒中発症)が0.09(95%CI 0.08-0.11)であり、完全調整後ハザード比(HR)は4.37(95%CI 3.30-5.71、P<0.001)であった。1948~1985年(16.7%、TIA発症155例中26例が脳卒中発症)と比較したTIA後90日脳卒中リスクは、1986~1999年では11.1%(162例中18例が脳卒中発症)、2000~2017年では5.9%(118例中7例が脳卒中発症)であった。第1期(1948~1985年)と比較すると、90日間脳卒中リスクのHRは、第2期(1986~1999年)で0.60(95%CI 0.33-1.12)、第3期(2000~2017年)で0.32(95%CI 0.14-0.75)であった(傾向のP=0.005)。 【結論および意義】今回の1948~2017年を対象とした集団コホート研究で、推定粗TIA発症率は1.19/1000人・年であり、脳卒中リスクは、TIA発症後の方がマッチさせたTIA未発症の対照よりも有意に高かった。TIA発症後の脳卒中リスクは、最も近い2000~2017年の方がそれ以前の1948~1985年よりも有意に低かった。 第一人者の医師による解説 TIAは脳卒中の強い危険因子 長期間にわたる血管リスク管理を徹底すべき 犬塚 諒子/藥師寺 祐介(主任教授) 関西医科大学神経内科学講座 MMJ. August 2021;17(4):109 一過性脳虚血発作(TIA)は切迫(脳)卒中の主要な先駆症状である。近年の2次予防的介入の進歩は、TIA発症後の短期的のみならず、長期的な脳卒中発症リスクの低下をもたらしていると思われるが、既報はない。そのことを明らかにするために、本研究ではFramingham Heart Study(FHS)のデータを用い、後ろ向き検証がなされた。対象として、1948年から2017年までのFHS参加者のうち、登録時にTIAや脳卒中の既往のない14,059人が抽出された(発症率コホート)。その中で、TIAを発症した症例(TIA群)と、それらに年齢・性別をマッチさせた対照(非 TIA群)を、1:5の比で抽出した縦断的解析用の集団も用意された(調整済み縦断的コホート:それぞれn=435、n=2,175)。これら2種のコホートを用いて、① TIA発症率② TIA後の脳卒中発症率(時代的変遷も含む)が検証された。 TIAの推定発症率は1.19/1000人・年であった。また、TIA後の脳卒中発症率は中央値8.9年の追跡期間中で29.5%であり、発症までの期間中央値は1.64年であった。TIA群の脳卒中発症リスクは、非 TIA群に比べ4.4倍と有意に高かった。TIA後90日間での脳卒中発症率の時代別変遷は、1948~85年で16.7%、1986~99年で11.1%、2000~17年で5.9%であり、1948~85年と比較し、2000年以降で有意に低かった。 本研究で示された時代ごとのTIA後の脳卒中発症率の低下は、薬物療法や外科的介入(頸動脈内膜剥離術、頸動脈ステント留置術)などのエビデンス構築、および普及を反映しているものであろう。しかし、TIA後の脳卒中発症率は非 TIA群の約4倍といまだ高い結果は見逃せない。さらに、TIA後の脳卒中発症率に関しては、従来、比較的短期的なイベントとして警鐘を鳴らされてきた感が強いが、本研究結果をみると、脳卒中の発症は短期間内にプラトーに達するわけではなく、追跡期間全体にわたって増加し、かつ半数(49%)は初回 TIAから1年後以降に発症することが示されたことは特筆すべきであろう。本研究は、後ろ向き研究であることなどから、結果解釈に制限はあるものの、TIAに限った均一な集団での、これまでにない長期間の追跡研究結果としての価値がある。事実、近年における5年を超える追跡期間を有した代表的研究であるTIAregistry.org projectはTIAに加え、軽症虚血性脳卒中も含んでいた側面を持つ(1)。本研究は、TIAは完成型脳卒中の強い危険因子であり、長期間にわたる血管リスク管理を徹底すべき疾患であることを示唆している。すなわち、TIA患者を診た場合は、「脳卒中になる一歩手前の崖っぷちにいる患者」と認識し、長期間にわたる生活習慣改善や内服調整を要することを説明しなければならない。 1. Amarenco P, et al. N Engl J Med. 2018;378(23):2182-2190.
持続する咽喉頭異常感の治療に対するプロトンポンプ阻害薬の使用 多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照試験
持続する咽喉頭異常感の治療に対するプロトンポンプ阻害薬の使用 多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照試験
Use of proton pump inhibitors to treat persistent throat symptoms: multicentre, double blind, randomised, placebo controlled trial BMJ. 2021 Jan 7;372:m4903. doi: 10.1136/bmj.m4903. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【目的】持続する咽喉頭異常感の治療に対するプロトンポンプ阻害薬(PPI)使用を評価すること。 【デザイン】実用的二重盲検プラセボ対照無作為化試験。 【設定】英国の耳鼻咽喉科外来クリニック8施設。 【参加者】持続する咽喉頭異常感がある18歳以上の患者346例。登録施設とベースラインの症状重症度(軽度または重度)によって、172例をランソプラゾール、174例をプラセボに割り付けた。 【介入】ランソプラゾール30mg 1日2回投与とマッチさせたプラセボ1日2回投与に二重盲検下で(1対1の割合で)割り付け、16週間投与。 【主要評価項目】16週時の症状に対する効果を主要評価項目とし、逆流症状指数(reflux symptom index:RSI)総スコアで測定することとした。12カ月時の症状に対する効果、生活の質および喉の外観を副次評価項目とした。 【結果】初めに適格基準を検討した患者1427例のうち346例を組み入れた。被験者の平均年齢は52.2(SD 13.7)歳、196例(57%)が女性であり、受診時、162例(74%)に重度の症状があった。この患者背景は両治療群で均衡がとれていた。主要解析は、14-20週間の期間内に主要評価項目の評価が完了した220例を対象とした。ベースラインの両治療群の平均RSIスコアがほぼ同じであり、ランソプラゾール群22.0点(95%CI 20.4~23.6)、プラセボ群21.7点(同20.5~23.0)であった。16週時、両群のスコアに改善(RSIスコアの低下)が見られ、ランソプラゾール群17.4点(95%CI 15.5~19.4)、プラセボ群15.6点(同13.8~17.3)であった。治療群間に統計的に有意な差は認められず、施設およびベースラインの症状重症度で調整した推定差が1.9点であった(同-0.3~4.2点、P=0.96)。いずれの副次評価項目でもランソプラゾールにプラセボを上回る便益は見られず、12カ月時のRSIスコアはランソプラゾール群16.0点(同13.6~18.4)、プラセボ群13.6点(同11.7~15.5)、推定差が2.4点(-0.6~5.4点)であった。 【結論】持続する咽喉頭異常感に対するPPIを用いた治療の便益に根拠は認められなかった。16週間の治療後および12カ月時の経過観察時のRSIスコアがランソプラゾール群とプラセボ群でほぼ同じであった。 第一人者の医師による解説 咽喉頭異常感の原因はさまざまであるため PPIの効果は限られる 川見 典之(講師)/岩切 勝彦(主任教授) 日本医科大学消化器内科学 MMJ. August 2021;17(4):113 咽喉頭異常感は耳鼻科や消化器内科、またプライマリケアでもしばしば遭遇する患者の訴えの1つである。咽喉頭異常感の原因はさまざまであり、喉頭内視鏡検査や上部消化管内視鏡検査で器質的な異常所見を認めない場合、咽喉頭逆流(LPR)を含めた胃食道逆流症(GERD)、喉頭アレルギー、甲状腺疾患、globusと呼ばれる咽喉頭の異常感などが鑑別として挙げられる(1)。この中で最も多い原因がGERDとの報告もあり、治療としてプロトンポンプ阻害薬(PPI)を使用することが多いが症状が改善する患者は一部で、咽喉頭異常感に対するPPIの効果に関して一定の見解は得られていない。 本論文は持続する咽喉頭症状(嗄声、咽頭痛、globus、後鼻漏、咳、閉塞感など)に対するPPIの症状改善効果を評価するために、英国8施設の耳鼻咽喉科外来で実施されたランダム化試験の報告である。持続する咽喉頭症状を有し、喉頭内視鏡検査にて声帯ポリープや腫瘍などを認めなかった患者346人に対しランソプラゾール 30mgまたはプラセボを1日2回16週間投与し症状を評価した。主要評価項目はreflux symptom index(RSI)質問票で測定した16週時点の総 RSIスコアのベースラインからの変化量とした。副次評価項目は12カ月時点の症状、生活の質(QOL)、咽喉頭所見とした。その結果、6週時点のRSIスコアはランソプラゾール群とプラセボ群ともにベースラインより低下したが、両群間に有意差はなかった。12カ月時点のRSIスコアに関しても、両群間で有意差はなかった。結論として、今回の試験では持続する咽喉頭症状に対するPPIの症状改善効果を示すことはできなかった。 日本の「胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021改訂第3版」では、胃食道逆流は咽喉頭炎、咽喉頭症状、咳嗽の原因となることがあるが、PPIや外科的逆流防止手術の効果は確定していないと記載されている。また、機能性消化管障害の国際分類であるRome IVの中で、機能性食道疾患の1つとしてglobusが挙げられており、薬物療法の有用性は低いと記載されている(2)。咽喉頭異常感を有する患者の中でPPIの効果が期待できるのは酸逆流が原因の場合であり、近年多チャンネルインピーダンス pH(MII-pH)検査を用いたLPRの評価が報告されているが、十分な検討は行われていない。今後は咽喉頭異常感の病態を明らかにするとともに、病態に則した治療法が求められる。 1. 折舘伸彦 他 . 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 . 2020;92 (5) :213-217. 2. Aziz Q et al. Gastroenterology. 2016;150 (6):1368-1379.
中等症ないし重症の尋常性乾癬に用いるbimekizumabとウステキヌマブの比較(BE VIVID) 52週間の多施設共同二重盲検実薬対照プラセボ対照第3相試験
中等症ないし重症の尋常性乾癬に用いるbimekizumabとウステキヌマブの比較(BE VIVID) 52週間の多施設共同二重盲検実薬対照プラセボ対照第3相試験
Bimekizumab versus ustekinumab for the treatment of moderate to severe plaque psoriasis (BE VIVID): efficacy and safety from a 52-week, multicentre, double-blind, active comparator and placebo controlled phase 3 trial Lancet. 2021 Feb 6;397(10273):487-498. doi: 10.1016/S0140-6736(21)00125-2. 原文をBibgraph(ビブグラフ)で読む 上記論文の日本語要約 【背景】乾癬の治療に、確実な即効性があり皮膚病変が完全に消失する結果をもたらすというアンメットニーズがある。bimekizumabは、IL-17Aに加えてIL-17Fを選択的に阻害するモノクローナルIgG1抗体である。中等症ないし重症の尋常性乾癬を対象に、bimekizumabの有効性および安全性を52週間にわたってプラセボおよびウステキヌマブと比較することを目的とした。 【方法】BE VIVIDは、アジア、オーストラリア、欧州および北米の11カ国で実施した多施設共同二重盲検実薬対照プラセボ対照第3相試験であった。18歳以上の中等症ないし重症の尋常性乾癬患者(乾癬の面積・重症度指数[PASI]スコア12点以下、体表面積に占める病変部位の割合10%以上および5点尺度の医師による全般的評価[IGA]スコア3点以上)を組み入れた。無作為化は、地理的地域、生物学的製剤投与歴で層別化し、患者、治験担当医師および資金提供者に治療の割り付けを伏せた。自動応答技術を用いて、患者をbimekizumab 320mgを4週に1回投与するグループ、ustekinumab 45mgまたは90mg(試験開始時の体重により決定)を0週時と4週時、その後12週に1回投与するグループ、プラセボを投与するグループに(4対2対1の割合で)割り付けた。16週時、プラセボを投与していた患者をbimekizumab 320mg 4週に1回投与に切り替えた。全試験薬を2回の皮下注射で投与した。主要評価項目は、16週時のPASIの90%改善(PASI 90)率およびIGAスコアで消失またはほぼ消失(スコア0または1点)が示されたIGA奏効率とした(データに欠損がある患者は非奏効例とした[non-responder imputation])。intention-to-treat集団を有効性解析の対象とし、試験薬を1回以上投与した患者を安全性解析の対象とした。この試験は、ClinicalTrials.govにNCT03370133で登録されている(終了)。 【結果】2017年12月6日から2019年12月13日の間に735例をふるいにかけ、567例を組み入れ、無作為に割り付けた(bimekizumab 320mg 4週に1回群321例、ustekinumab 45mgまたは90mg 12週に1回群163例、プラセボ群83例)。16週時、bimekizumab群321例中273例(85%)がPASI 90を達成したのに対して、ウステキヌマブ群は163例中81例(50%、リスク差35[95%CI 27~43]、P<0.0001)、プラセボ群は83例中4例(5%、同80[74~86]、P<0.0001)であった。16週時、bimekizumab群の270例(84%)がIGA奏効を達成したのに対して、ウステキヌマブ群は87例(53%、リスク差30[95%CI 22~39]、P<0.0001)、プラセボ群は4例(5%、同79[73~85]、P<0.0001)であった。52週間でbimekizumab群395例中24例(6%、16週時にプラセボから切り替えた患者を含む)、ウステキヌマブ群163例中13例(8%)から、治療下で発現した重篤な有害事象が報告された。 【解釈】中等症ないし重症の尋常性乾癬に用いるbimekizumabは、ウステキヌマブやプラセボより有効性が高い。bimekizumabの安全性に関するデータは、前回の試験で見られたものと同じであった。 第一人者の医師による解説 新たな作用機序を持つビメキズマブ 関節症状にも高い治療効果を期待 神谷 浩二(准教授)/大槻 マミ太郎(教授〈副学長〉) 自治医科大学医学部皮膚科学講座 MMJ. August 2021;17(4):126 日本での乾癬に対する生物学的製剤は、2010年に腫瘍壊死因子(TNF)阻害薬のインフリキシマブ、アダリムマブが承認され、11年にインターロイキン(IL)-12/23阻害薬のウステキヌマブが承認された。その後、IL-23阻害薬、IL-17阻害薬が開発、承認され、21年4月時点で10種類の治療選択肢がある。 ビメキズマブは、IL-17AとIL-17Fを選択的に阻害するヒト化モノクローナル IgG1抗体で、2021年2月26日に既存治療で効果不十分な尋常性乾癬、膿疱性乾癬、乾癬性紅皮症の効能または効果に係る製造販売承認申請が行われた。 本論文は、中等症~重症の18歳以上の乾癬患者におけるビメキズマブの有効性および安全性の評価を目的とし、ウステキヌマブ、プラセボを対照とした52週間の無作為化二重盲検試験(BEVIVID試験)の結果に関する報告である。主要評価項目は、16週時点での乾癬の皮疹面積・重症度指標(PASI)の90%以上の改善(PASI 90)の割合、医師による全般的評価(Investigators’ Global Assessment;IGA)で皮膚病変消失またはほぼ消失(IGA 0/1)の割合で、ビメキズマブはウステキヌマブよりも有意に優れた結果であった。また、臨床効果は52週時点まで維持され、安全性も確認された。速効性に関しては、4週時点でのPASI 75で評価され、ビメキズマブはウステキヌマブよりも有意に優れていた。乾癬に対するビメキズマブの有効性と安全性は、その他の第3相試験でも確認されている(1)。 乾癬に対するIL-17阻害薬では、IL-17Aを阻害するセクキヌマブ、イキセキズマブ、IL-17受容体Aを阻害するブロダルマブがすでに承認されているが、ビメキズマブはこれまでの薬剤とは異なった作用機序を有する薬剤であり、新たなIL-17阻害薬の治療選択肢として期待される。また、IL-17阻害薬は乾癬の皮膚症状だけでなく、関節症状に対しても高い治療効果が期待できる。今後は乾癬の関節症状に対するビメキズマブの有効性と安全性に関する試験結果が待たれる。 1. Gordon KB, et al. Lancet. 2021; 397(10273):475-486.
#10 貧しさの風景
#10 貧しさの風景
発展途上国、日本のへき地離島、大規模災害の被災地……。世の中には「医療の届かないところ」があります。NPOジャパンハートはそんなところに、無償で医療支援を行っています。ボランティアとして参加した医療従事者が、現地での活動内容などを報告します。 長期ボランティア医師(活動地:ミャンマー) 「木村さん、暗いところにおると、明るいところはよう見えるやろ。でもな。明るいところにおったら、暗いところは全然見えへん。 明るいところにおって、暗いところを見よう思うたら『見よう』と思わな、見えへんのや」 『「みんなの学校」が教えてくれたこと』 木村泰子 バブル崩壊後、日本はどんどん貧しくなり、その斜陽化には止まる気配がない。 一方、ミャンマーはどうだろうか? ILO(国際労働機関)の統計調査によれば、2018年のミャンマー人の平均月収は203,091 MMK(15,492 円)であった。同年の日本の平均月収306,200 円と比較すれば、ミャンマー人の月収は日本のおよそ1/20である。 https://ilostat.ilo.org/data/country-profiles/ そんな貧しい国で、最近出会ったふたりの貧しい患者の話をします。 Episode1 先日、Mogokというマンダレーから200km離れた町にドクターカーで診療に行きました。合計3日間で300名程度の外来患者が受診されましたが、中年の彼がやってきたのは2日目でした。 診察のカーテンを除けて入ってきた姿を見た瞬間に、Acromegaly!、と分かるほど典型的な下顎骨や眉弓部・四肢末端の肥大を認めました。問診では両耳側半盲も出てきているとのことでした。彼はすでに2017年にマンダレーの病院にかかっており、Acromegaly(先端巨大症)が疑われるので、その多くの原因である下垂体腺腫を検索するための頭部MRIを含む各種検査を受けるように勧められていました。 しかし、彼はそれ以来病院に行っていません。その理由は、検査や治療で200,000 MMK(15,000 円ぐらい)がかかるため、これ以上は自分には支払えない。膝が悪く仕事はできず、息子たちから毎月20,000〜30,000 MMK(1500〜2250円ぐらい)の仕送りで生活しているとのことでした。 もし、彼が日本に生まれていたら、、、 国民皆保険制度を利用して、頭部MRIをとって、Hardy手術して、まだまだ生きられるはずなのに・・・。(先端巨大症の放置例や経過観察例では予後は悪く、最大で89%の患者は60 歳までに死亡する。) 今度、彼はワチェ慈善病院で手術をします。といっても、腹部と大腿部にある大きな脂肪腫の手術です。そもそもこれらを取ってほしい、という主訴でMogokの外来にも来たのです。 自分はよく知っています。 ふたつの脂肪腫の手術をしても、彼の生命予後は伸びないことを。 彼が長生きするために必要なのは、頭部MRIと(おそらくは)下垂体腺腫摘出術であることを。 でも、一通りの問診と診察を終えて、脂肪腫の手術をワチェでします、と伝えると、彼は不揃いな歯をにっとして僅かに笑いました。 その瞬間、あーーーっ、と心の中で思いましたが、あーーーっ、の後にどういう言葉が続くのかはよくわかりませんでした。 Episode2 3日前、ミャンマー人研修医からの外来コンサルト。20歳代女性、2年前からの毎食後に繰り返す、1時間持続する右上腹部痛。嘔吐を伴うこともある。ここ数ヶ月の間に腹痛は増悪し、その頻度も増えてきたためワチェの外来を受診。 研修医の病歴を聞いた時点で、おそらくはGallbladder Attack(胆石発作)だと思うよ、と説明しながら、Murphy徴候が陽性であることを確かめて、腹部エコーで胆のう内にsludge(胆泥)が大量にたまっているのを見せました。 発熱や胆のう壁肥厚はないから、細菌感染による胆のう炎は来していないと思う、この人に必要なのは腹腔鏡による胆のう摘出術だよ、と説明しました。 そう説明しながら、患者が持参した過去のカルテを見ていると、どうやらそういう診断や治療の問題ではないということが分かってきました。患者はすでにマンダレーで腹部エコーをされ、胆泥による胆石発作と診断を受けていました。 通訳してもらって彼女から事情を伺うと、マンダレーで手術を行うには200,000 MMK(15,000 円)ぐらいかかる。でも自分にはお金を支払う余裕がない。夫は居なくなり、ふたりの子供と生活し、毎日ホウキを編んで生計を立てているというのです。 この時も、あーーーーーーっという思いがまた脳内を駆け巡りました。でも、それは何も生み出してくれませんでしたし、何も残していってくれませんでした。 もし、彼女が大阪で生まれ育っていれば、、、 堺市立総合医療センターで見た鮮やかなラパ胆で30分〜1時間で胆のうをきれいにとってもらえるはずなのに・・・。でも、残念ながら、現実は違い、彼女はミャンマーの田舎で生まれ育ちました。 次の5月に、イタリアの腹腔鏡のチームがワチェに来るので、彼女にはそれまで痛み止めで我慢してもらうしか方法はありません。今から3ヶ月、1日5回の1時間続く右上腹部痛や嘔吐に彼女は我慢しなければなりません。そして、子供に飯を食わすために、ホウキも編み続ける必要があります。 そういう説明を聞きながら、彼女は両目に涙を浮かべます。でも、決して声をあげて大泣きしたりはしません。泣いたってこの現実は厳然と彼女の前に立ちはだかっていることを彼女自身がよくわかっているからでしょう。 これが、ミャンマーの貧しさの風景です。 ミャンマーの市場で働く女性 (ジャパンハート 2020年3月9日掲載) ジャパンハートは、ミャンマー、カンボジア、ラオスで長期ボランティアとして活動してくれる医師を募集しています。 「医療の届かないところに医療を届ける」活動に関心のある方は、ちょっとのぞいてみてください。 〉ジャパンハート オンライン相談会ページ
#09 たとえささやかであれ、自分に「できる」小さな事を見くびらない。
#09 たとえささやかであれ、自分に「できる」小さな事を見くびらない。
発展途上国、日本のへき地離島、大規模災害の被災地……。世の中には「医療の届かないところ」があります。NPOジャパンハートはそんなところに、無償で医療支援を行っています。ボランティアとして参加した医療従事者が、現地での活動内容などを報告します。 長期ボランティア医師(活動地:ラオス) むやみにあせってはいけません。 ただ牛のように図々しく 進んでいくのが大事です。 『漱石書簡集』 ジャパンハートに入ってからは、現地のニーズに合わせて何を学んでいくのか変化させる必要があった。現地で生活を送る中で、現地の生活習慣・死生観・医療制度・救急医療体制・医療過疎などを知り、そこで一番何が求められているのかを把握し、そしてそのニーズに応えるために、自分が「やりたい」ことではなくて、自分が「できる」ことを模索してきた。 それは自分にとっては、例えば、小児麻酔・外科手術・腹部エコー・甲状腺診療・健康診断・BLS講義・内視鏡通訳などであった。 その中の1つがラオスでの甲状腺診療であった。ラオスでの甲状腺診療と日本のとは少し異なる。 例えば、日本とラオスの甲状腺診療の差は: 内陸国でヨード不足のため、甲状腺腫が多い地域である(endemic goiter) 100km以上離れた北部の患者は曲がりくねった山道を12時間〜1日バスに揺られて来るため、外来では車酔いになっている患者が多い 田舎の少数民族の患者は公用語のラオス語が話せないので、現地語➡ラオス語➡英語と2名の通訳を介して診療することがある 甲状腺機能検査(TSH,fT3,fT4)の結果は、次回数ヶ月後の外来にわかる(ただし、緊急の場合は、当日〜翌日に結果をもらえる) 甲状腺の自己抗体検査ができない(TSHレセプター抗体・TSH刺激性レセプター抗体など) 甲状腺穿刺吸引細胞診(FNA)や甲状腺シンチグラフィーの検査はできない 山岳北部の村で甲状腺ホルモンの薬が購入できないので、甲状腺全摘術が困難な場合がある 頻回受診は難しく、3ヶ月ごとにフォローアップをする このため、一般的な甲状腺ガイドラインに記載されているフローチャートに則った甲状腺診療ができないため、「ウドムサイ病院で実施可能な甲状腺診療」というオリジナルな甲状腺の診療体系を作り上げる必要がある。 ただし、その診療自体が恣意的なものであってはならないため、できるだけガイドラインや医学論文から情報を元に、ラオス医師にも納得して貰えるようなスライドを作成して、それを参照しながら甲状腺診療を行う。 「なぜ、抗甲状腺薬を処方するときに副作用の説明が必要か?」 「なぜ、甲状腺全摘をしたときに甲状腺ホルモンを内服し続ける必要があるか?」 「なぜ、甲状腺ホルモンの採血だけでなく、問診・身体診察が大事か?」 こうした疑問に対して繰り返し答えることで、ラオス医師たちの他の分野での日常診療の質も向上するはず、たぶん。日本で甲状腺疾患なんて数症例しかみたことがなかった自分が、こうしてラオスで甲状腺診療にどっぷり浸かっているなんて、昔は想像もできなかった。 ラオス甲状腺診療の目標は、最終的にジャパンハートが撤退するときに、現地のラオスチームが質の高い甲状腺診療・手術を行うことができるようになることだ。 今、ラオス医師が自信を持って甲状腺診療をしている姿を見ると、 「自分のしていることはささやかだけど、自分にできるちいさな事を見くびらずに、牛のように進む」ことが大事なんだと実感している。 (ジャパンハート 2020年2月12日掲載) ジャパンハートは、ミャンマー、カンボジア、ラオスで長期ボランティアとして活動してくれる医師を募集しています。 「医療の届かないところに医療を届ける」活動に関心のある方は、ちょっとのぞいてみてください。 〉ジャパンハート オンライン相談会ページ
#08 そもそものお話・・・甲状腺疾患ってどんな病気?
#08 そもそものお話・・・甲状腺疾患ってどんな病気?
発展途上国、日本のへき地離島、大規模災害の被災地……。世の中には「医療の届かないところ」があります。NPOジャパンハートはそんなところに、無償で医療支援を行っています。ボランティアとして参加した医療従事者が、現地での活動内容などを報告します。 長期ボランティア医師(活動地:ラオス) ラオスでは甲状腺疾患の診療活動を行っています。この事実は、多くの方にご存知頂いているかと思いますが、そもそも甲状腺疾患がどんな病気なのかについては、これまでにもあまり紹介していませんでした。 そこで今回は、甲状腺疾患や、ラオスで行っている診察の特徴についてご紹介したいと思います。 甲状腺は首にある臓器で、甲状腺ホルモンを作ります。このホルモンのおかげで私たちの体は成長したり、働きを保ったりすることができます。 たとえばこのホルモンが過剰に分泌されるようになれば、異常にあらゆる体の働きが活発になり、よく汗をかいたり、ドキドキしたり、体が震えたり、下痢をするようになります。このような状態を甲状腺機能亢進症といいます。逆にホルモンの分泌が不十分になれば、皮膚は乾燥し、脈は遅くなり、何をするにも意欲が湧かなくなり、便秘をするようになります。このような状態を甲状腺機能低下症といいます。 また、ホルモンの異常はないが、甲状腺に腫瘤ができることがあります。 私たちは主にこの3つの病気「甲状腺機能亢進症」・「甲状腺機能低下症」・「甲状腺腫瘤」を診療しています。 日本では各地域に病院があり、甲状腺の血液検査や腫瘤が癌かどうかを直接針で細胞をとって調べる検査ができます。しかし、ラオスではそうはいきません。いろいろな制限がある中で、日本で診る時と同じようにという訳にはいきませんが、工夫をしながら診療を行っています。 例えば甲状腺機能亢進症に対しては、過剰なホルモンの分泌を抑える飲み薬を使いますが、通常は血液検査を照らし合わせながら薬の調整を行います。ところが、ラオスでは頻回のフォローアップや血液検査は難しいため、患者さんの症状や身体所見とエコー検査の所見を見ながら薬の調整を行います。薬の飲み方や副作用に関しても、しっかり説明します。なぜなら、田舎の方に住んでいる患者さんは簡単には病院にはかかれないため、注意してほしいことを必ず理解しておいてもらわなければならないからです。 また、甲状腺腫瘤のある患者さんは、エコー所見から癌の可能性を判断します。もちろん、100%正しいとは限りませんから、再診を行って腫瘤が大きくなってくるか、また腫瘤による症状があるかどうかなど総合的に考えて手術を決定します。 このように日本とは違う環境だからこそ、臨機応変に検査や治療を考えます。発展途上国で医療を行う上で難しい点でもあり、醍醐味でもあります。 現在は、新型コロナウイルスの影響で私が実際に診療に行くことはできていませんが、現地の医師が甲状腺疾患を診療していて難しい症例や困った点があれば相談を受け、一緒に調べて考える。というような立ち位置でサポートを続けています。 現在の状況が良くなり、また現場に行って直接患者さんの様子や現地医師と交流する日が来ることを、心待ちにしています。 (ジャパンハート 2021年4月26日掲載) ジャパンハートは、ミャンマー、カンボジア、ラオスで長期ボランティアとして活動してくれる医師を募集しています。 オンライン相談会を実施中です。「医療の届かないところに医療を届ける」活動に関心のある方は、ちょっとのぞいてみてください。 〉ジャパンハート オンライン相談会ページ
/ 86